Night World - タテ書き小説ネット

Night World
奈央
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
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World
︻小説タイトル︼
Night
︻Nコード︼
N2978CD
︻作者名︼
奈央
︻あらすじ︼
いつもどおりの生活を送っていた哭兎は、ある夏の日に突然見知
らぬ世界に佇んでいた。
その世界にはもうひとり人が住んでおり、そいつはこの世界で旅を
しながら記憶を探せという。
1
Night 1話目
その日は随分と暑かった。
自分はいつもと変わらず学校へ向かったのだった。
それだけの記憶があって、いつもならそれだけで充分だったはずな
のに。
何故か今はそのことが怖かった。
あの日、世間は夏休みに入っていたのにも関わらず、俺は学校へ出
向いていた。
病気のために休みがちだったため、登校日もさらさら足りておらず、
このままでは卒業どころか進級すら危うい状況だった。
そんな中の補習で、一日たりとも休むわけにはいかなかったのに。
﹁どこなんだよ・・・ここ。﹂
気づけば見ず知らずの土地で誰もいない自分ひとりの空間でぼやく
ことになっている。
改めて辺りを見回す。
崩れかけたビル、ひびの入ったコンクリートの道、枯れ果てた木。
現実離れしたようなそんな場所。
俺はひとつため息をついて歩き出した。
歩かないことには埒があかない。
まだ自分以外にも誰かいるかもしれない、抜け出す方法が見つかる
かもしれない。
そんな淡い期待を胸にまっすぐ歩み続ける。
案の定、人はすぐに見つかった。
そいつは俺を見つけるなり、ため息をつき、全くもう、と言わんば
かりに両手をあげ肩をすくめた。
﹁遅いよ、お兄ちゃん。僕、待ちくたびれちゃった。﹂
ビルの上、そんなありえない場所から話しかけてくるそいつは俺の
2
ことをお兄ちゃんと呼んだ。
﹁お兄ちゃん?誰かと勘違いしてるんじゃないのか?﹂
﹁え?いや、ううん。お兄ちゃんだよ。あ、なに何、もしかして僕
のこと忘れちゃってるとか?ひどいなあ。あんなに忘れないって言
ってくれてたのに。﹂
﹁何の話だ?意味がよくわからない。﹂
そいつは悲しそうな顔をすると、ビルの上で瞬間移動をした。
・・・いや、俺には、瞬間移動をしたように見えたのだが、あの高
いビルの上から普通に飛び降りてきたらしく、気づけば地面に着地
していた。
﹁何不思議そうな顔してるの?お兄ちゃんにだってあれくらい簡単
にできるよ。ねえ、それよりも。僕の名前、教えようか?﹂
ないと
改めて見るとそいつは俺より少し背が低いくらいで、驚く程に顔が
似ていた。
やよい
﹁・・・ああ、まあ。・・・俺から名乗るよ。俺の名前は哭兎﹂
﹁聞かなくてもわかるんだけど?まあいいや。僕の名前は夜宵。早
く僕のこと思い出してよねえ?僕いろいろと困るんだけど?﹂
﹁いやだから・・・。思い出すもなにも、夜宵さんとは何の関わり
も−・・・!﹂
﹁夜宵。﹂
夜宵さんの口から、ワントーン低い声でその言葉が発せられた。
﹁夜宵、って呼べよ。﹂
先ほどとは違う命令口調に、俺はビビりあがった。
そして情けないほどの声音で俺はその言葉を繰り返していた。
﹁や、よい・・・夜宵・・・。﹂
﹁へへっ、なあに、お兄ちゃん!﹂
夜宵もその言葉を聞いた瞬間に今までにないほどの笑みを浮かべて
そう言った。
俺とそっくりな、自分の兄と俺を重ねているのかもしれない、俺は
そう思い込むことにした。
3
﹁まあさあ、僕、お兄ちゃんと別れてからずっとこの世界にいるわ
け。まあお兄ちゃんはいつ別れたかなんて覚えてないんだろうけど
?この世界ってすごいんだよ。お兄ちゃんが僕に言いたいこと、全
部伝わってくるんだ。﹂
この世界を案内してあげると言い出して早10分くらい。
案内というよりはただのダベリで、ただその話の中に何か情報があ
るかもしれないと耳を傾けていた。
﹁例えば、どんな?﹂
﹁お前がいたら学年1位はお前なんだろうなー、とかお前がいたら
俺なんかよりも断然もてたのにな、とか。最近のは結構くだらなく
なってきてたよなー。まあその分僕のことのショックが消えかけて
るみたいで僕は嬉しかったんだけどね?ついさっきその声が途切れ
ちゃってまさかと思ったらお兄ちゃんがこの世界に来てるんだもん。
僕びっくり。﹂
﹁俺がびっくりだよ・・・。それより、この世界って何なんだ?こ
のまま、元の場所に帰れるのか?﹂
﹁もし、帰れたとしてお兄ちゃんはどうするつもり?﹂
﹁それって、どういう・・・?﹂
﹁だぁかぁら、お兄ちゃんは向こうに戻っていったって⋮!⋮あ。﹂
夜宵は何か思い出したかのように唐突に口を閉じた。
﹁ダメだ、この先は言えないよ。お兄ちゃんがこの世界で無理やり
見つけ出すしかないことなんだよ。その記憶を見つけることはお兄
ちゃんにとって苦痛だろうけど⋮。それを見つけられればお兄ちゃ
んは確実に元の世界に帰れるだろうね。﹂
頬に雫があたる。これは、雨のようだ。
﹁その記憶の見つけ方は⋮?﹂
雨はだんだん激しくなっていく。そして、激しい地震の後⋮
夜宵の後ろに怪物が立っていた。
そして夜宵は静かに口を開く。
4
﹁こういう、怪物を倒して見つけ出すしかないんだ。﹂
と。
5
Night 1話目︵後書き︶
見て下さりありがとうございました。
今回はぐだった感が否めないので、次回は頑張ります!!
