クラスレートハイドレートによる 水素およびメタンの吸蔵 )

クラスレートハイドレートによる
水素およびメタンの吸蔵
(Storage of hydrogen or methane by clathrate hydrate)
筑波大学大学院数理物質科学研究科
物質創成先端科学専攻
教授 中村潤児
概要
★新技術の概要
活性炭やカーボンナノチューブなど軽量な多孔質炭素
物質内に種々の水溶液を固化し、そこに水素やメタンを
吸蔵させることができる。水溶液に炭素材を浸し冷却固
化することで簡便に吸蔵材を構築できる。
★従来技術・競合技術との比較
クラスレートハイドレートの微粒子を炭素物質内に生成
させることができるので、ガス吸蔵・放出速度が著しく大
きい。10気圧程度で吸蔵させることができ高圧を必要と
しない。0℃程度に保つことで繰り返し使用することが可
能である。
特徴、用途、知的財産
★新技術の特徴
①水素およびメタンの短期および長期の貯蔵。特に寒冷地での使用に適する
②ロケット燃料など特殊な状況でのガス吸蔵および運搬
③クラスレートハイドレートのケージに入り得るガスのみ分離および純化する
ことが可能である
★想定される用途
①水素やメタンなどの長期貯蔵(特に寒冷地での)
②水素ステーションでの水素備蓄
③簡便なガス分離機能材として用いることが可能である
★知的財産
発明の名称: 水素吸蔵方法及び水素吸蔵体
出願番号: 特願2005-272781
発明者: 中村潤児、劉銀珠
出願人: 筑波大学
ガスハイドレート
分子スケールの貯蔵材料
水分子が作るカゴ状構造(cage)に分子が内包された構造
利点:高密度貯蔵、安価、環境に優しい
small-cage
medium-cage
structureⅠ
メタンハイドレート
small-cage
large-cage
structureⅡ
水素ハイドレート
THFハイドレート
(テトラヒドロフラン)
水素ハイドレートについて
水素ハイドレートについて
16面体(B)と12面体(C)からなるstructureⅡ(A)
l 生成には2 kbar、234 Kという厳しい条件が必要
l
Wendy L. Mao et al., Science,297,2247-2249(2002)
→THFを添加することで生成条件を緩和できる
Louw J. Florusse et al., Science,306,469-471(2004)
THF濃度を最適化することでは最大で約4 wt%
l 生成に数日かかる
→シリカビーズを担体として用いると吸蔵時間
が大幅に短縮可能
l
シリカビーズよりも軽量
な炭素材料を用いるこ
とを検討
Huen Lee et al., Nature,434,743-746(2005)
l
small cageにはH2は1分子しか入らず、水素吸蔵量
は最大で1 wt%
E.D.Sloan et al , J. Phys. Chem. B,110,17121-17125(2006)
本研究の目的
l 担持体効果について明らかにする
l 水素貯蔵法としての水素ハイドレートの可能性を探る
THFハイドレートの役割
THFハイドレート
構造:strucutreⅡ
形成条件:常圧、4 ℃
small cage
:THF
:吸蔵ガス
ガス導入
large cage
?
温和な条件でガスをハイドレートの形で貯蔵できる
分子を選択的に分解できる
カーボンナノチューブ(CNT)ビーズ
カーボンナノチューブ(CNT)ビーズ
発見:CNTに酸化触媒を含浸法で担持す
る過程(溶媒:THF)で偶然生成
球状(直径:2 mm~10 mm)
l beads内部にマクロ孔サイズのスペースが存在
l シリカビーズに比べ軽量
l 優れた液体吸収特性を示す
(自身の重量の2~3倍程度の液体を吸収)
l
10 mm
(活性炭やシリカビーズは自身の重量の1倍以下)
↓
・CNT間のスペースによるキャピラリー効果
・カルボキシル基等の親水性置換基の効果
2.5 um
水素クラスレートハイドレートの担体として検討
吸蔵実験
THFハイドレートの形成
CNT beadsまたはAC beads
デジタル圧力計
THF溶液を吸収させる
一晩冷凍(260 K)
恒温槽
圧力計
THF混合ハイドレートを形成
排気
THFハイドレートに水素またはメタンを導入
試料容器
He
CH4
ポンプ
畜圧器
吸蔵量測定
水上置換法でガス回収
X線回折測定(XRD):ハイドレート形成の確認
(産業総合技術研究所計測フロンティア部門の竹谷敏研究員の協力)
示差走査熱量測定(DSC):ハイドレート融解挙動の観察
ガス体積より吸蔵量計算
CH 4orH 2
100 ( wt %)
CH 4 (orH 2 ) + THF hydrate
※AC beadsの重量は除いて計算
水素ハイドレート形成確認
水素ハイドレート形成確認
試料
THF添加量
圧力
温度
吸蔵時間
吸蔵量(wt %)
THF+H2O Ice
3.0 mol%
12 MPa
270 K
33h
0.074
Intensity (a.u.)
