2 研究論文 島根大学公開講座 「夏休み子ども科学教室」 における 「手洗いの仕方を勉強しよう」 の実施と評価 ………………………………………………………… 廣野祥子・福間美紀・小林裕太 (155) 松江地域における日本語ボランティア活動の歩みの概括と今後の展望 −松江地域事情に配慮した 「日本語ボランティア養成講座」 の プログラムデザインの準備− …………………………………………………………………… 山本達之・松田みゆき (161) 大学開放事業から生まれた生産者と消費者の連携事例 ……………………………… 山岸主門・竹中杏奈・福間忠士・井上憲一・巣山弘介 (173) 島根県学校支援地域本部事業の成果と課題 − 島根県調査報告書 の考察から 「学校」 の立場を問う− …………………………………………………………………………………… 日野伸哉 (181) 島根大学生涯学習教育研究センター年報 島根大学公開講座 「夏休み子ども科学教室」 における 「手洗いの仕方を勉強しよう」 の実施と評価 島根大学公開講座 「夏休み子ども科学教室」 における 「手洗いの仕方を勉強しよう」 の実施と評価 廣野祥子・福間美紀・小林裕太 島根大学医学部看護学科 (キーワード) 日常的手洗い、 蛍光染色、 ATPふき取り検査TM、 子ども、 感染予防 Enforcement and Evaluation of “Let's learn how to wash the hands.” in summer science extension course for children at Shimane University Sachiko Hirono, Miki Fukuma, Yuta Kobayashi (Key word) daily-hand-washing, fluorescence staining, ATP-measurementTM, children, infection-control Abstract In a summer science extension course for children at Shimane University,“Let's learn how to wash the hands.” has held to experience on the procedure of the prevention of infection to elementary and junior high school children. For visual demonstration of washing remnants fluorescence staining Glitter-BugTM has applied, and for numerical demonstration of contamination measurement the ATP-measurementTM has applied before and after the lesson of the prevention of infection and hand-washing procedure. Significant reduction of ATP was observed after the lesson. However, washing remnants of 8 children (33.4%) were beyond a criteria-of-control value after the lesson. The attention should be paid for person-focused explanation to each candidate. It was suggested that empowerment of understanding of the children by the experience with combining of visualization and numerical evaluation in "Let's learn how to wash the hands." course. Ⅰ. はじめに インフルエンザによる飛沫感染やノロウイルス等による接触感染による発症は多くの人々に起こる ため、 自らが予防することの重要性が益々高まっている。 自衛手段である感染症予防対策には 「手洗 い・うがい・マスク着用」 があげられ、 学校や家庭における予防対策としては特に 「日常的手洗い」 があげられる1), 2)。 米国疾病予防管理センター (CDC) は、 学童期の子ども達に健康的な生活習慣を 身につけるために啓発用のポスターを作製し、 子ども達の 「日常的手洗い (非抗菌性の石鹸の利用に よる手順に基づいた手洗い)」 (以下略: 「日常的手洗い」) 習慣の確立を推進している3)。 家庭や学 校で適切な 「日常的手洗い」 を実施した児童は、 適切な方法で実施しなかった児童と比べ、 学校を欠 席する期間が短いことも報告されている3), 4)。 日本国内での公共の場や学校・家庭における感染症や 食中毒予防としての 「日常的手洗い」 の取り組みは、 厚生労働省や各県および市町村の広報誌や HP、 保健室便り等で促されているが、 習慣化は進みにくいのが現状である。 子どもを含む社会にお ける健康の保持増進には、 学校や家庭などの生活の場で 「日常的手洗い」 に取り組む必要があげられ る。 多くの子どもにおいて感染症は重度化しやすいことから、 日頃から 「日常的手洗い」 による感染予 防が望ましく、 身近な学校内関係者での取り組みとして 「日常的手洗い」 の学習の機会が必要である。 島根大学生涯学習教育研究センター年報 155 廣野祥子・福間美紀・小林裕太 しかし、 学校内の給食時には必ず指導がある状況下であっても58−70%の者しか手洗いを実施してお らず、 トイレの後でも手を洗っていないと回答した者もおり、 手洗いの必要性や重要性を理解してい るのではなく習慣として実施している状況が見られると報告されている5) 。 感染予防を目的とした 「日常的手洗い」 の習慣化を促す動機づけが重要である。 学校関係者以外での 「日常的手洗い」 の動機付けを促す機会には、 保健所や病院等における感染症 や食中毒予防の取り組みが挙げられる。 それらの取り組みは子ども達にとって、 今後手洗いを続けて いくための大きな動機づけであるとともに、 医療従事者側にとっても多大な好影響をもたらす6)こと から、 双方が積極的に取り組むことが動機づけおよび予防対策の強化促進につながると考えられる。 本学看護学科では毎年夏季に 「体の仕組みを勉強しよう」 のテーマで小中学生を対象とした子ども 科学教室を開催している。 公開講座は4パートに分かれており、 各パートで体の仕組みに関して学ぶ ことができるが、 「手洗いの仕方を勉強しよう」 のパートでは、 日頃の手洗いを見直し、 視覚と数値 化により感染症予防としての 「日常的手洗い」 を学ぶことを目的に実施している。 従来、 参加者である子どもの手洗いの洗い残しの把握には、 蛍光染色剤 (グリッターバグTM)7)に よる視覚的な把握を実施してきた。 しかし子どもが蛍光染色剤 (グリッターバグTM) の付着部位を思 い出しながらスケッチをすると付着部位が曖昧になっていることが多くみられ、 「日常的手洗い」 の 動機づけとしては不十分ではないかと感じていた。 そこで、 蛍光染色剤 (グリッターバグTM) による 視覚化とATPふき取り検査TM8)での数値化を組み合わせた、 洗い残しを実感できる体験学習を企画し た。 ATPふき取り検査TMは食品調理機器等の消毒や殺菌等の衛生管理における細菌繁殖源の把握8)に 利用される。 また、 看護学生や看護師の手洗い後の細菌繁殖源を簡便に検査でき、 残存を数値化する ために活用されている9), 10), 11)。 この体験学習により、 感染予防としての 「日常的手洗い」 の重要性を 理解し、 体験後の 「日常的手洗い」 を継続する動機づけを目的とした公開講座を実施したので、 本年 度の取り組みの概要と評価について報告する。 Ⅱ. 研究方法 1. 対象 公開講座に参加した小中学生24人とした。 2. 調査期間 平成23年7月29日 3. 方法 体験の実施手順 ① 各グループを5∼7人とし、 参加者のこれまでやっていた手洗い実施後にATPふき取り検 TM 査 を実施した。 ② ①の検査結果を示し、 のパネルを用いて感染予防と手洗いの説明を行った。 ③ 蛍光染色剤 (グリッターバグTM) を両手に満遍なく塗布し、 の手洗い方法を思い出しなが ら手洗いできるように口頭とパネルを用いてうながした。 ④ 手洗い後にATPふき取り検査TM (2回目) を実施した。 ⑤ 蛍光染色剤 (グリッターバグTM) の有無をブラックライトで本人及び指導者で確認した。 ⑥ 洗い残した蛍光染色剤 (グリッターバグTM) を思い出しながら、 スケッチを各自で行った。 ⑦ なぜ洗い残したかと、 どのように洗えばよいかについて質疑応答しながらパネルで改めて説 明を行った。 ⑧ 感想文を記入してもらい、 終了とした。 上記①∼⑧を1グループ約30分間で実施した。 なお、 感想文は他の3パートを含む感想文であったので、 全パート終了後に回収した。 感染予防と手洗い手順 (CDC勧告準拠、 WHOポスター12) のパネルの作成) 図1を参照 156 島根大学生涯学習教育研究センター年報 島根大学公開講座 「夏休み子ども科学教室」 における 「手洗いの仕方を勉強しよう」 の実施と評価 検査機材 ATPふき取り検査TM (ルシパックPen、 ルミテスターPD-20、 キッコーマンバイオケミファ、 ① 東京)。 測定値はrelative light units (RLU) で示した (表1)。 表1 ATPふき取り検査TMにおける測定基準 (文献より抜粋改定) は以下に示す 検査箇所 手指 まな板・包丁・冷蔵庫の取手・シンク ドアノブ・電話の受話器 ② 管理基準値 <1500 <200 <200 要注意 1500∼3000 200∼400 200∼400 RLU値 不合格 >3000 >400 >400 グリッターバグTM (BRE-GBA、 ニチオン、 船橋) 手に蛍光染色剤 (BRE-GBKOTION、 ニチオン、 船橋) を付着し、 手洗い後の手をブラック ライトにかざすと洗い残しを視覚的に把握できるトレーニング機材である7)。 図1 世界保健機構 「手指衛生なぜ、 どのようにそして何時」 パンフレット http://www.muikamachi-hp.muika.niigata.jp/academic/HandHygieneWhyHowWhenJP.pdf 島根大学生涯学習教育研究センター年報 157 廣野祥子・福間美紀・小林裕太 評価 パネル 説明前後のATPふき取り検査TM数値・質疑応答の内容・感想文を用いた。 4. 倫理的配慮 感想文は年齢や性別等の個人が特定されないように無記名自記式とし, 自由提出として回収した。 Ⅲ. 結果 1. 参加者の状況 全参加者は、 パネルによる感染予防と手洗いの説明を受け、 手洗いの実践、 ATPふき取り検査TMお よび蛍光染色剤 (グリッターバグTM) による洗い残しの確認ができた。 参加者中1名は21.7万RLUと数値が突出していたが、 体調不良等はみられず、 本人は 「お昼ご飯を 食べて、 大便をした。 手洗いはしたけどハンカチを持ってなかった」 とのことであった。 参加者中の ハンカチ持参者は4人のみで 「今日は学校じゃないからもってない」 との発言もみられた。 なお、 対象者は全員が公立学校に通学中の小中学生であり、 学校および学年間の理解力の差は考慮し なかった。 説明パネル 説明中の様子 2. ATPふき取り検査TMの数値および手洗いについての感想 蛍光染色剤 (グリッターバグTM) による手洗い後の状況は、 体験前は例年と同様に爪および手の甲 や指間に発色が見られる子どもが多かったが、 パネル説明および体験後は発色が全く見られない子ど ももいた。 参加者24人の体験前の日頃の手洗い後のATPふき取り検査TMの数値 (単位RLU) は、 表1で手指 の不合格基準である3000RLU以上が11人 (45.8%)、 要注意は2人 (8.4%)、 管理基準値内は11人 (45.8%) であり、 体験前の最多は217,000RLU、 最少は57RLUとばらつきが見られた。 パネルによる 「日常的手洗い」 説明後に、 「日常的手洗い」 を実施した後のATPふき取り検査TMの 数値 (単位RLU) は、 不合格3人 (12.6%)、 要注意5人 (20.8%)、 管理基準値16人 (66.6%) で体 験後の最多は21,191 RLU、 最少は64RLUであった。 「日常的手洗い」 の説明および体験後にATPふき取り検査TMの数値が減少したのは18人 (75%)、 増加したのは6人 (25.0%) (管理基準値以下3人、 要注意3人) であった。 体験前後のATPふき取 り検査の結果をWilcoxonの符号付順位和検定で比較すると、 p<0.01で手洗いの有意な改善が確認さ れた (表2)。 表2 不合格 要注意 管理基準値 中央値 RLU 158 島根大学生涯学習教育研究センター年報 ATPふき取り検査TMの実施比較 基準値 3000以上 3000∼1500 1500以下 n=24 パネル説明前 (%) パネル説明後 (%) 11 (45.8) 3 (12.6) 2 (8.4) 5 (20.8) 11 (45.8) 16 (66.6) 1796 864* *Wilcoxon符号付順位和検定 p<0.01 島根大学公開講座 「夏休み子ども科学教室」 における 「手洗いの仕方を勉強しよう」 の実施と評価 体験後の感想文では、 24人中14人 (58.3%) が手洗いについて記載しており、 洗い方に注意したい 等の記載がみられた (表3)。 表3 「手洗いの仕方を勉強しよう」 の感想一覧 ・手の洗い方はすごくためになりました。 自分では洗っていないつもりだったので、 洗えていなかっ たのは全くびっくりしませんでした。 20万はやばいな∼と危機感を覚えました。 ・手を洗う勉強では、 習う前と習った後では黴菌の数が全然違ったので、 帰ってからは習った洗い 方で洗おうと思います。 ・ 「手洗い」 の学習は増えてしまったので悔しさが少し残った。 手洗いは毎日取り組むことができ るので良かった。 ・手をよく洗っても黴菌は一杯いることなど、 いろいろ分かってよかった。 ・手を洗ったら3639から94になりました。 ・手洗い後は少し菌がついていた。 ・バイ菌も一杯取れてよかった。 ・手洗いがわかったし、 色々なとこを触ったらすぐきちゃなくなることがわかりました。 ・ただ話をするだけだはなく、 実際に動きを使って話してもらったので楽しく分かりやすく説明し て下さってうれしかったです。 ・今日はいろいろなことがわかって良かったです。 次回も参加したいです。 話だけでなく実際に感 じたりできてよかったです。 ・手洗いのしかた、 今日知ったことを忘れないようにしたい。 ・手の洗い方が僕は微妙だったけど、 今度はしっかりと注意しながら洗いたい。 ・手洗いがよくわかってよかった。 ・手洗いも学べて良かった。 Ⅳ. 考察 今回の 「日常的手洗い」 体験学習は、 日頃の手洗い後にATPふき取り検査TMを行い、 その後 「日常 的手洗い」 の説明と実技を行い、 実技後にATPふき取り検査TMおよび蛍光染色剤 (グリッターバグTM) による各自の洗い残し状況の数値と視覚的比較を体験した。 説明前と説明後のATP量の比較において、 細菌量の有意な減少が確認されたことより、 「日常的手 洗い」 の体験学習をし、 手洗い後の蛍光染色剤 (グリッターバグTM) による洗い残しの視覚化および ATPふき取り検査TMの数値結果を比較することで、 洗い残しを具体的に把握することにより、 手洗い 技術が向上することを確認できた。 また、 このような視覚化と数値化で 「日常的手洗い」 の必要性や CDC勧告手順に基づいた手洗い方法による残存状況の違いを理解しやすくなったことが感想文の記 載からうかがえた。 しかし、 この 「日常的手洗い」 方法が感染症予防にまで関わっていることについ て理解できているかどうかは感想文からの把握は困難であり、 説明内容については、 対象者の理解度 をふまえて見直す必要があげられる。 今回の 「日常的手洗い」 体験学習は、 実技を伴い、 自分の数値を前後で比較し、 手洗い体験を数値 でとらえることができ、 「家に帰ってからも続けたい」 との感想も見られたことから、 本学習体験が 動機づけの一機会となっていることが考えられる。 しかし、 今回利用したATPふき取り検査TMは残存 状況の数値的把握が容易な検査方法であるが、 検査機器および検査キットが高額であることから、 学 校現場での普及は困難かもしれない。 視覚化と数値化を組み合わせるのが望ましいが、 蛍光検査等に よる安価な視覚的把握法も含めて、 啓発を続けることが重要と考える。 本公開講座は、 参加者である子どもにとっては、 夏季休暇中の学校外での講座であり、 学校とは異 なる環境における体験の場であった。 また、 子どもに保護者等が付き添っている場合や、 親は他の場 所にいる場合もあり、 子ども以外の状況にばらつきがみられた。 そのため、 子どもが体験前は緊張し 島根大学生涯学習教育研究センター年報 159 廣野祥子・福間美紀・小林裕太 ている表情も見られたが、 体験中から表情も変化し、 積極的にATPふき取り検査TMや蛍光染色剤 (グ リッターバグTM) の有無をブラックライトで本人および指導者で確認することができるようになって いた。 子どもは、 学校外での体験においても学べることを再確認したことより、 今後も多くの機会を とらえ、 自力でできる感染予防である 「日常的手洗い」 を効果的に促していく必要がある。 子ども達に手洗い学習の経験を挙手で尋ねると全員が経験していたが、 「日常的手洗い」 と感染予 防の関係については知ってはいても答えにくい子どもも見られた。 「感染予防」 という言葉自体が新 しい言葉と感じる5)ことから、 「日常的手洗い」 を行う目的として、 正しい手洗いの意義を学校関係 者だけでなく、 家庭内でも理解し説明できることが必要であると考えられる。 また、 学外関係者にとっ ても学校の感染取り組みの現状を知り、 家庭でも適切な 「日常的手洗い」 に取り組むことは、 家庭内 での感染疾患の伝播防止の改善にも効果がある2)ことを相互に理解し、 取り組む必要がある。 このた めには、 学校関係者とPTAや病院関係者等6)との共同による学習会等の開催を学校行事等に取り入 れるように協議をすることも必要である。 課題として、 年齢的に数値の概念が曖昧な参加者も含まれており、 全員がATPふき取り検査TMの数 値の理解が十分できたかについては不明であり、 蛍光染色剤 (グリッターバグTM) による確認も継続 して行う必要がある。 