伝説の木の棒 後編 - タテ書き小説ネット

伝説の木の棒 後編
木の棒
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ
テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ
ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範
囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し
ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
伝説の木の棒 後編
︻Nコード︼
N6796BQ
︻作者名︼
木の棒
︻あらすじ︼
トイレの水に飲み込まれた俺。目が覚めたら俺は⋮木の棒になっ
ていた。そしてそこは異世界。剣と魔法と木の棒のファンタジー物
語?!
1
第0話 始まり
暗黒の世界の中で、輝く光を浴びる場所
不毛な大地の中で、緑あふれる景色の場所
濁った川の中で、透きとおる水が流れる場所
何も無い中で、全てが見える場所
子供がいる
10歳ぐらいの子供だろうか
大きくて透明な水晶に近づいていく
2
その中を覗き込むと、口元に笑みを浮かべる
被っていたフードを脱ぐと、端正な顔立ちの男の子だ
とても楽しそうな顔
無邪気に笑い、とても可愛い男の子
まるで天使のような子だ
いや、その子は天使だ
背中に輝く12枚の羽が生えてくる
6枚は白く輝き、残りの6枚は黒く輝く
天使は水晶に手を当てる
そして純粋な心で呟く
3
あそぼう
ステータス
暗黒の木の棒
状態:サタンの暗黒の木の棒
レベル:1
SP:0
スキル:
サタンの悪戯
4
第1話 ゴブリン
公園の蛇口の水に飲みこまれ、異世界で木の棒として生きた俺は、
蠅の悪魔ベルゼブブとの戦いで、ニニと王子の聖魔法サンクチュア
リを発動させ、その世界から元の世界へと戻った。
あれから1年。
俺は12回目のトイレを終えた後、自宅のトイレから溢れる水に
飲みこまれ、再び異世界にやってきた。
木の棒として、情報雑誌と共に。
俺は、目覚めると川の浅瀬に転がっていた。
その俺を拾ったのが、緑色の手を伸ばしてきたゴブリン。
またまたゴブリンに拾われちまったわけだ。
そして、ゴブリンに拾われた事実を認識した時、俺は焦った。
情報雑誌を取られたことじゃないぞ。
ナール⋮⋮お前また聖樹の木を落としたのか?
ナールが罪に問われていないか心配になった俺だったが、その心
配はすぐに消えた。
なぜなら、ここはナール達がいた場所では無いからだ。
同じ場所では無いが、同じ世界ではあると思う。
5
俺はメモリー機能を使ってみた。
メモリー
1.ゴブリンロード︵死亡︶
2.ゴブリン□
3.ひょろひょろおじさん□
4.空飛ぶ少女?
5.怪しい女王?
6.聖女?
7.優しい王子?
8. ?
9.悪魔のゴブリンロード?
ニニ達はちゃんとメモリーにいた。
チェックをつけたり外したりも出来る。
そして、いま俺を持っているこの悪魔のゴブリンロードという名
前のゴブリン。
実は⋮⋮このゴブリン、すでに俺の持ち主として10匹目ぐらい
です。
もう数えてないから、よくわからないけどね。
死んだらメモリーは消去できることが分かったので、ここに来て
死んだゴブリン達は消去している。
ゴブリン達を消去できるのはいいのだが、消去できない謎の持ち
主がいる。
6
8番目の持ち主の欄が空白となっている。
しかもチェックまでついていて、なぜかこれが外せない。
ゴブリンの前に誰か俺を拾っているのか?
死亡しているなら、死亡と表示されるはずだから、空白なんてあ
り得ないだろう。
バグったのか?
考えたところで、空白は存在し、俺にはそれを知る術は無い。
俺の持ち主はいま、悪魔のゴブリンなのだから。
ここは弱肉強食の世界。
そして暗黒の世界だ。
見たことない、赤い光を照らす月が浮かんでいる。
太陽はなく、ず∼っと夜が続いている。
赤い月の光はそれなりに強いけど、それでも視界を確保するには
心もとない。
光源は自分達で確保しないといけない、松明だったり魔法だった
り。
大地も不毛の大地だ。
緑なんてほとんどない。
ごつごつとした岩や、今にも朽ちそうな木。
そして無残に転がる、生きていた何か。
これらの情報から推測すると、この暗い世界は大ちゃんが言って
7
いた地下世界ではないのか?という結論に至った。
俺は地下世界に来てしまったのだろう。
ニニ達が待っていた聖樹には転生出来なかったのだ。
そう思った時、すごく落ち込んだ。
俺はニニ達に会いたいために、牡蠣に当たってまで、トイレの水
なんかに飲みこまれてきたのに、みんなに会えないなんて⋮⋮。
でも俺がここに来たことには、必ず意味があると思っている。
俺が諦めず、突き進んでいけば、きっとニニ達に会えると信じて
いる!!
あれから何年後の世界なのか分からないけど、1年後なのか?
俺の世界の時間の進み具合と、この世界の時間の進み具合が同じ
なのか。
そもそも、転生する時に、時間軸がずれているのか。
俺には分からない。
新たな地下世界の木に転生した俺だが、前とは違った姿をしてい
る。
黒色の木の棒
ふむ⋮⋮これは聖樹の木の棒とは違うのか?
色が黒いし。
でもスキルはあるんだよね。
8
形状がちょっと粗いな。
ナールが作った完全なる円柱の棒とは違う。
それにしても、この世界は厳しい。
ゴブリンが俺を持っても、必ず勝てるわけじゃない
強い悪魔がごろごろしている。
俺の力でそれなりの確率で勝っているが、いずれ負ける。
今のところ、俺の持ち主に勝った相手は、瀕死状態での勝利のた
め、仲間のゴブリンに倒されている。
そして残ったゴブリンの中から、一番強いものが俺の新たな持ち
主となる。
これの繰り返しだ。
さらに、戦闘中の死亡だけではなく、仲間内でも襲う場合がある。
自分が俺の持ち主になりたくて。
ゴブルン達のような、平和な村なんて存在しない。
力こそが正義
ハーレムなんて囲っていたら、腰振ってる最中に後ろからズドン
だ。
地下世界の悪魔はみんな知能が高い。
9
ここにいるゴブリン達全員が俺の力に気づいている。
そして全員武装していて、集団行動での罠を張った作戦を用いて
狩りをしている。
﹁言語﹂と思われる言葉まで言うのだから、ゴブルン達とは比べ
物にならない知能の高さだ。
ゴブリン達が何言っているのか、まったく分からないけどね。
いまの持ち主は用心深い性格で生き延び、俺を使いこなしていっ
た。
すでにレベル10だ。
この地下世界と思われる場所では常に戦っているからか、レベル
アップがすごい。
それともこの黒色の木の棒は、レベルアップの法則が違うのか?
戦うだけで、どこまでもレベルアップしそうな感じがするぞ。
いや、やはりこの地下世界特有の事情に思える。
ゴブルンや王子は、自分より弱い敵をいくら倒してもレベルアッ
プしなかった。
でもこの地下世界はどうだ?
自分より強い弱いなんて分からない。
例え、自分より弱い相手でも、みんな知能を持っているんだ。
人数差や作戦、罠でいくらでも強い相手を倒せる。
逆に言えば、強くても弱い相手に負けることがある。
10
この地下世界の戦いは、常に﹁経験﹂を得るのだろう。
ステータス
超魔剣の木の棒
状態:悪魔のゴブリンロードの超魔剣の木の棒
レベル:10
SP:0
スキル
闘気:レベル4
魔力:レベル3
属性:レベル3
俺かなり強いです。
もうかれこれ10日以上、このゴブリンと一緒に戦っているから
な。
しかも知能あるマッチョなゴブリンロードですよ。
ゴブルンとは違うのです!
⋮⋮ゴブルンが懐かしい。
まさか、ゴブルンに望郷の念を抱く日がくるとは。
ま∼いくら俺が強くなっても、勝てない時は勝てないけどさ。
上には上がいます。
たった今も、キマイラみたいな悪魔から全力疾走で逃げている最
11
中ですから!!!
逃げ切りました。
ゴブリンが3匹ほど犠牲になったけど。
仲間が犠牲になっても何とも思わない。
そんな感傷に浸ってるよりも、今日の獲物を得ることが大事なの
です。
そして、その獲物を狙って行動中です。
ゾウ⋮⋮と言えばいいのか、顔立ちはゾウみたいに可愛くてなく
て、すんげ∼不細工だけど。
親子のゾウを狙っている。
子供だけじゃなくて親もやるだろう。
予想通り、ゴブリン達が動き出した。
まずは子供の方に狙いをつける、すると親ゾウが子供を助けよう
12
と動き出す。
速い! このゾウ見た目と違ってメッチャ速い!!
逃げる子供は無視、突っ込んできた親ゾウを誘導するように、ゴ
ブリン達は逃げる。
逃げた先に待っているのが⋮⋮俺を持ったゴブリンロードだ!
通り過ぎるゾウの後頭部目掛けて、崖の上からジャンプ。
俺は風魔剣を纏って、親ゾウの後頭部を一閃!!!!!!
スッパ∼∼∼∼∼ン!!!!!
頭真っ二つの親ゾウです。
子供ゾウは、別部隊のゴブリン達が倒しに向かっているだろう。
親ゾウがいない子供ゾウなら、ゴブリン達が5匹ぐらいで囲って
倒せるはずだ。
食料として獲物を狩っているから、炎魔剣とかよりも風魔剣がい
い。
獲物を傷つけずに、斬り倒せるから。
炎だと爆発みたいなの起こって、食べられる部分が減っちゃうか
らな。
ゾウを運びやすいサイズに切り分けるゴブリンロード。
そして切り分けられたゾウの肉を、次々に運んでいくゴブリン達。
13
今日はみんなお腹いっぱいに食べられそうだな。
14
第2話 誘惑
今日も元気に狩りいこうぜ!
順調に強くなっていく悪魔のゴブリンロード。
そのうち、ゴブリンキングとかにクラスアップするんじゃね?
俺もレベル12に上がって、どんどん強くなっていく。
そんな風に思っていた時期が俺にもありました。
いま、ゴブリン達は“ある獲物”を追っている。
ただ倒すだけなら、瞬殺出来るであろうその獲物をひたすら追っ
て、無傷で捕えようとしている。
かなり鼻息荒くしながらね。
そのある獲物とは⋮⋮“サキュバス”だ。
背中に小さな羽を生やし、お尻からはキュートな尻尾が生えてい
る。
見るものを誘惑し、その精を搾り取る悪魔サキュバス。
ゴブリン達がいま追っているのは、そのサキュバスであろう。
見るからに美人でボインなサキュバス達は、まるでゴブリン達を
誘惑しているかのように、どこかへ誘っていく。
茶番劇のような逃走の仕方だ。
その見事な胸とお尻を揺らして、誘惑しながらの逃走。
15
いや、これってサキュバスの誘惑の魔法とかなのか?
ゴブリン達も、その誘惑に見事に乗って、もうビンビンのガンガ
ンで追っている。
俺の持ち主のゴブリンロードもよだれ垂らしてサキュバスの尻を
追っかけている。
サキュバス達は、まるで最初からそこで捕まることが決まってい
たかのように、森の中でゴブリン達に捕まった。
1本の木に1匹、サキュバス達がゴブリンを誘うように待ってい
る。
その豊かな胸を両手で挟み込むように谷間を見せつける者、お尻
を突出し誘惑している者、脚をM字に広げてゴブリンを迎えようと
している者。
サキュバスのあからさまな誘惑に喜んでいるゴブリンだが、俺に
言わせれば甘い。
そんな露骨なことされて興奮しているのはお子ちゃまだ。
俺ぐらいになると、隠れたエロ、見えないエロ、聞こえないエロ
を感じられるのだ。
まったく⋮⋮地上世界でも、暗黒世界でもゴブリン達は本能に忠
実だな。
悔しいわけじゃないぞ!
興奮して雄叫びを上げたゴブリン達は、武器を投げ捨ててサキュ
16
バス達を犯し始まる。
俺の持ち主は、サキュバス達の中でもとびきり美人で爆乳なサキ
ュバスを捕まえている。
サキュバスの色気に興奮したせいか、俺を地面に置きながら。
﹁ゴブッ! ゴゴゴブブブブ!!!!﹂
前言撤回。
これに興奮するのはお子ちゃまではありません!
ゴブリンの興奮声は置いておくとして、サキュバスの喘ぎ声はな
かなかのものだった。
いや、元人間の俺が興奮するのに十分な声だ。
しかも、美人で爆乳な美乳の美尻ですよ。
う∼∼∼ん、目の保養になりますな∼。
腰なんてギュッと引き締まっているし、本当に2次元の世界から
出てきたようなサキュバス達だ。
やはり男を誘惑するために、サキュバスという種は美人で色気た
っぷりである必要があるのだろう。
彼女達が精を求めて相手を誘うなら、どんな相手だって誘惑出来
ないといけないからな。
ゴブリン達もサキュバス達を殺すつもりなんて無さそうだし。
このまま捕まえて巣に連れ帰るのか⋮⋮ん? 待てよ。
17
お前達、嫁さんになんて言うつもりなんだよ!
全員巣に嫁さんいるだろうが!
ちょっと外で美人のお姉さんに声かけられたから、家に連れてき
ちゃいました? なんて話が通用する世界なのか?
もしそんな話が通用する世界なら! ⋮⋮俺もちょっとゴブリン
になりたいと思った。
さて、あの用心深いゴブリンロードが、俺をこんなに簡単に手放
すなんて、サキュバスの誘惑はすごいのだろう。
いや、いくら知能が高いといっても所詮はゴブリンってことなの
か。
こいつらにハメられているとも気づかずに、腰を振ってるんだか
らな。
ゴブリン達はまったく気付いていなかったが、俺は気付いていた、
その存在を。
それは一瞬だった。
サキュバス達とやっている木の上から、それは飛び降りてきた。
まさに1人1殺。
ゴブリン達の首が空を舞う。
俺の持ち主のゴブリンも、あっけなく動かない肉となって地に落
ちた。
18
飛び降りてきたのはオーク。
あのゴブルン達の村を襲ってきたオーク達だった。
ただ、あのオーク達とは比べものにならない強さだろう。
木の上からの奇襲とはいえ、一瞬たりとも気配を悟られず、全員
が的確にゴブリンの首をはねている。
そしてサキュバス達を囮に使う知能の高さ。
そうなのだ、このサキュバス達はこのオーク達の仲間? 部下?
奴隷? なのか、オーク達と寄り添うようにイチャついてる。
間違いなく、ゴブリン達をおびき出すための罠として、サキュバ
ス達は自分達を囮に使ったのだ。
ゴブリンを殺したオーク達は、適当にゴブリンの肉を持ち帰るよ
うだ。
美味しいのか知らないが。
ただ、こいつらの目的は、どうやら俺だった。
成長するゴブリン達の噂を聞いたのか、どこかで見ていたのか分
からないが、あきらかに全員が俺のところにきて、棒をゲットした
ことを喜んでいた。
俺の持ち主のゴブリンロードを倒したオークが、俺の新たな持ち
主となるようだ。
ステータス
19
闘う木の棒
状態:悪魔のオークロードの闘う木の棒
レベル:1
SP:0
スキル
闘気:レベル1
すぐに闘気スキルを取る。
ま、これも弱肉強食の世界。
とは言え、ゴブルンとの思い出がある俺としては、オークにゴブ
リン達を倒されてあまり良い感情は抱けないけどな。
ゴブリンは俺にとって、ちょっとした特別な存在だ。
ゴブリンとオーク、どちらかを持ち主として選べと言われれば、
例え種としてオークの方が強かったとしても、俺はゴブリンを選ぶ。
あのどこか憎めないゴブルン⋮⋮今はもういないと思うとちょっ
とだけ寂しさも感じる。
でも俺を裏切って大剣なんかに浮気した恨みは忘れていないから
な!
息子のゴブルンジュニアはメモリー機能を信じるなら、まだ生き
ているはずだ。
父親の狩りに頼って生きてきた、あのボンボンが生き残っている
ことに、ちょっとだけ驚きを感じている。
20
もしも⋮⋮もしもまたゴブルンジュニアに出会えることが出来た
時、ゴブルンジュニアが超マッチョのムキムキスーパー戦士になっ
ていたら、土下座して謝ろうと思う。
可能性としては限りなく低いけどな。
さて、オークが持ち主になったけど、俺は進まないといけない。
どこに向かっているのか分からないが、進むのをやめたら、みん
なと会える日は永遠に来ないのだから。
俺は木の棒。
道具として使われることしか出来ない。
前回もゴブリンとの出会いが始まりだった。
そして、ゴブリンとの別れが、次の出会いに繋がった。
今回もゴブリンから始まり、オークへと。
俺の物語は続く。
黒い木の棒になったけど、持っている力は同じなら、俺の進む道
にきっと何かが待っているはずだ。
出来れば待っているのは、ニニのような可愛い女の子だと嬉しい
けどね。
ずっと悪魔達が持ち主とか嫌だな。
いや、そもそもこの地下世界に人型はいるのか?
サキュバスは人型といえば人型だけど、戦闘力があるように見え
21
ない。
誘惑のチャームのような魔法は使えるのかもしれないが。
ゴブリンやオークとは違う、人の顔をした人型が持ち主になって
欲しいな∼。
サキュバスに持たれて、女王様プレイの棒として生きるのも悪く
ないけど、それって叩く相手がきっとオークとかゴブリンなんだろ
うな。
俺はどこまでいっても、ゴブリンとオーク止まりなのか?!
いや、自分を信じろ!
俺はやれば出来る子だ!
この闘気、魔力、属性を使える棒の噂が広まれば、きっと素敵な
持ち主様と出会えるはずだ!
俺は帰りながら適当に狩りをするオークロードに力を貸し、オー
クとサキュバス達と一緒に、こいつらの巣に向かっていったのだっ
た。
22
第3話 究極の選択
オーク達の巣にやってきた俺を待っていたのは絶望だった。
いや、別に大したことじゃないんだけどね。
ブタ顔のサキュバス達がいたのだ。
あ⋮⋮ありのまま、今、起こった事を話すぜ!
俺は、美人で爆乳のサキュバスが犯されていたと思ったら、
振り返ると、ブタ顔の爆乳サキュバスだった。
何を言っているのか、わからねーと思うが、
どういうこと?
ブタ顔のサキュバスは存在したのだ。
え?
オーク達の巣の中を見ると、オーク、サキュバス、ブタ顔の身体
サキュバス、サキュバス顔の身体豚人間がいたのだ。
つまり、サキュバスは悪魔との間に異種族間で子が生まれるのか?
ゴブリン達が他の種族に攻めた時に、その種族の女性を犯してい
23
たことはあったけど、子が産まれることなんて無かった。
サキュバスと出会ったのは今回が初めてだったしな。
それにしても、上手に子がオーク、サキュバスという統一種族で
生まれてきたらいいけど、顔と身体でハーフになった残念な奴らは
大丈夫なのか。
悪魔の美的センスでいくと、何も問題ないのかもしれないな。
貴方ならどちらを選びますか?
顔がブタだけど、身体は最高のサキュバス。
顔がサキュバスで超美人だけど、身体は残念なブタ人間。
まさに究極の選択だな。
これについては、本当によ∼∼∼く考えてみて欲しい。
考えれば考えるほど、嫌な気持ちになるかもしれないが、人は己
に答えを出さねばならぬ時がある!!
⋮⋮別にこの答えは必要ないか。
俺の持ち主となったオークロードは、さっきまで持ち主だったゴ
ブリンロードが犯していた、とびきり美人で爆乳のサキュバス相手
に、腰を振ってる真っ最中。
24
しかも俺を手に持って眺めて笑いながら犯してやがる。
その時だ。
事件は起こった。
オークロードは俺で、サキュバスのその尻を叩き始めた。
いわゆる棒プレイですね! ⋮⋮なんて恐ろしい子!
ついさっき、俺が妄想していたシチュエーションの逆パターンだ。
サキュバスの爆乳や美尻を棒で叩くオークロード。
その度に甘美な声をあげてよがり狂うサキュバス。
こいつら完全にSとMの関係だな。
痛いの嫌なので、俺は最低出力の闘気だけ身に纏っていた。
これならサキュバスが傷つくこともないだろうしな。
それにしても、ハードSMとか俺の趣味じゃなかったけど、こう
やって見ると、本当にこんなことで感じているのか?って思っちゃ
うな。
気持ちいいのか?
だって、棒で叩かれて喜ぶってどういう神経なんだ?
俺には分からないが、分かる人には分かる⋮⋮人じゃないけど。
棒で叩かれた箇所が赤くなっているが、サキュバスの顔は快楽の
色に染まっていた。
25
その時だ。
再び事件は起きた。
オークロードは俺をサキュバスの口の前に持っていった。
それを見たサキュバスは、棒をうっとりと見つめる。
そして、いやらしくその手で棒を撫でまわしながら、そっと口の
中へ⋮⋮
俺は、闘気を脱ぎ捨てた!
素晴らしい⋮なんて素晴らしいテクニックなんだ。
最初、棒となって痛みを感じた時、棒に転生したことを悔やんだ
ものだ。
もう“全身”が痛いんだから。
でも、棒で良いことが起きた時、俺は棒に転生したことを神に感
謝した。
だって“全身”で喜びを感じれるのだから。
これがどういう意味なのか、どのようなことなのか、分かるのは
世界でただ一人、俺だけだろう。
26
オークロードに対する好感度がちょっと上がったところで、どう
やら狩りに出かけるようです。
食糧事情は困っているように見えないから、たぶん俺を使って力
を試してみたいんだろう。
とりあえずレベル6まで上がれば、魔剣化出来る。
俺が魔剣化すると、どいつもこいつもビックリして喜ぶんだよな
∼。
ま∼ただの木の棒が、いきなり魔剣化したら、誰だって驚くか。
オークロードは次々と獲物を仕留めていった。
やはりゴブリンよりオークの方が、種として全然強いな。
知能の高さから、俺を警戒してあんな罠を張ったのだろう。
別に正面からやりあっても、勝っていたのはオークかもしれない。
それ相応の犠牲は出ただろうけど。
俺はどんどんレベルアップして、レベル6での魔剣化解放まで、
そう時間はかからなかった。
俺かなり強いです。
ステータス
超魔剣の木の棒
状態:悪魔のオークロードの超魔剣の木の棒
レベル:15
SP:0
27
スキル
闘気:レベル5
魔力:レベル5
属性:レベル5
王子と同じレベルになっちゃったよ!
あの会話するだけでレベルアップしたチート王子と同じレベルで
すよ!
基本3セットがレベル5になっても、別に何も起きなかった。
魔剣化以降は何もないのかもしれないな。
でも十分に強いし。
いや強すぎるし!
オークロードは、どんどん強くなる魔剣を見て狂喜乱舞。
さらに強い敵を求めだした。
俺の力を過信して、無謀な行動に出ることもなく、着実に俺の力
を引き出して、相手との力量を測り、時には1人で、時には数の力
で、時には罠で、悪魔達を倒していった。
ゴブルン達は、食べる分以外の狩りはしなかった。
つまり無用な殺生をしなかった。
でも、こいつらは違う。
この世界の悪魔達は食べること以外でも、相手を殺す。
28
それは己の力を鍛えるためなのか、
ただ遊んでいるだけなのか、
戦うために生きているのか。
高い知能を持つ悪魔達の思考回路を推測することは出来ない。
出来ないが、俺の持ち主のオークは、あきからに俺が強くなって
いくことを感じて、さらなる力を求めるために狩りをする。
俺が強くなれば、自分が強くなる。
自分が強くなれば、死ぬ可能性は減り、種の存続のためになる。
ゴブリン達はどちらかというと、種の存続よりも“自分のため”
という感じが強かった。
俺の持ち主になりたいために、仲間を襲うことすらあったのだか
ら。
より本能に忠実とも言えるのかもしれないけどね。
ゴブルン達ですら、いま思えば“自分のため”という側面が強か
った。
ゴブルンしか狩りに行かなかった。
ゴブルンが食料を調達してくれば、自分達は生きていけるから、
自分達は狩りにいかない。
結果、ゴブルン以外のゴブリンは成長せず、弱いままだった。
種全体のためを思うなら、ゴブルンについていくなりして、戦え
る力をより伸ばしただろう。
ゴブルンにとっても、ハーレムのために、他のゴブリンが強くな
る必要は無かったのかもな。
最後はずっと床の隅に捨て置かれていたからよく分からないが、
29
ゴブルンのハーレムの数は異常だったはずだ。
食料を調達することで、自分の子供を多く残す権利を得ていたの
だろう。
オーク達はちょっと違う。
ゴブリン達のような、自分のため、ではなく種全体のためという
感じが見られる。
俺の持ち主は、特に仲間を警戒することなくサキュバスを犯して
いる。
ま∼棒プレイするために、俺を持っていることもあるけどさ。
オーク達の巣にも、ゴブリン達の巣では見られなかった連帯感が
ある。
それぞれが、自分の役割をこなしている。
ある程度の上下関係があるとはいえ、力の強い者が好き勝手にし
ているわけでもないようだ。
もちろん、力ある者が一番偉いけどさ。
でも、巣を守ったり、ご飯を作ったり、子供を育てたりといった
裏方の仕事に従事している者にも、きちんと権利が与えられている
のだろう。
種全体として成長するために、己の得意分野を見極めて、成長し
ていっているのだ。
30
そして俺はある変化に気付き始めた。
俺の持ち主のオークロードの鼻から⋮⋮角というか牙というか、
なんかそんなのが生えてきているのだ。
それは悪魔達を倒し、肉を食い、女を犯す度に大きくなっていっ
た。
そう⋮⋮クラスアップの前兆だ。
悪魔達のクラスアップが、どんな条件で達成されるのか分からな
い。
ゲームのような経験値があるわけではないだろう。
単純に、勝って、食べて、犯すことで、オークが細胞レベルで進
化しているということなのか?
ゴブルンがどんどん大きくなって、最後には筋肉マッチョでゴブ
リンロードになったように、このオークロードは恐らく、オークキ
ングになろうとしているのではないか?
ロードの次ってキングだよね?
俺のゲームとラノベ知識がそう言っている!
あの牙が大きくなり、立派な牙となった時、きっとこいつは王に
なるのだ。
そしてその考えは見事的中した。
ただ⋮⋮俺にとって、あまりよろしくない出来事と共に。
31
第4話 悪戯
オーク達はその日、ある巣を奇襲した。
その巣にいたのは⋮⋮ゴブリンだ。
ただのゴブリンじゃない。
俺を持っていたゴブリン達の巣よりも大きく、数も多く、1匹1
匹の強さも上だった。
こんなに成長したゴブリン達がいたのかと、俺も驚きだ。
その巣の奥から出てきたのは、いったい何mなのか分からないほ
ど、馬鹿でかいゴブリンだった。
俺はすぐに悟った、こいつはゴブリンキングだと。
別に王冠なんて被ってないけど、今まで見てきたゴブリンとは次
元の違う強さだと雰囲気で分かる。
ゴブリンキングは奇襲してきたオーク達を見て激怒。
次の瞬間、ゴブリンキングが拳で地を叩くと⋮⋮まるで地震が起
きたように大地が揺れた。
その地響きに一瞬固まるオーク達。
それを合図に反撃に出るゴブリン達。
ゴブリン達の中にはゴブリンロードと思われる戦士達もいる。
お互い乱戦状態に突入だ。
32
だが、最初の奇襲で巣の守りの優位性を損なってしまったゴブリ
ン達が不利のようだ。
オーク達が押していく。
ゴブリンキングは、俺の持ち主が引き受けている。
魔剣化した俺の前に、ゴブリンキングもうかつに近づけないよう
だ。
俺から感じる力の強さを分かっているのだろう。
魔剣化した俺でゴブリンキングに斬りかかるオーク。
だが、ゴブリンキングは、その巨体からは想像もつかない速さで
動き回る。
オークがゴブリンキングを捉えたとしても、その鋼の肉体を魔剣
化した俺では斬り裂けない。
ダメージは与えていると思うのだが、ゴブリンキングの身体から
みなぎる力に、魔剣が押し返されてしまう。
強いな、キング級とはこれほど強いのか。
俺の持ち主が弱いとは思わない。
オークロードでもあり、魔剣を持っているのだから。
そのオークロードと互角に渡り合えるゴブリンがいるなんて、ま
ったく世界は広い。
待てよ、ゴブリンキングがこれだけ強いってことは、もしこのオ
ークが、オークキングになったら、どんだけ強くなるんだ?
このオークがキングになったら、俺無しでもこのオーク達に勝て
るゴブリンなんて、この地下世界にいないんじゃないか?
33
俺は思った⋮⋮別にこのオーク達に力を貸してやる義理はない。
俺はゴブリンの方が好きだ。
ゴブルンを思い出せば、やっぱりゴブリンに味方してあげたいと
思う。
悪魔のように知能は無かったよ。
ただただ、俺を振り回すだけだったよ。
それでも、俺はゴブルンが嫌いじゃなかった。
馬鹿で、ハーレム囲って、息子に甘いゴブルンが嫌いじゃなかっ
た。
途中で大剣に浮気されちゃったけど、それは仕方ない、馬鹿だっ
たんだから。
このゴブリンキングが俺の持ち主でもいいんじゃないか?
魔剣化は見たんだ、俺の力に気付けるだろう。
ゴブリンキングが魔剣を持てば、オークに負けることはないだろ
う。
キング級がいる、このゴブリンの巣はある程度まとまりだってあ
るはずだ。
俺は、魔剣化を解いた。
痛いのは嫌なので、最低出力の闘気だけだ。
34
魔剣が解かれて、俺から力を感じなくなったオークは焦った。
棒をぶんぶん振り回して、魔剣出ろ!みたいに念じてる。
俺はそれを馬鹿なやつめ、と思いながら見ていた。
ゴブリンキングも俺から力を感じれなくなって、攻勢に出た。
吹き飛ばされるオーク。
俺はゴブリンキングの勝利を確信していた。
このオークロードを倒して、俺の持ち主になってくれるのを待つ
だけだ。
あの爆乳美人サキュバスの胸やお尻を叩けなくなるのだけが、ち
ょっと残念だな。
もう1度だけ、あの口で俺を天国に連れていって欲しかったな。
いや、待てよ。
これだけのゴブリンの巣だ。
サキュバスいるんじゃね?!
きっといるよ!
え?まてよ。
っていうことは、今度は、顔ゴブリンの身体サキュバスとか、ゴ
ブリンと混じったやつがいるのか?!
それはそれで1度見てみたいな。
そして、このゴブリンキングは棒プレイ好きなのか?
それが問題だ!
35
好きだよね?棒でプレイしちゃうよね?うんって言ってよ!俺を
安心させてよ!
そんなことを考えて、ぼ∼っと2匹の戦いを見ていた時だった。
それは、突然やってきた。
﹁ の悪戯が発動します﹂
は?
何の悪戯だって?
まさに目が点状態だった俺を襲ったのは、気持ち悪い感触だ。
なんて表現したらいいのか分からない。
別に痛くない。
車や船で酔ったような感じでもない。
ただただ気持ち悪い。
自分が見たくないものを、見ているような
触りたくないものを、触っているような
味わいたくないものを、味わっているような
感じたくないものを、感じているような
気持ち悪さが俺を襲った時、別の何かが俺の中に入ってきたよう
36
な感じがした。
俺ではない何かは、俺の中で勝手に何かを始める。
おい、何してるんだ?
俺の中で勝手に何をしているんだ!!
それは俺の言葉を無視して、棒に魔剣を纏わせた。
俺の力が戻ったオークロードが反撃に出る。
ゴブリンキングも、魔剣化した俺に気付いてすぐに距離を取る。
だが、魔剣化した俺から炎闘気が弾丸となって、ゴブリンキング
を襲う。
怯んだところを、オークロードが一気に近づいて、ゴブリンキン
グを斬る。
俺は風魔剣と一瞬でその姿を変えて、ゴブリンキングを真っ二つ
に斬り捨てた。
ゴブリンキングを斬り捨てたオークは雄叫びを上げる。
その鼻から生えている角が、高く高く立派に伸びていた。
戦いはオーク達の勝利で終わった。
俺は気持ち悪さから解放されていた。
何とも言えない気分だった。
別にあのゴブリンキングを斬ったことに何かを感じてるわけじゃ
ない。
37
あいつはゴブルンではないから。
でも、俺の意思に反して俺の力が発動した。
勝手に炎闘気を飛ばされ、勝手に風魔剣化した。
しかもその威力は、いまの俺が出せる威力よりも数倍高かった。
何だったんだあれは。
最悪な気分だ。
何の悪戯だ?
思い出せるそれは、何とかの悪戯が発動するというシステム音だ。
ただ、その何とかの部分は、俺が聞き逃したのではなく、何も言
っていなかったはずだ。
何も言っていない、つまり空白。
俺はメモリーを呼び出した。
メモリー
1.ゴブリンロード︵死亡︶
2.ゴブリン□
3.ひょろひょろおじさん□
4.空飛ぶ少女?
5.怪しい女王?
6.聖女?
7.優しい王子?
8. ?
38
9.悪魔のゴブリンロード︵死亡︶
10.悪魔のオークキング?
8番目に登録されている謎の持ち主。
空白からして3文字の名前だ。
こいつか? こいつが何かしたのか?
俺がこの世界にきて、俺の意識が戻る前に持ち主となったこいつ
の仕業か?
仮にそうだとして、なぜ発動できた?
俺の力を使うための唯一の条件は、俺を持つことだ。
俺は持ってもらわなければ、何も出来ないただの道具だから。
こいつの意識が勝手に俺の中に入ってきたのか?
俺ではない何かをこの棒の中に感じた。
だとすれば、こいつは俺の意識の中に入ってこれるのか?
こいつが俺の中に入ってこれる条件は何だ?
まさか無条件にいつでも入ってこれるのか?
いや、俺が戦う意思を放棄した時か?
今まで、俺を使う者達に応えて、俺は常に全力を出していた。
それは、俺自身が前に進むため。
今回は、それに反して、初めて俺が意図的に力を出さなかった。
39
この黒い木の棒は、この地下世界のものと思われる木の棒は、戦
うことを強制するのか?
戦う気がないなら、強引にでも力を引き出させるのか?
いや、無駄な思考はやめよう。
現に、何かが俺に干渉してきたことは間違いない。
それが謎の持ち主なのか、そうじゃないのか、考えても分かるは
ずがない。
いまはこの出来事を心に留めて、前に進もう。
俺は前に進むしか無いのだから⋮⋮。
ステータス
超魔剣の木の棒
状態:悪魔のオークキングの超魔剣の木の棒
レベル:18
SP:0
スキル
闘気:レベル6
魔力:レベル6
属性:レベル6
40
第5話 進化
ゴブリンキングを倒したオークロードは、オークキングに進化し
た。
見事なまでに立派に成長した牙だ。
ゴブリン達は自らの巣にサキュバス達を囲っていた。
そのサキュバス達と食料を奪って巣に帰り、いまはどんちゃん騒
ぎの宴の真っ最中だ。
ゴブリンの巣にいたサキュバスの中で、ゴブリンと混じっていた
やつは全員殺されたけどな。
オークキングに進化した持ち主は、身に纏うオーラが違う。
もはや他のオーク達とは別格の存在だ。
いつもの美人爆乳サキュバス相手にも、大した興奮の色を見せな
い。
その目が見ているのは、目の前の美人爆乳ではない。
このサキュバスもそれが分かっているのだろう。
必死だ。
必死にオークキングに自らをアピールしていく。
前までなら喜んで自分の相手をしてくれた男が、急に自分のこと
を相手にしてくれない。
41
いや、相手にしてくれないのではない、現にいまオークキングに
跨って必死に腰を振らせてもらっている。
でも、自分を見てくれない、自分に興味が無くなっている⋮⋮そ
れが怖いのだろう。
オークキングがサキュバスを犯しながら、その目が何を見ている
のか。
何を考えているのか。
俺にはこの時、分からなかった。
だが、その答えはすぐにやってきた。
恐ろしい答えをオークキングは出したのだ。
それは、まさにゴブリンでは出せなかった答え。
俺を“最も効率的に使う”正しい答え。
オークキングとなり、さらに知能が上がったのか?