: THF+H2O+H2
: THF+H2O
: H2O
small cageに包接された水素の
振動に起因するピーク
4100
4120
4140
4160
4180
Raman Shift (cm-1)
水素ハイドレートの形成を確認
4200
圧力依存性
圧力依存性
THF濃度:5 mol%、温度:270 K、時間:15 min、担体:AC
0.5
●:氷の重量に対する吸蔵量
■:試料全体の重量に対する吸蔵量
0.4
0.3
0.2
0.1
E.D.Sloan et al , J. Phys. Chem. B,110,17121-17125(2006)
0
0
2
4
6
8
10
Pressure (MPa)
12
水素吸蔵量は圧力に比例
圧力を上げ続けると約1 wt%に漸近
small cageに水素が1分子入った状態
small cageに水素が1分子入った状態である可能性が高い
THF濃度依存性・担持体効果
THF濃度依存性・担持体効果
圧力:12 MPa、温度:270 K、時間:15 min
0.6
▲:CNT beads
●:AC beads
■:担体無し
◆:silica beads
0.5
全
0.4
0.3
0.2
0.1
0
0
5
10
15
20
THF concentration (mol%)
25
Huen Lee et al., Nature,434,743-746(2005)
THF濃度は高いほうが良い(Lee et al.とは全く逆の傾向)
l 担持体を用いることで水素吸蔵量増加 → CNT beads 最大
l
CNT beadsとAC
CNT beadsの違い
beadsとAC beadsの違い
0.6
氷
0.5
担体の重量を差し引いて水素吸蔵量をもとめると
15 mol%以上で
0.4
CNT beadsとAC beadsの差がなくなった
0.3
▲:CNT beads
●:AC beads
■:担体無し
◆: silica beads
0.2
0.1
CNT beadsとAC beadsの内部の水素
ハイドレートはほぼ同じ状態の可能性
0
0
5
10
15
20
THF concentration (mol%)
25
液体吸収能力 : CNT beads > AC beads
担持体の重量による水素吸蔵量への影響が低減され、水素
吸蔵量はCNT beadsのほうが大きくなった
炭素担持体の優位性
考察1:炭素担持体の優位性
炭素担持体
H2
担持体無し
H2
H2
:THFハイドレート
THFハイドレートが微粒子化
THFハイドレートがバルク化
水素がTHFハイドレートに衝突する表面積が増加し水素ハイドレートの
形成が促進された可能性
l シリカビーズよりも水素吸蔵量が大きい
l 炭素は原子量が12なのでsilica beadsよりも非常に軽量
l
水素吸蔵時間依存性
水素吸蔵時間依存性
圧力:12 MPa、温度:270 K
氷
0.6
0.5
0.4
0.3
0.2
■:CNT beads 5.56 mol%
▲:CNT beads 15 mol%
●:AC beads 5.56 mol%
◆ : AC beads 15 mol%
0.1
0
0
5
10
15
20
Storage time (h)
25
5.56 mol% → CNT beads: 24 h経っても平衡に達しない
AC beads : 5 minで平衡に達する
15 mol% → CNT beads:水素吸蔵が効率よく起こるようになった
AC beads :5.56 mol%の場合とあまり変わらない
担持体による水素拡散性の違い(5.56
mol%)
考察4:担持体による水素拡散性の違い(5.56
mol%)
CNT beads : 水素吸蔵が遅い
AC beads : 水素吸蔵が早い
:THFハイドレート
マクロ孔
粒子が大きい
このような考えに基づくと、
メソ孔・ミクロ孔
粒子が小さい
CNT beadsの場合、水素がTHFハイドレート内部に
浸透するのに時間がかかってしまう
水素ハイドレートの形成に時間がかかってしまう
液体吸収特性
液体吸収特性
試料
試料重量
(mg)
水吸収後
(mg)
吸収された水
(mg)
吸収された水/試
料重量(%)
CNT beads
983.5
3597.7
2614.2
266
AC beads
981.5
1750.6
769.1
78
Silica beads
997.6
1429.9
432.3
43
メタンハイドレート
1. ハイドレートの形成(ガス吸蔵)
● ハイドレート形成の確認:XRD測定
● 吸蔵挙動の解析:吸蔵量の圧力・THF濃度・吸蔵時間依存性
2. ハイドレートの融解(ガス放出)
ハイドレートの形成確認とメタン内包による強度変化
XRD測定条件:93 K, 真空雰囲気下
■: structureⅡ
■: ice
20000
structureⅡ
AC beads, THF濃度:5.56 mol%, 圧力:5 MPa, 温度:270 K, 吸蔵時間:15 min
Intensity [a.u.]
