デンソーテクニカルレビュー Vol.9 No.1 2004 特集 ITを活用した生産システム開発の効率化・迅速化:生産 システムシミュレーションを用いたリスクアセスメント と分散型開発のための新たなシミュレーション環境* Efficient and Agile Production System Development Using Information Technology : Risk-assessment Using Production System Simulation and Simulation Environment for Distributed Engineering 光行恵司 Keiji MITSUYUKI In order to reduce time-to-market, it is important to speed up the production engineering process in addition to the product engineering processes. In the production engineering process, this paper focuses on the use of the production system simulation in order to assess risk for designed production systems in DENSO. As an example of risk assessment, a simulation of the control strategy for mobile robots in the Adaptive Production System (APS) is presented. This paper also introduces a pioneer study to develop a simulation environment for the distributed production engineering process in the future. This pioneer study enables the synchronization of some different simulation systems, which represent sub production systems in a large production system, through a network system in order to simulate the large production system. Key words : Production system, Simulation, Distributed engineering, Production engineering 1.はじめに ュレーションによる生産システムのリスクアセスメン 消費者のニーズの多様化が進行し,さらにインター トへの取組み状況,および将来の生産システムの分散 ネットをはじめとする商品情報流通のスピードが増大 型開発体制におけるシミュレーション環境についての してきている今日, 売れ筋商品の予測は困難さを増 先駆的研究について述べる. し,かつ仮に予測できたとしても極めてその商品のラ イフサイクルが短い時代になってきた.このような時 代に,製造業にとって市場のニーズを的確につかんだ 2.当社の生産システムシミュレーションの歴史 商品をすばやく送り込めることが生命線になってきて 本章では,まず当社における生産システムの歴史的 いる.すなわち,販売チャンスを逃さないよう生産能 変遷について概観し,その歴史的背景から生産システ 力を確保し,一気に量産し消費者の手元に商品を届け ムシミュレーション技術を導入するに至った経緯,そ ることが,先行者利益を勝ち取る上で極めて重要であ してその後の展開について紹介する. る. 2.1 自動車業界も例に漏れず,市場の欲するコンセプト, 生産システムの歴史 デザイン,機能を見極めた新車を開発,投入できるこ 自動車部品メーカとして当社は,半導体などの小物 とが企業競争力の源泉になっており,各社とも自動車 部品から,一体型エアコンシステムなどの大物システ の開発期間短縮競争にしのぎを削っている.当社もお ム製品に至るまで,品番数にして16万点以上にも及ぶ 客様である自動車メーカ各社の期間短縮に対し,少し 多種多様な製品を製造している.そのため,多様な製 でも貢献できるよう自動車部品開発のスピードアップ 品開発技術が必要なことはもちろんのこと,さまざま に日夜努めている. な構成部品の加工,および組み立てのための非常に多 開発期間の短縮には,製品そのものの開発の迅速化 様な生産技術が必要である.また,いったん生産が開 も重要であるが,生産に必要な資源である設備,人な 始されると車のモデルチェンジにあわせて短期間のう どの準備の迅速化が肝要であり,本論文ではこの生産 ちに一気に量産に入り,お客様である自動車メーカに 準備,その中でも量産体制を迅速に築き上げるための 対してジャスト・イン・タイムに供給することが必須 生産システムの準備に焦点を当て,当社におけるシミ となる.