2011年12月 N―163 クリニカルディベート 2)ヘルスケア ③骨盤臓器脱の治療は保存療法か外科療法か 5)保存的療法適応の立場に立って 大阪市立大学 座長:弘前大学 古山 将康 水沼 英樹 はじめに 女性骨盤底医学の二大疾病である骨盤臓器脱出(Pelvic Organ Prolapse,POP) や尿失 禁(urinary incontinence,UI)は高齢者の QOL を損ない,またうつ病発症とも関連し, Successful Aging の障害となる.POP や UI のため女性が生涯の中で医学的介入を受け る頻度は9人に1人の割合であるとの報告がある1).骨盤臓器脱(Pelvic Organ Prolapse, POP) の治療にはペッサリーによる保存的な治療と骨盤底再建術を中心とした外科的修復 術が施行される.どちらも有効かつエビデンスとなった治療法である.POP の発症年齢 は60∼70歳にピークがあり,高血圧,糖尿病などの合併症を持つ高齢患者が多く,外科 的手術のリスクが高い.ペッサリーによる保存的治療で患者の QOL を回復,維持するこ とができれば,手術による合併症のリスクを回避することができる.指導によってリング ペッサリーは患者による自己着脱が可能で,就寝時に抜去しておくことで,自然に腟壁の 回復が図られ,ペッサリーで問題となる腟壁びらんや帯下などの合併症も減少し,長期間 使用できる2).近年,骨盤底再建手術はメッシュなどの素材開発も進み,minimum invasive surgery になりつつあるが,依然ある程度の侵襲は避けられず,麻酔,術後合併症,術後 再発のリスクを抱えることとなり,高齢者に対しての外科手術は慎重でなければならない. 産婦人科医は外科的な志向がやや強いため,手術療法を選択しやすいが,保存的治療法へ の理解と実践を通じて,保存的療法の効果と可能性をよく理解し,患者の QOL の回復に 努力してほしい.本ディベートではペッサリーの歴史や有効性の EBM,自己着脱指導の 実際を述べることで,保存的治療の理解を産婦人科医に深めていただきたい. POP に対するペッサリー使用の歴史 紀元前,エジプト人が最初に POP の記載を行い,治療としてすでにペッサリーが使用 されていた記録がある.ギリシャやラテン語の古文書には頻繁にペッサリーの言葉が出現 Is the Best Treatment for Pelvic Organ Prolapse Conservative Therapy or Surgical Therapy? In a Situation of Conservative Therapy Masayasu KOYAMA Department of Obstetrics and Gynecology, Graduate School of Medicine, Osaka City University, Osaka Key words : Pelvic organ prolapse・Vaginal pessary・Uterine prolapse・Cystocele self control !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! N―164 日産婦誌63巻12号 (図 2) ホッジペッサリーによる腟壁支持 (図 1) ボールペッサリーを挿入している挿 絵 {Stromayr, 1925 #73} し,例えばヒポクラテスはザクロを腟内に挿 入している.ソラヌスはギリシャ神話の Dicoles は酢で処理したザクロを腟内に挿入して POP を矯正する習慣があったと記録して いる3).西暦1050年にはトロトゥラという世界最初の女性婦人科医がリネンの切れ端で作 成したボールペッサリーを開発し POP 矯正に用いたと報告されている.ドイツのキャス パー・ストロマイヤはスポンジを布で巻いてワックスでコーティングしたペッサリーを 4) 1559年に紹介している(図1) .16世紀後期には腰部に固定する金製,銀製,真鍮製など のペッサリーが用いられている.ヘンドリック・ヴァン・ローンホイゼは1663年最初の 婦 人 科 手 術 書 で あ る Heelkonstige Aanmerkkingen Betreffende Grebrecken der Vrouwen を発表し,その中で子宮脱の病因と治療について言及し,子宮脱の治療として 帯下が排出されるように中央に穴を空けたコルクによるペッサリーを使用した. 1844年にゴムの加硫法が発見(チャールズ グッドイヤー) され,ゴムのペッサリーの加 工が容易となり,ペッサリーは一般的な治療へと発展した.ヒュー・レノックス・ホッジ (ペンシルベニア大学の婦人科教授) は,グッドイヤーの特許を受けた新しい材料を使用し て,1860年にペッサリーの形状を改良している.リングを円形から環長方形とし,腟の 弯曲に対応するために緩やかなカーブをつけることで,後腟壁とリングが接触して,直腸 5) を強く圧迫しないホッジリングを報告した(図2) .1950年代になると硬質ゴムにかわり ポリスチレン・プラスチックの素材となり,最近ではシリコーンやポリ塩化ビニル性を主 成分とする材料が主として用いられる.本邦では1990年代後半から硬質のエボナイト製 から塩化ビニル製ソフトリングが主流となり現在に至っている. ペッサリーの効果に関する EBM 一般的に高齢者や内科合併症をもつ POP 患者に対する治療として手術より腟ペッサ リーが選択されている.腟ペッサリーの装着適合性に関して,2007年以降の前向き研究 では短期の装着適合率は92%以上と報告されている6)∼9).最初の1∼2週間に適合性の再 チェックが必要であり,3カ月以上使用できるのは70%程度である10).ペッサリーの装着 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 2011年12月 N―165 適合性を予測できる因子はほとんどなく POP の重症度は予測因子にはならない11)∼13). 先行する POP の手術や子宮摘出術の既往患 者には不適合者が多く,会陰体の支持欠損, 重症の後腟壁下垂,腹圧性尿失禁は不適合者 が多いとされる.