ジャンプリスクと再建型倒産を考慮した最適資本構成モデル 5208C049-4 中林貢 指導教員 大野髙裕 プロフィットデザイン研究 NAKABAYASHI Mitsugu 1. 研究目的 然の清算を表現するため,資産価値と EBIT をジャンプ 企業の資金調達方法は間接金融から直接金融へと移行 拡散過程で表現し,再建型倒産を考慮した,最適資本構 が進んでいる.従来の間接金融においては,銀行との関 成モデルを構築する.これにより,資産価値の突発的変 係性が重視されてきたが,直接金融においては,投資家 動や再建型倒産、突然の清算型倒産が最適資本構成に及 が企業価値を一つの指標として投資先を選択しているた ぼす影響を分析することを目的とする. め,経営者は今まで以上に企業価値を意識した経営が求 められてきている.それに伴い,企業価値に大きな影響 を及ぼす要因である資本構成が大きな注目を集めている. 株主資本に対し負債を増加させると,金利支払による節 税効果を多く享受することができ,企業価値は増加する. 一方,負債の増加は企業が倒産する可能性を高めるため, 倒産コストが大きくなり,企業価値を下げる要因ともな 2. 従来研究 2.1. Leland [1] Leland [1] は,コンソル債を発行する企業を仮定し,そ の企業の時刻 t における資産価値 Vt が, dVt = µdt + σdWt Vt (1) る.そこで,経営者はこのトレードオフの関係を考慮し, なる幾何ブラウン運動に従うとし,この資産価値 Vt が清 企業価値最大化を達成する最適資本構成を決定する必要 算型倒産境界を下回ると企業は清算するいう,清算型倒 がある. 産の構造をモデル化している.これにより,株式価値,負 最適資本構成の決定には,倒産コストの導出が不可欠 債価値,総企業価値を資産価値の派生商品として解析的 なため,将来の企業の倒産を構造的に捉える必要がある. に算出し,さらには最適レバレッジを導出している.こ 代表的な最適資本構成の研究である Leland [1] では,確率 こで,清算型倒産境界 VL は株式価値 E を最大化するよ 過程で表現された資産価値が清算型倒産境界を下回ると, う,スムース・ペースティング条件 ¯ ∂E(Vt ; VL ) ¯¯ =0 ¯ ∂Vt Vt =VL 企業は即時に清算すると仮定している.しかし,倒産に は清算型倒産に加え,倒産後も企業を継続させ,企業の 再建を図るという再建型倒産が存在する.近年倒産を申 請した上場企業において,再建型倒産を申請した企業は 8 (2) より,内生的に決定される.ただし,µ は期待収益率,σ 割以上にのぼるため,適切な倒産コストを導出するため はボラティリティ,Wt は標準ウィナー過程である. には再建型倒産を考慮する必要がある.また,Leland [1] 2.2. Broadie et al. [2] では資産価値のみを原資産としているが,これでは企業 Broadie et al. [2] は,コンソル債を発行する企業を仮定 のキャッシュフローを捉えることができず,節税効果を適 し,その企業の時刻 t における資産価値 Vt が,リスク中 切に表現することができない.そのため,EBIT1 と資産 立確率測度 Q の下で, 価値の関係式を用い,EBIT と資産価値の両方を原資産と する必要がある.さらに,市場から推定される資産価値 には突発的な変動が存在する.しかし,従来の研究では この特徴を捉えていないため,倒産コストを過小評価し ている可能性がある.また,資産価値の突発的変動を導 入しない場合,再建型倒産を考慮した際に,企業が突然 清算型倒産を申請するという事象を表現することができ ない. そこで本研究では,資産価値の突発的変動と企業の突 dVt ˜t = (r − q)dt + σdW Vt (3) なる幾何ブラウン運動に従うとし,再建型倒産境界 VB と 清算型倒産境界 VL (≤ VB ) を導入することで,再建型倒 産と清算型倒産の構造をモデル化している.それぞれの 境界は共に株式価値が最大化するよう,内生的に決定さ れる.ただし,r は無リスク金利,q は株主と債権者への ˜ t は Q 下の標準ウィナー過程である. 支払率,W Broadie et al. [2] では,原資産を連続である幾何ブラ ウン運動に従うと仮定しており,企業が清算型倒産を申 1 Earnings before interests and taxes の略で,税引前当期利益 に支払利息を加算したものを示す. 請するためには,それ以前の時刻において必ず再建型倒 産を申請していなければならない.したがって,企業が 本研究では,Broadie et al. [2] と同様に再建型倒産境 突然,清算型倒産を申請するという事象をモデル化でき 界 VB と清算型倒産境界 VL を導入する.資産価値 Vt が ていない. VB を下回ると,企業は再建型倒産を申請する.