OS0808 歯並び矯正用ワイヤにスパッタコーティングした - 日本機械学会

OS0808
<M&M2008 材料力学カンファレンス・2008 年 9 月 16 日~18 日>
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歯並び矯正用ワイヤにスパッタコーティングした
AgTi 白色薄膜のはく離強度評価
Evaluation of Delamination Strength of White AgTi Film Sputter-Coated
on a Wire for Straightening of Teeth
○正
中佐啓治郎・広島国際学院大
Keijiro NAKASA, Hiroshima Kokusai
Gakuin University, Nakano 6-20-1,
Aki-ku, Hiroshima
顔
旭・
(株)ヤマトメック
Xu YAN, Yamatomec Inc., Nishiosawa
2-1-10, Higashi-Hiroshima
河田俊嗣・広島大学病院
Toshitsugu KAWATA, Hiroshima
University Hospital, Kasumi
1-2-3, Minami-ku, Hiroshima
Key Words: Delamination Strength, Sputtered Film, Wire, White Color, Teeth Straightening
歯並び矯正用のワイヤの色を人間の歯の色に近づけて目立たないようにしたいという要望があ
る。そこで,コバルト・クロム合金ワイヤに白色の銀または銀・チタン合金薄膜をスパッタコー
ティングし,さらにチタニアあるいはアルミナ薄膜をコーティングした。ワイヤの曲げ試験によ
ると,薄膜のはく離強度はバイアススパッタ法により増加し,歯に装着したワイヤの耐久性も大
きくなる。また,スパッタエッチングによりワイヤ表面に微細な突起を形成させる方法を用いる
と,薄膜のはく離強度が上昇する。
1. はじめに
最近,歯周病予防あるいは美容のため,男女を問わず,歯
並び矯正治療を希望する者の数が増加している。歯並びの矯
正には,通常ブラケットと呼ばれる器具を歯の表面に接着し,
これにワイヤをはめ込み,ワイヤの弾性的な回復力を利用し
て,歯を少しずつ移動させる。ワイヤは,矯正の程度あるい
は期間に応じて,弾性力の強い太いものから細いものまで,
適宜交換して用いる。ブラケットとワイヤは通常金属製で,
口を開けると目立つため,とくに女性の場合には,ブラケッ
トとワイヤの色を歯の色に近いものにしたいという希望が
強い。このため,白色のプラスチックやセラミックスをコー
ティングしたものが用いられているが,高分子膜は変色しや
すく,セラミックス膜は割れとはく離が起こりやすい。した
がって,コーティング材料として必要な特性は,人間の歯の
色に近いことに加えて,歯並び矯正のためにワイヤを曲げて
も膜がはく離しないこと,ブラケットとの摩擦係数が低いこ
と(歯を移動させる力が大きくなって,矯正効果が大きくな
る),ワイヤの交換期間(たとえば一ヶ月)中に,コーティ
ング膜が変色したり,はく離したりしないことである。
本研究では,このような特性を満足するコーティング方法
を見出すため,金属-セラミックス二層薄膜を金属ワイヤに
スパッタコーティングした。また,はく離強度を向上させる
ため,バイアススパッタ法またはアンカー効果を大きくする
ための突起物形成法(ワイヤ表面をあらかじめスパッタエッ
チングする)を試みた。
2. 実験方法
実験に用いた歯並び矯正用ワイヤは,幅 0.4mm,厚さ
0.5mm の,40%Co-20%Cr-15%Ni 合金ワイヤおよび SUS304
ステンレス鋼ワイヤである。これを,高周波マグネトロンス
パッタ装置の電極に置き,アルゴンイオンを用いて,Ag ま
たは Ag-1%%Ti ターゲットをスパッタして,ワイヤにコーテ
ィングした(スパッタ電力 300W)。その後,ターゲットをチ
タンまたはアルミナに交換し,スパッタにより半透明のチタ
ニア薄膜(アルゴン+酸素ガスでスパッタ)または透明なア
ルミナ薄膜をコーティングした。また,はく離強度を向上さ
せるため,通常のスパッタ法のほかにバイアススパッタ法も
用いた。また,スパッタエッチングによりワイヤ表面に微細
な円錐状突起を形成し(アンカー効果の利用),その上から
成膜することも試みた。
Fig. 1 Bending apparatus to evaluate delamination limit of film.
