全文

自動織物サンプル製造システムの開発研究
中島明哉*
森 大 介 ** 新 谷 隆 二 ***
織物製造業においては,新たな製品を開発するために数多くの織物サンプルを作製している。しかしな
が ら , 通 常 の 生 産 設 備 (整 経 機 , レ ピ ア 織 機 等 )を 使 用 す る た め 工 場 内 の 広 い ス ペ ー ス を 専 有 す る ほ か , 多
く の 糸 パ ッ ケ ー ジ や 労 力 が 必 要 と な る 。 本 研 究 で は , 織 物 の 性 質 (風 合 い , 吸 湿 性 等 )を 評 価 す る た め に 必
要 な 最 小 限 の 大 き さ (50cm×20cm)の 織 物 サ ン プ ル を 製 造 す る シ ス テ ム の 開 発 を 行 な い , 所 定 の 密 度 で た て
糸シートを容易に作製する手法を考案し,十分な精度で糸シートを作製できることを確認した。また,試
作機によるサンプル試織の結果,ウール,ポリエステル糸及びアラミド繊維等の異なった糸種に対応でき
ることを確認した。
キーワード:織物サンプル,製織,たて糸
Development of a Weaving System for Fabric Samples
Akichika NAKASHIMA, Daisuke MORI and Ryuji SHINTANI
In the textile industry, a large number of fabric samples are produced for the purpose of developing new products.
For producing fabric samples, a large number of yarn packages and a large amount of work using textile machines
such as a warp machine and a rapier loom are required, as is a large space in the factory. We designed a weaving
system to produce the minimum size fabric sample (50cm×20cm) required for the evaluation of textile properties
(handling, moisture-absorption, etc.). A method of producing warp yarn sheets at a specified yarn density was
designed. It was confirmed that warp yarn sheets were produced with adequate precision by this method. The
results of sample fabric weaving tests revealed that this system could be applied to some kinds of yarn including
wool, polyester and aramid yarn.
Keywords:fabric sample, weaving, warp yarn
1.緒
言
国内の織物製造業では,消費者の個性化,多嗜好
て い る (図 1 および表 1)。
従 っ て , 表 1 に示すように,実 際 の 製 織 以 外 の 工 程
化による多品種少量生産への対応が求められている。
(た て 糸 準 備 な ど )を な く す か , も し く は そ れ ら が 容
また,国内消費の低迷や中国などの海外製品の輸入
易に行なえるようにすれば織物開発にかかる時間の
増加により,衣料用としての需要が少なくなってき
大幅な短縮が可能である。また,少量の糸からサン
たことから,産業資材などの非衣料分野への進出や
プルとして必要な量だけを製織できれば,無駄な糸
製品の高付加価値化による差別化が不可欠となって
が減るだけでなく製織時間そのものも短縮すること
い る 。 そ の た め , 企 業 に よ っ て は 年 間 100 種 類 以 上
が可能となる。
もの織物サンプルを製造しているところもある。し
*
機械金属部
***
企画指導部
**
繊維生活部
1日
1日
撚 糸 ・複 合
図1
織物開発の流れ
商品開発
備や機仕掛けなどに過分な糸と時間,労力を費やし
1日
機掛け
織物サンプルの製造を行なっているため,たて糸準
引込
うな商品開発においても通常の生産設備を使用して
整経
て一割程度というのが現状である。その上,このよ
糸加工
かしながら,本生産に到達するのは,そのうち多く
表1
織物サンプル作成所要時間および糸量の比較
工 が 可 能 な 50cm×22cm 程 度 の 織 物 サ ン プ ル を 製 造 可
自動織物
サンプル製造シ
ステム(目標)
■サンプル
(例) 糸:ポリエステル8.3tex
密度:たて210/5cm,よこ191/5cm
長さ[m]
50
7∼50
0.5
幅 [m]
1
1
0.2
部分
サンプル
■整経
不要
整経機
製経機
たて糸本数[本]
4200
1260
糸巻体の
1200
1∼8
1∼
個数[個]
糸量[kg]
10
2
0.1
所要時間
10 1 )
1.6
−
[人・時間]
■引込み
要
不要
所要時間
−
2 2)
[人・時間]
■製織
シャットル織機
織機不要
糸量[kg]
2
0.1
所要時間
3
15
[人・時間]
(たて糸整列を含む)
実機使用
■染色
試験機器で可能
(染色工場)
所要時間
3
2
[人・時間]
■仕上げ
実機使用
試験機器で可能
所要時間
0.2
[人・時間]
総所要時間
36.2
27.8
5.2
[人・時間]
■比較倍率3 )
約7倍
約5倍
1
能なものとし,一般的な事務机の上に載る大きさと
現状
サンプル
