▽ きまちせいや 氏名・(本籍) 木町聖也 学位の種類 博士(理学) 学位記番号.理博第1482号 学位論文題目 dl。及びd6型遷移金属錯体の最低励起三重項状態の磁気的 及び分光学的研究 論文審査委員 教授安積徹 教 論文蟹次 第一章全体の序論 第二章6]。型電子配置をとるCdX2(帥e職)(X=Cl、Br、亘〉の ゼロ磁場OPMR法による配位子局在型の 最低励起三重項状態の電子構造 第三章虚IO型電子配置をとる蚕豆gx2(帥en)(x=c至、Br、亙)の 配位子局在型の最低励起三重項状態の電子構造 第四章IRu(bぬq)(CO)£1(L)1(b輪止be麗G圃qul興ollneanlo聰; L=囲t3、p一重oluidine、piperlδine)の時間分解E殿法に よる配位子局在型の最低励起三重項状態の電子構造 第五章Re(亙)テトラカルボニル錯体[掩(CO)、(馳q)1、 限e(CO)・(pわen)](CF3SO3)の時間分解E㌣R法による 配位子局在型の最低励起三重項状態の電子構造 第六章全体の総括 一275一 一攻雄 東北大学大学院理学研究科 (博士課程)化学第二専攻 公久 研究科、専攻 野藤井 学位規則第4条第1項該当 大伊村 学位授与の要件 授授授 平成8年3月26日 教教助 学位授与年月日 T 論文内容要旨 中心に遷移金属イオンがあり、配位子として有機化合物が配位した遷移金属錯体としては、こ れまでに非常に多くの錯体が合成されている。また、その錯体がもつ特徴的な性質を利用して、 応用面での模索も非常に多岐にわたっている。例えば、光増感剤のように光物性に着目したもの、 光酸化剤、光還元剤といった化学的性質を利用したもの、太陽光エネルギーの蓄積、光合成過程 の人工的構築といったエネルギー移動に関するものがある。また、有機化合物合成時の触媒とし て遷移金属錯体は非常に有用なものとなっている。さらに、生化学分野で非常に注目されている ものとして、光学異性体をもつ遷移金属錯体を用いたDNAの識別、光照射による特異的な部位で の切断、DNAとの結合による光スイッチといったものがある。このように光物理、光化学、有機 化学、生化学といった分野での応用面への期待がなされているが、反面、遷移金属錯体の励起状 態の詳細な研究については従来の分光学的な研究の域を出ないのが現状である。そこで、本論文 は基礎研究の一環として、中心にd1。及びd6型の遷移金属があり、配位子として窒素原子を含む 芳香族化合物が配位した一核型錯体の励起状態、特に最低励起三重項状態(T1)の電子状態に注 目した。従来の分光学的手法に加えてゼロ磁場ODM農法、定常状態EPR法、時間分解駐P農法と いったマイクロ波による共鳴法を用いてフリーの配位子と比較、検討することによってその錯体 の電子状態を明らかにすることを試みた。 第二章では中心金属にd10型電子配置をとるCd(恥錯体としてCdX2(帥e丘)(X=Cl、歎、旦)を用 いて、このT1の電子状態についてゼロ磁場ODM聡法を用いて考察した。CdX2(碑e鷺)錯体のり ん光スペクトルのエネルギー位置及びりん光の振動構造はフリーの配位子の帥enとほとんど変わ らないことから、錯体のT1は主に抑enに局在した3ππ*状態であると考えられる。りん光寿命は 明らかにハロゲンによる重原子効果を示しているのに対して、中心金属による重原子効果は認め られないことが分かった。このような実験結果からCd(鋤錯体のT、の電子状態は配位子と全く同 じような純粋な3ππ*状態のみからなると考えることはできない。よって磁(鋤錯体のTIはV甦的 な描象での配置混合の寄与を考慮することが非常に重要となり、T、は㌃π*状態の他にハロゲン のρ軌道から抽enのπ*軌道への電荷移動電子配置幅π*状態との線形結合で表されると考えら れる。また、ゼロ磁場分裂の大きさからT1に対する3脚*状態の混合係数の大きさを見積もるこ とができた。