浜岸安太郎 - 東北大学

はまぎしやすたろう
氏名・(本籍)
浜岸安太郎
(福井県)
学位の種類理学博士
学位記番号理第676号
学位授与年月日昭和56年10月28日
学位授与の要件学位規則第5条第2項該当
最終学歴
昭和48年3月
東北大学大学院理学研究科
(修士課程〉化学第二専攻修了
学位論文題目
高リン酸化ヌクレオチド(ppGpp,pppApp)のラジオイムノ
アッセイによる微量定量とその生理作用に関する研究
論文審査委員
(主査)
文
教
授授授
目
論
数数助
教授田宮儒雄
高瀬嘉平
小倉協三
吉田浩
次
第一章序論
第二章抗原調製
第三章抗ppGpp一抗体及び抗pppApp一抗体の調製
第四章ppGpp及びpppAppのラジオイムノアッセイ法の確立
第五章ラジオイムノアッセイ法の生体試料中のppGpp,pppApp定量への適胴
第六章ppGpp及びpppAppの生物界での分布
第七章ppGpp及びpppAppの生理作屠
第八章総括
文献
謝辞
一501一
論文内容要旨
第一章序論
本研究の第1の目的は,高リン酸化ヌクレオチドguaηosine-5■一di的osp鼓ate-3一一d呈phosphate
(ppGpp),adenosine-5〆一trや鼓osphate-31-d呈phosphate(pppApp)のラジオイムノアッセイ
(RIA)法の開発である。ppGppは,大腸菌(Esohε7歪oh勿ooののstringentcontrol下で蓄積す
る化合物として発見され,現在,名2」遺伝子発現の仲介化合物と考えられている。pppAppは,
枯草菌(B顔1嬬脇厩1丞)の胞子形成に何らかの形で関与する化合物と考えられている(図一1
に構造式を示した。)
本研究を開始する前の,ppGpp,pppAppの分析法としては,32P一標識法のみであり,新しい
微量定量法の開発が切望されていた。著者は,ppGpp,pppAppの微量定量法のiつとして,RIA
法の開発を試み目的を達成した。、.聖.、一
次に,開発した密A法を用い,ppGpp,pppAppの生物界での分布につbて検討した。
研究の第2の目的は,ppGpp,pppAppの新しい生理活性の検索である。ppGpp,pppAppを
培地に添加することにより,微生物の生理に対する効果を検討した。
その結果,Bαo〃1欝属の胞子発芽,胞子形成及びS飽ρ!o卿08S属の胞子発芽の各過程にppGpp,pppAppが興味ある影響を与えることを見い出した。この効果について・SgoJ♂伽%s胞
子とpppAppを用いて,生化学的検討を行った。
また,51g召♂蜘齪sの抗腫物性抗生物質aclaclRomycinの醗酵過程での菌体内ppGpp濃度変
化を追跡した。
第二章抗原調製
ppGpp,pppAppに特異的な抗体を入手する目的で,動物感作用抗原をデザインし合成した。
低分子量のppGpp,pppAppは・単独では,抗体誘導能がないと考えられる。そこで,牛血清
アルブミン(BSA),人血溝アルブミン(HSA)に,結合させ,抗原性を持たせた。
ppGpp,pppAppは,S.規。箔oo加8n爵由来の照cleot呈depyrophosphok重職seを用いて合成
した。8一(6-3minohexy1)amlno-ppGppは,Kapmeyerらの方法で合成した8一(6-aminohexyi)一
amlno-GDPを撫cleot量depyrop藝osphoklnaseでピロリン酸化することにより合成した。8一(6ami賛ohexyDamino-pppAppは,TrayeτらとSmlthとK難or餓aの方法で合成した8一(6一
&min磁exy1)amlno-ATPをnucleot三depyrop熱os傭01{1舩seでピロリン酸化することにより
合成した。
ppGppは,1-e腹yl-3一(3-di瓢et鼓y}a田lnopropy1)一carbodiim姐e。HCl(EDC)を用いてBSA,
HSAに結合させた。8一(6-am組ohexyl)amlno-ppGpp,一pppAppは,グルタールアルデヒドを
用いてBSA,HSAに結合させた。
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第三章抗費pGpp一抗体及び抗pppApp一抗体の調製
抗体を検出するために,照cleotidepyrophosphokinaseを用いて,[8-3H]GDP,[2-3H]ATP
