生命科学を地球の医師に 生命科学の一定義は、「生命科学は生命に関するすべての分野を総動員して人類生存の活 路を見出そうとする総合学術である」としています。生命科学の役割はたくさんありますが、 とりわけ人口の爆発的増加、資源の涸渇、環境汚染等の対策には、全人類規模で当たらなけ ればなりません。地球は人間だけのものではなく、全ての生物がここで生を営んでいるので す。他の生物なしでは人間は生きることができません。このままなりゆきまかせで行くなら ば、いつかは自滅することでしょう。医師が人類の病気を予防したり治療するように、生命 科学は地球の医師となって働いてほしいものです。 (1976年9月14日 北海道大学創基百周年記念講演より) ゲノム説の先駆 木原 均 博士 1893年10月21日東京生まれ 北海道帝国大学農学部卒 京都大学農学部教授(1927∼1956) 国立遺伝学研究所長(1955∼1969) (財)木原生物学研究所長(1942∼1984)等を歴任。 理学博士、日本学士院会員、1986年7月27日没。 高等植物の遺伝学、進化学の研究で数々の業績を残す。特に「ゲノム説」の提唱(1919)、栽培 コムギの祖先の発見、スイバによる高等植物の性染色体の発見、タネナシスイカの作出、細胞質遺 伝の研究等で世界的な評価がある。また、海外に植物探索行を重ねて数々のフィールドワークを行 なった。日本のスキー草創期の一人でもあり、冬季オリンピック選手団長をつとめ、スポーツ界で も活躍した。 文化勲章(1948)、文化功労者(1951)、勲一等旭日大綬章(1975)を受章 NEWSLETTER 2014 March, No.30 目次 木原先生の言葉・略歴 ~巻頭言~ 『産学連携』 常務理事 小田 祥二・・・2 ~第21回木原記念財団学術賞 受賞研究紹介~ 『植物におけるオス・メスゲノムのせめぎ合い』 長浜バイオ大学 客員教授 木下 哲・・・4 ~第21回木原記念財団学術賞応用科学賞 受賞研究紹介~ 『蛍光タンパク質エンジニアリングに基づく革新的バイオイメージング技術の開発』 大阪大学産業科学研究所 教授 永井 健治・・・8 ~地域における生命科学研究の紹介~ 『プロスタグランディン E 受容体 EP4 シグナルは血管弾性線維の形成を抑制する』 横浜市立大学 医学部循環制御医学 講師 横山 詩子・・・13 ~かながわ成長産業イノベーション事業 研究開発プロジェクトの紹介~ 『がん細胞に直接アクティブ ターゲットする DDS キャリアによるがん治療』 ナノデックス株式会社 代表取締役 服部 憲治郎・・・15 「財団の経緯」、 「情報へのアクセス」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・19 1 巻頭言『産学連携』 公益財団法人木原記念横浜生命科学振興財団 お 常務理事 事務局長 だ 小田 しょうじ 祥二 いま日本に楽しみな話題や明るい話題が次々と届いている。 まずソチオリンピック。脱稿間際の今朝、ハーフパイプで銀、銅という日本の第 1 号、第 2 号メダル、しかも中学生、高校生という若手の活躍という朗報がもたらされた。他の競技 でも各選手の活躍を期待してわくわくした気持ちでいっぱいになる。2020 年東京オリンピ ック開催決定も明るい話題である。アスリートにとっても社会インフラ整備においても、一 つの明確な目標になろう。前回の東京オリンピックを経験した世代としては、当時の自分、 若かった時代に戻るかのような、誠に勝手な高揚感まで感じている。文化面においても、ロ ーザンヌ国際バレエコンクールで高校生男女がそれぞれ優勝、準優勝という快挙の報も入っ てきた。若手の活躍には驚くばかりである。 ライフサイエンス分野も負けずに明るい。もちろん京都大学山中先生のノーベル賞受賞は 記憶に新しい。山中先生は‘ノーベル賞はゴールではない’と明言され、‘iPS 細胞技術を 患者のもとに’として精力的に活動されている。また昨年末、京都大学本庶先生が長年の基 礎研究で明らかにされた免疫抑制受容体 PD-1 について、小野薬品がそれに対するヒト抗体 を医薬品として製造承認申請した。日本発の抗体医薬がまた一つ増えることになる。本号に ご寄稿いただいている第 21 回木原記念財団学術賞の木下先生のお仕事と応用科学賞の永井 先生のお仕事も、それぞれ生命現象の基本に関する知見と基盤的解析技術であるが、同時に 食料増産や創薬などの産業面へも大きく寄与するご研究としてさらなるご発展を楽しみに させていただこうと思う。 さてそこで、産学連携である。 我々が木原財団の活動を説明する際にたびたび使う単語であり、シーズ(多く‘学’から) とニーズ(多く‘産’の)を結合させるための活動である。 財団の日々の活動でお世話になる‘学’には医学、薬学、工学などが多い。これらは‘実 学’と呼ばれる範疇に属している。広辞苑によれば実学とは「実際に役に立つ学問。応用を 旨とする科学」とある。実際に役に立つためであるから、実学は必然的に産の世界と密接な 関係を持つことになる。つまり実学にとって産学連携は当然の道であり、そもそも声高に宣 言して始めるものではないといえよう。 2 しかし一方で、産学連携は通るべき当然の道だとはいうものの、数多くの事例研究がなさ れるように‘正解’や‘唯一解’はなく、定形化できるものでもない。あるのは、事例ごと に工夫された、シーズをニーズに合わせて役に立てるために産学互いの想いのベクトルを一 方向へまとめ、推進力を大きくする、推進スピードを上げる、あるいは成功確率を上げるた めの近道や仕組みの数々、である。 ここで、近道といえども 5 年、10 年という長い年月がかかり、推進に必要なプレーヤと サポータもその時間とともに変化していかなければ成功しない(役に立つ場面に立てない) ことが多いことはご承知のとおりである。今まで薄かったバイオ産業への投資が新政権以後 なぜか好転しはじめているらしいが、日本には依然として長い年月を支える資金面の仕組み や、人財(プレーヤ・サポータ)の厚みが十分ではないと言われている。 木原財団がそのすべてを解決できるわけではないが、「生命科学の振興とその応用による 産業の活性化に寄与する」という木原財団の目的に軸足をしっかり置き、産学連携の有効な 解を求めて活動していきたいと考えている。 3 第21回木原記念財団学術賞 受賞研究紹介 植物におけるオス・メスゲノムのせめぎ合い 長浜バイオ大学 きのした 客員教授 木下 てつ 哲 植物のオス由来とメス由来のゲノムにせ 私は、こうした経緯とは全くことなる興 めぎ合いがある、と聞くと驚かれる方が多 味から、この分野への手がかりを見つけ、 いかも知れない。実際、動物と比較すると 現在もその研究を続けている。大学院生時 静的ともいえる植物では、せめぎ合いとは 代から植物の生殖過程に興味があり関連の 縁遠い印象を与える。