原 著 歳男児の後頸部に発生し,急速に増大した 脂肪芽腫症例 - J-Stage

小児耳 2011; 32(1): 23
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原
著
歳男児の後頸部に発生し,急速に増大した
脂肪芽腫症例
宮 部 淳 二1),宮 口 衛1),西 村 将 彦1),福 嶋 宗 久2),佐々木崇博3)
1) 東大阪市立総合病院耳鼻咽喉科・頭頚部外科
2) 大阪労災病院耳鼻咽喉科
3) 大阪大学大学院医学系研究科耳鼻咽喉科・頭頚部外科
脂肪芽腫は胎児性の脂肪組織から発生する良性腫瘍で,3 歳以下の乳幼児に好発する比較
的まれな疾患である。今回,2 歳男児の後頸部に発生し,急速に増大した症例を経験したの
で報告する。
症例は 2 歳男児,母親が後頸部腫瘤に気づき当院受診。初診時,後頸部に 35 mm 大の弾
性硬な腫瘤を認めた。FNA で悪性所見認めず脂肪腫の診断で外来経過観察となった。1 年後
に65 mm 大と増大認め,MRI を施行したところ,後頸部に68×38×36 mm 大,辺縁整な腫
瘍性病変を認めた。腫瘍が急速に増大しており悪性疾患も否定できないため,2009年12月 8
日全身麻酔下に腫瘍摘出術を施行した。腫瘍は白色を呈し,背部筋肉直下に存在した。周囲
組織との癒着はなく一塊として完全に摘出し得た。病理診断は脂肪芽腫であった。単純摘出
が原則であるが局所再発も報告されており経過観察が必要であると考える。
キーワード脂肪芽腫,小児,頸部
な腫瘤を認めた。 FNA 施行したところ悪性所
はじめに
見認めず,脂肪腫の診断で外来経過観察となっ
脂肪芽腫は胎児性の脂肪組織から発生する良
た。平成 21 年 8 月,後頸部腫瘤が 65 mm 大と
性腫瘍で,3 歳以下の乳幼児に好発する比較的
増大認め, MRI を施行したところ,後頸部に
まれな疾患である。今回,2 歳男児の後頸部に
68 × 52 × 36 mm 大,辺縁整な腫瘍性病変を認
発生し,急速に増大した症例を経験したので若
めた。 FNA 施行したところ,悪性所見認めな
干の文献的考察を加え報告する。
かった。急速に増大認めること,悪性疾患を否
症例2 歳
定できないことから平成 21 年 12 月 3 日,手術
男児
主訴後頸部腫瘤
目的で入院となった。
家族歴特記すべきことなし
入院時現症体重14 Kg,栄養状態良好。
既往歴発達歴,発育歴に異常なし
後頸部に 65 × 55 mm 大の境界明瞭,弾性硬,
現病歴平成 20 年 8 月,両親が後頸部腫瘤に
可動性良好な腫瘤を認めた。
気づき当院受診。後頸部に 35 mm 大の弾性硬
自発痛,圧痛はともに認めなかった(図 1)。
東大阪市立総合病院耳鼻咽喉科・頭頸部外科(〒578
8588
大阪府東大阪市西岩田 3 丁目 4 番 5 号)
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小児耳 2011; 32(1)
宮部淳二,他 4 名
図 局所所見
後頸部に 65 × 55 mm 大の境界明瞭,弾性硬,可動性良
好な腫瘤を認めた。
図b T2 強調像
高信号を示し,内部に低信号の隔壁様構造
を認めた。
図a T1 強調像
筋肉と同程度の低信号を示した。
図c T1 強調像
(矢印)
T1 強調像の一部に高信号を認めた。
MRI 所見後頸部に68× 52× 36 mm 大,辺縁
は20 ml であった。
整な腫瘍性病変を認めた。 T1 強調像では筋肉
病理組織学的所見摘出腫瘍は,大きさ 75 ×
と同程度の低信号, T2 強調像では高信号を示
55 × 50 mm ,表面平滑な多房性の腫瘤で,線
し,内部に隔壁様構造が認められた。一部に
維性の薄い隔壁と多量の粘液貯留を認めた(図
T1 強調像で高信号,脂肪抑制 T1 強調像で低
3a )(図 3b )。割面の一部に脂肪組織状の部分
信号が認められた(図 2a~d)。
を認めた。組織学的には線維性の粘液を含む隔
手術所見平成 21 年 12 月 8 日全身麻酔下,腹
壁を持つ粘液腫状組織で,部分的に幼弱な脂肪
臥位にて腫瘍摘出術を施行した。後頸部に約 9
組織もしくは成熟脂肪細胞様の組織を認めた。
cm の皮膚切開をおき,僧帽筋を横切開,頭板
隔壁の細胞は紡錘形で,分枝した毛細血管が部
状筋および頭半棘筋を正中部で縦切開したとこ
分的に豊富に認めた。紡錘形細胞や脂肪細胞に
ろ直下に透明に近い白色を呈する腫瘍を認め
異型は認めなかった(図 4 )。病理診断は脂肪
た。周囲組織との癒着はなく一塊として完全に
芽腫であった。
摘出し得た。手術時間は 1 時間 22 分,出血量
術後経過合併症なく経過良好にて退院し,術
( 24 )
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小児脂肪芽腫症例
小児耳 2011; 32(1)
図b 摘出標本割面
線維性の薄い隔壁と多量の粘液貯留を認めた。
図d 脂肪抑制 T1 強調像
T1 強調像で高信号部位が,低信号を示し
ている。
(矢印)
図a 摘出標本
摘出腫瘍は,大きさ 75 × 55 × 50 mm ,表面平滑な多房
性の腫瘤であった。
図 病理組織学的所見
類円形~紡錘形の腫瘍細胞を認め,核異型は認めず。一
