特集3 認知症の人に 心から感謝してもらえる排泄ケア 介護施設ではさまざまな要因により,認知症の人におむつ着用を強いていたり,画一的 なトイレ誘導になっていたりすることが少なくありません。本特集では,個別ケアを実現 するための排泄アセスメントの方法などについて事例を交えながら解説します。 適切な排泄アセスメントに 基づいた一人ひとりに合った 排泄ケア 認知症の人の排泄ケアの問題点 排泄のしくみを知る 正常な排泄のしくみ・メカニズム(図 72 Kobaレディースクリニック 理事 むつき庵 おむつフィッター倶楽部 代表世話人/オムツフィッター1級 作業療法士 小林貴代 川崎リハビリテーション学院作業療法学科卒業後,加西市民 病院,関西労災病院,府中病院などを経て,介護老人保健施 設などの介護保険現場や地域在宅での活動が中心となる。現 在は夫が開業する婦人科クリニックを手伝いながら,森ノ宮医 療大学などで非常勤で活動を展開しつつ,日本ALS協会近畿 ブロック副会長,福祉用具プランナー,オムツフィッターなど, ライフワークとしての活動に没頭中である。 1)を知ることにより,何が問題なのか, 角度が鋭角になり,かなりの努力が必要 どこが問題なのかが分かってきます。性 となります。ベッドに寝たままでの姿勢 別や年齢により,解剖や生理に違いが見 では,排便はとてもしにくくなります。よ られるので,疾患特性や影響因子の着眼 りスムーズで快適な排便を促すために,生 点に注意が必要です。 活の中での排泄姿勢や,排泄用具の選択 排尿であれば,女性は骨盤底筋群が出 に留意が必要となります。さらに,便は便 産などで緩みやすく,また尿道が短く, 秘・下痢など腸の病変や働きにより影響を 下方へ向かっているため,尿失禁の特徴 受けます。下痢は,便に含まれる水分が が見られます。男性は尿道が長く折れ曲 85%を超えて液状に近くなった状態を言 がっており,前立腺肥大などで排出障害 い,脱水などの症状に注意が必要です。 を来しやすくなっています。1回排尿 失禁のタイプ,症状・対策を知る 量・回数・リズムなど正常値との比較が, 排泄コントロールを失うことを失禁と 介護のヒントや福祉用具を選定する際に 言います。失禁には,尿失禁と便失禁が 大切な情報となります。摂取する量と排 あります(表) 。失禁は,基礎疾患や解 泄する量のバランスから,多飲・脱水な 剖・生理の特性から,腹圧性・切迫性・ どの症状が推察されることもあります。 溢流性・機能性など,さまざまなタイプ 排泄にかかわるだけではなく,全身管理 に分かれます。それぞれ症状の違いがあ にもフィードバックすることが可能です。 り,具体的な対応も変わってきます。中 排便時は,肛門と直腸の角度が排便姿 年女性に多く見られるのは,腹圧性尿失 勢に大きく影響します。座位で前傾姿勢 禁・切迫性尿失禁・混合型尿失禁です。 を取ると角度が鈍角となり,腹圧と重力 脳血管障害による麻痺を呈した運動機 で最も排便しやすくなります。臥位では 能の障害や,認知症などの認知機能の障 季刊 Vol.15 No.4 図1 正常な排泄の仕組み・メカニズム 排尿 水を飲む 腎臓→尿管 口→胃→腸から吸収 膀胱でためる 血液→全身→腎臓 尿道を通って排尿 腎臓:不要な水分・ 老廃物濾過 ●女性 尿道が短い(3∼4cm) ,下向き,子宮・膣で圧迫 されやすい,骨盤底筋群が緩みやすい ●男性 尿道が長い(14 ∼ 27cm) , S字状,前立腺の中を通る ●1回排尿量 初発尿意 150 ∼ 250mL(高齢者120 ∼ 200mL)から 300 ∼ 400mLまで我慢できる ●1日当たりの回数 