“企業価値” を向上させるCSRとは CSVという考え方を事例に 現在日本では、 約1,000社にのぼる企業がCSRレポートを発行しています(※1)。 企業は自らの “企業価値” の向上に、CSRをどのように関連させることができるのでしょうか。 ここでは、近年新たに登場したCreating Shared Valueという考え方を紹介しながら、 企業価値とCSRの関連性と可能性について模索していきたいと思います。 企業がCSRに取組む目的 担当者の話や企業の取組みから推察すると、 「①社会からの期待への対応」 と 「②社会とのコミュニケー 企業は何を目的にCSRに取組んでいるのでしょうか。 ション」 そして 「③社会に対するアピール・主張」 という CSR活動の導入期においては、他社と足並みを揃えようと 3つの目的が主なものとして挙げられるのではないかと思 する 「横並び」 的な取組みを推進してきた企業が少なくなか います。 ったのかもしれません。 そうした中、 これまでのCSR活動を通じ、 また社会から企業 そうした企業を含め、CSRに関する取組みを進めるにつれ に対するCSRの期待の高まりに対し、 「CSRに取組むのであ 「自社にとってCSRを進める意味とは一体何なのか」 という れば、受け身的な対応ではなく “企業の成長” に寄与するよ 問いに対する回答を模索するようになる企業が多いのでは うな活動として展開していきたい」 と考える企業も増えてき ないでしょうか。 ているのではないでしょうか。そうした中で、近年、新しい CSRを進める理由は企業によってさまざまですが、企業の CSRの取組みが見られるようになってきました。 表1 企業がCSRに取組む主な目的 「社会からの期待への対応」 コンプライアンスやリスクマネジメントそして社会貢献活動といった企業に対する “最低限”の社会的要請に対応する ことにより、社会に対する説明責任を果たす。 「社会とのコミュニケーション」 社会情勢や社会の期待を適時・適切に把握し対応するために、 企業と社会の継続的かつ双方向的な情報交換・意見交換 の基盤と仕組みを構築し、 コミュニケーションを行う。 「社会に対するアピール・主張」 展開したCSR活動の内容や結果を情報発信・開示にうまくつなげることで、自組織に対するレピュテーションを高める ブランディング手法としてCSRを活用する。 31 第二部 共通価値の創造: Creating Shared Valueとは何か 日本のCSR元年と呼ばれる2003年頃より、日本でも CSRに関する取組みが行われてきました。約10年の時を経 て、純粋な社会貢献活動やコンプライアンス・リスクマネジ メントといった展開にとどまらずに、 CSRを競争力向上のた めの有用なツールとして活用している事例も見られるよう になってきました。 かつての高度成長期においては、 「経済の成長と社会課 題の解決は共存できない」 という考え方が一般的であった のかもしれません。こうした考え方に対して、 “共通価値” と いうコンセプトのもと企業の成功と社会の発展を “事業活 動” を通じて結び付け、経済的価値と社会的価値を同時に 実 現しようと いう考 え 方 が 提 唱 さ れ ました。こ れ が 「CSV」 Creating Shared Value (以下 )であり、 ハーバード ビジネスレビュー誌にて2011年米ハーバード大学のマイ ケル・ポーター教授が提唱したコンセプトです。 「社会のニーズや問題に取組むことで社会的価値を創造 表2 CSRとCSVの違い CSR CSV 価値は 「善行」 価値はコストと比較した経済的 便益と社会的便益 Corporate Social Responsibility Creating Shared Value シチズンシップ、 フィランソロピー、 企業と地域社会が共同で価値を 持続可能性 創出 任意、あるいは外圧によって 競争に不可欠 利益の最大化とは別物 利益の最大化に不可欠 テーマは、外部の報告書や個人 テーマは企業ごとに異なり、内 発的である の嗜好によって決まる 企業の業績やCSR予算の制限を 受ける 企業の予算全体を再編成する たとえば、 フェア・トレードで購入 たとえば、調達方法を変えること で品質と収穫量を向上させる する いずれの場合も、法律および倫理基準の遵守と、企業活動から の害悪の削減が想定される 出所:マイケル・E・ポーター、マーク・R・クラマー 「共通価値の戦略」 DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2011年6月号 し、その結果、経済的価値が創造される」 ことを目指すアプ CSVの違い】の通りです。 