ESG 情報を有効活用するための課題 - 大和総研

Strategy and Economic Report
2010 年 9 月 21 日
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ESG 情報を有効活用するための課題
資本市場調査部
環境・CSR 調査課
小黒 由貴子
[要約]
„
企業の ESG(環境、社会、ガバナンス)情報の開示は、環境報告書、CSR 報告書などを通して行わ
れてきた。従来、こうした報告書の作成・開示は、社会貢献活動のアピールやリスクマネジメン
ト対策といった守りの目的が主流であったが、最近はブランド向上や取引先との関係強化など攻
めの目的に変わってきている。
„
この変化と呼応するように、ESG 情報の開示義務化の動きが出てきた。欧米では投資家保護や社
会的責任のために、年次報告書などでの開示が要請されている。短期的な利益追求による金融危
機の反動から、長期的に企業の価値を判断するための非財務情報=ESG 情報の活用も期待されだ
した。日本では情報提供のあり方について検討を要請された段階ではあるが、今後、開示の義務
化に向けた動きが活発化するものと思われる。
„
ただし現時点の開示情報は、たとえ同業種内でも他社比較できるような状態にない。利用者には
課題があることを認識した上での利用が、企業には課題の存在と理由がわかるような情報開示が
求められる。さらに今後は、グローバル社会への移行や利用者層(読者層)の多様化を考慮した
対応が、情報を開示する企業に求められよう。
ESG 情報開示の現状
ESG情報開示の目的が
「攻め」に変化
ESG とは、環境(Environmental)・社会(Social)・企業統治(Governance)の頭
文字である。ESG 情報のうちガバナンスに関しては有価証券報告書等の法定文書に記載
されるだけでなく、各企業からの任意な情報開示も広がっている。また、環境報告書
や CSR 報告書といった任意的な文書によって、環境・社会問題に関する情報を発信し
ている企業も増加している。従来、報告書の作成・開示は、社会貢献活動のアピール
やリスクマネジメント対策を目的としていた。しかし最近は、ブランド向上や取引先
との関係強化など目的も多様に変化してきている(図表1)。企業の ESG 情報開示の
目的が、「守り」から「攻め」へ変化してきているといえよう。
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図表1 CSR 報告を行う動機
倫理的考慮
経済的考慮
評判/ブランド
イノベーションと学習
従業員のモチベーション向上
リスクマネジメント目的/リスク軽減
取引先との関係強化
資本調達/株主価値の増大
市場でのポジション(マーケットシェア)の向上
2005年
2008年
政府機関との関係改善
コスト削減
0%
ESG情報開示は全社的
対応へ
10%
20%
(出所)「CSR 報告に関する国際調査 2008」
KPMG
30%
40%
50%
60%
70%
80%
財務状況だけでなく経営方針など総合的な情報を発信するアニュアルレポートでも、
ESG に関する記載が増加している(図表2)。また全社的な環境方針の策定や、経営者
のビジョンの中で ESG に対する姿勢が語られるようになってきていることなどから、
企業の ESG への取組みが、専門部署による対応から全社的な対応に変化してきている
と考えられる。
図表2 ESG 関連ページ数の 2004 年から 2009 年の変化
(頁)
10.0
8.0
ガバナンス関連
社会性関連
環境関連
8.8
6.0
4.0
3.2
2.0
0.0
2004年
2009年
(出所)「アニュアルレポート(AR)における ESG(環境・社会性・ガバナンス)情報の開示状況) エッジ
インターナショナル
ESG情報の開示要請の
高まり
この変化と呼応するように、ESG 情報の開示義務化の動きが出てきた 1)。米国の証券
取引法では投資家保護のため、年次報告書で「環境関連法令遵守の資本的支出、収益
などに与える影響」、「環境関連法令の訴訟手続きのうち金額的影響が重要であるも
の」、「経営者が使用しており、かつ投資家にとって重要な可能性のある非財務パフ
ォーマンスを含む KPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)」などを開
示するよう要請している。米国証券取引委員会(SEC)は 2010 年 2 月、気候変動に関
する開示の解釈指針として「Commission Guidance Regarding Disclosure Related to
Climate Change」を公表した。この中で、証券取引法に沿った情報開示が必要となる
場合を例示している。欧州では開示の基本的枠組みとして、年次報告書などで、財務
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側面に限定せず環境や社会的側面の分析や、環境や従業員など非財務 KPI を含むこと
を要請している。日本では、投資の判断や製品の購入・使用の時に利用するための企
業の温室効果ガス排出に関する情報提供のあり方について、検討するよう要請が出て
いる。短期的な利益追求による金融危機の反動から、長期的に企業の価値を判断する
