。寄 - 京都府立図書館

京都府立圏書館
昭和二十九年度事業報告
(昭和二十九年四月一昭和三十年三月)
0桑
寄
。
.
.
i
.
!
4
奇
,
j
新
、
m
i
木淳地方分健椙衆郡木淳町曲作一泡副作
F
z
h叫
他方分信光桑田制仲宗寺勺久宇下中
ゐAK
宮途也方第四・砂
p
i布能賞
品代凱W
地方介一倍銭努帯主裕
関野地方冷線検特務③品可町小一徳町
峰山処方介拍暗中郡峰山町
伏島分舘火見事タ-寄七肉大
崎氏称与可ル
永続帥友京区
よ京分鎗よ京豆小山南太田勾町一
河属小可令館中京昆ベ刈晶 M町到来停止中
0
3
、
婦
ム同小野府立図書館・分館配置図
本
日
》骨
J.
失.
じ
う
持
‘
良
一、概
込である。
二、利
者八本館並びに市内三分館)
度末において既に二名の増員を見た。他の三名も近く増員の見
されていたが、漸く五名の職員を増加することが決定し、本年
本館の利用者の激増に伴い定員増加の必要はかねてから痛感
とになった。新館開館後の利用者数は著しく増加している。
結び、昭和二十九年七月から新館において利用者に奉仕するこ
伏見直内における分館の新築は地元有志の協力によって買を
が痛感せられる。一
忙殺される挟況である。多年の懸案である閲覧室の増築の必要
日-・日曜日の利用者の殺到ぷりは甚だしく、係員がその整理に
増加し、一二月及び四月を除いては殆んど毎月満員で、特に土曜
開館以来の記録破りの敷字となった。園書館利用者の数は逐年
昭和二十九年度の京都府立圃書館における利用者数は、本館
況
O冊
昭和二十九年度八四、一二
O七m
m
これらの長期貸出の園警は、おおむね三人の利用者の手を経
昭和二十六年度四五、三四七冊
昭和二十七年度六一、二八
昭和二十八年度七七、四四三郎
三、館外貸出班載(貸出期間一ヶ月、郡部を封象とする活動)
昭 和 十 二 年 ( 戦 前 最 高 } 一 一 一 九 、 二O一
名
昭和二十六年度二三五、五六
O名
昭和二十七年度三二一、九九六名
昭和二十八年度三
O四、七四一名
昭和二十九年度三四三、一五七名
千二百十五人(昨年度一千九十七人﹀である。
に比して二一・六パーセントの増加で、一日平均利用者数は一
本年度の利用者締数は、三十四薦三千百五十七名で、昨年度
用
る肢況であるから、昭和二十九年度の長期貸出利用者数は、約
二十五高三千人と推定せられる。これら貸出圃書の分類別比率
は、文翠七三%、吐舎科事五%、歴史四%、工事四%、自然科
である。
事三%、産業三%、襲術一二%、哲事二%、総記二%、語率一一%
四、京都市内四館の利用者の内欝
Ll
一本館一伏見分館一河原町分館一上京分館一
人一四九元夫人一君、一八四人一美、美八人一 一
利用者数一三一七、 ooh
一
西
一
品
、
一
五
七
人
ニ新一実 J一一号五山一豆、互会場一呉、八室新一 EC如、口凡人開放
利用冊数一宮一回一弓四 O
ニぎ日一=一一石旦一一完日一
開 館 日 数 一 ニ 克E
一日平均一八一四人一一八回人一コ玄人一窃人一
z
一
五
人
、
一
これを男女別に見ると、
一本館一伏見分館一洞原町分館一上京分館一
男 一 七 一 μ一 六 一 二 % 一 八 七 % 一 七 八 % 一
女一二九 一ニ七%-一三%一一一二%一
更にこれを一般人と筆生とに別けて見ると、
四0.%
一三%
一本館一伏見分館一河原町分館一上京分館一
一般一二一%一一三%一五七%一一七%一
間学生一七九%一八七%一四三%一八三%一
尚、厚生の種別は、岡崎本館の調査によれば、
大祭生三二%高校生
中翠生一五%小謬生
となっている。
玉、利用国書の内容
同時本館の本年度の利用冊数は三十四蔦三千四百三町で、一
日の利用冊数は平均千二百三十一加、一人の平均利用冊数は了
線記
四・三%
一0 ・三%
哲翠宗教
社曾科事
了七%
一一・八%
五冊でゐる。いま、これを圏書の種別で示すと、次の通りであ
る
。
歴史地誌
J
、
v噌?明田ー}ー一一一一一守-
自然科撃
一・八%
一一・一%
文事
慈術
工事
一0 ・九%
一七・九%
一一了四%
コ了九%
産業
新聞雑誌
三・七%
一八・二%
児童書
語事
六、騒書加数
昭和二十九年度末における京都府立聞書館の強書冊数は二十
三高六千七十二冊で、本年度中における購入国書五千三百九冊
よる増加三加計六千百五十五冊の増加に封し、致指亡失などに
受贈園書四百二十六冊、編入受入園警四百十七冊、数量更正に
よる除籍闘書百二冊あって、昨年度末に比して六千五十三冊の
O冊
0、二 O七冊
純増であった。頭書の内課は次の通りである。
岡崎本館一八七、七八一冊
本館貸出文庫こ
伏見分館五、三一五時
河原町分館三、九七一船
上京分館三、六二五郎
降山地方分館一二、二八
八、讃書相談奉仕の充賓
昭和二十七年十月から本館に讃書相談室を新設し、専任の司
書二名を置いてこれに嘗らせ、開始以来成績をあげてきた。本
口頭による相談が一高五百三十四件、電話によるものが二千八
年度の相談件数は一高三千四百八十九件であって、このうち、
百件、郵便による問合せが百五十五件であって、一日平均四十