また、 継続的に 「日常的手洗い」 の状況把握をしていくことが必要であるが、 そのためには学校関係者や保護者との連携をすることが求められている。 Ⅴ. まとめ 学校外での 「日常的手洗い」 学習において、 子どもたちは、 蛍光染色剤 (グリッターバグTM) およ びATPふき取り検査TMにより、 日頃の手洗いと学習後の正しい 「日常的手洗い」 の違いを体験した。 手洗いにおいて視覚的および数値的比較を実感することにより、 石鹸手洗いの必要性について理解が しやすくなることが今回の体験学習内容でうかがえた。 しかし、 子どもによっては内容や数値が理解 しにくいこともうかがええたため、 今後はさらに子どもの発達段階に応じた説明と体験の工夫が必要 であり、 学外関係者も含めた取り組みを継続していくことが必要である。 参考/引用文献 1) 藤井憲一郎他:小学生を対象とした手洗い教室のより良い実施についての検討, 日本薬剤師会雑誌, Vol.60 No.2 2008, p.221-223 2) 磯貝恵美子他:家庭内における除菌のための手洗い効果と環境表面からの細菌の検出, 環境感染, :Vol.22 No.3 2007, p.175-180 3) http://www.cdc.gov/germstopper/materials/HealthyHabits_HR.pdf 4) 操華子:手指衛生の重要性 順守率向上への取り組み, 月刊ナーシング, Vol.29 No.14, 2009, pp.50-61 5) 吉田理香:地域における感染制御教育−小・中学校における 「感染予防学習・手洗い実習」 実施と評価−, 感染制御, Vol.6 No.2, 2010, pp.121-125. 6) 田辺正樹他:小学校・幼稚園における 「手洗い指導教室」 −病院の外に飛び出そう!−, INFECTION CONTROL, Vol.18 No.8, 2009, pp.10-12. 7) グリッターバグ 参照HP http://www.horae.dti.ne.jp/~sawadaya/glitterbug.htm 8) キッコーマンバイオケミファ株式会社HP http://biochemifa.kikkoman.co.jp/products/kit/atpamp/howto.html 参照 9) 古賀美紀他:院内感染予防のためのATP測定による衛生状態モニタリングの活用, 環境感染, Vol.14 No.4, 1999, pp.280-284. 10) 古賀美紀他:看護学生に対するATP測定による衛生状態モニタリングの活用, 九州小児看護教育研究会誌, 創刊号, 2001, pp.24-25. 11) 福間美紀他:看護学教育における 「衛生学的手洗い」 演習の教育効果−手洗い効果の視覚化を導入した教育 方法の実践とその評価−, 島根大学紀要, No.30, 2007, pp.11-16. 12) 世界保健機構 「手指衛生なぜ、 どのようにそして何時」 パンフレット http://www.muikamachi-hp.muika.niigata.jp/academic/HandHygieneWhyHowWhenJP.pdf 160 島根大学生涯学習教育研究センター年報 松江地域における日本語ボランティア活動の歩みの概括と今後の展望 松江地域における日本語ボランティア活動の歩みの概括と今後の展望 ―松江地域事情に配慮した 「日本語ボランティア養成講座」 のプログラムデザインの準備― 山本達之*・松田みゆき** (*島根大学生物資源科学部,**東京外国語大学留学生日本語教育センター) (キーワード) 松江地域 日本語教室 日本語ボランティア養成講座 プログラムデザイン Historical abstract and future landscape on the activities of volunteer Japanese groups in Matsue region. −A preliminary study on the desirable design of a program on the training seminar for volunteer Japanese teachers, with regard to the special situation of Matsue region− Tatsuyuki YAMAMOTO*, Miyuki MATSUDA** (*Faculty of Life and Environmental Science, Shimane University, ** Japanese Language Center for International Students, Tokyo University of Foreign Studies (Keyword) Matsue region, Volunteer Japanese class, Training seminar for volunteer Japanese teachers, Program design Abstract This article describes important properties needed for the design of a program on the training seminar for volunteer Japanese teachers who will work in Matsue region. The authors have summarized historical footsteps of the activities of volunteer Japanese groups, and would like to present future landscape for them. The activities of volunteer Japanese groups have first begun at the middle age of 1990’s as a response to the abrupt increase of foreign people in Matsue region. The authors have found out that the history of such activities can be divided into two major periods; the former as the preparative age to accept foreign people, the latter as the searching age of the way for building up a convivial society with them. Three points were regarded as characteristic properties of Matsue region, “the lack of institutes for Japanese edu cation”, “academic city”, and “city of international culture and tourism”. With regard to those points, the authors have concluded that various aspects should be considered in the design of a program for volunteer Japanese teachers, e.g. as to increase persons who can communicate with easy Japanese, to support those who want to become specialists on Japanese education, as well as to give an ability to work in volunteer Japanese classes. Ⅰ. はじめに 松江在住外国人を対象とした 「ボランティアによる日本語教室 (以下, JV教室)」 を開催している 日本語ボランティアグループ (以下, JVグループ) は, 2011年末現在, 松江市内に5グループある。 そこで活動する日本語ボランティア (以下, JV) のほとんどは 「日本語ボランティア養成講座 (以 下, 「JV養成講座」)」 の修了者である。 JV教室は, 日本語能力が不足しているために, 生活に困難を感じている在住外国人の日本語学習 を支援し, 交流する目的で設けられている。 自主グループの運営によるJV教室も, 公共機関等によ る事業として運営されているJV教室もある。 そのJV教室で活動するJVに, 活動上必要な知識や心得 を予め授ける講座が 「JV養成講座」 である。 島根大学生涯学習教育研究センター年報 161 山本達之・松田みゆき 全国的に見ると, JV教室は, 従来あった識字教室から転じて運営されているケースや, 1970年代, 中国からの帰国者やインドシナ難民を受け入れた際, 彼らの生活全般を支援する活動の一つとして始 まり, 運営されているケースなどがある。 また, 1980年代半ばから日本人の配偶者として外国人花嫁 が増加した地域や, 1990年以降, 製造業に従事する日系人の増加に伴って, 日系人が集住した地域等 でも, JV教室が次々と生まれた1)。 このように, 地域のJV教室は, その時々の社会と地域の要請に 応える形で生まれた存在である。 そのため, それらの教室での活動を前提としたJVを養成する目的 で 「JV養成講座」 を開講する際には, 社会情勢や地域事情に配慮したシラバスデザインが求められ るだけでなく, 「JV養成講座」 終了後のJVの活動の評価とそのフィードバックに至る全体像を, 地域 社会への貢献の観点からプログラムデザインしておくことが肝要である。 筆者らは, 「JV養成講座」 を2012年に松江市で開講することにした。 本稿では, そのプログラムデ ザインを目的とした基礎研究として, 松江地域における日本語ボランティア活動の歩みと現状を分析 し, 今後の展望を論ずる。 最初に, 「JV養成講座」 開講を企画するに至った簡単な経緯を述べる。 次に, その背景である松江 地域における 「JV養成講座」 とJVの活動の歩みを分析し, 三期に分けて述べる。 最後に, 松江地域 事情の特徴を挙げ, 「JV養成講座」 で配慮すべき点を考察する。 Ⅱ. 「日本語ボランティア養成講座」 開講の企画に至る経緯 2011年11月末現在, 松江市の外国人登録者数は1,218人で2) , 松江市の人口比率約0.6%である。 2010年末現在の日本全体の外国人登録者数が, 2,134,151人で3), 総人口比率1.7%であることと比べる と, 人口比率は高くない。 松江地域では, 1980年代から90年代にかけて, 外国人登録者数が急増した4)。 外国人の増加に伴う 日本語学習のニーズに対応するために, 松江地域では, 1994年に初めて 「JV養成講座」 が開講され た。 この 「JV養成講座」 は, 外国人への 「言語支援サービス」 の担い手となる市民の養成の場とし て, 行政主導で実施され, 講座修了と同時に, 相次いで3つのJV教室が誕生した5)。 松江地域にJV教室が3ヶ所誕生した1999年以降にも 「JV養成講座」 は開講されたが, それらは, 公共機関が特定の日本語教室を事業として運営するために, 事業協力を依頼することを前提に, JV を養成する講座に限られて開講された。 それらの 「JV養成講座」 を修了した受講者は, 専ら 「JV養 成講座」 の主催団体への事業協力をする形でJVとして活動した6)。 後述するが, そのため, 事業の終 了とともに, 志のあるJVがJV活動の場を失うといった事態も生じた。 一方, 15年以上活動を続けて いる既存のJVグループのメンバーを中心に, 「新しいJV希望者の学習の機会がないため, 新規メンバー の増加が思うようにはかれない」 という声が, 松江市内のJVグループの意見交換会等の席上で, こ の数年頻繁に聴かれるようになった。 また, 近年, JV教室を 「共に学び合う多文化共生社会構築の基盤づくりのための交流活動の場」 として考える理念への転換がはかられている。 これは, 1990年代の松江地域の 「JV養成講座」 には 見られなかった視点であり, 「JV養成講座」 は新たな段階を迎え, こうした新たな視点によるJVの養 成も求められている。 そこで, 筆者らは, 松江地域に適合し, かつ, 特定のJV教室での活動に特化しない, 公益性の高 い 「JV養成講座」 を企画することが, 松江地域のJV活動全体の支援になると考え, 2012年に 「JV養 成講座」 を開講することにした。 この講座を企画する際に, 松江市市民活動センター, 松江市国際交 流協会, しまね国際センターの御協力をいただいた。 Ⅲ. 松江地域における 「日本語ボランティア養成講座」 とその活動の歩み 松江地域における 「JV養成講座」 とJVの活動の歩みを, 在住外国人の変化の点などから考察した ところ, 二つの時期に分けるのが妥当だと考えた。 筆者らは, これら二つの時期を, 「松江日本語ボ ランティア第Ⅰ期 (以下 「松江JV第Ⅰ期」)」, および 「松江日本語ボランティア第Ⅱ期 (以下 「松江 162 島根大学生涯学習教育研究センター年報 松江地域における日本語ボランティア活動の歩みの概括と今後の展望 JV第Ⅱ期」)」 と定義した。 これら二つの時期に先行する時期は, JV活動が始まる前の, 全国的に国 際化が叫ばれ始めた時期であることから, 「松江国際化黎明期」 と定義した。 「松江国際化黎明期」 とそれに続く 「松江JV第Ⅰ期」 を表1に, 「松江JV第Ⅱ期」 を表2にまとめ, 重要な出来事を記した。 開催された 「JV養成講座」 について, 「講座名」 と 「主催団体名」 を記し, 更に考察の便宜上, 最 右欄に講座の主催団体とその開催順に略号と番号を付した。【島】は 「しまね国際センター」,【松】 は 「松江市国際交流協会」,【公】は 「松江市朝日公民館」 を示す。 表2の【新】が, 本稿でプログラ ムデザインのために議論している新しい 「JV養成講座」 に相当する。 以下, 本稿では, 各々の 「JV 養成講座」 について表に示した略号を記す。 JV活動については, 活動開始順に, [ ] 内にJVグループに付けた略称を記した。 [だんだん] は 「日本語ボランティアグループ“だんだん”」, [かけはし] は 「松江日本語指導ボランティアかけは し」, [いろは] は 「日本語ボランティアいろはの会」, [ネットワーク] は 「NPO法人しまね多文化 共生ネットワーク」, [あさひ] は 「あさひ日本語ボランティア」, [まつえりあ] は 「まつえりあ日本 語ボランティアグループ」 が各々正式名称である。 以下, 本稿では, 各々の略称で記させていただく。 尚, 本稿で論じる 「JV養成講座」 は, JVを志した一般市民が講座修了後即JV活動ができるよう企 画された 「JV養成講座」 である。 従って, JV活動の紹介を目的として開催された1日限りの入門講 座, 既に活動中のJV対象のスキルアップのための研修, 研修生等を対象とした日本語講師の養成研 修, 外国語母語話者のJV養成を目的とした講座は載せなかった。 図1に, 1990年以降の島根県及び松江市の外国人登録者数と, 島根大学留学生数の推移を表したグ ラフを示した。 一つのグラフに収めて推移を考察しやすくするため, 島根県外国人登録者数のスケー ルは右に, その他のスケールは左に別に取ってある。 時期区分を示し, 「JV養成講座」 の開講とJVグ ループの設立を該当する年に書き加えた。 今後のJV活動を展望するために, 以下に, 筆者らが定義した時代区分に沿って, 松江地域におけ るJV活動を概括する。 また, 適宜, 全国的な在住外国人及び社会情勢の動向も併せて述べる。 1. 松江国際化黎明期 全国の外国人登録者数が急増し, 国際化への関心が高まったのは, 1980年代以降である。 1983年以 降, 中曽根内閣による 「留学生10万人計画」 の提言を受けて, 中国, 韓国からの留学生が増加しはじ めた。 1980年代半ばには, 過疎地域の自治体主導による国際結婚が推進され, その後, 中国, フィリ ピン等からの婚姻による来日が増え, 現在に至っている。 1987年には, 日本語教育の専門家の水準を 審査し, 証明することを目的として, 「日本語教育能力検定試験」 が開始された。 表1. 松江市内で開催の 「日本語ボランティア養成講座」 と日本語ボランティア活動, 及び関連事項 「松江国際化黎明期」 及び, 「松江日本語ボランティア第Ⅰ期」 (1999年迄) 区 分 松 江 国 際 化 黎 明 期 年 1982 出来事/JV養成講座名 [主催団体名] 養成講座/JV 活動 島根大学, セントラルワシントン大学と姉妹校協定締結 1987 「日本語教育能力検定試験」 開始 1989 島根国際交流センター設立 (「 際センター」) 1992 松江市国際交流会館開館 島根県海外協会」 を改組,1999年より 「 しまね国 島根大学生涯学習教育研究センター年報 163 山本達之・松田みゆき 1994 松 江 日 本 語 ボ ラ ン テ ィ ア 第 Ⅰ 期 しまね日本語ボランティア養成講座 [島根国際交流センター] 「日本語ボランティアグループ だんだん 」 設立 【島1】 [だんだん] しまね国際研修館開館 1995 第1回日本語指導ボランティア養成講座 [松江市] 「外国人のための松江・日本語講座」 において, 日本語ボランティア 活動開始 (後にJVグループ 「松江日本語指導ボランティアかけはし」) 1996 【松1】 [かけはし] 松江市国際交流協会設立 第2回日本語指導ボランティア養成講座 [松江市国際交流協会] 【松2】 1997 第3回日本語指導ボランティア養成講座 [松江市国際交流協会] 【松3】 1998 しまね国際研修館・日本語ボランティア養成研修 [しまね国際センター] 【島2】 1999 「日本語ボランティアいろはの会」 設立 [いろは] 松江市の外国人登録者数は, 1980年3月末に276名であったが, 10年後の1990年3月末には446人に 増加した。 島根大学は, 1982年にアメリカ合衆国のセントラル・ワシントン大学と初の姉妹校協定を 締結し, これ以降, 島根大学に留学生が増加した7)。 この事実は, 島根大学外国語教育センタージャー ナルの以下の記載からも読み取ることができる。 すなわち, 「これ以前にも, 少数の留学生や外国人 教員は散見していた。 しかし, 島根大学が組織をあげ, 国際交流に取り組む姿勢を明確にしたのは, このときが最初である」 とある。 島根国際交流センターの設立 (1989年), 松江市国際交流会館の開 館 (1992年) など, 島根県・松江市などの行政も, 国際化へ向けての整備を本格化した。 