こんなに近くにいるのに。 - タテ書き小説ネット

こんなに近くにいるのに。
藤宮 千波
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
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︻小説タイトル︼
こんなに近くにいるのに。
︻Nコード︼
N7402BI
︻作者名︼
藤宮 千波
︻あらすじ︼
前世は武家×忍。お互いを想いあっているのに伝わらなかった。
そして、輪廻転生を経て生まれ変わっても以前と少しも変わらなく
て、近いようで遠い距離のまま。そんな二人のじれったいけどホン
ワカな戀の話。
1
登場人物
しづる
*九条院家*
くじょういん
九条院 紫弦︵28︶
職業は、日本を代表する大企業・九条院グループをまとめる代表
取締役社長。
性格は、温厚で常に笑顔。しかし、実際は何を考えているのかわ
からない狐のような男。冷静沈着でかなり頭が切れる有能な男。容
姿もよく、女が絶えないが、ここ近年はその噂が減っている。
前世の記憶をもっており、動乱の戦国時代を生き抜いた武将だっ
た。
ちかげ
千景 年齢不詳
代々にわたり九条院家に仕える忍の一族の頭領。腕は一流のくノ
一。
性格は、思慮深いが時には非情な一面を見せることも。しかし、
情に厚い。見目麗しい美女だが、基本は変装してしまうため素顔を
知っている者は数少ない。槐との婚姻になかなか踏み切れずにいる。
はやて
前世の記憶を持って生まれており、九条院家の忍として主直属の
忍集団﹁疾風﹂の頭だった。とある戦いにより死亡。輪廻転生を経
て生まれ変わり、現在も主のつかえている。
職業は忍稼業だが、現代では非適応職種のため履歴書上は無職で
ある。
2
そかべ
もとなり
宗我部 元成︵30︶
職業は、九条院グループ代表取締役室長。事実上、経営をしてい
るのはこの男である。若干30歳という若さで役職に就任し、その
腕を買われ紫弦の側近として働いている。
性格は、冷酷非道でお家のためなら身内までも切り捨てる。広い
視野で物事を動かすブレーン。
前世の記憶が端々としかなく、主人の側に仕えていたことと、千
わたる
景のことしか記憶にない。
みやべ
宮部 渉 ︵26︶
職業は、九条院グループの専属経営コンシェルジュ&代表取締役
員。事実上のビジネスパートナー。
性格は、好きな女にちょっかいをかけるタイプ。小学生がそのま
ま大人になった典型例といってもよい。
前世では、九条院家と領地争いを繰り広げていた宮部家当主で紫
弦が唯一認めた好敵手。現在も、独自に個人会社経営をやり手。そ
としたか
の手腕を買われて、九条院グループの経営に携わる。
もりや
守屋 敏隆 ︵50︶
職業は、九条院グループ専務。
性格は、温厚だがおっちょこちょい。しかし、屈強な肉体を維持
しており、フットワークが軽いため部下に慕われている。千景を実
の娘のようにかわいがっており、主の嫁問題の次に娘の婿問題に悩
むよき父役である。
前世では、九条院家の筆頭家臣だった。
3
*忍一族*
ろう
狼 年齢不詳
はやて
職業は、忍。隠密集団﹁疾風﹂の次期頭領であり、千景の右腕的
存在。千景とは幼馴染。
性格は、寡黙で温厚。しかし、おせっかいな部分がある。
千景の従妹である燈の夫。
あかり
燈 ︵20︶
性格は、明るくて気立てのいい娘。千景の従妹であり、姉のよう
に慕っている。次期頭領・狼の妻であり、動物使いのくノ一。
えんじゅ
槐 年齢不詳
千景の許嫁候補。職業は、忍。この婚姻には、かなり乗り気であ
る。
4
一話 主様と僕。
りんねてんせい
千景side
しゅじょう
さんがいろくどう
輪廻転生。それは、回転する車輪のように、衆生が三界六道の世
界に流転して生死をくりかえす。しかし、同じ魂が幾度となく転生
を繰り返すがために、ごくまれに前世の記憶を持ったまま世に生ま
しのび
れることがあった。そして、江戸時代の﹁自分のキオク﹂を持つ女
がいた。その前世は⋮﹁忍﹂だった。
﹁おはようございます、主様﹂
大広間・一の間の高座に座る主の前で、私はゆっくりと頭を下げ
た。そして、息を吸うと、口上を述べる。
しづる
ちかげ
﹁九条院家6代目当主・紫弦様。おはようございます。本日もお健
やかなご様子で恐悦至極に存じ奉ります。この千景、あなた様の手
となり足となりご奉公してまいる所存に⋮﹂
﹁千景、堅苦しい挨拶はいいよ﹂
紫弦。27歳独身でお嫁さん絶賛募集中。
柔らかな声色で朝の口上を遮った。高座に座るこの御方は、九条
院
九条院家は江戸時代から続く旧家で、彼は6代目当主である。現
在数々の事業を経営しており、九条院グループを取り仕切る若き社
長です。柔らかな雰囲気を身にまとい、社長就任式では甘いマスク
で女子社員の心を一分でつかんだ御方です。しかし、なぜか独身。
そして、恋人もいない。容姿端麗でお金持ち。超優良物件な彼のハ
ートを射止めるべく、女の熾烈な戦いが繰り広げられているのだが。
本人は興味がない様子です。
5
私の悩みは、ここにあります。そして、‘前’もそのような悩み
を持っていました。懐かしいですね。
﹁では、主様。いつ奥方様をお迎えに上がるのでしょうか﹂ と、
いじわるな質問を投げかければ、
﹁朝からいやな話を振るねえ。私は誰とも結婚しないよ﹂ とあっ
さり。
﹁前世でもかようなことを仰っておりましたが、現世ではそうはい
きませんよ﹂
実は、私たちは前世でも主従関係にありました。紫弦様は武家の
主、私はそれに使える忍でした。それは、今も変わることはない。
時代は違えど、昔と変わらぬ関係です。
﹁だったらお前が私の嫁になればいい﹂
紫弦様は純度100%! 極上の笑みを浮かべる。それは、私の
心を揺るがすには十分なほどの笑み⋮。はあ、もう、ニクイ人です。
﹁ば、馬鹿なことを仰っている暇があるなら、女性の一人や二人ひ
っかけてください﹂
﹁それはちょっと⋮﹂
︱︱があああああ。なんてことを言うんだ馬鹿主様。わわわ、私
なんか、、無理だ⋮。どうにもこうにも、身分が違いすぎる。それ
に、私は影、主様は光。決して交わることのない存在。
今でも、影の存在として彼にお仕えしている身。余計なことを考
えては、身を滅ぼしてしまいます。
たいどう
﹁さて、千景。今日の仕事は帯同するように﹂
6
﹁承知しました﹂
主様が下がるのを見届けた後、さっそく着替えに取り掛かる。
﹃︱︱︱お前が私の嫁になればよい。﹄
この言葉が頭の中で反響して、耳から離れない。瞬時に顔が真っ
赤になるのが分かりました。ま、まだドキドキしている。よよよよ
よよ、嫁!? 私が、嫁!!
無理ーーーーーーーッ!!!
い、いやあ⋮そうなれたら、と何度夢に見たことでしょう。でも、
でも⋮無理ッ!!!
だって、主様だよ。私なんて、捨て駒だよ。身分も低いし、釣り
合わないし、きっと本心じゃない!