昼:4∼7回 夜:0∼1回 排尿時間:10 ∼ 30秒 ●総排泄尿量:1,000 ∼ 2,000mL 尿閉:0mL 無尿:100mL以下 乏尿:400mL以下 多尿:3,000mL以上 排便 食べる 小腸: 滞在7∼9時間 口→食道 大腸: 滞在25 ∼ 30時間 胃:滞在約4時間 肛門から排便 十二指腸・空 腸・回腸にて 栄養分・水分 消化吸収 ●肛門―直腸角 臥床時:90° ±10° 座位時:130° ±15° 角度が広がれば排便しやすく, 重力の影響で下に落ちやすく なる 色:黄色∼茶褐色 形:バナナ状(2本分程度) 硬さ:硬過ぎず,軟らか過ぎず 重さ:1回250g程度 リズム:30 ∼120時間で排便 表 失禁のタイプ・症状・対策 尿 タイプ 症状 対策 腹圧性 尿失禁 咳やくしゃみ,走ったり飛んだり,重い物を持ち上げたり するなど,腹圧が加わった時に漏れる尿失禁出産を経験し た中高年の女性に多い 骨盤底筋体操や薬物療法,手術な ど (肥満・便秘予防) 切迫性 尿失禁 畜尿時に排尿の意思がないにもかかわらず,強い尿意切迫 感を感じ,我慢できずに漏れてしまう尿失禁 過活動膀胱,腫瘍,結石などの原 因に対し薬物療法など 混合型 尿失禁 腹圧性尿失禁と切迫性尿失禁の混合型 腹圧性尿失禁と切迫性尿失禁への 対応 溢流性 尿失禁 排出障害が基礎疾患としてあり,尿閉状態となり,じわじ わと漏れる尿失禁 薬物療法,残尿除去,前立腺肥大 の治療など 機能性 尿失禁 運動機能の障害や認知機能の障害のために,トイレが分か らない,トイレに行けない,排泄行為が認識できないこと などから排泄動作が間に合わず,漏れてしまう尿失禁 原因疾患の治療,生活環境の整 備,適切な福祉用具の活用など 頻尿 トイレが近い。1日10回以上(日中8回以上+夜間2回 以上) 薬物療法,膀胱訓練,生活習慣の 見直しなど 睡眠中に尿が漏れる 原因疾患の治療など 神経因性 膀胱 中枢神経系が損傷し,膀胱機能(畜尿・排尿)に障害を来 す 対症療法,排泄用具の導入など 便秘 3日以上排便がない状態,毎日排便があっても残留便が多 量にある状態。機能性便秘(腸の働きの異常:弛緩性便秘, 直腸性便秘,痙攣性便秘)と器質性便秘(腸の病変により 便の移動が妨害)に分類される 排便の習慣化,運動不足の解消, 繊維質の摂取,腸内環境改善,原 因となる疾患の治療,服薬管理の 見直し,ストレスの軽減など 下痢 便に含まれる水分量が,便の重さのうち85%を超えて液 状に近くなる状態(腹圧性便失禁,切迫性便失禁,溢流性 便失禁,機能性便失禁など) 原因となる疾患の治療,服薬管理 の見直しなど 夜尿症 便 季刊 Vol.15 No.4 73 図2 排泄動作の一連の流れ ①トイレに行きたくなる ⑪扉を開けて出る ⑫部屋に帰る ②トイレを探す ③トイレまで行く ④扉を開けて中に入る ⑤下着を下ろす ⑨下着を上げる ⑩手を洗う ⑧拭いて水を流す ⑦排尿・排便をする 害のために,トイレが分からない,トイ 認知症の人の排泄ケアの問題点は,病 レに行けない,排泄行為が認識できない 状の進行時期により異なることです。初 など,排泄動作が間に合わず漏れてしま 期は認知障害・見当識障害への対応が中 う尿失禁を機能性尿失禁と言います。 心となり,認知症の進行と共に身体機能 具体的な問題点 認 知 症 の 人 の 排 泄 ケ ア で は,BPSD (Behavioral and Psychological symptoms of Dementia:認知症の行動・心 理症状)を,生理的な不具合サインとし 74 ⑥便器に座る 面への対策も必要となってきます。