よかったら2話の方もどうぞよろしくお願いします。
6
remind
2話︵前書き︶
初めて自分の記憶を見た哭兎はそのグロテスクな姿に圧倒されなが
らも倒して自分の記憶を手に入れていく。
7
remind
2話
﹁なんだよ、こいつ⋮?﹂
﹁お兄ちゃんの記憶だよ。あーあ。とってもグロテスクな姿だよね
え。お兄ちゃんがその分ひねくれてるってことなんだよ?ちゃんと
わかってる?﹂
﹁意味がわからない!﹂
やよい
片目が取れていて、スライムのようにどろどろで、そしてどす黒い。
こんな化物を、こいつは、夜宵は、俺の記憶だといった。
﹁だあかあらあ、こいつが向こうの世界にいたころのお兄ちゃんの
記憶を実体化したものなの!僕、毎日お兄ちゃんのこと見てたけれ
ど、決して向こうの世界が楽しい、ってわけではなさそうだったな
あ。﹂
明らかに意味ありげな言葉を吐きながら、余裕をぶっこいて話す夜
宵に少し腹が立つ。
﹁⋮じゃあ、こいつを倒せってことか⋮?どうやって倒せばいいん
だよ?武器も何もないのにー⋮。﹂
﹁武器ならもう手にあるじゃないか。﹂
﹁!?﹂
気づけば手に重みがあって、そこには立派な刀が握られてあった。
﹁この世界ではお兄ちゃんが思ったものが全て出てくるし、お兄ち
ゃんがやりたいと思ったことがすぐできる。もとは僕のために作ら
れた世界だったけれど、僕は僕自身のための世界よりもお兄ちゃん
のための世界を無意識に望んじゃったみたいだねえ。﹂
そんな話をしている間にも、スライム状のそいつはずるずるとこち
らに向かってくる。
﹁じゃあ、これでこいつを倒せばいいんだな⋮?﹂
夜宵が頷くのを見ると同時に、足の震えは気のせいだと言い聞かせ
敵の方へ向かう。
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案の定、すぐにおれははじかれてしまった。
とはいえ、そいつの攻撃力はよほど弱いのか、まともにくらったの
にも関わらずカスリ傷程度で済んだため、次は真っ向勝負で挑むこ
とにした。
そして。
試行錯誤しながら、ようやく見つけた弱点に向かって刀を突き刺し
た。
﹁なんで、見てるだけだったんだよ?あれが俺の記憶ってどういう
ことだよ?まだなにも思い出せないぞ?俺のための世界って何なん
だ?﹂
﹁待って待って。ひとつずつ解説するからさ。ね?ね?﹂
戦いが終わるなり、俺は夜宵にいよいよたまってきていた疑問をぶ
つけた。
自分は足がすくむほど恐ろしい戦いをしていたのに、夜宵はただつ
っ立っているだけ。
そこになによりもストレスを感じていた。
﹁僕だって、戦ってあげたいんだよ?だけど、僕があの戦いに関わ
ってしまったら、お兄ちゃんに行くはずの記憶が僕に来てしまうか
もしれない。そんなことになったら、お兄ちゃんは一生向こうでの
世界のことを思い出せないし、向こうには帰れなくなるじゃないか。
嫌でしょ?それと、お兄ちゃんの記憶はああやって、実体化してこ
の世界に現れる。それはいつどこで出てくるかわからない。それで
ね、向こうであった楽しかった記憶は、可愛いフォルムで実体化さ
れて、出会った瞬間にお兄ちゃんのなかに入る。だけど、さっきみ
たいな嫌な記憶はその嫌だったことの度数によって強さも見た目も
変わってくる。さっきのは嫌な記憶の中でもほとんどどうでもいい
記憶だったんじゃないかな?﹂
その通りだった。
先ほどカスリ傷程度の怪我しかしなかったのは、きっとどうでもい
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い記憶だったからなのだろう。
今、じわりじわりと記憶が戻り始めていた。
そして、かなりどうでもいい、その時に嫌だと感じたことを思い出
したのだった。
﹁記憶は⋮って、もう戻ったみたいだね。そういうことだよ。戻る
までには時間差があるんだよ。﹂
にっと笑ったあと、また夜宵は口を開いた。
﹁お腹がすいたね。さっき倒した敵がこんなものを落として行った
んだけれど⋮食べる?﹂
それは、黄色の美味しそうな果実だった。
ちょうど2つ。
俺は気づけば頷き、その果実を手にとっていた。
一口かじるとそれは、どこか懐かしい味がして、俺はその果実をす
ぐに完食してしまった。
﹁⋮なあ。﹂
夜宵も食べ終わるのを待ってから、俺は口を開いた。
﹁お前は、お前が現実の世界にいた時の記憶があるんだろ?その時
俺はお前のお兄ちゃん、だったわけなんだよな?⋮そんときの俺は
どうだった?楽しそうだった?﹂
きょとんとした顔でその言葉をきく夜宵。
それもそうだ。
俺は、大事だった弟の存在すらもを忘れ、今こうやってこいつにと
って一番大切であったろう記憶のことをぬけぬけと聞いているのだ。
実際目の当たりにすれば驚きだってするし、心の整理だって間に合
わない。
でも、夜宵がそんな表情を見せたのは一瞬で、すぐに笑って見せて
くれた。
﹁うん、とっても楽しそうだったよ。﹂
それは、この世界に来て初めて見た夜宵の心からの笑顔だった。
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夜。
﹁そろそろ寝よう﹂と、夜宵はどこから持ってきたのか寝袋とテン
トを手にそう言った。
この世界での夜は自分たちで決めていいらしい。
眠くなったらそれが夜なのだ。
まあ、その理屈も理解できないことはなかった。
上をみあげれば、こんな崩れた街とは不釣り合いの綺麗な星空が広
がっていた。
夜宵によれば、この夜空はのくこともなければ太陽が昇ることもな
いそうなのだ。
﹁なあ夜宵。この世界ではどうすれば朝なんだ?﹂
太陽が昇ることがなければ朝がわからない。
﹁⋮目が覚めたとき、もしくは怪物がでたとき。﹂
さらっと恐ろしいことを言ってのけた夜宵はそれだけいうとそろそ
ろ限界なのか、﹁おやすみ﹂と一方的に言い放って自分のテントの
中に潜っていってしまった。
その光景を呆れ気味に見つめながら、俺も自分のテントの中に入る。
寝袋に包まれながら、俺は今日手に入れた記憶のことを思い出した。
小さい頃、その頃俺は花にはまっていて、不思議な花を見つけては
図書館でその種類を調べていた。
次第に、それはエスカレートしていき、家で品種改良した花を作っ
てみよう、なんて言い出していた。
そんな男らしくない趣味を当然馬鹿にするやつはいて。
俺は見事にそいつらに、品種改良を試みていた花を潰された。
あんな小さい頃に思いつきだけでやった品種改良。潰されずともう
まくいかなかったことは目に見えていたはずなのに、俺はそのこと
についてひどく激怒した。
﹁なぜ花を潰したのか。﹂俺はそいつらに直接聞きに行った。
案の定、そのことに理由はなく、俺はそのままボコされて泣いた、
という記憶だった。
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とてつもなくくだらない、しかし、それでいて懐かしい思い出だっ
た。
そういえば、ボコされていた時に、もうひとり誰かが何かを叫んで
いた。
顔も見えなければ声も鮮明には聞こえなかったので一体誰だったの
かはわからないが。
そんなことを考えていると、自然とまぶたが落ちてきた。
時間がないのであまりわからないが、今は深夜なのだろうか。
だとすれば、怪物に起こされなければ明日起きる時間はきっと現実
世界のお昼⋮。
なんてことを考えながら、俺は眠りについた。
何も覚えていないのか。
そろそろ休もうとしている脳にムチを入れながら、夜宵は静かにそ
う思った。
わかっていた。哭兎が何も覚えていないのも、それが当然だという
ことも。
わかっていたつもりだったが、実際にそれが哭兎の口から発せられ
ると、流石に傷つく。
何も悟られてはいなかっただろうか。
哭兎には一刻も早く自分のことを思い出して欲しい。
だが。
思い出して欲しくない記憶もあるのだ。
その中でも、一番思い出して欲しくない記憶は⋮。
﹁⋮だめだ、それこそ、一番に思い出して克服するべきなんだ⋮。﹂
力強く手を握る。
甘ったれた考えは哭兎に悲しい結末を与えさせ、そして二度と哭兎
を立ちなおさせることはできなくなる。
いつもつまらなさそうに現実の世界で漂う哭兎を、僕は、救ってあ
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げなければいけないのだ。
そう強く、心のなかで決心した。
案の定、その日の朝は怪物のモーニングコールにより起こされた。
けたたましい叫び声⋮目覚まし時計といったところか。
どんなぽんこつな目覚まし時計よりもよく目が冴える。