このような中でJVの必要性が高まり始め, 1994年に松江初の 「JV養成講座」 が開講されるに至る, 1980年代から1993年までの時期を, 筆者らは 「松江国際化黎明期」 と定義した。 図1. 島根県及び松江市の外国人登録者数と島根大学留学生数の推移 (松江地域の 「日本語ボランティア養成講座」 開講と 「日本語ボランティア」 設立を略号略称で示 し, 「松江日本語ボランティア」 のⅠ期Ⅱ期の区分を示し加えた) 島根県 島根県の国際化の現状 , 松江市統計情報データベースより作成 164 島根大学生涯学習教育研究センター年報 松江地域における日本語ボランティア活動の歩みの概括と今後の展望 2. 松江日本語ボランティア第Ⅰ期 (国際化対応のための外国人支援体制整備・開始期) 1990年の出入国管理法の改正によって, 日系南米人に就労活動に制約がない 「定住者」 資格が付与 されるようになると, 南米の日系人が来日するようになり, 国内の外国人登録者数が急増した。 松江 市の外国人登録者数も, 1990年末には476名であったが, 10年後の2000年末には1,119人へと急増し た4)。 「松江JV第Ⅰ期」 (1994年∼1999年) は, 外国人への福祉サービスの視点から行政主導で開講され た 「JV養成講座」 によって, 3つのJV教室が誕生した時期である5)。 この3JV教室のうち, [だんだ ん] と [いろは] は自主グループを組織して活動し, 「外国人のための松江日本語講座」 は, 松江市 の事業として教室が運営された。 1994年に, 松江市内で初めて【島1】が開催された。 島根国際交流センター (当時) が主催し, 国 際日本語普及協会 (AJALT) の協力を得て開催された。 この講座の目的は二つあった。 一つ目は, 1995年に開館を予定していた 「しまね国際研修館」 で, 研修生の研修を担当する日本語指導者の養成 であった。 二つ目は, 外国人に, 日本語支援を行うためのJVグループ設立の支援であった。 この 【島1】終了後, [だんだん] が設立された。 1995年に, 松江市が主催して【松1】が開講された。 松江市の国際化事業の一環として, JV教室 「外国人のための松江・日本語講座」 を運営するため,【松1】は日本語指導の事業協力依頼をする JVの養成を念頭に開講された。【松1】では, JVを 「日本語指導ボランティア」 (下線筆者) と呼び, 指導者として教育活動をするボランティアであると位置づけられ, JV活動の必須条件として, 事業 主体が実施する 「JV養成講座」 の修了を掲げた。【松1】の内容には, 日本語教授法, 日本語文法や 音声学など日本語教育に関する専門知識が盛り込まれていた。 このJV教室が開催された松江市国際 交流会館は, 地理的に島根大学に近い関係で, 当時年々増加していた留学生が [かけはし] のJV教 室に多く参加した。 島根大学の留学生は, 1982年, セントラル・ワシントン大学と初の姉妹校協定締 結時にはいなかったが,【松1】が開講された1995年には, 128名 (10月1日現在) に増えていた。 1996年に設立された松江市国際交流協会によってJV教室の運営は継続し,【松2】【松3】が実施さ れた。 1998年, しまね国際センターは,【島2】を開講した。 この講座は, 1994年に開講した【島1】に 続き, 一般市民を対象とした講座で, 「しまね国際研修館」 での研修を担当する日本語指導者の養成 と, 新しいJV教室の開設支援を目的としていた。 この【島2】修了者が中心となって, 1999年に [いろは] が設立された。 [いろは] は, 主に島根大学の留学生寮である 「島根大学国際交流会館」 で 留学生とその家族等に日本語指導をしている。 「松江JV第Ⅰ期」 は, 市民による外国人への日本語学習支援体制が整えられ, 本格的に活動が開 始された時期である。 1994年の【島1】以降1999年迄を 「松江国際化黎明期」 に続く 「松江JV第Ⅰ 期」 とした。 3. 松江日本語ボランティア第Ⅱ期 (隣人支援による共生模索期) 「松江JV第Ⅰ期」 では, 行政主導の外国人サービスの視点でJV教室の設立支援が行われ, 市民へ 国際化のメッセージが広まった。 それに対して, 「松江JV第Ⅱ期」 では, 外国人を隣人として捉えた 多様な市民活動が生まれ, JV教室を, 外国人住民とJVが共に学びあう交流の場であると捉え, 「多文 化共生社会」 実現のための基盤となる実践が行われつつある。 この意味で, 「松江JV第Ⅱ期」 は 「隣 人支援による共生模索期」 と定義付けることができる。 2000年に, 文化庁の日本語教員の養成に関する調査研究協力者会議により, 「日本語教員養成にお いて必要とされる教育内容」 が発表され, 日本語教師の養成に大きな変化が起きた。 この発表では, 国際化の進展に伴う学習者の多様化による日本語教育環境の変化に対応出来る日本語教師養成の重要 性が強調された。 これは, 従来の言語を中心に据えた教育内容から, 「コミュニケーション」 を核と した教育内容への大幅な変更を伴った。 すなわち, 「社会・文化・地域に関わる領域」 として, 地域 島根大学生涯学習教育研究センター年報 165 山本達之・松田みゆき のJV教室を想定した異文化接触などの内容が新たに盛り込まれた。 このことから, この時期が, 日 本語教育においてJV活動の重要性が確認された大きな転換期であったことが分かる。 2000年を境に 「JV養成講座」 の内容にも 「日本語交流活動」 を積極的に紹介するなど講座内容に大きな変化が起きた。 松江市の在住外国人数の増加傾向が2000年以降は鈍化した。 島根大学の留学生数も, 1997年10月 1日に161名に達して以降, その後数年間は頭打ち状態となった。【島2】の修了者による [いろは] 設立以降, 「JV養成講座」 修了者による新しいJV活動の動きは, 2009年の [あさひ] 迄, 約10年間無 かった。 これは, 松江地域のJV活動が, 在住外国人数が安定する中で, 一定の成果を挙げていたた めであると考えられる。 筆者らは, 2000年以降を 「松江JV第Ⅱ期」 と定義し, 隣人支援の視点から行われた多様な市民活 動も併せて, 以下に概括する。 表2・松江市内で開催の 「日本語ボランティア養成講座」 と日本語ボランティア活動, 及び関連事項 「松江日本語ボランティア第Ⅱ期」 (2000年以降) 区 分 年 2000 出来事/JV養成講座名 [主催団体名] 養成講座/JV 活動 第4回日本語指導ボランティア養成講座 [松江市国際交流協会] 【松4】 「日本語教員養成において必要とされる教育内容」 (文化庁) 発表 第5回日本語指導ボランティア養成講座 [松江市国際交流協会] 2002 減災のための 「やさしい日本語」 研究会発足 (弘前) 「NPO法人しまね多文化共生ネットワーク」 設立 松 江 日 本 語 ボ ラ ン テ ィ ア 第 Ⅱ 期 2003 2004 2005 [ネットワーク] 「日本語教育能力検定試験」 (日本国際教育支援協会) 改定 地域の日本語教育に関する公開講演会, 公開講座の開催 (島根大学) 開始 「松江地域文化交流研究会」 設立 第6回日本語指導ボランティア養成講座 [松江市国際交流協会] 2006 【松5】 「 地域事情小冊子 (仮題) 改名) 発足 企画編集委員会」 (後に 「 まつえりあ 【松6】 編集委員会」 と 「しまね子ども日本語教育協会“しまねっ子”」 設立 2007 まつえりあ (松田みゆき監修, 「 まつえりあ 交流研究会発行) 発刊 編集委員会」 編著, 松江地域文化 「しまね日本語支援協会」 設立 第1回あさひ日本語ボランティア養成講座 [松江市朝日公民館] 【公1】 2009 「あさひ日本語教室」 において, 日本語ボランティア活動開始 (2011年終了) [あさひ] 2010 第2回あさひ日本語ボランティア養成講座 [松江市朝日公民館] 【公2】 2011 「まつえりあ日本語ボランティアグループ」 設立 2012 第1回日本語ボランティア養成講座 (予定) [まつえりあ] 【新】 松江市国際交流協会によって開講された【松4】(2000年),【松5】(2002年),【松6】(2006年) は, 既に活動中の [かけはし] のメンバーを補充し, 事業を継続させることが主目的であった。 筆者 (松田) は,【松5】と【松6】の講師を務めた。 この 「JV養成講座」 では, 2000年以降重視されて 来た, コミュニケーションを活動の中心に据えた教室活動について講座内容に盛り込んだ。 2002年に, 弘前市で, 「減災のための やさしい日本語 研究会」 が発足した。 これは, 災害時を 始めとする行政サービスとしての 「やさしい日本語」 への書き換えや, 市民活動としての 「やさしい 日本語」 使用が全国的に広まるきっかけとなった。 「やさしい日本語」 を多文化共生のための日本語 166 島根大学生涯学習教育研究センター年報 松江地域における日本語ボランティア活動の歩みの概括と今後の展望 であるという意味から, 「共生日本語」 と呼ぶこともあり, JV活動での使用も広まった。 またこの年 に, 松江地域で, 多方面から外国人への支援活動を展開する [ネットワーク] が設立された。 この グループの活動は, 必ずしもJVの活動に特化せず, 生活支援や, 共同作業などによって, 多文化共 生の実現を目指し, 医療現場での英語通訳の学習会を定期的に開催している。 2007年に設立されたフィ リピン人女性の自主グループ 「松江ピノイ カピット ビシグ」 への識字指導も行っている。 2004年以降のほぼ毎年 (2004 (この年のみ公開講演会), 2005, 2007, 2008, 2009, 2010, 2011年), 筆者 (山本) は, 島根大学公開講座を実施している。 一連の公開講座は, 日本語教育の視点から, 国 際化にともなう松江地域の文化社会のあり方について市民と考えるという共通の視点から実施してい る。 これらは, JV活動への支援ともなっている8) 9) 10)。 2005年には, 松江地域文化交流研究会が設立された。 この会は, JV活動を行う会ではなく, 外国 や島根県外など多様な文化圏から松江地域に来た方々と一緒に, より良い松江地域文化を創造するこ とを目的として, 講演会や勉強会を開催している研究会である。 前述の, 島根大学公開講座も, この 研究会の協力により実施された。 また, 本稿で議論している 「JV養成講座【新】」 (2012年実施予定) は, この研究会による企画・主催である。 2006年には, 筆者 (松田) が中心となって 「 地域事情小冊子 (仮題) 企画編集委員会」 (後に 「 まつえりあ 編集委員会」 と改名) が発足し, 翌2007年には, 日本語レベル別の 「やさしい日本語」 により執筆された, 外国人への松江地域文化事情の読み教材として, た まつえりあ が発行され 9) 10) 。 2009年の【公1】, 2010年の【公2】は, 島根県教育庁 「実証! 地域力 醸成プログラム」 の事 業として松江市朝日公民館が実施した 「多文化共生による地域づくり事業」 の事業協力者として, [あさひ] で活動するJVを養成するための 「JV養成講座」 であった6)。 これは, 1999年以降, 10年ぶ りの新しいJV教室の設立に備えた 「JV養成講座」 であった。 本事業の特色は, 外国人を支援対象と 捉えるのではなく, 地域に住む同じ住人として遇することによって文化交流と発信を目指すことであっ た。 筆者 (松田) は,【公1】,【公2】の講師を務めるとともに, 日本語部門責任者として [あさひ] を指導的に運営した。 地域における隣人として外国人をとらえ, 共生を指向して開設された [あさひ] であったが, その後, 2011年6月末には, 1年9ヶ月の短期間の活動の後に終了した。 この教室が短期間で終了した背景には二つの主な理由があった。 その一つ目は, 元々, 島根県から の委託事業としての予算が3年と限られていたために, 継続的活動に必要な予算の見込みが立たなかっ たことである。 二つ目は, 島根県の委託事業であることを理由に, 優先的に公民館施設を使用するこ とに対する, 朝日公民館区の住民理解を充分に得ることなく事業が遂行されたことである。 特に二つ 目の点については, [あさひ] 終了の際に, 同公民館館長から参加したJV全員に報告された。 すなわ ち, この事業は, 島根県の委託事業であるとは言え, 公民館の施設を優先的に使用することに対して, 朝日公民館区住民の強い抵抗感があったとのことであった。 この点を理解するためには, 朝日公民館 区の松江市全体の中での位置づけを考慮する必要がある。 朝日公民館区は, 松江駅周辺の市中心部に位置し, 周囲からのアクセスが便利であることから, 松 江地域全域に渡って多文化共生の場として公民館を開放し, 事業を展開しようという発想で事業は計 画された。 しかし, 朝日公民館区の人口は, 4,358人 (2011年6月末現在) で, 同時期の松江市の人 口191,903人の約2.3%でしかなく11), 広く松江地域全体から来室する外国人に対応するのに必要なJV を, 朝日公民館が館区内だけで確保することは極めて困難であった。 このため, 本事業開始当初から, JVを他の公民館区の人材に頼ることが事業の前提条件であった。 そこで, 事業協力者であるJVが朝 日公民館区外から多数来館して事業を支える主体となることとなり, 結果的に朝日公民館区の住民の 感覚に馴染むこと無く, この事業の活動の意義が理解されないまま [あさひ] は終了した。 全国的に見た場合, 類似の事業が公民館によって実施されている例もある。 しかし, それらの多く は, 外国人の集住が急速に進み, 共生の必要性が喫緊の課題として生じ, あるいは住民に充分に周知 されて, 事業の意義が理解されているような場合である。 島根大学生涯学習教育研究センター年報 167 山本達之・松田みゆき [あさひ] 終了時の外国人学習者の登録数は, 38名 (14ヶ国) で, JV数は, 32名であった。 [あさ ひ] の終了によって, 外国人学習者は, 日本語学習と交流の場の一つを失った。 そうした外国人の中 には, 松江市内の他のJV教室に参加する方や, 個人的に [あさひ] の元JVに連絡を取って学習を継 続した方もいた。 行き場を失った外国人のことを心配されて, 学習の場の無償提供を申し出た方も複 数名いらした。 実際, そうした援助の下に, 日本語学習を続け, [あさひ] 閉鎖直後の7月に実施さ れた日本語能力試験に向けた勉強を継続した外国人の方もいた。 間も無く, かつての [あさひ] 参加 者から, 個人的な日本語学習ではなく, グループで活動をしたいという強い要望が筆者らに届いた。 2011年7月に, こうした要望を受けて, 筆者 (松田) は, 新しく [まつえりあ] を自主グループと して設立し, JV教室を9月に開始した。 [まつえりあ] は, まつえりあ を副教材として, 文化交 流と対話を促進し, 多文化共生による新しい松江地域文化構築の基盤作りに挑戦している。 筆者 (松 田) が代表を務め, 松江地域文化交流研究会の支援を受けながら, 継続的な活動を行っている。 「松江JV第Ⅱ期」 における, [ネットワーク] や [あさひ] 設立の動きは, 「外国人支援」 という 概念から一歩進んで, 「隣人としての外国人との共生」 を視野に入れた活動であった。 「多文化共生」 の基盤作りのための交流のきっかけ作りとして まつえりあ が編集され, その実践の場として [ま つえりあ] が誕生した。 様々な文化背景を持った住民が地域文化を豊かにし, より文化的な生活が送 れるよう, 島根大学や 「松江地域文化交流研究会」 が生涯学習と市民の意見交換の場を創り, JV活 動のネットワークができた。 2012年開講予定の 「JV養成講座」 は, 既存のJV教室の取り組みを支援し, さらに発展させること を目指して実施したい。 Ⅳ. 松江地域事情に配慮した 「日本語ボランティア養成講座」 に期待されるもの 松江地域が持つ三つの地域事情, 特に 「日本語教育機関の不在」, 「学園都市」, 「国際文化観光都市」 が, 「JV養成講座」 修了者の活動内容に大きな影響を与えた。 次にこれら三つの地域事情が与える影 響について述べ, 「JV養成講座【新】」 で配慮すべき点を考察する。 1. 日本語教育機関の不在 松江市内には, 日本語教育振興協会が認定している日本語教育機関が無い。 そのため, 「松江JV第 Ⅰ期」 の 「JV養成講座」 修了者は, 通常, 日本語教育機関が存在する地域では, 日本語教育の専門 家が実施しているような業務を, 担うことになった。 一般に 「JV養成講座」 は, JV教室でのJV活動 を前提に開催されるが,【島1】【島2】のように 「しまね国際研修館」 での日本語講師養成を視野 に入れた 「JV養成講座」 もあった。 「JV養成講座」 修了者が, 実際に携わった日本語教育は以下の通 りである。 日本語講師 (研修生, 技術研修員, 外国語指導助手 (ALT) 対象) 上記の日本語研修は, 「しまね国際研修館」 で実施された。 これらのうち, 「研修生」 を対象と した研修は, 入管法の改正による 「新しい研修・技能実習制度」 の導入によって, 教育内容の保 障が厳しく審査され, 担当講師の責任は近年ますます重くなって来ている。 松江市日本語指導協力員 「松江JV第Ⅰ期」 には, 松江市教育委員会から依頼を受け, [だんだん] のメンバーが日本語 指導協力員として教育にあたった。 現在は, しまね国際センターの帰国・外国人児童生徒への 「子どもサポーター制度」 によって登録した適任者が, 各学校や教育委員会等の依頼を受けて紹 介されている。 島根県立大学交流県留学生の入学前日本語研修講師 2001年と2002年に, 島根県立大学の交流県留学生を対象にした, 大学入学前日本語研修が 「し まね国際研修館」 で実施され, 筆者 (松田) が研修の教務責任者として 「松江JV第Ⅰ期」 の 「JV 養成講座」 修了者数名と日本語講師チームを組織した12) 13)。 168 島根大学生涯学習教育研究センター年報 松江地域における日本語ボランティア活動の歩みの概括と今後の展望 島根大学日本語補講担当講師 日本語補講は, 留学生なら無条件に誰でも受講できる授業である。 2011年5月1日現在, 島根 大学の留学生は203名で, そのうち, 単位の出る正規の日本語授業の受講資格のない学生 (大学 院生, 研究生) は144名で, 全体の70.9%に相当する。 このことから, 単位が付与されず非正規 ではあるものの, この日本語補講の重要性は明らかである。 生活上必要な日本語学習の機会を設 ける目的と, 日本語能力試験対策を目的とした授業である。 島根大学外国語教育センターホーム ページに公開されている時間割を見ると, 2011年前期の日本語補講は, 1週間に13コマあった。 