このオークキングは答えに辿り着いた。
翌日、オークキングは1人のオーク戦士を呼んだ。
オーク戦士の中では強そうなやつだ。
オークキングは、そいつに⋮⋮俺を渡した。
﹁持ち主が変更されました。ステータスがリセットされます﹂
俺の中でシステム音が響いた。
42
オークキングは本当にとんでもない奴だったのだ。
俺はすぐに悟った、このオークキングが何を考えているのか。
そしてそれはすぐに現実のものとなった。
いま、俺は8匹目のオーク戦士に渡されたところだ。
あれからさらに1ヶ月ぐらいだろうか、正確には分からない。
7匹のオークロードが誕生している。
そう、あのオークキングは俺を使って、種族の強化を始めたのだ。
オークキングとなった自分に勝てる者はいない。
俺を他の戦士に与えて、進化したオークロードが向かってきても、
オークキングが負けることはないだろう。
そもそも、オーク達が仲間内で殺し合う様なんて見たことない。
そして、オークロードに進化したところで、俺を別のやつに与え
る。
それの繰り返しだ。
メモリー機能を知っていたわけじゃないだろう。
たぶん、オークキングは俺をまた持つことがあっても、俺を1か
ら育てるつもりでいたと思う。
1匹目のオークロードが誕生して、俺を自分で持った時に、俺が
魔剣化出来るのを見て、醜い顔で大喜びしていたからな。
こいつはもう気付いている、俺の成長システムとメモリー機能を。
43
俺はまた、オークキングの力に応えずにいて、あの気持ち悪い感
触に襲われるのが嫌で、素直に魔剣化したのだ。
もう両手では数えられないほどのオークロードが誕生した時だ。
オークキングが俺を持って狩りに出かけた。
10匹以上のオークロードを従えて。
向かった先にいたのは、2匹のキマイラだ。
夫婦のようなそのキマイラに向かって襲いかかるオーク達。
キマイラも、恐ろしい雄叫びを上げて戦闘態勢に入る。
勝負は一瞬だった。
あっけないほどに、オーク達の勝利で終わった。
仕留めたのは、オークキング。
1匹をオークキングが殺すまで、もう1匹をオークロード達で抑
える。
オークキングが1匹目を倒したら、残った1匹を倒して終わり。
時間にして5分も戦っていないだろう。
それからオーク達の行動はさらに過激になっていった。
より強い相手を求めていった。
44
そして、その時が訪れた。
ステータス
超魔剣の木の棒
状態:悪魔のハイオークキングの超魔剣の木の棒
レベル:24
SP:0
スキル
闘気:レベル8
魔力:レベル8
属性:レベル8
オークキングは、ハイオークキングに進化した。
身体からは、さらに禍々しいオーラが漂う。
ベルゼブブに似た禍々しさだ。
さすがにあそこまでの強さとは思えないが、十分すぎる強さだ。
オークロード達もハイオークロードに進化していった。
これはオークという種族の性質なのか何なのか分からないが、キ
ングがハイオークになってから、オークロード達も俺を持って狩り
をしていくと、ハイオークロードに目覚めた。
そして、どんなに強敵を倒しても、キングになるオークは現れな
かった。
45
キングとは1人だけなのだろう。
そうしてこの一帯を支配するほどまでに強くなっていったオーク
達。
もう何十匹のハイオークロードがいるのか、俺には分からない。
さらにもう1つ変化が起きた。
サキュバス達だ。
彼女達も進化したのか、背中の羽が少し大きくなり、頭から羊の
角のようなものが生えてきていた。
彼女達は子供を残すためだけに精を必要としているのではないの
だろう。
自分自身の力のために精を求めていたはずだ。
ハイオークキングの精を得たことでサキュバス達が進化したのか?
サキュバス達はみんな、ハイオークキングに群がる。
彼の精を求めて。
そんなサキュバス達を見ても、もうまったく興奮の色を見せない
豚の王。
勝手に俺の上で腰を振れと言わんばかりだな。
さらに、進化したサキュバス達は、何やらあやしげなアイテムを
作り始めていた。
46
得体の知れない液体、縄、糸、拷問器具のようなもの等。
何に使うのか⋮⋮精を取るために使うんだろうな。
この暴食とも言えるオーク達が、このまま地下世界を支配してし
まうのではないかとさえ思えてしまっていたある日。
俺は新しいオーク戦士に与えられた。
そのオーク戦士は嬉しそうに俺を手に持って狩りにいく。
俺は思考することをやめた機械人間のように、闘気スキルを取っ
た。
俺はこのままオーク達に力を貸し続けることで、自分は何かを得
られるのか、分からなくなっていた。
分からないけど、俺は棒で道具なのだ。
使ってもらうしかない、たとえそれがオークであったとしても。
それに、また力を貸すのをやめたとき、あの意味不明な意識が勝
手に入ってきて、気持ち悪いことになることも嫌だった。
新しいオークも俺を使い、強敵を倒しどんどん成長していく。
いつものと同じように、いつもの速さで、成長していった。
もはや流れ作業だ。
まさか、今回俺がこの世界に来たのは、このオーク達が地下世界
を支配するためなのか?
このオーク達がこの地下世界を支配して、何かあるのか?
47
いや、よくよく考えれば、この地下世界で強くなったオーク達が、
地上世界に攻めいったら。
そうだよ、どうして今までそのことに気付かなかったんだ!
俺はなんて馬鹿なんだ。
自分のことしか考えていなかった。
ここが地下世界ではないかと予想した時に、どうしてそのことを
考慮しなかったんだ。
地下世界の悪魔は穴を通じて、地上世界を攻めていたじゃないか。
いや正確には、どうして穴から出てきていたのか分からない。
このオーク達が穴を探していたり、地上世界に行こうとしている
素振りなんてまったく見なかったからな。
そのオークが、オークロードに成長した。
強くなった自分に喜び、さらなる敵を求めて狩りに出たのだ。
そして俺は出会った。
輝く長めの白銀の髪
48
歴戦の戦士を思わせる隻眼の渋い顔立ち
見事な褐色の肌
歳は30歳ぐらいだろうか
黒い鎧に白銀の槍
見るものを威圧するオーラを放ちながら
八本の脚を持つ軍馬に跨った男。
その男は、オークロードと俺を見ると、嬉しそうに笑った。
刹那⋮⋮オークロードの身体はこの世界から消し飛んだ。
49
第6話 2人の男
男は、進化するオーク達の情報を、カラスから聞いて知った。
その男はカラスを使役し、この地下世界の情報を集めている。
8本脚の軍馬に跨り、オーク達がよく目撃されるという場所に走
り出した。
男の顔は楽しそうだ。
戦いにいくことが楽しくて仕方ない。
そんな顔だった。
事実、この男は戦うために生きている。
戦神。
この男が持つ名の1つである。
男がそれを見つけた時、すぐには襲いかからなかった。
カラスから聞いていたよりも、ずっと弱いオークが“それ”を持
っていたからだ。
棒を持ったオークが暴れている。
オークキングが誕生して、さらにハイオークキングに進化した。
それが、カラスが持ち帰った情報だったのだ。
棒は確かに持っている。
だが、オークキングではない。
50
観察していくと、その棒から力を感じる。
戦神である自分ですら見たことのない力。
オークはどうでもよくなった。
なんだ、この棒は?
闇に溶け込みそうな黒色の木の棒。
男の興味は棒に注がれた。
さらにしばらく観察した時だ、棒から魔力が練り込まれた力を感
じ、棒は剣へと姿を変えた。
﹁おお∼﹂
男は思わず声をあげた。
棒が剣になる⋮⋮聞いたことがない。
いったいどういう能力なんだ?
そして、どうしてこの弱いオークが持っている?
いや、弱いオークを育てているのか。
この棒はオークを育てるものなのか?
男は気配を消して、オークに近づく。
近づけば近づくほど、棒から感じる力の根源が見えてくる。
そして、その隻眼で棒の奥底を見ようとした時、男の隻眼に痛み
51
が走る。
男の表情は急に冷めた表情になった。
棒に興味を失ったのか?
いや、違う。
棒から感じたある何かが、男の興奮を冷静なものへと変えたのだ。
それは興味を失うどころか、このオークを泳がせてオーク達の巣
を見つけるよりも、今この棒を手に入れるという行動を男に起こさ
せた。
男は、オークと棒の前に姿を現した。
その男はオークロードを一瞬で倒すと、つまらなそうな顔をして
いた。
そして地に転がる俺を見下ろす。
俺を拾い上げると、ぽんぽんと俺で軽く己の手を叩く。
俺をじっと見つめて、俺の中を覗いているようだ。
その男の背後から声がした。
52
振り返るとそこには、
少しだけ長めの蒼い髪
知性溢れる端正な顔立ち
長い耳
美しい白い肌
動きやすいレザーアーマーで身を包み
その背中から氷の羽が生え、
まるで風と水を纏ったような弓を持つ男が空から降りてきた。
一度に2人も完全な人型に会えるとは。
ゴブリンやオークばっかり見てきた俺にとって、その男2人は、
本当に久しぶりに見る顔も身体も人間だったのだ。
メチャメチャ強そうだし、氷の羽生えたりしてるけど。
二人は仲良さそうに話し合う。
どうやら仲間のようだ。
53
白銀髪は俺を、蒼髪に見せる。
蒼髪は難しい顔で俺を見つめている。
しばらくその場で話し込む2人。
ひょうひょうとした調子で話している。
白銀髪の男の方が軽い感じに見える。
蒼髪の男は、気を張った様子はないが、慎重に物事を考えるタイ
プに見える。
2人が話していると、オーク達が囲ってきた。
2人に気付かれないように、360度ぐるりと、2人を囲むよう
にだ。
俺を持ったオークが倒された音に反応してやってきたのか?
それなりの数がやってきている。
気付いてないのか? この2人かなりの手練れに見えるが。
どんどん囲まれていくのを、まるで無視するかのように、俺につ
いて話し合っている。
オークロードも数匹きてる。
おい、いいのか? 襲ってくるぞ?
オークロードの合図と共に、2人に一斉に襲いかかるオーク達。
2人はオーク達を見ても、焦る様子は無い。
54
白銀髪は、オークロードを見ても興味無さそうだ。
蒼髪は、やれやれといった感じで、手に持つ弓を引く。
それは一瞬だった。
彼らが必要とした時間は、まさに一瞬でよかったのだ。
襲ってきたオーク達は全滅した。
オークロードは、白銀髪に消滅させられた。
蒼髪が放った弓は、嵐となりオーク達を襲った。
かろうじて残ったオーク達を、白銀髪が雷で黒焦げにした。
何なんだ。
何なんだこの2人は?!
見た瞬間に強いとは思っていたよ。
でも、なんていう強さなんだ。
今の俺ではこの2人の強さを測ることすら出来ない。
2人は本気の一部だって見せていない。
オーク達を蹂躙した2人、白銀髪の男が、オーク達が向かってき
た方角を指さす。
それを見た蒼髪が、白銀髪をなだめるように止めている?
55
白銀髪は、あからさまに不機嫌な顔をする。
まるで駄々をこねる子供のようだ。
どちらも30歳前後のように見えるが⋮⋮蒼髪のあの長い耳。
彼はエルフなのだろうか?
白銀髪の方も、エルフと言われればそう思えるのだが、耳はそん
なに長くない。
いや、ちょっとだけ長いか?普通の人間に比べると。
そもそも地下世界で生きている人間なんていないはずだから、彼
もエルフと考えるべきなのだろう。
白銀髪の男は仕方ないと言わんばかりに肩をすくめて、俺を持っ
たまま、八本脚の軍馬で走り出す。
蒼髪の男は、その背中に生えた氷の羽を広げて、空を飛び彼を追
ってくる。
信じられないスピードで駆け抜けていく2人。
俺はあっという間に見知らぬ土地へと連れていかれた。
駆け抜ける2人が話す。
56
﹁期待していた俺が馬鹿だったな∼。所詮、豚は豚か。﹂
それもそうだな!
それで∼これをどう見る?﹂
﹁卿の相手になる悪魔が、こんなところにいるとは本気で思ってい
まい﹂
﹁ははっ!
﹁さぁな⋮⋮私が判断できるような代物とは思えない。卿は何か分
かっているのではないのか?﹂
﹁う∼∼∼ん、匂うね﹂
﹁匂う?﹂
﹁ああ⋮⋮あいつの匂いがぷんぷんする!﹂
﹁まさか⋮⋮あいつとは?!﹂
﹁サタンだ。この木にはサタンの匂いが残ってる。その匂いの臭さ
で、目が痛んだ﹂
﹁では、この木はサタンのものだと?﹂
﹁う∼∼∼∼∼ん、そこが俺もいまいち確信が持てないんだよな。
確かにサタンの匂いはするが、この棒そのものはもっと別な、何か
別な意思が宿っているように思える﹂
57
﹁意思? その棒に意思があると卿は申すのか?﹂
﹁ま∼意思みたいなもんってところだな。正直俺も分からね∼﹂
﹁ふ∼む。オークの急激な進化と増殖の情報を、卿のカラスが持ち
帰ってきて来てみたが、この棒が関係していると卿はさきほど申し
たな。つまりその意思がオーク達を進化させていたと?﹂
﹁この棒がそれを望んでいたのか知らんが、この棒が関係している
ことは間違いないな﹂
ま∼
﹁オークキング⋮⋮しかもハイオークキングが誕生したという情報
だが、この棒にそれほどまでの力が﹂
﹁俺としては戦える相手がいれば何だっていいんだけどさ!
この棒は持ち帰って調べてみるか。ちなみに、この棒は聖樹王で作
られてるな﹂
﹁聖樹王から? 聖樹の木ではなく、聖樹王そのものからだと?﹂
なんか面白いこと
﹁ああ、間違いないな。サタンなら聖樹王を切ることだって出来る
はずだ﹂
2人の間に沈黙が流れる。
﹁帰ったらアーシュにこの棒を与えてみるか!
が起こりそうだしな!﹂
58
オーク達を進化させた棒だ。アーシュにも力を
﹁卿はそうやってすぐに面白いことと言って、軽はずみなことをす
る﹂
﹁大丈夫だって!
もたらすかもしれないだろ?﹂
﹁その棒で得られる進化が、その者にとってどんな影響を及ぼすか
何があったって、俺達がいれば問題ないだろ﹂
分からないのだぞ?﹂
﹁いいじゃね∼の!
﹁まったく⋮⋮卿は、名前は変わっても、性格は変わらないな。こ
の暗黒の世界でも、天界でも。﹂
瞬く間に駆け抜けていった2人の目には⋮⋮1つの里が見えてき
た。
そこはこの暗黒の世界で、﹁雷帝﹂のもとに身を寄せて暮らして
いる者達の里であった。
59
第7話 出会い
その里には様々な種族が暮らしていた。
エルフだけじゃない、他の種族もいたのだ。
ただ、雰囲気がどこか懐かしい。
まるで人間の村にいるようだと錯覚してしまう懐かしさだ。
ここには平和が存在しているのが感じられる。
その安心感が、懐かしい感じに繋がるのだろう。
そして住んでいる者達のほとんどが、完全な人型だ。
一部違う種族に見える者もいるが、みな表情は穏やかに見える。
殺伐とした雰囲気ではないのだ。
俺を持って戻ってきた2人を迎える里の者達。
蒼髪の言葉を聞いて、里の者達の顔色はあまりよろしくないよう
に見える。
ただ白銀髪は豪快に笑い飛ばし、蒼髪の背中を叩く。
そんな2人の掛け合いを見て、みんな安心していくようだ。
そして、俺にとって運命の出会いがやってきた。
60
何やら話し合うみんなの中に1人の女性がやってきた。
彼女は、この白銀髪の男によく似ていた。
シルクのような白銀髪のショートカット
美人でちょっときつめに見えるけど、笑うと笑顔が本当に可愛ら
しい
黒目に桃色の唇
健康的なちょっと薄めの褐色の肌 年齢は18歳ぐらいだろうか
男物と思われる黒を基調としたロングロートの軍服のような服を
着ている
美人で可愛い男装麗人だ
胸はボインではない
61
でも美乳だな、Dってところか
スラリとしたスタイルからでも、鍛えられた身体の強さが感じら
れる
そして手に持つその剣は⋮⋮いや剣ではない、刀だ。
この世界に来て刀なんて初めて見るな。
白銀髪の彼女は、おそらく父親であろう男に話しかける。
すごく嬉しそうに。
隣にいる蒼髪にも礼儀正しく、尊敬の眼差しを向けている。
父親から何か話を聞いて嬉しそうだ。
と言
しているのか、
そして自らの刀を持って見せると、まるで自分も戦える!
わんばかりだ。
それを見て蒼髪が、彼女を咎めるように注意?
彼女はしょんぼりだ。
それを見ていた父親の白銀髪がまた豪快に笑う。
笑って、俺を彼女の目の前に突きだした。
彼女はきょとんとしている。
62
父親から俺を渡されると、手に持っていた刀は父親に取られた。
声をあげて抗議する彼女。
父親はこの刀はもともと俺の物だとでも言っているのだろう。
彼女の抗議に取り合わない。
⋮⋮なんだよ。
ぷ∼∼っとほっぺを膨らませて不満顔で俺を見つめる彼女。
む?
その不満顔はなんだよ!
ちょ⋮⋮俺のことただの棒だと思ってるでしょ?
こんな棒なんていらないと思ってるだろ!
こんなに怪しく黒く光ってる棒が、ただの棒なわけないだろう!
ちょっとでも俺で戦ってくれたらすぐに分からせてやるぜ!
ヒィヒィ言わせちゃうぜ?
俺を持ってクルクル回すんじゃない!
もう、それは息もつかせないほどに、言わせちゃうぜ!
あ!
63
これでも数々の修羅場を乗り越えてきたの
こんな扱い!
ビクンビクンしちゃう!
俺を指先に乗せてバランス取るんじゃない!
軽く扱わないでよ!
よ!
あ!
悔しい!
お互い不満顔の中、見つめ合っている︵俺が一方的にそう思うだ
けだけど︶と、蒼髪が彼女に何かを伝える。
これが?﹂といった感じで信じられな
すると彼女は驚いたように俺を見つめる。
そして指さして、﹁え?
いような顔をしている。
半信半疑のまま、彼女は俺を強く握りしめた。
﹁持ち主が変更されました。ステータスがリセットされます﹂
俺を自分のものにするという意思を持ったようだ。
俺はすぐに闘気スキルを取り、レベル1で出せるありったけの闘
気を身に纏って見せる。
見ました?
棒だってやれば出来るんです!
見ましたそこの彼女さん?!
俺が纏う闘気に驚いて目が点になる彼女。
どうだ!
棒を馬鹿にしちゃいけませんよ!
64
俺の闘気を見て納得したのか、彼女は俺を持って出て行く。
歩きながら、俺をクルクルするのをやめないけど。
そして向かった先に待っていたのは、2人の女性だった。
1人は、綺麗な黒髪の流れるようなストレート
ルビーのように真っ赤に燃える紅の瞳
可愛らしい顔立ちに、肌色は日本人のような黄色
身長は男装麗人の彼女よりもちょっとだけ高め
歳は男装麗人と同い年に見える
そして見事に実った二つの胸⋮⋮Fはあるだろう
髪に隠れるように頭から生えている2本の角
俺の知識の中で彼女は﹁鬼﹂と呼ばれるだろう
65
チャイナドレス?と言えばいいのか、白色を基調として赤色も入
ってる
深いスリットがセクシーだ
ただ上半身はベアトップというのだろうか、その見事に実った胸
から上は何も隠していない
首筋、鎖骨、肩、そして鍛えられながらも美しい腕が丸見えだ
その丸見えの腕の先にある手は⋮⋮指先が露出された黒いレザー
グローブで包まれている。
もう1人は、美しい金髪のゆるかわウェーブ
吸い込まれそうな青い瞳
肌は透き通るような白
66
身長も年齢も男装麗人と同じぐらいだ
そしてこれまた見事に実った二つの胸、チャイナ服の彼女より大
きい
ただ服装が、アラビアの踊り子が着るような水色のセクシーな服だ
彼女自身の雰囲気もまさに妖艶⋮⋮エロティックだ
顔立ちは、可愛くも見えるし、綺麗にも見える、表情豊かで次々
に違った顔を見せる
そのどれもがエロティックに見えるから、まさにエロスそのものだ
しかも、その手に持つ武器と思われるのが、鞭
ドM男がここにいたら、大変なことになりかねん。
彼女達3人は、男装麗人が持つ俺を見て何やら話し始めた。
友達2人に棒のことでからかわれているのか、彼女は何か必死に
なって抗議してる。
67
そして俺を振ってみる。
俺はありったけの闘気を纏う。
闘気を纏った棒を見て、目が点になる2人でした。
まったく!闘える棒だっているんですからね!
さて、2度目のこの異世界。
やっと完全人型の持ち主に会えたところで、この生意気な持ち主
様の名前を探ることにした。
話している言葉は、地上世界でニニ達が話していた言語と同じよ
うに思える。
⋮⋮いや、思えるだけで実際には分かりません。
大ちゃんと話せるようになってから、こっちの世界の言葉を大ち
ゃんから習って覚えようと思ったこともあったけど、そもそも大ち
ゃんは忙しい。
それに、俺自身のやる気もあまりなかった。
言葉を覚えたところで、俺から話しかけることは出来ないのだ。
何を話しているか分かることはよいことだし、その情報から俺も
様々な考えや、心構え的なものは出来る。
出来るけど、それはあくまでも俺の自己満足の部分が大きくなっ
てしまう。
そんなことに、労力を使う必要もないだろうと思い、言葉の勉強
はまったくしなかったのだ。
68
勉強はしなかったけど、それなりに言葉を聞いていれば、聞き取
れる力はついてくる。
名前を表す音だけを拾えばいいのだから。
父親達との会話、3人での会話を聞いて俺は必死に彼女達の名前
の音を拾った。
その結果
男装麗人 ↓ アーシュ
チャイナ服 ↓ ベニ
エロス ↓ ラミア
と、判明した。
チャイナ服のベニだけ呼び方から推測して、アーシュから﹁ベニ
ちゃん﹂って呼ばれていると思う。
ラミアはベニと呼んでいた。
さらに、重要な情報も拾えた。
アーシュ達が話している会話で、たびたび聞こえる名前と思われ
る二つの言葉。
1つは﹁ハール﹂、これはアーシュの父親のことではないだろう
か。
そしてもう1つ、この響きが聞こえた時、俺はこの地にやってく
る運命だったのだと確信した。
69
アーシュの口から出た言葉⋮⋮その名は、
リンランディア
ニニの父親の名前だった。
ステータス
闘う木の棒
状態:アーシュの闘う木の棒
レベル:1
SP:0
スキル
闘気:レベル1
70
第8話 初めて
アーシュ達狩りに行くの巻き!
俺を持って、アーシュ達はさっそく里を出て、どこかに向かった。
俺はいま猛烈に焦っていた。
と思っている貴方。
なぜか、それは闘気スキルを取ってしまったからだ。
別にいいじゃん?
違うのです。
アーシュが⋮⋮必ず最初に使うのが物理攻撃とは限らないのです。
魔法かもしれないじゃないですか!!!!
ゴブリンやオーク達は魔法を使うことがなかった。
魔法使いは存在しなかったのだ。
いや、オークには魔法使いのようなものも見えたが、俺の持ち主
になることは無かった。
だから、新しい持ち主になる度、俺は闘気スキルを取ることが習
慣になってしまっていた。
それが、こんなところで落とし穴に落ちることになるなんて⋮⋮。
アーシュの取得可能スキルを俺は見てみた。
71
闘気 魔力 属性 刀術 電光石火 雷魔法 料理
雷魔法があったのだ。
父親と思われるハールも、雷ぶっ放していたからな∼。
アーシュ達はまだ悪魔と遭遇してないけど、俺はアーシュが悪魔
たった1でいいんです!
を斬り捨ててくれることを祈っている。
たった1レベル!
1レベルだけ上がれば、すぐに魔力取ってお役に立ちますから!
もう斬りかかっち
だから、どうか⋮⋮どうか魔法だけは、後生です!!!
ほら!すごいでしょ?
フルスロットル!
そんな俺達の前に1匹の悪魔が現れた。
コボルトだ。
俺は闘気全開!
アーシュみてみて!
ゃってくださいよ!
あんな犬っころ一撃ですよ!
やっちゃいましょうぜ姉さん!!
アーシュはコボルトを見て興味無さそうに⋮⋮指をパチンと鳴ら
した。
その音と共に、美しい雷がコボルトを襲った。
72
ぐすん︵涙︶
俺達の初めてだったのに!
アーシュ⋮⋮最初は優しくって言ったじゃない。
初めてだったんだよ?
いきなりなんて、もうお嫁にいけない!
俺の祈りも虚しく、アーシュはコボルトを雷で黒焦げにした。
俺の棒も黒焦げになるほどの痛みが走ったが、なんとか耐えた。
コボルトではレベルアップしなかったが、次に見つけた悪魔を俺
で斬り倒したことで、レベルアップ!
俺は光の速さで魔力スキルを取った。
魔力スキルを得たことで、俺から魔力供給を感じられるようにな
ったのだろう。
アーシュは俺からの魔力にビックリ仰天。
ベニちゃんとラミアに、俺から感じる魔力を興奮して話している。
ラミアが魔力の話を聞いて、俺を持ちたがったのだが、アーシュ
がダメ!と拒否していた。
俺のことを最初はただの棒だって思ってたくせに!
もう、俺無しじゃ生きられない身体になっちまったんだな⋮⋮俺
73
ってなんて罪な男。
そんな罪な男の俺を、アーシュはクルクルと回しながら、子供が
楽しい玩具を見つけたような顔で、俺を見つめた。
魔力供給出来るようになったのはいいんだけど、アーシュからと
んでもない量の魔力を吸い取られ続けた。
いや、ちょっと、別に俺は疲れないけど、もうちょっと優しくし
てもいいんじゃない?
魔力レベル1では、供給できるスピードが、アーシュの要求に応
えられない。
どんだけこの子は魔力を吸い取っていくんだよ!
っていうか、君たち3人とも⋮⋮メッチャ強くない?
アーシュは速かった。
スピードタイプだ。
スキルにもあった電光石火の如く、あっという間に間合いを詰め
て一閃。
刀を使っていただけに、相手を斬り捨てること第一に考えている
ようだ。
そして俺のレベルアップも凄まじいスピードで駆け上がり、あっ
という間にレベル6になった。
つまり、基本3セットの闘気、魔力、属性がレベル2になり、魔
74
剣化解放。
俺は、魔力をアーシュに流す。
俺からの魔力を感じたアーシュが立ち止まる。
ベニちゃん達に何か話すと、俺の魔力を感じることに集中してい
く。
俺は、アーシュからイメージを吸い上げようとする。
どんな剣⋮⋮いや、どんな刀がいいんだ?
属性は雷だろう。
刀へと、俺の力は変われるよ。
君のイメージで、君の想いで、俺は変われるよ。
アーシュは目を閉じながら、俺の魔力を感じていく。
心を無にする如く瞑想の中、俺に自分のイメージを伝えてくる。
そのイメージに合わせて俺は、自らの魔剣化を解放する。
出来上がったのは一本の刀。
紫電を帯びた魔刀⋮⋮名付けて紫電魔刀! そのままだけど。
持ち手の先から長く伸びる刀身が、本物の刀のようにその輝きを
放っている。
アーシュは大喜びだった。
75
2人に、見て見て!
この刀見て!と。
ぴょんぴょんと跳ね上がるように喜んでいる。
アーシュは笑うと本当に可愛いな∼。
それなのに服は男物の男装麗人。
やばい、このギャップにグッ!ときますね。
2人とも、刀になった俺を見て、もう驚くのを通り越して呆れて
いるようだ。
さて、アーシュも強いけど、ベニちゃんとラミアも強い。
ベニちゃんはパワー型の総合格闘家タイプだった。
黒いレザーグローブに包まれた、その拳がベニちゃんの武器だっ
たのだ。
スピードはアーシュほどじゃないけど十分に速く、身体を俺の闘
気に似た何かが纏っていて、攻撃も防御も問題なく強い。
脚技使うと、深いスリットからチラチラ見えそうで、グットです!
そして揺れるボインがグットです!!
格闘家ですからね!そりゃ∼動きますよ。
もうボインボインの、ぷるんぷるんの、バインバインですよ!
全ての表現が正しい。
何も間違っていない。
なんて素晴らしいことなんだろう⋮⋮俺は彼女に感謝の念を抱い
76
た。
そして出来れば彼女に寝技をかけてもらいたいとも思った。
きっと素晴らしい寝技の数々を持っているんだろう。
でもあの力で寝技かけられたら、棒がぽっきりいきそうな気がし
て、ちょっとだけ怖い。
ラミアは魔法使いタイプだ。
使う魔法は水。
このセクシーな踊り子のような服に、なんと水の蛇が絡みつくよ
うに発生する。
敵を認識すると、その水蛇が地を這うように相手を襲う。
地を這う水蛇に気を取られると、ラミアが持っている鞭が上から
振ってくる。
何で出来ているのか分からないが、その鞭はすごく痛そうだ。
さらに、彼女は完全に水を支配に置いているのだろう。
この水蛇⋮⋮魔法と思っていたのだが、違うのかもしれない。
水蛇が出ているとき、ラミアが悪魔の攻撃を受けそうになったこ
とがあった。
俺は危ない!と叫んだ、声なんて出ないけど。
ラミアの水が盾となって、その攻撃を防いだのだ。
同時に2つの魔法を使うことが出来るのか、出来ないのか、分か
らない。
77
でも少なくとも、ニニや、あのマリアですら2つ同時に別の魔法
を使ったことはない。
混合魔法はあったけど、それは複数の属性を混ぜているだけで、
行使される魔法は1つなのだ。
ラミアは魔法を2つ同時に使えるのか、いや、俺には水に意思が
あるようにすら思える。
悪魔の攻撃を水で防いだ時、ラミアは水に感謝するように撫でて
いた。
つまり無意識、自動でラミアを守ったのだ。
そして、ラミアはベニちゃん以上に、ボインボインであった?
3人は良いトリオだ。
言葉は分からないけど、3人の様子を見ていれば何となく分かる。
リーダー格だけど、ちょっと突っ走っちゃうアーシュ。
お姉さん役で、アーシュとラミアを制御しつつ、ツッコミ役もこ
なすベニちゃん。
のほほ∼んとしつつも、フェロモンむんむんなエロスのラミア。
例え数で不利な状況でも、3人のコンビネーションで圧倒してい
く。
こんなにも強いと思える彼女達ですら、勝てない相手はごろごろ
78
いるのだ。
おそらくラミアの危険察知能力が高いのだろう。
ラミアの指示に従って、道を変えたり、引き返すこともある。
俺の見た感じでは、彼女達は1対1でオークロードには勝てるだ
ろう。
でも進化したハイオークロードには厳しいかもしれない。
この世界で生きていくために、彼女達は強さを求めているのだ。
アーシュは父親と思われるハールのような強さを求めているのか。
そして狩りを続けて、たった1日で俺はここまで強くなった。
ステータス
紫電魔刀の木の棒
状態:アーシュの紫電魔刀の木の棒
レベル:15
SP:0
スキル
闘気:レベル5
魔力:レベル5
79
属性:レベル5
アーシュ、王子に追いつく!
これはちょっとおかしいぞ。
やっぱり、この黒い木の棒の成長システムが違うように思えてき
た。
アーシュは強い。
だから、俺を持って戦っても、そんなに成長速度は早くないはず
だ。
それなのに、たった1日でレベル15。
やはり、前回とは違って、戦えば戦うだけレベルが上がっていく
ように見える。
どうしてだ?
この木の棒は、聖樹の木ではないのか?
それを考え始めると、答えの出ない質問ばかりが浮かんでしまう。
いまは、ものすごいスピードで成長出来ることを嬉しく思ってお
こう。
何か落とし穴がなければいいのだが。
80
第9話 調子に乗ると
狩りを終え、里に戻ってきたアーシュは上機嫌だった。
アーシュはすぐに父親?のハールの元へ。
俺を見せて興奮状態で喋っていった。
そんなアーシュを見るハールの目は優しくも、面白い話を聞いて
喜ぶ子供のようにも見えた。
紫電魔刀になった俺を見たハールとリンランディア。
2人はちょっと真面目な雰囲気で話し始めた。
ハールがアーシュの頭を撫でると、アーシュは笑顔でその部屋を
去る。
ベニちゃんとラミアとは、里に戻ってきたところで別れている。
きっと自分の家に帰ったのだろう。
アーシュも俺を持って、自分の家に帰り部屋に入る。
俺は感動した。
アーシュの部屋に入った俺は感動した。
なぜなら⋮⋮乙女だね!
アーシュさん乙女ですね!
そんな男装麗人だから、無駄な物が何一つないサッパリした部屋
を想像していたけど、超乙女じゃないですか!
81
色合いも白とピンクが多い。
可愛い小物系もいっぱい置いてあるし、人形とかもある!
ベットなんて天蓋付きですよ!
しばらく部屋で紅茶を飲んだりして、今日の出来事を思い出すか
のように笑うアーシュ。
時々、俺をクルクルしたり、指に乗せてバランス取ったりしてい
るけど。
そして、アーシュは俺をテーブルに置くと、着替えを持って部屋
を出て行こうとする。
お風呂かな?
⋮⋮⋮⋮ないな。
む∼∼∼、棒を持ってお風呂に入る理由ってない?
ないか⋮⋮本当にない?
まったくもって理由がない!!
俺はちょっと残念な気持ちで、アーシュの帰りを待った。
どんな着替えで、どんな服で帰ってくるのかを楽しみにしながら。
お風呂に入って濡れた髪で戻ってきたアーシュは可愛かった。
しかも部屋着はワンピース、ミニスカタイプの!
乙女ですね∼アーシュさん乙女ですね!
一瞬見えたクローゼットの中にある服のほとんどは、可愛い系の
82
服ばかりだった。
可愛い系が好きなら、どうしてあんな男装麗人のような服を普段
着ているんだろう。
ハールの影響か?
それとも、ハールのように強くなりたいという願望の表れか。
お風呂から戻ってきても、アーシュは今日の狩りを思い出してい
るのか、ちょっと興奮状態だ。
俺を自分の部屋で振ってみたりしている。
俺は優しい魔力をアーシュに流してあげた。
すると、アーシュは俺からの魔力を感じて嬉しそうだ。
﹁お前も私と一緒に戦えて嬉しいんだな!﹂っという道具目線で見
られてることは間違いないけどな。
なぜなら、アーシュは俺を持ってまたクルクル回したり、バラン
ス取ったりして遊んでいるのだ。
ところが、俺から魔力を感じて興奮してしまったアーシュは⋮⋮、
なんとその場で、あの黒の軍服に着替え始めてしまった。
アーシュは、白だった。
83
さて、戦闘服に再び着替えたアーシュは、1人で狩りに行くよう
だ。
この暗黒の世界に昼と夜という概念はないと思うが、眠る時間が
あることを考えれば、生きていく上での昼と夜はあるはずだ。
そして、今はその概念からいえば夜だろう。
こんな時間に娘が1人で外に出かけるというのに、止める父親も
母親もいないとは!
っていうか、ハールが父親として、母親はいるのか?
家に帰った時に、母親らしき女性はいなかった。
アーシュも、ただいまを言うために、母親を探すこともなかった
し。
あのハールの奥さんで、このアーシュのお母さんなんだから、そ
りゃ∼美人だろうとちょっと期待していたんだけどな。
何処かへ出かけているのかな。
夜の狩りへと出かけたアーシュは、光の玉で灯りを確保しながら
歩く。
まるで見つかりやすいように、獲物はここにいますよと言わんば
かりに。
単独で灯りを持ちながら、この世界を歩くのは無謀なことだ。
でもアーシュは自信があるのだろう。
俺という紫電魔刀を得て、自信を持った。
84
そして調子に乗ってしまった。
アーシュは強かった。
敵を倒していった。
光に集まる敵を、次々に倒していった。
アーシュは単独での狩りは初めてなのか?
すごい興奮状態だ。
俺はちょっと心配になっていた。
ここの土地勘なんてまだ俺にはない。
もうここが、里からどれほど離れているのか分からないのだ。
それでもアーシュのこの興奮状態を見ると、とても冷静に狩場を
選べているとは思えない。
そして、それは的中してしまった。
アーシュがその気配に気づいた時、アーシュは既にそれの間合い
に入ってしまっていた。
感じた殺気の先にいたのは⋮⋮ハイオークロードだった。
ただのオークロードじゃない。
こいつはハイオークロードだ。
散々見てきたから俺には分かる。
85
アーシュは、こんなオーク見たことないのだろう。
襲ってくるオークの動きの速さ、力強さ、そして強靭な肉体に驚
いている。
スピードではアーシュに分があるものの、その他の部分でダメだ。
アーシュは押されている。
こいつは俺を取り返しにきたのか?
ハールは俺を持って、里までかなりの距離を移動したはずだ。
それともアーシュが里からかなり離れたところまで来てしまった
のか?
とにかくヤバイ。
ここまでくる間に、レベルは2あがっている。
最近はレベルが3上がって、SP3貯まると同時に基本3セット
を上げていたので、たまたまSPが2余っていた。
このSPで何かスキルを取るべきだ。
刀術?
雷魔法?
いや、その2つはどれもだめだろう。
レベル2程度では、俺が干渉するより、そもそもアーシュが自分
で使った方が強い。
ならば、このスキルだろう!
86
﹁電光石火を取得しました﹂
スキルの電光石火をレベル2にする。
俺はアーシュの意識を阻害しないように、慎重にタイミングを見
て、電光石火を発動した。
まるで雷が落ちたような爆発音と共に、アーシュが駆け抜けた。
え?⋮⋮なに?
すんげ∼∼∼∼∼速いんだけど!
いや、本当に雷なんだけど!
アーシュの身体を紫電が帯びている。
紫色の綺麗の雷を、アーシュの身体を龍が駆け巡るように身に纏
い、美しい一筋の雷へとアーシュを変えていった。
俺の紫電魔刀と同じだ。
俺から流れる魔力と発動した電光石火を感じて、アーシュのイメ
ージによって作られた力なのか。
アーシュは俺を驚愕の目で見た後、嬉しそうに見つめてくれた。
電光石火で爆発的なスピードを得たアーシュではあったが、
形勢逆転!⋮⋮とまではいかなかった。
87
雷となったアーシュを、オークは捉えることは出来ない。
出来ないのだが、アーシュもオークを倒せない。
理由はパワー不足と、電光石火をまだ使いこなせない。
アーシュ自身が、この電光石火の圧倒的なスピードを制御出来て
いないのだ。
四苦八苦しながら、オークに斬りかかるのだが、もともとパワー
不足な上に、制御出来ないスピードの中にいて狙いが的確でなくな
ってる。
とは言え、もはやオークに捕まることはない。
倒せなければ、このまま撤退すればいいだけだ。
俺は安心していた。
調子に乗ったアーシュが、こんなオークに捕われて、もしも慰め
者にでもなったら⋮⋮今日出会ったばかりとはいえ、こんなにも可
愛い男装麗人が、そんなことになったと考えただけで吐き気がする。
だから電光石火で圧倒的なスピードを手に入れたアーシュに安心
していたのだ。
オークが逃げ出した。
倒せないと思ったのだろう、森の奥へと逃げ出した。
88
アーシュがそれを追う、勝気な性格だな。
無理しないで俺達も撤退でいいじゃないかと思っていたら、アー
どうした?
