Shidax Research Vol.2 (2002) 入院患者に対する食事管理における栄養管理の課題 鈴木久乃 女子栄養大学 栄養管理研究室 An Implication of Nutritional Management in Meal-Service for Patients in Hospital Hisano Suzuki Laboratory of Administrative Dietetics, Kagawa Nutrition University Aiming at clarifying the conditions for appropriate meal service from the viewpoint of nutritional management of patients in a small-scale hospital, a survey was conducted on the nutritional requirement of patients, the content of meal served, the actual dietary intake, planned amount to be included in served meals and assessment of nutritional risk status for the patients. In the results, energy requirements and intakes were well matched in various requirement conditions, but in the cases of low-level energy requirement, the intake as well as the served amount of minor nutrients were tended to become deficient. Thus, special attention including nutritional assessment, nutritional education, and if necessary, supply of any supplements for each patients is requested. Shidax Research vol.2 1∼5 (2002) Key Word: meal service for patient, meal service management, Nutritional management, energy requirement, actual dietary consumption 食を提供する。⑤食事提供業務の委託については,厚生 緒 言 省健康政策局通知(平成5年)に基づいて行う。また, 特別管理加算として,管理栄養士による食事療養が行わ 病院の入院患者に提供する食事(以下病院食)は,健 れ,さらに,適時,適温の食事療養が行われている場合, 康保険法の規定の中で,入院時食事療養制度(平成6年) 食堂を設置している場合,患者が選択できる複数のメニ に基づいて行われている。入院時食事療養制度には, ュー(1日2食以上,主菜などに)の場合に加算される1)。 健康増進法(平成14年8月公布)では,栄養改善法 (Ⅰ)と(Ⅱ)があり,(Ⅰ)は栄養士によって患者の特 性に応じて適切な栄養量,質の食事療養が行われるなど の集団給食施設を特定給食施設と改め,不特定の多数人 の一定の基準を満たして都道府県知事に届け,審査受理 に対する食事は,適切な栄養管理を行うものとしている されたものに適用される。(Ⅱ)は(Ⅰ)以外の医療機関 (同法,:第5章)。給食は,栄養管理としての食事を提 で行う病院食である。 供するための運営管理のあり方の検討が必要となる。 入院時食事療養(Ⅰ)の留意事項は,①医師又は栄養 病院食は,治療の一貫として,栄養状態を良好にする 士による検査が毎食行われ,その所見を検食簿に記入す ことを目的として提供する食事であり,臨床栄養学研究 る。②普通食(常食)患者の年齢構成表,加重平均栄養 の進歩と共に,治療,健康への回復,QOLの向上に栄 所要量表及び食品構成表を作成する。(少なくとも6カ月 養管理の位置づけがなされ,病院の栄養部門では,臨床 に1回)。③喫食調査等を踏まえて食事療養関係に使用し 栄養管理(Clinical nutrition)としての個別の患者の栄 て食事の質の向上に努める。④特別食を必要とする患者 養アセスメントに基づいた栄養補給計画,栄養相談等の に対しては,医師の発行する食事箋に基づき適切な特別 活動が始まっている。しかし,栄養部門の食事管理(Food キーワード:患者給食、食事管理、栄養管理、エネルギー必要量、実摂取量 (連絡先:〒350-0288 埼玉県坂戸市千代田 3-9-21 ) 1 Shidax Research Vol.2 (2002) 方 service)は,委託により行われている施設が増加してい 法 ることもあって,栄養管理としての機能が欠けている場 1.対象者の特性 合が多い現状である。また,栄養管理に基づいた給食経 営管理に関する系統的な研究がなされていないことも一 調査対象とした Sa病院は,110 床,3病棟の病院で, 因のひとつである 2)。 給食業務は Si社が受託している。管理栄養士と栄養士は, 本研究は,病院食の栄養計画を食事管理に展開できる 給食のシステムを検討することを目的として,小規模病 は病院側に1名づつ,受託側に栄養士3名いる。献立は 院で提供している食事の栄養量を調査した。