Hosei University Repository 偉大さと過去性 ― ヤスパースの哲学史構想における共同性の概念― 山 下 真 ヤスパースは、戦後、蓄積された哲学史研究の成果を『偉 ( ( 27 大な哲学者たち』第一巻(以下、『偉大』と略記)として 「偉大な哲学者たちこそが、哲学史の根源的現実性である」 公 表 し た。 こ の 表 題 が 示 す 通 り、 ヤ ス パ ー ス に と っ て は 本 稿 の 課 題 は、 カ ー ル・ ヤ ス パ ー ス が 展 開 し た〈 哲 学 )。〈哲学の世界史〉を具現化するにあたりヤスパ ( GP, 61 ースが依拠する観点とは、過去の哲学者たちの存在そのも 一 問題設定 〉構想における、 の世界史 Weltgeschichte der Philosophie 独 自 の 共 同 性 概 念 を 究 明 す る こ と で あ る。 哲 学 史 と い う のであり、彼らの〈偉大さ〉であった。にもかかわらず、 れた原理的な問題点(後述)を解消するために、〈偉大さ〉 universelle こ れ ま で 哲 学 史 構 想 に お け る そ の 重 要 性 は 軽 視 さ れ て き た。代表的な例はザーナーである。彼は、『偉大』に孕ま 〉の可能性を問う歩みの一環を成してい Kommunikation る。こうした理路を明らかにするために、筆者は、〈偉大 序論』(以下、『世界史』と略記)の内に、哲学史叙述のよ るのは、『偉大』に先行して書かれた草稿『哲学の世界史 概念の担う位置づけを意図的に引き下げる。その論拠とな ナチス政権下で強いられた隠棲期間、著述に明け暮れた 〉 と〈 過 去 性 Vergangenheit 〉 と い う 中 心 概 念、 さ Größe およびそれらの構造的な連関に着目する。 変遷と歴史理解に深く根差し、〈全般的交わり 問 題 事 象 に 対 す る ヤ ス パ ー ス の 考 察 は、 彼 自 身 の 思 想 の ( Hosei University Repository 喧伝し、「生存圏」を求めて領土拡大に驀進していた。か 4 くも不吉な陰影をまとった言葉をあえて用い、著作の表題 ( り多面的な分節化が示されている事実である。その記述を に置く以上、そこには強い意図が秘められていてよい。ヤ ( 勘案すれば、〈偉大さ〉という観点は一面的であり、「歴史 スパースは、過去の哲学者たちに、そして哲学史に託する ( 記述の一つの形式にすぎない」こととなる。ここに顕著に ことで、〈偉大さ〉という語を規定し直し、新たに意味を ( 見られるように、〈偉大さ〉は、ヤスパースの哲学史観の 与え返しているのだと推定し得るのである。 ( 鍵概念でありながら、従来、不当にもそれ自体として主題 ( 的に論じられたことがなかった。近年も、この傾向に変化 本稿は以下で、まず『哲学』に依拠してヤスパースの哲 学史観の基本性格を確認し、後の展開の萌芽を提示する。 4 は見られない。テオハロヴァは、全般的交わりへ至る過程 次いで、実存的な哲学史理解に内在する問題点とそれに対 4 の内に、哲学史構想の本質的な連関を跡づけているが、そ する批判を把握した上で、〈哲学の世界史〉構想における 4 の彼もまたザーナーの立場を引き継ぎ、より詳論している 〈偉大さ〉の構造を看取し、そこから開かれてくる共同性 ( 付したままなのである。 基本的には首肯できる。だが他方で、ザーナーも認めてい た。この事実が見落とされてはならない。〈偉大さ〉の内 (一九三二年)に遡らねばならない。ヤスパースにとって、 ま ず は、 後 年 に 至 る ま で ヤ ス パ ー ス の 哲 学 史 観 に 一 貫 す る 基 本 性 格 を 明 ら か に す る た め、 前 期 の 主 著『 哲 学 』 ( 実 は 問 わ れ て 然 る べ き で あ る。 ま た、 全 体 主 義 支 配 下 で 哲学的思考とは可能的実存の自己生成であり、各人固有の ( る よ う に、 種 々 の 観 点 に 比 し て「 中 心 的 」 な も の と し て 「交わりの断絶」の渦中にあったヤスパースは、「全般的交 「優先させられ」、実際に公刊に至ったのは『偉大』であっ わりの可能性」を求めるために〈哲学の世界史〉を構想し 4 〉 に 他 な ら な い。 こ う し た 〈 哲 学 す る こ と Philosophieren 遂行態としての哲学理解に応じて、〈哲学史〉もまた実存 二 哲学史の実存的把握 概念を明らかにする。 ( にすぎず、〈偉大さ〉という概念については、全く不問に ( 『世界史』での論述、そして思考の一面化を嫌うヤスパ ースの基本的態度に照らしてみても、こうした解釈傾向は ( ( 的に理解されることとなる。