なんでずっと止まっている?
やっぱり撤退するのか?
シュの動きが止まった。
ん?
あれ?
こんな森の中で、止まったままなんて狙われるぞ?
アーシュは止まっていたんじゃない。
止められていたのだ。
それは蜘蛛の糸のように透明な糸だった。
蝶々を捕まえるための小さな糸の罠ではなく、人間を捕まえられ
るほどの巨大な糸の罠だったけど。
ステータス
紫電魔刀の木の棒
状態:アーシュの紫電魔刀の木の棒
レベル:17
SP:0
スキル
闘気:レベル5
魔力:レベル5
89
属性:レベル5
電光石火:レベル2
90
第10話 囚われた蝶々
糸が絡まり、動けないアーシュ。
そのアーシュを囲むように増えていく、暗闇の中から伺う眼。
その数はどんどん増えていく。
オーク達だ。
こいつら罠を張っていたのか。
ハイオークロードが1匹だけで、他のオーク達がいないわけじゃ
なかった。
それにしても、この糸はなんだ?
アーシュが全力で引き千切ろうとしても、さらに絡み付くようだ。
雷を流してみても切れない。
糸に絡まり動けないアーシュを囲んで林の中から伺うオーク達。
迂闊に出てくることはない。
アーシュが俺を落とさず持っているからか、雷魔法を警戒してい
るのか。
糸に絡まった獲物が弱るのを待っているのか?
俺を持っている以上、アーシュの魔力が切れることはない。
俺の無限魔力供給があるのだから。
ここら一帯に雷をぶち落としてもいいのだが⋮⋮他の悪魔達がそ
れで近づいてきても困る。
91
オーク達の気配は感じるけど、はっきりとした位置まで把握出来
ない。
何よりアーシュは動けない。
こっちを先に解決しないと。
アーシュも悩んでいる。
どうするべきか。
この状況からどうやって抜け出すべきか。
そんなアーシュをあざ笑うように、オーク達の笑い声が聞こえる。
あのハイオークロードも姿を見せてこない。
数分だったと思う。
その変化は現れた。
アーシュの様子が変なのだ。
徐々に顔が赤くなり、息が荒くなっていく。
急にどうして⋮⋮。
甘い吐息のような小さな声までもれ始めている。
どうしたんだ?
アーシュが透明な糸を見つめていた。
まさか毒?!
その透明な糸からは、水?のようなものが流れ、アーシュの指先
を濡らしていた。
あの水はなんだ?
92
いや、違う、あの水は⋮⋮媚薬か?!
この糸といい、媚薬のような水といい、いつこんなものを手に入
れたんだ?
俺がオーク達ものだった時には、こんなもの見たこと⋮⋮いや、
待てよ。
この手の罠を仕掛けそうなやつらを思い出した、サキュバスだ!
あいつら進化した後、あやしげなアイテムを作っていたはずだ!
これはそのアイテム達か!
まさか自分のしたことで、アーシュがこんなピンチに陥るなんて
⋮⋮。
糸に絡められて媚薬を流され続けるアーシュ。
必死に耐えるその表情が、逆にオーク達を喜ばせてしまう。
震える脚でなんとか立ちながら、少しでも姿が見えたオークの場
所に雷を落とす。
落とすのだが⋮⋮その威力が弱くなっているのが目に見えて分か
る。
オーク達もそれを待っているのだ。
媚薬によってアーシュの理性が崩れていき、動くことすら出来な
俺は、何も出来ない。
くなるのを。
くそ!
93
俺が無理やりアーシュに干渉して雷を落としても、オークに与え
るダメージはかすり傷程度にしかならない。
アーシュとイメージが合わないと、俺の魔法はまるでダメだ。
しかも、今日出会ったばかりのアーシュと無意識にイメージが合
うわけもない。
それならばと、俺は優しく癒すような魔力を練り込んでみる、イ
メージだ。
全てはイメージすること、魔力とはイメージすることで力を得る
はずだ。
俺から流れた癒しの魔力で、アーシュは顔をあげる。
そして俺を涙目で見つめて何かを言う。
﹁ありがとう﹂そう言ったに違いない。
再び目に力を宿したアーシュ。
姿を少し見せたオーク目掛けて雷をぶち込む。
ズドン!!!!!
オークは1匹黒焦げになって地に転がった。
その様子を見て、まだまだアーシュが弱っていないと思ったのか、
再び気配を消すオーク達。
94
我慢比べ⋮⋮は分が悪い。
アーシュはいずれ力尽きてしまう。
睡魔だって襲ってくるだろう。
数十分?
どれほどの時間が流れただろう。
俺の癒しの魔力で媚薬の効果を全て打ち消せるわけじゃない。
数分?
必死に耐えるアーシュの目の前に、蠢くそれは現れた。
透明色のゼリーのようなそれは、グニャグニャと動きながらアー
シュに近づいてくる。
スライムだ。
俺の知識の中で、スライムと呼べるそれは、地を滑るように動い
てくる。
アーシュはスライムに雷を落とす。
一瞬で黒焦げだ。
だが、次から次へとスライムが現れる。
こいつら、オーク達が投げ入れていやがる!
これも進化したサキュバスが作ったのか?
スライムと言えば、相手を溶かすイメージがあるが、このスライ
ムがどんな能力を持っているのか不明だ。
不明だが、もしこのスライムがサキュバスによって作られたとし
95
たら、悪い予感しかしない。
おそらく、スライムそのものが媚薬の効果を持っているとかだろ
う。
スライムが近付くのを恐れてアーシュは次々に雷を落とす。
いや100匹以上か?!
落とすのだが、数が多すぎる。
いったい何十匹いるんだよ?
既に糸から流れる媚薬効果で息が荒いアーシュだ、全てのスライ
ムを処理しきれない。
1体のスライムが、アーシュの服についた。
すると、その部分の服が溶けていく。
溶かしながらアーシュの服の上を蠢くスライム。
アーシュは悲鳴のような声をあげて、雷でスライムを焼切る。
服を溶かしたスライムに気を取られた隙に、スライム達が一斉に
アーシュを襲う。
冷静さを欠いたアーシュは悲鳴を上げる。
アーシュの男装麗人の服は見るも無残に溶かされていった。
下着がところどころ見えている。
アーシュが俺の魔力に反応して、自らに雷を纏うという防御手段
96
に気付いた時には、もう服はかなりの部分が溶かされていたのだ。
そして、やはりスライムには媚薬効果もあったのだろう。
俺の癒しの魔力をどんなに流してもだめなくらい、アーシュの身
体は震えている。
アーシュの身体はもう限界だ。
溶かされてあらわになった白の下着からは、太ももを濡らすよう
に滴るものがある。
失禁したわけじゃない。
アーシュはついに膝をついてしまった。
それでも俺だけは離さないと強く握りしめる。
アーシュの限界を知ったハイオークロードが姿を現す。
歪んだクソッタレな顔だ。
完全にアーシュをもて遊びやがった。
オークは笑いながら、着ていた鎧を脱ぎ捨て裸になる。
目の前にはオークの醜い巨大なイチモツがある。
今からお前を犯す、そう言っているのだ。
アーシュはそれを見ても臆することはない。
顔は紅潮して、身体は震えても、心まで屈したわけじゃない。
97
手に持つ紫電魔刀の俺を、そっと己の首に持っていく。
犯されるぐらいなら自害すると⋮⋮。
俺はどうしたらいいか分からないまま、空を見上げた時、彼がそ
こにいることに気付いた。
紫電魔刀がアーシュの綺麗な首筋から一滴の血を流させた時、俺
は魔剣を解いた。
そして、アーシュを包み込む水が現れた。
次の瞬間、駆け抜けた2つの影。
ベニちゃんとラミアだった。
ギリギリのところで助けにきてくれた2人。
氷の翼で空を飛ぶ彼が、アーシュの位置を教えてくれたのだろう。
ベニちゃんとラミアは怒りで狂ったように暴れていく。
ラミアの水に包まれたアーシュは、すでに意識を失っている。
この水はアーシュを癒してくれるのか?
ベニちゃんとラミアがオーク達を倒していく。
ハイオークロードは、空を飛ぶ彼の気配を察した瞬間に後ろに逃
げていった。
あらかた倒したところで、上空から降りてきたのは蒼髪のリンラ
98
ンディア。
最後にやってきたのは、アーシュの父親ハールだった。
ま∼普通に考えて、寝ている娘の気配が感じられず、父親が捜索
しにきたってところだろう。
まったく、間一髪だったんだぜ?
おたくの娘さんが、もう少しで醜いオークの慰め者になるのを拒
むために自害するところだったんですよ!
とりあえず、アーシュが無事で本当に良かった。
俺は心からそう思えた。
罠に捕まった理由の半分は、俺のせいみたいなもんだからな。
アーシュは父親に担がれて家に帰っていった。
アーシュは目覚めた翌日、朝から説教タイムを満喫していた。
父親からじゃない、蒼髪のリンランディアからだ。
それと、ベニちゃんとラミアからも。
ラミアから説教をもらったことが一番悔しそうだったな。
今回の件はアーシュが悪い。
俺を持った初日に、俺の力で調子に乗って単独で狩り。
しかも倒せない相手に対して、目覚めた能力の電光石火で追いか
けてしまい罠にかかるという、目も当てられない状態だったわけで。
99
きつ∼∼∼いお灸をすえてもらわないとな!
100
第11話 10年
里で会議するためのテント小屋に2人の男の姿ある。
片方は﹁雷帝﹂の異名を持つハール、ダークエルフだ。
もう片方は﹁氷王﹂の異名を持つリンランディア、同じダークエ
ルフだ。
ダークエルフとは天界から堕とされた妖精のことを言う。
普通、堕ちたエルフは、その肌が褐色に変わるのだが、リンラン
まさかアーシュを罠で捕ら
ディアはどうしてか分からないが、その肌は美しい白色のままだ。
﹁それにしても豚共も案外やるな∼!
えるとはな﹂
﹁楽しそうに言うものではない。この里にとっても、卿の娘にとっ
ても﹂
﹁わかってるよ∼。そうカリカリするなって。お前が空から雷見つ
けてくれなかったら、今ごろ愛しの娘は大変なことになっていたか
らな∼﹂
﹁⋮⋮卿が本当にそう思っていることを願うよ。さて、ここまで相
手が老獪だと早めに対処した方がいいだろう。里の者達に被害が出
ないとは言えない状況になってきた﹂
すぐにでも行こ
﹁そうだな∼。俺としても歴史上初のハイオークキング様に相手し
て欲しいからな∼。殴り込みにいくのは賛成だ!
101
うぜ!﹂
氷王は、はぁ∼っとため息をつく。
﹁相手の巣の正確な位置を掴んでいない。取り逃がしてさらに知恵
がついたらやっかいだ﹂
﹁カラス共の情報待ちか。わかったよ。あいつらに急がせるように
伝える﹂
﹁それにしても卿の予想通り、アーシュの持つ棒はただの棒ではな
剣じゃなくて刀! これはさすがに俺で
かったな。まさか刀になるとは⋮⋮戦うたびに棒自身も成長してい
るようだ﹂
﹁ああ。棒が刀になる!
も予想出来なかったよ。まったくアーシュに預けて正解だった。こ
んなに楽しいことになるなんてよ!﹂
﹁それにアーシュの話では、あの棒が自分の才能を引き出してくれ
たとか。持ち主の成長にも影響する。つまりそれが意味することは、
あの棒を持っていたオーク達は、私達の予想を超えて進化している
可能性がある﹂
﹁豚はどこまでいったって豚だよ。飛ぶわけじゃない。﹂
﹁まったく⋮⋮“鍵”が見つからないというのに、こういう面倒ご
とはすぐに起きる﹂
102
﹁“鍵”はどうせサタンのやつが持ってるんだ。あの棒にサタンが
絡んでるとしたら、嫌でも近いうちに会えるだろう。さっさと上に
いって奥さんに会いにいこうぜ﹂
顔に書いてるぜ。ベルゼブブが、サタンの気ま
﹁軽く言うな。それがどれだけ大変なことか。﹂
﹁心配なんだろ?
ぐれで地上世界に行ったと聞いた時のお前の慌てぶりと落ち込みぶ
ベルゼブブが消えて10年だ。10年もの間、
りは相当だったもんな﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁大丈夫だって!
あいつの消息が不明なんだぞ。地上世界で暴れまわっているなら、
どこかでその情報が入ってくるはずだ。だが、穴に入れる低級悪魔
共からそんな噂はない。﹂
﹁人の強さ⋮⋮心の強さは知っているつもりだ。だが、それでもあ
のベルゼブブに人が勝てるとは思えない。卿の言うとおり、推測で
きる最も高い可能性は、ベルゼブブの敗北ではあるがな﹂
﹁ああ、それに“あいつ”が前にふらっと帰ってきた時も、大丈夫
と言っていたじゃね∼か﹂
﹁卿の“元妻”の彼女が言うのだから大丈夫か⋮⋮。﹂
﹁おいおい、俺の言葉は信じないのに、あいつの言葉ならいいのか
よ﹂
103
﹁彼女は我々と違って、天界には行けるからな。情報の信頼性が違
う﹂
しばらく沈黙していると、アーシュ達3人が入ってくる。
﹁よう∼。ベニとラミアからの説教は終わったのか?﹂
﹁うん、もう嫌ってほどた∼っぷりとね﹂
﹁持つべきものは友だ。お前のことを心から心配してくれる2人に
感謝するんだな﹂
ど∼して?
私だって殿方の棒を追いかけてるだけじ
﹁く⋮⋮まさかラミアに説教される日がくるなんて夢にも思わなか
ったわ﹂
﹁え∼∼?
ゃなくて、真面目に説教することだってありますよ?﹂
話
﹁私の歴史の中から、やっぱりラミアに説教されたことは消去して
おくわね﹂
﹁はいはい2人とも。ハール様達に話があって来たんでしょ?
を逸らさないの﹂
﹁そ、そうだったわ。ねぇお父様。今度オーク達を倒しにいく時に
私達を連れていかないって聞いたんだけど嘘だよね?﹂
104
ハールはす∼っと視線を逸らす。
討伐戦ではちゃんと
そんなハールの様子を冷たい目で見るリンランディア。
﹁もう2度とあんな無茶なことしないから!
命令に従うから連れていって!﹂
﹁だめだ。﹂
リンランディアの冷静な声が響く。
﹁誕生したハイオークキングのもと、戦力を拡大していると思われ
るオーク達だが、昨夜アーシュが罠にかかってしまったように知能
が予想以上に高い。そして従えているサキュバス達も何らかの進化
をしていると予想される。ただ強いだけの相手なら、君達を連れて
いっても問題ない。だが、相手が予想外の罠や戦術を用いてきた時、
君達が無事でいられる可能性はない﹂
リンランディアの言葉を聞いて黙る3人娘。
耳をポリポリとかきながら、ハールは俯く愛娘を見る。
こいつらは戦士の道を選んだんだ。何かあったって自分の責任
﹁ま∼待てよ。アーシュ達だっていつまでも子供扱いじゃだめだろ
?
さ。﹂
105
﹁ハール﹂
﹁いいから聞けって。こうしよう。俺のカラス共がオークの巣の情
報を持ち帰ったときに、俺と試合する。それまでに修行してこの頭
でっかち野良を納得させるだけの力を示せ。それでもお前がダメだ
と言うなら、俺もこれ以上は言わない﹂
アーシュの顔が笑顔になる。
﹁まったく⋮⋮ま∼いいだろう。君達が強さを求めていかなければ
ならないことに変わりはない。決戦の時まで、これまで以上に鍛錬
をすることだ。﹂
﹁﹁﹁はい!﹂﹂﹂
笑顔でテントを後にする3人娘。
﹁アーシュはますます、卿の元妻に似てきたな﹂
﹁あ∼、本当に瓜二つだな。刀の扱いも、あいつそっくりだ﹂
﹁卿は妻に逃げられたというのに、酒癖も女癖も変わらないがな﹂
﹁うるせぇ!﹂
106
テントを出たアーシュ達はさっそく修行の打ち合わせをしようと、
いつも鍛錬に使っている場所を目指して歩いていた。
すると、前から同じく3人組のダークエルフの青年達がやってく
る。
その中のリーダー格がアーシュを見かけると、
﹁よ∼アーシュ。豚に捕まって危なかったんだって?いいよな∼﹁
雷帝﹂の娘は、どんなピンチだって助けにきてもらえるんだからな﹂
﹁ほんとほんと。おまけに﹁氷王﹂まで助けてくれるんだから﹂
男達の声を無視するアーシュ。
反応したのはベニだった。
﹁うるさいわね。貴方達だって雷帝様の庇護を受けているでしょ。
ここに生きている者で、雷帝様と氷王様に助けてもらったことがな
い者はいないわ﹂
﹁ケッ!⋮⋮おいアーシュ。俺の女になったら、今度危ない時に俺
が助けにいってやってもいいぜ?﹂
107
アーシュは男を見ると、無言のまま近づいていく。
そして、目の前で立ち止まると、とびきり可愛い作り笑顔を向け
る。
その可愛らしい笑顔に一瞬固まる男達。
﹁消えろ﹂
次の瞬間、男達はアーシュに腹を思いっきり蹴り飛ばされて、苦
悶の表情で地を転がっていった。
転がって苦しそうにしている男にラミアが近づいていく。
﹁わたしが貴方の奴隷になったら、私のこと助けてくれます?いま
から愛の調教をしてくださっても⋮⋮きゃっ!﹂
﹁はいはい∼行きますよ∼﹂
﹁ちょっとベニちゃ∼ん。あ∼ん。私の新しいご主人様が∼﹂
これから厳しい修行を思い決意のアーシュ。
ラミアを引きずりながら、どうやってアーシュ達と一緒に強くな
ろうか考えるベニ。
108
そして、男を逃して失意のラミアであった。
109
第12話 アーシュ
VS
ベニちゃん
私は、ベニちゃんとラミアと3人で鍛錬場に向かっている。
昨夜、私はお父様からもらったこの棒で狩りをした。
最初は嫌だった。
お母様が旅に出る前に、私に預けてくれた愛刀ザンテツケンをお
父様は私から取り上げた。
それはお父様のものじゃなくて、お母様のものなのに!
お母様には振られて、今でも会うのを恐れてるくせに!
私は心の中で、ちょっとだけお父様を馬鹿にしながら、棒を見つ
めた。
すると、リンランディア様が、その棒は聖樹王から作られた特別
な棒で、大きな力を秘めていると教えて下さった。
私はこの黒い木の棒が、聖樹王から作られていることに驚きなが
らも、強く握ってみた。
すると、棒に力強い闘気のようなものが現れた。
私はこの珍しい棒を持って狩りにいくことにした。
最初、ラミアやベニちゃんにちょっとからかわれたけど、2人も
この棒の力を見て驚愕していた。
110
そして、狩れば狩るほど、棒から感じる力が増えていった。
闘気だけじゃなくて、魔力も感じれたし、属性を付与したような
力も追加された。
私は面白くなって次々に悪魔を倒していった。
新しい玩具を手に入れた子供のように。
そして、しばらく狩り続けた後、棒から特別な魔力を感じた。
私はその魔力に応える。
棒は私にイメージを求めてきた。
どんな刀がいいのか?と問われているように思えた。
私はお母様の愛刀ザンテツケンをイメージした。
棒はそのイメージに応えるように、棒を紫電が帯び、そして闘気
のようなもので作られた刀身の刀となった。
私は嬉しくて、さらに興奮して狩りを続けた。
狩りから戻って、お父様達に棒のことを伝えた。
お父様達は、私の話を楽しそうに聞いていたけど、何か真剣そう
なことも話していた。
私はとにかく嬉しくて、部屋に戻りお風呂に入ると、また棒を握
って狩りのことを思い出していた。
すると、棒からとても優しくて心地よい魔力が流れてきた。
きっとこの棒も、私が持ち主になったことを喜んでいるんだ!
111
そう思うと、また狩りに行きたくなった。
私は再び着替えて狩りにいく。
そして、私は過ちを犯してしまった。
狩りに夢中になっていた私は、里から離れた場所まで来てしまっ
ていた。
そして、そこで私は見たこともないオークと出会った。
そのオークは私が知っている、どのオークよりも強かった。
私の方が押されている?
私の心の中に焦りが出た。
その時、棒から流れてくる魔力の中に、あるイメージが込められ
ていた。
それは、紫電を纏う私。
雷となり、誰よりも速く、誰よりも強い私。
頭の中に入ってくるその名を口にした。
“電光石火”
私は爆発的に速くなり、オークにスピードで圧倒した。
でもオークを倒すことは出来なかった。
この圧倒的なスピードを、私自身がコントロールできない。
112
棒が、私に代わってコントロールしてくれているようにすら思え
た。
オークは私のスピードを見て、森の奥に逃げる。
私はここで退くべきだった。
それなのに、新しい力に調子に乗って、私はオークを追った。
結果⋮⋮私は相手の罠に捕まり、屈辱的な姿を晒すことになった。
リンランディア様達が助けにくるのが、あと1秒遅かったら、私
は自分の首を刎ねていただろう。
いや、この棒は私が自害することを許してくれただろうか?
私の首にその刀身が血を流させた瞬間、棒からその力は失われた。
まるで、意思があるように、自らその力を引っ込めたのだ。
私が犯されることを望んだとは思わない。
だって、棒は捕まった私に、ずっと優しくて癒してくれる魔力を
流してくれたから。
棒は弱っていく私をずっと支えてくれた。
助けてくれた。
今日出会ったばかりの、調子に乗った生意気な新しい持ち主を、
全力で守ってくれた。
きっと、棒はリンランディア様達が助けにくることが分かってい
たんだ。
113
だから、私が自害しないように、力を引っ込めたんだと思う。
私は棒をクルクル回しながら、鍛錬場に向かう。
お父様を⋮⋮リンランディア様を納得させる力を得るために。
いま俺は、アーシュ達3人と一緒に鍛錬に使っているであろう平
原に来ている。
里から近く、悪魔達もここで活動することはないのかな?
魔導具の光の玉も置いてあり、明りも十分に確保されている。
何やら小屋で、ハール達と話したアーシュは、笑顔になったり落
ち込んだり、そして急に真剣な表情になったりして、この鍛錬場ま
でやってきた。
途中、よく分からん男共をぶっ飛ばしていたけど。
さて、3人で何かを話している。
鍛錬するにしても、あまりに真剣な雰囲気だな。
昨夜の出来事から、アーシュの中で何か思うことがあったのだろ
う。
それにハール達との会話の後にすぐにこの鍛錬場まで来たことを
114
考えると、おそらくもっと強くなれとか、修行してこいとか、そう
いうことを言われたはずだ。
とりあえずは“電光石火”だよね?
あれを使いこなしたら、アーシュは一気に強くなるはずだ。
まだ、ベニちゃんとラミアは電光石火を見ていない。
ハール達だって知らない。
話し合っていた3人だが、どうやら、アーシュVSベニちゃん、
での試合をするようだ。
ラミアがのほほ∼んと距離を取っていく。
そして審判の役で、距離をとって対峙する2人に合図を送る。
ラミアの合図と共に、動いたのはアーシュ。
ベニちゃんを錯乱させるように、素早い動きから紫電魔刀を振る
う。
俺はアーシュが本気の力を要求してくるのが分かったので、全力
だ。
ベニちゃんがそれで傷ついたりしたら嫌だけど、アーシュが全力
を望むということはベニちゃんの強さはそれほどのものなんだろう。
現に、ベニちゃんはアーシュの斬撃をかわし、さらには腕で受け
止めている。
闘気だ、まさにベニちゃんは闘気を纏っているのだ。
115
鬼とは闘気を纏うのか?
素早いアーシュの攻撃を防ぎながらも、重たい一撃で反撃してく
る。
アーシュはベニちゃんの攻撃を受け止められないだろう。
一撃でももらったらアーシュの負けか?
アーシュの攻撃では、ベニちゃんの防御を突破できない。
昨日のハイオークロード戦と同じような状況だな。
アーシュは、意を決して魔力を高める。
わかってるよ⋮⋮電光石火だろ。
俺はそれに応じるように、魔力を流し電光石火を発動させる。
雷が落ちた爆発音と共に駆け抜けるアーシュ。
ベニちゃんはアーシュの動きが見えていないだろう。
あっという間に後ろを取られて一撃を浴びる。
しかも、ベニちゃんの闘気で全てを防げない。
初めての有効打だ。
アーシュの動きに驚愕するベニちゃん。
遠くで見ているラミアの顔にも驚きの表情が浮かんでいる。
そりゃ∼そうだろう。
116
昨日の夜に使えるようになったばかりだからね!
俺とアーシュの2人だけの秘密の能力なのさ!
アーシュは俺をクルクルと回して得意顔だ。
アーシュも動きを止めて何か
ベニちゃんは自分の不利を悟って距離を取る。
ま∼こんな距離は一瞬で⋮⋮ん?
を待っている。
ベニちゃんもアーシュの動きが止まったことを確認すると、大き
く深呼吸する。
なんかベニちゃんの必殺技くるの?
ベニちゃんの身体を覆っていた闘気が膨れ上がっていく。
なんだこれ?
ベニちゃんの身体からさらに闘気が溢れ、それが爆発した。
俺は自分の目を疑った。
いや、信じたくなかったのだ。
あの可愛らしいチャイナ娘のベニちゃんが。
117
その首筋、鎖骨、美しい腕でおじさんを興奮させてくれたベニち
ゃんが。
そのスリットから見える生足でおじさんをまたまた興奮させちゃ
うベニちゃんが。
動くたびに、ぷるんぷるんのバインバインのボインボインに揺れ
ちゃう巨峰のベニちゃんが。
爆発の中から出てきたのは、筋肉ムキムキの胸板に、カッチカチ
の太ももをスリットから見せ、筋肉の塊の腕を持った、顔だけは可
どうして?!
鬼になっちゃったよ!
どうしてこうなっちゃったの?
愛いベニちゃんだった。
え?
可愛いベニちゃんがまさに鬼!
いや鬼だと思っていたよ?
鬼とかオーガとか呼ばれる種族だろうとは思っていたよ?!
118
でもなんでおっぱいなくなるの?
あのむっちりとした太ももは?
あのすらりとして露出されたエロスを感じる腕は?
俺の思考が追いつかない中、2人の試合は再開される。
速い!!!!
ベニちゃん速い!!!!
電光石火を使っているアーシュに追いつけないまでも、見失うこ
とは無くなっている。
さらに強靭な身体となったベニちゃんの防御をアーシュは突破出
来ない。
防御を固めるベニちゃんではあるが、カウンターを合わせてくる。
アーシュだって電光石火を使いこなせてるわけじゃない。
まだ昨日覚えたばかりなんだから。
このまま試合が続けば、不利なのはアーシュか?
ベニちゃんの“鬼化”がどのくらい持つのか分からないが、数分
ってことはないだろう。
こう着状態の中、2人が距離を取った時、アーシュが俺を鞘に納
めるかのように持つ。
そして心を無にしていく。
119
魔力を伝って、アーシュの心が感じれるようだ。
明鏡止水だっけ? そんな境地に思える。
静かに、美しく、俺を抜く!
居合い抜きだ。
その一閃が、ベニちゃんの闘気を超えて身体にダメージを負わせ
たところで、ラミアの声があがる。
ベニちゃんの胸からは血が流れていた。
ラミアがすぐにベニちゃんの傷を水で治療していく。
2人ともかなり息が上がっている。
休憩中に、アーシュは2人に何か説明していた。
おそらく電光石火のことだろう。
アーシュも俺の影響でこのスキルに目覚めているのだが、理由を
完全に理解していることはないだろう。
まさか棒に俺が存在していて、自分の才能を引き出しくれたり、
自分の下着姿を見ていたりするとは思うまい。
でも、何か感じているような気はする。
すでに魔力レベル5だ。
かなりアーシュに深く干渉できるようになっている。
棒に俺という存在がいることは分からなくても、何らかの意思が
存在しているとは思っているだろうな。
120
それにしても、ベニちゃんの鬼化はショックだった。
この世界に来てから、いろんなことがあったけど、ある意味最も
衝撃的だった気がする。
爆乳美女はおっさんだった、という意味不明な言葉に悩まされた
時以上の衝撃だ。
あれはあれで、すぐに受け入れたからな。
だって見る分には問題ないから!
挟まれる分には問題ないから!
ベニちゃんは可愛い顔だけ残して、筋肉ムキムキのマッチョにな
るなんて。
サキュバスとオークの残念な混ざり具合の個体に、ちょっと近い
ものを感じる。
別種族ではなく、上下共に鬼ではあるんだけどね。
そして、ベニちゃんからはどこか“東洋”の匂いがする。
鬼もそうだし、肌色や着ているチャイナドレスもどきの服も。
アーシュの刀もそうだけど、日本とか東洋の文化があるってこと
は、誰か地下世界に転生している者がいるのか?
ま∼鬼はたまたまかもしれないけど、刀ってどうなのよ?
鬼化が解かれた可愛いベニちゃんは、ラミアに何かからかわれて
121
いるアーシュを見ながら、適度にツッコミ、2人をコントロールし
ていた。
122
第13話 アーシュ
VS
ラミア
ベニちゃんの残念鬼化の現実を受け入れた俺は、今日もアーシュ
達との修行です。
今日の相手はラミア。
アーシュVSラミアです。
このラミアの能力はやっかいだ。
見ている限りにおいては、完全に水を支配している。
そして、その手に持つ鞭が唸るように襲ってくる。
こちらの攻撃は水の盾が自動防御だ。
ベニちゃんの合図で試合開始。
予想通り、ラミアは距離を取って、水蛇を放つ。
透明な水蛇が地を這って襲ってくるのだが、これが想像以上に見
え難い。
水色なんていうけど、本当の水は透明なんですよ。
いや、色ついた水もあるけどさ。
ラミアの水蛇は透明そのもの。
見え難い水蛇が⋮⋮3匹か?アーシュに向かってくる。
アーシュは見え難い水蛇もちゃんと見えているようだ。
123
綺麗に紫電魔刀で水蛇を切り捨てる。
たしか雷って水を通って感電させることが出来るんだっけ?
ゲームでは水属性の敵は雷に弱いというのが定番だ。
なら、このやっかいなラミアの能力も、アーシュにとっては問題
ないのではないか。
そう思っていた時期が俺にもありました。
雷は伝わっていきません。
ぜんぜん、水の中を伝わっていきません。
これはたぶんラミアの魔力で、雷が伝わるのを阻止しているのだ
ろう。
ラミアはアーシュに接近されないように、常に水蛇と鞭で間合い
を取る。
アーシュも一瞬の隙をついて一撃を放っても、自動防御に防がれ
てしまう。
その瞬間、水蛇が襲ってくるのでまた距離を取らざるを得ない。
アーシュの魔力が高まる。
俺はそうに応じるように電光石火を発動する。
すでに昨日、電光石火を見ているラミアはアーシュが爆発的に速
くなることを知っている。
アーシュの魔力の高まりに合わせて、ラミアの魔力も高まる。
124
え⋮⋮もしかしてラミアも何か必殺技あるの?
いやだよ、ラミアまで筋肉マッチョになったら、嫌だからね!!!
そんな俺の心の叫びもむなしく、ラミアは魔力の高まりと共に、
大蛇へとその姿を変えた。
神よ、貴方はどうしていつも私に試練ばかり与えるのですか。
可愛いチャイナ娘は、筋肉ムキムキ鬼になった。
エロセクシー娘は、ムキムキどころか⋮⋮人ではなくなってしま
った。
セクシーな踊り子の服から抜け出すように大蛇が現れたのだ。
体長どれくらいだ?トグロを巻いているからよく分からないが。
大蛇となったラミアの周りには、相変わらず水蛇がいる。
125
水の自動防御も健在か。
アーシュが駆け抜ける。
紫電を帯びた自分を完全に捉えられるものかと。
アーシュは確かに速い。
ラミアが放つ水蛇は、まるでアーシュの残像を追っているかのよ
うに空を舞うだけ。
アーシュの一撃がラミアを捉える。
水の防御を超えて、ラミアに一撃入れようとする。
でも届かない⋮⋮大量の水だ。
水が紫電魔刀の俺を押し返す。
何度目か、何十回目か、もう分からないほどの攻防の末、勝った
のはラミアだった。
わざと隙を作り、アーシュをそこに誘い込み、地面に潜らせて移
動させていた尻尾で、斬りかかってくるアーシュを後ろから捕らえ
たのだ。
捕らわれたアーシュは大蛇の舌で、ほっぺをチロチロ舐められて
いた。
126
次の日は、ベニちゃんVSラミアだった。
勝ったのはベニちゃん。
ラミアは純粋パワー型には弱いのかもしれない。
水の自動防御を抜けられると、どうにもならないからな。
はっけい
ベニちゃんの発勁のような攻撃で、水が一瞬で飛び散ってた。
相性の問題はあるけど、3人とも十分に強い。
それでも、この暗黒世界を生き抜いていくには、まだまだなのだ
ろう。
試合形式の鍛錬が終わると、3人で悪魔を狩りに出かける。
それの繰り返しのこの数日で、俺のレベルもさらに上がっていた。
ステータス
紫電魔刀の木の棒
状態:アーシュの紫電魔刀の木の棒
レベル:23
SP:0
スキル
闘気:レベル5
魔力:レベル5
属性:レベル5
電光石火:レベル5
雷魔法:レベル3
127
雷魔法を取ってみたのだ。
そして、王子の時にもやってみた、1人2役を試してみた。
言葉は通じないけど、アーシュは俺が何をしようとしているのか、
すぐに分かってくれた。
俺がアーシュに魔力で干渉して、アーシュを伝い雷魔法を撃つイ
メージを流す。
アーシュもそれに応えるように、俺のイメージを受け入れて、俺
に身を任せるように魔力を解き放つ。
そして、それは成功した。
王子の時は成功するにはしたけど、王子の負担が高く実戦では使
い物にならなかった。
でもアーシュは違う。
魔力レベル5で、深い干渉が出来るからなのかもしれないが、ま
さに1人2役といった感じで、俺の雷魔法はかなりの威力で発動す
る。
アーシュも最初こそちょっと慣れない感じだったけど、今では俺
から流れてくる雷魔法のイメージを無意識の中で受け入れてくれて、
刀を振るうことへの影響もまったくない。
俺は初めて自分の力で戦えているような気がして嬉しかった。
ま、アーシュあってこそなんだけどね。
128
俺はなんだかんだで、俺のことクルクルしたりバランス取ったり
するアーシュのことを、とても気に入っていた。
男装麗人で、部屋に戻った時に見せる乙女姿にグッときたのもあ
るけど、アーシュは頑張り屋さんなのだ。
きっとあのハールの娘という立場で、常にプレッシャーを感じて
いたのだろう。
友達と呼べるベニちゃんやラミアにだって、弱い部分を見せるの
は嫌だったんだと思う。
それが、俺には⋮⋮ま∼棒なんだけど、自分を支えてくれる棒に
アーシュも愛着を持ち始めているように見えた。
そんな強い部分と、弱い部分をどっちも見ることが出来たら、そ
りゃ∼好きになっちゃいますよ!
棒だけど、俺はどこまでいっても棒だけどさ!
アーシュ達の修行が始まって5日目の時にハールがやってきた。
愛娘の修行の様子でも見にきたんだろう。
何やら話していると、急にアーシュが拒絶の色を浮かべる。
俺を握り締めて、イヤイヤ!と言わんばかり。
ん?おいおっさん、まさかアーシュから俺を奪いにきたのか?
あっちいけ!俺はアーシュのものなんだよ!俺はおっさんの持ち
主なんて嫌なんだよ!
っていうか、お前は俺なんかいらないほど強いだろうが!
129
そんな風に勘違いしていた時期が俺にもありました。
アーシュはハールの言葉に渋々納得して、俺をベニちゃんに渡し
てみた。
ベニちゃんが俺の持ち主に登録された。
俺はすぐに闘気スキルを取って、闘気を纏ってあげた。
ベニちゃんは俺を持って嬉しそうだったが、アーシュはハラハラ
ドキドキ状態だ。
続いて、ラミアが俺をベニちゃんからもらう。
ラミアも持ち主として登録された。
俺は魔力スキルを取って、ラミアに魔力を流してあげる。
ラミアもその感触に驚き、俺をうっとりと眺めて口にもっていこ
うと⋮⋮
アーシュが光の速さで飛んできて、俺をラミアから奪った。
俺はすぐに紫電魔刀を発動させる。
俺から力が感じられて、アーシュは本当に嬉しそうだ。
特別に俺をクルクルすることを許そう!
俺をギュッと抱きしめてくれる。
なんて可愛い子なんだ!
130
さて、ベニちゃんとラミアの取得可能スキルなのだが、
ベニちゃん
ベニちゃんのスキルに洗濯あっちゃったよ!
闘気 魔力 属性 体術 鬼神 洗濯
⋮⋮⋮⋮⋮⋮あれ?
それは置いといて、体術は分かるとして、鬼神とは?
まさかあの筋肉ムキムキになるやつか?
あれだったら⋮⋮嫌だな。
ラミア
闘気 魔力 属性 鞭術 白蛇 水魔法
ラミアは白蛇か。
大蛇になった時、色は白じゃなかったな。
これは別のものなのか?そう考えると、ベニちゃんの鬼神は別か
もしれない!