彼の心に私はいない。入れないし、入れさせてもらえない。そん
な存在の自分。
勘違いも甚だしい。そう自分に言い聞かせ、仕事着に着替えるた
めに自室に戻りました。その間に気持ちが落ち着くと良いんですけ
ど、脳内は壊れたラジカセのように、何度も何度も何度もリピート
⋮。トホホ、忍失格です。
7
主様と僕
着替えを澄まして、主様を待つために玄関口へ向かう。
﹁あ⋮﹂
すると、そこには我が宿敵かつ世界で一番嫌いな男がおりました。
﹁よう。ちんくしゃ﹂
﹁⋮⋮﹂
みやべわたる
相手にすればバカにされるので無視。この男、宮部渉は主様のビ
ジネスパートナーです。そして、前世ではなんと敵対していた宮部
家御当主様でした。しかし、それは昔の話。好敵手として、前の世
界で主様から高評価を受けていた方が、現世では主様をお支えして
いる。私は心中複雑かつ薄れぬ敵対心を持っているのですが⋮。主
様は違うようです。そもそも、この本邸に上がれる人間はごく限ら
れており、会社では唯一許されている存在。ああ、人生どうなるか
わかりませんね。
﹁秘書が務まるのか心配だ。忍者バカはそれしか芸がないしな﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁時代遅れもいいところさ。思考までかたっ苦しいしなあ﹂
何を言われようとも無視。影に喜怒哀楽は不要だ。しかし、前か
ら全く進歩のない方。人に絡むときに第一声が悪態です。幼稚さが
ますます嫌いな要素でもあります。
﹁⋮⋮はあ。今日も無視かよ﹂
8
大げさに肩を上げる。何がしたいのか理解不能だ。
﹁おまたせ、千景、渉﹂
﹁主様﹂
主様の気配を察知し、さっと膝をついた。︱︱ああ、今日もスー
ツが素敵です。先ほどの打掛もお似合いでしたが、洋服もいい。
そんなことを考えていたら、あることに気が付いた。 ⋮⋮喜怒
哀楽よりも、邪念が不要なのかもしれない⋮。トホホ、修行が足り
ない忍で申し訳ありません⋮。
﹁本日の命を﹂
﹁うん。そうだね。千景は私のガードを、渉は今回の商談をまとめ
ること﹂
﹁御意﹂ ﹁了解﹂
嗚呼。
今日も一日、忙しくなりそうだ。
9
主様と僕
﹁う⋮ぎゅむう﹂
﹁きゃああああ!! 社長! おはようございますぅ!﹂
﹁押さないでください!! 仕事に戻ってください!!﹂
︱︱忙しいと思ってたけど、初っ端からこれですか。
今、押し寄せてくる女性社員の波を必死に抑えていた。⋮⋮忍術
で。大勢の人数を抑えるなど、人力では無理な話。脳内で人の波を
遮る壁を強くイマジネーションし、それを具現化して、見えないけ
ど近寄れない壁を創り上げましたが。オリジナルで編み出した術な
のでまだまだ未開発。不安定なんです。
汗がぽたぽたと滴るが、拭いたら最後、女性たちが歩くための床
としての役割を果たすことになる。それはまっぴら御免のすけです。
﹁千景﹂
﹁ぬ⋮社長、先へお入りください。このままですと、あと一分しか
持ちません﹂
この術は、かなりのエネルギーを消費する。長くは持つまい。︱
︱それでいい。あの人さえ守れれば、根性で乗り切って見せる。
﹁早く!﹂
﹁紫弦、行こう﹂
﹁千景⋮﹂
今生の別れではありませんよ。だから、そんなお顔をしないでく
ださい。ああ、そういえば。‘前’もそんなお顔をされていました
10
ね。
彷彿と思い返される前世の記憶のカケラ。最期の最期まで、お優
しい方でした。城が燃え、貴方だけを逃がす術を発動させた刹那も。
﹁さて、匂い玉!﹂
おおっと。感傷的になってしまいました。
紫弦様が中に入ったことを確認すると術を解き、すぐさま近場の
樹木に飛び移ると同時に忘却草を練りこんだ匂い玉を投げ放った。
ボムッ!! とピンク色の煙幕が辺りの視界を覆う。
木の上から様子を見守る。怪我人もおらず、何ともないようです
ね。
﹁ハァッ⋮。まだまだお仕事があります﹂
主様に追いつくために、姿を消した。
11
主様と僕。
﹁おい、ちんくしゃ﹂
﹁何用でございますか、宮部殿﹂
お昼時間。私は会社の裏にある林の樹木で昼食をとっていました。
といっても、握り飯一つですが。あとは、練った丸薬で栄養補給を
する簡易な昼食です。そこに、宿敵がやってきました。こんな林の
中に。
﹁なんで風を使わなかった﹂
﹁愚問です﹂
忍には、自然の力を借りて意のままに操れる術が使えます。風も
また、その一つ。しかし、その力は非常に強いもの。
﹁風を使えば、相互が傷つきます。女性にけがをさせるわけにはい
かないですし、それを見て主様の御心を乱すわけにはいかないので
す﹂
﹁へえ、そう﹂
⋮⋮何しに来たんだ。
心眼術で相手を探るほどでもない。しかし、警戒するにあたる人
間だ。
﹁何かご用でしょうか。あと五分で主様がお戻りになりますよ﹂
﹁あ、いや⋮﹂
歯切れの悪い返事。うぬぬ、何か策でも⋮。
12
﹁では、失礼仕る﹂
闇に溶け込むように消えていく私を、宿敵はずっと見ていました。
気持ち悪い。やはり、嫌いです。
社長室へ姿を現すと、専務が失神しそうなほどの大声を上げられ
たので、瞬時に口封じをしてしまいました。ああ、とっさの判断と
はいえ、ご無礼をいたしました。
﹁千景ちゃん∼﹂
﹁守屋殿、申し訳ごさらん﹂
﹁’前’もそうだったよね。僕、いつもいつも⋮﹂
もりや としたか
くっきょう
縁は、切れない何かがあるのでしょう。九条院グループの専務・
守屋敏様様は、前世では主様の筆頭家臣でした。昔と変わらぬ屈強
なお体を保たれておりますが、こう見えて御年50歳。お若いです。
守屋様は、忍である私にそれはそれは御親切にしていただきまし
た。まるで娘のように。しかし、前世では不運なことにとある戦で
りんねてんせい
ことわり
命を落とされ、主様の落ち込み様は見ていて痛いものでした。しか
し、輪廻転生の理でこうしてめぐり合い、今は主様にお仕えできる
ことがうれしいと常に仰っております。これも、紫弦さまのご人徳
です。
﹁紫弦様は?﹂
﹁もう少しで戻ってくる﹂
﹁では守屋殿、主様によって来る寄生虫どもをどう処分しましょう
か﹂
ああ、私は矛盾だらけの女です。主様の奥方問題を憂い、おなご
には優しくをモットーにしているのですが。群がってくるあの寄生
13
ェラシー
ジ
虫の処分方法を模索している。⋮⋮きっと、英語で言うならjea
lousyでしょう。
﹁あ∼やっぱり、お嫁さん?!﹂
﹁ご結婚には興味がないご様子﹂
うん?! なぜだ。なぜそんな目で私を見つめるのですか、守屋
殿。憐みと悲しみと少々バカにするような目で私を見ています。思
わず眉間にしわができました。
﹁はあ、そうだね。千景ちゃん幸せだね。でも⋮かわいそう﹂
なんですと!!
カチンときましたが、感情の波を作らないのが忍の鉄則でした。
あの﹃jealousy﹄や守屋殿へのカチンも、水に流して平静
を保ちましょう。
14
主様と僕。
﹁︱︱主様がお戻りです﹂
不意に主の気配を感じました。すぐさま居住まいを正し、片膝を
床に落とした。すると、一分もたたないうちに紫弦様がお姿を現し
ました。
﹁お帰りなさいませ﹂
守屋殿と私の声が重なる。
﹁遅くなった。さて、守屋にお願いがあるんだけど﹂
﹁はい、何なりと﹂
守屋殿はなんともうれしそうなお顔で主様のお顔を拝顔している。
ああ、守屋殿。そのお姿、しっぱを全力でキレよく振っているドー
ベルマンみたいですよ。見た目が厳つい人なだけに、なんというか。
︱︱︱︱違和感MAX!
﹁新規事業部を立ち上げるに当たり、そこの指揮をとってほしい﹂
﹁ほ、本当ですか!?﹂
﹁うん。わが社の一大プロジェクトだからね。信頼できる人でなく
それがし
ては。だから、よろしく﹂
﹁御意! 某、全力で殿のご期待に応えて見せましょう﹂
︱︱︱︱えっと、守屋殿は熱が入ると前世のような口調に戻って
しまうんです。一人タイムスリップごっこだと思えば、多少痛くて
もスルーできます。
15
守屋殿は、スキップしそうな勢いで去っていく。それを温かい目
で見つめている主様は大物です。
﹁千景﹂
﹁はっ!﹂
﹁朝、ありがとう﹂
﹁礼など不要です﹂
そうですよ。貴方のためなら例え火の中水の中、爆薬の中にだっ
て飛び込んでいきます。
しもべ
﹁私はあなたにお仕えする身。もう少し僕扱いをしても許されるん
ですから﹂
﹁私は、千景を無下に扱う気はない。僕だなんて一度も思ったこと
がないし、これからもそう。君は、私の一部だ﹂
ぼんッ!! と顔が真っ赤に染まっていく。心臓が、大きく跳ね
上がりましたが平静を装わなければなりません。でも、でも。うれ
しすぎて、死んでもいいとさえ思ってしまう。
主様は、私の心を簡単にかき乱す。その笑顔⋮心臓がスパークし
ますよ。ああ、主様。お慕い申し上げております。
じゅうぶん
心の中でしか、愛の告白など叶わない。しかし、それでいい。今
は、そのお言葉を頂戴しただけで十分だ。
﹁⋮⋮主様、私はいつでもあなたの御側で、永遠の忠誠を﹂
深く頭を下げた。主様、私はここで永遠の忠誠と愛と誓います。
一度、貴方を失った過ちを繰り返さないために、永遠にあなたをお
守りします。
16
︱︱︱︱そう、心から誓った。
17
主様と僕。︵後書き︶
はいーーー! 一話終わりです! ああ、もうグダグダですねえ︵
笑︶
こんなシチュエーションが見たいと思う方、いつでも言ってくださ
いね!
18
二話 忍の一日。 千景side
いとま
なが
今日は、私はつかの間の暇です。主様はお部屋でごゆるりと過ご
もち
されているご様子。ならば、私は修行をしなければ。そう思い、長
持を開け、竹かごの蓋を開ければ懐かしい忍装束です。︱︱︱現世
でこれを身に付けるとコスプレになるというああ悲しき現実。忍で
いたいのに、守屋殿から秋葉原系と言われたときのショッキングさ!
そもそも、私は忍ですと申しても、一般人には伝わらないでしょ
うね。ああ、職業欄はいつも無職⋮。時代の変化には驚かされるば
かりです。
﹁んー⋮ちょっと露出が激しいな﹂
いざ、着用するとこんなものだったのかと驚いた。
インナーに薄手の黒いタンクトップを来ているが、若干胸の谷間
が見えるわ、脚はかなり出すわで現世に非対応なデザインだ。これ
は作り直す必要があるな。素材がかなり貴重なのですが、現代に対
応するためのエコ思考でいかねば!
