2-1 ローマ帝国の残影―フィクションと現実

2.
人文科学研究所共同研究報告
2-1 ローマ帝国の残影―フィクションと現実
●代表者
坂口 明(史学 教授)
●分担者
高草木邦人(史学 助教)
林 亮(人文科学研究所研究員)
【研究の概要および結果】
ローマ帝国は,一般に 5 世紀の末に滅亡したとされている。しかし東においてはビザンツ帝国が存続し,東ヨー
ロッパにおいて大きな存在感を保っていた。16 世紀にこの帝国が消滅した跡も,ロシア帝国はビザンツ帝国,ひい
てはローマ帝国の継承者を自認していた。一方西ヨーロッパにおいても,政治的には,フランク王国のカール大帝
の戴冠によって西ローマ帝国が「復活」し,その後神聖ローマ帝国として形の上では存続した。このように,ロー
マ帝国はその後のヨーロッパの歴史において,残影として大きな意味を持ち続けることになる。EU の成立の際,
「ローマ帝国の復活」という言説が現れたことを見ても,この残影の大きさを再確認できる。
この共同研究では,
「ローマ帝国の残影」を,いくつかの角度から検証することを試みた。まず坂口は,ローマ
帝政末期から西の帝国が消滅した後の時期にかけて,ローマ的な教養がローマ人のアイデンティティとしての役割
を演じていたことを検証した。帝国自体の存続が危ぶまれるようになり,現実の政治に希望を持てなくなった元老
院貴族層の間では,ローマ的教養が「永遠のローマ Roma aeterna」理念を支える大きな土台となり,これが西にお
いて帝国が消滅した跡も受け継がれていくのである。
高草木は,東ヨーロッパの中にありながら,「ローマ人」としての意識を持ち続けたルーマニアにおける,20 世
紀初頭のナショナリズムのあり方を,農村在住の教師へのアンケートをもとにして分析した。教師たちが抱くナ
ショナリズムの方向性はアンケートの外国人や民族的理想に関する質問からうかがえる。例えば,教師たちは嫌悪
すべき外国人として自民族の迫害者であるハンガリー人とロシア人,そして経済的な搾取者としてユダヤ人を挙げ
ている。これに対して,好感を持つ外国人として多く挙げられているのが,フランス人やイタリア人である。その
理由としては,両者がルーマニアと同じラテン系であることが挙げられている。教師たちは「民族の歴史」を様々
なかたちで再構築したり,外国人に関する意識(偏見)も植え付けたりすることで,農村住民のナショナル・アイ
デンティティの形成に努めていたのである。
林は,中世ヨーロッパ人の間で,とくに十字軍時代に,他者とのかかわりの中で,ほとんど消滅していた「ラテ
ン民族」意識が再現することを検証した。十字軍運動に代表される地中海地域での活発な活動により,自己を規定
する概念として従来の「フランク人」と共に,聖地王国を中心に「ラテン人」という把握が生まれた。フランク人に
よる殖民国家ではあるがヨーロッパからは離れて位置する聖地国家の定義として,ラテン人という意識は重要で
あったと考えられる。そしてこのことは,この時代,かつてのフランク民族の曖昧なまとまりが,それぞれイング
ランド・フランス・ドイツ(神聖ローマ帝国)として新たに自己の枠組みを定義し,再構築しようとする動きとも
連動する。そうした「フランク人」としての共通意識の揺らぎに代わり,援用されたのが「ラテン人」という捉え方
であり,この概念操作には支配階級である貴族・聖職者層の意識変化がきわめて重要であった。
以上のように,それぞれの分野で一定の知見は得られたが,それらを総合して方向性を定めるところにまでは至
らなかった。また,さらに多面的にこの研究を展開することが必要であり,今後さらに参加者の枠を拡大して共同
研究を進めていく予定である。
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