希望が沸いてきたぞ!
131
ちなみに、ラミアには生活系スキルがない⋮⋮わけではないのだ。
ちょっとだけ見せちゃいますよ?
ステータス
魔力の木の棒
状態:ラミアの魔力の木の棒
レベル:1
SP:0
132
スキル
魔力:レベル1
洗濯:レベル10
誘惑:レベル10
調教:レベル10
奉仕:レベル10
彼女は既に神だったのだ。
133
第14話 作戦
さて、新たにベニちゃんとラミアが持ち主となったわけだが、俺
を持って戦わないと俺は成長しない。
つまり効率的にはアーシュから見たら3分の1になってしまう。
俺の成長システムに気付いているハールの指示なのか、1対1で
の試合形式での鍛錬をしていない1人が俺を持って狩りにいくこと
に。
しかも、その狩りにはハールがついてきた。
これなら絶対に安心だな。
ベニちゃんは、己の拳で戦うスタイルなので、棒で相手を叩くの
が最初はちょっと苦手だった。
すぐに慣れたから大丈夫だったけど。
俺は棒なので、ヌンチャクにはなれない。
きっと、俺がヌンチャクだったら、ベニちゃんの武器として役に
立っただろうに。
ラミアは鞭だけど、そもそも水魔法が使えるのだから、俺の魔力
供給でどんどん水魔法を使って敵を倒していった。
無限魔力供給が面白いのか、ラミアもすごい量の魔力を要求して
くる。
魔力レベルが上がれば上がるほど、供給するスピードも量も増え
ていった。
アーシュは紫電魔刀での俺を使い、さらに電光石火を己の力で制
御するために使い続けた。
134
アーシュにも俺の無限魔力供給があるので、疲れ知らずで電光石
火を使う。
電光石火を初めてみたハールは、本当に嬉しそうに笑っていた。
愛娘の成長を喜んでいるのだろう。
ついてきたハールの出番なんて無かったようなものだ。
1度だけ、グリフォンのような獣が襲ってきた時は、ハールが瞬
殺させた。
別にラミアなら倒せたと思ったけど、単にハールが戦いたかった
ように見えた。
俺はベニちゃんとラミアの才能を引き出すために、どうしてあげ
たら一番良いか考えた。
考えた結果、魔力レベル10、鬼神と白蛇を10にする。
この条件が揃った時に、そのスキルを初めて発動することにした
のだ。
なぜなら、俺を持って普段戦うのはアーシュだ。
アーシュは天賦の才を見せつけ、電光石火を俺無しでも十分に使
いこなし始めている。
むしろ、電光石火レベル5程度では、もうアーシュが自分で使う
方が強いかもしれない。
才能のスキルは使う者次第だ。
最初の一歩だけ手伝ってあげれば、後は本人がその才能を伸ばす
135
のだから。
だからこそ、最初の一歩で見せてあげるその才能は、俺が見せて
あげられる最高のものにしようと思った。
ベニちゃんは最初闘気スキル1を取ってしまったので、余計にレ
ベル1必要だけど、俺は魔力と鬼神、白蛇を均等に上げていきなが
ら、魔力スキルが高まるたびに、俺から感じれる魔力の強さを、ベ
ニちゃんとラミアに与えていった。
俺の魔力の変化を感じられたら、何か起きるという予兆になるだ
ろう。
アーシュの電光石火のような才能に目覚めないことに失望するこ
ともない。
さて、ベニちゃんとラミアはそれでいいとして、問題はアーシュ
だ。
アーシュの電光石火を上げていこうと最初思っていたのだが、前
述した通り、既に俺の助けを必要としないほど、電光石火を使いこ
なしている。
それなら、雷魔法を上げて、1人2役の威力を上げるべきか?と
も考えたが、俺はあくまでもアーシュの刀であるのだ。
やはり基本3セットの初のレベル10到達を目指すべきじゃない
か。
136
そもそも魔力スキルが上がれば、俺が雷魔法にスムーズに干渉出
来るようになるから、アーシュの負担はより一層減るだろうしな。
アーシュの魔力供給の要求にも、より速く応えることが出来る。
俺は基本3セットを上げていくことにした。
それから毎日鍛錬の日々だったのだが、俺の紫電魔刀が強くなっ
たり、魔力スキルのレベルが上がり、アーシュに深く干渉できるよ
うになればなるほど、アーシュは俺に優しくなっていった。
そして、最近は嬉しいことが増えた。
アーシュが俺を磨いてくれるのだ。
艶々に磨いてくれたのだ!
最初、ハールからもらったヤスリのようなもので、俺を綺麗な円
柱の棒にしてくれた。
そのヤスリでガリガリされた時はちょっと驚いたし痛かったのだ
が、
最近では、癖になってしまった。
んん♪ アーシュさん、優しくね? 最初は優しくね? んん♪
137
やばい、俺変なことに目覚めそうだ。
そして、これまたハールからもらった布で俺を艶々に磨いてくれ
る。
もちろん磨いてくれる時は、俺の優しい癒しの魔力をアーシュに
流す。
するとアーシュは本当に嬉しそうな笑顔で、鼻歌なんか歌っちゃ
いながら俺を磨いてくれたりするのよ!
幸せだ。
ニニの時にも感じた幸せがここにある。
ニニはきっと王子と結婚しただろう。
王子のニニを見る目はあきからに恋していたし、最後ベルゼブブ
のところに向かう2人のじゃれ合いを見て、お父さんも王子に娘を
あげることやむなしと思ったものだ。
ニニが幸せを得てくれていると思うからこそ、アーシュとの幸せ
に罪悪感を感じなくて済んでいる。
俺はちょっとした作戦で、さらなる幸せをゲッ
⋮⋮マリアはちょっと方向性が違ったからね!
そしてさらに!
トした。
アーシュはお風呂に行く時に俺を持っていってくれない。
138
当たり前だ、お風呂に棒を持っていく理由なんて、どれだけ探し
俺は諦めなかった!!!
てもないのだから。
だが!
僕も連れていって!
僕も一緒にいきたよ!!
アーシュが俺を置いてお風呂に行こうとする時、魔力を高めてみ
たのだ。
イヤイヤ!
というイメージで。
アーシュはぽかんとしていたけど、俺を持ってお風呂場に向かっ
た瞬間、俺から流れる魔力のイメージが歓喜に変わったことで、き
っと棒はお風呂に入りたがっている!と思ってくれたのだろう。
その日から、俺はアーシュと一緒にお風呂に入っている。
アーシュに洗濯スキルが無かったのは残念だが、俺を綺麗に洗い
流してくれる。
初めてお風呂に一緒に入った時の感動は、言葉に表すことは出来
ない。
言葉に出来ないが、あえて言葉にしてみようと思う。
女神がそこにいたのだ。
その女神は、湯煙で神秘なる身体を隠していた。
139
石鹸のようなもので、美しい身体を隅々まで洗う、
時々、俺を見つめてくれる。
もうその姿は女神そのものだ。
アーシュは俺を持って一緒に湯船に入ってくれた。
ちょっと心配そうだった。
たぶん、棒をお湯に入れていたら、腐ってしまうのではないかと
思っているんだろう。
俺もちょっと心配だった。
地上世界で、聖樹の木だった俺は、腐ることなんてなかった。
どれだけ、マリアに洗ってもらっても。
それは聖樹だからなのか、それとも俺という存在がいるからなの
か分からないが、今回もたぶん大丈夫だろうと、なんとなく思えた。
女神と共に風呂につかりながら、
俺はアーシュのために生きようと、心に強く誓った。
そして、こんなに可愛くて綺麗なアーシュが、オークに捕まらな
くて、本当によかったと心から思った。
さらに幸せは止まらない。
お風呂に一緒に入った日、艶々の円柱の棒となった俺をアーシュ
は抱きしめたまま一緒にベットに連れていってくれたのだ。
140
それまでは、寝るときはベットの横に立てかけられていた。
俺は犬が尻尾を振るように、喜びの魔力を流し、アーシュとのお
話タイムを満喫した。
この世界の言葉が分かれば本当に良いのにな⋮⋮俺はアーシュの
表情からどんなことを話しているのか想像しながら、優しい癒しの
魔力を流して、アーシュを夢の世界に誘った。
アーシュの可愛い寝顔を見ながら、俺はこれからどこに向かって
いくのか考える。
俺がなぜこの世界に再び来たのか。
前回、この世界に来たのは、俺の力でベルゼブブを倒すためだと
思った。
それなら今回は?
それはきっとアーシュが、アーシュ達3人娘が、その答えを持っ
てきてくれると確信している。
ただ1つだけの不安を抱きながら⋮⋮。
141
全てが終わった時、俺はまた戻ってしまうのだろうか?
この世界から弾かれてしまうのだろうか。
いま感じている幸せが、どこか儚げなものに思えてしまう。
アーシュのことを知って、信頼して、好きになればなるほど。
それを考えても仕方がないことだって分かっているつもりだ。
今は、この可愛い寝顔の彼女を守ろう。
彼女の顔が曇らないように。
いつも笑顔でいられるように。
142
第14話 作戦︵後書き︶
143
第15話 拗ねちゃ嫌!
ベニちゃんとラミアが俺の持ち主となって、どれくらい経っただ
ろうか。
いま、こんな感じです。
ステータス
紫電魔刀の木の棒
状態:アーシュの紫電魔刀の木の棒
レベル:34
SP:0
スキル
闘気:レベル9
魔力:レベル9
属性:レベル8
電光石火:レベル5
雷魔法:レベル3
ステータス
超魔力の木の棒
状態:ベニちゃんの超魔力の木の棒
レベル:21
SP:0
スキル
闘気:レベル1
魔力:レベル10
144
鬼神化:レベル10
ステータス
超魔力の木の棒
状態:ラミアの超魔力の木の棒
レベル:20
SP:0
スキル
魔力:レベル10
ついに、ベニちゃんとラミアの条件が整ったの
白蛇化:レベル10
そうなのです!
です!
俺は途中でベニちゃんに、洗濯スキルを取らなかった自分を褒め
た。
俺はワクワクしながら、ベニちゃんが持った時に魔力を流す。
今までの以上に高まる魔力を感じたベニちゃんも、何かを感じた
のかアーシュ達に話す。
いつもの鍛錬場に移動した俺達。
ベニちゃんが俺を持って、精神統一の世界に入っていく。
俺もそれに合わせるように、最大限の魔力で、ベニちゃんの﹁鬼
神﹂を発動!!!!
145
電光石火を初めて発動した時のような、闘気の爆発。
それと共に現れたのは、ベニちゃんだ。
ベニちゃんそのものだ。
頭の角はちょっとだけ大きくなっているな。
ムキムキマッチョではなく、ちゃんと素晴らしい巨峰はある。
太もも、腕もエロスを感じられる。
ただ筋肉の質?が変わったような感じで強靭さが増したように思
える。
何よりも、その身に纏う闘気が⋮⋮まったく異質なものになって
いる。
これは闘気なのか?
別物と思えるぐらい強力な闘気だ。
強い、これは強いな。
まだ俺のスキル干渉無しに制御出来るわけじゃないけど、ベニち
ゃんがこれを使いこなしたらすごいことになりそうだ。
実際ちょっと動いてみたら、パワーだけじゃなくてスピードもす
ごかった。
146
電光石火よりかは遅いけど、これだけのパワーだ。
しかも新たな闘気そのものの防御力も凄まじい。
鬼神を解いたベニちゃんは、かなり消耗していたが満足な笑みを
浮かべていた。
自分の中に眠る才能に気付けたことが嬉しかったのだろう。
そして、ラミアだ。
ラミアの﹁白蛇﹂を発動させたら、その名の通りラミアは白い蛇
になった。
なったのだが⋮⋮サイズがでかい。
大蛇になった時は、ちょっと大きくて長い蛇程度だったのが、こ
の白蛇では、人が乗れてしまうほどの大きさになった。
そして水だ、支配する水の力がさらに強力に感じられた。
操る水蛇の数も倍以上に増えている。
ラミアは俺のスキル干渉で、白蛇となり何が出来るか確認してい
く。
しばらくすると、白蛇のサイズを元の大蛇サイズに出来たし、さ
らにもっと小型の小さな白蛇にもなれた。
小さな白蛇になっても、その力強さは失われなかった。
ラミアも白蛇を解いたら、かなり消耗していた。
いつものほほ∼んとしているラミアには珍しい、マジで疲れた顔
だ。
147
でもベニちゃんと同じくその顔は満足感に満たされていた。
2人は新しい力に興奮したように、はしゃいでいた。
喜ぶ2人を見て、祝福しながらも、内心落ち込んだのがアーシュ
だ。
親友ともいえる2人の成長は嬉しいだろうが、自分だけと思って
いた俺からの特別な力が2人に与えられたことが悲しいのか?
2人に眠る才能を疑いはしないだろう。
でも、俺から与えられるそれは、自分だけのものであって欲しか
ったのかもしれない。
どこか悲しげな表情でアーシュは2人を見ていた。
その夜、アーシュはいつものようにお風呂に一緒に入ってくれた
し、艶々に磨いてくれたし、ベットにも一緒に入った。
でもずっと、悲しそうだった。
俺は全力で癒しの魔力を流したが、アーシュは笑顔を向けてくれ
ても、心のどこかで泣いているようだ。
これは困ったぞ。
148
まさかこんなことになるとは!
アーシュを悲しませるつもりなんてまったく無かったのに!
あとレベル4上がれば、基本3セットがレベル10だ。
そこで何かが起こるかもしれない!
それに賭けるしかない!
いや、待てよ。
属性をレベル9にしようかと思っていたけど、先に魔力をレベル
10にするか?
そうすれば、よりアーシュに深く干渉出来るはずだ。
俺はアーシュのものなんだぞ!っと魔力を流してあげよう!!!
翌日から俺を持って狩りを行うのはアーシュだけになった。
ベニちゃんとラミアは、鍛錬場で新たな力の鬼神と白蛇の訓練を
している。
時々、俺を持ってレベル10での発動を見せてあげる程度だ。
そして、アーシュと共に狩りにいき、レベルが上がった。
俺は属性ではなく、魔力を取った。
魔力スキル初のレベル10である。
149
別に何もシステム音は聞こえなかったけど、魔力でアーシュにと
ても深く干渉出来るようになったのが分かる。
いや、干渉というか、アーシュの心に触れているような気がする。
アーシュも俺の変化に気付いてくれたのか嬉しそうだ。
1日ぶりにアーシュの心からの笑顔を見れた気分だ。
そもそも、基本3セットのレベルがここまで高まった俺の紫電魔
刀はかなり強い。
ベニちゃんやラミア相手に俺を持って負けることはなくなってい
たからな。
だから、ちょっと俺から力を他の人がもらったからって拗ねない
でいいんだよ?
魔力スキル10となり、お楽しみの夜。
楽しいお話タイムを満喫しながら、お風呂に入り艶々に磨いても
らい、一緒にベットへ♪
もう気分は新婚夫婦ですね!
もちろん枕はいつだってYESですよ!
アーシュはもう俺をクルクルしたり、バランス取ったりしなくな
っていた。
本当に大事にしてくれる。
150
それはあくまで、道具として大事にしてくれているんだろうけど。
やば、なぜか急に今度は俺が悲しくなってきた。
この前、不安なことを考えてしまったからか?
ニニは王子と幸せになった、それは素晴らしいことだ。
なら、アーシュもいつか誰かと?
俺はそれをただ見ているだけか。
そもそもこの世界の人間ではないし、さらにいま人間ですらない。
ただの棒だ。
人としての幸せを願うのは無理だろう。
俺から悲しい魔力が伝わってしまったのか、アーシュが俺を見て
心配する。
ちょっとあたふたしている。
俺は何でもないよ、大丈夫だよと優しい魔力を流す。
アーシュは俺を優しく抱きしめてくれた。
そしてそっと口付け。
きゃっ? ファーストキスですね! 俺達のファースキスですよ!
そんな感じで俺がちょっと興奮状態になってしまった。
151
喜ぶ俺を見て、笑顔のアーシュはさらに大胆な行動に⋮⋮。
ネグリジェのような乙女のパジャマの中に俺を、
ぬお! ア、アーシュ?
いや、お風呂で見せてもらっているけど、そんないきなり、いや、
嬉しいけど!
アーシュは俺を、直接胸で挟んで抱きしめてくれた。
アーシュの美乳は柔らかかった。
形、ハリ、柔らかさ⋮全てが素晴らしかった。
アーシュはやっぱり女神だったのだ。
そのまま俺の癒しの魔力を感じながら、アーシュは眠りに落ちて
いった。
その夜、アーシュに癒しの魔力を流しながら、アーシュの寝顔を
見ていた時だ。
突然、俺に睡魔が襲ってきた。
え?⋮⋮棒になって睡魔を感じたことなんてなかったのにどうし
152
て?
眠ることは出来る。
ただ、それは本当に眠っているわけじゃない。
意識はあって、何かあればすぐに気付く。
この睡魔は違う。
本当の眠りだ。
どうして?⋮⋮でも嫌な感じはしない。
どこか安心出来るような。
アーシュに抱かれているからか?
俺は睡魔に抵抗することをやめて、誘われるように眠った。
久しぶりの眠りの中、俺は夢を見た。
153
第16話 名前
私は夢を見る
それは真っ白な世界
それは真っ黒な世界
とても悲しそうに見えた
何もなくて、全てがある世界
そこに彼はいた
彼は独りだった
泣いているの?
私は近寄る
でも顔がよく見えない
彼の姿はぼやけているから
大丈夫、怖くないよ
私にもっと貴方のことを見せて
貴方の笑う顔、喜ぶ顔、悲しい顔、怒った顔
全部、ぜんぶ私に見せて
154
私はここにいるよ
ほら、私の手を握って
暖かいでしょ?
私はアーシュ
私の名前はアーシュだよ
貴方の名前は?
教えて、貴方の名前
貴方の素敵な名前を
﹁んん⋮⋮﹂
夢から覚めた私。
棒をしっかりと抱いていた。
でも瞳から涙が零れ落ちていた。
155
私泣いてたの?
どうして⋮⋮涙を拭いたところで気付く。
棒から力を感じない。
私起きたよ。
私が起きたらすぐに、あの優しい魔力を流してくれるのに。
どうしたの?
ねぇ起きて、貴方も起きて。
やだよ⋮⋮いなくならないで。
私から離れないで。
棒から優しい魔力がゆっくりと流れてくる。
まるで棒も今まで寝ていて、いま起きたような寝ぼけた感じ。
本当に生きてるんじゃないかなって思うんだ。
意思が存在しているとは思う。
でも意思なんて抽象的な言葉で片付けられない。
この棒は、私の刀になってくれて、私の中に眠る力を呼び起こし
てくれた。
私の傲慢から招いた危機の時も、ずっと私を励まして助けてくれ
た。
その後も、私の感情や心を感じてくれて、その度に私の支えにな
ってくれた。
156
武器や道具に愛着を持つことは誰だってある。
それは自分の命を守ってくれる大切なパートナーだから。
でも愛情を持つことは⋮⋮。
私は棒を両手で握りしめて見つめる。
そうだ、名前。
この棒に名前をつけよう!
私だけが呼んでいい名前。
他の誰も呼ばない、私だけが声にする名前。
何がいいかな∼。
う∼∼ん、お母さんの刀みたいな名前もいいな∼。
マサムネとかザンテツケンとか、かっこいい響きだな∼って思っ
たんだよね。
でも、武器というより、人の名前っぽいのがいいな∼
う∼∼∼∼∼∼∼ん。
157
ルシラ
うん!
ときたの!
ルシラにしよう!
いまピン!
貴方の名前は今日からルシラだよ♪
私だけが呼ぶ貴方の名前。
貴方だけが聴く私の声で。
うふふ♪ ルシラ?
眠りに落ちた日。
俺は夢を見ていたと思う。
ただ、どんな夢だったかまったく思いだせない。
悪くない夢だったと思う。
目覚めは良い気分だったからな。
158
眠りに落ちた日、目覚めるとアーシュが俺を見て慌てていた。
あ∼俺から魔力を感じられないから焦っているんだなっと思って、
すぐに魔力を流してあげた。
頭がはっきりするまで、ちょっと時間がかかったけど。
そして、なぜかその日からアーシュが俺のことを﹁ルシラ﹂と呼
ぶようになった。
俺に名前をつけたのか?
でも2人きりの時にしか言わないんだよな。
ベニちゃんやラミアがいる前で、ルシラという声の響きを聴くこ
とはなかった。
俺はアーシュの声でルシラと呼ばれる度に嬉しくなる。
アーシュだけが呼んでくれる、俺の名前だ。
どういう意味があるのか分からない。
意味なんてないのかもしれない。
でも、そんなことどうだっていい。
アーシュがつけてくれたんだから。
俺も呼びたいな、君の名前を。
君の素敵な名前を、俺の声で聴かせてあげたい。
でも、それは叶わない。
159
俺はただの木の棒だから。
ハールとリンランディアが、鍛錬場にやってきた。
アーシュ達に何か真面目な顔で伝えている。
それを聞いた3人は頷くだけ。
ハール達はすぐにどこかへ行ってしまった。
その日の鍛錬はいつも以上に緊張感がみなぎっていた。
俺を持って狩りにいくアーシュも真剣だ。
今日はハールが護衛についてきていない。
ベニちゃんとラミアがついてきて久しぶりに3人での狩りだ。
でもほとんどアーシュ1人で倒している。
あのハールが瞬殺したグリフォンのような悪魔にも遭遇したが、
問題なく倒せた。
3人は本当に強くなった。
俺もその力の一部になれたと思うと、嬉しい限りだ。
そしてその時は訪れた。
160
アーシュのレベル38。
つ・ま・り!
基本3セットのレベル10です!!!!
先行して10にしていた魔力に続いて、闘気と属性もレベル10
に!!!
俺は何かが起こることを期待してレベル10にした。
﹁闘気、魔力、属性全てがレベル10になり神剣が解放されます。﹂
解放きちゃったよ!!!!
キターーーーーーーーーー!!!!!!!
魔剣の上位版か?!
システム音きたよ!!!
そして神剣?
俺は嬉しさのあまり、訳の分からない魔力をアーシュに流してし
まった。
アーシュも俺から興奮状態の魔力が流れてきてビックリしている。
161
数分後、落ち着いた俺はアーシュに魔力を流す。
何かが目覚める時をイメージして。
アーシュもそれを感じて、俺を持って心を無に。
明鏡止水の境地へ。
俺から伝わる魔力を心の中で感じていく。
新しい刀。
全てを斬る刀。
光も闇すらも斬る刀。
雷を纏うその刀をイメージしていく。
アーシュから伝わるイメージを俺の中で具現化させていく。
そして、一本の白銀の雷を纏う新たな刀へと、俺は進化した。
ステータス
雷神刀﹁ルシラ﹂
状態:アーシュの雷神刀﹁ルシラ﹂
レベル:38
SP:0
スキル
162
闘気:レベル10
魔力:レベル10
属性:レベル10
電光石火:レベル5
木の棒が﹁ルシラ﹂に変わったぞ?
雷魔法:レベル3
あれ?
アーシュが俺につけてくれた名前だからいいけど、なんで急に変
わったんだ?
雷神刀﹁ルシラ﹂か、悪くないな。
新しい刀は、日本では﹁業物﹂とか言われる刀の中でも、きっと
最高級の刀だな。
ゲーム知識からいくとマサムネとか。
ま、中身が木の棒ってことに変わりはないんだけどね!
っと、最初の時と同じ興奮状
新しい俺の姿に、アーシュは大喜びだ。
ベニちゃんとラミアに見て見て!
態で話している。
新たな白銀の雷を纏う俺を見て興奮していたアーシュだったが、
ふと急に冷静になって考え込む。
そして、また魔力を集中していく。
163
ん?
電光石火を使うつもりか?
発動した電光石火は、それまでアーシュが身体に帯びていた紫電
ではなく、俺の刀と同じ白銀の雷となった。
そうか、進化した俺が白銀の雷を纏っているのを見て、自分の電
光石火のイメージも変えてみたんだな。
あきからにパワーアップしている!
本当に天才だな、アーシュは。
おそらく、魔力レベル10の電光石火レベル10で発動したら、
この白銀の雷を纏う電光石火となったのだろう。
アーシュはそれをお手本無しで、自分の力とイメージだけで手に
入れたのだ。
アーシュは嬉しそうに、新しい俺を持ちながら、新しい電光石火
を使っている。
さらに速く強くなったアーシュを、ベニちゃんとラミアが驚きと、
笑顔で見つめていた。
これだけ強くなった3人なら、もうハイオークロードに負けるこ
とはないだろう。
いや、ハイオークロードどころか、ハイオークキングにだって勝
164
てるんじゃないのか?
っていうか、アーシュ達に勝てる悪魔なんて、もうベルゼブブ級
とかじゃね?
いくら強い悪魔がいるとは言っても、ベルゼブブ級がゴロゴロし
ているわけじゃない。
もうアーシュ達に勝てる悪魔に遭遇することなんて、そうそうな
いだろう。
そう思っていた時期が俺にもありました。
165
第17話 試験
決戦です。
何と決戦かって?
まさかラスボスが?!
の展開です。
ただいま3人娘は超強敵と戦っています。
え?
3人娘と対峙しているのは、ハール。
アーシュの父親だ。
雷神刀になった日の夕方、いつもの鍛錬場にハールとリンランデ
ィアが来た。
そしてリンランディアが見守る中、3人娘とハールの試合が行わ
れている。
3対1だ。
卑怯⋮⋮なんてことにはならない。
いや、むしろ足りない。
全然足りてない。
ハールは武器すら持っていない。
必要ないから。
166
最初、3人とも新しい力を使わずに攻めた。
小手調べとでも思ったのだろう。
だが、それがハールの逆鱗に触れた。
一瞬で吹き飛ばされた3人。
その3人に容赦なく、ハールの蹴りが入る。
娘のアーシュにすら、横っ腹にガツンだ。
転げ回る3人に冷たい目を向けながら、何かを言うハール。
3人は起き上がると、すぐに力を使った。
電光石火、鬼神、白蛇
紫電を纏う雷となったアーシュが駆ける。
その後ろから鬼神ベニちゃんが、ハールの動きに合わせて重い拳
を放つ。
2人の攻撃を難なく受け止めるハールの足元に大量の水を白蛇ラ
ミアが発生させて動きを止めにかかる。
水蛇が襲う中、アーシュとベニちゃんがハールの動きに合わせて
攻撃しようとするが⋮⋮
167
ハールの全身から雷が放たれて、3人とも吹き飛んだ。
Tueeeeeeeeeeeeee!
ハールは強いとは思っていたよ。
今まで見てきたこの男の様子からして、こいつは戦闘狂の気質が
ある。
戦うことが好きで好きでたまらない。
戦う敵を見つけた時の、ハールの笑みはぞっとする。
あいつだ、あいつに似た威圧感がある。
ベルゼブブ。
あの圧倒的な絶望感に落とされた、あのベルゼブブのような強さ
だ。
禍々しい感じはないけど、強さの本質は同じだろう。
ハールなら、ベルゼブブとも1対1で普通に戦えそうだ。
俺は﹁雷神刀﹂ではなく、﹁紫電魔刀﹂状態だ。
アーシュがそれを望んでいることが、魔力から伝わってきたから。
たぶん、ここぞというところで、雷神刀を使うのだろう。
アーシュの電光石火も紫電の状態だ。
168
最初に力を抑えたことで、ハールの逆鱗に触れたけど、これも隠
し玉ってところだな。
ただ、そもそもどうしてハールと試合しているんだ?
いや、別にしちゃいけないってことはないけど、3人ともすげ∼
∼必死なんだよね。
ただの鍛錬の一環とは思えない。
この試合に何か特別な意味があるのか?
アーシュ達の修行が始まったのは、アーシュが捕まったあの翌日
からだ。
俺にとっては、そもそもこの里に来てすぐのことだったから、ア
ーシュ達がそれ以前にどんな修行をしていたのか知らない。
知らないけど、あの日からの修行はアーシュ達にとって大きな変
化をもたらしたと思う。
捕まった翌日のテントでハール達と話した時、アーシュは焦りな
がら、何かをお願いしていたように見える。
それを拒絶したのは、ハールではなく、リンランディアのように
見えたが⋮⋮。
アーシュのお願いはだいたい想像つく。
オーク達との戦いに自分も参加したいとか、そんなところだろう。
ハール達が、あのオーク達を殲滅させる気なのかどうか知らない
が、わざわざオーク達の様子を見にきていたんだから、倒しにいく
169
ことだって十分にあり得る。
俺を拾いに来たってことならまた別だろうけど。
とにかく、これは卒業試験のようなものだ。
リンランディアを納得させるために、ハールを倒せ。
いや、倒すことは不可能だろう。
力を示せというところか。
それじゃ∼俺も、頑張ってみますか!
ハールに全ての攻撃をもて遊ばれながら受け止められる3人娘。
俺はアーシュに雷魔法のイメージを伝える。
アーシュはそれを感じ、電光石火で地を這うようにハールの脚を
狙う。
ハールから見たら、安易に直線的に近づいてくる馬鹿⋮⋮に見え
ただろう。
アーシュがハールと接触する直前、“俺”が雷魔法を発動する。
ハールの頭上から雷が落ちる。
難なく避けられるが、アーシュがハールの脚を狙う。
そのアーシュの頭上を飛び越えるように、ベニちゃんが飛び蹴り
かかる。
170
ハールはアーシュの斬撃を、つま先で刀を確実に止めて地に落と
す。
飛び掛かってくるベニちゃんの蹴りをかわして、そのまま脚を掴
み後ろに放り投げる。
ラミアの水蛇は、ハールの魔力に耐え切れずダメージを与える前
に蒸発している。
白蛇ラミアが地面に潜り、地の底から飛び出してハールの身体に
巻きつく。
そのまま力で絞め倒そうとするが、ハールは余裕の笑みで白蛇の
美しい身体を撫でている。
そのまま尻尾を掴まれたラミアは、思いっきりぶん投げられてし
まった。
3人娘の戦いをじっと見守るリンランディア。
その目には、この戦いがどのように映っているのだろうか。
アーシュ達の攻めは続く。
ラミアがハールの包み込むように、巨大な水を発生させる。
その水に、アーシュが全力で雷を落とす。
この水は雷を伝える水だろう。
球のような水の中で、アーシュの雷が荒れ狂う。
だが、ハールはそんな雷をなんとも思わない。
水の中で酸素を吐いて、空気の泡を作って遊んでいる。
171
もともと雷はハールが得意にしている魔法だ。
ハールに雷は効果が低いのだろう。
水の球に、ベニちゃんが掌を合わせる。
すると、水の中に振動が起きて、竜巻のような水流が発生する。
ハールが水の球を弾け飛ばすと、ベニちゃんがその水を受けて後
退する。
そこへアーシュが再び斬りかかる。
ハールのカウンターを誘い込むような単調な動きで斬りかかる。
わざと誘われるように、ハールは拳を合わせて突く。
ハールの拳を、ラミアの水防御でアーシュを守る。
その防御を使って、アーシュが再びハールの脚を狙い斬り払う。
だが、さっきと同じで、つま先で刀を確実に止めて地に落とす。
俺はそのまま、雷魔法をハールのつま先に流してみる。
一瞬だけ驚いたように笑ったハールだが、ダメージは一切ない。
後ろからひじ打ちを放つベニちゃんを、振り向きもしないで掴む
と、アーシュ目掛けて放り投げる。
肩で息をする3人娘。
楽しそうな余裕の笑みで3人を見つめるハール。
基本的に受け側となっていたハールが動く。
指を鳴らしただけで、アーシュの全力に近い威力の雷が3本、ア
172
ーシュ達を襲う。
反応出来なかったのはラミア。
雷を通す水のままだったのか?
雷に撃たれて意識を失う。
ラミアを倒された焦りか怒りか、ベニちゃんがハールに襲いかか
る。
が、届く前に足元から天高く舞い上がる龍のような雷に撃たれて
意識を失う。
1人残るアーシュ。
ハールは片手をあげると、その手から黄金の雷で作られた1本の
槍が生まれる。
それはまるで、黄金の雷龍のような槍だった。
感じられる魔力が桁違いだ。
あれに撃たれたら、アーシュは無事でいられるのか?
アーシュも息を飲む。
強く握りしめて、俺の名前を囁く。
﹁ルシラ﹂
173
その名に応えるように、俺は自らを雷神刀に変える準備をする。
電光石火も白銀の雷を纏うだろう。
心を1つに⋮⋮アーシュは、ハールに向かって構える。
刺突の構えだ。
あの黄金の雷龍槍を斬り裂く。
向こうが龍なら、こっちは虎でいくか?!
俺は、白銀の雷虎のイメージをアーシュに流す⋮⋮虎はもちろん
美しい女性の虎だ。
アーシュもイメージを受け入れてくれる。
そしてハールに一撃入れる⋮⋮俺達は完全に同調していった。
一瞬の静寂の後、アーシュとハールが同時に動く!
白銀の雷虎刀と、黄金の雷龍槍がぶつかり合う。
174
そこには、黄金の雷龍槍を斬り裂き、ハールの胸元にかすり傷を
負わせて、立ったまま意識を失ったアーシュがいた。
ハールは満面の笑みでアーシュを抱きしめ、リンランディアに振
りかえり、親指を突きあげる。
リンランディアはやれやれといった感じで、でも笑顔で3人娘を
見ていた。
俺は、アーシュ達が試験に合格したと確信した。
ハールに勝つことは絶対に無理だろう。
まだ3人娘とハールの間には、とても大きな壁がある。
それを越えて、アーシュ達がこの強さの境地にたどり着くことが
出来るのか、俺には分からない。
でもきっとアーシュ達なら⋮⋮いつかたどり着くような気がする。
その時、俺はアーシュの手の中にいることが出来るだろうか。
175
第18話 温泉
ハールとの試合の夜、3人娘は一緒にお風呂に入っていた。
温泉なのか?ハール達が会議するテントの近くに、公衆浴場のよ
うなものがあったのだ。
白色のお湯で、良い匂いがする温泉だった。
いま入っているのは3人娘だけなので貸切状態だけどね。
もちろん、俺もアーシュと一緒に入ってますよ♪
3人娘達は今日の試合のことでも話しているのだろうか、俺には
何を話しているのか分からないけど。
﹁あぁ∼∼∼ん、癒されますわ♪﹂
﹁ラミア。変な声出さないでね﹂
﹁いいじゃありませんか∼。殿方との熱い戦いの後の温泉は格別で
すもの∼﹂
﹁ちょっとラミア。私のお父様を汚すような発言やめてよ﹂
﹁え∼∼∼。私ハール様を汚すつもりなんて、これっぽっちもあり
176
ませんわよ?
むしろ綺麗に洗って差し上げた﹁はいはい﹂﹂
﹁それにしても、ハール様やっぱり強いよね∼。私達も新しい力で
ちょっとはやれるかな∼って思っていたけど、全然だったね﹂
﹁雷帝の名に偽り無しだもんね。お父様って本当に戦うの大好きだ
から。でもあの顔はすっごい喜んでいる時の顔だったよ。﹂
刀もアーシュも、みなぎる
﹁アーシュの見事な最後の一撃を見ることが出来なくて、残念です
わ∼﹂
﹁目覚めたばかりの新しい力だよね?
力が段違いだもんね﹂
﹁うん?﹂
アーシュは一緒に温泉に入っている棒を大切そうに握りしめてい
る。
腐ったりしない?﹂
﹁アーシュはその棒が本当にお気に入りなんですね∼。温泉にまで
一緒に連れてきちゃうなんて﹂
﹁でも温泉とか入れて大丈夫なの?
そうなの?
本当に大切にしてるんだね∼﹂
﹁大丈夫だよ。いつも一緒にお風呂に入ってるもん﹂
﹁え?
177
﹁棒を大切にする⋮⋮ああ、なんて官能的な響き。アーシュったら
棒を使ったプレイを好む殿方
いやらしい感じで言わない
いきなりそんな高度な感覚に目覚めるなんて、恐ろしい子ですわ﹂
アーシュは知らないの?
﹁ちょ、ちょっと何を言ってるのよ!
でよ!﹂
﹁あら?
は多いんですよ。それに棒はとても良い研修道具にもなるのですか
ら﹂
﹁﹁え?!﹂﹂
そ、それって知らないと
ラミアの聖なる講義が始まってしまった。
﹁ぼ、棒なんか使ったプレイがあるの?
男の子に嫌われちゃうとか?!﹂
﹁ちょっとベニちゃん!ラミアのこの手の話は真面目に聞いちゃだ
めよ。ラミアと私達では住んでる世界が違うんだから﹂
﹁あら、そんな風に思われているなんて悲しいですわ∼。住んでい
る世界が違うのではなく、済んでいる事が違うだけですわ﹂
﹁同じことよ!﹂
﹁そ、それで、具体的にどんな風に棒を使うの?﹂
178
身を乗り出してラミアに聞くベニちゃん。
彼女は3人の中で真面目でお姉さんタイプでツッコミ役なのだが
⋮⋮残念ながらアーシュと同じく男性経験は無く、またそういうこ
とに興味津々なのだ。
可愛いベニとアーシュのために、私が実践して
つまり真面目なムッツリスケベなのである。
﹁いいですわ∼♪
あげますわ♪﹂
ラミアは、ひょいとアーシュの手から棒を奪い取る。
﹁あ!﹂
返してよ!!!﹂
﹁まずは、この棒をこうして⋮⋮﹂
﹁ちょっとラミア!