また,自動車は人の命を預かる商品であり, *(社)日本品質管理学会の了解を得て,「品質」Vol.31,No.3,2001,30-37より一部加筆して転載 −120− 特 集 Network or ion f lizat n a n io Rat h divisio eac Level of production system Cube Area ・ Global network for production ・ Human-machine ・ Production cooperative production information system system (Production control ・ Automation by human ・ All processes in skill transplantation & quality control) one continuous ・ Adaptive production ・ Lines for line (from raw system to changes ・ Small-size transfer frequently designmaterials / blanks machine for masschanged products to assembling / production products inspection processes) Line Point for ation naliz s Ratio proces each for ation naliz ction io t a u R prod each for ation naliz ry Ratio h facto eac ach or e ion f e t a z nali n lin Ratio oductio pr ・ Automatic special-purpose machine 1950 1960 1970 1980 1990 2000 year Fig. 1 Progress of DENSO's production systems 構成する部品の信頼性は極めて高いものが要求され, Effects to bottle neck machine from another machines 確実にその品質を保証していくことが重要である. (1) Idling (2) Blocking Machine A Machine B Bottle neck Bottle neck Machine C Machine D このような背景から,当社では,自社内で生産技術 および設備技術を開発し,それぞれの製品に適した自 Change over Break down Time t 1 Time t 3 動化生産システム構築に古くから取り組んできてお Full work No work り,自動化生産システムをとおして目標の品質,コス Time t Time t 4 2 ト,納期の実現を目指してきた.Fig. 1に示すよう No work 1950年代に,単一工程を対象とした“点”の合理化か Full work Effect from machine A らスタートし,60年代に入るとラインを対象にした Effect from machine D “線”の合理化,70年代には製品単位が対象となり素 Fig. 2 Examples of risk of production system 形材から組み立てまでの一貫した生産システム構築を 目指した“面”の合理化へと進展させた.さらに80年 代は,情報システムによる工場管理まで含めた工場全 で停止することに伴い,物の流れの滞留が発生し,そ 体を対象とした“立体”の合理化へと規模を拡大し, の影響で他の設備の停止が余儀なくされたり,あるい 今日では工場と工場がより有機的に連携しあいながら は物が流れてこないため設備が遊んでしまったり,と グローバルな生産活動を展開する“ネットワーク”の いった一つの設備の悪さが他の正常な設備の足を引っ 合理化へと発展させてきている. 張るというリスクが,生産システムの中には常に内在 している.しかし,そのようなシステムとしてのリス 2.2 生産システムのリスクアセスメント技術とし クを読み切れないまま,規模の大きな生産システムを 立ち上げてしまえば,生産能力を悪化させる要因と思 てのシミュレーション技術の導入 上記のような生産システムの規模の拡大につれ,生 われる設備の故障,段取り,部品供給の遅れといった 産システムが正常に稼働しているときの生産性は飛躍 問題点の対策をもぐら叩き的に繰り返すばかりで,な 的に高まってきた.しかし一方で,生産システムを構 かなか期待される生産能力を満たすことができないと 成する設備などの要素の数が増え,システム内を流れ いった事態を招くこととなる. る物の流れや,生産指示などの情報の流れが複雑にな そこで,このようなリスクを事前に読み切り,その り,全体システムとして目標とする稼働率,生産能力 リスクをどう回避するか事前に検討するため,当社で の達成に多くの時間と労力を費やすようになってき はコンピュータによる生産システムシミュレーション た. 