第二の人生はダンジョンで! - タテ書き小説ネット

第二の人生はダンジョンで!
詩音
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ
テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ
ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範
囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し
ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
アマカシ
ハル
第二の人生はダンジョンで!
︻Nコード︼
N5232BQ
︻作者名︼
詩音
︻あらすじ︼
死後の世界にて天槝晴は自分の価値を査定されるが、その結果提
示された金額があまりにも低すぎ、第二の人生を過ごすために用意
されていたどの世界に対しても入居するための費用を払う事が出来
ない。
存在の消滅や奴隷になる以外に残された道は、未開発のダンジョン
に挑んで魔物を倒し、制圧した空間に自分で世界を築き上げていく
事だった!?
伝授された創造魔法を駆使して必死に戦い、魅力ある世界を築き上
1
げて共に生活してくれる入居者を増やしていく。そんな晴の奮闘記。
2
︹残酷描写︺︹15歳未満の方の閲覧にふさわしく
プロローグ﹁あなたの価値は307771円です﹂︵前書き︶
この作品には
ない表現︺が含まれています。
15歳未満の方はすぐに移動してください。
苦手な方はご注意ください。
3
プロローグ﹁あなたの価値は307771円です﹂
突然ですが、聞いても良いですか?
﹃あなたは自分の価値を金額で表すとしたら、一体いくらになると
思いますか?﹄
もちろん、いきなりそんな事を聞かれても困るだけだろう。
貯蓄額ならATMでお金を下ろす時に残額が表示されるし、保有資
格ならその取得にかかる教材費や難易度から価値を推測出来なくも
ない。
しかし、自分の性格の良さを金額に直したくても基準はどこにも存
在しないし、将来性についても同じだ。
ルックスは・・・うん、基準がないことにしておこうか。
まぁ何が言いたいのかというと、自分の価値は計ろうと思っても計
れるものではないという事だ!
仮に計れるんだとしても、性格や将来性も加味して欲しい!!!
だからこの査定結果を取り消してくれー!!!
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−
<査定結果>
※0円だった項目は割愛されています。
保有資産:72424円。
ルックス:500円。
若さ:30万円。
4
借入金:−65330円。
あなたの価値﹃307771円﹄
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−
﹁ちょっと待って下さいよ!こんな金額、いくらなんでも安過ぎじ
ゃないですか!?﹂
俺は提示された自分の査定額に納得が出来ず、査定係という腕章を
つけたおっさんに抗議の声を上げるが、おっさんは心底めんどくさ
そうな顔をし、すげなく答えるだけだった。
﹁そんなの保有資産・人格・将来性のどの証明書も持ってきてない
んだから当たり前じゃないか。証明書が発行されないくらい悪いこ
としてたんだろ?素直に消滅するか、奴隷として真面目に働くんだ
ね﹂
﹁なんだよ証明書って!?それに俺は一度も警察の御世話になった
ことはない!ってか消滅!?奴隷!?﹂
﹁今更何を驚いてるんだ?・・・あぁ、もしかして地球の人か?地
球の人なら中央の塔じゃなくて、その横の小さな塔の中に専門の窓
口があるからそっちにいってくれ。ここじゃ査定以外の業務は受け
付けていないんだよ﹂
査定係のおっさんにそう言われ、しっしっと俺は追い払われてしま
った。
5
︵これからあの中央の塔に行けるんじゃなかったのかよ!?︶
中央の塔とは、数?に及ぶ査定待ちの長い列の一番後ろからでもは
っきりとその巨大さがわかる、
バベルの塔と呼んでも差し支えない程の巨大な塔だ。
塔の中はモデルルームとなっていて、各フロアに展示されているの
は俺のように死んだ人間がその後の人生を送るために用意された、
様々な世界のミニチュア模型だ。
そう、俺も既に死んでしまった人間であり、今しがた受けた査定の
金額を元手に死後の入居する世界を決めるはずだった。
はる
﹁くっそー!あのおっさん出鱈目な査定しやがって!こんなはした
金じゃどこにも入居出来ないじゃないか!﹂
あまかし
そう嘆いている査定金額307771円の男は、天槝 晴という名
で歳は二十歳。
なぜ死後の世界にいるのかというと、晩御飯に焼き肉を食べに行っ
たその帰り道に、不幸にも猛スピードで突っ込んで来た居眠り運転
の車に後ろから跳ねられて死んでしまったからだ。
気付いた瞬間にはすでに査定待ちの列に並ばされており、その際に
一人一台配布されるタブレットを受取り、その画面上で流れていた
プロモーションビデオでこの世界の事を、そして自分が死んでしま
った事を知ることになる。
自分が死んだとわかっでも絶望せずにいられたのは、この死後の世
界も一つの現実だと思えたからだ。今も息を吸って吐いて酸素を必
6
要としているし、査定の列に長い時間並んでいて疲れを感じたり、
お腹もだいぶ減って来ている。
タブレットで死後の世界の一覧を閲覧した時は、空を自由に飛びま
われる世界など面白そうな世界がいくつもあるのがわかって胸が高
鳴ったりもした。
なにより、大事な家族が傍にいてくれるという事が一番の心の安定
剤になっていた。
一人ぼっちじゃないという安心感と、自分がしっかりしないといけ
ないという責任感が晴を支えている。
傍にいるということはその大事な家族も死んでしまっているという
事なので、喜ぶべき事ではないのかもしれないが・・・
ゆきしろ
そしてその晴の大事な家族というのが、査定金額に不満の声を上げ
ていた彼の事を、兄さん!と呼んで近づいて行く妹の雪白イリアだ。
晴は天槝、イリアは雪白という名字が示す通り、血が繋がった兄妹
ではなく、義理でも生き別れというわけでもない。
まだ幼い頃に両親を失った二人は孤児院で出会ったのだが、イリア
はハーフということだけで小学校の同級生から仲間外れにされるこ
とが多く、同じ孤児院だった晴くらいしか話をしてくれる相手がい
なかった。
そうして一緒に育つうちにいつの間にか、お互いを兄妹のように思
うようになっていた。
イリアは今年高校を卒業し、今月からアパレル会社で働き始めた。
25日になって彼女の初めての給料が出て、そのお祝いに晴と一緒
に焼肉を食べる事になったのだが、その帰り道で晴と一緒に車に轢
7
かれてしまう。
自分達が死んだとわかった時には、私が焼肉をおごるなんて言った
ばかりに・・・ごめんなさいと、泣きながら何度も晴に謝っていた。
妹の扱いに慣れている晴は、店を決めたのは俺だからお互い様だ、
むしろ俺が悪いんだと嘘泣きし始め、イリアが自分を慰めようとす
る様に誘導。
イリアの涙が止まったところで、むしろ若いうちに来れてよかった
だろ?おじいちゃんおばあちゃんになってから来ても、あんな風に
空飛んでる余裕なんかないと思うぞと晴が言うと、イリアは少し驚
いた顔をした後、晴に微笑みを返していた。
しかし、そんな純粋で優しい性格の持ち主であるイリアでさえも、
その性格や将来性の考慮が一切成されなかった査定で出る金額など
たかが知れている。さらさらで長い綺麗な黒髪を持ち、3年間の高
校生活の中で13回も告白されたくらい高レベルなルックスには、
相当に高額な査定結果が出てはいるが。
﹁なぁイリア、お前の査定金額1億越えたか?﹂
﹁んーん。全然足りなかったわ・・・﹂
﹁そうだよなぁ・・・あんなインチキ査定じゃ1億なんて行くわけ
ないよな﹂
そう言って俺は、自分の持つタブレットに入力された評価額をイリ
アに見せる。
﹁あ・・・借入金65330円って私の貸付金額と同じだわ。こん
8
なに溜まってたのね﹂
﹁借入金の項目があってまさかとは思ってたけど、こんなに借りて
たか!?﹂
借りる相手は他にいないので借入金は全てイリアからのはずだが、
俺が社会人になってからのここ2年は借りていないはずなので、そ
れまでの間に6万以上借りてたのか・・・記憶にないぞ!?
金額を確かめたくてイリアの持つタブレットを覗くと、確かに貸付
金額が65330円だった。
︵うーん、間違いなさそうだ・・・って!?なんじゃそりゃ!?ル
ックスが1500万円だと!?そりゃ俺から見ても相当可愛いと思
うけど、俺なんか500円なのに!︶
イリアのルックスの金額を見てふらふらっとよろめいてしまうが、
それでも合計金額は1億には全く届いておらずどの世界にも入居で
きない。
﹁やっぱり、おっさんの言ってた通り専門の窓口とやらに行くしか
ないか・・・イリア、向こうに見える小さい塔に行くからついて来
い﹂
俺はイリアが頷いて同意したのを確認すると、中央の巨大な塔に比
べると蟻んこ程の、申し訳なさ程度に立つ小さな塔に向かって歩き
始める。
数えきれない程大勢の人が中央の塔の入り口に群がっているのを横
目に、早く通り過ぎてしまおうとそそくさと歩いていく。
9
本当はあの塔の中に入って入居先の世界を楽しく悩みながら選びた
かったが、あの中のどの世界も入居金額が1億以上なのは、タブレ
ットの検索機能を使って把握している。
人気世界ランキング上位の
1位
あの世の楽園!美男美女に囲まれハーレム!
2位
グルメ天国!どんなに食べても太らない!
3位
ふわふわの雲の世界!夢見心地で昼寝し放題!
この3つはどれも入居金額が100億円を越えていたのでさすがに
難しいかなと思っていたが、他のどの世界も入居金額が最低でも1
億だったので、査定金額も当然1億は越えていてどこかしらに入居
出来るんだろうと思っていた。
しかし、出てきた金額は307771円。
何をどうすれば1億になったのか知らないが、ともかく俺とイリア
はどの世界にも入居出来ない。
残された選択肢は消滅するか奴隷となるか、そしてこの小さな塔の
中にある専用窓口で示されるはずの最後の道だ。
俺達の救いとなれ!そう願いながら小さな塔の正面に取り付けられ
ていた両開きの扉を開け放ち、俺とイリアは中へと入って行った。
10
ダンジョンなら入居費0円じゃ!
俺達の救いとなれ!そう願いながら開いた扉の先には、数百人規模
でパーティーを催せそうなくらい広々としたホールが広がっていた。
そのホールの真上、塔の一番上の5階まで吹き抜けが続いていて、
白い手袋にステッキを手に
天窓と各階のガラス張の壁面から差し込む光が、ホール全体を明る
く照らしている。
その中心にはシルクハットに燕尾服、
した、私はマジシャンですよと言わんばかりの恰好をしたじいさん
が一人で立っており、俺達が近づいていくと突然のように手品をお
っぱじめた。
脱いだシルクハットの中から真っ赤な薔薇を取り出したり、真っ白
な鳩が飛び出して行ったり、鳩が飛び出して行ったり鳩が鳩が鳩が、
はとはとはとととととととととととととと・・・・・
﹁って、いくらなんでも出しすぎだろ!!!﹂
塔の中を飛び回る鳩が30は軽く越えている。
隣にいるイリアはすごいすごいと手を叩いて喜んでいるが、この数
はいくらなんでも異常だと思わないのだろうか?
兄ちゃんちょっと心配だ。
﹁ほっほっほっ、どうじゃったかな?楽しんでもらえたようで・・・
本当に嬉しいのぅ・・・﹂
︵なんで涙声になってんだよ!?︶
じいさんはじいさんでイリアにすごいと言われたのが相当嬉しかっ
たのか、今にも涙を流しそうである。
11
じいさんは赤の他人なので頭の中の心配はしていないのだが、これ
から話す相手としてはかなり不安だ。
﹁確かにすごかったけど、ここには手品を見に来たわけじゃないん
だ。査定係のおっさんにここに地球の人用の窓口があるって聞いた
んだが、じいさんがそうか?﹂
﹁むむむ!せっかく久しぶりにウケたというのにせっかちじゃのぅ・
・・まぁ良い!可愛い子にウケたからの!話しは後ろのイスに座っ
てからじゃ!﹂
いい歳して可愛い子とか言ってんじゃないとつっこもうと思ったの
も束の間、全く気付かない内に俺とイリアの真後ろに椅子が出現し
ており、思わず自分の目を疑う。
︵どうやって出した!?ここまで歩いて来た時には何もなかったの
に・・・︶
イリアも心底驚いているようで二人で顔を見合せる。
しかしその瞬間、視界の隅にありえない物を見てしまい、呼吸を忘
れる程驚愕してしまった。
じいさんと俺達の間に八人が掛けられるほど大きなテーブルが出現
しており、丁寧にお茶の入ったコップまで並んでいる。
︵おいおいおい!?いくらなんでもこんな大きい物を音もなく瞬時
に出せないだろ!?︶
びっくりする俺達とは対照的に、じいさんは落ち着いた動作で自分
の椅子に腰を下ろし、お茶を飲み始める。
12
﹁まぁ座りなさい。お茶も良く冷えていて美味しいぞ﹂
突如として現れたテーブルにも現実味を全く感じられないが、椅子
やテーブルは木製で重さがあり、触れて感じる質感や存在感は本物
だ。
コップのお茶を飲んでみても、長い査定待ちの列に並んで疲れた体
全体に冷たさが気持ちよく染み渡っていき、疲れが緩和されていく
のを感じる事が出来た。
このじいさんはただものではない。もしかして死後の世界No1の
マジシャンなのではと思い始めたところでじいさんが口を開き、本
題へと入っていってしまう。正体はなんだろうか?
﹁さて、ここにはどの世界にも入居出来なかった人間が救いを求め
にやって来るわけじゃが、君達もそうだね?﹂
﹁あぁ・・・そうだ﹂
﹁それならここに最後の道を示そう﹂
じいさんのその言葉が俺の耳に届き、脳が理解した時には既に、テ
ーブルの上にどこかの洞窟の内部の精巧な模型が出現していた。
︵今のどこから出てきたよ!?完全に予備動作なかっただろ!?︶
じいさんの両手はコップを持ったままだし、もうどうなってんだ・・
・と多少混乱しながらも出て来た模型の意味を考える。
︵しかしこの洞窟の模型が何だってんだ?入り口からほぼ一本道で
13
最初の分かれ道で左手には泉があって、右手に進んで行くとスイッ
チで開く隠し扉があってその先に進むと、山に囲まれてどこにも行
けない出口があったりして・・・途中で宝箱があったり所々にモン
スターがいたりして、奥まで進むと海賊船や海賊のアジトがあって・
・・んん!?︶
﹁ってこれファイネルファンタジー5の最初のダンジョンじゃねえ
かよ!!!盗賊のアジトに向かう途中の!﹂
﹁おや!?君なかなか出来る子だね!?大正解じゃ!!!﹂
﹁へへん!俺の記憶力ならこの程度の事は・・・じゃなくて!この
模型がなんなんだよ!?まさか小さくなってこの模型の中に住めっ
てんじゃないだろうな!?﹂
﹁おやおや!惜しいぞ!はいもう一度!﹂
︵なんだ!?じいさんやたらテンション上がってるぞ!?︶
テンションが上がってテーブルに身を乗り出すじいさんが、ぎっく
り腰になってしまわないか心配しながらも俺は正解を探しだそうと
する。
︵ここには色々な世界があってその一つ一つの規模が馬鹿でかい。
中央の塔はバベルの塔と呼べるほどでかいが、その中に展示されて
いるのはこの模型のように縮小された各世界だ。それならば・・・︶
﹁実物大のダンジョンがあるからそこに住め・・・なんて言わない
よな?﹂
﹁正解じゃ!!!君は本当に出来る子じゃのう!!!このダンジョ
ンのように魔物が巣くう空間が無数に存在しててのぅ。そこなら誰
14
でも自由に入居出来るのじゃ!﹂
﹁ぁあ!?正気か!?実物大ってことはこの模型みたいに魔物もい
るんじゃねえのか!?襲ってきたらどうする!それとも魔物って実
は友好的だったりするのか?﹂
﹁安心するのじゃ!彼等は恐ろしく人懐っこくてのぅ。それはもう
お腹の中に入れて自分の体の一部にしたくなるくらいに・・・﹂
﹁いやいやいや!それ喰われてるから!消化されちゃってるから!﹂
﹁それなら魔物を駆逐して、自分だけの空間を手に入れるのじゃ!﹂
それこそが本題だったのだといわんばかりに親指を立ててドヤ顔を
するじいさんだが、そのテンションの高さからもわかるが、中身は
見た目よりずっと若いようだ。
﹁魔物を駆逐って簡単に言ってくれちゃってるけど、魔物ってそこ
らの人間より強いもんじゃないのか?﹂
﹁肉体の強さだけなら地球人よりははるかに上だのぅ。しかし地球
人なら地球人の武器があるじゃろ?﹂
そう言ったじいさんの手のひらの上に、突然一丁の拳銃が出現する。
そしてもう片方の手のひらの上には弾丸が8つ。
相変わらずどこから出したのか全くわからない手際のよさである。
驚きを通り越して怖さを感じてしまう程に。
﹁その拳銃で立ち向かえとでも?﹂
﹁いやいや、これは力の一旦に過ぎん。ダンジョンに行くというな
15
ら創造魔法という、今わしが行ったように自分の知識やイメージで
好きな物を創り出せる力を授けるぞ。
この力でダンジョンを制圧して、更には様々な物を生み出して世界
を創ることが出来るのじゃ!﹂
いきなり魔物と魔法と言われて、はいやります!なんて風に全てを
受け入れる事は出来ないが、今まで散々見せられていた手品が実は
魔法だったと言うのなら、魔法の方は納得出来てしまう。
いくらんなんでも手品の枠で収まるものではなかった。
﹁魔法か・・・でもなんで恰好もやることも手品みたいだったんだ
?﹂
﹁本当は魔法使いの格好のままでいたかったんじゃがな。ここ何十
年か来る人間が手品だ手品だという輩が多くてのぅ・・・﹂
じいさんはしょんぼりしながら、これを着ていたのにと呟きながら
とんがり帽子と黒い全身ローブと杖を瞬時に生み出す。
﹁そんな地味な物ばっかり出してるからだよ。カッコよく炎とか出
せばいいのに﹂
﹁炎なんぞ出したら熱いんじゃ!﹂
﹁熱いのか?魔法って言うんだから自分は熱くないとか、そんな都
合良くはいかないのか?﹂
﹁それは別の系統の魔法でな。創造魔法では無理じゃ。
自分だけ熱くないという炎の知識やイメージがあれば別だがね。・・
・まぁ今回は関係のない話じゃ。上手く攻略してから調べるが良い﹂
﹁まずは攻略しろってか?﹂
16
﹁そういうことじゃな。攻略して世界を創っていけば、他の世界の
ように入居者を募る事も出来るしの。そういった魔法を扱える人間
が入居してくるかもしれん﹂
︵なるほど・・・空間はダンジョンで、物は魔法で、人は入居を募
って世界を創っていくわけか。問題は攻略出来るかどうかだが・・・
︶
﹁魔物は拳銃で倒せるのか?﹂
﹁詳しくは話せんが、倒せる魔物もおれば倒せない魔物もおる﹂
︵拳銃で倒せない魔物が出てきたらどうするんだ・・・そうでなく
ても撃ち方はなんとなくわかるとしても、ちゃんと当てられるか?︶
﹁制圧できなきゃ喰われて消滅するんだよな?﹂
﹁そうじゃ﹂
︵そうなると、確実に生きていられるのは奴隷だけになってしまう
が・・・︶
﹁ちなみにダンジョン攻略を諦めて奴隷になるとどんな扱いを受け
る?﹂
﹁君なら労働奴隷か虐待奴隷、そちらのお嬢さんは性奴隷になるじ
ゃろう。入居したら自分の意思では死ぬ事が出来ぬから永遠にのぅ﹂
﹁ふざけるな!!!そんなのダンジョンに行くしかないじゃないか
!?﹂
﹁まぁそうじゃのう・・・﹂
17
奴隷はありえない。消滅もしたくない。それならダンジョンに挑戦
する以外の選択肢がありえない。
﹁イリア・・・やるしかないと思うがどうする?﹂
﹁兄さんについて行くわ。このまま人生を終えたくはないから・・・
﹂
﹁すまんの。ダンジョンに二人で入ることはできん。一つの世界に
マスターは一人だけじゃ。どちらか一人が攻略してマスターとなっ
た後にもう一人を入居させるんじゃ﹂
﹁他の世界みたいに入居には1億が必要なんじゃないのか?﹂
﹁いや、そこはマスターが好きに設定出来る。入居させる相手も好
き決定出来るしの。入居者が増えて空間が狭くなったら別のダンジ
ョンに挑戦して空間を広げる事もできるぞ﹂
︵それならイリア限定で0円で入居させれば良いか。空間を広げる
必要があるかどうかはその時になってからだな。まずはクリアしな
きゃ話しにならんし︶
﹁挑戦するダンジョンについての情報はどこまで教えてもらえるん
だ?﹂
﹁すまんのぅ。それもほとんど教えられんわい。しかし獲得したい
空間の広さを指定して挑戦することも出来るぞ。広さによって難易
度が変わるから、望みすぎなければなんとかなるじゃろ。ちなみに
空間獲得の際にちょっとだけ獲得税がかかる
からそのつもりでの﹂
18
﹁ちょっとってどれくらいだ?﹂
﹁まぁ・・・1割じゃ﹂
﹁1割くらい別に気にしねえよ。なんで言い淀んでんだ?﹂
﹁いや、そのな・・・1割しか残らんのじゃ!﹂
﹁はあ!?ほとんど全部じゃねぇかよ!?詐欺だ!ボッタくりだ!
横暴だ!国家権力にストライキだー!!!﹂
いくらなんでも9割搾取はひどすぎだろ!?そう思って俺がクレー
ムを付き付けると、じいさんは慌てて弁解しようとしてくる。
﹁規定じゃから仕方ないんじゃ!魔物討伐の報酬金が出るぞ!?金
がなければ生活できんじゃろ!?それに実績を積めば獲得税率緩和
じゃ!初めてなら仕方ないんじゃー!!!﹂
・・・死んだ後もお金がかかるとは、本当に世知辛い世の中である。
﹁イリア、俺が行くけど、もし失敗したらどうする?﹂
﹁もしそうなったら消滅を選んでもいい・・・?﹂
﹁あぁ奴隷だけはやめてくれ・・・まぁ必ず攻略してくるからその
心配はないけどな!安心して待ってろ!﹂
空元気でしかないが、イリアを、そして自分を少しでも安心させる
ためにそう声に出してみる。
じいさんも俺が挑戦するとわかると、どの広さのダンジョンに挑戦
するのか聞いて来たので、孤児院を出た後借りていた自分の家と同
じ大きさの空間を指定する。
19
﹁獲得する空間の広さを六畳間にしてくれ﹂
﹁ほう。二人続けて六畳間の挑戦者とはの!その広さならボスが1
体いるだけじゃし、今ならまだ隙があってなんとかなるかもしれん
のぅ﹂
﹁ボス・・・?隙?﹂
﹁では頑張るのじゃ!﹂
じいさんが出現させた模型のダンジョンでは出て来なかったから忘
れていた。
ダンジョンにはボスがいてしかるべきものだと言う事を。
そしてじいさんは拳銃が効く魔物と効かない魔物がいると言ってい
たが、ボスがどちらかなのかは考えるまでもないだろう。
それでも俺はそこまで不安になってはいなかった。拳銃がだめなら
サブマシンガンやロケットランチャーを創造すれば良いし、獲得が
六畳間ということはダンジョンは60畳の大きさしかないので核シ
ェルターを創って中に入り、外を水で満たして溺れさせて倒すなん
て手も考えていたからだ。
そんな俺の生き残りを懸けた戦いが今まさに始まろうとしているの
だが、ダンジョンに突入してすぐ、実際にはそんな事は不可能だと
いうことを知ることになる。
20
創造魔法の代価
六畳間の空間を獲得するためにその十倍の広さのダンジョンへと転
移した俺は、即座に2つの事を実行した。
一つは真っ先に魔物の位置の確認をすること。
もう一つは創造魔法で自分の周囲に核にも耐えられる透明な防護壁
を創り出すことだ。
なにしろ60畳の広さのダンジョンがもし一部屋だけで構成されて
いた場合は、突入した瞬間に魔物に見つかり襲われてしまうかもし
れないのだ。
運悪く自分の背後に魔物がいようものなら、何も気付かないうちに
殺されてしまうなんて事もあり得る。
だから何よりもまず自分の身を守る物が必要だ。
拳銃が効かないかもしれないダンジョンのボスであっても、いくら
なんでも核より攻撃力は低いだろう。
こうして初めて創造魔法を使うわけだが、あのじいさんと同じよう
に知識やイメージを元に瞬時に創造魔法を発動する術を、ダンジョ
ンに突入した瞬間に理解していた。
創造魔法の使い方についての説明を受ける前にダンジョンに飛ばさ
れてしまったが、ちゃんと授けてくれていたみたいだ。
じいさんと同じ手順で防護壁の創造魔法を発動させながら魔物の姿
を確認していくが、自分の正面にそれらしき物は見当たらず、すぐ
に首を右に後ろに回して探していく。
それでも魔物を見つける事が出来ないと、右後方に向いていた首を
21
即座に前に戻し、左に後ろと確認をしていく。
そうして周囲を見回してわかった事は、俺は満足に腕を伸ばせない
程狭くて薄暗い通路の中にいて、この通路は前方に向かって続いて
いるということだ。
防護壁を創造したとはいえ、逃げ道のないこんな場所で魔物に襲わ
れたらびびって武器を上手く創造出来ないかもしれない。
というか絶対びびって腰を抜かす!だからこその防護壁でもある。
幸い通路上には魔物の姿は見当たらず、20m程先で通路が広がっ
ているように見えるので、そこに広めの空間があり魔物がいるのだ
ろう。
ダンジョンと言う通り、通路が続いてその先にボス部屋があるよう
だ。
すぐに遭遇するわけでないてわかると少し余裕が生まれ、落ち着い
て次の行動に移ることが出来そうだ。
俺と一緒に転移してきたタブレットが、マスター専用モードなるも
のに切り替わってすぐ側の宙に浮いている光景には少しだけ心を乱
されたが、今はそこまで気にしなくて良いだろう。
それよりも武器の創造だ。
この奥にいるのは一体だけとはいえダンジョンのボスだ。武器はい
くつも創造するつもりとはいえ、通用しない可能性がある拳銃では
なく、それよりも強力な武器を創造しておいた方が良いだろう。
機関銃にロケットランチャー、通路上に地雷を設置するのもいいか
もしれない。
22
︵よし、これならなんとか攻略出来そうだ!︶
だが次の瞬間、防護壁に守られて安全な空間にいるはずの自分の腕
に突然冷たい衝撃が加わり、全く予期していなかった事態に驚愕し
てしまう。
︵うわっ!?なんだ!?︶
もしかして防護壁の内側にすでに魔物がいたのかと、死ぬほど焦っ
て刺激を感じた腕に目を向けるが、なんのことはない。
天井から染み出していた水が自重で一滴落ちてきて腕に当たっただ
けである。
︵びっくりして思わず声が出ちゃうところだったじゃないか!こい
つめ!こいつめ!︶
自分の腕についた水を全力で真下に振り払うと、水滴は地面に向か
って飛んで行き、叩きつけられて見えなくなった。
︵ふん!俺を驚かすからこうなるんだ!︶
水に対して無駄に威圧的な態度をとって勝ち誇っているが、ぶっち
ゃけびびりまくりだったので、二度目がないように落下地点から体
を逃がそうとして天井を見上げる。
しかし、そこでふと疑問に思う。
︵防護壁って水は通すもんなのか?︶
23
水や空気なんかの人間に無害な物だけは通してくれる便利な壁なの
だろうか。
しかし、俺がイメージして創造したのは、光以外は何もかも防いで
くれる、とにかく頑丈な壁だったはずだ。
無害な物だけ通す便利な機能を追加した覚えはないし、なにより水
滴は俺をめちゃくちゃびびらせる事になったので無害じゃなくて有
害だろう。なのにそれを通してしまっている。
︵どういうことだ・・・?︶
一つ絶対に考えたくないことがあるのだが、いや、そんな事はない
はずだと、一度その思考を封じ込める。
なにしろ創造魔法の発動手順は間違っていないのだ。
授かった創造魔法の知識は既に習熟された物であって、手順を意識
する必要はないくらいだ。
スマホで聞いている音楽の音量を上げるために、ポケットの中のス
マホに手を伸ばして音量ボタンを押す程度の事だ。
︵だから大丈夫だ!断じて創造出来てないわけじゃない!!!︶
しかし、頭の中でいくら大丈夫だと繰り返しても、心には不安が広
がっていき胸が苦しくなってしまう。
︵大丈夫だ・・・手を伸ばせば壁が創造出来ている事がわかって安
心出来るんだ。だから手を伸ばしても大丈夫だ・・・︶
ところが
24
恐る恐る伸ばしてみた手が触れたのは、創造したはずの透明な防護
壁ではなく、表面にうっすら湿り気を含んだ薄暗いダンジョンの石
壁だった。
﹁・・・・・・・・・・・・・﹂
それに触れた瞬間、世界が凍った。
︵どういうことだよ!?創造出来てないぞ!?︶
もう一度防護壁を創造を試みるが、手を伸ばしても触れるのはやは
りダンジョンの壁で、発動した様子がない一切ない。
もしかして透明だからわからないだけかもしれないと思い、完全な
透明ではなく半透明の壁を創造しようとするが、視界に変化はなく、
見ても触れても防護壁の存在を確認することは出来なかった。
︵まずいまずいまずいまずい!!!︶
このまま創造魔法が発動されないまま魔物に襲われたら、一瞬で殺
されてしまうだろう。
拳銃で撃たれても耐えるかもしれない化物相手に、生身の人間がど
うあがいても勝てるわけがない。
逃げ場がないこの状況では、それでも創造魔法にすがるしかないの
だ。
︵何が何でも発動させないと!もしかしたらあっちの発動手順なら
25
なんとかなるか!?︶
俺が試そうとしているのは、創造魔法のもう一つ別の発動手順だ。
この手順はやたら手間がかかるので、授けられた知識の中でもマイ
ナーな手順として認識されていた。
創造魔法習得者専用にバージョンアップしたタブレットには創造魔
法のアプリが追加されているので、まずはそれを起動させる。
次に画面中央にある空欄に、創造したい物をパッドか音声で入力を
行う。
音声は魔物に気付かれるかもしれないので、画面下部に出ているパ
ッドで入力する。
この時にどれだけ正確な情報を入力出来るかが重要だ。
先程から発動させようとしている魔法も、核にも耐えられる透明な
防護壁と入力しても良いのだが、出来れば型番なんかを入力すれば、
自分の望む物をより正確に創造出来る。
しかし、型番なんか知らないので、核にも耐えられる防護壁と入力
したら、タブレットの画面には創造代価が2500兆円と表示され
てしまった。
丁寧にも、
創造代価が不足していて発動出来ません。
※創造代価残金307771円
との記載が。
︵いや∼、2500兆円なんて払えるわけないよね∼。だから発動
26
出来なかったんだ!納得!︶
うんうんと何度も頷いて現実逃避を続行する。何年働けばその金額
を貯める事が出来るのだろうか。
毎月5万円貯金するとして、1年で60万円。100年で6000
万円。
普通ならとっくに死んでいるが、ここは死後の世界だ。
まだまだいけるぞ!
計算してみるとだいたい42億年働けば貯まる事がわかった!!!
︵・・・じゃねぇよ!?なんで代価がいるんだよ!?んな知識ねえ
ぞ!?︶
授けられた創造魔法発動の知識がじいさんと全く同じ物だったのだ
が、そのじいさんは創造魔法免許皆伝の未開発ダンジョン管理人の
一人で勤続600億年。
創造物の販売や各種依頼の達成、給料などで稼いだ金は計測不能で、
いくら創造しても代価残金が計測不能から数字に復帰する事がなく、
とうの昔に創造魔法に代価が必要な事を意識しなくなって忘れてし
まい、知識として抜けてしまっていた。
しかし実際には創造魔法には代価が必要で、しかも俺が使えるのが
307771円だけだった。
︵こんなはした金で何が創造出来るって言うんだ!?︶
とにかく絶対に必要なのは武器だ。魔物を倒せなければ死ぬしかな
いのだから。
︵この金額でも創造出来る中で一番強い武器はなんだ!?︶
27
30万円でも買えそうな武器をいくつか入力していくが、一番欲し
かった機関銃は90万円と表示されて創造不可。
ロケットランチャーも45万円、サブマシンガンも60万円と表示
され、魔物にも通用しそうな武器が何一つ創造出来ない。
さらに武器のランクを下げていき、拳銃と入力して初めて30万円
以下の6万円と表示されるも、効かない可能性が高いので創造に踏
み切れない。
少しずつ意識し始めた死への恐怖で、まともな判断が出来なくなっ
て来たのか、飛び道具を止めて日本刀と入力してみて178万円。
意外と高い。
もう半ばやけになって入力した包丁は8200円とこれも結構な値
段だった。俺の家の包丁は1980円で買った物だが、それよりも
もっと切れ味が良いのだろうか。
まぁ、いくら切れ味が良いと言ってもただの包丁で魔物に勝てるわ
けがないが。
︵何を創造したら良いんだ・・・魔物に効果がないかもしれない拳
銃を創造するしかないのか・・・?︶
創造魔法には代価が必要だと裏切られ、迫る死への恐怖で思考が止
まりそうになるが、もしここで俺が諦めて魔物に殺されてしまうと、
イリアも消滅を選んで死ぬことになってしまう。
それだけはなんとしても避けなければならない!
他に何か方法があるはずだろ!?と、必死になって生き残りの道を
模索し始めた。
28
代価250円の攻撃手段
︵拳銃以外に何かないか!?︶
自己資金の307771円以内で創造出来る武器で、拳銃よりも強
力なものは何かと必死に探すと、手榴弾はどうだろうと思い当る。
タブレットの創造魔法のアプリに入力してみると、代価は4000
円と分かり、76発分創造出来る計算だ。
拳銃よりはるかに威力は高そうだが、問題は化物が大人しく当たっ
てくれるかどうかだ。
拳銃の弾丸と違い、手榴弾は遮蔽物に身を隠すか距離を取るか投げ
返すかすれば生身の人間でも対処出来る。
信管を抜いて何秒すれば爆発するかわからないので、ぎりぎりまで
待ってから投げるなんて事も出来ない。
魔物は相当なお馬鹿さんで、転がって来た手榴弾を拾って抱き抱え
てくれるなんて事があれば嬉しいが、そんな妄想に命を懸ける事は
出来ない。
︵そもそも、いくら破壊力があると言っても体の近くで爆発する程
度じゃ魔物にはダメージがないんじゃ・・・︶
爆竹だって手に握った状態で破裂すれば指が千切れ飛ぶ事もありえ
るが、手のひらの上で破裂しただけでは火傷をして終わりだ。
︵でっかいハンバーグの中に仕込んで食わせるか?いや、信管をい
つ抜くんだ・・・そもそも食うかわかんないし・・・︶
29
体内で爆発すればいくらなんでも倒せるだろうとは思うが、その体
内で爆発させるというのがどうやっても出来そうにない。
︵待てよ・・・?魔物の体内に直接創造魔法を発動させる事が・・・
出来るぞ!?︶
与えられた創造魔法の知識では、任意の場所で発動させることが出
来るとある。
しかし、創造魔法には代価が必要だという知識が抜けていたように、
任意の場所で発動させるにもまた何か代価が必要なのかもしれない。
代価が必要かどうかを確認するために、タブレットに創造したい物
を打ち込んでみる。
魔物の体内で爆発する手榴弾、と。
すると今度は代価ではなく、以下のような注意書きが表示された。
※支配下にない空間では手の届く範囲でしか創造魔法の発動は出来
ません。
︵あのくそじじい!!!適当な知識授けてんじゃねえよ!!!︶
代価は必要だわ発動範囲は制限あるわで与えられた知識が全く役に
立たず、もう本当に今すぐあのフロアに戻ってじじいの首を絞めて
やりたいと強い怒りがこみ上げてくる。
︵これで死んだら絶対に化けて出てやる!︶
とは言うものの自分はすでに死んでいて、その結果この世界に出て
来たので今が化けて出ている状態なのはわかってはいるが、まぁ気
分の問題だ。
30
︵でもどうする!?爆発3秒前の手榴弾ならちゃんと創造出来るか
!?︶
もしこれが創造出来れば魔物に当たる瞬間くらいに爆発してくれる
かもしれない。
やはり知識では創造出来るとなっているのだが、もう信用ならない。
出来るかどうかを確認するために入力すると、代価4000円の文
字が。ただ単に手榴弾を創造する時と代価が変わらなかった。
︵これならいけるか!?︶
あの部屋の手前まで近づいて魔物の位置を確認した後、爆発3秒前
の手榴弾を創造しては投げつけ、創造しては投げつけを繰り返せば
倒せるかもしれない。
︵あとは手榴弾なら通用するという可能性に命を託すかどうかだが・
・・それに爆発3秒前より2秒前の方が良いかどうか・・・待てよ
?爆発までの時間が選べるってことは・・・!?︶
手榴弾の爆発までの時間をどうしようかとも考え始めたところで、
ある閃きが生まれる。
爆発までの時間という、創造物の状態までも好きに選べるというの
なら、手榴弾よりもっと強力な武器を創造出来るかもしれない。
つまりはこういうことだ!
︵発射されたばかりでまっすぐ飛んで行く戦車の主砲弾!!!︶
そうタブレットに入力すると、代価55万円との表示が。
31
自己資金を越えていたため創造は出来ないが、それでも本来は数億
円する戦車とその乗組員を用意しなくても、55万円だけで主砲弾
が放てるとわかっただけでも相当な価値がある。
︵ならば発射されたばかりでまっすぐ飛んで行く機関銃弾だ!!!︶
今度は代価が250円と表示されたのを見た瞬間、思わず歓喜の声
を上げそうになった。
︵いけるぞ!!!90万円の本体を必要とせずに弾丸を放てるんだ
!!!それにこれなら俺が狙って撃つ必要もないかもしれない!!
!︶
そうしてタブレットへ入力されていた、まっすぐ飛んで行くの前に
文字を追加し、魔物に向かってまっすぐ飛んで行くに変更する。
それでも代価は変わらず250円が表示されていた。
出来れば、壁を突き抜けて魔物に命中するや、障害物は避けて魔物
だけに命中すると付け加えたかったが、それは250円のままでは
創造出来ず、通路を進み、魔物を視認して銃弾を創造する事になっ
た。
魔物がいる部屋まで近づくのは恐ろしくて足が震えるが、このダン
ジョンに突入して幾らかの時間が経過しても俺が襲われていないと
いう事は、部屋の中に入るまで襲って来ないというボスらしい設定
でもあるのかもしれない。
部屋の直前の壁際まで進み、そこから部屋の中の様子を探る。魔物
の姿を確認した後、機関銃弾を連続で創造して一気に仕留める。
32
︵これなら十分に勝機はあるはずだ!︶
頭の中でやるべきことを思い描き、それが戦闘経験のない自分でも
十分に達成可能だと信じる事が出来た俺は、一度深呼吸して覚悟を
決めた後、足音を立てないように慎重に通路の奥に広がる部屋へと
近づいていった。
33
ダンジョンLv6の魔物。死闘の果てに
うす暗い通路を進み始めた俺は、突然魔物が襲って来てもすぐに反
撃出来るように、銃弾の創造はタブレット経由ではなくイメージで
即座に創造するショートカットの方法を取る。
根本的にショートカットが使えない可能性は手鏡を出して創造して
みたことで回避されている。
よく映画の主人公が敵を探るときに使うのと同じように、俺もこの
手鏡を使って部屋の中の様子を探るつもりだ。
なんとか魔物に襲われることなく部屋の直前まで辿り着き、震える
手が手鏡を落としてしまわないように慎重にかざして中の様子を探
ってみる。
部屋は通路の左側だけに広がっているようで、4m程の部屋幅が奥
に行くにつれて狭くなっていき、その一番奥30m程先の地点に、
うす暗い空間の中で座り込んで何かの作業をしている魔物の姿を見
つけた。
︵あいつが魔物か!!!︶
魔物の姿を見た瞬間、元々速くなっていた心臓の鼓動が一気に跳ね
上がる。
魔物は割と人間に近い姿をしていたが、全身緑の肌からは人間のよ
うな柔らかさは感じられず、大きな口から生えているいくつものす
るどく尖った牙と、うす暗い空間の中でもよく目立つ黄色く細い眼
が捕食者である事を連想させる。
34
しかし、ゲームに出てくる雑魚キャラのゴブリンとも思える魔物の
姿からは、捕食者であっても拳銃も効かないような化物には思えな
い。
︵もしかしたら案外あっさり片付くのかもしれない!
それならそれで大歓迎だが、さっきからあいつは何をしてるんだ・・
・?︶
魔物が何か黙々と作業をしていて隙だらけなので、今のうちに弾丸
をぶち込み始めればいいのだが、なぜか魔物の行為が気になって仕
方ない。
魔物は床に転がるサンドバックのような物に手をつっこんでは何か
赤い物を掴んで口元に持っていき、口を開いてかぶりついているよ
うだった。
まるでサンドバックの中に入っているリンゴを手で掴んで食べてい
る様である。
︵魔物も食べ物がなければ生きていけないのかな?それにしても食
べ方が汚いな・・・汁こぼし過ぎだろ!︶
魔物がリンゴを口に頬張る度に鋭い爪の生えた指の隙間からは大量
の汁が零れ出してしまっている。
力が強過ぎて潰してしまっているのだろうか?
︵しかし一体どこから調達してきたんだ?このダンジョンはこれ以
上空間は広がっていないはずだけど︶
やはり気になるが、魔物を倒してからダンジョンを捜索してみれば
35
良いかと思い、観察を止めて攻撃に移ろうとする。
奴が油断しているうちに先制攻撃を仕掛けないと、俺もあんな風に
食べられて仕舞いかねない。
︵あんな風に食べられて・・・?あれ?︶
あそこに転がっているサンドバックに自分の姿が一瞬ダブり、なに
やら嫌な予感がし出す。
魔物が食べているのは本当にりんごなのだろうか?あの床に転がる
横長の物体は本当にサンドバックなのだろうか?
︵まさかアレは・・・︶
そこに考えが至りそうになると、全身から冷や汗が噴き出し、攻撃
に移ろうとしていた体が急停止してしまう。
ダンジョンには二人で入れないから、ここにいる人間は当然俺一人
だけのはずだ。
しかし、俺がダンジョンに突入する直前にじじいが言っていたボス
の隙という言葉が今更ながら蘇る。
そしてこうも言っていた、二人続けて六畳間の挑戦者だと。
それなら前の挑戦者はどこに行った?
自分も同じ結末を迎えたくないから考えないようにしていたが、挑
戦するも魔物に負けてしまっていたとしたら?
負けたら即消滅かと思っていたが、喰われるだけの時間があるのだ
としたら?
パンを耳の部分から食べていくように、手や足や頭など出っ張った
部分を先に食べていく嗜好があの魔物にあったとしたら?
36
あの横たわる細長い物体は人間の胴体で、その中に手をつっこんで
はらわたを掴み、血を滴らせながら口に運んで頬張っているのだと
したら・・・
目の前の現実を正しく認識してしまい、自分の腹が抉られているよ
うな気持ち悪さを感じて吐き気がこみ上げてきて、思わず声を上げ
て嘔吐しそうになる。
︵耐えろ!!!ここで気付かれたら俺もああなるぞ!︶
両手で喉をきつく押さえつけ、出そうになった声と吐しゃ物を必死
に封じ込める。
呼吸も止めていたので苦しさに涙が浮かぶが、なんとか音を出さず
に済んだ。
手に持っていた手鏡は瞬時に創造魔法アプリの中の収納スペースに
移して保管している。
創造物は収納スペースに納めて保管しておくことが出来るのだ。
再び取りだす事も出来るので、手鏡を取りだし、魔物はまだ俺に気
づいていない事を確認する。
再び魔物が人間の中身を喰らっている姿を目にしてしまうが、歯を
食いしばって吐き気も恐怖も抑え込む。
︵俺はあんな風にはならないぞ!!!︶
そう自分を奮い立たせて通路から魔物のいる空間へと飛び出し、機
関銃弾の創造を開始する。
37
銃弾は創造した段階ですでに発射済みの物なので、発射する時の大
きな音に驚かされたり、煙硝で前が見えにくくなったり、散らばる
空の薬きょうが体に触れて火傷してしまうなんてことは一切なかっ
た。
僅かに空気を切る音がしたかと思った次の瞬間には、魔物の額から
血が噴き出し、悲痛な叫び声が空間に響き渡る。
︵良し!効いてるぞ!!!︶
叫び声が聞こえるということは、効いている証拠でもあるが、死ん
でいないという証拠でもある。
しかし元々一撃で終わるとは思ってはいなかったので、初撃からず
っと連射を続けている。
秒間2発と、速いのか遅いのか良くわからない連射スピードだが、
魔物の血は噴き出し続け、体も少しずつ破損して飛び散っているよ
うに見える。
叫び声も変わらず悲痛だが、声量が落ちていかないので、効いてい
るのか少しだけ不安になる。
すでに数十発もの銃弾をその身に受けているはずなのだが。
︵これだけくらってもまだ生きてるのか!?︶
それならばと、どの生物にもある共通の弱点を狙う事にした。
本来はピンポイントで狙うのは難しいのだが、創造魔法なら造作も
ない。
︵発射されたばかりで魔物の右目に向けてまっすぐ飛んで行く機関
銃弾だ!!!︶
38
飛ぶ方向をそう変更すると、即座に魔物の右目は銃弾が当たって吹
き飛び、すぐに左目に狙いを変えてそれも吹き飛ばす。
人体と同じ構造ならば目の奥には骨がなく、簡単に頭の中まで銃弾
が届くはずだ。
いくら魔物でも、脳をやられては生きてはいけないはずだ。
しかし、そのまま左目を狙って銃弾を創造し続けるが、魔物の血と
叫び声は止まらない。
︵おいおいおい!?なんで死なない!?ってか、どれだけ血が出て
くるんだよ!?︶
溢れだす血が、俺と魔物の距離30mのうちの半分以上の床を既に
満たしている。
自分と変わらない体格のどこにそんな大量の血が存在しているのだ
ろうか。
しかし次の瞬間、もう存在しないはずの黄色く細い目に睨まれ、恐
怖で一歩後ろに身を引いてしまう。
︵なんで右目が!?銃弾で吹き飛ばしただろ!?︶
それだけじゃない。狙われているのが左目だと気付いたらしく、手
で射線を遮ってこちらに向かって近づいてこようとする。
もちろん遮った瞬間には銃弾に手が撃ち抜かれ、再び目に着弾した
り、手の他の部分に当たって連続して発生する痛みで歩みは遅いが、
少しずつこちらに近づいてきている。
︵くっそー!!!それなら足だ!!!︶
39
右足に左足と撃ち抜いて行くと床に倒れ込み、頭に銃弾を受けなが
らも這って近づいて来ようとする。
︵なんなんだよ!?どうすりゃ死ぬんだよ!?︶
機関銃弾で殺せないのならもっと別の武器に変更したくなるが、こ
れ以上の武器は思いつかなかったし、今から新しく考える余裕など
ない。
少しずつ自分の死が迫って来るのを目にして、恐怖に涙を流しなが
らも必死に銃弾を創造し続けるが、魔物は銃弾を受け頭から血を、
中身を撒き散らしながらも這いながら前進を続けて来ており、すで
に距離が半分まで詰まっている。
すでに200発以上の銃弾を受けているはずだが、どんなに血を流
しても、どんなに中身を撒き散らしても死なずに近づいてくる化物
に、どうやっても勝てる気がせず、遂には心が折れて創造するのを
止めてしまう。
銃弾が止むと魔物は這うのを止めて、撃ち抜かれたはずの足でその
場に立ってみせ、するどい両目で俺を睨んで来た。
︵なんだよ・・・全部再生してるってか・・・︶
散々撃ち砕かれたはずの頭部も元に戻っており、五体満足に復活し
た体で飛びかかられて、そのまま喰われて死ぬのかもしれない。
諦めたくはないがこんな化物相手では何をどうやっても勝てないだ
ろう。
40
︵イリア・・・ごめんな・・・︶
自分の人生が終わってしまう事に、イリアの人生も終わりになって
しまう事に、あまりにも深い悲しみと悔しさがこみ上げてきて涙が
溢れ出す。
死が一歩、また一歩と近づいて来る度に、せめてイリアと一緒に消
滅したかったとか、喰われて死ぬくらいなら自分に向けて銃弾を創
造して死んだ方が良いんじゃとか、あれこれ考えてしまう。
最後には何か美味しい物でも創造して食べてから死のうかと下らな
い事まで考えてしまうが、そんな時間があるわけがない。
︵・・・ん?でもなんでこんなに考える時間があるんだ?死ぬ間際
の走馬灯・・・ではなさそうだけど・・・?︶
どういうことか不思議に思って近づいてくる化物の姿を確認すると、
その化物との距離はまだ5mくらいは残っていた。
︵なんですぐ襲って来ない?もしかして・・・ちゃんとダメージを
受けてて!?︶
希望を見つけた俺の瞳に生きようとする力が戻ると、化物もそれを
感じ取ったのか残された力を振り絞って一気に襲いかかって来る。
当然俺の創造する銃弾の方が速く相手に到達するが、化物の体を撃
ち抜いただけではその接近を止めることはできず、2発撃ち抜いた
所で両者の距離が1mを切る。
︵このままじゃ殺られる!!!︶
41
魔物のするどい爪が迫る。通路に飛んで避けようとしても避けられ
ないだろう。
元々の身体能力が違い過ぎる。
迫る手を銃弾で撃ち抜きたいが、たったいま銃弾を創造したばかり
だ。
次の一発は0,5秒待たなければ創造出来ない。
それだけの時間があれば俺は魔物の爪によって簡単に引き裂かれて
しまっているだろう。
でもなぜ0,5秒も必要なのだろうか。
それが創造魔法に必要なインターバルだからか?いや、違う。
創造している銃弾を発射する機関銃が秒間2発しか創造出来ないか
らだ。
それなら別の機関銃の銃弾を創造すれば?