﹁はいはい⋮と。﹂
彼女という名の怪物が俺のことを呼んでいる、なんてふざけたこと
を思いながら俺は寝袋から抜け出す。
いつの間にか片手には昨日の重みがあって、そこにはやはり刀が握
られていた。
﹁さて、と。﹂
今日は、どんな記憶が手に入るのだろうか。
不安でもあり、楽しみでもあった。
﹁うっわあ。なにこいつきもちわるぅ。﹂
一足先にテントから出ていた夜宵が俺に向かってそう言った。
﹁俺にだってわかるかよ!こんな気持ち悪い姿になるほど嫌なこと
があった記憶がないんだからな!﹂
自分で言っていて虚しくなる。
何なんだ、自分の記憶の実体化に覚えがないだなんてどこのジョー
クだ、笑えない。
それは、イモムシのようなものにひたすら白い毛をはやしたような、
そんな生き物。
ところどころに赤いものがついていて、それは血を連想させる。
これ相手に戦うのかと思うと正直気分が悪くなる。
﹁行くしかないか。﹂
もう一度刀を握り締め、俺はその化物に向かって刀を突き刺す。
しかしその行為はいたずらに敵の興味を自分に引いただけで、敵に
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はなんの外傷もなかった。
と、そこで夜宵の声が飛ぶ。
﹁こういう敵にもう、刀は通用しないんじゃないかなあ?古いし。﹂
﹁はあ!?通用しないってどういう⋮。ていうか刀を馬鹿にすると
痛い目見るぞ!﹂
﹁痛い目みるのはお兄ちゃんだよ。敵から目を離しちゃダメ。これ
基本だよ、わかる?﹂
﹁⋮え?あ、ぐはっ。﹂
思い切り怪物と目が合い、そのあと体当たりで俺は数メートル飛ば
された。
背中がズキズキと痛む。
とてとてと走りながら夜宵は近づいてきて俺を上から見下ろした。
﹁だからいったでしょ?ね?あのね、昨日も言ったけど、ここでは
お兄ちゃんの思ったものがすぐに出てくるんだよ。その刀、銃とか、
もっと上等な剣とかにしたらあれ一発で撃退できるんじゃないの?﹂
﹁そ、それを早めに⋮。﹂
﹁言う前にお兄ちゃんが飛び出して行っちゃったんでしょ。さ、早
くイメージし直してあの敵倒してよ。気色悪い。﹂
自分は戦わないのをいいことに、言いたい放題言ってくれている。
まあ、その助言がなければ俺は今頃ここでへばっていただろうし、
今回は許すとしよう。
ところで、銃とかもっと上等な剣とか、イメージがつかない。
銃はなんだか弱そうな感じになるし、そもそも俺が銃なんて打てる
はずがない。
だとすれば上等な剣だが、上等な剣ってどんな剣だ。
結局思いついたのはスピアで、俺はそれを持って敵と戦うことにし
た。
後ろで、剣じゃないじゃん、というツッコミが聞こえたのは気のせ
いにして。
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そのスピアで、敵は普通に死んでくれた。
未だ記憶は戻ってこず、夜宵に聞くと﹁記憶の情報量によってその
時間差は異なってくるんだよ。﹂と言われた。大事なことは一気に
伝えて欲しい。
そういえば。夜宵の姿が見つからない。
一体どこに消えたんだ。こっちはここがなんなのかもいまいちわか
っていないというのに。
なんて思っていたらひょっこり夜宵は現れて、﹁食べる?﹂と赤い
実を差し出してきた。
﹁なんだ、それ⋮食べれるのか?えらく小さいけど?﹂
﹁当たり前じゃん。毒のあるものなんかを僕が食べさせると思う?
ましてやお兄ちゃんに。﹂
へらへらと笑う夜宵を見て、俺は少しだけ、少しだけだがこいつは
人を殺すことが簡単にできてしまうのではないかと思ってしまった。
﹁じゃあ、もらおうかな⋮。﹂
﹁ん、そうして。はいどーぞ。﹂
たっぷりと渡された赤い実をちまちまと食べていく。
これでは空腹感は満たされなさそうだが、見かけによらずお腹にた
まるため、全て食べ終わる前にはもう満腹だった。
﹁ねえ、お兄ちゃん、何かお話しよう?記憶がもどるまで、さ。﹂
﹁ん?あ、ああ。﹂
唐突に夜宵はそう言った。
改めて見ると本当に自分とそっくりな顔をしていて、やはりこいつ
と兄弟というのは嘘ではないのだろうかと思ってしまう。
﹁お兄ちゃんってさ、本当に昔から強くて優しいよね。﹂
﹁⋮は?﹂
﹁僕がいなくなっちゃったあともずっとひとりで強がってて。自分
のことだけで精一杯だったはずなのに気にするのはいつも人のこと。
そんなのって、疲れてしまわないの?﹂
﹁⋮ごめん、俺、やっぱり向こうであったことを思い出せないから
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よくわからないけど。﹂
けど。
﹁俺はそんな出来た人間じゃないよ。いつも怖がってばかりで、周
りの顔ばっかりを見てる。臆病で、どうしようもない、人間のクズ
⋮。だったような気がするから。﹂
沈黙が訪れる。
こんな話を聞いて、夜宵は何が楽しいんだろうか。
少なくとも俺は、他人からこんな話を聞かされて嬉しくも何とも思
わない。
﹁そっかあ。﹂
ようやく口を開いたかと思えばそれだけ言ってまた夜宵は黙ってし
まった。
今度は俺から話題を振る。
﹁そういえば、お前は俺より前からここにいたんだろ?俺が来るま
で何してたんだ⋮?﹂
﹁んー、えっとねえ。特になにもしていなかったかな。あ、でもた
まにお兄ちゃんのこと助けたりとか。﹂
﹁どうやって?﹂
﹁向こうの世界が見えるため池があるんだけどね、そこに顔を突っ
込むとお兄ちゃんのいる場所を真上から見ることができるんだよ。
だから、お兄ちゃんに悪意を持って近づこうとしている奴がいたら、
こう⋮。﹂
夜宵は空にデコピンをする仕草を見せて笑う。
﹁人を飛ばすんだ。面白いんだよ。もう、そのため池は使えないみ
たいだけど。まあ当然だよね。お兄ちゃんがここにいるんだもん。
そのため池はお兄ちゃんの半径500m圏内しか見えないからね。﹂
﹁ふうん⋮。﹂
それだけしかできない世界。
とてつもなくつまらないだろう。
でも、俺は、それ以上に向こうの世界を嫌っていたような気がする。
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何か大きな出来事があって、俺は生きる希望をなくしていたような、
そんな錯覚に陥る。
と、突如激しい頭痛が俺を襲った。
﹁う、あ⋮。﹂
あまりの痛さに汗が垂れる。
そんな姿を夜宵は涼しげな顔で見ていた。そして口を開く。さも当
然かのように。
﹁記憶がもどるまでの辛抱だよ。あっという間だから頑張って。僕、
水とってくるね。﹂
頷く余裕もなく、俺は苦しそうに息を吐いた。
そしてようやく、頭痛が収まると、今度はありえないほどの記憶が
俺の中で展開された。
﹁えへへー。ねえお兄ちゃん。いいもの見つけたんだ!こっち、こ
っち!﹂
男にしては少しだけ高い声が俺を呼んでいた。
俺は泣きはらした目をこすりながら、面倒くさそうに立ち上がる。
呼ばれてきた場所はお花畑だった。
もう、花にいい思い出なんてものはなく、それはただただ俺の中の
怒りを積もらせた。
﹁何の真似だよ?そんなもの見せて、お前はっ、お前まで俺のこと
馬鹿にするのか!?﹂
﹁えっ⋮?違う、そう言う意味じゃなくて、その⋮元気になってく
れればいいなあって⋮。﹂
﹁じゃあ、余計なお世話だ。もうやめろよこんなこと!﹂
弟をおいてその花畑をあとにした俺は、後々後悔することになると
も知らずに歯ぎしりをしていた。
外の音なんてなにも聞こえないかのようにずんずんと来た道を進ん
でいた。
いや、本当は少し聞こえていたのかもしれない。
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ただ、自分が聞こえないふりをしたかっただけなのだ。
ほんの一瞬でも迷ってしまった。
こんなうざい弟、消えてしまえばいいのにと。
﹃助けて⋮お兄ちゃん⋮﹄
後日、本当に弟は消えた。
﹁お兄ちゃん?﹂
と、ここで記憶が途切れる。というよりは思い出すのを邪魔された、
というべきか。
声のした方を振り向くと、コップが差し出されていた。
﹁大丈夫?﹂
﹁ん、ああ⋮。﹂
﹁すっごい顔だよ。真っ青だし、疲れきった顔してる。そんなにき
つかった?﹂
﹁ああ、まあ、ものすごく。﹂
コップを受け取ると、水を一口飲んだ。
冷たくて、水が体中を駆け巡るかのような錯覚に陥る。
﹁なあ、少しだけ休んでいいか?眠いんだ。﹂
﹁別に構わないよ。テントならそこにあるから、ゆっくり休みなよ。
﹂
そう言って夜宵は微笑む。
そういえば先ほど、弟の顔は見えなかったけれど、それはこいつな
のだろうか?