より[8-3H]ppGpp(3.3∼3.4×104dpm/pmo1),[2-3H]pppApp(2600または5.3×104dpm/
pmo1)をそれぞれ調製した。
抗ppGpp一抗体及び抗pppApp一抗体の検出法として,Se碑adexG-50ゲルを用いるゲルロ過
法及びデキストラン被覆活性炭を用いる炭末法を確立した。
第二章で調製したppGpp-RSA,ppGpp-BSA,8一(6-aminohexy1)amino-ppGpp-BSA,8一
(6-aminohexyl)amino-pppApp-HSAの各結合物を,Fre根面の完全アジュバントと共に,ウ
サギ(日本白色種,ニュージーランド白色種)に皮下投与することにより・抗ppGpp一抗体,
抗即pApp一抗体を調製することに成功した。
第四章ppGpp及びpppAppのラジオイムノアッセイ法の確立
第三輩で調製した抗ppGpp一抗体,抗pppApp一抗体を用いて,RIA法を確立した。
抗原一抗体反応の至適pHは,抗ppGpp一抗体,抗pppApp一抗体共に,7.0∼8.0であった。反
応液量は,200∼300μ1に設定した。反応速度は,抗ppGpp一抗体,抗pppApp一抗体共に速く,
60分間インキュベートで充分平衡に達した。コンペティティブ・アッセイ法にもとづき,定量
曲線を作成した。ppGppアッセイでは,5∼100pmo1/assaytube(ppGpp-HSA感作由来抗
体)または,i∼10pmol/ass段ytube(8一(6-amino地xyl)amino-ppGpp-BSA感作由来抗体),
pppAppアッセイでは,iO∼1000pmo1/&ssay無be(8一(6-a螢inohexy玉)a獄ino-pppApp-HSA
感作由来抗体)の各範囲で定量可能なことが明らかとなった。
ppGpp-HSA感作由来抗ppGpp一抗体は,GTP,GDPとG.5%の交差反応を示した。また,
pppGppとはm%の交差反応を示し,5■側リン酸基の数を充分に識別できなかった。
8一(6-ami“ohexyl)a磁豊G-ppGpp-BSA感作由来抗ppGpp一抗体は,GTP,GDPと交差反応
率は低い(それぞれ,0.03畦,0.063%)が,pppGpp,pGppとは,完全に交差反応し,5{側リン酸
基の数を識別できなかった。
8一(6-aml嚢ohexy1)aml鷺。-pppApp-HSA感作由来抗pppApp一抗体は,ATP,ADPと0.i%,
また,ppAppとは鉛%の交差反応を示した。
見かけの解離定数は,抗ppGpp一抗体で,L92∼105nM,抗pppApp一抗体で,25.6,i31nM
であった。
第五章ラジオイムノアッセイ法の生体試料中のppGpp,pppApp定量への適嗣
第四章で確立したR王A法を生体試料分析に適爾する際の問題点について検討し,以下の方法
を確立した。
∼503一
方渕a〉;ppGpp,pppAppを生体細胞より0.2∼i.ONHCOOHで抽出後,M1諏CO3を用いて
1)EAE-SephadexA-25,boricacidgdの各カラムクロマトグラフィーを行い精製す
る。精製後・凍結乾燥で脱塩し・最後に,100mMTris-1{C達一生食緩衝液(pR7・5)に
とかし,R王Aする。
方法(b);ppGppを生体細胞より,0.iN}{C1で描出後,O.25M食塩一50mMリン酸緩衝液
(pH8.4)を用いてDEAE-SephadexA-25のカラムクロマトグラフィーを行い精製す
る。抽出時に加えた[3H]ppGppの溶墨画分を,そのまま,RIAし,放射能の園収率と
R王Aの分析値から定量する。
試料中からのppG陣,pppAppの回収は,方法(a),(b)ともに定量的であったが,方法(a〉の場合,
凍結乾燥蒔に,若干,分解することがわかった。上記の方法を用いて,大腸菌,枯草菌,放線
菌,ラット胎児の各生体中のppGpp,pppAppを定量することができた。
第六章ppGpp及びpppAppの生物界での分布
32P一標識法とRIA法を用いてppGpp,pppAppの生物界での分布について検討し,以下の結
果を得た。
}〉Eoo〃CP78(名21+)の菌体内ppGpp濃度は,麺droxylan顧eに感受性を示した。薬剤の添加
により,ppGpp濃度は,3∼5倍上昇した。
2)EoolズCP79(名21うの菌体内ppGpp濃度は,麺droxylamineに非感受性であった。
3)32P一標識法を爾いて,5tg4」磁8総でppGpp,pppAppを検出した。