ここでいう 病院の管理栄養士が作成し,受託側の栄養士は,主とし 食事管理とは,栄養アセスメントからの栄養補給計画(主 て食事を調整するための業務であり,患者の栄養指導に として経口栄養)による多種目少量生産となる食事計画 は関与していない。 及び品質管理としての献立・調理・配食の統制,摂食状 献立は2週間サイクルを基本に作成している。治療食 況からの栄養評価,食事の品質評価である。 は,疾病別の食事箋が使われている。 病院食の栄養量は,当該病院の平成14年5月の1サ イクル(13日間)の献立表より5訂食品成分値をもち いて食種別に算出し給与栄養量とし,一般食の給与栄養 量の評価は,調査時の食種別,年齢別の人員構成より算 定した食事摂取基準と対照して検討した。 表1 食 種 食種別,性別,年齢別患者の人員構成 30∼歳 50∼歳 70∼ 歳 性 別 男性 女性 計・名 〔%〕 男性 女性 男性 女性 男性 女性 14 3 0 19 4 4 33 〔40〕 7 〔8.6〕 4 〔4.8〕 0 1 0 2 0 0 3 0 0 3 1 2 11 2 0 14 3 2 減塩食、飯 1 1 1 1 0 1 2 1 1 0 1 0 3 2 2 1 1 1 〔3.6〕 〔2.4〕 〔2.4〕 〔1.2〕 〔1.2〕 〔1.2〕 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 1 1 0 0 0 1 2 1 1 0 1 0 透析食、全粥 1 0 1 〔1.2〕 0 0 0 0 1 0 腎臓B、飯 1 1 0 0 1 1 〔1.2〕 〔1.2〕 0 0 0 0 0 0 0 0 1 1 0 0 0 1 1 0 1 1 〔1.2〕 〔1.2〕 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 1 0 全粥食 常食 糖尿、1200全粥 減塩食、全粥 糖尿、1440全粥 透析食、飯 糖尿、1440、飯 糖尿、1200、飯 腎臓B、全粥 腎臓C、全粥 肝臓A、全粥 26 濃厚流動 900kcal 2 濃厚流動 1200Kcal 2 濃厚流動 1500Kcal 1 濃厚流動 300Kcal 0 濃厚流動 600Kcal 0 計 31 食止め 小計 在院数計 33 59 〔71〕 13 15 〔18〕 4 6 〔7.2〕 0 1 〔1.2〕 1 1 〔1.2〕 1 1 〔1.2〕 51 83 〔100〕 7 90 2 1 2 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 1 3 4.8% 6 6 0 3 2 0 0 0 0 0 0 0 8 9 20.5% 19 25 2 10 0 3 1 0 0 1 0 1 22 40 74.7% Shidax Research Vol.2 (2002) 1440kcal 食 1423±28kcal,減塩粥食 1515±72kcal であ 結 果 る。食種別の栄養密度(1000kcal 当たりの栄養素量)は, 減塩粥食の食塩量以外に有意差はなかったことから,給 1.入院患者の人員構成 与栄養量は,食種による大差がない。しかし,献立表の 料理の組み合わせと食品の重量のなかには,実際に摂食 Sa 病院の調査時の在院患者数は,90 名,食止め7名を できる分量,嗜好上に問題があると思われる事例があり, 除く 83 名に食事を提供している。 摂食状況とあわせた献立内容の検討が必要である。 表1は,食種別・年齢別の供食数である。当該病院の 3.一般食の給与栄養量の評価 患者構成の特徴は,70 歳以上が 62 名(74.5%)で,うち 女性患者 40 名,高齢者が多い。食種別では,一般食で, 全粥食 33 名(40%) ,常食7名(8.6%)であり,治療食 給与栄養量の評価は,常食と全粥食患者の性,年齢別 は,19 名(32.3%) ,濃厚流動食 24 名(28.8%)である。 の人員構成をもとに算定した加重平均栄養所要量と比較 なお,患者の身体計測値,病態等の資料は得られていな した。 栄養所要量の基準値の算定にあたって,推定消費エネ い。 ルギー量は,第 6 次改定食事摂取基準の年齢別,性別の 2.給与栄養量 体位基準値と基礎代謝基準値を用い,生活活動強度は, 動作強度(Af)の 1.0 相当を 15 時間,1.5 を8時間,2.0 13 日間の献立からの給与栄養量は,常食,全粥食,糖 を1時間と仮定して 1.2 とした。加重平均エネルギー所 尿病粥食(1200kcal また 1440kcal) ,減塩粥食について 要量は,常食 1500kcal(1200∼1800kcal),全粥食 算出した。 1400kcal(1200∼1400kcal)となった。たんぱく質は,体 重1Kg あたり 1.2g∼1.3g とした。3) 給与エネルギーは,常食 1848±105kcal,全粥食 1451 たんぱく質エネルギー比で 18%前後となる。脂質は, ±47kcal,糖尿粥 1200kcal 食 1158±28kcal,糖尿粥 % 225 200 175 150 常食 全粥食 125 100 75 50 25 ビタ ミン ビタ ミン B1 B C 13日間の平均給与栄養量の充足率 3 食物繊維 ビタ ミン レ チ ノー ル 当 量 亜鉛 鉄 図1 カ ルシウ ム 炭水化物 脂質 た んぱ く 質 エネ ル ギ ー 0 Shidax Research Vol.2 (2002) 脂質エネルギー比 20%とすると糖質エネルギー比は 62% 構成によるエネルギー所要量の性,年齢別エネルギー量 になる。その他の栄養素は,食事摂取基準の 70 歳以上男 は,平均値より 200∼300kcal 低い者が約 50%,高い者が 性の値を用いた。 