さらに群論的な考察からZnX2(鋤e三})とCdX2(麺e鷺)の輻射減衰速度定数の相対比の 違いについて考察し、その理由として中心金属の電気陰性度の違いによって混合する3罫π*状態の 種類が異なるためであることが分かった。 第三章では同じく中心金属にd1。型電子配置をとる熱gX2(p短n)(X=C!、㌫、1〉をとりあげ、手 法としてゼロ磁場O蕩M翼法、定常状態EP農法、時間分解昼賊法を用いてTlの電子状態について 議論した。ここでは中心金属が異なるZ血(翰、Cd(恥、題g(ll)錯体間の比較、及びハロゲンが異な るC1、Br、蓋錯体間の比較を行って、遷移金属錯体の電子励起状態の物理的性質について系統的に 明らかにすることを試みた。翻gX2(帥en)の恥)ん光スペクトルはりん光の0-0バンドのエネルギー 位置及びりん光の振動構造についても本質的にフリーの帥enと同じであることが分かった。りん 光寿命は明らかにハロゲンによる重原子効果が認められた。それに対し、中心金属による系統的 つ一 76 ム一 …一▽ な重原子効果はみられないことが分かった。よって麗g(1夏)錯体のTlは第二章と同様にVB的な描 象での配置混合の寄与を考慮することが非常に重要となり、Tlは3ππ*状態の他にハロゲンのp 軌道からphenのπ*軌道への電荷移動電子配置3pπ*状態との線形結合で表されると考えられる。 このT1に対する3pπ*状態の混合の大きさはハロゲン問のイオン化ポテンシャルや、中心金属間 の電気陰性度の違いを考えることによって系統的に説明することができる。また、ゼロ磁場 ODM民法や時間分解EP民法によってHgX2(phen)の中でHg12(phen)のみがゼロ磁場分裂が非常 に小さいという興味深い結果を得た。ゼロ磁場分裂の大きさからT1に対する3pπ*状態の混合係数 の大きさを見積もったが、Hg12(phen)のTIに対する3pπ*状態の混合係数の大きさとりん光の減 衰速度定数は矛盾する結果が得られた。よってゼロ磁場分裂が小さくなる原因はスピンースピン相 互作用によって全てがハロゲン原子のp軌道上に電子密度が流れているのではなく、麗g一亙の共有 結合性が大きいために塊原子のs軌道上に電子密度が流れていると推測できる。その際に賊gの 6s軌道は軌道角運動量をもたないのでスピンー軌道相互作用が関係するりん光寿命などには影響を 及ぼさないと考えられるので、礪g蚤ユ(phen)のT1のゼロ磁場分裂の値は小さく、なおかつりん光寿 命はそれほど短くならないという実験結果と一致する。また、Za(恥、C駅1亙)、鷲g(1亘)錯体間の りん光の輻射減衰速度定数の相対比の傾向の違いは、中心金属の電気陰性度の違いによって混合 の電子状態を考える際には、配置混合によるハロゲンから配位子への電荷移動状態を考慮するこ とが最も重要であり、中心金属はその混合の大きさを間接的に制御していると捉えることができ る。 第四章では4d6型電子配置をとる恥(蚕1)錯体として1翫(bhq〉(CO)2Cl(L)1(bhq一=benzolh] 解玉noline且nion;L=麗を3、p.重。隠idine、piper豊dine)をとりあげ、分光学的手法に加えて時間分 解琶獣法を用いてT1のゼロ磁場分裂の大きさ及び相対占有比を求めることによって、この錯体のTl の電子状態について詳細な考察を行った。馳(脚錯体のりん光スペクトルは0-Oバンドのエネル ギー位置やりん光の振動構造が本質的にフリーの配位子と同じであることから、ほぼ配位子に局 在した3ππ*状態と考えられる。しかし馳(ll)錯体のりん光寿命はフリーの配位子と比較してか なり短くなっているという結果が得られた。このような状態は極(鋤錯体のT1が純粋な3ππ*状 態と考えると説明できない現象である。