その主要な論点を、以下の四 28 ( )。 当 時 の ナ チ ス 国 家 は、「 大 ド た の だ と 語 る( Aut, 120f. 4 4 4 」を旗印に、自らの偉大さを Großdeutsches Reich イツ国 ( Hosei University Repository こうした「区別の中で一つとなる 自己の存在の仕方を決定することなのである。 ― 点に見る。 ②人格性と交わり 」( P1, 263 )であ 承 物、「 精 神 的 形 成 物 geistiges Gebilde り、 も は や 生 き た〈 哲 学 す る こ と 〉 で は な い。 ヤ ス パ ー の 内 に あ る 」( ebd. )。 ヤ け ら れ た 関 係 の 隔 た り Abstand スパースは、彼の哲学の中心概念である〈交わり〉を、こ 交友関係 存在と不可分とされる。「我がものとすることは、親密な ― 過去の哲学者の思考を記述 ①我がものとすること し た テ ク ス ト は、 そ れ 自 体 で は あ く ま で 客 観 的 な 知 の 伝 ス は、 対 象 的 に 固 定 化 し た 哲 学 を、 哲 学 の「 現 存 在 形 式 質 な 他 者 と の 間 に「 愛 し な が ら の 争 い 」 が 生 じ る 時 に の )は、過去の哲学者たちが個別の人格性で こと」( P1, 286 あることを前提している。哲学は、それを担った哲学者の 」と称する。その意味で哲学史とは、さしあ Daseinsform 4 4 4 4 4 たり著作や「学説」、「学派」という知識可能な現存在とし の相手が哲学者でなければならない所以は、ここにある。 4 〉が成立 く 時、 そ こ に は 際 立 っ た〈 共 同 性 Gemeinschaft する。すなわち、「〔我がものとすることには〕あたかもそ 根源的に異他的でありながら、し ③哲学史の共同性 かし同じ哲学をめぐって過去と現在の哲学する者が結びつ ― 格的交わりを見出す点に、ヤスパースの独自性は存する。 4 み、 双 方 の 自 己 性 は 確 証 さ れ る。〈 我 が も の と す る こ と 〉 こでは哲学の歴史的次元に応用しているのだと言える。異 のようであるが、過去へ向 innige Freundschaft てある( P1, 287ff. )。「哲学は、自らがかつていかに存在し 4 4 4 た か を 意 識 的 に 知 り、 受 け 入 れ る こ と で、 自 ら の 現 存 在 人ならざる物との間には、交わりは生じ得ない。単に「テ 4 を 哲 学 の 歴 史 と し て 有 す る 」( P1, 281 )。 し か し、 過 去 の 哲 学 が 本 質 的 に 理 解 さ れ る の は、 そ れ が 読 者 各 人 の〈 哲 クスト」の解釈ではなく、常にその根底に哲学する者の人 4 学 す る こ と 〉 を 通 じ て、 再 び 運 動 に も た ら さ れ る 時 で あ 4 る。この内面化の過程を、ヤスパースは〈我がものとする 4 〉 と 表 現 す る。 そ れ は、 事 実 的 に は「 テ こと Aneignung 4 4 4 ク ス ト を 理 解 す る こ と 」( P1, 286 ) だ が、 単 な る 再 現 的 」( P1, 285 ) で は な い。 過 去 の 哲 学 な「 同 化 Assimilation 4 4 4 4 4 を 我 が も の と す る こ と に は、 自 己 と 他 者 を「 区 別 す る こ 4 4 4 4 4 の 根 底 に 一 つ の 共 同 性 が あ り、 こ の 共 同 性 の 内 に は 一 な 4 と Unterscheidung 」( ebd. )という相反する作用が本質的 に属している。伝承の理解は、それを「拒否する」か「我 4 が存在し、そして全ての自己存在が触れ るもの das Eine )。通常、共同性とは或る性質 合うかのようである」( ebd. 4 )の局面であり、「得た がものとする」かの「選択」( ebd. を通じて」 ( ebd. ) Anverwandeln 4 ものを転化体得すること 29 Hosei University Repository 研究上の共同性が形成される。しかしヤスパースが言うの 統、立場などが共通することにより、「学派」という哲学 を 共 有 し 合 う こ と で 成 立 す る。 例 え ば、 特 定 の 学 説 や 伝 成要素にすぎぬのではない。そうした大きなストーリーの 軸上の登場順に従属させられ、後から来る者を準備する構 的な哲学史観への批判を意味する。