そのうち11コマ, 84.6%相当の授業を担当している講師は, 「松江JV第Ⅰ期」 に 「JV養成講座」 を修了した方々であった。 島根大学への入学希望者への予備教育 科目等履修生や研究生などの身分で島根大学に在籍する留学生の中には, その後, 大学または 大学院への入学を目指す留学生がいる。 松江地域に日本語教育機関が無く, 島根大学にも留学生 予備教育コースが無いため, こうした留学生が, JV教室での日本語学習を希望する場合には, JVが予備教育に相当する日本語指導をすることもあった。 しまね国際センター日本語コーディネーター 【島1】修了者の例では, しまね国際センターの 「地域の日本語教室開設支援事業」 で, 島根 県内のJV教室の立ち上げに係る 「JV養成講座」 のコーディネートを担当するコーディネーター 職に就いた方がいた。 そ の 他 日本語教育を業務委託したり, 日本語教師としてのスキルアップを図るために勉強会組織を新 たに作る動きもあった。 2006年には, 年少者の日本語教育を担当する教師の会 「しまね子ども日本語教育協会“しまねっ 子”」 が発足した。 2007年には, 「しまね日本語支援協会」 が設立され, 主に 「しまね国際研修 館」 で実施されている日本語研修の業務委託を請けている。 [ネットワーク] で, フィリピン女 性の自主グループの識字教育を請けている教師の会もある。 以上のように, 特に 「松江JV第Ⅰ期」 初期の 「JV養成講座」 修了者には, 日本語教育の専門家と しての活動が次々と期待された。 当初, 能力の伴わない経験不足の状態で担わなければならなかった 仕事では, 苦労も多かったと聴いている。 文化庁の調査によると, 全国の日本語教師数は, 1990年から20年間で約5倍に急増した。 文化庁は, JVを日本語教師として分類しており, 2010年の日本語教師数は, 33,416人, そのうちJVが18,526人14) で, 日本語教師の約55%がJVという計算である。 急増する外国人の日本語教育の需要に応えるため, 全国で日本語教育に携わる人が急増した。 松江地域でも1990年代以降, 「JV養成講座」 修了者が次々と生まれ, 総合的日本語教育能力を身に 付け, 日本語教育専門家として仕事をすることが急激に求められた。 松江地域には, 日本語教育機関 が無いだけでなく, 日本語教師を教育する機関も無いため, 自己研鑽が必要であった。 JVは, 「JV養 成講座」 修了後も, 様々な研修への参加, 通信教育の受講, 大学院への進学など, 個人的努力をした。 中でも, 「JV養成講座」 修了者のうち, 日本語教育の仕事を開始した方々の多くは, 「日本語教育能 力検定試験」 の合格を目指して勉強した。 「日本語教育能力検定試験」 は, 前述の 「日本語教員養成において必要とされる教育内容」 の発表 を受けて, 2003年に大幅に改定された。 これにより, 現在では, 生涯学習の成果を試そうと受験する JVの受験者が大幅に増加し, 日本語専門家として教壇に立つ一部の者のためだけの試験でなくなっ て来ている。 松江地域の 「JV養成講座」 修了者が日本語教師として活動を始めて15年以上になる。 単に経験年 数を重ねるだけでは, 「JV養成講座」 修了者が, 日本語教師としての資格要件を満たしているとは言 島根大学生涯学習教育研究センター年報 169 山本達之・松田みゆき えない。 日本語教育振興協会 「日本語教育機関の運営に関する基準」 に定められている日本語教師の 「教員の資格」 によると, 特別に学校に通わなくても最も端的にその資格を満たすことを証明するた めには, 「日本語教育能力検定試験」 に合格すればよい。 「日本語教育能力検定試験」 は, 松江地域の JVの基礎的な教育能力を証明する, 客観的で代表的な試験である。 日本語教師として職に就く 「JV 養成講座」 修了者には, 今後は, このような日本語教師としての資格審査などが必要になると思われ る。 また, 近年, 全国的な日本語教師の増加に伴って, 松江地域でも, 他地域で日本語教育科目を修め た方のUターン, Iターン者が増えた。 実際,【公1】,【公2】の 「JV養成講座」 の受講者の中に は, 大学院で日本語教育学や異文化コミュニケーション学を修めた方々がいた。 松江地域全体の日本 語教育のレベル向上を図るために, このような方々が日本語教師として活躍できる場が公平に担保さ れるようなシステムを各々の日本語教育の主催者が運用する必要がある。 文部科学省は, 「日本語教育能力検定試験」 の試験範囲の根拠となっている, 日本語教師に必要な 教育内容を学習するのに必要な時間を420時間と設定している。 「JV養成講座」 修了者が, 同等の内 容を修めるためには, 講座終了後も継続して自律的に学習を続けなければ不可能である。 そこで, 2012年に開講予定の【新】には, 修了者がその後も自立学習が可能なような配慮とともに, 日本語教 育のための学習や試験に関する情報の紹介を取り入れる必要がある。 2. 学園都市 「松江」 次に, 松江市に島根大学が存在する, 「学園都市」 という事情が与えた影響について述べる。 島根大学松江キャンパスの留学生は, 2011年5月1日現在, 171人である。 その他, 大学院生の帯 同家族, 外国人教員とその家族もいる。 この方たちを加えると, 松江市在住外国人の2割近くが島根 大学関係者である。 松江地域のJVグループは全て, 島根大学のある松江市中心部で活動を行ってお り, 2001年の調査5)によれば, 松江市内のJV教室参加者の約7割が島根大学関係者であった。 筆者 (松田) が代表を務める [まつえりあ] では, 2011年12月現在, 8割以上が島根大学の留学生とその 家族である。 松江地域のJV教室には, 「学園都市」 がもたらす, 大学関係者集住地域に立地している 事情がある。 学習者としての島根大学関係者の日本語レベルには個人差が大きい。 日本語で新聞を読んで意見を 述べることが出来る人もいれば, 学習言語として英語の使用を前提とするコースの留学生や帯同家族 の中には, 日本語学習歴が全くない人もいる。 しかし, 彼らには, 家族も含め多くの場合, 高等教育 機関で勉学活動を行う能力があり, 英語などの外国語の学習経験があるというほぼ共通するレディネ スがある。 これは, 本国で初等教育を受けた後, 外国語学習の経験なく来日した外国人のケースと大 きく異なる。 一般に, 外国語学習に対して成功体験を有する者は, 言語学習に対する独自の学習ビリー フを確立している場合が多い。 必要な日本語学習を効率よく済ませるためには英語などの媒介語の使 用が良いと考える人や, 自宅で出来ると思われる単純な練習はしたくないと考える人, とにかく多量 の会話を望む人など様々である。 ビリーフを強く持っている学習者は, そのビリーフに合わない活動 に対してストレスを感じる。 そのような学習者の中には, JV教室の活動が自らの学習スタイルに影 響を与えることに対して抵抗を示す場合もある。 このような場合, 現場での的確な判断と, 時には活 動を理解してもらうためのコミュニケーション能力が必要となる。 以上のことは, いずれのJV教室 でも必要なことであるが, 特に学習者のレディネスやニーズを分析する際に, 学園都市ならではの事 情は配慮すべきである。【新】では, このような点に配慮し, 教授法や活動の種類を固定せず, 適確 にアレンジする方法について扱う必要がある。 JV教室には, 多くの島根大学留学生等と接する機会があるとともに, その他の多様な背景を持っ た学習者と出会う貴重な機会もある。 様々な立場の多数の外国人が松江地域に居住していること, ま た, そうした外国人の中には, 地理的, 家庭的な事情などにより, JV教室に来たくても来られない 方が多いことも事実である。 【新】では, 「多文化共生社会」 に備え, 在住外国人事情を学び, 眼前 の現象にとらわれずに想像し, 配慮できるJVを養成したい。 170 島根大学生涯学習教育研究センター年報 松江地域における日本語ボランティア活動の歩みの概括と今後の展望 3. 国際文化観光都市 「松江」 最後に, 松江市が国際文化観光都市であるという事情がJV活動に与える影響について述べる。 松 江市は, 1951年に認定された国内に3ヶ所ある国際観光都市の一つである。 2011年には, 観光庁が行 う 「訪日外国人旅行者の受入環境整備に係る戦略拠点・地方拠点」 に松江市が選定され, 松江市は, 松江を訪れる外国人旅行者の訪問を促進し, 満足度を高め, リピーターの増加を図るため, 受入環境 を整えつつある。 日本語に不慣れな外国人のために, 国際文化観光都市として考えられる望ましい言語環境の整備に は, 二つの方向性がある。 一つは, 既に実施されている観光情報パンフレットや標識, 宿泊施設の多 言語化対応による言語環境整備である。 もう一つは, 平易で簡潔な, いわゆる 「やさしい日本語」 に よる対応である。 外国人旅行者は, 旅行の楽しみのひとつとして, 旅行先で使用されている日本語を 多少なりとも学び, 出来れば使ってみたいと考えているのではないだろうか。 JVは, 活動を通して 「やさしい日本語」 の使い手としての修養を積んでいる人材である。 また 「JV養成講座」 で, 異なっ た文化を持つ外国人との接し方, 相互理解の大切さ学んだJVは, 外国人旅行者へ好ましい対応の出 来る人材である。 このように, JVは, JV教室のみで活動するのでなく, 国際文化観光都市松江の住 民として, 草の根の交流活動の実践者として位置づけることができる。 松江の地域文化事情を紹介した まつえりあ には, 「国際文化観光都市」 である松江市の観光資 源の紹介が載っている。 記事を書いたJVは, 松江を外国人に紹介したいという強い動機から, いわ ゆる 「やさしい日本語」 での執筆に取り組んだ。 筆者 (松田) は, 2002年以降,【松5】【松6】【公1】【公2】の講師を務め, 100名以上のJV を養成して来た。 それらのJVの中には, 「JV養成講座」 修了後, 活動に参加しなかったり, 途中で止 めてしまったりする方々がいた。 2006年に, それらのうち約30名の方々と連絡を取り話を聴く機会が あった。 この方たちが活動を止めた理由は, 家庭の事情等多様であったが, 「JV養成講座」 で学ぶこ と自体が, 生涯学習として楽しみであったと振り返る方がほとんどであった。 職場やお子さんの学校 などで知り合った外国人と, 「JV養成講座」 で学んだことを生かして交流する方や, 外国人に個人的 に日本語学習支援をしている方もいた。 島根県内の他の 「JV養成講座」 には, 終了後, 実際ボラン ティア活動を行うことがJV養成講座への参加条件となっている講座もあった15)。 確かに 「JV養成講 座」 修了後, JV教室で活動をしていない方は, 「松江JV第Ⅰ期」 に想定されていたような狭義のJV とは呼べないのかも知れない。 しかし, 日常の場面で, 「自分の意思で, 日本語を用いて, 人のため に, 何か活動をする」 という行動を行った場合, それはボランティア精神の点から見ると, 自発性と 利他性に適っており, 広義のJV活動と言える。 長い目で見ると, 「JV養成講座」 には, 異質な文化と の接触場面において適切な対応が出来る市民や, いわゆる 「やさしい日本語」 の使い手を養成すると いう役割がある。 「JV養成講座」 に集う市民は, 言語, 文化に関心のある, 善意の市民である。 彼ら の生涯学習の一つとして, 「JV養成講座」 は国際文化観光都市 「松江」 に相応しいJVを養成するとい う意義がある。 「やさしい日本語」 は, 旅行者への対応に限らず, 外国人の隣人とコミュニケーショ ンを図る上で大切な素養である。 「JV養成講座」 は, その学習の機会を提供している。 2012年に開講予定の【新】では, 「JV養成講座」 受講動機を予め伺って配慮するとともに, 広義の JV活動の担い手となっていただけるよう受講者に促す必要があると考えている。 Ⅴ. おわりに 松江地域で初めて 「JV養成講座」 が1994年に開講されてから17年経った。 現在, 松江地域のJV数 は増え, 松江地域には, 5つのJVグループがあり, 外国人が日本語を学習する環境が整っている。 日本語教師としての教育課程の修了者や, 日本語教育能力検定試験の合格者も増え, 「松江JV第Ⅰ期」 初期のように 「JV養成講座」 修了者が, いきなり急ごしらえで日本語教師としての専門的な仕事を 任されるようなことはなくなった。 2008年のリーマンショック以降, 島根県も松江市でも, 在住外国人は増加していない。 しかし, 全 島根大学生涯学習教育研究センター年報 171 山本達之・松田みゆき 国的に見ると, 出生率の低下が続く限り, 外国人労働者を受け入れる必要性は, 今後は更に高まると 予想される。 長期的に考えると, 日本在住の外国人が増加し, さらに日本語教育の需要が増える可能 性が高い。 このように予想される以上, 高い専門性が要求される日本語教育の需要に対応出来る人材 の発掘と養成を, 今のうちに行っておく必要がある。 このような役割を 「JV養成講座」 が担う意義 は, 今まで以上に高まると筆者らは予想している。 一方, 言語や文化を客観的に観る訓練を行い, い わゆる 「やさしい日本語」 を使用して, 他者と適切なコミュニケーションを図ることができるような, 広義のJV活動者としての松江市民を増やしておくことも必要である。 筆者らは, 以上のような人材の養成と生涯学習を 「JV養成講座」 で幅広く同時に行うことは可能 であると考えている。 なぜならば, 「相手のことを考え, 場の成り立ちを客観的に判断し, 最も相応 しいテーマと手段を選択して日本語でコミュニケーションする」 というJV活動の本質は, 日本語教 育全般に渡って共通だからである。 以上, 松江地域におけるJV活動の歩みの概括と今後の展望に関して考察を行った。 本稿で記した 内容を, 今後の 「JV養成講座【新】」 の骨子として, プログラムデザインしたいと考えている。 <参考文献> 1) 大阪YMCA日本語教師会 地域の日本語教育 ボランティアで日本語を教える 2000年 2) 松江市政策部情報政策課統計係 「平成23年度外国人登録者数」 松江市統計情報データベース2011年 3) 法務省入国管理局総務課出入国情報管理室 「登録外国人統計」 4) 島根県総務部国際課 島根県在住外国人実態調査報告書 2010年年報 2011年 2001年 5) 松田みゆき 「島根大学留学生の日本語教育の現状と課題−日本語ボランティアグループと島根大学の連携の 必要性について−」 島根大学生涯学習教育研究センター研究紀要 6) 山本達之・松田みゆき 「島根大学公開講座を通じた 大学生涯学習教育研究センター研究紀要 第1号, 2002年, pp.15-33. 多文化共生による地域づくり事業 との連携」 島根 第7号, 2010年, pp.27-43. 7) 中村新一郎 「島根大学におけるキャンパス国際化」 島根大学外国語教育センタージャーナル 創刊号, 200 松江地域における国際交流の現状と未来 」 島根大学生 5年, pp.137-145. 8) 山本達之・松田みゆき 「公開講座を通して考える 涯学習教育センター研究紀要 第4号, 2006年, pp.11-21. 9) 山本達之・松田みゆき 「生涯学習者としての日本語ボランティアが地域の大学に期待するもの−松江地域事 情に密着した日本語地域教材冊子の開発−」 島根大学生涯学習教育研究センター研究紀要 第5号, 2007 年, pp.1-14. 10) 山本達之・松田みゆき 「地域文化事情読み教材 生社会の構築を目指した試みの一つとして−」 まつえりあ の開発と評価−松江地域の特色ある多文化共 島根大学生涯学習教育研究センター研究紀要 第6号, 2009 年, pp.1-14. 11) 松江市政策部情報政策課統計係 「人口・世帯数(公民館別町別一覧表2011年06月)」 松江市統計情報データベー ス2011年 12) 松田みゆき 「島根県立大学交流県留学生への日本語教育の必要性と今後の課題− 「島根県立大学交流県留学 生松江日本語研修」 報告−」 総合政策論叢 島根県立大学総合政策学会, 第3号, 2002年, pp.93-120. 13) 松田みゆき 「島根県立大学交流県留学生への"橋渡し教育"の試み− 「第2回島根県立大学交流県留学生松江 日本語研修」 報告−」 島根県立大学メディアセンター年報 14) 文化庁 「日本語教師数の推移」 国内の日本語教育の概要 Vol.3, 2003年, pp.64-88. 2010年 15) 深澤のぞみ・中河和子・松岡裕見子 「地域在住外国人に対する日本語ボランティアの養成シラバス」 大学留学生センター紀要 172 島根大学生涯学習教育研究センター年報 第5号, 2006年, pp.1-15. 富山 大学開放事業から生まれた生産者と消費者の連携事例 大学開放事業から生まれた生産者と消費者の連携事例 山岸主門*・竹中杏奈*・福間忠士**・井上憲一*・巣山弘介* (*島根大学生物資源科学部・**しまね合鴨水稲会) キーワード:援農、 生産者、 消費者、 農業体験、 大学開放事業 Cooperation of the producer and consumers resulting from Shimane university extension Kazuto YAMAGISHI, Anna TAKENAKA, Tadashi FUKUMA, Norikazu INOUE & Kousuke SUYAMA Key Words:community supported agriculture, producer, consumer, agricultural experience, university extension Ⅰ. 「みのりの小道」 とは? 筆者らは、 島根大学憲章の前文にある 「地域に根ざし、 地域社会から世界に発信する個性輝く大学」 および「学生・教職員の協同のもと、 学生が育ち、 学生とともに育つ大学づくり」 を具現する場とし て 「ミニ学術植物園」 を創出した。 その結果として、 キャンパスの緑化整備も行われるというプロジェ クト、 通称 「みのりの小道」 活動を2004年秋から実施している。 この活動では、 生物資源科学部の教 員等が研究対象としている植物等を緑化素材に取り入れることでストーリー性・アピール性を生じさ せ、 また、 学外の地域住民や学生が管理作業に関与する仕組みを構築した1)。 学部の取り組みとして開始したこの 「みのりの小道」 活動は、 その後、 全学的に様々な位置づけが なされるようになった。 その位置づけを整理したものを表1に示す。 