ローチで、 「企業が事業を営む地域社会の経済状況や社会 CSRを、 「 善行」 の精神と 「任意あるいは外圧」 に基づくこと 状況を改善しながら、みずからの競争力を高める方針とそ から、 「利益の最大化とは別物」 であり “事業との関わりが限 の実行」 と整理されています。 られた概念” として位置付けています。一方CSVは 「企業と CSRとCSVの違いと日本企業 では、CSRとCSVはいったい何がどのように異なるので 地域社会が共同で価値を創出」 するものであり、 「社会に企 業が投資するにあたってはCSVの方がよりふさわしい指針 である」 として位置付けています。 しょうか。 ポーター教授はCSRとCSVの違いについて、 「 CSRは主 日本企業においても、社会課題の解決に寄与するCSRの に評判を重視し自社の事業活動との関わりも限定的」 と 取組みをCSVの言う 「企業の収益性や競争上のポジション」 し、その一方で 「CSVは企業の収益性や競争上のポジシ に関連付けたものとして推進し、社会からの信頼感を得な ョンと不可分」なものとしています。CSRとCSVの考え がら事業のサステナビリティの基盤を確保しようとするよう 方や特 徴を比したポーター 教 授 の 整 理は【 表2 CSRと な活動も見られるようになってきています。 32 “企業価値” を向上させるCSRとは CSVという考え方を事例に 共通価値を創造する3つの方法 への取り込む」 という考え方です。 バリューチェーンに関連する ポーター教授はCSVを実現する方法として3つの方法を 社会課題への対応 掲げています。企業が成功することにより社会がより住み 企業の競争力の向上に向け、バリューチェーンの最適化 良いところになるという “共通価値の好循環” を生み出すた や効率化は非常に重要なテーマとなっています。 めの道筋を提示しています。 そうした中で、 バリューチェーンに関連する社会課題の発生 (注: 「共通価値の戦略」 を参考に編集部にて整理。) が企業の事業活動に影響を及ぼす事例も多く見られるよう 社会的ニーズに対応した製品・サービスの提供 になってきました。近年のグローバル化によりこうした傾向 社会的便益を生み出す製品やサービスの提供、あるい は過去にも増して大きく注目を集めるようになっています。 はそれらを顧客や生活者に受け入れてもらうためのマーケ バリューチェーンに経済的コストなどの影響を発生させ ティングは、政府やNPO/NGOより企業の方が長けている る可能性のある “社会課題” と関連する “ステークホルダー” と言われています。 を特定し、行政やNGOといった各地のステークホルダーと 従来政府やNPO/NGOにより提供されていたような の連携の上で 「課題の軽減に向けた取組みを展開すること サービスを企業が代行し、その企業が政府やNPO/NGO を通じて企業のバリューチェーンを強化」 しようという考え と密にコミュニケーションを行い連携することにより “社会 方です。 課題を解決・対応することができる商品・サービス” を開発・ 拠点地域における競争基盤の強化 展開を実現することで、 「 社会課題解決を企業の事業活動 事業の成功は支援企業や活動地域のインフラ (人材・政 図1 共通価値を創造する3つの方法 CSV ∼共通価値の創造∼ 社会のニーズや問題に取組むことで 社会的価値を創造し、その結果、経済的価値が創造する 社会的ニーズに対応した 製品・サービスの提供 ◆製品・サービスと “市場” を見直す ◆社会的ニーズの探求による差別化と ポジショニングのチャンスを見出す ◆“社会課題の解決に寄与する商品・ サービス” を開発・展開する バリューチェーンに関連する 社会課題への対応 拠点地域における 競争基盤の強化 ◆社会課題が自社バリューチェーンに 与える経済的コストを確認する ◆自社の生産性を高めるためのクラス ター(関連する機関・組織等の必要 な基盤)を構築・強化する ●事業領域にて相互に結びついた企 業群(販売、サプライヤー、流通、イ ンフラ等) ●関連する諸機関(産業団体、規格団 体、教育・研究・技術支援の諸組織、 行政等) ◆バリューチェーンの生産性を再定義 する ●エネルギーの利用●資源の有効活用 ●調達 ●流通 ●従業員の生産性 ●ロケーション (※マイケルE.