ラミアから棒をすぐに奪い返すアーシュ。
﹁あらあら∼。いいじゃありませんか∼。ちょっと講義の実践に使
うだけなんですから∼。
すぐに返しますよ。﹂
179
﹁だめ!
ルシ⋮⋮この棒は私のものだもん!他の棒にしてよ!﹂
﹁仕方ありませんわね∼。それなら私の水蛇ちゃん達に手伝っても
らおうかしら♪﹂
ラミアは自分の能力である水蛇を作ると、その形状を棒にする。
﹁まずは棒をこうしてじっくりと見つめるのよ。見つめてあげるこ
とはとても大切なことですからね。殿方はそれだけで、身体の芯が
熱くなるのですから﹂
﹁じっくり見つめると⋮⋮メモメモ﹂
いつの間にか、温泉の中にメモとペン、そしてメガネをかけたベ
ニちゃんがいた。
ちなみにメガネは伊達メガネでレンズは入っていないので曇らな
い。
﹁じっくりたっぷりと見つめてあげたら、ここを優しくそ∼っと撫
でてあげます﹂
﹁優しくそ∼っと⋮⋮メモメモ﹂
﹁いきなり大事な部分を触ったらだめですよ。殿方のここは敏感で
デリケートなのですから、まずは周りから⋮⋮そして徐々にこっち
を指先でこうして⋮⋮﹂
180
﹁いきなりはダメ、デリケートと⋮⋮徐々に指先で⋮⋮メモメモ﹂
ラミアの講義を受けるベニちゃん。
それを恥ずかしさのあまり、お湯に鼻までつかって、目だけのア
ーシュが、チラチラと見ながら、結局はガン見状態である。
そして白色で見えないお湯の中では⋮⋮棒を指先でそっと撫でて
いた。
﹁そして焦らしに焦らして、殿方の我慢が限界に来たとき、いきな
焦らして⋮⋮我慢の限界でいきなり胸でと⋮⋮メモ
り胸でこうやって挟み込むのです!﹂
﹁ふぉぉぉ!
メモ﹂
ラミアのその言葉を聞いて、お湯の中でアーシュは自らの胸を揉
む。
そして恨めしそうに2人と見る。
︵私も2人みたいに胸が大きかったらな⋮⋮小さくないと思うんだ
けど、2人が大きすぎるんだよ。でもお母さんはけっこう大きかっ
たから、私だってまだまだこれからだもん!︶
181
ラミアの講義を実践出来ない自分を慰めるようにアーシュは未来
に期待する。
︵ルシラも胸が大きい人に挟まれるの好きなのかな⋮⋮う∼ん、で
大きさじゃない
も私が胸で挟んであげて寝た時はすっごい喜んでいたから、きっと
そうだよ!
ルシラは私のことが大好きなんだから?︶
ルシラは“私の胸”が好きなんだ!
もん!
そう自分に言い聞かせながら、白色で見えないお湯の中で、胸を
寄せて頑張って棒を挟もうとするアーシュ。
﹁そして、殿方の太い棒で私のここを⋮ああ、もう私我慢できませ
んわ!!!﹂
﹁はいはい∼ベニちゃん出ようね∼﹂
﹁ちょ、ちょっとアーシュ!まだ講義が!﹂
1人ヒートアップするラミアを残して、温泉を出ていくアーシュ
達。
ラミアがその後、妄想の世界から戻ってきたのは2時間後であっ
たことを追記しておく。
182
さらに、その日の夜、アーシュが棒を使ってちょっと何かしよう
としたけど、恥ずかしさのあまりすぐにやめたことも、ここに追記
しておく。
時は遡る。
ルシラが再びこの世界にたどり着いた時、もう1つこの世界にた
どり着いた物があった。
そう、情報雑誌である。
ルシラを拾ったゴブリンは、その木の棒に引っ掛かっていた情報
雑誌も一緒に拾って巣に戻っていた。
ただ、木の棒を拾ったゴブリンは、その木の棒の性能に驚き、情
報雑誌は巣の中に放り投げて捨ててしまったのだ。
183
その情報雑誌を拾ったのが、巣の中でも最も力が弱く、肩身の狭
かったゴブリンである。
そのゴブリンはもともとこの地下世界に生きていたゴブリンでは
ない。
地上世界で生きていたゴブリンだったのが、住んでいた巣がある
日、人間達に襲われて父親は死亡。
そして、散り散りに逃げていたところを、この地下世界のゴブリ
ン達に捕まり、奴隷のような扱いを受けながら、いまこの地下世界
で生きているのだ。
ゴブリンは情報雑誌を見た。
そこには、扇情的な人間の女性が写っていた。
いったい、これは何なんだ?
地下世界での生活や食べ物で、知能が上がり思考することを多少
なりとも覚えたゴブリンは考えた。
これは、自分に力を与える何かではないのか?
そうだ⋮⋮再び栄光ある日々を取り戻すのだ!!!!
ゴブリンはその情報雑誌を隅々まで観察した。
書かれていた文字はまったく読めなかったが、自分の力になる何
かを探すために。
184
つづく。
185
第19話 開戦
アーシュ達がハールの試験?に合格した翌日。
里の緊張感が高まっている。
アーシュ達やハール達、そして里の他の者達を見れば分かる。
いつもとはあきからに違う。
戦の前だ。
武器を手入れする姿がよく見られるし、作戦会議のようなものに
アーシュ達も参加していた。
おそらく、オークだろう。
あの、ハイオークキングを倒しにいく。
あれからそれなりの時間が経っているが、オーク達はどこまで進
化しているのか想像もつかない。
アーシュを罠で捕えたあのオーク達が、さらに恐ろしい武器やア
イテムを開発していないかと思うと、アーシュ達が心配になってく
る。
心配にはなるけど、成長したアーシュ達を思えば、その心配は杞
憂なのかもしれない。
それに、棒である俺がアーシュ達に代わって戦いにいく!とか言
えないし。
俺はアーシュに使ってもらってこそだ。
運命共同体である。
186
アーシュと共に、俺はオーク達を倒す!
その日の夜、アーシュはいつも以上に俺を艶々に磨いてくれた。
そしてベットで一緒に寝ながら、明日の戦いを思っているのだろ
う。
アーシュは興奮した様子もあるけど、ちょっと緊張して不安な表
情も見せる。
俺は癒しと、愛情を込めた魔力をアーシュに流す。
アーシュは微笑んでくれた。
そして一緒に眠る。
そう、あの夢を見るようになった日から、俺は毎日眠るようにな
った。
アーシュと一緒に。
そして夢を見る。
目が覚めると全て忘れている夢。
でも、きっとその夢は素敵な夢に違いない。
夜を越える度に、その想いは強くなる。
なぜなら、俺はきっと夢の中で⋮⋮アーシュに逢っている。
アーシュと逢って、話をしている。
この世界の言葉は分からない、でもアーシュとは話せている。
いや解り合えている。
187
そんな気がするから。
翌日、戦への準備を終えたみんなが集まっている。
リンランディアがみんなに作戦の最終確認なのか、冷静な声で話
す。
終わって、登場したのはハール。
ハールは楽しそうにみんなの顔を見ると、声を一言だけ。
その声にみんなが雄叫びを上げて応える。
アーシュ達も声を上げ、いざ戦へと!!!!
アーシュ達の進軍はすさまじいスピードだった。
狼だ。
狼に跨って移動している。
しもべ
この狼はハールの僕か、召喚獣のようなものなのか。
ハールの口笛と共に、大量の狼が里にやってきた。
それに跨り次々と走りだすみんな。
ハールは8本脚の軍馬に乗り、リンランディアは氷の羽で飛ぶ。
戦に行くのに食料とか補給物資が見当たらなかったのは、一気に
戦いの場まで行くからか。
オークの巣が近いのか、狼達は足音を消すように、慎重に走るよ
188
うになった。
そして⋮⋮。
これは奇襲となったのか?
それとも、オーク達は俺達が攻めてくるのを予想して、防衛線を
張っていたのか?
どちらにしても、有利なのが俺達なのに変わりはない。
最初に戦場の火蓋を切ったのは、やはりハールだった。
特大の雷を落とし、それが合図となり双方とも戦闘開始となった。
オーク達は、俺がいた頃の巣とは違う場所にいた。
天然要塞と言えばいいのか、いくつもの山のような場所に巣を構
えていたようだ。
洞窟もあり、泉もあり、谷もある。
それらを上手く利用し、加工して自分達の巣にしていたのだ。
オーク達はいったい何百匹、いや何千匹?
見るだけでちょっと酔いそうになるほどの数だ。
守りのための軍隊も作られていたのだろう。
俺がいた頃には見かけなかったオーク達がいる。
弓矢を使うオーク、爆弾のようなものを投げてくるオーク、硫酸
ビンのようなものを投げてくるオーク。
189
そして魔法使い、メイジタイプのオークがいた。
杖を持って、魔法を詠唱してやがる。
俺達の戦力は里を出た時点で、俺が見た数は300ぐらいに思え
る。
数の差では圧倒的にオーク達が有利だろう。
ただ、進化して様々な武器やアイテム、魔法を使ったところで、
オークはオークだ。
一匹一匹がそれほど強いわけじゃない。
時々、ハイオーク戦士と思われる姿をしたオークがいるけど、そ
れも問題なく倒していく。
さらに、ハールの召喚獣?の狼がすごい。
戦闘力はないのか、まったく戦わないのだが、この狼が結界のよ
うなものを張る。
そのおかげで、里のみんなは傷つくことがほとんどない。
まったくの無傷とはいかないけど、軽傷で済んでいる。
オークロードクラスが出てきた時は無理せずに引いて、数人で対
処している。
堅実な戦いぶりだな。
おまけにこっちには、ハールとリンランディアがいる。
190
ハールは好き勝手暴れている。
作戦も何もあったもんじゃない。
おそらくだけど、そもそもこいつには作戦で何かの指示出来ると
は思えない。
この男が作戦通り動くはずがないと、リンランディアとかは分か
っているんじゃないか。
好き勝手に暴れろ、それが彼に指示できる唯一の作戦だ。
リンランディアは氷の羽で飛びながら、空からみんなをサポート
している。
見たことのない戦闘型?のサキュバスが空を飛んで彼に襲いかか
っているが、彼に得意の誘惑はきかないだろう。
清廉潔白の彼が、サキュバス如きの誘惑に負けるはずがないしな。
有利な状況で戦闘は進んでいくが、オーク達も反撃してくる。
ハイオークロードが出てきたのだ。
成長する前のアーシュでは倒せなかったハイオークロード。
それが登場すると、オーク達の勢いは戻り防衛線を再び構築して
いく。
みんながハイオークロードに対抗出来るわけじゃない。
アーシュ達以外の里のみんなの強さを知らない俺だったが、アー
シュ達並みに強い者はそれほどいないように思える。
191
中には、アーシュ達よりも強そうな感じの者もいるが⋮⋮絶対数
的にそれほど多いわけじゃないだろう。
ただ、単体の強さが全てではない。
里のみんなは連携というか、経験というか、戦い慣れていて、サ
キュバス達が開発したと思われるあやしげな罠にもかからない。
こういった現場で即対応する能力は経験あってこそなんだろう。
アーシュ達はハイオークロードのいる場所に、あっちこっちへと
向かっている。
カラスのような鳥が飛んできて、アーシュ達に指示を出している
のか、向かう先々にハイオークロードがいる。
俺から無限魔力供給があるアーシュは、常に電光石火を使ってい
る。
ベニちゃんとラミアは、鬼神と白蛇は使っていない。
あれの疲労は半端ないからな。
ここぞという場面まで温存だろう。
それでも、3人でハイオークロードの相手をすれば、問題なく撃
破出来ている。
1対1でも勝てると思うが、3人で1匹のハイオークロードを相
手にすれば、ほとんど一瞬のうちに倒してしまうのだ。
192
このままいけば、ハイオークキングをハールが倒せば簡単に勝て
るんじゃないか?
そう思ってちょっと楽観してしまった。
相手の陣地深くまで進んだ時、そいつ達はアーシュ達の前に現れ
た。
それは俺の記憶では、ハイオークキング。
ロードとキングの間に存在する高い高い壁。
その壁を乗り越えて進化したキング。
ロードとは比べ物にならない威圧感を放ちながらやってきた。
ただし、俺によって進化したハイオークキングなのか分からない。
なぜなら、ハイオークキングは⋮⋮3匹いたからだ。
アーシュ達も驚いている。
事前の情報では、キングは1匹だと聞いていたんだろう。
いや、そもそも、どうしてキングが3匹いられるんだ。
俺の推測は間違っていたのか?
戸惑う俺達に考える時間をくれるほど、キングは甘くない。
大地を震わす雄叫びと共に、3匹のキングはアーシュ達に襲いか
かってきた。
193
第20話 再会
俺の推測では、ハイオークキングのようなキング級になれるのは
種族で1匹だけだと思っていた。
それなのに目の前に3匹のハイオークキングがいる。
どうしてだ?
仮に目の前のハイオークキングが俺によって進化したやつじゃな
いとすれば、あいつはどうなった?
さらに⋮⋮何かに進化したのか?
キングの上?嫌な予感がする。
ただ今は、その疑問は後回しだ!
3匹のハイオークキングはアーシュ達に襲いかかってくる。
速い!そしてなんて馬鹿力だ!!!
ベニちゃんは鬼神、ラミアは白蛇をすぐに発動する。
俺も雷神刀の出力最大だ。
それぞれが1匹を受け持つように、散っていく。
1つの場所で戦っていたら、お互い不測の事態を招きかねない。
里のみんながハイオークキングを認識すると、アーシュ達が戦い
やすいように、周りのオーク達を殲滅したり、誘導したりしていく。
ハールはこのハイオークキングは素通りなのか、もっと奥に向か
194
ったようだ。
さらに奥から禍々しい魔力を感じたのか?
アーシュ達への試練のつもりか⋮⋮まったくお前が倒せば話が早
いのに。
いや、これも成長した愛娘達への本番での卒業試験か。
いつまでも雷帝の庇護を受けるのではなく、自分達の力で強い相
手を倒していかなければ、本当の強さは得られない。
ま∼でも、心強い味方が見守ってくれているけどな。
上空を飛ぶリンランディアが、アーシュ達の状況を認識してやっ
てきた。
空から、嵐を起こす弓でハイオークキングを牽制する。
上空からの援護をもらい、戦い始めるアーシュ達。
リンランディアの上空からの援護があれば、1対1でも有利に戦
えるだろう。
ハールが向かった奥には、たぶんあいつだ。
俺によって進化したキングがいるはずだ。
あいつはいったいどうなっているんだ?
何に進化しているんだ?
あのハールが負けるとは思えないけど、どうも嫌な予感がする。
胸騒ぎがする⋮⋮ハール気をつけろよ。
195
﹁こっちか﹂
戦場を駆け抜けてきたというのに、返り血1つ浴びてない男が、
オーク達の巣の中心で最も奥深い場所にやってくる。
その奥から感じる“強き者”を求めて。
﹁ほう⋮⋮面白いな﹂
そこで男が見たものは、1匹のオークだった。
身体の大きさは、普通のオークと一緒だ。
見た感じ、特別変わったことはない、ただのオークに見える。
ただのオークが小さな泉の前で座って男に背を向けている。
﹁純粋種か﹂
196
男は呟く。
⋮⋮お前何を食っている?﹂
﹁どうやって純粋種になったんだ。お前の力だけでは不可能だろう。
ん?
泉に浮かぶ何かを食べるオーク。
男の言葉も、男の存在も無視して、その実を食べている。
出てこいよ、
オークが食べているその実を見た時、男の顔には驚きの表情が浮
かんだ。
﹁禁断の実。そうか、お前⋮⋮おい、いるんだろ?
サタン﹂
男がサタンの名を口にする。
すると、泉の水が集まり1人の子供にその姿を変えた。
水の上に立っているように見えるその子供は、フードを被り表情
が見えない。
﹁久しぶり﹂
﹁お前の仕業かこれは。オークの純粋種なんて作ってどうするつも
りだ?﹂
197
﹁別に⋮⋮ただ遊んでいただけだから﹂
﹁あっそ﹂
男は手に持つ白銀の槍から、稲妻を走らせる。
雷帝の雷が届かないオークなんて、面白いでし
だが、その輝く光が彼らに届くことは無い。
﹁チッ﹂
﹁すごいでしょ?
ょ?﹂
それともアルフがくれたのか?﹂
﹁ああ、面白いな。食べているのがそれじゃなかったらな。天界か
ら盗んできたのか?
﹁さぁね﹂
ちょいと貸してくれよ。天界いってアルフのやつをぶっ飛ば
﹁ま∼どっちでも俺は構わないさ。それより天界への鍵持ってんだ
ろ?
したいんだ﹂
﹁う∼∼∼ん、どうしようかな﹂
﹁お前だってその方が面白いだろ?﹂
﹁君に興味ないから、僕﹂
198
それ
﹁おいおい、つれねぇ∼な∼。同じ“一の時”から生きてる仲じゃ
ねぇ∼か﹂
﹁君に興味ないけど、君の娘にはちょっと興味あるかな﹂
﹁⋮⋮あの棒はなんだ?﹂
お前1人でやってるのか?
﹁よかったね。娘が強くなって﹂
﹁あれもお前の仕業なんだろ?
とも裏にアルフがいるのか?﹂
﹁さぁね﹂
﹁お前ら何だかんだで仲いいもんな∼。おじさん羨ましいよ﹂
﹁“アマテラス”を妻に迎えた君を、アルフは羨ましがっていたよ﹂
神酒を飲んだくらいで、天界を追放されるの
﹁俺がアルフに嫌われてたのって、やっぱりそれ?﹂
﹁そうじゃないの?
おかしいし。おまけに神の守護獣フェンリルに追われて片目失うな
んてね﹂
天界いったら、あいつとも決着つけないとな﹂
﹁ま∼そのアマテラスにも逃げられちまったけどな。犬っころは元
気しているのか?
男はぽりぽりと耳をかく。
199
﹁ずいぶん呑気に僕と話しているけど、娘達の心配はいいの?
ごろ豚の王と戦ってると思うよ﹂
今
﹁あ∼大丈夫だ。あいつら強くなったからな。氷王もいることだし﹂
﹁ふ∼ん。でも娘は棒無しでも勝てるのかい?﹂
﹁あん?どういうことだ?﹂
﹁さぁね﹂
﹁ま∼いいさ。やっと会えたんだ。久しぶりにドンパチやろうぜ。
ついでに天界の鍵ももらうから﹂
手出してもいいけど、噛
﹁君には興味が無いって言ってるじゃないか。﹂
﹁俺じゃなくてアーシュがいいってか?
みつかれるぞ﹂
﹁噛みつかれても、調教すればいいだけさ﹂
﹁あっそ﹂
再び稲妻が、サタンを襲う。
その稲妻を弾いたのは、オークだ。
200
片手で稲妻を弾くと、ゆっくりと立ち上がる。
﹁この子に勝てたら遊んであげるよ。またね、“オーディン”﹂
サタンが水の泡となり消えると、オークが振り向く。
男を獲物と認識したようだ。
﹁変わらないな∼あいつは。⋮⋮さてと、久しぶりに面白そうな相
手だ。本気といくか。﹂
男の鎧が黒から黄金色へと変わる。
そして槍を構えると、その名を呼ぶ。
﹁いくぞ、グングニル!﹂
男とオークの戦いが始まる。
それは、次元の違う戦い。
この場に男以外の誰かがいたとしても。男はその者を気遣うこと
は出来なかったかもしれない。
男はオークとの戦いの中で満面の笑みを浮かべる。
201
久しぶりに全力を出せる相手。
自分の全力でも一瞬で死なない相手。
戦うために生まれ、戦うことを求めて、戦うことしか出来ない男。
そんな男の欲望をオークは満たしてくれた。
子供が新しい玩具に夢中で遊ぶように、男はオークとの戦いに夢
中になっていった。
ハイオークキングと戦うアーシュ達は善戦していた。
アーシュ達が有利だ!俺はそう確認していた。
リンランディアの援護があるとはいえ、アーシュ達の動きの良さ
についてこれてない。
ベニちゃんとラミアも、まだまだ鬼神と白蛇でいることに問題な
いように感じる。
持久戦に持ち込まれたとしても、勝つのは俺達だろう。
そう思っていた時だ。
ハールが向かった奥の方から、とんでもない魔力の高まりを感じ
202
た。
1つはハールの魔力だ。
もう1つはなんだ?
ハールに負けないほどの魔力だ。
これは、あいつなのか?
あの俺が進化させたキングなのか?
桁違いの魔力を感じた後、さらに事態は動く。
山の上に突然大蛇が出てきた。
でかい、ラミアの白蛇なんかより全然でかい!!!
な、なんだこいつ?!
この大蛇の魔力もハール級か?桁違いだ!
真っ先にその大蛇に向かったのは、リンランディア。
アーシュ達の援護を見切り、すぐに大蛇との戦闘に入った。
その存在を止めることが出来るのは自分だけだと、一瞬で判断し
たのだろう。
嵐を呼ぶ弓を全力で引く。
大蛇に向かって起きる嵐、その中にリンランディアの氷の魔法が
撃ち込まれる。
鋭い氷の結晶が嵐の中で大蛇を襲う。
203
リンランディアも強いと思っていたけど、本気の彼も桁違いだな。
だが、大蛇にダメージを与えられているのか微妙か?
あの嵐の中からは、大蛇の魔力が高まるばかりだ。
リンランディアの援護を失ったアーシュ達だったが、すでにダメ
ージを負っているハイオークキング相手に優勢は変わらない。
上空からの援護を失い、3人の位置はさらにバラバラとなって目
視では見えなくなったが、感じる魔力の強さから、ベニちゃんとラ
ミアも問題ないはずだ。
アーシュだって、あと数回の打ち合いで勝負を決することが出来
る。
アーシュが勝つ!
アーシュの勝利を確信したその時⋮⋮
﹁ の悪戯が発動します﹂
204
え?
この感じ、あの時の⋮⋮ぐああああああ!!!!!
く、苦しい⋮⋮なんだ⋮⋮あの時とは違う!!!!!
気持ち悪い程度じゃない、苦しい⋮⋮ああ⋮⋮息が止まるような
⋮⋮ぐああああ!!!
意識が⋮⋮ア、アーシュ⋮⋮。
雷神刀は、ただの棒に戻っていった。
205
第21話 茨の剣
﹁え?﹂
お父様ともう1つの魔力を感じて、奥でオーク達のボスとの戦い
が始まったと思ったその時、突然現れた大蛇。
まるで山のようなその大蛇に私は恐怖した。
私では絶対に勝てない相手だとすぐに分かったから。
その大蛇にリンランディア様が向かい戦闘が始まった。
リンランディア様の援護無しでも、もうこいつを倒すのは時間の
問題と思っていた。
でも、突然ルシラの力が失われた。
﹁ルシラ?!どうしたの?!﹂
ルシラの魔力は感じる。
でもおかしい、何か苦しんでいる。
ルシラの魔力が暴れて苦しんでいるのが分かる。
206
﹁くっ!﹂
豚が、刀を失った私に突撃してくる。
豚だけど馬鹿じゃないこいつ、ルシラから力がなくなった好機を
逃すはずはない。
電光石火で動く私を捉えることなんて出来ないだろうけど、こい
つなんかのことより、いまはルシラが心配。
どうしたの?どうして苦しんでいるの?
私はルシラがいつも私に流してくれる優しい魔力をイメージして、
ルシラにその魔力を流す。
でも私の魔力は届かない。
何かに遮られている。
どんどん苦しんでいくルシラ。
ルシラから溢れる魔力が弾け飛びそうになる。
﹁ルシラ!﹂
私はルシラを胸の中に抱きかかえて、爆発する魔力を受け止めよ
うとする。
でもその爆発に私は耐え切れず、ルシラを手放してしまう。
207
﹁うう⋮⋮﹂
暴れ狂ったルシラの魔力に、私は吹き飛ばされてしまった。
そして豚が、私のルシラを握る。
﹁おまえ⋮⋮私のルシラに触れるな!﹂
私はルシラを取り返そうと構えた⋮⋮その時。
豚に握られたルシラの形が変わっていく。
私の雷神刀のように、ルシラの力で作られているんじゃない。
ルシラそのものが形を変えていく。
﹁ああ⋮⋮ルシラ!﹂
私は変わりゆくルシラをただただ呆然を見ていた。
おぞましい笑い声をあげる豚。
その手には、まるで呪いのかかったような、茨のトゲを生やした
恐ろしい1本の剣が握られていた。
美しい刀だったルシラが、恐ろしい茨の剣となってしまったのだ。
私はその姿に涙した。
茨の剣となったルシラを握り、豚が私を襲ってくる。
208
ルシラの魔力爆発を受けた私の動きは鈍い。
致命傷ではないけど、お腹のあたりに力が入らない。
電光石火での速さも落ちている。
茨の剣が私の皮膚を切り裂く。
剣の軌道を完全にかわしたと思っても、トゲが私の皮膚を突き刺
す。
﹁はぁはぁ⋮⋮はぁはぁ⋮⋮﹂
ルシラから流れてくる無限とも思える魔力に頼っていた罰だ。
ダメージを負ったとはいえ、電光石火を使う度に私の体力はみる
みる減っていく。
ルシラ無しで、あの鬼神や白蛇の特訓をしていたベニちゃんとラ
ミアのように、私は自分だけで電光石火を使いこなせていない。
﹁ルシラ⋮⋮ルシラ!﹂
私は何度も名前を呼ぶ。
ルシラはいつだって私の想いに応えてくれた。
いまルシラはきっと苦しんでいる。
ルシラの意思で、あんなおぞましい姿になっているわけがない。
209
きっと、何かがルシラを苦しめてあんな姿にさせたんだ。
茨の剣で服を切り裂かれて、私の身体には見るも無残な傷が増え
ていく。
上空ではリンランディア様が、あの大蛇とまだ戦っている。
ベニちゃんとラミアがどうなったのか分からない。
お父様は戦闘中。
きっと、誰も助けにこない。
自分の力で乗り越えないと。
私が貴方を助けてあげる。
私のことをいつも助けてくれた貴方を、今度は私が助ける!
ハイオークキングは、茨の剣を横薙ぎに払ってくる。
彼女はそれを逃げることなく、己の身体で受け止めた。
グサッ!!!!!
210
彼女の美しい身体を、そのトゲが食い込み切り裂いていく。
彼女を捉えたと思ったハイオークキングは笑みを浮かべる。
そのまま力で押しこみ、トゲを深く深く、彼女の身体に食い込ま
せていく。
彼女の口から鮮血を流れる。
それでも彼女は受け止め、抱きしめているそれを離さない。
愛しい人を抱きしめるように、強く、強く抱きしめた。
そして愛しいその名を呼ぶ。
⋮⋮ここはどこだ?
俺はどうなった?
いや、俺は何をしていた?
俺は⋮⋮何かしていたのか?
211
わからない、何もわからない
俺は誰だ?
俺はだれ?
俺は⋮⋮俺は⋮⋮俺は⋮⋮
俺が誰だか分からない
分からないけど、誰かが俺を抱いてくれている
何も分からない俺を、抱きしめてくれている
その人のこと想うと、誰か分からないはずの俺が分かるような気
がする
自分では自分が誰だか分からない
212
でもその人は俺のことを想ってくれている
触れて、感じて、想ってくれる
そして、呼んでくれる
俺の名前を
君だけが呼んでくれる、俺の名前
愛しい君がくれた、俺の名前
俺は⋮⋮俺は⋮⋮俺の名前は⋮⋮
﹁ルシラ!!﹂
213
私の胸の中にそのトゲを食い込ませていく茨の剣から、ルシラの
魔力を感じた。
茨の剣となったルシラが、抱きしめた私の中でその姿を、元の姿
に戻していく。
元に戻ったルシラを抱きしめながら、魔力を流し、ルシラを握る
豚の手を吹き飛ばす!
豚は突然のルシラの変化と爆発に、悲鳴を上げて後ずさる。
ルシラはその身を雷神刀へと変えて、私に優しい魔力を流してく
れる。
優しい魔力、でも泣いているようにも思えた。
私の姿を見て泣いているの?
大丈夫だよ、私は平気だよ。
ルシラ⋮⋮苦しかったんだね。
もう大丈夫だよ、私がいるから。
愛しいルシラ。
私の傷を治そうと、ルシラから魔力が流れ続ける。
私はルシラを握りしめ、豚を睨み付ける。
﹁お前の仕業かどうかは知らない。そんなこと関係ない。お前はル
シラの心を傷つけた。許さない!!!!﹂
214
アーシュの身体を白銀の雷が纏う。
そして同じ白銀の雷神刀となったルシラを強く握り、構える。
醜い雄叫びをあげて襲いかかってくる豚の王。
アーシュ達は豚の王を斬るために、雷となり駆ける!
それは今までで一番速く、強く、美しく、輝く雷となったアーシ
ュとルシラだった。
ベニとラミアはアーシュを探していた。
2人はハイオークキングに勝利した後、合流したが、アーシュの
姿が見えないことに焦った。
上空で戦うリンランディアと大蛇の戦いは、自分達が手を出せる
次元の戦いではない。
あの大蛇が何なのか、同じ蛇を種とするラミアですらまったく分
からない。
募る不安の中、アーシュを探していると、美しく輝く雷が夜を照
らした。
215
アーシュだ。
2人は疑うことなく、その方角に向かった。
そして辿り着いた時、真っ二つに斬り捨てられたハイオークキン
グの前で、ルシラを抱きしめて意識を失っていたアーシュの姿があ
った。
2人はアーシュを抱きしめる。
痛々しい姿だ。
どうしてこんなことに?
ハイオークキングは確かに強かった。
でもこんな状態になるのはおかしい。
そもそも、この異常な傷跡はいったいなに?
疑問は残るが、今はアーシュから感じれた、その暖かい温もりと、
脈打つ鼓動に安心した2人。
アーシュの胸の中に、トゲが1本入りこんでいるとは思わず⋮⋮。
216
第22話 失意
ベニとラミアは、意識を失ったアーシュの生存を確認した後、戦
線から離脱。
後方部隊のところにアーシュを届けるために走った。
上空では、リンランディアが大蛇と激しい戦いを繰り広げている。
﹁本気ではなく遊んでいるだけだろうが、それでもこれほどとは。
“一の時”に生まれし者達は別格と、改めて思い知るよ、サタン﹂
﹁そうでもないよ、氷王。君のその神弓﹁シヴァ﹂の嵐を久ぶりに
浴びたけど、その弓をそこまで使いこなせた者は記憶にないさ﹂
﹁お褒めの言葉を頂き恐縮する限りだよ!﹂
弓から放たれる矢は、嵐のように大蛇を襲う。
だが、ダメージを与えているとは思えない。
﹁“鍵”は貴様が持っているのだろう?﹂
﹁持ってるよ。欲しいの?﹂
﹁白々しい言葉だ。貴様の気まぐれでベルゼブブを地上界に送った
のだろうが!﹂
217
大蛇の一部を氷漬けにする。
そのまま氷のように砕こうとするが、大蛇の魔力で氷はあっとい
う間に溶けてしまう。
﹁大丈夫だよ。ベルゼブブは死んだから。君の大事な奥さんと娘は
無事だよ﹂
﹁何を企んでいるサタン!!﹂
﹁別に何も⋮⋮僕はただ遊んでいたいだけ。それが僕が受けた神か
らの意思だから﹂
神に向かってそんなこと言っちゃって﹂
﹁迷惑な神の意思だな!﹂
﹁いいのかい?
そうだったね。﹂
﹁神罰なら既に受けているからな!﹂
﹁ははっ!
リンランディアは全力だ。
氷王と呼ばれ、嵐を呼ぶ神弓﹁シヴァ﹂で全力で攻撃している。
彼はどこだ?﹂
それでも、この大蛇の鱗を傷つけることすら出来ない。
﹁ハールと会ったのだろう?
218
﹁オーディンなら、僕の作った玩具と遊んでいるよ﹂
﹁玩具?﹂
﹁上手く作れたと思ったんだけどな∼。でもやっぱりダメだね。僕
には創ることは出来ない﹂
オークの巣の中心から、巨大な雷が、地から天へと昇っていく。
﹁あ∼あ、終わっちゃったかな﹂
氷王と大蛇の前に、8本脚の軍馬に跨り、その槍にオークを串刺
楽しかった!
久しぶりに歯ごたえある相手だった
し、真っ赤な血を浴びた黄金鎧を着たハールの姿があった。
﹁ハハハッ!
ぞ!﹂
ハールは心底嬉しそうだ。
﹁もうちょっと持つかな∼って思ったけど、ダメだったね﹂
﹁それじゃ∼約束通り、次はお前が遊んでくれるんだろ?﹂
219
リンランディアも弓を構える。
もとより2対1が卑怯だと思う相手ではない。
また悪巧みか?﹂
﹁遊んであげたかったけど、トゲも刺せたし⋮⋮そろそろ帰るよ﹂
﹁トゲ?
﹁そんなところかな。お土産置いておくね。またね、雷帝に氷王﹂
ハールとリンランディアが同時に雷と嵐の矢を放つが、爆発の後
に残ったのは脱皮して残った大蛇の皮と、1つの果実だけだった。
戦いは終わりへと向かっていった。
オーク達の敗走が始まったのだ。
自分達の首領が倒されたことが分かったのか、巣を放棄して散り
散りになって敗走していく。
中には、お気に入りのサキュバスと一緒に逃げだそうとするオー
クまでいる。
サキュバス達も逃げていく。
里の者達が自分達のことを受け入れないと知っているのだ。
捕まれば、そこに待っているのは死であろう。
220
リンランディア達は、逃げだしたオーク達を殲滅していく。
ハールのやる気がゼロであること以外は、みんなよく動いた。
ただ、ハイオークに進化した主だった者達は殲滅出来たので、1
匹残さず倒すという必要もない。
彼らも、この暗黒世界の住人なのだから。
ベニとラミアは、アーシュの側から離れない。
いまだに意識が戻らないアーシュを心配している。
やる気を無くしたハールが戻ってきて、アーシュの様子を見にき
たが、﹁心配ない﹂の一言で去っていった。
彼は、愛娘の胸の中に刺さったままのトゲに気付いているのだろ
うか。
その視線は一瞬、愛娘の胸に向けられたように見えた。
数時間後、戦は里の死亡者ゼロという形での大勝利で幕を閉じた。
ハールの狼に跨り、里に凱旋するみんな。
アーシュは意識が戻らず、ハールが抱えての凱旋となった。
221
俺はアーシュにひたすら癒しの魔力を送った。
アーシュがこんなにもひどい傷を負ったのは、俺のせいだ。
俺の意識がなくなっている間、俺はアーシュを傷つけ続けたのだ
ろう。
アーシュの美しい肌が痛々しいほどに傷ついていた。
暗闇の中に囚われていた俺を救ってくれたのは、アーシュの声だ
った。
俺の名前を何度も何度も呼んでくれた。
俺があの苦しみに耐えられず、意識を手放したせいだ。
傷ついたアーシュを見る度に、自分に怒りと情けなさを感じる。
どうして、俺は耐えなかった。
戦闘中だったんだぞ。
あれくらいの苦しみ⋮⋮アーシュが受けた苦しみに比べたらずっ
と軽かったはずだ!
くそっ、いったいあれは何なんだ?!
前にも突然俺の力を奪い、意識を奪っていこうとしていた。
間違いなく言えることは、空白の持ち主だ。
あいつが何かしてやがる!!!!
どうやって、俺に触れずに俺に干渉しているんだ?!
222
前回はゴブリンキングが倒されただけで、それほど深く考えなか
ったが、今回のようにアーシュに危害が及ぶことを思うと、これは
もう分からないでは済まされない。
俺に強制的に力を発動させるだけではなく、俺の力を強制的に奪
うことも出来るとは。
今度もまた同じようなことになったら?
またアーシュを傷つけてしまったら?
取り返しのつかないことになってしまったら?
俺はもうアーシュに持ってもらわない方がいいんじゃないか?
アーシュに持ってもらえるような武器ではない。
アーシュの想いに応えない。
力を出さないようにしよう。
ただの木の棒となって、アーシュに捨ててもらおう。
アーシュは俺を持つ前は、刀を持っていた。
あの刀だってきっと良い刀のはずだ。
電光石火だって、もう俺無しでも立派に使いこなせるじゃないか。
そうだよ、俺がどうして必要なんだ?
要は強い武器を持てればいいんだ。
俺である必要はない。
223
俺がアーシュに持っていて欲しかっただけだ。
俺の勝手な希望だ。
こんな、いつ力がなくなるか分からない棒なんかより、強い刀を
持った方がいいに決まっている。
⋮⋮ごめんなアーシュ。
俺のせいで、こんな姿に。
今は、今だけは、君に癒しの魔力を流すことを許しておくれ。
アーシュが目覚めた後、俺はアーシュに魔力を流すことをやめた。
224
第23話 天女
オークとの戦いの後、私が目覚めた時には既に里に戻っていた。
自分の部屋で眠っていた私のベットには、疲れてもたれかかるよ
うに眠るベニちゃんとラミアの姿があった。
私のことを看病してくれていたんだと思う。
そして、私の手にはしっかりとルシラが握られていた。
私は胸がまだ痛むけど、オークとの戦いで受けた傷が治っている
ことに気付く。
きっとルシラが私に、あの優しい魔力を流し続けてくれたんだ。
いまはルシラから力が感じられない。
眠ってしまったのかな?