技術を1970年代に導入し,生産システム導入前のリス 例えばFig. 2に示すように,ある設備段取りや故障 クアセスメントへの活用を開始した. −121− デンソーテクニカルレビュー Vol.9 No.1 2004 生産システムのシミュレーション技術とは,生産シ さらに近年,冒頭にも述べたように,生産準備業務 ステムを構成する設備やコンベアなどの上を加工され の抜本的期間短縮が望まれており,生産システム立ち るワークがある時間経過を伴って移動していくさま 上げ後の調整や能力不足解消のための対策期間を徹底 や,生産指示やかんばんといった情報が伝達していく 的に無くしていくこと,すなわちあらかじめ内在する さま,人や自動搬送台車があちらこちらへと移動して リスクを読み切り,そのリスクに対して前もって手を いくさまなどをコンピュータ上で模式的に再現する技 打っておくことがますます重要になっている.そこで 術で,生産システム上で発生する設備や人の遊び,干 生産システム構築業務の中で今まで以上に生産システ 渉による稼働ロスや,在庫の過剰,不足といったロス ムシミュレータを効率よく活用できるよう, などシステムにまつわるロスを定量的に顕在化させる “DALIOS”および“SCOPE”の後継としてパソコン ことができる技術である.この生産システムシミュレ 上で動作する,よりビジュアルで使いやすい新しい生 ーションを行うことで生産システムの能力発揮上のネ 産システムシミュレータDALIOS-V(DENSO ックを事前に見つけることができ,より良い生産シス Advanced plant & Line Integrated Optimizing テムの立案や,既存生産システムの改善計画立案の精 Simulator-Visual & Virtual)の開発,展開に取り組み, 度を高めることができるものである. 現在,全社的に生産シミュレーション技術の活用が定 このシミュレーション技術の導入の歴史をFig. 3に 着しつつある(Fig. 4参照). 示す.当初は,汎用プログラミング言語である FORTRANを用いたプログラミング作業によって導入 着手し,その後GPSS(General Purpose Simulation System)のような汎用離散系シミュレーション言語 なども活用してきた. その後80年代以降,多くの製 品群に対応する多くの生産ラインが,多くのエンジニ アの手で,計画,設計されるようになり,その中で生 産システムシミュレーション技術を有効に使用しても らうため,メインフレームコンピュータ上で動作する 生産システムシミュレーション専用のソフトウエア Fig. 4 Example of simulation model by DALIOS-V ( 生 産 シ ス テ ム シ ミ ュ レ ー タ )“ D A L I O S ” お よ び “SCOPE”を自社開発した.“DALIOS”はトランスフ このDALIOS-Vは豊田中央研究所,トヨタ自動車な ァライン,“SCOPE”はカンバン生産方式の分析に特 どのグループ6社で共同開発した生産システムシミュ 化した生産システムシミュレータである.これらのシ レータGAROPSを当社用に改造したものである. ミュレータを,全社展開するため,教育コースを設け このシミュレータは現時点でも当社の生産システム て普及活動を続け,特に重要な生産システム構築プロ の構成要素に適合したグラフィカルなユーザインタフ ジェクトでは,シミュレーションを活用して生産シス ェースを持ち,生産システムのモデル化が容易にでき テムのリスクアセスメントを行う土壌育成に努めてき ることはもちろんのこと,ROPL言語というGAROPS た. 専用のオブジェクト指向のプログラミング言語を使用 することで,継続的にユーザインタフェースを使いや Year 70 Target of simulation Simulation technology 75 80 A few large scale lines FORTRAN GPSS 85 90 すく改善できることを特長としている. 95 Many large scale lines Automated material flow この特長を生かし当社では,シミュレーション実施 Electric kanban Work in process DALIOS DALIOS -V ( Line,Material flow) 者の連絡会を編成し,その会を通じてさまざまな提案 SCOPE(JIT) やノウハウを収集,整理しながら,DALIOS-Vをより 使いやすく,精度の高いものに高められるよう改良を 続けている. Deployment Training course Fig. 3 History of production system simulation technology in DENSO −122− 特 集 3.