58.既設トンネルの酸性恒常湧水における微量元素の定量分析について

58.既設トンネルの酸性恒常湧水における微量元素の定量分析について
○倉橋稔幸(寒地土研),岡﨑健治(同),田本修一(同),伊東佳彦(同)
1.はじめに
日本国内の温泉や地下水には酸性を示すものがあるため,トンネルの掘削工事で酸性の地下水が
湧水することがある
1)2)3)
。トンネルの湧水は排水管により敷地外へと排出され,やがて公共用水域
である河川や海へと放流される。そのため,工事中には汚濁水対策として汚濁水処理設備による浄
化および中和処理がなされ,河川法・水質汚濁防止法・環境基本法等の法令に定められた排水基準
を満足するように排水されている。大島・藤原(1998)は特に酸性水が施設管理のうえで支障を生じ
させる可能性を指摘しているものの
4)
,既設トンネルか
ら恒常的に排出される湧水の水質が維持管理段階に調査
凡例
試料採取トンネル
されることも少なく,その排水の実態には不明な点が多
い。ゆえに恒常湧水が環境基準を超える水質であっても
特段に処理や対策がなされないままに排水されているこ
とがある。
酸性水は火山の数 km から 20km に分布することが多
いことから
5)
,これまでに筆者らは北海道から北陸地方
の火山フロント周辺に位置する 43 本の国道や地方道等
の既設トンネルから恒常湧水 53 試料を採水し,pH・電
気伝導度等の水質調査を実施してきた。その結果,7 ト
ンネル 13 試料から酸性の地下水試料を得た(図-1)。
なお,本報告では環境基本法に基づく水質汚濁に係わる
環境基準 AA から C 類型の 6.5≦pH≦8.5 を下回る液性を
「酸性」とした。本報告では,それら酸性恒常湧水に含
まれる微量元素(Ca, Fe, Mg, As, Cd, Cr, Pb, Se)を ICP 発
光分析により定量し,量比の違いを pH との相関から考
図-1
酸性恒常湧水を排出するトンネル位置図
察した。
2.実験方法
2.1
酸性恒常湧水の水質と採取
酸性恒常湧水をトンネル坑口の集水枡や排水溝
か ら 採 水 カ ッ プ 等 で 採 水 し ( 写 真 - 1 ), 米 国
In-situ 社製の Troll9000 を用いて,水温,pH,
電気伝導度(EC),酸化還元電位(ORP)を計測した。
なお,一部の試料についてはそのまま持ち帰り実
験室で計測した。計測後,ろ紙によりろ過し 1μ
m 以下の浮遊粒子を取り除き,500ml のポリプロ
ピレン製のボトルに詰めた。さらに,金属元素が
溶出しないように 100ml 当たり 1ml の濃硝酸を
写真-1
酸性恒常湧水の採取状況
加えた。
表-1に採取した酸性恒常湧水の水質を示す。pH は 3.3~6.4 を示した。また,酸化還元電位(ORP)
は標準水素電極の値(ORPSHE)に換算され,0.427~0.776V までを示した。その他,電気伝導度(EC)
は 82~723μS/cm を示した。図-2の Eh-pH ダイアグラム 6)にプロットすると試料は全て漸移帯
に位置した。
表-1
酸性恒常湧水の水質と ICP 発光分析結果一覧表
図中の*は装置の分解能以下の値であるが,検量線から推定された値である。
#5
#7
#8
#20
#21
#22
#27
#28
#30
#32
#35
#43
#51
pH
Temp.
