耐環境型遠赤外線カメラ用 Z n S レンズ 1. 概 要 遠赤外線(波長 8 ~ 12µm)カメラは、対象の表面温度 を検知し、更に光源を必要とせずに対象を可視化できるた め、夜間監視、車載ナイトビジョン及び家電など多用途で 用いられている。近年、その需要は年率約 10 %以上で堅 調に増加しているが、遠赤外線カメラの市販価格は非常に 高価であり、今後も更に普及し続けるためにはその低価格 化が必須である。それには、赤外線センサと共に低価格な 赤外線透過レンズの開発が強く望まれている。 このニーズに対応すべく、我々は高価なゲルマニウムに代 ARコート品 わる低価格かつ優れた光学性能を持つ遠赤外線カメラ用途の レンズとして、モールド成形焼結プロセスによる硫化亜鉛 DLCコート品 写真 1 外 観 (以下 ZnS : Zinc Sulfide)製レンズの量産化を行った。 今回、需要拡大が期待される車載、監視等の屋外用途に 高 信 頼 性 で 応 え る た め 、 耐 久 性 の 高 い Diamond Like Carbon(以下、DLC)コート技術及び温度変動が大きい 100 環境で焦点調整不要なアサーマル機構を適用し、更に小 80 ロットから低価格で提供できる標準レンズ(写真 1)を企 透過率(%) 画した。 2. 特 長 2ー1 ZnS レンズへの DLC コート 屋外監視カメラ や車載カメラ等厳しい環境で使用される赤外光学レンズ等 の保護膜として、DLC コートが適用されていることが多い。 今回、我々は、耐環境性で実績の多い DLC コートを ZnS 60 40 DLC//ZnS//AR coated 20 0 AR//ZnS//AR coated 7 8 9 レンズに適用した。 10 11 12 13 波 長(µm) 図 1 に遠赤外線透過率(厚み: 3mm)の測定結果を示す。 遠赤外線カメラ用途のレンズとして重要な特性である波長 図 1 遠赤外線透過率特性 8 ~ 12µm 範囲での平均透過率は 84.4 %と実用上、良好な 特性を有している。尚、参考として通常の反射防止(AR : Anti-Reflection)コート品の分光特性を破線により示す。 次に、DLC コート品の環境試験結果を表 1 に示す。各試 験共、試験前後で外観及び透過率の変化、テープ試験によ る膜剥がれは見られず、良好であった。 2ー2 アサーマル機構 表 1 DLC コート ZnS の環境試験結果 試験項目 試験条件 試験結果 試験方法 高温高湿試験 80 ℃ / 95%RH、 770h 良好 MIL-F-48616 熱衝撃試験 -60 ℃×1h ⇔ 180 ℃×1h、 5 サイクル 良好 ー 密着性試験 テープ試験 良好 MIL-F-48616 摩耗試験 Severe 20 Stroke 良好 MIL-F-48616 塩水噴霧試験 塩水濃度 5%、200h 良好 JIS- Z- 2371 酸性雨試験 SO2 量: 0.2L、 14 サイクル 良好 耐候性試験 UV +水、192h 良好 屋外での用途が拡がるにつ れ、レンズに対しても温度環境に順応するよう耐環境性の 要求が厳しくなってきている。 通常、環境温度が変化すると、レンズ材料の屈折率変化 及び鏡筒の熱膨張により焦点がずれ、焦点を再調整しない と解像度の指標である MTF ※1 が低下する。表 2 に示す通 り ZnS 材料は屈折率の温度依存性(dn/dt)が小さく、環 境温度変化に強い利点がある。しかしながら、温度範囲が 広範になると MTF 低下が無視できなくなる。 −( 134 )− 新 製 品・技 術 紹 介 DIN-50018 0.2S JIS-D-0205 WAN1S 我々は ZnS の dn/dt が低い点を活かし、簡易且つコンパ 表 2 遠赤外線透過材料物性値比較 クトでありながら、広い環境温度で安定した動作を示すア 項 目 サーマル(温度補償)機構を開発し、その量産化に成功し 屈折率@10µm た。図 2 に-40 ℃ ~80 ℃の低高温カメラ MTF 測定結果を示 硫化亜鉛(ZnS) ゲルマニウム 2.200 4.003 アッベ数(8-12µm) 22.7 dn/dt [K ] 4.1 × 10 ※2 す。アサーマル機構を持たない通常のゲルマニウムは -1 dn/dt が大きく低高温で大幅に MTF が低下するのに対し、 942 40.0 × 10-5 -5 ZnS レンズはアサーマル機構を持たないタイプでも-20 ~ 70 ℃の範囲では MTF の低下量が少なく、実用レベルであ る。