都市の再生力 * ―空き家ゾンビと闘うスーパースター― Dec.28, 2015 シンガポール国立大学不動産研究センター教授 清水千弘 1. 公共空間と私的空間がもたらす経済価値 人口減少と人口構成の高齢化に伴い,都市空間の維持が困難な状態に追い込まれている都市 が多く発生してきている。とりわけ地方都市においては,空き家・空きビルの増加,都市インフラの 老朽化,小学校等の廃校,市庁舎等の建替えに代表される公共建築物の再編など,様々な政策 課題が掲げられている。このような問題は,耕作放棄地の増加など農業地域においても,多くの課 題が顕在化してきている。 これらの問題に対応していくためには,公的部門が責任を持つ公的空間だけでなく,住宅やビ ルなどの私的空間の問題も同時に解決していかなければならないことから,公共空間と私的空間 をどのように管理していくのかといった問題として設定できる。具体的には,インフラの維持や公共 施設の管理状態,またはその再編は,私的空間の経済価値,つまり住宅価格に強い影響をもたら す。一方で,住宅やビルが適切に管理されていなければ,都市全体の経済価値を低下させるよう に働く。庭や建物の壁面など,住宅のファサードが適切に管理されている住宅が建ち並ぶ地域の 住宅価値は相乗効果を持って高くなるし,雑草が生い茂る庭,廃墟と化した空き家が多い地域は, 地域全体での住宅価格を押し下げてしまう。良い空間には,相対的に所得層が高い住民が立地し, さらにそのような地域には公園などが供給され,管理がなされていない地域には低所得層が集積 するだけでなく,清掃工場などの嫌悪施設などが配置されるなどといった,Environment Equity の 格差が発生するといった問題も起こりやすくなることから, 都市内部または都市間での格差が築 地追時的に拡大していく傾向を持つことも知られている(Yasumoto, Jones and Shimizu (2014))。 今後,世界的に予想されている人口構成の高齢化,先進主要国の人口減少などによって,マク ロな意味での集計された住宅需要が大きく低下する中で,社会全体がダウンサイジングしていく過 程で,住宅価格はアセットメルトダウンすることは多くの研究者によって予想されているところである。 しかし,このようなアセットメルトダウンは,マイクロな視点で改めてみれば,公的空間が管理されて いる地域とそうでない地域,私的空間が管理されている地域とそうでない地域との競争の結果,住 宅価格が変化しない,または熟成する地域と価値が下落またはゼロになってしまう地域との平均的 な像として,アセットメルトダウンがマクロでは発生すると考えた方が良いであろう。 本稿は,Shimizu, C., S. Yasumoto, Y. Asami and T. N. Clark(2014), “Do Urban Amenities drive Housing Rent?,” CSIS Discussion Paper: (The University of Tokyo), No.131.を加筆・修正したものである。また,本稿の執筆にあた り,シカゴ大学 Terry.Nicholas Clark 教授との議論から多くの示唆をいただいた。 * 1 それでは,どのような都市が,都市内部のどのような地域が成長し,どのような地域が衰退してい くのであろうか。 近年では,「都市にどのような特徴を持つ人々が居住するか,そしてそれがどう移り変わっていく か」が,都市の成長に深く関わりあっているという考えが注目され始めている (Storper and Scott (2009))。つまり,一度都市が形成されてしまえば,その空間は動かすことができないために,そこに どの様な人々を呼び込むかによって都市の顔が変わってしまうことを意味する。 Jacobs (1969) は,都市の定義とは「様々な人が集まり,交流が生まれることで情報の交換が促 され,互いに刺激を与えあうことが可能となる地域」であり,かつ「そうした場所でこそ可能であること として独創的なアイディアや技術が生み出さられ,結果として持続的な成長を可能とする地域」とし た。すなわち,現在において都市の成長とは,そこに集まる人々の能力―とくに新しい知識やアイ ディア,技術を生む創造性(creative)―に依るところが大きいのである。いわゆるイノベーション (innovation)をどの程度起こすことができるのか,集積の利益をどこまで最大化できるのかということ が重要になるのである。 そのような中で,筆者の共同研究者であるシカゴ大学の Terry.Nicholas Clark 教授は,かつての 都市のあり方とちがって現在では,土地でも資本でもなく,人々の創造的なアイディアこそ経済の 成長における最も重要な原動力であると説いた(Clark (2004))。