いや、銃弾の種類が他にわからない。機関銃から創造するにもそれ
だけの代価は持ってないんだ。
それならば残された道はただ一つ。
︵一度に創造する銃弾の数を100に増やすんだ!!!︶
﹁いっけええええええっ!!!﹂
瞬時に俺の周囲から99の銃弾が魔物の全身に向かって発射され、
俺に触れる瞬間まで迫っていた魔物の体が奥の壁に向けて吹っ飛ん
で行く。
42
0,5秒後には100の銃弾が宙を飛ぶ魔物に追い打ちをかけ、そ
の0,5秒後にも追い打ちを、その更に0,5秒後に創造された銃
弾は魔物を壁に叩き付ける。
魔物は叫び声を上げることなく床に崩れ落ち、血も噴き出す事はな
くなりただ流れ出ているだけに思えたが、この2,5秒後に最後の
代価を使いきって創造された100の銃弾が魔物をばらばらにする
まで、攻撃の手を緩めようとはしなかった。
3秒後の100発同時の創造は代価が不足していて発動しなかった
が、十分ダメージは与えたはずだと信じ、単発に戻してばらばらに
散った魔物の破片に動きがないか警戒する。
代価残金は11791円。単発だと残り47発だ。
これでもし再生でもされたら今度こそ本当にダメかもしれないが、
ばらばらになった魔物の破片が再生することはなく、しばらくして
突然魔物の破片が消滅した。
消滅したのは魔物の破片だけでなく、視界に見えるものが全て消え
去り、気付いた瞬間には俺は別の空間に飛ばされていた。
そこは床も壁も天井も全て闇で囲まれた六畳間の空間が存在してい
るだけで、先程のダンジョンと同じ程度のうす暗い明かりが空間の
中を照らしていた。
空間よりも明るいタブレットが俺の傍に浮いており、その画面には
ダンジョン攻略の文字が表示されていた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
43
ダンジョンLv6を攻略しました。
六畳間の空間を獲得。
魔物討伐報酬600万円を獲得。
マスター専用アプリに空間管理アプリ、入居管理アプリ、魔物図鑑
アプリ、ダンジョンサーチアプリが追加されます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
タブレットの文字を見て無事にダンジョンを攻略出来たことがわか
ると、嬉しさのあまり、腹の底から大きく雄たけびを上げた。
﹁うおおおおおおおおおおおおお!!!生き残ったああああああ!
!!﹂
44
再会祝いで明らかになる、イリアの本当の実力!?
無事にダンジョンを攻略して歓喜の雄たけびをあげた俺は、この喜
びをイリアと分かち合いたくてすぐに入居管理アプリを起動した。
このアプリは入居済みの人物の情報を閲覧したり、新規入居者募集
の条件を設定したり出来る。
さっそく新規入居者募集の設定を、地球生まれの雪白イリア限定、
入居費用は0円と設定し、該当者に入居可能通知を送るボタンを押
す。
するとすぐに入居申請の通知が届き、承諾してイリアを迎え入れた。
ダンジョンに突入してからまだ大して時間は経っていないはずだが、
何日かぶりに会った様に懐かしく感じ、何より生き残れた嬉しさが
あまりにも大きかったので、抱き締めて喜びを分かち合いたいと思
い、イリアに近づいていく。
しかし、イリアはそんな俺よりもずっと再会を嬉しく感じ、そして
待っている間が不安で不安で堪らなかったようで、俺の姿を見るな
り飛びつくように抱きついてきた。
﹁うお!?なんだイリア、そんなに心配だったのか?﹂
イリアは返事をする余裕もないのか、俺の胸に顔を埋めたまま嗚咽
を漏らし始め、そんな妹の頭を優しく撫でながらしばらく時が過ぎ
る。
30分程過ぎただろうか、イリアの涙もとうに止まっているはずだ
45
が、それでも抱きついたまま離れようとはせず、さすがにちょっと
恥ずかしくなってきた。
︵なんでくっついたままなんだ・・・?もしかして離れて泣いた跡
を見られるのが恥ずかしいから抱き付いたままだったりして?︶
それならそうと、恥ずかしさがなくなるようにふざけた雰囲気に変
えてやろうと思い、イリアの柔らかいほっぺを摘まんで色んな方向
に引っ張って遊んでみる。
﹁にいひゃん、なにひゅるの﹂
﹁んー、イリアのほっぺって柔らかいよなぁ。これだけ近くにある
と、つい遊んじゃいそうになるよな!﹂
さすがに反応せざるを得なくなったイリアが声を発し、ようやく俺
から離れていく。
見るとやはり目は真っ赤で、涙の流れた跡がかなりはっきりと残っ
ていた。
涙の跡を拭いてやろうと思い、お店で出てくる温かいお絞りを手の
ひらの上に創造すると、わっ!?なになに!?と思いっきりびっく
りされた。
お絞りで優しく当てて拭き始めるとイリアは大人しくなり、跡が消
えた後、ようやく落ち着いて向かい合う事が出来た。
﹁イリア、ただいま・・・?でもこの場所に呼んだんだからいらっ
しゃいなのかな?﹂
﹁うーん・・・どっちかしら?でもこうしてまた無事に再会出来て
本当に良かったわ﹂
46
そう嬉しさを口にしたイリアは、もう一度抱きついて来そうな素振
りを見せたが、さすがに落ち着いた状態では恥ずかしいのか、今回
は踏み留まる。
﹁兄さん、ここが私達の新しい家なの?﹂
﹁そうだ!ちょっと狭いけど、なんでも好きな物を創れるから、面
白い空間に出来るかもしれないぞ!﹂
﹁でもこの場所を手に入れる為に、恐ろしい魔物と戦ってくれたん
でしょ?怖くなかった・・・?﹂
﹁全然!﹂
﹁嘘ばっかり!私を見た瞬間、兄さん抱き締めて来ようとしたでし
ょ?いつも通りの兄さんなら、自分から抱き締めて来ようとするは
ずないもの!﹂
怖くなかったかと聞いてくれた時は心配する素振りを見せてくれた
のに、俺が虚勢を張った直後には、俺の弱みを握ったかのようにい
たずらっ子の表情に変わるイリア。
︵なんだよ!?奇跡の生還なんだからそれくらい別にいいだろ!?
ってか、自分が抱きつくまでの一瞬の間に、そこまで観察出来てた
のかよ!?︶
﹁まぁなんだ!確かにちょっと怖かったけどこうして無事に戻って
来れたんだ!それにこれから色んな物を創造してびっくりさせてや
るぞ!﹂
︵よし!リカバリーはこれで十分だろ!基本純粋っ子なイリアは創
造魔法でいくらでも気を逸らせるはずだ!!!︶
47
﹁さっきのおしぼりみたいに?﹂
︵なんだ!?今日はやけに挑発的だな!?︶
﹁ぐっ!今度はもっとすごい物だって!﹂
︵というか、お前はそのお絞りで心底驚いてただろうが!!!︶
﹁今に見ておれ!!!はあああああああああああああああああああ
ああ!!!!﹂
無駄に長い時間気合いを入れ続けて創造した結果、空間の中央に直
径60?の丸い折り畳み式の木製テーブルが1つ出現した!!!
﹁・・・兄さん?いくら私でももうちょっとすごい物を期待してい
たのに﹂
﹁何を言うか!これからすごい物を創造するためにもまずは何が必
要か話し合わなねばならん!スペースは有効に使わねばなるまい!﹂
﹁それは・・・確かにそうね﹂
空間は6畳間しかないので、余分な物を創造して置いておく余裕は
ない。
創造物はアプリの中に収納出来るが、常に出し入れするわけにもい
かない。
なのでこのテーブルも折り畳み式で小さく仕舞えるようにしてある。
そのテーブルの上に紙と鉛筆と御茶のペットボトルを2本、そして
クッションも2つ創造してその上にどかっと座り込む。
﹁はっはっはっ!そうだろそうだろ?さぁイリア君、そっちに座り
48
たまえ!作戦会議だ!﹂
﹁それにしても一体何のキャラなのかしら・・・﹂
イリアはそう呟きながら、俺の反対側に創造されたクッションの上
に座るが、俺は何も答えようとはせずに作戦会議に進もうとする。
テーブルを出した時、本当はもっとかっこよくてすごい物を創造し
ようとしたが、何を創造すれば良いかわからず、そのまま引っ込み
がつかなくなっただけなのだが、そんなことカッコ悪くて言えるは
ずもない。
﹁まずはこの空間を部屋っぽくしようと思うんだが、床、壁、天井
の材質や色で希望はあるかね?﹂
﹁そうね、床はフローリングで壁と天井は白い壁紙で良いんじゃな
いかしら?﹂
ふむふむと、用意した紙に要望を書き込んで行く。部屋の立体見取
り図も描こうとしたが、俺の美術の成績はずっと2だったので、あ
まりのど下手くそでイリアに紙と鉛筆を取られてしまう。
ちなみにイリアは美術の成績は5。というかどの科目でも3以下な
ど取った事がない。
この万能っ子め!!!
﹁・・・では次は絶対に必要な設備の確認だ。ベッドや風呂、トイ
レは必須だと思うんだが、どうだね?﹂
﹁それは必ず必要ね・・・あとは照明も欲しいわ。キッチンはなく
ても良いの?﹂
﹁照明なら心配はいらん!俺様の力で空間を明るくしてやる!キッ
チンについても問題なしじゃ!﹂
49
慣れないキャラ作りにブレが出始めて来た俺は、新しく追加された
空間管理アプリで空間の明るさを電球100wくらいまでまで上げ、
次にキッチンが必要ないことを証明するために実際に食べ物を創造
してやろうとするが、そこでようやく昨日の夜から何も食べていな
い事を思い出す。
﹁イリア君、君もお腹が空いているだろう?何か食べたいものはあ
るかね?﹂
﹁そうね・・・無事に再会出来たのだからお祝いで食べるような物
がいいかしら?あっ、昨日の夜食べた物以外で﹂
︵今後焼き肉は禁句&禁止になりそうだな。まぁ仕方ないか。肉料
理は他にいくらでもあるし。でも昨日肉をたらふく食べたから、魚
にするか?︶
﹁それなら寿司はどうだ!しかも特上だ!﹂
﹁そんな・・・贅沢よ!兄さんが初ボーナスの時に銀座の回らない
御寿司屋さんに連れて行ってくれたけど、あの時のお会計3万円越
えてたんでしょ!?﹂
︵あれ!?俺は出前寿司の特上のつもりだったんだけど、イリアさ
んそっち行っちゃったー!?︶
創造魔法に代価が必要な事はまだ話していないのだが、それでも金
額を気にしてくれる優しいイリア。なんとか出前の方に誘導出来な
いかと方法を模索するが・・・
﹁今の私は未だかつてない程、とてもとてもお腹が空いているのよ
!?きっとあのお店の御寿司を全て食べ尽くしてしまうわ!!!﹂
50
︵・・・食べ尽くすってどんだけ食うんだよ!!!ってか、今のお
腹空き過ぎ宣言もさっきの金額の心配も、全て食べたいがためのア
ピールじゃないですよね!?そこどうなんですかイリアさん!?︶
ちゃっかりイリアにごっそり金を持っていかれそうだが、まぁ魔物
を倒して600万円の収入があったし、今日くらいは良いんだろう
か。
しかしあの店の御寿司は最低でも一貫1050円。大トロなんか一
貫3150円もするのだ。
イリアがどれだけ食べるつもりか知らないがさすがに財布が心配な
ので、あのお店にうどんや丼物はなかったかと必死に思い出そうと
する。
しかし、存在しないメニューなのでいくら考えても思い出す事はな
かった。
それどころかイリアが威勢良く、﹁大将!大トロ二貫お願いします
!﹂と俺に注文して来た。
︵いきなり大トロでしかも二貫かよ!!!というか、俺まだ了承し
てねえのにいいいいい!?︶
しかし、この状況ではもうどこにも逃げ道は残されていないだろう。
あの魔物の迫る爪を避ける方がまだ簡単だったかもしれない。
イリアの注文に対し、﹁あいよ!大トロ二貫ね!﹂と、遂には返事
を返してしまい、寿司の食べ放題大会の幕が開けた。
いっそのこと大トロの連続注文で、脂をたっぷり摂取して早々に満
51
腹感を覚えてくれればとそんな淡い期待もしたが、イリアは俺の予
想をはるかに越える強敵だった。
大トロ二貫の次は赤身、漬け、赤身、ねぎとろ、赤身、中トロ、赤
身、炙りサーモン、赤身・・・と常に赤身を挟みながら、全体的に
脂の接種は抑えてながら注文していく。
﹁あんたどんだけ赤身好きやねん!?﹂
俺のつっこみも華麗スルーし、留まる事を知らないイリアの魔の手
は、生み出される生贄達を次々に掴んでは喰らい掴んでは喰らって
いき、﹁もう良いわ、ありがとう。大将良い腕してるわね﹂
その言葉を聞くまでに一体どれほどの犠牲を払ったのだろうか。
タブレットで創造履歴を確認しようと思った所で再びイリアの注文
が。
﹁パティシエさん!銀座カフェリーナのチョコレートパフェ一つく
ださい!﹂
︵もう止めて!食べる量が多すぎて見ててしんどいし!財布も寂し
いし!俺の心が二つの意味で折れちゃう!︶
俺の心の叫びは届かず、ペロリとあっさりパフェを完食したところ
でようやく戦いの幕が閉じられた。その細い体でなぜここまで食べ
れるのだろうか。
以下イリア個人戦績
大トロ8貫24000円
中トロ6貫12000円
52
赤身30貫30000円
漬け2貫2000円
ねぎとろ3貫3000円
トロサーモン1貫1000円
炙りサーモン1貫1000円
鰻1貫2000円
ぶり2貫2000円
甘鯛2貫6000円
アワビ1貫3000円
甘エビ2貫2000円
しゃこ1貫2000円
ウニ1貫2000円
いくら1貫1000円
チョコレートパフェ1つ1600円
寿司62貫とパフェ1つ
合計金額124600円。
俺の食べた寿司30貫と合わせて17万円オーバー。あの時は3万
ちょっとで済んだのに、イリアの本当の実力が発揮された今回はあ
まりにも恐ろしい金額になってしまい、思わず気を失いそうになる。
創造魔法の代価に、消費税の5%がかかっていなかったのがせめて
もの救いだった。
53
お風呂の壁は透明なガラスにしませんか!
寿司の食べ放題大会の幕が閉じた後、満腹感に眠気が少しずつ生じ
始めてしまうが、まだベッドの創造も出来ていない状態なので、眠
気を抑え込んでこの空間の創造の仕方についてイリアと話を煮詰め
ていく。
﹁最低限必要なのはベッド、風呂、トイレの3つで良いか?﹂
﹁このお寿司を食べたお皿とか洗う場所はどうするの?﹂
︵お皿も創造物だから収納は出来るけど、イリアも自由に何か食べ
たい時もあるだろうし・・・あ!そうすると冷蔵庫も必須か︶
﹁洗う場所がお風呂場だと抵抗あるか?キッチンまで創っちゃうと
相当狭くなるだろ﹂
﹁排水溝が詰まったりしないかしら?﹂
︵そう言えば排水溝ってどうなるんだ!?トイレだってどこに水が
流れていくんだ!?︶
もしこの空間内に留まるのだとしたら・・・それ専用の場所が必要
になるが、そんなスペースの余裕はない。
水は収納出来ると言えば出来るが、排泄物はどうなるんだろうか。
ちょっと実験してみよう。
︵・・・実験と言っても排泄物の方の実験じゃないぞ!?排水溝を
創造設置して水を流してみてどうなるのかの実験だ!︶
ちょっと実験してみると言ってイリアを伴って部屋の隅に行き、排
54
水溝を創造設置してみる。
空になった御茶のペットボトルの中に水を創造し、その水を排水溝
に流してみると、流した水は音なく消えていった。
﹁うお!?なんだこれ!?すげーな・・・﹂
イリアもやってみたいと言うので水を創造して渡してやると、同じ
ように音もなく消えていく。
これなら残飯ごと流しても詰まらなさそうだ。
臭いの心配もない。
これでお皿の洗い場も御風呂場に決まり、お風呂場の設置もトイレ
の設置も問題なさそうだとわかったので、排水溝を収納してテーブ
ルに戻る。
﹁あとは冷蔵庫も欲しいよな。イリアも好きな時に飲んだり食べた
り出来るように、いくつか食品を入れておこうかと思うんだけど﹂
﹁ご飯は一緒に食べたいから飲み物とお菓子だけでいいわ。紅茶と
牛乳とカルプスと、ポッキイとパイの実りとキットガットと蒟蒻田
んぼとプリンとワッフルとシュークリームとハーゲンダッヅのいち
ご味とチョコクッキー味だけでいいわ﹂
そう言って自分の選んだラインナップにうんうんと満足げに頷くイ
リア。
︵・・・相変わらずめっちゃ食うよな。その割に全然太らないし。
遠慮がないのは良いけどさ、俺のいない所ではどうなんだろうな?︶
ふと中学時代、高校時代の事を思い出してみるが、学内で見かけた
イリアはいつも大人しそうで澄ました顔をしていた。
55
俺とイリアは学年が2つ違えどもそのルックスの高さからイリアの
噂は嫌でも耳に入って来て、男子生徒の半数は清楚で大人しいイリ
アに恋焦がれていたらしい。
︵うーん、清楚で大人しいねぇ・・・︶
イリアが中学生の時に三者面談があり、俺が親代わりとして出しゃ
ばって無理矢理出席したことがあるが、イリアの学校での生活態度
は真面目で大人しいと担任の先生も言っていた。
︵でも完全な猫かぶりだよな。実際に猫好きだし︶
後で猫のぬいぐるみでも創造してやるかと考えながら、過去の思い
出を頭の隅に仕舞いこむ。
﹁それじゃ、もうちょっと詳しく決めていこう。風呂とトイレはユ
ニットバス形式でいいか?そこに洗面台もつけて。6畳しかないか
らセパレートにするとそれだけで半分くらいスペースなくなっちゃ
いそうだし﹂
﹁それでいいわ。洗面台の鏡は曇らないやつにしてね﹂
﹁了解﹂
もう一本創造した鉛筆で見取り図の隅の2畳ほどのスペースに浴槽、
洗面台、便器の順に記載していき、注意書きで洗面台の所には曇り
止めの鏡、浴槽の所にはシャワーはレバーで簡単に温度を変えられ
る物と書き加えていく。
書いてみて気付くが、この正方形の六畳間ではどこにユニットバス
56
を設置してもデッドスペースが生まれそうだ。
こままではスペースが勿体ないので空間管理アプリで部屋の形を長
方形に変える。
突然空間の形が変わりイリアもびっくりするが︵俺もびびった!︶、
これなら奥2畳にユニットバスを設置すればより有効にスペースを
利用出来、まだ4畳ほど残りそうだ。
しかし、4畳だけの部屋に2人となると、さすがに圧迫感があるか
もしれない。
どうにかして圧迫感を減らしたいと考えると、ある方法を思いつい
たのでイリアに提案してみる。
﹁なぁ、お風呂の壁だけどさ、木とかコンクリートとかじゃなくて、
透明なガラスにしないか?﹂
透明で奥が見渡せれば圧迫感が減ると思っての提案だったのだが、
イリアは別の意味でとらえてしまったようで、さささっと後ずさっ
て体を隠すようにクッションをぎゅっと抱き抱えた。
﹁兄さん!?いくら血が繋がってなくて義理の兄妹でもないからと
言っても、それはダメよ!だってここには世間の目が・・・ないわ
!?どうしましょう!?﹂
﹁なにがどうしましょうだ!?ちげーよ!!!壁で囲うと圧迫感が
あるから透明にして奥が見えるようにしたいんだよ!当然カーテン
もつけるに決まってるだろうが!!!ちょっと考えればわかるだろ
!?﹂
﹁だって兄さんのパソコンの中に、義理の妹シリーズとかハーフ系
美少女とか・・・そんなのがいっぱいあったから・・・﹂
57
それを聞いた瞬間世界が終った気がした。
︵逮捕!?告発されて社会から抹殺!?でも違うんだ。たまたまパ
ッケージの子が俺の好みだっただけなんだ。別にそんなシチュエー
ションに憧れてるわけじゃない!!!︶
裁判を起こせば晴の負けは確実だろうが、それでもプライバシーの
侵害だと訴えれば多少は罪が軽減されるかもしれない。というかそ
もそもイリアが見られるはずがないのだが!?
﹁なぁ・・・なんで知ってるだ?フォルダにロックかけてたはずな
んだが・・・﹂
﹁私の誕生日を入れたら開いたわ﹂
︵それは・・・イリアの誕生日を忘れないためなんだ!︶
自分でも苦しい言い訳だと思うが、幸いこの場に警察がいないから
逮捕されることはない!
でも代わりに逃げ場もない!
逃げ出したいがどこにも逃げ場がないこの状況!あなたならどうす
る!?
ここにいない誰かに問いかけて現実逃避しようとしたが、誰かが俺
に答えを与えてくれたのか起死回生の一手を閃く!
﹁ってかなんでそんなの開いたんだ!!!﹂
﹁え?あっ・・・それは・・・兄さんの・・・﹂
︵ってこれ大失敗じゃね!?イリアさん顔真っ赤にしてうつむいち
ゃったし!なにこの気まずい空気!!!︶
58
どうする!?どうすればいい!?と、必死になってあれこれ考えた
結果、可愛い猫の着ぐるみを着て猫になりきってごまかそう作戦に
出ることにした!
なんでそんな作戦に出たのか意味がわからないだろうが、大丈夫。
俺もわけわかんないから!
でもとりあえずこの気まずい雰囲気はぶち壊せるだろう!
実際に効果は出た!
﹁見た目は可愛い猫さんだけれど、中身は妹好きの狼さんというわ
けね!?﹂
﹁ぁあ!?いい加減そこから離れろや!!!﹂
半ばやけになっていた俺は﹃イリアの頭を思いっきり叩くハリセン﹄
を創造し、空間の奥に逃げていたイリアの頭からスパーンッ!と清
々しい音が空間内に響き渡る。
支配下の空間だと創造場所を自由に選べる。非常に便利だ。
ちなみにハリセンは578円と安かったが、猫の着ぐるみは相当精
巧な物を創造してしまったみたいで、128800円だった。
気まずい雰囲気は解消出来たものの、特上寿司に続いて手痛い出費
となってしまった。
59
マスターの苦労は夢の中で報われる!?
気まずい雰囲気をぶち壊してくれたハリセンと着ぐるみをアプリの
中に収納すると、イリアが﹁あぁ猫さんが・・・﹂と残念そうな声
を発したが、気にせず話を進めることにした。
いい加減部屋を完成させて一息入れたい。
まずは部屋の床や壁を創り替える所から始めよう。
床はフローリングにして壁と天井は白い壁紙を貼り付けると、一気
に新築の賃貸アパートの一室のようになり、これからここに住むん
だ!と、新鮮な気持ちになる。
創造に使った代価20万円は、敷金みたいな物だろうか?アプリに
収納すれば素材が返ってくるので本当に敷金みたいだ。
そして次に創造するのはユニットバスだ。一体いくらで創造出来る
だろうか?
フローリングを創造した時もそうだが、今回はタブレットを使った
創造方法を取っている。
ショートカットでも創造は出来るが、それでは金額の確認が事後な
ので、残金が気になり始めた今となっては怖くて出来ない。
猫の着ぐるみみたいな無駄な出費は避けなければならないし。
タブレットの創造魔法アプリの入力欄に、この空間の奥2畳分で設
置出来る3点ユニットバス、他にもイリアと話して出てきた要望を
いくつか加えて行き、最後に排水溝は収納されている物を使用と締
めくくり、少しでも代価を下げようとする。
入力された文字数はかなりの物だが、ここはダンジョンではないの
60
で音声で入力したため、さほど時間は掛かっていない。
表示された金額は55万円と、相場のわからない俺では高いのか安
いのか判断出来ないが、必要経費だと割り切り創造魔法を発動させ
設置する。
突如出現したバスルームにイリアが驚くかと思いきや、終わった話
を蒸し返そうとする。
﹁兄さん!?カーテンはどうしたの!?やっぱり妹好きな狼さんな
の!?﹂
﹁これから創るってば!中に創ると濡れちゃうだろ!?﹂
﹁でもそれだと、私がお風呂に入っている間に兄さんカーテン開け
て覗けちゃうじゃない!﹂
﹁あ・・・﹂
︵あー、しまった。そう言えばそうか。カーテン開けて覗くなんて
考えなかったからなぁ。俺ならいつでも収納出来・・・・・冗談だ
よ!?やらないよ!?︶
﹁どうしよ?カーテン中で良いか?それか、スイッチで・・・﹂
その言葉を言い終える前にタブレットにパッドで入力してみて金額
を確かめる。
︵スイッチ一つで透明と非透明の切り替えが出来る、お風呂場のし
切りにも使えるガラス・・・あーどうしよ・・・150万は高過ぎ
るな。止めとくか︶
なんでもないように振舞い、防水で中が見えにくい遮光力の強いカ
61
ーテンを設置することに決定。色はどうしようか悩んだが、白ばか
りでは味気がないので、薄い桜色にすることになった。
ユニットバスの設置が終わり、次に取りかかったのは寝る場所の確
保だ。
2段ベッドにすることは決まっていたが、少しでもスペースを確保
したいのでベッドの木枠は創らず、部屋の壁と壁の間に直接木の板
を渡してベッドを創ることにした。
これなら身長177?の俺でも、180?の部屋幅の中でもなんと
か足を伸ばして寝る事が出来る。
床上30?と140?の位置に木の板を渡し、その上にマットレス、
マットレスカバー、布団、枕と枕カバーを創造設置。
上のベッドには落下防止の外枠を取りつけ、最後に梯子を掛けて完
成だ。
ベッドの下のスペースは3つの収納BOXを設置してあり、1つを
俺の、残り2つはイリアの衣服を仕舞う事にした。
俺の衣服は既に創造して収納済みだが、イリアのはまだ創造してい
ない。
後で○○店の白いワンピースでMサイズとか、そういった情報を紙
に書いて渡してもらってからタブレットに入力して創造するつもり
だ。
だって、服ならまだしも、イリアの下着を想像して創造するだなん
て出来るわけがない!!!
本当に逮捕されちゃう!!!
62
イリアが書いた文字は一度見ることになるが、創造場所を収納スペ
ースに指定しておけば、実物を見る心配もない。
だから逮捕はないはずだ!
ベッドの創造が終わると、必ず必要な物は冷蔵庫を残すくらいであ
る。
どれくらいのサイズの冷蔵庫にしようかイリアと相談するが、料理
をする予定がないので、一人暮らし用の小さい物で良いのではとい
う結論になり、1万8千円で創造し、お風呂側の部屋の隅に設置す
る。
中にイリアのリクエストしたお菓子なども入れておくのも忘れない。
しかし種類の希望は聞いていても個数までは聞いていなかった。と
りあえず2個ずつくらい創造して入れておくと、中がほとんどいっ
ぱいになってしまった。
︵そういえばちゃんとスイッチが入ってるみたいだけど、電気はど
こから来てるんだ?︶
コンセントはどこにも差さっておらず、冷蔵庫の後ろに巻き付けら
れたままだ。
まぁ、創造物は特別ってことにして深く考えないにしよう。
﹁どうだ?これで必要な物は揃ったよな?﹂
﹁そうね。十分だと思うわ﹂
後は実際に生活してみて足りない物があれば創造するという事にな
り、冷蔵庫から紅茶のペットボトルを2本取り出してきて一本をイ
リアに手渡し、部屋の中央に置いたままだったテーブルに向かい合
って座って一息つくことにした。
63
︵ふぅ・・・さすがに疲れたな。昨日一日仕事して、そのまま休み
なく死後の査定待ちの列に何時間も並んで、その後ダンジョンで殺
し合いして、獲得した空間で寿司食ったり色々あって、やっと部屋
の創造が終わったんだ。そろそろ風呂に入ってぐっすり寝たいなぁ︶
今寝たら朝まで起きない気がするなと思った所で、そもそも今何時
だ?という疑問が湧くが、タブレットに4/26、13:13と表
示があり、まだ13時だという事がわかった。
︵やっぱり照明は設置するか。その上で空間管理アプリで夜は空間
光度は暗くなるとかって設定した方が現実っぽいし。あとは時計も
設置だな︶
風呂に入るならタオルとかも必要だなと思い、冷蔵庫の横に扉付き
の3段カラーボックスを創造し、一番上の扉の中に大判タオルを2
枚入れておく。
真ん中の扉の中にはシャンプーやコンディショナーなど、お風呂で
使う消耗品を入れておき、一番下の扉の中には風呂掃除やトイレ掃
除、部屋の掃除で使う道具を適当に創造して入れておく。
︵座って紅茶を飲みながら色々創造出来るって、ほんと楽でいいわ
ぁ・・・︶
そのままぼーっとしていると、イリアが声を掛けて来て、欲しい衣
服を書いたメモ紙を渡してきた。
︵さて、これ創造したら風呂入って寝ますかね︶
疲れと眠気でタブレットでの創造に手間のかかる入力パッドを使う
事を回避したかった俺は、この後どうなるかも考えずに淡々と紙に
書かれた物を声に出して読み上げ、次々に入力していく。
64
すると当然のごとく、白いレースのキャミソールだとかシェイプア
ップショーツだとか、黒いレースのブラでカップはDだとか・・・
︵D!?うおわ!?︶
なんとなくわかってはいたが、結構おありになられたイリアさん。
無意識にイリアの方に視線が向いてしまうが、クッションを抱いて
顔を埋めていたので、Dカップらしいその胸も、恥ずかしがるイリ
アの顔もどちらも見ずに済んだ。セーーーーフッ!!!
︵というか妹に欲情すんなー!?落ち着け兄ちゃん!!!︶
しかし、読み上げていない下着はまだまだ多く残っており、しかも
生理用品とかまで書かれている。
これを全部読めと言うのだろうか?
既に眠気も完全にどこかに飛んでいってしまったので、あまりの羞
恥心に兄ちゃんは次の言葉が出て来ない!
︵これは何の罰ゲームだ!?マスターやるのってこんなに大変なの
か!?︶
せめてマスター専用のタブレットに、イリアも文字入力を行う事が
出来たのなら良かったのだが。
とにかく俺が入力する他ないので、イリアからなるべく離れて、声
も可能な限り抑えてなんとか入力を終える。
良し!俺はやりきったぞ!!!
そう勝ち時を上げようとした瞬間、空間のあちこちにイリアの衣服
がー!?
︵しまった!?創造場所の指定を忘れてたーーーー!!!︶
65
まだクッションに顔を埋めていたままだったイリアも、自分の頭の
上に何かが落ちて来た事に気付き、顔を上げようとする。
このままでは俺のやらかした大惨事を目撃されて仕舞い、そうなれ
ばこの先1週間くらいは口を聞いてくれないかもしれない。
入力を終える事に集中し過ぎて、凡ミスで大惨事を引き起こしそう
になるが、これでも俺はあの化物を倒す程の力を持ったこの空間の
マスターだ!
イリアが顔を上げ切る前に、創造魔法の収納機能を使って大惨事の
証拠隠滅を図る。
タブレットの創造履歴からの収納ではイリアが顔を上げるまでの約
0,5秒までの間に全てを収納することは出来ない。
そこで俺が取った方法は、創造物をこの目にしっかりと焼き付け、
脳内ショートカットの方法で一気に収納だ!
︵うおおおおおお!!!負けてたまるかー!!!︶
全力で首を回し、そして腰を捻り、更には足の裏で床を掴むように
して体をねじり回し、部屋全体に散らばったイリアの衣服を全て視
認する。
この時の晴の動きは、あの時迫って来た魔物の爪すらも避ける事が
出来たかもしれない程のキレとスピードがあり、視認したあとすぐ
に収納と念じ、見事証拠隠滅を成功させる。
顔を上げたイリアが、全力で部屋を見回した勢いのまま回り続ける
俺を見て怪訝な顔をするが、俺の勝ちは動かない。
収納リストから創造物を引っ張り出す際、今度はちゃんと出現場所
66
を指定し、無事にイリアの衣服の創造も終える事が出来た。
その後きちんと仕舞われた衣服の中から着替えを取り出したイリア
が先に風呂に入り、出て来るとすぐに俺も風呂に入った。
さっとシャワーを浴びて風呂から出ると、イリアがドライヤーが欲
しいというので創造して手渡す。
俺は髪をきちんと乾かす習慣はないのでベッドに横になっていよう
と思い、イリアに二段ベッドの上と下どっちがいいかと聞くと兄さ
ん大きいから下の方が楽でしょ?と気遣ってくれ、俺が下の段とい
うことになった。
横になるとすぐに寝てしまいそうなのでベッドの上に座ってイリア
が髪を乾かし終わるのを待っていたのだが、ドライヤーの後は化粧
水や美容液に乳液など、衣服と一緒に創造していた化粧品を使い始
めてしまったのでなかなか眠りに就くことが出来ない。
睡魔との闘いが激しさを増し瞼が閉じそうになったので、すっきり
する目薬を創造、何回も使用して耐えていく。
ようやくスキンケアを終えたイリアが上の段のベッドに登って行っ
たので、これでやっと眠ることが出来る。
今日一日で体は疲れに疲れたので、一度寝たら次はいつ起きるかわ
からない。
この後寝るために部屋を暗くすると俺が起きるまで明るく出来ない
ので、イリアが先に起きたら俺も起こしてくれとお願いしておく。
念のためにテーブルの上に簡易照明を創造して置いた後、部屋の明
かりを豆電球程にして、互いにお休みと言って眠る事になった。
瞼を閉じた後すぐに深い眠りに落ちたのだが、その時に見た夢は、
イリアの衣服に埋もれてすやすやと眠る夢だった。手にはブラを掴
んでいた。
67
だって目に焼きつけちゃったんだから仕方ないだろ!?それに眠り
が深くて起きた時には覚えてないからセーフだ!!!
・・・セーフだよね?
そうして昨日の夜から始まった、俺とイリアの死後の世界での第二
の人生の、最初の長い一日がようやく終わったのだった。
68
そして俺はダンジョンに向かう決意をする
眠りについてから16時間程が経過した翌日の午前7時。
疲れ果てて深い眠りについていた体がようやく目を覚まし始め、晴
は微睡みの中でもぞもぞっとスマートフォンを探そうとする。
もう朝なら会社に行く準備をするために起きなければならないが、
まだ薄暗いので二度寝する余裕があるかもしれない。
しかし、いくら手を伸ばしてもベッド脇のミニテーブルに置いてあ
るはずのスマホを掴む事が出来ない。
スマホで正確な時間を確認する事は出来なかったが、今週は晴れの
日が続いていたはずだしこれだけ暗いならまだ朝5時くらいだろう。
そう判断した晴は再び眠ろうとして、伸ばしていた手を布団の中に
引き戻そうとする。
すると、その途中で手が何か温かい物に触れる。
季節はまだ4月下旬で、部屋の空気はまだ冷たい。
その温かい物も一緒に布団の中に入れればもっと暖かくなるだろう
と思い、手で掴んで引き込む。
それは自分の体温に馴染むような丁度良い温かさで、大きさも抱き
枕にはするのにピッタリな大きさだったので両手両足で抱き抱えて
再び安らかな眠りに落ちていった。
それから1時間後、二度寝をして十分に体を回復させた晴はようや
く目を覚ます。
69
開いたその目に映し出された部屋の風景は住み始めて3年目のアパ
ートのそれではなく、昨日イリアと一緒に創り上げていった真新し
い空間のそれで、ここは死後の世界なのだという事を思い出す。
自分が死んでしまっている事や魔物との死闘を思い出して憂いを抱
きそうになるが、それと共にイリアと食べた寿司やお風呂の壁や下
着騒動を思い出し、楽しい事もいっぱいあるんだと生きていく活力
が生まれる。
今日は足りない物を創造したり、TVや二人で遊べるゲームなんか
も創って楽しもう。
そう考え、活動を開始するため部屋を明るくしようと枕元の壁に立
て掛けてあるはずのタブレットを手に取るため体の向きを反対に向
けようとするが、右腕にひどい痺れが走り体全体の動きを封じられ
てしまう。
︵うおお!?これはやばい!!!︶
どうやら横向きに寝ていたために右腕が痺れてしまったようで、少
しでも動くとビビッ!と強烈な痺れが起きてしまい、とてもじゃな
いが動けそうにない。
︵これを回避するには名人級の職人技が求められるな・・・︶
体のどこを動かしても右腕に不可がかかって痺れてしまいそうだが、
この体勢のままだとだれだけ待っても痺れが解消されることもなさ
そうだ。
だから本当に!本当に少しずつ体を仰向けに持っていかなければな
らない。
70
可能な限り早く痺れを解消したいが、急ぎ過ぎれば大きな痺れを感
じてしまうだろう。
その繊細なスピードコントロールこそが職人技。
俺は名人級の資格はまだ持ってはいないが、必ずや成し遂げてみせ
る!と、そう誓おうとした所で悲劇が起こる。
︵ぐおおおおおおおおおおお!?止めてくれええええええ!!!︶
これから超スローモーションンで体を動かして痺れを回避しようと
していた所に、俺の腕を容赦なくぐりぐり押さえ付けてくる奴がい
た!
ぐりぐり攻撃はすぐに止み、腕の痺れは既に沈静化されつつあるが、
残る腕の痺れを完全に忘れてしまうくらい物すごく嫌な予感が頭の
中に広がっていく。
冷や汗が吹き出し、頬の筋肉が引き攣って笑いたくもないのに口角
が上がる。
︵まさか・・・これって・・・・・・・・︶
痺れた腕ではわかりにくいが、さらさらな髪の毛が腕に掛かってい
ると感じる事からも、先程ぐりぐりして来たのは誰かの頭で間違い
ないだろう。
俺のシャツも誰かが手で掴んで引っ張られているような締め付け感
があるし、俺の足はすべすべで柔らかくて温かい誰かの足を挟みこ
んでいるようだ。
﹃誰か﹄なんて現実逃避してみたが、この部屋には俺とイリアしか
存在していないはずなので、この攻撃をして来たのはイリアでしか
ありえない。
71
本当は人間そっくりの抱き枕を寝ぼけて創造していただけだったん
だという奇跡が起こる事を祈って恐る恐る布団を捲ってみるが、そ
んな奇跡が起こるはずもなく、俺の右腕に頭を乗せて眠るイリアの
姿がそこにはあった。
捲った布団をそーっと元に戻してイリアを隠し、どうしてこうなっ
たのか思い出してみようとするが、全く心当たりがない。
︵なんでこうなったのか私の記憶にはございませんが!上着は着て
いたのが見えたから大丈夫。ズボンも・・・って、まずいいいいい
!!!︶
ズボンをきちんと履いているか確かめるためにもぞもぞっと足を動
かして確かめようとした事で気付いた。
俺の両足はイリアの足を挟みこんでいる・・・という事はそれだけ
体が密着していると言うわけで。
体が密着しているという事は・・・
まぁ、その先は言わなくてもわかっていただけるだろう。
別に妹に抱き付いててそうなってたんじゃないよね?
朝だから仕方ないんだよね?
そうだよね!?
しかし、そんな言い訳をしたところでそれが当たってしまっている
という事実が変わる訳ではないので、これ以上罪をかさねるまえに
腕に痺れが走るのも構わず、全力で体を動かしてイリアから離れよ
うとする。
イリアの足を離して頭から腕を引き抜き、布団から這い出てベッド
の壁際まで待避してなんとかイリアとの密着状態から抜け出すが、
その時の衝撃で眠っていたイリアが目を覚ましてしまった。
72
﹁・・・兄さん、おはよう﹂
もぞもぞっと布団から顔を出し俺の姿を確認したイリアは少しだけ
顔を引っ込めて朝の挨拶を口にする。
恥ずかしそうにしてはいるが、別段慌てている様子はなく、俺と同
じ布団の中にいたことを納得しているようであった。
子供の頃であれば台風の風が強くて怖いだとか雷が鳴り響いて怖い
だとか、ホラー映画を見て怖いだとかで一緒の布団で寝たこともあ
ったが︵もちろん怖がってたのはイリアの方だ。俺じゃないぞ!?︶
、思春期に入った後は、どうしても怖いときは布団をくっつけて寝
たり、イリアが寝るまで傍にいてあげるなど、仲の良い兄妹とはい
え一緒の布団で寝ることはなくなっていった。
なのでイリアがふざけて布団の中に入ってきたなんて可能性はほと
んど0だろう。実際に今のイリアの様子からはふざけた様子は感じ
られないし、なるべくイリアを傷つけないようにどういう経緯で一
緒の布団で寝る事になって、一体どこまで進んでしまったのか確認
していく。
﹁・・・俺達一緒に寝たんだよな?﹂
﹁そうよ。強引に連れ込まれて少し怖かったけれど・・・﹂
︵俺が強引に連れ込んだだとー!?イリアは上のベッドで寝てたは
ずなのにー!?︶
全く身に覚えがないが、イリアが嘘をついているとは思えない。
なんでそんな事になったのかわからず頭の中が混乱するが、もし仮
に強引に連れ込んだのだとしたら、その後何もしないなんてことが
73
あるのだろうか?
だって俺はイリアの事が・・・
自制を忘れてどこまで進んでしまったのか?布団から出て来て俺と
同じようにベッドの上に座り込んだイリアの様子を観察してみるが、
昨日創造した子猫がたくさん描かれたパジャマは上下ともちゃんと
着ているし、ボタンは第二まではずれたはいるが服の先に見えてい
る胸の谷間はしっかり寄っているのでブラもちゃんとつけているは
ずだし・・・ってか、俺どこ見てんねん!?
そう心の中で自分につっこんで焦りを誤魔化そうとするが、強引に
連れ込んだという割には服装は乱れていないので、無罪を勝ち取れ
ると信じ始めていた。焦りも僅かに治まり始めようとしていたのだ
が、下された判決は有罪だった。
﹁でも、兄さんは優しかったわ・・・﹂
︵あぁ、なんてことを・・・まだ付きあってもいなかったのに・・・
︶
晴も男だ。女性とキスしたり、体に触れたり、深い関係を持ちたい
という願望はある。だが、実際に体の関係を持つのはちゃんと恋人
としての付き合いを重ねてからだと考えを持つ晴は、それを無視し
て関係を持ってしまった事に強い責任を感じ、誠意を示すためには
婚姻届けを差し出すべきかどうか思い悩む。
それが例え妹のイリアだったとしても。いや、イリアだからこそな
のか。
そんな時、婚姻届を創造しようと決断するよりも前に新たな証言が
もたらされた。
74
﹁腕を捕まれて強引に連れ込まれた時は少し怖かったけれど、兄さ
んは優しくてぎゅっと抱き締めるだけにしてくれたわ。ちゃんと付
き合ってからなら・・・その後も・・・大丈夫なはずだから﹂
イリアは両手で布団の端をぎゅっと掴み、顔を真っ赤にしてうつ向
いて、恥ずかしそうにそう声に出した。
逆転無罪を勝ち取っているものの、昨日の着ぐるみの時とは違い、
茶化して治めていい場面ではないだろう。
連れ込んだ記憶などなくその後優しく抱き締めた記憶もないが、俺
の求めに対してなんとか応じようとして必死に勇気を振り絞るイリ
アのその姿に、ここで俺が茶化したり誤魔化してしまっては男とし
て最低だと感じる。
イリアを傷つけることはしたくないし、なによりも本当は俺の気持
ちは・・・
俺とイリアは幼い頃からずっと一緒に育ってきたし、他に頼る人も
いなかったので普通の兄妹よりもずっと絆が強いと思っている。
依存が高いと言えるかもしれない。
俺が高校を卒業するまでは何をするにしても常に一緒に行動してい
たし、高校の卒業と同じくして孤児院も卒業となり社会人として一
人暮らしを始めた後も、気軽に会いたいと思って合鍵を渡しておく
と、仕事から帰るとほとんど毎日部屋でイリアが待っていてくれた。
その頃には既にイリアの事を異性として意識していた俺は、飲み会
がある日以外はほぼ毎日仕事を終えるとまっすぐ家に帰っていたし、
イリア用の布団や衣装ケースなど色々なものを用意して孤児院より
も快適な空間を創り、さりげなくイリアの滞在時間を増やそうと努
めてもいた。
75
イリアの事を意識しだした後はイリアが俺をどう思っているのかが
気になり、俺が孤児院を卒業した後でもいつも一緒にいる事につい
て、なんでだろうね?と、そんな話題をイリアに振ったことがある。
二人きりの家族だし、孤児院だと二人部屋だから相手に気を使うし、
ここには私の物もたくさん置いてあるから取りに来ないといけない
し、でも物が多すぎて持って帰りきれないからやっぱりここに置い
ておいて使うしかないし、兄さんが毎日ちゃんと栄養のあるご飯を
食べてるか心配だし、それにそうよ!兄さんが毎日来いって言って
合い鍵渡してきたからよ!?