15000
メタン吸蔵前
10000
吸蔵後のピーク強度が減少:small cageへのメタン内包を示唆
5000
メタン吸蔵後
0
10
20
30
40
50
2q [degree]
・メタン吸蔵前:THFハイドレートが形成
・メタン吸蔵後:メタン-THF混合ハイドレートが形成
吸蔵量の圧力依存性
AC beadsあり, THF濃度:5 mol%, 温度:270 K, 吸蔵時間:15 min
0.01
10
メタン
9
8
1
0.009
0.008
Methane
0.9
Hydrogen
0.8
7
0.007
0.7
6
0.006
0.6
5
0.005
0.5
4
0.004
0.4
3
0.3
0.003
2
0.2
0.002
1
0.1
0.001
0
0
1
2
3
04
Pressure (MPa)0
水素
0
5
6
1
2
3
4
Pressure (MPa)
0
5
1
2
3
4
6 Pressure (MPa)
5
・ 圧力に比例して吸蔵量が増加
⇒吸蔵ガスのcage占有率は圧力に依存
・ 吸蔵量:メタン>水素
⇒メタンが入った方がsmall cageが安定する?
6
small cage内での分子の安定化
small cage
7.8 Å
直径(Å)
平均自由直径
4.8 Å
THF
5.9
メタン
4.4
水素
1.0
水分子の直径:3.0 Å
一般に平均自由直径に近い大きさの分子が入るほどcageは安定
水素よりもメタンが安定
⇒吸蔵量の結果を支持
吸蔵量の吸蔵時間依存性
THF濃度:5.56 mol%, 温度:270 K
10
1
メタン, 5 MPa
9
8
No AC
0.7
6
0.6
5
0.5
4
0.4
3
0.3
2
0.2
1
0.1
0
5
10
15
Storage time (h)
20
AC
0.8
7
0
水素, 12 MPa
0.9
AC
25
0
0
5
10
15
Storage time (h)
20
25
・ AC beadsなし:吸蔵に数日かかる
・ AC beadsあり:15 min以内に吸蔵が完了
⇒AC beadsの細孔内でTHFハイドレートが微粒子化(ガス拡散速度の向上)
炭素担持体を利用することで吸蔵時間の大幅短縮が可能
⇒ハイドレートを利用した貯蔵法の問題点を克服
ハイドレート融解挙動の観察(AC beadsなし)
DSC測定条件:-100~15 ℃, 2 ℃/min, Ar雰囲気下
THF濃度:5.56 mol%, 圧力:5 MPa, 温度:270 K, 吸蔵時間:24 h
5000
-5000
メタン吸蔵前
0
Heat Flow (μW)
Heat Flow (μW)
0
5000
THFハイドレートの融解
-10000
メタン吸蔵後
-5000
-10000
メタン-THF混合ハイドレートの融解
-15000
-15000
-20000
-20000
-25000
-25000
氷の融解
-30000
-120 -100
-80
-60
-40
-20
0
Temperature (℃)
氷とTHFハイドレートの融解を確認
20
-30000
-120 -100
氷の融解
-80
-60
-40
-20
0
20
Temperature (℃)
メタン放出固有のピークは見られず、
メタンは混合ハイドレートの融解と共に放出される可能性
THF添加することで常圧、4 ℃付近まで
メタンをハイドレートの形で安定に貯蔵できる
※THFを添加しない場合、常圧下でメタンを貯蔵するには-80℃の低温が必要
THFハイドレートはAC beadsのどこで形成されるのか?
BETで見積もったAC beadsの細孔分布
100
90
AC beadsの細孔内には約1~100 nmの微粒子が存在
THFハイドレートの単位格子
80
氷の形成範囲
70
格子定数:1.7 nm
60
THFハイドレートの形成範囲
50
40
30
20
10
サイズ的にミクロ孔はTHFハイドレートの形成場所として不適
0
ミクロ孔
(2 nm以下)
メソ孔
(2~50 nm)
マクロ孔
(50 nm以上)
THFハイドレートはメソ孔、マクロ孔で微粒子として形成
⇒吸蔵時間の大幅短縮が実現できた原因
まとめ
1.活性炭やカーボンナノチューブなどを担持
体として、THF溶液を浸すことにより簡便な
ガス吸蔵体を構築できる
2.炭素材は軽量で、安価、環境低負荷が担
持炭である
3.ガス吸放出速度が大きいという特徴がある
4.ガスの分離、純化に応用し得る
お問い合わせ先
筑波大学 大学院数理物質科学研究科 物質創成先端科学専攻
教授 中村 潤児
TEL/FAX 029 - 853 - 5279
e-mail nakamura@ims.tsukuba.ac.jp