九件の相談に慮じている。
尚、公共闘書館・謬校闘書館の職員の親察や、園書館撃専攻
の大撃生の研究及び高等事校・中間学校・小撃校の翠生・生徒・
多く、それらに封する指導助言や案内もこの係が担賞している
児童の園語・紅舎科等の質地見事のために本館に来るもの甚だ
が、その回数は年間数十回に及んでいる。
九、辞書体目録の採用
かねてから貫施中の分類整更と目録の更新とが一部でき上っ
たので、辞書体目録を編成して昭和二十八年十月二十三日から
利用者に提供・じている。これは、著者名・書名・件名の三種の
カi ド を 一 括 し て ア イ ウ エ オ 頓 に 配 列 し た も の で 、 利 用 者 が 思
うままに、これらの三つのカギから求める園警を容易に探し出
宮津地方分館一二、二七一冊
綾部地万分館三、一八四冊
た
。
す乙とが出来るもので、現在約一高二千冊の園訟の整理を終っ
約二千部
昭
月
十一、分
(一﹀
創
設
寓三千百四十五名で、男女の比率は、男児五十六パーセント、
児童室
約二千五百冊
約八千冊
十
五
年
書であって、新聞雑誌と共に、一般利用者の自由利用に供せら
拳生室
一般閲覧室
和
女見四十四パーセントである。
書室の運営に協力してもらっている。本年度中の利用人員はニ
の利用も増大した。附近の小屋場校児童より園警委員を選んで園
近来摩校圏一品目館が著しく充質して来たことと併行して見童室
十、見
関部地方分館一、七九九冊
O冊
O七二冊
北築地方分館一、八一九冊
木津地方分館て八二
総計二一三八、
七、開架室の利用紋況
室
侍(館
れている。開架冊数の内課は、
現在、開架された園警は、基本圃書並びに利用頻度の高い圃
童
伏
見
分
館
o
市内で、その他は近郊の農村地匿である。
本年度に次の印刷物を作成して、府蘇市立公共園書館、著名
利用している。戴警は小説と随筆と新聞雑誌とに限り、その内
ο本年度の利用者組数は四高百八十四名で、摩生以外
闘檎等のうち貴重と考えられるもの約二百三十種を集録し
官公私立大皐画書館に寄贈した。
京都府立画書館善本目録本館所識の和漢古版本・古篤本・
解説を加えたもの。
都市における分館論英米主要都市における圃書館分館の設
置扶況についての研究。
+四、経費
昭和二十五年じ月に峰山・宮津・捜部の三地方分館が護足し、
二百九十五寓園(一八・七パーセント)(書籍約二百十五諸国、
一千百三十五高岡(七一・八パーセント)、園書館資料購入費約
本年度諸経費は約一千五百八十高固で、その内需は人件費約
昭和二十七年更に園部・北桑・木津の三地方分館が開設せられ
ーセント)であった。尚、昭和三十年三月末現在の館員は、主
定期刊行物約八十高園)、その他の経費約百五十高国(九・五パ
事二十四名、主事補十八名、傭人一名、臨時雇八名である。
た。これらの地方分館は、地域内の公民館・婦人曾・青年間そ
百八十七圏体の多きに上った。叉その貸出冊数は八高七百九十
一ヶ月)を行うものであって、その利用圏体数は本年度二千四
の他の文化圏体に封して、三十冊乃至五十冊の圏体貸出(期間
(四)地方分館
況である。本年度の利用者は二寓六千二百六十八名である。
としている。頭書はクル lガ l文庫と合せて約三千六百冊でみ
る。部屋の狭少のため、難菩並びに閲覧席の増加ができない扶
じさせられる。現在の分館は紫郊曾館の一室を借用して閲覧室
上京地扇も岡崎本館より距離遠く、分館充買の必要を強く感
(三)上京分館(昭和二十六年四月創設)
の一般人の利用が多く五十七パーセントを占めている。
況である
全開架制をとっている。席は約五十人分あるが、常に減員の盛
+一ニ、印刷物
の貸出冊数は三千五百十一冊であった。利周囲体の半数は京都
本年度における貸出文庫の利用圏体数は百二十二図体で、そ
+二、本館附属貸出文庫
館名利用図体数利用冊数
峰山地方分館三六一図体二二、六三三冊(七、八月休館)
宮津地方分館三三五二ハ、八五九
一九、三九一
綾部地方分館五一 O
、二九一
園部地方分館三二五一
九、一 O 一
北 桑 地 方 分 館 三 四O
木津地方分館六二ハ一一、五二一
O、七九六
総計二、四八七八
六冊に達した。今、その内諦を示すと次の通りでゐる。
府内
容も常に新陳代謝をはかつている。難者冊数は約四千部で、完
京都の繁華街河原町通に位置し、丸善書庖の地階約三十坪を
(二)河原町分館︿回和二十四年六月創設)
九十六名で、その八十七パーセントは皐生である。
者の急敢な増加があった。本年度の利用者総数は四蔦九千六百
の寄贈を受けた。新館移転後は建物の快適なのが原因して利用
である。尚、新築に際も伏見直民から七点約八高四千園の備品
十八高九千三百園であって、土地は伏見直民の寄附による・もの
室六十四坪、事務室八坪、その他二十九坪五合)纏工費四百四
新館に移転した。敷地二百六十四坪絵、建物百一厚五合(閲覧
ていたが、昭和二十九年、現在の伏見分館が新築落成し、七月
使命は大きい。はじめ、伏見信用金庫の二階約六十坪を借用し
伏見地直は間崎本館から納入粁の場所にあって、分館の負う
吋
ー