── 実 施 例 ── 六合エレメック本社ビル 〜中小規模オフィスにおける省エネルギーを阻む課題を解決する『エコモデル』の提案〜 ㈱日建設計 設備設計部 田 中 宏 明 ■キーワード/潜熱蓄熱・放射冷房・ヒートポンプ・自然換気・エネルギーマネジメント 排煙設備 自然排煙 1.はじめに 自動制御 自然換気制御,太陽集熱制御,放射冷暖房制御 六合エレメック本社は, 『中小規模オフィスビルにおけ 中央監視 太陽光発電モニターを利用したエネルギーマ ネジメントシステム るエコモデル』の実現をめざして建設された延床面積 1,100㎡ 4階建てのオフィスビルです。低炭素化社会の実 現には,ストックが多く省エネの取り組みが十分でない 中小規模オフィスビルの省エネルギー促進が急務であり, 3.環境・設備計画 3-1 中小規模オフィスにおける省エネルギーの現状 と課題 これは業務部門挙げての重要課題です。六合エレメック 本社ビルでは, 中小規模オフィスビル特有の省エネルギー 図-1にエネルギー・経済統計要覧および非住宅建築 を阻害する課題に対して3つの解決策を提案しました。 物の環境関連データベースDECC等の公表値から類推し た業務建築部門の用途別床面積と1次エネルギー消費量 を示す。国内における5,000㎡未満の中小規模オフィス ビルの業務建築部門における床面積比率は約16%,エネ ルギー消費比率は10%弱を占める。中小規模オフィスビ ルのストックとエネルギー消費量は大きく,業務部門の 温暖化対策にはその省エネルギー化は必須の課題である。 業務部門業種別床面積 事務所2,000㎡未満 5,000㎡未満 10.4% の事務所比率 事務所2,000∼5,000㎡ 約16% 5.2% 劇場娯楽場 2% 病院 その他 6% 11.9% ホテル旅館 5% 事務所5,000㎡以上 10.4% 学校 卸小売 20% 飲食店 24% 4% 写真-1 北側建物外観 2.建物概要 1次エネルギー消費量の比率 2-1 建築概要 建 築 主 六合エレメック その他 17.4% 劇場娯楽場 3.2% 所 在 地 愛知県名古屋市東区白壁三丁目 病院 12% 建物用途 事務所 敷地面積 527.02㎡ デパート,スーパー 1% 事務所2,000㎡未満 5.3% 5,000㎡未満 事務所2,000∼5,000㎡ の事務所比率 約9.2% 3.9% 事務所5,000㎡以上 10.1% 卸小売 19% デパート,スーパー 2% ホテル旅館 学校 飲食店 11% 7% 9% 延 面 積 1,155.33㎡ 図-1 業務部門業種別床面積と1次エネルギー消費量の比率 主体構造 鉄骨造 階 数 地上4階 図3−9−1 設計監理 ㈱日建設計 中小規模オフィスでは大規模オフィスとは異なる省エ 施 工 ㈱竹中工務店 ネルギーを阻む特有の課題がある。六合エレメックで取 評価分析 名古屋大学大学院 奥宮正哉,飯塚 悟 り組んだ空調設備技術にかかわる課題を以下に示す。 (図-2) 竣工年月 2011年12月 課題① 立地の制約や建物高さが低いため自然換気を効 2-2 設備概要 率的に利用できない 空調設備 電気式マルチ型空冷ヒートポンプパッケージ, 中小規模オフィスは,総じて敷地面積が小さいため隣 PCM組込型放射冷房システム 換気設備 全熱交換器+空気汚れセンサによる外気量制御, 集風ウォール+PCM活用型自然換気システム ヒートポンプとその応用 2014.11.No.88 棟間隔が狭い場合が多く,自然換気を効果的に利用でき る場所に換気窓を配置できない場合が多い。また,低層 ─ 38 ─ ── 実 施 例 ── の建物となる場合が多く,給気開口と排気開口の高低差 が小さいため浮力換気の効果を期待しづらい。 課題② 利用可能な省エネルギー方策が限定的である 中小規模ビルは,省エネメニューの豊富な中央熱源を 採用できる規模ではないため,個別分散空調方式を採用 する場合が多く省エネメニューが少ない。このため省エ ネルギー性能を個別分散空調機の単体性能に頼っている のが現状である。 