実験に用いた曲げ装置を Fig. 1 に示す。薄膜表面を実体顕
微鏡で観察し,薄膜のはく離が生じたときの曲げ半径を側面
写真から求め,はく離時の界面のひずみを e
= yi / rn から計
算した。ここで, rn は中立軸の曲率半径,
yi は中立軸から
界面までの距離である。はく離時の界面ひずみは,界面破壊
靭性値に対応するが,二層の薄膜および基材ワイヤの材料特
性(弾性係数,降伏強さ)の測定が難しいので,本研究では,
はく離時のひずみではく離限界(強度)を評価した。
3. 実験結果および考察
3-1 白色薄膜の作製
人間の歯の色に近く,摩擦係数が小
さく,長時間の装着でもはく離しにくい膜を実現するため,
本研究では,試行錯誤の結果,つぎの 2 つの二層薄膜を開発
した。
(1)まず,ワイヤに Ag 薄膜をスパッタコーティング
したのち,チタニア薄膜をコーティングする。Ag 薄膜その
ままでは人間の歯の色としては白すぎるが,チタニア薄膜の
色は乳白色であるので,その厚さを変えて色調を変化させる。
(2)まず,Ag-1%Ti 薄膜をスパッタコーティングする。バ
イアススパッタした Ag-1%Ti 薄膜の色は白色であるが,その
上に透明なアルミナ薄膜をコーティングすると,Ag-1%Ti 薄
膜の光の反射が変化して乳白色となる。
これらのコーティング膜の色調は,歯科用標準色サンプル
(VITA 社製)のいくつかにほぼ合致する。
3-2 コーティング膜のはく離限界(強度)におよぼすバイ
アス電圧印加の影響
Fig. 2 に,Co-Cr ワイヤに
厚さが 5μm の Ag 薄膜をスパッタコーティングしたのち(バ
イアスなし),チタニア薄膜をコーティングし(バイアスな
し),その後曲げ試験を行ったときのワイヤの表面を示す。
曲げ半径 r = 1.05mm で,Ag 薄膜が基材からはく離している。
一方,バイアス電圧 200V を加えてスパッタした Ag 薄膜で
は,この半径では割れもはく離も起こらず,r = 0.4mm にな
って初めて割れが起こる。
t=4h
R=1.05mm
Fig. 4 Appearances of surface of wire just after setting on
brackets and after 12 weeks.
3-3 薄膜のはく離強度に及ぼす基材スパッタエッチングの
効果
歯科医がワイヤを両端で大きく曲げるとき
には,上記のバイアススパッタ法で製造したワイヤでも,薄
膜に割れやはく離が起こり,装着期間にその部分からはく離
が進行することがある。そこで,ワイヤにアンカー効果を与
えて薄膜のはく離強度を増加させるため,まず,バフ研磨お
よびエメリーペーパ研磨(#100 まで)により,ワイヤ基材
の表面粗さを変えた。しかし, Ag 薄膜をスパッタコーティ
ングしワイヤでは,このような処理をしても,はく離強度は
あまり変化しない。一方,著者らは,鋼をスパッタエッチン
グすると,表面にさまざまな形状の微細な突起物が形成され
ることを報告しており,これをアンカー効果に利用すること
を試みた。Fig. 5(a)は,歯科矯正用に用いられる SUS304 ス
テンレス鋼ワイヤをスパッタエッチングしたときに形成さ
れる円錐状突起物の SEM 写真(45°傾斜して撮影)である。
これに Ag-1%Ti 薄膜をスパッタコーティングしたのち(バイ
アス電圧印加なし)曲げ試験を行った。突起物を形成してい
ないワイヤでは,(b)のように,r=2.8mm ではく離が起こるが,
スパッタエッチングにより突起物を形成したワイヤでは,
r=0.18mm でもはく離が起こらない((c)および(d))
。
(a)
(b)
Fig. 2 Delamination of TiO2/Ag films (without bias) at bending
radius r = 1.05mm(ε = 0.19).
Radius of curvature,mm
Fig. 3 は,曲げ試験の結果をまとめたものである。バイア
ススパッタした Ag 薄膜は,その上のチタニア薄膜のスパッ
タ時間が短い(チタニア膜厚が薄い)ときには,バイアスを
加えない場合に比べて,曲げ半径が小さくても割れとはく離
が起こらない。このように,バイアススパッタ法により,は
く離限界(強度)が大きくなっている。
2
Ag film thickness: 5μm
1.6
(c)
(d)
Delamination
□ Without bias
△ Bias
1.2
10μm
Fig. 5 Effect of protrusions formed by sputter etching of wire on
the delamination strength of Ag-1%Ti film. (a) Conical
protrusions on the SUS304 wire, (b) delamination of film at r
=2.8mm (without sputter etching), (c) and (d) no
delamination even at r=0.18mm (with sputter etching).
Cracking of Ag film
Cracking
0.8
0.4
0
No crack
0
1
2
3
4
5
Sputter time of TiO2 film, h
Fig. 3 Effect of bias sputtering on delamination of Ag film.
Fig. 4 は,Al2O3/Ag-1%Ti 二層薄膜をコーティングしたワイ
ヤを実際に装着した例である。12 週間後にもはく離は生じて
いないので(ただし,研磨剤入りの歯磨きは使用せず),こ
のワイヤは実際の使用にも十分な耐久性をもっている。
突起物を形成させた Co-Cr ワイヤに Al2O3/Ag-1%Ti 二層薄
膜をコーティングした場合にも,突起物がアンカー効果を発
揮して,はく離を防止する。
また,Al2O3 薄膜と SUS304 ステンレス鋼の摩擦係数は 0.25
であり,SUS304 鋼同士の摩擦係数 0.35 よりも小さいので,
歯の移動(治療期間の短縮)にも有効であると思われる。
4. まとめ
省
略