しかし、声のトーンも喋り方も、何かもかも違うような気がする。
そもそも、雰囲気が全く違う。
テントに戻りながら、俺は鳥肌を立たせる。
背後から、嫌な視線を感じたような気がしたから。
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こいつは、とんでもなく温厚な性格をしていると見せかけながら、
本当は、とてつもなく冷酷なのではないか⋮そう思った。
﹁ふああああ⋮。﹂
哭兎がテントに戻ったのを見てから、僕は盛大にあくびをする。
つくづく、嫌な性格をしていると思う。
お兄ちゃんの考えていることは見ているだけでなんとなくわかる。
恐らく、記憶の中の僕と今の僕を照らし合わせていたのだろうけれ
ど。
﹁どっかの誰かさんのせいで、僕は変わってしまったんだよねえ⋮。
﹂
見た目は温厚。
お兄ちゃんの前では尚更。
けれど、心の内側で汚い、真っ黒な、いやな思いがぐじゃぐじゃと
回る。
元に戻すのは到底難しく、もうどれだけ白を足しても戻りはしない
だろう。
﹁あははっ。﹂
僕は逃げてしまった人間。哭兎という名の温かい太陽から逃れるた
めに、苦しみ、もつれ、逃げているあいだにとうとう。
現実から逃げてしまった。
﹁もう6時か⋮。﹂
遅い。あいつが帰ってこない。
いつもならどんなに遅くても5時半には帰ってくるはずなのに。
そういえば、さっき助けてという声を聞いたような。
嫌な予感がする。
いてもたってもいられなくなり、持っていたゲーム機を放り出す。
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嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
俺はあいつの名前をつぶやきながら、花畑へと走った。
20
remind
2話︵後書き︶
更新遅れました。すみません!
まだまだ続く予定なので、よければぜひぜひ見てください!それで
は!
21
truth︵前書き︶
本当のことを話すね。
22
truth
﹁おいっ⋮どこにいるんだよ⋮おいったら!出てこいよ!!!﹂
さっきいった花畑で俺はひたすらに叫ぶ。
あいつが、あいつが消えてしまった。
その日は、真夜中になるまで探した。
それなのに、あいつは見つからなかった。
近くを通った警察に、俺はすぐに状況を説明した。
それすらもを信じてくれるのに時間が掛かり、弟の命はどんどん危
うくなっていった。
次の日。
弟は警察によってひょっこりと家に帰ってきた。
しかし、それは、前のような弟とは全く違う、どこか黒い感情を持
ったような⋮。
﹁ただいま、お兄ちゃん。ごめんね?心配させて。﹂
そういうと、夜宵は顔を上げてにやりと笑った。
﹁はっ⋮。﹂
目が覚める。嫌な夢だった。いや、違う。先ほど手に入れた記憶か。
先ほど見た夜宵は、その前までのおどおどしていた夜宵とは全く違
い、どこか冷酷な表情をもろに醸し出していた。
というか、弟の正体はやはり夜宵であったことに、少しの安心感と
不安を覚えた。
と、突如テントがあき、夜宵がひょっこり顔をのぞかせた。
﹁ああ、やっぱり寝てたんだ。ごめんね、邪魔して。ちょっといい
?﹂
﹁あ、ああ⋮。ここじゃ狭いし、外でどうだ?﹂
﹁ううん。ここがいい。狭いほうが落ち着くし。﹂
そう言って夜宵はテントの中に入ってきた。
23
高校生が二人入るだけでそのテントはあっという間にスペースがな
くなった。
﹁あのね、お兄ちゃん。今、どんな記憶思い出したの?﹂
﹁へ⋮?あ、ああ。お前が、消える夢。ほら、花畑に行って帰って
こなくなったやつ。﹂
﹁ああ⋮。やっぱりそれかあ。うん、あの時、本当に僕怖かったん
だから。でかい大人が僕連れてったかと思ったら、殴る蹴るして挙
げ句の果てに、金はどこだーなんて言ってさあ。僕お金のありかな
んて知らないのにね。﹂
﹁どうやって⋮逃げたんだ?﹂
﹁⋮うん、お兄ちゃんが呼んでくれた警察のおかげだよ。﹂
そう言って夜宵はさみしそうに笑った。
そういえば、あの記憶で俺は、夜宵が呼ぶ声を完全に無視して家に
帰ってしまった。
そのあと夜宵はこんなに怖い思いをしてしまっているのだ。
﹁ごめん。﹂
謝るしかできなかった。
﹁それは、向こうにいた頃にいっぱい聞いたよ。だから、謝らない
でよ。ね?﹂
目をふせる。どれだけ謝っても謝り足りないだろう。このことは。
きっと、俺自身のせいで、こんなにも残酷になってしまったのだと
思う。
それなのにこいつはお兄ちゃんお兄ちゃんとしたってくれていて、
少しでもこいつを怖がる意味がわからない。
﹁本当に、すまん。﹂
俺は再度謝った。気まずい雰囲気が流れる。
そんな雰囲気を崩してくれたのは夜宵だった。
﹁ああもう!そんなに謝らないでよ本当にもう!!﹂
ばしっといい音を立てながら俺の寝袋叩く。
﹁あのねえ!そんな話をしに来たわけじゃないんだってば!!⋮い
24
や別に一番聞きたいことは聞けたからいいんだけどさ⋮。ねえ、お
兄ちゃん?﹂
﹁ん?﹂
﹁多分これから、それ以上に苦しい記憶をお兄ちゃんは手に入れな
ければならなくなると思う。そして、それに比例して敵もどんどん
強くなっていくだろうね。そうなったとき。﹂
夜宵はしっかりと俺の目を見ていった。
﹁お兄ちゃんは、めげずに戦える?﹂
言葉に詰まった。
めげずに戦えるか。それは、今のところは。戦える。
けど。
﹁これ以上辛い記憶のために、お兄ちゃんは武器を振るうことが嫌
になるだろう。それを、乗り越えていける自信があるのなら、僕は
ここで、お兄ちゃんを生かそうと思う。﹂
﹁⋮どう言う意味だ?﹂
﹁お兄ちゃんがこれ以上は戦えないというのであれば、僕はためら
いなくお兄ちゃんを殺すよ。一生記憶が戻らず、なおかつ向こうの
世界に戻れないお兄ちゃんをここにおいておくわけにもいかないし。
それにお兄ちゃんがいる限り、一生あの化物は湧き出てくるだろう
ね。そしてそれはお兄ちゃんが対処しきれないほどに膨大な数にな
る。その時、お兄ちゃんは僕にとって邪魔になるわけだ。言い方は
悪いけどね。﹂
邪魔。
わからなくもなかった。戦う気のない自分が、この世界にいてわざ
わざ弟を危険にさらす。
それは弟にとってもかなりの迷惑だろう。
﹁⋮今のところは、今のところは戦えるんだ。⋮けど。いつか俺は
弱音を吐くだろう。その時にもう一度だけ、聞いてくれないか?﹂
夜宵は少しだけ意外そうな顔をした。
弱音を吐くとでも思ったのか、それとも大丈夫だと断言するのかと
25
思ったのか、そこまではわからなかったものの、その発言は夜宵の
気持ちを軽くしたのだろう。
﹁わかった。お兄ちゃん、頑張ってね。﹂
嬉しそうに微笑む夜宵を見て、俺も少しだけ嬉しくなった。
外では、怪物が叫びをあげていた。
﹁はぁっはぁっはぁっ。﹂
﹁大丈夫!?お兄ちゃん!うわ、ひどい傷⋮ちょっと待っててね!