そんな風に一緒にいる理由をいくつも並べてきたイリアだったが、
そこに異性としての好意も含まれていることが分からない程鈍い俺
ではなかった。
血の繋がりも戸籍上の繋がりもない俺たちだが、アパートの隣の部
屋に住む人達や、会社の同僚達にはイリアとは兄妹だと紹介してい
るし、何より俺たち自身が本当の兄妹だと思っている。
もし告白して恋人関係になればどんな弊害が出てくるかわからない
が、それでも好きだという気持ちは徐々に抑えられなくなっていき、
イリアが高校を卒業した今年、7月のイリアの誕生日に付き合って
下さいと告白しようと思っていた。
ところが、俺達はそこに至ることなく突然死んでしまい、この世界
に来てしまった。
なんとかダンジョンを攻略して自分達が住む世界を手に入れ、創造
魔法を駆使して生活し始めているが、一体いつまで続けられるのだ
76
ろうか。
創造魔法の代価はまだ400万円以上残ってはいるが、この部屋だ
けで生活するなら娯楽をいくつも創造する必要があるし、大規模な
部屋の模様替えも幾度となく行わなければ息が詰まってしまうだろ
う。
代価はイリアの自己資産を譲渡してもらう事も出来るが、やはり問
題はこの6畳一部屋だけで生活していたら心が病んでしまうだろう
という事。
生きるためにはやはり空間を広げるしかなく、そのためには死と隣
り合わせのダンジョンに行かなくてはならない。
命の危険があるからこそ、後悔しないように告白して付き合うべき
だという考えもあるだろうが、俺の心はそう思ってくれないみたい
で、いくらイリアの事が好きであっても、告白した後楽しく付き合
っていけると思うことが出来ない。
命の危険が恋愛に水を差してしまうのだ。
それにもし仮に付き合い始めたら、死ぬのがもっと怖くなって全く
ダンジョンに入れなくなってしまいそうだ。
今よりももっと空間を広げて人間をある程度の数入居させていき、
その入居費用で安定した生活が出来るようにならないと、付き合っ
たとしても楽しく過ごしていけるとは思えない。
︵イリアとの関係を進めるためにもダンジョンに行こう。
代価が残り少なくなってから嫌々ダンジョンに行くんだろうなと思
っていたのに、まさか恋のためにダンジョンに行くことになるとは
な・・・︶
77
まるで敵を打倒して御姫様の元に向かう王子様のようだ。
俺はその器ではないけど、創造魔法があればどうにかなるかもしれ
ない。
︵イリアの誕生日の7月21日からは恋人として付き合うようにな
るはずだったんだがなぁ。それまでに空間を広げ切るのは無理だろ
うし、付き合えるのはまだまだ先になりそうだな・・・︶
俺の言葉を待つイリアに、好きだけど今はまだ付き合えないと伝え
てイリアは納得してくれるだろうか。
イリアなら理解はしてくれるだろうが、気持ちがそれで落ち着いて
くれる保証はどこにもない。
もしイリアが泣きだしたり不満を口にしたら、どう接したらいいの
かわからないだろうけど、それでも俺の心は動かせないだろう。
今の俺に出来る事は、誠意をもって真剣に想いを伝える事だけしか
ない。
﹁イリア、今後の事で話をしたいんだが、良いか?﹂
︵想いを伝えるならあれを渡さないとな︶
そうして俺の頭の中に、あるネックレスが思い描かれる。
トップに胡蝶蘭の花があしらわれたそのピンクゴールドのネックレ
スは、告白する時に渡そうと思って選んでおいた物である。
78
胡蝶蘭の花言葉
今後の事で話をしたいという俺の言葉を聞いたイリアは、黙って頷
いてベッドから降り、テーブルのクッションの上に正座した。
言葉の受け取り方に依ってはお付き合いしましょうという話をする
と思われてしまう可能性もあったが、イリアの表情は固く真剣な眼
差しを向けてくるので、楽しい恋愛話をするわけではないことに気
が付いているようだ。
でも、辛い表情をしているわけでもないので、恋愛と全く関係のな
い話をするわけではないという事にも気付いているのかもしれない。
︵イリアも俺と同じで、付き合いたいとは思っているけど、この状
況でずっと楽しく付き合っていけるとは思っていないんだろうな︶
俺の事を良く理解してくれているし、こんな状況でもきちんと向き
合おうとしてくれて本当に感謝の念が尽きない。
︵ちゃんと報いないとな・・・︶
俺も反対側のクッションの上に正座し、話を切り出した。
﹁これからの事だけどさ、ダンジョンの攻略を続けて行こうと思う
んだ﹂
一度言葉を区切ったものの、イリアはこくんと頷いて次を促してく
れたので話を続ける。
﹁空間を広げてたくさん家を作って、人もある程度入居させていこ
うと思う。出来れば、俺達の住んでいた街と同じくらいの規模にし
たいと思ってる﹂
79
俺が死ぬ思いで獲得した空間は、たった一部屋六畳間だけだ。
住んでいた街と同じ規模と聞いて、イリアにもそれがどれ程の苦難
かわかったのだろう。
不安に顔を歪ませてしまう。
でも俺の決意は変わらない。
確かにどれ程苦難なのか想像するのも難しいくらいだが、幸せにな
るためならどんな苦難も乗り越えていけると信じる事が出来る。
しかし、既に覚悟を決めた俺と違って、﹁そこまで大きくしなけれ
ばダメなの?﹂と、イリアは危険を冒す事に反対のようだ。
﹁例えばこの部屋みたいな空間がいくつあったとしても、室内にい
るっていう感覚が抜けないから外に出たいって欲求が生まれちゃう
はずだろ?
最初はそのストレスも色々な娯楽で誤魔化せるだろうけど、根本的
な解決にはならないからいつか必ずダメになってしまうと思うんだ。
だから室内とは思えない程でかい空間を創って、その中にたくさん
家を建てて街を創ってさ。
そうすれば今までみたいに自然に生活出来るはずなんだ﹂
人間は生きる環境が変わっても適応していけるだけの力は持ってい
るはずだが、あくまでも生活のベースが同じものでなければいくら
なんでもストレスが大きくなり過ぎてしまうダメになるだろう。
だからこそ、この六畳間もよく見かけるアパートの一室みたいにし
たし、布団や枕、衣服なんかは生前と全く同じものを創造している。
それに、イリアと二人きりの時間は幸せだが、二人だけの世界はや
80
はり寂しい。
﹁街と言える程に空間が大きくなれば入居者も相当な数になってい
るはずだから、今まで通り多くの人と接する事が出来るし、仲の良
い友人も出来るかもしれないだろ?
あと、入居する人が増えれば、それだけ多くの収入を得る事が出来
るはずなんだ。入居する時にお金を徴収したり、住居の賃貸料なん
かを集めたりしてね。
というのもさ、まだ伝えてなかったけど創造魔法を使うには代価が
必要なんだ。ダンジョンの魔物を倒して報酬を得るか入居者からお
金を集めないと使えなくなっちゃうんだ﹂
それを聞いたイリアは、心当たりがあったのか、あっ・・・と声を
漏らし、続けてこんな事を言いだした。
﹁やっぱりそうだったのね。兄さんあんなに美味しいお寿司を少し
しか食べなかったから、もしかしてとは思っていたけれど・・・﹂
︵何をおっしゃるイリアさん!?俺だって30貫も食べたってば!
それにそう思ってたなら少しは自重しろ!︶
もしかして自重して62貫で済ませたのかもしれないが、追及は後
にしよう。今は話を続けよう。
もうその時は近い。
何のためにそうまでして危険を冒すのか、それを伝える時がもう目
前まで迫って来ている。
既に言葉は少しずつ震え始めていた。
﹁それに、俺が全て創造しないと成り立たない世界じゃなくて、衣
81
服も食料も住居も、人の手で作っていける世界にしたいんだ。最初
は材料を創造したり手助けしないといけない場面も多々あるだろう
けど、少しずつ俺の手を離れて行って経済が成り立つようになれば、
俺達も自然な環境の中で暮らせるんだ。
そうなったら・・・﹂
あまりの緊張に、部屋中に響いているのではないかと思う程心臓の
鼓動が激しくなり、全身に力を入れて身を固くしても体の震えは抑
え切れず、きつく握りしめた手には汗が滲んでいる。
﹁ダンジョンの攻略なんていう危険を冒さずに暮らせるようになっ
たら・・・そしたらだけど・・・﹂
おそらく一生記憶に残るだろうから、はっきりした声でなるべくか
っこ良く決めたいが、上手く出来るだろうか。
深呼吸して落ち着く事が出来るのであればそうしたいが、この場面
ではどうやっても落ち着けるとは思えないし、いつまでも待たせる
わけにはいかない。
覚悟を決めてイリアの目をしっかりと見つめ、望む未来を口にする。
﹁そしたら俺と・・・!俺と付き合って下さい!﹂
同じように緊張に身を固くしながら俺の言葉を待っていたイリアは、
満足そうに顔をほころばせながら答えてくれた。
﹁はい。私で良ければ喜んで﹂
その時のイリアの表情と声は、俺の全てを包み込んでくれるような
優しさを滲ませており、今まで見てきた笑顔の中でも、満ち足りて
とびきり幸せそうにしたその表情は俺の心を強く打ち、生涯忘れる
82
事はないだろう。
イリアの事が好きだという気持ちが膨れ上がり、今すぐ好きだと言
葉にしたい衝動に駆られる。
受け入れてくれた今ならこれを渡しても平気だろう。
頭の中に思い描いていた胡蝶蘭のネックレスが納められたジュエリ
ーケースを創造し、イリアに受け取ってほしいと告げて差し出され
たイリアの手のひらに乗せる。
突然の贈り物にびっくりした表情をしたイリアは、開けてみてとい
う俺の言葉にこくんと頷き、期待に目を輝かせながらケースを開い
ていった。
﹁花の・・・ネックレス?﹂
﹁うん。トップに飾られているのは胡蝶蘭っていう花でさ、イリア
が俺を受け入れてくれたら渡そうと思っていた物なんだ﹂
イリアは密生した4枚の花弁を指で優しくなぞりながら、何かを期
待するような眼差しを俺に向けながらこう尋ねてきた。
﹁この花を選んだのには何か理由があるの?﹂
﹁あるよ。胡蝶蘭の花言葉が、俺の伝えたかった言葉と同じでさ・・
・﹂
﹁是非知りたいわ。聞かせてくれる・・・?﹂
イリアはそう優しく促し、俺は最も伝えたかった想いを口にする。
付き合って下さいと告白した時と同じように緊張に体が震えるが、
もう不安は感じていなかった。
心の中に満ちているイリアへの想いを言葉にして伝えればいいだけ
83
だ。
俺もイリアと同じように、穏やかで優しさに溢れた笑顔に変わって
いき、幸せに満ちた優しい声色でイリアにその想いを伝えた。
﹁あなたを愛しています﹂
心を込めて紡がれたその言葉に、イリアもすぐに、私もあなたを愛
していますと答えてくれた。
84
吹き出したみそ汁と嫁の凄み
ネックレスのトップにあしらわれた胡蝶蘭の、その花言葉を互いに
口にした後、そのネックレスを俺に付けてほしいとイリアにお願い
されたので、イリアの傍に寄ってジュエリーケースを受け取る。
ネックレスを付けやすいようにと、イリアが綺麗な長い黒髪をサイ
ドに寄せた時のしぐさや、露になった白いうなじに女性の色っぽさ
を感じてしまい、思わずドキッとする。
ネックレスを付けようとする手がイリアの肌に触れてしまい、更に
心臓の鼓動が速さを増していくが、なんとか無事にチェーンを繋ぎ
合わせてネックレスを付け終える事が出来た。
胸元で輝く胡蝶蘭を手に取って嬉しそうに微笑むイリアを見ている
と、このまま抱き締めてしまいたい衝動に駆られるが、一度抱き締
めたらどこまでも求めてしまいそうなので、どうにかして自重しな
ければならない。
しかし、この幸せな雰囲気を自分から壊す勇気がなかった俺はただ
じっと耐えるしかなく、そんな俺を助けてくれたのはやはりイリア
だった。
﹁ふふふ、兄さん一つ聞いてもいいかしら?このプレゼントはつい
さっき考えた訳じゃないわよね?兄さんの口から花言葉が出て来た
のは初めてだし、一体いつから準備をしていたのかしら?
さぁ答えて頂戴!妹を手に入れてしまったお兄さん!﹂
イリアはわざと俺達が兄妹である事実に触れて俺が焦らざるを得な
い状況を作り出し、一瞬で冷や汗が全身から吹き出す程のひどい焦
85
りに見舞われた俺は、見事にイリアを抱き締めたい衝動を忘れる事
が出来た。
俺はひどく焦りはしたが、俺を問い詰めた時も、そして今この瞬間
も、イリアの表情と声色は幸せに満ちて優しさを滲ませたままで、
幸せな雰囲気が全て消し飛んでしまったのではなく、がちがちに幸
せで満たされていた部屋の雰囲気が、柔らかく解されていくように
感じた。
︵これなら俺の焦りも軽減されて・・・いかない!!!だって俺達
兄妹だしー!?︶
﹁待って!俺達は血も繋がってないし戸籍上の繋がりもないし!だ
からセーフなんじゃ!?﹂
﹁でも兄さんの友達や会社の人達は皆私達の事兄妹だって思ってる
んじゃないの?﹂
﹁いや、ほら!ここには俺達の他に誰もいないしさ!﹂
﹁やっぱり世間の目がないと狼さんになってしまうのね!?﹂
きゃーとわざとらしく叫びながら、昨日と同じようにさささっと後
ずさってクッションで体を隠しながら俺から距離を取るイリア。
実は狼さんだったんだぞー!と、俺もふざけてみたくなるが、シャ
レにならなさそうなので自重する。
ふと、昨日創造して収納してある猫の着ぐるみを着れば、ふざけた
感じが出て平気なのではと考えるが、そういえば猫の着ぐるみを着
ても中身は狼さんだったのでこれも却下だ。
いっそのこと開き直ってこう叫んでしまおうか。
86
﹁ここは俺様が支配する世界だ!妹だろうが黙って俺に従え!まず
はそうだな・・・こっちに来て目を瞑れ!!!そしたら少しだけ顎
を上げてじっと待つのだ!!!
く・・・くちっ・・・くちびるににに、なにかがふ・・・ふふ触れ
ても、じっと・・・﹂
︵開き直り過ぎたー!?却下ーーー!!!ってか、キスをするだけ
なのにどこまでビビってるんだー!?︶
妄想の中で開き直ったはずなのに求めたのはキスだけで、しかも緊
張で言葉が震えて説明すら満足に出来ていなかった。
今は雰囲気が解れて来ているからキスだけで動揺しているんだ!さ
っきみたいにムードが高まれば俺だって!俺だって!と心の中で自
分を慰める事に。
結局狼さん騒動にどう反応したらいいのかわからず、イリアが質問
したはずの、プレゼントをいつから準備をしていたのかという問い
に答えて無理矢理話を逸らすことにした。
﹁胡蝶蘭のネックレスにしようと思ったのは!この前のバレンタイ
ンの時にガトーショコラを作ってくれただろ!?しかも丸い形じゃ
なくて、手間を掛けてわざわざハート型にしてくれたのを見てさ!
俺もあんな風に想いを形にした物を送ろうって思って探し始めたん
だ!﹂
いきなり話が飛んで・・・いや、話が戻ってびっくりするイリアだ
ったが、俺の言葉の中にひっかかる部分があったようで、しばらく
首を傾げて考え込んだ後、何かに思い当った様で少し恥ずかしそう
にしながら口を開いた。
87
﹁﹃俺も﹄って事は・・・やっぱり気付いていたの?﹂
﹁そりゃあ、あんだけ一緒に居ればな。イリアだって気付いてたん
だろ?﹂
﹁そうだけれど・・・兄さんはいつから好きだったの?﹂
そう聞かれていつからイリアの事を女性として好きになったのか思
い出そうとするが、はっきり自覚したのは社会人になって一人暮ら
しを始める時に、イリアにも合鍵を渡そうとして心臓がばくんばく
んとやたら暴れ出した時だ。
当然それよりも前から好きだったはずだが、家族としての好きの方
が強かったのだろうか、はっきり女性として好きだと自覚した記憶
はない。
﹁はっきり自覚したのは社会人になってからだけど、本当はいつか
らなのかちょっとわからん﹂
﹁兄さんまだまだね!私なんか小学5年生の時には既に自覚あった
わよ?﹂
﹁うお!?まじか!そういえば、その頃からバレンタインにチョコ
をくれるようになったんだっけ?﹂
﹁兄さん良く覚えてるわね?もしかしてその頃から意識してたんじ
ゃないの?﹂
そう言われればそんな気もしてくるが、いくらなんでもそれはまず
いだろう。
中学1年生の兄が小学5年生の妹に恋心を抱くなんて!
・・・別に歳は問題ではなかったか。
88
﹁違う違う!バレンタインに初めてチョコもらったからさ!それが
妹からだったとしても嬉しかったから覚えてたんだ!﹂
﹁兄さん・・・初めてと言うけれど、その前の年のバレンタインで
クラスの女の子からチョコもらってたでしょ?﹂
﹁いや・・・?﹂
初めてバレンタインにチョコを貰ったのはイリアからだし、そもそ
もイリア以外から貰った事なんてないはずなのだが・・・?
﹁その年の2月14日は土曜日で、学校は休みだったから当然私達
は孤児院にいたのだけれど、なぜかその日兄さんのクラスの女の子
がやって来て兄さんに何かを渡していたのよ。孤児院に学校の人が
来る事なんて滅多にないから、すごく気になって覚えていたの﹂
︵んんんん!?︶
イリアのその言葉に、子供の頃に一度だけクラスの女子が孤児院ま
でやって来て、俺に何かを押し付けていったような出来事があった
ような気がする。
同じクラスの女子と言ってもほとんど話したことはなかったはずだ
し、どんな子だったかなんて少しも思い出せないが。
﹁兄さんが受け取った物を捨てるかどうか迷ってて、でも話し合っ
た結果、食べ物を捨てるなんて勿体ないから二人で分けて食べる事
になったのよ﹂
︵それ話し合いじゃなくて説得じゃないの!?しかも何ちゃっかり
イリアも一緒に食べてんだ!?︶
89
むしろ食べ物を捨てちゃだめだと怒られた記憶があるようなないよ
うな。
もしかしたら説得ですらなかったのかもしれないが、俺が記憶を完
全に再生させる前にイリアがとんでもない事を口走ってそれどころ
ではなくなった。
﹁次の年になってバレンタインの事を知って、でもそのクラスの女
の子が渡していた食べ物がバレンタインのチョコだったとも気付い
ちゃって、兄さんの初めてのバレンタインチョコが既に奪われてし
まっていたことを知って愕然としたわ・・・兄さんの初めては私が
全部貰うのに!
あの時私が捨てたら怒るわよなんて言わなければ!﹂
︵やはり説得ではなく説教・・・いや、半分とられてるんだから恐
喝か?・・・あれ?それよりも今何かとんでもない事を・・・?︶
イリアもまだ何を口走ったのか気付いていなかったらしく、二人し
て不思議な顔をして見合わせる。
しかし、すぐにとんでもない事を口走っている事に気付いてしまい、
互いに顔を真っ赤にして必死になってこの場から逃げ出そうとする
が、一部屋しか存在しないこの世界ではどこにも逃げる事が出来な
い。
逃げ出せないのなら話題を変えて誤魔化そうと判断したイリアは、
﹁にににににいいさん!あ
あああさ、あさ朝ご飯がまだよ!早く食べないと飢えて死んでしま
うわ!﹂と、強引に話題を逸らそうとする。
もう死んでるから!なんてつっこむ余裕もないくらいに慌てていた
俺は、ご飯と味噌汁を用意する事しかしか思いつかず、そんな俺に
90
イリアがきびきびと幾つも指示を出していく。
﹁サラダがないわ!おいしっくの大人の旬野菜で作ったサラダを用
意して!ドレッシングはもちろんノンオイルよ!
それに朝と言えばやっぱり目玉焼きでしょう!今日はハムじゃなく
てベーコンを下に敷いて!焼き加減もちゃんと忘れないでね!ベー
コンはかりかりで卵は半熟よ!?﹂
さらには木製のトレイだとかお箸だとか、深蒸し玄米茶や食後のデ
ザートにおいしっくの蜜さくらんぼまで用意させられ、恐ろしいく
らい豪勢な朝食が完成した。
イリアの食に対する溢れんばかりの情熱は一体全体どういうことな
のか理解に苦しむが、おかげで気まずい雰囲気もどこかへ飛んで行
ったので、今回は良しとしよう。
例え朝食1食分を創造しただけで22000円ものお金が消えてし
まったのだとしてもだ。
︵明日からは1食当たり1000円以内にしてもらおう・・・でも
そしたら一日10食要求されたりして・・・?︶
そんな馬鹿なと否定しながらも、なぜかあり得なくもない事態に心
の中で苦笑いをしながらも、手を合わせていただきますと言って食
べ始める。
我が家では目玉焼きにかけるのは醤油の一択だ。
醤油瓶をまず俺が使い、次にイリアが醤油瓶を使おうと手を伸ばし
て受け取ろうとするが、﹁醤油が飛んでかかってしまっては大変だ
わ﹂と、胡蝶蘭のネックレスをジュエリーケースの中に大事に仕舞
い始めた。
91
ケースに納められた胡蝶蘭を嬉しそうに眺めた後、またもや何かに
気付いたイリアは首を傾げたまま動きを止めてしまい、俺が熱い味
噌汁を火傷しないように慎重に啜っている時に、とんでもなく強烈
な爆弾が投下された。
﹁兄さん、この箱・・・指輪が入っているように見えない?﹂
﹁まぁ、色違いで指輪が飾られていたケースもお店に置いてあった
からなぁ。でもそれがどうかしたのか?﹂
﹁あの時はどきどきし過ぎて何がなんだかわからなくなっていたか
ら、中身まで推測してる余裕はなかったけれど、あの雰囲気で渡す
プレゼントなんて普通は・・・つまり・・・さっきの告白だけれど・
・・あれは告白というよりプロポーズだったんじゃないかしら?﹂
その瞬間、俺は啜っていた味噌汁を盛大に噴き出してしまい、慌て
た俺の手から熱々の味噌汁が入ったお椀が膝元に向けて落下する。
食卓に並ぶ朝食の上に味噌汁が掛かるのが先だったか俺の膝にお椀
ごと味噌汁が掛かるのが先だったか。
どちらが先かはわからないが、まぁ結果は同じだ。
俺は熱いと正確に発音する余裕もなくあたあたあたあああああいと
床を転げ回り、冷たい水道水を創造して全身にぶっかけて熱さを和
らげようとする。
部屋が水浸しになる前になんとか、俺に掛かった味噌汁収納しちゃ
えば良いんじゃね?という事に気付き、部屋を満たし始めていた水
と共に収納する。
92
熱い味噌汁がもたらした火傷という結果までは収納出来なかったよ
うで、膝がじんじん痛むが、アイスノンを押し当ててなんとか落ち
着きを取り戻す。
そうして食卓に座りなおしたのだが、テーブルの上に掛かった味噌
汁はまだ収納されておらず、その影響で二発目の爆弾が投下された。
﹁兄さん・・・俺の嫁なら、俺の吹きかけた味噌汁ごとご飯を食べ
てみせろというわけね!?﹂
﹁違うから!吹きかけたんじゃなくて、吹き出しちゃっただけだか
ら!ってか、なんでそう飛躍するんだ!!!﹂
慌ててテーブルにかかった味噌汁も収納するが、収納した所で俺の
噴き出した味噌汁が掛かっていたという事実は変わることはない。
全部創り直そうかと提案するが、勿体ないでしょとイリアに怒られ、
そのまま食べ続ける事になった。
本当に俺が味噌汁を吹きかけたご飯をペロリと食べ尽くしたイリア
を見て、俺は一生イリアに頭が上がらないような、そんな凄みを感
じてしまうが、どんな未来でもイリアの傍で一生が続いていくなら、
それも悪くないだろうと思う事が出来た。
朝食を食べ終わり、食後のデザートの蜜さくらんぼに合わせて用意
したノンシュガーのさくらんぼのフレーバーティーを飲みながら、
マスター専用タブレットに搭載されているダンジョンサーチのアプ
リで、これから俺が向かう事になるダンジョンについての情報を集
める。
一度攻略したダンジョンLv6の攻略を繰り返すか、Lvを落とし
て繰り返すか。慣れたらLvを上げて一度に獲得出来る空間の広さ
93
を大きくするのもいいかもしれないと考えていたが、一度攻略した
Lvのダンジョンは、再度攻略しても空間は得られず、魔物の討伐
報酬だけしか獲得出来ないようだ。
︵それならまずはLv1から5までクリアして空間を広げよう。
その後は代価を稼いで強力な攻撃手段を創造出来るようにしてから
Lvを上げるか?代価を稼ぐ上で、もしもう一度Lv6に挑戦して
魔物を簡単に倒せるようだったら、Lv7に挑戦してもいいかもし
れない︶
ダンジョンLv6の魔物を倒す際に使用した弾丸数は、創造履歴か
ら1180発だとわかっている。
一度に1180発を創造して攻撃すれば、一瞬で倒せるかもしれな
いのだ。
ダンジョン攻略の他に、獲得した空間をどう創るか、どんな人物を
入居させるかも考えていかなければならないが、まずは空間を獲得
してからイリアと一緒に考えていけばいいだろう。
ダンジョンに向かうのはまだ少し怖いし、イリアにも心配を掛けて
しまうが、その先に幸せな未来が待っているんだと感じる事が出来
た俺達は、必ず乗り越えていけるはずだ。
目の前の宙に浮かせたタブレットで情報を集めつつ柔軟を繰り返し
てダンジョンに突入する準備を整えた俺は、一畳間の空間を獲得す
るために、最弱のダンジョンLv1に突入を開始した。
94
最弱のダンジョンLv1
Lv1のダンジョン。
このダンジョンはレベルが最弱であるが故に、死後の世界に辿り着
いた地球の人達が、この世界での生存を懸けて最も多く挑戦して行
ったダンジョンである。
しかしレベルが最弱と言っても、そこで待ち構える魔物は人間より
もはるかに強固な肉体を持っており、なにより10畳一部屋だけで
構成されたこのダンジョンでは突入した瞬間に殺し合いが始まって
しまうので、初めてのダンジョン、初めての魔物、初めての創造魔
法という初めて尽くしの状態では、生き残れる地球人などまずいな
い。
それでも地球人の武器の基準が刀剣から銃に変わって殺傷力が増し、
映画やアニメが広く普及して架空ではあるが魔法の存在が身近にな
った現代では、ダンジョンに突入してすぐに創造魔法で拳銃などの
武器を創造し、何の抵抗も出来ずに魔物に殺されていくばかりの地
球人ではなくなり始めていた。
死後の世界が存在する事を知らない地球の人間であっても、死ぬ瞬
間に身に付けていた衣服や貴金属の持つ資産価値や、自身の若さや
ルックスで数十万の査定結果は得ている場合が多い。
拳銃を生み出せるだけの代価を得ており、運よく魔物の背後に転送
され、拳銃を創造して体勢を整えるだけの時間的猶予があったある
軍人は、幾つもの銃弾に撃たれてだらだら血を流しながらもじりじ
りと接近してくる魔物の恐怖に耐え続け、弾が切れるとすぐさま1
5発装填済みのマガジンを創造して入れ替え、その隙に襲いかかっ
95
て来る魔物の爪を回避し切れずに幾度も肉を抉られながらも、合計
300発以上の銃弾を魔物の体にぶち込み、見事1畳の空間を確保
したケースもあった。
でもそれは奇跡のような事例で、代価に余裕があろうとなかろうと、
狭い空間では拳銃が一番小回りが利くと考え、実戦経験が豊富な警
察や軍関係者以外ではそこまで効率よく対処する事など出来ない。
どんなに攻撃を喰らっても死なない魔物の恐怖に耐えきれずに、攻
撃手段をサブマシンガンに変更したりなんかすると、リロード時間
が延びて却って危険が増してしまい、あっさりと魔物の爪に引き裂
かれて死ぬ事になる。
数千万する指輪を身に付けていたとある大富豪が、猟銃で撃たれて
も死なない魔物の姿に焦って、自身の持つ中古で手に入れた戦車を
4500万円で創造するも、10畳しかない狭い空間の中では自分
を押し潰すように戦車が出現してしまい、代価を生かしきれずに死
んでしまったケースなんかもあった。
遠い昔から現在に至るまで、地球人が最初に挑戦するダンジョンに
最弱のレベル1を選んだ場合は死ぬ以外の結果はあり得ていない。
1畳間を獲得したある軍人も、結局は転送した先の空間で失血死し
ているのだから。
最弱のダンジョンLv1が、それほどまでに多くの死で満たされた
空間だという事など知る由もない俺は、ただ1畳の空間を確保する
ためだけに、この最弱のダンジョンに突入を開始していた。
命の危険があると感じてはいるが、魔物に殺される可能性は限りな
く0に近く、攻略もただの作業になると考えていた。
96
そしてそれが慢心でない事は、すぐに証明されることになる。
Lv1のダンジョンに転送されたと認識した瞬間、俺は自分以外に
存在するものは全て滅ぼす勢いで、500発の機関銃弾を自分を中
心にドーム状に創造放射した。
もし秒速800mで飛んで行く銃弾を目で追う事が出来たのなら、
畳10枚程度の狭いダンジョンのすぐそこにあるはずの壁がほとん
ど見えなくなってしまう程の、おびただしい数の銃弾を目にする事
が出来ただろう。
今回の弾丸の創造には﹃魔物に向かってまっすぐ飛んでいく﹄とい
う条件は付け加えていない。
というのも、もし自分の背後に魔物がいた場合、前方を銃弾の創造
魔法発動場所に選んでいたら、その間に俺の体があろうと、構わず
俺ごと撃ち抜いてしまうからだ。﹃俺の体を避けて飛んでいく﹄と
条件を追加しても、代価だ高すぎて発動出来ない。
だからこそ、この狭い空間のどこに魔物がいようとも必ず当たる様
に500発もの銃弾を一度に創造放射したのだが、これで倒せたか
どうかはわからない。
しかし、おそらくは数十発、最低でも数発は必ずその身に受けてい
るはずなので、この次の0,5秒後の放射までの時間は十分に稼げ
ているだろう。
魔物の位置を確認しようとして目に映る情報を脳が解析、そして認
識を始めようとするが、認識が完了する前に0,5秒が経過し第二
射の創造に入ることになった。
が、その創造よりも早く空間に変化が訪れ始め、次の瞬間には俺は
97
別の空間に飛ばされていた。
第二射の創造をしようと脳が指令を出し続けていたが、自分の支配
下の空間内では殺傷力が高い武器はショートカットで創造出来ない
ようにリミットを掛けていたので、実際に第二射が創造されること
はなかった。
つまりはここは俺の支配下にある空間、ダンジョンを攻略して新た
に獲得した1畳間の空間というわけなのだが・・・
まだ攻略した事を認識出来ていなかった俺は続けて銃弾を創造しよ
うとしていたが、頭の中で警告が鳴り響きひどく困惑してしまう。
しかし、あっという間に倒してしまう事態も想定していなかったわ
けではないので、その警告がダンジョンを攻略して支配下の空間に
飛ばされたからだと思い至る。
攻略して本当に安全な場所に居るのか?本当に魔物はいないのか?
と警戒しながらも、状況の整理を試みる。
今の自分は畳1枚分の狭い空間に閉じ込められており、自分以外に
存在しているのは傍に浮かぶタブレットだけだ。
その画面には
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ダンジョンLv1を攻略しました。
一畳間の空間を獲得。
魔物討伐報酬100万円を獲得。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
と表示されている事からも、ダンジョンLv1を攻略出来た事は明
98
らかだ。
その事実に喜びが沸き起こるかと思いきや、覚えているのは銃弾の
創造魔法を一度使ったということだけで、倒すべき魔物の姿を見る
間さえなく終えてしまったので、﹁もう終わったのか・・・?﹂と
いう感想しか出て来なかった。
︵あっさり終わったのは良い事だけど、イリアから自己資産を譲り
受けて2000万円もの創造代価を用意していたのになぁ・・・︶
終わるどころか始まったという認識さえ薄いのだが、無事に生還出
来たので良しとする事にした。
この様子だと続けてレベル2の攻略に乗り出しても問題なさそうだ
が、失った緊張感を取り戻すためにその場に座り込み、自分の成さ
なければならない事を思い出す。
俺が創ろうとしている世界はこんな畳何畳分とかいうスケールの小
さい話ではなく、生前に住んでいた街と同じくらいでかい世界を作
り上げることだ。
街の広さはだいたい5?四方だったはずなので、再現しようとする
と1550万畳の空間を確保しなければならない。
しかもそのままだと高さが2,5mしかないため、圧迫感を受けな
いように空も創るとなると、最低でも100mくらいは欲しい。
そうすると6億2千万畳もの膨大な空間を獲得しないといけないの
だ。
ダンジョンをLv1から順にクリアしていった場合、空間獲得税率
が90%もある現状では、Lv35000まで攻略して初めてそれ
99
だけの空間を獲得する事が出来る。
果たしてそこまで辿り着けるのだろうか?
Lv35000と聞いてもピンとこないが、Lv6の魔物を倒すの
に機関銃弾が1180発も必要だった。
機関銃弾よりも強力は戦車主砲弾や戦艦主砲弾、核兵器なんて手も
残されているが一体どこまで通用するのか。
︵核はさすがに自分も死にそうだから遠慮したいが・・・︶
というのも、創造魔法を授けてくれたじじいが言っていたが、炎を
創造したら自分も熱いらしい。
だからもし核兵器を使った場合、その際の衝撃波や放射能で自分も
死んでしまうかもしれないのだ。
それでもいつかは使わざるを得ないのかもしれない。
Lv35000のダンジョンに出てくる魔物の強さなんて想像も出
来ないのだから。
︵・・・攻略には地球以外の知識も必要なのかもなぁ。創造魔法と
は別の系統の魔法もあるってじじいが言ってたし、それを扱える人
物を入居させる事が出来たら、魔法も武器も色々教えてもらえるか
もしれない︶
自分が望む世界を創り上げるまでに、一体どれほど大きな、そして
どれほどの数の苦難を乗り越えなければならないのかわからずに不
安な気持ちが渦巻いてしまうが、何も今日一日でそこまで成し遂げ
なければならないわけではない。
そこに至るまでにも多くのイリアとの幸せな日々があるだろうし、
100
地球以外に住んでいた人間とも出会い、仲良くなってその星の事な
ど色々な事を知る事が出来るだろう。
創造魔法を使うだけでも楽しいのに、他の系統の魔法も習得するこ
とが出来たら日々の楽しみも増えてダンジョン攻略の助けになるか
もしれないし、一緒に戦ってくれる仲間も出来るかもしれない。
︵そのためにも、今は少しずつでも空間を広げていくんだ!︶
期待が不安を塗潰し、失った緊張感を取り戻した俺は、続けてLv
2のダンジョンへと突入を開始した。
20畳一間のダンジョンに突入した瞬間に、先程と同じく500発
の銃弾を創造し、またもや2回目の創造魔法を発動する前に新たに
獲得した2畳間へと転送される。
さらにダンジョンLv3、4、5も続けざまに攻略していき、五体
満足でイリアの元に帰る事が出来た。
ただ、五体満足ではあったが無傷というわけではなく、俺の両腕に
は細かい切り傷が幾つか袖に隠れるように存在している。
Lv4のダンジョンからは、魔物はボス部屋、俺はそこに至る通路
へ転送されるという安心設計で、しかもLv9まではボスが一体い
るだけの初心者仕様のダンジョンだ。
ボスと戦闘を開始するまでいくらかの猶予があったので、どうせな
ら戦車主砲弾がどれほど強力か試してみると、Lv4の魔物は1発
で粉砕する事が出来、Lv3までと同じで一瞬で片がついた。
Lv5も戦車主砲弾僅か2発ぶち込むだけですぐに終わったのだが、
1発目が魔物を突き抜けて背後の壁を大きく砕き、その破片が俺目
101
掛けて飛んできてしまったのだ。
とっさの対応として機関銃弾を創造して破片を撃ち砕いたのだが、
細かくなった破片全てを認識して狙い撃つ事など出来ず、顔に迫っ
て来た破片を腕で防ごうとした時に細かい切り傷を負ってしまった
のである。
出血も少なくほっといても治る程度の傷でしかなかったが、イリア
が心配するといけないので、飛ばされた5畳間の空間内で簡単な消
毒を行い、血が止まるのを待つ。
5分もせずに血は止まり、袖の破れた服を新しく創造してそれに着
替えから、イリアの元に帰還したわけだ。
6畳間の俺達の空間に戻ると、この世界での生き残りを賭けてダン
ジョンに挑戦して、なんとかこの空間を手に入れて無事再会を果た
した時と同じように、イリアは俺に抱きついて泣き始めてしまった。
緊張感を保つためにも部屋に戻らずに攻略を続けたのだが、攻略の
合間の精神統一が思っていたよりもずいぶん時間がかかってしまっ
たらしく、1時間以上も戻らない俺に何かあったのではないかと気
が気でなかったらしい。
戦果を報告して落ち着かせようとしたら、﹁攻略の合間があったの
なら、なんで一度戻って無事な姿を見せないのよ!?﹂と泣き顔の
まま怒られてしまい、﹁いや、だって緊張感が・・・﹂と言い訳し
ようとしたら、すでに冷静さを欠いていたイリアは、﹁新婚さんに
なったその日に未亡人になるなんて私嫌よ!!!﹂と突拍子もない
事を言いながら泣き崩れてしまった。
そんなイリアも可愛いと思ってしまったお馬鹿な俺は、イリアの頭
102
を優しく撫で続けてイリアを落ち着かせる。
その後の話し合いで、攻略の合間や余裕がある時には、俺のタブレ
ットから無事を伝えるメッセージをイリア用のタブレットに送るこ
とで合意した。
どこかに無線ルータがあるわけでもないのに、俺のタブレットから
はイリアの持つタブレットにメッセージを飛ばせるのは、俺のタブ
レットがマスター専用で特別だからだろうか。
戻ってくるまでに1時間以上を要したが、まだお昼にもなっていな
い時間だったので、それ以降の時間は獲得した空間をどう創造して
いくかイリアと話しながらゆっくり過ごし、明日は獲得した空間を
実際に創造していく事になった。
その日の夜、湯船に浸かり疲れを癒しながらダンジョンLv1−5
までの戦果を確認してみると、新たに獲得した空間は合計で15畳。
魔物討伐報酬は合計1500万円。
使用した機関銃弾は2300発で代価が575000円。
使用した戦車主砲弾が3発で代価165万円なので、十分な戦果と
言えるだろう。
喜んで良い場面だと思うのだが、自分の上げた戦果を思い出すと同
時に、Lv4と5でも魔物が人間の死体を喰い漁っていた事も思い
出してしまっていた。
それでも今の自分にはレベル4や5程度には負けない自信があるの
でそこまでひどい悲壮感を持ったわけではなく、そろそろ風呂上が
ってコーヒー牛乳でも飲むかと、すぐに気持ちを切り替える事が出
来た。
103
なにしろいくら考えた所で何もわからないのだ。
あの死体は誰なのかわからない。そもそも地球人かどうかもわから
ない。
何人挑戦して何人喰われたのかもわからないし、なぜ強制的にダン
ジョンに挑戦しなければならないほど査定金額が低かったのか、そ
んな俺たちを拒むかのようにどの世界も高額な入居費用を設定して
いるのはなぜなのかわからない。
いくつか推測は出来るが、情報が足りなさ過ぎて意味を成さない。
わからない事はいくら考えても仕方がないので、俺は風呂から出て
瓶詰めのコーヒー牛乳をぐいぐいっと飲み干し、1時間程イリアと
雑談した後その日は眠る事となった。
どころが、考えてもわからなかった事のほとんどが、まさか翌日中
に明らかになるとは夢にも思わなかった。
そしてそれは、どれも知りたくもない事実ばかりであった。
104
ホテルアフタヌーンの朝食
翌日の午前7時。
起きてまず最初に洗面所で顔を洗い、パジャマから普段着に着替え
る。
昨日ダンジョンから帰った後に、創造して冷蔵庫の横に設置してお
いた洗濯機に脱いだ服を放り込む。
そこにはカラーボックスを置いていたのだが、場所が狭いので中身
ごとアプリの中に収納している。
俺が着替え終わった後に洗面所を使って着替えて出てきたイリアも、
脱いだ服を丁寧にネットの中に入れてから洗濯機の中に放り込み、
使い慣れた液体洗剤と香りの続く柔軟剤を投入して自動洗いをスタ
ートさせる事になった。
電気を必要とせず、水を使っているのに排水も出ないという謎だら
けな洗濯機がうぃんうぃんと音を出してまわる中、俺とイリアは朝
ご飯を食べるためにテーブルの上にお皿やお椀を並べていき、二人
向かい合ってクッションに腰を下ろす。
後はお皿の上に朝食を創造するだけだが、さすがに昨日と同じ22
000円もするメニューを創造するわけにもいかない。
でも、代価を抑えて質が落ちてしまった事が丸分かりだと朝からテ
ンションが落ちてしまうので、タブレットの創造魔法アプリの入力
欄に﹃1000円で追加出来るホテルアフタヌーンの朝食2人分 食器自前﹄と入力して創造魔法を発動させる。
すると、焼きたての自家製クロワッサンと豆乳とコーンで作られた
スープ、有機野菜のサラダに黄身と刻んだベーコンだけで作られた
105
ミニオムレツと、さらには淹れたてのコーヒーとデザートに苺とバ
ニラとレモンのマカロンがついた、昨日の朝食に負けるとも劣らな
い豪華な朝食がテーブルに並べられたお皿の上に出現する。
個別で創造していけば1万円は軽く超えそうだし、食器まで創造し
ていたらおそらく数万円してしまうだろうが、それを僅か二人分2
000円で創造し、代価を抑えつつも十分過ぎる程美味しい食事に
ありつく事が出来た。
イリアもこれには満足したようで、満面の笑みを浮かべながら、ク
ロワッサンを手で千切りながら大事に食べ、軽く塩が振られただけ
のサラダもその素材を味わうようにゆっくり噛んで食べ、熱いスー
プをふーふー冷ます動作をしながら素早く俺の苺のマカロンを掴ん
で食べ、素知らぬ顔でスープのふーふーを続け・・・
︵って、なんで俺のマカロン食ってんねん!?しかも俺も苺が一番
好きなのは知ってるよね!?ねえ!?なんでなのイリアさん!!!︶
ふーふーと冷ますのを終えた猫舌のイリアは、そのまま何事もなか
ったかのように豆乳とコーンで作られたスープをマナーよろしくス
プーンで掬ってふーふーしてから飲み始める。
︵イリアさん!?スプーンでもふーふーして飲むならその前の丸ご
とふーふーいらないでしょ!?丸ごとふーふーはマカロンを奪うた
めのカモフラージュでしかなかったの!?︶
俺が疑惑の目を強めると、イリアはわざとらしく﹁アツッ﹂と言っ
た後、そのまま棒読みで言葉を続けた。
﹁火傷して舌が赤くなっちゃったから苺のマカロンは食べられそう
にないわー。あー悔しいけど兄さんに・・・あげるわ・・・﹂
106
舌は元々赤いし、赤いから苺ののマカロンが食べられないなんて理
由もわからないし、残念じゃなくて悔しいという発言はなんなのか
とか、他にも色々とつっこみたい所があるのだが、イリアなりに楽
しい食卓にしようと思ってやってくれたんだと、全てを納得するこ
とにした。
︵そうだよね?イリアさん?俺が気付かなかったらそのままだった
なんて事はないよね!?︶
俺がイリアの幸せそうな様子を見ようと思っていなかったら見逃し
ていた可能性が高いのだが・・・まぁ良いか。
そんなに苺のマカロンが食べたかったのなら、それだけ創造してイ
リアにあげようかと思ったが、代価が500円もするので止めた。
︵別に500円をけちった訳じゃないよ!?もう500円で1食丸
ごと創造出来ちゃうから、単品は効率が悪いと思って止めただけだ
よ!?︶
このようにただ単純に物を単品で創造するのではなく、﹃1000
円で追加出来るホテルアフタヌーンの朝食2人分 食器自前﹄のよ
うに実在する物やサービスから創造魔法を発動させると、代価を抑
えつつ高品質な創造が出来る事が判明したのは昨日の事だ。
昨日の夜、晩御飯を何にするか話し合った時、イリアが﹁昨日はお
魚をたくさん食べたし、その前は牛と豚さんをたくさん食べたから
鶏さんが良い!﹂と提案してきたので、﹁ローストチキンなんかど
うだ?﹂と俺が返すと、それが良いわという結論になった。
107
さっそくローストチキンを創造しようかとしたのだが、創造代価5
000円の表示を見て、そういえば丸鶏自体はもっと安いんだとい
う事を思い出してしまった。
生前に住んでいたあの部屋みたいにオーブンがあればイリアが調理
してくれるだろうが、ここでオーブンを創造しても置き場所に困る
だけだ。翌日にちゃんとしたキッチンを創る予定を立てていたので、
今日は5000円を支払って創造するかと諦めかけた時、そういえ
ば状態を選んで創造出来るんだからオーブンでローストが済んだば
かりの丸鶏を創造すれば良いんじゃないかと思い当る。
結果は創造代価933円でローストチキンを創造する事が出来、8
0%以上のコストダウンに成功。
他にも、﹃炊飯器で炊かれたばかりのお米 食器自前﹄と創造する
と、代価が一杯250円から35円に下がり、お店でご飯を買う時
の金額から家で炊いて作る時のコストまで下がった様だった。
これならもっとすごい家具や家電を想像したり、簡単に魔物を倒せ
る武器も創造出来るかもしれないと期待したが、﹃同時購入で一発
当たりの単価が安くなった、発射されたばかりで魔物に向かってま
っすぐ飛んで行く戦車の主砲弾﹄と入力しても代価が変わる事はな
く、﹃外箱に傷があり、アウトレット価格となった洗濯機﹄と入力
しても、やはり代価が変わることはなかった。
そのくせ﹃1000円で追加出来るホテルアフタヌーンの朝食2人
分 食器自前﹄や﹃死ぬ前日にうちのゴミ置き場に置いてあった綺
麗でまだ使えそうな洗濯機﹄と入力した時は明らかにコストパフォ
ーマンスが向上していたので、もしかしたら知っている物や見た事
がある物であれば有効なのかもしれない。
108
外箱傷ありの洗濯機は実際に存在していそうだが、実物を見たわけ
ではないし存在の確信がないため安く創造することが出来なかった
のも知れない。他にも試してみた﹃洗濯機を買うとおまけでついて
くる洗剤﹄と創造しようとしてもきちんと代価は要求されたし、﹃
2着目無料のスーツ﹄だとか﹃100円でレンタル出来るDVD﹄
も、購入した場合の代価を要求された。
存在を確信していても上手く創造出来ないこともあるようだ。
そして創造時の状態も、知っている状態や見た事がある状態でなけ
れば上手く創造出来ないようで、200度の熱湯を創造しようとし
てもその代価が1億を越えていたり、秒速1万mで飛んで行く消し
ゴムは代価に0が並び過ぎて目がくらみ、桁を数えるのを諦めた程
だ。
機関銃弾や戦車主砲弾は実物を博物館で見た事があるとはいえ、飛
ぶ様子は映画などで見ただけだ。それでも発射された弾丸は飛ぶの
が当たり前だと思っているためか、上手く創造出来ている。
今後使う可能性がある核兵器も創造だけなら1500万円で出来る
事がわかったが、﹃魔物目掛けてまっすぐ飛んで行き着弾と同時に
核爆発を起こす核兵器﹄と入力を追加すると、一気に15億円に膨
れ上がった。
まぁここまで膨れ上がったのは、核兵器は上空から投下するかミサ
イルに積んで飛ばすしかないと思っているので、飛ばすためのミサ
イルの創造に多大な代価がかかるせいなのだが。
ちなみにホテルアフタヌーンの1000円朝食は仕事の出張時に経
験済みで、落とせる経費を完全に越えていたがイリアへの良い土産
109
話になると思って高級ホテルのアフタヌーンに泊った事がある。少
しでも安く済ませようと朝食をケチろうとしたのだが、やっぱりど
うせなら食べてみたいと思ってお願いしたら1000円で追加出来
たのだ。
食器自前と入力したのはそうしないと食器まで創造されてしまうか
らだ。
ゴミ置き場の洗濯機は本当に使えるかわからないし、あまりにもケ
チくさいので全く別の新品の洗濯機を創造している。昨日のダンジ
ョン攻略時に創造魔法の代価をだいぶ稼いでいたので、奮発して1
2万円のドラム式の洗濯機だ。
そのドラム式は今初めて使っているのだが、ご飯を食べ終わっても
まわり続けたままの洗濯機に、いつになったら終わるのかなと中を
覗こうとしたら、イリアにクッションを思いっきり投げつけられて
しまった。
﹁残り時間なら画面を見ればわかるでしょ!ドラム式は時間かかる
のよ!覗きはダメなんだからね!﹂と怒られ、この世界に来てから
のイリアは俺に対して益々遠慮がなくなって来ているようで、それ
が嬉しいやら悲しいやら。
︵まぁ、それだけ距離が縮まってるって事だな!扱いが雑で悲しい
なんてことはこれっぽっちもないぞ!︶
初めてのドラム式なので!初めてのドラム式なので!︵決して邪な
考えを抱いているわけではないので2度言って強調してみた!︶、
中がどうなっているのか、どういう感じに仕上がるのか気になるが、
乾燥まで終えるのにまだ2時間もかかるらしく、ずっと待つのは暇
なので空間の創造を始める事にした。イリアの視線も痛いし!