しかしながら、植物 文献を読んでいたが、シロイヌナズナにお ゲノムのせめぎ合いは、種子の中の胚への いて、受精していないにも関わらず鞘(さ 栄養供給を担う「胚乳」において実際に観 や)が伸長し、胚乳が発生することにより 察されている。普段、私達が様々な形で食 種子が出来かかる突然変異体が報告されて 料として口にしている植物の大事な組織で いた(Ohad et al., 1996)。もちろん多くの ある。ゲノムの概念を提唱した故木原均博 植物では、受精してはじめて鞘が伸長し種 士も、胚乳におけるオス・メスゲノムのせ 子ができる。私はこの変異体に関して、植 めぎ合いに関して先鞭をつけている 物では良く知られているアポミクシスとい (Kihara & Nishiyama, 1932)。木原博士の う現象に迫るものとして注目した。アポミ 研究はその後、故西山市三博士のカラスム クシスとは、母親と同じゲノムを持つ子孫 ギを用いた研究へと継承され発展する。西 が表れる植物の生殖様式の総称である。身 山博士は、古典遺伝学的解析から、母由来 近な例でいうと、 3 倍体のセイヨウタンポポ のゲノムは胚乳を抑制し、父由来のゲノム は、アポミクシスにより種子を形成する。 は胚乳を促進している、という一般性を見 受精に依存している日本タンポポより繁殖 いだし、極核活性化説として仮説を提唱し 力が強いことが知られている。こうしたア た(Nishiyama & Yabuno, 1978)。現在、私 ポミクシスは、育種で得られた新しい形質 が研究している、エピジェネティックな現 を持つ植物(例えば雑種強勢など)を直接 象の代表例でもあるゲノムインプリンティ 固定できる技術に繋がるとして、注目され ングとも関連が深い仮説である。 ている現象であった。論文のディスカッシ 4 ョンの結びにも書かれていたことであるが、 2013) 。ゲノムインプリンティングは、動植 このシロイヌナズナの変異体を解析すれば、 物に保存されており、例外も多く見つかる その分子機構が判るかも知れないと考えた。 が母親から特異的に発現するインプリント アポミクシスはいろいろな植物系統で散発 遺伝子は、胚への栄養供給を抑制する働き 的に見つかることから、比較的少数の遺伝 を持つことが多く、逆に父親から特異的に 子座で制御されていると想像されていた。 発現するインプリント遺伝子は、胚への栄 そこで、私は学術振興会の特別研究員制度 養供給を増大させるように働くことが多い を利用して、この研究をカリフォルニア大 (図1)(Kinoshita et al., 2008)。このよ 学で行いたいと考えた。 うな仕組みのため、植物では胚への栄養供 しかしながら、アポミクシスの分子機構 給を担う胚乳に影響が表れるとされる。前 解明への道は、想像していたよりも複雑で 述の MEDEA 遺伝子に変異があると胚乳が肥 あった。原因遺伝子がクローニングされる 大することとも一致している。 と多くの生物に保存されているポリコーム 現在、私たちの研究室では、ゲノムイン 複合体の構成因子が見つかり、構成因子の プリンティングの制御機構に関しては、シ いずれが壊れても、受精していない場合は、 ロイヌナズナの変異体を用いて、順番にそ 胚乳発生が開始されやがて種子は致死性を のプレイヤーを明らかにしつつあるが 示すことが判った。また受精がおこった場 (Kinoshita et al., 2004; Ikeda et al., 合でも、胚乳が肥大して、この場合もやが 2011; Nakamura et al., 2013)、一方で、 て種子は致死性を示す(木下, 2011) 。この その生物学的な役割は何であるかを、あら ような知見は明らかにされたのであるが、 ためて問うてみたいと考えはじめている。 自然界でおこるアポミクシスは説明されな 父由来と母由来のゲノムのせめぎ合いは、 いままであった。ここで、私は自身の当初 種内の交雑の場合、それぞれの促進と抑制 の目的とは異なり、インプリント遺伝子の のバランスが保たれるために表には表れな 発見につながる研究に着手した。ポリコー い。木原博士、西山博士の行った古典遺伝 ム構成因子 MEDEA 遺伝子の変異体では、受 学での詳細な研究のように、多数の植物種 精した場合は、胚乳が肥大して致死性を示 を用いた種間交雑や倍数体間交雑を行うこ す。しかも、この表現型は、変異が母親か とにより胚乳の表現型が明らかになる。興 ら遺伝子した場合にのみ表れ、父親から遺 味深いことに、ゲノムの配列が異なる種間 伝した場合は表れないという興味深い遺伝 交雑と、配列は同一であるが、遺伝子の両 様式が見つかっていた。様々なアプローチ 量が異なる倍数体間交雑の間に、胚乳に表 を試した結果、父親由来の対立遺伝子は遺 れる表現型に共通性が見られている。我々 伝子発現がサイレンシングされており、母 の研究室では、両者の違いを厳密に比較す 親由来の対立遺伝子が特異的に発現するこ ることが、その分子機構に迫る一つの道で とが明らかとなった(池田, 2011; 木下, あると考えた。また、厳密に比較するため 5 には、イネ属を材料に研究することが長い によって入り込んだ分野ではあるにも関わ 目で見ると近道であると考えた。実際、シ らず、木原財団から学術賞を拝受したこと ロイヌナズナのようには実験系が整備され は誠に光栄である。この場を借りて、研究 ていない野生イネを使った交雑や、その後 に参画してくれた方々をはじめ関係各位の の解析は長い道のりであったが、最近よう 皆様にお礼を申し上げたい。また、これも やくその成果が実りはじめ、両者の分子機 不思議な縁を感じているが、平成 26 年 4 月 構の違いに迫る手がかりを得る事に成功し 1 日より、横浜市立大学、木原生物学研究所 つつある(Ishikawa et al., 2011; Sekine et の新設部門「植物エピゲノム科学部門」の al., 2013)。 研究室を主宰することとなった。木原博士 の名を冠した研究所のもと、これまで以上 まだまだ、自身が目指すゴールにはほど に研究が進む予感がする。 遠い印象を持っており、また、異なる興味 図1 ゲノムインプリンティングと父・母由来のゲノムの機能 ゲノムインプリンティングは、哺乳動物と被子植物に保存されており、ある特定の遺伝子が 父由来と母由来の場合で異なる遺伝子発現をする現象である。動植物を通じて、例外も多い が母親特異的に発現する遺伝子は、胚乳や胎盤を抑制し、胚への栄養供給を抑制する遺伝子 が多く、父親特異的な遺伝子はその逆に作用する遺伝子が多い。父親と母親がどのように自 身の遺伝子を後代に残すかに対して、異なる利益から生じる生命現象とされている。 