過去の哲学者は、時間 は、独自の人格たちの間に成り立つ「自由の連帯性」( 遠い昔に生きた哲学者の言 ④進歩・発展史観の否定 説 に 対 し、 今 日 の 知 識 か ら 見 て そ の 個 々 の 部 分 を 論 難 す た。その証左は、『偉大』という書物の特異な構成に窺わ 実存哲学から導き出される上述の諸性格は、後に〈哲学 の 世 界 史 〉 が 展 開 さ れ る 際 に も、 基 本 的 に 維 持 さ れ 続 け 三 歴史なき哲学史? である。 P1, 中に回収されることなく、全ての哲学者が固有の人格とし て時間的形態を持ち、各々がそのつど哲学の頂点を成すの )である。むしろこの場合には、対立こそが共同を生 291 み出す条件となる。異他的な者同士が争いながら「真正の ) に 立 つ 時、 そ こ に は〈 哲 学 す る 哲 学 的 敵 対 関 係 」( ebd. )が こ と 〉 に よ っ て 結 び つ い た「 一 層 深 い 共 同 性 」( ebd. る こ と は 容 易 い。 し か し、 過 去 の 哲 学 者 た ち は そ れ ぞ れ 囚われることなく、多様な哲学者たちを独自の類型論によ ― 」 存 在 で あ り、 独 自 の 意 唯 一 無 二 の「 完 結 し た vollendet 味を有する。「哲学における完結したものは、それがまさ ってグループ化する。彼の哲学史構想の両極を成すのは、 4 4 4 4 ( ( 4 4 4 4 4 では〈哲学の世界史〉の統一性である。ここでは、歴史に おける個と全体の問題が基調を成す。 の で あ っ て は な ら な い。 目 指 さ れ る の は、 各 々 の 時 代 ) が、 も は さ れ る の は ヘ ー ゲ ル に よ っ て で あ る 」( GP, 7 や そ れ は、 歴 史 の 必 然 的 展 開 を 経 て 全 体 知 に 終 結 す る も 30 見出されるのである。 に 完 結 し て い る が 故 に、 改 善 さ れ る こ と も 同 一 的 に 反 復 一方では〈哲学する者〉という実存的な個人であり、他方 れる。ヤスパースはここで、歴史上の先後関係や地域性に )。 そ れ 故 に ヤ ス パ ー ス さ れ る こ と も で き な い 」( P1, 282 」を認め は、 第 一 に、 哲 学 史 に お け る「 進 歩 Fortschritt ない。進歩があり得るのは客観知の蓄積の上に成り立つ科 かの普遍的原理にもとづく哲学史の「発展」観も拒否され ヤ ス パ ー ス も 言 う 通 り、「 哲 学 の 世 界 史 が 最 初 に 意 識 る。これは明確に、ヘーゲルとその影響下にある十九世紀 に と っ て の み で あ り、 非 対 象 的 な 存 在 に 学 Wissenschaft 関わる哲学にあてはまるものではない。また第二に、何ら ( Hosei University Repository 」( WGP, 100 ) で あ る。 そ れ 故 に ヤ Universalgeschichte ス パ ー ス は、 西 洋 哲 学 は 無 論 の こ と、 イ ン ド 哲 学、 中 国 し 無 秩 序 な「 阿 保 の 画 廊 」 に 陥 る こ と の な い「 普 遍 史 線 化 を 強 調 し、〈 偉 大 さ 〉 概 念 の 意 義 を 相 対 化 し た の も、 」を導入してい 「反 歴-史学的原理 antihistorisches Prinzip ( ( ると解する。ザーナーが、ヤスパースの歴史記述方法の複 」 を 指 摘 し て い る。 え 込 む「 無 歴 史 性 Geschichts-losigkeit ま た ツ ェ ル ト ナ ー も、 ヤ ス パ ー ス は 進 歩 や 発 展 に 代 え て ( 哲 学 ま で、 あ ら ゆ る 歴 史 的 多 様 性 を 包 括 す る グ ロ ー バ ル これらの批判に応答するには、単純な通史的記述とは異 なり、そもそもいかなる意味でヤスパースが歴史を考えて ( 」( )として語り合う、「偉大な哲学者 GP, 10 Zeitgenossen ) と な る。 現 在 を 生 き る 私 た た ち の 国 と い う 理 念 」( ebd. ちもまた、哲学する限り、この開かれた国に属して「哲学 学史構想の中枢にある〈偉大さ〉の構造を把捉することに と 状 況 を 生 き た 哲 学 的 人 格 が 固 有 の 意 義 を 持 ち、 し か 」( GP, 9 )を行い、その仕方に応 者たちとの交際 Umgang じて哲学史の叙述も無限に存在し得ることとなる。 (1 」 ま さ に こ の 理 由 に よ る。「 時 間 の 隔 た り Zeitenabstand な 規 模 で の 哲 学 史 を 構 想 し た。 