シミュレーション技術によるリスクアセ スメントの例−APSにおける移動ロボッ ト制御ロジックの検証− 製品の生産量や生産期間の予測が難い状況下でも, 常に経済的に生産するため,生産量変動に柔軟に対応 できる生産システムとして,当社では移動機能を持つ ロボットを活用した自律分散型の新自動化生産システ ム:Adaptive Production System(APS)を開発し,自 動車用スタータ組み立てラインに適用した(Fig. 5参 1) 照) . し,常に最も経済的かつ効率的なシステム構造を取る ことが可能な生産システムである. このシステムでは人と同じように移動ロボットがい くつかの工程を分担し合いながら作業を実行するた め,移動ロボットが自ら,現在の工程や前後の工程の 混み具合と自分の前後工程での移動ロボットの存在を 検知しながら,自律的に次に実行すべき工程を意思決 定し,必要に応じて移動する制御方式を採用している. しかし, このような制御方式は初めての試みであ り,前後の工程の混み具合や前後の移動ロボットの存 在といった情報から次の行動をどう決定するかといっ たロジック次第では,定常的に効率良い生産活動が望 めなかったり,また何かのトラブルが発生した場合, そのトラブルがシステム全体の生産能力を大きく悪化 させたりといったリスクを内包している. そこで生産システムシミュレータDALIOS-Vを使っ てリスクアセスメントを実施した.実施手順は以下の 2) とおりである. (1)DALIOS-V上にAPSをモデリングし,個々の工 程の処理時間や移動ロボットの走行速度といった 条件を設定する.また,移動ロボットの自律的な 行動決定ロジックをセットする. (2)シミュレ−ション実行する. Fig. 5 Assembly line for starter (3)シミュレーション結果より生産能力が目標値に このAPSは,Fig. 6にあるように生産量が増加した 達しているか確認する.もし不足しておれば, (1) 場合,手作業ラインで作業者人数を増やすように,構 に戻り行動決定ロジックの見直しや移動ロボット 成する移動ロボット台数を追加して対応し,生産量が の台数追加を行う. 減少した場合には,移動ロボット台数を減らして対応 (4)DALIOS-V上のAPSのシミュレーションモデル する生産システムである.すなわちAPSは,移動ロボ に対し,故意に設備異常の発生条件を設定する. ットの台数を増減させることによって生産能力を調節 (5)シミュレーションを実行する. APS Large volume Manual operation line Process Process Mobile robot Worker Adjust number of mobile robots Volume Adjust number of workers Small volume Time Fig. 6 Characteristic of APS −123− デンソーテクニカルレビュー Vol.9 No.1 2004 (6)異常事態がおきた場合にも,各移動ロボットが ットが自律的に動作しているといえる. 臨機応変に行動を決定し,生産能力を大幅に落と このようなシミュレーションによるリスクアセスメ すことなく,ある程度安定的に確保されるかを確 ントをさまざまな条件に対して繰り返し実施して移動 認する.もし生産能力を大幅に落とすような事態 ロボットの制御ロジックを決定することで,ロバスト が発生するようであれば,(1)に戻り行動決定ロ 性あるAPSを設計でき,立ち上げ後のトラブルも最小 ジックの見直しや移動ロボットの台数追加を行 限に押さえ込むことができたと考えている. う. Fig. 7に先の手順(5),(6)の異常発生時のシミュ レーションの例を示す.横軸をシミュレーションの時 間経過,縦軸を組み立て工程の各ステーションの番号 4.分散環境におけるシミュレーション技術 活用の研究 としており,グラフ内の丸番号は各移動ロボットを表 これまで,当社における生産システムの進歩の歴史 している.この例では13工程に対し7台の移動ロボッ に呼応したリスクアセスメント技術として,生産シス トが導入されている.また各線は,移動ロボットが工 テムシミュレーション技術を導入してきた経緯と現状 程間を移動していくさまを表現している. の取組みについて紹介してきた.