あの夢を見るようになってから、ルシラも眠るようになったんだ
と思う。
だって、夢で私と逢っているから。
だから、この時、私はルシラの異変にすぐに気づけなかった。
数日の療養で、私はすっかり元気になった。
ラミアの水で治療してもらって、茨で出来た傷跡はすっかり消え
225
てなくなった。
みんなもオークとの戦いでの武勇伝の話に花を咲かせて楽しそう。
でも、私は笑顔でみんなに答えながらも、心は何一つ楽しんでい
なかった。
ルシラが⋮⋮私の想いに応えてくれなくなったから。
どうしてだろう、あの時、力を失ったのとは違う。
ルシラが苦しんでいる様子もないし、混乱している様子もない。
私は大丈夫だよ。
まるで自分の殻に閉じこもってしまったみたい。
気にしてるの?
私は何も気にしてないよ。
だから私の想いに応えて⋮⋮ルシラ。
ベニとラミアに少し疲れたからと伝え、アーシュは1人、自分の
部屋に戻ってきた。
ルシラを握りしめて、机の前でぼ∼っとしている。
226
その時、部屋のドアが開いて一人の女性が入ってきた。
美しい女性。
天女という言葉が一番似合うかもしれない。
そして、着ているのは着物。
綺麗な黒髪に色白の女性は、アーシュを慈しみの目で見ている。
﹁お母様⋮⋮﹂
アーシュの口から出た言葉はお母様、この女性はアーシュのお母
さんだ。
﹁久しぶりね、アーシュ。元気にしていた?﹂
﹁うん。元気⋮⋮だよ﹂
﹁うふふ。表情ですぐに心が見えちゃうの変わってないわね。お母
さんに嘘ついちゃだめでしょ﹂
母は豊かな胸でアーシュを抱きしめる。
﹁強くなったわね。アーシュからとても大きな力を感じわ。﹂
﹁うん。私ちょっとだけ強くなったんだ。でも全然ダメ。全然ダメ
227
なんだよ。﹂
︵私はルシラに頼ってばかり⋮⋮︶
母は涙目のアーシュを優しく抱きしめて髪を撫でてあげる。
﹁大丈夫よ。アーシュの心は真っ直ぐに成長しているわ。だから自
分を信じて。自分を信じられないと、他人を信じてあげることも出
来ないわ﹂
﹁自分を⋮⋮信じる﹂
﹁そうよ。それに⋮⋮﹂ ムニュ∼♪
ちょっとお母様!﹂
母は突然、アーシュの胸を揉む。
﹁きゃっ!
﹁うふふ、ごめんなさい。娘の成長をついつい確かめたくて。恋す
る女はすぐに成長しちゃうから。この小さくて可愛い感触もお母さ
んは好きだから、記念に覚えておきたかったのよ﹂
228
﹁別に小さくないもん!﹂
﹁大丈夫よ。アーシュはお母さん似だから、きっと大きくなるわ﹂
母はその豊かな胸を娘に見せつけるように、胸を張る。
﹁お母様はどこに旅にいっていたの?﹂
﹁ちょっと旧友に会いに行ったのだけど、残念ながら会えなかった
わ﹂
﹁そっか。またすぐに行っちゃうの?﹂
﹁ええ、すぐに発つわ。アーシュにいろいろ教えてあげたいけど、
今はちょっとやらなくてはいけないことがあるの。﹂
﹁お父様とは会ったの?﹂
母の眉がぴくりと動く。
﹁まだよ⋮⋮でもちょっと今回は会っていくわ。出来れば顔も見た
くないけど﹂
﹁またそんなこと言って。お父様のこと許してあげてよ。この前も
お酒飲んで酔った時に、お母様のこと話していたよ﹂
229
﹁アーシュは私と同じようになったらだめよ。良い人を捕まえて、
捕まえた後もちゃんと見ておくのよ﹂
﹁私はお母様とお父様の娘であることを、誇りに思っているからね﹂
母は愛娘の頭を嬉しそうに撫でる。
そして娘が大事に持って離さない棒を見つめる。
﹁アーシュ。ちょっとその棒貸してくれないかしら?﹂
﹁え⋮⋮どうして﹂
﹁大丈夫。取ったりしないわ。アーシュの大切な棒に、ちょっとお
まじないをするだけ﹂
母はアーシュから棒を受け取ると、目をつぶり手に力を込める。
﹁持ち主が追加されました﹂
230
なんだと?
追加された?
アーシュの部屋に突然やってきた女性。
日本の神話に出てくるような着物を着た、まるで天女のようなこ
の女性が俺を持った時、システム音が響いた。
それは今まで聞いたことのない、﹁追加﹂という言葉だった。
新たな持ち主が登録される時にいつも響いていた言葉とは違う。
強制的に俺の持ち主になったのか?
ステータス
木の棒
状態:天女の木の棒
レベル:1
SP:1
スキル:無し
天女は俺に魔力を流してくる。
どういうことだ?
魔力スキルを取っていない俺は激痛を⋮⋮感じなかった?
え?
どうして激痛を感じない?
231
いず
︵何処こよりこの木に宿りし大いなる御心よ。どうか娘の想いにそ
の御心を向けてくださいませ。この木にかけられていた呪いは、私
の力で祓いました。どうか、娘をお守りください︶
大ちゃんと同じなのか?
その女性が心で俺に伝えてきた言葉は日本語だった。
転生者?
スキル取得一覧を見ても、日本語スキルはない。
俺からこの女性に話しかけることは出来ない。
女性の言葉をただ聞くだけ。
︵この子がこれから向かう先で大いなる試練が待っています。どう
アーシュに試練が待っている?
かこの子の側で、この子の想いに応えてやってください︶
試練?
女性は俺をアーシュに戻すと、すぐに部屋を出て行った。
俺は去っていく天女の後ろ姿をただただ呆然と見送った。
232
メモリー
1.ゴブリンロード︵死亡︶
2.ゴブリン□
3.ひょろひょろおじさん□
4.空飛ぶ少女?
5.怪しい女王?
6.聖女?
7.優しい王子?
8. □
9.悪魔のゴブリンロード︵死亡︶
10.純粋なるオーク︵死亡︶
11.アーシュ?
12.ベニちゃん?
13.ラミア?
14.天女?
233
第24話 元夫婦
ハール達が打ち合わせをするテントに、その女性はやってきた。
﹁久しぶりね。リンランディア﹂
﹁はい。アマテラス様もお元気そうで何よりです﹂
﹁貴方がアーシュの側にいてくれるから、何の心配も無しに旅に出
ていられるわ。ありがとう﹂
﹁勿体ないお言葉です﹂
﹁⋮⋮それで、あの馬鹿はどこ?﹂
リンランディアの背中で何かがピクリと動く。
﹁ハ、ハールは外に出ておりまして⋮⋮その戦後の処理でいろいろ
と⋮⋮﹂
﹁貴方は正直すぎるわね。あの馬鹿が戦後の処理なんてこと、する
わけないじゃない﹂
アマテラスに睨まれたリンランディアは、額から汗がにじみ出て
いる。
234
﹁さっさと出てきない!
オーディン﹂
アマテラスがリンランディアの背中にくっついて、隠れていた小
さなものを平手打ちで、叩き落とす。
﹁イ、イテージャネーカ!﹂
本当に馬鹿ですね!﹂
坊やが作った玩具と遊ぶのに夢中で、娘の危
そこには、手の平サイズに小人化したハールがいた。
﹁まったく貴方は!
機に気付かないなんて!
マ、マテ!
ハナセバワカル!
アレハチョットシ
床でふんぞり返るハールを蹴飛ばすアマテラス。
﹁ウギャー!
タジコダッタンダ!﹂
﹁ピーピーうるさい!﹂
蹴り飛ばされて、壁にぶつかったハールを、アマテラスが踏み潰
す。
235
﹁いいこと。貴方がいま生きることが許されているのは、アーシュ
の父親だからですよ。そうでなければ、私が貴方の上の首と下の首
を、叩き斬っているのですからね!﹂
彼女の言葉は本気だ⋮⋮リンランディアはそう思った。
﹁あの聖樹王から作られた棒に、坊やがした悪戯は私が消しておい
たわ。完全には無理だけど。それと、アーシュの胸にあるトゲの力
も、私に出来る限り弱めておいたから。後は貴方が上手くやりなさ
アーシュにはあの棒があるのだから返し
い⋮⋮シニタクナケレバ﹂
﹁ハ、ハイ﹂
﹁ザンテツケンはどこ?
てもらうわ﹂
小人ハールは、パタパタと全力で走って刀を持ってくる。
そして小人ハールが、自分の身体の数倍の刀を持って走って戻っ
てくる。
﹁コチラデゴザイマス﹂
236
アマテラスはザンテツケンを受け取ると、代わりに自分が持って
いた刀をリンランディアに預ける。
﹁マサムネは貴方に預けておくわ。アーシュの棒にまた万が一何か
あったら、この刀を渡してあげて頂戴﹂
﹁かしこまりました﹂
ハナセ!﹂
もう去っていくだろ⋮⋮そう思って気を抜いていたハールを、ア
ナニスルンダ!
マテラスが握る。
﹁ギャ!
手の中でもがくハールに向かって、彼女は静かな声で呟く。
﹁神樹に亀裂が入り崩れている場所があるわ﹂
それだけ呟くと、アマテラスはゴミを投げ捨てるように、ハール
をゴミ箱に投げ入れた。
﹁アーシュ達をお願いね。リンランディア﹂
﹁お任せください﹂
237
アマテラスに頭を下げるリンランディア。
そして彼女は嵐のように去っていった。
﹁まったく。迷惑なやつだ﹂
一度は俺の女にしたのに⋮⋮ちょっと他の女に手を出
﹁卿も彼女の前では形無しだな﹂
﹁くそっ!
したからって﹂
﹁彼女を妻に迎えて、他の女に手をだせる卿の気持ちが知れん﹂
﹁男という生き物は、常に己の欲望に忠実であるべきだ!﹂
﹁⋮⋮アーシュが生まれていなければ、本当に卿は斬られているの
だろうな﹂
アーシュの胸にあるトゲはサタンのも
リンランディアは一瞬遠い目で、虚空を見る。
﹁それで、どうするのだ?
のだろ?﹂
238
﹁ああ⋮⋮どうもアーシュに興味があるらしい。﹂
﹁どのようなトゲなのだ?﹂
﹁分からね∼。ただ、あいつのすることだ。アーシュを殺すような
ものではないだろう﹂
﹁彼女がトゲの力を弱めてくれたらしいが、アーシュを今後戦いに
参加させるのは危険ではないか?﹂
﹁そんなビビッていたら何も始まらねぇよ。むしろ逆だな。アーシ
ュを囮に使おう﹂
つい先ほど、アマテラスに殺されかけた男の言葉とは思えない。
リンランディアは、本当に目の前の男が馬鹿なのだと思った。
﹁こいつを、神の泉に戻すのをアーシュ達に行かせる﹂
ハールが机の上に置いたのは、リンゴのような果実だった。
﹁禁断の実を神の泉に戻す。サタンがこれを置いていった誘いにそ
のまま乗るというのか﹂
﹁そうだ。あいつが何を考えているのか分からね∼が、そもそもあ
いつの考えを分かる必要はない。あいつは遊んでいるだけだからな﹂
239
﹁“一の時”より生きる者達は、神からの意思を受けている。サタ
ンはただ遊んでいたいだけと言っていた。卿はどのような意思を受
けているのだ?﹂
﹁俺は“好きに戦え”という意思を受けた。ま∼神の意思なんてた
いそうな言葉で言っているけど、そもそもそんなの関係ないさ。全
ての命に神の意思は存在する。俺達はそれを一番最初に授かった存
在ということだけだからな﹂
﹁神樹に亀裂が入って崩れていると、彼女は言っていたが⋮⋮﹂
﹁さてね。それが神の意思なのか、それともあいつが何かしてるの
か﹂
﹁アルフか?﹂
と聞
﹁ああ、あいつが神から受けた意思は、“世界を調整する”だ﹂
﹁世界の調整⋮⋮それは世界を壊すことも含まれるのか?﹂
﹁わからん。俺は面倒事嫌いだったからな∼﹂
﹁神⋮⋮とは存在するのだな?﹂
﹁ああ、いるぜ。神はいる。いるけど、存在しているのか?
かれると、存在していないとも言える﹂
﹁全ての意思は子供達に授けた⋮⋮か﹂
240
﹁この世界が繁栄しようが、壊れようが、神は何もしない。“零の
時”から全てを創った。後は、この世界に生きる命あるもの達次第
だからな﹂
﹁アルフがこの世界を壊そうとしているなら、それを止めるのもま
た、生きる者達次第なのだろ?﹂
﹁ああ、そうだぜ。別にアルフがすることは神がすることじゃない。
あいつも神が創った俺達と同じ存在だ﹂
アルフのやつをぶっ
﹁ならば審判の時を私は受け入れるつもりはない。愛する妻と娘が
幸せに生を全うするためにも﹂
﹁俺は天界で楽しい戦いが出来ればいいさ!
飛ばすぜ!﹂
﹁卿がアルフと戦いたがっているのは、本当は彼女を取られるのを
恐れているのではないか?﹂
止め
﹁な、なに言ってるんだ?! べ、べ、べ、べ、べ、べつにそんな
ことないぜ!﹂
﹁卿も素直になれば、彼女と仲直り出来ると思うのだがな﹂
﹁俺の首が刎ねられている未来しか見えないな﹂
﹁とにかく、神樹が崩壊すればこの世界は終わるのだろう?
なければ﹂
﹁それが神樹が受けた神の意思で無ければな﹂
241
神は何もしない。何かするのは、この世界に生きる
﹁どういうことだ?﹂
﹁言ったろ?
命あるもの。神樹だって同じだよ。この世界に生きる命あるものだ。
神樹そのものが崩壊に向かっているのなら、止めるのは難しいだろ
うな﹂
﹁終わりはいつか来る⋮⋮ということか﹂
﹁ああ、命あるものいずれ終わりを迎える。でも命ある間は、自分
のやれること、やりたいことをやろうぜ。それもまた、神の意思だ﹂
﹁そうだな。私もやれることをやろう。クリスティーナとニニのた
めに。﹂
242
時は遡る。
ここにも“命あるもの”として、精一杯頑張る1匹のゴブリンの
姿があった。
彼は手に入れた情報雑誌を読んで、一つのアイデアを思い付いた。
そのアイデアを元に、彼は奴隷のように扱われていた巣を飛び出
し、違うゴブリンの巣にやってきた。
その巣にいたボスのゴブリンロードに自らのアイデアを話す。
そのボスは、ゴブリンの言葉に耳を傾け、やってみろと1匹のサ
キュバスをゴブリンに差し出したのであった。
ゴブリンはそのサキュバスを使って、この力こそが全ての地下世
界において、初めてのお店を開くのであった⋮⋮。
243
第25話 夢で逢えたら
お母さんがおまじないをかけてくれた後も、ルシラは私の想いに
すぐには応えてくれなかった。
それでも私は自分を信じて、ルシラに愛情を注ぐ。
ルシラのことを信じる、そのことをまずは自分が信じる。
それが出来なければ、ルシラはきっと私の想いに応えてくれない。
一緒にお風呂に入って、艶々に磨いてあげて、一緒に寝て。
お話もたくさんして、私の魔力をルシラに流していく。
何度も、何度も、何度も、私の魔力をルシラに流す。
応えてくれなくても、私はルシラに愛情を注ぐ。
ルシラに頼ってばかりではなく、自分の力を高めるための鍛錬も
する。
それはルシラの本当の持ち主になるため。
ルシラを2度と傷つけないために、私自身が強くなる。
そうしていたある日の晩、ベットに一緒に入っていると、ルシラ
から一瞬魔力が流れてきた。
私は嬉しさのあまり涙を流してしまった。
244
すぐに魔力をルシラに流し返してみる。
ルシラはまるで泣いた子供が母親の愛情を確かめるように、私に
魔力を流してくる。
うん、そうだよ。
私はルシラと一緒だよ。
ルシラを離すつもりなんてないよ。
ずっと、ずっと一緒だよ。
私はルシラを信じるよ。
だからルシラも私を信じて。
大好きなルシラ。
愛しいルシラ。
ルシラを抱きしめて魔力を流し合う。
魔力と魔力が絡み合う感じ。
それは、楽しくて、嬉しくて、気持ちよくて、私を満たしていく。
そして、ルシラの優しい魔力に包まれて、夢に落ちていった。
245
あの天女が俺に何かした。
何をしたのか分からないが、例の空白の持ち主のチェックが外れ
たのだ。
これは、俺の意思に反して勝手に力が出たりなくなったりするこ
とが、もうないと思っていいのだろうか。
チェックが外れただけで、持ち主を消去することは出来ない。
俺は迷いの中、アーシュの想いに応えることなく過ごしていった。
アーシュはそんな俺に愛情を注いでくれた。
お風呂にも入れてくれたし、艶々に磨いてお話もずっとしてくれた
そしてベットに一緒に入ると、優しい魔力を俺に流してくれた。
俺はそれに応えたい気持ちを抑えて我慢していたのだが⋮⋮。
天女は、アーシュにこれから試練が訪れると言っていた。
そして、俺に側にいて守ってやって欲しいと。
俺はいいのだろうか⋮⋮アーシュの側にいていいのだろうか。
俺は、怖がる子犬のように、アーシュにほんのちょっぴりだけ、
魔力を流してみた。
246
その瞬間、アーシュは飛び上がらんばかりに、笑顔をはじけさせ
て泣いた。
そして、俺にすぐに優しい魔力を流し返してきた。
アーシュの魔力に包まれながら、俺も優しい魔力を返した。
魔力と魔力で絡み合う2人。
ベットの中で抱き合う恋人のようだった。
アーシュに応えることをやめた日から感じなかった睡魔を久しぶ
りに感じた。
そのまま、アーシュと一緒に夢の世界に落ちていった。
ルシラ
私が貴方の名前を呼ぶ
247
アーシュ
俺が君の名前を呼ぶ
夢の中で抱き合う
2人だけの世界で、いつまでも
もう離れないで
君が泣きそうな声で囁く
もう離さないよ
貴方が温かい声で囁く
愛してる、愛してる、愛してる
何度も私達は囁き合う
248
心地よい夢から覚めた俺は、アーシュに魔力を流す。
アーシュも俺の魔力で起きたのか、笑顔を向けて魔力を流してく
る。
俺達はしばらくそのまま抱き合いながら、朝のまどろみの中、お
互いの温もりを感じ合った。
その時から俺達は、魔力でお互いの意思や感情が分かるようにな
った。
なんとなくなんて曖昧なものじゃない。
イメージすればそれが相手に伝わるほどの、確かなものだ。
言葉は理解出来ない。
でも、心で本当に繋がったんだと思う。
その日の昼、アーシュ達はハールに呼ばれた。
ハールとリンランディアが、アーシュ達に何かを説明している。
そしてアーシュに渡されたのは、リンゴのような果実だった。
この果実に何かあるのか?
249
あのハールがアーシュに直接渡した果実だ。
ただの果実ではないぐらい、俺だって想像できる。
きっとこの果実はやばい代物だ。
天女が言っていた、試練に関係するのか?
どちらにしても、俺はアーシュと一緒に行くだけだ。
もう迷わない。
俺はアーシュの刀として、アーシュと共に生きる。
空白持ち主のチェックが外れたことにも期待できるが、仮にまた
あの気持ち悪い感触に襲われても、今度は俺の意思で跳ね除けてや
る!
そう思っていたら、アーシュから魔力が流れてきた。
“ルシラは独りじゃない”“今度は2人で打ち勝とうね”と。
アーシュの心が俺を満たしてくれた。
250
時は遡る。
1匹のガーゴイルは満たされていた。
ひ弱なゴブリンの誘いに乗って行ってみれば、そこには1匹のサ
キュバスがいた。
そして、好きにしてよいと。
ガーゴイルは喜んでサキュバスを犯した。
事を終えたガーゴイルにゴブリンは、もっと多様なサキュバスや
女を集めると言った。
ガーゴイルは自分も協力すると伝えた。
251
ゴブリンは仲間を得た。
ただ、このガーゴイルと繋がったことは、巣のボスには内緒にし
た。
数日後、ガーゴイルが調達してきたサキュバスや、メデューサ、
人魚などがお店に入店した。
ゴブリンの店は瞬く間にある一帯で有名になっていった。
ゴブリンの巣も潤い、ボスだったゴブリンロードは、ゴブリンキ
ングに進化していった。
ただ、平穏な日々は長く続かなかったのだ。
オーク達が攻めてきた。
その情報はガーゴイルによって、一番最初にゴブリンの耳に入っ
た。
彼はすぐにボスにそのことを告げたが、ゴブリンキングになって
調子に乗っていたボスは、ゴブリンの忠告を聞かなかった。
ゴブリンはこのボスを見限った。
すぐに、お店の中でも人気の高いものを連れて、ガーゴイルと共
に逃げ出した。
252
システムは出来つつある、あとは自分がボスとなり、今度は上手
くやって見せる。
ゴブリンの目には光り輝く闘志が宿っていた。
253
第26話 子供
アーシュ達は何処かへと向かっている。
ハールにもらった果実はアーシュが持っている。
ちなみに、何で移動しているのかというと⋮⋮ラミアです。
はい、ラミア白蛇になって、アーシュとベニちゃんを乗せて高速
移動中です。
これがなかなか速いし、乗り心地がいい。
ラミアも楽しいのか、ご機嫌で移動してる。
俺はアーシュが持っているけど、ラミアの蛇の皮膚に触れていれ
ば、魔力供給してあげられるので、ラミアの魔力が切れることはな
い。
途中、悪魔と遭遇しても、ラミアの水蛇と、アーシュの雷で牽制
したり、倒したりして進んでいく。
いったいどこに向かっているのだろう?と疑問に思うと、アーシ
ュから魔力が流れてきた。
その魔力に込められたイメージには、聖樹王のような大きな木が
浮かんでいた。
この果実を聖樹王の場所に届けるのか。
1時間ほど移動した時、前方で大きな煙が上がった。
アーシュ達がその煙の近くにいくと、一人の少年が悪魔と戦って
254
いるところだった。
しかも、ケルベロスだ!
あの大穴の境界線にいたケルベロスと同じ種族と思われる悪魔相
手に、子供が1人で戦っている。
アーシュが雷をケルベロスに落とす。
一瞬ひるんだケルベロスを、少年があっという間に倒してしまっ
た。
少年のもとに向かったアーシュ達。
近くまでいくと、その少年は本当に子供だ。
まだ10歳ぐらいじゃないか?
こんな小さな子供がどうして1人でこんなところに?
アーシュ達は子供と何か話している。
アーシュがこの子供を警戒していることが分かる。
ベニちゃんとラミアはそうでもないけど。
俺も、この子供からは何か嫌な感じがする。
無邪気に笑い、楽しそうにアーシュ達に話しかけてくる。
ん?どうやら、この子はついてくるのか?
ま∼こんなところに1人でいるのは危ないけど、そもそもこの子
255
は里の仲間なのか?
ハールの里以外に住んでいる者達との関係性がいまいちよくわか
らん。
そもそも、何の基準でハールの里の味方になるのか、敵になるか
も分からないのだから。
アーシュは若干渋っていたけど、結局子供は一緒に行くみたいだ。
また白蛇になったラミアに、子供も一緒に乗ってくる。
乗った時に、アーシュの脚を触ろうとして、アーシュに手で弾か
れていた。
アーシュがちょっと怒鳴っている。
﹁気安く触らないでよ!﹂ってな感じだ。
ま∼俺も大事なアーシュを気安く触られるのは気に入らないけど、
まだこんな子供だ。
俺は大人だからな!余裕の笑みで許してやろう!
でも次触ろうとしたら、俺が雷落とすからな?
アーシュの子供に対する警戒は高まるばかりだ。
子供はそんなことお構いなしに、楽しいピクニックにでも行くか
のような雰囲気だけど。
子供と一緒に向かっていった先に見えてきたのは、聖樹王だ。
256
たぶんね。
この地下世界は真っ暗なので、遠くから聖樹王を視認することは
難しい。
こうやって、ここまで近づいてきたら、この馬鹿でかい木が聖樹
王なのだろうと思うのだけど、色が黒いな。
まるで俺みたいだ。
⋮⋮この木の棒は地下世界の聖樹王から作られているのか?
ナールみたいな、聖樹の狩り手が存在するのか?
聖樹王の側まで来ると、ラミアは白蛇から元の姿に代わり、みん
な徒歩で歩いていく。
向かう先はもちろん、聖樹王だろう。
聖樹王の根に空いた穴から、中に入っていく。
大穴の境界線に向かった時を思い出すな。
今回は逆で、地下世界側からだけど。
アーシュ達が根の穴に入って歩くこと1時間ちょい。
目的地なのか?神秘的な泉に辿り着いた。
根の穴の中に泉があることも驚きだけど、こんだけでかい木の中
なら、あっても不思議じゃないか。
アーシュは持ってきた果実をその泉の中に入れた。
手を合わせて祈る3人。
257
果実はゆっくりと泉の奥底に沈んでいった。
子供はそれをじっと見ている。
これで終わり?
しばらく祈りを捧げると、さて帰ろ∼みたいな感じになった。
え?
これだけのために来たの?
なんかあっけないな∼と思いつつも、変なトラブルが起きるより
いいかと思っていたその時、子供がアーシュ達に何か指さす。
指さした先は泉。
アーシュが果実を戻した泉の底から、大量の果実が浮かび上がっ
てくる!
な、なんだこれ?!
アーシュ達も驚いている。
この果実はいったい何なんだ?
慌てるベニちゃんとラミア。
アーシュは泉を睨み付けて、事態を把握しようとしている。
すると、子供が泉の側にひょいと飛び移る。
そして、泉から湧き出る果実を1つ手に取ると、そのままかじっ
た。
258
大きな声をあげて驚く3人。
あの果実を食べることが、そんなに驚くことなのか⋮⋮。
少年は果実をどんどんかじっていって、1つをまるごと食べてし
まった。
少年は果実を食べ終えた後、両手を広げて自分をアピール?して
いる。
自分は平気だよと、言わんばかりに。
それを見て、また驚愕している3人。
特にアーシュの動揺はすごい。
アーシュは果実を指さし、少年に何かを聞いている。
少年はアーシュに答えていく。
少年とのやりとりの後、アーシュは泉に近づこうとする。
ベニちゃんとラミアが、アーシュの腕を掴んで止める。
ものすごく怖い顔でアーシュに注意しているようだ。
アーシュは、ごめんごめんといった軽い感じで謝っている。
アーシュはあの果実を食べようとしたのか?
それをベニちゃんとラミアは止めた?
少年は3人の様子を笑いながら見ているだけだ。
この果実を食べるといったいどうなるんだ?
259
アーシュは俺の想いに魔力で応えてくる。
伝わってくるイメージは“強くなる”だ。
この果実を食べると強くなるのか?
なら、どうしてみんな食べないんだ?
“死”のイメージが伝わってくる。
死ぬのか⋮⋮この果実を食べたら本当は死ぬのか?
子供はどうして生きていられるんだ?
この子供の強さは果実を食べたことで得られた強さってことなの
か。
果実を食べたら死ぬということが、嘘だったとか?
再び少年がアーシュに何か言う。
アーシュの目は、あきらかに果実に向いている。
少年を警戒していたはずなのに、どうしてアーシュは少年の言葉
を聞いているんだ?
そんなに果実が食べたいのか? いくら強くなれるからって、そ
んな死ぬかもしれないって果実を食べるなんてダメだ。
ベニちゃんとラミアは絶対ダメという感じで、アーシュを止めて
いるが、アーシュはどうも食べたがっている。
ベニちゃんが本気で怒り始めた。
260
さすがにアーシュも分かったのか、名残惜しそうに泉から離れよ
うとする。
その時、子供が何か呟いた。
261
第27話 誘導
お父様から禁断の果実を、神の泉に戻してくるように頼まれた私
達は、すぐに神の泉に向かった。
ラミアの白蛇であっという間に着くと思っていたら、途中でおか
しな子供に出会う。
こんなところに子供が?
私が子供を襲う獣に雷を落としたら、次の瞬間、子供はその獣を
あっという間に倒してしまった。
私は驚いた、あの獣はそんなに簡単に倒せるものじゃない。
子供はひょうひょうとした調子で、自分の素性を話していたけど、
私には信じられなかった。
この子供が嘘をついていることは明白だったけど、いまは神の泉
に向かうのが先決。
さっさと行こうとすると、自分もそっちに向かうから乗せていっ
てと言ってきた。
私は嫌な予感しかしなかったので断りたかったのだが、ベニちゃ
んとラミアが子供1人では危ないからと承諾してしまった。
あの獣を簡単に倒す子供に危険なんてないと思うけど。
普段のベニちゃんとラミアなら、こんな怪しい子供を受け入れる
とは思えない。
何かがおかしいと、私はさらに警戒を高めていた。
262
そんな私の警戒はあっけなく崩れた。
神の泉までついてきた子供。
私達が禁断の果実を泉に戻したあと、この泉の底から湧き出るよ
うに、禁断の果実がいくつも浮かび上がってきた。
私達は驚いた。
どうして禁断の果実がこんなにたくさん?
動揺する私達を楽しむかのように、子供は泉に近づくと、禁断の
私はそう思った。
果実をかじって食べてみせた。
死んだ!
禁断の果実とは、神のみが食べることを許された果実だ。
この世の全ての力を授かると言われているけど、神以外が食べた
ら、その場で死んでしまう。
それが禁断の果実である。
それなのに、目の前の子供は禁断の果実を食べても、何ともない
ように手を広げて言った。
﹁この果実を食べて僕は強くなったんだ。お姉ちゃん達も食べてみ
たら?﹂
この果実から力を得た?
本当にそんなことが?
263
どうして君は死なないの?﹂
私は禁断の果実を指差し、子供に訊いてしまった。
﹁この果実を食べたら死ぬはずよ?
﹁そんなの嘘だよ。それはこの果実から力を手に入れないように作
禁断の果実に関することが嘘?
られた、真っ赤な嘘さ﹂
嘘?
でもどうして、そんな嘘が必要だったの?
食べるだけで強くなれる。
私が強くなれば、ルシラの本当に持ち主に近づける。
もうルシラを傷つけない。
誰にもルシラを傷つけさせない。
そんな力を得られるの?
私の足は、泉に向かっていった。
そんな私を止めてくれたのは、ベニちゃんとラミアだった。
私は軽い笑顔で、2人に冗談だよと言いながらも、心の中では果
実を食べたいと思っていた。
そんな私の欲望を子供が刺激してくる。
﹁お姉ちゃん食べてみなよ。雷帝より強くなれるよ﹂
264
お父様より?
あの雷帝よりも?
私は再び泉の果実を取りにいこうとしていた。
身体が勝手に。
ベニちゃんが本気の形相で怒ってきた。
私は、はっ!っと自分を取り戻して、ベニちゃんに謝る。
本当にどうしたんだろう。
お父様より強くなることは私の目標だけど、禁断の果実に手を出
すことは大罪だというのに。
強くなりたいという想いが曲がった方向で動いてしまったのかな。
私は、気持ちを落ち着かせて、早く里に戻ろうと思った。
里に戻って、ルシラとお風呂に入って、艶々に磨いて、一緒に寝
ようと思った。
私がそう思って里に戻ることを決めた時、子供が何か呟いた。
それと同時に、私の胸の中にある何かが、黒く光りだした。
その黒い光はあっという間に私を包み込んだ。
私の意識は闇に囚われた。
265
一瞬で闇の中に囚われた私は、手と足を鎖で繋がれていた。
目の前には、巨大な⋮⋮あまりに巨大な蛇がいた。
勝てないとか、殺されるとかじゃない。
何かを感じることすら許されない。
この存在の前では、自分という存在すら感じられない。
蛇は私を見ている。
見ているかどうか分からないのに、見ていると分かる。
蛇は囁いた。
“僕の力を受け入れるんだ”
君の力を受け入れる?
私が? どうして?
だって、私にはルシラがいる。
私の力はルシラ。
“僕の力の方が強いよ?”
266
君の方が強い?
そうね、君の方が強い。
君の方がずっと強い。
きっと私とルシラでは、君に勝てない。
どんなにもがいても、きっと勝てない。
“だから、僕の力が必要でしょ?”
君の力が必要?
どうして必要なの?
いらないわ、君の力なんて。
私が欲しいのはルシラとの力。
他の力なんていらない。
ルシラがくれる優しい力。
ルシラがくれる温かい力。
ルシラがくれる逞しい力。
ルシラがくれる⋮⋮ルシラがくれる⋮⋮
267
“君を傷つけたのに?”
ルシラは1度も私を傷つけたことないわ。
私が彼を傷つけた。
彼に頼って、自分を見つめなかった私が彼を傷つけた。
“彼を傷つけたのに?”
そう、私は彼を傷つけた。
あんなに優しい彼を。
自分のことばかり考えて、彼を傷つけた。
“君は彼に相応しくない”
私は彼に相応しくない。
私は彼の側にいたらいけない。
彼にはもっと相応しい人がいる⋮⋮。
“だから僕のもとにおいで”
彼と離れて君のもとに?
君のもとに⋮
268
君のもとに⋮⋮
“それが彼の幸せのためだよ”
彼の幸せのために、私は君のもとに⋮⋮
ルシラ⋮⋮
私の心が闇に落ちようとした時、天から降り注ぐ光の中から、そ
の人の手が伸びてきた。
愛しい貴方が、私の名前を呼びながら⋮⋮
アーシュ!!!
269
第28話 空白の持ち主
子供が何かを呟いた瞬間、アーシュの胸から黒い光がもれ始めた。
俺は、これはやばいと直感で分かった。
この黒い光は絶対にまずい。
なんだ、どうしてこんな黒い光が。
その黒い光がもれ始めた途端、アーシュの目の光が徐々に失われ
ていくようだった。
ベニちゃんとラミアがアーシュに近づこうとした時、黒い光は解
放されたように爆発した。
その爆風で吹き飛ばされるベニちゃんとラミア。
くっ!この黒い光⋮⋮アーシュを操る気か?
爆発の後に立っていたアーシュの目は、光を宿さない人形の目だ
った。
何かに操られている、まさにそんな表現がぴったりだ。
事実、アーシュはぎこちない動きで、泉に向かっていく。
子供は笑いながら、アーシュを見ている。
果実に手を伸ばす。
美しい泉の中から、1つの果実を取る。
その果実を持った手を、口に近づけていく。
270
俺は、全力で魔力をアーシュに流した。
俺の魔力が流れると、果実を手からこぼす。
アーシュに必死に声をかけるように魔力を流していく。
魔力は、黒い光がもれていくアーシュの胸の部分へと流していく。
そこに向かって、魔力を全力で流す。
アーシュは俺の魔力が流れた途端、苦しそうにもがいている。
あの黒い光と、俺の魔力がアーシュの中でぶつかっているのか?
負けるなアーシュ! アーシュ!!
少年が何かを呟いた。
また何か起きるのか?
しかし、何も起きない。
そのことに少年は、初めて表情を崩す。
アーシュではなく、俺⋮⋮棒を睨み付けている。
どうして俺を睨む?
お前は俺の存在を知っているのか?
アーシュが持っているただの棒だろ?
何も知らない者からすれば、俺はただの棒だ。
271
俺にどんな力があって、俺がどんな存在なのか、お前は知ってい
るのか?
少年はアーシュに近づいてきて、俺に触れようとする。
触れられるとやばい!俺の危機本能がそういっている!
アーシュ!こいつを⋮⋮斬れ!!!!
胸からもれる黒い光に苦しみながらも、アーシュは雷神刀となっ
た俺で、子供に斬りかかる。
子供は簡単にアーシュの斬撃をかわす。
事態を見守っていたベニちゃんとラミアも、少年を敵と認識して
攻撃する。
3人の攻撃を余裕でかわしていく少年。
アーシュの黒い光はなくならない。
うつろな表情で、俺を握りしめてなんとか立っているアーシュ。
無意識の中で戦っているようだ。
少年は笑いながら3人と戦っていたが、アーシュに向かって手を
向けて、何かを呟く。
すると、アーシュの胸からもれる黒い光が一気に増大した。
272
くっ!俺の魔力じゃ抑えきれない。
爆発を警戒して、アーシュから距離を取るベニちゃんとラミア。
黒い光がアーシュを包み込み、アーシュは意識を失った。
意識を失ったのだが、アーシュは立っていて、俺を握っている。
そして開いたその目は虚ろ⋮⋮虚空を見るような操り人形だ。
雷神刀を握り、その目がベニちゃんとラミアを捉える。
ベニちゃんとラミアに斬りかかるアーシュ。
俺は一瞬で雷神刀を解いて、最低出力の闘気だけの棒に戻る。
普段のアーシュの華麗な動きとは違う、ちぐはぐな動きだ。
この動きならベニちゃんとラミアが攻撃を受けることはないだろ
う。
受けたところで、最低出力の棒に叩かれたぐらいではダメージも
ないだろうし。
俺が雷神刀を解いたことで、2人は棒の意思は操られていないと
分かっただろう。
ベニちゃん達がアーシュの相手をしている間に、俺は必死に魔力
をアーシュに流す。
アーシュを操っている、あの黒い光をどうにかしようと。
アーシュ!しっかりしろ!
俺はここにいる!
273
アーシュ!!
少年は俺がただの棒でいることが面白くないのか、一本の槍をア
ーシュの前に落とす。
アーシュはその槍を拾おうとした時、動きが止まる。
俺を捨てて槍を拾うことに戸惑っているのだろう。
俺は最後のチャンスと思って、ありったけの魔力を流し込む。
愛しい人の名前を呼びながら。
そして、黒い光と、俺の魔力となった白い光がアーシュを包み込
んで⋮アーシュは意識を失った。
つまらなそうな顔をした少年は、アーシュに近づいていく。
ベニちゃんとラミアが同時に少年に攻撃を仕掛けるが、あっけな
く弾き返されてしまう。
少年はアーシュを見下ろしながら、その姿を大蛇へと変える。
大蛇の頭には、悪魔の巨人のような姿をした上半身が生えている。
こいつ、あの時の!