課題③ エネルギーマネジメントが十分でない 中小規模ビルでは,大規模ビルに比べて建築設備の監 視・制御のIT化が遅れており,マネジメントで省エネ ルギーをはかりづらい。加えて,専門家でない執務者が 運転管理を行う場合が多く,エネルギーマネジメントを 十分行うことができない。 写真-2 エコウォール内部 <PCM活用ソーラーチムニー> PCMの調温効果により夜間の浮力換気を促進 北側換気窓 東側換気窓 図-2 3つの課題解決策 3-2 課題解決策① 自然換気促進策『集風ウォール +PCM (潜熱蓄熱材) 活用型自然換気システム』 <集風ウォール> 北西の卓越風を集めて風力換気効果を促進 図-3 自然換気フロー図 図3−9−3 戸建住宅が近接し間口が限られた低層オフィスにおい 集風ウォール て自然換気を促進させるために,集風ウォールにより立 地の制約を解消し風力換気効率を向上させ,PCM活用 ソーラーチムニーにより浮力換気を促進させる自然換気 システムを採用した。 (写真-2,図-3) 北西風 北側換気窓 東側換気窓 ⑴ 風力換気効果を高める集風ウォール 建物東側には 『高さ11m×長さ24mの集風ウォール』 を設け,中間期と初夏の北西風を建物東側に導き十分 な開口面積を有する東側換気窓から室内全域へ自然風 を取り込む計画とした。東面から自然風を取り込むこ 東側換気窓 オフィス 東側換気窓 とで,間口に設置した北面換気窓だけでは不足する開 口面積を補い,かつオフィス全域へ自然風が行き渡る ようになるため,自然換気を効果的に利用できるよう 天井パス (廊下へ) になる。東側カーテンウォールを『のこぎり形のかた ち』にすることで,集風ウォールの通過風に対し給気 口を正面向きに設け風力換気の効果を向上させた。 N PLAN 階段室上部へ 図-4 自然換気ルート(平面図) (図-4) ─ 39 ─ 図3−9−4 ヒートポンプとその応用 2014. 11. No.88 ── 実 施 例 ── ⑵ 浮力換気効果を高めるPCM活用ソーラーチムニー 数が3回/h程度多くなり,昼で16〜17回/h,夜間で 階段室天井をトップライトにしてソーラーチムニー も15回/h以上の換気回数を確保でき効率の高い自然 として利用することで浮力換気を促進させ,さらにチ 換気性能を発揮している。 (図-5・6) ムニー内にPCMルーバーを設置して,朝から昼過ぎ までの太陽熱を蓄熱し夕方から夜間にかけて放熱する ことで夕方以降の浮力換気を促進させる。PCMを設 置しない場合に比べて,昼間のチムニー内空気温度は 低くなり浮力換気効果は減少するが,外気とオフィス 室温の温度差が大きくなる夕方以降に浮力換気を促進 させることで日合計の自然換気効果を高めることが狙 いである。特に,6月〜初夏には,昼間に外気温が室 温より高くなり自然換気を利用できない時間が多くな るが,PCMを活用することで昼に蓄熱した太陽熱を 夜間の自然換気に有効利用できるようになり,省エネ 図-6 PCM表面サーモ画像 ルギー性能が向上する。PCMの融解温度は32℃とし 3 - 3 課 題 解 決 策 ② 空 調 省 エ ネ メ ニ ュ ー 拡 大 策 ている。 (写真-3) 『PCM (潜熱蓄熱材)組込型 空気対流式放射冷房 システム』 中小規模ビルでは,個別分散空調機を採用する場合が PCM組込ルーバー 多いため利用可能な省エネルギーメニューが限定的であ り,採用している空調の省エネ手法が全熱交換器のみで あるというビルも多く,省エネルギー性能を個別分散空 調機の単体性能に頼っているのが現状である。汎用の 排気窓 パッケージ空調機にさまざまなアレンジを加えることで 快適性と省エネ性を高めることができれば,事業者や設 計者が目的に応じて省エネルギー性能を選択することが でき,中小規模ビルの省エネルギー化に一役買うことが できる。六合エレメック本社ビルでは,汎用パッケージ 空調機をそのまま使うのではなく,PCMと放射冷房を 組み合わせることで快適性・節電空調システムへ発展さ せた。 (図-7) 写真-3 PCM活用ソーラーチムニー ⑴ 提案システムの概要 2013年5月の実測結果より,3階オフィスの自然換 クールビズの普及にともない室温設定を28℃にする 気回数は昼に最大14回/h,日射量が少なくなる17時 運用が定着しつつあるが,室温を高くした分,風速, でも12回/hの換気回数を確保でき,夕方以降も昼間と 放射,湿度の温熱3要素を適切に制御して熱的快適感 同等の換気回数を達成できることを確認した。2階の を確保する必要がある。本計画では『放射』に着目し オフィスでは浮力換気効果が増える分3階より換気回 て図-7に示すパッケージ空調機を利用した空気対流 式放射冷房を提案した。天井パンチングパネル一体の 2階自然換気流入風量 (回/h) 20 18 7,000 16 6,000 5,453 5,330 4,866 4,736 4,898 14 5,000 12 5,319 5,234 4,919 4,767 4,315 4,000 10 17.7 17.0 17.3 17.3 8 3,000 15.8 15.5 15.9 15.4 16.0 6 2,000 14.0 4 1,000 2 0 − 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 (h) 時 間 (㎥/h) 8,000 換気回数 図3−9−5 ヒートポンプとその応用 2014. 11.No.88 RA 換気回数 2階自然換気流入風量 図-5 自然換気実測結果(2階) ▽FL 空冷パッケージ SA 冷暖切り替え ダンパ 天井チャンバ △天井 SA アネモ 吹出口 PCM組込SAチャンバ (天井アルミパンチング) ▽FL 図-7 空調システムフロー図 ─ 40 ─ 図3−9−7 ── 実 施 例 ── SAチャンバ内に空調空気を送風しパンチングパネル =24℃,PMV=0〜0.2の快適な温熱環境を実現できる 表面を冷却しながら微風速で吹き出すことで,パネル ことを確認した。図-9に7/24㈫9:00〜11:00のサー 表面からの冷放射効果により27〜28℃の室温でも暑さ モオフする時間帯の実測結果を示す。9:00過ぎに室 を軽減でき,かつドラフトのない室内環境を実現でき 温が25℃まで下がると冷房モードからサーモOFFに る。さらにSAチャンバにPCMを組み込むことで快 切り替わり,吹出温度は10:00までの間に13℃から 適性と省エネルギー性のさらなる向上をめざした。 22.0℃まで9℃も上昇する。この間,PCMの表面空気 (写真-4,図-8) 温度はパッケージ吹出温度より低くなり,PCMから 特徴① PCMの調温効果を利用して冷放射パネル表 の冷放熱+送風運転により室内温熱環境を維持する状 面温度の変動を抑えることができるため,吹出空気温 態になる。室温はサーモオフ後に上昇し10:00に28℃ 度の変動が大きいパッケージ空調機でも安定した冷放 になると冷房モードに戻るが,サーモオフ時間帯中, 射効果を得ることができる。PCMの融解温度は放射 放 射 パ ネ ル 表 面 空 気 温 度 は18〜24 ℃,MRTは22〜 冷房効果を考慮し20℃としている。太陽集熱に使う場 27℃となり,おおむね冷放射効果を持続できていた。 合と冷房に使う場合で融解温度を変えている。 9:50〜10:20の30分 間 に は,PMVは0.5を 超 え 最 大 特徴② PCMの蓄熱効果を利用して,低負荷時には PMV=0.85,PPD(執務者の予想不満足)まで大きくな 送風運転とPCMからの放熱のみで室温をある程度維 る が, 冷 放 射 効 果 が な い 場 合 を 模 擬 し た 計 算 結 果 持できるようになる。これにより,効率の低い低負荷 (MRT=室温として計算)ではPMV=1.2,PPD=37% の運転時間を短縮することができ省エネルギーをはか となることから,提案方式によりサーモオフ時のPPD ることができる。 (不満足率)を半減できている。 