表1 項目 「みのりの小道」 の島根大学内での様々な位置づけ 主な対象 学部学生・ 学部教職員 主な内容 担当部署 学部長裁量経費や学部後援会費から援助頂き、 通常 生物資源 学部緑化・交流 の管理経費等に充てている 科学部 緑化等の 毎秋行われるキャンパス内の一斉落ち葉清掃をサポー 環境マネジ キャンパス・ 学生・教職員 トし、 集積した落ち葉を数年堆積し、 できあがった メントシステム アメニティ整備 腐葉土をみのりの小道等で有効利用している 実施委員会 まるごとミュージアム 島大まるごとミュージアムのコアゾーンに位置し、 一般者 ミュージアム 屋外施設 屋外施設として、 一般者に開放している 学生のボランティア活動やサークル活動などの正課 ビビットカード 学生 以外の諸活動に対して、 ポイントが与えられ、 ポイ 学生支援課 対象活動 ントに応じて特典が受けられる 大学の教職員・学生の、 子育てと仕事・学業との両 みの 男女共同 一時的な託児活動 学生・一般者 立をサポートする人材養成講座の修了学生が、 りの小道に参加する一般者の子どもを一時的に預か 参画推進室 る活動である (試行中) 大学の持つ 「知」 や 「技」 を広く地域の方々に開放 生涯学習教育 大学開放事業 一般者 する事業である 研究センター 日常的に 「学内に存在する」 ことについては、 緑化等のキャンパス・アメニティの維持・向上の側 面として、 また、 「島大ミュージアム」 の屋外施設としてそれぞれ位置づけられる。 ほぼ毎月一回開 催する 「公開作業」 については、 学生にとっての島大ビビットカード (正課外活動にポイントを付与 しポイントに応じて特典が受けられるカード) の対象活動として、 また、 大学が主催する行事に参加 する一般者の子どもを一時的に預かる活動 (試行中) として、 それぞれ位置づけ・評価されている。 これらに加え、 「みのりの小道」 は、 地域の一般者を主な対象とした生涯学習の枠組みによる 「大学 開放事業」 の側面も有しているが、 今回は、 この大学開放事業の参加者間の中から生まれ、 育みつつ ある 「生産者と消費者との連携事例」 について紹介したい。 島根大学生涯学習教育研究センター年報 173 山岸主門・竹中杏奈・福間忠士・井上憲一・巣山弘介 Ⅱ. 大学開放事業 「みのりの小道」 の公開作業 生涯学習に関する世論調査2)によると、 生涯学習を今後してみたいとする者の割合は7割超で、 そ の理由の多くは 「興味があり、 趣味を広げ豊かにするため」 であった。 しかし、 生涯学習への希望は あるものの実際に生涯学習をしていない理由は、 「仕事や家事が忙しくて時間がない」 という理由に 加え、 「きっかけがつかめない」 「特に理由はない」 と回答する者が意外と目立った。 筆者らは島根大 学の農場を利用した公開講座・大学開放事業を以前から継続しているが、 その参加者の中から、 「大 学は何となく敷居が高いが、 屋外フィールドで実施する農場の講座は参加しやすい」 という好評な声 とともに、 「今後の予定があやふやな時に、 数ヶ月先の講座に事前に申し込むのはちょっと尻込みす る」 といった少し不満な声も頂いていた。 これらの一般者の貴重な声を参考に、 「みのりの小道」 で は、 各種植物が存在する屋外フィールドを活かし、 木陰&野外卓が存するスペースをメイン会場とし た青空教室を原則とし、 また、 事前申込み不要・参加費も無料として、 いつでも気軽に参加できるよ う対応することとした。 大学開放事業 「みのりの小道」 活動の公開作業は、 原則、 毎月一 回 、 第 二 水 曜 日 の 午 後 、 14:00∼ 16:00の2時間開催している。 2004 年10月から2011年12月 (継続中) まで計95回実施し、 参加者は延べ 2,960名であった。 過去7年間の全 参加者数に占める一般参加者、 学 生参加者、 教職員参加者の割合を 図1に示す。 図1 みのりの小道全参加者に占める一般者、 学生、 教職員の割合変化 初期には、 まず学生の参加を促し、 学内での認知度を上げるため、 筆者 が担当する授業 (講義や実習) とタ イアップして実施することも多く、 学生の参加割合が3∼4割程度占め ていた。 その後、 学生および教職員 参加者の割合が減り、 当初、 2割程 度であった一般参加者の割合が増加 し、 ここ数年は6割程度を維持して いる。 初期は、 「みのりの小道」 の 公開作業について、 大学の広報誌や ホームページに掲載したり、 学内の 様々なイベント時に併せて紹介した り、 一般者に積極的に広報してきた。 2008年度からは毎月の公開作業にあ わせて、 「みのりの小道通信」 (B4 版両面) を作成し、 参加者に配布し ている。 その通信の例を図2に示す。 表面は、 PDCAサイクルを活用し、 前回活動の実施内容を振り返り (Do) 、 参 加 者 ア ン ケ ー ト の 結 果 (Check) やその回答 (Action) を 載せ、 今回以降の活動予定 (Plan) 174 島根大学生涯学習教育研究センター年報 図2 みのりの小道通信の例 (2011年11月号、 表面) 大学開放事業から生まれた生産者と消費者の連携事例 を示す形態とし、 裏面は、 「参加者から提供のあったイベントの結果や告知」 「筆者らの体験・興味の ある新聞記事」 などを適宜掲載している。 近年は、 「みのりの小道」 の様子を端的に表したこの通信 を、 参加した一般者が近隣の友人に見せながら誘って参加するケースが多くなっている。 また、 「み のりの小道」 の公開作業での交流内容を見ても、 一般参加者の得意分野や興味のあることを紹介し合 うケースが増え、 「みのりの小道」 が全体的に一般者に支えられている傾向が強まってきている。 Ⅲ. 福間農園の概要 これらの一般参加は、 50代∼70代の趣味として農作物や草花の栽培を行っている方たち (消費者) が大多数である。 農家の方 (生産者) の参加はわずかだが、 ここで紹介する福間農園の園主福間忠士 氏 (60代) は、 島根大学の知人の紹介で2008年6月より 「みのりの小道」 公開作業に参加するように なり、 ここ3年半はほぼ毎回参加している。 以下、 「生産者と消費者との連携」 の場となった福間農園と福間氏について簡単に説明する。 福間 農園は松江市内で、 大学から車で30分程度の場所にある。 福間氏は、 他県の企業で仕事をしながら、 夫妻で生協活動や家庭菜園で野菜作りをするなかで、 微生物を活用して生ごみを循環させる大切さや 農薬の危険性、 食品添加物の怖さなどを感じ、 1998年にUターンして有機農業を始めた3)。 当初は、 田畑は雑草に覆われ、 草の除去に追われる毎日だったようだが、 2003年に合鴨農法と出会ったことで ブレイクスルーし、 現在では、 夫妻で合鴨農法のほか、 各種野菜を有機栽培し、 収穫した農産物は個 人消費者との提携に加えて、 近隣のレストランや直売所等に出荷している。 Ⅳ. 援農の仕組みの構築 福間氏は、 合鴨農法をはじめとした農業全般について、 消費者により深く理解してもらうことが生 産にとっても大切だと以前から考えてきた3)。 その福間氏の意図を汲み取り、 「みのりの小道」 の公 開作業で、 福間氏から合鴨農法等の実際について、 定期的に話をしていただくことにした。 「みのり の小道」 の一般参加者の多くは、 小規模な家庭菜園やベランダ・キッチン栽培を楽しんでおり、 農家 現場の楽しさや大変さについての話を気軽に聞くことができる機会は大変貴重であった。 このような 交流を継続する中で、 一般参加者間でゆっくりとかつ確実に信頼関係が生まれ、 2009年になった頃か ら福間農園の農産物の注文や農園への訪問希望が自然発生するようになった。 そこで、 2009年5月か ら、 まず筆者ら大学教員が主導で何回か援農の機会をつくり、 交流を開始した。 その交流の中で積極 的に参加した一般参加者数人に、 援農の企画・調整役 (コーディネータ) を依頼し、 2009年8月以降 はその方々を中心に援農が動き出した。 四半期ごとにまとめた福間農園の援農の回数、 参加者数、 主な内容について表2に示す。 表2 年度 福間農園での援農の記録 (2009∼2011年度) 月 回数 参加 者数 主な内容 備考 (イベント等) 4∼6 5 48 タケノコ掘り、 合鴨解体、 野草摘取、 サトイモ植付、 黒ダイズ 播種、 ニンニク畑草取、 防鳥対策 タケノコ掘り 【5月】 7∼9 5 32 カボチャ敷草、 サトイモ草取、 水田ネットはずし、 黒ダイズ畑 草取、 ヒルガオ除去、 ダイコン播種、 カボチャ収穫・片付 32 ワケギ選別・畝立・植付、 ニンニク施肥・マルチ張り、 サツマ イモ収穫、 ナバナ播種、 タマネギ植床準備、 ニンニク畑草取、 ヘアリーベッチ・エンバク播種、 タマネギ植付、 ナス片付、 白・ 黒ダイズ乾燥 62 ニンニク・ワケギ畑草取・施肥、 黒ダイズ脱穀、 エンドウ苗定 植、 ナバナ畑草取、 水田用ネット片付、 剪定枝片付、 味噌づく 新年会 (一品持寄り) り (4回)、 合鴨解体、 ニンニク追肥、 黒ダイズ選別、 タマネ 【1月】 ギ追肥、 夏野菜播種、 ジャガイモ植付、 イネ苗箱土入 2009 10∼12 1∼3 7 13 注連縄づくり 【12月】 島根大学生涯学習教育研究センター年報 175 山岸主門・竹中杏奈・福間忠士・井上憲一・巣山弘介 4∼6 20 シイタケ植菌、 種籾消毒、 ナバナ収穫、 イネ播種、 サツマイモ 植付、 タケノコ掘り、 カボチャ定植、 田植え、 ダイズ播種、 水 104 田の金網・ネット設置、 ニンニク摘芽、 サトイモ植付、 ナス・ トウガラシ・ショウガ定植、 堆肥運搬、 カボチャ追肥、 オクラ 畑草取、 ウメ収穫 タケノコ掘り 【5月】 87 ニラ植付、 ダイス畑草取、 サトイモ畑草取、 ダイズ畑草取・追 肥・培土、 サツマイモ畑・カボチャ畑草取、 ナス収穫、 ズッキー 座談会 (卵&ナスを ニ&カボチャ片付、 ナス畑草取、 座談会、 イネ刈り、 ダイコン テーマに) 【9月】 播種、 ワケギ植付準備、 イネはで掛け 53 はでづくり、 ワケギ植付準備、 サツマイモ収穫・調製、 ダイコ ン・津田カブ間引・調製、 アズキ収穫、 ニンニク植付準備、 合 鴨用ネット片付、 エンドウ播種、 サトイモ貯蔵準備、 ナバナ畑 草取、 サトイモ掘り、 ダイズ収穫・乾燥、 黒ダイズ乾燥、 ウド 片付、 薪運搬 53 ダイズ脱穀・選別 (唐箕)、 味噌づくり(4回)、 ニンニク・タ マネギ畑草取・施肥、 エンドウ定植、 キウイ樹片付・焼却、 ダ 新年会 (一品持寄り) イズ脱粒、 ニンニク・タマネギ追肥、 イネ苗箱土入、 タマネギ 【1月】 施肥、 各種野菜播種 46 イネ播種、 ゴボウ播種、 カボチャ・パセリ・ニンジン・ホウレ ンソウ等播種、 刈草収集、 イネ苗箱土入れ、 石・根拾い、 ナバ ナ花摘、 アブラナ科野菜片付・除草、 ウド収穫、 カボチャ等定 植、 ウリ定植、 サトイモ定植、 ズッキーニ定植、 黒ダイズ播種、 水田ネット張り 55 ニンニク・タマネギ調製、 黒ダイズ畑草取、 ジャガイモ掘り、 サトイモ畑草取、 カボチャ収穫、 シソ収穫、 ダイズ畑草取、 エ ンドウの片付、 ナス畑・ゴボウ畑草取、 ブルーベリー敷草、 ホ ウレンソウ・ナバナ・ダイコン播種、 ハクサイ定植、 イネ刈り、 はで掛け 10∼12 13 66 ダイコン畑草取、 ワラ運搬、 ナバナ定植準備、 カキ収穫、 ナス 片付、 芋掘り、 ナバナ畑草取・施肥、 カキ収穫、 ニンニク調製、 サニーレタス・キャベツ定植、 葉菜類播種、 ソラマメ・エンド ウ播種、 ニンニク植付、 タマネギ植付、 ダイズ収穫、 ナバナ間 引、 ダイス干し場づくり、 合鴨用ネット張り、 鴨の捕獲 計 638 7∼9 11 2010 10∼12 1∼3 4∼6 2011 7∼9 9 12 11 11 117 映画鑑賞会 【11月】 ミニ門松づくり 【12月】 当初は毎月2回程度の実施だったが、 2009年冬季頃から、 ほぼ週に一度のペースで実施している。 参加者のコアメンバーは一般者の4名であるが、 毎月の 「みのりの小道」 で次回の援農日程を知らせ、 興味をもった一般者や学生も毎回加わる形で、 平均5∼6名程度の援農が継続している。 この5∼6 名という人数は、 圃場や休憩スペースの広さ、 作業の段取り等を考えると適正人数のようである。 援 農の内容は、 基本的に、 福間農園の仕事に合わせて福間氏がすすめているが、 野菜畑の各種管理・調 製作業を中心に、 その季節にあった様々な作業を実施している。 また、 年に数回、 主に援農参加者か らの発案で、 イベント的に、 福間農園周囲の竹林を活用したタケノコ掘りや、 水田からの副産物を活 用した注連縄づくりや合鴨料理づくりなども開催し、 新たな援農参加者の発掘に一役買っている。 Ⅴ. 援農の参加者およびコーディネータの感想 援農の参加者およびコーディネータを対象に2009年度実施したアンケート結果の一部を紹介する。 アンケートは、 自由回答方式を採用し、 量的・質的両方の技法を取り入れた 「内容分析」 が可能なソ フトウェア (トレンドサーチ2008) を用いて形態素分析による単語 (キーワード) 抽出を行った。 抽 出した単語の重要度を出現頻度やばらつきによって算出し、 また、 単語間の関連度に応じて平面上に マッピングし、 分析を行った。 その結果を図3に示す。 左側が一般参加者で、 右側が援農コーディネー タである。 176 島根大学生涯学習教育研究センター年報 大学開放事業から生まれた生産者と消費者の連携事例 図3 内容分析による主な重要キーワードのマッピング結果 左;一般参加者, 右;コーディネータ まず、 一般参加者の感想では、 「有機農業の大切さ」 や 「収穫・販売に至るまでの大変さ」 への気 づきに加え、 「自然や動物を相手にしているため同じことが通じない。 毎年、 考え直す必要がある」 といった感想が目立った (図3左)。 一般者と一緒に参加した大学生の中には、 「大学で農業を農学と して勉強していると、 農業や農作業、 農作物は客体として捉えることが多いが、 実際に作業をすると もっと主体的なものであって、 自分がどうしたいか、 自分がどうしたらいいかということが重要で、 他人から教わるより自然から教えられたことに自分がどう応じるかが大事だと思った」 という本質を 見据えた感想も見受けられた。 つづいて、 コーディネータの感想では、 援農の募集方法や福間農園までの交通手段の悩み・工夫の 必要さなども見られたが、 援農を通じて、 「何かパワーを貰うため、 リピーターが多い」 や 「子ども、 学生、 これから有機農業を目指す若い人、 年配者と、 様々な年代の人と話・交流できるのが楽しい」 といった、 福間夫妻や参加者との有機的なつながりの大切さへの気づきが読み取れた (図3右)。 ま た、 天候による作物の生育への影響や野生動物による被害などに接して、 「買って食べるだけではわ からない農業の苦労・考えることの大切さがお手伝いをしてよくわかった」 との感想が印象的であっ た4)。 Ⅵ. 今後の展望と課題 大学開放事業から生まれた生産者と消費者の連携事例として、 「みのりの小道」 の参加者を中心に 継続している援農活動を紹介したが、 3年を経過した現時点でのこれからの展望や課題を4つの観点 から整理したい。 1. 「みのりの小道」 参加者の主体性を活かし、 交流を育む 一般的に大学教員は教育・研究活動に比べて大学開放事業の位置づけは弱く、 大学開放は大学の周 辺的あるいは副次的な社会サービスとして意識されているケースが多いと言われる5) 。 島根大学は 2006年に大学憲章を制定し、 そのなかに 「社会貢献」 も大きく位置づけ、 生涯学習に関わる公開講座 島根大学生涯学習教育研究センター年報 177 山岸主門・竹中杏奈・福間忠士・井上憲一・巣山弘介 や大学開放事業もより積極的に実施されるようになってきた。 今後さらに質・量ともに充実させてい くことが望まれる。 その中で、 「みのりの小道」 は大学開放事業として、 7年間で通算95回の開催を 数え、 市民が集い学ぶ場として一定の成果を収めているものと実感している。 今回、 紹介した援農活動は、 この継続した 「みのりの小道」 活動の存在がまずあり、 そこで交流を 深め合った参加者間から生まれたことに大きな意義がある。 その意味において、 「みのりの小道」 の 活動は主催者側である大学が提供する内容だけでなく、 参加者の主体性が活発に出てくるような仕掛 けの構築や参加者同士が交流するきっかけづくりに今後より努めていきたい。 2. 参加者の農業への理解を高める 援農をマネージメントしている組織としては、 生協 (生活協同組合) が代表例として挙げられる。 生協の職員である山本 (2008) は、 「生協は教育機関でもあり、 本気で消費者を変えていく使命があ ると考えている。 消費者の意識改革として、 講演会や産地訪問、 農業体験を行っている」 と述べてい るが6)、 農業を盛り立てていくためには、 農業の価値を認め、 援助・購入してくれる消費者の存在が 欠かせない。 このように、 消費者の農業理解をより高めていくことが 「みのりの小道」 の大事な役割 であると感じている。 正しい農業理解が乏しいままに農作業体験や援農に参加しても、 なかなか次の参加につながらない ことが多い。 都市農村交流を深めていくために滞在型市民農園を提唱している東 (2009) は、 「厳し さを嫌い、 楽しさだけを求める人は、 市民農園の利用者に相応しくない」 としているが、 楽しさと厳 しさの両面をもつ農業を丸ごと理解する機会づくりが重要であると考える7)。 また、 農家との提携活動や農作業体験、 援農に積極的に参加する消費者は、 ①新鮮で安全な食を求 めるグループと、 ②地域の環境を守ることに意識の高いグループと、 ③農家を経済的に支えていこう というグループの3つに分けた場合、 ①新鮮で安全な食を手に入れるために参加するという理由が圧 倒的に多いという8)。 同様に、 有機農産物を農家と提携して購入する消費者を 「食の安全派」 と 「地 域環境派」 に類型した金 (2007) は、 有機生産される安全な食べ物には興味があるが、 有機農業のめ ざすものを十分に理解できていない 「食の安全派」 が一定割合存在することを指摘し、 農業・食料を テーマとした社会活動にも興味を持つ 「地域環境派」 を増やすことが大切であり、 そのためには通信 などのコミュニケーションを積極的にとるようにする必要があることを提案している9)。 「みのりの 小道」 でも通信の意義は大きいと認識しているが、 先述したように通信を介して、 「みのりの小道」 に参加し、 その中で農業について学び、 そして生産者と直接結びつく援農等に進展していく流れを確 かなものにしていきたい。 3. 参加者の顔ぶれを多様にする 援農を充実・継続させていくためには、 そのグループのメンバーは世代や職業や性別が一定である よりも、 バラエティに富んで、 多様であることが望まれる。 都市住民も農・山・漁村の住民も、 また 子どもからお年寄りに至るさまざまな世代の人々が自主的に楽しみながら学び合うことで、 子どもは 子どもなりの鋭敏な感性によって、 若者や中年世代は未来を担う立場から、 そして高齢者は長年の経 験にもとづく豊かな知性を発揮して、 世代を超えてお互いに切磋琢磨し合うことが予想される10)。 