地球温暖化に向けた シソ科植物の高温適応メカニズムの解析

法政大学大学院理工学・工学研究科紀要
Vol.55(2014 年 3 月)
法政大学
地球温暖化に向けた
シソ科植物の高温適応メカニズムの解析
ELUCIDATION OF THE HIGH-TEMPERATURE ADAPTIVE MECHANISM
OF LAMIACEAE PLANTS FOR APPLICATION TO GLOBAL WARMING
礒田 真奈帆
Manaho ISODA
指導教員
佐野 俊夫
法政大学大学院工学研究科生命機能学専攻修士課程
Global warming is supposed to reduce crop productivity by high-temperature stress to plants. Therefore,
elucidation of the adaptive mechanism of plants in this condition would be applied to keep crop productivity.
In the previous study, I found that sweet basil (Ocimum basilicum) did not die even in 37 degree (a
high-temperature condition), whereas, the same Lamiaceae plants of Perilla frutescens and sage (Salvia
officinalis) died in 6 weeks. In this study, as the production of reactive oxygen species (ROS) in plant cells
upon high-temperature stress has been known to damage plant growth, I focused on anti-oxidants substances
that attenuate ROS. In the 37 degree condition, perilla and sage plants produced more ROS than that of 23
degree, whereas the amount of ROS production was similar in basil. After transfer to the high temperature
condition, gene expression of basil CYP98, a rosmarinic acid synthesis gene was reduced although the amount
of both rosmarinic acid and the total polyphenol substances was kept. On the other hand, basil gene expression
of cAPX, a cytoplasmic ascorbate oxidase gene, and a heat-shock protein gene HSP70 increased 2 h after
transfer to the 37 degree condition and recovery of the oxidation rate in ascorbic acid was faster in basil than in
perilla and sage. These results suggested that the high ascorbic acid content as well as high activity to
re-synthesize its reduced form could be a good candidate to adapt to the high temperature condition.
Key Words : high temperature, anti-oxidant activity, HPLC, Lamiaceae plant
1. 目的
このことから、シソ科植物において、バジルは高温適応
地球温暖化により平均気温が上昇し、植物に高温障害
性が高いことが考えられた。本研究ではシソ科植物 3 種
が発生することで、作物の収量低下が懸念されている。
(バジル、シソ、セージ)を 37℃(高温)条件で栽培し、