んー⋮体のラインがもろに出ている。昔自分が着ていたとはいえ、
ちょっとなぁ∼。
最後に、髪を総髪風に結い上げ、紫色の口布をつければ、完成だ。
﹁おお、昔と変わらぬ姿だ。ああ、懐かしや﹂
数々の活躍が思い出される。まだ、主様が若様だった時の戦では、
敵将を三人も討ち取ったっけ。その時の通名が、﹃熊殺しの千﹄ ⋮⋮なんて、女の子らしくない名前でしょうか。
さあてと。部屋から出ようと障子を開けると、
19
﹁あ﹂
﹁うをっ!!﹂
なんと宿敵がいるではありませんか。しかも、私服ですよ!
﹁なぜ貴様がここにおるのだ﹂
すぐさま手裏剣︱︱一言申しておきますが、プラスチック製です。
これを見た主様に大笑いされました。エセ手裏剣ならト○○スにい
けと言われました。︱︱を手にする。しかし、なぜか宿敵が固まっ
ていた。しかも、ある部分を見てフリーズしている。視線を追えば
自分の体に行き着く。ああ、フリーズしている理由がわかった。派
手な装束が原因か。なんだ、意外な一面を発見したな。主様なら、
しれっとしているのに。
﹁お、おまッなんちゅー格好を﹂
﹁勘違いするな。これは忍の装束だ。軽量かつ動きやすいのに火に
強く刃でも切り裂くことはできない超高機能な最先端装束だ﹂
つか
サッと中庭へと飛び移り距離を取る。いざというときは、討ち取
る所存。そう意気込んで、ぎゅうと︵プラスチック︶手裏剣の柄を
握りしめました。
20
忍の一日。
しかし、顔を真っ赤にして私をじろじろと見ているではないです
か。セクハラですよ!
﹁貴様ァ!!﹂
プラスチック手裏剣を投げ放つ。刃︵何度も申し上げますが、プ
ラスチックです。銃刀法違反になりますから︶は弧を描き宿敵ので
こっぱちにクリティカルヒット!
﹁え、嘘でしょ⋮﹂
こんなに宿敵は弱かっただろうか。かこーん!といい音を響かせて
ノックダウンし、そのまま後ろに倒れてしまいました。その姿に、
あっけに取られましたよ。
﹁ああ⋮手を煩わせやがって﹂
指をパチンとならせば、二人の下忍が姿を現した。
﹁この者を適当に運んでおけ。︱︱︱ああ、そうだ﹂
うぶ
部屋に戻り、書をしたためた。﹁初な奴?﹂と。うむ、よい出来
じゃ。思わず口角が二イィと吊り上った。うきゃきゃきゃッ、しめ
しめ。
宿敵の元に戻り、それを体に張り付けた。
﹁いけ﹂
21
﹁御意﹂
下忍は宿敵を抱えると、兎飛の術で高く飛び上がり、屋根を越え
ていった。
﹁さて、修練開始です﹂
分身の術で己の分身を召喚し、修練を始めた。それはそれは過酷
なものでした。己の体を虐め抜き、さらに複数の術を用いて耐久力
を養うなど、くたくたになるまで一日中やりつづけた。
いつしか、空が暁に染まり、日が傾き始めた夕刻。ポタリと汗が
滴り落ち、拭うことすら無駄に思えるほどの量だった。口布を取り、
上衣を脱ぐ。そして、インナーを脱ごうと手にかけて半分まで持ち
上げたときでした。ふと絹のような滑らかな声が耳に届いた。
﹁セクシーだね、千景﹂
﹁ぬ、主様!!﹂
思わぬ所で伏兵⋮ならぬ、主の登場です。慌てて服を戻し、すぐ
がんぜん
さま片膝をつく。ああ、なんと言うことでしょう。全く気が付きま
せんでした。
﹁修練か、精が出るね﹂
﹁すぐに去ります。このような姿で御前になど⋮﹂
﹁私にはいい眺めだけどなぁ﹂
ぞうり
ポツリと呟いた。そして、草履に足を通されると私の眼前にお立
ちになる。
ぬぬ主様!! 今、聞き捨てならぬ御言葉を!!
恐る恐る顔を拝顔すると、目を細めて微笑むお顔があまりにも艶
22
やかだった。︱︱︱心臓に悪い。無駄に色気を出さないで頂きたい。
﹁少しは私の相手でもしてもらおうかなぁ﹂
﹁お、恐れ多くて⋮﹂
正直、何をされるかたまったもんじゃない。前世だって、遊びと
称して色仕掛けをされたこともあり⋮気が気じゃなかった。期待が
先行して、勝手に思い込んで自爆⋮あああああああああ!!! 恥
ですッ!! 一生の不覚です!!
﹁千景﹂
﹁はい⋮って、きゃあッ!﹂
パッと顔を上げれば、主様のきれいなお顔が眼前にあった。そし
て、そっと手を取られ、するりと腰に腕が回る。
ぎゃあああああああああああああああ!!
む、無理ィィィィィィィ!! これ以上の接近は危険ーーーー!!
23
忍の一日。
し、し、心臓がッ!! 口からポロッて!! 出ちゃいますよ主
様!!
ふと目が合い、耐え切れずそらしてしまいました。こんなに近く
にいるのに、目を合わせられないんです。あの瞳をみると吸い寄せ
られる気分になります。そして、心の奥底まで見透かされる気分に
なります。
鼻が擦り合わさって、唇から漏れたあの艶やかなお声で、私の名
を呼ぶ。
﹁千景﹂
ああ、私は⋮あなた様に名を呼ばれるだけで、心が震えてしまう
のです。心の底から、愛しさがこみ上げてくるのです。きっと、今
の私は顔が真っ赤になっています。どんなに鉄仮面な顔をしても、
あなたの前では難しい。
忍なのに、主に使える身なのに、どうしようもないこの想い⋮。
﹁ぬ、主様⋮﹂
だから、逆らえない。御冗談を、と申し上げられない。だって、
本当はどこかで期待している。このまま⋮と思っている己がいるこ
とに、気が付いています。でも、これ以上は⋮ヤ、バ、イッ!!
だだだって、あんなきれいなお顔が眼前にあるんですよ!! そ
ろそろ、鼻血ロケット発射をカウントダウンしてもいいですか?!
﹁あ、あ⋮﹂
24
主様が、私の腰に添えていた手に力を入れ、グッと引き寄せられ
る。︱︱︱う、嘘⋮でしょ。
腕を握っていた手が、私の指を絡めるように握った。 ︱︱︱え、
ちょっと待って!!
ゆっくりとお顔が近づいてきて、あとちょっと。もうちょっとで、
合わさる。
もう、無理⋮!! 思わず目をぎゅうっと瞑った。心臓が、大き
く跳ね上がるように鼓動を打ちまくり、私の脳内はオーバーヒート
寸前ですよ!!
︱︱︱もう、死んじゃう!!
そう思っていたら、うん?! あれ⋮。あれれのれ∼?
気が付けば、主様の気配がないではありませんか。さ、さっきま
で目と鼻の先にいた⋮よ、ねぇ?!
恐る恐る、目を開けた。あれぇ∼?! 布を引きずる音と一緒に、
回廊の角を回って去っていく主様のお姿があるではありませんか!!