昨日新たに獲得した空間は合計15畳。
110
自分にも何か役割が欲しいとお願いしてきたイリアのために、9畳
を使ってダイニングキッチンを創り、毎日の料理を担当してもらう
ことになっている。
ホテルの朝食も美味かったが、イリアの手料理には敵わないだろう。
︵何しろ愛情が・・・!きゃー!!!︶
そんなバカップル二人の様子を、もし他の誰かが見たとしたら、そ
の人は甘ったるさに胸焼けを起こすのだろうか?それとも羨ましが
るのだろうか?
今はまだ二人だけの世界で他の誰かがいるわけではないのだが、新
たに獲得した15畳の内の残りの6畳は、俺達以外の初めての入居
者を迎え入れるための、その人が使う自室として創造する予定だ。
順調に入居者が現れれば、俺達を見てどう感じるのか聞いてみる事
が出来るかもしれない。
︵・・・どう言われようと、前向きに捉えるだろうがな!︶
111
六畳間の悲劇・・・いいえ、喜劇です!?
コストパフォーマンス抜群のホテルアフタヌーンの朝食を美味しく
食べた後、俺は新たに獲得した15畳分の空間の創造に入るために
空間管理アプリを起動させた。
まずはイリアのためのダイニングキッチンから創り上げようと思い、
横幅が畳1,5枚分の270?、縦が畳3枚分の540?という縦
長の形をした9畳の空間を創り上げ、同じように縦長の形をした俺
達の六畳間に接岸するように配置する。
これで2つの空間は隙間なく接しているのだがそれだけでは空間同
士は繋がっておらず、アプリで結合範囲を指定して初めて空間同士
の行き来が可能となる。
俺達の六畳間とダイニングキッチンは当然別々の部屋として使いた
いので、俺はアプリを操作してユニットバスの扉のすぐ近くの壁6
0?分だけ空間を結合して部屋同士を繋ぐ出入り口を創り、その横
にスライド式の扉を設置する。
出入り口はまだ白い壁紙に覆われたままだが、それを突き破ればい
つでも新たな部屋へ足を踏み入れる事が出来る、そう思った瞬間、
今まで感じた事のない程大きな渇望が心の底から湧き起こった。
六畳間の部屋だけでの生活はまだ48時間程度しか経っていないは
ずなので、ストレスも大して溜まっていないものだとばかり思って
いたが、﹃48時間家に閉じ籠っている﹄という状態に比べ﹃他に
空間が一切存在せず、どこにも行けない状態が48時間続く﹄とい
う状況で心にかかる負担は桁違いに大きかったみたいだ。
112
新たな空間、しかもより広い空間への到達が可能となった今、俺は
一刻も早くその空間に足を踏み入れようと、無意識のうちに部屋の
出入り口に向かって駆け出していた。
イリアも俺と同じ渇望を、もしかしたらダンジョンに突入したり、
一時的とはいえ獲得した空間に滞在していた俺よりも更に深い渇望
を感じていたのか、俺に負けじと勢い良く駆け出しており、二人し
て部屋の出入り口に駆け寄る事となった。
ところが俺もイリアも駆けるスピードに大差はなく、このままでは
幅60?の一人用の出入り口に二人が同時に飛び込んでしまい、通
り切れずに壁にぶつかり怪我をしてしまう恐れが出てきた。
イリアに怪我をさせてまで一番乗りを決めたいわけではないので、
俺はイリアに道を譲ろうと思ったが、そのイリアは目指す出入り口
までの直線から横に外れだす。
イリアも俺に道を譲ろうとしてくれたのかと思い視線を向けると、
イリアの優しい眼差しがそこにはあり、俺にこう語りかけてくれて
いるようだった。
﹃やっぱり兄さんは優しいわ・・・いつも私の事気遣ってくれて、
ありがとう﹄
イリアのその感謝の言葉は俺の胸にジーンと響き、俺もイリアに対
して優しい目でこう語りかけた。
︵本当に優しいのはイリアの方だよ・・・いつもお前には助けられ
てばかりだ。これからもずっと一緒にいような︶
俺は新たな部屋の出入り口に向かって駆け寄りながらもイリアとじ
113
っと見つめ合い、イリアから送られてくる優しさは俺に勇気も与え
てくれるようだった。
︵イリアの気持ちに応えるためにも怖がらずに全力で飛び込もう。
壁紙程度で怖がるな!漢を見せろ!︶
そう決意してその時に備えるが、道を譲ってくれたはずのイリアが
なぜか依然として隣に並走している。
︵イリア?いい加減止まらないと扉にぶつかるぞ?︶
俺は心配になって再びイリアに目で語りかけるが、イリアも同じよ
うに俺に心配の眼差しを返して来た。
まるで﹃兄さん?このままだと壁にぶつかってしまうわよ?﹄とで
も言いたげな顔だ。
︵何を言ってるんだ?俺はぶつからないから良いんだ︶
﹃私だってぶつかるようなヘマはしないわ。見てなさい!﹄
イリアはそんな自信満々な視線を俺に送った後、目による会話を打
ち切る様に瞬時に顔を前に向けた。
俺はイリアがこれから急ブレーキをかける為に前を向いたのかと思
ったが、イリアは少しもスピードを緩めようとはせず、なぜかその
細い腕を目の前の扉へと伸ばし始めた。
︵イリア?なんで扉の取っ手に手を掛けるんだ?勝手に閉じて俺が
ぶつかったりしないように、わざわざ押さえてくれようというのか
?︶
114
でも押さえるなら取っ手じゃなくて扉その物を手で押さえつければ
もっと楽に出来るはずだ。
イリアが何をしたいのかわからない。わからないが物凄く嫌な予感
がして来た!
俺の頭の中では急いで止まれという警告が鳴り響くが、白い壁紙は
もう目と鼻の先まで迫っていて、もうどうあがいたところで止まれ
そうにはない。
︵なんか良くわからんがやるしかないだろ!︶
悩んだ末に予定通り壁破りを決行する事にした俺は、その足を踏み
切って宙に飛び出す。
しかし、扉の取っ手に手を掛けていたイリアの細い腕が勢い良く引
き払われ、先程設置したばかりの開いたままだったスライドドアは、
当然のように閉められた状態に移行、つまり飛んで壁紙を突き破ろ
うとしていた俺の目の前にスライドしてきて、俺の行く手を遮る壁
となって下さいましたー!?
︵なんでやねん!!!?︶
俺はブレーキや受け身はおろか、心の中で叫ぶ以外のなんの行動も
取る事が出来ずに勢い良く扉に激突。
﹁ぐぶうっ!?﹂
扉に激突した俺が潰れた声を出すのとほぼ同時に、閉められた扉の
先に存在する部屋の壁に激突したイリアも、﹁ぎゃんっ!?﹂とい
う可愛いらしい悲鳴を上げた。
俺とイリアは揃って跳ね返る様に背中から床に倒れ込み、背中を床
115
に打ち付けて﹁ぐうっ!?﹂と短い悲鳴を上げた後、全身を襲う強
い痛みに声にならない声を上げながら、床をのたうちまわる事にな
ってしまった。
幸い怪我はしなかったものの、スピードを落とす事無く全速力で扉
に激突したダメージは大きく、いくら耐え続けても痛みは治まって
はくれない。
痛みで顔を真っ赤にし、目には涙を浮かべながら、この事態を引き
起こしてくれた相手に向かって怒り顔を向けた。
﹁イリアぁぁぁ・・・!!!なんでいきなり扉閉めるんだよ!?譲
ろうとしておきながらそれはないだろ!?﹂
﹁何言ってるのよ!?譲ってくれたのは兄さんじゃない!そんな事
よりなんで扉の向こうが壁なのよ!?﹂
俺がイリアにそう強く抗議すると、イリアはイリアで俺に対して強
い怒りを顕にした。滅多に見ないイリアの怒る姿に肝がわずかに冷
えるが、俺だって怒ってるんだ!
﹁扉を閉めたら壁があるのは当たり前だろ!そんな事もわかんない
のか!?﹂
﹁私は開けたのよ!?まだ出入り口繋げてなかったってんじゃない
わよね!?﹂
﹁ちゃんと繋げてたよ!だから飛び込もうとしてたんじゃないか!﹂
﹁繋げてたのならなんで壁のままなのよ!?・・・・・飛び込む?
??私じゃなくて兄さんが!?どういうことよ!?﹂
﹁この部分に出入り口を繋げてたから、あとはこの壁紙に飛び込ん
116
で突き破れば向こうの部屋に行けたんだよ!!!﹂
怒りでヒートアップしながらも怪訝な顔を示すイリアに、俺は閉め
られた扉を開け直してこの部分を繋げたのだと指し示す。
イリアは指し示された場所を、何の事なのか理解できないといった
様子で首を傾げながら眉間に皺を寄せて鋭く睨みつける。
﹁その部分???・・・どういうこと!?この扉閉まってたんじゃ
ないの!?﹂
﹁あれ・・・?イリアも気付いてて壁紙に飛び込もうとしたんじゃ
ないのか?﹂
﹁そんなの気付けるわけないじゃない!なんでそんな事したのよ!
?壁が残ったままで扉があれば、その扉は閉まってて、開けて移動
しようとするのが当然でしょ!?﹂
イリアにそう言われ、俺は被害者だと思っていた自分が実は加害者
でしかなかったのだと気付かされる。
抵抗する根拠を失った俺は素直にイリアに謝ろう・・・とはしなか
った!
激しさを増すイリアの剣幕を前に全面降伏などしたら、どんなひど
い仕打ちを受ける事になるか!
だって今のイリア怖いんだもん!!!
﹁お笑い番組でたまにやってるの見るだろ?壁破りをさ!あれをや
ってみたくなったんだよ!嬉しい気持ちを思いっきりぶつけてみた
かったんだよ!﹂
﹁何仕方なかったみたいに言ってんのよ!!!それならそうとちゃ
んと説明しなさい!!!兄さんが説明しないせいで壁にぶつかって
ものすごく痛かったのよ!?﹂
117
﹁っぐ!・・・でもっ!でも俺だってイリアに扉閉められて、思い
っきりぶつかってすごく痛かったんだ!だからおあいこだ!﹂
﹁誤魔化さないで!兄さんは自業自得よ!兄さんの事が心配になっ
てちらっと見て見れば、なによあれ!?あんな滑稽な激突シーンな
んてどのお笑い番組でも見た事ないわよ!
あんな・・・ぷっ!兄さんが飛んで・・・私が閉めたドアが間に入
って・・・ぷぷっ!激突するなんて・・・あはっ!あははははっ!
!!﹂
イリアの脳内ではあの時の光景がリプレイされているのか、突然大
きな声を上げて笑い出すイリア。
俺は痛い役だったのであまり笑いたくないのだが、思い返してみる
とそんな事普通あり得ないだろうと、やたら可笑しく思えてきた。
﹁ふはっ!イリアだって!そっちの扉の先には何もないのに!扉を
スライドさせた後迷わず突っ込んで壁に頭からゴンってぶつかって
!・・・ははっ!ふはははははっ!!!﹂
そうして俺とイリアは互いの滑稽な姿を幾度も思い返し、怒りを忘
れてその後暫くの間お腹を抱えて笑い転げる事となった。
お腹が痛くなるまで笑い続けた後、すっかり機嫌が良くなった俺と
イリアは互いに一番乗りを譲り合った末、一時的に空間の結合範囲
を広げて今度は二人一緒に飛び込む事になった。
俺とイリアは手を繋いで壁の前に並んで立ち、﹁いっせーのーで!﹂
でジャンプして壁紙だけとなったはずの壁に向けて飛び込んだのだ
が、なぜか今回も新たな空間に到達する事が出来なかった。
118
﹁兄さん!?﹂
﹁違う違う!俺のせいじゃないぞ!?でもなんで・・・﹂
﹁もしかして壁紙じゃ分厚過ぎるんじゃないの?繋ぎ目もないから
破れ出す場所もないし・・・それにお笑い番組の壁破りって、発泡
スチロールとか障子とか砕けやすかったり破れやすい物を使ってな
かった?﹂
﹁そう言われればそうかも・・・﹂
それならと、俺は創造魔法で壁紙の上に薄い発泡スチロールの壁を
張り付け、その裏に隠れている壁紙だけを収納して準備を整えた。
﹁兄さん・・・もろわかりよ?﹂
﹁別にいいだろ!?安全第一だ!﹂
この部屋では異物でしかない発泡スチロールの壁をイリアにそう指
摘されながらも、不満に思った訳ではないイリアは可笑しいといっ
た様子で俺に笑い掛けてくれ、俺が同じように笑い返した後、再び
いっせーのーでと声を合わせてその壁に向かって飛び込んだ。
俺達の突撃を食らった薄い発泡スチロールで出来た壁は、パンッ!
!!と大きな音を立てて見事にぶち破られ、俺達はやっとのことで
新たな部屋へと到達することが出来たのだった。
もちろん、手を繋いで二人揃っての到達だ。
119
蛇口大戦︵勇者イリアVS魔王アッパレー︶
六畳一間しか存在しなかった世界から、新たに創られた9畳の空間
への到達を果たした俺とイリアは、心も体も溢れんばかりの解放感
で満たされ、嬉しさのあまり抱きあって喜びを分かち合う。
それでも治まり切らなかった喜びを何かにぶつけたいと思い、室内
でも出来るスポーツをしてみないかという話になった。
室内で出来るスポーツという事ですぐに卓球が候補にあがったのだ
が、もっと全身を使うスポーツがしたいという想いが強く、他に何
かないかと二人で模索を続けるがなかなか良い案が出て来ない。
︵室内だと卓球くらいしかなさそうだけど、温泉に入ってからやれ
ば満足出来るかな?︶
卓球でも十分充実した時間が過ごせるように雰囲気を作って盛り上
げようかと考えたのだが、その温泉がヒントとなりある事を思いつ
く。
﹁イリア!プールだ!プールを創って遊ぼう!!!﹂
﹁プールってあのビニールの・・・?﹂
﹁違う違う!この部屋に残りの6畳をくっつけて丸ごとプールとし
て使うんだよ!﹂
丸ごとと言っても、2つ合わせて15畳しかないので、出来るプー
ルは精々横5m四方の小さなプールだ。横幅を1mに抑えてしてや
っと25mに届く程度の広さでしかない。
120
イリアも思いっきり泳げるわけではない事にはすぐに気付いたみた
いで、すんなり同意を得られはしなかったが、俺がその狭いプール
でも色んな事が出来るんだと話してやると、満面の笑みを浮かべな
がら賛同してくれた。
なにしろ空間の広さが15畳しかないとはいえ、俺には物を自由に
創りだす事が出来る創造魔法の力と、空間の形を自由に変える事が
出来るマスターとしての力があるのだ。
創造魔法を使えば波のプールも再現出来るだろうし、マスターの力
と併用して使えばドーナツ型の空間を創って、その中に流れるプー
ルも再現出来るはずだ。
それ以外にもいくつか面白い遊び方を思いついていて、元々高くな
っていたテンションが更に高くなり、楽しみに浮かれながらプール
で遊ぶための準備に入った。
プールで遊ぶなら当然水着が必要だろうと思い、水着を創造するた
めにタブレットに入力する情報をイリアから聞きだすと、﹁去年私
がどちらを買おうか最後まで悩んだ末に選ばなかった方の水着!サ
イズだけD65にして!﹂と、気分が高揚していたイリアは恥ずか
しげもなくあっさりと答えてくれた。
︵わざわざサイズをD65にするのは、去年はD65ではなかった
がその後成長したということですかー!?そして選ばなかった理由
はそれだけ恥ずかしい水着だったりするのでしょうかイリアさん!
?︶
男の夢が膨らむイリアの水着は、六畳間の部屋のユニットバスの中
を創造場所に選んでおいたのでイリアはその中で絶賛着替え中で、
121
どんな水着なのかまだ知らない俺は、わくわくとどきどきで心の中
を満たしながら部屋を水で満たす準備を進めていた。
準備と言っても取水口や蛇口を創造設置するのではなく、水鉄砲や
ウォーターガンのような遊び道具ばかり創りだしている。
どうせ水を貯めるのなら、その前にも色々遊んでおいて、その過程
で水を貯めていけば良いと考えたのだ。
水鉄砲やウォーターガンも家電製品と同様、水を補給しなくても水
を撃ち続ける事が出来るという優れ物で、中でもすごいと思ったの
が水道の蛇口だ。
これも捻れば水が出てくるのだが、全開にした時の勢いはウォータ
ーガンを越える程だ。
蛇口だけを手に持っている姿はなんだか滑稽に思えるが、蛇口の先
にホースを付けて全開にし、尚且つ口を絞って水を発射するととん
でもない威力が出る。
部屋の隅までいとも簡単に到達するその勢いに、ますますテンショ
ンを上げながら試し撃ちを続けていると、﹁兄さんずるいわ!私も
!﹂と、水着に着替え終わったイリアが声を上げながら駆け寄って
来た。
︵ぐはっ!?黒!?イリアが黒い水着を着ているだと!?︶
近寄ってくるイリアが身に付けていた水着は、去年までの定番だっ
た白やピンクのそれではなく、普段着る洋服でさえ着ているのを見
た事がない黒い色をした水着だった。
今までのイリアのイメージとのギャップに驚くが、これが全然似合
122
っていないわけではなく、むしろここ2,3年大人っぽさを増すば
かりだったイリアには良く似合っている気がする。
身長も160?あり、手足も細くモデルのようにすらっとしていて、
尚且つD65に育ったお胸様がホルタービキニにしっかりと支えら
れてその存在感を増しー!?
︵やばいいいい!!!まずいいいい!!!落ち着け俺っ!!!︶
予想以上の大人っぽさ、色っぽさをイリアの水着姿に感じてしまい、
近寄ってくるイリアに今感想を聞かれたらとんでもない事を口走っ
てしまいそうな気がするので、必死に無難な言葉を探し始める。
ところが、本来なら近寄ってきたイリアが水着の感想を求めてくる
はずなのだが、元々テンションが上がっていた所に、蛇口しかない
のに水が出てくる現象を見て更に興奮を増していたのか、イリアが
取った行動は俺の感想を聞きだす事ではなく、俺の傍に転がってい
たもう一つのホース付きの蛇口を拾い上げ、そして俺に向けて勢い
よく発射する事だった。
しかもいきなりの蛇口全開でホースの口を絞って・・・
﹁って、痛いから!!!いきなり全開全力攻撃とかいたあああああ
あ!?﹂
イリアにそう強く抗議しようとするも、開いた口に水を叩きこまれ
て言葉を遮られてしまい、湧き起こる対抗心のおかげで一気に気持
ちが切り替わった。
︵そっちがその気なら!!!︶
俺達の六畳間とこの15畳の空間の結合を解き、好き放題水をぶち
123
まけられるようにすると、すぐに俺も蛇口を全開にし、ホースの口
を絞ってイリア目掛けて放水攻撃を開始した。
部屋の中を駆けながら互いに蛇口のホースを相手に向けて放水攻撃
を繰り返し、蛇口などの攻撃用の道具以外にも防御用の道具として
創造しておいたビート板素材の盾やテーブルなどを使って相手の攻
撃を防いだりたりと、武器も防具も何度も組み合わせを変えながら
遊び続ける。
それでも一番人気はやはりホース付きの蛇口で、他の武器に変えて
もすぐに蛇口に戻ってしまうイリアに対抗しようと蛇口を複数連結
したホースなんかも創ってみる。
しかし、俺が蛇口を捻っている間にイリアの﹁させないわ!﹂とい
う掛け声と共に発射された放水攻撃に連結蛇口を弾き飛ばされてし
まい、そのままイリアに奪われ、その強力な攻撃をこの身に受ける
事となってしまった。
すぐにビート板素材のテーブルを盾にしたのだが、あまりの勢いに
一瞬でテーブルは壁まで吹っ飛んで行き、続けて俺もあっという間
に壁まで押し流されてしまう。
俺も負けじと同じものを創造しようとするが、蛇口放水攻撃のプロ
であるイリアにまたしても手元から弾かれてしまい、このままでは
やられると思った俺はあるチート能力を発動させた。
﹁ふはははは!!!勇者イリアよ!なかなかの攻撃だったがやはり
その程度か!本気になった俺様の敵ではないな!!!﹂
﹁そっそんな!?私の必殺のウォーターキャノンが効いてないの!
124
?魔王アッパレーめ!!!﹂
※天槝晴↓天晴れ↓アッパレー。小さい頃にイリアが付けた俺のあ
だ名。
︵っていうか勇者イリアってカッコいいな!?ずるいぞイリア!︶
勇者イリアと魔王アッパレー。
その名前のカッコよさの差だけで既に勝敗は決したような気がした
が、魔王アッパレーも起こしている現象のカッコよさでは負けてい
ない。
勇者イリアが放った連結蛇口による放水攻撃を、押し出した手で全
て無効化しているのだ。
︵勇者の攻撃を無効化している俺様カッコいい!?︶
まぁ、ただ単に水が触れた瞬間に収納しているだけなのだが・・・
それでもバリアーを張っているみたいで無性にカッコいい気がし、
ノリノリで演技を続ける。
﹁どうした!?もう終わりか!?このまま俺様の手が貴様に触れれ
ば、その瞬間に貴様は跡形もなく消え去るのだ!!!もしもこれ以
上の技を出せるというのなら後悔しないうちに出すが良い!そして
俺様をもっと楽しませろ!!!﹂
﹁わかったわ・・・見せてやろうじゃない!!!これが私の奥の手
よ!!!受けてみなさい魔王アッパレー!!!﹂
勇者イリアはそう豪語しながら床に転がっていたもう一つの連結蛇
口を颯爽と拾い上げると、左右の手に一つずつ装備して、連結蛇口
2つによる同時放水攻撃を俺様に仕掛けて来るが、その程度では魔
王である俺様には通用しない!
125
﹁こんな物が奥の手とはな!先の攻撃が2倍になったところで俺様
のバリアーは破れんぞ!さぁどうする!?このまま俺様の手によっ
て消滅するか、それとも俺様の妾になって一生を過ごすか好きな方
を選ばせてやろう!!!﹂
︵あ・・・なんかイイ・・・勇者イリアを好きに出来るなんてとっ
てもスバラシイー!?︶
創造魔法の使い手である魔王アッパレーの勝利はもはや確定的で、
これ以上の攻撃手段が存在しない勇者イリアにはどう考えても勝ち
の目がない。
勝利の後、イリアの日焼け止めを俺が塗るとか、ノリでちょっとエ
ッチな要求をしても良いかなとアホな事を考え始めてしまったため、
勇者イリアの変化に気付くのが遅れてしまう。
勇者イリアはなぜか落ち込んだように俯いており、その様子に気付
いた瞬間には一転して怒気に溢れ返り、とんでもないえぐい攻撃を
しかけてきた。
﹁なんで私が妾なのよー!!!!!本妻はどこのどいつよ!!!!
!﹂
﹁はっ!?えっ!?﹂
イリアの怒気もその叫び声も一体なんなのか少しも理解できないま
ま、今の今まで俺の両手に向けて発射されていたダブルウォーター
キャノンの狙いが突然変わり、あろうことか俺の大事な大事な、大
事な!股間を!見事に撃ち抜きやがりましたー!?
126
﹁ぐぎぁやああああああああああ!!!!!﹂
咄嗟の事というか、まさかそんな逆襲があると思っていなかった俺
は攻撃を防ぐ事が出来ず、手でカバーしようとするも連結蛇口の攻
撃力の前にあっさりと手は弾かれ、そのまま壁に押し流される切る
まで股間に直撃弾を浴びせられ続ける事に・・・
強烈な痛みにその場に蹲り、全身から脂汗がふき出し、あまりの痛
みにもう使えないんじゃないかと本気で泣きそうになった。
もしもの時は責任を取ってもらおうと心誓い、そのイリアはどこに
いるんだと部屋の中央に目を向けると、イリアは俺を心配するどこ
ろか連結蛇口を天に向けて掲げながら、
﹁魔王アッパレーはこの勇者イリアが見事に討ち取ったわー!!!
まさにアッパレー!!!﹂
なんて下らないダジャレをほざいていやがる。しょうもなさすぎる
ぞ勇者イリア!
といっても、アッパレーというのは子供の頃にイリアがふざけて付
けたあだ名なので、それを何度も口にしたり、ダジャレが出てきた
りするのは童心に戻って心から楽しんでいる証拠なのだろうが。
︵ってか、それよりも俺の心配してよ!!!この痛みは演技じゃな
いのにーーー!!!︶
蛇口勇者イリアの姿を横目で見ながら痛みが治まるのを必死に耐え
続けるが、魔王アッパレーを討伐した後もノリノリのイリアは﹁次
は波のプールを創ってよ!﹂とすぐさま次の要求をして来る。
そんな無慈悲な勇者イリアに対して、必ず復讐してやると俺は心の
中に誓いを立てたのであった。
127
史上初!?連結ダイビングスーツ!
イリアに波のプールを創ってとお願いされた後、創造魔法で大量の
水を創って押し寄せる波を発生させてそれに乗って楽しんだり、プ
ールの中央の水を根こそぎ収納して強力な引き波を発生させて引き
込まれる感覚を楽しんだりと、波のプールを大いに堪能していく。
蛇口大戦から波のプールと、休みなしで1時間以上遊び続けてさす
がに体に疲れを感じ、大人用の大きな浮き輪に足ごと体を乗せ、そ
のまましばらく水の上を漂って体を休める事になる。
3m×8mの直方体だった空間はドーナツのようなループ状に変形
させており、所々に設置した蛇口を全開にしてプール全体にゆっく
りとした水の流れを作り出し、脱力した体を乗せた浮き輪がたまに
壁にぶつかりながらも前へ前へと進んでいく。
波のプールで遊び始めたばかりの時はイリアにどう復讐してやろう
かと考え続けていたが、六畳間だけの空間から抜け出して多大なス
トレスから解放された上に全身を使って遊ぶ喜びはとてつもなく大
きく、復讐計画などすぐに忘れる事となった。
そうして今、俺の頭の中を占めているのは、次に創造するとんでも
ないウォータースライダーについてだ。
頭の中で何回もシミュレーションを繰り返し、これは驚異的な面白
さを感じる事が出来ると確信した俺は期待に胸を高鳴らせ、俺と同
じように体を休めているイリアに次の遊びを提案しようと、浮き輪
から飛び降りて前を行くイリアに近づいていく。
128
﹁イリアー!﹂と嬉しさに弾む声で名前を呼ぶと、イリアも何か面
白い事が始まるのかと期待するように勢いよく浮き輪から飛び降り、
俺の方に振り返って﹁なになに!?﹂と嬉しそうに返事を返してき
た。
そうして俺はイリアに嬉しそうに問いかけた。
﹁イリア!プールの醍醐味といえばなんだ!?﹂
﹁焼きそば!!!﹂
﹁そうそう、泳いだ後に食べる焼きそばって特別美味く感じるよな
ぁ!・・・じゃねえだろ!?
なんで焼きそばなんだよ!?ウォータースライダーだろ!?毎年プ
ールで一番楽しみにしてただろ!?﹂
イリアに良い笑顔で即答されたので一瞬それが俺の求めていた答え
だと錯覚してしまったが、そんなわけがない!
︵というか、ウォータースライダーより焼きそばの方が楽しみだっ
たのか?ちょっと自信なくすぞ・・・︶
﹁ウォータースライダーも創れるの!?それなら焼きそばはその後
でもいいわ!﹂
そう言って目を輝かせてくれたイリアの姿を見て、ウォータースラ
イダーの選択肢が抜けていただけだったんだと安心するが、その後
に焼きそばを食べる事を暗に約束させられたような気がするのは気
のせいだろうか。
そして好きな物は後で食べるイリアの性格を考えると、優先順位が
高いのは・・・
129
︵いや!プールに行っても焼きそばを食べる回数は一回だけだ!ウ
ォータースライダーは何回も行くからそっちの方が楽しみなはずな
んだー!︶
それで間違いないと無理矢理自分を納得させ、気を取り直してイリ
アにこれから創るウォータースライダーについて説明を開始した!
﹁俺がこれから創るウォータースライダーは、地元のプールにある
やつみたいに終わった後もっと長ければ良いのになって物足りなさ
を感じることもなくて!しかも!超加速を伴って発進する驚異の爆
走ウォータースライダーだー!!!﹂
﹁なによそれ!?物凄くやってみたいわ!!!﹂
イリアは俺の言葉に好奇心をつのらせ、すぐにでもやりたさそうに
うずうずしている。
︵よし!この様子なら押しきれるか!?︶
﹁じゃあこれに着替えて!﹂
そうして俺がイリアに差し出して見せたのはダイビングで使うため
のボディスーツだ。
足が4本、手が4本ぶらさがっているので2人分ある。
ぱっと見は只のダイビングスーツだ。そう、只のダイビングスーツ
でしかないのだが!?
俺があまりのスピードに水着が耐えられないはずだと説明してイリ
アに着る事を了承させると、イリアは耐えられなかった際の自分の
姿を想像してしまったのか、少し顔を赤らめながら恥ずかしそうに
130
そーっとダイビングスーツに手を伸ばした。
﹁私のはこっちかしら?﹂
イリアが自分の分と思われる一回り小さいほうのボディスーツを手
に取ろうとするも、俺用の一回り大きいボディスーツも一緒になっ
てついてきてしまう。
﹁あら?絡まってるのかしら?﹂
イリアはそう呟いて二つを解こうとするが、2着はお腹の部分が縫
い目なく密着しており、いくらやっても二つが分かれる事はない。
つまり、これを着れば俺とイリアが強制的に抱き合う形となるのだ!
﹁にっににに兄さん!?なんてもの創り出すのよ!?どういうこと
!?﹂
イリアは先程の水着姿同様、それを着て抱き合っている姿を創造し
てしまったのか、あまりの恥ずかしさに先ほどよりも顔を真っ赤に
しながら、信じられない物を見てしまったという驚きの表情でスー
ツと俺に何度も交互に目をやり、俺をそう問い詰めてきた。
︵やっぱりすんなり納得は出来ないか!?︶
別に俺だって抱き合いがためにこれを創ったわけではなく、正当な
理由があるのだ。そう、正当な!
だから説明させてくれ!!!
﹁いいかイリア!これから創るすっごく面白いウォータースライダ
ーは超加速すると言ったよな?
131
でもそのための滑走路と周回コースを創ると、空間が狭いから待機
スペースを創る余裕がないんだ。だから一緒に滑るしかない。
一緒に滑るなら、超スピードの俺達がぶつかってしまうと危ないか
ら、どうしても繋がってないとダメなんだ!それもただ抱き合って
るだけじゃ離れちゃうかもしれないから。だから物理的に繋がった
スーツを創ったんだ!!!OK!?﹂
俺も若干テンパってはいたがなんとかイリアに説明を果たし、イリ
アに﹁言われてみれば正論のような気がするけれど・・・﹂と言わ
せる事が出来た。
﹁安心しろ!生地は厚く創ってあるから!水着のまま抱きつくより
も全然平気なはずだ!﹂
それにこのウォータースライダーで遊ばなければ絶対に勿体ないと
あの手この手で説得を続けた結果、最後はわくわくに満ちたイリア
の了承の言葉を聞くことが出来た。
表も裏もさらさらな素材で出来ていて水着の上からでも着られるダ
イビングスーツを、まずはイリアから着てもらい、次に俺が着る事
になった。
着ると言っても、イリアに寝転んでもらって横から滑り込むように
して着るため、スーツの形をした寝袋にでも入っていくような感覚
だ。
しかし、いくら肌は接しないとはいえ、イリアが着ているスーツの
中にこの身を通そうとして生じるこの感覚はどう表現して良いのか
わからない。
嬉しくもあるが、恥ずかしさも大きく、いけないことをしているよ
うな感覚もある。
132
いずれにしても、着替えから空間創りから創造魔法発動まで、手を
止めることなく作業を続けなければ緊張で身動きが取れなくなって
しまいそうで怖い。
着替えやその他の作業を急ぐため、そして恥ずかしい雰囲気を変え
るために、俺はコンポを創ってある音楽を掛ける事にした。
﹁兄さん・・・プールだと全くの無関係じゃないからちょっと怖い
のだけれど・・・﹂
そう言って身を縮ませたイリアにも聴こえているのは、ずーずん・・
・ずーずん・・・という何か恐ろしいものがゆっくり近づいて来る
ような音。
ずーずんずーずんと徐々に音の間隔が短くなっていき、もう近くま
で迫って来ていてー!?
︵早くしないとジョーズに喰われる!!!︶
そのジョーズのテーマ曲に急かされるように俺は急いで着替えを済
ませ、恥ずかしさで躊躇ってしまうような事もなく、イリアの背中
に腕を回してチャックを閉じてやり、イリアにも俺のを閉じてもら
った。
ダイビングスーツは頭まで覆えるフルサイズだったので、互いに頭
を覆って俺達の準備は完了だ。
着替え終わった後は、効果てき面のジョーズのテーマ曲を聴きなが
らすぐに空間創りに入っていった。
タブレットを操作するためイリアには顎を引いてなるべく小さくな
ってじっとしててもらい、イリアの後ろに手を回してマスター専用
133
アプリである空間管理アプリを操作して15畳分あるこの空間を、
俺達に2畳分だけ残して残りを全て切り離す。
切り離した13畳分の空間を直径1mの筒状にし、流れるプール同
様にループ状にして回り続けられるようにする。
空間の高さを減らしたおかげでそのコースは50mまで延ばす事が
出来ている。
次に俺達が寝そべっている2畳分の空間を、コースより一回り小さ
い直径80センチ長さ15mの滑走用のトンネルに変え、これを内
側から回り込むようにコースに接続し、発射後はコースを回り続け
るようにする。
俺達の足元には分厚い鉄板を創造してあり、トンネルに創った溝に
沿って移動出来るように設置している。あとは鉄板を動かす推進力
を創造魔法で生み出せば、鉄板は俺達を押し出すように進み、その
勢いを利用してコースに飛び出せるというわけだ。
これで大まかな作業は終了だ。
仕上げとしてマスターの空間管理アプリの機能の一つ、空間の壁面
の摩擦をトンネル部分は完全に0、コース部分は氷と同じ0,1程
度に変更を加える。
これでコースも相当滑るようになるので、そのままだと勢いよく飛
び出す俺達がいつ止まるかわからないため、減速させるためにコー
スには水を薄く水を張っておく。それでも足りなければその場で水
や安全な障害物を創造するつもりだ。
これで細かい作業も完了し、後は鉄板を押す推進力として鉄板とト
ンネルの最奥1mの間に圧縮空気を創造し、その空気が拡散する力
134
を使って鉄板を動かして俺達を押し出してもらうだけとなった。
﹁イリア!!!準備出来たぞ!﹂
ジョーズのテーマ曲のスリルと、これから超加速で飛び出すスリル
に胸がわくわくし、楽しげにイリアに準備完了の報告をするが、イ
リアは﹁待って・・・﹂と、俺とは打って変わって弱々しい声で返
事を返してきた。
︵って、しまったー!?イリアはホラー系とかパニック系の怖い映
画めっちゃ苦手だったー!!!︶
音楽だけなら大したことないだろうと全く気に留めていなかったが、
どうやらそれだけでもかなりのダメージを受けてしまったらしく、
今飛び出したらスリルを味わうどころではなさそうなので、まずは
コンポを収納して音を止め、次にイリアに口を開けてもらい、その
中に小さく千切ったラム酒入りのクリームチーズのワッフルを放り
投げてやった。
イリアは一欠片食べるごとにみるみる元気を取り戻していき、コン
ビニで人気商品だった1パック2個入りのワッフルを完食した所で、
いつもの元気なイリアに戻っていた。
というか、いつも以上だった!
﹁もう十分食べただろ!!!口を開けるな!お前はツバメの雛か!
!!﹂
﹁ぴーぴー!カステラ!!!ぴーぴー!銀座の!!!ぴーぴー!文
○堂!!!﹂
135
リズムよくカステラを、しかもお店まで指定してお高い要求をして
くる贅沢雛鳥のイリアに、いっそのことカステラ1本丸ごと口につ
っこんで苦しめてやろうかと思ったが、それでも喜んで食われてし
まいそうなので、目の前に蓋の開いた500ccの豆板醤の大瓶を
創造してやると、﹁ぴーぴー・・・多すぎ・・・ぴーぴー・・・虐
待・・・﹂と大人しくなっていった。
︵なんで全部食うのが前提なんだろうな・・・︶
出された物を残さず食べようとする事は良い事だが、調味料は別だ
ろう。
まぁ気にしても仕方ない。イリアなんだから仕方ないんだと思って
諦めよう。
﹁イリア、どれくらいスピードが出るかわからないから最初は予定
より弱めに加速させるけど、それでも相当早くなるかもしれないか
ら、しっかり抱きついとけよ?﹂
﹁うー!怖い!けど楽しみ!!!﹂
互いにしがみつくように抱き付き、その時に備える。
大好きなイリアに抱きついているのだが、この時ばかりは発射前の
スリルに対する緊張でいっぱいになり、幸せな気分に浸る余裕は一
切なかった。
﹁じゃあいくぞ!﹂
そうして俺は﹃残量が半分になった酸素ボンベの中の圧縮空気﹄を
創造し、圧縮された空気が拡散しようとする力が分厚い鉄の蓋に掛
かり、その蓋は摩擦0にしたトンネル内部を奥から出口まで瞬間的
136
に移動を果たす。
その蓋に足を乗せていた俺達も当然の様に瞬時にトンネルの出口ま
で辿り着き、急加速によって体にものすごい重力加速度を受けなが
ら、爆発的なスピードでコースへと飛び出して行った。
137
史上初!?連結ダイビングスーツ!︵後書き︶
プールの後半を書き直してたら話が伸びちゃった!もう一話続きま
す︵笑︶
138
爆走ウォータースライダーと、横着な絶品焼きそば!
圧縮空気の力で爆発的なスピードを得た俺とイリアは、その身に強
烈なG︵重力加速度︶を受けながら50mの周回コースへと飛び出
し、息をするどころか驚く時間すら与えられないまま、僅か1秒で
コースを1周してしまう。
あまりにもスピードが出過ぎてコースの底面ではなく側面を滑走し、
底面に張られた水に触れることなく突き進んでしまい、空気抵抗だ
けでは大して減速することが出来ず、そのままコースを何周も走り
続ける。
俺は自分が覚悟していた以上のGを受けた事でこの後何をどうすべ
きなのか思考が止まってしまっていたが、発射から10秒程してよ
うやくこの圧倒的なスピードの中でも思考する力が戻って来て、な
んとか自分達が滑走している側面にも水を創造させて減速させる事
に意識が回る。
︵ぶつかってもダメージの少ない障害物!薄い水の膜だ!!!︶
創造魔法を使ってコースを遮るように目の前に薄い水の膜を張ると、
瞬時にそれを突き破り、再び膜を張っては突き破りを繰り返してい
く。
パパパパパンッ!と連続で膜を突き破り続け、そのままコースを2
0周した所でようやく普通のウォータースライダーの速度と言える
時速30?まで減速する事となった。
減速前の時速100?をゆうに越えていた時のスピードに比べると
あまりにものろのろだと感じてしまうが、これならもう安全だと感
じる事も出来、水の膜を張るのを止めてそのまま惰性でもう3周コ
139
ースを回った所でようやく停止することとなった。
発射から時間にして1分強、距離にして1500m以上だろうか。
コースに飛び出した時の時速は200?に迫るスピードだったかも
しれないとんでもウォータースライダーを体験し、最初はビビって
楽しむどころではなかったが、思い返してみると普段は絶対に味わ
う事の出来ない新しい感覚の中にいたんだと充足感がこみ上げて来
て、思わず笑みがこぼれそうになる。
連結ダイビングスーツを着て俺の目の前にいるイリアも、声を上げ
て笑い出したくて仕方ないといった表情をしており、すぐに一緒に
なって喜びを爆発させる事となった。
大声でひとしきり笑った後、さあもう一度やろうと声を弾ませて提
案するとイリアも満面の笑みで頷いてくれたが、その際一つだけ釘
を刺されてしまった。
﹁兄さん、調子に乗ってスピードを上げ過ぎないようにね?﹂
そうイリアに言われてハッとする。
今はこうして無事な姿でいるが、もし推進力に使った圧縮空気を酸
素ボンベの半分ではなく全部の量にしていたら、あまりにも強いG
に俺の腰は砕け、そうでなかったとしてもコースを周回中にブラッ
クアウトしたり、何かの拍子にバランスを崩してきりもみ状態にな
り、コースに全身を強く打ちつけて俺もイリアも死んでいた可能性
もある。
ここは死後の世界ではあるが、ここでも人は死ぬのだ。ダンジョン
で魔物が人を喰っている姿を見ているので間違いない。
140
もちろん危険を考えて圧縮空気の量を半分に減らしたのだが、先に
鉄扉だけで動かしてスピードガンで移動スピードを調べたり、人体
模型でも使って実験をしてから圧縮空気の量を決めれば良かったと
今更ながらに思う。
︵魔物がいるダンジョンを攻略したり創造魔法が使える事で調子に
乗っていたか・・・?︶
イリアの言葉を重く受け止め、これ以上の加速はしないようにと心
に決める。
大事になる前に俺に釘を刺してくれたイリアに感謝を伝えようとす
るが、そのイリアは俺に対してなぜか指でちょっとだけというジェ
スチャーを示してきた。
何がちょっとだけなのかと疑問に思っていると、今しがたイリア自
身がスピードの上げ過ぎはダメだと言ってきた事はずなのに、それ
とは真逆の要求をして来るではないか。
﹁次はもうちょっとだけ速く出来ないかしら?﹂
﹁ちょっと待てい!!!お前今俺に釘を刺したよな!?それなのに
なんでスピードアップを要求する!?﹂
﹁だから余裕があればで良いのよ!楽しかったんだから仕方ないで
しょ!?それともなに!?兄さんにはそんな余裕もうこれっぽっち
も残っていないと言う事かしら!?﹂
﹁なに逆ギレした上に挑発してんだよ!?それで俺が暴走したらど
うする!?﹂
﹁兄さんは絶対にそんな事しないわ!﹂
141
俺を挑発してきたかと思ったら次の瞬間には自信満々に信頼を即答
してきたイリアに面喰ってしまうが、信頼するべき所ではまっすぐ
信頼し、それでも注意が必要な時はきちんと注意をしてくれる。
イリアはこの辺のさじ加減が本当に上手い。
イリアのまっすぐな信頼が嬉しくて、そして気恥ずかしくもなった
俺は誤魔化すようにコホンと咳をし、﹁少しだけだからな﹂とイリ
アの望みを叶えてやることにした。
まずはトンネルまで戻るために自分達の背後から蛇口の水を体に向
けて放水し、その流れに押されてツルツルのコースの上を滑ってい
く。
トンネルの前まで来ると、内部の圧縮空気と鉄扉を収納し、発射位
置まで戻って足元に鉄扉を再設置する。
後は心の準備をするだけなのだが、この推進力を得るための創造魔
法の発動は、自分で爆弾の導火線に火をつけるみたいで結構怖い。
それでも一度経験済みだった俺はそれほど時間をかけずに心の準備
を終え、イリアも準備を完了した事を知ると、初回の﹃残量が半分
になった酸素ボンベの中の圧縮空気﹄を﹃残量が55%になった酸
素ボンベの中の圧縮空気﹄に変更して創造魔法を発動させた。
再び弾丸のように発射された俺達は一瞬でコースを一回りし、初回
よりも明らかに速いスピードでコースを回り続ける事となった。
それでもコースに飛び出した後の事は初回である程度感覚は掴んで
いたので、2回目は慌てることなく余裕を持って水の膜を創造して
減速させていく事が出来た。
142
減速してスピードがコース突入時の半分くらいまで落ちて来ると、
イリアから大きな笑い声が聞こえて来て、俺もイリアと一緒になっ
て大声で笑いだす。
コースを何十週もしてようやく止まった後、イリアはまたしてもも
うちょっとだけのジェスチャーをしてきたが、今度も俺はすんなり
頷く事は出来なかった。
5%の違いだけならそこまで大きな変化はないと思っていたが、実
際にはスピードは大幅に増し、発射時に足と腰にかかる負担も思っ
ていた以上に大きくなり、更に加速させるにしても60%が限界の
ように感じられたからだ。
もう5%ならなんとか上げられるが、それでは疲労が激しく回数を
こなせなくなってしまうと思い、さらに上げると言いつつも55%
のままで加速する。
するとイリアには気付かれてしまったみたいで、次からはスピード
アップではなく減速するペースを緩めて楽しもうと提案してきた。
その後もう2回滑った所で、爆走中ぎゅっときつく力を入れっぱな
しだった腕や足、首に背中など全身の筋肉が大きく疲れ、これ以上
続けるのは危険だと判断し、驚異の爆走ウォータースライダーで遊
ぶのを終える事にした。
回数は5回滑っただけで終える事になったが、1回1回が物凄く充
実した面白さがあり、俺とイリアは互いに遥かな気分でいっぱいに
なっていた。
﹁あぁ・・・楽しかったわ・・・こんなに満ち足りた感覚を味わう
のっていつ以来かしら﹂
﹁そうだよなぁ。ここまで楽しい体験なんてそうそう出来るもんじ
143
ゃないよなぁ・・・﹂
﹁また出来るわよね?﹂
﹁そうだな。この空間は別の空間に変えちゃうけど、新しい空間の
獲得は続けていくから必ずまた出来るよ。今度はもっと複雑なコー
スにしたりしような!﹂
今はまだ4月の終わりなので、夏になる頃には必ずもう一度、さら
にバージョンアップしたプールを創ろうと計画を立てた。
もしかしたらその時には人が増えていて大勢で楽しめるかもしれな
い。そうすると安易に連結ダイビングスーツを使う事は出来ないか
もしれないが、場合によってはこっそり俺とイリアだけの空間を用
意して楽しむのもいいかもしれない。
﹁さて、いっぱい遊んだし、昼に焼きそば食べて、それから昼寝で
もするか!﹂
﹁さすが兄さん!わかってるわね!﹂
イリアの快諾を得られたのでお昼ご飯を創るために空間を15畳間
に戻し、次に連結されたダイビングスーツを、今度は俺から脱皮す
るように脱いでいく。
イリアもスーツを脱いだ後、スーツは収納し、イリアお待ちかねの
焼きそば創りに入ろうとする。
いつものように創造魔法で完成品をぽんっと出しても良いが、それ
では味気ない気がして創造魔法の発動を思い止まる。
プールの売店で売っている焼きそばは、お店から漂ってくる調理中
のソースの香りも重要な美味成分だ。
なのでいきなり完成品を創造するよりも鉄板で焼いて作ろうかとイ
144
リアに提案すると、イリアは嬉しそうに返事を返してくれ、ぐぅと
いうお腹の返事も聞く事が出来た。
疲れた体で一から全て作るのはさすがに遠慮したいが、創造魔法を
駆使すれば一切手を動かさずに作れるだろう。
まずは床に﹃コンクリートのブロック﹄を2つ、その上に﹃熱く熱
せられた鉄板﹄を設置して、出てきた熱々の鉄板の上に﹃食用油﹄
﹃焼きそば用に予め切られた野菜﹄﹃細切れの豚肉﹄と、次々に創
造魔法を発動させて焼きそばの具材を焼いていく。
このまま放っておくと鉄板に接している部分が焦げてしまうが、そ
うなる前に一度食材を収納し、逆さまにして散らすように再度鉄板
の上に出現させる。
手を一切使わずに調理を進め、物凄く横着をしているこれが料理な
のかと聞かれれば返事に困ってしまうが、イリアは﹁おおー!﹂と
歓声を上げてくれているので問題ないだろう。
野菜と肉を焼いていると鉄板の熱が下がってくるが、鉄板の収納と
新しい熱々の鉄板の創造を瞬時に行い、再び食欲の出る良い音を発
しながら野菜、肉、そして﹃焼きそばの麺﹄にも少量の水をかけて
蒸し焼きにしながら火を通して行く。
もう一度だけ鉄板を入れ替えて熱々の鉄板の上に焼きそばのソース
を垂らし、じゅわー!というなんとも言えない美味しい音と、ふわ
っ!と俺達を包むように湧き立つ豊潤な香りは、創造魔法でぽんっ
と出てくる完成品のご飯とは違う自然な美味さが溢れているような
期待を抱かせてくれた。
イリアに両の掌を上に向けてもらってその上にお皿を出現させて持
145
ってもらい、完成した焼きそばを一度収納してからそのお皿の上に
再出現させ、本当に手を一切使う事なく盛り付けまで終えてしまう。
料理方法だけでなく盛り付け方も横着の極みではあるが、実際に目
の前で調理されていたその焼きそばを食べてみると、口の中に広が
るソースの濃い味がなんとも言えない感激を生み出し、プールで遊
んだ後という事を差し引いて考えても、この世界に来てから食べた
ご飯の中で一番美味しかったような気がした。
イリアがプールの醍醐味は焼きそばだと言った事も、いまなら少し
は納得出来るかもしれない。
・・・少しだけな!