知識やアイディアというものは公共 財としての性質を持ち,人々の間での伝達や共有が際限なく広がり,繰り返され,かつ他のアイデ ィアと結びつくことで新しい発想が生まれる (Storper and Scott (2009))。 こうした特徴から,多くの人々が集まり交流する都市という場は,新しい創造的な知識やアイディ アを生み出すという点において有利であり,それが都市の持続的な発展を可能にすると言えよう (Jacobs 1969)。 2. 創られた景観が価値を持つ どんなに美しい公共空間があったとしても,新しい住宅が建ち並ぶ街があったとしても,人が住 まわなければ都市の成長はない。その中でもどのような人が住むのかといったことを想定していか なければ,単なる人の集積だけでは,活力ある空間を創造することはできない。 都市の成長を支えうる創造性豊かな人材(creative class)の移住を促し,その集積を図るにはどう した良いのか。 創造的な人々は居住地を選ぶ際において,高い賃金や安い家賃などの経済的側面よりも,文 化的側面 ―特にアメニティへのアクセスに代表される生活の質― を重視する傾向が強いと指摘 されている (Glaeser et al.(2001))。 人々の生活の質を押し上げるアメニティの具体例としては,活気に満ちた音楽やアートのコミュ ニティ,映画館,レストラン,壮麗な建物や質の高い学校,図書館,美術館などが挙げられる (Silver et al. 2010)。 2 さらに,このような人工的な都市施設などだけではなく,「創られた魅力的な景観」も重要な役割 を果たすことは言うまでもない。美しい山々,川,海辺などは,世界的にみてどの都市においても, 人々が集積し,最も住宅価値が高い地域として注目されている。しかし,そのような自然資産は,人 工物以上に維持管理が困難であり,それ景観が価値を持つためには,それをプロデュースするた めの知恵が必要となる。つまり,景観は創られなければならないのである。 人々がこうしたアメニティがもたらす文化的・自然的消費の機会を重視するようになった理由には, かつての労働集約型の企業が大部分を占めていた経済構造から,現在では情報と知識集約型産 業が主となる形へとシフトし,人々の生活において余暇を楽しむ機会が増えたことが挙げられる (Fogel 2000, Glaeser et al. 2004)。このような傾向は,今後の日本において一層強くなっていくもの と考える。 こうした傾向を受けて,都市の役割も「生産のための場」から「消費のための場」へとシフトしてき たと言われる (Glaeser et al. 2004)。すなわち,その都市においてどのような“文化的な消費”をす ることができるかどうかが,都市の発展を支える創造的な人材を惹きつけることができるかどうかの 鍵となる。また特に,Florida (2002)は富裕層や,創造的な人材を惹きつけるためには都市がより多 様性の豊かな文化的消費を可能とすることが重要であると指摘した。 都市の成長の度合いを示す指標には,就業の機会の拡大や,居住者全体もしくは富裕層の人 口の増大,および収入や家賃の上昇など様々なものがある。これらの指標を元に,アメニティが都 市の成長に影響を与えうることを実証した研究は多い。例えば,アメニティとその周辺住民の社会 的属性との間には強い関連性があることが過去の研究において示されている。公園や緑地,医療 施設,小学校などその他多くのアメニティへのアクセシビリティと周辺住民の社会的属性の間に関 連性が認められており,多くの場合,こうしたアメニティへの優れたアクセシビリティを有しているの は富裕層であり,アメニティがこうした社会的グループを惹きつける傾向があることを示している。 (Yasumoto et al. (2014))。 このような消費の中には,景観などの自然資産のウェイトが今後ますます大きくなっていくことが 予想される。それは,文化的消費にも限界があるためである。 自然環境,景観を「消費」する,そして消費できるための「商品」にするにはどうしたらいいのかと いった意識の改革と具体的な空間管理のあり方を設計していくことがきわめて重要になってきてい るものと考える。 3. 技術進歩が創出する都市の未来像-専門家の融合+IT・ファイナンスの力- 中心市街地の活性化の重要性が認識されてから,早くも四半世紀以上が過ぎようとしている。近 年では,空き家問題が注目されているが,このような問題は突如として発生したものではなく,時間 をかけてじわりじわりと広まっていったものである。このような中で,様々な政策的な対応もなされて きたが,問題が発生する勢いには追いつくものではなく,地方都市を中心として都市衰退の勢いは 3 ますます大きくなってきている。空き家問題の一つをとってみても,その解決のための決定的な処 方箋があるわけではなく,また,都市ごとに病状が異なるために,地域毎での取り組みがきわめて 重要となる。 