再建中は, このモデルでは経路依存性が強いため,株主にとって クーポン支払と配当は先送りされ,それぞれ At , St に蓄 最適な再建型倒産境界,清算型倒産境界を解析的に導出 積される.また,再建中には再建のための費用が,資産価 することはできない.したがって,Broadie and Kaya [3] 値に対する割合 ω だけかかる.Vt ≥ VB となり企業の再建 で提案されている 4 次元 2 項格子モデルを用いることで, 数値解を導出している. が達成された場合,クーポン支払の一定割合 θ (0 ≤ θ ≤ 1) が免除され,(1 − θ)At が St より債権者に支払われる.た だし,St < (1 − θ)At の場合は,新株発行により資金調 3. 提案モデル 本研究では,原資産にジャンプ拡散過程を導入し,資 産価値の突発的変動を考慮する.また,Broadie et al. [2] と同様に,再建型倒産境界,清算型倒産境界の 2 種類の 倒産境界を設定することで,再建型倒産と清算型倒産を 区別する.本研究では Broadie et al. [2] とは異なり,原 資産にジャンプ拡散過程を用いることで原資産が不連続 となるため,以前に再建型倒産を申請していない企業が, 突然清算型倒産を申請することを表現することも可能と なる.これにより,倒産コストが過小評価されてしまう 従来の最適資本構成モデルを拡張する. クーポン C のコンソル債を発行する企業を仮定する. この企業の時刻 t における資産価値 Vt は,リスク中立確 率測度 Q の下で,ジャンプ拡散過程 (4) に従うとする.ただし,Nt はジャンプ強度 λ を持つポア ソン過程であり,確率変数 Y は, ³ ln Y ∼ N µJ , σJ2 ´ に従う.また,ジャンプ幅の平均 K は, ¶ µ 1 K ≡ E[Y − 1] = exp µJ + σJ2 − 1 2 (5) 在し,猶予期間 G を過ぎても再建が達成されない場合, 企業は清算される.また,猶予期間内においても,資産 価値 Vt が VL を下回った場合には,企業は清算型倒産を 申請する.本研究においては,資産価値 Vt がジャンプ拡 散過程に従っているため,資産価値が下方に大きくジャ ンプした場合は,資産価値 Vt が再建型倒産境界 VB と清 算型倒産境界 VL を下回り,企業が突然清算される.企業 が清算されると,債権者には回収率 (1 − α) (0 ≤ α ≤ 1) 3.2. 定式化 上記の設定より At ,St は, rAt dt + Cdt dAt = −At− 0 rSt dt + δt dt dSt = −St− 0 Vt > VB VL < Vt < VB (10) Vt = VB Vt > VB D(t, δt ),総企業価値 F (t, δt ) はそれぞれ, E(t, δt ) = E Q (7) "Z τtL t h e−r(s−t) (1 − κ)(δs − C)1{Vs ≥VB } − (1 − κ)ωVs 1{VL <Vs <VB } D + (1 − κ)(Ss− − θAs− )δ (s − EBIT δt は,リスク中立確率測度 Q の下で, τtB ) # i ds (11) (8) に従う. クーポン支払後の EBIT, δt − C は全て株主に配当さ れる.ただし,δt < C の場合は,新株発行により資金を 調達し,クーポン支払を行なう.また,実効税率は κ と する. (9) Vt = VB これより,時刻 t における株式価値 E(t, δt ),負債価値 なる関係式が成り立つ.したがって,時刻 t における dδt ˜ t + (Y − 1)dNt = (r − q − λK)dt + σdW δt VL < Vt < VB と表すことができる. (6) となる.ここで,将来に渡る EBIT δt の総和の現在価値 が資産価値 Vt となるので, ·Z ∞ ¸ δt Vt = E e−r(s−t) δs ds = q t 一方,再建には裁判所より定められた猶予期間 G が存 だけ弁済される. 3.1. 設定 dVt ˜ t + (Y − 1)dNt = (r − q − λK)dt + σdW Vt 達を行ない,(1 − θ)At を支払う. D(t, δt ) = EQ "Z τtL t h e−r(s−t) C1{Vs ≥VB } i + θAs− δ D (s − τtB ) ds −r(τtL −t) +e (1 − α)(Vτ L + Sτ L ) t t # (12) F (t, δt ) = E(t, δt ) + D(t, δt ) "Z L h τt Q e−r(s−t) (δs − κδs + κC)1{Vs ≥VB } =E t − (1 − κ)ωVs 1{VL <Vs <VB } + (Ss− − κSs− + κθAs− )δ L + e−r(τt −t) D (s − τtB ) (1 − α)(Vτ L + Sτ L ) t t # 表 1. 