今後の住宅市場をどうみるか?①

みずほインサイト
日本経済
2016 年 1 月 4 日
今後の住宅市場をどうみるか?①
経済調査部エコノミスト
住宅着工は 2020 年代に 60 万戸台へ
03-3591-1283
多田出健太
[email protected]
○ 世帯数、建替え、ミスマッチの3要因から住宅着工戸数の長期予測を行った。メインシナリオでは
2013~18年が年間84万戸、その後の10年間は概ね年間63万戸となる見通し
○ サブシナリオとして、総人口の下振れ・上振れケースを推計すると、2019~28年の10年間に着工は
それぞれ年間55万戸、72万戸となり、メインシナリオから7~8万戸程度上下に振れる
○ なお、住宅残存率を低めに推計(建替え需要の増加)すると、2019~28年の着工は最大で10年間に
年間90万戸まで上振れるが、一方で空き家が著しく増加することになる
1.はじめに
近年の住宅着工戸数をみると、昨年の消費税率引き上げの影響を受けて振れが大きくなっているほ
か、2015年1月の相続税改正も貸家の着工に影響を及ぼしている。先行きについても、消費税率の再引
き上げ(2017年4月)を前にした駆け込み需要とその後の反動から、変動が増幅すると予想される。こ
のように、税制の影響で住宅着工の「実力」が見えにくい状況が続くが、今後の住宅市場を展望する
上では潜在的な需要を把握することが不可欠である。本稿では、住宅市場の先行きに関する分析の第
一弾として、今後20年程度の新設住宅着工の長期予測を行う。
2.住宅着工の長期予測
(1)住宅着工推計の枠組み
ある時期の住宅着工戸数は、①前期からの世帯数の変化(世帯数要因)と、老朽化などに伴う②住
宅ストックの調整に分けて考えることができる。さらに住宅ストックの調整は、取り壊して建替えら
れる場合(建替え要因)と、住宅ストックと居住ニーズとの不一致によって新たな建物を建てる場合
(ミスマッチ要因)の2つに分類できる。したがって、住宅着工戸数は(a)世帯数要因、(b)建替え
要因、(c)ミスマッチ要因の3つに分けられる(次ページ図表1)。潜在的な需要を考えるにあたって
は人口動態、すなわち世帯数要因の影響が強く意識されることが多いが、建替え要因やミスマッチ要
因も少なからず影響を与える。実際、後述するように、今後の住宅着工の大半は建替え要因やミスマ
ッチ要因に起因したものへと変わっていく見込みである。
それぞれの要因を具体的にみる上で、既存の空き家に転居する世帯はないと仮定し、東京都にいる
人が実家を出て新たに住居を必要としている状況を考えよう。この人が、東京都に新築住宅を建てた
場合、着工は世帯数要因としてカウントする。同じ状況で、今度は秋田県で高齢者世帯の住宅に空き
1
ができたとしよう。この場合、世帯数要因は東京での増加と秋田での減少で相殺されるためゼロと考
える。同時に、住居を必要としている人が秋田県に引っ越してその住宅を建替えた場合には、建替え
要因としてカウントする一方、秋田県に引っ越すのが難しく東京都で住宅を建築した場合にはミスマ
ッチ要因としてカウントする。この時、秋田県の住宅は空き家となる。また、仮に秋田県ではなく東
京都で住宅に空きが出た場合でも、その住宅がワンルームの間取りで、住宅を必要としている人が2LDK
を望むのであれば、ワンルームの住宅は空き家となり、新たに2LDKの住宅が建築されることになる。
このように、住宅ストックが住宅需要を満たしていても、需要と供給の不一致から生じるミスマッチ
要因は空き家の増加をもたらすことになる(実際には除却される分を考慮する必要がある)。
(2)世帯数の変化
個々の要因の推計方法についてみていこう。世帯数は世帯人員(人口)と1世帯当たり人員によって
決まる。国立社会保障・人口問題研究所(以下、社人研)の将来推計人口(平成24年1月推計)による
と、日本の人口は平成22(2010)年国勢調査における1億2,806万人から、2020年に1億2,410万人、2030
年には1億1,662万人になると推計されている(ただし、出生中位(死亡中位)推計による)。平成27年
国勢調査の結果は来年まで待たなければならないため、総務省「人口推計」によって足元の状況を確