このように援農参加者の顔ぶれを多様にするためには、 皆が集う援農の場を多様にすることが一つ の方法として考えられる。 福間農園では合鴨水田の周囲の農地に、 ブルーベリーなどの小果樹類を中 心に植栽を開始している。 今後、 合鴨の持つ多様な魅力 (嘴や羽、 足による雑草防除・害虫防除・中 耕、 散糞による養分供給など) に加え、 永年性作物である果樹を利用した立体農法の展開や11)、 さら には、 水田や果樹園、 およびその周囲において子ども達の冒険遊び場12)の創設なども考えられる。 こ の援農活動が、 単なる農作業体験、 生産者と消費者の狭義の連携活動としてだけではなく、 生物多様 性を実感する場として、 地域の子ども達をはじめとする多様な参加者の健やかな成長を育む場として 機能する機会づくりになる可能性を模索したい。 178 島根大学生涯学習教育研究センター年報 大学開放事業から生まれた生産者と消費者の連携事例 4. 消費者側がコーディネート役となる 先述したように、 福間農園の援農における参加者のスケジュール調整や連絡といったコーディネー トは、 消費者 (参加者) 側が実施している。 このスケジュールの調整や連絡を継続的に行うことは非 常に大変であり、 この役割を引き受け側の農家が担当することは負担が大きい。 福間農園の援農のコーディネート役は、 最近の援農日誌の中で、 「雨を気にしているせいか、 朝方 の雨の音で目が覚めた」 と記していた。 とくに天候不順が続く冬場では、 予定した作業内容が、 計画 通りできるどうか、 毎週心配している様子が見て取れる。 このように援農コーディネート役を担うこ とで、 さらに深く農と向き合った暮らし方に近づく機会が与えられたと捉えることもできる。 そこで、 このような農作業体験や援農のコーディネート役を一般消費者からどのように発掘・育成 すべきかという問題がある。 以下、 二つの事例を紹介することで検討していきたい。 まず一つ目は、 コーディネートを専門に行う人・団体の育成である。 松江市には 「田舎の森の休暇 小屋」 という任意団体があり、 例えば、 松江市西長江での 「昔ながらの米作り」 を地元農家と協力し 合って、 年に数回の農作業体験イベント (種まき、 田植え、 草取り、 蛍狩り、 稲刈り、 収穫祭等) を 実施している13)。 地元農家の話をじっくり聞きながら、 外から見た、 内側からでは気づきにくい魅力・ 地域資源を伝え、 それらをつなげていくお手伝い役を担っている。 二つ目は、 いくつかの自治体で行われている 「農業講座」 の開講である。 例えば、 札幌市の市民農 業講座 「さっぽろ農学校」 は、 市民を対象に農業に関する知識や栽培技術の習得を通じて新たな農業 応援団の育成を目的に、 札幌市が2001年度から行っている農業講座 (入門コースと専門コース、 それ ぞれ1年間) である。 講座修了生は、 実際に就農したり、 農家への援農作業や農業体験・学校農園活 動等における農業ボランティアとして活動したりしている14)。 同様に、 横浜市では1993年度から 「市 民農業技術講座」 を開始し、 農家で手伝いができる人材を育てる二年制の実践講座を開催している。 講座修了生の有志が援農支援組織をつくり、 農家からの求人情報を調整しながら援農を実施してい る15)。 このようなコーディネートの専門家や援農者の育成を目的に、 実際に農作業体験イベントや援農を 行う中で、 その参加者の中からコーディネート役を見いだし、 育てていくという流れもあるだろう。 島根県は、 2007年度から、 有機農業推進計画を策定し、 技術支援や農業者の取り組み支援、 県認証制 度の運用などを行っている。 その中にはさらに、 生産者と消費者の連携活動として、 「環境を守る農 業宣言」 がある16)。 これは、 生産者及び消費者、 流通業者、 小売店などの県民がそれぞれの立場で、 自らが行うことができる環境を守る農業への貢献を宣言する取り組みで、 2011年10月末現在で3331件 の宣言がなされている。 今後、 その宣言者間で情報を共有しながら、 環境に配慮した生産活動を行う 生産者と、 環境に配慮した安全な生産物を欲する消費者とを結びつける取り組みを開始していく予定 である。 この 「環境を守る農業宣言」 を核として、 今後、 福間農園での援農のような仕組みづくりを 県内で少しずつ構築していくことを願うところである。 注・引用文献 1) 山岸主門・巣山弘介・小林伸雄・持田正悦・武田久男・土倉まゆみ・寺田和雄・矢田敬二 「ミニ学術植物園 みのりの小道 を活用した 学生とともに育つ大学 と 地域とともに歩む大学 づくり」 島根大学生物 資源科学部研究報告, 第13号, 2008年, pp.66-69. 2) 内閣府 「生涯学習に関する調査」 世論調査報告書, 平成20年5月調査, 2008年, p.26. 3) 福間忠士 「有機農業は人をつなぐ」 日本農業教育学会誌, 第42巻別号, 2011年, pp.1-4. 4) このコーディネータ役が援農についての思い・感想を島根県農林水産部農畜産振興課作成の島根の環境農業 情報誌きらり (第10号, 2010年, p.3) に 「援農の楽しみ−生産者の方と共有する農業の喜び」 と題して記 しているので、 その一部を以下に引用する。 私たちが行くことで、 かえって邪魔になるのではないかと不安な時期もありましたが、 素人の私たちでも 必要としてもらっていると気がつき始めたとき、 逆にそれが喜びに変わり、 今では元気の素となっています。 島根大学生涯学習教育研究センター年報 179 山岸主門・竹中杏奈・福間忠士・井上憲一・巣山弘介 援農に通っていると、 鴨が野生動物に何十羽も殺されたり、 この間まで元気だった野菜が、 病気になったり 虫に食い荒らされたりという残酷なことをたびたび目にします。 今まで買うだけではわからなかった農業の 大変さを感じる一方で、 蒔いた種が芽を出し成長し、 収穫という大きな喜びを生産者の方と共有できるのは この上もなく幸せを感じる瞬間です。 援農の時間はわずかですが、 無農薬野菜を提供される福間さんのお手 伝いをすることで、 それを消費する人の健康を後押ししているようでうれしく感じ、 生き甲斐にもなってい ます 5) 熊谷愼之輔 「大学開放をめぐる大学教員のタイプ別分析−島根大学の大学開放に関する調査をもとに」 島根 大学生涯学習教育研究センター研究紀要, 第1号, 2002年, pp.99-111. 6) 山本伸司 「有機農業を消費者の立場でバックアップするパルシステム」 技術と普及, 第45号, 2008年, pp.64-66. 7) 東正則 滞在型市民農園をゆく−都市農村交流の私的検証 農林統計出版, 2009年, pp.203-221. 8) 奥村直己 「米国におけるCSA運動の多様化−生産者と消費者会員の関係性の変化」 有機農業研究年報, 第4 巻, 2004年, pp.207-219. 9) 金氣興 「有機農業の産消提携における消費者類型―地域環境派と食の安全派」 有機農業研究年報, 第7巻, 2007年, pp.185-197. 10) 小貫雅男・伊藤恵子 菜園家族21−分かちあいの世界へ 11) 賀川豊彦・藤崎盛一 立体農業の理論と実際 12) 羽根木プレーパークの会 コモンズ, 2008年, pp.197-222. 日本評論社, 1935年, pp.1-174. 冒険遊び場がやってきた! 晶文社, 1987年, pp.13-16. 13) 森則子 「自然と人と、 人と人がつながる場所」 日本農業教育学会誌, 第42巻別号, 2011年, pp.5-8. 14) 中田ヒロヤス 「農作業ボランティアや農業と市民をつなぐパイプ役 農作業体験スタッフ等 を育てる」 自 然と人間を結ぶ, 第41号, 2008年, pp.68-75. 15) 大江正章 地域の力 岩波書店, 2008年, pp.174-196. 16) 栗原一郎・安達康弘・月森弘・加納正浩・竹山孝治 「島根県における有機農業推進施策の状況と有機農業技 術開発」 有機農業研究, 第3巻第1号, 2011年, pp.61-66. 180 島根大学生涯学習教育研究センター年報 島根県学校支援地域本部事業の成果と課題 島根県学校支援地域本部事業の成果と課題 ― 島根県調査報告書 の考察から 「学校」 の立場を問う― 日 野 伸 哉 (生涯学習教育研究センター) (キーワード) 学校支援地域本部事業 島根県 社会教育 学社連携 学社融合 Achievements and Issues in Shimane's School Support Project Shinya HINO (Keyword) School Support Project, and society, Shimane Prefecture, Social education, Cooperation between school Fusion of schools with society Ⅰ. はじめに 「学校支援地域本部事業 (以下、 「本事業」)」 は、 学校と地域の連携強化体制の構築がねらいであ り、 いわば、 学校に偏った負担を減らし、 地域の子どもも、 保護者を含めた大人も、 ともに学び合う ことのできる体制を地域で創りあげるための取組といえる。 さらに、 学校・家庭・地域の距離が縮ま り、 あたたかい信頼関係でつながることにより、 子どもの学力も、 家庭の教育力も、 地域の教育力も 高めていく仕組みを創る可能性をもつ極めて興味深く、 意義深い事業であると筆者はとらえている。 これからの学校教育、 社会教育、 地域の教育を切り拓いていくための大きな鍵を握る取組といってよ い。 平成20年度から国の委託事業としてスタートした本事業も3年間が経過し、 島根県においては、 21 市町村中17市町において48本部1)が設置され、 学校支援の取り組みが進められてきた。 さらに、 平成 23年度からは、 文部科学省の補助事業である 「学校・家庭・地域の連携による教育支援活動促進事業」 を活用して、 16市町村において72本部1)が、 継続または新規に設置されている。 島根県において、 本 事業の取組は拡大する方向にある。 また、 島根県学校支援地域本部事業調査報告書 (平成23年3月)2) 3) によると、 図1のように 「教 4) 員」 「地域コーディネーター 」 「学校支援ボランティア 」 とも8割から9割が本事業の必要感を感 じている。 図1 「学校支援地域本部事業」 の必要感 さらに、 島根県では平成20年度∼22年度の3年間で、 のべ約68万人の学校支援ボランティアが学校 や子どもにかかわっている5)。 ほぼ県の人口に匹敵する数字である。 これらのデータや数字から、 本 事業は島根県内それぞれの地域で活発に展開されており、 今後も継続的に実施される可能性が高いも のと考えられる。 島根大学生涯学習教育研究センター年報 181 日野伸哉 本稿では、 本事業の取組の3年間が終わった今、 島根県における本事業の成果と課題について、 島根県学校支援地域本部事業調査 (以下、 「本調査」) の自由記述を中心に分析し、 今後の地域の教 育のあり方を考える意味で考察していきたい。 さらに、 その分析・考察から、 今後 「学校 (教職員)」 が主体となって取り組むべき対応策を明らかにしていきたい。 なお、 本稿でいう 「学校」 とは、 小学校と中学校を指すこととする。 Ⅱ 島根県学校支援地域本部事業調査及び調査報告書の概要と分析・考察方法 1. 島根県学校支援地域本部事業調査の概要 島根県学校支援地域本部事業調査報告書 (平成23年3月)2) より抜粋 調査の目的 学校と地域との連携協力体制を構築するため、 地域をあげて学校を支援する機運を醸成すると ともに、 多様な形態のボランティア活動を掘り起こすことを目的に平成20年度から 「学校支援地 域本部事業」 に取り組んできた。 この事業の3年間の実施状況と取組の成果を調査し、 今後の地 域による学校支援の取組の推進と、 地域教育力の向上を図る基礎資料とするため、 本調査を実施 した。 調査の方法等 ① 調査方法 □調査票による自記式調査を実施した。 □調査票は、 島根県教育庁社会教育課から学校支援地域本部事業を実施している市町教育委員 会に一括送付し、 市町教育委員会から、 調査対象者に配付した。 □調査票の回答は、 調査対象者から市町教育委員会に提出され、 市町教育委員会から島根県教 育庁社会教育課へ提出された。 ② 調査対象 平成22年度に文部科学省委託事業によって設置している学校支援地域本部に対して、 事業の 実施対象となっている学校、 地域コーディネーター、 学校支援ボランティアの中から、 下記を 調査の対象とした。 教員 (管理職を含む) 210名 (事業実施 中学校64校 小学校146校の教員 各1名) b 地域コーディネーター 175名 (地域コーディネーター全員) c 学校支援ボランティア 350名 (地域コーディネーターの推薦により各2名) ③ a 調査期間 平成22年11月1日 (月) ∼11月25日 (木) 調査の主体 島根県において学校支援地域本部事業を円滑に実施するために設置された島根県学校支援地域 本部事業運営協議会が調査を実施した。 2. 島根県学校支援地域本部事業調査報告書の概要 本調査の調査内容としては、 「学校支援ボランティアの活動内容」 「子ども・教員・地域住民の変 化」 「本事業の必要性」 「本事業を今後より発展させるために必要な項目」 等がある。 調査報告書で は、 調査対象である 「教員」 「地域コーディネーター」 「学校支援ボランティア」 別にその結果を数 値化・グラフ化して報告されている。 また、 調査項目別に調査対象別の結果を比較して報告もされ ている。 また、 本調査では、 それぞれの調査対象ごとに 「本事業への意見」 を自由記述の方法で調査して いる。 回答のあった自由記述は、 調査主体である島根県学校支援地域本部事業運営協議会ワーキン ググループにおいて分類・整理され、 調査報告書では、 その結果について 「自由記述からの抜粋」 として報告されている。 調査報告書で取り上げられている自由記述は、 表1のように 「取組の成果 182 島根大学生涯学習教育研究センター年報 島根県学校支援地域本部事業の成果と課題 について」 「教員について」 「地域コーディネーターについて」 「学校支援ボランティアについて」 「今後の取組について」 の項目に分類され、 調査対象ごとにさまざまな意見を網羅した形で合計101 記述ある。 表1 調査報告書にある自由記述の分類と記述数 調査対象 分類項目 教員 地域 コーディネーター 学校支援 ボランティア 合計 取組の成果についての意見 7 6 10 23 教員についての意見 3 5 5 13 地域コーディネーターについての意見 6 5 4 15 学校支援ボランティアについての意見 7 5 7 19 13 9 9 31 36 30 35 101 今後の取組についての意見 合 計 3. 分析・考察方法 本調査報告書にある調査結果の数値・グラフ及び自由記述の抜粋は、 単純集計結果であり、 本事 業3年間の取組の成果と課題について分析・考察されたものではない。 そこで、 各調査対象の本事 業の取組に対する真意が込められていると推察できる自由記述の抜粋を分析することで、 具体的な 成果と課題を明らかにしたいと考えた。 分析方法としては、 まず、 自由記述の抜粋を調査対象ごとに、 「成果」 と 「問題・課題」 に記述 文章を細分化して分類整理する。 次に、 「成果の具体的項目」 「問題・課題の具体的項目」 をあげて 分類整理することで、 具体的な成果と課題を明らかにしていく。 さらに、 自由記述の分析から明らかになった具体的な成果や課題の項目ごとに、 数値化・グラフ 化された結果も含めて、 筆者の考えを述べていきたい。 なお、 自由記述の抜粋を調査対象ごとに 「成果」 と 「問題・課題」 に分類整理した結果、 表2の ようになった。 表2 調査対象 分類項目 自由記述を 「成果」 と 「問題・課題」 に分類整理した記述数 教員 地域 コーディネーター 学校支援 ボランティア 合計 成果 22(36.1%) 13(25.5%) 24(32.9%) 59(31.9%) 問題・課題 39(63.9%) 38(74.5%) 49(67.1%) 126(68.1%) 61(1 0 0%) 51(1 0 0%) 73(1 0 0%) 185(1 0 0%) 合 Ⅲ 計 分析と考察 1. 「教員」 からみた成果と問題・課題 教員の自由記述からは、 学校支援ボランティアが学校教育支援に関わることで、 授業内容・学習 活動が充実、 活性化し、 子どもの学習意欲や地域への関心が高まっていることに大きな手応えを感 じていることがわかる。 例えば、 「生徒の学びの幅を広げ、 深めるために効果的」 「子どもにとって 魅力ある授業作りにつながっている」 「子どもの学力を改善する大きな取組になると確信している」 「児童はとても喜び、 より意欲的に活動する」 「特に地域との関わりが活動等を通して意識化される 点が良い」 など、 成果としてまとめた22記述中8記述ある。 このことは、 本調査結果である図2の 「授業内容が充実した (教員調査) [80%]」 と図3の 「学 習や活動に意欲的に取り組むようになった (教員調査) [83%]」 からも明らかである。 島根大学生涯学習教育研究センター年報 183 日野伸哉 図2 図3 教員の変化 (教員調査) の 「授業内容が充実したか」 子どもの変化 (教員調査) の 「学習や活動に意欲的に取り組むようになったか」 図4 教員の変化 (教員調査) の 「地域住民と会話する機会が増えたか」 また、 「教員もボランティアから学ぶ機会が多くあり、 資質の向上にもつながる」 「公民館とのつ ながりを意識する教職員が増えてきた」 などの意見もあり、 教職員自身の資質向上や意識改革にも 一役買っていることもうかがえる。 さらに、 地域住民が学校に入ることで、 本調査結果である図4の 「地域住民と会話する機会が増 えた (教員調査) [94%]」 からもわかるように、 教職員が地域住民と関わる・会話する機会が増え、 地域と関わることの必要性や有用性を感じることにもつながっていると推察できる。 特に、 「地域 の方は、 学校の教育活動の支援に積極的であり、 地域での子どもたちの様子などについての情報提 供も行ってくださっている。 生徒指導に係る情報もあり、 適切な生徒指導を行う上でも大変有効的。」 という意見は興味深い。 この学校のように、 生徒指導上にも本事業が機能すると実感できることに 究極のねらいがあるとも考えている。 このように、 3年間の取組によって、 教員 (学校) が本事業の意義や成果を感じていることが、 「本事業の必要感 (教員調査)」 の85%という数字に表れていると考えられる。 しかし、 現状の体制 や仕組み、 取組を肯定する数字ではない。 