よってT・は群論的な考察を含めて、VB的な描象での配 置混合を考慮することが重要であり、Tlは3ππ*状態の他に中心金属のd軌道から配位子のπ*軌 道への電荷移動電子配置3dπ*状態との線形結合で表されると考えられる。また、りん光の輻射減 衰速度定数からT、に対する3dπ*状態の混合の大きさを見積もった結果、混合係数b2は1%以下 と非常に小さいことが分かった。時間分解聾R法によって識(茎1)錯体のゼロ磁場分裂の大きさを 求めた結果、フリーの配位子とほぼ同じ程度の大きさであることから3つの恥(ll)錯体のT1は、 中心に農u(鋤イオンがある場合としては非常に珍しい.ほぼ配位子局在型の3ππ*状態であるこ とがはっきりと確認された。また、搬(ll)錯体のゼロ磁場分裂がフリーの配位子より小さくなる 理由を検討したところ、ゼロ磁場分裂は主にスピンースピン相互作用によるものと結論でき、特に2 つのカルボニル配位子のπ一逆供与によって一部の電子密度が拡がっているためにゼロ磁場分裂が 小さくなると推測できる。時間分解琶PR法によってフリーの配位子とRu(ll)錯体の相対占有比 一277一 五 E する3pπ*状態の種類が異なるためであることが分かった。よって第二章、第三章では錯体のT] の値を求めたところ、最低励起一重項状態(SI)から最低励起三重項状態(T1)への項間交差の異方 性はフリーの配位子では面内長軸方向のy副準位が最も活性であるのに対し、Ru(i且)錯体では面 外方向のx副準位が最も活性であることが分かった。これは吸収スペクトルからRu(紛錯体のs1 は吐ππ*状態からldπ*状態に変化していることを考慮し、群論的な考察を行ったところ、実験結 果からRuα{)錯体のS1は1んの対称性を持つと推測できた。 第五章では5d6型電子配置をとるRe(豊)錯体として1艶(CO)4(bhq)1及び1駐e(CO)4(phen)1( CF3SO3)をとりあげ、従来の分光学的な手法に加えて、時間分解EP璽法を用いてT1のゼロ磁場分 裂の大きさや項間交差の相対占有比を求めることによって錯体のT1の帰属及び電子状態について の考察を行った。駐e(五)錯体のりん光スペクトルはフリー配位子とりん光の0-0バンドのエネル ギー位置及びりん光の振動構造が本質的に同じであることから錯体のT、はフリーの配位子と同じ 3ππ*状態と考えられる。しかしながらRe(1)錯体のりん光寿命はフリーの配位子と比較して著し く短くなっており、このような現象はRe(1)錯体のT、が純粋な3ππ*状態と考えると説明できな い。よってVB的な描象での配置混合による3dπ*状態の混合を考慮することが最も重要であり、 T1は3ππ*状態の他に中心金属のd軌道から配位子のπ*軌道への電荷移動電子配置3dπ*状態との 線形結合で表されると考えられる。また、りん光の輻射減衰速度定数からTIに対する3dπ*状態の 混合の大きさを見積もった結果、混合係数b2の大きさはi%以下と非常に小さいことが分かった。 なお、lRe(CO)4(bhq)]と1艮e(CO)4(phen)1(CF3SO3)のりん光寿命の違いはそれぞれの配位子 bhq一と凶enの配位子場分裂の大きさの違いに起因すると考えられる。時間分解E賊の測定を行 って艶(1)錯体のゼロ磁場分裂定数の値を求めたところ、フリーの配位子とほぼ同じ程度のゼロ 磁場分裂をもつことが分かった。よって盆e(1)錯体としては非常に珍しく、T1は3ππ*状態であ ることがはっきりと確認された。また、艶(1)錯体のゼロ磁場分裂の大きさは主にスピンースピン 相互作用によって決まり、4つのカルボニル配位子のπ一逆供与が重要な役割を果たしていると考 えられる。また、時間分解冠P歌法からフリーの配位子と醗(且)錯体の相対占有比の値を求めたと ころ、SIからTIへの項間交差の異方性はフリーの配位子では分子の面内長軸方向のy副準位が最 も活性であるのに対し、驚(蔓)錯体では面外方向のx副準位及び面内短軸方向のz副準位が最も活 性であることが分かった。