超小型レーザー(405nm 可視光線励起源)を使った植物(葉や花など)に 含まれる蛍光色素の手軽なその場観察について ○西山雅祥1、石塚 1 守1、金子文俊2 、福本敬夫2 大阪大学科学教育機器リノベーションセンター 2 大阪大学大学院理学研究科 1. はじめに 植物の葉に含まれる葉緑素(クロロフィル)は光合成を行う生物中に存在する緑色色素で、細胞の葉緑体内に存在し、 水に不溶であるが、エタノールなどには溶解する。クロロフィル a およびクロロフィル b がよく知られており、クロロ フィル a は細菌を除くすべての光合成生物に、クロロフィル b は高等植物、緑藻に含まれている。クロロフィル a,b 共 に主吸収極大波長は 450 nm および 650 nm の付近の二個所にあり、これらの波長付近の光を吸収励起して 680 nm 付近 に極大をもつ赤色蛍光を発する。 一方、フラボノイド類(ポリフェノール化合物)のフラボンやフラボノールはそれぞれ白色や黄色の色素として、植 物の花、根、茎、葉などに広く存在しており、これらの色素は 350 nm 付近の光を吸収してそれぞれ青白色や青色の蛍 光を発する。これらの色素は、植物中では糖と結合することで水に溶けやすくなり、一般に表皮細胞の液胞に溶けた状 態で存在している。有害な紫外線を吸収することにより植物を守る働きがあると言われている。同時に、紫外線を吸 収する花の花弁やおしべなどの部分に存在するフラボンなどの色素は、紫外線が見える蜂にとって花蜜標識(ネクター ガイド)となっている。 従来、これら植物中の蛍光色素を観察する際、わざわざ実験室内を少し暗くしてブラックライトの紫外線ランプを近 距離照射しているが、観察できるのがサンプル近傍にいる人だけのため、多人数での観察には不向きな面があった。そ れと共に、有機溶媒や硫酸などを用いてサンプル中より色素を抽出した後、観察する方法もとられてきた。 今回我々は、ブラックライトに代えて安価で手軽に入手できる説明用超小型レーザーポインタを利用することを発案 し、実際に植物中の蛍光色素の観察を試みた。その結果、明るい実験室内でも簡単に観察でき、また野外においても植 物を採取することなく、遠距離からの照射によって植物中の各部位(葉、花弁、茎など)での蛍光色素の存在をその場 観察することができた。 そこで、蛍光の発光原因を同定するために、クロロフィルやフラボンなどの試薬を使ってレーザーポインタを励起源 とした発光実験を行い、さらに薄層クロマトグラフィーによる緑葉のエタノール抽出溶液中の蛍光物質の同定などを行 ったので、その詳細を報告する。 2. 実験方法 レーザーポインタは市販されている消費生活用製品安全法による PSC マーク付き(クラスⅡ、1 mW 以下)のもの(ZK electric works 社製 Bazmate レーザーポインタ、DC3V 乾電池、ビーム径 3 mmφ)を用いた。レーザーの波長は可視領 域の 405 nm(青紫色)、532 nm(緑色)、および 650nm(赤色)であった。 3.実験結果 1)クロロフィル a やフラボンなどの試薬のエタノール及び硫酸溶液中での蛍光測定 (1) クロロフィル a 試薬(クロロフィル研究所社製 Flavone) 、およびフラボノール試薬(東京化学社製 Chlorophyll-a)、フラボン試薬(ナカライテスク社製 3-Hydroxyflavone)の蒸留水、エタノールおよび硫酸溶液の 色と、これらの溶液でみられる蛍光の様子について表1にまとめた。クロロフィル a は蒸留水には溶けなかったが、 エタノールには溶解した。フラボンおよびフラボノールは蒸留水には僅かしか溶けなかったが、硫酸にはよく溶け た。 (2) クロルフィル a のエタノール溶液に幾つかのレーザー光を照射したところ、532nm 緑色レーザーでは赤色 蛍光は発現しなかったが、405nm 青紫色や 650nm 赤色のレーザー光はクロロフィル溶液中で吸収され、赤色蛍光を 発現し、溶液中に細長い赤色光路を生じるのが観察された。分光光度計でクロロフィル a 溶液の吸収スペクトル測 定を行った際と同じようなものを観察できたこととなる。(図 1 (a)405nm 青紫色レーザー、(b)532nm 緑色 レーザー、(c)650nm 赤色レーザー) (3) フラボンおよびフラボノールの硫酸溶液に 405nm 青紫色レーザーを照射したところ、それぞれ青白 表 1 クロロフィル a やフラボンなどの試薬の蒸留水、エタノール及び硫酸溶液中での発色と蛍光色 試薬名 蒸留水溶液 エタノール溶液 硫酸溶液 クロロフィルa(緑色) 不溶 溶けた(緑色) フラボン(白色) 少し溶けた(透明色) 溶けた(透明色) 溶けた(透明色) うすい青色蛍光 うすい青色蛍光 青白色蛍光 少し溶けた(少し黄色) 溶けた(少し黄色) 溶けた(透明色) 青色蛍光 黄緑色蛍光 青色蛍光 赤色蛍光 フラボノール(黄色) (a)405nm 青紫色レーザー 図1 (b)532nm 緑色レーザー (c)650nm 赤色レーザー 405nm、532nm、および 650nm のレーザー光照射によるクロロフィル a のエタノール溶液の蛍光発現 色および青色の鮮やか な蛍光が発現した。