こ の よ う に 考 え ら れ た 哲 ( ( がテクスト解釈の本質的契機であると考えられる中、むし 学史とは、過去の全哲学者たちが「永遠の同時代人 ewige ろヤスパースはこれに逆行するかのような観を呈する。 (1 ( いたのかが考察されねばならない。そしてこの課題は、哲 よって、果たされることとなる。 ( しかしながら、ザーナーも危惧するように、哲学者が時 代を超えて「同時代人」として直接に語り合うという企図 4 四 〈偉大さ〉の問題構成 4 ( ( 」に他なら A-Historie お け る〈 実 存 ヤスパースは、すでに『哲学』第二巻「実存開(明(」で、 〉 を 論 じ て い た。 彼 に 〈人間的偉大さ menschliche Größe 〉 と は、 人 間 の 非 対 象 的 な「 根 源 Existenz が、「なおも哲学の歴史であったであろうか?」。むしろこ こに見られるのは無時間性であって、通常の歴史記述を可 4 な諸連関は「抹殺されてしま 能とする歴史学的 historisch ( ( 4 っている」。ヤスパースの哲学史構想は、哲学史でありな 4 性 」( P1, ) 28 で あ り、 選 択 と 決 断 を 通 じ て 世 界 内 に 自 己 を現象させるものである。それ故、事実的に与えられてい 4 る「客観性の諸形態」をいかに引き受けるかが、その実現 が ら、 そ の 根 本 に お い て「 非 歴- 史 ないのではないか? 現にかなり早い段階から、こうした 非 難 は 為 さ れ て き た。 ボ ル ノ ウ は、 実 存 哲 学 の 歴 史 理 解 31 (1 (1 ( に対する詳細な検討の上で、〈我がものとすること〉が抱 (1 ( Hosei University Repository と不可分である。こうした文脈で、実存にとっての「歴史 4 4 4 4 4 4 のも、そのためなのである。 大さ〉が人間的(ないし人格的)偉大さでしかあり得ない 学 しかしながら、これは未だ展開の余地を残した論述に留 まっている。すなわち、ここで偉大さの概念は、①「平均 」の意味が問題となる。ヤスパースは、客観的 Historie と し て の 歴 史 学 」( P2, 397 )に対 な「 科 学 Wissenschaft し、その知を〈我がものとすること〉を求める。それは、 )とい と し て の 人 間 像 に 対 す る 」「 非 凡 な も の 」( P2, 405 う通常の意味を前提しているのみで、ヤスパース独自の規 4 4 4 4 定を与えられてはいない。②同様に、偉大な個人について 歴史学の専門研究の意義を当然認めつつも、「諸成果を通 )へ じていよいよ見渡し難く増大する瓦礫の山」( P2, 398 と固着させるのではなく、「研究可能なものを通じて、実 年のように哲学史叙述にとっての本質的な意義が見出され 語られていても、個と全体との関係性が明確に論じられて )ことである。 存が何であったかに迫る」( P2, 397 4 4 4 4 4 )と 学 的 な 資 料 や「 精 神 諸 科 学 の 対 象 」( P2, 406 歴史 し て 知 ら れ 得 る の は、「 主 観 と し て の 人 間 が 客 観 的 形 態 らの問題がいかに深められ、何故〈偉大さ〉の概念が主導 4 4 4 4 4 4 4 4 4 ヤスパースの哲学史構想にとって、これ とによるのである。 4 4 五 〈偉大さ〉と開かれた全体 4 4 4 4 4 的となったのか? それは、哲学史が〈哲学の世界史〉へ と展開するために、開かれた全体性のもとで再考されたこ てはいない。 ― 4 いない。③歴史学全般との関連で論じられるに留まり、後 ) っ た も の で あ る。 し か し、 ヤ ス パ ー と な 」( P2, 403 ス に と っ て 歴 史 学 と は、 そ れ を 我 が も の と す る こ と を 通 じ て、「 実 存 の 自 己 開 明 」 と い う 意 味 で の「 歴 史 哲 学 」( P2, 400 )へと転じることに真価 Geschichtsphilosophie がある。客観性の媒体を通じて問われるのは、あくまで過 去の実存との交わりである。「私が〔過去の偉大な人間か である。もはや彼は本質的に ein Einzelner ら 〕 語 り か け ら れ る 時、 そ こ に 存 在 す る の は、 そ の つ ど 一人の単独者 わち、「たとえ量的に著しいものであったとしても、業績 『偉大』の序論は、まさに「偉大さとは何か?」の問い は、一般的な類型でも模範でもなく、精神の現実性として 。