ハイオークキングと戦っていた時に、突然現れたあの大蛇か!
リンランディアをもて遊ぶような相手だ、ベニちゃんとラミアで
は手も足も出ないだろう。
274
こいつはいったい何なんだ?
どうして、アーシュを狙う?
いや、待てよ。
オークの急激の進化ってこいつが関係していたんじゃないか?
メモリー機能を見て後で気付いたが、俺によってハイオークキン
グに進化したあいつは、純粋なるオークという名前になっていた。
純粋なるオーク⋮⋮それがどんな存在なのか分からないが、俺無
しであいつがさらに進化出来たのか?
この大蛇が、何か後ろで手を引いていたとすれば。
この大蛇が、俺の空白の持ち主だとすれば。
推測の域を出ないが、俺の中ではいろいろと納得出来てしまう。
ハール級の強さと思われるこの大蛇なら、何らかの力で俺に強制
的に干渉してきたって不思議じゃない。
特に、俺がアーシュを傷つけてしまった時、こいつはすぐ側にい
たんだ。
近ければ近いほど干渉しやすいかどうか知らないが、単純に考え
ればそうだろう。
そもそも、俺をこの黒い木の棒に転生させたのも、お前の仕業か?
一番最初の時もそうなのか?
275
その巨大な手でアーシュを掴み、アーシュが握りしめて離さない
棒と一緒に、根の穴の奥へとものすごいスピードで走り出す大蛇。
その顔は楽しそうに笑っているように見えた。
俺とアーシュをさらった大蛇は、根の穴を駆け巡ると、まるで天
から光が降り注ぐような、緑溢れる場所へとやってきた。
ここが根の中だと誰が思うだろう。
そもそも、この光はどこから降り注いでいるんだ?
地上世界?
いや、もっと上か、天界か?
神々しいほどの光が降り注ぐ中、大蛇はアーシュと俺をその中心
に置いた。
大蛇は光の先を見つめて笑っている。
何かを待っているのか?
アーシュを光の中心に置いてどうする気だ。
シチュエーション的には生贄か何かか?
アーシュに全力で癒しの魔力を注いでいるけど、まだアーシュの
意識は戻らない。
大蛇は何をするわけでもなく、ただただアーシュと俺を見つめて
いる。
276
お前の目的は何なんだ?
何も出来ずアーシュがさらわれるのを見ているしかなかったベニ
とラミア。
しかし、事態は2人に絶望する時間すら許さない。
2人は、根の穴の奥に向かうのと、ハールに知らせるために2手
に分かれる。
ラミアが根の穴の奥へ、ベニがハールに知らせに行くことにした。
ラミアの水の印をつけていけば、後から追ってくる時の目印にな
るからだ。
ベニが走る。
雷帝に事態を報告するために、鬼神となって全力で。
アーシュが大蛇にさらわれた。
考えたくないけど、アーシュが殺されたら⋮⋮。
涙を流しながら、ベニは走る。
277
根の穴から出た時、ベニの目の前に現れたのは、まさに会いにい
こうとしていた人物だった。
雷帝ハール、氷王リンランディア。
2人は既に、根の穴の入り口にいたのだ。
ベニは、息を切らしながらハールにアーシュのことを報告する。
ハールはベニの頭を撫でて笑顔で言った。
﹁大丈夫だ。俺の娘は簡単に死なね∼よ﹂
3人は、ラミアが残してくれているであろう目印を頼りに、根の
穴の奥に向かうことにした。
ラミアは、何処かへ走り去っていった大蛇の匂いを追いながら、
根の穴の奥へ奥へと向かっていた。
途中に水の玉を残して、後からハールを連れてきてくれるベニを
信じて。
向かった先でアーシュが生きていなかったら。
あの大蛇に襲われたら、自分も生きては帰れないだろう。
それでもラミアは匂いを追って向かう。
大切な友のために。
278
ラミアの前に、大きな二つの穴が現れた。
大蛇の匂いを探っても、どちらに行けばいいのか曖昧だ。
迷い悩むラミア。
でもすぐにその答えは出た。
なぜなら、1つの穴から、女性が出てきたのだ。
天女のような美しい女性。
里に住む者で、この女性のことを知らない人はいない。
雷帝ハールの元妻であり、アーシュの母親であり、一の時から生
きるもの、アマテラス。
279
第29話 天女
VS
大蛇
ラミアはアマテラスに、言葉に詰まりながらも、今まで起きた事
を説明した。
アマテラスは優しい笑顔でラミアの言葉を聞いて頷いた。
﹁ありがとうラミアちゃん。アーシュを守ってくれて﹂
ラミアの美しい髪と頭を撫でてあげた。
﹁この穴の先に、アーシュはいるわ。そして坊やもね。ラミアちゃ
んはここで待っていて。ベニちゃんと、馬鹿が後ろからすぐにやっ
てくるはずだから。あの馬鹿に、殺されたくなかったら、全力でこ
いと伝えてね﹂
ラミアは頷く。
そして天女は笑顔で穴の奥へと向かっていった。
ここに来て、それほど時間は経っていない。
アーシュの意識が戻ってきた。
280
癒しの魔力を流し続ける俺。
アーシュは俺を見ると、一瞬ほっとした安心した表情を見せる。
でもすぐに、戦士の表情に変わり、俺を握りしめて立ち上がる。
状況を把握しようと。
そして、まるで楽園のような、光と緑溢れるこの場所を見て驚き
ながらも、後ろに佇む大蛇の存在を見て、戦闘態勢をとる。
大蛇はただ笑っているだけだ。
アーシュは全力の電光石火を発動する。
俺も全力の雷神刀だ。
だが、俺達の攻撃は、この大蛇にまったく意味をなさなかった。
スピードも、パワーも、何もかもが桁違いの相手なのだ。
そんなことは分かっている。
分かっているけど、こいつに屈するつもりはない。
この戦いに待っているのが死であっても、俺とアーシュの想いは
変わらない。
大蛇は余裕で戦いながらも、俺達を攻撃してこない。
遊んでいる。
281
子供が遊ぶように、俺達をもて遊んでいる。
いや、俺達がもっと力を出すのを待っているのか?
まるで、これは稽古のようだ。
アーシュの動きの悪い部分を指摘するかのように、軽い攻撃だけ
出してきた。
まるで目的が見えない相手の動き。
それでも、俺達はこいつを倒すために全力をぶつけていった。
戦う度に、アーシュの動きは良くなっていく。
俺から溢れる力が高まっていく。
大蛇はそれが嬉しいのか、笑っているように見える。
俺達が大蛇と戦い始めて、数分。
アーシュが大蛇との距離を取った時、その女性がこの場所に入っ
てきた。
あの天女だ。
アーシュの部屋にやってきた、あの天女が入ってきた。
アーシュは天女を見て声をあげる。
大蛇も天女を見て驚いているのか?
天女はアーシュと大蛇に話しかけた。
282
﹁お母様!﹂
﹁アマテラス⋮⋮﹂
﹁アーシュ。よく頑張ったわね。きちんと自分を見つめて自分を信
じられたのね。﹂
天女はアーシュのもとにいくと、抱きしめ頭を撫でてあげる。
﹁大丈夫よ。後はお母さんに任せなさい﹂
﹁ううん。私も戦う!私もルシラと一緒に戦うわ!﹂
﹁ルシラ⋮⋮。その木の棒の名前はルシラというのね。素敵な名前。
アーシュがつけたの?﹂
﹁うん。私が考えた名前なんだ。﹂
﹁ルシラと一緒に強くなったのね。それじゃ∼成長したアーシュの
力に期待しちゃおうかしら。でも巻き添えをもらわないように、自
分の身は自分で守るのよ﹂
﹁分かってるわ、お母様﹂
母と娘の会話が終わると、母は大蛇を睨み付ける。
283
﹁久しぶりね、坊や﹂
﹁君がいるとは思わなかったよ、アマテラス。天界に行っていたん
じゃなかったのかい?﹂
﹁ええ、いろいろと旅していたわ。ちょっと馬鹿を蹴飛ばすために
戻ってきていたのよ﹂
﹁ふ∼ん、別れたそうだけど、君もなんだかんだ言ってオーディン
のこと愛しているよね﹂
﹁やめてちょうだい。あんな馬鹿もう2度と愛さないわ﹂
﹁そういうことにしておくよ﹂
﹁それで、いくつか質問したいことがあるんだけど、答えてくれる
気はあるかしら?﹂
﹁う∼∼ん、質問の内容によるかな﹂
﹁神樹が崩れていることに、坊やは関係しているの?﹂
﹁しているかな﹂
﹁神が揺らいでいることにも?﹂
﹁それは僕じゃない。アルフでしょ﹂
﹁この棒は何?﹂
284
﹁神が所望したものさ﹂
﹁坊やが作ったの?﹂
﹁まさか、僕は神の意思に従っただけだよ。ただちょっと悪戯はし
たけどね﹂
﹁神が所望した棒がどうして、地下世界にあったの?﹂
﹁面白そうだったから、僕がそうしたんだ。神の意思に反すること
でも無かったしね﹂
話の内容についていけないアーシュ。
ルシラは神が所望したもの?
情報を整理出来ず、アーシュの頭は混乱していく。
例え神が所望したとしても、ルシラは自分のものだと強く抱きし
めながら。
﹁良い話を聞けたわ。ありがとう﹂
﹁どういたしまして﹂
﹁それで、この場から去ってくれるのかしら?﹂
285
﹁う∼ん、もうちょっと遊んでからかな﹂
﹁あら、私と遊びたいの?﹂
﹁⋮⋮出来れば君とは遊びたくないな∼。遊びで済まされないから
ね∼﹂
﹁なら、さっさと消えて頂戴。私も坊やを痛みつける趣味はないわ﹂
大蛇の顔が歪む。
﹁そんなこと言われると⋮⋮コロシタクナルジャナイカ!﹂
大蛇から力が溢れる。
それだけでアーシュは意識を失いそうになった。
﹁森羅万象﹂
天女が呟くと、アーシュを包み込む光が溢れる。
その光の中にいると、母に抱かれたような温もりと安心感があっ
た。
天女はアーシュに微笑み、アーシュは頷く。
そして戦いが始まった。
286
次元の違う戦いの中、アーシュは自分がさらに覚醒していくこと
が分かる。
今の自分ではとてもたどり着けない境地。
その中に、母の助けがあるとはいえ、それを体感することでアー
シュの細胞が目覚めていくような感覚を覚える。
アーシュの動きが加速する。
輝く白銀の雷となって、ルシラと共に、速く、強く、美しく。
アーシュの動きに笑みを浮かべる天女。
愛娘の成長が嬉しいのか。
大蛇もアーシュの様子に満足そうだ。
アーシュと手に持つ棒から力が溢れるほど、大蛇は歪んだ笑みを
浮かべる。
大蛇が何か企んでいる、天女は迷いながらも全力を出す。
﹁沙羅双樹﹂
天女の言葉と共に、大蛇の身体を無数の緑の葉っぱが包み込む。
天女の持つ刀が振られると、全ての葉っぱが真っ二つに斬り捨て
られ、大蛇の鱗を斬り裂いた。
287
﹁ガアアアア!!!!!﹂
大蛇が初めて苦痛の声をあげる。
苦痛の表情で大蛇は、降り注ぐ光の彼方を見る。
その大蛇の動きにつられて、上空を見る天女。
そして、大蛇が待っている何かに気付いた時、
アーシュが大蛇の頭を叩き斬ろうと、雷となって駆け抜ける。
﹁アーシュ!いけない!!﹂
アーシュが大蛇の頭に向かっていった時、遥か上空から何かがや
ってきた。
それは、俺の意識の中に入ってきた
まるで手を突っ込まれたような感じ。
いきなり上から首根っこを掴まれて、上に引っ張られる感じ。
アーシュが戦っているのに、こんな時に!
288
棒から離れていく自分を感じて、俺は必死に抵抗しようとした。
だがその力は、俺の意識を棒から引き離すと、上空へ引っ張って
いった。
俺はまるで魂だけになったような感覚の中、棒を握るアーシュの
姿が小さくなっていくのをただ見ているだけだった。
そして、光の中に包まれて、俺の意識はなくなった。
ルシラから突然力が失われた。
オーク戦の時とは違う。
あきからに違う感じ。
あの時ルシラは苦しんで、禍々しい何かがルシラを変えた。
でも今は違う。
ルシラがいなくなった。
それがはっきりと分かる。
289
魔力で繋がった私達だから分かる。
この棒から、ルシラの意思が突然引っ張られた。
それは上に⋮真上からきた何かに奪われてしまった。
私のルシラが!
﹁イッタヨウダネ﹂
﹁いったい何を企んでいるの?﹂
﹁サアネ。ボクハアソンデイタイダケ﹂
大蛇はその姿を子供に戻す。
﹁天界で待っているよアマテラス。そこで最後の戦いをしよう。僕
も、本当の姿で君と遊んであげるから﹂
﹁あら、嬉しいわ。堕天使ルシファー﹂
﹁君が地上世界に蒔いた種達も連れておいでよ。これは置いていく
からさ﹂
子供は二つの輝く玉を置く。
290
後ろからハール達がやってきた。
﹁さてと、それじゃ∼僕はこれで。さすがに雷帝と君を同時に相手
出来ないからね﹂
﹁なんだよ。また遊んでくれないのか?﹂
﹁君に興味ないと何度も言わせないでおくれ。天界で彼が待ってい
るよ。君の片目を奪ったフェンリルがね﹂
子供は水の泡となり、消えていった。
意思を失った木の棒を抱きながら泣くアーシュの声だけが響いて
いた。
291
第30話 神
んん⋮⋮くっ⋮⋮あ、頭が⋮⋮
ここは、どこだ?
俺は⋮そうだ!アーシュと一緒に戦っていた時に、
引っ張られるように俺は⋮⋮。
意識が戻り、俺の目に映ったのは、
天使のような翼を広げた男だった。
こいつが俺を引っ張ったのか?
こいつが全ての黒幕か?
天使は俺を見つめ笑みを浮かべる。
慈愛に満ちた表情だ。
そして、俺を両手で持つと歩き始める。
その先には、玉座に座る青年がいた。
天使は青年に、膝をつき頭を下げる。
美しい青年だ。
ただ、表情がない。
292
その目はまるで何も見ていない。
生きているのに、生きていないように見える。
深淵を覗くような深い深い瞳で、俺を見つめていた。
俺は真っ白な木の棒になっていた。
ステータス
神樹の木の棒
状態:神の神樹の木の棒
293
第31話 地上世界
﹁もう20分もすれば穴は塞がります﹂
﹁分かった﹂
境界線を塞ぐ作業の状況を騎士が告げる。
大剣を手に持つ騎士は、髪の毛に白髪が少し見え始めている。
歳を感じさせる白髪とは正反対に、その肉体は20代と思えるほ
ど若々しい。
今年42歳を迎えたシュバルツだ。
シュバルツの報告を受けて頷いたのは、一人の青年。
いや、青年と呼ぶのはもはや失礼だろう。
シュバルツと同じく、若々しく10代と言って信じる者がいても
不思議ではない。
だが、その顔つきは歴戦の戦士の風格を備えている。
今や“世界最強”の名を持つ26歳の剣士なのだから。
剣聖ラインハルト
バハムートの化身より作られた龍王剣﹁エクスカリバー﹂を手に
持ち、氷のような真っ白な鎧に身を包む。
294
いま、彼らは地上世界に残された最後の大穴の1つを塞いでいる。
ベルゼブブとの戦いから10年が経過した。
この間、バハムートの化身から得られた素材を使った装備の開発。
失われた超魔法の研究。
地上世界の戦力は飛躍的に高まっていた。
ラインハルトだけではなく、騎士団全員に龍王シリーズの武器、
防具が支給されている。
シュバルツも、新たな龍王剣﹁黒炎・改﹂を授与されている。
そして、2人の後ろに控えるは、マリアとニニだ。
マリアは今年44歳を迎えた。
だが、その美貌は10年前と変わっていない。
いや、むしろ本当に若々しくなっているほどだ。
超魔法の研究に成功した彼女は、不老を手に入れている。
魔力量もさらに高まり、魔術師にとって限界と言われていた常識
をことごとく打ち破ってきた。
ニニはラインハルトと同じく26歳になった。
可愛らしい少女は、美しい女性へと成長していった。
目覚めた魔法の才能によって、今やマリアと並ぶ最強の魔術師。
氷魔法と水魔法を使い、魔力量はマリアを凌ぐとさえ言われてい
る。
そしてニニが手に持つ短剣は氷魔法に反応し、ニニの魔法の威力
295
をさらに高めていた。
父親であるリンランディアが残した短剣は、氷魔法の威力を増幅
させ、さらに氷龍を作り出したのである。
地上世界の戦力が高まり、聖樹の木の棒無しで大穴を塞ぐ作戦が
開始されたのが3年前。
順調な成果を上げていき、1年前に1つ目の大穴を塞ぐことに成
功。
そして、最後の大穴を今まさに塞いでいるところだ。
あのベルゼブブの時のように、誰かを地下世界側に残すようなこ
とはない。
穴を塞ぐ作業の間やってくる、大穴級の悪魔は、全てラインハル
ト率いる第零騎士団と、シュバルツ率いる第1騎士団によって倒さ
れているからだ。
今も、新たな悪魔バジリスクがやってきた。
見た者を石化させ死に誘う悪魔だ。
﹁俺がやる。全員支援に回れ﹂
王子はバジリスクの眼に巨大な炎の球をぶつける。
ニニが短剣を一振りすれば、バジリスクの脚が一瞬で凍る。
第零騎士団が周りを警戒し、遠距離魔法を飛ばせるものは攻撃し
ている。
296
﹁はぁぁぁぁ!!!!﹂
ラインハルトの一撃で、バジリスクは雄叫びを上げる間もなく、
その首は地に落ちていた。
ニニが作った聖樹草茶を特別に練り込んだ龍王シリーズには、半
永続的に聖属性が付与されている。
だが、ラインハルトが使うエクスカリバーには、聖樹草茶は練り
込まれていない。
なぜか。
ラインハルトは、あのベルゼブブとの戦い以降に、聖魔法に目覚
めていた。
使える聖魔法は己の肉体と装備に聖属性を付与するもののみでは
あるが、彼は自らの力で聖属性を得ているのだ。
﹁辺りの警戒を怠るな﹂
簡潔な指示のみを発してラインハルトは再び境界線上に戻る。
彼を見るニニの顔には、笑顔と信頼⋮⋮そして確かな愛情が見え
た。
頼りない王子から世界最強の剣士へと、夫は自分の信頼と愛情を
得ようと、全身全霊で努力していたことをニニは知っている。
シュバルツ達と共に結婚式は挙げたものの、ラインハルトは自ら
297
の未熟さを思い、ニニに認められる1人の男性になるまで鍛錬の日
々を送っていた。
まだ2人に子供はいない。
この大穴を塞ぎ終えたら、ニニとの子供が欲しいな∼っと密かに
思っているラインハルトであった。
この場にミリアの姿はなかった。
彼女は2児の母親となっている。
現役を退いた今でも、鍛錬を怠ってはいないらしいが、実戦から
はもう8年以上も遠のいている。
シュバルツと一緒に大穴を塞ぐことが彼女の目標でもあったが、
1人目の子供を身籠った時、成長したラインハルトから、その目標
は自分とシュバルツに預けて欲しいと言われ、現役を退くことを決
意した。
ミリアは、その功績から龍王剣﹁真・白雪姫﹂を授与されている。
﹁終わりました﹂
シュバルツの報告からちょうど20分後、最後の大穴は塞がれた。
﹁これでもう悪魔に怯えずに暮らせる平和な世界が訪れるのですね
!﹂
298
騎士団や魔術師団から歓声が上がる。
ここにいる誰もが、永遠の平和が訪れたことを疑わなかった。
それは、ラインハルト達も同じだ。
一緒にこの喜びを分かち合う⋮⋮はずだった。
﹁え?!﹂
声を上げたのはニニ。
そして、ラインハルトもすぐにその存在に気付いた。
﹁い、今のは⋮⋮﹂
マリアも気づいていた。
一瞬だけではあったが“聖樹の意思”を感じたのだ。
それは、自分達よりもさらに下から、遥か上空へと駆け抜けるよ
うに飛んでいったように感じられた。
ベルゼブブとの戦いで起きた奇跡。
聖魔法サンクチュアリ。
299
聖樹の意思が宿った木の棒が、自分達を助けてくれたことを疑う
者はいなかった。
それだけに、あの戦いの後、聖樹の意思が失われたことをどれだ
け悲しんだことか。
神託を受けられる女王ティアにも、一切の反応を示さなくなった
木の棒。
いまも神器として女王が管理している。
あの木の棒から感じられた聖樹の意思。
その存在を感じた3人は顔を見合わせる。
それぞれ思い感じることはあっても、3人が共通して思ったこと。
何かが起こる
そして王子は、ニニとの子供作りが先に延びるな∼っとも思って
いた。
300
第32話 聖樹王の異変
最後の大穴を塞ぎ終えたラインハルト達が城に戻るのと同時に、
女王にある報告が上がっていた。
聖樹王の根や幹にひびのような亀裂が生じている
その報告と同時に、ラインハルト達から聖樹の意思を感じたこと
を告げられた女王。
46歳を迎えマリアのように不老ではないため、年相応の容姿と
なってきたが、その発明がもたらす恩恵はいまだに増え続けている。
﹁何が起きる⋮⋮﹂
女王はすぐに、聖樹王の監視を指示。
10年前と同様に、超大穴が発生する最悪のケースも想定した体
勢を指示した。
ニニは自ら聖樹王の幹の偵察に向かうと告げる。
彼女の短剣から作られる氷龍に乗れば、聖樹王までも瞬く間に到
着出来るからだ。
ラインハルトはニニ1人で偵察に行くのはちょっと心配ではあっ
たが、今やマリアと並ぶ魔術師となったニニに、必要以上の心配を
するのは、例え夫であっても失礼だと思い、女王の判断に任せた。
301
女王は、何があっても戦闘行為は避けてすぐに報告に戻ることを
条件に、ニニを聖樹王への偵察に行かせた。
短剣で氷龍を作り出したニニは、すぐに聖樹王へと飛び立った。
焦っている⋮⋮自分の気持ちをそう理解していた。
理解しても、焦る気持ちを抑えることは出来ないと思った。
聖樹の意思が遥か上空へと飛んでいった時⋮⋮喜びではなく、悲
しさ苦しさを意思は纏っていたように思えたから。
自分を助けて救って、そして祝福してくれた聖樹の意思がこの世
界にまだ存在しているなら、そして困っているなら、自分の出来る
ことは何でもしてあげたい。
ニニは全速で聖樹王の幹に辿り着いた。
﹁これは?!⋮⋮そんな、どうして⋮⋮﹂
辿り着いたニニが見たものは、巨大な世界を支える聖樹王の幹に
亀裂が入り、まるでそこから木が腐っていくかのように崩れて始め
ている様。
﹁どうして聖樹王が⋮⋮いったい何が起こっているの?﹂
302
聖樹王に手を当て、その魔力を感じ取ろうとするニニ。
しかし、彼女に聖樹王の魔力からの声が届くことはない。
亀裂からの腐食はいたるところで散見された。
ニニは亀裂を見ながら、徐々に徐々に、上空へと上がっていく。
明確なラインがあるわけではない。
空飛ぶバイクで天界を目指した時に、雷で落とされたそれは、ど
こからというラインがあるわけではない。
だが、ニニはそのラインを越えた。
聖樹の意思が上空へと昇っていったのなら、向かった先は天界な
のでは?と思わざるを得ない彼女の心が、危険な高度まで彼女を押
し上げていった。
そして、目視できないほどの遥かな高みから、それは落とされた。
﹁きゃあああああ!!!!!﹂
一瞬で氷龍は砕け散り、ニニは意識を失った。
気絶したニニは、そのまま地上へと落ちていく。
この平らな世界にどのような重力法則が存在するのか分からない
が、ニニは加速的にスピードを増しながら、地面に向かって落ちて
いく。
303
そして、地面に衝突する直前⋮⋮ニニを受け止めたのは、硬い大
地ではなく、優しい2つの腕。
水魔法で加速するニニのスピードを落とし、地面に衝突する直前
に、愛しいわが子を抱いた彼の両腕だった。
時は遡る。
神の泉に禁断の果実を戻しにきたアーシュ達は、サタンとの戦い
の最中にルシラの意識が失われてしまった。
サタンは2つの輝く玉を置いていった。
それは、地上世界と天界への鍵だ。
地下世界に堕ちた者は、基本的に地上世界にも天界にも行くこと
は出来ない。
特に魔力の大きい者ほど、神によって遮られた結界を通ることが
出来ないのだ。
だが、その結界を破ることが出来る者がいる。
サタン、そして神に代わり天界を治めるアルフ。
この2名が持つ鍵を使うことで、結界を一時的に開けたり閉じた
りすることが出来るのだ。
304
聖樹王の木の根から、自然発生的に生じる穴には歪んだ結界が発
生する。
小さな穴は魔力の低い者だけが通れる。
穴が大きくなればなるほど、魔力の強い者でも通れるようになる。
地上世界側からすれば、穴の大きさによって悪魔がやってくるよ
うに見えていたが、実際にはさらに奥にある結界を通れるかどうか
によって、やってくる悪魔は決まっていた。
穴の大きさによって、結界の強さが決まっていたので、間違って
いたわけではないのだが。
そして10年前、自然発生ではなく、サタンによって人為的に発
生させた超大穴の結界が一瞬だけ開けられ、ベルゼブブは地上世界
へとやってきた。
サタンは2つの鍵を置いていった。
恐らく罠だろう。
サタンのことなので、ただ単に遊んでいるだけとも思えるが。
ルシラの存在を感じれなくなり、泣きじゃくるアーシュを優しく
抱きしめるアマテラス。
彼女が振り向くことを恐れているハール。
彼女から上手くやりなさいと言われていたが、結果的に何も出来
と身構えていたのだが、彼女からすれば、こんな馬鹿に構っ
ずに終わってしまったのだから、これはザンテツケンが飛んでくる
か?
305
ているよりも、今は愛しい娘のために、一刻も早く動き出すべきと
思い、ハールの存在は忘れることにしたのであった。
﹁アーシュ。大丈夫よ。ルシラの存在が消えたわけではないわ。ル
シラはきっと天界に引っ張られてしまったのよ﹂
﹁て、天界に?﹂
﹁そうよ。天界を治めるアルフ⋮⋮彼が何らかの方法でルシラを引
っ張ったんだと思うわ。お母さんはそれを感じれたから﹂
﹁そ、それじゃ、天界に行けばルシラを取り戻せるの?!﹂
﹁ええ、きっと取り戻せるわ。だから泣くのはやめましょう。お母
さんと一緒にルシラを取り戻しましょうね﹂
愛しい娘に元気を出させるため、嘘ではないにしても今は希望を
持たせることを決めたアマテラス。
実際、天界に引っ張られたであろうルシラの存在がどうなってい
るのか、彼女でも分からないのだ。
地下世界に堕ちた者で中で、唯一、天界に自由に行くことが許さ
れている彼女だからこそ、ルシラが天界に引っ張られていくのを感
じられた。
でもそれ以上のことは分からない、天界に行ってみないことには。
﹁リンランディア。貴方はこの地上世界への鍵を持ってすぐに向か
って頂戴。そして地上世界を治める女王ティアに、聖樹王が崩れ始
306
めていることを告げて、天界に攻める準備をするように言って頂戴﹂
﹁アマテラス様⋮⋮天界を攻めることで、この聖樹王の異変を止め
ることは出来るのでしょうか?﹂
﹁分からないわ。でも行ってみないことには何も始まらない。地上
世界の者達は、なぜ異変が起きているのかも分からないでしょう。
そのまま置いておけば、何も分からないまま、ただ滅びるのを待つ
だけよ。伝えて構わないわ。天界を治めるアルフ王の審判の時だと。
そしてただ滅びるのを待つか、戦い未来を掴むか⋮⋮彼らも選択の
時だわ﹂
﹁例え、その先に滅びしか待っていなくとも?﹂
﹁⋮⋮そうかもしれない。天界に行き、アルフを攻めても何も変わ
らないかもしれない。でも待つだけより、自分達の意思を示すこと
をきっと彼らは選ぶわ﹂
﹁わかりました。では先行して地上世界に向かい、女王に状況を伝
えて参ります﹂
﹁お願い、私も後から向かうから﹂
地上世界の鍵を持ち、リンランディアは穴の先に向かう。
その先にある門に鍵の球をはめれば、聖樹王の根から地上世界へ
と行けるはずだ。
﹁オーディン﹂
307
﹁お、おう﹂
額に冷や汗を流しながら、ハールは返事する。
﹁貴方の命はもう少しだけ生かしてあげるから、地下世界の悪魔達
を上手く誘導して、天界に導きなさい﹂
﹁おいおい、いいのかよ。悪魔を陽動に使おうってのか?﹂
﹁いいも悪いもないのよ。これから始めるのは天界を治めるアルフ
への反逆、さらに言えば私達をお創りになった“神”への反逆にも
等しいのだから﹂
﹁神にとっては反逆でも何でもないけどな。俺達の意思は神の意思
そのものだ﹂
﹁そうよ。私達の意思なの。世界を決めるのは﹂
﹁んじゃま∼上手く誘導しておくさ。こっちは任しておきな﹂
﹁⋮⋮これすら出来ないようなら、本当に斬られることを覚悟しな
さい?﹂
﹁はい⋮⋮﹂
ハールは天界への鍵を持ち立ち去る。
308
残されたアーシュ、ベニ、ラミアと一緒にアマテラスは一度里に
戻るのであった。
309
第33話 父と娘
男は美しく育った女性を抱いて飛ぶ。
その目に浮かぶのは涙。
その目に映るのは愛しい娘。
﹁んん⋮⋮﹂
女性は気がつくと、自分は天使に抱かれていた。
天国に来てしまったのだろうか? 女性は一瞬そう思ってしまっ
た。
目に映った美しい氷の羽。
そして天使のように見える白く美しい肌の男性。
天使だと名乗られたら、そうだと信じたであろう。
﹁気がついたかい。危ないところだった。天界の雷を受けて地面に
真っ逆様に落ちているところだったよ﹂
﹁あ、ありがとうございます。助けて下さったのですね﹂
女性はこの美しい天使のような男性が自分を見つめる目に不思議
と温かい感情を抱いた。
夫以外の男性に抱かれているのに、嫌悪感も湧かない。
もう大丈夫、自分で氷龍を作って飛べます⋮⋮そう言えばいいの
310
に、女性はその言葉を口に出来ない。
なぜだろう⋮⋮。
﹁私はニニと言います。貴方様は⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
男性は何も答えず飛び続ける。
そしてニニの口からその言葉が零れた⋮⋮
﹁おとう⋮さん﹂
男性は我慢していた涙をこらえることが出来ず、涙が頬を濡らし
ていく。
ニニを強く抱きしめながら。
﹁ニニ⋮⋮大きく⋮⋮大きく元気によくぞ⋮⋮お、お母さんに似て
美人に育ったな﹂
﹁お父さん⋮⋮﹂
強く強く抱きしめ合う父と娘。
311
ニニにとっては自我が芽生える前に訪れてしまった別れ。
初めて感じる父親の温もりと愛情。
﹁すまなかった⋮⋮たくさん苦労をしてきたろう﹂
﹁ううん⋮⋮私は何も苦労なんてしてないわ。お母さんと2人で、
一生懸命に幸せに暮らしていたわ。お父さんこそ⋮⋮地下世界で、
いっぱいいっぱい大変だったよね﹂
﹁父さんも大丈夫だ。地下世界に堕ちてから、この日が来ることを
だけを心の支えにしてきた。ニニとお母さんのことを思えば、どん
なことだって乗り越えられたよ﹂
﹁お父さん⋮⋮ああ、本当に会えるなんて⋮⋮夢じゃないよね﹂
﹁ああ、夢なんかじゃないよ﹂
再び強く抱きしめ合いながら、親子は空を飛び城を目指す。
﹁お父さん、聖樹王に亀裂が入って腐食が始まっているの。何かお
父さんは知っているの?﹂
﹁ああ、それを伝えに父さんはやってきたよ。何が起こっているの
か、この地上世界を治めている女王に伝えるつもりだ﹂
﹁聖樹の意思のことは?﹂
312
﹁聖樹の意思?﹂
﹁ううん、なんでもないの⋮⋮10年前に私達を助けてくれた聖樹
様⋮⋮聖樹の意思と呼ばれた特別な木の棒があってね。その存在を
つい先日感じたの﹂
﹁木の棒?!﹂
﹁え?﹂
リンランディアは地下世界にあった黒色の木の棒のことをニニに
話す。
その話を聞いたニニは、それが聖樹様であると確信する。
﹁そ、その木の棒よ!その木の棒はいま地下世界にあるの?﹂
﹁木の棒は地下世界にあるにはあるのだが⋮⋮アマテラス様曰く、
木の棒に宿っていた存在は天界に引っ張られてしまったとか﹂
﹁アマテラス様? えっと、その人は木の棒に宿っていた存在を感
じれる人なのね?﹂
﹁ああ、天界に住んでいた者達の中でも、さらに特別な存在のお方
だ。間違いない﹂
﹁天界に引っ張られた⋮⋮聖樹様はいま天界にいらっしゃる⋮⋮﹂
313
あの木の棒に宿っていた特別な何かが天界に引っ張られたことは
事実だろう。
だが、その存在がいま現在どうなっているのか、それはアマテラ
スでも分からない。
そのことをニニに告げることは出来ないリンランディアであった。
﹁お父さん、見えてきたわ。私達のお城よ﹂
﹁ああ。私に抱き抱えられたままではニニも格好がつかないだろう
?“グラディウス”は使いこなせるな? 氷龍を作って自分で飛ぶ
といい﹂
﹁はい、お父様﹂
ニニは氷龍を作ると、リンランディアと一緒に城に向かう。
空からニニの氷龍と一緒に、氷の羽を羽ばたかせる天使が降りて
きたと、城が一時混乱状態となったのだが⋮⋮。
﹁私ごときに頭を下げる必要はございません。氷王リンランディア
様﹂
ティアは頭を下げてお辞儀をする彼の前で膝をつき、礼を示す。
314
﹁地上世界を治める女王が何を仰いますか﹂
﹁いえ、貴方様だからこそ、私はどんな謝罪の言葉を尽くしても、
どんな罰を受けようとも、私は許されることはないのですから﹂
﹁もう25年以上も前のことです。そして貴方に悪意は一切無かっ
たことを私は存じております。どうかご自身を責めないでください。
私は今日こうして愛しい娘と妻に再会出来たのですから﹂
リンランディアは城に着くと、女王に会う前にニニに引っ張られ
てクリスティーナと再会していた。
クリスティーナは46歳になっていた。
彼女は涙を流しながら、自分がおばさんになってしまったとくし
ゃくしゃな笑顔を彼に見せた。
彼は妻を抱きしめながら、何度も何度も感謝と愛の言葉を囁いた。
リンランディアが女王の間に向かうと、その扉の前に1人の男性
がいた。
彼はリンランディアの姿を見ると、その場で土下座をした。
リンランディはその彼の肩を優しく叩き、﹁君は何も悪くない。
胸を張って生きてほしい﹂とだけ告げて女王の間に入って行った。
男は涙を流していた。
315
﹁聖樹王の異変について貴方に伝えなければいけないことがありま
す﹂
リンランディアは静かに語り始めた。
いま何が起こっているのか、そしてこの世界がどこに向かってい
るのかを。
﹁世界の終わり⋮⋮か﹂
女王はリンランディアからの話を聞き終えた。
聖樹王が崩れる。
それはこの世界の終わりを意味する。
天界を治めるアルフ王がいったい何を思い、聖樹王を崩そうとし
ているのか。
地上世界に対する大罪の審判なら、地上世界だけを滅ぼせばいい。
だがこのままでは、この世界そのもの、地上世界も地下世界も、
そして天界までもが滅んでしまう。
316
神の意思は全ての終わりを望んでいるの?