うぶ
﹁千景、初心でかわいかったですよ﹂
そう、主様のつぶやきが私の耳を突き刺した。ああ、忍の耳はど
んなささやきでも聞き取ってしまいます。
っと、いうことは⋮。
たばか
﹁ああ、謀られた⋮﹂
真っ赤になった顔を両手で覆った。思わず脱力する。
﹁またやられたあああああああ!!﹂
25
なご
お
悔しくて、恥ずかしくて、思わず叫んでしまいました。ああ、女
子としてハシタナイ。
でも、正直ホッとしました。謀られたことの怒りより、安堵の気
持ちが勝っています。複雑な心境ですが、残念な気もちょおおおお
おおおおおおおっぴり⋮あったりして。
まだ、主従関係でいたいのです。私を見てほしい気持ちはありま
すが、まだ主様の御心がわからないから。今の関係を壊したくない
から。
今は、このままで。
26
うちかけ
忍の一日。 側近・宗我部side
そかべ
もとなり
するすると黒色の打掛を引き摺り、自室に戻ろうとする主人を、
側近である宗我部元成は、冷ややかな目線で口を開いた。宗我部は、
このグループの取締役員で、ナンバー3の地位を若くして上り詰め
た男だ。
﹁感心致しません﹂
﹁宗我部﹂
紫弦は、表情一つ変えることなく側近の顔を見た。宗我部は、探
りを入れるように顔色を窺うが、何も読めなかった。
我が主人は、いかなる時でも冷静沈着で隙がなく、弱みを見せな
い油断ならない男だと宗我部は思っていた。しかし、そうでなけれ
げ
ばこの家のかじ取りなど到底出来ぬであろう。そして、自分がひれ
伏すに値する男だと信じている。
せん
たわむ
だからこそ、先ほどの忍との戯れは、目に余る行動だ。中庭で下
賤の女と戯れるなら、奥方を迎え、子孫を残すほうが大切だ。
﹁あれは、影です。人ではありません。余り深い関わりを持たぬよ
うご忠告致します﹂
かしら
その言葉に対し、紫弦は艶然とした笑みを浮かべた。
﹁それで﹂
﹁貴方はこの一族の頭です。先ほどの行為、遊びにしては少々行き
すぎです。あれだけは、絶対に認めません。どんな手を使ってでも
排除します﹂
27
宗我部は、主だから何でもいうことを聞くような男ではない。物
怖じせず、言いたいことは言う。不利益なことならば、実力行使を
する。冷酷非情な点が、紫弦に評価されていた。
さだ
﹁影は、月や太陽と交ることが許されておりません。一生、影で生
き影で死ぬ定め。あれと一線を越えたとき、あれにはそれ相応の代
償を払ってもらいます。必ずや、命で︱︱﹂
鋭い視線で、主を見つめた。しかし、紫弦の笑みに違和感を覚え
た。いつもの感じではない。笑っているのに、そう見えない。柔和
な雰囲気が一掃され、己の身を貫くほどの鋭い殺気を感じ、毛が一
瞬で逆立った。
この、嫌な感じは身に覚えがある。ふと、宗我部は過去の記憶が
甦った。
︱︱︱︱そうだ。あれが死んだときだ。あれは、炎上する城で紫
弦様を逃がし、死んだときだ。あの時の我が主の怒りは、すさまじ
いものだった。一ヶ月で体勢を立て直され、敵総大将を自ら討ち取
り、その一家をお家断絶まで追い込んだのだ。
﹁紫弦様﹂
さすがの宗我部も顔色を変えた。まさか、これほどまでにお怒り
になるとは思いもよらなかった。
﹁元成。千景に手出しをしたら容赦しませんよ﹂
﹁で、ですが﹂
﹁いいですか、元成。私のものに手をだしてみなさい﹂
突然、紫弦は宗我部の足を払い腰ひもにつるしていた小太刀を抜
28
くと、倒れこんだ側近の喉元に切っ先を突き立てた。
・
﹁その命で償っていただきますよ。その首が繋がっている状態で、
明日の朝を迎えたければ、千景に対するその口のきき方を正しなさ
い﹂
すうっと目を細めた主の顔に笑みはなかった。これほどの殺気を
向けられて、平気でいられる人間などいないだろう。仕方なく首を
縦に振った。
﹁申し⋮訳、ございません﹂
音もなく宗我部から離れる紫弦に対し、宗我部はゆっくりと口を
開いた。
﹁しかし、次の手はうってあります﹂
﹁それは、たのしみです﹂
にっこりとほほ笑んで、紫弦は自室に引っ込んだ。その後ろ姿を、
己の首をさすりながら見つめた。
﹁あれだけは、阻止させていただきます﹂
何が何でも、千景の存在を認めるわけにはいかない。宗我部はそ
う強く思ったのだった。
29
三話 影はだれの瞳にも映らない。 千景side
とある日の昼下がり。まだまだ蒸し暑く、主様も今日は御出勤を
控えるとのこと。ならば、私はお家の警護並びに給仕長との打ち合
わせなど、やることが山積みです。今、奥方がいらっしゃらないた
め、私が奥を仕切らせていただいています。
着物も汚れても良いものを選び、たすきをかけて準備万端です。
伸びた髪をねじり上げてとめる。ああ、結構伸びましたねえ。バッ
サリ切りたいのですが、仕事上それができないので結い上げるしか
ないのです。
自室を出て主様へご機嫌をお伺いにお部屋に上がりました。
﹁主様﹂
﹁千景﹂
障子をすっと開け、頭を下げた。
﹁何かご用がございましたら、いつものように鈴を鳴らしいてくだ
さいませ﹂
﹁わかった﹂
もう一度、頭を下げて障子を閉じた。そして、台所に向かえば、
給仕長を務める美也子さんとばったり遭遇したので、台所までご一
緒させていただきました。
﹁美也子さん。後で、紫弦様に何か冷たいものをお願いします﹂
﹁それならば、楊枝屋さんの葛がよろしいでしょう。黒蜜をつけて、
素麺のようにすすって頂くと涼を感じることができなすよ﹂
﹁イイですねえ。お願いします﹂
30
台所につくと、給仕さんたちが集まっていました。
﹁お待たせしました。秋に向けた準備を始めましょう﹂
給仕長の言葉で、忙しい時間が始まりました。邸宅で行われるパ
ーティーから衣装の衣替えについて、今から取り仕切っておかなけ
ればいけません。主様にも、確認をしていただければならない事項
もあるので、今日を逃せないのです。
忙しい時間だけが過ぎていきました。しかし、15時を過ぎた時、
ふと家の門を誰かが潜り抜ける気配を感じました。通常、インター
ホンを鳴らすのですが、不穏ですね。着物の袖に隠し武器を仕込み、
たすきを解くと姿が空気に溶け込むように消えていきました。これ、
一種のテレポーテーションだと思っていただければわかりやすいで
しょう。なんせ、現在地から玄関まで5分を要してしまいますから、
術を使ったほうがいいのです。
玄関で腰を下ろしたとき、ガラガラと戸が引かれた。そして、鼻
につくきつい香水の匂いと、真っ赤なルージュを引いた唇、派手な
洋服⋮。サッと外されたサングラスから、目鼻立ちがはっきりとし
た美人な女がいました。
31
影はだれの瞳に映らない。
私の心に、大きな波風が立ちました。ぎゅうぎゅうに胸が締め付
けられ、激しく狼狽えてしまいました。
だってこの御方︱︱︱
﹁うっわーっ。超いい。お金持ちの家って感じ﹂
﹁さ、桜子⋮様⋮﹂
︱︱︱︱主様の'元'奥方様です。なぜ、なぜこのお方が此処に
⋮?!
﹁おっじゃましま∼す﹂
ハイヒールは脱ぎ散らかし、毛皮のコートを私に投げつけて、さ
っさと家に上がる。どうやら、私の姿などこれっぽっちも目に入っ
ていないようです。
﹁お、お待ちください!!﹂
慌てて制止をかける。しかし、お構いなしにずんずんと歩みを進
める。全く、存在を無視されている。慌てて給仕さんにコートを預
け、後を追う。身内だった方に、術を無用に使うことはできません。
そうこうしている内に、桜子様はあるお部屋に向かっています。
︱︱ああ、その先はいけません⋮!!
﹁この先をお通しすることはできません!﹂
やむなく、廊下を蹴り桜子様の頭上を飛び越えて、行く手を阻み
32
ました。そこで、やっと私の顔をみてあっと顔を指さしました。
⋮⋮相変わらず、失礼なお方ですね。
﹁あ、あんた⋮!!﹂
先ほどまで、陽気だったお顔から般若のごときお顔つきに代わり、
私を睨んでいます。
﹁桜子様、お久しゅうございます。私は千景と申します﹂
﹁しつこい女狐ねえ﹂
さらりと言われて、ざっくりと私の心を切ります。
﹁この先をお通しするわけには参りません。出直しを﹂
﹁はあ、口答えする気?﹂
バシッとクラッチバックで頭を殴られた。防ぐことなく、される
がまま。︱︱私は、この人に逆らえないのです。逆らってはいけな
い。でも、主様にだけは合わせたくない。これは、女の意地だ。曲
げるわけにはいかない。
﹁どきなさい﹂
﹁なりません!! ︱︱︱︱あッ⋮!﹂
バシンッと勢いよく突き飛ばされ、その先へを進み、主様がいる
お部屋の障子をバンッとお開きに⋮!
﹁何事ですか﹂
主様は、黒色の打掛を肩にかけ、着流しを着崩した状態で胡坐を
33
きせる
かき、煙管を吸っていました。主様はどんな状況でも落ち着いてお
ひと
ります。しかし、今回ばかりは桜子様のお顔を見て、少々驚いたお
顔をされておりました。
ああ、嫌です、嫌なんです。この女だけは、主様に近づいてほし
くなかった。貴方の視界に映ってほしくなかったから、こっそり手
を打って遠ざけていたのに⋮。なぜ、今になって現れるのですか⋮
!!
﹁桜子⋮﹂
﹁いや∼∼∼∼ん!!! イケメンになってるぅ∼!!﹂
桜子様は、目を輝かせています。それもそのはず。前世と現世で
は時代も違えばまとっている雰囲気も違う。主様は、もともときれ
いなお顔立ちをされているので、現代のほうが100倍素敵に見え
るのは当たり前です。
﹁どうしてあなたが﹂
﹁紫弦∼!!﹂
そして、主様に飛びつくように抱き着き、
﹁あーーーッ!!!﹂ 私は驚愕しました。
﹁ちょ⋮︱︱︱!!﹂ 主様は、不意を突かれてなす術もなく、目
を大きく見開かせました。
な、な、な、な、なんということを⋮!! 主様の唇を奪ってい
るではありませんか!!!