4)RIA法による分析で,ppGppは,バクテリア,放線菌,酵母,カビで検出された。
5)pppAppは,丑s%薦廊以外に数種のバクテリア,放線菌,カビで検出された。然し,酵母で
は,検出されなかった。
6)Sooohoフη郷`6so6泥跳劾¢04η協磁δo翩翩でのppGpp濃度は,培養初期の方が,後期より
も若干,高かった。
7)ラットの胎児,脳,マウス腹水腫瘍細胞Sarcoma-18eでは,ppGppは検出できなかった。
第七章ppGpp及びpppAppの生理作用
pppApp,ppGppの微生物の生理に対する効果を,これらのヌクレオチドを培地に添加するこ
とにより検討し,次の結果を得た。
王)pppApp,ppApp,pppGpp,ppGppは,Bs%翻1鉛,Bo8解κs,Eo励認碗3,Bo吻ッlo勿麗碗薇
2難S,Sgol磁6%S,S御伽%S空,Sh伽罐石%甑S窺0名00々α8総覚,S翻砂齢8漉0歪ll解η名08ε0泥芦
∫∫oJ磁'襯,S∫吻齢2痂oJll蹴0劾%σ彫0彫%彫,砺0砂4如0砿。鷹,昭の胞子発芽を抑制した。
また,E梛観傭,裁σ脚lol蜘碗漉郷の胞子形成を促進した。
2〉Es%δ∫1漉において,LOmMpppAppの添加は,対照に比較し,約iOOO倍量の胞子数の増
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加を誘発した。
3)これらの効果は,ATP,GTP,CyclicAMP等のヌクレオチド類には認められず,高リン酸
化ヌクレオチド特有の活性と考えられた。
4)胞子発芽抑制作罵を,Sgα」磁ε総胞子,pppApp,i4C-urid圭ne,圭4C-t麺midi聡,王4C一重e慧。量aeを
用いて検討した結果,pppAp§は,胞子発芽の後期RNA合成を著しく阻害していることが
明らかとなった。
5)pppAppの胞子発芽抑制効果は,可逆的であった。
次に,gpG脚の菌の生育や細胞内代謝系での生理的役割を明らかにする目的で,S・gα∫磁郷
の生育,RNA及びタンパク質の合成,aclaclnomycln類の生産の各過程と菌体内ppGpp量の
関係について検討し,次の結果を得た。
i)RNA合成は,菌の生育が定常に達する前に,活発な合成は,終了した。
2)aclacinomycin類は,菌の増殖が停止する時期から合成が開始された。
3)ppGpp合成能は,培養20暗闘経過した時点で,最大となり,adacinomyc盈類が合成される
時期には合成活性は著しく減少した。
4)adaclnomycin類の高生産培地と低生産培地での菌体内ppGpp量を,対数増殖期で比較した
場合,高生産培地の方が,低生産培地より約隻、7倍高い値を示した。
5)高生産培地でのaciacl鴛omycin類の醗酵過程と菌体内ppGpp量を詳しく追跡した所,対数
増殖後期が最も高く,定常期に入ると急激に減少した。ppGpp量の減少とともに,aclacinomycin類の合成が開始された。
第八章総括
本研究の第1の目的は,ppGpp,pppAppのラジオイムノアッセイ法の開発である。第二∼第
四章で論述した様に,ppGpp,pppAppを1∼1000-pmol/assay加be量の範囲で定量可能な
RIA法を確立した。検出限界は,RIAに供試する試料中の濃度として3.3∼4.8簸MppGpp,24
nMpppAppであった。RIA法は,32P一標識法に比べ,ヌクレオチドの標識化を必要としない
所に利点がある(標識化は,その効率や標識同位体化合物の比活性等に左右され,煩雑である。)
また,RIA法による検出限界は,i∼10nMであり,32P一標識法に比べ遜色がないことがわか
る。
しかし,入手した各抗体は,目的とするppGpp,pppApp以外に生体中に高濃度の存在が予
想されるGTP,ATpに若干の親和性を示した。そこで,正確な分析値を得るための工夫をし,
以下の方法を確立した。(第五章〉。
方法(a);DEAE-Sep敷adexA-25,boricacidgelの各ゲルを用いるカラムクロマトグラ
フィーで交差反応活性を示すヌクレオチド類を除去し,ppGpp,pppAppを精製した。しかし,
∼505一
この方法は,各ステップに凍結乾燥操作があり,この過程で,ppGpp(pppApp〉が分解される
ことがわかった。この点を改良すべく検討し,方法(b〉を確立した。DEAE-Se諏adexA∼25カ
ラムクロマトグラフィーでppGppを精製し,凍結乾燥,脱塩操作を入れず,そのままRIAに供