このことから、今後の農業の維持発展のためには、高温
活性酸素発生量、抗酸化物質であるポリフェノールおよ
環境に耐えうる作物の開発が必要である。しかし、高温
び、アスコルビン酸の葉内蓄積量変化、抗酸化関連遺伝
適応性メカニズムについては不明な点も多く、このしく
子発現量を測定し、23℃条件と比較することで植物の高
みを解明することで、高温下での栽培可能性を高められ
温適応性を解析した。
る。 高温障害の一つとして、植物細胞内で活性酸素種の
発生が挙げられ、それらが生体高分子である核酸、タン
2. 方法
パク質、脂質にダメージを与えることが知られている。
植物は播種後、温室(約 27℃)で 12 週間栽培したも
抗酸化物質は、活性酸素種を減弱もしくは除去する働き
のを植え替え、温度条件を変えて明期 16 時間、暗期 8 時
があり、細胞の酸化を防ぐことが出来る。
間、光量 3000 lux で栽培した。
こ れ ま で に 、 シ ソ 科 の ス イ ー ト バ ジ ル (Ocimum
活性酸素濃度は活性酸素検出試薬 DCFH-DA を用いて
basilicum、以下バジル)は 37℃の高温下でも枯死せず、
測定した。葉 100 mg を 1~2 mm 幅に刻み、96 穴マイ
アオジソ(Perilla frutescens、以下シソ)やセージ(Salvia
クロプレートに入れ、マイクロプレートリーダー(コロ
officinalis)は高温下で枯死することを観察した(図 1)。
ナ MTP800)にて、蛍光強度を測定した。
A
ール:水=3:1)を使用し、ポンプ流量は 1.0 ml min-1 と
B
した。1 サンプルあたりの量は 5 ml で分析時間は 10 分
とし、A 液 100 %から B 液 75 %へのリニアグラジエント
を行った。UV 検出器の波長は 310 nm とした[2]。
また、アスコルビン酸は、各個体の葉を 3%メタリン酸
混合液(8 %酢酸、0.3 N 硫酸、1 mM EDTA)で抽出し
た[4]。この抽出物をろ過後 0.5 M Tris-40 mM DTT で酸
化型アスコルビン酸を還元処理し、総アスコルビン酸量
とした[4]。還元処理しないものは還元型アスコルビン酸
量として HPLC 分析した。HPLC 装置はロスマリン酸分
C
D
析時と同様とし、分析カラムも TSKgel ODS-120T(5
m 4.6×150 mm, 東ソー)を用い、カラムオーブンの温
度も 40℃とした。溶離液は 1 mM EDTA を含む 1 mM リ
ン酸緩衝液(pH=3.0)を使用し、ポンプ流量は 1.0ml min-1
とした。1 サンプルあたりの分析時間は 10 分とし、サン
プル量は 20 l、UV 検出器の波長は 245 nm とした[4]。
バジルにおいて、リアルタイム RT-PCR 法を用いて抗
酸化関連遺伝子発現量変化を調べた。用いた遺伝子は、
ロスマリン酸の合成経路の下流に位置する酵素遺伝子
E
F
CYP98、アスコルビン酸の酸化に働く細胞質型アスコル
ビン酸ペルオキシダーゼ遺伝子 cAPX 、熱誘導遺伝子
HSP70 の 3 種である。内在性コントロールには Actin 遺
伝子を用いた。
蛍光強度
3000
60min
2400
120min
180min
1800
1200
600
0
23℃
図 1. 播種後 12 週間の植物体を 23℃及び 37℃環境(明
期 16 時間、暗期 8 時間、光量 3000 lux)に置いて、6
週目の各個体の様子。
(A)23℃に置いたバジルの様子。
(B)37℃に置いたバジルの様子。(C)23℃に置いた
シソの様子。(D)23℃に置いたシソの様子。(E)23℃
に置いたセージの様子。(F)23℃に置いたセージの様
子。バーは 5 cm を表す。
バジル
カテキン相当量として算出した[1]。さらに、このメタノ
ール抽出物を高速液体クロマトグラフ(HPLC)解析し、
シソ科に多い抗酸化物質であるロスマリン酸
( Rosmarinic acid ) を 定 量 し た [2] 。 HPLC 装 置 は
LaChrom シリーズ(HITACHI)を使用した。分析カラ
37℃
23℃
シソ
37℃
セージ
変化。DCFH-DA 添加 60、120、180 分後の DCF
蛍光値を蛍光強度として示した。値は実験の平均値
(バジル 40 回、シソ・セージ 17 回)を、バーは標
準誤差を表す。
0d
相対的発現量
(HITACHI U-2900)で、波長 760 nm の吸光度を測定し、
23℃