﹁し、紫弦様⋮﹂
34
本当は引きはがすべきなのだろうけど、動けない。それどころか、
ぴったりと合わさった唇と、二人のご様子を見てやはりご夫婦なの
だと痛感した。
︱︱私、何しているんだろう。なんで、ここにいるんだろう。邪
魔⋮かな。
﹁ちょっと、待ってください﹂
主様は力ずくで桜子様を引きはがす。ふと、主様は私を見ました。
でも、目を合わせられなくて、サッと目を伏せた。
申し訳ございません。でも、もう、無理。キツイ。心臓が⋮イタ
イ。痛いよ。
ぶるぶると震える唇を一文字にきつく結びました。今は、ここに
いたくない。
﹁⋮⋮何かご用がありましたらお申し付けください﹂
﹁千景、待ちなさい﹂
主様の手が、私のほうに伸びてくる。掴まれる前に、術で姿を消
した。今、触れられたら確実にはねのけるだろう。そんな失礼なこ
とはしたくない。だから、自ら消えるしかないのだ。
消える刹那、桜子様は勝ち誇ったお顔で、声に出さずにこう唇を
動かしました。
︱︱︱︱あんたには一生、できないわよ。
ああ、そうです。私は、所詮姿なき影。誰の瞳にも映らない存在
です。ましてや、主様のお心に映ろうなど⋮。でも、でも。恋心を
持つくらいなら⋮そう思って生きてきましたが。無理みたいです。
やっぱり、許されないのですね⋮。
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屋敷の屋根に腰を掛けました。何かあった時に逃げるところは、
いつもここです。誰も上がってこれないからです。いつも、ここで
自分を慰めています。でも、今回ばかりは、無理です。
﹁⋮ッ⋮ふ⋮ぅ⋮﹂
ポロリと一粒だけ涙がこぼれました。それを手の甲で拭い、もれ
る嗚咽を抑えるために刺し針で手の甲を刺し、痛みで気分を紛らわ
せました。
いつまでもこうしてはいられない。どんな状況であれ、おそばに
いるのが私の務めなのです。私事で嫌々は言えません。私の感情な
ど、主様にとってどうでもいいんです。
﹁わが心、封印せん﹂
いん
胸の前で印を結び、自己催眠をかけました。先ほどのことは忘れ、
心を凍らせて忍の任務に集中できるように⋮。そして、また術で姿
を消す。主様に呼ばれてもいいように部屋の前で待機です。この瞬
間から、私の心にざわついた﹁音﹂が消え、ただただ穏やかな平常
心しか残っていませんでした。
私は、先ほどのことなど何も覚えていない。そこら辺にいる﹁た
だの忍﹂と化したのでした。
36
影はだれの瞳にも映らない。
お部屋の前で、控えていると側近である宗我部様がこちらへ参ら
れました。
﹁宗我部殿、何用か﹂ 刃のように鋭く冷たい声色が唇からするり
と出てきた。普段とは全く違う声に、宗我部殿はなぜかこちらを見
た。いつもは存在を無視されるのですが。
﹁主のご機嫌伺いですよ﹂
﹁客人が参られている。お通しするわけにはいきません﹂
淡々とした受け答え。宗我部殿は、じっと私を見つめています。
何も語らず、じっと見ていました。しかし、興味無さげに視線を他
に向けた。私も、追求することなく視線を元に戻した。
﹁いいんですよ。あれは私の客人でもある。︱︱これから会議です。
忍は下がりなさい。情報をリークされてはたまりませんからね﹂
仕方なく、下がろうとするとスウっと障子が開き、主様と、その
腕に絡みついている桜子様が出てきました。私は、主様を見ると、
頭を下げた。
﹁千景﹂
﹁はい﹂
﹁⋮⋮ち⋮かげ⋮?!﹂
﹁はい、何用でしょうか﹂
主様は、戸惑ったようなお声で私の頭に手を置かれました。その
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お手を払うわけでもなく、瞼を伏せました。今は、何をされても心
が穏やかでした。
﹁千景、先ほどは⋮﹂
﹁はい? 先ほど何かございましたか?﹂
﹁え⋮? 千景、本当にどうしてしまったのですか﹂
普段は表情を変えない主様のお顔がゆがんでいました。しかし、
何も感じません。
﹁普段通りですが⋮お気に障られたようなら申し訳ございませんで
した﹂
﹁千景⋮﹂
﹁桜子様、柚子の間へどうぞ。お荷物もそちらでお預かりしていま
す﹂
﹁紫弦∼いこう﹂
頭を下げて、下がろうとしたらパシッと左手を掴まれた。振り返
れば、主様の大きな手が私の腕を掴んでいました。何やらいつにな
く真剣なお顔をされています。それを見た桜子様のご機嫌があっと
いう間に悪くなり、掴んでいた主様の手を無理やりほどこうとしま
した。
﹁桜子は大人しくしていなさい﹂
しかし、主様は絡みついている桜子様を振り払い、突き刺すよう
な鋭い視線で彼女を睨みつけました。いつも冷静な主様が珍しい。
圧倒される負のオーラに、桜子様は冷や汗を浮かべてコクコクと壊
れたロボットのように頷いた。怖さに声も出ないご様子。
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﹁主様⋮元でも奥方様です。そのような扱いはいけません﹂
主様の眸が大きく見開かれた。
39
影はだれの瞳にも映らない
﹁これにて失礼します﹂
その場を離れた。掴まれていた腕がするりと解けたのを確認する
と、足早に去った。痛いくらいの視線を背中から感じましたが、今
はそれさえもどうでもいい気分でした。
それから、無我夢中で仕事をし、昼食も忘れて忙しなく動き回っ
た。気づいたときには、時計の針は20時を過ぎていました。汚れ
た着物を脱ぎ、夏用の室内着物に着替えました。紫の濃淡が美しい
この着物は、私のお気に入りです。髪を結い直し、簪をさした。
﹁はぁ⋮﹂
自己催眠術のおかげで、今日を乗り切れました。その効果など、
とっくに切れていましたが忙しさもあり、やっとの思いでなんとか
⋮。
﹁忍⋮失格ですね﹂
思わず苦笑い。主様には大変失礼な態度をとってしまいました。
許されないでしょう。
﹁ハァ⋮﹂
己を守るために、自己中心的な行動をとってしまいました。浅は
かで、幼稚な考えですね。忍にとって、主人が最優先。心などどう
でもいいもの。︱︱︱でも、割り切れない、譲れないものだってあ
る。
40
﹁矛盾している﹂
主様をお慕いしている。この気持ちは、嘘偽りのない本物。恥じ
ることはない。でも、それが時に邪魔になるようなら⋮。
﹁諦めなくちゃいけないのかな﹂
でも、5世紀分の片想い。うう∼ん⋮ちょっとプチ、いや本格的
にストーカーになっている?!
﹁ああ⋮紫弦様﹂
そうつぶやいたとき背後に気配を感じた。畳に手をつくと左足を
軸に右足を回転させて相手の足を払う。しかし、倒した感触はない。
袖に隠していた飛び道具を投げ放った。しかし、それさえも弾かれ
た金属音が響く。次の手を打とうとした刹那、急に視界が反転した。
﹁うわッ﹂
そして、その上ににやりと薄ら笑いを浮かべる男が私の両腕を抑
えていた。
﹁えん⋮じゅ⋮﹂
﹁何を考えている。だれを見ている﹂
脚を割って、槐は︽えんじゅ︾は完全に動きを抑えた。
ああ、なんでこの男に押し倒されているんだろうか。
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﹁お前は俺だけを見ていればいい﹂
そう言って、強引に唇を重ねてきた。
﹁︱︱︱!!﹂
舌がねじ込まれ、荒々しく濃厚な口づけ。ねっとりと、だけど甘
美なキスに流されそうになる。まただ⋮。また、この男に奪われる。
片手であっさり私の両腕を封じ、着物の合わせ目に手を入れてき
た。その感触に、思わず膝を折り、勢いよく蹴り上げた。
42
影はだれの瞳にも映らない。
﹁ぐぅ⋮!!﹂
えんじゅ
奴の急所にクリティカルヒットなのです!
