シスターに学ぶ 『余計なことをしない』

平成28年 1月15日 第73号
ひとから真に求められる『心のケア』を考えます
発行 : ベトレヘムの園病院 隔月15日発行 編集 : 広報委員会
住所 : 東京都清瀬市梅園三丁目14番72号 ☎042‒491‒2525 URL: http://www.betohp.com
シスターに学ぶ
『余計なことをしない』
73
No.
院長 青木 信彦
謹んで新春の喜びを申し上げます。
くない、困ったものです。
昨年は多種多彩な年で、職員の交通事故&急病の多
よくよく考えてみますと、テロ・夫婦ゲンカ・学校
発や病院機能評価受審などなど、イベント満載でした。
でのイジメも、大元は「余計なことをする/余計なこと
今年は少し穏やかな1年であって欲しいと願っています。
を言う」ことからはじまるのではないでしょうか。
さて青木もこのカトリックの病院に勤務して、今春
しなくてもよいことをする、黙っていればよいこと
で満2年となります。病院の院長としては4か所目と
まで口を出す、不必要なうわさ話をする、などなど。そ
なりますが、今までにない体験をしています。なかで
の結果、自分でもイライラしたり、心やましい気持ちに
も院内でシスターと一緒に仕事をするのは初めてで、
なったり、自己嫌悪に陥ったりして、そのあげく自滅す
興味深いものがあります。シスターのみなさんを観察
るのです。
させていただきますと、俗人に比べて健康で長生きで
ながく生きていると多くのことを体験するので、そ
あることが分ります。その要因のひとつとして、シス
こから学び取る工夫をしましょう。年齢を重ねるとと
ターの多くは体型にムダがない(小柄でスリムなど)。
もに穏やかな生活ができるようになる工夫ですね。
さらに詳しく観察しますと、規則正しい生活に徹して
これからは平均寿命100歳の時代へ向かいます。い
いる、つまり
「余計なことをしない」ということに気付
つまで健康で長生きするかは分らないのですが、生き
いたのです。
ているうちは「心地よい体調で毎日を過ごす」ことが一
番の幸せでしょう。お金持ちになっても、名誉や地位
などがあっても、それだけでは何の役にも立たないの
です。少なくとも幸福感とは、心と身体のすこやかさ
の中にあるのです。、そのコツは、少しガマンして「余計
なことをしない」ことです。
新春を迎えるにあたり、不肖青木も馬齢70歳を超え
今さらではありますが、「余計なことをしないシンプ
ルライフ」を心がけたいと思います。
みなさんもご一緒にいかがでしょうか。
一方の自分を見直してみると「なんと余計なことを
しているのだろうか」と反省させられます。例をあげ
ればキリがありません:
休日の昼酒(仕事がなくなればアル中)・寝る前のア
イスクリーム(糖尿病予備軍)・アマゾンでの衝動買い
(カミさんに怒られる)ー。どうしても「小人 閑居
して 不善をなす」(凡人はヒマができると良くない
ことに走りがちだ)になってしまうのです。ヒマがよ
平成28年1月15日 第73号
ンの家に泊まった際、1人の女が非常に高価な香油
医学こぼれ話
のつぼを持ってきて、それを壊し、香油をイエスの頭
に注ぎかけました。人々が怒ってその女を厳しくと
〜その40 〜
患者と
「ベタニアホーム」
星 和夫(医師)
がめたところ、イエスは
“するがままにさせておきなさ
い。なぜ彼女を困らせるのか。香油をわが身に注い
だのは、私を葬るためである”
とたしなめています。
わが慈生会が経営する「ベタニアホーム」
は、この小
さな街の名前に由来しているのです。
年の初めですから、改めて私たちが毎日取り扱う
「患者」
や
「ベタニアホーム」
について考えてみましょう。
ペイシャント
まず
“患者”
はpatientですね。この言葉が、私たち
パ
ソ
ロ
ジ
ー
パ ッ シ ョ ン
さてユダヤ教徒の間では、教師と弟子が毎週木曜
日に夕食をともにする習慣がありました。今日が最
後の晩餐と感じたイエスは、その席で
“わが弟子の中
が学校で教わったpathology(病理学)や passion
に裏切り者がいる。私が亡き後は、パンをわが肉、ぶ
(情熱)
という言葉とみんな同じ語源だなんて信じら
どう酒をわが血と考えよ”
と弟子たちに告げます。弟
子たちの動揺を感じたイエスは、ペテロ、ヤコブ、
ヨハ
れますか?