参考文献 池田 陽子、木下 哲、 「シロイヌナズナにおけ るゲノムインプリンティングと DNA の脱メチル 化の制御には HMG ドメインを含むタンパク質 SSRP1 をコードする遺伝子が必要である」First Author’s ライフサイエンス新着論文レビュー (2011) http://first.lifesciencedb.jp/archives/365 8#more-3658 木下 哲、 「ゲノムが拓く生態学」 、 「ゲノムに刷 り込まれた生殖隔離」種生物学会編 文一総合 出版 p. 141-155 (2011) https://coop-ebook.jp/asp/ShowSeriesDetail .do?seriesId=MBJS-27429-120486561-001-001 6 Repetti P, Fischer RL. 1996. A mutation that allows endosperm development without fertilization. Proc Natl Acad Sci U S A 93(11): 5319-5324. Sekine D, Ohnishi T, Furuumi H, Ono A, Yamada T, Kurata N, Kinoshita T. 2013. Dissection of two major components of the post-zygotic hybridization barrier in rice endosperm. Plant J 76(5): 792-799. 木下 哲、 「植物生殖過程におけるエピジェネテ ィックな情報のリプログラミング」Epigenetic reprograming of maternal and paternal genome during plant sexual reproduction. Leading Author’s ライフサイエンス領域融合レビュー 2:e001 (2013) http://leading.lifesciencedb.jp/2-e001/ more-336 Ikeda Y, Kinoshita Y, Susaki D, Ikeda Y, Iwano M, Takayama S, Higashiyama T, Kakutani T, Kinoshita T. 2011. HMG domain containing SSRP1 is required for DNA demethylation and genomic imprinting in Arabidopsis. Dev Cell 21(3): 589-596. Ishikawa R, Ohnishi T, Kinoshita Y, Eiguchi M, Kurata N, Kinoshita T. 2011. 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Ohad N, Margossian L, Hsu YC, Williams C, 7 第21回木原記念財団学術賞 応用科学賞 受賞研究紹介 蛍光タンパク質エンジニアリングに基づく 革新的バイオイメージング技術の開発 大阪大学 産業科学研究所 ながい 教授 永井 たけはる 健治 蛍光タンパク質はその遺伝子を細胞内に導入するだけで、捕因子を一切必要とせずに自動 的に光るようになるため、生きた試料における遺伝子発現をモニターすることはもちろん、 特異的な細胞を標識してその形態変化を観察したり、任意のタンパク質が細胞内を駆け巡る 様子を調べたりすること等々、かつては困難を極めた解析を可能にした。しかし蛍光タンパ ク質の潜在能力はこの程度ではない。蛍光タンパク質の物理化学的特性や蛍光タンパク質間 のフェルスター共鳴エネルギー移動(FRET)などを大いに利用すれば、さらに様々なバイ オイメージングが可能になる。本稿では私の研究室で開発された代表的な蛍光タンパク質と そのバイオイメージングへの応用について紹介する。 1. 1 波長励起 2 波長測光型光変換蛍光タンパク質 Phamret 光変換蛍光タンパク質とは 紫外線などの光刺激によって 蛍光特性が変化するタンパク 質であり、これまでに Kaede や Dendra などが開発されて いる 1。従来の光変換蛍光タン パク質は光変換前後の蛍光を 観察するために、2 種類の波長 で励起する必要があった。動き の速い分子のイメージングを 行うためには、2 色の蛍光を同 図1.光変換蛍光タンパク質 Phamret 時に観察する必要があるが、2 (A)Phamret の構造と光変換の原理.(B)光変換前後の Phamret の蛍光 スペクトル.458nm で励起して測定.(C) HeLa 細胞に Phamret を発現さ 種類の励起光で同時に励起し せ、白矢頭の領域に 405nm のレーザー光を連続照射して Phamret を光 ながら 2 色の蛍光を同時に観 変換し、細胞内を拡散していく模様を捉えたもの. 察するためには特殊な光学系を用意しなければならない上に、2 種類の励起光を全く同じ微 小領域に集光させる技術的に困難な操作を含んでいた。従って、このような従来の光変換蛍 光タンパク質の欠点を補うものとして1種類の励起光で2色の蛍光を同時に観察すること のできる光変換蛍光タンパク質が求められていた。 8 そこで我々は、1波長励起2波長測光型の単 量体型光変換蛍光タンパク質の開発に取り組 んだ 2。我々が取ったアプローチは FRET の利 用である。PA-GFP を FRET アクセプターと して利用すれば、適当な FRET ドナーと連結 することで、光刺激前はドナー蛍光が、刺激後 はアクセプター蛍光が観察されるはずである (図1A)。そこで、シアン蛍光タンパク質の 1 つ で あ る mSECFP (monomeric super-enhanced cyan fluorescent protein)と PA-GFP を FRET が効率良く起こるように連 結した。この融合タンパク質は光刺激前後で 図 2.Phamret の光変換によるタンパク質の動態解析 458 nm 励起による蛍光色がシアン色から緑色 (A) H2B-Phamret を細胞分裂前に核の下半球のみ光 変換させてタイムラプスイメージングを行った例.シアン蛍 へと変化した(図 1B)。光活性化に依存した 光(水色)と緑色蛍光(赤色)を重ね合わせて表示.(B) 核内に発現する PP2Cγ-Phamret の一部を光変換させて FRET により蛍光色が変化する原理を用いて 42Hz で画像取得を行った。パネル下に示す時間におけ る PA-GFP/CFP のレシオ画像を表示 い る こ の 融 合 タ ン パ ク 質 を Phamret (photoactivation-mediated resonance energy transfer)と命名した。Phamret の C 末端側にクロマチン構成タンパク質の 1 つである Histone2B を融合(H2B-Phamret)させて HeLa 細胞内で発現させた。