槐は悲痛に顔を歪めて、ごろごろとのた打ち回っています。
﹁くッ⋮てめえ⋮この痛みわかんねえだから、くそお﹂
﹁セクハラした罰だ﹂
いいなずけ
ふっと笑うと、のっそりと起き上った。この男、私の許婚だ。幼
い頃、互いの祖父同士が決めたことだし、頭の権限で反古にするこ
ともできる。しかし、面子は丸つぶれだがな。だって、この男は⋮。
﹁いいじゃねえか。俺と結婚しようぜ﹂
﹁嫌だ﹂
この男はかなり乗り気だ。そして、私は乗り気じゃない。そう、
主様に操立てなんかしている。
﹁⋮⋮叶わない戀なんか、してんじゃねえよ﹂
﹁不毛だってわかってる﹂
﹁あいつは残酷な男だ。お前の前で、ほかの女といちゃこらすんぞ﹂
﹁わかってる﹂
着物の合わせ目を、ぎゅうっと握りしめた。
﹁今の時代だ。昔みたいに主と恋愛しちゃいけねえなんて法律も、
暗黙の了解なんてもんはない﹂
43
だがな、と言って槐は私の両肩をぎゅっと掴んだ。いつもの飄々
とした雰囲気が消え、いつになく真剣な瞳をしていた。
﹁俺は、普通の女の幸せをお前に味わってほしい﹂
そして、きつく抱きしめられた。
﹁前みたいに、むざむざと死なせた俺は、お前の夫として何一つで
きなかった﹂
その言葉が、深く胸に刺さった。
そうなんです。槐は、前世で私の夫だった。それ故に、現世でも
こうして伴侶候補となったわけだった。“元”夫だからという理由
で、こんなにややこしい関係が出来上がっている。
﹁それは⋮私もだ。妻として⋮お前に何も、報いなかった﹂
﹁⋮白状すれば、愛人がいたので何とも思っていませんでした﹂
なにい!! 寝耳に水だ。
がばっと体を離した。
﹁それに、俺も前の結婚には不服だったし⋮﹂
﹁それを早く言わんかぼけ!!﹂
﹁いえるかよ!! 長老に脅されてたんだからよ﹂
﹁ああ、やりそうだなあ﹂
お互い遠い目になる。パワフル満点なご老公だった。
﹁でもな、お前のこと気に入ってたんだ。だから、悔しかった。形
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だけだったけど、夫婦だった。だから、幸せにしてやる。この俺が﹂
﹁だから何でそこにつながるんだ﹂
﹁俺は絶対にあの男だけはいけ好かん。狐みたいな男だ﹂
まあ、いろいろ考える人だけど。
﹁心配ありがとう。でも、私は自分が満足いくまで貫きたい。この
戀の行方を、生きている今で決着したい﹂
﹁だったら、逃げんなよ馬鹿﹂
え⋮。その言葉に、顔がひっぱ叩かれた気分になった。
﹁いちいち小さなことで、傷ついてんなよ。お前はそんなもんなの
かよ﹂
﹁だって﹂
﹁俺の時は威勢がいいのに、あいつのことになると乙女モードかよ
⋮﹂
﹁そ、それは﹂
﹁あのな、これからそんなこといーーーーーっぱいあるぞ。いちい
ち傷ついてたら、心臓もたねえぞ﹂
﹁う⋮﹂
﹁どんと構えろよ。あいつの一番近い距離にいるのは間違いなくお
前なんだ、千景﹂
そんなの、わかってる。言われなくたって、わかってるさ。
﹁ぐじぐじ悩んでねえで、あのくそ女狐から紫弦を奪い返してこい﹂
はっと、その言葉で我に返った。
そうだよね。だよね。負けちゃ、ダメなんだよね。
45
﹁︱︱︱うん!! 行ってくる!﹂
﹁え、あ⋮ちょっと﹂
槐の制止を待たず、部屋を飛び出してしまいました。感情で行動
をしてはいけません。しかし、今は別です。
主様のお立ち場を理解していたつもりでしたが、そうではありま
せんでした。理解していたつもりで、実は子どもみたいに駄々をこ
ねていただけだったのかもしれません。主様は、私しかダメだと思
い込み、思い通りにならなくて子どもみたいな態度をとって、泣き
喚いて。
大切なのはそんなんじゃない。あの時、逃げるんじゃなくて立ち
向かうべきだった。主様は、渡さないって意地を見せればよかった。
だけど、それを折り曲げたのはほかでもない、私だ。
46
影はだれの瞳にも映らない。
﹁主様、失礼仕ります﹂
スっと障子を開けた瞬間、またしても私は衝撃のあまり言葉を失
いました。なんということでしょう!! あの桜子様に紫弦様が押
し倒されているではありませんか。
﹁あ⋮あ⋮﹂
﹁︱︱千景⋮!﹂
主様は、しまったというお顔でこちらを見ています。しかし、桜
子様はお構いなしに全力投球で尻尾を振る犬⋮いや、にやりと笑っ
ているお顔は狐のようです。
いやあ、かなりショックです。千景1000ダメージ!! 精神
力ダウン!!
しかし、ここで引き下がっては何も変わりません。
﹁⋮⋮主様、許可もなく入室し申し訳ございません﹂
﹁千景、私の話を聞きなさい﹂
﹁ですが、もし⋮﹂
ぎゅうっと、こぶしを握りしめた。
﹁もし、このような至らない私でも、貴方様が私を必要としてくれ
るなら⋮、求めておられるのなら⋮私は、この命ある限りお応え致
します!﹂
真剣に、主様のお顔をまっすぐと見つめました。今なら、曇りな
47
まなこ
き眼で迷いなく貴方を見つめられます。
すると、主様の瞳に強い光が宿りました。この時に、はっと何か
に気が付きました。主様の眸に、私がいました。間違いなく私だけ
を見て、何かを訴えているような気がしました。
︱︱︱ああ、私はこの瞳を知っている。いつも、何かあるときは
まっすぐな瞳で私を求めてくれていましたね。ならば、私はそれに
応えるまで。
﹁うるさいわねえ、ごちゃごちゃ言ってないでさっさと出て行きな
さい!!﹂
桜子様が、お手元にあった枕を私に目がけて投げつけました。
︱︱︱忍をなめないでいただきたい。これでも、一族の頭ですか
ら。
らせんかまいたち
﹃木の葉、螺旋鎌鼬!!﹄
素早く印を結ぶ。すると、瞬時に凄まじいほどの風が巻き起こり、
その風圧で障子が開かれました。そして、庭の木々の枝から幾千の
葉っぱが鋭い刃の如く巻き上がり、投げられた枕をズタズタに切り
裂きました。個体が目の前であっけなく切り裂かれ、粉々になり、
見るも無残な姿になってしまいました。
桜子様は、サッと顔色を変えると、硬直してしまいました。ああ、
怖かったのでしょうか。唇がブルブルと震えていますよ。
つむじ
﹁あ⋮あああ!!﹂
﹃巻き起これ、旋風﹄
とんじゅつ
立て続けに遁術をつかう。主様の上でまたがっていた桜子様の体
48
がふわりと浮き上がると、庭の縁側でどさりと落下しました。
﹁主様⋮﹂
その合間に、主に手の差し伸べた。断られるかなっと思っていた
ら、紫弦はにっこり笑うと手を握り、ゆっくりを身を起こします。
﹁千景﹂
いつになく厳しいお声に、覚悟を決める。
﹁⋮⋮色々申し上げようと思っていましたが⋮、貴女の顔を見たら
⋮﹂
﹁きゃ⋮?!﹂
手をグイッと引かれ、なななななな、なんと。なぜか、抱きしめ
られました。無言で、痛いほどに。
主様って、こんなに⋮あの、その⋮こんなに強く男性に抱きしめ
られたことが無くて。えっと⋮やっぱり男性だということが、再認
識されて⋮。ボボンっと顔が真っ赤になってしまいました。
背中まで回された腕が、意外にも逞しくて、筋肉質の胸は自分を
全く違ってて、ああああああああああああ!!! もうだめえーー
ーーーーーーー!!!!
49
影はだれの瞳にも映らない。
﹁千景﹂
﹁は、はい⋮﹂
あ、あれ⋮主様がさっとお体を離されました。あー⋮ちょっと、
残念に思っている自分がいます。
﹁光には影がなくては成り立ちませんよ。私の許可なき振る舞いは
慎みなさい。勝手に離れたり、どこかに行ったり、私の視界から消
えることは断じて許しませんからね﹂
﹁も、申し訳ございません!!﹂
あ、あれ。なんかちょーーーーー恥ずかしいんですけど。だって、
要約すれば、側にいろってコトでしょ。
ああああ、もうだめ。そんなこと申されれば、地の果てまで付き
従う所存。
﹁ちょ、ちょっと何勝手に盛り上がってんのよ﹂
﹁ああ、申し訳ございません桜子⋮さま﹂
このお。いいところを邪魔しおって。
﹁桜子様⋮。いや、桜子﹂
今、思えば当家の一族と婚姻関係を結んでいる訳でもないのに敬
うのもおかしいですね。ああ、私は矛盾した女なんです。逆らえな
いけど敬えないんですよ、コノお方。
サッと一瞥すると、桜子様は蛇に睨まれたカエルのように動きが
50
止まりました。きっと、私が無表情でつめた∼い視線を向けている
せいでしょう。忍の睨みはド素人さんには厳しいものがありますか
らね。
﹁主様﹂
﹁何ですか﹂
﹁桜子様の処遇ですが、わたくしめにお任せくださいませんか﹂
主様は小さく笑った。OKと解し、私は刀を抜くと切っ先を彼女
の喉元に当てた。
﹁あ⋮あ⋮﹂
普段はプラスチック手裏剣などフザケタモノを愛用していますが、
これは真剣ですよ。もちろん、市にきちんと登録していますのでご
安心を。
名刀・無月は私の愛刀にして数百年分の血を吸った妖刀でもあり
ます。切れ味抜群の名刀です。それを音もなく振り上げました。
﹁不法侵入および主様への無礼の数々、本来なら斬って捨てるので
すが⋮現代で無用な殺しは罪になります﹂
そして、刃を返して柄を彼女の頭にコツンと優しく小突きました。
﹁あいたっ!!﹂
﹁しかし、これですべて水に流します﹂
チラリと主様を見れば、満面の笑み。よかったです。
﹁さて、桜子様。明朝5時に屋敷の勝手口にお越しくださいませ﹂
51
﹁は⋮!?﹂
﹁明日からわたくしの下女として雇って差し上げましょう﹂
﹁はあああああああああ﹂
﹁さあ、ビシバシしごいて差し上げましょう﹂
顔をひく付かせている桜子様に向けて、満面の笑みを向けました。
数百年分、たっぷりと教育しなければなりませんね。
私は槐を呼び、桜子様のお見送りを命じました。その時、主様と
の間に睨みの合戦が起きましたが、槐は最後に腹いせとしてあの時
の口づけを主様にうっかり喋ってしまった︱︱絶対わざとですよ、
あれ︱︱ので、現在絶賛お仕置き中です。
﹁さあさあ、千景﹂
﹁ぬ、主様⋮﹂
﹁あの男とはどこまで進んでいるのですか﹂
婚約中とのこと、知らせていない。否、言えない。
﹁この私を差し置いて⋮﹂
﹁え?!﹂
い、今何を仰られたのかよく聞こえなかったんですけど。読唇術
なんぞ使ったら失礼なので、主様に対しては一切の諜報に関する術
を封じているのです。情報を守るためならば、ですから。
モ
﹁あなたは私のモノであることがいまいち認識しきれていないので
しょうね﹂
ノ
﹁滅相もございません。この千景、この髪の毛一本でも主様の所有
物です﹂
52
主様、笑っていますが目が⋮目が⋮怖い!!