ポーター 「共通価値の戦略」 を参考に編集部にて作成) 33 第二部 府・業界慣習・資源調達等) に大きな影響を受けることは言 事業活動と連動した社会課題への対応を推進するには うまでもありません。そのような状況の中で、企業の事業拠 まず、事業を展開する地域社会やマーケットにおいて、 「ど 点において事業活動を短期的・中長期的に支援する競争基 のような “社会課題・ニーズ” が存在 (顕在的・潜在的) してい 盤 (クラスター) を構築することは、事業の成功に寄与する るのか」 を把握し整理します。また一方で、社会課題の解決 と考えられています。 に寄与すると考えられる自社の持つノウハウや技術・仕組 競争基盤を構築することは拠点となるエリアの地域社会 みといった “自社の資源” を洗い出します。 の発展に寄与することができます。一見するとバリューチ こうした情報の整理にあたっては、社内の関連部署との ェーンに直接的な関連性がなさそうな社会課題に対応し 協力が重要なカギを握ります。CSR担当部署だけではなく、 地域の底上げを果たすことにより、中長期的なビジネス マーケティング部や営業・販売・提供を行っている担当者か 展開の基盤を構築するという考え方です。 ら意見を聞くことで、 有効な情報を収集することができるか 「事業に関連付けた社会課題対応」 を 実施する際のポイント もしれません。また、 ビジネスの展開を想定している地域や その地域で発生している社会課題について有益な情報や 経験を持っている外部の有識者やNPO/NGO等と情報交 こうしたCSVに類した取組みのポイントにはどのような 換をすることも効果的な取組みとなります。 ものがあるのでしょうか。 社会課題への対応と自社事業の価値向上を ここでは日本企業が 「社会課題解決を企業の事業活動へ取 連動させるシナリオ作り り込む」 という観点から、特に重要と考える3つの論点につ 把握・整理した “ニーズ” と “自社の資源” に基づき、 「社会 いて考え方をご紹介したいと思います。 課題への対応をビジネスの価値向上に連動させる」 シナリ 社会のニーズと企業の資源の整理 オを作ることが重要だと思います。 図2 「事業に関連付けた社会課題対応」の サイクル(イメージ) 図3 「共通価値の実現」 に向けたシナリオ作り ∼共通価値の実現∼ ニーズ/ 自社資源 の整理 ビジネス的 便益の享受 取組みの設計・展開 シナリオ 作り 評価 コミュニケーション 社会の発展 社会の ニーズ 整理 選定された ニーズ (社会課題) 特定された 自社資源 自社 資源の 整理 ∼企業ビジョン等との関連性確保∼ 実行 (※編集部により作成) 取組みの 設計 選定した “ニーズ” に “自社資源” を 組合わせることで 社会と自社にどのような便益を もたらすのかというシナリオを構築する (※編集部により作成) 34 “企業価値” を向上させるCSRとは CSVという考え方を事例に シナリオの検討にあたっては、 「 “自社資源”を活用して ステークホルダーとのコミュニケーション “ニーズ” に対応すること」 と 「会社のミッションや経営ビジョ 「社会課題解決を企業の事業活動へ取り込む」 という活 ン、事業戦略・計画」 との関連付けができるかがカギとなり 動を進めるにあたり、企業が単独でそのアイデアやシナリ ます。つまり、ニーズと自社資源をマッチングすることで、 オを考えるには限界があるケースが多々あります。上記の 「社会課題の解決・軽減 (ニーズ充足) に寄与することができ 「社会のニーズと企業の資源の整理」 や 「シナリオ作り」 でも るのか」 、そして 「自社にとってどのようなメリットが得られる 記載している通り、社会と自社双方にとって有益な取組み のか」 について、組織として明確にできるかどうかがシナリ を実施するためには、活動を展開しようと考えているエリア オ設定にあたってのポイントとなります。 や社会課題に対して情報や知見を持っている、そして社会 こうしたシナリオを構築し具体的な取組みを設計するに 課題対応への自社の取組み方について客観的な可能性を あたっては、さまざまな見地からのアイデアが必要になり 提言してくれる有識者やNPO/NGOそして現地の行政機 ます。