339.多発性角化嚢胞性歯原性腫瘍から基底細胞母斑症候群に至った1例

投 稿
多発性角化嚢胞性歯原性腫瘍から
基底細胞母斑症候群に至った1例
宮崎大学医学部 感覚運動医学講座 顎顔面口腔外科学分野
近藤 雄大、 上村 洋平、 永田 順子、 迫田 隅男
《宮崎大学医学部歯科口腔外科症例シリーズその339》
緒 言
位に隆起性病変
腰椎横突起の分離側弯 、歯原性
多発性角化嚢胞性歯原性腫瘍 (KCOT) から基
底細胞母斑症候群 (NBCCS) の診断に至った1
例を当科にて経験したので報告する。
嚢胞 (42 歳 )
3. 兄 :脊柱管嚢胞
【現 症】
身長:135.1cm
症 例
体重:30.9kg
頭位:56.7cm(成人男子の平均頭囲:57cm)
初診時年齢:10 歳8ヵ月
顔貌:眼間解離あり (4.0cm)
性 別:男性
口腔外所見 : 顔貌はやや眼間離開しており、ま
主 訴:歯牙萌出異常の精査加療依頼
た胸部レントゲンにて2分肋骨等の骨奇形等
現 病 歴:齲歯治療で近医歯科を受診時、パ
は認められない。
ントモにて上下顎の歯牙萌出異常を指摘され
全身の皮膚に母斑、皮疹は認められない。
当院歯科口腔外科を精査加療目的で紹介初診
口腔内所見 : 乳歯晩期残存を認める。
となった。
既 往 歴:大頭症にて乳児期から3歳時ま
で CT で経過観察(異常なしと判断され終診)、
軽度発達遅延 家 族 歴:
1. 祖父:眉間の黒色病変 ( 皮膚癌 )、鼻腔
内腫瘍
2. 父 :横紋筋肉腫 (30 歳、放射線治療 )
放射線照射の数年後より照射部
図1 顔貌写真
パノラマレントゲン写真及びデンタルCT像
機序:癌抑制遺伝子である PTCH1 遺伝子の半
量不全による、形態形成に重要なソニックヘッ
ジホッグ (Shh) シグナル伝達の亢進
臨床的特徴:腫瘍、先天奇形、骨格異常、大頭症、
精神運動発達遅滞、白内障など多岐にわたる症
状を呈する
治療:症状に対するマネジメントが重要 ( 小児
科、皮膚科、眼科 )
予後:しっかりとした管理が行われれば、平均
図2 術前
両側上顎、左下顎に嚢胞様透過像を認める。
寿命は一般人口平均と大差はない。
☆ NBCCS の診断基準 (Kimonis) ☆
<大項目>
両側上顎、左側下顎に 13,14,23,33,34 の歯
冠を含む境界明瞭な単房性の透過性病変を認
め、永久歯胚の位置異常を認めていた。
【処 置】
1)2個以上、あるいは 20 歳以下の基底細
胞癌 [80% ]
2)顎骨の歯原性角化嚢胞 [74% ]
3)3個以上の手掌、足底の小陥凹 [87% ]
全身麻酔下にて 53,54,55,65,73,74,75,85 抜
4)大脳鎌の石灰化 [65% ]
歯術、右上顎、左上顎、左下顎腫瘍摘出、開窓
5)肋骨異常 ( 二分脊椎、癒合あるいは極
術施行した。
端な扁平化等 )[43% ]
6)第1度近親 ( 親、子、同胞、二卵性双生児)
に NBCCS をもつ小症状
<小項目>
1)大頭症 [49% ]
2)先天奇形 ( 口唇口蓋裂 [3% ]、前頭突
出 [26% ]、粗野顔貌 [52% ]、眼間解
離 [42% ])
図3 術後
3)その他の骨格異常 (Sprengel 変形 [11%]、
胸郭変形 [12% ]、合指趾症 [24% ])
病理診断の結果、病変は全て角化嚢胞性歯原
性腫瘍の診断となった。
4) X 線 検 査 の 異 常 ( ト ル コ 鞍 骨 性 架 橋
[24% ]、脊椎異常 [15% ]、手足のモデ
リング欠損 )
5)卵巣線維腫 [ 女性の 17% ]
6)髄芽腫 [ 4% ]
※ 大症状2つ、あるいは大症状1つと小
右上 左上 左下
図4
≪ What's up 基底細胞母斑症候群 (NBCCS) ?≫
症状2つを満たす場合 NBCCS と診断
【NBCCS の確定診断に至った経緯】
概念:骨格を中心とする小奇形、高発癌性を特
患児受診時の既往歴及び家族歴より骨系統
徴とする常染色体優性遺伝疾患
疾患が疑われた事より頭部 CT を撮影
図5 頭部CT
大脳鎌および小脳テントの石灰化を認める
図6 術後2年
大脳鎌の石灰化及び小脳テントの石灰化を
また、父は NBCCS の確定診断を得てから皮
認めた。つまり患児は前記大項目の2項目を満
膚科を受診し、基底細胞癌のため治療を開始し
たしたため、臨床的に NBCCS と診断された。
た。
本臨床診断をより確定的にするため、北里大学
に PTCH1 遺伝子検査を家族を含めて依頼した。
結果、患児及び患児父で Exon13 の 1 塩基上流
のG ( グアニン ) がC(シトシン)に置換さ
れており、正常なスプライシングが起こらな
くなっていた。これにより、患児、患児父は
NBCCS の確定診断に至った。NBCCS は、高発
癌性疾患であり、年齢依存性に症状が出現す
る。また過剰な紫外線照射で基底細胞癌が生じ
図7 患児父:基底細胞癌
る。このことからもわかるように、NBCCS の
早期診断は、癌や二次性癌の予防対策を行うこ
とが可能になるため大変有意義であるといえ
る。
【結 語】
本邦においてはパントモでの顎骨内の透過
性病変の発見により NBCCS の診断に至る例が
【小 括】
多く、われわれ口腔外科医は NBCCS の正しい
今回の症例では、患児と父から NBCCS の確
理解を持ち、他科との医療連携において中心的
定診断が得られた。
役割を担う必要がある。
その結果、患児は育成医療の対象となり、現
NBCCS は本邦での報告は多くないが、決し
在は歯牙矯正治療を受けている。また皮膚科で
て頻度の低い疾患ではなく、咬合不全の改善、
の定期健診を受診しており基底細胞癌早期発
発癌の予防の観点からも、症状に対するマネ
見を目指している。さらに、紫外線の照射時間
ジメントを早期に行なう事が患児及び家族に
を短縮する、医療用 CT 撮影を可能な限り最少
とって重要である。
限に控える等の基底細胞癌予防を開始してい
る。