焼きそばを美味しく食べた後はこの空間に六畳間を結合させて俺達
の部屋に戻り、シャワーを浴びてスッキリし、普段着に着替えて再
び15畳の部屋に行き、イリアより一足先に昼寝の準備に取りかか
る事にした。
二段ベッドで昼寝をするよりもどうせなら広い空間を有効に使おう
と思い、15畳の部屋の床に土を敷き詰めてその上を芝生でいっぱ
いにし、部屋の壁に沿うようにオリーブの木を幾つも植えていき、
仕上げに空間内の気候を気温を25度のそよ風設定にして昼寝に最
適な環境を創り上げてイリアを待つ。
しばらくしてシャワーと着替えを終えてこちらにやって来たイリア
は、この世界に来てから初めて見る自然の草木に感激し、せっかく
洗った肌や髪に土が付くのも構わず芝生の上を無邪気に転げ回り始
める。
兄さんも!と俺も道連れにされ、一緒に土を付けながら転げ回り、
疲れて仰向けの大の字になった俺の腕にイリアが頭を乗せてきて、
146
そのまま土と草木が発する自然の匂いに包まれながら二人一緒に仲
良く昼寝をすることとなった。
147
102,587分の1
﹁はぁ・・・勘弁して欲しいな・・・﹂
俺はがっくりと肩を落とし、もう何度目かわからない深いため息を
つき、目の前に浮かぶタブレットに表示されている﹃102,58
7﹄という数字を恨めしげにじっと眺めていた。
︵俺達以外の初めての入居者の募集をかけて、その応募者が102,
587人って・・・いくらなんでも多すぎだろ・・・︶
俺は目を逸らしてしまいたい現実を再認識し、再び﹁はぁ・・・﹂
と、深いため息をついてしまう。
そんなにため息ばかりついていてはイリアに心配をかけてしまいそ
うだが、そのイリアは9畳間で俺は6畳間と、互いに別々の場所に
いるので俺のため息が聞かれる恐れはない。
それぞれがいる9畳間と6畳間は、元は俺とイリアが昼寝をしてい
た15畳の空間で、芝生の上での昼寝から目覚めた後にその15畳
の空間を9畳と6畳に分割し、横幅270?縦幅540?の縦長の
9畳間の方には横幅を目いっぱいに使った広々としたキッチンを創
っている。
イリアはその9畳間のキッチンで、たくさんの調理器具や食器、調
味料などを自分の使いやすいように配置する作業を楽しんでいる最
中だ。
俺はキッチンの反対側に120インチの壁掛けスクリーンから成る
ホームシアター完備のダイニングをぱぱっと創った後、新規入居者
148
募集の設定を行い、入居者に貨し与える予定の新しい六畳間に移り、
そこの床に座り込んでため息をつき続けていた。
イリアには入居者用の部屋を創造して来ると伝えていて実際にそう
するつもりではあるのだが、本当の目的は募集開始の通知を出して
から瞬く間に増えていったこのあまりにもい多過ぎる応募数を、イ
リアに気付かれる前にどうにかして俺だけで候補を1人まで絞り−
込む事だ。
入居費用を0円に設定している今回の募集では、誰か一人を選ぶと
いうことは残りの人間を皆見捨てるという事に繋がる。
なにしろこの世界は6畳間が2つと9畳のダイニングキッチンがあ
るだけの、家族用のマンションの広さにも満たないくらいに狭い世
界でしかない。
ほとんど何もないと言っても差し支えのないこの世界に入居したが
るのは、俺達と同じように査定金額が1億に満たず、ここに入居す
る以外には消滅か奴隷かダンジョンの最悪の選択肢しか残っていな
いからだろう。
実際にタブレットの画面に表示されている応募者一覧を査定金額順
で並べ替えてみると、やはり査定金額は皆1億円以下で、ここで俺
に選ばれなかった残りの人間は最悪の選択肢を選ばざるを得なくな
る。
しかもこの人数も、募集から5分が経過した辺りから爆発的に増え
出して、知りたくもない現実が迫ってくるようで怖くて途中で募集
を打ち切っての102,587人だ。
もし募集を打ち切らなければ最終的にどれ程の人数まで膨らんでい
たのかなど想像もつかない。
149
︵やっぱり入居費用0円はしんどかったか・・・︶
そうは言っても、入居費用を要求すれば入居希望者など一人も現れ
なかったかもしれないし、例えば1億より僅かに下げた9000万
を要求するのも足元を見ているようで後ろめたく、素直に仲良くな
っていける気がしないので入居費用0円にしたのは仕方のないこと
だ。
なにより俺とイリアが基準の不明な査定金額のせいで最悪な選択肢
を選ばされて死にそうな目にあったので、査定金額だけで入居の可
否を判断したくないという思いが強くあった。
俺なんか査定金額が30万円しかなかったので、尚更だ。
それでも俺は慈善活動をしているわけではないので、誰でも構わな
いというわけではなく、今回の募集ではダンジョン攻略に有益な情
報をもたらす人物でなければ候補からはずすつもりだ。
そうすると、102587人の中にも1人だけいた日本人、167
人いた地球の人間は選ばれない可能性が高い。
他の惑星の人間を選んだ場合に共同生活を送る上で支障が出ないの
かという問題は、入居募集の設定をする際に﹃俺とイリアが仲良く
なれる人物﹄という条件をつけているので、日本人以外が入居して
も言葉が通じなかったり、価値観が違いすぎて共同生活に支障をき
たす事もないはずだ。
実際に査定係のおっさんも創造魔法を授けてくれたじじいも言語が
違うのに当たり前のように話が通じ合っていたし、査定待ちの列に
並んでいた人達の顔や服装にも特に違和感は感じなかったので、価
値観も余りにも違うということはなさそうではある。
150
いずれにしても、この中から1人の入居者を選び出して、残りの1
02,586人を切り捨てるという決断は、やりきれない思いに苛
まれてしまうが、それを引き受けるのは俺の役目だろう。
イリアにはその責任を背負わせたくないので、俺が選び出した後に
イリアにはその人物で良いかだけを問い、もしダメならその次の候
補を提示しようと思う。
︵さて・・・いつまでも戻らないとイリアが様子を見に来ちゃうか
もしれないし、頑張って絞り込みますか︶
そうして俺はタブレットの画面に表示されている応募者一覧に対し、
音声で絞り込みの条件を追加していく事にした。
﹁地球に存在する素材を使って、魔物の攻撃にも耐えうる何らかの
防御手段を作製する技術を持つ人物﹂
該当者・・・0人。
魔物の攻撃から身を守る手段を求めての絞り込みだったが、地球の
素材を扱う知識がないのか、扱えても魔物の攻撃に耐えうる防御手
段を作製出来ないのか、原因はわからないが102,587人の中
にはその技術を持つ人物はいなかった。
︵他の星の素材は俺に何の知識もないから創造代価が桁外れに上が
っちゃうし・・・そうなるとやっぱり頼みの綱は魔法かな?︶
﹁創造魔法以外の系統の魔法の知識を持つ人物!且つ防御魔法を使
える人物!﹂
151
すると、該当者は98人だと表示され、創造魔法のじじいが言って
いたように別の系統の魔法が存在し、それを扱える人物も入居希望
者の中にいることがわかり、この募集で嫌な事ばかり判明するので
はなく、良い事も判明するのだとわかり、少しだけ気が楽になる。
︵やっぱりそういう魔法も存在するのか!でも問題は・・・︶
﹁且つ、地球人でも習得可能な防御魔法を使える人物!﹂
そう、問題は俺が使えなければ意味がない。
今まで魔法を見たことも聞いた事もなかったので、その可能性は高
いのではと不安に思っていたが、幸いな事に該当者は変わらず98
人だった。
﹁やった!!!それじゃ次は!且つ、盾のように面の防御じゃなく
て鎧のような全身をカバー出来る防御魔法も使えて、身体能力を強
化出来る魔法を使える人物!﹂
人間よりも明らかに身体能力が高いと思われる魔物からの不意打ち
攻撃にも対応出来る事を期待して、全身防御の魔法や身体強化の魔
法の条件を追加して該当者が13人に。
代価の節約や核を使う事を回避できないかと思い、更に攻撃魔法も
使える人物とも絞り込みをして該当者を9人まで減らす事となった。
これだけ条件が揃えば一人目の入居者の条件としては十分だろう。
あんなに多かった人数が一桁まで減り、これで選ぶのも楽になった
と一瞬喜びの感情が生まれ出すが、すぐにこれはやりすぎだったの
ではないかと不安になってしまう。
︵ここまで魔法に精通している人物って、普通はじじいかただの戦
闘バカじゃね・・・?︶
152
その不安を払しょくするためにも、詳細プロフィールを開いて年齢
や趣味でも調べてみようかと思うが、開く前に該当者一覧の画面上
に掲載されている簡易プロフィール欄にとんでもない数値を見つけ
てしまう。
︵年齢がマイナス56歳!?うわ!?567歳なんてのもいるぞ!
?︶
マイナスがなんなのか意味がわからないし、567歳って冷凍保存
されたじじいだったらどうしようと慌てふためくが、とんでもない
のは年齢だけではなく、性別も両性や変性なんていう人物がいて、
本当に﹃俺とイリアが仲良くなれる人物﹄という条件は効いている
のだろうかと不安になる。
この絞り込まれた9人の中で年齢も性別もまともなのは、出身が地
球ではなくノーケという星の14歳女性のリェーム・シーアという
人物だけだ。
︵もうこの人以外に選択肢がなくね!?これでイリアに却下された
らどうしよ!?︶
この人物だけはまともでいてくれとと願いながら、リェーム・シー
アの詳細情報を開いてみると、一番上に顔写真が表示されていて、
ぱっと見は年相応の可愛らしい女の子なのだが、その顔に何か違和
感を感じてしまう。
︵なんだ・・・?もう君しかいないんだから普通で良いんだぞ普通
で!!!︶
153
祈る様に目や鼻や口などが普通である事を確認していくが、その頭
の上に、俺達にはないある物がひょこっと乗っかっている事に気付
く。
︵これは・・・耳なのか!?小さなお顔の上にスコティッシュフォ
ールドのような垂れた猫耳だとー!?︶
もしかしたら犬耳かもしれないと思ったが、詳細プロフィールを開
いてみると猫耳族とあったので間違いなく猫耳だろう。
︵絶対にイリア大喜びするぞ!!!︶
これならイリアに明るく報告出来そうだと嬉しくなり、部屋の創造
をほったらかしてキッチンで作業中のイリアの元に駆けつけて猫耳
の報告をする。
﹁イリア!入居の応募があったぞ!しかも、なんと猫耳持ちだ!!
!﹂
﹁え!?猫耳持ちって・・・まさか・・・!?﹂
目を見開いて驚くイリアに、この猫耳が映る写真を見せてやりたい
が、イリアはマスター用のタブレットの画面を見る事が出来ないの
で、垂れ猫耳の様子を言葉で伝え、他の詳細な情報も言葉で伝えて
あげる。
﹁名前はリェーム・シーア。ノーケっていう惑星出身の猫耳族って
いう種族の人間で、14歳女性。身長は121,7?。体重は21,
5?。スリーサ・・・!?﹂
︵って、ここに出てる個人情報詳細過ぎるだろ!?マスターしか見
154
れないのはそういうことなのか・・・あれ?もしかしてイリアの詳
細情報も見れたりするのか!?︶
入居者管理アプリに入居者一覧のページがあるので、もしかしたら
そこからイリアの詳細情報が見れるかもしれないが、知ってはいけ
ない事まで知ってしまいそうなので、見るのは心ならずも自重する。
急に黙り込んでしまった俺をイリアが不思議そうに覗きこんでいる
事に気付き、誤魔化すように咳払いをした後、おそらく言葉も通じ
るはずだからまずは会ってみるかとイリアに提案してみると、言葉
なんか通じなくたって懐かせてみせるわ!と、ちゃんと人間として
捉えているのか怪しく感じるが、とりあえず気に入ってくれたよう
なので良しとする。
イリアの快諾を受け、リェーム・シーアに面接をしたいというメッ
セージを送り、すぐに面接を受けさせてくださいという返事を受け
取る事となった。
※余談ですが、リェーム・シーアの査定結果
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−
<査定結果>
※0円だった項目は割愛されています。
保有資産:17671円。
将来性保障金:500円。
人格保障金:500円。
ルックス:−1000万円。
若さ:1920万円。
155
保有技能:503万円。
あなたの価値﹃1424万8671円﹄
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−
156
影を落とし始めた暗雲
広さが2DKしかないこの世界への入居を希望するリェーム・シー
アの、その入居の可否を決める最終面接をすることになった俺は、
ダイニングを面接場所に指定し、彼女を一時的に招致することとな
った。
今回の面接は、リェーム・シーアにとっても俺にとっても、極限ま
でに重大な場面だ。
というのも、彼女は自分の命が懸かっているので当然の事であるし、
まだまだ未熟なこの世界では何をするにも俺の創造魔法の力が必要
となるため、彼女の入居を受け入れると言う事は彼女の今後の人生
を俺が背負う事になると言っても過言ではないからだ。
それに残りの102,586人を切り捨てる瞬間ともなり得たため、
面接は不安と緊張に震えながら暗く重々しく進んで行くものだと思
っていた。
実際に俺とシーアは、対面を果たしたその瞬間から重苦しい雰囲気
に身を包んでおり、あまりの重圧に初めましての挨拶すら口にする
事が出来ずにいた。
それなのに・・・
対面から僅か1分。
︵なんで目の前のリェーム・シーアがふにゃ∼んととろけそうな表
情をしているんだ!?︶
157
その原因は、シーアに抱き付いて頭を撫でまわしたり垂れ猫耳を甘
噛みしたり尻尾をにぎにぎしているイリアが原因だとわかってはい
るのだが・・・なぜそうなった!?
︵いや、それもわかってはいるんだけどな・・・︶
俺はイリアに心配をかけたくなかったが故、イリアにシーア以外に
も大勢の応募があった事は伝えていないし、命の懸かった面接もま
ずは会ってみるかと軽く提案してしまったので、イリアは今がどれ
ほど重大な場面か知らないのだ。
そんな状態でシーアに会えば、イリアがいきなりシーアに飛び付く
ように抱き付きかかるのも十分あり得る行動だったと、今ならそう
思い至る事が出来る。
なにしろ可愛い物好きで大の猫好きのイリアだ。
小学校低学年くらいしかない小さな体、14歳という幼さを残しつ
つも綺麗な顔立ち、その小さな頭の上にはスコティッシュフォール
ドのような垂れた可愛い猫耳、更にはふさふさの尻尾まで備えてい
る事がわかり、まさに可愛らしい小動物のリェーム・シーアを目の
前にして、イリアが冷静でいられるわけがない。
イリアに抱き付かれ、最初は何が起こったのかわからず呆然として
いたシーアも、イリアの懐柔攻撃を受けてすぐに骨抜きにされ、た
まに﹁ふにゃぁ∼﹂という気の抜けた声を発しながら恍惚の表情を
浮かべ、自身もイリアの背に腕を回して抱き付き返す事となった。
その後、シーアはあまりの気持ちよさに眠くなって来たのか、膝立
ちだったイリアの肩に顎を乗せて立っていた状態からずるずると崩
158
れ落ちていき、その姿がイリアの背に隠れて見えなくなってしまう。
﹁シーアちゃん、眠くなっちゃったの?﹂
﹁うん・・・﹂
イリアの背中越しにそんな会話が聞こえて来て、意思の疎通は問題
なく出来る事がわかったが、そのまま寝てしまわれては面接どころ
ではなくなってしまう。
せめて地球の食事を問題なく食べられるかどうか確認しなければ入
居の受け入れなんて出来ないと思い、﹁待て!食事の問題がまだ解
決してない!﹂と慌てて声を掛ける。
すると、シーアが小声で何かをしゃべったらしく、それを耳を近づ
けて聞き取ったイリアが﹁兄さん、地球の食事ならおそらく問題な
く食べられるんだって﹂とイリアが代わりに教えてくれた。
﹁実際に食べたわけでもないだろうに、なんでそんな事がわかるん
だ?﹂
﹁この匂いでわかったのかしら?﹂
イリアがそう言って目線で示した来たのは、ダイニングのローテー
ブルの上に置かれた、シーアのお持て成しのために用意していた文
○堂の極上カステラと紅茶専門店ルピ〇アのフレーバーティーだ。
そんな馬鹿なと思うが、シーアは寝てしまったのでそれ以上詳しく
話を聞く事は出来ず、少しでもその言葉の裏付けになるかと思い、
入居管理アプリを開いてシーアの詳細情報の中からアレルギー情報
を引き出してみるも、食事に関するアレルギーは何も記載がなかっ
たので本当に問題はないのかもしれない。
俺は心の内に妙な胸騒ぎを感じつつも、シーアは既にイリアに懐い
159
ているし、やはり対面した後に今更放り出す事も出来そうにないの
で入居を受け入れる事に決める。
魔法の伝授については何も聞けなかったが、自分の命が助かったの
は理解してくれているだろうから、お願いすればおそらく教えてく
れるだろう。
もし一族の秘伝とかで教えられないとでもなったら、惑星ノーケの
武器や防衛手段の話でも聞ければダンジョン攻略の助けになるかも
しれないし、単純に一緒に暮らすだけでも生活が楽しくなって行く
だろうから入居を受け入れて損はないだろう。
今回の募集で防御魔法を扱える人物も1%程いる事がわかったので、
次の募集では伝授してくれる人限定で募集をかけても良いかもしれ
ないし。
イリアにシーアの入居を受け入れる事にすると伝えると、﹁ありが
とう兄さん。それならシーアちゃんはベッドで寝かせてあげてくる
わ﹂と、イリアはシーアを抱き抱えて立ち上がる。
そこで俺はシーア用の六畳間の部屋の創造を終えていなかった事を
思い出し待ってくれと止めようとするが、イリアが向かったのは俺
達の六畳間だった。
迷わず自分の部屋で寝かしつけようとする姿を見て、既にべったり
だなぁと微笑ましくも思いシーア用の六畳間どうするんだと呆れも
するが、イリアが扉の前で立ち止まり困ったような顔をこちらに向
けて来た。
﹁兄さん、扉が開かないのだけれど?﹂
160
ダイニング側からは鍵を掛けられないので開かないわけがないと思
ったが、俺のタブレットに﹃リェーム・シーアの指定エリア外への
移動を許可しますか?﹄という警告文が表示されていた。
面接に指定したのはダイニングだけだったので警告が出たのだろう
が、やけに厳重だなと思いながらも、もしここがもっと広い世界で
面接中に逃亡されてしまった場合、許可していないのに紛れこんで
生活される恐れがあるためだろうかと思い至る。
シーアの入居受け入れの処理は一人でトイレにでも籠ってから行お
うかと思っていたのだが、止む得なくその場で処理をした瞬間、俺
の心臓の鼓動はドクンッ!と大きく跳ね上がってしまう。
イリアは俺の心の内の変化に気付くことなく六畳間へと入って行っ
てくれたので、そこだけは安心する事が出来た。
︵でも、これで102,586人は・・・︶
対面してから切り捨てたわけではないので、どうしようもない程苦
しいわけではない。
それが良い事なのか悪い事なのかわからないが、元々そんな選択肢
はなかったんだから元に戻っただけだと、前に進むためには割り切
る事も必要だと思って彼らの事を頭の隅に追いやる。
しばらくその場に立ち尽くし心臓の鼓動がようやく平静を取り戻し
た頃、シーアをベッドに連れて行ったイリアが戻って来て﹁今夜は
ご馳走にしなきゃね!﹂と、明るい声を掛けてくれたイリアに便乗
する形で﹁なら俺も飾り付け頑張っちゃおうかな!﹂と元気に振舞
う事が出来た。
その後イリアは残っていた調理器具の配置作業を手早く済ませ、そ
161
れが終わると新しい同居人と新しいキッチンを手にした喜びに、上
機嫌に鼻歌を歌いながら晩御飯のご馳走の準備に取り掛かっていっ
た。
俺は創造魔法を使ってダイニングにシーア歓迎の飾りつけをしてい
き、それが済んだ後はイリアの手伝いをする事となった。
料理も完成した夜7時。
眠りから覚めたシーアが電気を消して暗くなっているダイニングへ
と恐る恐るとやって来て、俺とイリアがせーのでクラッカーで歓迎
の音を鳴らす。
突然の大きな音にシーアはびっくりして悲鳴を上げるも、明かりを
点けて笑顔でシーアの歓迎会だとネタばらしをし、俺とイリアが揃
ってこれからよろしくと手を差し出すと、そこでようやく事態を把
握したシーアは迷わずイリアへと抱き付いて大声で泣き出した。
イリアも抱きついて来たシーアの頭を撫でて二人だけの世界に入っ
てしまい、手を差し出した格好のまま取り残されてしまった俺はな
んだか無性に寂しくなってシーアとは別の意味で泣きたくなってし
まうが、必ず俺にも懐かせてみせると差し出したままの手を強く握
って拳に誓いを立てた。
シーアが泣き止んだあと、ご馳走を作ってあるとローテーブルへと
招き、テーブルを囲む3対のソファーの内、一つには俺が座り、向
かいのソファーにシーアを抱きかかえるようにしてイリアが座った。
可愛らしいシーアを膝の上にちょこんと座らせているイリアを羨ま
しく思うも、シーアが正面に座る俺と目が合った瞬間に照れたよう
にもじもじとする可愛い仕草を俺だけが!俺だけが!見る事が出来
162
たので良しとする!
イリアが作ってくれたご馳走を食べる前に、﹁地球の食事は本当に
問題なさそう?﹂と俺が尋ねると、﹁うん。猫耳族の食事を地球の
人が食べても平気だし、たぶんあたしも大丈夫だよ﹂と、シーアは
なんでもないと言った感じで答えた。
︵地球の人が食べても・・・?いつどこで誰が食べたって言うんだ
???︶
俺の頭はひどく混乱しかかるも、シーアの可笑しな発言はそれで留
まってはくれなかった。
﹁それにしても、あたしみたいな醜い劣等種がこんなに優しく接し
てもらえるなんて・・・ゼロ様達はやっぱり特別なのね!﹂
その発言以降、シーアの口からとんでもない事実があれよこれよと
飛び出してきて、俺は歓迎会を楽しむどころではなくなってしまう
が、イリアに心配かけまいと必死に平静を装い、認めたくない事実
を受け流しながら歓迎会を進めて行った。
その中で判明した事は、俺達からすればシーアは劣等種なんかでは
なく、なぜかゼロ様達と呼ばれた俺達こそ本当の劣等種だという事
がだった。
163
ゼロ
俺はシーアの口から飛び出して来たとんでも発言の数々を﹁それは
知らなかったなぁ!﹂と無理矢理驚いて見せ、信じたくもない内容
の情報を幾つも抱えて頭がパニックを起こしそうになるも、表面上
はなんとか平静を保ったまま歓迎会を乗り切る事が出来た。
歓迎会の後、イリアとシーアはダイニングに設置してある120イ
ンチのスクリーンで仲良くアニメの観賞会を始めたので、俺は手つ
かずの六畳間へと移動し、シーアから得たとんでも情報の数々を整
理する事にする。
部屋に入り扉を閉めて自分一人だけになると、隠す必要のなくなっ
た心の疲れをさらけ出してその場に崩れ落ちてしまうも、床にぶつ
かる直前に辛うじて創造した布団と枕で自分の体を受け止める。
そのまま眠ってしまう事が出来たらどんなに楽な事かと思うが、相
変わらず心臓の鼓動は落ち着かずに暴れたままで、少しも眠気が襲
ってくる気配がない。
︵頭の中ごちゃごちゃだから、順を追ってタブレットに書き出して
整理するか・・・︶
そうして俺は、まず最初に﹃猫耳族の食事を地球の人が食べても平
気だとなんでわかるの?﹄とタブレットに記入し、その疑問に対し
てシーアから得た回答と、その回答から更に出てくる次の疑問と、
更にシーアから得た解答を次々に書き連ねていった。
﹃猫耳族の食事を地球の人が食べても平気だとなんでわかるの?﹄
164
←
猫耳族がマスターを務める猫耳王国という世界に入居した地球人が、
実際に猫耳族の食事を食べて過ごしている。
←
﹃聞き方が悪かった。なぜシーアがその事実を知っているのか教え
てくれ﹄
←
ノーケ星では猫耳王国に入居しているゼロの民︵地球人︶に関する
ニュースが毎日新聞に掲載されていて、つい先日も地球人が朝食に
選ぶ食べ物ベスト3というコラムがあり、1位が猫耳パンで2位が
猫の尻尾パン、そして3位が白米だったと。
思い出して書き連ねていると、その時はシーアに聞く事が出来なか
った白米を越える猫耳パンや尻尾パンがどういった物なのか無性に
気になってくるが、そもそも日本人のように米が大好きな地球人だ
けが入居しているわけではないのだろうし、むしろ3位に入った白
米がすごいと言うべきか。
︵って、そんな事を書いている場合じゃないな。ゼロの民と呼ばれ
た事の回答もまだだし、食事の回答だけでも更に色々な疑問が出て
来たんだしなぁ︶
﹃どうにもシーアは生前から地球人の事を、死後の世界の事を知っ
ている気がするのは気のせいだろうか﹄
←
ノーケ星と猫耳族がマスターを務める猫耳王国は通信が繋がってい
て、猫耳王国内の出来事は毎日ニュースで流されているから知って
いるの当たり前。
それが数百億年前からずっと続いているから死後の世界の事は当た
り前過ぎて、今回死後の世界に来たのも引っ越し程度に思っている
165
と。ちなみにそれはノーケ星だけじゃなくて他の全ての惑星でも同
じで、唯一の例外がゼロの民の星︵地球︶だと。
︵もう頭の中がパンクしそうだな・・・ちょっと現実逃避しよう︶
﹃シーアが醜い劣等種のわけがない!﹄
←
猫耳族ではどれだけ耳がピンと立つかが優れた人物の証であり、垂
れ耳は下も下でどん底らしく、それだけで迫害を受けてしまうらし
い。
︵垂れ猫耳のどこが悪いー!!!スコティッシュ耳を馬鹿にしやが
って!!!許せん!!!︶
俺達にとっては可愛らしい猫耳にしか見えないのだが、ノーケでは
迫害が相当ひどいらしく、そのせいで査定金額はルックスがマイナ
ス1000万円。政府の発行する将来性保証金額証明書や人格保証
金額証明書も、本来は1億以上が基本額の所が500円というふざ
けた金額しか提示されず、あろうことか学校で暴力を伴ったいじめ
を受けたせいでこの世界に来てしまったのだと言う。
垂れ耳のせいで査定金額が1億を越えず、それでも同族のよしみで
最低限の人権を認められた奴隷として猫耳王国には入居出来るもの
の、そんな人生を続けて行くのは嫌で途方に暮れ、制限時間いっぱ
いまで消滅しようかどうしようかと悩んでいた所に、俺の募集通知
が届いたらしい。
万が一の可能性に賭けてその募集に応募し、面接のメッセージが来
た時には涙を流して喜び、なんとか気に入られようと必死になって
面接に臨んだ結果、無事に入居する事が出来て本当に感謝している
と涙ながらにお礼を言われた。
166
︵俺とイリアが大事にするから安心しろ!!!ってか、必死になっ
て面接に臨んでおいてイリアに骨抜きにされるってどういうこと!
?・・・あれ?現実逃避したつもりなのにそれでもどんどん疑問が
増えていくぞー?︶
可愛いらしいシーアに関する記述を行えば心が軽くなり、難しい問
題も出てこないような気がしたのだが、そこでも更に疑問点が出て
来てしまっていて、もうどこをどう進めて行っても話の収拾がつか
ないような気がしてくる。
それでも一つ一つ疑問を片づけて行くしかないと、タブレットに記
入しておいた自分の文章を見てなんとか元の話へと戻る事が出来た。
﹃生前と死後の世界で通信が繋がっているなんて初耳なんですが﹄
←
それはゼロの民のマスターが今まで誰一人としていなかったからだ
と。マスターがいれば創造魔法で自身の出身惑星へと通信を繋げる
事が出来るらしい。
←
﹃俺が地球人初めてのマスター?今まで死後の世界に来た地球人は
たくさんいるよね?というかなんでゼロって言うの﹄
←
ゼロというのは地球人の魔力量のレベルがゼロだからそう呼ばれて
いるのだと。生まれた時から魔力量がLv0で、何百年と修業を積
んでもLvが1に上がる事はないのだと言う。魔力で身体能力を向
上させたり炎などを召喚する魔法を使う事が出来ないが故に、過去
にダンジョンに挑んだ全ての地球人は魔物に殺されたのだろうと。
←
﹃地球人超劣等種じゃん・・・様付けで呼ばれる理由ないし・・・﹄
167
←
昔はどの星の人間も嘲笑の名として地球人=ゼロという呼称を使っ
ていたが、最近猫耳族の間では敬称として使われる事が多くなって
いると。その理由は20年程前、猫耳王国にとある日本人のアニメ
作家が入居して猫耳族に手書きアニメを披露し、その魅力に取りつ
かれた猫耳の人々によって日本の、引いては地球のアニメが猫耳王
国中、そしてノーケ星中に広がっていき、今や猫耳族の間では空前
のアニメブームが巻き起こっているらしい。
新聞でも素晴らしいアニメを創りだすゼロに関する記事が毎日掲載
されるくらいに注目を集めていて、特にシーアのような若い世代で
はゼロ=アニメ神に愛された特別な存在としてゼロを崇めている人
も多い。
シーアが自分がこの世界に入居したのは査定金額の問題だったが、
結果としてゼロ様のお膝元で生活できるという奇跡が起こり、これ
から本場日本のアニメがたくさん見れるとあって天にも昇る気持ち
なのだと言う。
︵うんうん、好きなだけ見るが良い!!!・・・って、ダメだな、
とてもじゃないが整理し切れんぞ・・・これからの生活で特に重要
な事だけまとめてみるか︶
最重要事項
1、ゼロが召喚魔法を習得するのは不可能ではないがどれだけ多く
の年月がかかるかわからない。その上運よく習得出来たとしても魔
力量がほぼゼロなので発動は1秒も保てずに威力も皆無だと思われ
る。
︵要は防御魔法を使えないって事だね!!!︶
2、魔力の通っていない防具では魔力の塊である魔物の攻撃を防ぐ
168
事は出来ず、地球の物質では魔力を蓄える事も出来ないため、シー
アに魔力を籠めてもらって俺が使うといった方法も取れない。
︵つまりは魔物の攻撃を防ぐ術がないと!!!︶
3、生前の世界ではレベル10以上の魔物ははるか昔に全て駆逐さ
れていて、シーアはLv10以上の魔物の情報を持っていないため、
今後のダンジョン攻略に役立つ情報を得ることは出来ず、皆それ以
上強くなる必要がないためLvが高い人ももうほとんどいない。
︵強い人を味方につけてダンジョン攻略も無理!!!︶
4、一つの惑星に一人のマスターしか存在出来ず、他の世界のマス
ターははるか昔に低ダンジョンの攻略をしているのでそこまで古い
情報は残っておらず、現在は数年に一度空間を広げる程度にしか高
Lvのダンジョンも攻略する事はないらしく、しかも突入と同時に
幾人もの奴隷で自爆魔法を発動させて攻略するため、まともなダン
ジョンの攻略情報は入って来ない。
︵ダンジョンの情報も魔物も情報も碌なものがないと!!!・・・・
・・・これ、これからの人生詰んでないか・・・?︶
イリアと幸せな生活を送るために大きな街を創って世界の安定を目
指すつもりだったが、魔法もダメ防具もダメではどうやってそこま
でダンジョンを攻略していけばいいのだろうか。
現実を認識すると全てが終わってしまいそうな気がするので、書き
あげた最重要事項を読み返すのを後回しにして、今はそれほど重要
じゃない事項も上げてみるが・・・
1、俺が地球に連絡を取って、政府に地球人全てに将来性や人格に
169
補償金を付けるように取り計らわないと、今後も地球人の死者はま
ともな査定結果を受け取れず消滅か奴隷の二択となる。
地球人は魔力の暴走である自爆魔法を発動させる事すら出来ない上
に魔力を動力源とする道具も使えないため、だいたいの人間が虐待
用の奴隷となるか性奴隷となる。ちなみに査定後は24時間以内に
入居先を決めないと消滅してしまうらしい。
︵自分とイリアとシーアを気遣うだけでいっぱいいっぱいです!︶
2、猫耳王国ではマスターが地球のケーブルTV会社のチューナー
を無理矢理創造し、アニ○ックスの視聴の為に毎月末に1000兆
円の代価を支払っているとのこと。それを10万インチの超巨大ス
クリーンを使って何千万人が一度に視聴しているらしい。それでも
入居者全員は見きれないので3時間の交代制である。
︵1000兆円・・・どんだけーーー︶
3、タブレットで入居者一覧の中にある俺自身の個人情報を開いて
みると、そこには確かにLv0という記載があった。Lv0でHP
≒0、MP≒0、攻撃力≒0など、初心者にも分かりやすい形でス
テータスが表示されていた。基本的にはMPが魔力量を指し示すL
vとイコールらしく、攻撃力は魔力を練って出しうる最大の攻撃力
だと言う。
︵レベル0は右手で相手の能力をー!?・・・まぁ、打ち消せたと
しても普通に魔物に殺されるだろうね!︶
4、シーアの魔力量はLv3。魔力を練ればLv1の魔物なら素手
で倒せるらしい。
︵つまりはLv0の俺が相手なら凸ピンでも・・・!?︶
・・・以上4つの事項を並べてみたものの、確かにそれ程重要では
なく、大した時間稼ぎにはならなかった。
170
︵目指す街の規模って確かダンジョンLv35000まで全てクリ
アだっけか・・・今俺がクリアしているのはLv6までで、そこの
魔物を倒すのに機関銃弾が1180発か。核を使っても自分の身を
守る手段がないし・・・うん!これどう考えても人生詰んじゃって
てるよなー!︶
目標まで到底辿りつけそうにもない現実を前にして気がふれてしま
った俺は、あははははと乾いた声で笑いながらこの空間をダイニン
グから切り離し、その後疲れて眠りに落ちるまでずっと枕を泣き濡
らし続けたのだった。
171
違えられた約束
翌朝、一晩寝て少しだけ気を持ち直した俺は、イリアに何も言わず
に閉じこもってしまった事に対して後悔の念が押し寄せて来てしま
う。
しかし、もし泣いている姿をイリアに見つかってしまえば、イリア
は必ず優しく心配してくれたはずであり、そうすれば俺はその優し
さに甘えて不安を全てぶちまけてしまい、空間の拡大を諦めてしま
うだろう事は容易に想像出来た。
その諦めすらイリアは優しく許してくれただろうが、それでは胡蝶
蘭のネックレスに籠めた想いが汚される気がし、それこそ取り返し
のつかない程に深く後悔をする事になっていたはずなので、これは
仕方のない事だったんだと頭の中で割り切ろうとする。
だから俺がこれから取るべき行動は、イリアに会って謝るのではな
く、結果を持って笑って会いに行く事だと気持ちを切り替える。
︵街は無理かもしれないけど少しでも空間を広くするんだ!プール
でやったように空間の形を色々と変えていけば閉塞感は軽減出来る
かもしれないし、少なくともLv9までは問題なく攻略出来るはず
なんだ!!!︶
それはただの意地であり見栄でしかないのかもしれないが、諦めて
しまうにしても、少しでも胸を大きく張って生きていけるようにダ
ンジョンLv9までは必ずクリアし、出来ればその先も可能な限り
クリアして行きたいという自分の意思を確認する。
その先に望む未来が手に入るかどうかはわからないが、それでもそ
172
れを掴むために再び立ち上がった俺は、新たな空間を手土産にして
笑ってイリアの元に帰るために、ダンジョンLv7へと突入して行
った。
Lv7のダンジョンはLv4∼6と同様に魔物のいない通路から始
まり、奥のボス部屋に魔物が一体いるだけだ。
Lv4と5の魔物は、それぞれ戦車主砲弾1発と2発で仕留めてい
るので、Lv7の魔物も戦車主砲弾を数発ぶちこめば問題なく倒せ
るだろう。
しかし、機関銃弾がどこまで通用するのかどうしても確認しておく
必要があるので、戦車主砲弾だけをぶち込んでハイ終わりというわ
けにはいかない。
なにしろ防御魔法も他の星の防御手段も一切使えないとなると、自
分を中心に銃弾をドーム状に無差別に創造放射する攻撃手段が今の
俺の唯一の防御手段と言えるため、機関銃弾が何Lvの魔物まで通
用するのか知っておく必要があるのだ。
と言うのも、ボスを相手にするだけならボス部屋の手前から先制攻
撃をぶちかましてそのまま押し切ってしまえば良いのだが、ダンジ
ョンサーチアプリの情報によるとLv10以降のダンジョンはボス
以外にも魔物が出現するようになり、しかもその魔物がどの地点に
いるのか全くわからないのだ。
最悪の場合、俺が突入した場所のすぐ近くに魔物がいるという事も
考えられるので、ダンジョンLv1に突入した時と同じように、突
入と同時に周囲に無差別攻撃を実行して魔物を寄せ付けないように
する必要がある。
173
しかし、1発55万円もする戦車主砲弾の無差別攻撃は代価がいく
らあっても足りないので、1発250円の機関銃段がどこまで通用
するのかが重要となってくるのだ。
︵でも機関銃弾を試し続けて○○Lvで魔物に通用しなくなりまし
た!だと、それがわかった時には殺されてるだろうしな・・・まぁ、
創造魔法をどれか一つだけに拘る必要は全くないんだけどな!︶
そうして俺は、殲滅と実験を同時に行うためにダンジョンLv7の
通路の先にあるボス部屋の、そこの最奥にいた今までと同じ魔物で
あるゴブリンに視線を向けた。
そこで目にしたゴブリンの姿は、これまでの人を喰らっている魔物
の姿ではなく、床に横たわり眠っている魔物のそれだった。
残忍な黄色い瞳は閉じられた両の瞼に隠れ、肉どころか骨さえも簡
単に噛み砕く強靭な顎は閉ざされた口に隠れ、人を紙屑のようにぼ
ろぼろに切り裂く鋭い爪は腕枕をして乗せている自身の頭に隠れ、
ただの人相の悪いおっさんが寝ているだけのように見えなくもない
が、それを人と認識しなかった俺は一切の容赦をせずに2発の戦車
主砲弾と100発の機関銃弾を同時に魔物に向けてぶっ放した。
魔物が瞼を開ける暇すら与えずに、最初に2発の戦車主砲弾が魔物
へと到達し、その頭と胴体を、更には背後の壁をもまとめて粉々に
砕き散らす。
砕かれたダンジョンの壁の破片が辺りに飛び散るが、ダンジョンの
難易度と共に壁の強度も上がっていたのか、Lv5の時程大きく壁
が破壊されることはなく、放っておけば俺へと到達していたかもし
れない破片も、一緒に創造していた100発の機関銃弾の弾幕に押
174
し戻されていった。
放たれた機関銃弾は破片を押し戻す以外にも、戦車主砲弾で砕き残
されていた魔物の下半身に幾つもの穴を穿ち、戦車主砲弾と機関銃
弾の威力に壁まで吹き飛ばされた肉体からは血がどばどばと流れ出
し、床をその血で真っ赤に染めていく。
流れだした血を見て機関銃弾がまだ通用する事に安心するも、戦車
砲弾のインターバルである30秒どころか機関銃弾のインターバル
である0,5秒すら待たずに、粉砕された上半身までもが瞬時に再
生された魔物の姿を見た瞬間、俺はLv6で味わった絶望に近い恐
怖を感じてしまう。
しかし、あの時と違って俺には更に強力な攻撃手段がまだ幾つもあ
るし、戦車主砲弾や機関銃だってまだまだ通用する事に希望を持ち
得ていた俺は、恐怖に屈することなく戦車主砲弾を3発同時創造に
切り替えて全身を再生させた魔物を再び攻め立てる。
3発同時に創造しようとしてもインターバルが設定されているため
2発はまだ創造魔法を発動出来ないが、新たに追加した3発目が魔
物の上半身を粉々に吹き飛ばし、更にはインターバルを終えた次の
機関銃弾100発が魔物に襲いかかり、残された下半身と宙を舞う
頭部に無数の穴を穿つ。
それでも魔物は消滅せずに再生を繰り返し、戦車主砲弾を4発同時
創造に切り替え、その4発目が魔物の上半身を粉砕した所でようや
く魔物は再生する事なく消滅し、俺は魔物も何も存在していない7
畳の空間へと転送されたのだった。
転送された先の薄暗い空間の中で明るく光るタブレットの画面には
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
175
ダンジョンLv7を攻略しました。
7畳間の空間を獲得。
魔物討伐報酬700万円を獲得。
ゼロの世界に他の惑星の人間の入居が確認されています。
エンフェース公認マスターに昇格。
空間獲得税率が1%緩和されます。
獲得空間が7,7畳に修正されました。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
と表示されていた。
︵ゼロの世界ね・・・そう命名したつもりはないけど、これも地球
人=ゼロが当たり前だという証拠か︶
俺達がゼロだと教えてくれたシーアが入居したことによって税率が
緩和されたようだが、それがたったの1%では街を創るのには万単
位のレベルまで攻略しなければならないという事実は変わらない。
それでも一度の攻略で獲得出来る空間が現状に比べれば1割も増え、
今後も税率が緩和されていけばある程度広い世界を創れるかもしれ
ないと前向きになる事が出来、良い結果を報告出来ると喜んでイリ
アの待つ六畳間へと戻っていく。
ところが、イリアとシーアが寝ているはずの2段ベッドのある六畳
間には二人の姿はなく、慌ててダイニングに駆け入ると、俺のいた
六畳間への扉に背を預けながら仲良く同じ毛布に包まって眠る二人
の姿がそこにはあった。
俺が出て来るのをずっと待っていたくれた事を申し訳なくも嬉しく
も思い、空間獲得の結果以外にも何か二人に報いる事は出来ないか
176
と方法を模索する。
すると、死後の世界に来る前に、俺が仕事で朝帰りの時はイリアが
予め朝ご飯を作って冷蔵庫に入れておいてくれた事を思い出し、自
分の手で朝ご食を作って二人を待とうと思い立つ。
しかし、今までアパートでの料理は全てイリア任せだったため、朝
ご飯と言えど碌な物を作れそうになかったが、それでもなんとかお
米を研いで炊飯器でご飯を炊く事ができ、乾燥わかめを使って味噌
汁を作る事も出来た。
︵さすがにご飯とみそ汁だけじゃまずいよな・・・卵焼き・・・作
れるか?︶と、メニューに悩んでいると、部屋に充満していたご飯
の炊けた蒸気の匂いとみそ汁の匂いで眠っていた二人が目を覚まし
てしまう。
閉じこもった事を非難されたり、泣きだされたりしたらどうしよう
と胸中に不安が広がるも、イリアは俺の姿を見ても普段通り優しく
おはようと挨拶をするだけに止まり、その事に安心してほっと胸を
撫で下ろす。
シーアはまだ寝ぼけているのか、瞼を閉じたまま頭を左右に揺らし
てたまにカクンッ!となったりしていて、それを見ているだけでも
可愛い姿に自然と笑みが浮かんでくるが、イリアがシーアに謎の設
定を吹き込む事で、シーアは更に可愛い姿を見せてきた!
﹁ほら、シーアちゃん。パパが帰って来たわよ?おはようの挨拶し
ましょ?﹂
そうしてイリアはシーアを抱えて俺の方までやってきて、俺にシー
アの抱っこを引き継がせると、俺の首に抱き付いたシーアが耳元で
177
﹁パパ・・・?おはようにゃ・・・﹂と囁いた!?
︵うおおおお!?何この可愛い生き物!?猫耳がふさふさでくすぐ
ったいしー!?っていうか、今﹃にゃ﹄って言ったー!?︶
そのあまりの可愛さに、俺はパパじゃない!とつっこむ事など遥か
彼方へ吹っ飛んで忘れ去り、むしろこんな可愛い子のパパにならな
っても良いかもしれないと本気で思い始める。
可愛いシーアの頭を撫でるどさくさに紛れて猫耳を触ってみると、
ふさふさの耳の内側は耳たぶのように柔らかく、気持ちよくて何回
ももみもみしていると、さすがにくすぐったかったのかシーアは身
をよじり出し、終いには眠気も吹き飛んだパッチリしたお目目が俺
に向けられてしまう。
体格が人間で言うところの小学校1年生くらいしかないのですっか
り忘れていたが、俺に向けられている顔が少し大人っぽくなり始め
ていているのを見て、シーアが14歳である事を思い出す。
もし14歳のシーアが地球人と同じ様に思春期真っただ中であった
なら、今の様な行為は本当の親子だったとしても通報されていても
おかしくだろう。
でももし猫耳族が地球人と同じくらいまで身長が大きくなるのであ
れば、現在のシーアは見た目通り小学校低学年として扱われるべき
であり、それなら今の行為もお咎めなしとなる可能性が・・・!