(℃)
29.0
24.6
24.9
28.1
28.2
28.7
9.7
10.3
6.9
5.9
7.7
10.8
10.8
Sample Tunnel
#G
#J
#J
#W
#W
#X
#AD
#AD
#AD
#AD
#AD
#AK
#AS
3.7
4.3
4.4
5.8
5.6
6.4
3.5
3.6
4.0
4.3
3.3
5.2
6.4
ORPSHE EC
Ca
Fe
Mg
As
(uS/cm) (mg/l) (mg/l) (mg/l) (mg/l)
(V)
0.776
310
9.45 0.031
2.62
<0.04
0.530
152 13.03 0.169
0.99 0.046
0.519
140 11.21 0.015
0.87
<0.04
0.461
134
6.93 <0.001
3.23
<0.04
0.470
127
6.72 <0.001
3.18 0.298
0.456
723
0.698
208
5.72 2.775
3.57 0.135
0.698
182
4.56 1.497
4.00 0.131
0.550
126
1.12 0.048
1.58 0.110
0.501
127
2.56 0.921
2.35
<0.04
0.670
413
2.95 1.805
1.63
<0.04
0.457
82
4.96 0.082
1.64
<0.04
0.427
114
3.34 <0.001
0.55
<0.04
Cd
(mg/l)
<0.001
<0.001
<0.001
<0.001
<0.001
<0.001
<0.001
0.003
0.003
0.003
<0.001
<0.001
Cr
Pb
Se
(mg/l) (mg/l) (mg/l)
<0.001 <0.01 0.079
<0.001 <0.01 0.068
<0.001 <0.01 0.069
0.009
<0.01 0.083
0.010
<0.01 0.097
<0.001 <0.01 <0.03
<0.001 <0.01 <0.03
0.011
<0.01 0.036
0.010 0.023 0.129
0.012 0.027
<0.03
<0.001 <0.01 <0.03
<0.001 <0.01 0.021*
1.2
1
0.8
0.6
Eh (V)
0.4
0.2
0
-0.2
-0.4
-0.6
-0.8
2
#G
4
#J
6
#W
図-2
pH
#X
8
#AD
10
#AK
12
#AS
Eh-pH ダイアグラム
写真-2
#AD トンネル坑壁の様子
APPELO and POSTMA (2005)6)に本報告の計測値を加
坑壁のコンクリートに剥離や欠落が認められたほか,鋼製
筆した。
支保の表面が錆びていた。
2.2
ICP 発光分析
表-1に示す試料のうち,#X トンネルの試料#22 を除く,6 トンネル 12 試料を対象に,Ca, Fe,
Mg, As, Cd, Cr, Pb, Se の 8 元素を ICP 発光分析装置(ICP-AES; 日立ハイテクノロジーズ社製
P-4010)で分析した。混合標準液(和光純薬製 W-Ⅱ,W-Ⅹ)を別々に調整し検量線を作成し,試料
を定量分析した。
3.分析結果と考察
3.1
Ca と Fe の分析結果
ICP 発光分析結果を表-1に示す。そのうち,Ca 濃度は 1.12~13.03mg/l を示した。図-3を
一見すると,Ca 濃度は必ずしも pH と相関関係があるとは言えない。しかし,#AD トンネルの試
料を除くと,明瞭な負の相関関係があるように見える。他方,#AD トンネルの試料でも。Ca 濃度
は他トンネルの試料と異なるが,pH が低くなるにつれ,Ca 濃度は高くなる傾向を示した。Ca 濃
度が増加する原因として,トンネルのコンクリート部材からの Ca の溶脱が可能性として考えられ
る。このことは一部のトンネルでは坑壁表面や背後,排水溝表面のコンクリートの溶解が観察され
たこととも一致する(写真-2)。
次に Fe 濃度は 0.015~2.775mg/l を示した。Fe 濃度は pH4 前後より低い領域で急激に高くなり,
pH と負の相関が認められた(図-4)。pH4 以下で鋼材が急速に劣化することを示唆している。こ