パティオール
すべてのもとはラテン語のpatior(受ける、被る、
ペ イ シ ャ ン ス
ネという親しい3人の弟子だけを連れて、オリーブ山
耐える)
で、これからできた英語がpatience(忍耐)
に登りました。ゲッセマネの園に着くと、3人に向かっ
です。patient(患者)
というのは“苦痛をじっと耐え
て“私は悲しみのあまり死ぬほどである。私が祈って
ている人”
という意味で、“医者や看護婦の不親切な
いる間ここで待ち、目を覚ましていなさい”
と命じまし
扱いにじっと耐えている人”
ではありませんよ。
た。しかしイエスが祈り終えて戻ってみると、3人と
patiorは一方で過去分詞passusを経てギリシャ
も眠り呆けていました。再度繰り返しましたが、やは
語のpáthos(感情、 災難、 病気)
となり、さらに
り同じでした。間もなく、
ユダが祭祀長、長老たちから
passion( 刺 激 を 受 け て 動 く 感 情=情 熱 )
、
遣わされ、群衆の先頭に立ってやってきました。兵士
パ ッ シ ョ ネ イ ト
パ
ッ
シ
ブ
passionate( 情 熱 的 )
、passive( 受 身 の )
、
コ ン パ テ ィ ブ ル
compatible(ともに受ける=矛盾しない)
などになり
ペ ー ソ ス
まし た が、 ま たpáthosか ら はpathos( 哀 愁 )
、
シ
ン
パ
シ
テ
レ
パ
シ
イ
ア パ シ ー
sympathy( 同 情、 共 感 )
、apathy( 無 関 心 )
、
ー
ア ン テ ィ パ シ ー
telepathy、antipathy(反感)などの言葉が派生し
たのです。
たちにいばらの冠をかぶせられ、十字架を背負わさ
れたイエスは、人々の嘲笑を浴びながら追い立てら
れて行き、ついにゴルゴダの丘で処刑されるのです
が、
この道中こそが“The Passion ”
なのです。
そうそう、ベートーヴェンのピアノ・ソナータに
ア パ ッ シ ョ ナ ー タ ー
Appassionataという曲がありましたが、これはイタリ
医学用語としては-pathyが付く言葉はみんな“病”
ア語で、邦名は
“熱情”
でした。情熱と熱情とどう違う
を 表 わ し ま す。pathogen( 病 原、 病 原 体 )
、
のでしょうね。Pathology(病理学)
をお習いの皆さ
pathology(病理学)
、pathogenesis(病因論)な
ん、patience(忍耐)の精神で、patients(患者)
どはおなじみですね。
を大切に、passive(受身)
にならず、passionate(情
さてpassion は“情熱”
という意味ですが、The 熱的)
に生きてください。
Passionとなると“キリストの受難”のことです。キリ
ストが人々の罪をあがなうために受けた様々な苦し
み、とくに最後の晩餐から十字架にかかるまでをこう
呼んでいますが、要するに何かが“身に振りかかって
くる”のがpassionなのです。それでは新約聖書のク
ライマックス
“The Passion”
をマタイ伝、マルコ伝の
一節から。
イスラエル最大の祭「過ぎ越しの祭」の6日前に、
弟子たちを引き連れてエルサレムの都へ入ったイエ
スは、
まもなく弟子の1人に裏切られ、死が近いことを
予見します。都の小さな町ベタニアで、らい病人シモ
読者のみなさんへ
長いこと
「医学こぼれ話」
に付き合っていただき、ありがとうございます。
この度、〜その40〜をもちまして、一旦執筆を終了させていただきます。
こぼれ話〜その1〜は平成21年5月15日
(
「ベトレヘムの風」
第33号から
スタートしましたので、振り返ると、約7年ものあいだ、皆さんに読んで
いただいたことになります。本当にありがとうございました。
平成28年 1月15日 第73号
昨年 4 月から西野
科長より引継ぎ、新体
外来も昨年からXrayフィル
ムレスになり、医療の新しい波
昨年は、科
内の大幅な人
制でスタートしました。
8 月に医療機能評
価を受 け、 看 護、ケ
に乗ってきました。
また、中央材料室にもフレッ
シュナースが加わり、爽やかな
員交代あり機
能評価の再審
ありと、波乱に満ちた年でした。
アを見直し質の向上につながるこ
とが出来ました。
今 年もひきつづき患 者さん、
風が吹いています。外来、中材
ナースと共に思いやりの心、優
しい笑顔を忘れ
今年は 3 月に薬価改定が控
え、またまた忙しい年となりそ
うですが、新メンバーも慣れて
御家族、スタッフ一同笑顔いっ
ぱいの病棟になる様、皆で努力
していきたいと思います。今年も
ずに邁進します。
どうぞ宜しくお
願い致します。
きましたので、心機一転頑張り
たいと思っています。
よろしくお願い致します。
新年開けましておめでとうござ
あけましてお
います!
!