ああ、お許しください∼∼∼。
そのご。たっぶりといびられました。そして、翌朝。下忍に桜子
様を強制拉致してもらい、朝から晩まで屋敷の掃除に励んでいただ
きました。
おわり
53
影はだれの瞳にも映らない。︵後書き︶
長かった∼そして、結局何がしたかったんでしょうか。めちゃくち
ゃになってしまいました。次回から軌道修正します。長々とありが
とうございました。
54
番外編 千陰 ?
私の前世の話をしましょう。私の名は、九条院紫弦。九条院グル
ープを経営して、早5年がたちました。父の跡を継ぎ、‘昔’の仲
間とともに、こうして順調な成績を残すことができています。しか
し、これは﹁今の私﹂だ。現世の自分ではなく、今は昔の私につい
て話そうと思います。
今から、そうですね。数百年前もたっているでしょうね。あれは、
まだ世が平定していない戦国時代でした。
ちかげ
海と山に囲まれたとある国を治める武将の嫡男として生まれた私
は、元服後一人の少女と出会いました。名を千陰。私に使える忍で
とどろ
す。齢は不詳でしたが、私より年下であることはわかりました。し
かし、幼いながらも忍集団の次期統領として裏世界で名を轟かせて
いることは知りませんでした。それほどの実力があると感じられな
かった︱︱今、思えば彼女は忍ですから相手に己の力を察知させな
いようすべてを打ち消していた。そのことに当時は気づきませんで
した︱︱ため、彼女を軽く見ていました。忍など、所詮捨て駒だと
考えていました。幼い自分が恥ずかしいですが、親の庇護の元ぬく
ぬくと育った私は、世間を全く知らない若造でした。しかし、それ
が後々大きな過ちを犯す原因でしたが、それさえも気が付かぬ大馬
鹿物でした。
筆頭家臣であった守屋は、私の相談役になり、少しずつではあり
ましたが世代交代の準備は進められていました。その最中、私は元
55
服してひと月後、初陣を迎えることとなったのです。戦場の指揮は、
父上が執りましたが私にも兵を与えられ、己の実力を図るべく意気
込んでいました。
﹁若、慢心は禁物です。戦は生きるか死ぬかの二択しか残されてお
りませぬ。己の器をよく見つめて動かれるのですぞ。己の命、若に
命を預ける兵を守るのはあなたの腕にかかっている事を、肝に銘じ
ておくのです﹂
守屋は、常に戦の心得を教えてくれていましたが、今の私にはそ
のような心得などすっぽりと頭からこぼれ落ちていました。そして、
戦の開戦を知らせるほら貝の音色が響き渡りました。私は、馬を飛
ばし、槍をふるい、次々と敵の兵を蹴散らしていきました。恐怖な
んて微塵にも感じていません。ただただ、手柄を立てたい一心でし
た。しかし、それが慢心だったのかもしれません。次第に、周囲が
見えなくなり、己に無我夢中になった結果、気づけば孤軍という醜
態をさらしていたのです。
﹁わ、若⋮﹂
﹁く⋮﹂
騎乗している私を守るように背を向け、配下の兵たちが槍を構え
ています。
時折、伸びてくる敵の刃をかわし、飛んでくる弓矢を刀で切り捨
てる。防戦一方で埒があかない状態です。
﹁若、我々が盾になります。その隙に⋮﹂
﹁何を言っている。これも、私の甘さが呼んだ結果ぞ。そちたちの
命を粗末になどして逃げ落ちては一生の恥﹂
﹁しかし!!﹂
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︱︱︱これが、戦か。生きるか死ぬか、この選択を味方の内でも
決断しなければならぬというのか⋮!
一人、また一人と兵が倒れていく。こう決断できぬうちに、命が
塵の如く消えていく。意地を張れば張るほど、生き残るのは難しい
だろう。
どうすればいい?! どうすれば⋮!!
歯を食いしばり、決死の突撃を覚悟して槍を握りしめた時でした。
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番外編 千陰 ?
﹁ぎゃああああああああ!!﹂
突然、耳を突き刺すような叫び声とともに、目も開けられぬほど
の旋風が巻き起こった。咄嗟に片手で目を隠してしまいました。 ︱︱︱しまった、目を塞いでしまうと隙が出る⋮!!
槍の柄を握りしめて防御の体制をとった。しかし、敵は一向に襲
ってこない。それどころか、風はどんどんと強くなってくる。
何がどうなっているのかわからない、と思った瞬間ぴたりと風が
止んだ。恐る恐る目を開け、視界に飛び込んできた光景に絶句した。
まだ⋮風は吹いている。しかし、吹いていない。私や配下の兵が
いる部分にぽっかりと空間ができ、そこが目、つまり中心となって
周囲に風が巻き起こっていた。
そして、私の眼前に小さな影が佇んでいました。小さな背中で、
騎乗している私を守るように目の前に立っています。その後ろ姿を
みて、私は驚きのあまり言葉を失いました。
﹁千⋮陰⋮?﹂
久方ぶりに彼女を見た気がします。私にとって、どうでもよい存
在と認識していたために、なぜここにいるのか疑問に思えてなりま
せんでした。
﹁主様﹂
﹁なぜあなたがここにいるのです﹂
﹁私は忍です﹂
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そんなの知っている。そう言いかけて、飲み込んだ。
﹁だから、何で私を助けたのです﹂
﹁愚問。主ですから﹂
確かに、愚問です。しかし、助けなんて求めていませんでした。
己の腕で、切り抜けるつもりでした。そうするしかない状況だった
のですから。
﹁頼んでいません﹂
﹁そうですか。しかし、ここで私が去れば、死にますよ﹂
ちらりと私を一瞥した彼女の瞳は、驚くほど冷めていた。氷の如
く冷え切った目で、私を見ている。己の愚かさまで見透かされる気
分になりました。
︱︱︱あの目は、幾度となく修羅場を切り抜けた者の証⋮。そう、
出陣のときの守屋と同じ瞳をしていました。
﹁二者択一にさせて頂きます。ここで死ぬか、生きるか﹂
その瞬間、守屋が毎日小言のように申していた言葉を思い出した。
﹃︱︱若、慢心は禁物です。戦は生きるか死ぬかの二択しか残され
ておりませぬ。﹄
この時、初めて慢心を抱いていた自分に気づかされた。そして、
その﹁事実﹂が私の頬を強く引っぱ叩いた。自分の力で切り抜ける
という思い自体が慢心そのものだっただと⋮。
恥ずかしい⋮! その気持ちで心がいっぱいになりました。
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﹁私は、あなたのお心に従いましょう﹂
千陰は、澄み切った瞳で私の返答を待っています。周囲をさっと
見れば、兵は縋る様に私を見ています。私は、この者達を城まで返
す責任がある。
私は、千陰を見て小さく頷きました。
﹁御意﹂
すると、彼女は恐ろしいほど残酷な笑顔を浮かべました。︱︱︱
背筋に悪寒が走りました。人を容赦なく殺すことに何の躊躇いを持
たないあの笑顔が、あまりにも印象的で、正直敵に回したくないと
思ったほどです。
ふうじんかまいたち
﹃唸れ旋風!! 風神鎌鼬!!﹄
千陰は術を唱えた。すると、黒き旋風に朱の色がさした。風に紛
れた無数の刃が弧を描いて次々に敵を切り裂いていきました。その
酷さを目の当たりにして、さらに言葉を失いました。
﹁道が開けました﹂
﹁え、ええ⋮そのよう⋮だな﹂
どこが、道ですか? 血路ですよ!! しかし、その先に守屋が
鬼のような形相で私の元へかけてくる姿を見つけました。⋮⋮まあ、
﹁道﹂が開けましたね。
彼女の忍としての実力を目の当たりにし、言葉が見つからない。
それと同時に、己の非力さを実感しました。
﹁主様、このまま退陣も可能です。しかし、このまま敵に背を向け
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ては隙だらけ。ここは私めにお任せください﹂
﹁ならぬ﹂
﹁︱︱︱私は、あなたを殺してもいいんですよ。足手まといですか
ら﹂
﹁な!!﹂
なんという無礼な⋮!! 怒りのあまり彼女に向けて槍を立てる
前に、すでに彼女の血に濡れた刀の切っ先がのど元にあった。
目に映らぬ速さ⋮これが、忍⋮!!