吸収スペクトルからRe(亘)錯体のs1は1ππ*状態から1dπ*状態に変化 していることを考慮し、群論的な考察を行ったところ、実験結果から翫(夏)錯体のS1は1A]の対 称性を持つと推測できる。よって第四章、第五章では錯体のT1の電子状態を考える際には、配置 混合による中心金属から配位子への電荷移動状態を考慮することが最も重要であることが分かる。 このように本論文では従来の分光学的手法に加えてマイクロ波による共鳴法を用いることによ って遷移金属錯体の景の電子状態に対する詳細な考察が可能となった。遷移金属錯体の覧はいず れの場合にも純粋な3ππ*状態のみからなると考えると、りん光寿命などの実験結果を説明するこ とができず、結論としてVβ的な描象での配置混合を考慮することによって全ての実験結果を系統 的に説明することができた。特に第二章、第三章ではハロゲンのp軌道から配位子へのπ*軌道へ の電荷移動状態の3pπ*状態(3LLCT状態)がTlの動的性質を考察する際に最も大きな役割を果 たしていることが分かった。この場合にはd1。型閉殼構造をもつ中心金属については動的性質には 影響を及ぼさず、T1に対する3pπ*状態の混合の大きさを間接的に制御していると考えられる。さ 一278一 」 ( 一▽・ らに第四章、第五章では中心金属のd軌道から配位子へのπ*軌道への電荷移動状態の3dπ*状態 (3MLCT状態)がT1の動的性質を考察する際に最も大きな役割を果たしていることが分かった。 一279一 よ マi!t一 論文審査の結果の要旨 本論文は、d軌道にio個あるいは6個の電子を持つ金属にπ電子を持つ配位子が配意した錯体を 磁気的および分光学的方法によって研究したものである。 これら金属錯体の励起一重項状態は多くの場合、金属から配位子への電荷移動状態であるが、 最低励起三重項状態については、配位子局在状態、金属一配位子電荷移動状態、配位子一配位子 電荷移動状態等、金属や配位子の種類によって色々と異なっている。 本研究では、まず、どういう実験によって励起状態の同定および性格づけを確実にするかを論 じ、次に最低三重項状態を決定する因子は何かを明らかにすることを目的とした。 最低三重項状態の帰属については、従来、スペクトルの位置、および形状から議論される場合 が多かったが、どうしてもあいまいさは避けられなかった。本研究で新たに、励起状態のゼロ磁 場分裂と三重項スピン副準位状態それぞれについてのダイナミクスがよりはつきりとした基準と なることを明らかとした。 d電子をio個もつ亜鉛、カドミウム、水銀について、フェナントロリンおよびハロゲンを含む錯 体においては、最低三重項状態は主としてフェナントロリン局在のππ*状態であるが、ハロゲン からフェナントロリンヘの配位子間電荷移動状態がごくわずか混じっていること、また、錯体形 成により寿命が短くなることは、ハロゲン原子上のスピン軌道相互作用に起因することが明らか になった。 d電子を6個もつルテニウムおよびレニウムを中心金属とする錯体についても同様の研究を行っ た。最低三重項状態は主として配位子局在のππ*状態であるが、それにごくわずか混じっている 金属・配位子電荷移動状態が三重項状態の動的挙動に大きく寄与していることがわかった。 以上の実験事実を、配位子場分裂の大きさ、配位子および金属のイオン化ポテンシャル、電気 陰性度を用いて統一的に理解することができた。 以上の論文は、本人が自立して研究活動を行うに必要な高度の研究能力と学識を有することを 示している。よって、木町聖也提出の論文は博士(理学)の学位論文として合格と認める。 一280一 }『雪『、・-▲
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