︵あっ・・・シーアのこの様子は・・・絶対アウトだー!?︶
実際にはシーアは両耳を二つの小さな手で隠し、顔を真っ赤にして
うつ向いて黙り込んでしまう。
178
ここは必死になって謝るのが普通かもしれないが、シーアの恥ずか
しがる姿があまりに可愛く思えてしまい、それに興奮した俺は﹁そ
うだ!ビデオカメラで残さなければ!﹂と、親バカスキル全開です
ぐさまビデオカメラを創造し、イリアに永久保存版となるだろう映
像の撮影を開始してもらった。
その後、シーアをイリアに預けて撮影を交代したり、向けられたビ
デオカメラが何なのかわからず興味津々なシーアは恥ずかしがるの
も忘れて﹁あたしも撮りたい!﹂と、撮影者として俺とイリアを撮
ってくれて3人で楽しい時間を過ごす。
ずいぶん長い間撮影会を続けていると空腹が気になり出してきたの
で、俺が撮影者となって二人がベーコンエッグとサラダを作ってく
れる風景をビデオカメラに収め、完成した朝食を3人で仲良く食べ
る事になった。
結局俺が作ったのはご飯と味噌汁だけで、しかもその味噌汁はダシ
を入れ忘れていたり溶かした味噌が少なかったりと二人に味が薄い
とダメ出しされてしまったが、それでも﹁兄さんが作ってくれたの
だから十分美味しいわ﹂と言って全部飲み干してくれたのは本当に
嬉しかった。
シーアもイリアに便乗するように、﹁そうそう、十分美味しいよ!・
・・お兄ちゃん・・・﹂と言ってくれ、さすがにパパにはなれなか
ったが、親しみを込めて俺の事をそう呼んでくれるようになった。
朝食の後、シーアに個室が欲しいかと尋ねてみると﹁お姉ちゃんと
一緒が良いからいらない!﹂と言われたので、﹁それなら、俺が新
たに獲得して来た7,7畳の空間と合わせて、今よりも広くて使い
やすい部屋を創ろう!﹂と提案すると、二人とも﹁おおー!!!﹂
と拍手で歓迎してくれた。
179
目覚めてからずっと上り調子だった気分が更に良くなり、どうせな
らダンジョンLv8とLv9もクリアしてもっと空間を広くしてか
らいっぺんに好きなように部屋を作ろうと考える。
その二つをクリアしてもまだ十分に余裕が残っていれば、Lv10
も攻略してもっと広い部屋を創っても良いのかもしれない。
それだけの広さがあれば体を動かす部屋や、植物がいっぱいの部屋
なんかも創れるかもしれないし、他にも良い案がないかと二人にも
考えてもらい、それと同時にシーアの衣服も選び出すようにお願い
する。
シーアはまだ14歳で、しかも俺達と同じ様に孤児院育ちで自分で
服を買った事がほとんどないらしく、イリアの様に創造に必要な情
報を書き出してもらう事が出来ない。
そのために俺はノートパソコンを1台創造して、予想通りちゃんと
ネットにも繋がったそれをイリアに使ってもらい、シーア用の衣服
を地球人用の衣服の中から選び出して貰う事にしたのだ。
イリアには自分の分の衣服や、他にも欲しい物があればリストアッ
プしておいてと伝えてあるので、二人はしばらくの間パソコン画面
に釘付けになるはずだ。
シーアは何もない所から出現したパソコンを見て、そこで初めて創
造魔法を見たらしく、﹁これが神々が御使いになられる本物の魔法
なのですね!?﹂と、やけに仰々しく驚いていた。
しかしその後に、パソコンでアニメグッズの数々を見る事が出来る
180
とわかった時の方がよっぽどリアクションが大きく、﹁うわわ!?
にゃんなの!?ここは天国にゃの!?﹂と、素に戻って﹃にゃ﹄が
飛び出してしまう程の驚きを見せていた。
パソコン画面に表示されているアニメグッズを見て尻尾をパタパタ
と振り回して喜ぶシーアの姿をもっと観察していたい気持ちに支配
されるが、イリアが楽しそうに撮影をしてくれているので、帰って
来たらゆっくり観賞会だ!と、後に楽しみを作る事でなんとかその
場を後にする決心をする。
﹁じゃあ昼頃には戻るから!﹂
それは俺にとって確定した事実であったはずで、ただの連絡事項の
様に軽くイリアに告げた俺は、イリアが﹁気を付けてね!﹂と返し
てくれたのを聞くとダンジョンサーチアプリを開いてダンジョンL
v8へと突入していった。
でも、俺はその言葉を最後に・・・
約束の昼になっても、それをずっと過ぎても、夕方になり夜になり、
次の日の朝になっても・・・俺が二人の元に戻って来る事はなかっ
た。
181
第一章 ゼロの世界の登場人物&高額創造物best3︵前書き︶
もう一話投稿して第一章終りのはずでしたが、その内容を第二章に
回す事にしたので前話の﹁違えられた約束﹂で第一章終りとなりま
す!
どちらにしても主人公の晴が帰って来なかったのは変わりませんが
︵;゜口゜︶b
第二章も書き始めているので、完成したら掲載しまーす!
182
第一章 ゼロの世界の登場人物&高額創造物best3
第一章 ゼロの世界登場人物
アマカシハル
天槝晴
種族:ゼロの民︵地球人︶
立場:ゼロの世界のマスター
年齢:20歳
身長:177?
誕生日:3月15日
得技:創造魔法
趣味:音楽&映画観賞
音楽&映画鑑賞が趣味だがアパートの壁が薄くてコンポの音量もあ
まり出せず、映画も小さい20インチのTVじゃなくてもっと大画
面で見たい欲求があったため、イリアに告白して付き合うようなっ
たら完全な同棲先としてもっと広くて壁が厚い部屋に引っ越し、そ
こでホームシアターを組むという目標を立てていた。
死後の世界に来た後はバベルの塔の、その横のちっこい塔にいたじ
じいから伝授された創造魔法を伝授され、魔法を駆使してダンジョ
ンLv6を攻略。ゼロの世界の創造を開始してホームシアターを備
えたダイニングを手に入れるも、晴自身は一度も使うことなくLv
8のダンジョンに突入して行方不明になってしまう。
雪白イリア
種族:ゼロの民︵地球人︶
立場:晴の妹。そして嫁?
年齢:18歳
身長:160?。
183
誕生日:7月21日
得技:料理、猫と友達になる
趣味:猫と遊ぶ、美味しいご飯&お菓子をたくさん食べる、晴の世話
生前、社会人になる前は猫カフェでアルバイトをしていて、そこで
猫の魅力にとりつかれる。猫は素っ気ないと言われながらも実は甘
えん坊な所がいたく気にいることに。
猫カフェの飼い猫だけでなく野良猫ともすぐに仲良くなれる。
得意料理&好きな料理はビーフシチュー、豚の角煮、麻婆豆腐。で
も猫舌な為に、辛い麻婆豆腐は相当冷まさないと食べられない。
リェーム・シーア
種族:猫耳族
立場:晴とイリアの妹のような子供の様なペットの様な
年齢:14歳︵ノーケ星の猫耳王国では18歳で成人︶
身長:121?︵これ以上成長したとしても130?程度︶
体重:21kg。
得技:召喚魔法
趣味:アニメ観賞
生前は垂れ猫耳のせいで迫害に合うも、自分は劣等種でないことを
世の中に証明するために猛勉強し、ノーケ星で最難関の召喚魔法小
学校に見事入学を果たす。
13歳にして高校修学課程までに教わる魔法を全て習得し、その後
の在学期間は垂れ猫耳をまっすぐに見せる事が出来るようにと夢幻
魔法の新魔法開発に注力していた。
猫耳族の中でもとびきり優秀で、垂れ猫耳でなければ査定金額は1
億どころか数百億に達していた。
ゼロの世界︵ダンジョンLv7攻略時︶
獲得済みの空間:28,7畳︵46?︶
184
結合済みの空間:寝室用の6畳間とダイニングキッチンの9畳間。
シーアの個室にする予定だった六畳間は結合が解除されたままであ
る。
晴の創造魔法代価残額:3184万円
創造物
高額best3
第一位:システムキッチン350万円
9畳のダイニングの横幅270?ぎりぎりまで使った広々としたキ
ッチン。調理スペースも流し台も広くて使いやすく、ビルトインタ
イプのガスオーブン付き。
収納もたっぷりで扉はイリアが好きな柔らかい桜色。
第二位:バストイレ洗面台の3点ユニット55万円
2畳の空間に設置しているためかなり狭い。部屋との境はガラス張
り。
イリアとシーアが一緒にお風呂に入るには狭いため、獲得した7,
7畳を使って大きなお風呂に創り替える予定だった。
同率第二位:戦車主砲弾55万円
発射されたばかりの砲弾だけを創造しているので、何億もする戦車
が不要の財布に優しいエコ兵器。
コストパフォーマンスは1発250円の機関銃弾には及ばないもの
の、1発の威力は圧倒的なので安心感はでかい。
185
第三位:連結ダイビングスーツ50万円
これを着た二人は強制的に抱き合う形になるという、かなり美味し
いダイビングスーツ。しかし、こんなとんでもない物を創っておき
ながら創造主がうぶな為、生地が分厚いのが残念な所か。
それでもその生地はさらさらで肌に優しい素材という、細かな気遣
いが成されている。
番外編
胡蝶蘭のネックレス:6万7千円
既製品ではなくオーダーメイド。
月給21万円だった晴にとってはかなりの高額品。
プールで使った水:5万円
収納して使いまわしていたものの、排水溝で捨てられた水も多々あ
るため5万円もの出費に。
ゼロの世界4/26∼4/29の間の食費:24万1400円。
4日分とは思えない程に恐ろしいくらいに高額。
初日にイリアが食べたお寿司が金額の半分以上を占めている。
シーアの歓迎会も行ったのと、やはり食べる事以外の楽しみが少な
いためか毎食ご馳走に。
186
第二章プロローグ ﹁求められた奇跡﹂
突然ですが、聞いても良いですか?
﹃もし、実現はほぼ間違いなく不可能だろうある奇跡を起こさなけ
れば、自分も自分が大切にしている人もまとめて死ぬ事になると宣
告されたら、あなたならどうしますか?しかも3か月以内という期
限付きだ。
死を回避するために死力を尽くしますか?それとも死を受け入れて
残された時間を大切な人と過ごす時間に充てますか?﹄
もちろん、どんな奇跡を起こさなければならないのかわからないま
までは、いきなりそんな事を聞かれても困るだけだとは思うが、少
なくとも少しも抗う事無く即座に諦めるという選択をする人はまず
いないのではないだろうか。
だから俺が必死に抗う道を選択したのも当然の結果だったと言える
だろう。
例えそれが、過去から現在に至るまで累計1000億以上の人間が
誕生しているとも言われるゼロの民が、今まで誰一人として成しえ
なかった事だったとしても。
例えそれが、とあるゼロの民が何百年と挑戦を続けても達成出来な
かった事を、更にはたったの3か月でそれを達成しなければならな
いのだとしても。
俺自身の命だけでなく、イリアとシーアの命を救うためにも奇跡が
必要だというのであれば、何が何でも奇跡を起こさなければならな
い。
187
それで、俺にはどんな奇跡が求められているんだったっけ?
もう一度教えてくれないか?
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−−−−−−
奇跡の要求をされるその少し前、ダンジョンLv8に突入以後行方
不明になっていた俺は、それ以来ずっと存在そのものを失ったかの
ように五感も意識も全て真っ暗な闇の中に閉ざされてしまっていた。
ところがある時を境に、瞼越しに光を感じたり腕に何かが触れてい
るのを感じたりと再び五感が蘇って来て、ずっと閉ざされていた俺
の意識はうっすらと開き始めていた。
ずいぶんと久しぶりに意識を取り戻したせいか、何を考える事もな
く、地面に仰向けに寝転んでいる体の正面に見える空に流れる雲を、
半開きの視点も定まらない眼でただぼーっと眺め続ける。
時折穏やかに吹く風が優しい甘さの香りを運んで来て、ふと視線を
横に向けると白い植物が俺を取り囲むように密生していることに気
付く。
その植物は白い花を付けていたのだが、白いのは花弁だけではなく、
葉も茎も全てが白い色をしていて、その縁や模様だけが白ではなく
黒い色をしていた。
まるで絵に描いたようなその花を、不思議な花もあるもんだなと、
拙いながらもなんとか感想を抱ける程度まで思考する力が戻って来
188
た所で、ようやく自分の置かれている状況について考え始める。
︵ここ・・・どこだ?︶
仰向けに寝転んでいた体を起こして辺りを見渡してみるも、俺の瞳
に映し出されたのは雪が降り積もった銀世界のように、白い花々が
広く覆い尽くしているどこまでも真っ白な世界だった。
︵雪のように白い花畑か・・・雪白イリアにぴったりだし、教えて
あげたら喜びそうだな︶
少しも見覚えのないこんな場所に自分はなぜいるのだとか、花だけ
でなく空も太陽も全てが白いのはどういうわけなのだとか、そんな
異様な事態に戸惑うよりも先にイリアの喜ぶ姿を想像してしまった
が、イリアに教えるために早く帰ろうと思った所でようやく自分の
置かれている状況がただ事じゃない事に気付き始める。
︵帰るってどうやって帰るんだろ・・・?ここはどこなんだ・・・
??こんなに白くて広い空間なんか知らないぞ???︶
俺が知っているのは6畳の寝室と9畳のダイニングキッチンだけで、
それ以外に獲得していた合計32畳程の空間はまだ創造前だし、仮
に創造したとしてもこレ程までに果てしなく広い空間が創れるわけ
ではない。
異様ではあるが明るくて優しい甘さの香るこの空間がダンジョン内
だとは思えず、そんな事があり得るのかどうかはわからないがどこ
か別のマスターが創った世界に紛れ込んだのかとも考えるが、一つ
の世界にマスターは一人だけしか存在出来ないという創造魔法のじ
じいの言葉を思い出し、この場所がどこなのか少しも見当が付かな
189
い。
自分がどうやってここに来たのか、その経緯を思い出そうとするが、
イリアとシーアと一緒に楽しく朝ご飯を作って食べた後、ダンジョ
ンLv8とLv9を攻略した所で俺の記憶は途切れており、なぜこ
こにいるのかも全く見当が付かない。
︵マスター専用のタブレットが今も俺の傍に浮いているから、ここ
も死後の世界のどこかだとは思うけど・・・ん?何か通知が来てる・
・・?︶
傍に浮くタブレットの画面に﹃エンフェースからのお知らせ﹄とい
うメッセージが届いており、エンフェースがゼロの世界を含む、全
ての死後の世界の総称だという事をシーアから教えてもらっていた
俺は、もしかしてこの状況に関する何らかの情報が得られるのでは
ないかと期待して、飛びつくようにしてそのメッセージを開いてみ
る。
すると・・・とんでもない事実?が判明した。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−
4月分の公共料金の請求額︵4/26∼4/30︶
水道代2988円
電気代714円
ガス代334円
通信料253円
合計4289円が代価残額から引き落とされます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−
190
﹁ぁあ!?ふざけんな!!!今はそんな情報いらねえんだよ!!!
それに空間獲得税89%も取ってるくせにそれくらい無料にしろよ
!﹂
もっと他にも色々言ってやりたい事があるが、請求額が大した額で
はないので今だけは捨て置く事にする。後で苦情のメッセージを返
信してやろう。
怒りを込めた指を画面に強く押し当ててそのメッセージを思いっき
り弾き消すと、新たにもう一つメッセージが出て来た。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ダンジョンLv10を攻略しました。
11畳間の空間を獲得。
魔物討伐報酬1900万円を獲得。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
﹁んあ!?Lv10なんていつ攻略したんだ???これっぽっちも
記憶にないぞ・・・月末の公共料金のメッセージに上書きされてい
たということは、攻略したのは4/29か4/30のどちらかのは
ずだけど・・・って、今何日だ!?﹂
タブレットの右上に表示されている日付に目を向けると、その画面
に5/6、9:36と表示されていたのを見て思わずぎょっとする。
俺の最後の記憶はダンジョンLv9をクリアした直後の事で日付は
4/29だ。いつの間にか一週間も過ぎ去ってしまっている事がわ
かり、その間の記憶が一切ない事に背筋が凍りつく。
191
︵俺は一週間もの間何をしてたんだ!?イリアとシーアはどこだ!
?︶
この場所が何なのかもわからず、更には一週間の間何をしていたの
か思い出せず、何よりも今この場に居ない二人が無事なのかどうか
わからず不安と焦りが極に達してしまう。
死後の世界であっても、俺達は食事を取らなければ生きていけず、
そしてコンビニもスーパーもないゼロの世界では食料の補充が俺の
創造魔法頼りなのだ。
ダイニングキッチンを創った際に家族用の大きめの冷蔵庫を創造し
て中は食材でいっぱいにしているが、それがどれほど保つと言うの
だろうか。
幸い主食のお米は何キロも創造しているので一週間で生死がどうこ
うという話ではないものの、ここがどこだが全く見当もつかない現
状では戻るまでにどれ程の時間がかかるかわからず、二人の命が危
険に晒されている状態に変わりはない。
ここがただの夢の中で、そのうち勝手に目覚めるというのならそれ
ほど楽な事はないが、タブレットの時計が9:37、9:38とリ
アルに時を刻み続けている様子からは、ここはどこかに存在してい
る世界なんだと思えてならない。
一刻も早く二人の元に戻る方法を見つけるため、記憶にないLv1
0のダンジョンに何か手掛かりがあるのではと思った俺は、その攻
略に使った創造魔法の履歴を見て何か思い出せる事があるのではな
いかと思い、創造魔法のアプリを開いて確認してみると、履歴の一
番下に4/29︵ダンジョンLv10内︶というフォルダが確かに
192
存在していた。
︵・・・なになに?機関銃弾を2万発も使ってて、戦車主砲弾も1
8発も使用・・・って、なんだ!?戦艦主砲弾も2発使ってるだと
!?︶
フォルダを開いたその先には戦車主砲弾よりもはるかに強力で1発
500万円もする戦艦主砲弾の創造履歴も残っており、それを使わ
ざるを得ないほどの強敵が現れていたのかと戦慄する。
目標のLv35000のダンジョンの攻略のそのはるか手前のLv
10のダンジョンの攻略のために最も強力な武器の一つである戦艦
主砲弾を使用してしまっており、代価も合計2350万円も使って
いるのでは魔物の討伐報酬で1900万円を得ていても450万円
の大赤字であり、攻略したと言ってもとてもじゃないが喜ばしい結
果だとは言えなかった。
︵しかも履歴の最後が麻酔薬って・・・何があったんだ・・・?︶
履歴の最後なので魔物を倒した後に創造したのだろうが、ダンジョ
ンLv10内のフォルダに入っていることから発動そのものはダン
ジョン内で行われており、獲得空間に飛ぶのも待てない程切羽詰ま
って発動しているように思えた。
注射器の創造をしていない事を考えると血管の中に直接麻酔薬を創
造したのだろうが、俺の体は五体満足でどこにも怪我をしている様
子はない。
もしかして麻酔薬が原因で可笑しな世界を見てしまっているのかと
全身に冷や汗が流れるが、世界は白いながらも、肌に感じる風や漂
193
う花の甘い香り、触れれば確かに感じる花の感触などは本物だと思
えたし、俺自身とタブレットには正常な色も認識出来ているのでそ
れも違うような気がした。
創造魔法の履歴をダンジョンLv8とLv9に遡ってみたりもした
ものの、結局この白い世界にいる理由はわからず、とりあえずここ
から移動してみるしかないかと思い、どの方向に行こうかと見渡し
てみるが、360℃全て同じ景色なので進むべき方角が全く見当が
付かない。
それでも何か違いはないかと何度も辺りを見渡しているうちに、白
い太陽がある遠くの空に、赤い点がポツンと存在している事に気付
く。
いつの間にか出現していた赤い点が、俺と同じようにこの白い世界
にとっては異物な存在だと思えた俺は、その正体を確認しようと﹃
遠くに見える赤い点をレンズに捉えている天体望遠鏡一式﹄を創造
してレンズを覗いてみる。
するとその赤い点は燃え盛る巨大な炎の塊だという事がわかると同
時に、その炎が思いもよらない物を形作っており、それに気付いた
俺の瞳が驚きで満ち溢れる。
︵あの形は胡蝶蘭!?・・・間違いない!というか、ここを埋め尽
くしている白い花も全部胡蝶蘭じゃないか!?︶
覚醒し切らない頭で見た時は葉も茎も全てが白い事に目を奪われ、
更には香りがないと言われている胡蝶蘭とは違い甘い香りがしてい
たので、この白い花を胡蝶蘭と認識することが出来なかったが、今
ならこの花々がイリアに告白した際に渡したネックレスと同じ花だ
ということがわかる。
194
︵この花もあの炎もイリアが関係しているのか!?・・・でもイリ
アがどうやって・・・もしかしてシーアの召喚魔法!?︶
空間そのものもシーアの魔法なのか、それとも花だけがシーアの魔
法なのかはわからないが、いずれにしてもまさかこれ程までに馬鹿
でかい規模の魔法が使えるとは聞いていなかったため、魔法の可能
性に思い至ると驚きよりも戸惑いが心を埋め尽くしていったが、こ
こまで胡蝶蘭に拘るのはそれ以外にあり得ないと感じた俺は、届く
かどうかもわからないメッセージをシーアのタブレットに向けて飛
ばした。
仮に届いたとしてもマスターのタブレットに対して返信する事は出
来ないのだが、﹃シーアとイリアが白い胡蝶蘭も赤い炎の胡蝶蘭も
創っているのか!?﹄というメッセージに答える様に赤く燃える胡
蝶蘭が形を変え、○のマークを描いていった。
それを見た瞬間、心の底から喜びが湧き立つ様に溢れ出し、直観的
に二人は赤い胡蝶蘭の真下にいると思った俺は﹃すぐに行く﹄とメ
ッセージを飛ばすと同時に、代価を確認することなくエンジンのか
かった車を創造した。
前々から欲しいと思っていた赤いオーリズを無意識に選び出してい
たのだが、そんな事など気にも留めずに即座に乗り込み、バンッ!
っと勢いよく扉を閉めるや否や思いっきりアクセルを踏み込み、二
人の元に向かって車を急発進させた。
イリアへの想いを紡いだ胡蝶蘭の花々を押し潰して走るのは少しだ
け気が引けたが、一刻も早く二人の元に辿り着く事が何よりも大事
だと罪悪感を頭の隅に追いやり、踏みっ放しのアクセルがメーター
195
を振り切るのも構わず猛スピードで飛ぶように突き進み続け、20
分足らずで赤い胡蝶蘭の形が目視でもしっかりとわかるようになり、
それからすぐにこちらに向けて手を振る二人の姿を視界に捉える事
が出来た。
︵やった!二人とも無事だ!︶
すぐに急ブレーキを踏んでも、メーターを振り切る程に加速してい
た車体はすぐには止まってくれず、白い花を辺りに盛大に撒き散ら
しながら滑る様に進み続ける。
それでも車体は確かに減速していき、一刻も早く二人の元に駆け寄
って抱きしめたい衝動に駆られていた俺は、完全に止まるまで待つ
時間も扉を開けて降り立つ時間も惜しんで、車を収納して大地へと
転がり降りた。
不安定な体勢で降り立ったのと移動の慣性に因って花々の上を盛大
に転げる事になったが、それでも無理矢理体に制動をかけ、﹁イリ
ア!シーア!﹂と叫びながら立ち上がるやいなや、力の限りを尽く
して二人の元へと走り出す。
待ちきれない二人も俺の方に駆け出し初め、もうすぐそこまでの距
離にいた二人の顔が涙を流してぐしゃぐしゃになっている事に気付
き、無事に二人に会えた事で胸がいっぱいになっていた俺もすぐに
同じになる。
そのままぶつかるようにしてイリアと抱き合い、少しもスピードを
緩めなかったイリアに押されて胡蝶蘭の上に倒れ込むが、きつく抱
き締めた体が離れる事はなく、少しだけ遅れてきたシーアもすぐに
俺達の上に覆い被さり、三人揃ってぎゅうっと強く抱き締め合う。
196
そのまま俺は号泣しながら二人の名前を何度も呼んで二人の無事を
喜ぶ気持ちを伝え、二人もそれに答えるように﹁兄さん!﹂﹁お兄
ちゃん!﹂と何度も俺の事を呼んでくれた。
涙が枯れてしまう程までに泣いた後、伝わってくるイリアとシーア
の温もりとその重さに確かな存在を感じ、安堵の表情で二人の頭を
優しく撫で続けていると、落ち着いてきた二人も顔を上げたので﹁
二人とも無事でよかった﹂と優しく声を掛けたのだが・・・
﹁兄さん・・・その事なのだけれど・・・﹂
明るく喜びを分かち合おうとして掛けた言葉に、イリアは暗い表情
で言葉を濁し、まさか二人の身に何かあったのかとひどく心配にな
る。
イリアはそんな俺の変化に気付き、気を使ったのか、誤魔化すよう
に無理矢理笑顔を作って﹁大丈夫よ。まだ時間はあるから﹂と、俺
も自分も安心させるように言葉を継ぎ足した。
どういう事なのか詳しく事情を聞き出そうとする前に、イリアに変
わってシーアが口を開き、よくわからない言葉を投げかけて来た。
﹁お兄ちゃんはゼロの民初のマスターになれた特別な存在なんだか
ら、ゼロの民の枠を越えた、新たな存在になれるはずだよね!?﹂
﹁・・・なに?どういうこと???﹂
﹁生まれてから死ぬまでずっとLv0のままだからゼロの民と呼ば
れている地球の人達だけれど、お兄ちゃんなら奇跡を起こしてLv
を上げられるんじゃないかって事!﹂
197
シーアはゼロの民である俺とイリアの事を神様のように心酔してい
る節があり、なんでも出来ると思って嬉しそうにさらっととんでも
ない事を言ってくれたのだが、﹁いや、でも、確か誰かが何百年修
業してもLv上がらなかったんじゃ・・・﹂と、シーアに聞いた話
を持ちだして反論しようとすると﹁お兄ちゃんなら出来るでしょ・・
・?﹂と、途端に不安な顔に変わってしまう。
シーアが冗談で言ったわけではない事にはすぐに気付いたのだが、
ゼロの民はLvを上げる事が出来ないと聞いていたし、仮に上げら
れたとしてもどうすれば良いのかなど分かりもしない俺はすぐに返
事を返す事が出来ずにいた。
﹁お兄ちゃんがLvを上げてくれないと私たちは死ぬ事になるの。
それもたぶん3か月以内に﹂
そんな俺に追い打ちをかけるようにシーアから3人の死の宣告を受
け、詳しい事情は分からないながらも死を回避するために奇跡が必
要なら起こせざるを得ない状況に追い込まれる。
絶対に奇跡を起こしてやると自信を持って言葉にする事は出来なか
ったが、﹁なんとかしてみせるから、まずは事情を聞かせてくれな
いか﹂と、大きく膨んだ不安をなんとか押し殺しながら二人に向け
て俺はそう返事を返した。
198
第二章プロローグ ﹁求められた奇跡﹂︵後書き︶
思っていたよりもずいぶん時間がかかっちゃったけど、新章スター
トです!
199
奥さまは魔女!?
イリアとシーアから聞き出した奇跡を求められた理由を簡単にまと
めると、六畳間で眠ったままの俺が目覚めないと食料の供給がされ
ずに三人とも飢えて死ぬ事になり、目覚めるためには体を浸食して
いる魔力を支配可能なLvまで上げないといけないらしい。
︵・・・つまりここにいる俺はぴんぴんしてるけど実は魂だけの存
在で、実際は死にかけていると・・・だいたい状況は把握出来て来
たけど、もう一度順を追って頭の中を整理するか︶
まず最初は1週間前の4月29日だ。
ダンジョンLv8に突入したあの日、やはり俺はダンジョンに突入
したまま帰って来なかったようで、3日後の5月2日になってよう
やく帰って来たらしい。
ところが帰ってきたと言っても、俺は六畳間の床に倒れた状態で発
見されただけで全く意識がなく、体のあちこちに傷を負っていたら
しい。
幸い命に別条はなく、体にあった傷はシーアが回復魔法をかけてす
ぐに治したものの、それからいくら看病を続けても一向に目覚める
気配がなかったと。
︵あれ?看病ってどこまでしてくれているんだ?寝たきりでも食事
は必要・・・だよな?後は体を拭いたりとか・・・排泄とかー!?︶
ただ体を拭いたり、衣服を着替えさせるだけならなるべく見ないよ
うに行う事も可能かもしれないが、排泄の処理となれば話は別だ。
200
イリアなら嫌がらずに全て面倒を見てくれそうではあるが、それな
らそれで俺の大事な部分をバッチリ見られていたりごしごし拭かれ
ていたりしそうで、もしそうならもうお嫁に行けない!
シーアが使えるという回復魔法が食事も不要なくらい体を回復&維
持が出来る可能性に賭けて二人に看病の内容を尋ねてみるも、返っ
て来た答えは・・・
﹁それはね、二人で一緒におかゆを作って私がスプーンの上でふー
ふー冷まして、熱くないようにもっとふーふー冷ましてから!シー
アちゃんが風の魔法でゆっくり兄さんの胃の中までお届けしていた
のよ!﹂
シーアの魔法と同じくらい役に立っているアピールをしてきたイリ
アに、そんなにふーふーいらないだろうとつっこんでやりたくなる
が、それよりもイリアの言葉に続いてシーアが﹁お届けしてました
!﹂とビシッと敬礼しながら答えてくれてた事に目を奪われてしま
う。
そのあまりにも可愛い姿に、食べたらその後は・・・という懸念す
ら一時的に封印されてしまった俺は、シーアの頭を撫でて感謝の気
持ちを伝えると、シーアは﹁ふにゃぁ・・・﹂と気持ち良さそうな
声を上げながら破顔し、その可愛らしい姿を見て更に撫で続けてい
ると、羨ましそうに見ていたイリアがシーアの横に頭を並べて私も
私もと主張して来た。
イリアのふーふーの頑張りも、そもそもシーアの風の魔法があれば
その必要はなかったような気がしなくもないが、イリアはイリアで
一生懸命頑張ってくれたんだと思い込む事にして一緒に撫でてあげ
る。
201
二人のさらさらな髪に触れ、しばし和やかな時を過ごすものの、そ
んな現実逃避がいつまでも続くわけではなく、きちんと食事を取っ
ているのであれば当然出す事になるはずで、その後始末をどうして
いるのか問わねばならない。
﹁あとさ・・・食べた後の、その・・・俺の後始末ってどうしてる
?やっぱりイリアが・・・?﹂
俺がそう尋ねるとイリアは恥ずかしさで顔を真っ赤に・・・するこ
とはなく、何かとんでもない間違いを犯してしまったかのように真
っ青な顔になり、予想とは全く違った答えが返ってきた。
﹁あなた・・・ごめんなさい。私は奥さん失格だわ・・・後始末は
シーアちゃんが・・・シーア奥さんが・・・うわーん!!!﹂
︵なに!?どういうこと!?イリアじゃなくてシーアが!?︶
イリアならどんな事でも受け入れてくれると信じ込んでいたし、ま
さかイリアが匙を投げ代わりにシーアが面倒を見ているとは夢にも
思わなかった俺はその言葉を素直に受け入れる事が出来ず、謎の設
定を口走ってそのまま泣き伏してしまったイリアとは対照的に自信
満々の表情でいるシーアに視線を向けると、﹁あたしが世話してる
んだよ!﹂とシーアはあっさりと認めたのだった。
﹁本当にシーアが・・・大変じゃないか?﹂
﹁大丈夫!お尻の辺りに灼熱の炎を召喚済みだから、お兄ちゃんが
出しても勝手に焼失して手間いらず!﹂
﹁・・・は???・・・灼熱!?﹂
202
聞くところによると、排泄物だけを燃やすように常駐型の炎を召喚
しているらしく、俺が何時いかなるタイミングで出したとしても、
出した傍から燃えて消えていくらしい。
たいそう便利な炎だが、今も寝たきりの俺のお尻の辺りは炎に包ま
れているというその姿を想像すると、それは恐ろしくシュールな光
景であるし、大事な部分も一緒に燃えていやしないかと恐怖で顔が
引きつる。
︵もし体が焦げていたら回復魔法で治してくれるらしいけど、それ
ってちゃんと元通りになるんだろうか・・・それにノーケ星の老後
施設ではそんなシュールな光景が当たり前のように広がってるのか
な・・・︶
更に看病の話を聞いていくと、排泄物の処理だけでなく、体を拭く
のもシーアの水魔法で体まるごと水洗いされて風魔法で乾かされて
あっという間に終わってしまうらしい。
炎で燃やすとか丸ごと水洗いとか、話だけ聞くと随分ぞんざいな扱
いに思えてならないが、本来は意識がなく寝たきりの人を介護する
のは相当な労力を必要とするはずであるし、何よりもうお嫁にいけ
ないなんて事も回避されているようなので、シーアに感謝しつつほ
っと胸を撫で下ろす。
便利な魔法に奥さんの仕事を奪われたイリアは泣き伏せったままだ
が、とりあえず俺の心配する問題は無事解決したので次の整理に移
ろう。
次は・・・そうだ、六畳間に戻って来た俺がなぜ目覚めないのかだ
が、その時に負っていた怪我が原因ではなく、膨大な魔力が俺の体
203
の中に入り込んでいて、脳がその魔力を制御し切れないために意識
が戻らないらしい。
膨大と言ってもそれはLv0のゼロの民にとってだけであり、シー
アから見れば自分の魔力の総量の半分にも満たない。
本来はそれを自分の物にしてレベルを上げるチャンスらしいが、L
v0は元々の保持魔力量がほぼ0のため、扱うには絶望的にスペッ
クが足りない。
ダンジョン内の記憶がないのでなんとも言えないが、そもそも魔力
なんかどうやって吸収するんだとシーアに尋ねてみると、魔物を倒
すとその場に僅かに魔力が残留するらしく、それに触れれば誰でも
吸収出来てしまうんだと。
恐らくLv10のダンジョンではボス部屋に辿り着く前の通路にも
魔物が出現していたはずなので、その魔物を倒した後に魔力が残り、
Lv0では魔力を見る事も出来ないために気付かず触れて吸収して
しまったのだろう。
俺が目覚めるためにはLvを上げなければならないが、意識のない
ままLvを上げられるわけもなく、シーアが魔法で3人の魂を取り
こんだ仮初の世界を創り、俺にここでLvを上げてもらうつもりだ
ったようだ。
︵っていうか、14歳でここまで色んな魔法を使えるのってゼロの
民以外では当たり前の事なのか・・・?この世界を作るのに使った
魔法は召喚魔法とはまた別系統の魔法だって言うし・・・︶
この世界そのものはシーアが夢幻魔法で創った仮初の世界で、イリ
アが鉛筆で紙に描いた絵を媒介にして魔法を発動させているらしい。
204
絵としては最低限、大地と植物と空と太陽が描かれていれば人間が
この世界で存在を保つのに必要な重力と酸素と空間と熱を確保出来
るらしく、媒介に使われる絵は本来絵具などで色を付けて描くのが
当たり前なのだが、まだ鉛筆しか創造していなかったゼロの世界で
は色の付けようがなく、全てが白い世界となってしまったようだ。
絵に描いても表現し切れない感触や匂いなどは描いた人のイメージ
がそのまま反映されるらしく、現実のほとんどの胡蝶蘭が香りがし
ないのに対し、この世界の白い胡蝶蘭は甘い香りがしたのはその為
だ。
︵というか、これって苺の香りだよな・・・何でそうイメージした
んだ・・・︶
泣き伏せったままだったイリアになんで胡蝶蘭から苺の香りがする
のか問いただそうとすると、イリアは﹁胡蝶蘭・・・?﹂と呟いた
後、急にがばっと立ちあがって、
﹁そうよ!私には胡蝶蘭のネックレスに交わされた誓いがあるんだ
から本妻は私よ!苺のように甘酸っぱい・・・いえ!とってもとっ
ても甘い想いがいっぱい詰まっているのよー!﹂
と、両手を広げて高らかにそう宣言した。
つまりはそういう事らしい。
好きだという気持ちを伝えるために渡したネックレスが、もう完全
に婚約ネックレスに格上げされてしまっているような気がするが、
悪い気はしないので今は無事に六畳間に戻る事を考えるとしよう。
そのためにはこの仮初の世界で修業をしてLVを上げなければなら
ず、体を浸食している魔力量からすればLv1にさえなれば目覚め
るはずなのだが、それを3か月以内に成さなければならない。
205
この仮初の世界にいても現実では同じだけの時間が流れていて、3
人共現実で食事をとらなければ飢えて死んでしまうのだ。
ここで俺が創造した料理を食べたとしても、満腹感は得られるもの
の、実際は空腹のままなのでストレス解消くらいにしかならない。
特にシーアは魔力回復のためにある程度まともな食事と休息が必要
で、一日8時間は魔力を使うのを控えて睡眠を取らなければならな
い。
食料は節約しても3か月程度しかもたず、その後は水だけでもしば
らくは生存可能なものの、シーアの魔力の回復力が極端に落ちるの
で、そうなってしまってはこの世界を創って俺が修行する事も出来
なくなってしまう。
一刻も早く俺のレベルを上げる為に取られる方法は座学や肉体の鍛
錬ではなく、シーアの魔力を魂で出来た俺の体に少しずつ吸収させ
て行く事で俺の魂そのものに魔力への耐性を備えさせ、それを繰り
返す事で無理矢理レベルを引き上げようというものだ。
禁術指定らしい夢幻魔法を、なぜか習得しているシーアがいるから
こそ出来る方法で、何百年も修行をしてもLv1になれなかったと
あるゼロの民はこの方法を取っていたわけではないはずなので、L
vが上がる可能性も0ではないという話だ。
だが、魔力を吸収する際には許容量に余裕がある状態でもピリッと
した痛みが走るらしく、シーアが抑えられるギリギリまで魔力量を
落として俺に吸収させると言われても、それでも相当な激痛が走る
かもしれないらしいので正直怖い。
六畳間で寝たきりの俺の体に入り込んでいる魔力量は許容量をはる
206
かに越えているのは明らかで、吸収した際に想像を絶する痛みに襲
われ、心が壊れていてもおかしくなかったと言われれば尚更だ。
そこは麻酔薬を使って乗り越えていたのだろうが、今回は魔力を自
分の物にするためにも薬で痛みを抑えるのは禁止され、﹁じゃあ準
備は良い?お兄ちゃん!﹂と元気に言われてもすぐには返事が出来
ない。
﹁待って!その前に試したい事が!﹂
それでもやるしかないので覚悟も決まってはいるのだが、せっかく
創造魔法が使えるので試せる事は試しておくべきだと思い、少し待
って貰う事にした。
タブレットの創造魔法アプリを起動して、画面に次々に文字を入力
して以下の物が創造出来ないかどうか試して行く。
﹃飲むとLvが1上がる薬﹄
﹃身に付けるとLvが1上がるアクセサリー﹄
﹃飲むとLvアップに必要な経験値が50%得られる薬﹄
﹃身に付けると取得経験値が2倍になる腕輪﹄
﹃タイムマシン﹄
﹃痛みを和らげつつも効率よく魔力を吸収、扱えるようになる薬﹄
他にいくつも効率良くLvを上げる手段や過去の俺に警告を送る手
段を創造出来ないかと模索するも、表示された代価はいずれも0が
多過ぎて桁が解らない程に高額だった。
実際にそれだけの代価があっても創造出来るのかどうか怪しいが、
仮にそれらが存在していたとしても、俺個人はその存在を知らない
207
せいかまともに創造出来なかった。
︵そう簡単にはいかないか・・・︶
ひとまず創造魔法ででなんとかしようとするのを諦め、大きく息を
吸い込んでそして吐き出してもう一度覚悟を決め直した後、シーア
に﹁始めてくれ﹂と伝え、そうして俺をLv1に引き上げる修業が
開始されたのだった。
208
潰えた希望、絶望、芽生える希望
俺をLv1に引き上げるための修業は至ってシンプルなものだった。
シーアがやることは、自身が持つ魔力を魂で形作られた俺の体に移
すだけ。
俺がやることは、送られて来た魔力を吸収する際に感じる痛みにた
だ耐えるだけだ。
痛みを抑える為に一度に移される魔力の量はほんの僅かなものでし
かなく、それを幾度も繰り返していき、その果てにシーアの魔力総
量の33%も吸収する事が出来れば、現実の俺の体を浸食している
魔力も制御可能なLv1へと十分到達可能で、意識不明で寝たきり
の俺は目覚めるはずなのだ。
そうして何回、何十回、何百回、何千回と魔力の微細なコントロー
ルを続けた結果、見事にLvは上がったのだった!しかもLv4だ!
これで一日8時間休息が必要だったところが、なんと一日5時間の
休息でもなんとかこの仮初めの世界を維持出来るらしい。
さすがシーアだ!
︵・・・さて、俺のLvはいつ上がるんだろうな?︶
﹁なぁシーア、今何%くらいまで吸収が終わったんだ?﹂
﹁だいたい・・・1%・・・﹂
209
﹁一月で1%かぁ。ちょっと間に合わないな。もっとペース上げな
いと﹂
﹁お兄ちゃん・・・大丈夫なの・・・?﹂
大丈夫なのかと聞かれれば大丈夫だと答えたいところだが、果たし
てどうだろうか。
受け取った魔力が体に定着すれば痛みが引くはずなのだが、何千回
という繰り返しのせいで脳が痛みを記憶してしまい、いつまでも残
留し続ける痛みのせいで既に起き上がる事も億劫な程憔悴してしま
っている。
やはりゼロの民にはLvアップなど夢のまた夢なのだろうか。どう
考えても入れ物としての俺の魂は既にパンパンの状態で、この33
倍の量の魔力を吸収しなければならないなど正気の沙汰じゃない。
結局、大丈夫かと聞いてくれたシーアに何も言葉を返す事が出来ず、
俺は甘く香る白い胡蝶蘭に囲まれながら大地に力なく横たわり続け
る。
﹁あたし・・・もうこれ以上お兄ちゃんを苦しめたくないよ・・・﹂
痛々しい俺の姿を見て涙を滲ませながらそう胸中を吐露するシーア
の姿を見るのも、これが何度目だろうか。
修行を始めたばかりの頃は俺も笑って痛みに耐えていたが、今とな
っては取り繕う余裕が少しもなくなってしまい、シーアの役目は弱
々しく横たわる人間に痛みを与え続ける拷問官でしかなくなってし
まっていた。
210
人が苦しむ姿を見るだけでも心が痛むのに、その苦しみを与えてい
るのが自分なのだ。
しかも苦しみを与える事を止めてしまえば、自分も含めて皆死ぬ事
になるという強迫観念に追い込まれながら何千回と苦痛を与え続け
させられており、シーアの心はこれ以上ないくらいに消耗していた。
シーアが限界を訴える度に俺は彼女の頭を撫でたり抱き締めてあげ
て、これは必要な事なんだと説いてシーア苦痛を和らげてやり、そ
うしてまた繰り返してもらっていたのだが、表情を変える余裕すら
なくなってただ涙を流すシーアの姿を見てしまった俺は、シーアに
対して何の言葉も掛けてやることが出来なかった。
︵シーアももう本当に限界だな・・・でも他に方法なんて・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・︶
今の方法を止めるという事は、か細いながらも生に繋がっているか
もしれない唯一の道を閉ざす事であり、閉ざされてしまえば死への
恐怖で身動きが取れなくなってしまうだろう。
仮に他の方法を探すにしても、修行しながらの痛みを感じた状態で
はろくに頭が働かないし、かといって修業を一時的にでも中断して
しまえば、それイコール諦めと捉えてしまい、やはり恐怖が押し寄
せて来てまともに方法を思い付けるとは思えない。
修行を始めるにあたって、この方法がダメだった場合に備えてイリ
アに他の方法を考えておいてくれと頼んであるが、特にこれといっ
た成果はあがっていない。この仮初の世界に描き足された、レベル
アップの薬が入っているという瓶の中身を飲んでみた事もあったが、
それはただの栄養ドリンクだった。
211
Lvが上がる効果など想像しようにも出来ないし、もしかしたら胡
蝶蘭の花に苺の香りが付いたように無意識に信じ込んだり出来れば
はっきりとしたイメージがなくても創り出せるのかもしれないが、
俺のこの有様を見て何を信じろと言うのだろうか。
︵コテージに戻ってイリアに何も案がなければ、マスター権限を移
譲すれば助かる道がある事を話すか・・・︶
実はマスターの権限は移譲可能であり、それを行えば受け継いだ方
のタブレットに創造魔法のアプリが追加され、一緒に代価も移して
おけば食糧などいくらでも創り出せるのだ。
だがマスター権限の移譲は自ら世界を放棄するのと同義で、代償と
して俺は命を落とすだけではなくゼロの世界から存在そのものを消
滅させられてしまい、そこに住むイリアとシーアの記憶の中からも
消えていなくなってしまう。
二人の命は救えるものの、イリアが自分の事を何もかも忘れて生き
ている姿を想像すると、恐ろしい程の深い悲しみが押し寄せてきて
頭の中がぐちゃぐちゃにどうにかなってしまいそうになり、全身は
がくがくと震え出し、そんな未来をイリアが歩んで行ってしまうの
は絶対に嫌だと心が、魂が悲鳴を上げる。
︵でも・・・イリアは一緒に死んで欲しいとお願いすればそうして
くれるだろうけど・・・シーアを一人には出来ない・・・︶
シーアはゼロの世界に入居してからまだひと月も経っていないが、
彼女との間に出来た絆は既に家族も同然と言える程強い物であるし、
そんな大切な家族を一人だけ残してイリアと二人で死ぬわけにもい
かない。
212
シーアが生きたいと願えばイリアに託すしかないと、それほどまで
に大切な存在になっている。
︵二人に権限移譲の話をして、俺の希望も伝えた上で決めてもらお
う・・・いずれにしても俺は、死ぬ・・・︶
死にたくないなぁ・・・と、今にも死の恐怖に押し潰されてしまい
そうになるが、せめてイリアの傍で潰れようと思い、痛む体を無理
矢理立たせてシーアを抱き上げると、イリアがこの世界に描き足し
たコテージの中へと入って行く。
コテージの中に入ってすぐ正面には丸いテーブルと座布団が置いて
あり、その座布団を枕にしたイリアは暗くやつれた顔をしていて、
もうどこにも希望を見付けることが出来なかった。
修行が絶望的な事はイリアも当然知っている所であるし、食糧の管
理はイリアが行っているので残り何日で尽きるという事を、死がど
れほど近くまで迫っているのかという事を、三人の中で一番正確に、
残酷にも把握してしまっている。
量が限られている食糧も、魔力回復の為にシーアにその多くを回し
ていて自身はぎりぎりの状態が続いているようで、失った気力をこ
の世界で食べて補うという行為も、もう無意味な物だとしてほとん
どしなくなってしまっている。
封の開けられていない菓子袋を枕元に置いたまま、俺が戻って来た
事に気付いたイリアはゆっくりと体を起こし、﹁おかえり﹂と弱々
しく口にした。
二人に権限の移譲の話をするため抱いていたシーアをイリアに預け
213
ようとすると、俺から離れた瞬間に三人の死が告げられてしまうと
感じたのかシーアは﹁嫌だ!死にたくないよぉ!﹂と大声で泣き叫
び、抱き付いた俺から離れまいと必死にしがみ付いてきた。
シーアのその悲痛な叫び声に、俺もイリアも必死に抑え込もうとし
ていた死への恐怖が一気にぶり返してきて、﹁俺だって﹁私だって
死にたくない!﹂と、確定してしまった死が怖くて、悲しくて、悔
しくて、やっぱりただひたすらに怖くて・・・・・・・・
泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて泣いて・・・
涙が枯れ、声も枯れ、泣きたくてもその気力すら失われると、もう
死んで魂が抜けたかのように俺達は3人共床に倒れたまま動かなく
なってしまった。
そのまま何時間も過ぎ去り、現実に戻って食事を取るべき時間が過
ぎても誰も言葉を発さず、身動き一つせず、時計すら設置されてい
ない空間の中、呼吸の音すら浅くなりすぎて聞こえて来ない。
︵このままだと最初に死ぬのは俺かイリアか・・・俺からならゼロ
の世界ごと三人一緒に消滅出来るけど、イリアからだと・・・いや、
その前に権限の話をしなきゃな・・・︶
﹁なぁ・・・﹂﹁ねぇ・・・﹂
俺が二人に向かって声を発すると同時に、イリアからも声が掛かり、
先にイリアから話してもらう事にした。俺の話を先にすればイリア
214
の話を聞く事など出来なくなってしまうだろうから。
﹁死ぬ前に結婚式を挙げてみたい・・・﹂
イリアはそう言うと首から下げていた胡蝶蘭のネックレスを手に取
り、想いを交わした俺に対して無理矢理嬉しそうに笑って見せた。
仮に結婚式を挙げても悲しみの涙で溢れてしまいそうな気もしたが、
そこは触れないで俺は返事をした。
﹁・・・良いよ。場所はどうする?式を挙げるなら教会が良かった
けど・・・絵に描き足す余裕あるか?﹂
﹁ふふ、ちゃんと考えてくれていたのね・・・でもそれならわざわ
ざ描かなくてもダイニングに戻ればその絵が手に入るわ﹂
イリアは確信を持って描かなくても手に入ると言ったように聞こえ
たが、俺はそれはどういう事なのかと不思議に思う。絵が﹃置いて
ある﹄ではなく﹃手に入る﹄とはどういう事なのだろうか。
そもそもそんな絵を創造した憶えはないのだが・・・?