ここでもCSRの担当者のみによる検討ではなく、社内 関担当者等との連携が非常に重要です。また繰り返しにな 部署や役員そして外部のステークホルダーとの連携や情 りますが、外部もさることながら、内部の関連部署や経営層 報交換が重要になることは言うまでもありません。 とのコミュニケーションも実効的なCSRの実施には重要な 表3 シナリオ構築にあたって留意事項(例) ①関連性 その取組みは、自社のミッション、経営ビジョン、 戦略・計画と連動しているか カギを握ります。 活動に際して重要と考えられるステークホルダーを特定 し、連携にあたってのそれぞれの特性や長所・短所を相互に 理解しあいながら信頼関係を持って協働することができれ ば、 自社・ステークホルダー双方にとって有益な活動を展開 ②切実さ その取組みは、社会/現地の切実な課題認識を 反映した内容となっているか することができるでしょう。ステークホルダーとの相互理解 と継続的なコミュニケーションを得ることができれば、取り 組みにあたってのかけがえのないパートナーとなってくれ ③貢献度 その取組みは、社会課題の解決に効果的に寄与 することができるか ④実現 可能性 その取組みは、実現可能な計画と内容となって いるか ⑤魅力度 その取組みは、他社にはない魅力・新規性のあ る内容となっているか ⑥倫理性 その取組みは、展開するエリア・社会等にとって 倫理的な内容となっているか (※編集部により作成) 35 ることは間違いありません。 第二部 図4 コミュニケーションの対象と“論点・ポイント” CSR取組みの展開にあたっては、 活動のフェーズに応じてコミュニケーションの パートナーやコミュニケーションの 目的に違いが見られます。 現地社会 の住民等 NGO 行政組織 有識者 経営層 現地社会 の住民等 NGO 行政組織 有識者 内部部署 ◆事業展開を進めている社会/地域 が抱える課題 ◆事業活動を通じて提供できる課題 解決に寄与する資源 ニーズ/ 自社資源 の整理 内部部署 評価 継続的 コミュニケーション 【論点・ポイント】 シナリオ 作り ◆自社が対応することにより提供で きた価値と効果 ◆取組みを通じた実施施策の内容・ 方向性・効果の確認 ◆現地との信頼醸成、 ネットワークの 経営層 内部部署 ◆課題に対応することにより享受を きた便益 (中長期的な観点) 【論点・ポイント】 有識者 【論点・ポイント】 ◆課題に対応することにより享受で 構築 【論点・ポイント】 実行 期待する便益 取組みの 設計 ◆自社が対応することにより提供で きる価値と効果 現地社会 の住民等 NGO 行政組織 現地社会 の住民等 NGO 行政組織 有識者 内部部署 有識者 内部部署 【論点・ポイント】 ◆企業シーズの具体的活用方法、実 施計画、 評価ポイント ◆取組み推進にあたって配慮すべき 事項・留意ポイント (※編集部により作成) まとめ することができるのではないでしょうか。 日本企業においても 「戦略的CSR」 といった名称でCSVと 社会と自社の関係性を整理すること。社会課題に取組むこ ある種同様の議論や取組みが既に行われています。 との目的を “シナリオ” として検討すること。 企業が 「自らが事業を営む地域社会の経済状況や社会状況 ステークホルダーと信頼関係に基づく良好なコミュニケー を改善しながら、 自らの競争力を高める」 仕組みを自社なり ションを行うこと。 にうまく構築し、将来の収益見込みの実現可能性を支える こうした活動を通じて、 「自社にとってCSRを進める意味と 基盤として連動させる。そして、それをうまく社会に対して は一体何なのか」 を問い直すことができれば、 “我が社らし 発信・アピールすることができれば、社会からのレピュテー い” ・ “我が社にしかできない”企業価値を高めるCSRを進 ションの向上さらには企業価値の向上に寄与する取組みと めることができるのではないでしょうか。 <主要参考資料> (※1 環境省 「環境にやさしい企業行動調査結果」 平成24年1月) (※2 マイケル・E・ポーター、 マーク・R・クラマー 「共通価値の戦略」 DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2011年6月号) (戒田信賢・新日本有限責任監査法人) 36
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