一方で,民間部門では,時間が経過していく中で進化してきている分野もある。まず,建築技術 の進歩である。老朽化が進む住宅,ビルなどを再生させていくための広義の技術が,近年におい て急速に進歩した。ここで広義といったのは,単なる建物の Before and After などといったような劣 悪な建造物を改善し,良質な建造物として再生していくだけのハードな意味での技術にとどまらず, 住宅の所有者とのコミュニケーション技術,空間に対する新しい需要の創出技術を含めて,建築関 係の専門家が介在し,新しい価値観を生み出すことに成功した事例が多く報告されている。 加えて,住宅の価値を決定していくための技術や社会制度も完備されてきた。土地と建物を分 離し,建物の価値を評価するための技術開発が,不動産鑑定士を中心として行われて,それに併 せて法制度も整備されてきた。不動産仲介制度においても,建物の性能を取引過程の中でどのよ うに調査し,どのように買い手に対して正確に開示していくのかといったことも,法改正と合わせて 実施されようとしている。それだけにとどまらず,透明で中立的な不動産仲介市場の構築に向けて, 様々な施策も提案されている(清水(2016)参照)。 このような不動産市場の内部で起こっている進化だけでなく,社会全体の技術進歩の恩恵も受 けることができるであろう。その代表的なものが,IT およびファイナイスである。IT 技術,AI などの技 術の進歩はめざましいものがあり,財やサービスの生産現場の効率化を促し,また,新しいイノベ ーションを起こしていくことも期待されている。このような IT,AI 技術とファイナンス技術が融合し (FinTec と呼ばれているが),従来ではファイナンスが行き届かなかった領域までも資金が供給でき るようになってきた。また,地方金融機関の機能そのものも変化してきている。このような民間部門 での技術進歩は,都市の成長を促進するための起爆剤の一つになるかもしれない。 それでは,これらの技術進歩をどのように融合し,公的空間と私的空間の価値を再生していくこ とができるのであろうか。 4. 都市を再生する: スター誕生 人口減少・人口構成の高齢化は,都市空間に対する潜在的な空間需要を低下させてしまう。そ うした時に,縮退する空間需要に応じて,都市を部分的にも畳んでいくことは必至である。しかし, 今では顕在化していない空間需要を掘り起こすことはできる。例えば,空き家・空きビルの中には, 資源として再生可能なものも多く残されている。それは所有権を移転したほうが良いものも,所有権 の移転を伴わず,利用者とのマッチングによって,新しい需要を顕在化することもあるであろう。さら には,そのために建物使用を変化させようとすれば,リノベーションを実施することで具現化する価 値もある。ここには,宅地建物取引士,不動産鑑定士,建築士などの専門家が介在する可能性が 大いにある。彼らが協業することが生まれる新しい価値の期待できる。さらには,IT 技術も貢献がで 4 きるであろう。再生した建築物を広域的に消費者とマッチングさせていくことは,IT,AI が最も得意と する分野である。そのような仮想市場を作っていくこともあるであろう。 また,そのような所有権の移転やリノベーションにファイナンスが必要となることが一般的である。 そこには金融機関が従来の融資の枠組みで困難であれば,それにふさわしいローンを開発するこ ともできるかもしれないし,クラウドファンディングのような資金も利用可能になってきている。特定財 源債の活用やコミュニティ・ボンド,ふるさと納税を用いた基金化などもできるかもしれない。 さらには,このような対症療法的な課題解決だけでなく,創造性豊かな人材(creative class)を一 人でも多く増やし,抜本的な都市改革をしていくことも視野に入れていかなければならないであろう。 清水(2014),(2015)で指摘しているように,空き家ゾンビは,時間の経過とともに爆発的に増殖し ていく。このような問題を考えるにあたり,対症療法的な問題解決と合わせて,一層マクロの視点か らの都市衰退の予防,さらには都市成長の促進を促していくことが極めて重要なのである。 ますます進むことが容易に予想できる都市の縮退,それに伴う空き家ゾンビの増殖を抑制してい くためには,公的部門のみならず,民間部門と一体となって,この問題に取り組んでいく必要があ る。 しかし,実際のその実行においては,清水(2015)で指摘しているように,如何にしてスターを誕 生させるのかといったことにかかっているといっても良い。世界競争をしていく大都市においては, 世界的なスーパースターを誕生させること,海外からの資金流入が見込めない地域では,ローカル なスターを誕生させることが,都市の魅力を高めることにつながる。いずれにしても,どのような組織 の再生にも,強いリーダーシップを持ったスターが必要なのである(清水(2015))。 