太陽電池 反射防止膜成膜装置※1 「MCXS」の開発

特集1/自然エネルギーの普及に向けた挑戦
特集1
自然エネルギーの普及に向けた挑戦
太陽電池 反射防止膜成膜装置
※1
「MCXS」の開発
かつて太陽電池反射防止膜成膜装置で大きなシェアを誇った
島津がチャレンジャーになった。市場を奪還すべく掲げた目標は、
にわかには信じがたいものだった。
太陽電池反射防止膜成膜装置「MCXS」
太陽電池市場は、需要地確保や現地企業育成等の観点
このような状況のなか、製造コストを低く抑えることがで
から優遇政策の導入を進める中国、太陽光発電システム
き、
またメガソーラー等の太陽光システム全体の出力を低
にとって良好な条件が整っているアメリカやインド、また
下させるとして大きな問題になっているPID(Potential
再生可能エネルギーの固定価格買取制度が開始された
Induced Degradation:電圧誘起出力低下)※3に対して高
日本などにおいて拡大しています。また長期的にも、新
い耐性をもつ太陽電池が強く求められています。
興国における経済成長や生活水準の向上によりエネル
太陽光の反射を抑えてエネルギーの吸収を高める役割を
ギー需要が急激に増加することに伴い、特に日照条件の
果たし、発電効率向上に貢献する反射防止膜およびその
良好なアフリカ、中東、南米、東南アジアなどにおいて需要
成膜装置についても、
これら課題に対処するべく、高水準
が拡大することが見込まれ、2030年には2012年の3.2倍
の性能と生産性が求められています。
である128,600MWまで出力数が伸びることが予測されて
います※2。
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特集1/自然エネルギーの普及に向けた挑戦
島津エミット
(株)技術グループ
鈴木正康
市場を奪還せよ
当社は長らく生産性、信頼性の高い太陽電池反射防止膜
成膜装置をリリースしてきましたが、2009年にリリースし
たのを最後に、新製品を発表できずにいました。
このよう
な状況の中、2010年12月、当社秦野工場で新製品の開発
がスタートしました。
リーダーとなったのは技術部開発グ
ループ(現、島津エミット、技術グループ)の鈴木正康。鈴木
は過去の装置の開発者で、
しばらく開発からは離れていま
したが、
ドライプロセスのプラズマ源に関する知見を見込
まれ、当時の製造部長である篠原真(現、半導体機器事業
部長)から開発を託されました。
『同じ時間で生産できる量が2倍』
『消費電力は3分の1』
『壊
れにくく、メンテナンスも容易』実現できれば画期的な製
品となるのは確実でしたが、根拠となる技術は何もない状
態でした。
しかし、そのレポートに描かれた 夢 に引き寄せられるか
のように、鈴木と篠原の間では技術談義に花が咲きまし
た。
「もし厚さ100ミクロンのシリコン板を割らずにつかめるロ
ボットが作れたら、
ここはもっと速いかもしれませんね」
「も
し500℃の真空のなかで100キロを超える重さの台を高速
で搬送できたら、
ここはクリアできますね。聞いたこともな
いですけど」
「もし成膜速度がこれまでの3倍以上のまった
く新しい新プラズマ源があれば、いけそうですね。
まったく
夢物語に引き寄せられて
想像できませんけどね」。
市場調査によると、競合他社の製品はいずれも優れたコ
ンセプトのもとで設計・製造されており、当時の当社の技
術を結集したとしても、他社現行製品と同程度の仕様を引
き出すのが精一杯で、後続となる分、圧倒的な価格差がな
ければ勝負することができない状況でした。
「もっと圧倒的な製品が必要である」
という意識のもと、鈴
木はいったん当社が保有する技術は無視して、競争力のあ
る製品仕様とはどんなものかを整理してレポートを作成し
ました。
※1 太陽電池反射防止膜成膜装置
太陽電池表面に入射する光の反射を抑え、光エネルギーの損失を防
ぐための膜を生成するための装置。
※2 富士経済調べ
※3 PID(Potential Induced Degradation:電圧誘起出力低下) 太陽光発電システムを高電圧(1000V以上印加)
で使うと、モジュール
回路に電流漏れが発生し、出力が落ちる現象。高電圧下で使われるメ
ガソーラーなど産業用太陽電池に特有の問題とされ、高温多湿の環
境下で起きると言われている。
SHIMADZU ENVIRONMENTAL AND SOCIAL REPORT 2014
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特集1/自然エネルギーの普及に向けた挑戦
ホロー放電を可能にした電極板
ー放電を可能にした電極板
希望を照らす紫色の光
根拠となる要素技術はただのひとつもなく、開発が前途多
最大の難関はクリアできたものの、
まだまだ解決すべき課
難であることは最初からはっきりとしていました。なかでも
題は山積していました。そのどれもが、誰も発想さえしたこ
最大の鍵となるのは、焼き付けを行うプラズマ装置でし
とのない技術の集合で、誰もが実現は到底無理だと考えて
た。
「2倍の速さで焼き付けするためには、チャンバー内の
いたものでした。
アイデアを出し合って、試作品を作っては
プラズマの密度を大幅に高くしなければならない。周波数
昼夜を分かたず検証する日々が続き、いつしか開発室は、
の高い電源を用いれば、高密度プラズマを発生させること
「不夜城」
とあだ名されるようになりました。
ができるが、今度は、肝心のシリコン基板にダメージを与
えてしまう」。本来両立することのできない課題でした。
スタッフの疲労も極限に達しようとしていた2012年の12
唯一可能性があるとすれば、ホロー放電と呼ばれる放電現
月、ついに十分な信頼性をもった装置ができあがりまし
象を利用することでした。ホロー放電は周波数にあまり左
た。
スループットは当初の目論み通り約2倍、電極をシンプ
右されず、電極の形状に立脚する現象です。穴状の電極を
ルな形状にしたことで、
メンテナンスの手間が大幅に軽減
用意し、その穴の中をガスで満たして電気を通せばその穴
し、
ランニングコストでも競合を大きく引き離した、まさに
の中がプラズマで満たされます。ただし、15センチ角のシ
夢の装置が実現したのです。
リコン基板全体にむらなく成膜するためには、小さな穴を
たくさん並べ、そのすべての穴で、同じ密度のプラズマを
こうして2013年3月に発売された新型の太陽電池反射防
発生させる必要があります。そんな電極の形状が、果たし
止膜成膜装置「MCXS」は、市場からの圧倒的な評価を受
てあり得るのか。小さな放電モデルを作ってはテストを繰
け、早々に複数台を受注するに至りました。
しかし鈴木は
り返す日々が続きました。
「我々は市場奪還を目指すチャレンジャー。
ここで立ち止ま
るわけにはいかない」
として今日も秦野工場で夢談義の花
年度がかわり4月に入ったある日、鈴木の頭にまったく新し
い電極の形状が思い浮かびました。金属の板に直径数ミ
リの穴をたくさんパンチングして貫通させただけのシンプ
ルな形状。理論上はこれでいけるはずでしたが、
これまで
誰もこんな形状の電極で放電させた者はいません。早速、
試作品を作成し、小型のチャンバーにセットしました。する
と、
プラズマが発生していることを示す紫色の光がチャン
バー内から発せられたのです。
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を咲かせています。