基本パラメータ パラメータ 値 パラメータ 値 V0 100 ω 0 r 0.05 q σ κ 0.04 0.2 0.15 λ µJ σJ 0.03 0 0.5 θ 0.5 T G 50 2 i ds (13) と表すことができる.ここで,企業が再建型倒産を申請 する時刻 τtB ,清算型倒産を申請する時刻 τtL はそれぞれ, τtB = sup {s ≤ t : Vs = VB } τtL = τtd ∧ τtVL ∧ ∞ (14) (15) n o = inf s ≥ t : s − τsB ≥ G, Vs ≤ VB τtVL = inf {s ≥ t : Vs = VL } Broadie and Kaya [3] と同様に 4 次元格子モデルを用い る.また,本研究では原資産にジャンプ拡散過程を用い ているため,2 項格子モデルではなく,Amin [4] の提案 する多項格子モデルを用いる必要がある.ここで,本研 で表される.ただし,(15) 式における τtd ,τtVL は τtd C は一定であり,At = gC という等式が成り立つため, (16) (17) である.また,δ D (・) は Dirac のデルタ関数である. 企業は,発行した新株を株主に引き受けてもらうこと 究の多項格子モデルにおいては,リスク中立確率を, h p i 1 (22) P Vt+4t − Vt = α 4 t ± σ 4t = (1 − λ 4 t) 2 h i p P Vt+4t − Vt = α 4 t + xσ 4t; x 6= ±1 = λ 4 tdN(x) (23) と設定する.ただし, で新たに資金を調達することができ,その資金でクーポ α = (r − q) − ンを支払うことができる限り,倒産は行なわない.つま り,企業の倒産の意思決定は株主が行なう.したがって, 最適な再建型倒産境界 VB∗ と清算型倒産境界 VL∗ は,株主 価値を最大化するように決定されるため, VB∗ = arg max E (t, δt , VB ) ¡ ¢ VL∗ = arg max E t, δt , VB∗ , VL (18) (19) と表現することができる. 最適資本構成を導出するため,企業にとって最適とな るクーポン C ∗ を求める.C ∗ は総企業価値を最大化する ように決定されるため, ∗ C = arg max F ¡ ¢ t, δt , VB∗ , VL∗ , C (20) となる. D (t, δt , VB∗ , VL∗ , C ∗ ) ¡ ¢ F t, δt , VB∗ , VL∗ , C ∗ であり,また, 0 ¡ ¡ ¢ √ ¢ N α 4 t + 1 + 12 σ 4t ¡ ¡ ¢ √ ¢ dN(x) = − N α 4 t − 1 + 12 σ 4t ¡ ¡ ¢ √ ¢ N α 4 t + x + 12 σ 4t ¡ ¡ ¢ √ ¢ − N α 4 t + x − 12 σ 4t (24) x = ±1 x=0 x 6= 0, ±1 (25) である.ジャンプ幅が ±3σJ の外側の格子に関しては,推 移する確率が極めて低いため,Amin [4] と同様に ±3σJ 内の最端の格子で近似する.詳細は本論を参照されたい. 4. 数値実験 となる.したがって,最適レバレッジ L∗ は, L∗ = 1 2 σ − λK 2 4.1. パラメータ (21) 3.3. 解析 本研究では経路依存性が強く,解析的に解を導出する ことができないため,格子モデルにより数値解を導出す 数値実験で用いる基本パラメータは,Broadie et al. [2] にならい,表 1 のように設定する.ここで,本研究では 企業がコンソル債を発行していると設定し,無限満期を 仮定しているが,解析において多項モデルを使用するた め,満期 T を便宜的に設定する必要がある.そのため本 項では,計算精度が落ちない,十分大きな値として満期 る.まず,資産価値が再建型倒産境界未満の部分に関し T = 50 を設定する. ては,時刻 t と資産価値 Vt に加え,再建にかかっている 4.2. 実験方法 時間 g ,再建中に累積されたクーポン At ,再建中に累積 された配当 St が状態変数となる.ここで,常にクーポン まず,基本パラメータを用い,Leland [1] のモデル, Broadie et al. [2] のモデル,本研究のモデルの比較を行な 表 2. 実証 λ L∗ LA 東証 大型株(キャノン) 0.05 62.4% 0.3% 東証 中型株(明電舎) 東証第二部(日本精機) 0.06 0.08 0.12 60.9% 56.9% 50.9% 39.2% 13.3% 23.0% 東証マザーズ(シコー) 0.15 41.2% 81.4% 対象企業 東証 小型株(理研計器) 図 1. 