どのような素晴らしい技術があっても,社会制度の改革が起こっても,それを実行するのは,「人 間」である。強いリーダーシップと思いの下で,一つ一つの課題に向き合っていくことができるスタ ーが,それぞれの地域に生まれてこなければ,具体的な問題解決は実現できないであろう。 都市の魅力とは,国の魅力であり,そして,それを形成するものは,その中に住まう我々一人一人 の魅力である。冒頭で紹介したように,都市の成長には,「都市にどのような特徴を持つ人々が居 住するか,そしてそれがどう移り変わっていくか」が,深く関わりあう。選択される都市であり続けるに はどのような多様性を受け入れられるのか。今,我々が直面している大きな課題である。 [参考文献] ・Clark T.N. (2004) The City as an Entertainment Machine. Research in Urban Policy 9 Elesevier. ・Florida, R. (2002) Bohemia and Economic Geography, Economic geography, 2, 55-71 Fogel, R.W. (2000) The Fourth Great Awakening the Future of Egalitarianism, University of Chicago Press. ・Glaeser E. L., J. Kolko, and A. Saiz (2001), Consumer City, Journal of Economic 5 Geography 1, 27-50. ・ Glaeser, E., Kolko, J.K., Saiz, A. (2004), Consumers and Cities, The City as an Entertainment Machine, Research in Urban Policy 9, Elsevier, 177-184. ・Gyourko, J, C. Mayer and T. Sinai. (2006), Superstar Cities, NBER Working Paper 12355.. ・Jacobs, J., (1969) The Economy of Cities, Vintage Books, New York ・Navarro, C. J., Mateos, C., Rodriguez, M.J. (2012) Cultural scenes, the creative class and development in Spanish municipalities, European Urban and Regional Studies, 21: 301-317. ・Silver, D, Clark, T.N., Navarro, C. J. (2010) Scenes: Social Context in an Age of Contingency, Social Forces 88 (5): 2293-2324. ・清水千弘(2014), 「空き家ゾンビをどのように退治したら良いのか?-市場機能の強化と放 置住宅の解消」浅見泰司編著『都市の空閑地・空き家を考える』,プログレス所収,139153. ・清水千弘(2015)「空き家ゾンビ vs. スーパースター」日本建築学会・大会・都市計画部門 「時空間的不確実性を包含する都市のプランニング」所収(2015.9.5),PP.127-132. ・清水千弘(2016), 「透明で中立的な不動産市場の構築に向けて」土地総合研究(土地総合研 究所),(近刊) ・Shimizu, C., S. Yasumoto, Y. Asami and T. N. Clark(2014), “Do Urban Amenities drive Housing Rent?,” CSIS Discussion Paper: (The University of Tokyo), No.131. ・Storper, M, Scott, A.G. (2009) Rethinking human capital, creativity and urban growth, Journal of Economic Geography, 9:147-167 ・Yasumoto, S., A. Jones and C. Shimizu (2014), “Longitudinal trends in equity of park accessibility in Yokohama, Japan: An investigation of the role of causal mechanisms,”Environment and Planning A,Vol.46, pp.682 – 699. 6
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