部に細胞質に脂肪を含む脂肪芽細胞(矢印)が認められ
る。
者に分類されると考えられる。
後 1 年の時点で,再発は認めていない。
考
ほとんどが無痛性の腫瘤として発見され,四
肢のほか,後腹膜等の体幹の軟部組織から発生
察
脂肪芽腫は 1958 年に Vellios
する。好発部位として矢内らは本邦 52 例のま
ら1) によって提
とめとして頭頸部 10 例,体幹部 13 例,四肢 27
唱された比較的まれな良性腫瘍である。 1973
例と四肢に多い傾向があると報告している3)。
年 Chung と Enzinger2) は 脂 肪 芽 腫 を circim-
Chung らも同様な報告をしているが2),一方で
scribed type(benign lipoblastoma,脂肪芽腫)
Dilley ら は 体 幹 部 が 優 位 で あ っ た と し て い
と diŠuse type ( diŠuse lipoblastomatosis , 脂
る 4) 。
肪芽腫症)の二型に分類した。前者は皮下に限
の 報 告2) で は 34 例 中 4 例 ( 11.7  ), Collins,
局し線維性被膜に覆われているもので,後者は
M. H の報告5)では25例中 5 例(20),矢内ら
深部に発生し被膜を持たず,周囲組織に浸潤性
の報告3)では52例中10例(19.2)であった。
頭頸部の発生については Chung, E. B.
に発育し,再発傾向を示すものである。自験例
本症の再発に関して,欧米では 14 ~ 25 と
では,皮下に限局し被膜に覆われていたため前
報告され7),びまん性,浸潤性に発育した lipo-
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小児耳 2011; 32(1)
宮部淳二,他 4 名
blastomatosis で摘出が不十分な際にみられる
良性疾患であること,時間経過とともに腫瘍が
といわれている2)。わが国では,矢内・久保ら
分化・成熟する可能性があること,などを考慮
の集計によると52例中 4 例の再発例がある3)。
すると,手術により重篤な機能障害をきたす可
予後は良好で腫瘍が完全に切除されれば再発
能性がある場合には手術を回避あるいは機能障
はまれとされている。本症例は circimscribed
害を残さないよう最低限の切除にとどめ経過観
type であり,手術時に周囲組織との癒着はな
察するという方針も妥当な場合があり,小児例
く一塊として完全に摘出し得たため再発の可能
が多いことからも症例ごとに慎重な検討が必要
性は極めて低いと考えられる。
であると考える。
診断および鑑別診断について,脂肪芽腫は,
ま
MRI 検査で粘液腫状部分を示す T1 強調像低
と
め
信号・ T2 強調像高信号領域や繊維性隔壁を示
2 歳男児の後頸部に発生し,急速に増大した
す低信号の線状ないし帯状構造が混在するこ
小児脂肪芽腫症例を経験した。腫瘍は手術によ
と,ガドリニウム造影でしばしば腫瘍内部に不
り完全に摘出し得た。現在術後 1 年で再発なく
均一な濃染像が認められることなどが特徴8)と
経過している。
されているが,画像診断だけで脂肪芽腫の診断
文
をつけることは難しく4),確定診断には摘出が
必要であると考えられる。
脂肪芽腫と脂肪肉腫について,脂肪芽腫が好
発する 3 歳以下で,脂肪肉腫の発生は極めてま
れであり,また脂肪肉腫の好発年齢が 30 歳以
上と報告9)されていることから発症年齢が両者
の鑑別ポイントになると言われている。しか
し,若年者で極めて稀とされる脂肪肉腫も,吉
村らの報告では 4 歳以下の症例が 51 例集計,
報告9)されていることから年齢因子だけで脂肪
肉腫を否定できない。本症例も年齢, MRI 所
見,細胞診から悪性疾患は否定的であったが,
急速な増大を認めたことから摘出術を施行した。
治療は全摘が原則である。本腫瘍は,急速に
増大する傾向があり再発例も報告されているこ
とから,発見後早期に摘出を行うこと,術前画
像診断等でその大きさや局在を把握し,慎重な
手術操作により完全に摘出することが再発を防
1) Vellios F, et al.: Lipoblastosis: Atumor of fetal fat
diŠerent from hiberoma. Am J Pathol 1958; 34: 1149
59
2) Chung, E. B. & Enzinger, F. M.: Benign lipoblastomatosis. An analysis of 35 cases. Cancer 1973; 32:
48292
3 ) 矢内俊裕,久保雅子下腿部 lipoblastoma の再発
例.小児がん1997; 34: 26569
4) Dilley AV, Patel DL, Hicks MJ, et al.: Lipoblastoma: pathophysiology and surgical management. J
Pediatr Surg 2001; 36: 22931
5) Collins, M. H.: lipoblastoma/lipoblastomatosis; aclinicopathologic study of 25 tumors. Am. J. Surg.