従来研究との比較 最適資本構成に大きな影響を及ぼすということがわかる. 表 2 より,ジャンプリスクが低く安定している大型企 業ほど実際のレバレッジは最適値よりも低く,一方,ジャ ンプリスクが高く不安定な小型企業ほど実際のレバレッ ジは最適値よりも高くなるということがわかる.これは, 安定な企業は内部留保を貯める力があり,ファイナンシ ング・コストを削減するために内部留保を厚くする傾向 図 2. λ による最適資本構成の変化 う.ここで,本研究のパラメータ σ に関しては,Broadie et al. [2] のモデルと 2 次モーメントを一致させるように 設定している.比較結果は図 1 である.次に,最適資本 構成に対するジャンプリスクのみの影響を分析するため, 資産価値 Vt の 2 次モーメントを一定としたまま λ を変化 させ,感度分析を行なう.結果は図 2 である. さらに,ジャンプリスクが異なる実際の企業からパラ メータを推定し,実際のレバレッジ LA と最適なレバレッ があるからであり,一方,不安定な企業は投資不適格と 格付けされ,公募増資が困難である場合が多く,資金調 達の多くを負債でまかなわざるを得ないからであると考 えられる. 6. 結論 本研究では,資産価値と EBIT を原資産とし,ジャン プリスクと再建型倒産を考慮した最適資本構成モデルを 構築した.これにより,従来研究では考慮されていなかっ た,資産価値の突発的変動と企業の突然の清算を考慮し, ジ L がどの程度異なるのかを分析する.ジャンプリス 適切に倒産コストと節税効果を織り込んだ最適なレバレッ クと企業の規模には大きな相関があるため,対象企業は, ジを導出することができた.その結果,ジャンプリスク 東証規模別株式指数の大型株,中型株,小型株,東証第 導入による影響の中でも,企業が突然清算型倒産を申請 二部株式指数,東証マザーズ指数の構成銘柄より選択す するという事象を考慮することが,最適なレバレッジを る.ただし,業界によりジャンプリスクが異なるため,す 大幅に下げるということがわかった. べて製造業に属する企業を選択する.結果は表 2 である. 7. 今後の課題 ∗ 5. 考察 図 1 より,本研究ではジャンプリスクを考慮すること • エージェンシーコストの導入 • 両側指数ジャンプ拡散過程導入による原資産の改良 で,従来研究と比較し,より低いレバレッジが最適となっ 参考文献 ていることがわかる.これには 2 つの要因が考えられる. [1] Leland, H. E.: 第一に,株式価値はコールオプションの買い型のペイオ Covenants, and Optimal Capital Structure,” Journal of “Corporate Debt Value, Bond フ,負債価値はプットオプションの売り型のペイオフを Finance, Vol.49, No.4, pp.1213-1252 (1994) 持つため,資産価値の突発的変動を考慮することで,株 [2] Broadie, M., Chernov, M., Sundaresan, S.: “Optimal 式価値は大きくなり,負債価値は小さくなる.そのため, Debt and Equity Values in the Presence of Chapter 7 and レバレッジ L = D/(E + D) は低くなる.第二に,本研究 Chapter 11,” Journal of Finance, Vol.62, No.3, pp.1341- ではジャンプリスクを考慮することで,突然の清算を考 1377 (2007) 慮している.そのため,倒産コストが増加し,低いレバ [3] Broadie, M. and Kaya, O.: レッジが最適となる.また,図 2 より,ジャンプリスクを Method for Pricing Corporate Debt and Modeling Chap- 考慮していない λ = 0 と比較し,僅かでもジャンプリス ter 11 Proceedings,” Journal of Finance and Quantitative “A Binomial Lattice クを考慮している λ = 0.01 は最適レバレッジが大幅に低 Analysis, Vol.42, No.2, pp.279-312 (2007) いことが見てとれる.これは,ジャンプリスクを考慮す [4] Amin, K. I.: “Jump diffusion option valuation in dis- ることで,突然の清算が織り込まれたためであると考え crete time,” Journal of Finance, Vol.48, No.5, pp.1833- られる.したがって,企業の突然の清算型倒産の申請は 1863 (1993)
© Copyright 2024 ExpyDoc