10%あつた(図2)。更に患者の体位や病状を加味すれば, 図1は,常食13日間の平均給与栄養量の充足率であ エネルギー消費量の変動は大きくなることが予想される。 る。ミネラル,ビタミン類の充足率からみて,摂食量が 特別養護老人ホームの入所者(女性)の身体計測,基礎 少ない患者は,所要量を大幅に下回ることが予想される。 代謝量,生活活動調査,摂取エネルギー等の横関の研究 では,寝たきり老人は体重 38.2±7.7kg,体重当たりの基 考 察 礎代謝量 16.9±3.9kcal,一般老人(介護の必要のない) は 45.4±9.3kg,20.4±3.1kcal と報告している 4)。 また, 入院時食事療養における一般食の栄養所要量について 栄養クリニック(女子栄養大学栄養科学研究所)の生活 は,次のような厚生省通知(平成12年2月)がある。「入 習慣病の予防,肥満の解消を目的とした栄養教育を受講 院患者の栄養所要量は,性,年齢,体位,生活活動強度, した中高年女性の安静時代謝量の実側値は,体重当たり 病状によって個々に適正量を算定するものであるが,そ 19.7±3.3kcal で,基礎代謝基準値を下回る者が 70%あ れによらない場合には,別表の栄養所要量表(著者注: り,肥満度との関係はみられなかった。実側値は,基礎 6次栄養所要量の活動強度Ⅱの数値)を用いること,し 代謝基準値からの計算値より,Harris Benedict の式によ かし,それは献立作成の目安であって,患者の特性につ る計算値の方が一致度が高かった。5) 当該病院の患者の構成の場合には,一般食の食事を3 いて十分考慮すること,特にエネルギー所要量は,治療 方針にそって適宜増減することが望ましい」としている。 ∼4種,例えば 1200kcal,1500kcal,1800kcal の標準献 Sa 病院では,一般食は,常食,全粥食ともそれぞれ1 立が必要となる。その献立からたんぱく質コントロール, つの献立であり,患者の摂食状況や身体計測値による評 食塩コントロールなどの治療食の一部を組み込んで調整 価が十分に行われていない。少なくとも,食事を作る受 することが可能となる。また,エネルギー所要量が 託側には,それらの情報がない。 1200kcal 前後の献立や粥食では,鉄,カルシウム,亜鉛, 食物繊維等の微量栄養素の充足が難しくなる。必要に応 臨床栄養管理を支援する食事管理のための食事計画, 献立作成は,基礎となる所要エネルギー量を推定して, じて保健機能食品等で補給することが必要となる 6)。その 患者間の変動量を予測することから始まる。今回の人員 ためには,献立表に示された栄養量を食事として提供す % 45 常食 全粥食 30 15 0 1200 1400 図2 1450 1600 推定エネルギー消費量の分布 4 1800 kcal Shidax Research Vol.2 (2002) る精度管理を行った上で,給与栄養量の過不足を評価し, pp459―496,(1993) 一方で,個々の患者の摂食状況を把握して対処しなけれ 5) ばならない。特に高齢の患者の場合には,たんぱく質, (2001) エネルギーの低栄養状態(protein energy malnutrition, PEM 土屋倫子他:第22回日本臨床栄養学会講演要旨集, 6) )を予防することが重要で,個人の病態,臨床検査 足立香代子:栄養・食事管理のための施設別給食献 立集,pp29-34,(2002),建白社 値,身体計測,食事摂取状況等を組み合わせた栄養アセ 7) 6) 鈴木久乃:入院患者の食事管理のこれからの課題, スメントが重要である 。また,提供した食事を半分程度 SHIDAX RESEARCH ,pp1-9,シダックス研究機構, しか摂取しない患者の鉄とたんぱく質の栄養状態に問題 (2001) 7) のある者の比率が高い 。 摂食状況の観察は,栄養管理上のリスクを持つ患者の スクリーニングの手段である。この業務を食事管理側(受 託側)が参加するには,病床への配・下膳サービスを分 担することによって,情報把握のきっかけのひとつにで きる。また,病院食の委託に関する通知(平成5年2月) の中で,病院が自ら実施すべき事項(別表)で,栄養管 理の業務として“栄養管理委員会の開催,運営”と“嗜 好調査,喫食調査の企画,運営”には,受託責任者の参 加を求めることとしている。受託側は,食事管理の責任 者として管理栄養士を配置し,改正栄養士法の管理栄養 士の業務として提示された技能をもつて,病院食の食事 管理を栄養管理としてマネジメントする仕組みが必要で ある。 患者個々人に対する栄養管理が医療の中で求められて いる。病院食の食事管理は,栄養計画としての食事箋と 献立・調理・配食の工程を考慮した生産管理の課題をあ わせて検討することによって食事管理のシステム設計と マネジメントのあり方,及び適正な諸経費の算定が可能 になる。 これらの課題に対しては,食事管理を行う側(受託側) が,種々の側面から実態を把握し,分析して問題提起し ていくことが必要である。 文 献 1)原正俊:入院時食事療養制度,pp25−26,(1995),第 一出版. 2) (社)日本メディカル協会編: 「21世紀の食事サービ スに関する研究」報告書,pp57-59,(2002) 3) 健康・栄養情報研究会編:日本人の栄養食事摂取基 準の活用,pp27,(2000),第一出版 4) 横関利子:寝たきり老人の基礎代謝量とエネルギー 所要量,日本栄養食糧学会誌 Vol 46,N06 5
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