真の“国民皆保険”を実現しよう 1. 医療保険の現状

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次の論文は、
「東京の国保」誌 2006 年 10 月号の「論説」欄への投稿原稿である。
実際に掲載されたものとは文章が多少異なっている。
真の“国民皆保険”を実現しよう
1. 医療保険の現状
「社会保障について、特にテーマを絞りませんから、自由に意見を書いていただけません
か」と依頼を受けたのが 6 月はじめのこと。
締め切りまで時間は十分と気安く引き受けたのだが、いざ書く段になると、
「主題自由」
というのは案外難しい。社会保障は国民すべての暮らしに密着しているから、教育と同様、
だれもが一家言持っている。筆者にも、言いたいこと、書きたいことはヤマほどある。し
かしそれでは与えられた字数でまとめることはできない。とにかく的を絞らなければ。
お盆休みの旅行の帰り、新幹線の車中で腕組みして考えていて、ふと思い浮かんだ。「東
京の国保」誌の読者層はどこらへんにあるのだろう。東京都内の国保加入者がもちろんそ
の中心であろうが、国保には大きく二種類がある。
一つは「市町村国保」と呼ばれるものであり、市区町村単位で構成されている国保であ
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る。その加入者は、それら市区町村に住民票を置いている者のうち、他の医療保険の対象に
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なっていない者である。では住民のうちどのような人が対象外になっているのだろうか。
本年の 5 月号、3 月号、2 月号の巻頭言をお書きになっている東久留米市の野崎重弥市長、
豊島区の高野之夫区長、武蔵村山市の荒井三男市長はそれぞれの国保の運営代表者ではあ
るが、ご自身の市や区が運営している国保の加入者(被保険者)ではあるまい。その部下
である市役所、区役所の国保課職員も同様に国保加入ではなく、公務員の共済組合などに
加入しているであろうi。
国保のもう一つは「国保組合」と呼ばれるものであり、東京土建国保組合、東京美容国
保組合などがこれに該当する。本誌の 6 月号、4 月号の巻頭言をこれら国保組合の野辺安重
理事長、福島好子理事長がそれぞれお書きになっていらっしゃるが、先の市町村国保との
関係ではこちらの国保組合が、その家族も含めて制度的に優先適用になる。
「東京の国保」を発行しているのは東京都国保連合会であり、市町村国保や国保組合の事
業とりまとめなどをしているのだが、そこで働く職員は政管健保に加入することになって
いるii。
ということで、この記事をお読みいただく方々は、市町村国保あり、国保組合あり、共
済組合あり、政管健保ありということになろう。そして問題は、そうした制度ごとに保険
料をはじめとする仕組みが異なっていることである。「社会保険とは、能力に応じて保険料
を負担し、必要に応じて給付を受ける仕組みである」であるはずだが、現状はそうである
と言えるだろうか。
問題は保険料の多寡だけではない。筆者はこの 4 月、私立大学の教員になった。それま
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での健保組合から、私立学校共済組合に切り替わることになったのだが、少々困った体験
をした。脱退した方の保険証を返すのと、新しい保険証を受け取るのとの間に 2 か月近い
タイムラグがあったのだ。「単なる事務上の都合」によるものであるのだが、当事者として
は困ることになる。子どものひとりが皮膚障害を起こし、もうひとりが突発性の熱を出す。
事務局が在勤していれば、応急措置として「資格証明書」なるものを発行してくれるのだ
が、それが 5 月の連休に重なるとどうなるか。終身雇用も過去のものとなり、現役時代を
ただ一つの仕事で貫く者のほうが小数になりつつある。転職=加入保険制度変更というの
がいかに不都合なことであるか、想像できない人はいないであろう。
2. 制度一元化の必要性
国民皆保険を今後とも国是としていくのであれば、転職のたびに保険証が変わり、保険
料が変わるという現状を改めなければならない。
2 年ほど前になるだろうか、新聞に次のような投書が載っていた。その人は東京でサラリ
ーマンをしていたのだが、リストラに遭って失職し、親戚がいる東北の田舎町に転居する
ことになった。その町の国保に加入したところ、なんと保険料が以前の健康保険のときの
数倍になった。失業して収入が途絶しているのに保険料が高くなるとはどういうことかと、
