語 源 - 五泉市立川東中学校

平成27年度
生徒指導たより
五泉市立
川東中学校
発行:12 月 21 日 NO42
生徒指導部
語 源
2015 も、残すところ 10 日となりました。
授業は、明日 22 日が最終日。明日が[今年最後の授業]です。
天皇誕生日を越えたら、後は終業式を残すのみ。
慌ただしく日々が過ぎていくからなのか、「一年」があっという間に終わる感じが残ります。
早いですね、あらためて一年間とは。
クリスマス、大晦日、お正月…。
この時期は何かと「非日常」が続きます。
人と会ったり人が来たり、大晦日には夜更かしもあるでしょう。
元旦は寝坊かな?
普段とは異なる日々が重なる季節だからこそ、健康には留意して。
全校生徒が一人も欠けることなく、元気に笑顔で、2016 年に又会いましょう!
「一年の計は元旦にあり」
全てが新しく始まる新年元旦。
皆さんは何を願いますか?
冬休みを前にして、「師走」の蘊蓄を
「師走」はもともと旧暦の12月を指す言葉。
よく使う言葉ですが、語源が曖昧模糊としているのが「師走」。
その上、「師走」という漢字自体も、実は「当て字」に過ぎぬようです。
[語源について]
「師走」は「師が走る」と捉える解釈が流布していますが、この「師」にも又諸説があるのです。
(1)師=御師
御師とは、お寺や神社へ参拝に来る人々を案内する人、或いは参拝する人を指します。
12 月は大晦日や初詣あるため、御師が「一番忙しい時期」となるため、 師(御師)が走
りまわる、というのがこの説です。
(2)師=お坊さん
年末に、お坊さんが家に来てお経をあげるという習慣が日本にはあります。
だからこそ、12 月になるとお坊さんがとても忙しくなる。
そこから来ているのが、この説です。
(3)師=先生
師を先生と捉える説。
12 月は日頃落ち着いている学校の先生すら、忙しく走り回る月とする説。
個人的に、「こればかりは、大嘘だろう」と感じます。
教師は、年がら年中「ドタバタ」していますから。
(4)「し・果す」説
師走を「し」が「果す」と捉える意味。つまり「し」が終わるという説です。
「し」とは「仕事」や「四季」、「年」を意味しており、 一年の最後の月という意味合い
が強いのがこの説の特徴。
[漢字について]
国語辞典で師走の意味を調べてみると、「師走というのは当て字である。」と出てきます。
実は奈良時代の書物に、「12月」と書いて「しはす」という読みがながふってあります。
つまり、もともと奈良時代の人は 12 月を「しわす」と読んでいて、「師走」という言葉は
誰かが字の意味を無視して適当につけた言葉ということです。
結局「師走」の語源は不明です。
逆に、1 月を睦月というのには理由があって。
以前にも書いた記憶があるのですが、
「新年に家族が集って仲睦まじく過ごす」ことから「睦月」。
是非とも、皆さん、家族仲良く仲睦まじく、新春を迎えて下さい。
その為に、先ずは年末大清掃です!
家族に任せて自分一人楽をする。自分の部屋の掃除しかしない。そうした態度ではなく、家族揃
って新年を「家」に迎え入れられるよう、「我が家」の大掃除です。
大晦日に
初詣の形式の一つに、二年参りがあります。大晦日の深夜零時を境として、旧年と新年の前後に
渡ってお参りする(二年にまたがる)から、二年参り。
この二年参りを、この大晦日には「自分自身の成長を祈念し」て、行ってみませんか?
例えば、「年をまたいで学習する」でも良いし、「年をまたいで掃除を行う」でも構いません。
何か一つ、新しい年に、
「旧年の自分を越える」為の行動を、起こしてはみませんか?
人は得てして、何らかの始まりの時に、「次こそは」と考えるものです。
新春になれば、「今年こそは」と思わないでは居られないし、四月になれば「この学年では」と
考えます。卑近な例を挙げれば、定期テストが終了した時(次のテストへの始まりです)、「次こ
そは」と考える。
けれども、考えはするものの、それを行動に移せない。
自分が新しく成長する、そのきっかけとして。
「二年参りを模した二年がかりの行動」を起こしてみませんか?
平成 28 年を、例えば部活動の県大会に出場すると決めるならば、二年をまたいでトレーニング
をする。
前述のように、平成 28 年を「学習を飛躍させる」と念じるならば、二年をまたいで勉強する。
清掃でも良いし、それが挨拶だとしても構わない。
「二年をまたいだ」何らかの行動を実践する。
如何でしょうか?
ともすれば、寝間着のまま一日が終わることもあるお正月。
ダラダラと時を貪るのではなく、新しい年に向かう自分への自信とすべく、何らかの型を、大晦
日の夜から作ってみませんか?
唯々テレビを見続ける、そんなお正月では寂しいですよ。