そこでまず行われる規定 を掲げて開始される( GP, ) の 天 才 で も な く、[ ……] ま さ に こ の 人 な の で あ る 」( P2, 29 は、偉大さと或る特定の量的なものとの区別である。すな )。従って『哲学』における〈偉大さ〉とは、歴史上の 406 人間が持つ、汲み尽くし得ない唯一性の徴表であり、〈偉 32 Hosei University Repository と有用さの内にはまだ偉大さは存在しない。というのも、 薄は、実現するとともに消失する存在経験に留まり、絶対 のみで、客観的には固定されるものではない。全体への肉 偉大さは測り得ない ヤスパースの哲学史構想における〈偉大さ〉の構造も、二 」( Menschenvergötterung 4 )を一切被ってはなら GP, 33ff. 4 化を許されない。この実存と超在との関係を基礎として、 と い う 語 は、 或 る 無 論、「 偉 大 さ 」 と 訳 し て き た Größe 「大きさ」や「量」、「程度」という意味も持つ。だがここ 種の開かれた全体の相補運動として明らかになる。 )。 ebd. でヤスパースは〈偉大さ〉を、その無限定性としての大き か ら で あ る 」( nicht meßbar さそのものと捉えている。それ故、「私たちにとって偉大 ま ず 一 方 で、 哲 学 者 た ち の〈 偉 大 さ 〉 は、 彼 ら の 実 存 から発するのであった。「実存の無限性は、開かれた可能 4 さ が ま だ 現 に 存 在 し て い な い と す れ ば、 そ れ は、 私 た ち )。 そ の 意 味 で「 偉 性 と し て 終 結 な き も の で あ る 」( P2, 2 大 さ と は、 強 制 的 な 基 準 を 持 た な い が 故 に、 或 る 開 示 さ 4 が量的なものに目を奪われている場合であ」( GP, ) 31り、 対象的な世界の内に〈偉大さ〉を見出すことはできない。 で あ る 」( GP, ) れ た 秘 密 ein offenbares Geheimnis 31 と も 語 ら れ る。 過 去 の 哲 学 者 が 現 在 哲 学 す る 者 に と っ て 交 4 領土や国家の大きさも、限定された量的存在にすぎず、そ 際 の 相 手 と な り 得 る の は、 彼 ら 過 去 の 実 存 た ち が、 開 か 4 れ自体としては何ら偉大ではない。それとは異なり、「最 れ た 人 格 と し て、 批 判 や 争 い を 容 れ る だ け の 大 き さ を 持 4 も偉大な者も最も卑小な者も全て、真理を意志するのであ つ こ と に よ る。 従 っ て 偉 大 な 哲 学 者 は、「 人 間 の 神 格 化 のために仕えることである」 ein unermeßliches Ganze 4 へ と 関 係 し、 全 体 に 帰 属 せ ね ば な ら な Ganze い。 実 際、 最 も 偉 大 な 人 々 の 意 識 と は、 或 る 測 り 難 い 全 4 れ ば、 全 体 体 」( GP, 72ff. ) ず、 む し ろ 常 に「 疑 わ し さ Fragwürdigkeit の 中 に あ っ て こ そ 守 ら れ て い る。「 偉 大 な 人 間 は、 存 在 4 だが他方で、実存にとって超在の暗号が現れたように、 4 決して全体化され得ないからである。 の よ う に、 無 限 に 解 釈 可 能 Widerschein )。ここで〈偉大さ〉は、哲学史という事象を成り ( GP, 63 立たせる、開かれた全体を指示する概念として、新たな意 4 の全体の反照 4 味を獲得している。 で あ る 」( GP, ) 。彼らの汲み尽くし unendlich deutbar 29 得ない存在は、 「人格的に包括するもの」( GP, ) 92であり、 4 が全体を問う〈存在 元来ヤスパースの哲学は、有限な個 の探求〉の遂行であり、その意味で「実存哲学は本質にお い て 形 而 上 学 で あ る 」( P1, ) 27 と 規 定 さ れ る。 し か し 超 は、実存にとっての暗号として現象する Transzendenz 在 33 Hosei University Repository 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 関 と し て 成 り 立 つ、〈 偉 大 さ 〉 概 念 の 循 環 的 構 造 で あ る。 難さと、哲学史という開かれた全体の測り難さとの相互連 過去との哲学的交際によって哲学史は無尽蔵なものとして 過去との人格的な交際に立つ者には、「偉大な哲学者たち 者 へ の 〕 聴 取 し 問 い か け る 運 動 に 到 達 す る。 そ の 時 初 め 開示され、無尽蔵な哲学史に与ってのみ交際は成就する。 