役場に乗り込んだのだが、「健康保険はそのときの収入に対して保険料を計算するが、国保
では前年の所得が計算対象であるからどうしようもない」との返事。こういう理不尽があ
っていいのかという主旨である。読者のみなさんはどうお考えになるだろう。
実はこの投書はこれで終わっていない。東京の国保加入の知人に問い合わせたら、この
町の国保保険料は、その人の所得額のケースでは東京に比べて何倍も高くなっていたiii。そ
れも合わせて指摘したところ、役場の担当者が知恵を出して言ったのだそうだ。
「あなたの
場合には特別に東京並みの保険料に押さえましょう。そうすれば以前の健康保険のときと
それほど変わらなくなりますから」。国民皆保険と言うからには、全国民が同じ条件でなけ
ればならないのではないか。筆者はそう考える。
ところが、
「同じ国保でも市町村によって保険料水準が違う方が保険運営にメリハリがあ
っていい」と考える向きもあるらしい。保険料を安くしようと思うなら、むだな医療費を
使わないように努力すればいいだろうということらしいが、加入先の国保を選択できない
のに努力もあったものではあるまいiv。
職業が変わろうが、住む地域が変わろうが、収入が同じなら保険料は同じ。病気の中身
が同じなら、給付される医療費も同水準。国民皆保険とはそういうことではないのか。加
えて市町村国保の運営に携わっている人は、実はその保険とは縁がないというのはおかし
なことではあるまいか。
「理論的には一元化だろうが、現実性がない」。そういう人もかなりいる。「自営業者の正
確な収入把握などできる道理がない。したがって健康保険と国保の一元化は不可能である、
云々」。果たしてそう言い切れるものなのか。もしそうであるならば、国保組合はなぜ成り
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立っているのか。筆者のこうした疑問への満足できる答えを聞いたことはない。また、あ
らためて言うまでもないだろうが、市町村国保における「均等割」「平等割」は、「能力に
応じて負担する」という社会保険の「応能負担原則」に反している。さらに固定資産税に
連動する「資産割」が医療保険の財源としてふさわしいのかという点も考える必要があろ
う。
3. 具体策の提案
医療費保障対策を必要とする多数の者がいたから、公的医療保険が作られた。すべての
国民に必要とされるようになったから、
「国民皆保険」が唱えられた。では、あるべき医療
保険の姿はどのようなものになるだろうか。
医療費の保障を必要とするのは人生のどの時点か。これはあきらかに全期間である。病
気になる確率が高いのは、幼児期と老齢期であるが、壮年期においても大病すれば自力で
医療費を負担できないv。つまり人生のどの時点においても医療費の保障は必要なのだ。と
いうことは、公的医療保険の被保険者とは、生れ落ちたばかりの子どもから死ぬ真際の老
人までのすべてということになろう。よって国民皆保険の第一も要素は、国民であるとい
うことだけでvi、居住地、職業等を問わずに被保険者(医療費保障の対象)になるというこ
とであろう。
第二の要素は保険料の納付だが、これを全国民共通にすることが可能かという点に凝縮
できる。さて、すでに述べたように医療費保障が人生の全期間であるならば、そのための
保険料負担をするのも人生の全期間ということになる。ここまではだれでも考えることだ
が、一ひねりしてみよう。社会保険の特色には「強制加入」というのがある。国民皆保険
と合わせれば、国民であるかぎり離脱できないということだ。つまり生れ落ちてから、死
んでしまうまで、「私は今日限り保険をやめます」という選択肢がないのである。というこ
とは対象者にはいつでも保険料を賦課できる。さらに進めれば、
「公平であるならば、その
生涯のどの時点に集中して保険料賦課をしても計算上は問題を生じない」ということにな
る。
そこで人生の働き盛りとされる時期(筆者は一般的な高校卒業時期である 18 歳の 4 月か
ら年金支給時期当を勘案しての 65 歳の 3 月までを妥当と考えるが、別段これにこだわるも
のではない)においてのみ、保険料を賦課することにする。保険料の計算は、単純明快に
その人の年間収入であるvii。所得税と違い、ただ徴収すればいいというものではないから、
賦課対象の収入額に上下限を設け、また保険料率は単一とする。さらに、さまざまな収入
源がある人の場合、それらすべての合算は面倒なだけであるから、主となる収入源のみを
対象とする。実はこれらは健康保険における保険料算定の方法を、全体に適用しようとす
るに過ぎないviii。
一般的には働き盛りの年代であっても、学生・主婦・失業その他のため、稼得収入がな