自由記述を分類整理すると、 61記述中39記述 (69.3%) が 「問題・課題」 にあたることからも明らかである。 「本事業の仕組みや体制、 謝金等の扱いなど 熟度が高まっておらず、 学校・地域の双方からの連携にはまだ課題がある」 という意見がまさに当 を得ているといえる。 教員の自由記述を分類整理し分析すると、 本事業の具体的な問題・課題は次の5点になる。 ① 教員にとって子どもと向き合う時間が増加したか、 負担が増加したかの問題 (4記述) ② 教職員の理解と学校の体制づくりの問題 (7記述) ③ 学校支援ボランティアの問題 (3記述) ④ 地域コーディネーターの問題 (7記述) ⑤ 地域の体制づくりの課題 (11記述) 以下、 この5つの問題・課題について、 自由記述を取り上げながら考えを述べていきたい。 教員にとって子どもと向き合う時間が増加したか、 負担が増加したかの問題 この問題は、 本事業の一義的目的と直結する。 しかし、 教員の受け止めとしては、 本調査結果 である図5の 「子どもと向き合う時間が増加した (教員調査)」 のとおり、 その評価はさまざま 184 島根大学生涯学習教育研究センター年報 島根県学校支援地域本部事業の成果と課題 である。 自由記述にも、 「教員の子どもと向き合う時間が確保できる・増えた」 と記述した教員 もあれば、 「講師やボランティアさんとの交渉、 打合せ等が必要であるため、 負担が増えた」 「教 員の負担軽減までつながっていない」 「これからも同じような活動をしようと思えばその都度交 渉等は必要であり、 教員の負担が増えてしまいそうで不安」 「教科学習の支援になると (負担は) なおさら (増える)」 というように、 否定的な意見や不安も目につく。 図5 教員の変化 (教員調査) の 「子どもと向き合う時間が増加したか」 この問題で考えたいのが、 “教員は負担感をどう感じるか”という観点である。 否定的な意見 や不安が目につく中で、 85%の教員が本事業の必要感を感じているという事実は、 教員の負担が 仮に増えたとしても、 “授業内容・学習活動が充実、 活性化し、 子どもの学習意欲や地域への関 心が高まること”を望んでいることの表れである。 強引に言い換えれば、 “授業内容・学習活動 が充実、 活性化し、 子どもの学習意欲や地域への関心が高まれば、 教員の負担感は減少する”の である。 筆者の小学校教員の経験からいえば、 “子どもが意欲的に学校での学習に取り組み、 教 員と子どもがともに学び合い、 相乗効果を発揮していけば、 教員は忙しくても負担感は感じない” という持論につながる。 つまり、 教員が本事業による教育効果を実感すれば、 この問題は解決す ると考えている。 教職員の理解と学校の体制づくりの問題 この問題は、 学校にとって最も喫緊な課題であろう。 自由記述には、 「教職員の理解促進も重 要」 「教員の中には、 学校現場に地域住民が入ることに抵抗感がある」 という指摘さえある。 教職員の理解については、 管理職や本事業担当教員とそれを支える教育委員会や社会教育担当 者の役割が重要になる。 本調査結果をはじめ、 調査データを蓄積・整理し、 本事業の意義や成果 を効果的に、 継続的にアピールしていく必要がある。 また、 教職員研修の必要性を強く感じる。 成果の蓄積や教職員研修プログラムの開発が急務である。 学校の体制づくりについては、 「ボランティアさんをどのように活用し、 生かしていくか学校、 教員サイドとして勉強していかないといけない」 「時間割が流動的で予定が立てにくい」 「支援し てもらえる場面を少しでも増やしていく努力をしたい」 「地道に、 学校が必要と考える内容 (そ こには地域の願いも入っている) について支援を継続的に受けたい」 などの意見があった。 それ ぞれの学校の実態・子どもの実態・地域の実情に応じた体制を前向きに地道に創りあげていくこ とが求められているのである。 学校支援ボランティアの問題 この問題については、 「学校支援ボランティアの固定化、 高齢化が課題」 「ボランティアさんが 保護者だと職員室の使い方等支障をきたしている」 というような意見にとどまった。 しかし、 こ の調査結果には表れない問題が潜在的にたくさんあると推察している。 それは、 “学校批判” “教員批判”“保護者批判”であり、 “守秘義務”や“子どもとの関わり方の問題”であり、 さ らには、 “見返りを求めてのボランティアの出現”である。 この問題は非常にデリケートなもの で、 慎重に対応していく必要がある。 今後、 本事業が推進され、 盛んになればなるほど顕在化し ていく可能性があるので、 対応を考えておくべきである。 地域コーディネーターの問題 この問題については、 謝金の問題・配置の問題など、 将来的な見通しについての不安の声や意 見がみられた。 教員 (学校) としても、 地域コーディネーターの必要性や重要性についての理解 島根大学生涯学習教育研究センター年報 185 日野伸哉 が進んでいることの表れである。 地域住民と学校をつなぐ連絡・調整役であることは勿論 「ボラ ンティアの方々と相互の意思疎通もしている」 と認識している記述もある。 本事業が定着するた めに、 今後ますますこの役割が地域コーディネーターに求められる。 そのうえで、 学校と地域住 民の意思疎通をさらに図っていく必要がある。 本事業の意義や成果を鑑み、 地域コーディネーター の業務に対応した配置・処遇等の検討が必要である。 地域の体制づくりの課題 教員から次のような課題の指摘が11記述もあがったことは、 大きな成果であるととらえたい。 ■広く学校支援に志のある方とのネットワークづくり (組織的対応) が必要 ■公民館を通じての地域交流スタイルを充実していくことが大切 ■地域のいろいろな力 (ひと・もの・こと) の情報を得るためにコミュニティーセンターの役 割が大変重要 ■地域の方の子ども達への思いや願いをきちんと受け、 学校の願いも伝えながら地域の中で子 ども達を育てたい ■この活動について、 子どもたちや教職員、 保護者にも積極的に知らせ、 「こんなことをして いいただいている」 「見守っていただいている」 という意識を高めていくことが大切 ともすれば、 地域に閉鎖的で敷居が高いとみられることのある学校が、 上記の意見ように 「開 かれた学校」 「学校・家庭・地域の連携」 に目をむける、 動き出す具体的なきっかけのひとつとな り得る事業である。 学校 (教職員) の今後の動きに期待するところである。 2. 「地域コーディネーター」 からみた成果と問題・課題 地域コーディネーターからみた本事業の成果としては、 “地域と学校 (教職員) の距離が縮まっ たこと”“地域住民の学校や子どもへの理解が進んだこと”があげられる。 成果として分類整理し た13記述のほとんどがこれにあたる。 また、 学校支援ボランティアの好意的な意欲や態度に強い手 応えを感じている意見もあげられている。 例えば、 「ボランティアが学校に入ることで、 だんだん と学校が身近になってきた気がする」 「地域から学校から、 お互いに情報が発信できるようになっ た」 「この取組を知る地域の方が増え、 協力者・協力団体が広がってきた」 「スタッフルームで地域 の方や保護者が情報交換して楽しい時間をもっている」 「地域の方は、 協力を求めれば、 子どもの ため、 地域のために好意的な構えがある」 などである。 このことは、 本調査結果である図6 「地域住民の変化 (地域コーディネーター調査)」 の各項目 の調査結果からも明らかである。 図6 186 島根大学生涯学習教育研究センター年報 地域住民の変化 (地域コーディネーター調査) 島根県学校支援地域本部事業の成果と課題 一方で、 教員と同様、 約80%の地域コーディネーターが本事業を必要と感じながらも、 自由記述 に多くの問題や課題を指摘している。 地域コーディネーターの自由記述を分析すると、 51記述中38 記述 (74.5%) が 「問題・課題」 となり、 本事業の具体的な問題・課題は、 次の5点にまとめられ る。 その地域コーディネーターが指摘する問題・課題は、 教員の視点と重なる部分が多いこともわ かる。 ① 教職員の理解と学校体制づくりの問題 (6記述) ② 学校支援ボランティアの問題と課題 (7記述) ③ 地域の体制づくりの問題と課題 (8記述) ④ 学校支援ボランティアへの報酬と予算措置 (3記述) ⑤ 本事業と地域コーディネーターの必要性と重要性 (9記述) 以下、 この5つの問題・課題について、 自由記述を取り上げながら考えを述べていきたい。 教職員の理解と学校体制づくりの問題 この問題については、 「 (教員から) 相談してもらえれば対応できることがたくさんあるが、 終わった後で“こんな活動があったのか……”と知ることが多く、 残念」 「管理職の力 (配慮) が必要で、 情報等についてこまめに流してくれるとコーディネーターは動きやすい」 など、 教員 の理解が進み、 学校の体制が整っていけば、 さらに本事業は機能することをうかがわせる意見が ある。 また、 「異動で教員が変わると積み上げてきたものが一気にリセットされる危険を感じた」 というように、 異動による弊害を感じる声も聞かれる。 地域と学校の窓口となる地域コーディネー ターのシビアな意見である。 学校支援ボランティアの問題・課題 この問題・課題については、 教員の視点と同様、 学校支援ボランティアの高齢化と固定化につ いての意見や不安の声がほとんどである。 これは、 高齢化・過疎化が進んでいる島根県の実態を 示しているともいえる。 自由記述の指摘にもあった 「地域コーディネーターを含めたボランティ アの人材育成」 も視野に入れて、 今後の取組を検討する必要がある。 また、 後述する 「保護者の 参加」 も含めて考えるべき課題ととらえている。 地域の体制づくりの問題・課題 この問題・課題も、 教員の視点と共通する意見があがっている。 地域コーディネーター個人の 人脈に頼るのではなく、 公民館・コミュニティセンター・交流センター等、 地域の社会教育の拠 点である施設が有機的に機能することへの期待が高い。 また、 無理なく自然な形で地域の体制づ くりをしていくことの重要性を指摘している地域コーディネーターの存在もみてとれる。 “無理 のない自然体の体制づくりや取組”をキーワードに、 それぞれの問題・課題を吟味していくこと も今後の一つの拠り所になると考える。 学校支援ボランティアへの報酬と予算措置 「学校支援ボランティアへの報酬と予算措置」 について、 具体的には次のような指摘があった。 「本当に必要なボランティアや人材を確保したいときに、 依頼される側に経費が使用できない」 「ボランティアの中で ふるさと教育6) だけは報酬が出て、 その他には出ないのでは、 依頼す るとき、 考えさせられる」 などである。 地域の学校支援を持続定着させるために、 学校支援ボラ ンティアに対する報酬や予算措置について、 県・市町村レベルで統一した方針や見解を示すこと が急がれる。 本事業以外の学校支援ボランティアに対する待遇を含めた検討が必要である。 本事業と地域コーディネーターの必要性と重要性 この課題は、 過疎化がすすみ、 学校の統廃合問題が今後も予想される島根県にとって特に重要 な課題として受け止めたい。 自由記述には、 「小中学校の統廃合が続く今後において、 学校支援 の仕組みづくりが、 統合校で廃校になる地域にとっても必要」 「学校統合後は重要な取組になる」 「次代を担う子どもを育てていくためにも、 地域の自然・人・生活・文化・むらづくりを通した 学習の支援を進め、 また、 異世代交流を通して、 地域に愛着を持つ子どもを育てることが必要で 島根大学生涯学習教育研究センター年報 187 日野伸哉 あり、 地域に若者が残ることに繋がるので、 支援本部は継続していくべき」 のような意見があがっ ている。 地域に占める学校の重要性は、 中山間地や離島になればより大きい。 学校区が変わっても、 地 域の子どもを地域で育てるという意識や想いを大切にする仕組みづくりが求められる。 そのため にも、 本事業のもつ意味は大きい。 また、 本事業の継続した取組には、 地域コーディネーターの存在が欠かせないことを地域コー ディネーター自ら訴えている。 本調査結果である図7 「学校支援地域本部事業の取組を発展させ ていくための取組」 の教員調査では100%、 地域コーディネーター調査では96%、 学校支援ボラ ンティア調査では97%が、 地域コーディネーターの継続配置をあげている。 地域コーディネーター の配置は本事業の持続定着にとって不可欠なものといえる。 図7 3. 学校支援地域本部事業の取組を発展させていくための取組 「学校支援ボランティア」 からみた成果と問題・課題 学校支援ボランティアからみた本事業の成果としては、 “学校支援ボランティア自身が生き甲斐、 生活の変化、 成熟につながるものとして高く評価していること”“本事業そのものがもつ意義や成 果を感じ、 本事業が地域の活性化や地域づくりにもつながることを意識している地域住民がいるこ と”の2点があげられる。 学校支援ボランティア自身の生き甲斐、 生活の変化、 成熟につながるものと評価している自由記 述は、 「身近なつながり、 そして地域の人たちと交流していろいろなことをして実施していくこと が生きがいの一つだ」 「子どもたちと接して、 こちらが学ばせてもらうことが多い」 「子どもたちの やる気にこたえようと必死でやっているうちに、 自然と自分もやる気が満ちてくる」 「家庭の日常 から少し離れ、 充実した時間を過ごすことで、 新鮮な気持ちで生活することができる」 など、 成果 としてまとめた24記述中11記述ある。 第一義的な目的として、 “学校支援”があげられるが、 “学 校支援ボランティア”にとっても、 充分に意義ある価値ある取組になっており、 今後もこの活動に 期待していることを関係者は、 しっかりと受けとめるべきである。 本事業が地域の活性化や地域づくりにもつながると評価している記述には、 「私も学校支援ボラ ンティアをしていなれば、 学校との繋がりや支援活動には縁がなかった」 「公民館を拠点として、 趣味、 仕事の材を有効に使い (学校支援) ボランティアの役目をしようと思う」 「少子高齢化が進 んでいるが、 (学校支援ボランティア活動をとおして) お互いを尊重し、 意見を出し合って暮らし たい」 「地域の方々の参加で、 いろいろな年代の方ともふれあい、 ほめられたりする中で、 達成感 ややる気にもつながっている」 など10記述ある。 このような地域の方々の熱意や想いを学校教育、 社会教育、 地域の教育に活かさない手はない。 本事業3年間の取組で培った“学校や子どもを核と した地域の活性化、 地域づくりの芽”を今後も持続的に大切に育てていくべきである。 このような学校支援ボランティアの熱意や想いが、 本事業の必要感である88%という数字に表れ ているのだろう。 しかし一方で、 教員や地域コーディネーターの自由記述以上に、 学校支援ボラン ティアが指摘する問題・課題は、 大きく重たいものと感じる。 それは、 分析と考察1で述べた潜在 188 島根大学生涯学習教育研究センター年報 島根県学校支援地域本部事業の成果と課題 的な問題と重なってみえてくる。 学校支援ボランティアの自由記述を分類整理すると、 73記述中49記述 (67.1%) が 「問題・課題」 となり、 教員や地域コーディネーターより広い観点でさまざまな問題・課題をあげている。 その中 で、 主な問題・課題をまとめると次の4点になる。 ① 教職員 (学校) との信頼関係づくり (8記述) ② 学校の体制づくり (6記述) ③ 保護者の参加 (7記述) ④ ボランティアの心構えと成熟 (4記述) 以下、 この4つの問題・課題について、 自由記述を取り上げながら考えを述べていきたい。 教職員 (学校) との信頼関係づくり 地域と教職員との信頼関係については、 教員も地域コーディネーターも指摘しているが、 学校 支援ボランティアの指摘は、 大きく強くよりシビアな声として伝わってくる。 例えば、 「学校と の信頼関係ができてなればできない」 「教員と自由に議論できる機会がもう少しあれば良い」 「相 互の考え方や希望を遠慮なく話せる場が求められる」 「ボランティアは教員と連携を密にして意 思の疎通を図るべきだがその機会が得られない」 「事前打ち合わせがなかったり、 教員側の遠慮 があったりすることも (効果があがらない) 一因」 などの声である。 学校の体制づくり と関連して、 「学校の体制づくり」 の指摘も厳しい。 「一部の該当教員以外は関心・理解が乏 しい」 「校内の教職員の意思統一、 共通理解が必要」 「小学校と比べると中学校の先生方の積極性 が低く、 一般住民の参加の場が作りにくい」 「校長のリーダーシップが一層求められる」 などで ある。 この と の問題については、 学校教育の根幹に関わる部分である。 このような学校支援ボラ ンティアの意識や想いが、 “学校批判”“教員批判”となって表面化することがあれば、 学校支 援という目的とは本末転倒なことになってしまう。 学校 (教職員) と地域 (学校支援ボランティ ア) をつなぐ役割や機能の重要性とともに、 教職員の理解と学校の体制づくりの推進が問われて いるのである。 保護者の参加 保護者の参加については、 教員や地域コーディネーターからはみられなかった指摘である。 「(学校支援ボランティアが) 一部の保護者や地域の方にかたよりがちになる」 「活動を継続して いくために、 若い人達にも声をかけるべき」 「ボランティアに参加する保護者がいつも同じメン バーになってしまうので、 もっと多くの人が気軽に出かけるような働きかけが必要」 「“仕事を 持つ保護者”ということであきらめがちだが、 まずは、 我が子が通う学校 (支援) に参加すると いう積極的な親を育てる必要がある」 などの指摘である。 この問題については、 まず、 保護者の学校支援ボランティア活動への理解が優先課題だと考え る。 広報活動の充実は勿論だが、 授業公開日や学級懇談等で、 直接保護者が本事業の活動を目に する機会も必要であろう。 保護者が本事業の意義や成果を理解し、 学校支援ボランティアへ感謝 の想いをもつことと並行して、 参加を求めていくべきだと考える。 また、 保護者の参加については、 “学校支援活動とPTA活動と関連づける”“PTA活動に 学校支援活動を位置づける”など、 一歩踏み込んだ仕組みづくりも有効であり、 必要になってく ると考えている。 ボランティアの心構えと成熟 本調査の自由記述には、 心配していた“学校支援をしているのに、 学校や教員からその効果や 成果の情報がない”“保護者や子どもたちから感謝の気持ちが伝わってこない”など、 見返りを 求めるような記述はみられなかった。 逆に、 「学校のニーズにこたえられる支援であるか、 常に 検討しながらのボランティアでありたい」 「地域全体で子どもを育てる取組はすばらしい。 子ど 島根大学生涯学習教育研究センター年報 189 日野伸哉 もたちが成長して、 町に愛着を感じてくれたら、 きっとこの町の未来も明るい。 