!﹂
怪物は格段と強さをましており、記憶が戻るまでの時間もかなり長
くなっていた。
おかげさまで腕は深く切ってしまうし、足についてはもう歩けない
ほど。
痛みが全身を駆け巡り、意識がだんだん遠のいていく。
このまま死んでしまうのだろうか、そう考えたときに夜宵の声がし
た。
﹁お兄ちゃん!ちょっと待ってて!すぐ、すぐ痛みなんてなくなる
から!!﹂
そういうと夜宵は腕と足に何かをかけ始めた。
それと同時に、痛みはだんだん遠のいていった。
﹁はぁっ⋮。なんだ、今の⋮。﹂
﹁これね、この世界にある回復薬なんだ。結構レアなんだけど、僕
暇だったからかなり集めてて、結構持ってるんだよね。﹂
そういって夜宵はへらへらと笑った。
その記憶の頭痛は、恐らく真夜中だと思われる時間に来た。
ありえないほどの頭痛に、俺はたまらず起き上がった。
﹁うぅぅぅぅっ⋮。﹂
これだけ膨大な嫌な記憶。
26
しかしそれを知れば、何か、何か夜宵のことがわかるのではないだ
ろうか。
その気持ちが押さられず、俺はひたすらに我慢する。
そしてついに。
その頭痛は収まり、俺はその記憶を思い出すことにいつの間にか専
念していた。
﹁はーあ。かったりい。なんで中学になるとこう定期的にテストが
あるんだろうな。﹂
﹁あははは⋮。いやでもほら、この勉強ってやっぱり将来的には必
要になるわけだし⋮。それに3年生になったらこれ以上にテストが
あるわけだよ?﹂
﹁うええ、マジかよ。そんならもう今のうちに遊び呆けようかなー。
﹂
﹁それはダメだって!3年になったら1年の問題もいっぱいテスト
で出るんだから今のうちに勉強してできないとこ確認しておかない
と⋮!﹂
﹁うううう⋮。もう俺高校行きたくねえ⋮。﹂
﹁それもダメ!お兄ちゃんと僕は同じ高校に行くって約束したでし
ょ!?﹂
﹁だってお前頭いいじゃんどこ校ねらいなのさ?﹂
﹁K高校。﹂
﹁くそ頭いいところじゃん俺じゃ無理無理。﹂
俺はぶんぶんと手をふる。
﹁努力したこともないくせに、そんなこと言っちゃダメだよ⋮。﹂
そいつがぽつりとつぶやいた言葉に、俺は少しカチンとくる。
﹁あ?今、なんつった?﹂
﹁う、あ⋮⋮。いや、だから!努力したこともないくせに無理無理
言ったって何もできないでしょ!?﹂
それは図星だったのだろう。
27
俺の怒りはさらに増す。
﹁うるせえ!!!!お前に何がわかるんだよ!?﹂
﹁何もわからないよ!?お兄ちゃん、今図星だからきれてるんでし
ょ!?それ以外に僕がわかることってある!?﹂
﹁うるせえよわからねえんだったら黙って⋮あ⋮。﹂
突如俺の視界が歪む。
夜宵の顔が視界からきえ、代わりに夜宵の足元が目に入る。
力が入らず、そこから立ち上がることができなくなった。
﹁お兄ちゃん!?ねえ、どうしたの!お兄ちゃん!!!!﹂
目が覚めれば俺は、病院で寝っ転がっていた。
母から病名も告げられぬまま、母は自殺、父は家から出て行った。
恐らく、俺が病院でこうして寝っ転がっているあいだにいろいろと
あったのだろう。
なにせ俺が目が覚める頃には1年という長い月日が経っていた。
夜宵もすっかり二年生になっていた。
﹁お父さんもお母さんもいなくなっちゃった⋮。どうしようね、こ
れから⋮。治療費だって僕、子供だから稼げないよ⋮。﹂
夜宵はそう言うと、俺のベッドに顔をうずめ泣き始めた。
何かあったのか、何度もそう聞いたが答えてくれず、結局夜宵は何
も語ることなく病院を出て行った。
その数日後。
夜宵は病院を訪れなくなった。
その半年後、俺はようやく病院を退院、通っていた中学校へと足を
進めた。
中学に行くと、みんなが一斉に俺を見た。
だが、そんなことも気にせず夜宵を探した。驚いている生徒たちに、
なりふり構わず夜宵はどこだと聞く。
もともとクラスでは人気があったほうだった。だから、みんな親切
にしてくれた。けれど何故かその問には答えてくれなかった。
28
退院してからすでに半年が過ぎようとしていた。
夜宵は見つからなかった。
そして。
俺は中学を卒業した。
﹁なんだよ、これ⋮。﹂
意味がわからない。こんな記憶、俺にはない。ないと信じたかった。
けれど見せられてしまった以上、やはりこれは自分の現実の記憶な
のだ。
それに、この先を俺は見たくない。
だって夜宵は、俺と別れたあとにここに来たと言っていた。
俺は普通に、帰り道か何かで別れてからここに飛ばされたのだと思
っていた。
でも。
夜宵が違う世界へ連れて行かれたことを別れたというのであれば。
﹁夜宵は、もう、死んでるのか。﹂
徐々に浮かんでくる考察。確信へと変わる過去。
それでも信じたくはなかった。
俺がすべての記憶を手に入れれば、夜宵と一緒に元の世界へと帰れ
るのだ。
それを信じているのだ。
どこか冷酷で、まだ自分の弟ということを信じられないけれど。
それでも。
目が覚めた。
とりあえず、朝ということにしておく。
また考えながら寝てしまったか、と俺はゆっくり体を起こす。
テントを出ると、夜宵がぼーっとその場につっ立っていた。
29
﹁⋮や、﹂
﹁高いところってすごいんだよ。﹂
﹁⋮え?﹂
﹁したが見渡せるんだ。車が忙しそうに走ってる。人だってね、誰
も僕に気づかないんだ。だから僕、そのまま飛んでみようと思った。
﹂
﹁⋮やめろ。﹂
﹁あんなに空が近いんだから、飛べるって思ってね。だけどね、飛
べなかったんだ。僕は重力に逆らえなくて。﹂
﹁やめろってば﹂
﹁僕はそのまま⋮。﹂
﹁おいっ!!!﹂
﹁死んだんだ。﹂
夜宵がこちらを向く。
辛そうな表情を浮かべて、それでも笑っていて、俺を見つめる。
﹁なんで、お母さんが自殺したと思う?お兄ちゃんの高額な治療費
を稼ぐのに疲れたから?実は違うんだよ。﹂
夜宵の口は、夜宵自身辛いだろうに、よく動いた。
﹁お母さんは、僕が嫌いだったんだ。ううん、手のかかる子供、そ
れが大嫌いだったんだよ。だから、手のかかる、お金のかかるお兄
ちゃんも、そんなときに稼ぐことすらできない僕も、大嫌いだった
んだよ。それでも僕らを捨てることはお母さんにはできなかった。
プライドがあったからね。でも。﹂
お父さんともめてしまった。
お前がもっと稼がないから、あなたが遊んでばかりいるから。
少しは子供の心配もしたらどうなのか。
様々な意見の衝突に、父は耐えられず家を出て行った。