Pathol. 1997; 21: 113137
6) Magnato G, Cecchetto G, Carli M, et al.: Is surgical
treatment of lipoblastoma always necessary? J Pediatr
Surg 2000; 35: 151113
7) Mentzel, T., Calonje, E. & Fletcher, C. D: Lipoblastoma and lipoblastomatosis: a clinicopathological
study of 14 cases. Histopathology 1993; 23(6): 52733
8 ) 青木隆敏脂肪を含む軟部腫瘍の画像診断.画像
診断 2006; 26: 35868
9 ) 吉村浩太郎,他若年者に発生した大腿部脂肪肉
腫の 1 例小児脂肪肉腫報告 113 例の検討.整形外科
1990; 41: 105761
ぐ上で重要であると考える。また MRI 検査は
鑑別診断の面だけでなく,被爆を避ける,発生
場所,脈管系,筋肉との関係を評価する上でも
有用であると考える。
受理日
2011年 1 月 7 日
別刷請求先
〒 578 8588
大阪府東大阪市西岩田 3 丁目 4
番5号
再発腫瘍は初回切除時と比べて分化度が高
く,成熟した脂肪腫に近いという報告例3)や,
東大阪市立総合病院耳鼻咽喉科・頭頸部外科
宮部淳二
乳児の巨大びまん型腫瘍が経過観察中に自然消
失したという報告例6)がある。元来脂肪芽腫は
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献
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小児脂肪芽腫症例
小児耳 2011; 32(1)
Rapidly growing posterior neck lipoblastoma in 2-year-old boy
Junji Miyabe1), Mamoru Miyaguchi1), Masahiko Nishimura1),
Munehisa Fukushima2), Takahiro Sasaki3)
1) Department of Otolaryngology-Head and Neck Surgery, Higashiosaka City General Hospital, Osaka, Japan
2) Department of Otolaryngology, Osaka Rosai Hospital, Osaka, Japan
3) Department of Otolaryngology-Head and Neck Surgery, Osaka University, Osaka, Japan
A lipoblastoma is a benign tumor composed of embryonic adipose tissue that usually occurs before the age of three. We had a case with a rapidly growing lipoblastoma in a 2-year-old boy. The
patient's mother noticed a mass in his posterior neck. We found a 35-mm hard mass in his posterior
neck, and because we could not ˆnd any evidence of malignancy by FNA, we diagnosed it as a lipoma. One year later, the mass size was 65 mm. MRI showed a 68×52×36 mm mass with clear edges.
The growth was so quick that we couldn't rule out malignant tumor. We performed an operation
under general anesthesia on Dec. 8, 2009. The tumor was located right under the back muscles of
neck, and the color was white. It had no adhesions so we removed it completely. The pathological
diagnosis identiˆed a lipoblastoma. Surgical resection is appropriate treatment for lipoblastoma.
There have been reports of local relapse of lipoma, so follow-up is required.
Key words: lipoblastoma, childhood, neck
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