核内に発現した H2B-Phamret を細胞分裂前に半円状に光変換させてタイムラプスイメージングを行った ところ、分裂後においても核の半分の領域に光変換した H2B-Phamret が分布しているパ ターンが保存される様子を観察することができた(図 2A) 。また、核内に存在するセリン ス/スレオニンフォスファターゼ PP2Cγを Phamret の C 末端側に融合(PP2Cγ-Phamret) して HeLa 細胞内に発現させ、核内の一部を光変換させたところ、PP2Cγ-Phamret が素 早く拡散する模様を 42Hz で捉えることができた(図 2B)。以上の結果から、Phamret は 極めて速い動態から遅い動態までオールマイティーな動態解析を可能とすることが示され た。 III. 群青色蛍光タンパク質 Sirius オワンクラゲ由来の緑色蛍光タンパク質(GFP)の遺伝子がクローニングされてから 20 年 以上の歳月が流れ、その間様々な波長変異体が開発或いは他の生物種から単離された 3)。し かしながら、長波長の蛍光をもつ蛍光タンパク質の種類は豊富である一方で、短波長の蛍光 を発する変異体の種類は少ない。我々は、短波長の蛍光を発する蛍光タンパク質のレパート リーを増やすことを目的とし、発色団を形成する 66 番目の Tyr を Phe に置換したオワンク ラゲ GFP の変異体に部位特異的変位導入と遺伝子全長に渡るランダム変異導入を行い、短 波長蛍光を発する変異体の開発を試みた。4回に及ぶ変異導入の結果、元の Y66F 変異体と 比較して 80 倍の明るさで群青色の蛍光を発する蛍光タンパク質を得ることに成功し、夜空 で明るく輝く青色の恒星にちなみ、Sirius と命名した(図3) 4)。Sirius の吸収および蛍光極 大はそれぞれ、350nm および 424nm であ り、今までに報告された蛍光タンパク質変 異体の中で最も短波長の吸収・蛍光極大を 有する。驚くべきことに、光褪色に非常に 強い耐性(EBFP の 60 倍)を持ち、さら 9 図3.Sirius を含む蛍光タンパク質波長変異体 に pH 感受性が全く無い極めて安定な蛍光を発することが分かった。そこで Sirius を発現す るバクテリアを、細胞性粘菌に餌として与えたところ、酸性条件下で起こるファゴサイトー シスの一連の過程を、二光子励起顕微鏡を用いて長時間に渡って捉えることに成功した。 IV. 超高感度 Ca2+指示薬 cameleon-Nano カルシウムはすべての細胞にイオン(Ca2+)の状態で存在し,様々な細胞機能を制御してい る最も重要な因子である。通常,細胞質中の Ca2+は極めて低い濃度に保たれ,細胞外から の刺激により濃度が上昇する。 身近なところでは筋肉の収縮は細胞内の Ca2+の濃度上昇に より引き起こされることが知られおり、この他に細胞分裂やアポトーシス,細胞分化,ホル モン分泌,嗅覚や味覚などの感覚受容,免疫応答,神経活動など非常に多くの生理現象に Ca2+が関与している。実際,Ca2+の濃度動態に異常が生じると,アレルギー疾患や心疾患, てんかんなど様々な病気を発症することから、このような疾患の発症機序を知る上でも Ca2+ が果たす役割を理解することは極めて重要である。この目的の為、Fura-2 をはじめとする 小分子多 Ca2+指示薬がいくつか開発されてきた。 cameleon は GFP を利用した初めてのタンパク質性 Ca2+指示薬として 1997 年に発表さ れた 5)。これは Ca2+センサードメインであるカルモジュリン-M13(以下 CaM-M13)の融合ペ プチドの両端に FRET ドナーならびにアクセプターである CFP と YFP が付加された構造 をとる。Ca2+依存的な CaM-M13 の立体構造変化が CFP から YFP への FRET 効率を変化 させることから、Ca2+の濃度変化を YFP/CFP の蛍光強度比の変化として検出できる。その 後、YFP の物理化学特性の改良や蛍光タンパク質の円順列変異体を利用することで FRET シグナルの変化量が大幅に拡大される6)等、この10 数年でその性能は飛躍的に向上し、in vivo での Ca2+イメージングの成功例も数多く報告されるようになった。しかしながら Ca2+ に対する親和性が比較的低い(Kd>100nM)ため、数 10 nM 程度の低濃度下での僅かな Ca2+ 図4. 超高感度 Ca2+センサー カメレオン-Nano (a) カメレオン-Nano の構造の模式図. CaM: Ca2+結合能結合タンパク質カルモジュリン, M13: Ca2+-カルモジュリン結合 配列, CFP/cp173Venus: 青色および黄色蛍光タンパク質 YC: yellow cameleon の略.(b)カメレオン-Nano の Ca2+結 合能を表すグラフ. FRET シグナルの変化量を Ca2+濃度に対してプロットしたもの. Nano15, 30 そして 50 は従来型 (YC2.60)よりも Ca2+結合能が高いこと、Nano140 は YC2.60 と YC3.60 の中間の Ca2+結合能を持つことがわかる. 変動を検出することは困難であった。cameleon の Ca2+親和性は CaM 内部の Ca2+認識部位 にアミノ酸置換を導入することで改変されてきたが、いずれも Ca2+親和性は低くなるもの ばかりで親和性を増すような変異を見いだすことはできなかった。そこで戦略を変えて CaM と M13 ペプチドの融合のさせ方を改変してみた。従来の cameleon では CaM と M13 の間が2アミノ酸(Gly-Gly)からなるリンカー配列で連結されていた。遊離 CaM と M13 は 10 cameleon 内の CaM-M13 よりも高い親和性で相互作用することが知られており、2アミノ 酸で融合された CaM-M13 は立体構造的に窮屈な形をとっており、Ca2+に対する親和性が低 くなっている可能性があった。そこで CaM-M13 の間のリンカー長を2アミノ酸から3アミ ノ酸に伸ばしたところ Ca2+親和性は Kd=95 nM(YC2.60)から 50nM に向上した。さらにリ ンカー長を段階的にのばしたところ、リンカー長4アミノ酸で Kd =30 nM、リンカー長 5 。我々は世 アミノ酸で、親和性が約 6 倍(Kd =15 nM)向上することが明らかになった(図4) 2+ 界最高の Ca 親和性を有するこれらの改良型プローブをナノモーラ-レベルの Ca2+濃度を 測定できることにちなんで Yellow cameleon-Nano (YC-Nano)と命名した 7)。 YC-Nano15 の性能を評価するために、約 10 万個の細胞性粘菌が飢餓状態下で示す集合 流形成における Ca2+ 動態の 検出を試みた。その結果、周 期長が 400 μm、周期が 6 分 の螺旋波状に伝搬する Ca2+ ウェーブを4時間以上にわ たって大きな S/N 比で検出 することができた(図5)3)。