﹁ほら、アニメって絵を何枚も連ねて作られてるでしょ?シーアち
ゃんと見たアニメの中に教会のシーンがあったから、もう一度同じ
アニメを映せばその世界の教会に行けるじゃないかしら?﹂
﹁いや、アニメが絵で作られているって言っても六畳間に現物があ
るわけじゃないし、最近のアニメは手書きの絵じゃなくてパソコン
のCGで作ってるの物も多いから・・・﹂
﹁あら・・・ダメなのかしら?止めちゃえば絵だと思ったのに﹂
215
﹁え・・・?﹂
﹁そう、絵よ。映像の再生を一時的に止めたら絵じゃない?﹂
聞き返しの﹃え﹄と﹃絵﹄を勘違いされてしまったが、そんな事は
少しも問題ではない。
言われてみれば確かにその瞬間だけは絵だと思えなくもないが、あ
れは単に記録された映像を画面に映しているだけだから絵とは呼べ
ないと思うのだが・・・
︵でももしそれが絵として扱われ、媒介として用いる事が出来るの
であれば・・・?︶
シーアにスクリーンに映った映像が絵として媒介に出来るのか聞い
てみると、ノーケ星の魔力を動力とした装置で映す映像は魔力が干
渉し合って突然世界が崩壊する恐れがあるから媒介にした事はない
が、映像を媒介にして成功したという過去の記録だけなら目にした
事があるらしい。
ゼロの世界のダイニングにあるプロジェクターのように魔力以外を
動力とした装置で映す映像であれば、干渉も起こらず安全に媒介に
出来るかもしれないと。
それを聞いた瞬間、死にかけていた思考力が急速に蘇り始め、次々
とシーアに疑問をぶつけ出す。
﹁仮に媒介に出来た場合はどこまで再現出来るんだ?人や魔物が映
っていればそれも再現出来るのか?﹂
﹁どっちも再現出来るよ。もしかしたら映っていない部分すら再現
出来るかも﹂
216
シーアも俺の声色に希望を感じたのか、思考をフル回転させて即座
に質問に答えて行き、声にも目にも力が戻ってきているようだった。
﹁それは壺や箱の中身とか、絵に続きがあればそっちにも移動出来
たりするのか?﹂
﹁うん。映像を作る時にイメージされていれば再現出来るはずだよ﹂
︵これは、もしかして・・・なんとかなるのか?︶
イリアに元が映像でも媒介に出来るのではと可能性を提示された瞬
間に、俺は死を回避出来るかもしれない方法を閃いており、シーア
にぶつけた疑問から俺の望む答えが返ってきてそれが実現出来る可
能性が強まって行き、高まる期待に力なく横たえていた体を無意識
に起き上がらせ、シーアに更に疑問をぶつける。
﹁もしそこまで世界が再現されるのであれば、その世界の法則まで
も再現されるのか?
例えば、魔物を倒したら魔力の吸収じゃなくて、経験値とか別の要
素でレベルがあがる世界だったとしたら﹂
﹁・・・それは、あたしの常識にはないからわかんないよ・・・﹂
︵それもそうか。ゼロの民が作ったゲームの世界なんて誰も行った
事ないだろうしな。でもやってみる価値はある!もしそれがダメだ
ったとしてももう一つ手があるし、むしろそっちが本命かもしれな
い!︶
﹁イリア!シーア!試したい事があるんだ!協力してくれ!﹂
生き残る希望を見つけたかもしれないという喜びは、シーアだけで
217
なく傍で聞き入っていたイリアにも伝染しており、弱り切った体に
鞭を打って起き上がったイリアとシーアは俺に向かって力強く頷い
てくれた。
218
潰えた希望、絶望、芽生える希望︵後書き︶
一度暗くなった物語がやっと明るくなっていくー!
ゼロの民はゼロの民のままですけどねー︵゜▽゜︶
219
生還への道筋
魔力吸収してのレベルアップが叶わないゼロの民である俺のレベル
を、引いては制御出来る魔力量をLv0からLv1まで引き上げる
手段として、俺は2つの方法を思い付いていた。
1つは、モンスターを倒して経験値を得てレベルが上がっていくゲ
ームの世界の中に行き、その理に則ってレベルを上げるという方法
だ。
シーアの夢幻魔法が映像を媒介に出来るとわかったからこそ取れる
方法なのだが、問題は仮にその世界の理が適応されたとして、Lv
1に上がるにはどれだけの経験値を得れば良いのだろうか。
最弱のLv0なのだから微量の経験値で良いのか、それともイレギ
、Lv1のモンスターに機
ュラーな存在だから大量の経験値が要るのか。
︵もし微量な経験値で良いのであれば
関銃弾でも戦車主砲弾でも、いっそのこと戦艦主砲弾でも良いから
ぶちかまして、ささっと倒してLvを上げてやるんだけどな!︶
そうして無事に生還を果たした後も、時折ゲームの世界に行ってL
vをいくつも上げていき、今後のダンジョン攻略の手助けにもなる
かもしれない。
だが、魔力の吸収によるレベルアップが叶わなかった現状では、経
験値の取得であれば簡単にレベルが上がると楽観視する事は出来な
い。
自身のステータスが表示されるタブレットには、あとどれくらいの
220
魔力量を吸収すればレベルが上がるだとか、あとどれくらいの経験
値を得ればレベルが上がるだとかの記載はなく、手始めにLv1の
魔物を倒していったとしても、なかなかレベルが上がらなかった場
合に標的を取得経験値の多いモンスターに変えるのかどうかの判断
も困難だ。
︵理が適用されるかどうかは回復アイテムの効果の有無、イレギュ
ラーな存在ではないシーアのレベルが上がるかどうか、後はどんな
攻撃でも1発当たれば必ず1のダメ︱ジを与えられるゲームだから、
Lv1の敵が1発13円の拳銃弾10発で倒せるかどうかで推測は
出来るだろうけど・・・最初からもう1つの方法を試すべきか・・・
?︶
そのもう1つの方法とは、レベルアップに依らずゲーム中に出てく
るアイテムを使用して最大MPを底上げし、制御出来る魔力量を増
やすという方法だ。
幸いゼロの世界のダイニングを創った際に名作と呼ばれるゲームを
いくつか創造してあり、その中の1つにはドーピングアイテムが存
在しているゲームがある。
そのアイテムを使えば、仮にゼロの民がLvアップに膨大な経験値
が必要だったり、既にLv0が成長の限界点であったとしても、そ
れを越えて最大値を伸ばす事が出来るはずだ。
ところがシーア曰く、そんな便利なアイテムの存在など、Lvアッ
プなくして扱える魔力量だけが増えたという話など聞いた事がない
らしく、もし本当にMPだけを増やす事が出来たとしても前例がな
い為にちゃんと目覚めるかどうか予想が付かないと。
221
仮に目覚めたとしても、夢幻魔法には情報の蓄積効果があり、同じ
世界に繰り返し入って行っても消費したアイテムを何度も入手出来
るわけではないので、アイテムに依ってステータスを伸ばし続ける
事も出来ない。
︵どっちも確実な事はわからないか・・・というか、MPを上げる
アイテムって安全な街中で手に入ったっけ?︶
そのゲームをやったのはもう何年も前の事なのでそのアイテムがど
こで手に入るのかさすがに覚えていないし、ネットで調べるにして
もシーアの夢幻魔法で創られた世界は俺の支配下にはない空間であ
るためか、パソコンを創造してもネットに繋がらず、電源もバッテ
リー分しか動かない。
といってもそれは別段焦る事ではなく、ゼロの世界に戻って活動出
来るイリアとシーアに、戻ってパソコンで調べて来て欲しいとお願
いすれば良いだけだ。
そして実際にそうしてもらおうとしたのだが、頼まれたイリアがこ
の場で調べる事が出来る方法を、しかも求めていた以上の情報をあ
っさりと提示してきた。
﹁戻って調べても良いのだけれど、攻略本には載ってないの?
それに、レベルアップに必要な経験値なら聞いてみれば良いんじゃ
ないかしら?﹂
﹁そう言えばネットじゃなくて攻略本で調べるという手があったか・
・・でも、聞くって誰がわかるっていうんだ?﹂
そう言われて一先ずシーアに目を向けるがシーアは首を横に振って
222
知らないとアピールしてくるし、続いて音声入力が可能なタブレッ
トの事かとも思ったが、それもステータス以外の表示がないのは何
度も確認しているから違うはずだ。
他に誰がいるっていうんだ?と首をかしげていると、イリアは少し
だけ呆れながら言葉を継ぎ足して行った。
﹁兄さんはどのゲームでも必要以上にレベルを上げ過ぎなのよ・・・
﹂
﹁え?・・・どういうことだ?﹂
それを聞いてもすぐには何の事だか理解できなかったが、イリアが、
﹁行こうとしているあのゲームなら、教会でレベルアップに必要な
経験値をおつげとして教えてくれる神父さんがいるじゃない﹂とい
った事でようやくイリアの言わんとしていた事に思い至る。
俺のゲームの進め方がとにかくたくさんモンスターを倒してレベル
をがんがん上げてからストーリーを進めていくタイプだったので、
切羽詰まって後どれくらいの経験値でレベルが上がるかなど知る必
要もなかったし、Lvが高くて装備も常に最強でパーティーメンバ
ーの誰かが死ぬ事もなかったので死者蘇生の為に教会を利用する事
もなく、セーブや教会内の壺やタンスを調べる目的以外で訪れた事
が全くと言って良い程ない。
だからこそ完全に忘れていたが、確かにあのゲームに出てくる教会
には次のレベルアップに必要な経験値を教えてくれるおつげ機能が
付いていたし、もしゼロの民の俺も経験値でレベルが上がるのであ
れば必要な値を数字で示してくれそうである。
223
Lvが上がるかどうかは実際にモンスターを倒してみるしかないと
思っていたが、それならどれだけの強さの敵をどれだけ倒せば良い
のかというリスクの判断も可能だ。
︵イリアは留まってレベル上げとかしないタイプだからなぁ。もっ
とレベルを上げてからにした方が良いとか口出しすると、却ってむ
きになってボスに突っ込んで行ってたしな︶
その度にパーティーが全滅して、主人公に俺の名前を付けていたイ
リアが、兄さんのせいで兄さんが死んじゃったじゃない!と騒いで
いたのを思い出す。
その時はふざけてそんな事も口に出せたが、今回はモンスターにや
られれば本当に死んでしまうので、強いモンスターと戦うことなく
生還出来る可能性を、MPの最大値アップのアイテムが安全な町中
で手に入る事を願って攻略本を創造して調べてみる。
すると、目的のアイテムが安全な町中で手に入る街が存在する事が
わかり、都合の良い事にすぐ傍に教会もあるので、まずは教会でお
つげを聞いてレベルアップに必要な経験値を確認した後、モンスタ
ーを倒しに行くかドーピングアイテムを手に入れてMPの底上げを
試すかどうかを判断する事に決める。
攻略本にはモンスターの出現地域や倒した際の取得経験値の量も載
っていたので、やるべき事が、生環へと続いているはずの道筋がは
っきりとしたように思え、その手助けとなったイリアに﹁なんとか
なりそうだ!さすがイリア!﹂と笑顔で褒め称える。
嬉しそうに微笑み返してくれたイリアにはゼロの世界に戻った後ゲ
ームをその場所まで進めてくれるようにお願いし、ゲームの内容が
224
わからなくて話に入れず少しだけ寂しそうにしていたシーアには、
﹁イリアの次はシーアが頼りだからな!﹂と元気づけ、ゲームの画
面を媒介にして夢幻魔法を発動させ、俺達をゲームの世界に招いて
もらう事をお願いした。
シーアの魔力回復にも時間が必要なので、二人からは﹁しばしのお
別れとなるけれど、準備が整ったらまたすぐに会えるからね!﹂と
声を掛けられたが、白い胡蝶蘭に囲まれた世界を解除された瞬間に
意識が真っ暗になる俺にとっては、二人と抱き合って別れを惜しん
だ次の瞬間には視界が別の世界へと切り替わっていた。
自分の居場所が、色のない木製のコテージの中から、ちゃんと本来
の色が付いた石造りの壁と天井に囲まれた部屋へとが変わり、床に
は焦げ茶色の絨毯が敷かれ、それの隅に置かれた木製のシンプルな
長机の向こう側には、青い司祭服に身を包んだ神父さんが立ってい
た。
他には椅子が4つあるだけの簡素な教会だったが、ゲームの画面を
媒介にして新たに創られた世界、ドラゴングエスト5、通称ドラグ
エ5というゲーム︵PS2リメイク版︶の世界の中に存在する、ラ
インハッドというお城の中にある教会に俺達は無事に降り立つ事が
出来たのだった。
生還にまた一歩近づけた事を喜び、進むべき道筋をはっきりとさせ
てくれたイリアと同じように、見事夢幻魔法でゲームの世界を創り
上げたシーアも褒め称えようとしたのだが・・・
﹁・・・シーア!?﹂
225
俺が視線を向けた瞬間にはシーアは崩れ落ちるように床に倒れ込ん
でしまい、その小さな体を慌てて抱き起こすと、真っ青な顔に目は
虚ろで宙を游いでいて、シーアの魔力を吸収したおかげでうっすら
と見えるようになっていたシーアの持つ水色の魔力の、その色がど
んどん薄れていき、その量も減少していて深刻な容体であるように
感じられた。
ひどく焦る俺とイリアの呼び掛けに対してシーアはなんとか声を搾
り出す。
﹁世界が重過ぎる・・・お兄ちゃん、早く・・・﹂
︵この世界を創ったせいなのか!?急がないと!!!︶
シーアをイリアに預け、少しの時間も無駄にはしまいと立ち上がり
ながら目の前にいた神父さんに﹁おつげを聞かせてくれ!﹂と叫ぶ。
しかしその神父さんは、これぞNPCの鏡と言わんばかりに悠長に
前置きの言葉を紡ぎ出した。
﹁生きとし生けるものは
みな 神の子。﹂
﹁わが教会に
どんな ご用かな?﹂
﹁いいからおつげを!﹂
﹁神の声が 聞こえます。﹂
﹁アマカシハルよ。
あと・・・桁が多すぎてわからないの経験で
次のレベルに なるでしょう。﹂
226
それを聞いた瞬間、街の外に駆け出してモンスターを倒すべきか教
会の奥にある小部屋に駆け込んでMPの最大値を上げるアイテムを
手に入れるべきかが決まった。
神様ですら桁の把握に匙を投げてしまう程に多い経験値を必要とす
るなんて、Lvの高い敵が出現する地域に飛び込んでメタルギング
を山ほど狩ったとしても追いつかない。
やはりLv0はイレギュラーな存在のようだが、根本的にレベルが
上がる事を否定されなかったのであれば成長の余地はあるはずで、
そうするとドーピングアイテムはちゃんと効果はあるはずだと、そ
こに関しては確信が強まる。
﹁ほかに ご用は おありかな?﹂
と尋ねて来た神父を俺はもう相手にしておらず、視線を外した俺に
向けて、
﹁おお神よ!
この者に あなたの加護が
あらんことを!﹂
と、NPCらしい決められた文言を、でもNPCらしくない生きた
人間のしっかりと感情の籠った激励を背中に受けながら、俺はもう
1つの手段へと向かって走り出していた。
227
続く奇跡
魔力量を上げるアイテム手に入れるために駆け込んだ教会の左奥に
ある部屋は、初めて俺が獲得した空間と同じ広さの六畳間で、部屋
の真ん中にベッドが1つ、そして奥の壁にタンスが2つ並んでいる
だけのシンプルな部屋だった。
事前に攻略本で得ていた情報に因ると、左のタンスの中に目的のア
イテムが入っているはずだ。
映像を媒介にして発動させた夢幻魔法によって予期せぬ膨大な負荷
がかかり苦しむシーアのために、一刻も早く2つ目の手段を完遂さ
せようと、俺は躊躇なく三人の命運のかかったタンスの引き出しへ
と手を伸ばした。
タンスには3段の引き出しが存在していたが、ゲーム中では何段目
を引き出したとか何段目にアイテムが入っていたとかいう細かい描
写はない。
主人公は全段を調べていたのかもしれないし、どの段を引き出した
としても同じ結果が得られていたのかもしれない。
出来れば最初に引き出しを開いた時に無事に発見してすぐに安心さ
せて欲しいという願望が強いが、主人公が開けないと手に入らない
という設定が為されている可能性も否定しきれないので、最後の段
になっても良いから絶対に手に入れさせてくれと心の底から強く願
いながら、手を掛けた一番上の段を引き出してみた。
だが、中には何も入っていない。
228
その瞬間、埃や塵一つ見当たらないその空間から不安だけがどっと
溢れ出して来たような感覚に襲われ、ひどい目眩に倒れ込みそうに
なるが、希望はまだ2つ残っているんだと踏み止まる。
溢れる不安を無理矢理閉まった後、一つだけ呼吸を置いてから真ん
中の段の引き出しに手を掛け、開いてみた。
だが、中には何も入っていない。
︵ぐっ!?経験値でのレベルアップも叶わないんだからもうこれし
か手がないんだよ!!!︶
おつげの際に匙を投げた神様に願っても仕方のない事かもしれない
が、ちゃんと存在しているなら助けてくれと、既に全身から溢れ出
すようにして発せられていた強い願いを、更に心の底から捻り出す
ようにして強く強く願い、頭の中で﹃頼む!!!﹄と大声で訴えか
けながら最後の一段へと手を伸ばした。
果たして・・・
引き出す瞬間に結果を見るのが怖くて目を瞑ってしまっていて、誰
かが声を掛けてくれなければ、俺はいつまでも目を開ける事が出来
なかったかもしれない。
でも、俺の耳にはコロコロと何かが転がる音が確かに届いていた。
その音はまるで、俺の願いに神様が優しく返事を返してくれたよう
で、ばっと見開かれた俺の視界の中には、くるみのような形をした、
MPの最大値を上げるアイテムである﹃ふしぎなきのみ﹄がはっき
229
りと映し出されていた。
︵あった・・・・・・・・・・・・・・あったぞ!!!!!これさ
えあればっ!!!︶
俺の心の内には大きな感動が生まれ、喜ばしさのあまり視界が遮ら
れる程の涙が溢れ出し始めるが、この世界があとどれだけの間維持
されているかわからないため、右手で涙を拭ってそのまま額に手を
当てて溢れだす感情を押し止めながら、左手でその奇跡をしっかり
と掴み取る。
そしてすぐに﹃ふしぎな実﹄を使おうとしたのだが・・・思わぬ所
で手が止まってしまう。
︵使うってどうするんだ???食べれば良いのか!?仮に食べると
して、固そうな殻ごと食べなければダメなのか!?
殻も歯で砕かないとダメなのか!?叩いて割ってから食べても良い
のか!?︶
これもタンスを調べる時と同様にゲーム内では細かい描写がなかっ
たため、使うという行為がどういう事なのか正しくわからない。
唯一残された命を繋ぐ物に対して推測で下手を打つ事は出来ないし、
シーアの容態を考えるとじゃあもう一回と気軽に再挑戦することも
出来ない為、なんとか正解を導き出そうと頭をフル回転させるが、
いくら考えても答えは出ず、知恵を貸して欲しいとイリアの元に急
いで戻る。
開いたままだった扉から簡素な教会へと戻ると、神父がイリアの支
えるシーアに対してホイミを唱えている場面に出くわすが、構わず
230
間に割って入ってイリアに状況を説明する。
するとイリアは、﹁兄さん!主人公のハルちゃんに聞いてみるのよ
!﹂と、またもや取るべき道筋をはっきりと示してくれた。
確かに主人公ならどんなアイテムも難なく使えるはずだし、ゲーム
画面上には常に主人公の姿が表示されていたはずなので、それを媒
介に世界を創造したのであれば必ず近くにいるはずなのだが・・・
﹁でもどこに!?見当たらないぞ!?﹂
この場にいるのは俺達3人の他には神父とシスターだけで、辺りを
見回しても幼少期の主人公の姿はどこにも見当たらない。
しかしイリアにはその理由に心当たりがあったのか、﹁たぶん城か
ら街に出て、お店に買い物に行っているはずよ!﹂と、俺に対して
城の出口がある方向を指差して来た。
俺は立ち上がるとすぐに示された方向に向かって思いっきり駆け出
し、槍を持って城内の出入り口を守る兵士の傍を走り抜け、城の門
をくぐり、橋を渡って街へと出る。
全力で走りながらも、お店があったのは橋を渡った先の十字路の右
手だったはずだと攻略本の地図を思い出し、そこに向かって街の中
を突き進もうと思っていたのだが、橋を渡ってすぐ左手の草地の上
に、主人公らしき少年を見つける。
その少年はシーアと同じくらいの身長でトレードマークの紫色の外
套を羽織って頭には同じように紫色をしたターバンを巻いており、
傍に猫の様な動物を付き従えさせて、白い髭を蓄えたお爺さんと何
231
やら話をしているようだった。
イリアが﹃ハル﹄という俺と同じ名を付けていたこのゲームの主人
公の姿を見つけた瞬間、全力で駆けていた俺は急ブレーキをかけ、
体が止まり切るのを待たずに﹁ハル君!!!﹂と大声で呼びかける。
滑って転びそうな体に無理矢理制動をかけ、こちらに振り向いたハ
ル少年の側まで駆け寄ると、全力で走り続けて乱れた呼吸を整える
間も置かずに﹁ハル君!いきなりで悪いけど頼みがあるんだ!これ
を俺に対して使ってみてくれないか!?どうか頼む!﹂と、俺は左
手の中に強く握っていた﹃ふしぎなきのみ﹄をハルに見せながら、
精いっぱいの気持ちを込めて頭を下げてお願いをした。
見知らぬ人に名を呼ばれ、最初は首を傾げてきょとんとしていたハ
ルだったが、必死にお願いする俺の姿に力になりたいと思ってくれ
たのか、詳しい理由も聞かずに﹁良いよ!﹂と明るく返事をしてく
れた。
ハルは差し出されていた俺の手から﹃ふしぎなきのみ﹄を掴み取る
と、軽く握ってその手を俺の方に向けて伸ばし、﹁じゃあ行くよ!﹂
と声を掛けられた次の瞬間には、握り潰したわけでもないのに殻も
実も全てが粉末状になって俺の体に向かって勢い良く振りかかって
来て、体に密着するとそのまますーっと俺の体内へと吸収されてい
った。
吸収されていく瞬間、食べたわけでもないのに鬼のようにやたらと
糞まっずい味が口の中全体に広がっていき、そのあまりの不味さに
嘔吐してしまいそうになるが、吐くとせっかくの効果も失われてし
まうような気がしたので、命を賭すかのように根性を振り絞って耐
え忍ぶ。
232
永遠に続いてしまうのではないかと恐れた地獄も、息を継ぎ足す間
もなくあっという間に引いていき、それと同時にシーアの魔力を吸
収して残留していた痛みも全て消え去り、体が押し潰されるかのよ
うに感じていた魔力の重さからも、ストンと肩の荷が下りたように
気持ち良く開放された。
その変わり様がアイテムの効果があったのだと確信に近い物を与え
てくれていたが、客観的に効果を確かめるまでは安心出来ないと思
い、タブレットで自分のステータスを表示してみると、Lvは相変
わらず0のままだったが、MPの値は﹃4﹄と表示されていた。
﹁やった・・・やったぞ・・・・・・今度こそ本当にやったんだ!
!!﹂
まだこれで100%目覚める事が保障されたわけではないが、俺の
MPの値はLv4のシーアと同値であり、六畳間で眠る俺の体を浸
食しているLv1相当の魔力など容易く受け入れられるだけの器を
手にしたのだ。
六畳間で目覚める自分の姿を早く確かめてみたいと膨らむ期待と、
今も夢幻魔法を維持して苦しみ続けているシーアを楽にさせてあげ
たいと募る不安から、すぐにでも教会へと駆け戻りたくなるが、俺
達の命を繋いでくれたハル少年にお礼をしないわけにもいかない。
少しだけ冷静になってハルに目を向けると、ハルと白髭のお爺さん
の間には鎧や兜などの防具が置かれており、店舗を構えた場所での
買い物ではなく、露店での買い物途中だった事に気付く。
﹁ハル君!本当にありがとう!何かお礼をしたいんだけど、今買い
233
物中だったんだよね?﹂
﹁うん。鎧とかをもっと強い物にしたいと思ったんだけど、今使っ
てるのを売っても全部にはまだお金が足りなくて。この中からどれ
を諦めようかなって悩んでたんだ﹂
そう言ってハルは地面に広げられた敷物の上に置かれたマント、鎧、
盾、兜を順番に指さしてみせた。
﹁マントはチロルちゃんに買ってあげたいから外せないし・・・﹂
おそらくイリアが美味しそうだという理由で付けたと思われる、ハ
ルの側に付き従う猫のような動物の頭を一撫でしたハルは真剣な表
情で悩み始めた。
﹁ちなみに全部買うにはいくら足りないんだい?﹂
俺がそう尋ねると、ハルは再びこちらを振り向いて、少し自信無さ
げに﹁だいたい1000Gくらい足りないのかな?﹂と教えてくれ、
袋から貨幣を取り出し、防具の売人である白髭のおじいさんの前に
その貨幣を積み始めた。
初めて見るその貨幣は金色で六角形の形をしており、この後創造魔
法で生み出してお礼をするために、俺はその貨幣の色や形だけでな
く、掘られた文字や積まれる際に聞こえてきた音、光の反射など、
とにかく急いでその貨幣の情報を集められるだけ集め、創造代価を
残りの5千万円で可能な範囲に収まるように把握に努める。
その間にハルと防具の売主の白髭のお爺さんのやり取りが始まり、
お爺さんが﹁下取りを含めてもあと1024G足りませんね﹂とハ
234
ルに告げ、それに対してハルは﹁これを売ったらどう?﹂と、腰に
ぶらさげた袋からあるアイテムを取り出し始めたのだが・・・
﹁なっ!?まさかこれって!?﹂
﹃ふしぎな実﹄と同じような形をした﹃いのちの実﹄
真っ黒で、カボチャの種のような形をした﹃ちからの実﹄﹃まもり
の実﹄﹃すばやさの実﹄﹃かしこさの実﹄
ハル少年が取りだしたそのドーピングアイテムの数々に俺は目を見
開いて驚き、続く奇跡にただただ見入ってしまうのだった。
235
果たされた約束
﹃いのちの実﹄
﹃ちからの実﹄
﹃まもりの実﹄
﹃かしこさの実﹄
﹃すばやさの実﹄
そのドーピングアイテムの数々に俺は目を見開いて驚き、続く奇跡
にただただ見入ってしまっていた。
ここまでゲームを進めておいてくれたイリアはこういったドーピン
グアイテムは即座に使ってしまうタイプだったし、今回はあくまで
も俺が生環する事が、俺のLvやMPを上げる事が最大にして唯一
の目的だったのでそれ以外のアイテムを手に入れる事は考えておら
ず、まさかここで出くわす事になるとは夢にも思っていなかった。
だが、もしこのまま無事に生環する事が出来たのであれば、その後
再びこの世界を訪れて必ず手に入れたいと思っていたアイテムでも
ある。
というのも、もし無事に六畳間に戻れたとしても、生きていくため
には食料が必要で、それは俺の創造魔法で賄われる事になる。
当然その創造魔法の発動には代価が必要で、現在保有している50
00万円の代価もいずれは尽きてしまう為、二度と入りたくないと
思っても生きる為には生と死が隣り合わせのダンジョンに入るしか
道がない。
236
空間を広げるのではなく既に攻略済みのダンジョンに入って魔物を
倒し、魔物の討伐報酬だけを受け取って生活するにしても、魔物の
攻撃が一発でも当たれば死んでしまう今の状態ではいつか必ず命を
落としてしまうだろう。
だが、もしこのドーピングアイテムでステータスを上げる事が出来
れば、Lv1の魔物なら安全に倒せるかもしれない。
Lv1の魔物を素手で倒せるというシーアのステータスは、HPM
P以外は全て1で、﹃ふしぎな実﹄で俺のMPが4上がった事を考
えると、他のアイテムも使えば1以上のステータスが手に入るはず
なのだ。
生きる為に必要なアイテムを今この場で手に入れる事が出来れば、
映像を媒介にして発動させた夢幻魔法で苦しむシーアに、無理に二
度目の苦痛を味わせなくても済む。
それに、これもまだ確証のない事だが、MP以外のステータスも手
に入れる事が出来れば、創造魔法以外に別の強力な力を手に入れる
事にも繋がってダンジョンの攻略を再開して空間を広げていける・・
・かもしれない。
︵生きる為にも、希望を繋げる為にも、なんとしても手に入れるん
だ!︶
俺はその決意を胸に、アイテムの買い取りの金額を提示した白髭の
お爺さんと、防具を揃えるには足りないもののとりあえず売ってお
こうかなというハルの間で成立しそうだった売買に割り込み、実力
行使で止めに入った。
237
﹁待ってくれ!足りない1024Gは俺が出すからそのアイテムも
俺に使ってくれ!!!﹂
俺はその言葉と共にタブレットに1024Gと打ち込み始め、先程
本物をじっくりと観察していたおかげか創造代価は現実に払い切れ
る金額が表示される。
﹁え?そんな大金出してもらうのはダメだよ。モンスターをたくさ
ん倒さないと手に入らない金額だよ?﹂
俺はハルが了承するのも待たずにタブレットに表示されていた過去
最高額の代価1024万円を了承し、﹁頼む!俺にとってはそれ以
上の価値があるんだから!﹂とハルに訴えながら創造魔法を発動さ
せた。
ハルが積んだ貨幣の山の上にかざした俺の手の内から、次々に貨幣
が出現して落下して行き、大量の貨幣がぶつかりあってじゃららら
ららー!っと大きな音を立てながらその山へと注ぎ足されていく。
しかし、後先考えずに何もない所から大量の貨幣を創造してしまい、
その光景を見て目を見開いて驚くハルとお爺さんの姿を見て、今の
現象をどう言い訳すれば良いのかと焦りで全身から冷や汗が吹き出
す。
︵しまった!?俺が収納しない限り本物の貨幣に変わりはないけど・
・・どう説明すれば?!︶
もしかしたら魔法で創った貨幣ではお金として扱われず、取引に応
じてくれないかもしれないかと心配するが、元々魔法やどんな大き
さの物でも入る不思議な袋が当たり前のように存在しているこのゲ
238
ームの世界では、今の現象が奇異な目で見られていた訳ではなかっ
た。
﹁すごい!すごい!手の中にお金をしまっておく魔法があるんだね
!﹂
﹁違うぞ少年!上手いことどこかに袋を隠しているのだろう。見事
な手品ですな!﹂
﹁そっか!手品かぁ!やっぱりすごいや!!!﹂
ハルは拍手と共に俺をそう褒め称え、お爺さんもうんうんと頷いて
その手品の高い技術に感服しながら賛辞を呈して来た。
︵・・・変に思われなくて助かったけど、創造魔法ってどうしてこ
う手品に見えちゃうんだろうなぁ・・・︶
魔力量が皆無なゼロの民にとって魔法は夢の様な力であるのに、そ
れがただの手品と思われてしまっては、今はそんな場合じゃないと
わかっていても少しだけ寂しい気持ちを抱えてしまう。
しかし、その手品のおかげで二人とも気を良くし、金額が達した事
もあって三者の間で俺の望む取引が成立し、ハルは無事に防具を揃
えられ、そして俺はハルに他のドーピングアイテムも使ってもらえ
る事となった。
鬼のように糞まっずいのは﹃ふしぎな実﹄だけでなく、﹃いのちの
実﹄でも再び恐ろしい地獄を味わう事になり、しかも伸びるステー
タスに因って違う種類の地獄が口の中に広がり、それを5連続で味
わう事になる。
239
一つ一つの地獄の持続時間は僅かなものでしかないとはいえ、あま
りの気持ち悪さにその場に立っている事さえままならなくなり、地
に伏してしまった俺はそのまま辺りを盛大にのたうちまわる事にな
った。
それでも最後まで必死に嘔吐を抑え込み、5つの地獄の試練を全て
乗り越えた俺のステータスはLv0ながらも、
HP5
MP4
物理攻撃力1
魔法攻撃力2
防御力2
スピード3
まで伸びる事となった。
これで全ての数値がLv4のシーアのそれ以上となり、その事実を
目で確かめた事によって、生環した後予想される未来の中にも、い
くつか明るい未来を思い描く事が出来た。
俺では絶対にわからなかった正しいアイテムの使い方を施し、MP
だけでなく他のステータスも上げてくれたハルには感謝の念が尽き
ず、﹁ハル君のおかげでなんとかなりそうだ!本当にありがとう!﹂
と心をこめて礼を告げる。
ハルも﹁防具が揃わないと不安だったからぼくも助かったよ!あり
がとうお兄ちゃん!﹂と、互いに感謝の言葉を交わした後は、それ
ぞれが進むべき道が決まっているからか、﹁それじゃあ!﹂とこの
場に拘りを持たずにあっさりと別れの言葉を交わした。
240
俺はハルに背を向け、橋の先にある城内の教会にいるイリアとシー
アの元に戻るため、来た道を全力で引き返して行く。
石造りの建物内にダダダッっと響く俺の足音に気付いたイリアがこ
ちらに振り向き、その深刻そうな顔を安心させようと、傍に辿り着
くとすぐに結果を知らせる。
﹁大丈夫だ!上手く行ったから!シーア、もう良いぞ!次は六畳間
で会おう!﹂
﹁良かった・・・また後でね・・・﹂
最後にシーアを抱き抱えていたイリアが俺の腕を引っ張り、引き寄
せた俺とシーアを同時に抱き締め、﹁3人一緒にあの部屋に戻るの
よ!﹂と、俺達の無事を祈る。
白い胡蝶蘭に囲まれた世界から離脱する際は、仮初の世界が解除さ
れると同時に俺は一切の意識を失っており、次の瞬間には再び白い
胡蝶蘭に囲まれた世界を認識していたため、夢幻魔法で創られたゲ
ームの世界から離脱すれば、すぐに次の景色が目の前に広がると思
っていた。
それがゼロの世界の六畳間の空間である事を強く願っていたが、頭
の隅ではあの白い胡蝶蘭に囲まれた仮初めの世界が命運が尽きた事
を告げにやって来るかもしれないと考えてもいた。
だが実際にはそのどちらでもなかった。
241
世界から離脱する際、イリアの祈りに続いて俺も﹁どうか六畳間で
眠る俺が目を覚ましますように!!!﹂と、心の中で何度も何度も
繰り返し願い続けていたのに、気付くと目の前に広がっていたのは
六畳間でも白い胡蝶蘭でもなく、ただただ真っ黒な闇が広がってい
た。
視界が真っ黒な闇で埋め尽くされて何も見えないだけでなく、さっ
きまで自由に動かせていた体がどこに力を入れようとしても全く動
かなくなってしまっている。
何も見えず何も動かせず何も感じず、そのくせ途切れる事なくはっ
きり意識が保たれているせいで、やはりLvが0のままだから失敗
したのかもしれないだとか、映像を媒介にしたせいで現実に戻れず
どこかの空間に閉じ込められてしまったのだとか、考えたくもない
結果をいくつも想像してしまう。
このまま唯一残された意識すら消えてなくなってしまうのかと怖く
て心が潰れそうになった時、遠くから微かに音が聞えて来ているよ
うな気がした。
意識を集中すると確かに何かの音が聞こえて来ていて、動かない口
に代わりに頭の中で必死に﹁誰かいるのか!?﹂と叫び声を上げ続
ける。
それしか出来ない俺は必死に叫び続け、こんな事で届くのかと不安
になるも、俺の叫び声に答えてくれているかのように音が少しずつ
大きくなっていき、真っ暗だった視界の先にも微かに光が混じり始
める。
その光が希望に見えた俺はそれに向かって手を伸ばそうとするがや
242
はり腕は動かず、その先に何があるのか確かめようと思って目を凝
らそうするが瞼すら動かせない。
それでも俺の必死な求めに応じるかのように光は徐々に明るく辺り
に広がっていき、遂にはその光の先に俺の大切な人が顔をこちらに
向けている事に気付く。
﹁イリア!!!﹂
頭の中でその名を思いっきり叫んだ瞬間、視界の中の闇が全て消え
去り、不明瞭だった音の正体が、﹁兄さん・・・!兄さんっ!!!﹂
と俺を呼ぶイリアの声だった事がはっきりとわかる。
俺の目に映るイリアは涙を流しており、それが嬉し涙なのか悲し涙
なのか理解する前に、イリアは寝転ぶ俺の首に腕を回し、思いっき
り抱き付いて来た。
視界の先がイリアの泣き顔から明るいブラウン色をした木目調の板
へと切り替わり、ゼロの世界の六畳間に置いてある二段ベッドの下
の段にいる事を、六畳間で意識不明で眠ったままだった俺が無事に
目を覚ます事が出来た事を知る。
﹁戻って来れたんだ・・・﹂
無事を確かめるように出した俺の安堵の声は、自分の体の中に深く
染み渡って行き、全く動かなかった体が徐々に動くようになり、弱
々しいながらもイリアを抱き締め返す。
その温かい存在に自分もイリアも無事であることを確認出来た事は
嬉しかったが、俺達のもう一人の大事な家族であるシーアは無事な
243
のだろうか。
︵もしかしてイリアが泣いているのはシーアに何かあって・・・︶
映像を媒介にした夢幻魔法のせいで倒れてしまった後、無理矢理世
界を維持していたせいで体を壊してしまったんじゃないかと不安な
気持ちが膨らむが、そのシーアが﹁お兄ちゃん・・・﹂と俺を呼ぶ
声が聞こえてくる。
その声には少し元気がなかったものの、ベッドの奥から俺の方に這
い寄って来る姿を見つけ、イリアとは反対の側から同じようにぎゅ
っと抱き付いて来た。
﹁シーアも無事だったんだな。良かった・・・﹂
二人に抱き付かれて首が苦しかったり圧し掛かってくる体が重いと
感じたりするものの、それと同時に二人から感じる温もりに生きて
戻れた事を強く実感させられ、嬉しさで胸がいっぱいになって涙が
溢れ出す。
仮初めの世界とは違い、どんなに気持ちを込めても弱りきった体で
は抱き締めるのにも十分な力を出す事が出来なかったが、今出せる
精一杯の力を出して二人を抱き締め、喜びに震えて声を上げて泣い
たせいで弱っていた喉の筋肉が攣りそうになるが、それでも構わず
喜びの涙を流し続けた。
体を動かすのも大変なくらいに力を使い果たすまで泣き続け、その
後もしばらく抱き締め合ったまま温もりを感じていると、生きてい
る事を十分に実感出来て安心したせいか急激に空腹を意識しだし、
二人もお腹が減っているだろうと思って今からご馳走を創って生環
244
のお祝いをしようと提案する。
寄り添ったまま何を食べたいか話して行くと色んな料理が候補に挙
がり、今まで一か月以上食べ物に不自由させた分、お祝いは例え食
べきれなかったとしても良いから好きな物を好きなだけ創って、飽
きるまで食べ続けてやろうと決まった。
﹁話してたらお腹が空き過ぎてるの思い出しちゃってもう死んじゃ
いそうだわ・・・兄さん!シーアちゃん!早くお祝いを始めましょ
!﹂
﹁あたしはイリア姉ちゃんのおかげでちゃんと食べさせてもらって
たけど、今は魔力が完全に尽きちゃってるからとにかくたっくさん
食べたい気分!﹂
﹁俺も口いっぱいにご飯を頬張りたいなぁ!さぁダイニングに移動
して始めようか!﹂
そう言ってまずは二人に俺の上からどいてもらい、次にイリアには
俺の背中を、シーアには俺の腕を掴んで支えてもらいながらゆっく
りと体を起して行ったのだが、そこでとんでもない光景を目にして
しまう。
﹁ぎゃあああああああああああっ!?火がっ!?ズボンがっ!?燃
えてるううううう!!!﹂
見ると俺の大事な所を中心にしてめらめらと燃え盛る真っ赤な炎が
渦巻いており、慌ててその火を消し止めようとするが、手で払って
も創造魔法で水をかけても少しも消えてくれない。
それどころか炎が大きくなっていくような気さえする。
245
﹁あー!解除し忘れてた!﹂
そんな間の抜けた声が必死に消し止めようとする俺の耳に入って来
て、シーアのその言葉に、この炎の正体が何であるかに思い至る。
それは寝たたきりだった俺の排泄物処理のためにシーアが設置した
灼熱の炎であり、それが今も解除されずにこうして残ったままだっ
たというわけだ。
せっかく生環を果たしたのにこれでは全く生きた心地がせず、一刻
も早く解除してくれと目に涙を滲ませながらシーアに懇願すると、
はいはいと呆れた様子で指を横に払って解除の法を行ってくれ、そ
の結果、無事に炎は全身に広がって行きましたとさ。めでたしめで
たし。
﹁って、なんでやねん!?﹂
消し去られるはずだった炎は俺の大事な所だけでなく足や胴に広が
って行き、あっというまに腕や頭も、俺の全身を覆い尽くすに至る。
﹁シーア!ふざけてないで早く解除して!﹂
﹁違うよ。あたしは解除したんだ・・・﹂
﹁え?何言ってんの?﹂
﹁その炎を制御してるのはあたしじゃない﹂
﹁・・・どういう事???﹂
246
創造魔法以外の魔法の事は全く知識のない俺にとっては当然召喚魔
法の炎の事など何もわからず、シーアだけが頼りなのにそのシーア
は﹁うーん﹂と唸って炎を凝視したまま次の言を継いでくれず、炎
の後を追うように不安が俺の全身に広がって行く。
︵なに!?だからどういう事さ!?俺の体一生燃えたままじゃない
よね!?︶
﹁お兄ちゃん、とりあえず平気そうだからお祝いしてから考えよ!﹂
﹁全然ちっともこれっぽっちも平気じゃねえよ!!!!!﹂
シーアが設置していた炎は排泄物以外は燃やさないと教えられてい
たとしても、元来炎は危険な物だという認識を改めるのは難しく、
すぐにでも解決して欲しかったが3人共が抱える空腹には勝てず、
俺は全身に燃え盛る炎を宿したままお祝いを開始する事となった。
︵一体全体これはどういうことなんだー!?︶
247
生還祝いと炎衣
無事六畳間への生環を果たした俺は、俺達3人が無事に生きていけ
る事となったお祝いをする為にダイニングへと移動を開始した。
1か月以上振りにお腹いっぱいにご飯を食べられるとあってイリア
とシーアに急かされていただけでなく、俺自身も倒れそうな程の空
腹を感じていたので、扉の先にダイニングのテーブルが見えた瞬間
から創造魔法で次々に料理を創り出して行く。
イリアが一人で10万円分以上食べた最高級のお寿司も、その話を
イリアから聞いていたシーアの希望によって再登場することとなっ
たが、それが脇役に思えてしまう程に豪華な料理がテーブルに並ぶ。
1枚100gで13000円もするランクA5の松坂牛のヒレステ
ーキや、最近高騰していた鰻の中でも最高級の1尾6000円する
国産鰻の蒲焼に、3日間煮込み続けて作られたデミグラスソースが
ふんだんに使われた5000円の国産黒毛和牛の煮込みハンバーグ、
揚げ立ての骨付きフライドチキンやフライドボテトもお皿に山盛り
となって創造される。
これだけで既に6人用のテーブルがいっぱいになってしまったがま
だまだ創造を止めず、テーブルを囲む3対のソファーの内対面同士
の2つのソファーを収納してスペースを開けて、そこに水揚げされ
て間もない新鮮なサザエとアワビ、ハマグリが乗せられた七輪を設
置し、テーブルももう一つ追加して無農薬野菜のサラダやミシュラ
ンガイド掲載のスイーツ、置かれたお櫃の中にはガス釜で炊き上が
ったばかりの魚沼産のこしひかりを用意した。
248
創造するために料理を頭の中に思い描いていた時点で俺は早く食べ
たいと気が急いていたのだが、それが実際に目の前に広がると気が
狂いそうなくらいに食す事を渇望し、イリアにはお箸を、シーアに
はフォークを押し付けるように手に握らせ﹁二人とも手を合わせて
ー!﹂という掛け声を掛け、すぐに3人揃って﹁﹁﹁いただきます
!﹂﹂﹂をしてご馳走に飛びかかった。
俺が最初に全力で手を伸ばしたのは炊きたてのご飯で、お椀によそ
うのもすっとばして片手でお櫃を持ちあげると、お箸でかき込むよ
うにして熱々のご飯を口いっぱいに頬張る。
﹁あふっ!あふっ!﹂と口の中を火傷しそうになるも、口いっぱい
に広がる幸せにそれだけで涙が溢れだし、飲み込んだ後、胃の中に
感じた温かさが尚の事俺の涙腺を緩めて行った。
ご飯だけでなく、肉本来の味が堪能できる軽く塩が振られただけの
ヒレステーキや、鰻の蒲焼もご飯と交互に口に含みながら食べてい
き、少しずつお腹の中が幸せで満たされていく。
テーブルの手前に置かれたメイン料理だけでなく、奥に置かれた揚
げ物やサラダも食べるために移動しようとすると、その場に止まら
ずに食べる料理を選んで移動するだけの余裕が生まれていたためか、
俺が独占していたお櫃の正面に移動してご飯の湯気を顔いっぱいに
浴びて頬が綻んでいるイリアの姿や、七輪の前に移動して焼かれて
いる貝類を興味津々な様子でフォークでちょんちょんと突いている
シーアの姿が目に入って来た。
イリアは俺と同じ様に空腹を満たせる喜びに涙を流したのか目が赤
くなっていたが、今はお櫃のご飯の上にステーキや鰻やハンバーグ
を乗せて行って﹁ご飯と一緒!ご飯と一緒!﹂と嬉しそうにマイ丼
249
を作成している。
シーアは見た事もない食べ物に勝手がわからずどう食べれば良いの
か戸惑いながらも、傍に置いてあったバターと醤油を貝の上に垂ら
す事を思いつき、その結果立ちこめた美味しそうな香りに﹁うにゃ
ー!﹂と喜びの声を上げている。
俺はそんな二人の姿を見て日常を取り戻せた事に目頭が熱くなるの
と同時に
二人の可愛いらしい姿に頬が緩み、戻ってくる事が出来て本当に良
かったと心の底からそう思った。
︵本当に良かった・・・はずなんだけどなー!?︶
周りを見る余裕が出てきたせいで自身を包む炎も瞳に映ってしまい、
空腹に任せて気にしないように意識の外においやるのももう限界だ
った。
︵この炎どうやったら消えるんだ?普通にお箸を持って普通にご飯
も食べられるから今のところそこまで支障はないけど・・・って、
骨が消えた!?︶
次に食す料理として骨付きフライドチキンに手を伸ばしたのだが、
掴もうとした瞬間に炎がフライドチキンの骨を焼失させてしまい、
何が燃えて何が燃えないのかわからなくなり恐怖で冷や汗が吹き出
す。
﹁シーア!この炎なんなんだ!?フライドチキンの骨が燃えて消え
たぞ!?﹂
250
膨れ上がる恐怖を吐きだすようにして魔法の知識を持つシーアに疑
問を投げかけ、それに対する救いを求めるが、シーアはきょとんと
首を傾げてそんなはずはないと否定してきた。
﹁術者にとって不要な物だけ燃やす事が出来る便利な炎だけど、魔
法攻撃力が皆無なゼロの民じゃ何も燃やせないはずだよ﹂
シーアのその言葉に燃えた原因が思い当った俺は、MPが4に上が
った時に一緒に魔法攻撃力は2に上がっている事を伝えると、シー
アは目を丸くして驚いてみせた。
﹁MPが4!?なんとか1に出来たんじゃなくて4まで上がってる
の!?しかも魔法攻撃力も2に上がってー!?﹂
本当に?と聞き返してきたシーアに本当だと答えてやると、すごい
すごいと尊敬のまなざしを俺に向けて来た。
賛辞を贈られたのは嬉しかったが、魔法攻撃力があれば不要な物は
全て燃やしてしまうことがわかり、今この場では不必要なこの炎を
を消せないかとシーアに尋ねる。
﹁その炎はあたしが支配を解いた炎をお兄ちゃんが自分の魔力で維
持してるだけだから、魔力の器の蓋を閉じてその供給を止めれば良
いんだよ﹂
そう言ってシーアは心臓の辺りに手を当てて自身の魔力のありかを
示し、次にその小さな両手を水を掬うようにくっつけると、右手を
左手の上に被せるように移動させ、手の間に出来た空間をしっかり
と閉じて見せた。
俺は自身を意識不明に追い込んだ魔力は既に体内吸収済みであるこ
251
とはわかっているものの、自分が魔力を出して炎を維持していると
いう自覚は全くなく、シーアの言う魔力の蓋を閉じるという行為が
どういうものなのかわからない。
なのでシーアの説明を見てもそれでどうにかなるとは思えなかった
が、その動作をするシーアが可愛かったのでとりあえず真似をして
みると、手の間に出来た空間を完全に閉じた瞬間に炎が綺麗さっぱ
り消え去ったのだった。
︵うお!?あっさり消えたぞ!?︶
こんなに簡単に消えるなら早く教えてくれればよかったのにという
思いがこみ上げてくるが、苦言をシーアに呈する間もなく全身に極
度の筋肉痛のような痛みを感じ、その場に立っているのも困難な状
態に陥る。
痛みに脂汗をかきながらその場に崩れ落ちそうになる俺の姿に、シ
ーアは信じられない物を見たと言う表情で呆然とし、﹁本当に魔力
が出てたんだ・・・しかも魔力の有無で肉体強度が違う?﹂と驚き
の声を漏らす。
俺はシーアの言葉が耳に届いていたわけではなかったが、無意識に
痛みが走る前の状態に戻そうとして閉じた魔力の蓋を開け直し、体
の痛みを消す事に成功する。
既に火種は完全に消えていたので魔力の蓋を開けても全身を炎が包
む事もなく、再び自由に動くようになった体にほっと胸を撫で下ろ
す。
︵考えてみれば寝た切りで相当に体が弱ってて起き上がるのも大変
252
だったのに、炎が全身を包んでからは一人で立ちあがってダイニン
グに移動して、いつも以上に元気にがつがつ料理を食べたりしてる
のって相当可笑しな事だったよなぁ︶
そういえばお櫃も片手で持ってたっけ?と思い返していると、シー
アが眉間に皺を寄せながら他のステータスも上がってたりする?と
問い掛けて来た。
﹁あぁ、HPが5で攻撃力は1、防御力が2でスピードが3だった
かな﹂
俺のその言葉に目を丸くして驚くシーアだったが、それよりも驚い
ていたのがそのステータスを発揮するためにも必要な魔力が、俺の
体から発せられている様子が一切見えない事だった。
﹁炎を維持してるはずの魔力が全身から出てるはずなのに見えなく
て、どういうことかわからなくて後で観察しようと思ってたのに、
お兄ちゃんが持つのは色がなくて透明な魔力なの・・・?﹂
シーアのいう魔力が見えないというのは自身が持つ水色の魔力のよ
うに魔力には必ず色が付いていて、肉体を強化したり魔法を発動す
る時には必ずその色が見えるのだ。
ちなみにシーアの水色は、水に関する魔法と相性が良い青と光に関
する魔法と相性が良い白を併せ持つ。そのため水面に世界が映り込
むように、夢幻魔法に対しても相性が良かったりもする。
そんな魔力の知識など全くない俺にとっては魔力が見えない事が少
しもおかしい事だとは思えず、むしろ魔力を見たのがシーアのそれ
が初めてだったので、逆に見える事が不思議だと思ってすらいた。
253
﹁うーん。どんな魔力でも必ず色があるのに、まさか始まりの魔力
?でもあれは実在する虹色説の方が有力だったはず・・・﹂
俺をじっと見つめたまま魔力の色の事で考え込むシーアだったが、
俺にとっては魔力の色の事よりも、さっきの炎がどこまで強力な物
だったのかを知りたくて、その疑問を投げかける。
﹁ちなみにさっきの炎って、不要だと思えば魔物も触れたら燃えて
消えるのか?﹂
俺の言葉にシーアは自身の思考を中断し、﹁んー﹂と僅かな時間一
考した後、すぐに質問の答えを返してくれた。
えんい
﹁魔法攻撃力が2あるなら、さっきの炎衣でもLv1の魔物なら焼
失出来るけど、相手が魔力全開なら燃やし尽くす前に突き破られち
ゃう事もあるかも﹂
突き破られると聞いて魔物に腹を突き破られた自分の姿を想像して
しまい、思わずお腹を抱えて身構えてしまうものの、シーアの答え
はそこで終わりではなく、
﹁でもMPが4まで回復して全開にすれば突き破られることなく焼
失出来るだろうし、万一破られても防御力が2もあれば大けがする
事もまずないはずだよ﹂
という言葉が俺の心を明るくしてくれた。
︵まずはLv1の魔物を倒して代価を稼ぐ事は問題なく出来そうだ
な。後は﹃アレ﹄がいくらで創造出来るかだけど・・・︶
震える手で恐る恐るタブレットに目的の創造物を入力しようとする
254
が、今はお祝いを楽しむ事に専念しようとこの場で結果を表示する
事を思い止まり、食べては休み、食べては休みを繰り返しながら3
時間以上が経過する事となった。
イリアもシーアも食べ疲れて休憩用に出した布団の上で眠ってしま
い、同じように眠気に襲われていた俺も寝る事にしたのだが、どこ
で寝ようかと思い悩む。
これが普段なら俺は六畳間に戻ってベッドで寝る所だが、今日だけ
は二人の姿が見える位置で寝たいという思いが強く、隣にもう一組
布団を敷いて寝る事にする。
なるべく二人の近くにいたくて2つの布団の境界線ぎりぎりまで体
を寄せて横になると、眠る前に﹃アレ﹄の代価を確認を行う。
その額次第で今後の生き方が変わると緊張で震えながらタブレット
に入力していくと、MPを上げるアイテムが250万円、その他の
ドーピングアイテムを含めても一式850万円で創造出来る事がわ
かり、現実的に払える金額である事に心底ほっとする。
明日は現状のステータスでどこまで肉体強度が上がっているのかの
確認と、魔力全開での炎衣の強さの確認。
そして更なるステータス強化でそれらがどこまで強力な武器になる
のかの実験を行おうと予定を立て、希望を胸に抱きながら心地良い
眠りに落ちる事となった。
255
飛躍の時
翌朝俺が起きると、既にキッチンで朝ご飯の支度を始めていたイリ
アとシーアの姿が目に入り、その中でもシーアがダボダボのシャツ
を着ているのが見に入り、シーアの衣服の創造がまだだった事を思
い出す。
朝ご飯を食べた後、イリアと一緒に選んでいたという衣服をパソコ
ン画面で見せてもらい、それらを創造していきシーアを喜ばせる。
さすがに下着のページとなるとなんとも言えない微妙な空気が流れ
たが、仕方のない事だと割り切って創造を続ける。
シーア用のページが終わり、イリアが欲しがった新しい衣服や猫の
ぬいぐるみを創造すると、イリアが恥ずかしさで俯くシーアを巻き
込んで一緒になって喜び出し、後でプチファッションショーを開こ
うという二人の声が聞こえたりもした。
朝食、衣服の創造の次は肉体強度の確認をしようと、6畳間と9畳
のダイニング以外の空間を全て結合し、43畳の、ゼロの世界とし
ては過去最高の広々とした空間を創る。
最大HPが上がっていたおかげか一日寝ただけで魔力の蓋を閉じて
も筋肉痛のような痛みは発生しなくなり、そのままでも自由に動け
るようになっていた。
その場でストレッチをして体をほぐした後、魔力の蓋を10%程開
けて部屋の隅から隅まで走ってみる。
256
走ってみるとは言ったものの、10m程の距離がわずか3歩で届い
てしまい、広いと思った空間が途端に狭く感じ、これではスピード
がどの程度の物か満足に試せないと気持ちが落ちる。
それなら体の頑丈さを試そうと思い、イリアにハリセンを渡して叩
いて貰う事に。
﹁兄さん、本当に良いのね?偽物の兄さんを退治する勢いでやっち
ゃうよ?﹂
拳を握りしめ、唇をぎゅっと噛み締めて気合いを入れるイリアの頭
の中に、なにやら可笑しなストーリーが組み立てられているようだ
が、俺は気にせず﹁頼む﹂と返事をした。
イリアは部屋の隅から助走を付け、部屋の中央に立つ俺の手前まで
全力で駆けてくると、ダンッ!と足を踏み込み、目に薄らと涙を滲
ませながら﹁お兄ちゃんの中から出てってー!!!﹂と叫び声を上
げ、走って来た勢いと全体重を自身の持つハリセンへと伝え、俺の
脳天を叩き割る勢いで振り下ろした。
俺はイリアの本気のハリセンが恐ろしくて目を閉じてしまったが、
スパーンではなくバンッ!という鈍い音が部屋にこだましても少し
も衝撃を感じる事はなかった。
肉体的には強くなってても、精神的にはそうはいかないようで、こ
れは経験でなんとかするしかないと思い、次に竹刀で叩いてもらう
事にした。
恐怖に慣れる為、イリアには再び偽の俺を退治するストーリーで全
力で俺を叩いてもらい、俺も目をそらさずに耐える事にする。
257
竹刀、鉄板、煉瓦とどんどん強度を上げていき、フライパンで殴ら
れた所でようやく少し衝撃を感じる事となった。
︵それでもまだ魔力10%だからな。防御力がたった2になっただ
けでも相当な強度だな︶
ある程度自信がついた所でイリアには休憩してもらい、シーアに魔
法をぶち込んでもらう番となった。
シーアによると、魔力を全開にしておけばLv1の出せる限界程度
まで手加減してくれた魔法なら怪我もせずに受け止めきれるはずで
あり、万一怪我をしても回復魔法で治してくれるというので、とり
あえずは安心して実験に進む。
魔力の蓋を全開にすると、透明で見えないが魔力が全身を包み込む
のを感じ、これなら大丈夫なはずだと身構えてシーアに合図を送る。
シーアは右手を俺の方へと向けると、周囲に青色の魔法陣を5つ出
現させながら、
﹁我が召喚するは魔を撃ち抜く水の刃!貫け!ウォータースピア!﹂
と、呪文を唱え出しましたー!?