認すると、2015年10月1日現在(概算値)の総人口は1億2,690万人となっている。社人研の予測をやや
上回っているものの、人口が減少していることは確認できる。
一方、社人研の「世帯数の将来推計」(2013年1月推計)によれば、単独世帯の増加に伴い、人口が
減少するなかでも世帯総数は2010年の5,184万世帯から増加し、2019年の5,307万世帯でピークを迎え
る(図表2)。単独世帯は2030年まで増加が続くと予測されているが、核家族世帯の減少を受け世帯総
数は2035年にかけてペースを速めながら減少していく見通しとなっている。こうしたことから、世帯
数要因による着工は2008~13年の50万戸から2014~18年に年間11万戸へと減少し、2019~23年以降は
これまでとは逆に着工を抑制する要因となる。
図表1 住宅着工推計の枠組み
図表2 世帯数の見通し
(万世帯)
5,500
世帯数変化
世帯数要因
5,000
基礎的需要
住宅着工
4,500
建替え要因
国立社会保障・人口問題研究
所の「世帯数の将来推計」
(2013年1月推計)よって延長
4,000
住宅ストック調整
3,500
ミスマッチ要因
3,000
85
90
95
2000
05
10
15
20
25
30
(注)5年ごとのデータは線形補完で各年の値を算出。
(資料)国土交通省「住宅・土地統計調査」、国立社会保障・人口問題研究所より、
みずほ総合研究所作成
(資料)みずほ総合研究所
2
35(年)
(3)建替え要因
次に、住宅ストックの調整について考える。建築されてから時間が経てば、住宅は老朽化などに伴
い建替える必要が生じる。例えば、1980年代に建てられた居住世帯のある木造住宅は、築後3~12年(平
均7.5年)経過した時点では699万戸あったが、その5年後に残存していたのは681万戸であった。両者
の差である18万戸は、この間に建替えられたか空き家となったか除却 1されたことになる。ここでは、
木造・非木造別に経過年数毎の残存率を算出し、残存率が過去15年間のトレンドで低下していくと仮
定して将来の残存戸数を求めた(図表3、図表4)。残存戸数の前期からの減少分はストック調整によ
る着工戸数となるため、そこからミスマッチ要因(次項参照)を控除したものが建替え要因となる。
当期の建替え要因=(前期の残存戸数-当期の残存戸数)-ミスマッチ要因
建替え要因に関しては、2006年に制定された「住生活基本法」において住宅政策が「量」から「質」
へと転換が図られ、2009年6月に「長期優良住宅普及促進法」が施行されたことが注目される。質の高
い住宅ストックを形成し、適切な管理、維持補修を継続的に行い、超長期にわたって住宅を利用する
方針が掲げられたため、2011年以降の物件については、2033年まで建替えは行われないとして計算し
た。そのため、建替え需要は過少に推計されている可能性がある。なお、過去の建替え要因について
も上記と同様の方法で求めるのが望ましいが、残存率のデータを十分に遡ることが難しい。一方で、
世帯数や空き家数の変化は正確に把握できることから、過去分については世帯数要因とミスマッチ要
因では説明できない部分を建替え要因とみなした。
(4)ミスマッチ要因
ミスマッチ要因は、空き家の増減として表れるため、過去の実績については総務省「住宅・土地統
計調査」から空き家数の前期差を計算すれば良い。一方、将来分の推計については、総住宅数と居住
世帯の差として求められる。ここで、総住宅数は前期の総住宅数に住宅着工を加え、除却戸数を引い
図表3 住宅残存率(木造)
図表4 住宅残存率(非木造)
(%)
(%)
60年代の建築
100
100
70年代の建築
80
80年代の建築
80
90年代の建築
60
60
40
40
20
20
0
0
60年代の建築
70年代の建築
(経過年数)
43~52年
38~47年
33~42年
28~37年
23~32年
18~27年
13~22年
8~17年
90年代の建築
3~12年
43~52年
38~47年
33~42年
28~37年
23~32年
18~27年
13~22年
8~17年
3~12年
80年代の建築
(経過年数)
(注)築年数が3~12年の残存率を100とした場合の経過年数毎の残存率。