こ の結果は従来のいかなる Ca2+ 指示薬を用いても捉え 図5. 社会性アメーバ10万個の細胞集団に生じる自己組織的な細胞間 ることが出来なかったもの シグナル伝達パターン であり、我々の開発した改良 (a)YFP の蛍光により可視化される細胞形態.小さな点の一つが細胞一個 に相当.(b)同じ視野におけるカメレオン-Nano15 で可視化された細胞間 型プローブの Ca2+ 親和性が シグナルの空間パターン.螺旋状に発生する相互作用シグナルの波面(明 高いだけでなく、シグナル変 るい水色部分)は回転しながら中心部から周辺部へと広がっていく.スケ m. 化量が最大 1500%ときわめ ールバーは 400 て大きいというもう一つの 特長の賜である。 V. Ca2+指示薬の多波 長化 YC-Nano の開発に よって Ca2+イメージ ングの応用範囲が広 がったのは間違いな いが、Ca2+が関わる多 くの生理現象をより 詳細に理解するには, その生理現象に関与 図6. R-GECO と mtATeam1.03 による HeLa 細胞内の Ca2+と ATP の同時可視化 する他の生体因子と (A) R-GECO を細胞質に蛍光 ATP センサーATeam1.03 をミトコンドリアに発現する HeLa 細 の関連を同時に調べ 胞の蛍光顕微鏡写真. (B) ヒスタミン刺激に伴う細胞質 Ca2+濃度とミトコンドリア内 ATP 濃度の経時変化.細胞質の ることが重要になる Ca2+濃度が上昇した後にミトコンドリア内の ATP 濃度が上昇することが分かる のは言うまでもない。 或いは近年盛んになった光によって細胞やタンパク質の機能を制御する光遺伝学的手法と イメージングを組み合わせた研究の需要も高まりつつある。これらの研究を可能にするため には Ca2+ 指示薬と蛍光標識された生体分子や光遺伝学的ツールを同じ細胞に導入して観 11 察・制御する必要があり、その際には,両者を区別するために,蛍光標識された生体分子の 蛍光色とは異なる蛍光を発する Ca2+指示薬が、或いは光遺伝学的ツールを活性化させる光 と異なる波長で励起可能な Ca2+指示薬が不可欠となる。しかしながら,これまで開発され たタンパク質性の Ca2+指示薬は cameleon をはじめとして青緑~緑色の蛍光色ばかりであっ たため,異なる光で計測できる Ca2+指示薬の開発が待ち望まれていた。そこで我々は先ず、 GFP の円順列変異体を利用した緑色蛍光 Ca2+センサーである GCaMP3 の遺伝子にエラー 誘発 PCR 法を用いてランダムに遺伝子変異を導入することで, 2,600%のシグナル変化率 を有する緑色の指示薬を開発し G-GECO と命名した 8)。この G-GECO の蛍光団を構成する アミノ酸の 1 つであるチロシンをヒスチジンに置換することで青色の蛍光を発する Ca2+セ ンサーB-GECO を,また mApple という赤色蛍光タンパク質をもとに赤色の蛍光を発する Ca2+センサーR-GECO を開発することにも成功した。これら GECO シリーズの性能は細胞 内で維持され,極めて高いコントラストで細胞内の Ca2+変動を観察することができただけ でなく,細胞質,核,ミトコンドリアの3つのコンパートメントにおける Ca2+の動態を同 。さらに、青色 一細胞内で測定することや Ca2+と ATP の同時計測も可能となった(図6) 光照射によって神経細胞を活性化させることが可能な ChR2 と R-GECO を神経細胞に共発 現させることで、青色光照射に伴う神経の人為的活性化を R-GECO の蛍光シグナルにより 観察することが可能になった 9)。 参考文献 1. Tiwari D.K., Nagai T. Smart fluorescent proteins: Innovation for barrier-free superresolution imaging in living cells. Development Growth and Differentiation 55, 491-507, 2013. 2. Matsuda T, Miyawaki A, Nagai T. Direct measurement of protein dynamics inside cells using a rationally designed photoconvertible protein. Nature Methods 5, 339-345, 2008 3. Day RN. Davidson MW. The fluorescent protein palette: tools for cellular imaging. Chem. Soc. Rev. 38, 2887-2921, 2009 4. Tomosugi W, Matsuda T, Tani T, Nemoto T, Kotera I, Saito K, Horikawa K, Nagai T. An ultramarine fluorescent protein with increased photostability and pH insensitivity. Nature Methods 6, 351-353, 2009. 5. Miyawaki A., Llopis J., Heim R., McCaffery JM., Adams JA., Ikura M., Tsien RY. Fluorescent indicators for Ca2+ based on green fluorescent proteins and calmodulin. Nature 388, 882-887, 1997 6. Nagai T., Yamada S., Tominaga, T., Ichikawa M., Miyawaki A. Expanded dynamic range of fluorescent indicators for Ca2+ by circularly permuted yellow fluorescent proteins. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 101:10554-10559, 2004 7. Horikawa K, Yamada Y, Matsuda T, Kobayashi K, Hashimoto M, Matsu-ura T, Miyawaki A, Michikawa T, Mikoshiba K, Nagai T. Spontaneous network activity visualized by ultra-sensitive Ca2+ indicators, yellow cameloen-Nano. Nature Methods 7, 729-732, 2010. 