2学期終業式校長講話「飛躍新生 そのための陣痛」

平成27年度
第2学期
終業式
12 月 22 日(火)
「飛躍新生
飯塚
そのための陣痛」
今年4月、本校初代校長諏訪秀富先生がお亡くなりになりました。5年に亘って草創期の校長とし
て東高の礎を築かれた、見識と熱意溢れる立派な先生でした。先生の遺志を改めて継承したいと考え、
今年の県総体の応援Tシャツの背中に校歌2番の「いざや磨かん ともがらよ」という言葉を入れても
らいました。今、職員室近くの廊下にこのTシャツを展示しています。
この「いざや磨かん」という、互いに学びあい高め合おうという姿勢は、学校という学びの場にとっ
て本質的な姿だと私は思うし、私はこれを「心の通った切磋琢磨」と呼んでいます。そういう心の通っ
た切磋琢磨が行われている学校でこそ、3番にあるような「いざや謳はん」という、学校生活を謳歌
し讃えようという誇らかな雰囲気がより強く生まれてくるのだと思います。
今、君たちはそんな「心の通った切磋琢磨」をこの学校で行っているだろうか。
ここにある、本校の生徒会誌「東雲」の第1号の巻頭言で諏訪校長は、「道」という題で、詩人高
村光太郎の『道程』(T3)を引用しておられます。非常に有名な詩ですが、今の高校生はどれだけ
知っているだろう。「僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る」。先生は、「一人の人間が自我に目覚
め、自身の人生を開拓しようとする気概と勇気がうまく表現されている」と紹介しておられます。
君たちの歩む人生は、予め誰かが敷いたレールの上を歩く人生だろうか。自分で試行錯誤し切り拓
いていく中で、自分の人生といえる道ができるのではないか。諏訪先生は、「社会はいつの時代にも
人材を求めてやまぬ。さまざまな個性や才能があってこそ社会の進歩や発展が可能であると考える。元
気を出して我が道を歩もうではないか」と 30 年前、東高生にエールを送っておられます。
私が新年を迎える頃に思い浮かべる言葉に「飛躍新生 そのための陣痛」というフレーズがある。新
生は新たに生きるです。学生時代に読んだ高野悦子という若者の日記に出てきます。誰もみな、もっ
と飛躍して新しい自分になりたいと願います。しかしそのためには、陣痛のごとき苦しみがなければ
飛躍新生はないと、この若者は覚悟したのです。陣痛というのは、もちろん赤ん坊が生まれるときの
痛苦です。簡単なものではない。しかし、その陣痛がないと、生命の誕生という喜びはない。皆さん
が生まれた時にも、当然お母さんの陣痛があったはずです。産みの苦しみの先には、喜びが待っている。
逆に言えば、苦しみを伴わないで飛躍新生というような喜びは生まれないということです。
私は、君たち東高生はまだまだ潜在能力、可能性を秘めていると思ってる。2学期の東雲祭での3
年生の姿や、先日の1、2年生の球技大会や普段の君たちの挨拶する姿や、色んなところからそれを
感じる。そんな君たちが、もっと自分の能力を引き出し、可能性を拡充するためには、この、「僕の前に道
はない 僕の後ろに道は出来る」という気概、そして飛躍新生を生み出すための陣痛を乗り越えていく勇気
や努力が必要だと感じています。
例えば、学習面についていえば、まだ学習のやり方・型が身についていない人がある。皆さんは、
形と型の違いが分かるだろうか。形というのは、目に見える姿やありさまで、型は、同じものを作る
時のもとになるもの、定まった姿や動作を言います。形を何度もまねしていって、型になります。私も弓
を引きますが、高校時代からずっと弓を引いて、弓道の型を身につけているから、今でも、間隔が開
いても弓が引ける。どんなスポーツや稽古事でも、苦労して型を習得すれば、いつまでも忘れません。
勉強にも、当然型があります。そしてその勉強の型を身につければ、将来働くようになって、新たに
学ぶ必要が生じる時に、その型が生きてきて、学びやすくなります。
ただ、その型の習得には努力が要ります。昔の人は、学ぶことを「手習い」と言いましたが、「手
習いは 坂に車を 押すごとし」という古い言葉があります。学ぶことは、坂道で手押し車を押すよう
な苦しさを伴う。それが、産みの苦しみ・陣痛です。ひょっとしたら、小中学校段階で、その努力や
継続が十分定着しなくなってきている人も増えているのかもしれません。新年、ぜひ、君たちにスポ
ーツの型を身につけるほど楽しくはないかもしれないが、学習の型を身につけて欲しい。そうすれば、
その型は一生、皆さんの味方をしてくれます。
3月には卒業を迎える3年生。飛躍新生の4月を迎えるためには、陣痛の如き苦しみをしっかり乗
り越えなければなりません。その先にある喜びを考えれば、その陣痛を楽しむほどの心が必要とも言
えます。1、2年生、君たちの前には誰かが敷いてくれたレールはありません。君たちが自分の足で
全力で歩くとき、君たちの後ろに自分らしい道ができます。
「いざや進まん いざや磨かん いざや謳はん」
初代校長が亡くなられた年の終わりにあたり、改めてこの東高が、師弟同行で心の通った切磋琢磨
が行われる学校であることを願って挨拶とします。よい年を迎えて下さい。
道
程
高村光太郎
僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、自然よ
父よ
僕を一人立ちにさせた広大な父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の気魄を僕に充たせよ
この遠い道程のため
この遠い道程のため
<現代日本文學大系(筑摩書房)>
高村光太郎 1882 ─ 1956
大正、昭和前期の詩人。彫刻家。高村光雲の長男で、東京生まれ。
大正3年詩集「道程」を刊行。同年、長沼智恵子と結婚。
昭和16年詩集「智恵子抄」を刊行し反響を得る。
昭和31年4月没。年73。
この詩は大正3年2月9日作。大正3年10月、第一詩集「道程」に掲載。