図 2. 温度条件移行 7 日目の葉の活性酸素発生量の
総抗酸化物質含有量は、各個体の葉をメタノール抽出
し、Folin-Denis 法により呈色した。そして、分光光度計
37℃
2h
6h
1d
3d
7d
4
3
2
1
0
CYP98
cAPX
HSP70
ムは TSKgel ODS-120T(5m 4.6×150 mm, 東ソー)
図 3. バジルの抗酸化関連遺伝子の高温移行にお
を用い、カラムオーブンは 40℃に設定した[3]。溶離液は
ける発現量変化。値は 23℃栽培時の発現量を 1 と
A 液(メタノール・水・ギ酸=55:69:1)と B 液(メタノ
した時の相対的発現量を、バーは標準誤差を示す。
3. 結果
ろ、各植物のメタノール抽出物はロスマリン酸標品と同
バジルを高温条件(37℃)に移行し、7 日目に葉の活
様の保持時間にピークが出たことから、これを用いて定
性酸素濃度を測定したところ、23℃条件の葉と同程度で
量した(図 5)。各植物の 23℃移行のバジルではロスマ
あった(図 2)。一方、シソ、セージでは 37℃条件で高
リン酸量が減少したが、37℃条件では移行前と同程度で
まった(図 2)。
あった(図 6)。また、37℃で栽培したシソ、セージの
時間、3 日後で増加した(図 3)。しかし、CYP98 遺伝
子発現量は 37℃条件では 23℃条件に比べて減少した(図
3)。
このバジルの活性酸素濃度上昇が抑制されるしくみ
を調べるために、総抗酸化物質量の変化を測定した。そ
0d
抗酸化物質含有量(mg g FW-1)
20
1d
3d
5d
7d
14d
21d
15
ロスマリン酸量は、移行前よりも増加した(図 6)。
ロスマリン酸含有量(mg gFW-1)
そこで、バジル抗酸化関連遺伝子の発現量を調べたと
ころ、cAPX 遺伝子発現量は HSP70 と同様に高温移行 2
0d
8
1d
3d
5d
7d
14d
21d
6
4
2
0
23℃
37℃
バジル
23℃
37℃
シソ
23℃
37℃
セージ
図 6. 温度条件移行 21 日目までの葉内ロスマリン酸量
10
の変化。葉抽出サンプルと抽出法は図 3 と同様とし、
5
HPLC により、ロスマリン酸を定量した。値は 9 回の
平均値を、バーは標準誤差を示す。
0
23℃
37℃
バジル
23℃
37℃
シソ
23℃
37℃
セージ
図 4. 温度条件移行 21 日目までの総抗酸化物質量の変
次に各葉のメタリン酸混合液抽出物を HPLC で分析し
たところ、アスコルビン酸標品と同様の保持時間(2.2 分)
にピークが確認されたため、これにより、各葉における
化。各植物体の上位の展開葉を採取し、メタノール抽
アスコルビン酸量を測定した(図 7)。バジルを高温移行
出した。Folin-Denis 法により呈色、総抗酸化物質量
すると、1 日目では総アスコルビン酸量が 23℃に比べて
をカテキン相当量として、波長 760 nm の吸光度を測
減少したが、5 日目には同程度まで回復した(図 8)。ま
定した。値は 9 回の平均値を、バーは標準誤差を示す。
た、37℃移行バジルのアスコルビン酸の酸化率は、23℃
条件株より高まったが、5 日目には同程度となった(図 8)。
の結果、バジルを 23℃条件で栽培すると抗酸化物質量
は栽培期間に伴い減少したが、37℃条件では移行前と同
A
程度に維持されていた(図 4)。また、シソ、セージの
4)。
さらに抗酸化活性があるポリフェノールの 1 種ロス
マリン酸(Rosmarinic acid)に着目して解析したとこ
absorbance
総抗酸化物質量量は、37℃移行後 1~3 週で高まった(図
B
absorbance
A
C
B
time(min)
図 7. メタリン酸抽出物の HPLC クロマトグラム。(A)アス
time(min)
コルビン酸(Ascorbic acid)標品のクロマトグラム。(B)バ
図 5. メタノール抽出物の HPLC クロマトグラム。(A)
ジル葉メタリン酸抽出物のクロマトグラム。(C)バジル葉メ
ロスマリン酸(Rosmarinic acid)標品のクロマトグラ
タリン酸抽出物還元処理後のクロマトグラム。矢印は 2.2 分の
ム。(B)バジル葉メタノール抽出物のクロマトグラム。
ピークを示す。
37℃移行のシソの総アスコルビン酸量は、3 日目まで
少したが、ロスマリン酸量は同等に保たれていたことか
23℃株より少なく、5 日目まで酸化率が高まった(図 8)。
ら、ロスマリン酸以外の抗酸化物質が働いている可能性
セージの総アスコルビン酸量は温度条件による顕著な差