8. Zhao Y, Araki S, Wu J, Teramoto T, Chang Y, Nakano M, Abdelfattah AS, Fujiwara M, Ishihara T, Nagai T, Campbell RE. An expanded palette of genetically encoded Ca2+ indicators. Science 333, 1888-1891, 2011. 9. Chang YF., Arai Y., Nagai T. Optogenetic activation during detector 'dead time' enables compatible real-time fluorescence imaging. Neuroscience Research 73, 341-347, 2012 12 地域における生命科学研究の紹介 プロスタグランディン E 受容体 EP4 シグナルは血管弾性線維の形成を抑制する 横浜市立大学医学部循環制御医学 よこやま う た こ 横山 詩子 AE AE E 動脈管とは、胎児期に大動脈と肺動脈をつ の発現は既に胎生12.5日から認められる なぐ胎児にとって不可欠な血管であるが、出 [2]。このころより大動脈では血圧の上昇に 生後にいったん肺呼吸がはじまると動脈管 伴って弾性線維の形成が亢進してくるが、動 は不要となり速やかに閉鎖に向かう。このよ 脈管では弾性線維の形成が低下したまま経 うにして哺乳類は胎児循環から成人循環へ 過する。エラスチカ染色や電子顕微鏡による のダイナミックな変化を乗り越えることが 観察から、EP4 欠損マウスの動脈管では弾性 できる[1]。しかしながら、出生後も動脈管 線維の形成低下がみらなかったことから、 が閉鎖しない動脈管開存症は、特に 1500 グ EP4 シグナルが動脈管の弾性線維形成を低下 ラム以下で出生する未熟児の 30%以上で発症 させている可能性が考えられた。EP4 欠損マ し、未熟児の生命予後を左右する。動脈管で ウスは動脈管開存症を呈して出生後数日で は、隣接する血管に比べて弾性線維の形成が 死亡することからも、EP4 による血管リモデ 著明に低下していることが100程年前か リングが正常な動脈管の閉鎖過程に重要で ら知られており、動脈管の機能に重要である あることがわかる。 EP4 による血管弾性線維の制御を調べるた ことが推測されていたが、その分子メカニズ めに動脈管平滑筋細胞を用いた実験を行っ ムは長年不明であった。 本研究で我々は、プロスタグランディン E たところ、細胞を PGE2 または EP4 アゴニス (PGE)受容体 EP4 シグナルが、動脈管で血 トで刺激すると、弾性線維の形成が著明に低 管弾性線維形成を低下させる役割をもち、出 下した。また、EP4 発現を siRNA で抑制した 生後の速やかな動脈管閉鎖を導いているこ 細胞では、EP4 アゴニストの弾性線維形成の とを明らかにした[2]。 抑制効果は認められなかった。さらに EP4 刺 激は著明にリジルオキシダーゼの蛋白発現 胎生中期から後期にかけて、胎盤で産生さ を低下させることが明らかになった。リジル れる PGE2 は増加して、出生直前の胎児の血 オキシダーゼはエラスチン蛋白を架橋結合 清 PGE2 濃度は成人の5-10倍にも達する。 する酵素であり、弾性線維形成に必須のタン 動脈管には PGE 受容体のうち(EP1-4)特に パクである。EP4 刺激はリジルオキシダーゼ EP4 が多く発現しており、マウスでは、EP4 の発現を低下させることで弾性線維の架橋 13 結合を妨げて、弾性線維の形成を低下させる ことが明らかとなった。さらに、各種阻害薬 【PGE2-EP4 シグナルによる血管弾性線維形 を用いることで、EP4 刺激により活性型リジ 成低下の機序】 PGE2 は EP4 受容体を介して、 ルオキシダーゼがクラスリンを介するエン リジルオキシダーゼの分解を促進することで ドサイトーシスによって取り込まれ、最終的 エラスチン蛋白の架橋結合を抑制し、弾性線維 にはライソゾームで分解されることを明ら の形成を低下させる。EP4 の発現が多い動脈 かにした [2]。 管では大動脈に比べて弾性線維の形成(濃紫色) の低下がみられる。 中膜に幾重にも層をなす弾性板・弾性線維 は、血管が管腔構造を保つために必要な支持 体である。このことから、弾性線維が低形成 であることは動脈管を出生後に閉塞しやす くしていると考えられている。本研究の成果 を基盤として、動脈管のリモデリングを加速 させるような新たな治療戦略が可能となれ ば、多くの未熟児動脈管開存症の予後を改善 できる可能性がある。また、本研究により PGE2-EP4 シグナルの新たな細胞内シグナル 経路も明らかにすることができた[3]。 弾性線維の再生はいまだ未解決問題であ 参考文献 ることから、PGE2 による弾性線維形成の制御 のメカニズムをさらに成人の血管疾患や肺、 [1] Yokoyama, U, Minamisawa, S and 皮膚、軟骨といった他の臓器でも今後検証し Ishikawa, Y, Regulation of vascular tone and てゆきたい。 remodeling of the ductus arteriosus, J Smooth Muscle Res, 2010;46:77-87. [2] Yokoyama, U, Minamisawa, S, Shioda, A, et al., Prostaglandin E2 Inhibits Elastogenesis in the Ductus Arteriosus via EP4 Signaling, Circulation, 2013; 129:487-496. [3] Yokoyama, U, Iwatsubo, K, Umemura, M, et al., The prostanoid EP4 receptor and its signaling pathway, Pharmacol Rev, 2013;65:1010-1052. 14 かながわ成長産業イノベーション事業 研究開発プロジェクトの紹介 がん細胞に直接アクティブ ターゲットする DDS キャリアによるがん治療 ナノデックス株式会社 はっとり 代表取締役 わが国でのがん DDS 治療の始まりは前田に けん じ ろ う 服部 憲 治郎 AE AE AE E 葉酸修飾シクロデキストリン ND1 および よる抗癌剤包含高分子“スマンクスⓇ”であり、 ND201 の基本骨格を次図に示す。 EPR 効果により腫瘍部にのみ選択的に送り届 けられ滞留する事が良く知られている。PEG-リ ポソームや PEG 高分子ミセルらも、こうしたパ ND201 ッシブターゲテイングが可能である。