チーム2F病棟、今年も皆で
心を 合 わ せ、 日本 一 の 療 養 病
院を目指して邁進していきたい
と思いますので、よろしくお願い
いたします。
めでとうござ い
ます。
今年も、患者
さまの診断や治
療に貢献できるよう、迅速に精度
の高い検査結果を報告する努力
を続け、また、患者さまがより快
適に検査が受けられるように努め
てまいります。よろしくお願いい
たします。
れ 3 月初 旬で 1 年となります。
画像情報も日々蓄積され診療に
役立つ事も多くなっている事と夢
想しています。
本年は今まで
以上に個人情報
取り扱いに注意
を払いつつ利便
性向上に努めた
いと思います。
あけましておめでとうござ い
あけましておめでとうございま
す。病院の食事は、疾病の治癒
皆様、新年あけましておめでと
ます。
今年度、リハビリテーション科
は新しいスタッフを迎え、 益々
元気いっぱいの雰囲気となりま
した。今年も、皆様とウッキウキ
で明るく楽しいリハビリをめざし、
頑 張って 行 き
たいと思ってお
ります!本年も
よろしくお願い
致します。
あるいは症状回復の促進を図る
ことを目的としています。その為、
病院の食事=不味い、と認識して
いる方が多いように感じています。
院長先生が太鼓判を
押す当院の食事を食べ
てもらえる機会を設け
られないか考えていき
たいと思います。今年
も宜しくお願いします。
放射線科業務がデジタル化さ
うございます。事務部では年頭
の挨拶で「つつみこむ」という言
葉を取り上げました。
私たちの医療機関は経済的困
窮や障害を抱えた方が多く利用
する、福祉的な色彩が強い施設
です。つらい状況に置かれた方々
に寄り添い、「つつみこむ=受け
入れる」ことの大切さ
を改めて心に刻み仕
事に取り組みます。
平成28年1月15日 第73号
ひふの話
ことが発見されました。
その
もう一つは、小児の食物アレルギーについてです。
26
昔、アトピーの原因が妊娠中や授乳中の食事に関係する
と考えられたことがありましたが、現在この説は否定さ
市川 雅子(皮膚科医師)
れています。妊娠中、授乳中に食事制限してもアトピー
アトピー性皮膚炎 その2
の発症予防効果はないことがわかっています。アトピー
のお子さんの皮膚は、乾燥しやすく皮膚のバリア機能が
弱いのですが、湿疹などがあるとバリア機能が破壊され
今回もアトピー性皮膚炎に関連したことを2つ、お話
ししましょう。ひとつは、プロアクティブ療法について
てしまい、そこから食物抗原が侵入しやすくなります。
です。これは、湿疹が消えても週に1~3回ステロイド
アトピーの人はアレルギーを起こす IgE 抗体を作りやす
外用剤
(または、プロトピック軟膏)
をある期間続ける治
い体質を持っていますので、そこである特定の食べ物に
療法のことです。以前は、湿疹が良くなると、ステロイ
感作され、食物アレルギーを獲得すると考えられていま
ド外用剤を中止して保湿剤だけにするように指導してい
す。食物アレルギーを発症すると、アレルギーの出るも
ましたが、しばらくするとまた湿疹が出てくることがよ
のを食べるとアトピーも悪化することになります。では、
くありました。見た目には湿疹が消えて普通の皮膚のよ
どうしたらいいのか?できれば新生児の頃からきちんと
うになっていても、一度炎症を起こした皮膚では、その
スキンケアしていくことが重要なようです。新生児期で
炎症がくすぶっていることが組織学的にも確かめられ、
なくても、もし、お子さんが乾燥肌であったら、カサカ
それが頻回の症状の再燃につながることがわかってきま
サのままで遊ばせないで下さい。市販の子供用スキンケ
した。そういう患者さんにプロアクティブ療法をすると、
アクリームなど、お肌に合ったものでお手入れしてあげ
皮膚の状態がとてもよくなり、副作用もほとんどでない
て下さい。
2015 年
~患 者さんと共に 迎 えたクリスマス祝 会~
クリスマスのミサには大勢の患者さんとご家族、
またボランティアの方等が集まり、
クリスマスの喜びを共にすることができました。
今 年もまた、待降 節
(2015/11/29)~ご 公 現
(2016/1/3)までの間、院内の3か所に献金箱を
設置、その献金は 9,135 円でした。東京カトリッ
レゼントを届け
(その間、廊下では職員やボラン
ティアさんがキャンドルを灯してクリスマスソン
グを歌っている)
☆患者さんやご家族の方は、胸がいっぱいのお
クボランティアセンターを通して福島の子どもの
ために送られました。
ミサのあと、16 時 20 分からキャンドルサービ
スです。病床の患者さん一人ひとりを訪問してプ
顔 に な っ て 涙 を こ ら え た り、 手 を 合 わ せ た り
等々、皆が感激をもらい、幼子イエスのお誕生を
かみしめているかのようでした。
(広報委員)
イエス様がお生まれになった町の名前は「ベトレヘム」、
お与えください…」と祈りますが、この時期になると「パン
その意味はヘブライ語の「パンの家」
(Bethlehem)です。日
の家」=「ベトレヘム」という名前に惹かれるのです。
に何度となく祈る主の祈りに「私たちの日ごとの糧を今日も
(Jk・T)