試した。このことより,有機溶媒不溶性かつ酸・アルカリに不安定性のppGppの定量に成功し
た。
次に,開発したRIA法を用いて,種々の生物でのppGpp,pppAppの存在を検討した。その
結果,ppGpp,pppAppは,原核細胞及び下等真核細胞には,存在していることがわかった。高
等真核生物であるラットの胎児,脳では,ppGppは,検出されず,その濃度が,非常に低いこ
とがわかった。(第六章)
ppGpp,pppAppを培地に添加することにより,微生物に対する効果を検討した。その結果,
高リン酸化ヌクレオチド類(pppGpp,ppGpp,pppApp,ppApp)が,βoo沼欝属,Sケ砂∫o脚。εs
属の胞子発芽を阻害すること,また,B躍観傭,Bα魏夕loJ加吻吻ηsにおいては,胞子形成
を促進することを発見した。モノヌクレオチドが,この様な活性を示す例は,過去になく,葬常
に興味ある現象と考えられた。Sg盈∠紹粥とpppAppを用いて胞子発芽抑制機構を検討した結
果,pppAppは,胞子発芽の後期RNA合成を阻害することにより,それに続くDNA合成を阻
害していることが明らかとなった。
Sgσ1磁8麗において,aclac担。蹟ycl獄類の生産は,栄養増殖型RNA合成の著しい減少,菌
の増殖停止等,胞子形成過程と類似した細胞内代謝活性のもとで遂行された己菌体内ppGpp量
は,対数増殖期で最大となり,ac}ac量nomydn類の生産時には,著しく減少するパターンを示し
た。このことは,胞子発芽柳綱効果の実験結果も合せ考え,ppGppが,栄養型細胞の代謝系を
織御する因子であることを強く示唆するものである。(第七章)。
一506一
N呂2
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講噛脚
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電
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騒。
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》《鷺。
繋亀40
鴫
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㌔
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陣卿《岬》馨騨卿b黛)
薫i怒_窺、s鵬綱玉一一鰐一 窟齪
_507一
論文審査の結果の要旨
浜降安太郎提出の論文は細菌のStringent因子(必須アミノ酸が欠亡したとき,細菌の生長を
止める因子)として知られるグアノシン5仁ニリン酸一3〆一二リン酸(ppGpp),および類似の作用
をもつことが示唆されているアデノシン5'一三リン酸一3ノーニリン酸(pppApp)の両者につき,ラジ
オイムノアッセイ法による定量法を確立し,その方法を用いて各種の細菌および動物組織にお
ける分布を調べたものである。その結果両者は微生物類には広く分布するが,高等動物には検
出限界以下(io覗rΩd加g湿重量以下)であることが明らかになった。
又,浜降はppGppおよびpppAppは0、i∼immol/」の濃度で,有胞子細菌に対し,胞子形
成を促進し,胞子の発芽を抑制することを明らかにした。この発芽抑制はpppAppの濃度を下
げると直ちになくなり,正常な発芽を示す。S舵ρ∫o脚08s8召1磁ε欝の胞子を用い,pppAppは
発芽後期におけるRNA合成を阻害し,これが発芽抑制の原因となっていることが示された。
以上の事実はppGppおよびpppAppの両者が微生物において生理的に重要な役割りを果し
ていることを示すと考えられる。
又一方aclacinomyc…n生産菌であるSケ勿≠o那ッ。εs解」磁6%sでは,この抗腫瘍性抗生物質の
生産時,すなわち菌の生育が定常期に達したとき,菌体内ppGpp濃度が急に低下することを発
見した。
以上浜岸安太郎提出の論文はppGppおよびpppAppの定量法を確立すると共にその生理的
役割りを示したもので,浜岸が自立して研究を行うために必要な高度の研究能力と学識とを有
することを示す。よって浜岸安太郎提出の論文は理学博士の学位論文として合格と認める。
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