(図 2 (a)フラボン試薬、 (b)フラボノール試 薬) 2)アベリアのエタノール および水溶液中での蛍 光測定 大学構内の生垣にあ ったアベリヤの小枝(葉 (a)フラボン試薬 や花の付いた枝)を、エ タノールおよび蒸留水 図2 (b)フラボノール試薬 405nm レーザー光照射によるフラボンおよびフラボノール硫酸溶液の蛍光発現 に一日間漬けた上で、そ れぞれの溶液に 405nm のレーザー光を照射したところ、赤色および青白色の蛍光がそれぞれの溶液において発現し た。(図3 (a)エタノール抽出溶液、 (b)蒸留水抽出溶液)ここで観察された赤色蛍光および青白色蛍光はそ れぞれクロロフィルおよびフラ ボンやフラボノールで観察され た蛍光とよく似た色であった。 3)緑の葉のエタノール抽出溶液中 の蛍光物質の同定 植木のツツジの緑色の葉を取 り、エタノールにて色素を抽出し た。その抽出液とクロロフィル a のエタノール溶液を並べて薄層 クロマトグラフィー(メルク社製 TLC Silica gel 60)を用いて分離 展開させたところ、クロロフィル (a) エタノール抽出 図3 (b) 蒸留水抽出 405nm レーザー光照射によるアベリヤの小枝のエタノールおよび 蒸留水抽出液における蛍光発現 a と同じ Rf 値の展開位置にツツジのエタノール抽出液にもスポットがみられた。この個所に 405nm レーザー光を照 射すると、クロロフィル a と同様の赤色蛍光が発現した。ツツジの緑色の葉はクロロフィル a を含んでいることが 判った。 4)ブラックライトなどの紫外線照射とレーザー光照射による蛍光発現の観察比較 花壇などでよくみかけるアルストロメリアの花を摘むことなく、その場で 405nmレーザー光を照射したところ、 花のおしべの部分に青白色 の、緑色の葉の部分では赤色 の蛍光が観察された。これは 花を摘んで実験室内でブラ ックライト(栄新科学社製 S-35)の 360nm紫外線を照射 した場合と同じであった。こ のようにレーザー光を用い ると、花などを摘むことなく、 しかも遠距離ピンポイント 照射が可能で、より鮮明な蛍 光をその場で観察できる。 (図4 (a)360nm 紫外線照射 図4 (b)405nm レーザー光照射 紫外線とレーザー光の励起源の違いによる蛍光発現の その場観察の比較 (a)360nm紫外線 照射、 (b)405nmレーザー光照射)尚、目の保護のために着用されるレーザー保護メガネを使用することによって、 葉の表面で反射したレーザー光の青紫色を除去できるので、より鮮明に赤色蛍光のみが観察できることがわかった。 5)アルストロメリアなどの植物のレーザー光による蛍光発現のその場観察 ツツジの緑色の葉部分に、 遠距離より直接 532 nm の緑色レーザー光を照射しても赤色蛍光は発現しなかったが、 405 nm の青紫色レーザー光を照射すると明瞭な赤色蛍光を発現する部分が観察できた。これは、葉に含まれるクロ ロフィルによって赤色蛍光を発現したものである。また、ツツジの黄色みを帯びた幾分枯れ果てた葉の部分も観察 されたので、これにも直接照射してみると、わずかに赤色蛍光を発現するのみで、鮮やかな赤色蛍光はみられなか った。これにより、葉部分の緑色が薄くなって黄色や茶色みを帯びると、クロロフィルの退色が起こっていること がはっきりと見て取れる。また、アルストロメリアに関しても、直接レーザー光を照射すると緑色の葉部分におい てクロロフィルによる赤色蛍光が(図5 右側円内:葉部分)、さらに花の白色のおしべや花弁などの部分に照射 すると、青白色蛍光が発現するのが観察された(図5 左側円内:花のおしべ部分)。花のおしべなどに 405nm レ ーザー光を照射して観察できた青白色蛍光は、フラボンやフラボノールの硫酸溶液の蛍光とよく似た色であった。 6)身の回りの蛍光物質の蛍光観察 白さが際立つ蛍光増白剤が入った洗剤やその 洗剤で洗濯した手ぬぐいに 405nm のレーザーを 照射すると鮮やかな青色蛍光を発した。身の回り の蛍光物質の存在箇所も、簡単にその場観察する ことが出来ることがわかった。 おわりに 405nm の説明用超小型レーザーポインタを用いれば 遠距離からでもピンポイントで照射すれば、自然界の 緑色の葉のクロロフィル蛍光色素の存在箇所や花のお しべなどの花蜜標識となる蛍光色素の存在箇所を、野 外において植物を採取することなく、簡単にその場観 察することができることがわかった。 右側円内:葉部分 (注意) レーザーポインタ使用の際は、 「レーザー光を人に向け ない」などの安全教育を行った上で用いるのが望まし い。 図5 左側円内:おしべ部分 レーザー光照射によるアルストロメリアの葉や花の 蛍光発現のその場観察
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