ますます、お兄ちゃんの治療費を稼ぐことは難しくなっていった。
そしてついに、その手は僕に伸びた。
﹁ごめんね、でも、あなたさえ死んで保険が入れば、治療費は払え
30
るの。﹂
そういってお母さんは僕の首を力強くしめた。
僕は抵抗しようとして。
﹁お母さんを殺しちゃったんだよ。ちょうど近くに包丁があったん
だ。そりゃ殺しちゃうようね。防衛本能には逆らえないもん。でも
そのあと、自分ではお金なんてこれっぽっちも稼げないことに気づ
いた。だから、ちょうどお兄ちゃんが目を覚ましたし、僕は死んで
お金になろうと思ったんだ。
お兄ちゃんに嘘だけ伝えて。﹂
お母さんは自殺だ、親戚のおばちゃんがお金を稼いでくれている、
そのおばちゃんが死んだ、おじいちゃんがいる、また来るよ。
﹁僕が殺したんだなんて、言えなかった。﹂
夜宵が涙を流していた。
初めて見せる涙に、俺は動揺する。
﹁ごめんね、お兄ちゃん。こんなところに連れてきて。でもね、な
ぜお兄ちゃんがここに来ることになったのか、しっかり自分の目で
確かめる必要があるんだ。そして、その上でお兄ちゃんはちゃんと
元の世界に帰らなければならない。だから。﹂
夜宵が何故か武器を持つ。
﹁僕を、殺して。﹂
31
truth︵後書き︶
次回あたりで最終回にしたいなあと思っています。
誤字脱字見つけ次第編集したいと思いますので、自分でも確認しま
すがよければ教えてくださると嬉しいです!
32
Solitary
World
﹁僕を、殺して。そして僕の中にある記憶をもらってよ。そうすれ
ば多分、お兄ちゃんは元の世界に帰れるよ。﹂
そういって、夜宵は武器を俺に手渡す。
﹁できれば、痛くないように急所をさして欲しいかなあ⋮。﹂
夜宵は相変わらず泣きながらそんなことを言う。
﹁そんなことっ、出来るわけないだろっ!?﹂
﹁じゃあ僕はお兄ちゃんを殺さなきゃいけないね。﹂
﹁⋮はっ⋮?﹂
﹁言ったでしょ。お兄ちゃんが敵を殺すことができなかったら僕は
お兄ちゃんを殺さなきゃいけないんだ。⋮どっちがいいの!?弟に
今のお兄ちゃんのようなことさせるのとお兄ちゃんが僕を殺して元
の世界に帰るのと!どうせ僕は死んでるのに!!﹂
﹁⋮!﹂
﹁僕はお兄ちゃんから逃げたんだ⋮。たとえ人を殺したといっても
笑って許してくれそうなお兄ちゃんから⋮。その優しさに甘えそう
になって⋮。お兄ちゃんが僕を許してくれても僕がしたことは変わ
らないのに、それを正当化しようとする自分が怖くて怖くて仕方が
なかった。﹂
それだけじゃなかった。学校ではなぜお兄ちゃんがそんなことにな
るのかとひたすらに責められた。何も僕なんて悪くないはずなのに
僕はそれを人に言うことができなかった。
自分の弱さが悲劇を生んだ。
﹁いくら頭がよくたって⋮自分が弱くて死んじゃったらそれで終わ
りってことに、どうして僕は気づけなかったんだろう⋮!死んじゃ
ったら、今からこうやって一緒に帰ることもできないのに⋮!﹂
﹁夜宵、もうやめろよ⋮。そんなこと言ったって何もならないだろ
⋮。﹂
33
﹁ほらそうやって!!!そうやって僕のこと許しちゃうから⋮。そ
んなお兄ちゃんが怖くて怖くて⋮。﹂
﹁大好きだったのに。﹂
大好きだった。それなのに、なぜその感情がいつの間にか憎しみや
恐怖に変わっていったのだろう。
なぜ自分が犯してしまった罪を、お兄ちゃんのせいと決めつけ正当
化しようとしていたのだろう。
なぜ僕は、そんなつまらないことで潰れ、お兄ちゃんから逃れてし
まったのだろう。
﹁早く僕を殺してよ。もうこんなところで一人でいるのは嫌なんだ。
どうせ僕はお兄ちゃんを守ることなんてできない。日々憎しみと恨
みを積み上げていくことしかできないんだ⋮だから。﹂
俺の手をそっと握り、自分の方へと持っていく。
刃先が夜宵の胸にあたるか当たらないかのところで手を離した。
﹁早く、殺して。﹂
﹁⋮!﹂
一人でいるのは嫌だから。憎しみや恨みを積み上げていくのは嫌だ
から。
理屈は通っている。それならば早く苦しみから解放してあげるべき
だとも思う。
だけどそれができないのは。
きっとそれは、戻ってしまった記憶のせい。
幾億もの記憶の、ほんの一部。十何年分のほんの少しを思い出した
だけなのに、それはまるで自分の一生分に思えて。
完全に思い出せていなかったとしても、夜宵が自分の弟だというこ
とには紛れもないことで。
﹁殺せるわけないのに⋮。大体夜宵だって勝手だ。夜宵の立場だと
したら、俺を殺せるのか?﹂
34
﹁⋮勿論、殺せるよ。だって、それがお兄ちゃんのためになると思
うから。﹂
﹁嘘がうまいな⋮そんな泣きながら言われたって説得力がない⋮。﹂
武器を握りなおす。
﹁夜宵。﹂
﹁なあに。﹂
﹁やりたいことはあるか?﹂
﹁んー、そうだなあ、特にないよ。お兄ちゃんと逢えたし。﹂
﹁そっか⋮、うん、俺も特にないんだ。﹂
﹁それじゃあお兄ちゃん。﹂
﹁ああ。﹂
お互いに覚悟を決める。
あとはこの武器をほんの少し前に動かして、夜宵の体に当てればい
いんだ。
勢いよく、俺は夜宵にとどめをさす。
夜宵の口から赤いものが溢れた。
苦しそうだけど、笑っていた。
﹁やよ、い⋮。﹂
﹁う、ん、これで⋮やっと、死ねる⋮。ごめ、んね、お兄ちゃん⋮
あり、が⋮と⋮。﹂
夜宵の体が消え始める。
それと同時に、自分の頭に夜宵の記憶が入ってきた。
懐かしいこと、楽しかったこと、苦しかったこと⋮。
一つ一つが丁寧に夜宵の記憶から伝わってきた。
そして、夜宵が怖いと言っていた感情も伝わってきた。
そして。
﹁ぅあ⋮。﹂
夜宵がさらわれたあの日の、夜宵の記憶も入ってきた。
35
﹁ごめん、ごめん夜宵。本当に。﹂
夜宵はにこりと笑うと、その姿を消してしまった。
あたりにまだ、消え残った光がチラチラと空中で浮いていた。
俺は、結局夜宵に何をしてあげれるわけでもなく、ただただ呆然と
見つめていただけだった。
﹁お兄ちゃん、ごめん⋮何かあったなら、僕に話してくれればよか
ったのに⋮。﹂
しょんぼりと落ち込んだ夜宵は、綺麗な花畑を再び見つめ返す。
あんなに花のことについて嬉しそうに話してくれていたのに。
きっとここを見たら喜んで花の種類を教えてくれると思ったのに。
後悔していても意味はないと思った。
暗くなる前に、なるだけ早く帰ろうと思った。
戻ろうとした瞬間、何かが自分の頭に当たり、その痛みに自分は危