腟長が6cm 以下,外腟口 が4横指以上は不適合との報告もある14). ペッサリー使用の満足度に関しては,POP に付随する不快症状,骨盤の圧迫感,帯下, 排尿・排便障害,切迫性尿失禁,腹圧性尿失 禁の改善が認められている.総合的な満足度 としては70∼92%と高い10)15).潜在性の尿失 禁の顕在化は22%にみられているが,外科 治療でも同様の頻度である15). ペッサリーの使用期間も検討されている. POP 患者がペッサリーの使用を中途で断念 するのは最初の12カ月間が最も高く,うま (図 3) ペッサリー着脱指導 担当看護師と 30 分程度をかけてリングの出 く装着できた患者の41∼73%が1年以上持 し入れを指導する.リラックスのため個室で 続的にペッサリーを用いている10)13).1年以 施行している. 上使用できた患者はほとんどが3年以上持続 的に用いている.装着適合患者が中途で使用 をやめる理由としては手術への期待,尿失禁 の持続もしくは出現,ペッサリーの違和感,POP 付随症状の悪化,帯下増加,腟びらん, 骨盤痛などが挙げられる.後ろ向き研究ではあるが,POP の重症度とペッサリーの持続 使用とは相関するとされる16).注目すべきはペッサリーの長期使用によって POP の進行 を予防する現象も認められている17).ペッサリーを1年間使用した POP-Q stage Ⅲ以上 の患者の20%に進行度の改善がみられている. ペッサリーの使用による重度の合併症として腟瘻,腟癌,腟穿孔,発癌(腟癌,子宮が ん) などが報告されているが,重症例はほとんど外来検診のできていない症例に起こって いる.癌に進行したいるのは18年以上の使用の症例であった18).定期的なフォローアップ がなされた症例では軽症の合併症で,帯下,性器出血,腟びらん,粘膜剝離,不快感など が指摘されている.ペッサリー使用時のホルモン補充療法に関しては長期使用率が上昇す るという報告があるが,反論もあり controversial である11). ペッサリー指導の実際 ペッサリーの挿入はすべての進行期の POP に適応となる.しかしながら,腟管短縮, 陰裂の開大,会陰体離開,肛門挙筋の非薄化・断裂をきたしている症例では,リングを挿 入しても全く固定されないケースは装着不適合例と考える.著者らは陰裂の大きさ,腟長, 腟の弾性,肛門挙筋の強さを内診時に判断し,やや小さめのウォーレスリングをはじめに 装着する.装着後30分程度歩行,排尿を試してみる.排便はさせない.排便時にペッサ リーが脱出しそうになる程度がちょうどいいサイズと判断する.歩行や排尿で滑脱しなけ れば可とする.著者らの施設では看護師による着脱指導外来を別途設置しており,2回目 の受診時に自己着脱を指導する(図3) .128名の POP 患者の観察(37∼87歳) では,120 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! N―166 日産婦誌63巻12号 名(94%) で自己着脱が可能であり,長期使用でもびらんの形成や性器出血を認めなかっ た.高齢者であっても90%以上の患者が2回程度の練習で自己着脱ができるようになる. 医師への再診は3カ月後とし,再診時に問診,診察を行って,サイズの調整や不可の場合 は他の治療法を選択している.1,232名の POP 患者のうち506名(41%) に保存的なペッ サリー挿入を試み,409名(81%) が装着良好で治療が継続できた.患者の満足度は非常 に高い.就寝前に自己抜去し,洗浄しておき,必要時に自己挿入する.ペッサリーの自己 着脱の利点は,POP の付随症状を改善すると同時に,患者が自身の腟壁の状態を触知す る習慣ができ,POP という病態の理解が深まることで疾病に対する恐怖感がなくなる. 自己管理が可能な POP 患者は定期検診を6カ月としている.本邦ではウォーレスソフト リングが一般的で,以前のエボナイト製の硬質リングは自己着脱の点で不向きである. ペッ サリーはうまく適合するが,自己着脱ができない患者には2∼3カ月ごとに腟壁の状態を 観察する.しかしこの使用法ではリングが常に後腟円蓋部と前腟壁の尿道部に強く接触し, 持続的使用では半年から1年程度で腟壁にびらんをきたし肉芽を形成する.出血,帯下, 感染のため再挿入が困難となり,患者の QOL は低下することに注意する.結果として手 術を選択せざるを得なくなり,術後の腟壁の治癒にも悪影響を及ぼす.尿道過可動のある 腹圧性尿失禁を合併する POP 患者には尿道を支持する部位をもつイントロール(Bladder neck supportive prosthesis,BNSP)が有効な場合がある.日本コンチネンス協会で入 手可能である. ペッサリーによる保存的療法のキーポイント19) ①高齢の POP 患者には外科手術よりペッサリーによる保存的治療を選択すべきで,装 着が良好な患者は治療を継続している.1年後の帰結は手術と同等である. ②腟式手術後,腟管短縮,陰裂開大,後腟壁の重度の弛緩の POP 患者にはペッサリー の装着が不適な症例が多いが,ペッサリー使用を望む患者の約4分の3にはうまく装着可 能である. ③ペッサリーによる患者の満足度は非常に高いが,合併する尿失禁は継続治療を断念し, 外科治療を望む場合が多い. ④本邦で用いられるリングペッサリーは POP-Q stage Ⅲまでの POP に適合しやすい が,完全脱出のような症例には欧米で使用される Gellhorn 型のペッサリーが有効である. ⑤ペッサリーの合併症で最も多いのは腟壁の粘膜剝離とびらん,帯下の悪臭であるので, 2∼3カ月での検診が必要である.自己着脱によるセルフケアの可能な患者は6∼12カ月 の検診でよい. ⑥医師を含めて女性ヘルスケア従事者のペッサリーの理解は依然多様であり,オフィス ギネコロジーでの習熟が望まれる. 《参考文献》 1.Olsen AL, Smith VJ, Bergstrom JO, Colling JC, Clark AL. 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