整経機用時
した。
よこ入れ
おさ打ち
ローラ
図2
織物サンプル製造システム概念図
システムは,図 2 に示すように複数のローラにま
たがってらせん状に巻きつけ・整列した糸をたて糸
とし,そのたて糸をローラで送りながら,製織して
いく方式とした。おさは,密度一定の櫛歯状で,縦
糸密度が変わったときには糸口数が変わる方式とし
た。また,よこ入れは様々な糸に対応できるように
片側レピア方式を採用した。
2.2
1)糸 準 備 2時 間 30分
ク リ ー ル 建 て : 4人 で 2時 間
糸 結 び : 2人 で 30分
巻 き 換 え 1時 間
2)2人 で 1時 間
3)自 動 織 物 サ ン プ ル 製 造 シ ス テ ム に よ る
所 要 時 間 を 1と し た 場 合
開口
たて糸開口機構
たて糸開口部は薄い円盤を組み合わせたような形
をしており,各々の溝にある突起によりたて糸が持ち
上 げ ら れ る 機 構 と し た (図 3, 4)。 こ れ に よ り , た て
糸通し作業は糸を上から入れる単純な作業に置き換わ
るだけでなく,突起の位置を円盤ごとに違う角度に配
置することで平織りと綾織りというように複数の織り
そこで本研究では,少量の糸でたて糸の準備から
製織までを一貫して行なうことで織物サンプルを容
柄に対応可能である。また,この部品を取り替えるこ
とにより,異なるたて糸密度に対応可能とした。
易に製造できるシステムを提案し,その試作・開発
を行なった。また,このシステムにおけるたて糸の
上糸
準備機構として,たて糸密度の変化に対応可能な方
●
●
●
法を提案し,それによる実験を行なった。
2.1
●
●
2.織物サンプル製造システム
システム概要
下糸
提案するシステムは,少量の糸による製織が可能
であり,かつシステム自体が小型なものである。具
体的には,糸加工された 1 個の糸巻体から,織物物
性の測定およびビーカー試験による染色・仕上げ加
図3
たて糸開口
図4
開口模式図
2.3
 x1   0   1 
  
  
r1 :  y1  =  − a  + t  0
 z   0   0
  
 1 
 x 2   0  1 
     
r2 b  + t  :  y 2  =  0
 z   0  0
 2    
たて糸整列機構
2.3.1
たて糸巻き付け・整列方法
たて糸の巻き付けと整列を同時に行なう方法とし
て図 5 に示す方式を考案し,たて糸の巻き付け・整
列機構とした。
 x3   0  cos α 
    

r3 :  y 3  =  0 + t  sin α 
z   c  0 

 3   
と な る 。 巻 き 付 け 開 始 位 置 を x = 0 と し , r1→ r2 → r3
→ r1と 巻 き 付 い て い く と 考 え る と , 糸 間 隔 は r1上 の
糸位置の間隔とすることができ, x 座標のみの関係
をみればよい。
従 っ て , 巻 き 糸 n 番 目 の r1 上 の 糸 位 置 を x n と す る
と
x0 = 0
x1 = b sin α cos α
図5
x 2 = b sin α cos α + b sin α cos 3 α
巻き付け送り機構
x3 = b sin α cos α + b sin α cos 3 α + b sin α cos 5 α
・
・
・
ロ ー ラ A, B は 並 行 で あ り , ロ ー ラ C は そ れ ら に
対して角度θだけ傾けてある。この 3 本のローラに
x n = b sin α cos α + b sin α cos 3 α
糸 を 一 周 さ せ た 後 (糸 端 は 一 周 し て き た 位 置 で そ の 糸
+ b sin α cos 5 α + ・・・ + b sin α cos 2 n −1 α
自 身 に 結 ぶ ), 全 て の ロ ー ラ を 同 じ 周 速 で 回 転 さ せ る
と な る 。 た て 糸 間 隔 を dn と す る と ,
d n = x n − x n −1 = b sin α cos 2 n −1 α
と,糸が 3 本のローラに巻き付くように回転しなが
ら , 図 5 の 太 矢 印 の 方 向 (手 前 か ら 奥 )に 進 み , 糸 を
となる。
ら せ ん 状 に 整 列 し て い く 。 こ の 方 式 で は , 複 数 本 (3
従って,図 5 に示すようにローラ C の角度をθ,
本 以 上 )の ロ ー ラ を 使 用 す る こ と で , 一 周 あ た り の 糸
ロ ー ラ A− C 間 の 距 離 を L, 糸 巻 本 数 を n と 置 き 換
長が大きく変わらない様にできるため,糸の緩みは
え る と , た て 糸 間 隔 dn は
d n = L sin θ cos 2 n −1 θ
無視できると考えた。
と表されることが分かる。
r3
実 際 に , 密 度 2 本 /cm, 巻 糸 本 数 n = 40 本 の シ ー
α
ト を 作 成 す る 場 合 , 仮 に L= 200mm と す る と , 巻 き
c
r2
始 め (n=1)で は
L sin θ cos θ =
−a
(式 1)
b
r1
dn
5
=
= 0.025
L 200
と な り , こ の と き θ = 1.43 °と な る 。
この設定時の各糸間距離 dn は表 2 の様になる。こ
のように,巻数が増えるにしたがい目標位置との差が
図6
座標軸上のローラの配置
大きくなる。しかしながら,この条件下ではその差が
目 的 と す る 密 度 の 糸 間 隔 =5mm よ り 十 分 小 さ く , 実 用
この整列された糸間隔について,ローラ径や摩擦
を無視できるものとして,計算しやすいようローラ
の 位 置 , 角 度 を 図 6 の よ う に 直 線 r1 ,r2 ,r3 ,角 度
αとし, x 軸に平行になるように巻き付けていく場
合を考えると
可能である。
表 2
巻 き 糸 No.