この時初めて召喚魔法が発動する瞬間を目撃した俺は、その際に魔
法陣が出現したり呪文が唱えられる事も知らず、予想外の光景に驚
き、戸惑い、身構えていた体の力が半分以上抜けてしまって踏ん張
りが効かず、勢い良く飛んで来た5つの水の刃に部屋の壁まで吹っ
飛ばされてしまう。
それでも魔力を全開にしていたおかげか、刃が当たった瞬間も壁に
258
激突した瞬間も大して痛みを感じる事はなく、むしろあの状況から
でも刃を避ける事が出来たかもしれないと冷静に思い返す事も出来
た。
﹁びっくりしたなぁ。創造魔法と違って魔法陣とか詠唱とかあるな
んて、そっちの方が本物の魔法っぽいなぁ﹂
俺は素直にそう思ったのだが、シーアに言わせてみれば頭の中に思
い描くだけで創造出来る魔法の方が本物だと思えるらしい。
﹁というか、創造魔法も詠唱とか何かしら手順が必要だったはずだ
けど・・・あたしの勘違いかな?﹂
俺が吹っ飛んだ事も無傷な事も織り込み済みのシーアは、俺を気遣
う事なく首を傾げて考え事を始める。
イリアも少しだけ慌てていたが、結果をシーアから聞いていたのか
その場に座って俺達のやり取りを聞いていた。
俺は体の具合を確かめた後、今度はその場で耐え切ってやろうと、
シーアに次弾をお願いし、見事に耐え切る事が出来た。
えんい
次に炎衣の威力を確認する事となり、着火をシーアに頼もうかとも
思ったが、自分一人でも出来るようにと創造魔法で炎衣を発生させ
ようとする。
いきなり全身の炎を創造すると代価が10万円かかるみたいだが、
シーアが設置していた部分だけなら5千円と割安で創造出来るとわ
かり、二人に背を向けてこっそりと着火させ、全身に行き渡らせる。
259
昨日はLv1程度の魔力で尚且つ魔力全開ではなかったため全身を
薄く覆う程度だったが、MP4まで回復し、且つ全開にした炎では
明らかにそれに厚みが出ていて、10?以上あるように見えた。
えんがい
﹁すごいよお兄ちゃん!炎衣じゃなくて炎鎧の域だよ!それならL
v1の魔物は間違いなく何も出来ないよ!﹂
﹁兄さん、熱かったら水掛けるわよ!?﹂
シーアは目を輝かせて喜んでくれ、イリアはどこに隠し持っていた
のか連結蛇口で放水する構えを取り、むしろかけさせて欲しいと輝
く目がそう物語っていた。
強くなった事が実感出来て来て気を良くしていた俺はイリアに放水
の許可を出し、触れた瞬間瞬時に消えていく放水攻撃を満足気に確
認すると、いよいよステータスアップのアイテムで更なるドーピン
グを図る事にした。
残りの代価4000万円で創造出来るのはアイテム一式850万円
が4回分だ。
それを使っても満足出来なければLv1の魔物を狩り続けて代価を
貯めても良いと考え、まずは﹃俺に向けて使用が開始され始めたば
かりのいのちの実、ふしぎの実、ちからの実、まもりの実、かしこ
さの実、すばやさの実﹄と、一種一個ずつを同時に創造した。
すぐさままたあの地獄が押し寄せて来て俺はその場に蹲ってしまい、
放水攻撃を続けていたイリアが﹁兄さん!?ウォーターダブルキャ
ノンを使ってごめんなさい!﹂と勘違いして俺に駆け寄り、謝って
来た。
260
鬼のようにまずい味に耐えながらも、イリアが連結蛇口を2つとも
隠し持っていた事に、どんだけ好きやねんと心の中でツッコミを入
れつつ、すぐに治まってくれた地獄から立ち直ると、炎の厚みはそ
のままだが、炎の燃え盛り方が明らかに度を増しているのが目に入
って来た。
﹁お兄ちゃん?何をしたの・・・?﹂
タブレットのステータス画面を確認すると、魔法攻撃力が4になっ
ていた事がわかり、それをシーアに伝えてやると、魔法に精通して
いたシーアは信じられないといった様子で呆然とその場に立ち尽く
す。
心配してきたイリアには﹁もっと強くなってやるから見てろ!﹂と
啖呵を切り、再び一式の創造を行う。
地獄から蘇ると再び一式の創造を行い、最後にもう一度行った。
これで代価は残り600万円余りとなってしまったが、俺のステー
タスは
HP24
MP20
物理攻撃力9
魔法攻撃力12
防御力13
スピード11
まで伸びる事となった。
LvイコールMPなので、魔力量だけならLv20と同じだが、L
261
v20の魔物でも他のステータスは7前後である事を考えると、ス
テータスはLv30相当と言えるようだ。
えんかい
炎衣だった炎は炎鎧となり、MP20で全開にすれば炎の厚みが1
mを越えて、炎界という炎の結界をも形成出来るだろうとシーアに
教えられた。
最大MPが増えただけで現在値が増えた訳ではないのでイリアにそ
の凄さを見せてやることが出来なかったが、それでもすごいと嬉し
がってくれ、次の日回復した魔力を全開にしてその炎界を見せてや
ると、もっともっとすごいと喜び、褒めてくれた。
﹁それじゃ、行って来るよ。今度は必ず帰ってくるから﹂
﹁気を付けてね。兄さんならきっと大丈夫よ!﹂
﹁うん、今のお兄ちゃんなら負ける要素はどこにもないよ!﹂
武術の経験がない俺には魔物との圧倒的な力の差がないと安心出来
ないため、シーアには肉体強度や炎界の威力を念入りに確かめても
らい、これなら大丈夫だと太鼓判を押してもらった俺は更にその翌
日、二人が激励と共に見送る中、俺を死ぬ寸前まで追い詰めたダン
ジョン、Lv10のダンジョンへとリベンジを果たしに向かったの
だった。
262
飛躍の時︵後書き︶
この物語のプロットを練り直してたら面白い物語を思いついたので、
新しく書き始めた小説﹃偽の勇者とお姫様の逃避行﹄の方も良かっ
たら読んでやってくださいな!
当然こっちがメインで向こうの更新頻度は不明ですが、良い気分転
換になるのである程度は書いちゃうかも?
263
2度目のダンジョンLv10
Lv0を大きく越える力を手に入れた俺がダンジョンLv10の魔
物に勝つために必要な条件は、後は魔物に対する恐怖心を克服する
だけだった。
魔力全開でLv30相当のステータスをフルに発揮しておけば、L
v10の魔物に負ける道理はない。
俺が魔物を殴れば一撃で殺せるだけの破壊力が、俺が魔物に殴られ
ても傷一つ付かないだけの防御力が、そして魔物が全く反応出来な
い程のスピードを俺は出す事が出来るはずなのだ。
炎界という自身を中心に1m以上の範囲に広がる炎の結界も手にし
ているので、魔物の懐に飛び込んでしまえば、殴るとか蹴るとかの
動作をするまでもなく、それだけで魔物を消滅させられるはずだ。
しかし、いずれにしても魔物と至近距離まで接近しなければならず、
恐怖の対象である魔物を前にして自分の体は動いてくれるのだろう
か。
シーアのお墨付きをもらっているとはいえ、シーア自身はLv4で
しかなく、俺がLv10を圧倒できるというのも推測された物で現
実に見た結果ではない。
せめて魔法攻撃力が11になった事で創造魔法の銃弾も強化され、
近づくことなく攻撃出来る手段があればまだ良かったのだが、そこ
まで上手くは行ってくれなかった。
264
魔力全開の状態で弾丸の創造魔法を発動させると、元々速かった弾
丸スピードがとんでもないスピードにまで強化されたのだが、地球
の物質では込められた魔力が維持されず、魔力を置き去りにした弾
丸はあまりのスピードに瞬時に燃え尽き、飛距離が1mにも満たな
かった。
結局俺が手にした唯一の防御手段である炎界が最大の攻撃手段とな
り、全開にした魔力が尽きる30分以内にケリを着けなければなら
ない。
30分以内といってもダンジョンLv10は100畳程度の広さで
しかないため、体さえ動けば大した問題ではない。
︵そう、動けば良いんだ。一歩ずつでも良いから足を踏み出してい
けば良いんだ︶
たったそれだけの事を成せば良いのだと頭の中で反芻して心を落ち
着けた俺は、イリアとシーアに行ってくると決心を伝え、二人から
激励を返して貰うと、自分を死の淵まで追いやったダンジョンLv
10へと突入していった。
突入と同時に魔物が襲ってくるかもしれないという恐怖は、機関銃
弾を何百発も周囲にばらまいて作る防御壁よりも強力な炎界を手に
した事でなんとか抑え込み、すぐに周囲に魔物がいないかどうかの
確認に入る。
前、右、後、左、後、上、下と体を捻り首を回しながら自分の周り
を注視していくが、突入地点である小さな部屋の中には魔物の姿は
265
見当たらず、背後などの死角に潜んでいるのを見つけて慌てふため
くという事態は避けられた。
正面に続く通路にも魔物の姿は見当たらなかったものの、通路は左
にカーブしていて、見えていない通路の先に魔物が潜んでいる可能
性がある。
︵Lv10からはボス以外にも魔物が出るんだから必ずいるだろう・
・・︶
この先に魔物がいると思うと不安が押し寄せてくるが、それでも今
の俺なら負けるはずはないと気を強く持ち、恐る恐るではあるが一
歩づつ確実に、足を地に踏み下ろして小部屋から通路へと入って行
く。
小部屋から通路までの僅かな距離を移動するのにも、緊張のあまり
心臓が何十回、もしかしたら何百回と鼓動してしまったかもしれな
いが、通路に入ると上下左右が炎で埋め尽くされ、まるで自分だけ
の空間を手にしたと感じたおかげで少しだけ鼓動も落ち着きを取り
戻す。
︵通路は前を見て歩くだけで良いんだ。魔物が出てきても必要以上
に恐れるな!︶
まだ魔物の姿は見ていないものの、自ら恐怖へと足を進める事が出
来ているので、このまま歩みを止めない為にも今感じている恐怖を
許容する事で乗り越えていく。
そうして俺は一歩、また一歩と通路を進んで行くと、カーブしてい
るその先が少しずつ見えて来る。
266
もしかしたらそこに魔物がいるかもしれない状況に心臓の鼓動は更
に加速を続け、口でして音を立てないようにしていた呼吸も荒さが
増し、それでも音を抑えようとしていると息切れしそうで胸が苦し
くなる。
いっそ音を立てて俺に気付いた魔物が襲って来てくれた方が、その
まま炎界に突っ込んで消滅してくれるという楽な結果を出せるかも
しれない。
だが、魔物に100%勝てるという絶対の自信がないため迂闊な事
は出来ず、少しでもその自信を強く持つためにどうしても俺が先に
敵を見つけ、俺から先に攻撃を仕掛けたかった。
だからこそ一度立ち止まって、気休め程度でも良いので呼吸を整え
ようとした。
だが俺はそこで一つだけ間違いを犯してしまった。
立ち止まれば当然これ以上カーブの先が見える事はなく、魔物の姿
の発見は相手がカーブの先から現れた場合だけの完全に受け身とな
る。
もちろんそこで気を抜いたなんて馬鹿な間違いは犯していない。
カーブの先から魔物が近づいて来たとしても、俺はそれを見つけ次
第、可能であれば懐に突っ込んで炎界にまき込み、それが出来なく
ても一歩ずつでも良いので距離を詰め、最終的には魔物を死地に追
267
い込もうと頭の中でイメージし、心も体も緊張を解いていなかった。
だが、俺の頭の中でイメージされた魔物の登場の仕方はカーブの先
からゆっくりと歩いて来るというものだった。
ダンジョンに突入した時からずっと一歩ずつのゆっくりとした歩み
でしか足を進められず、恐怖で自分が自由に動き回る姿を想像出来
なかった為に無意識に魔物もゆっくり歩いて現れると考えてしまっ
ていた。
それが俺の犯した間違いだ。
つまり、完全に意識の外、風を切る様なスピードで突然目の前に現
れた魔物に対し、俺はどう対処する事も出来ず、頭の中をただただ
真っ白にする事しか出来なかった。
その魔物はリザードと呼ばれる赤い鱗に覆われた二足歩行のトカゲ
の魔物で、短い手足でも通路の天井や壁に頭や手が届きそうなくら
いに重厚な体格をしている。
現れたリザードは大きく鋭い牙が生えた口を大きく開け、その大き
な牙と体格に見合うだけの禍々しい咆哮を5m程先の獲物へと放つ。
その咆哮は、頭の中を真っ白にして何も感じず放心していた俺を恐
怖のどん底へと引き戻し、気付くと俺は腰を抜かして尻を地につけ
ていて、見っとも無く両手両足をばたつかせてなんとか後ずさろう
としていた。
268
力の入らない手足が地を滑り、それでもずるずると俺が後ろに下が
っていくと、俺をいたぶる様にその分だけ魔物はじりじりと近づい
て来る。
俺は見上げる程に大きい魔物が持つ鋭い牙や眼球、堅そうな鱗や喉
の奥から威嚇するように唸る声の全てに恐怖し、どこにも自分が勝
っている点を見つける事が出来ない。
強いはずの肉体や炎も、﹃はず﹄では立ち向かえる気が全くせず、
それでもここで死ぬわけにもいかないと歯を食いしばって体に残っ
ている生きる意思をかき集め、今までの攻略法と同じ様に機関銃弾
を創造して魔物へとぶつける。
魔物は突然の攻撃を受けて全身100か所から血を流し、悲痛な声
を上げてのた打ち回る姿を見た俺は、このまま押し切るんだと戦車
主砲弾に切り替えた所で魔物に変化が起こった。
︵これは・・・炎鎧!?︶
魔物の胴体を食い破るはずだった戦車主砲弾は炎に触れた傍から焼
失していき、今の攻撃を傷一つなく防いだ魔物がどうだと言わんば
かりに雄たけびを上げる。
・・・
これが創造魔法しか力を持たない頃の俺だったら恐怖で生きる事を
諦めていたかもしれないが、今の俺は違う。
﹁あは・・・あはははははっ!!!﹂
戦車主砲弾を焼失させてくれた魔物の炎鎧を見て思わず俺は高笑い
を始めるが、それは恐怖で可笑しくなったからではない。
269
目の前の魔物に何一つ勝っている要素を見つけられなかった俺が、
唯一にして絶対に勝てる要素を見つけたからだ。
魔物が纏う炎鎧は俺が使えるようになった炎界の下位魔法であり、
炎の規模は俺の方が倍以上に大きく、炎の濃さも見比べてみると俺
の方が数段上である事がわかり、この魔物には勝てる!生き残れる
んだ!と確信を得る事が出来た。
︵そうか・・・こいつがいたから代価が500万もする戦艦主砲弾
を使ったのか︶
不安が消え去り、過去をそう振り返る余裕すら出来た俺は、両手両
足に力を込め、地に付けていた尻を持ち上げると二本の足でしっか
りと立ち上がる。
生きる意思が戻った目を正面の魔物へと向けると、敵が急に小さく
なったように感じ、もう恐れを抱く事はなかった。
右手を突き出すと、その分だけ炎界の炎が魔物に近づき、そのまま
魔物に向かって歩き出す。
魔物は威嚇で咆哮をぶつけてくるが、勝てるという自信に満ち溢れ
た俺は気にも留めず、今度は俺が詰めた距離だけ魔物が後ずさり始
める。
そのまま通路の奥、ボス部屋の手前まで来るとそれ以上は進めない
のか魔物は後ずさるのを止め、必死に威嚇を繰り返す。
俺はそのまま歩き続け、距離を5m、4m、3mと詰めて行く。
270
突き出した腕の先から出ている炎が魔物へと到達する直前、魔物は
狂ったように奇声を上げながら俺に向かって特攻する構えを見せる
が、魔物の体は炎界に触れた傍から焼失していき、跡には何も残ら
ず、そこにはただ静寂のみが存在する事となった。
︵やった・・・やったぞ・・・魔物を倒したぞ!!!︶
俺は何もいなくなった通路を目にして、突き出していた手も、手元
の左手も一緒になってこぶしを強く握りしめ、俺が勝ったんだとい
う喜びが両手から両腕、そして全身へと広がって行き、打ち震える
喜びを涙を流して噛みしめる。
この喜びをイリアとシーアと分かち合いたいが、これでダンジョン
を攻略したわけではなく、目の前のボス部屋にいる魔物へと意識を
戻す。
︵良し・・・後はお前だけだ!!!︶
涙を拭った俺の視線の先には、たった今焼失させたばかりの魔物と
同じ姿をした魔物がおり、Lvが10で今のより強いのだろうが大
した違いじゃないと俺は少しも怯むことなく、その歩みを止める事
はなかった。
魔物の焼失地点を通る際、残留した魔力を吸収して体に痛みを感じ
るが、魔力の許容量がはるかに大きくなっていた今の俺には極僅か
な痛みにしかならず、この程度かと消えた魔物に対して冷めた感想
を抱くに止まる。
ボス部屋に入ると魔物は同じように咆哮を上げ、今度はすぐに炎鎧
271
を身に纏ってくるが、炎界を発動させている俺の敵ではなく、部屋
の奥、壁際に追い詰められた魔物は為すすべもなく消え去っていっ
た。
その瞬間、俺は魔物の討伐報酬1900万円を得るとともにイリア
とシーアが待つゼロの世界の六畳間へと転送され、俺の帰りを今か
今かと待ち構えていた二人がすぐに抱き付いて来る事となり、3人
は心が落ち着くまでの間ずっと、湧き上がる喜びを分かち合い続け
るのだった。
272
快進撃のゼロ
翌日、一晩ぐっすり寝て魔力が回復した俺はダイニングでイリアと
シーアと一緒に朝食を食べた後、座っていたソファーから立ち上が
りながら、まるで家の近くのコンビニにでも行くかのような気軽さ
でこう告げた。
﹁それじゃ、ちょっとLv11のダンジョンを攻略してくるわ﹂
俺のその言葉に、食器を片付けていた二人は手を止め、不安げな表
情を俺に向けて来る。
二人が心配するのも無理はなく、昨日ダンジョンLv10を攻略し
た際に、ステータスでは俺が魔物を圧倒的に上回っていたのにも関
わらず、魔力全開が続く30分の内20分もの時間を攻略に要して
いたからだ。
攻略内容も全く話さないわけにはもいかず、魔物を前にして恐怖で
頭の中が真っ白になったと聞かされていては尚更だ。
昨日は結果として魔物を炎界で消し去り無傷で生環出来た事から圧
倒的な強さである事は十分に理解しているが、昨日の俺は魔物に対
してゆっくり歩いてでしか近づく事が出来なかった事に、魔物に対
する恐怖が抑え込み切れず俺自身が不安を感じている。
それでも、俺は昨日の内に創造代価850万円でステータスの底上
げを行っていて、ダンジョンのLvが10から11に上がる事によ
る魔物のステータスの上昇値よりも、更に大きくその強さを伸ばし
ているので必ず勝てるんだと心を強く持ち、俺自身も含めて二人が
273
感じるだろう不安が少しでもを和らぐようにと軽く言葉を告げたの
だった。
二人も俺の意を酌み取ってか不安な顔をすぐに引っ込め、シーアか
らは﹁片づけが終わったら昨日のアニメの続きを一緒に見るんだか
ら、早く帰って来てよね!﹂という約束を元気良く取り付けられ、
イリアからは﹁今日も肩を寄せながら見ても良いから・・・早くね﹂
という約束を恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら取り付けられた。
イリアのその言葉に、俺も昨日アニメを見た時のイリアとの距離を
思い出して顔が赤くなるが、それを誤魔化すかのように、魔力の蓋
を全開にしてから創造魔法でシーアの真っ赤な炎を創り出し、それ
を全身に行き渡らせ魔物を葬り去る為の炎界を成した。
これからダンジョンに行くんだと緩んでしまった心を引き締め直す
と、二人のおかげで不安から来る胸の苦しさは緩和されていて、必
要以上に体が緊張する事もなくなっていた。
昨日のドーピングでMPの値も3増加していて、MPが23まで回
復して発動させた俺の炎界がその規模を更に20?近く大きくなっ
ている事も、ダンジョンに立ち向かう不安を減らしてくれ、更には
緊張を少しだけ心地良く感じるだけの余裕も作りだしてくれた。
︵今度は最初から全力で魔物に向かっていくぞ!︶
心の中で決意を固め、俺はダンジョンLv11へと突入した。
突入してすぐに、正面の通路その20m程先に昨日と同じ魔物、通
路いっぱいまで広がる巨体で禍々しい魔物の姿を目にし、俺の体は
274
反射的に強張ってしまう。
だが、自分の強さの根拠に自信を失い頭の中を真っ白にした昨日の
俺とは違う。
今もまだそれ程大きな自信などないが、魔物をこの身一つで倒せる
事を経験済みの俺は体中に生じていた余分な緊張を一瞬で解き、自
分の右足へと意識を集中させその内部に力を籠めていく。
走り出すために腰を落として両腕を構え、僅かに左足を前へと踏み
出す。
その左足が床から離れる瞬間、右足に籠められていた力が床へと開
放され、魔物に向かっていこうとする俺の体に爆発的な加速を与え
ようとする。
この時俺が欲していたのは、魔物が反応出来ない程の圧倒的なスピ
ードという一点のみで、それ以外には何も求めていなかった。
全開にした魔力が籠められた右足は床を破壊する事もダンジョンを
揺るがす衝撃を生み出す事もなく、ただ俺を超加速させるという結
果のみを生み出す。
空気抵抗による減速や音の発生すら無視し、周囲に何の変化も生み
出さずに超加速した俺は、その場から忽然と姿を消し、次の瞬間に
は魔物の大きな体で塞がれていた通路の、その先へと移動を果たし
ていた。
ダンジョンの突入地点からここまでの約50mを1秒にも満たない
僅かな時間で駆け抜け、ゼロの世界では瞬間移動と呼んでも過言で
275
はないそのスピードの中にあっても、俺は魔物のいた場所を通り抜
ける際、そこを埋め尽くしていた魔物の大きな体は炎を纏った俺の
拳で殴りかかって消し去ることが出来ていた。
︵いけるっ!!!︶
魔物を焼失させ、その先に移動をしながら心の中でそう叫び、魔物
を簡単に葬り去れた事に、何よりも恐る恐る歩いてではなく全力で
走って立ち向かえた事に自信が溢れだす。
移動を果たし、通路の曲がり角でその先に視線を向けるとそこで新
たな魔物の姿を見つて体に緊張が走るが、それはもう恐怖に因るも
のだけではなく、恐ろしい魔物と遭遇した事にスリルを覚え始めて
いて、それを打ち破れる快感を期待してのものだった。
狩る者と狩られる者が逆転し、俺は不敵な笑みを浮かべて再び超ス
ピードでその魔物に迫り、狩られる者となっている事を魔物に気付
かせる事すら無く炎の拳でその存在を消滅させる。
生前の地球での生活の中では決して味わう事のなかった快感が心の
中を満たしていき、すぐに次の獲物を求めて通路の奥へと走り出す。
ボス部屋の直前にもう一体魔物がいてそれも炎界で消し去ると、そ
こで止まるどころか少しもスピードを緩めることなく俺はボス部屋
の中へと突入した。
部屋への侵入を感知したボスのリザードが俺に眼を向けようとする
が、その焦点が俺に合わさる間もなく俺の炎界が魔物の体へと到達
し、その体が全て消え去ると、俺は魔物討伐報酬2100万円を得
るとともに新たに獲得した12,1畳の空間へと転送されたのだっ
276
た。
気分が高揚し続けていた俺は何もない空間に飛ばされた事で少しだ
け冷静さを取り戻し、タブレットに表示されていた討伐報酬の額を
見てふと疑問が湧く。
討伐報酬2100万円の内訳はLv11のボスが1100万円なの
で、雑魚3体で1000万円の報酬という事になる。
︵雑魚は3体も倒したのに1000万円だけなのはLvが低かった
のか?それとも報酬額に上限でも設けられているのか?︶
せめて通路にいた魔物が戦闘態勢に入って魔力を全開にしてくれて
いたら、その多寡でだいたいのLvを推測出来ていたかもしれない。
だがそれを惜しいと思う事はなく、その暇すら与えず倒せてしまっ
た自分の強さに思わず笑いが込み上げてくる。
﹁ふはは!創造魔法も炎界着火用の5千円しか使ってないし、報酬
2100万円がまるまる儲けだ!﹂
帰ったら獲得した空間で何か部屋を創って二人にも何か欲しい物を
プレゼントしてやろうかと思い立つが、ダンジョン攻略が楽しくな
ってきた俺は魔力がたくさん残っているのだからまだまだ帰るのは
勿体ないだろうと心が叫び、イリアに後15分したら帰るというメ
ッセージを飛ばした後、魔力全開が続く30分の半分までを安全圏
だとして、続けてダンジョンLv12へと挑戦する事にした。
突入する直前に850万円でステータスを更新して更に強くなった
俺を阻める敵などおらず、広さ120畳とそれほど広くない面積内
277
で構成された通路とボス部屋にいた2体と1体のリザードなど、僅
か数秒で殲滅すると、もう一段階ステータスを更新してLv13の
ダンジョンへと突入する。
そうしてドーピングと攻略を繰り返してダンジョンLv19まで攻
略すると、Lv20からはダンジョンの様相がまた少し変わり、一
部屋だけで構成された大きな空間の中に、ティ︱レックスのような
大きな恐竜の魔物が1体待ち構えていた。
そのでかさに見た目通り恐ろしく強い魔物なのではないかと焦りが
押し寄せてくるが、それでも魔物から目を逸らさなかった既にスピ
ードがLv90相当の俺には魔物の動きがひどく遅く感じる。
今まで通り高速で魔物へ急接近をかけ、炎界を纏った体で相手に攻
撃を仕掛ける。
初めての魔物相手に警戒していた俺は、リザードに対して行ってい
たように真正面から殴りかかるのではなく、握った刀で水平斬りを
行うように、右腕から伸びた炎界の切っ先を、高速で魔物の真横を
駆け抜けながらその体へとぶつける。
魔物の右足を捉えた炎はその部分を消滅させ、巨体を支える片足を
失った魔物はその場に倒れ込み始める。
放っておけばそのまま倒れて悲痛な叫び声を上げていたはずだが、
この魔物も俺の獲物でしかないと感じた俺の攻撃はそこで終わらな
い。
︵一気に仕留めてやる!︶
278
倒れ込む魔物の巨体の懐へと飛び込み、片っぱしから炎で殴って斬
って消し去っていき、分かたれて残った頭と尻尾を、尻尾は蹴り飛
ばすようにして炎で消し飛ばし、止めを刺しに魔物の頭の元へ瞬時
に移動すると、一刀両断するかのように勢いよく炎の剣先を振り下
ろした。
その瞬間、魔物のいなくなったダンジョンから攻略後の何もない空
間へと飛ばされ、そこでステータスのドーピングをしてまっずい地
獄から回復するとすぐにLv21のダンジョンへと突入し、そこで
2体のティ︱レックス型の魔物を葬り去る。
Lvが30台のダンジョンでは床が4,5畳で高さ175mという
垂直型のダンジョンとなり、突入した俺の頭上では壁から壁に飛ん
では張り付き、飛んでは張り付きを繰り返す薄い胴体をした体長2
m程のカエルのような魔物が5体いて、その最奥の天井では目を閉
じてじっと張り付いて動かない3m程の一回り大きなボスがいた。
︵上か!面白いじゃないか!︶
今の自分がどの高さまでジャンプ出来るのかは試した事がなく、こ
れも一興だなと笑みがこみ上げて来た俺は、両足に力を籠め始め、
腰を落として飛ぶ体勢に入る。
飛ぶ前に天井まで届かなかった場合は圧縮空気を創造してその勢い
に乗って壁に突っ込み、そこで壁を蹴って更に上に飛ぼうと頭の中
でシミュレートする。
しかし、それはあくまでもそんな事態になればの話で、突入以後も
ステータスがどんどん強化され、天井のボスが目を瞑っているだと
279
か体に皺がいくつもあるだとかさえ見えてしまう今の俺には、天井
までの距離が物凄く近くに思え、必ず届くと確信に近い物があった。
その確信を開放させた俺の体は天井にいるボス目掛けてまっすぐに
勢い良く飛び上がり、途中で壁に張り付いていた魔物を腕を伸ばし
た炎の切っ先で焼失させながら瞬く間にボスの元へと到達する。
両手を突き出して伸ばされた極太の切っ先が魔物の体に巨大な穴を
穿ち、俺の体が完全に天井へと到達すると、俺の全身から放たれて
いる炎が天井に張り付いたままだった魔物の手や足などを全て消し
去った。
Lv40台のダンジョンでは形は垂直型のままでも、上ではなく下
に続くダンジョンとなり、突入した俺はいきなり体が落下し始めて
嫌な感覚に全身から冷や汗が吹き出す。
それでも上があるなら下があるのではと予想もしていた俺はすぐに
圧縮空気を背後に創造して、拡散する空気の勢いに乗って壁へと体
を寄せ、壁を蹴って一気に天井へと飛び戻る。
水泳でターンを決める様に体を反転させ、天井につけた両足に力を
籠めながら真下へと視線を向けると、その先には壁から壁に糸を張
り巡らせて獲物を捕らえようと巣を形成している50?程の大きな
蜘蛛の魔物の姿と、その巣の更に先、ダンジョンの一番下では5m
程の超巨大な蜘蛛の魔物が1m置きに何重にも渡って巣を形成して
いて、まるでここまで侵入出来る物ならしてみろと言わんばかりに
強固な防御壁を成しているのが目に入って来た。
︵一体何から身を守るんだ?って、それは俺からか!︶
280
それは落下して来た獲物が一つ目の巣に体の自由を奪われた後、自
動的に一つ目の巣が壁から剥がれ落ちて二つ目の巣へと落下し、更
に体の自由が奪われていくという凶悪な拘束武器であったはずなの
だが、それを知らず、狩る者としてこのダンジョンに突入した晴に
とっては魔物が自分の身を守る為に形成した防御手段にしか見えな
かった。
俺は敵の姿を認識すると、力の籠められた両足で天井を蹴り、真下
に向かって超スピードで突き進み始めた。
そのあまりのスリルに俺は﹁うおおおお!﹂と雄たけびを上げるが、
その声を置き去りにする程のスピードで落下して行く俺の体は一瞬
で子蜘蛛もその巣もボスの張り巡らせた5つの巣も突き破り、その
先にいたボスの巨体に炎の拳を叩きこむ。
床に激突しようとしていた体を両手両足を使って受け止めると、炎
界の炎が届かずに焼失を免れた魔物の体の外側部分に向かって両手
を伸ばし、すぐにその存在を全て消し去る。
超スピードで落下するスリルがあまりにも快感で、すぐにLv41
のダンジョンに突入していきたい衝動に駆られるが、そこで自分の
魔力が半分近くまで減っている事に気付く。
︵タイムリミットか・・・あっという間だったような気もするけど、
随分と長く充実した時間を過ごしたような気もするなぁ︶
超スピードの中に身を置き体感時間は長くなっていたはずだが、そ
の濃縮されたあまりにも充実した時間はあっという間に過ぎ去った
という感覚も同時に俺に与える。
281
それはたったの15分の時間でしかなかったが、その僅かな間に3
0ものダンジョンを攻略し、倒した魔物は100を越える。
次のスリルを求めていた俺だったが、自分の快進撃を振り返るだけ
でも心が満ち足りていき、今日はもう十分だと二人が待つ六畳間に
戻る事にした。
ダンジョンをLv11からLv40まで攻略して得た空間は841,
5畳、獲得報酬はドーピング代価を差し引いても12億4500万
円となり、たった15分の間に今まで獲得していた空間や代価を桁
違いに越えて手にすることとなった。
魔力の蓋を閉じて炎界を消し、代わりに満面の笑みを浮かべながら
六畳間に戻ると、不安でシーアをぎゅっと抱き抱えながら座布団の
上に座って待っていたイリアと、自身を抱えるイリアの腕をぎゅっ
と掴んで待っていたシーアの姿が目に入って来た。
すぐに二人はほっと安堵した表情でおかえりと言ってくれ、続けて
怪我はないかと心配してくれたが、ダンジョンに突入する前と違っ
て少しも不安な気持ちがなくなった俺は二人も安心出来る材料を見
せてやろうと、ただいまと言うとすぐに次の言葉を継いだ。
﹁二人に良い物見せてやるぞ!こっちだ!﹂
六畳間からダイニングに移動しながらタブレットの空間管理アプリ
を起動し、シーア用に用意していた6畳間に新たに獲得した空間と
以前獲得して未創造のままだった空間を全て結合させる。
最後にその空間とダイニングを扉の部分だけ結合し、そこから創り
282
上げたばかりの巨大な空間へと二人を招く。
閉塞感を減らそうと空間を二つ重ねて高さを倍の5mにしていたた
め、広さは442畳に減ってしまっていたが、それでも今までゼロ
の世界の中で最大の広さだった9畳のダイニングの50倍近くにも
なる。
何より高さがある事でその広さが際立ち、二人を驚かせようと思っ
ていた自分自身が相当に驚く事になった。
﹁すごい・・・﹂
俺だけでなくイリアもシーアも同じように感嘆の声を漏らすが、大
きな空間を前にして感じたのは何も嬉しい気持ちばかりではなかっ
た。
この広い空間の中には俺達3人がポツンと存在しているだけで、そ
れもまだ床すら創造されていない裸のままの空間の中にいるという
状況が、心のどこかで感じていた心細さを呼び覚ましてしまう。
︵・・・ダンジョンの攻略はこれからも問題なさそうだし、少しず
つ人も増やして行くか︶
それが良いと思ってその場に立ち尽くしていた二人にそう提案する
と、イリアは﹁そうね。シーアちゃんにお友達も作ってあげたいし、
可愛い子を二人同時にもふもふしたいし・・・!﹂と、寂しそうに
していた表情を一転してにやけさせる。
イリアの脳内ではなにやら可笑しな妄想が繰り広げられていて、未
だ見ぬ新たな入居者が気の毒な目に合っているような気がしなくも
なかったが、イリアの同意を得る事が出来た俺はそれ以外の事は気
283
にしない事にした。
一方シーアは﹁誰か知らない人が来るの・・・?﹂と不安げに自身
の垂れ耳を両手で覆って隠し、新たに出会う人が垂れ耳の事でいじ
めて来ないかと心配しているようだった。
﹁俺達は垂れ耳は可愛いと思ってるけど、シーアが気にするなら垂
れ耳に偏見を持つ人は入居させないようにするから安心して﹂
俺はシーアの頭を撫でながら優しくそう言葉を掛け、イリアもシー
アに抱き付いて優しくシーアの両手を退けさせると、顔を出した可
愛らしい垂れ耳を優しく甘噛みし始めた。
︵って、イリアさんー!?それは安心させる行為じゃなくて懐柔行
為ですよー!?︶
シーア入居時に見せたイリアの懐柔スキルが炸裂し、不安になって
いたシーアの表情を瞬く間にふにゃ∼んととろけそうなものへと変
えていき、シーアの口から﹁それなら良いにゃ・・・﹂と、まとも
な思考能力が残っているのか怪しいが一応は同意を得る事が出来た。
イリアの懐柔攻撃が続く傍ら、俺は入居管理アプリを起動すると同
時に、魔力を全開にして手を超スピードで動かして入居募集の条件
を入力していく。
﹃シーアと仲の良い友達になれて、垂れ猫耳に偏見がなく、俺とイ
リアとも仲良くなれる人物。14歳で女性。身長110∼130?
の間。体重18∼30?の間。入居費用は不要。入居可能人数1名﹄
そうして対象者に向けて募集開始のメッセージを送信すると、すぐ
284
にやって来るだろうその瞬間を逃すまいと全神経をタブレットの画
面へと集中させる。
魔力を全開にして俺が待ち構えているのには当然理由があり、幾人
もの入居応募者の中から誰か一人を選ぶのは人の命を切り捨てる瞬
間を目撃してしまって心が削られる思いがするが、一人応募があっ
た段階で即座に募集を一時中断にする事が出来れば、どれほどの命
を切り捨てたのか知る事無い為そこまで心が痛まない。
もちろん一人目で決まらなければ募集を再開しなければならないが、
これだけ条件を付けていれば余程の事がない限り決める事が出来る
だろう。
魔力を全開にして、反射スピードも手を動かすスピードも圧倒的な
速さを発揮出来るようにして待ち構えていた俺は、一通目の入居応
募の通知がこの目に飛び込んで来るや否や、二通目の通知が届く前
に募集中断のボタンを押す。
この超スピードなら俺が何をしているのか二人には分からない為、
そのまま応募者の詳細情報の閲覧を開始した。
シーアの時と同じように一番上に顔写真があり、そこには白くふさ
ふさの毛で覆われ少し丸みを帯びた獣耳を、茶色の髪が覆う頭の上
にちょこんと備えた、小熊族の可愛らしい女の子の顔が表示されて
いたのだった。
285
PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n5232bq/
第二の人生はダンジョンで!
2013年8月20日08時23分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
286