ドキソル β-CyD ビシンやダウノルビシンを封入した PEG-リポ N cap H N N HO O H N O HN O N H2N HN O HN Fol 7 OH ソーム製剤(DoxilⓇ/DaunosomeⓇ)が臨床応用 ND1 されている。これらの心毒性は確かに軽減され β-CyD たが圧迫部位への集積やその毒性発現など依 N cap H N N HO O H N O O N H2N H N HN O HN O N H OH 然として副作用が報告されている。次なる DDS 7 Fol 製剤としてパクリタキセルを内包した PEG 鎖 とポリアスパラギン酸から成る高分子ミセル Fig. 1 (NK105)が有望であり第Ⅲ相臨床試験に進ん ND1 の化学構造 葉酸修飾シクロデキストリン ND201 および でいる。 ナノデックス社では、シクロデキストリンに 抗がん剤としてドキソルビシン(DOX)をシ 適切に葉酸修飾する事により、がん細胞に強力 クロデキストリン環の内部に 1:1 包接した複 に会合し、高効率ながん細胞取り込みを見出し 合体を形成する。その会合定数は次に示すよう た。僅か 1nm のβ-シクロデキストリン直径の に、スペーサーと葉酸の取り付けによって会合 円周上に7個の葉酸を集中配置する事により、 定数が顕著に増大した。この特性をイソギンチ がん細胞表面の葉酸レセプター(FR)との高密 ャク効果と称している。 度にして多重的な相互作用により、直接アクテ ィブターゲティングする事によりがん抗体と 同程度の強力な集積が可能となった。 15 はみられなかった。 システム 模式図 安定度定数 (M-1) 一方、ドキソルビシン以外の抗がん剤の選択 DOX/ND201 Complex 1.7×106 ± 0.3×106 として、疎水的構造のパクリタキセルおよびビ DOX/ND1 complex 2.4×106 ± 1.1×106 ンブラスチンでは抗がん効果がみられたが、親 DOX/per-(NH2-cap1)-β-CD complex 1.8×105 ± 1.2×105 水的な 5-FU では抗がん効果は発揮できなかっ DOX/Fol-β-CD complex 4.9×105 ± 2.6×105 た。 DOX/β-CD complex 2.2×102 ± 0.6×102 次に担がんマウスによる in vivo での抗腫 瘍効果を示す。 Fig. 2 DOX とシクロデキストリンから形成される複 : Control (5% Mannitol) : DOX alone (5 mg/kg) : DOX/ND201 complex (5 mg DOX/ kg) : DOX/ND1 complex (5 mg DOX/ kg) Colon-26 (FR-α (+)) cells (2 x 105 cells/100 µL) tumor 合体の安定度定数評価(pH 7.3) (イソギンチャク効果) 8 mm A B び ND201 で顕著に観察された。この効果はク 8000 30 25 Body weight (g) 胞によるがん細胞内への取り込みは ND1 およ 10000 体重変化 腫瘍体積 Tumor volume (mm3) また、FR-αが過剰発現する口腔がん KB 細 単回投与 12000 6000 15 10 4000 5 2000 ラスター型に密集する葉酸ががん細胞表面の 20 * * 0 0 0 5 10 15 20 Day after injection 25 0 30 5 10 15 20 Day after injection 25 30 Tumor Volume (A) and Body Weight (B) after Intravenous Administration of DOX and DOX/NDs Complexes to BALB/c Mice Bearing Colon-26 Tumor Cells FR-αに強力に引き寄せられると考えられ、ナ Mice were intravenously administered of 100 µL of solution containing DOX (5 mg/kg) and DOX/NDs (5 mg DOX/kg). The tumor volume was monitored for 30 days. Each point represents the mean±S.E. of 3-7 mice. *p < 0.05, compared with DOX alone. ノクラスター効果と称している。 Fig. 4 葉酸修飾 CD の in vivo マウス実験による腫 (A) ND201 (B) ND1 (C) per-(NH2-cap1)-β-CD (D) Fol-β-CD 瘍体積抑制効果 1400 *† Mean fluorescence intensity 1200 1000 800 600 * 400 †# 200 0 A549 (FR-α (-)) KB (FR-α (+)) A549 (FR-α (-)) KB (FR-α (+)) KB (FR-α (+)) †# : Control (5% Mannitol) : DOX alone (5 mg/kg) : DOX/ND201 complex (5 mg DOX/kg) : DOX/ND1 complex (5 mg DOX/kg) Colon-26 (FR-α (+)) cells (2 x 105 cells/100 µL) KB (FR-α (+)) Relative Amount of TRITC-ND201(A), TRITC-ND1 (B), TRITC-per-(NH2-cap1)-β-CD (C) and TRITC-Fol-β-CD (D) Retained in KB Cells (FR-α (+)) and A549 Cells (FR-α (-)) tumor The concentration of TRITC-NDs, TRITC-per-(NH2-cap1)-β-CD and TRITC-Fol-β-CD was 10 µM. Each value represents the mean±S.E. of 3-4 experiments. *p < 0.05, compared with A549 cells. †p < 0.05, compared with ND201 system in KB cells. # p < 0.05, compared with ND1 system in KB cells. 