ただ、 子どもた ちが全て受け身であってはと思う」 など、 学校支援ボランティアとしての心構えができており、 成熟しているものがみられた。 一方で、 「講習の機会を設けてほしい」 「活動するにあたって子ど もたちへの関わり方、 発言、 意見の仕方等、 どこまでいうことができるのか判断に苦しむ場面が あった」 「私は公民館から言われたことをこなすだけで、 他のボランティアとの交流がなく、 ボ ランティア同士の交流を強く求めたい」 などの声もあった。 学校支援ボランティアが指摘する から の問題を含め、 今後、 学校支援ボランティアを対象 とした研修がこれまで以上に必要になってくる。 この研修のあり方については、 県・市町村・各 本部・各学校、 それぞれの立場で検討するとともに、 体系化を図っていく必要もある。 Ⅳ まとめ 1. 成果 本調査の自由記述を中心に分析・考察した結果、 島根県の本事業3年間の成果をまとめると、 学 校と地域の距離が縮まり、 それぞれの理解が進んだ (進みつつある) ことといえる。 これは、 大き な意味や意義をもち、 次へのステージに進む第一歩だととらえたい。 学校・教員にとっては、 「授業や学習活動の充実」 「図書館運営」 「環境整備」 「安全保障」 「行事 運営」 など、 学校教育活動のさまざまな面での支援を評価していることは勿論、 子どもの学習意欲 や地域への関心が高まっている点、 また、 教員が地域と関わることの必要性や有用性を感じるとい う教員の意識改革にもつながっている点があげられる。 一方、 学校支援ボランティアにとっても、 自身の生き甲斐、 生活の変化、 成熟につながるものと して高く評価されている。 さらに、 地域の活性化や地域づくりにもつながることを意識している地 域住民の存在があることも大きな成果である。 学校と地域をつなぐ地域コーディネーターの必要性・重要性を教員も、 地域コーディネーター自 らも、 学校支援ボランティアも、 それぞれの立場で強く感じていることが明確になったことも成果 といえる。 島根県のそれぞれの地域には、 学校支援への好意的な意欲や態度をもった地域住民が多く、 それ が、 学校のニーズと適合し、 有機的に機能すれば、 学校運営上の効果はもとより、 地域住民の成長・ 成熟にもつながり、 ひいては、 地域の活性化や地域づくりにつながることがはっきりとみえてきた。 2. 問題と課題の対応策 島根県においては、 本事業がそれぞれの地域で活発に展開され、 今後も継続的に実施される可能 性が高いことに加え、 本調査の分析・考察によって3年間の確かな成果も明らかになった。 しかし 一方で、 現状や今後に問題・課題が山積していることも明らかになった。 「教員」 「地域コーディネーター」 「学校支援ボランティア」 それぞれが指摘した問題・課題を総合 的に整理し分析すると、 次の5点になると考えている。 ① 教職員の理解と学校体制づくり ② 学校支援ボランティアの問題 ③ 地域コーディネーターの負担増大 ④ 保護者の理解と参加 ⑤ 地域の体制づくり −ボランティアの心構えと成長・成熟− 今後、 本事業の取組や活動の熟度を高め、 それぞれの地域で子どもの学力も、 家庭の教育力も、 地域の教育力も高まっていく仕組みを創るために、 また、 今後の地域の教育のあり方を考えるため にも、 この5点の問題・課題について、 それぞれ対応策を打ち出す必要がある。 対応策を検討するうえで、 主体とする立場はいろいろ考えられるが、 本調査の分析・考察からも、 これらの問題・課題を解決するためには、 学校・教職員の理解と主体性が不可欠であることは明白 190 島根大学生涯学習教育研究センター年報 島根県学校支援地域本部事業の成果と課題 である。 また、 全国的にも 「本事業が始まって以来一貫して、 最大の課題は活動の拠点となる学校 (教職員) の理解と協力が十分でないことだ7)」 といわれている。 そこで、 本稿では、 より本事業 が機能し、 持続定着する取組になるため、 「学校 (教職員)」 を主体に対応策を考えていきたい。 教職員の理解と学校体制づくり この問題については、 まず、 本事業をはじめ、 島根県の取組である 「ふるさと教育6)」 や 「学 社連携・融合」 の理念について、 教職員がさらに理解を深めるため、 管理職あるいは本事業担当 教員がリーダーシップをとり研修機会を積極的に提供していく必要がある。 同時に、“子どもの学習活動にとって必要かつ有効な支援活動を広げる”という発想で、 学習 活動にとって必要な支援・有効な支援の場やあり方について、 教職員で検討する場を設ける必要 もある。 そのうえで、 「子どもの学習意欲・学力向上・成長」 等に関しての具体的な成果や効果を調査 し、 そのデータを蓄積することも必要であろう。 例えば、 「音楽の授業で 箏 (こと) の単元を 行った際、 3名のボランティアの方々にお世話になりました。 細やかな指導をしていただき、 積 極的意欲的に参加できた生徒がとても多かったです。 専門的な分野なだけに、 私の知識だけでは 教えることのなかったことまで身につけることができ、 とても充実した授業内容となりました。 (島根県A市の調査:音楽担当教員の自由記述)」 のような本調査の自由記述にはみられなかった 具体的な成果や効果は、 担任・教科担当・それぞれの活動担当レベルからは、 数多くあがってく ると考えられる。 具体的な成果や効果を蓄積し分析すれば、 そこから、 さらに成果や効果のある 学校支援の具体的な場がみえてくる。 逆に、 成果や効果があがらない学校支援の場もみえてくる はずである。 “教職員が理解を深める”“教職員同士で支援の場やあり方について検討する”“具体的な成 果や効果のデータを蓄積する”この3つを循環させることで、 子どもにとっても、 学校にとって も、 教員にとっても、 学校支援ボランティアにとっても、 必要かつ有効な学校支援体制が創りあ げられていくと考える。 さらに、 地域の学校支援活動が推進されると同時に、 学校も・子どもも・教員も、 地域に貢献 するということが今後一層求められると推察できる。 そこで、 学校は、 「ふるさと教育6)」 と本 事業を有機的に連携させ、 地域の大人と教職員と子どもが一緒になって、 地域のために汗を流す 活動を積極的に創りあげていくことが重要になろう。 それは、 教科の学習であれ、 総合的な学習 であれ、 特別活動であれ、 教育活動として、 子どもの学力向上にもつながる価値あることであり、 教育課程においての実施は充分に可能であると筆者の小学校教員の経験から考えている。 これらの学校の取組によって、 「学校」 と 「地域」 がともにパートナーとなり得ると考える。 学校支援ボランティアの問題 −ボランティアの心構えと成長・成熟− 「学校」 と 「地域」 がともにパートナーとして取り組むためには、 「教職員」 と 「学校支援ボ ランティア」 との信頼関係は欠かせない。 そのために、 「学校」 としては、 学校支援ボランティ アに対して、 管理職が学校経営方針や子どもとの関わり方について、 まずもって、 きちんと直接 伝えることが必要だと考えている。 そのうえで、 支援の場や子どもへの対応のあり方を担当教員 なり、 地域コーディネーターが具体的に示すことも必要になろう。 学校支援ボランティアが学校に入ったり、 教職員や子どもと関わったりすることにより、 学校 教育の根幹ともいえる 「教職員と子ども・保護者のあたたかい人間関係」 が崩れたり、 壊れたり することがあってはならない。 だからこそ、 学校支援ボランティアが学校や支援活動に入る前に、 考え方や心構えについてきちんと伝える場が必要であり、 定期的に確認しあったり、 さらに研修 したりする場も必要になると考えている。 学校支援ボランティアを対象とした研修については、 社会教育が担う部分が大きい。 しかし、 学校としての方針や考え方は、 学校 (管理職) が伝えるべきであるし、 学校も社会教育関係者と 連携しながら、 学校支援ボランティア研修に関わっていくべきである。 そうすることで、 直接学 島根大学生涯学習教育研究センター年報 191 日野伸哉 校支援ボランティアと関わる教職員も、 安心して支援活動を依頼したり任せたりでき、 信頼関係 も深まっていくと考える。 さらに、 「教職員」 と 「学校支援ボランティア」 との信頼関係を深めるためには、 学校・教職 員・子ども・保護者が学校支援ボランティアに対する感謝の想いを伝えることを大切にすべきで ある。 学校として、 学校だより等の広報活動も必要だろうが、 日頃の言葉かけやあいさつ、 メッ セージを伝えることなどでも充分と考える。 管理職が学校としての方針や考えをきちんと学校支援ボランティアに伝えて研修を重ねること、 また、 学校支援ボランティアへの感謝の想いを学校全体で伝えることで、 学校支援ボランティア もさらに成長し、 成熟していくことにつながると考える。 地域コーディネーターの負担増大 本事業3年間の取組において、 「地域コーディネーター」の存在により、 学校と地域の距離が縮 まり、 それぞれの理解が進んだ (進みつつある) ことは、 皆が認めるところである。 学校として も、 地域コーディネーターの配置や処遇改善について積極的に声をあげていく必要がある。 一方、 本事業が拡大・発展する過程で、 地域や学校によって地域差・個人差はあるだろうが、 地域コーディネーターの負担が増大することは容易に推察できる。 具体的には、 “学校支援ボラ ンティアの確保”であり、 “教職員への対応と配慮”“学校支援ボランティアへの対応と配慮及 び支援”“学校支援ボランティアとの意思疎通”“学校と地域との板挟み”などである。 学校としては、 地域コーディネーターがもっている情報や想いを共有できるよりよい仕組みを 創ることが求められよう。 そこには、 管理職・本事業担当教員等と地域コーディネーターの連絡・ 調整のための時間の確保は勿論、 地域コーディネーターからの情報や想いがきちんと関係教職員 に伝わる体制づくりが必要である。 また、 地域コーディネーターが担っている 「学校支援ボランティア (地域) との連絡・調整」 の役割は、 もともと学校の教職員や子どもたちが教育活動として行っていたことであり、 それが 教職員や子どもの大きな学びや成長につながっていたはずである。 その役割を地域コーディネー ターと教職員・子どもがバランスよく効果的に果たす仕組みづくりも、 学校として検討してほし いことのひとつである。 後述する 「地域の体制づくり」 の対応策も含め、 地域コーディネーターの負担が増大し、 偏ら ない仕組みづくりが急がれるところである。 保護者の理解と参加 本事業は、 学校と家庭を近づけ、 学校教育と家庭教育が連動して子どもを育んでいくために大 きな鍵を握っているとも考えている。 その意味でも、 本調査の分析・考察から明らかになった 「保護者の理解と参加」 の問題は、 重要な課題ととらえたい。 学校支援活動に保護者も参加することによって、 地域で子どもたちを育む意識が広がり、 学校 での教育と家庭での教育が連動することになれば、 その教育的効果の期待は非常に大きく、 今後 の教育を変える大きな可能性をも含んでいる。 その可能性の一つが、 学校・家庭・地域のそれぞ れの役割を教員も保護者も地域の方も再確認することであり、 それぞれの役割が有機的に機能す ることで、 相乗効果の連続を生むことである。 さらにもう一つは、 保護者が地域の中で孤立せず、 学校や子どもを核とした“子縁”や“目的縁”でつながることにより、 家庭の教育力と地域の教 育力が向上することである。 学校は、 このような家庭の教育力や地域の教育力の向上を意識したうえで、 「保護者の理解と 参加」 をすすめるために動きはじめる必要がある。 地域の体制づくり 学校としては、 学校内の体制づくりに合わせ、 地域の体制づくりも視野に入れることが求めら れているといえる。 ある県内公民館等職員から、 「学校は、 地域コーディネーターと連携を図っているが、 公民館 192 島根大学生涯学習教育研究センター年報 島根県学校支援地域本部事業の成果と課題 には何の連絡や依頼もなく、 学校の情報は地域コーディネーターからしか入ってこない」 という 話を聴いたことがある。 島根県の社会教育の拠点は 「公民館等8)」 である。 それぞれの学校や地 域の実情によって、 その関係に違いはあるが、 地域コーディネーターの人脈や人柄だけに頼るの ではなく、 地域の情報を把握している公民館等と学校が連携したうえで、 学校支援のための地域 の体制を創っていくことは基本と考えたい。 「管理職や熱心な教員が異動したら、 積み上げてきた仕組みや体制がリセットされる」 といわ れないためにも、 また、 無理なく自然体で学校支援のできる地域を創りあげるためにも、 学校は、 地域コーディネーターをはじめ、 社会教育担当者や公民館等職員とともに中心となって、 地域に 根づく学校支援体制づくりをめざすべきである。 5つの問題・課題について、 「学校 (教職員)」 を主体とした対応策を検討する中で、 地域の学校 支援体制には、 図8のような 「3つのステージ」 があるのではないかと考えている。 第1ステージは、 「学校」 と 「地域」 の距離が近づくステージであり、 お互いを理解し合う場で あり、 時である。 本事業3年間の成果としてあげたステージにあたる。 第2ステージは、 「学校」 の理解がすすみ、 意欲的に主体的に体制づくりに取り組む場であり、 「保護者」 の理解が深まり、 保護者の参加・参画も拡大するステージである。 学校での教育と家庭 での教育が連動する場であり、 時である。 いわば、 「学校」 「家庭」 「地域」 がそれぞれの役割を再 認識・再確認するステージともいえる。 第3ステージは、 「学校」 「家庭」 「地域」 が協働で、 地域の子どもの教育を考え、 新たな取組や 活動をも創り出すステージである。 まさに、 子どもの学力も家庭の教育力も地域の教育力もともに 相乗効果で向上する最終ステージともいえる。 勿論、 この3つのステージは、 それぞれ別々に存在しているものではなく、 重なり合い、 つなが り合う部分は大いにあると考えている。 図8 地域の学校支援体制の3つのステージ 島根大学生涯学習教育研究センター年報 193 日野伸哉 それぞれの本事業関係者は、 学校や地域の実情が今どのステージのどのあたりにあるかを見極め、 将来的なビジョンを再検討することが求められる。 そのうえで、 学校 (教職員) は、 第2ステージ・ 最終ステージにあがるため、 主体的に、 意欲的に動き出す時である。 学校 (教職員) の主体性と意 欲なしには、 次のステージにあがれないのである。 言い換えれば、 第1ステージにとどまり続ける ことになるだろうし、 第1ステージからも滑り落ちる可能性さえあるといえる。 今、 「学校」 の立場が問われているのである。 Ⅴ おわりに 「まとめ」 で述べてきたような学校 (教職員) が主体となる具体的な対応策を提案すれば、 「さら に学校 (教職員) の負担・仕事を増やすのか!」 「現場の実態も状況も分かっていないのに、 ……。」 という批判の声が学校教育関係者から聞こえてきそうである。 確かに、 本稿で示した対応策を具現化 しようとすれば、 学校 (教職員) の負担や仕事が増えるという感覚をもつ学校教育関係者は多いだろ う。 しかし、 将来的な子どもの教育、 学校教育・家庭教育・社会教育、 地域全体の教育を考えるうえで、 “負担が偏り肥大化した学校内で、 次々に積み重なる問題・課題を教職員だけで解決するために必死 で奮闘し続ける”のか、 “地域の子どもを地域で育てる観点から、 家庭とも連動し、 学力を向上させ、 適切な生徒指導を行うために機能する学校体制や地域の学校支援体制を創る”のかという選択を求め られた場合、 当然、 後者の考えに立つべき時がきているのである。 社会教育の支援を活かし、 学校や教職員が主体的に意欲的に動き出すことによって、 本事業の熟度 が高まり、 それぞれの学校や地域の実情に応じた無理のない自然体の学校支援体制が創りあげられて いくものと考えている。 それは、 それぞれの学校・地域が第2ステージへ、 さらに最終ステージへあ がることであり、 子どもの学力も、 家庭の教育力も、 地域の教育力も高まっていく仕組みが創りあげ られることである。 本事業が、 これからの学校教育・家庭教育・社会教育の 「起爆剤」 あるいは 「特効薬」 となり、 地 域の教育を切り拓いていくために、 地道に、 継続的に、 展開・推進されていくことを期待する。 注 1) 島根県教育庁社会教育課 「平成23年度社会教育行政の方針と事業」 平成23年4月,p25 2) 島根県学校支援地域本部運営協議会 「島根県学校支援地域本部事業調査報告書」 平成23年3月 3) 「地域コーディネーター」 文部科学省HPを参照 「地域コーディネーター」 は、 学校とボランティア、 あるいはボランティア間の連絡調整などを行い、 学校 支援地域本部の実質的な運営を担うもの。 http://www.mext.go.jp/a_menu/01_l/08052911/004/002.htm (参照日2011.12.28) 4) 「学校支援ボランティア」 文部科学省HPを参照 「学校支援ボランティア」 は、 実際に学校支援活動を行う地域住民のこと。 http://www.mext.go.jp/a_menu/01_l/08052911/004/002.htm (参照日2011.12.28) 5) 島根県教育庁社会教育課からの情報・資料提供による 6) 「ふるさと教育」 島根県が平成17年度から県内全ての公立小中学校ですすめている県単独事業。 地域の自然、 歴史、 文化、 伝 統行事、 産業といった教育資源 (「ひと・もの・こと」) を活用し、 学校・家庭・地域が一体となって、 ふる さとに誇りを持ち心豊かでたくましい子どもを育むことを目的としたもの。 http://www.pref.shimane.lg.jp/life/kyoiku/syougai/furusato_jigyo/Q6A/gaiyo.html (参照日2011.12.19) 7) 高橋興 「調査結果を踏まえた考察−調査結果から見た今後の主要な課題−」 文部科学省 「平成22年度学校支援地域本部事業の実施状況報告書」 より http://www.mext.go.jp/a_menu/01_l/08052911/__icsFiles/afieldfile/2011/12/27/1314507_2_1.pdf (参照日2011.12.28) 8) 「公民館等」 公民館等とは、 社会教育法上の公民館だけではなく、 実態として公民館の機能を担うコミュニティセンター、 交流センター等も含む。 島根県教育庁社会教育課 「平成23年度社会教育行政の方針と事業」 平成23年4月,p84 194 島根大学生涯学習教育研究センター年報
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