介護 環境を広く含む排泄ケアの工夫が求めら れます。 よりよい排泄ケアをするために て見落とさないことがとても大切です。 排泄動作の一連の流れを確認する 認知症の人の排泄は,便意・尿意・腹 排泄動作を分析すると,①トイレに行 痛・違和感・大きな不安・小さな不安・ きたくなる(生理的な反応) ,②トイレ 見当識障害・運動行動障害・失行失認な を探す,③トイレまで行く,④扉を開け どで,今まで普通に当たり前に処理・対 て中に入る,⑤下着を下ろす,⑥便器に 応してきたことがなぜかできなくなって 座る,⑦排尿・排便をする,⑧拭いて水 しまうのです。そわそわしたり,落ち着 を流す,⑨下着を上げる,⑩手を洗う, かなくなったり,怒りっぽくなったりし ⑪扉を開けて出る,⑫部屋に戻る…の一 て徘徊に展開してしまいます。認知症の 連の流れがあります(図2) 。 人であっても,プライドが高ければ,恥 認知症や脳血管障害,高次脳機能障害 をかかないように自分なりの解決行動を などが原因で起こる機能性尿失禁などの とるでしょう。BPSDをいわゆる問題行 場合,この行程のどの部分に支障を来す 動ととらえず,生理的な不具合サインと のかを分析することが,解決・対策の糸 して詳細を観察してみましょう。 口となります。 季刊 Vol.15 No.4 トイレが認識困難(見当識障害:場 所・時間・人が分からなくなる)な場合 排泄アセスメントの重要性 は, 「トイレ」 「便所」「厠」などとサイ 排泄アセスメントの項目は多岐にわた ン(目印)を大きく表示して掲げ,昔を ります。分析をするに当たり,直接排泄 懐かしむような飾り付けをしてみます。 に関することだけではなく,本人の状態 衣類の着脱が困難(運動麻痺・協調性障 (身体機能,精神,心理的機能,認知機 がい・運動失行・失行失認症など)な場 能,疾病〈治療・服薬管理〉 ) ,生活習慣 合は,衣類・下着の着脱がしやすい工夫 と生活パターン(24時間から365日に及 をしてみたり,衣類に左右,裏表などの ぶADLの状況・生活歴・志向性) ,生活 目印を付けたり,動作の手順を紙に書い 環境因子(住居環境・介護環境・社会参 て壁に張り出したりするのも有効です。 加など) ,総合的な評価が必要となります。 移動・移乗に問題がある場合は,出入り 認知症の原因疾患には,変性疾患のア 口・スペースを広くしたり,段差を解消 ルツハイマー型認知症,脳血管障害型認 したり,ドアノブを握りやすい形状に変 知症,レビー小体型認知症,前頭側頭葉 えたり,手すりなどの適切な福祉用具の 型認知症などがあります。それぞれの病 活用を検討したりします。 態にはさまざまな特徴があり,対策も共 生活歴,人生の歩(あゆみ)をひもとく 通ではありません。 排泄行為は個別性の高い文化です。自 例えば,薬の内容や副作用によっても 分が行っている行動やパターンは個別性 排泄機能に影響を及ぼします。運動機能 の高いものであり,非公開で行われてき 障害や麻痺,筋力低下や協調性の低下, たものであることを確認しましょう。排 疲れやすさなど行為・動作の速さや正確 尿姿勢や排便姿勢は,和式を好むのか洋 性の低下は,排泄をする上での身体機能 式を好むのか,以前からどのような下着 として重要な要因です。認知機能として, を好んで装着していたのか,普段の下着 見当識(時間・場所・人)や記銘力が低 の中で男性のペニスの落ち着く位置・場 下することによって,トイレという場所 所・方向とは,お尻を拭く時の姿勢は, や空間を認識できない可能性があります。 