(資料)総務省「住宅・土地統計調査」より、みずほ総合研究所作成
(注)築年数が3~12年の残存率を100とした場合の経過年数毎の残存率。
(資料)総務省「住宅・土地統計調査」より、みずほ総合研究所作成
3
たものとして計算出来る。
総住宅数=前期の総住宅数+当期の住宅着工戸数-除却戸数
着工戸数は世帯数変化と住宅ストック要因で算出し、除却戸数は除却率((着工-⊿ストック数)/
前期ストック)の過去 10 年平均が今後も続くと仮定して求めた。また、居住世帯のある住宅は概ね世
帯数と一致するため、将来の居住世帯については世帯数と同一とした。
こうして求めた空き家数の増減が、将来のミスマッチ要因による着工戸数となる。ミスマッチ要因
による着工は若干振れが大きくトレンドが読みにくいが、過去 40 年と比べて着工に占めるミスマッチ
要因の割合が高まることは間違いなさそうだ。過去 40 年平均は 12.8%だったが、今後 20 年平均は
57.7%まで上昇し、2024 年以降は 65%以上をミスマッチ要因が占めることになる(図表 5)。
(5)新設住宅着工予測
上記3つの要因を足し合わせると、将来の住宅着工戸数が求まる。世帯数要因に建替え要因を加えた
ものを新設住宅の基礎的需要とすると、過去においては基礎的需要に起因するものが着工戸数の大部
分を占めていた(図表6)。しかし、2020年以降は世帯数が減少することに伴い、基礎的需要は大きく
減少していく。一方で、高齢化が進展する中、地方から大都市圏への人口流入が続くことで住宅着工
に占めるミスマッチ要因は拡大していくことになる。
具体的にみると、2014~18 年の新設住宅着工は年間 84 万戸となり、2008~13 年の 86 万戸からほぼ
横ばいとなりそうだ。だが、2020 年から世帯数の減少が始まることにより、2019~23 年以降は新設住
宅着工が大幅に減少する見通しである。
2019~28 年の 10 年間は概ね年間 60 万戸台前半で推移し、
2029
~33 年には 30 万戸台前半まで一段と減少すると予測される。なお、このシナリオの下では、空き家
数が 2013 年の 820 万戸から 2033 年には 1,495 万戸に達し、
同じ期間に空き家率は 13.5%から 23.1%
へ上昇する。
図表5 ミスマッチ要因の割合
図表6 住宅着工予測(メインシナリオ)
(万戸/年)
(%)
(万戸/年)
ミスマッチ要因
50
予測
ミスマッチ要因
45
構成比
40
80
180
70
160
120
50
30
新設住宅着工
140
60
35
基礎的需要
予測
100
25
40
80
20
30
15
60
20
10
40
10
5
0
78
83
88
93
98
03
08
13
18
23
28
20
0
0
33
(年)
78
83
88
93
98
03
08
13
18
23
(資料)国土交通省「住宅・土地統計調査」より、みずほ総合研究所作成
(資料)国土交通省「住宅・土地統計調査」より、みずほ総合研究所作成
4
28
33
(年)
3.ケース分けによる住宅着工のサブシナリオ
以上が住宅着工のメインシナリオだが、様々な前提を置いていることから将来の予測は幅を持って
みる必要がある。ここでは、前提をいくつか変更したサブシナリオについてシミュレーションしてみ
たい。
本稿のメインシナリオに用いた世帯数の見通しは、社人研の「世帯数の将来推計」
(2013年1月推計)
である。世帯数の将来推計では、総人口は一般世帯人員と施設等の世帯人員 2に分けられ、一般世帯人
員を平均世帯人員で除したものが一般世帯数となっている。推計の前提となる総人口は日本の将来推
計人口(平成24年1月推計)の出生中位(死亡中位)推計が用いられており、ここでは将来の総人口が最
小となる出生低位(死亡高位)と、最大となる出生高位(死亡低位)のケースを考える(図表7)。な
お、総人口に占める一般世帯人員の割合と平均世帯人員については出生中位(死亡中位)推計と同じ
とする。
出生低位(死亡高位)で推計された総人口は、出生中位(死亡中位)推計と比べて2020年が172万人、
2030年が344万人、一般世帯数はそれぞれ79万世帯、153万世帯減少する。この世帯数見通しを用いて