ための非財務情報=ESG 情報に期待が高まったのであろう。日本では、検討を要請され
た段階ではあるが、世界的には開示の義務化に向けた動きが活発化するものと思われ
る。
ESG 情報開示における課題と今後の対応
ESG情報の他社比較は
課題を認識した上で
行うべき
ただし現時点の開示情報は、たとえ同業種内でも他社比較できるような状態にない。
理想的な流れは、まず標準化ルールが決められ、次に各社がそれに則って情報を開示
することである。標準化されていれば、他社比較も第三者認証も可能となる。しかし
ガイドラインの整備は発展途上であり、利用者は図表3のような課題があることを認
識した上で利用すべきである。一方、企業には、その課題の存在と理由がわかるよう
な情報開示が求められる。例えば国や業種によって重視する情報に差異がある 2)。欧
米では人権擁護・児童労働・生物多様性といった情報も重視しているが、日本では欧
米ほど重視されておらず情報開示は少ない。これは文化や抱えている社会問題の違い
からくるためであり、世界中で統一した情報を開示する必要はない。しかし、この違
いを理解してもらうためには、何を重視して情報開示しているか/それはなぜか、と
いう説明が必要である。
図表3 ESG 情報開示の課題
目的
標準化
現状の主な課題
・世界では「GRI ガイドライン」、日本では環境省の「環境報告ガイドライン」など
複数のガイドラインが存在
・ガイドラインで比較容易性に関する具体的な指針なし
比較可能性向上
(自社)
・継続性が低い(以下の理由で経年比較できない)
-重要性(企業特性などから、自社にとって重要な ESG 項目の選択根拠の説
明がない、事業変化により重要性が変更することがある)
-範囲(単体か連結かなど組織のバウンダリや、自社かサプライチェーンまで
含むかの活動のバウンダリが不明確/変化)
比較可能性向上
(他社)
正確性担保
上記に加えて
・業種や国により重要性に差異
・算定方法不統一(複数の換算係数があるため、例えば CO2 排出量でも年度/
地域/発電方法などにより計算結果に差異、各社の設定年度に差異)
・ガイドラインは認証を目的としないガイダンス文書
・他社比較できるような第三者認証の仕組みが確立されていない(注)
(注)GRI ガイドラインには外部認証の仕組みがあるが、自社の取り組み改善の意味合いが強い。
(出所)「CSR 情報の比較可能性に関する考察−阻害要因とその解消に向けて−(中間報告)」 日本公
認会計士協会/「サステナビリティ レポーティング ガイドライン Version 3.0」(GRI ガイドライン)
Global Reporting Initiative/「環境報告ガイドライン 2007 年版」 環境省/「<研究>環境会計情報
における比較可能性の検討」宮武記章 などを参考に大和総研作成
今後はグローバル化
と読者層の多様化に
対応することも求め
られる
ESG 情報に関するサービスを提供する金融情報ベンダも出てきたが、利用している
のは企業の公開情報である 3)。グローバル展開している企業の場合は、海外からの利
用も想定されるため、日本語での情報開示が充実していても、アクセスしやすい Web
サイトでの提供が少ない場合、「情報開示に消極的」と判断される恐れがある。また
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今後は、一般的な環境などへの関心ではなく、企業そのものへの関心から報告書を読
む個人が増えるだろう(図表4)。「投資や融資の参考にするため」や「商品やサー
ビス購入の際の参考として」という目的も増加傾向にあり、機関投資家だけでなく、
個人も ESG 情報を企業や製品の価値判断に使うようになると思われる。これからは、
日本だけでなく世界中のステークホルダーを意識した情報開示が必要になろう。また
ステークホルダーにも高度な知識も持つ金融情報ベンダや機関投資家から、特に ESG
に関心が高いわけではない一般人もいる。多様な読者へ向けて、それぞれの関心に応
える情報の提供が求められてくる。
図表4
環境・社会報告書を読んだ目的
環境や社会的責任に関する
企業の姿勢や活動を知るため
その企業に関心があるので
たまたま目に付いたので
環境問題や社会的責任に
関心があるので
自社の環境や企業の社会的
責任への取組みを知るため
学習や研究のため
投資や融資の参考にするため
商品やサービスの購入の際の
参考として
環境・社会報告書作成の
参考資料として(他社のを読んだ)
2009(n=5716)
2008(n=6374)
2007(n=4581)
2006(n=3095)
その企業を就職対象として検討して
みるため
その他
特に理由はない・何となく
0.0%
10.0%
(注)報告書閲読経験者のみ、複数回答
(出所)「環境・社会報告書シンポジウム 2009
グループ、環境 goo
20.0%
30.0%
40.0%
50.0%
環境・社会報告書読者アンケート
60.0%
結果報告書」
NTT
【注釈】
1)
「投資家向け制度開示におけるサスティナビリティ情報の位置付け−動向と課題−」
日本公認会計
士協会
2)
「環境・社会報告書読者調査報告」の「7. 海外調査結果」
3)
「投資指標としての ESG(環境、社会、企業統治)」
課
水口花子
環境・社会報告書シンポジウム 2009
大和総研
資本市場調査部 環境・CSR 調査