ここでは,この生産 Mobile robot No. ⑦ ⑥ ⑤ 13 12 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 0 システムシミュレーション技術をさらに高度に使いこ なす上で,一つのキー技術と考えられている分散環境 におけるシミュレーション技術の活用,すなわち異な Work st at ion No. るコンピュータ内にモデリングされた生産システムシ ミュレーションモデルを統合してシミュレーションで ④ Mobile robot No. ③ trouble Repair × ③ 3) きる分散シミュレーション技術 への先行的取組みに ついて紹介する. ② ① 0 200 400 600 800 1000 4.1 分散シミュレーションの必要性 ますます厳しくなる経営環境のもと,生産システム 1200 Time(s) の開発も社内で複数の部署で設計,構築を分担し合い Fig. 7 Example:Simulation result of APS troubles 準備期間を短縮したり,生産システムの開発をアウト ソーシングしたりと,一つの生産システムを構築する この例では,移動ロボットNo.3が200秒経過した時 のに異なる組織,場所の生産システム設計者がかかわ 点で第5工程のところで故障停止している.その結果, りあう可能性が高まってきている.また,このような 移動ロボットNo.4∼No.7の4台が受け持っている工 状況では,関係する設計者それぞれが,お互いの考案 程には新たなワークが流れてこなくなる.そこで現存 した生産システムを正確に理解し合い,その上で,自 ワークを極力完成品として作りきってしまえるよう ら考案した生産システムのリスクアセスメントをシミ に,ライン後部に向かって4台とも移動しながら作業 ュレーションを使って実施することはもちろんのこ していく様子が確認される.ワークを完成品として作 と,お互いの考案した生産システムが相互につながる りきってしまった400秒付近から,4台の移動ロボッ ことによるロス,不整合まで含めてリスクアセスメン トは故障中の移動ロボットNo.3の復旧時に備え, トを行う必要がある No.3の後ろに待機するように移動し,新たに流れてく また,生産システムの最適性に関しても,個別の製 るワークを待ち受ける体勢に入っていく様子がうかが 品を受け持つラインだけでなく,前工程の部品ライン える. 移動ロボットNo.1,No.2は,No.3の第1工程か や,その間をつなぐ搬送システムや生産管理システム, ら第4工程までの作業をどんどん行い,第5工程前に さらには部品受け入れ,完成品の出荷なども含めた, ワークをためていっている.そして移動ロボットNo.3 工場全体,あるいはサプライチェーン全体での総合的 が復旧した後は, No.3周辺ですべての移動ロボットが 判断が要求されてきている. このような要求に効率よく応えていこうとすると, 集中して作業した後,各々定常状態の動きに戻ってい ることが分かる.つまり,異常停止が発生した場合で 個々の生産システムのリスクアセスメント用にモデリ も,比較的効率的な生産を続けられるよう各移動ロボ ングしたシミュレーションモデルを相互に結合し,そ −124− 特 集 れぞれのモデルが生産実績などのデータを交換し合い コミュニケーションを行うシミュレータ管理モジュー ながら,一つの大きな生産システムとして統合的にシ ルを実装する形をとった.マネージャとシミュレータ ミュレーションできることが望まれてくる. 管理モジュールとの通信は,TCP/IPのソケットと CORBAの2種類の通信プロトコルを実装した.シミ 4.2 ュレータを接続して実行したケーススタディの概要を 分散シミュレーションの試行例 当社では,先進的な生産システムシミュレーション Fig. 8に示す. 利用法の研究のため,産学官共同の国際研究開発プロ ケーススタディは,後工程のサブ生産システムBの グラムであるIMSプログラムのMISSIONプロジェク サイクルタイムを100秒一定にし,サブ生産システム トに参画している.このプロジェクトの中では,前工 Aのサイクルタイムを初めに設定した100秒からいっ 程に当たるサブ生産システムAと後工程に当たるサブ たん400秒に落とし,再び100秒に変化させた.実験の 生産システムB,およびその間にある倉庫から構成さ 結果,サブ生産システムBの稼働率は,100%→25% れている生産システムを題材にして分散シミュレーシ →100%と変化し,その稼働率の時間的な変化の推移 4) についても想定どおりの結果を得られている. ョンの試行を行っている. サブ生産システムAは,生産システムシミュレータ DEPROSで,サブ生産システムBは,生産システムシ 4.3 ミュレータGAROPSでモデル化され,双方のシミュレ 上記のように分散シミュレーションの実行は技術的 ータにシミュレーションモデルの接続点としての中間 に可能であるが,この技術を日常的に使える技術に仕 の倉庫がモデル化されている.その倉庫モデルによっ 立て上げていくためには,その都度シミュレーション て,二つのシミュレータが結合されている. をつなぐためのシステム開発を行うのではなく,標準 実装に当たっては,クライアント・サーバのアプリ ケーションとし,サーバには,倉庫モデルの状態を監 的なアーキテクチャによって容易につながる環境整備 が必要となる. 現在,標準アーキテクチャとして,HLA(High 視しながら二つのシミュレータ間の同期を取るため, 各々のシミュレータに実行および停止を指示するマネ 分散シミュレーション環境の標準化 Level Architecture)5)6)が注目されている. ージャを実装した.