目標糸位置 [mm]
糸 位 置 [mm]
差
[mm]
1
5
4.99
0.01
糸位置と糸間距離
2
10
9.98
0.02
3
15
14.95
0.05
4
20
19.93
0.07
…
…
…
…
40
200
197.1
2.9
2.3.2
たて糸整列実験
図 7 に示すように 3 軸をベルトで同時に駆動でき
る 簡 易 実 験 装 置 を 用 い , ロ ー ラ 間 距 離 L=67mm, ロ ー
ラ 角 度 θ =5.28°と し て , た て 糸 整 列 実 験 を 行 な っ た 。
図 7 から,糸は重なることなく,きれいに整列し
目 標 値 と 実 験 値 の 差 は 最 大 で も 3.97mm と な る が ,
こ の 条 件 で の 目 標 糸 間 隔 6mm よ り 小 さ い こ と か ら た
て糸整列としては十分である。
次 に , ロ ー ラ 角 度 を 変 え た 場 合 (L=67mm, θ =3.43
°)の 結 果 を 図 9 に 示 す 。 こ の 場 合 , 糸 位 置 の 目 標 値
と 理 論 値 の 差 は n = 25 で 糸 間 隔 よ り 大 き く な る 。
図7
たて糸シート整列装置と実験結果
ていることが分かり,たて糸シート整列機構として
は十分利用可能であることが分かった。
図9 目標位置と実験値の差
このときのたて糸位置の目標値と理論値の差を計
算 す る と n = 17 で 糸 間 隔 よ り 大 き く な る こ と か ら ,
それ以下の範囲において実験を行なった。その結果
を図 8 に示す。
(L=67mm, θ =3.43°)
このとき,目標値と実験値の差は最大でも
1.87mm と な り , こ の 条 件 で の 目 標 糸 間 隔 4mm よ り
小 さ い だ け で な く , 糸 間 隔 の 中 間 点 ま で の 距 離 =2mm
よりも小さい。これはローラ角度が浅くなったために
ローラの摩擦などの影響が軽減されたためと考えられ
る。
これらの結果から,本方式によるたて糸整列は十
分な精度を持っていることが分かった。しかしなが
ら,ローラ間距離やローラ角度の変化により精度にば
らつきがでる欠点がある。これはローラと糸の摩擦等
による影響と考えられる。したがって,ローラと糸の
摩擦等の影響を考慮に入れることでより正確な整列が
可能になると考えられる。
2.4
試作機とサンプル試織
織物サンプル製造システムの試作を行ない,糸や
たて糸密度を換えて試作機による織物サンプルの試織
図8 目標位置と実験値の差
(L=67mm, θ =5.28°)
を行なった。試作機の仕様を表 3 に,その外観を図
10 に 示 す 。
表3 試作機仕様
表 4
寸法(縦×横×高さ)
40 cm×62 cm×30 cm
最大作成可能サンプル
50×22 cm
対 応 た て 密 度
2本/ cm, 5本/ cm
よ
こ
入
れ
率
10mm/sec
よ こ 入 れ 方 式
片側レピア
開
円盤回転型*
口
方
式
*2.2
たて糸開口機構参照
試織した織物サンプル
密度(本/cm)
No.