の国」としての哲学史が現れ得る。「我々は〔偉大な哲学 て、本来的に交際が始まる。或る形而上学的な内実の空間 表である。 〈偉大さ〉とは、含みつつ含まれるこの開かれた全体の徴 六 〈過去性〉と哲学史の パースペクティヴィズム 的 な 一 な る 全 体 と し て の 事 象 」( そ れ で は、「 包 括 4 GP, )。それは、交際の遂行とと が開かれたのである」( GP, 60 もに切り拓かれつつ、同時にあらゆる交際が生じることを 可能としている、共同性の空間である。偉大な哲学者たち の具現化」 ( GP, 9 ) が「人間の諸可能性の持つ諸力 Mächte で あ る の に 対 し、 哲 学 史 は そ れ ら「 諸 可 能 性 の 全 空 間 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 的 交 わ り が、 現 に 存 在 す る 二 者 間 の 関 係 性 で あ る の に 対 4 ( Umgang mit den や存在しない者との間に成り立つ事態である。『偉大』で ( は、 そ れ は 明 確 に「 死 者 た ち と の 交 際 」( GP, ) 59と呼ばれるに至る。「人間が歴史を持つ Toten から人間へと語り の は、 偉 大 さ が 過 去 性 Vergangenheit 34 」( GP, 60 )と言われる。ヤスパースにと gesamter Raum って哲学史とは、哲学史を我がものとする一切の多様なパ ースペクティヴがその内にあって包括されているものであ ) 63 で あ る 哲 学 史 の 内 に は、 い か な る 固 有 の 歴 史 性 が 伏 在 し て い る の か。 そ れ は、 哲 学 史 構 想 の 進 展 に と も な う る。 先 に 見 た 通 り、『 哲 学 』 で の〈 我 が も の と す る こ と 〉 4 〈我がものとすること〉の再定式に読み取ることができ )として描き出される。これは「哲学者の国」が開 ( GP, 8 かれた全体であることにもとづく。「この国は、その広が は、実存的交わりの構造をモデルとしていた。だが、実存 り、 「諸々の精神の争いが生じる場である「諸力」の空間」 りと諸分肢を誰も規定することができず、いかなる規定可 GP, し、〈我がものとすること〉は、現に存在する者と、もは 」( Abglanz )。 そ の 無 限 定 な「 測 り 能 な 諸 限 界 も 持 た な い 」( GP, 44f. 難さ」の内では、全ての〈我がものとすること〉はそのつ ど の一解釈、「あの〔哲学者の〕国の反射 4 ) 11であるに留まり、哲学史全体を確定的に把握するもの ではない。 4 かくして看取されたのは、哲学者という個の内なる測り (1 Hosei University Repository かけてくる時である」( GP, ) 。ヤスパース自身、すでに 29 かくして、「諸可能性の全空間」と言われた哲学史とは、 哲学史を「哲学することの想起する交わり 過ぎ去った可能性、失われた可能性によって充溢され、哲 die erinnernde 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 学した者たちと哲学する者たちとを結ぶ共同性の空間であ 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 る。この特異な共同性は、ヤスパースが好んで用いる〈永 4 」( P1, 263 ) と 呼 ん で い た。 し か し、 こ Kommunikation の 側 面 が「 我 が も の と す る こ と の 根 拠 と し て の 過 去 性 」 4 〉という概念によっても名 遠ノ哲学 philosophia perennis 指 さ れ る。 そ れ は、 古 来 か ら の 歴 史 を 通 じ て 真 に 存 在 す 4 )へと深められるのは、〈哲学の世界史〉に至っ ( WGP, 62 てである。 4 る「ただ一つの哲学」であって、「誰もそれを所有するこ 4 、すでに過ぎ 4哲4学4史4の4共4同性は、もはや存在しない人々 去った非存在との間に成立する。さしあたり、哲学史の伝 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 ― 4 4 )。 世 界 史 上 に 実 現 し た 哲 学 的 思 考 の と が な い 」( P1, 284 多 様 性 は、 全 て が「 永 遠 ノ 哲 学 の 一 表 現 」( WGP, ) 55 に 4 4 4 4 4 4 こ 留まり、唯一絶対の哲学そのものを占有し得ない。 