30 (℃) PCM組み込み 放射パンチングメタル 28 室温 PCMによる冷却効果 26 温 度 24 放射パネル表面空気温度 22 2.4℃低下 20 放射パネルSAチャンバ 18 16 PCM表面空気温度 14 12 9:00 パッケージ吹出温度 9:30 10:00 時 刻 10:30 11:00 図-9 PCMの冷房効果実測値 図3−9−9 3-4 課題解決策③ EMS促進策『汎用モニターの カスタマイズ化によるEMS構築』 ⑴ 太陽光発電パネル汎用モニターを利用したEMS (エ 写真-4 放射パネル天井 ネルギーマネジメントシステム) 中小規模オフィスでは制御や監視項目が少ないた SAダクト接続口150φ×2 め,コストのかかる中央監視装置を設置する事例は少 ない。このため,エネルギーマネジメントに利用でき るデータは,もっぱら月別の電気や都市ガス使用量等 カット面⑴ に限定され,システムの性能検証に必要な用途別・時 刻別のデータを入手することができない。この現状を ふまえ,本計画では太陽光発電パネルに標準装備され るデータ収集装置に用途別・時刻別電力消費量の収集 PCM平板 機能を付加させることで,コストの増加を抑えてエネ ▲放射パンチング天井面 表面⑴ ルギーマネジメントを行える簡易EMSを構築した。 さらに,省エネルギー効果を分かりやすく伝えるため 図-8 PCM組込型SAチャンバ内部の温度風速分布 ⑵ 性能実証結果 に,「エコパネル」と称した設計者自作によるオリジ 図3−9−8 ナルのエコ画像を映す見える化モニターをエントラン 2012年7月の実測結果より,室温27℃の時にMRT ─ 41 ─ スホールに設置した。 (図-10) ヒートポンプとその応用 2014. 11. No.88 ── 実 施 例 ── 図-10 オリジナルエコパネル ⑵ デザイン・エコパネル&デザインタンクによる見え 6a 全景 る化 憩いの場である屋上テラスに設置した「雨水貯留デ ザインタンク (写真-6a,6b,6c) 」や,執務者 に自然換気を利用できる外気条件であることを知らせ る「自然換気エコランプ (写真-5) 」 ,エネルギー消 費状況の把握と省エネルギーの取り組みを説明するた めに1階エントランスに配した「エコパネル」 ,コー ポ レ ー ト カ ラ ーであるグリーンで彩られた「 エ コ ウォール」など, 「見せる環境デザイン」の採用により, 環境配慮の姿勢を社内外に積極的にアピールしている。 6b 雨水タンク 写真-5 自然換気エコランプ 6c ポンプ 写真-6a,6b,6c 雨水利用の見える化 4.エネルギー消費量実績 1,300MJ/㎡年と比べて40%の削減実績を達成した (図- 2012年 1 月 〜12月 の 年 間 1 次 エ ネ ル ギ ー 消 費 量 は 11)。太陽光発電による年間発電量は6,150kWh/年(1次 791MJ/㎡年となり,DECCデータベースで公表されて エネルギー消費量で54MJ/㎡年)であり,建物全体の電 いる2,000㎡未満の民間小規模オフィスビルの平均値 力消費量の約6%を節電した。 ベースライン① 省エネセンター 5.おわりに 1,737 ベースライン② DECC 六合エレメック本社ビルは中小規模低層オフィスにお 1,300 ける省エネルギーを阻む課題を解決する『エコモデル』 六合エレメック 初年度実績 500 空調省エネルギーメニュー拡大策,③エネルギーマネジ 40% 791 0 の実現をめざした環境建築です。①自然換気促進策,② 36% 1,112 設計目標値 1,000 54% 1,500 1次エネルギー消費量 図-11 年間1次エネルギー消費量実績比較 図3−9−11 ヒートポンプとその応用 2014.11.No.88 メントシステム促進策,の3つの課題解決策を提案し, 2,000 (MJ/㎡年) 1次エネルギー消費量40%の削減率を達成しました。ご 支援をいただきました多くの方々に感謝の意を表すると ともに,紙面を借りて厚く御礼申しあげます。 ─ 42 ─
© Copyright 2024 ExpyDoc