い期間もありうる。しかし、その全期間をまったく稼得活動しないで過ごす人は多数では
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ない。こうした全体状況を分析すれば、些細なことにこだわって固いことを言うのではな
く、そうした期間においては「最低限の保険料」をいただくことにしておけばいいと考え
るのであるix。人間は経済メリットに敏感であるが、それだけで生きているわけではない。
稼業については細かく計算する人でも、社会的なことに関しては案外気前がいいことも多
い。これはボランティア活動への関心を見ても理解できることであろう。
この結果、高校生以下の年齢時期及び一般的な年金受給年齢以後の時期では医療保険料
を負担しないことになるが、これは不公平だろうか。そのようなことはあるまい。ライフ
サイクルで見れば、年少の被扶養時期―働き盛りの時期―高齢の被扶養時期と過ごしてい
く。社会全体で見ても、働き盛りの年代が、全国民が暮らすに必要な富を生み出している。
国民経済にもっとも適合した医療保険のありかたではあるまいか。
強いて言うならば、幼児期に多額の医療費を使ったものの、薬石の甲斐なく、成人前に
死んでしまった場合などであろう。しかし、それを持って「給付のタダ取り」と批判する
者がいるようには思えない。あるいは精一杯働き、年金生活に入ったとたん医療費をまっ
たく使わないままポックリ逝ってしまった者が、損をしたと恨むだろうか。あの世に聞き
に行くわけには行かないが、文句を言わないと筆者は信じる。
4. 医療費抑制の必要性
医療費抑制の必要性が叫ばれている。このことの必要性について、筆者はなんら異議を
唱えるものではない。うまく抑制できなければ、医療保険制度が破綻する。そうなれば皆
保険など絵に描いた餅以下である。しかし、戦略性のある抑制策でないとまずい。医療受
給の際の一部負担割合を引き上げるなどは、医療保険の財政対策にはなっても、医療費の
節減にはなっていない可能性が高い。単に、医療保険の支払いを患者の財布に置き直した
だけと言えなくもない。また、保険制度間の財政調整も、総額においては節減にはつなが
らない。
医療の増加要因として大きいのはいわゆる生活習慣病である。これについては若いとき
から節制の習慣を身につけることで、高齢期になってからの発症をある程度押さえること
ができるのではないかと指摘されている。先般の医療制度改正においても、これが眼目の
一つになっていて、医療保険において健康診断や健康指導に本腰を入れるよう求めている。
着眼としては正しいと思う。しかし、今講じられようとしている施策でうまく行くかとな
ると、残念ながら疑問符もつくだろう。
わが国の医療保険は分立している。保険集団は五千もあるというが、大きくはサラリー
マン対象の制度とそれ以外の自営業者等を対象とした制度が別建てになっている。こうし
た分立体系は諸外国にもほとんど見られないx。それがもたらしているのは、老齢になって
サラリーマン生活から足を洗った者が国保に加入することになるという構図である。つま
り働き盛りの者は健康保険、それを過ぎて稼得収入がなくなった者が国保に加入してくる。
言い換えれば、生活習慣病にならないように気をつけるべきは働き盛りの時期であり、健
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康保険に加入しているが、生活習慣病を発病するときは国保に移動しているということだ。
こういうことであれば、健康保険サイドで生活習慣病予防にどの程度、熱が入るだろう
か。働き盛りに加入する保険と、老後に加入する保険が同一でないかぎり、保険者として
はなかなか本気で取り組むことにはならないと思うのだが、はたして違うだろうか。先般
成立した医療制度改正では、75 歳以上の高齢者を別建ての仕組みにすることになっている
が、それによって若いときからの生活習慣病予防対策が、全医療保険制度挙げて進むよう
になると期待できるだろうか。
筆者は、医療保険の使命は実際に傷病になったときの医療費保障であると考える。予防
はそれとは少々機能を異にするから、別の仕掛けを用意すべきだと思う。まず、予防に心
を砕いた人が経済的に得をする必要がある。卑近なところでは、税制上の「医療費控除」
の活用である。現在はもっぱら一部負担として支払った金銭を取り戻す手段になっている。
それよりも予防に使った金額に限って控除する仕組みに改めた方が、効果は倍増するだろ
う。
医療保険との関連ではどうするか。ここにおいて現在多数存在している保険者の再活用
の道があると考える。簡単に言えば、こういうことである。生活習慣病予防や健康づくり