」( WGP, うしたヤスパースの意図は、哲学史のパースペクティヴィ Spur 4 4 vergangenes ズムの貫徹であり、そこから生じる哲学的共同性の開示で 4 4 4 4 4 4 4 4 4 あると言える。すなわち「偉大な哲学者たちは、数千年を )。しか 承物の中で「死者たちは沈黙している」( WGP, 65 し、 テ ク ス ト を 通 じ て 問 い 質 す 者 に と っ て、 そ こ に 見 出 さ れ る の は「 人 間 の 実 存 的 な 歴 史 性 の 痕 跡 ) で あ る。 生 者 が「 過 ぎ 去 っ た 思 想 137 4 4 4 4 4 4 4 4 ein 通 じ て 相 互 に 精 神 的 対 話 を 行 う 中 で、 或 る 共 通 な も の 4 」( WGP, ) 45を 我 が も の と す る と い う こ と は、 Gedanke かつてその思想を担った死者たちが、唯一的な「忘れ得ぬ の内に生きている。[……]その共通性を創 Gemeinsames り 出 す の は、 永 遠 ノ 哲 学 で あ り、 最 も 遠 い 人 々 で さ え も ) 。過去の哲学者と交際し、自ら哲学することは、各人 56 の実存にもとづく唯一的なパースペクティヴであり、全て 4 人間」( GP, 9 )として語りかけ、応答して来 unvegeßlich る こ と を 意 味 す る。 従 っ て、 こ う し た 相 互 関 係 と し て の 歴-史」とは呼び得ない。 このように解釈する時、ヤスパー が そ の 共 通 性 の 内 で 互 い に 結 び 合 わ さ れ て い る 」( WGP, 仕方に他ならない。 ― 「想起」とは、生者が過去性の内から死者の声を聴き取る スが語る哲学史とは、単なる「非 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 が 異 な る と と も に、 全 て が 対 等 の 意 義 を も っ て 共 存 し 得 4 それは、通常の歴史叙述が問うことのない事態、そもそも 4 もはや存在しない人々といかに対話し得るかを、実践する る。哲学史への「入場は、あらゆる人々に開かれて」( GP, )おり、彼らは皆、哲学史という「一なるもの」に与っ 12 試みを意味するのである。 35 Hosei University Repository て い る。 た だ し こ の 共 同 性 は、 過 去 の 実 存 た ち と 争 い 合 る補足、[……]は省略を示す。 4 4 4 4 4 《注》 ( ) ヤスパース自身の回想によれば、〈哲学の世界史〉が着 想されたのは一九三七年である。それは、実存哲学以後の WGP : Weltgeschichte der Philosophie. Einleitung, hg. von H. Saner, München/Zürich 1982. ( 1957 ) , Mün GP : Die großen Philosophen. Erster Band chen/Zürich 1981. ( 1932 ) , Berlin/Göttingen/Heidel P1-P3 : Philosophie. 3Bde. berg 1956. be, München 1977. ( 1956 ) , erw. NeuausgaAut : Philosophische Autobiographie い、また、過去の実存をめぐって現在の実存たちと争い合 うこととしてのみ、実現され得るのである。 七 結語 4 以上の通り、ヤスパースの哲学史構想における共同性の 理路を表現するものこそ〈偉大さ〉の概念であった。それ 4 は、哲学者の国という空間的な開けとともに、哲学者たち の過去性という「時間の隔たり」をも内に蔵した、多重的 な包括的全体の構造として明らかになった。哲学史の空間 は、歴史学的な遠近や時間的な先後関係、伝統や言語の共 4 有にもとづくのではなく、存在か非存在かという究極的な 断絶をも結ぶ、最も大いなる共同性である。だからこそ、 「哲学の一なる世界史の現前性は、全般的交わりのための ) と も 語 ら れ る。 こ の 共 同 性 は 枠 と な り 得 る 」( Aut, 121 「最も遠い人々」、すなわち、哲学し得る限りのあらゆる人 間へと、また同時に、生者のみならず死者に対しても開か れているのである。 ヤスパースの著作からの引用や参照指示には、以下の略号を 用い、頁数を括弧に入れて文中に記した。〔 〕内は引用者によ 彼の思索において〈哲学的論理学〉と並行して進められる )。この構想の中核を成すの Aut, 120f. が、『偉大な哲学者たち』と『哲学の世界史 序論』という べき両輪であった( 二 著 で あ る。 