険を察知した。
まだ背中の見えるお兄ちゃんに向かって今出せる精一杯の声で叫ん
だ。
﹁お兄ちゃんっ⋮助けて⋮!﹂
けれどもお兄ちゃんはそのまま行ってしまった。
僕はまた頭を殴られ、今度こそ意識を失った。
目が覚めると、男3人に見下ろされていた。
体は縄で固定されていて、動けそうになかった。
男は僕が目覚めたのを確認すると同時に、金のありかを聞いた。
僕は正直に答えた。﹁僕の家は貧乏です。お金なんてありません。﹂
すると男は激怒して、僕を殴りつけた。
⋮痛かった。
僕はそのまま、何時間も殴られ続けた。
顔ではなく、体に、まるで親が子を虐待するときのようにひたすら
殴り続けた。
36
やがて、男たちは僕を殴るのに飽きたのか、それぞれくつろぎ始め
た。
殴られ続けたせいか、縄はゆるくなっていた。
僕は自力で縄をほどくと、近くにあったナイフを手に持ち、すぐさ
ま男ひとりを殺した。
もうひとり、もうひとり。
男がひるんでいる間に僕は男3人を殺してしまった。
静かになって冷静に頭が動き出す。
焦りが出て、逃げようにも血がついていて逃げられないことを示す。
ああ、このまま僕は家に泥を塗って、家ではいないもの扱いされる
のだろう。
﹁ごめんなさい⋮。﹂
僕はつぶやいた。
瞬間、建物のドアが開き眩しいほどの光が部屋の中を照らす。
大丈夫かっそういいながら僕に近づき、警察は驚いたように辺りを
見渡した。
血まみれの少年、倒れた大人の男3人。
部屋の中にただよう異様なほどの鉄の匂い。
警察は、全てを悟ったように僕を見つめると、笑顔でこういった。
﹁お話、聞かせてもらえるかな?﹂
それは優しい笑顔なんかではないことを、僕は知っていた。
﹁男は、僕がやりました。でも、僕を拉致したのはあの男3人です。
殺したのは、悪いことだと思っています。だけど⋮。﹂
そう言って僕は服をあげる。
痛々しいほどのあざが、体中を蝕んでいる。肌色が見つけられない
ほど、僕の体は腫れ上がり、そして色は変色していた。
﹁痛かった、です。﹂
僕はそれだけ言うとうつむいた。
許しを請おうなんて思っていなかった。施設にいれられるならそれ
37
でいいと思った。
僕にとっての人生は﹁兄﹂だ。
彼に迷惑がかからない方法で収まるならなんでもよかった。
﹁⋮僕、このことは君のお母さんに話そうと思う。﹂
﹁⋮!それっ、あのっ⋮!お母さんはいいです!だけど、お兄ちゃ
んには⋮お兄ちゃんには伝わらないようにしてください!お願いし
ます⋮。﹂
世界は残酷だ。
でも、こんなちっぽけな、これくらいのお願いくらい受け入れてく
れ。
﹁どうだろう⋮ね。﹂
﹁⋮。﹂
期待を裏切られる。
そんなことを、昨日今日と何度も体験した。
もう、嫌だった。
家に帰る。
お兄ちゃんは急いでドアを開けてくれた。
驚いたように僕を見つめ、そして警察を見つめ。
少しの安堵の表情を見せる。
それを見たと同時に、僕は言葉を発した。
それだけで、お兄ちゃんは喜び、安心すると思ったからだ。
だけど。
お兄ちゃんは驚いたような顔で僕をしばらく見つめ、そのあとよう
やく微笑んだのだ。
僕の不安は徐々に徐々に積もっていった。
その夜、僕は母に呼ばれた。
﹁警察から全部聞いたわ。⋮あざ、見せなさい。﹂
僕は言われるがままにあざを見せた。
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母は小さく悲鳴をあげた。しかし、すぐに目を伏せ、少しずつ言葉
を発する。
﹁このことはね、警察の方が穏便に済ませてくれるって言ってくれ
てるのよ。あなたが殺した男3人は、家族がいないみたいだし、こ
のことは隠してあげようと。だからお母さんも今日あったことはな
かったことにする。あなたは今まで通りでいればいい。けどね⋮。﹂
お母さんが僕の胸ぐらを掴み、急に叫びだす。
﹁哭兎にだけは⋮哭兎にだけは手を出さないで!兄弟だからっ、今
まで仲のいい兄弟で世間体が通ってるから!どれだけ近づいていて
もいい、どれだけ話していてもいい、だけど!哭兎だけは殺さない
で⋮。﹂
母はそういうと涙を流す。
﹁だって、私の大事な一人息子だもの⋮。﹂
﹁⋮⋮え?﹂
﹁人殺しなんか、私の息子じゃないわ。﹂
何か重いもので殴られたかのように頭がくらくらする。
目を見開く。
そこには母であり、母ではない女が、僕をジッと見詰めていた。
次の日から、ご飯だって普通に出され、お弁当がいるといえば当然
のようにそこにあり、学費だってしっかり払ってくれた。
しかし、そんな業務的な事以外で母と話す機会はなくなった。
代わりに、兄とよくしゃべるようになった。
事件のあと以来、兄はよく僕のことを気にしてくれている。
そしてあの日のことについて何度も何度も謝られた。
その度に僕はお兄ちゃんは悪くないなんて言ってみせるけれど、実
際心の奥底ではもしあそこで助けてくれていたならば、という仮定
がぐるぐると渦巻いていた。
そしてぼくらは徐々に大きくなる。
僕は母を見返そうと成績優秀だった。
兄は、成績は悪いもののものすごい運動神経に恵まれ、よく賞をと
39
っていた。
家には兄がとったトロフィーなんかが綺麗に飾られている。
その度に僕はそれを壊したい衝動に駆られる。
そのトロフィーの輝きに目がくらんで、母がますます僕のことを見
なくなったからだ。
そして。
兄は倒れることとなる。
父は単身赴任だった。たまに仕事から帰ってきても、またすぐに出
かけていってしまうので、父の声はあまり聞いたことがない。
だけど、たまに話すとすごく優しい声音で、いつもお土産を手渡し
てくれた。
だからなんとなく、僕は父が好きだった。
だからこそ、父の怒鳴り声を聞いたとき、僕は驚いた。
﹁人殺ししたから、自分の息子じゃないっ!?ふざけんな!!!﹂
﹁だってそんな子自分の子だなんて思いたくないでしょ!?それに
どうせ同じ顔が二つあるんだから!ひとつにしたっていいじゃない
!﹂
﹁それでなんだ!?自分も人殺しになるのか!?﹂
﹁ええそうよ!うまくやって早く哭兎とふたりで暮らすんだから!﹂
﹁くだらん!前からおかしいなとは思っていたけど、ここまでとは
な!いい、明日にでも夜宵を連れてこの家を出ていく!ついでに哭
兎も俺が引き取る!お前とは離婚だ!﹂
﹁単身赴任のあなたに子供たちを見れるわけがないわ。それにっ!