の手法を売りにするグループ活動を推奨する。そうした集団と保険者が契約を結び、保険
者は活動資金を提供する。一定期間経過後に、その集団加入者の医療費がどうなったかを
分析すれば、効果のほどは一目瞭然である。効果が大きい集団には報奨金が出されるが、
それを保険料軽減という形で実施してもいいかもしれない。効果がないところには提供資
金の返済を求めれば、国民はグループへの加入と活動を慎重に検討することになる。つま
り保険集団が分立していなくても、健康づくりを行う自発的グループが多数存在すること
で、生活習慣病予防を誘導できるのである。これまでこうした分野での地道な活動を行っ
てきた組合にとっては、新たな事業領域になるはずである。
5. 結論
現在の医療保険制度は複雑すぎる。国民は医療保障を必要としているが、そのために生
きているわけではない。医療保険にとどまらず、社会保障制度は必要なときに役に立てば
いいのであり、国民にとって空気のような存在であるのが望ましい。個々人が本を買って
勉強しなければならないような制度はおかしいのである。だれにでも分かる仕組み、無理
なく保険料負担できる仕組み、ルールを守るものがその恩恵を受けられる仕組み…。制度
に必要な基本事項は多くないはずである。東京の国保関係の皆さんが、医療保険の簡明化、
簡素化、安定化のために声を上げることを期待したい。
なお、年金、介護、雇用なども含めた社会保障の全体像について、筆者は同一の考え方
で再編できるものと考えている。
参考文献:
「国民保険を創設せよ」拙著 2003 年
時評社
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「社会保険再生への道」拙著 2003 年
論創社
「生涯の安心を託す社会保険の姿」 拙著
2003 年
i
日本厚生協会
公務員だから共済組合ということではなく、広島市、岡山市などのように、市役所が健保
組合を作っているところもある。
ii 講演相手の国保連職員のみなさんに「ご自身が加入している医療保険の種類」を問うたこ
とがあるのだが、共済組合とか国保という回答がけっこうあって驚いたことがある。
iii 市町村国保の保険料は市町村ごとに保険料を賦課する対象の「所得」ベースなどが基本
から違っているため、低収入層に厳しいところや、逆に高収入層に大きな負担を求めると
ころなど千差万別である。このため隣町であっても、同一収入であるのに保険料が何倍の
違うことが珍しくない。東京の23区では保険料算定方法がよく似た構造になっているが、
これは例外的である。
iv 実は住民票をどの市町村に置くかについては、田中前長野県知事の実践例もあるが、学
齢期の子どもがいる人でなければかなり任意で操作できる要素もある。多数の人が加入の
国保先を選別するようになったら困った事態になると思われる。
v 大病して入院でもすれば、自営業の方では収入が入らなくなる。医療費の工面と重なるか
ら、経済的な影響は年少者、老齢者より深刻であるとも言える。
vi 正確には国内居住ということになるかもしれないが、分かりやすく「国民」と表現した。
vii 概算保険料と生産保険料の仕組みを導入すれば(労働保険料の例がある)
、納付額の算定
などはきわめてシンプルに行うことができる。
viii 健康保険では標準報酬の仕組みなどにより、保険料算定対象の収入に上下限が設けられ
ている。また、保険料率は単一であって累進制ではない。さらに最も重要なことであるが、
健康保険での報酬とは勤め先からの賃金のみであり、それ以外の収入源、例えば家賃、配
当その他の副業収入はいっさい保険料の算定外である。
ix 収入がない期間は保険料をゼロということも考えられないではないが、社会保険の参加
という要素を重視する必要があろう。同年代の者のなかで保険料ゼロというのは、当人の
自尊心の面から見ても、妥当ではないと考える。なお、専業主婦が無収入というのは「見
かけ」のことである。また、学生等については「貸付」などで十分対応できるし、学生を
勤労青年より優遇しなければならない理由はなにもないと、筆者は考える。
x 「職域保険」と「地域保険」という概念区分が理論的でない。
「男」と「女」であれば対
立概念であり、各人をどちらかに区分できるが、職域保険の対象であるサラリーマンとそ
の家族は地域の住民でもあるから、地域保険の対象者とは、しょせん「職域保険に加入で
きない余り者」ということでしかない。わが国同様の医療保険体系を採用していた韓国お
よび台湾は、2000 年前後に制度一元化を完了している。
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