その範囲を超えると室温比で 30 ~ 40 %低下する。こ 0.2 れに対し、本開発のアサーマル品は、全温度範囲で低下量 0 環境試験結果を示すが、環境負荷試験前後で大きな焦点位 置ズレは見られず、良好であった。以上より、当社製ア サーマル品は高い信頼性を有している。 相対カメラMTF が室温比 10 %以下と安定した MTF を示している。表 3 に -0.2 -0.4 -0.6 -0.8 3. 標準レンズラインアップ ZnSアサーマル品 ZnS通常品(アサーマル無) -1 前述の通り、遠赤外線カメラの市場は拡大しており、それ -1.2 に合わせて、遠赤外線透過レンズの低価格ニーズは高い。当 ゲルマニウム通常品(アサーマル無) -40 -20 0 20 社の ZnS レンズはモールドプロセスで製作することで大幅 40 60 80 温 度[℃] なコストダウンを可能としたが、成形型等の初期コストが必 [ ] カメラMTF(各測定温度、各サンプル) 相対カメラMTF= ー1 カメラMTF(室温、各サンプル) 要なため、生産数量の多い製品に限定される傾向があり、少 量ニーズに応えていくためには、レンズを標準化することが 必要である。一方、赤外イメージセンサも各社出揃い、コス 図 2 低高温カメラ MTF 測定結果 ト低減が図られている。 そこで当社は、市場ニーズに合わせ、汎用センサに適合し た標準レンズを企画した。企画した標準レンズを表 4 に、対 応するセンサを表 5 に示す。標準レンズには、本稿で取り上 表 3 アサーマル型 ZnS レンズの環境試験結果 げた DLC コートやアサーマル機構を取り入れたタイプも揃 試験項目 試験条件 結 果 試験方法 低高温 MTF -40 〜 80 ℃、軸上、 20lp/mm 良好 − 種類である。今後より広角なレンズのラインアップを拡充し 高温放置試験 100 ℃× 650h 良好 MIL-F-48616 ていく計画である。 高温高湿試験 80 ℃/95%RH ×400h 良好 MIL-F-48616 え、あらゆる環境に適応できる仕様となっている。今回企画 したレンズは焦点距離 19mm、18.8mm 及び 12.8mm の 3 表 4 標準レンズラインアップ モデル No 焦点 距離 (mm) #349 19 0.96 #349DLC 19 #550 イメージ サークル※4 (mm) コート タイプ 8-12µm 平均透過率 水平画角(°)※5 (センサ タイプ) アサーマル 機構 10 AR 77% 24(A) / 12(C) 無 0.96 10 DLC 72% 24(A) / 12(C) 無 18.8 0.985 10 AR 79% 24(A) / 16.4(B) 有 #550DLC 18.8 0.985 10 DLC 74% 24(A) / 16.4(B) 有 #516 12.8 1.00 10 AR 77% 34.7(A) / 24(B) オプション #516DLC 12.8 1.00 10 DLC 72% 34.7(A) / 24(B) オプション F- No ※3 2 0 1 0 年 7 月・ S E I テ クニ カ ル レ ビ ュ ー ・ 第 1 7 7 号 −( 135 )− 表 5 対応センサ タイプ ピッチ 画素数 A 25µm 320 × 240(QVGA) B 17µm 320 × 240(QVGA) C 25µm 160 × 120(QQVGA) 用 語 集ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※1 MTF レンズの解像度を表す指標。値が高いほど鮮明な画像が得 られる。 ※2 アッベ数 波長分散を表す分散率の逆数。値が大きい材料ほど、色収 差(波長により結像位置がずれる現象で、大きいと滲んだ 画像となる。)が出にくい。 ※3 F-No レンズの明るさを表す指標。値が低いほどレンズ口径が大 きく、明るい像が得られる。 ※4 イメージサークル レンズの結像範囲を示す。 ※5 水平画角 撮像面の水平方向の画角を表す。 〔ハイブリッド製品事業部 −( 136 )− 新 製 品・技 術 紹 介 03 − 6722 − 3393〕
© Copyright 2024 ExpyDoc