もある。また、CYP98 は複数のコピーが知られており、
はみられなかったが、高温移行株で、5 日目まで高い酸化
今回用いたものは、ロスマリン酸合成にそれほど関わっ
率を示した(図 8)。
ていないことも考えられる。あるいは、生合成経路の上
800
酸化型
酸化率
80%
しれない。
そこで別の抗酸化活性物質であるアスコルビン酸に着
600
60%
目したところ 、バジル cAPX 遺伝子発現 パターンは
400
40%
HSP70 のそれと似ていたことから、cAPX は高温に応答
200
20%
0
0d
1d
3d
バジル
5d
0d
1d
3d
5d
23℃
37℃
23℃
37℃
23℃
37℃
23℃
37℃
23℃
37℃
23℃
37℃
0%
23℃
37℃
23℃
37℃
23℃
37℃
総アスコルビン酸量(g gFW-1)
流合成酵素遺伝子や別の抗酸化物質が働いているのかも
還元型
0d
1d
シソ
3d
5d
セージ
し、高温環境適応の初期段階にはアスコルビン酸が関与
している可能性がある。高温移行後のバジルのアスコル
ビン酸の酸化率は、シソやセージよりも早く 23℃と同程
度に回復したことから、この回復能力がバジルの高い高
温適応能力を持つ要因の一つと考えられる。またバジル
では、高温移行 3 日程度でも cAPX 遺伝子の発現が上昇
図 8. 温度条件移行 0、1、3、5 日目までの葉内アスコ
したことから、長期的な高温適応にもアスコルビン酸に
ルビン酸量の変化。還元型(AsA)と酸化型(dhA)の
よる酸化ストレス除去が関わっていると考えられる。
和を総アスコルビン酸量とした。各植物体の上位葉を採
本研究結果から、今後、地球温暖化の進行による作物
取し、メタリン酸混合液で抽出し、還元処理したものを
の生育抑制への対策の一つにアスコルビン酸の活用が考
総アスコルビン酸、しないものを還元型として、HPLC
えられる。アスコルビン酸蓄積量が多い、あるいは酸化
により、定量した。酸化率は総アスコルビン酸量に対す
ストレス除去に使われた酸化型アスコルビン酸を還元型
る酸化型の割合で示した。値は 12 回の平均値を、バー
に戻す活性の高い植物が高温適応性を高める遺伝資源と
は総アスコルビン酸の標準誤差を示す。
なりうる。今後、抗酸化活性と総抗酸化物質量との関わ
りを DPPH ラジカル補促活性により測定する、また、別
4. 考察
の抗酸化物質である α-トコフェロール(ビタミンE)含
シソ、セージは高温移行 6 週目には枯死に至るが、並
有量についても調べ、バジルとシソ、セージとの高温適
行して活性酸素濃度が高まったことから、酸化ストレス
応性の違いについて考え、高温適応に有効な物質を見つ
を受けやすいことが原因と考えられる。一方で、バジル
けていきたい。
は 37℃環境で、23℃移行株同程度に活性酸素濃度が抑え
参考文献
られたため、これが枯死せず生育する要因の一つである
と推測できる。
メタノール抽出物中の抗酸化物質量については 37℃環
境の各植物において、総抗酸化物質量が移行前と同程度、
もしくは増加した。Folin-denis 法は還元型の総抗酸化物
1)鈴木 誠ら: Folin-Denis 法による総ポリフェノール量
測定のための抽出溶媒の検討. 日本食品科学工学会誌
Vol.49, No7,507~511. 2002.
2)庄子 和博ら:スイートバジルのポリフェノール蓄積に
質量を測定する手法であるため、抗酸化物質として働い
及ぼす光質影響. 電力中央研究所報告.V09030. 2010.
ているのなら、総抗酸化物質量は減少すると考えやすい。
3)Jungmin Lee, Carolyn F. Scagel.: Chicoric acid found in
しかし、23℃条件株より増加しているため、酸化量より
basil (Ocimum Basilicum L.) leaves. Food Chemistry 115:
も合成量が多い、もしくは抗酸化物質として働きが小さ
650-656. 2009.
いことが考えられる。抗酸化活性のある物質としてバジ
4)Pollyanna C. Cardoso, et al.: Vitamin C and carotenoids in
ルに多く含まれるロスマリン酸に着目したところ、その
organic and conventional fruits grown in Brazil. Food
合成経路の遺伝子、CYP98 発現量は高温移行によって減
Chemistry. 126: 411-416. 2011.