住宅着工を予測すると、2014~18年は年間74万戸となり、メインシナリオから10万戸縮小する(図表8)。
2019~28年の10年間は年間55万戸、2029~33年には24万戸となり、メインシナリオから年間7~8万戸
下振れする結果となる。
出生高位(死亡低位)で推計された総人口は、出生中位(死亡中位)推計と比べて2020年が169万人、
2030年が360万人、一般世帯数はそれぞれ66万世帯、156万世帯増加する。この世帯数見通しを用いる
と、2014~18年は年間90万戸となり、メインシナリオと比べて6万戸拡大する。2019~28年の10年間は
年間72万戸、2029~33年には38万戸となり、メインシナリオから年間7~8万戸程度上振れする結果と
なる。
最後に、出生高位(死亡低位)の世帯数見通しを用いた上で住宅残存率を低めに推計し、より多く
図表7 シナリオ別世帯数見通し
図表8 シナリオ別住宅着工予測
(1000世帯)
(万戸/年)
55,000
180
54,000
160
53,000
140
52,000
120
51,000
100
50,000
80
49,000
出生中位(死亡中位)
メインシナリオ
60
48,000
出生低位(死亡高位)
世帯数少ない
47,000
40
出生高位(死亡低位)
46,000
世帯数多い
20
世帯数多い+残存率低い
45,000
2010
2015
2020
2025
2030
0
2035
78
(年)
(資料)国立社会保障・人口問題研究所より、みずほ総合研究所作成
83
88
93
98
03
08
13
18
23
(資料)国土交通省「住宅・土地統計調査」より、みずほ総合研究所作成
5
28
33
(年)
の建替えが必要になる(住宅需要が一段と増加する)ケースを示す。メインシナリオでは、木造・非
木造別の残存率が過去15年間のトレンドで低下していくと仮定したが、2000年代に入ってから住宅の
建替えが低迷し、残存率の低下が緩やかになった。住宅寿命が長期化していることもあるが、所得の
伸び悩みやリーマンショックによる景気後退なども影響して建替えが先送りされた可能性がある。
各年代の建築において木造・非木造別の残存率が、経過年数の全期間におけるトレンド 3で低下して
いくと仮定すると、将来の残存戸数が減少し、その分建替え需要が増加することになる。この場合、
2014~18年の着工は年間124万戸、2019~28年の10年間は年間88万戸、2029~33年には54万戸となり、
メインシナリオから大幅に上振れする。特に、2014~18年の大幅増が目立つが、これは60年代~80年
代に建築された大量の木造住宅が建替えられることになるためである。
60年代の住宅は築50年以上が経過していることなどから、膨大な建替え需要が顕在化しても不思議
ではないが、問題はミスマッチ要因、つまり空き家が著しく増加することである。この規模での着工
が行われた場合、除却率を高めなければ2033年の空き家数は1,874万戸となり、空き家率は26.7%まで
上昇することになる。こうした空き家の詳しい状況や問題点については、住宅市場の先行きに関する
分析の第二弾として議論する。
1
2
3
取り壊した後に新たに住宅が建築された場合は含まず、取り壊して更地とされたり、ほかの用途に転換された場合のみの戸数。
施設等の世帯人員とは、寮・寄宿舎の学生、病院・療養所の入院者、老人ホームの入所者などである。
例えば 60 年代に建てられた住宅であれば、1960 年から 2013 年までのトレンドで残存率が低下していくと仮定した。一方、
メインシナリオでは、いずれの年代の住宅も直近 15 年間のトレンドで残存率が低下していくと仮定した。
<参考文献>
竹内一雅(2000)「住宅需要の長期予測‐世帯数減少により住宅需要鈍化へ‐」、ニッセイ基礎REPORT、
ニッセイ基礎研究所、2000年9月
●当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに
基づき作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。
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