私の哭兎を連れて行かないで!﹂
バタバタと足音が荒く響く。次に何かが割れる音。
聞きたくなくて、耳を塞ぐ。
生まれてしまってごめんなさい。
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次の日、父は自殺した。
その一週間後、母は僕を殺そうとした。
僕が母を殺してしまった。
お兄ちゃんはいつまでたっても目を覚ましてくれなかった。
母を殺して半年。
ようやく兄が目覚めた。
そして言い渡された、高い高い入院費。
とうてい中学生に払える額ではなく、いつの日か入ってきた父と母
の保険金と、父が働いてつくった貯金を全て使って払った。
けれど、おかげさまで僕たちの生活費は一切なくなってしまった。
母の貯金はすくなく、二人が食べていくにはまったくもって足りな
い額だった。
だから親戚を頼って、用済みになれば殺し、その保険で生活してい
った。
人を殺したことは未だ言えずにいた。
怒られるとか、そういうものが怖いのではない。
許されてしまうことが怖かった。
そして僕は自殺する。
屋上はすごく高くて、下を見つめている僕になんか誰も目をくれな
かった。
ただ忙しそうに車が走り、忙しそうに通勤中のサラリーマンが通り
過ぎていく。
41
上を見上げれば眩しいほどの太陽と、雲と、綺麗な青が広がってい
た。
最後を飾るには、とてもいい日だ。
そう思って僕は身を投げ出した。
兄の退院をちょうど1ヶ月後に控えていた日だった。
⋮。
長い夢を見ていたように思える。
これは恐らく、夜宵の記憶。
憎悪とか、そういうものにまみれた夜宵の末路。
しかし、愛を注ぎ続けていれば起こらなかったかもしれない悲劇。
何より、俺のために何人もの人を殺していた。
﹁なんでっ。﹂
夜宵に俺に相談するという手段があったならば。その手を直ぐに使
っていれば。起こる被害も少なくなったかもしれなかったのに。
やっぱり俺は、夜宵にとってダメな兄だ。
﹁ごめん、ごめん⋮。﹂
ただひたすらに謝り続けた。
﹁目が覚めましたか。﹂
そういうと白衣をきた男が部屋に入ってくる。
とここで、部屋中に薬の匂いが漂っているのがわかった。
腕を見れば点滴が刺さっていた。そうか、ここは病院だったのか。
﹁あの、何が。﹂
﹁車がね、少し頭にぶつかったんですよ。カスリ傷みたいなもんで
す。でも頭が追いつかなかったんでしょうね、1日眠っていました
よ。﹂
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﹁⋮。﹂
﹁⋮そんな目で見ないでください。そうですよ、これは嘘です。危
なかったんですよ、もう少し目が覚めなければ死んでいた⋮。こん
なこと、奇跡です。あなたは車にはねられました。しかし、傷は一
つもありませんでした。でも、重症でした。﹂
﹁⋮?意味がわかりません。﹂
﹁それでいいと思うよ。死ぬ直前のことなんて詳しく知らなくてい
いんだ。今は奇跡的に生きている、それだけを考えなさい。﹂
お礼だけ言って病院をでる。
その時の俺は、お金すらまともに持っていなかった。
これを使ってしまえば、明日何も食べられない、それほどにお金は
少なかった。
少し夜宵の気持ちがわかるような気がした。
時刻は夕暮れ。
俺がはねられた日から、たったの一日しかたっていなかった。
夜宵と過ごしたあの日々が、まるで本当の夢かのように眩んでいく。
うるさいセミもそろそろ静まり始めていた。
心地よい風を感じながら、俺は帰路につく。
ひとりぼっちが、寂しかった。
家の前にくると、そこには誰かがいた。
ひたすらインターホンを押して、俺が出てくるのを待っていた。
﹁あの。﹂
声をかけるとそれは担任だった。
﹁お前、昨日今日と補修だっただろう!?制服なんかきてどこ行っ
てたんだ?あれほど進級が危ういと⋮。﹂
﹁病院、です。昨日、車にはねられました。カスリ傷程度で済んだ
んですけど。﹂
そういう俺を疑いの目で見てくる。当たり前かと思いながら目をそ
43
らす。
﹁まあ⋮病院に問い詰めればわかることだしな、そういうのは。お
前がそういう嘘をつくやつじゃないってことも知ってるし。この2
日間のことだけはなんとかしてやる。﹂
﹁え⋮?﹂
﹁不可抗力だったんだろ?仕方ないよな。それより、お前が生きて
いてくれたことのほうが奇跡だろう。﹂
﹁あ。﹂
﹁それじゃあ﹂そう言って先生は車に乗った。
そのまま、車は見えなくなった。
家に入ってまた、孤独が押し寄せる。
夜宵も、こんな気持ちだったのだろうか。自分で両親を殺してしま
ったが故にこんな孤独を味わっていたのだろうか。
寂しかったのは自分ひとりだけではなかったのか。
どうしてそのことに気付けなかったのだろうか。
早くそのことに気づいて夜宵に声をかけれていたならば。
いやもっとその前に夜宵を助けてあげられたなら。
そもそも俺が病気なんてもっていなければ。花に興味なんて持たな
ければ。
夜宵と今でもずっと一緒に居られたはずだったのに。
母がいた。父がいた。夜宵がいた。祖母、祖父がいた。
もうみんないなくなった。
もうすっかり夜だった。
そんな夜を見つめ思い出す。
44
夜宵と過ごした日々を。
夜の世界を何度も過ごして、星を見つめ、昔のことについて語り合
った。
Worldだから。﹂
その時、夜宵はよく言った。
﹁ここは、Night
45
Solitary
World︵後書き︶
終わりが見えなくなってきたので一応まだ続くにしておきますが、
とりあえず終わったと考えてくださると嬉しいです。
ありがとうございました。
46
PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n2978cd/
Night World
2014年9月1日03時36分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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