のことは一部坑内で鋼材表面の錆びや腐食が認められたこととも一致する(写真-2)。
しかし,図-3に示すように pH が高いほど Ca 濃度が高い多い訳ではない。例えば#AD トンネ
ルでは pH が最低値 3.3 を示しているにもかかわらず,Ca 濃度は高くないが。図-4に示すように
Fe 濃度は最も高い。この場合には Ca を溶脱させる代わりに,Fe や他の元素を溶出させているこ
とが考えられる。そこで図-5に Ca 濃度と Fe 濃度の合計と。pH との相関を示した。明瞭な相関
関係があるとは言い難いが,右肩下がりの傾向が認められる。いずれにしてもトンネル構造物の鋼
材やコンクリートが酸性の湧水に触れることで,コンクリートや鋼材の劣化を助長している可能性
がある。
3.2
重金属等の元素の分析結果
その他,酸性恒常湧水には As,Pb,Se の重金属等の元素が含まれていた。まず As の濃度は最
高で 0.298mg/l を示し,3 トンネル 5 試料で,環境基本法における「水質汚濁に係る人の健康保護
に関する環境基準」に定められた値を超えた。また,Pb は最大で 0.027mg/l を示し,1 トンネル 2
試料で超過した。その他,Se は最大で 0.129mg/l を示し,5 トンネル 8 試料で超過した(表-1)。
また,Cd と Cr はそれぞれ最大で 0.03mg/l,0.012mg/l を示すが,環境基準に定められた値を超え
ていない。
以上から,図-6に示すようにいずれの元素の濃度も pH に依存していないことから,酸性水が
重金属等の元素の溶出を助長していないと考えられる。
4.まとめと今後の課題
ICP 発光分析による微量元素の定量結果から,トンネル構造物が酸性の地下水に触れることで他
の地下水に比べてトンネルの部材であるコンクリートや鋼材の劣化を進める可能性を見出した。
①pH と Ca 濃度には負の相関があり,酸度が高くなるにつれ Ca 濃度が高くなった。それはトン
ネルにより異なるが,いずれにしてもトンネルのコンクリート部材から溶脱している可能性を
示している。
②pH と Fe 濃度には pH4 以下で負の相関が認められる。pH4 以下では鋼材が急速に劣化するこ
14
14
12
12
10
10
Fe (mg/l)
Ca (mg/l)
とを示唆している。
8
6
8
6
4
4
2
2
0
0
2
3
4
5
6
7
2
3
4
pH
#G
#J
図-3
#W
5
6
7
pH
#AD
#AK
#AS
#G
Ca の濃度と pH との相関図
#J
図-4
#W
#AD
#AK
#AS
Fe の濃度と pH との相関図
0.5
14
12
0.4
濃度 (mg/l)
Ca+Fe (mg/l)
10
8
6
4
0.3
0.2
0.1
2
0
0
2
3
4
5
6
7
2
3
4
pH
#G
図-5
#J
#W
#AD
5
6
7
pH
#AK
#AS
Ca+Fe の濃度と pH との相関図
As
図-6
Cd
Cr
Pb
Se
重金属等の元素濃度と pH との相関図
参考文献
1)鈴木道雄・諏訪義雄(1971):三国トンネルにおける巻き立てコンクリートの侵食とその対策,道路とコンクリート,13,15
~22.
2) 原田勇雄(1989):4.北海道の主要プロジェクトに関する土質・基礎の問題, 5.オロフレトンネルの設計施工-鉱化変質帯のト
ンネル施工例,土と基礎,37(9),101~104.
3) 鈴木達巳・池田兵十郎・村田省三・依田忠雄(1988):函館新道新大沼トンネル工事における鉱化変質作用地質対策について,
北海道開発局技術研究発表会論文集,121~126.
4) 大島洋志・藤原幹之(1998):トンネル掘削に伴う地下水への影響評価,地下水技術,40(8),1~13.
5)浅森浩一・石丸恒存・岩月輝希(2009):日本列島における火山周辺の酸性地下水分布,サイクル機構技報,15,103~111.
6) APPELO, C.A.J. and POSTMA, D. (2005): Geochemistry, groundwater and pollution, 2nd edition, CRC press, 649p.