前 者 は、 全 三 巻 の 構 想 を 示 し つ つ も、 一九五七年の第一巻のみの刊行に終わった。後者は、それ に先立ち五一年から翌年にかけて執筆されたと推定され、 前者には見られない種々の論点を含むが公表されず、ザー ナーの編集により遺稿として八二年に刊行された。なお、 ヤスパースの哲学史構想全般については、以下の論文が概 観を与えている。重田英世「ヤスパースの哲学史観」(実 ― 」(日本大学哲学研究室『精神科学』第三七号、 偉大な哲学と偉大 存主義協会『実存主義』第二七号、一九六三年)、平野明 な人格 ― 彦「ヤスパースの哲学史観について 36 1 Hosei University Repository 一九九八年)。 ( ( ( ( ( 5 4 3 2 ( ( ( S. 6ff. dem Weg zur Weltphilosophie, Würzburg 2005, S. 76ff. にあった「この運動の内的真理と偉大さ」という文言を修 ) Saner, a.a.O., S. 8. )『 偉大』刊行の四年前には、ハイデガーが、戦中の講義 正 せ ず に 発 表 し、 糾 弾 さ れ た こ と も 想 起 し て よ か ろ う。 Vgl. Jürgen Habermas, Zur Veröffentlichung von Vorle( 1953 ) , in: Philosophisch-polisungen aus dem Jahre 1935 tische Profile, erw. Ausgabe, Frankfurt a.M. 1998. ) Vgl. GP, 46ff. ) Saner, a.a.O., S.5. ) ebd. ) ebd. ) Vgl. Otto Friedrich Bollnow, Existenzphilosophie und Geschichte. Versuch einer Auseinandersetzung mit Karl ( 1936 ) , in: Karl Jaspers in der Diskussion, hg. von Jaspers H. Saner, München 1973, S. 247ff. ) Vgl. Hermann Zeltner, Existenzielle PhilosophiehistoPhilosophiegeschichtsschreibung, in: Archiv für Geschich- rie? Kritische Bemerkungen zu Karl Jaspers’ Theorie der te der Philosophie, Vol. 42, 1960, S. 294f.た だ し ツ ェ ル ト ナーのこの論文は、『偉大』の刊行前に執筆されたもので、 同書の内容は参照していない旨、断られている。 ( ) . ne Die historische Größe )『 世界史』では、まだ過去の哲学者との「交わり」とい う 語 用 が 見 ら れ る が、『 偉 大 』 で は、 ほ ぼ 完 全 に「 交 際 」 Stuttgart 1978, Kap. 5: Das Individuum und das Allgemei- いている。 Vgl. Jacob Burckhardt, Weltgeschichtliche Be( 1905 ) , erläuterte Ausgabe, hg. von R. Marx, trachtungen Tübingen 1975, S. 275ff. ) 歴史叙述における人間の〈偉大さ〉への注視は、ブルク ハルトを嚆矢とし、ヤスパースも明らかにこれを念頭に置 Grundzüge einer philosophischen Hermeneutik, 4.Aufl., ( ) Vgl. Hans-Georg Gadamer, Wahrheit und Methode. ( ( に 統 一 さ れ て お り、 明 確 に 概 念 の 使 い 分 け が 為 さ れ て い る。これは、生者にのみ適用可能な「交わり」に対し、死 者との哲学史的関係が持つ独自性を区別するために、「交 際」という表現を用いているのであろう。 37 13 14 15 ) Vgl. Hans Saner, Vorwort des Herausgebers, in: WGP, ( 6 ) Saner, a.a.O., S.5f. ) Genoveva Teoharova, Karl Jaspers’ Philosophie auf ( 7 ( 8 11 10 9 12
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