たて糸
よこ糸
たて
よこ
ウール
ウール
1
2
14
4500dtex
800dtex
ウール
ウール
2
2
8
2100dtex
2400dtex
生分解性繊維
生分解性繊維
(原色糸)
3
5
6
(原色糸)
+ポリエステル
970dtex
2200dtex
生分解性繊維
生分解性繊維
(原色糸)
4
2
10
(原色糸)
+ポリエステル
970dtex
2200dtex
生分解性繊維
生分解性繊維
(原色糸)
6
14
2
(原色糸)
+ポリウレタン
970dtex
1000dtex
アラミド繊維
アラミド繊維
7
2
6
1700dtex
1700dtex
アラミド繊維
炭素繊維
8
2
7
1700dtex
1900dtex
方法を考案し,実験の結果,糸位置の誤差が目
標糸間隔より小さいことから十分な整列精度が
図 10
試作機
あることが分かった。
今 後 は ,よ り 高 密 度 な 織 物 サ ン プ ル を 作 製 で き る よ
試織の結果,表 4 に示すように,たて糸,よこ糸
ともに種々の糸および織密度に対応可能であることが
う,たて糸開口機構やたて糸整列装置の改良が必要
である。
確認できた。試作機では,伸縮糸を用いた場合を除い
てたて密度が粗い織物しかできないが,開口装置の円
謝
辞
盤を薄くするなどの改良を行なうことで,より細かい
本研究を遂行するに当たり,ご助言を頂いた金沢
密度への対応も可能である。また,ローラによるたて
大学教授新宅救徳氏に感謝します。また,試作機開
糸および布帛の送りが一定であるため,よこ密度は個
発にご協力頂いた多川機械㈱に感謝します。
々の糸の性質で決定したが,これはローラによる糸送
り速度やテンションを制御することにより対応可能で
参考文献
1) 新 宅 救 徳 , 喜 成 年 泰 . 円 柱 面 上 を 移 動 す る 糸 が 描
ある。
く 曲 線 . 繊 維 機 械 学 会 第 56 回 研 究 発 表 論 文 集 . 日
3.まとめ
本 繊 維 機 械 学 会 . 2003. p. 168-169.
少量の糸でたて糸の準備・整列から製織までを一貫
2) 新 宅 救 徳 , 遠 藤 哲 彦 , 喜 成 年 泰 , 玉 村 亮 . デ ィ ス
して行なうことにより,織物サンプルを容易に製造で
ク 型 フ リ ク シ ョ ン 仮 撚 り に お け る 糸 の 走 行 経 路 (第
きるシステムを開発するために以下のことを行なった。
1 報 )デ ィ ス ク 上 を 走 行 す る 糸 の 経 路 と 張 力 の 解 析 .
(1)異な っ た 糸 種 や 糸 密 度 の 織 物 サ ン プ ル が 作 製 可
能 な システムの試作を行なった。
繊 維 機 械 学 会 誌 . Vol.52, No.10, 1999. p.69-76.
3) 新 宅 救 徳 , 遠 藤 哲 彦 , 喜 成 年 泰 , 玉 村 亮 . デ ィ ス
(2) 開 発 し た シ ス テ ム に よ り 織 物 の 性 質 (風 合 い ,
ク 型 フ リ ク シ ョ ン 仮 撚 り に お け る 糸 の 走 行 経 路 (第
吸 湿 性 等 )を 評 価 す る た め に 必 要 な 最 小 限 の 大 き
2 報 )仮 撚 ユ ニ ッ ト 内 に お け る 糸 傾 角 の 解 析 . 繊 維
さ (50cm× 20cm)の 織 物 サ ン プ ル が 作 製 可 能 で あ
機 械 学 会 誌 . Vol.53, No.3, 2000. p. 41-49.
ることを確認した。
(3) 複 数 (3 本以上)の ロ ー ラ に よ る 巻 き 付 け ・ 整 列
4) 新 宅 救 徳 , 遠 藤 哲 彦 , 喜 成 年 泰 . “ デ ィ ス ク 型 フ
リ ク シ ョ ン 仮 撚 り に お け る 糸 の 走 行 経 路 (第 3 報 )
マルチディスクユニットにおけるディスク上の糸
傾 角 ” . 繊 維 機 械 学 会 誌 . Vol.53, No.7, 2000. p.
57-66.
5) 東 洋 紡 績 . 田 中 敏 巨 . 繊 維 糸 条 の 連 続 処 理 方 法 .
特 開 昭 50-145676. 1975-11-22.
6) 東 邦 電 気 石 田 真 幸 , 中 西 和 正 . 線 条 体 の 送 り 装
置 . 実 開 昭 60-26465. 1985-02-22.