﹁あなたに大役は無理なんです。私との実力の差がその証です﹂
ぐっと言葉に詰まった。
﹁戦は、一人の武将が和を乱せば百人の命が散ります。あなたは1
0人の部下を危険にさらしたんです。その重責、後程処分という形
で追っていただきます。これは、大殿のお言葉です﹂
﹁父上が⋮﹂
どうやら、彼女は父上が差し向けた援軍のようだ。しかし、孤軍
で何ができる。
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四話 苦しげな彼女を目の前に、居ても立ってもいられない⋮。 side紫弦
一話︵時々、数項ずつ︶交互に視点が入れ替わります。ご注意くだ
さい。
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四話 苦しげな彼女を目の前に、居ても立ってもいられない⋮。 side紫弦
﹁遅いですね﹂
縁側に視線を向ければ、バケツをひっくり返したような大雨が一
時間前から降り続いていた。私の御側役でもあり腹心の部下でもあ
きせる
ろう
る千景に、とある用事を言いつけたのだ。しかし、帰りが遅い⋮。
煙管を置くと、狼を呼び寄せた。
﹁お呼びでしょうか﹂
チリン⋮と鈴の音が鳴ると、忍の男が音もなく姿を現した。この
男、千景の跡継ぎという情報以外何を知らなかった。しかし、口が
堅く実直な性格なため、私の数少ない信頼している人間だ。
﹁千景は﹂
首を横に振った。まだ帰ってきていないようだ。遅くなる時は必
ず連絡が来るが、それはかなり稀だ。いつも計画通りに帰ってくる
し、今回はそれほど難しい仕事を頼んだわけでもないため、一時間
前には帰ってきている予定⋮だった。
﹁遅すぎます。狼、数人の下忍を連れて様子を見に行きなさい﹂
﹁御意﹂
︱︱︱何か。嫌な⋮予感がします。不安と、苛立ちが心に押し寄
せてきた。しかし、動揺していることを顔に出すことはしません。
ここを落ち着けるべく、畳の上で胡坐を組み精神統一を図った。思
えば、これは彼女から教わったやり方である。落ち着かないときに
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こそ邪念を捨て、心を穏やかに保てればどんな状況に陥っても平気
だと⋮。
心配で、胸が押し潰されそうになるが、今は信じて待つしかでき
ない。
時計の針が無情にもどんどん動いていく。気付けば二時間も座り
ひそ
続けていた。しびれを切らし、立ち上がろうとしたとき障子がスッ
と開いた。そこにいたのは⋮⋮千景、ではなかった。思わず眉を顰
める。片膝をついて、現れたのは⋮。
﹁お久しゅうございます。主様、火急の用事にて、ご挨拶は割愛さ
せて頂きますことをご容赦ください﹂
えんじゅ
槐だった。この男、私に仕える忍だが目の前に姿を現したのは数
えるほどだ。飄々︽ひょうひょう︾としていて、掴みどころのない
性格は、自分と同類だと感じていた。しかし、千景に馴れ馴れしい
ところや、姿を現さないことを尻目にこそこそと隠密活動をしてい
るせいか、あまり信用はできない。
﹁我頭目は、無事に帰還いたしました﹂
﹁そうか⋮よかった﹂
良い知らせにほっと安堵のため息をついたのも束の間、厳しい声
が耳を貫いた。
﹁しかし、今主様の御前にお目見えすることを叶いませぬことをご
了承頂きたく参上した次第にて﹂
﹁︱︱︱!! ⋮⋮なぜです?﹂
すると、槐の口元に笑みが作られた。口角を釣り上げて、虚ろな
瞳で私を見ている。ああ、この瞳⋮私を主を認めていないな。
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﹁それは、申し上げられませぬ﹂
どうけし
道化師の仮面のような笑顔を顔に張り付けて、立て続けに口を開
いた。
﹁また、主様の御側役には、しばし狼が付き従います。自由にお使
いください﹂
そう言い残し、去ろうとするやつの動きに静止をかけた。
﹁︱︱︱待て⋮!!﹂
しかし、言うことを聞かない。それどころか、耳すら向けようと
はしなかった。そのため、空しく私の言葉はすり抜けられ、疑問を
抱えたまま障子がぴしゃりと閉められたのだった。
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四話 夢 side 千景
夢を⋮見ました。まだ、私が幼かった日のことです。昔ではなく、
現世の幼き頃の夢⋮。
私は忍の頭領というレールが定められていました。それが嫌で、
苦しくて、昔と同じ運命を辿り、その運命の星のもとで定められた
死を迎える。それがさらに嫌で、とても苦しくて、辛くて。
一度、家出を試みたことがありました。せっかくうまれかわった
のなら、自由になりたいと願って⋮。もちろん、主様をお慕いして
いました。しかし、それ以上に﹁女の子﹂の夢を叶えたかった。そ
の思いが強すぎたのでしょう。主様にも、何も申さずに丑の刻、家
出を決行しました。
もう十五にもなろう女子が、定められた運命に抗うなど愚行です。
今思い出すと、皆に顔向けができません。
ですが、逃げ出す時に隠遁の術を使って出たのですから、忍をや
められるわけないのですが⋮。まだ気づかぬこと。
﹁はぁ⋮はぁ⋮﹂
まだ朝日が上る前の明け方。寒くて、眠くて、近くの山に逃げ込
んだ私は、山頂の大柳の上で仮眠を取りました。しかし、三時間も
眠りこけてしまったのです。慌て起き上がり、そそくさと山を下り、
目指さした先は⋮。
﹁うわぁ⋮!﹂
朝日が上る瞬間を見たくて、海に行きました。水面が暁に染まり、
明々と日の光が私の目に突き刺さりました。
ゆっくりと深呼吸をすれば、潮の匂いが心を満たします。
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ゆらゆらと、海に吸い寄せられるように、一歩、また一歩と足が
前に行く。寄せて帰る波の冷たさが足の指先に触れましたが、気に
止めずザブザブと海に向かって歩き続けました。
﹁かか様⋮。︱︱︱お母さん⋮﹂
重い運命を背負い、そばにいてほしいときに母が死んで、寂しく
ても我慢して、泣かないでいたのに。今、無性に死んだ母が恋しく
なって、海に入ったら会える気がした⋮。だって、母上は海で死ん
だと教えられたから。
︱︱︱あいたい。逢いたい。あって、私の心の闇を聞いてほしい。
無我夢中で、歩みを進める。腰まで水に浸かった時、鋭い悲鳴に
近い声が耳を突き抜けた。
﹁︱︱︱千景!!!﹂
⋮⋮⋮え?!
そして、誰かが私の体を包みました。そこで、やっと我に返りま
した。背中に感じる温もりき気付き、視線を下に向ければ誰かの腕
が回されている。そして、そのまま見上げれば、
﹁千景、早まるな⋮!﹂
激しく息切れをしている主様のお顔がありました。ギュッと後ろ
から抱き締められている。
冷静沈着でいつも顔色ひとつ変えない主様が、冬なのに汗だくで眉
間に深い皺を寄せています。いつもとは違うお顔に、思わず目を見
張りました。
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﹁お前は一人しかいない。私にはお前が必要なんです! 千景の代
わりはいない⋮!﹂
いつになく真剣なお声。そして、抱き締められている腕に、さら
に力が加わります。
悲しげなお顔を見て、胸がズキッと傷みました。
﹁定められたレールを歩むのは私だって一緒だよ、千景。なら、流
されるなら意思を持って思いのままに動けばいい。それが私の道で
す﹂
﹁主⋮様⋮﹂
私は体の向きを変えました。すると、主様は私の顔を覗きこむよ
うに腰を屈めました。視線がお互いフラットになる。
﹁そんなに悩んでいたのに、気づかずにいました。あなたの主なの
に﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁だから、海に入っていくのを見て、心臓が止まりました。あなた
を失いたくないんです﹂
﹁ごめん⋮なさい⋮私⋮﹂
ああ、私⋮バカなことしたな。母上にはもう会えないのに、こん
なことして主様に迷惑をかけて。冷静になればなるほど己のバカさ
こんなに迷惑かけて、呆れられるのは
加減を思い知って、さらに気分が落ち込んだ。
なにやっているんだ私!
当然⋮。
そう思ったら、自分の運命に苦しんでいた時よりも、今主様の負
担になっている事実のほうがずっとつらいことに気がついた。そし
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て、この瞬間に悟った。
︱︱︱私は、この人のそばにいることがすべてだと⋮。
﹁バカなことをして申し訳⋮﹂
そこで、主様にまた抱き締められた。
﹁こんな時まで主従を守る必要はありませんよ。今は、ただの女の
子として⋮辛かったり、苦しかったら泣いてもいいんです﹂
女の子として、泣いてもいい⋮んだ。そう思ったら、ぶわっと涙
が溢れ出てきた。
﹁あ、あれ⋮私⋮﹂
﹁千景⋮!﹂
そこから、声をあげて泣いた。赤子のように、大泣きした。母上
が亡くなった時は、我慢しすぎて一滴も流れ出なかったのに⋮。
私は女の子として、生きたかった。しかし、それは主様のお側に
いられるだけで夢は叶っていることに気がついた。
しかし、私の記憶はそこで途切れてしまった。冬なのに野宿して
海入って、寒さのせいで高熱が出ていたらしい。主様の腕のなかで
意識が途切れた。
﹁う⋮ん⋮っ﹂
そして、また私は寝込んでいる。ふと閉じられていた瞼が開いた
瞬間、主様が心配そうなお顔で私を見下ろしていた。ああ、また夢
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か⋮。主様がこんなところにいる訳がない。槐に厳命を言い渡して
いるから⋮。だったら、甘えたってバチが当たらないよね。だって、
夢なんですから。
﹁千景⋮﹂
指で目元を掬われた。そこで、自分が泣いていたことに気がつい
た。
﹁まだ、熱が高い⋮﹂
額に乗せられた手が、ひんやりとしていて気持ちがいい⋮。
﹁し⋮ず⋮﹂
﹁千景﹂
﹁そばに⋮いて⋮﹂
そう口走ったのは、きっと夢だからだろう。薄れ行く意識の中で、
唇に柔らかい感触がした。しかし、それが何なのかわからないまま、
意識を手放した。
主様、夢の中でもお優しいのですね。
私は、いつも迷いを抱きながら生きている。
私が影ならば、貴方は私の心の闇を照らす光なんですよ。
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PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n7402bi/
こんなに近くにいるのに。
2012年12月26日11時36分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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