クライアントにはマネージャとの DEPROS (Sub production ( Machining system A ) このHLAは,軍事用シミュレーションの拡縮および, ROPS GAROPS Lines and so on ) (Assembly Sub production system B) Inventory model Storage Model Network Network ( CORBA &TCP/IP Socket) Manager Manger Fig. 8 Case study in MISSION project −125− デンソーテクニカルレビュー Vol.9 No.1 2004 再利用と相互運用(インタオペラビリティ)を可能と すなわち,それらのリスクをライン立上げ後にいか するために,米国防総省(Department of Defense : に表出させないかが,さらなる生産システム準備の効 DoD)の外郭団体のDMSO(Defense of Modeling and 率化・迅速化のカギであり,そこでは,今回紹介した Simulation Office)が開発母体となって,1995年より 生産システムシミュレーション技術だけでなく,さま 開発されたアーキテクチャである.軍事目的で開発さ ざまなリスクアセスメント技術が必要であり,それら れたとはいえ, 分散シミュレーション実現のためのア の技術的進展が望まれるのはもちろんのこと,実務の ーキテクチャであり,設計支援や生産システム支援の 中でそれらの技術を活用できる仕事の仕組み作りをし ための各種CAEやシミュレーションの統合化にも利用 ていくことが,極めて重要であると考える. でき,従来にない大規模で複雑な生産システムシミュ レーションの実現に役立つものと思われる. <参考文献> 研究段階のものまで含めるとさまざまな分散シミュ レーションのためのアーキテクチャが現状存在してい 1)花井, るが,米国国防総省がHLAを次世代のシミュレーショ ステム(APS)の開発”,精密工学会誌,Vol.65, ンシステムにおける規格とすることを提唱しており, 他のアーキテクチャに比べて,HLAが標準化・規格化 他,“市場の不確実性に順応する生産シ No.8(1999) ,pp.1087-1091. 2)藤本, されて世に浸透する可能性は非常に高いと言われてい 他,“シミュレーション技術を活用した A P S 運 用 シ ス テ ム の 開 発 ”, I E レ ビ ュ ー , る. Vol.42,No.2(2001.5),pp.27-32. MISSIONプロジェクトでは,このHLAアーキテク 3)Fujimoto R,“Parallel and Distributed Simulation” , チャを用いて実際の生産システムシミュレーションに Proceedings of the 1995 Winter Simulation 7) 適用可能かどうかの検証を行った. Conference(Dec.1995) ,pp.118-125. 4)日比野, 5.おわりに 他,“生産システムシミュレータの統 合化に関しての研究”,平成12年度IMS研究成 果講演論文集(2000.7),pp.117-120. 本論文では,生産システムの準備に焦点を当て,そ の準備業務の迅速化,効率化のために,当社で生産シ 5)Frederick Kuhl, Judith Dahmann, Richard ステムシミュレーションによるリスクアセスメントを Weatherly,“Creating Computer Simulation 行ってきている例と今後の分散型開発を見据えた分散 Systems. : An Introduction to the High Level シミュレーション環境の先行研究について紹介してき Architecture”h, Prentice Hall(1999) 6)古市昌一,和泉秀幸,“分散シミュレーションの た. しかしながら,生産システムの準備一つをとって ための統合基盤アーキテクテャHLAの紹介”,情 も,今回話題にしたシステム的なリスクだけでなく, 報処理学会誌,41巻,12号(2000),pp.1382- 作業者の作業性に関するリスク,設備の安全性に関す 1386. るリスクなどの多くのリスクが存在する.さらに,工 7)Hibino H,“Manufacturing Adapter of Distributed 法成立,製造品質などといった面も加えると,非常に Simulation System Using HLA”, Proceeding of 多くのリスクを背負いながら現実には生産システムを the 2002 Winter Simulation Conference(Dec. 立ち上げている. 2002),pp.1099-1107. <著 者> 光行 恵司 (みつゆき けいじ) 生産技術部 生産システム要素技術の開発に従事 −126−
© Copyright 2024 ExpyDoc