8 mm (A) ND201 Fig. 3 種々の葉酸修飾シクロデキストリンのがん細 (B) ND1 * 100 Survival (%) 60 40 20 80 単回投与 Survival (%) * 80 単回投与 胞内取り込み(ナノクラスター効果) 100 60 40 20 0 0 20 40 60 Day after injection 80 0 0 20 40 60 80 Day after injection Survival Rate after Intravenous Administration of DOX/ND201 Complex (A) and DOX/ND1 Complex (B) to BALB/c Mice Bearing Colon-26 Tumor Cells In vitro 実験での ND1 および ND201 の抗が Mice were intravenously administered of 100 µL of solution containing DOX (5 mg/kg) and DOX/NDs (5 mg DOX/kg). The survival ratio was monitored for 84 days. Each line represents the mean±S.E. of 3-7 experiments. *p < 0.05, compared with DOX alone. ん剤キャリアとしての活性は WST-1 法により 細胞殺傷効果を評価したところ KB 細胞の他の Fig. 5 葉酸修飾 CD の静脈内投与による in vivo マ がん種として、ヒト繊維芽細胞、ヒトメラノー ウス実験での生存率 マ細胞で抗腫瘍活性を示した。しかし、FR-α ノックダウン KB 細胞や、FR- αの発現のない ことが知られている A549 細胞では抗がん効果 16 FR- α 発 現 マ ウ ス 結 腸 が ん 細 胞 で あ る pH の低下(7.4 → 6.9)により抗がん剤を解 colon-26 細胞を用いて、 腫瘍の大きさが 8mm に 離し、核へ移行し抗がん効果を発揮する。(p なったところで ND1 および ND201 と DOX との H マジック効果) 複合体を尾部静脈内に単回投与した。その結果、 30 日間に亘り、コントロールあるいは DOX 単 独の投与に比して ND1 で 99%、ND201 で 90%腫 pH 7.4 エンドサイトーシス 瘍の増大を抑制した。体重変化に差はなく顕著 DOX の包接 な副作用はないと示された。 薬物排出 トランスポーター 同様に 8mm の腫瘍をもつ colon-26 担がんマ ? DOX の排出抑制 pH 4.3 ~ 6.9 ウスへの静脈内に ND1 および ND201 と DOX の エンドソーム脱出 複合体を投与して生存率を調べた。Control や DOX 単独では 60 日で死滅するのに対し、84 日 DOX の滞留 間で DOX/ND201 の場合 60%以上が生存した。 DOX/ND1 の場合、80%以上が生存した。 Fig. 6 葉酸修飾 CD による DOX の抗腫瘍効果増強メ 生体内安全性を確認のために投与後 24 時間 カニズムの推定図 における血液生化学的パラメーターを測定し た。その結果、DOX 単独の投与では細胞障害性 本プロジェクトでのがん創薬開発ビジネス や心毒性が上昇したが、葉酸シクロデキストリ のスキームを示す。製薬会社の有する新薬また ンは副作用を軽減するが、ND201 と ND1 の比較 は既発売のジェネリック薬に対し、ナノデック では、ND201 が遥かに毒性を軽減しており、生 ス社の DDS キャリアである ND1 や ND201 を溶 体内安全性の上からは ND201 が優れていると 液中で混ぜて包接させて製剤するだけで、抗が 判断された。 ん効果の向上と副作用の低減を行うことがで 複合体の静脈内投与の 3 時間後に心臓およ きる。抗がん剤やがん種の拡張を図ることが可 び腫瘍への DOX の移行を蛍光マイクロプレー 能であり新規 DDS 製剤により新しいビジネス トリーダで検討したところ DOX のみの投与と モデルの構築ができ、全世界にビジネスを展開 比較して、DOX/ND201 複合体は 1/2、DOX/ND1 は できる。 1/3 の移行であった。一方、腫瘍への移行は、 DOX/ND201 は 11 倍、DOX/ND1 は 10 倍の移行を 示した。このことから葉酸修飾 CD キャリアは、 DOX を効果的に腫瘍組織にデリバリーを行っ 新薬 既発売品 ており、心臓にはデリバリーが抑制されたと判 明した。 シクロデキス トリン誘導体 ND1 ND201 包接 有効性の向上 副作用の低減 DOX を内包した葉酸修飾シクロデキストリ ンの抗腫瘍メカニズムの推定図を次図に示し 新しいビジネスモデルの構築が可能 数種の抗がん剤に適応 新規DDS製剤(特許、薬価) Worldwideに展開 た。本 DDS キャリアは抗がん剤を血流中で安定 に強く包接する。(イソギンチャク効果)葉酸 基はがん細胞表面に、がん抗体と同程度に強く Fig. 7 集積する。(ナノクラスター効果)細胞内では 提案 17 DDS キャリアによる新ビジネスモデルの開発 このプロジェクトに関しては、公益財団法人 木原記念横浜生命科学振興財団の理解と協力 が得られ、神奈川県からの支援(かながわ成長 産業イノベーション事業)を可能としていただ き現在も進行中です。関係者に深く感謝いたし ます。 18 財団の経緯 1942年 京都府郊外物集女にて(財)木原生物学研究所設立 1955年 横浜市南区六ッ川に移転 1984年 (財)木原生研を横浜市に寄付・移管 横浜市立大学木原生物学研究所設立 1985年 神奈川県知事許可により(財)木原記念横浜生命科学振興財団設立 1995年 横浜市戸塚区舞岡町に移転 2005年 横浜市立大学の法人化に伴い横浜市経済観光局の所管 2009年 横浜市鶴見区末広町に横浜バイオ産業センターを整備し移転 2011年 横浜バイオ医薬品研究開発センターを整備し運用開始 2013年 神奈川県より公益財団法人として認定 情報へのアクセス 財 団 横浜・神奈川 バイオビジネス ・ネットワーク http://www.kihara.or.jp E-mail:[email protected] http://www.yk-bio.net E-mail:[email protected] NEWS LETTER No.30 平成26年3月発行 <編集・発行> 公益財団法人 木原記念横浜生命科学振興財団 〒230-0045 横浜市鶴見区末広町1丁目6番地 TEL.045-502-4810 FAX.045-502-9810 E-mail: [email protected] ●JR京浜東北線「鶴見駅」東口及び京浜急行「京急鶴見駅」前バス乗り場 7番から、 川崎鶴見臨港バス 鶴08系統「ふれーゆ」行きで約12分、「理研・市大大学院前」下車 ●JR鶴見線「鶴見小野駅」下車徒歩15分 19
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