紙はどれくらい使うかなど,自分の当た さらに,介護環境として,住んでいる り前がほかの人の当たり前とは限りませ 地域や住環境によっても不便を感じると ん。それぞれの個性溢れる行動パターン ころがあるかもしれません。在宅での社 があります。一律の介助技術を無理矢理 会保障や介護サービスの種類も地域格差 当てはめていませんか。不快に感じるこ があるでしょう。人的環境としても,主 とは,馴染みのないことからも生じます。 たる介助者や支援者により,介護負担が 一人ひとりの馴染みの排泄行動パターン 生じてきます。広く,総合的なアセスメ を確認しましょう。 ントが必要になります。 季刊 Vol.15 No.4 75 排泄パターンの把握と評価 る習慣が大切です。家族だけでは負担が 排泄チェック表(資料)を付けてみま 大きく,介護・支援に当たるチームワー しょう。便のサイクルは人によって違う クが1つのチャートを完成させることが ため,できれば数日から1週間程度付け あります。家族の負担を強制することな てみると,排泄パターンが浮き上がって く,担い手が補完し合うことなど,評価 きます。トイレに行った回数や時間帯, 方法には配慮が必要です。 1回の排尿量や便の形状・状態,生活リ 排泄チェック表(資料)から読み取れ ズムとの関係,水分摂取量と排尿量のバ ることは次のとおりです。 ランス,食事と排便の関係,薬との関係 ・1回の排尿量は,150 ∼250cc(mL) など,いろいろな要因が分かります。認 ・1日の排尿回数は,6∼7回(昼4∼ 知症の人の場合,心理的な反応や行動の 特徴を並行して付けてみると,生理的な サインや原因が隠れていることがありま 5回,夜間2回) ・1日の総排尿量は,1,100 ∼1,320cc (mL) す。1日では分析できないことも,数日 ・1日の水分摂取量は,1,100cc(mL) 付けてみることにより,傾向や特徴が読 ・便は軟便傾向(毎日緩下剤服用) み取れます。 ・朝食後,昼食後に便意あり また,排泄用具としての排泄アウター ・コーヒーが大好き(利尿作用あり) や排泄インナーの選び方,活用の仕方, ・食欲旺盛 当て方がうまくいっていないと「漏れ」 ・時々散歩に出かける という問題も生じてきます。1回排尿量 ・日中はテレビを見て過ごすことが多い が分かれば,必要に応じたパッドなどの ・失敗体験(軟便・夜間の排尿)後,興 排泄インナー・排泄アウターの選択の根 76 などの重さ(量)を計量秤で量ったりす 奮あり 拠につながります。1日終了ごとに摂取 このことから,排泄ケアのヒントにな 量・排泄量を集計し,備考・特記事項な るような因子がいくつか見られます。資 どをまとめておきましょう。 料のケースでは,なぜ軟便なのかの評価 24時 間 を 通 し て の 記 録 が 大 切 で す。 が必要です。安易に毎日緩下剤を服用す 就寝後や就寝中の様子など,家族介護で ることや,食事内容,運動など便秘対策 負担に感じることが多く見られます。介 がどのようになされているかを見直すこ 護環境により家族の健康状態も守らなけ とが大切です。大好きなコーヒーは利尿 ればなりません。さらに,日中と夜間帯 作用があるため,利尿作用の少ないもの では様子が違う方もいます。それぞれの を選択することも必要でしょう。1日の 特徴も確認しましょう。紙コップや尿瓶 生活パターンと排泄パターンを並行して などで尿量を量ったり,おむつやパッド みると,ヒントがたくさん隠れています。 季刊 Vol.15 No.4 ➡続きは本誌をご覧ください
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