女王としてこの世界に転生してきてから、自分を導いてくれた存
在。
聖樹の木に宿った同じ転生者であるいっちゃんにすら、ついに話
さなかった存在がいる。
その存在を女王は神だと思っていた。
神が私をこの世界に導き、この苦しむ地上の人々を救えと言って
いると思っていた。
それは違ったのだろうか。
神は終わりを望んでいるのだろうか。
いや、違う。
それは違うはずだ。
彼女は私に夢の中で言った。
“私達の意思こそ神の意思”と。
神が終わりを望もうとも、私達は終わりを望まない。
ならば、それもまた神の意思のはず。
317
女王は控えるラインハルトとシュバルツに告げる。
﹁我らは天界を攻める! 神がこの世界の終わりを望むなら、私達
の手で新たな世界を掴む! 全軍に準備させろ! 天界への道は氷
王が開いてくれる!﹂
318
第34話 地下世界の準備
地上世界が天界に攻める準備を始めた頃、地下世界ではアマテラ
ス達が里に戻り、同じく天界を攻める準備を始めていた。
里の者達は天界を攻めると聞いた時にはひどく驚いた。
様々な理由で天界から堕とされたとはいえ、まさか天界を攻める
なんて夢にも思っていなかったのだ。
また、もともと地下世界で暮らしていた者達にとっても、天界と
はもはや空想の中にしか存在しない場所で、その場に行ってさらに
天界を治める王を倒すなど⋮⋮夢物語や英雄譚ですら無い話であっ
た。
そんな里の者達を優しく笑顔で説得したのはアマテラス。
もともと、里の者達にとってアマテラスの存在そのものが天界と
同じような存在でもあった。
元夫ハールことオーディンと共に“一の時”から生きる存在。
その彼女が、冗談ではなく真面目に天界を攻めると言っている。
徐々に、彼女の言葉を受け入れていった。
そんな里の者達とは違い、アーシュは失意の中にいた。
天界に連れ去られてしまったルシラを取り戻す決意が揺らぐこと
はない。
でもルシラが自分の側にいてくれない。
ルシラの存在を感じられない。
319
それだけで彼女の心は千切れそうなほど悲しくなった。
アーシュの側にはベニとラミアが付き添い彼女を励ます。
2人に支えられアーシュも天界を攻める準備を始める。
リンランディアが預かっていたマサムネを手に持ち、今は己の心
を強く持つ。
そう⋮⋮1秒だって無駄に出来ない。
自分は強くならなければいけない。
ルシラを取り戻すために⋮⋮彼女は強い心を持つ。
アーシュ達と別行動を取っているハール。
彼は、地下世界を歩き回りながら、天界への道が開けることを吹
いてまわった。
全ての上位の悪魔が地上世界に興味を持っているわけではない。
ベルゼブブのような存在は、どちらかといえば特殊だ。
あれほど地上世界に行ってみたいと欲望にかられる存在はいない。
だが、それが天界となれば話は別だ。
そもそも、天界に行けることはない。
天界への穴は存在しないのだ。
サタンが天界への鍵を持っているという噂は知っている。
だが、あの謎の存在が気紛れで天界への道を開くのを待つのも馬
鹿らしい。
そのため、上位の悪魔にとって天界とは行けない場所であり、同
時に行ってみたい場所でもある。
320
自分達がなぜ地下世界に生まれたのか。
自分達の存在はいったい何なのか。
その答えを天界に求めることが出来るのか?
我らを創った神にその答えを求めることが出来るのか?
力こそ全ての地下世界に君臨する悪魔の王達が動き出す。
アスタロスは六大悪魔を率いて天界に向かうことを決めた。
バフォメットは己の羊悪魔達を率いていく。
ベヒモスが陸から、ジズが空から、そしてリヴァイアサンが悪魔
の泉からその姿を水で覆い、まるで蛇のように天界に向かう。
その他にもベルゼブブ級の悪魔達が一斉に天界に向かい始めた。
ハールはその様子を見て、ちょっとやりすぎたか?と思いながら
も、楽しいからま∼いいだろう!っと納得して、意気揚々と天界の
門に向かっていった。
悪魔達の陽動をいつ開始させるのか、リンランディアが地上世界
の者達に事態を告げて動き出すのと合わせる必要がある。
アマテラスは里の指揮をアーシュに任せる。
321
若いアーシュで不安に思う者達もいるだろうが、娘の成長を信じ
て彼女に任した。
ハールと神の泉の近くで落ち合い、リンランディアが来るのを待
つ。
彼からタイミングを聞いて、悪魔達を天界に誘う。
その後、地上世界側からの天界への道で合流。
その道を通って天界を攻める。
アーシュに託した後、アマテラスは地上世界に向かう。
先行しているリンランディアと、自らの意思でこの世界に導いた
女王に会いに。
静かにしてろよ!
その手
すぐに天界の門
アーシュ達の準備が終わり、神の泉近くに向かうと、そこはまさ
うるせーな!
に地獄絵図となっていた。
﹁だあああ!
貴様我らを騙したのではないだろうな!
開いてやるから!﹂
﹁オーディン!
おい、
サタンが置いていったの!
そっちも静かにしろよ!
天界に行ってから好きにやり合えよ!!!﹂
だああああ!
間違いなく本物だって!
に持つ鍵は本物なのか?!﹂
﹁本物!
だから本物なの!
ここでやり合うな!
322
ハールで無ければ一瞬で死んでいる攻撃の雨の中、ハールは集ま
った悪魔の王達をなだめていた。
ここで力を使い戦力を消耗されても困る。
普段は顔を合わせることもなく、お互い長い年月をかけて決まっ
た縄張りの中にいる悪魔の王達が集まってきたのだ。
まさに一触即発。
過去にいざこざが無かった者達ではない。
積年の恨みをいまこの瞬間晴らそうと思っても不思議ではない。
天界によ!
会いたいんだろ、神によ!
いい加減にしないと天界の門開いてやらないぞ
行きたいんだろ?!
﹁おまえら!!!
!
だったら大人しくしてろ!!!﹂
ハールも必死だ。
なぜなら、この誘導が失敗することは⋮⋮アマテラスによって己
っと納得してほとんどの悪魔の王に声をか
の首が斬り落とされることを意味するのだから。
楽しいからいいか!
けたことをちょっとだけ後悔したハールであった。
﹁これでは近づけませんわね∼﹂
323
ラミアがこの地獄絵図を見ても、のほほ∼んと感想を述べている。
﹁私達がどうにか出来る悪魔達じゃないわね。⋮⋮お母様からの指
示はリンランディア様との合流よ。馬鹿なお父様は放っておいて、
私達は地上世界との門側に向かいましょう﹂
そして愛娘にも見捨てられて、1人悪魔達との言い合いを続ける
ハールであった⋮⋮。
324
第35話 アマテラス
天界を攻める準備が着々と進む中、リンランディアはある人の来
訪を待っていた。
そして、その人の存在を感じる。
アマテラス
彼女は46年前、己の力のほとんどを使い、1人の魂を地上世界
に生まれる王族に宿した。
その魂は、異なる世界の中でも、最もか弱い存在でありながら最
も繁栄する叡智を持つ者であった。
彼女はその魂を呼んだことで、20年以上も力を失い長い眠りに
つくことになる。
その間、彼女の身を守り続けた1人の男に心許し、さらに愛娘を
身籠ることになったのだが⋮⋮。
眠りから覚めた彼女は、魂を宿した女性が生きている地上世界へ
行くことを禁じられた。
そして、当時夫であったオーディンが神酒を飲んだ罪で地下世界
に堕とされると一緒に、彼女も地下世界へと向かった。
地上世界へ行くことは出来なくなったが、彼女は眠りについてい
る間も、その後も、自らが宿した魂を持つ女性ティアに、たびたび
夢の中で干渉しては導いていった。
325
地上世界の人はか弱い。
最もか弱い存在でありながら、最も繁栄する叡智を持ったこの女
性が人々を導けば、最後の時に人も、自らの意思を神に示すことが
出来るだけの力を持てるだろうと。
ティアは女王となり人々を導いていった。
10年前、ベルゼブブがサタンによって地上世界に向かったとの
情報を聞いた時、彼女はサタンを探し回り地上世界の鍵を手に入れ
ようとした。
だが、やっと見つけたサタンの口から出た言葉は意外な言葉だっ
た。
﹁大丈夫。ベルゼブブは負けるよ。人が勝つ。彼がいるからね﹂
﹁彼?﹂
﹁今はまだ秘密だよ。君の前にもいずれ現れるさ。﹂
サタンから結局鍵を奪えず、地上世界が無事であることを祈るこ
としか彼女には出来なかった。
その後、小さな穴から地上世界に行ける低級悪魔達の噂に、ベル
ゼブブの名前が出てくることは無かった。
地上世界がベルゼブブによって蹂躙されているとしたら、当然に
その噂は伝わってくるはず。
326
サタンの言うとおり、人はベルゼブブに勝ったのだろうか。
いや、勝ったのだろう⋮⋮でもどうして勝てたのか。
サタンの言っていた“彼”とは誰なのか。
彼女はその存在を調べるため、天界に向かった。
ベルゼブブを倒せるほどの存在があるとすれば、そこにアルフ王
が関係していると思ったのだ。
だが、アルフ王は彼女の謁見の申し出を全て断った。
彼女は何かしらの情報を得ようと、天界のあらゆる場所で情報を
集めた。
ベルゼブブを倒せるほどの何かと確信を得られる情報はどこにも
無かった。
天界、地下世界のあらゆる場所を訪れ、そしてアルフ王への謁見
の申し出を続けた彼女だが、すでに別れた元夫オーディンのカラス
から聞いた情報に、何かを感じた。
“聖樹王から作られた妙な力を宿した木の棒”
オーディン曰く、恐らくそれはサタンが作ったものではないかと。
そして近々、誕生したハイオークキングを討伐するとも。
彼女は急いで里に戻ることにした。
327
あらゆる場所で情報を集めていた彼女であったが、その中で神樹
⋮⋮聖樹王に亀裂が生じ崩れ始めていることを見つけていた。
それは、世界の終りが始まっていることを意味する。
里に戻ると、既にハイオークキングとの戦いは終わった後であっ
たが、彼女はそこでそれと出会った。
その木の棒を見た瞬間、彼女が感じたことは2つ。
1つはサタンがかけていた呪い。
もう1つは、“神”の存在に限りなく近い存在。
カラスから聞いた情報によると、この木の棒はアーシュやベニ、
ラミアの才能を次々に引き出していったとか。
そして、この木の棒には何らかの意思が存在している。
それは神の意思なのか。
それとも、別の神?
彼女はこの木の棒が、この世界の終りに関係するものだと確信す
る。
地上世界を救ったことに、この木の棒が関係しているのかは不明
だが、過去の原因を探るよりも、今は未来の可能性を考えるべきで
ある。
サタンは愛娘の胸にトゲを刺し込み、何かを企んでいる。
328
いや、ただ遊んでいるだけだろう。
あの馬鹿なら、きっと愛娘を使ってサタンの企みに乗るはずだ。
それを見越して自分は動けばいい。
彼女は終わりの時が近いことを感じながら、動き出した。
里の指揮をアーシュに任せ、急いでリンランディアが開けた地上
世界への道を通り城に向かう。
彼女の存在に気付いたリンランディアは氷の羽を広げて、彼女の
到着を待っていた。
﹁お待ちしておりました、アマテラス様﹂
﹁ありがとう。状況はどうかしら?﹂
これまでの状況をアマテラスに伝えるリンランディア。
そして、女王との謁見の間へと。
アマテラスの姿を見た時、ティアは跪いた。
彼女こそ、何度も自分の夢に現れ、自分を導いてくれた存在であ
るとすぐに分かった。
329
﹁初めまして⋮⋮と言えばいいのかしら。夢の中ではもう何度も会
っているのに、こうして直接会える日を迎えると、私もとても嬉し
い気持ちだわ﹂
貴方の人生を奪って狂わせた張
﹁私もです。私を、いえ私達を導いて下さった貴方様にお会い出来
たこと⋮⋮感無量でございます﹂
﹁私のことを恨んでもいいのよ?
本人でもあるのだから﹂
﹁私は一度たりとも、貴方様を恨んだことなどございません。この
世界で生きれたことは、私にとって何よりも幸せなことでした﹂
笑顔で見つめ合う2人。
46年も前から始まった2人の願いは、地上世界の希望となり、
そして今まさに神にその意思を示す時がきている。
﹁天界への道は、聖樹王の根のこの部分に出来るわ。いま地下世界
では、悪魔達を陽動に使うための作戦が進んでいます。こちらの進
軍に合わせる形で、悪魔達を地下世界から天界への道に進めます。
準備が出来次第、出発しましょう﹂
アマテラスが示した根の部分に、女王はすぐさま拠点を作るよう
に指示をする。
世界をかけた戦いである。
全ての騎士団、魔術師団、そして戦士達が参加した。
330
第36話 楽園
大蛇との戦いの最中、突然何かに引っ張られるように意識を掴ま
れた俺は、目覚めると真っ白な木の棒に宿っていた。
そして、どうやら俺の持ち主は“神”らしい。
ステータス
神樹の木の棒
状態:神の神樹の木の棒
これ以上の情報は出てこない。
レベルは消えて、取得可能スキル一覧も見えない。
そもそもスキル一覧が見えなくなっている。
俺の持ち主となった神と思われる青年だが、俺を引っ張ってきて
から一度も俺に触れてこない。
俺が目覚めた時に最初に目にした天使のような男が、この神と思
われる青年の世話をしている。
この天使のような男は、大ちゃんが言っていたアルフ王ではない
のかと推測している。
ここがどのような場所なのか分からないが、神が座っている玉座
の間には、アルフ以外誰も入ってこない。
331
玉座の後ろにある扉から外に出れば、そこはまさに楽園だ。
緑と光が溢れて、小鳥達の優しい鳴き声が聞こえる。
綺麗な噴水には虹がかかっている。
そして犬や猫達が遊んでいる。
犬や猫⋮⋮現代日本にいるまさにそのものがいた。
地下世界ではもちろん、地上世界でも見ることがなかった犬と猫、
それに小鳥達もどこかで見たことがあるような小鳥達。
神が楽園を散歩する時、俺はアルフ王に持たれて一緒についてい
く。
さて、この楽園だが⋮⋮毎日変わるのだ。
扉を開けて入る度に、中はまったく違う楽園になっている。
昨日は美味しそうな果実が実った木々達の中に、綺麗な小川が流
れるような場所だった。
今日は、綺麗な噴水に虹がかかり、小鳥、犬、猫が遊んでいる。
明日もこの扉を開けば、また違った素晴らしい楽園になっている
のだろう。
どういう原理なのか分からないが、神の力なのか⋮⋮それとも別
の何かなのか。
散歩が終わると、俺は神が座る玉座の前にある台座に置かれる。
332
アルフ王は玉座の間から去っていくので、俺と神の2人きりにな
る。
神はず∼∼∼∼∼っと俺を見ている。
いや、そんなに見ても何も出てこないぞ?
一度いいから俺を持ってくれよ。
そしたら、何か力を使えるかもしれない。
ま∼そんなことを思っても、神が俺に触れることない。
はぁ∼∼⋮⋮アーシュは無事かな。
あの天女が一緒だから大丈夫だと思うけど。
アーシュに逢いたいな。
俺がそんなことを想うと、アーシュとまったく同じ姿をした存在
が神の隣に現れる。
ああ⋮⋮それはもういいよ。
最初はびっくりした。
アーシュを“召喚”したのかと思ったからだ。
でもこのアーシュは本物じゃない。
偽物だ。
いや、“偽物”の定義にもよるな。
333
この神が創ったアーシュは、本物のアーシュと同じ力を持ってい
る。
姿形はもちろん、声や話し方までまったく同じだ。
そして、記憶も持っていると思われる。
恐らくだが、俺と一緒に過ごした地下世界のアーシュの記憶その
ものを持っているのだ。
最初に偽アーシュが出てきたとき、俺を抱きしめて嬉しそうに笑
ってくれた。
俺はアーシュが召喚されたと思って喜んでいたのだが、目の前の
アーシュはただただ俺を抱きしめて嬉しがるだけ。
目の前にいる神や、この場所のことを何も気にしなかった。
俺は魔力を流してアーシュに危険であることを伝えようとした。
魔力を流したアーシュの心には⋮⋮何もなかった。
何もなかったと言うより、“心”が存在していなかった。
心がないことを除けば、目の前にいるのは間違いなくアーシュだ。
俺が望めば、何でもしてくれるのかもしれない。
1度ニニ、マリア、ベニちゃん、ラミアを想って神に創らせてみ
た。
334
全員出てきた。
そして、全員が俺を見て嬉しがり抱きしめてくれた。
でも、全員心がなかった。
この神はいったい何がしたいんだ?
俺の心の中にいる人を創りだして遊んでいるのか?
いや、神が創りだしているのか?
美しい青年だが表情がなく、深淵を覗くような瞳だけが動くこの
神が、何か力を使っているようには見えない。
いや、この神という存在そのものが、何なのか。
普通に考えたら、この世界を創った存在だよな。
でもいまやってることは、楽園の散歩と、玉座に置かれた木の棒
をずっと見ているだけ。
神様の仕事ってそんなに楽なのかよ!っと突っ込みたくなる。
俺が想うとアーシュが創られる。
それは神が創っているのではなく、俺の心に何かが反応して創ら
れているのか?
う∼∼∼ん、さすがにここに来てから、ちょっとの散歩と、神に
ずっと見つめられるという生活で、俺も何だか哲学者のような答え
のない思考を巡らすことしかやることがなくなってきたな。
335
神や世界の理を考えるのも、たまには面白いけど、今はそれより
“心”を持ったアーシュ達が無事であることの方が大切だ。
何か情報を得る手段がないかな⋮⋮ないよな⋮⋮ないな。
動けないただの木の棒であることに変わりはないのだから。
どれくらい時間が経っただろうか。
またアルフ王がやってきた。
そして散歩の時間だ。
ふと思った。
偽アーシュが俺の想いで創られてるとしたら、もしかしてこの扉
を開けた先にある楽園も、俺の心が反映してるとか?
だから犬や猫がいるんじゃないのか?
俺は扉を開ける前に、自分で思える最大限の煩悩をイメージした
!!!!
336
そこはまさに楽園でした?
いや、だってこれぐらいしか楽しみないんだもん!
神に見つめられる生活飽きたよ!
何かイベントプリーズ!!!!!
337
第37話 拠点到着
馬鹿なハールを1人置いて、地上世界への門へと向かったアーシ
ュ達。
ちょうどその門に到着した時に、彼も到着したところだった。
リンランディア
彼はアーシュ達を見つけると
﹁ハールはどうした?﹂
﹁お父様は馬鹿みたいに悪魔の王達をいっぱい集めたので、私達で
はもう近づくことすら出来ません。だから地上世界への門に先に来
ました﹂
﹁なるほど⋮⋮ハールらしい。わかった。後は私とハールの2人で
やろう。君達は門から地上世界に向かってくれ。門を出てそのまま
真っすぐ進んだところに、地上界の人々が拠点を築いている。アマ
テラス様もそこにいらっしゃるので合流してくれ﹂
﹁了解です﹂
リンランディアは氷の羽を広げて、ハールの元に飛び立った。
アーシュ達は門から地上世界へと。
ほとんどの者達にとって初めての地上世界である。
338
鍵によって開かれた根の穴を出た先は、地下世界とは違い、眩し
いほど明るかった。
美しい緑が溢れ、聖樹王も黒ではなく茶色い綺麗な色をしていた。
リンランディアに言われた通り、真っすぐ進むと、すぐに築かれ
ている拠点に到着した。
﹁何者だ!﹂
見回りをしている騎士達がアーシュ達を見つけた。
﹁私は母アマテラスの娘アーシュです。地下世界より天界を攻める
べくやってまいりました﹂
﹁おお、貴方様がアーシュ様でしたか。ご無礼をお許しください。
こちらへ。ご案内いたします﹂
﹁ありがとう﹂
騎士達に連れられて拠点の中に入っていくと、アマテラスが1人
の男と試合をしていた。
﹁はぁぁぁぁぁぁ!!!!!!﹂
その男は人間とは思えない動きでアマテラスを捉えようとしてい
る。
339
﹁良い動きですね﹂
だが、アマテラスはまだまだ余裕たっぷりだ。
その人間を見た瞬間、アーシュは彼が身に纏う不思議な力に気付
いた。
その力はお母様の力に近い気がした。
聖属性を身に纏っている?
ただの人間が⋮⋮仮に先祖に妖精の血が混じっていたとしても、
聖属性を使えるなんてあり得ない。
いったいどうやって。
﹁だりゃぁぁぁぁぁ!!!!﹂
さらに彼は炎魔法を使ってみせた。
炎魔法を牽制に使い、その手に持つ見事な剣と身体に聖属性を身
に纏い、アマテラスに斬りかかる。
強い⋮⋮この人間は強い!
ルシラを持たない私では、勝てないかもしれない。
340
ルシラを持てば私の勝ちは間違いないだろう。
でも、マサムネで彼と戦えば⋮⋮電光石火の動きが少しでも鈍れ
ば私の負けか。
地上世界の人間と一緒に天界を攻めると聞いた時、正直それほど
人間が戦力になるとは思っていなかった。
お母様は度々、人間の心の強さを私に聞かせてくれたけど、心の
強さと、肉体的に持つ強さが必ず比例するわけではない。
戦闘行為以外では、心の強さが大事だということは十分に分かる。
そして、戦闘行為においても、心の強さは大事だ。
でも、結局は肉体的な強さがなければ、戦闘行為で勝つことは難
しい。
目の前の人間は、アーシュの人間は肉体的に弱いという誤った認
識を一瞬で改めさせた。
余裕のアマテラスが、彼の動きの悪さを指摘するような攻撃を繰
り出しながら、そして最後には首元に刃を置き、勝負は決まった。
﹁はぁはぁ⋮⋮はぁはぁ⋮⋮あ、ありがとうございます﹂
﹁こちらこそ。私の想像以上だわ。貴方のような勇者が育ってくれ
ていることを本当に嬉しく思います﹂
341
彼を見るアマテラスの目はどこまでも優しかった。
試合の終わったアマテラスはアーシュ達のもとへやってくる。
﹁ずいぶん早かったわね﹂
﹁うん、馬鹿なお父様は放っておくことにしたの﹂
ところでお母様、いま試合をしていた彼⋮⋮人間です
﹁あらあら。アーシュもだいぶ分かってきたようね。お母さん嬉し
いわ﹂
﹁あはは♪
よね?﹂
﹁そうよ。この世界を治める女王の息子で王子のラインハルト。こ
アーシュと試合したらどうなるでしょ
の地上世界で最強と言われているわ﹂
﹁ふ∼∼∼ん﹂
﹁気になるのね。うふふ♪
うね⋮⋮ルシラ無しなら、6:4で彼の方が有利かしら﹂
﹁⋮⋮悔しいけど私もそう思うわ﹂
お父様が悪魔の王達をなだめる
﹁冷静な分析ね。彼も今日はもう疲れているだろうから、明日にで
も試合してもらうといいわよ﹂
﹁天界にはすぐには攻めないの?
のに必死だったわよ﹂
342
﹁悪魔達の天界への進行は、もうすぐ始まるでしょうね。私達は混
乱の中、まっすぐにアルフ王のいる神殿に向かうから、少し時間を
ずらすわ。あの強さの者達の戦いですからね⋮⋮何時間という戦い
で終わらないわ。放っておけば、たぶん100年ぐらい普通に戦っ
ているでしょうから﹂
﹁そ、そうなんだ﹂
アマテラスと話していたアーシュの目にある物が映る。
それは女王ティアがラインハルトに近づいて行っていた時に手に
持っていた物。
それは木の棒だった。
それを見た瞬間、アーシュには分かった。
あの木の棒は、私が持つ木の棒と同じ⋮⋮ルシラだと!
﹁お母様⋮⋮あの女性が地上世界の女王?﹂
﹁ええ、そうよ﹂
﹁女王が持っている木の棒、お母様は何か知ってる?﹂
343
﹁⋮⋮私も話を聞いた時は驚いたわ。あの木の棒には10年前、聖
樹の意思と呼ばれる特別な存在が宿っていたらしいの﹂
﹁そ、それって!﹂
﹁ええ⋮⋮たぶんルシラだと思うわ。10年前、ベルゼブブが地上
世界にやってきた時に、あの木の棒の力でこの地上世界は救われた
らしいの。でもその時に木の棒から、その聖樹の意思は失われたら
しいわ。それから10年後、意思を宿した木の棒は地下世界で見つ
かったというわけね﹂
﹁ルシラは10年前に地上世界にいたんだね⋮⋮﹂
アーシュは何も応えてくれない黒の木の棒を強く握りしめる。
そんなアーシュをまた遠目から見る1人の女性がいた。
ラインハルトの妻ニニであった。
344
第38話 新旧ヒロイン?
アーシュは自分を見る視線に気づく。
そこには1人の美しい女性が立っていた。
人間とは思えない高い魔力を宿している女性⋮⋮いや、人間?
その女性からは人間以外の⋮⋮自分達と同じ魔力を感じる。
アマテラスとアーシュのもとに女王ティアがやってくる。
﹁いかがでしたか? 親の贔屓目抜きにして、人間として最強の名
を持つ息子でございます﹂
﹁素晴らしいわ。貴方の導きが素晴らしかったのね﹂
﹁いえ、とんでもございません。全てはアマテラス様のおかげでご
ざいます。そしてこの聖樹の木の棒の導きです﹂
﹁あ、あの⋮⋮その木の棒を少し見せて頂いてもいいですか?﹂
アーシュが女王ティアが持つ、聖樹の木の棒を見つめながらお願
いする。
﹁ええ、構いませんけど⋮⋮あら、アーシュ様も木の棒をお持ちな
んですね﹂
345
女王ティアは笑顔で、聖樹の木の棒をアーシュに渡す。
アーシュはそれを大事に受け取ると、木の棒を握り確かめるよう
に見ていく。
そして、自分の持つ黒い木の棒と見比べていく。
︵やっぱりルシラを感じる。間違いないわ。この聖樹の木の棒には
ルシラがいたんだ︶
ルシラのことを思ってしまうと、寂しさが心を支配してしまう。
ルシラに逢いたい⋮⋮感じたいと。
﹁10年前、この聖樹の木の棒の持ち手として彼女が私の前に現れ
たのです。そこから私達の未来は大きく変わっていったんだと確信
しています﹂
女王ティアが手招きすると、アーシュを遠くから見ていた美しい
女性がやってきます。
﹁ご紹介します。聖樹の木の棒の最初の持ち手であり、最強の魔術
師でもあり、そして私の息子ラインハルトの妻ニニでございます﹂
﹁ニニです。父がお世話になっております。母の分まで感謝申し上
げます﹂
﹁お父様?﹂
346
﹁私の父はリンランディアと申します﹂
﹁ええ!!!!﹂
アーシュ達3人娘は一斉に驚く。
この目の前の女性が、氷王リンランディア様の娘だとは。
それでこの魔力⋮⋮ハーフならこの魔力の高さも納得がいく。
﹁こ、こちらこそ!リンランディア様には何度も助けて頂いて、馬
鹿な私のお父様のフォローもして頂いて、こちらこそ感謝をしても
しきれません!﹂
女王ティアから“聖樹の木の棒の最初の持ち手”と紹介された時
は、正直良い気分では無かったアーシュであったが、既に結婚して
いる事実、そしてリンランディア様の娘と分かれば、好意的に感じ
ないわけがなかった。
その夜、ニニはアーシュ達3人娘と一緒にいろんな話に花を咲か
せた。
お喋りに夢中になり、ニニがそのままアーシュ達の部屋で寝てい
くことになったぐらいである。
ニニは、父であるリンランディアの話をアーシュ達から聞けて幸
347
せだった。
父は自分の理想通りの父だったから。
時には涙を浮かべて、時には大いに笑い、アーシュ達の話を聞い
た。
アーシュも、ニニから地上世界の話や、地上世界にいた頃のルシ
ラの話を聞けて嬉しかった。
一部聞き様によっては、ルシラを取り戻したら魔力で真意を問わ
なければいけないことがあるような気がしないでもないが、ルシラ
によって地上世界が救われたことを本当に嬉しく思った。
さらに驚いたのが、あの女王ティアは聖樹の木の棒から“神託”
を受けて意思疎通をしていたということ。
これは明日、女王ティアに聞かなければ。
ルシラと最も通じ合えていると自負している自分でさえ、ルシラ
の声を聞くことなんて出来ない。
嫉妬はニニから女王ティアに移っていた。
だが、その嫉妬の相手の魂が元42歳のおっさんであることをア
ーシュは知らない。
アーシュ達が楽しい話をしている時、とある部屋では女王ティア、
マリア、そしてアマテラスが集まっていた。
﹁アーシュ様は素直なお子様ですね。最初ニニに嫉妬していたかと
思えば、すぐに仲良くなって﹂
348
﹁あの子のあの素直さは私に似たのか⋮⋮彼に似てしまったのか。
どちらにしても素直で良い子に育ってくれていると、親の贔屓目で
は思っているわ﹂
﹁きっとアマテラス様に似られたんですよ﹂
﹁うふふ♪ありがとうマリア。それにしても、こうして超魔法の使
い手に再び会える日が来るとは思わなかったわ﹂
﹁全てのはこの日のために、神を超える大いなる意思⋮⋮聖樹様の
意思が導いてくれたと思っております﹂
﹁聖樹の意思か⋮⋮その意思が天界にいまいるのも、何かの導きな
のかもしれないわね﹂
﹁はい、我々が天界でアルフ王のもとまで辿り着けば、そこにはき
っと聖樹様の意思がおられるはず。きっと私達を⋮⋮この世界を救
って下さるはずです﹂
﹁そうあって欲しいわね﹂
﹁天界を攻める上で、最も危惧すべき敵はやはりアルフ王でしょう
か?﹂
﹁⋮⋮そうね。そうなることは間違いないけど、アルフ王以外に2
人。サタン⋮⋮いいえ、天界で会うなら堕天使ルシファー。そして
フェンリルね﹂
﹁堕天使ルシファーにフェンリル。この2人を止める必要があるの
349
ですね﹂
﹁ええ、でも貴方達が気にする相手ではないわ﹂
﹁え?﹂
﹁ルシファーは私が、そしてフェンリルは⋮⋮オーディンが戦うわ﹂
﹁アマテラス様とオーディン様が﹂
﹁だから、貴方達とアーシュ達3人は、真っすぐにアルフのいる神
殿に向かって頂戴﹂
﹁アマテラス様やオーディン様抜きで、アルフ王に勝てるのでしょ
うか﹂
﹁アルフに勝つための条件は単なる強さではないわ。強さだけで彼
に勝てる存在はいないのだから﹂
﹁私達は⋮⋮世界は神に勝てるのでしょうか⋮⋮﹂
﹁大丈夫よ。私達の“子供達”を信じましょう。私達の意思は全て
子供達に⋮⋮﹂
アマテラスの言葉に頷く女王ティアとマリア。
﹁ところで明日、アーシュ達3人とちょっと試合をして欲しいのだ
けど﹂
350
﹁試合ですか。ラインハルトに相手にさせますか?﹂
﹁いいえ、3対3での試合よ。そうね⋮⋮木の棒の持ち手新旧対決
といったところかしら♪﹂
そして次の日、﹁アーシュ、ベニ、ラミア﹂VS﹁ラインハルト、
ニニ、マリア﹂での試合が行われることになった。
351
第39話 新旧対決?
拠点から少し離れた平地に、マリアの結界が張られた。
その中には、アーシュ、ベニ、ラミアとラインハルト、ニニ、マ
リアの6人、そしてアマテラスが入っている。
本気で大怪我をしては困るので、お互いの力を見ることを目的に
試合は行われた。
万が一の場合には、アマテラスが介入することになっている。
﹁それでは、お互い大怪我がないようにね。始め!﹂
結界の外からは多くの見物人がこの試合を見ている。
当然、女王ティアも。
﹁こちらから仕掛けるぞ﹂
ラインハルトの言葉と共に動くニニとマリア。
聖属性を身に纏い、アーシュ達に突っ込むラインハルト。
そのまま、炎の玉をアーシュ達に降らす。
その炎の玉を何でもないかのように、ラミアの水が弾く。
ラミアの水は炎で蒸発するどころか、炎を包み込み、軌道を反ら
していった。
352
突っ込んでくるラインハルトを迎え撃ったのはアーシュ。
マサムネとエクスカリバーが撃ち合い響き合う。
﹁はぁぁぁぁ!!﹂
アーシュと撃ち合うラインハルトを、ベニが横から殴り飛ばそう
とした時、ベニそしてアーシュの足元が一瞬で凍る。
ニニの氷魔法だ。
一瞬動きが止まったアーシュをラインハルトが斬りかかるが、雷
となったアーシュは一瞬で氷から抜け出し距離を取る。
ベニも氷から一瞬で抜け出すと、目標をニニに切り替えて突っ込
む。
そこにマリアの振動がベニを襲う。
ベニは自分が何をされたのか分からないまま、方向感覚を失いか
ける。
﹁くっ!﹂
鬼神となり、マリアから距離を取るベニ。
ラミアが、マリア達の間に小さな水の玉を大量に発生させる。
すると、その小さな水の玉が揺れ動きながら、その揺れがベニに
向かっているのが分かる。
353
﹁その揺れは危険だわ!﹂
﹁水で振動を見ているのね⋮⋮﹂
電光石火のアーシュとラインハルトが斬り合う。
ベニとラミアのどちらかの意識がラインハルトに向けば、ニニか
マリアの魔法が飛んでくる。
ラミアは白蛇となり、大量の水をニニとマリアに向かって放つ。
その瞬間ベニはラインハルトに向かう。
大量の水が押しよせる⋮⋮だがその水がニニ達に届くことはない。
ニニがその水を全て凍らせると、逆にその氷から氷竜を作りだす。
﹁あらあら∼困りましたわ∼﹂
ベニが向かい2対1状態で、体勢を崩しかけていたラインハルト
であったが、飛んできた氷竜がベニを襲う。
﹁この∼∼∼!!!﹂
はっけい
氷竜によって弾かれたベニは、そのまま氷竜に発勁をぶち込み粉
砕する。
354
白蛇のラミアがニニとマリアに襲いかかる。
水蛇達を飛ばし、自らは水の鞭でマリアを狙う。
だが次の瞬間、全ての水蛇は蒸発し、ラミアの自動水防御が発生
する。
マリアから放れた超魔法﹁メギドの火﹂
10年前に賢老会が使った偽のメギドの火ではなく、本物のメギ
ドの火である。
本気ではないが、ラミアの防御を突破するだけの威力を見せる。
﹁なんて威力なの!!!﹂
アーシュ達も驚きを隠せないが、アマテラスも同じく驚く。
︵これが超魔法⋮⋮禁断の果実を食べた人の力。サタンやアルフが
神を真似て作ったものとは違う⋮⋮神のみが持っていた本当の禁断
の果実の力なのね︶
アーシュは電光石火の色を紫電から白銀に変える。
さらに速くなったアーシュはラインハルトを押しきろうとするが
⋮⋮
﹁おおおお!!!!﹂
355
この聖属性を身に纏う勇者を押しきれない。
そもそも、このまま打ち合っても負けるのは自分である。
ルシラがいてくれたら⋮⋮。
また彼女の弱い部分が出てしまう。
その瞬間をラインハルトが逃さなかった。
﹁くっ!!﹂
ラインハルトの一撃がアーシュに入る。
一撃が入るタイミングになった瞬間、ラインハルトは剣の速度を
緩めていたし、アマテラスも剣が当たる個所に軽い結界を張ってい
たので、アーシュは吹き飛ばされただけで済んだ。
その瞬間、ベニとラミア、そしてニニとマリアも動きを止める。
ラインハルト達の勝ちだと分かったから。
アーシュは地に倒れて空を見ながら、自分の弱さを嘆いた。
自分はどうしてもルシラに頼ってしまう。
ルシラの本当の持ち主となるために、強くなろうと誓ったはずな
のに。
こんなことでは、天界にいってルシラのもとまで辿り着けても、
彼を取り返すことなんて出来ないかもしれない。
私達が目指す先にいるのは、アルフ王であり、神であるのだから。
356
お母様達や地上世界の人々は、崩れゆく聖樹王の崩壊を止めるた
めに天界に行こうとしている。
天界に行ってアルフ王や神に会えたとしても、聖樹王の崩壊を止
めることが出来るのかどうか分からない。
例え待っているのが滅びであったとしても、自分達の生きる意思
を示すために天界に行くだろう。
でも自分は⋮⋮世界は救われて欲しいと思っているけど、救われ
た世界にルシラがいないのなら、私にとっての世界は終わってしま
う。
ルシラと一緒に生きていきたい。
彼に甘えたい。
彼に頼りたい。
彼に寄り添っていきたい。
強い自分なんかいらない。
彼が側にいてくれるなら。
彼が自分を守ってくれるから。
全部自分の勝手な我儘だって分かっている。
分かっているけど、そう思ってしまう自分を否定することも出来
ない。
2度とルシラが傷つかないために、ルシラを持たなくても強い自
分であろうとした。
でもそれはどこかルシラを否定するような気もして、本当はちょ
357
っと嫌だった。
ベニとラミアが側にきても空を見つめているアーシュ。
アーシュが自分から起きるまで、彼女の側に座る2人であった。
﹁素晴らしい戦いだったわ﹂
﹁ありがとうございます。アーシュ様は大丈夫でしょうか?﹂
﹁ええ、娘は大丈夫よ。ちょっと考え事をしているだけだから。そ
れにしてもマリアの超魔法は想像以上ね。それにニニも。リンラン
ディアもこんなに立派に成長した娘に会えて嬉しかったでしょうね﹂
﹁ありがとうございます。みんなに支えられて、そして父がいつも
守っていてくれたからここまで来れたんだと思います﹂
ニニは大事そうに短剣を両手で握りしめる。
﹁みんな本当に頼もしいわ。神の意思は⋮⋮私達の意思は立派に受
け継がれているのね﹂
アマテラスの目から涙が零れ落ちそうになる。
︵神よ⋮⋮貴方が創りしこの世界、そして生きる生命はこんなにも
358
素晴らしく輝いております。貴方と繋がる私達、“一の時”から生
きる者だけが分かる貴方の揺らぎ。いま何をお考えなのですか。こ
の世界が終わることを、本当に望まれているのですか︶
涙が零れるのを我慢するかのように、天を見上げるアマテラスの
問いに、神は何も答えない。
359
第40話 天界へ!
その日の朝、異変に人々は恐怖した。
聖樹王の幹に巨大な亀裂が入り、大地そのものが崩れ落ちるよう
な地響きが鳴る。
そして、今まで聞いたことのない巨大な何かの鳴き声が聞こえた。
ウオオオオォォォォォン!!!!!!!!!!!!
︵バハムート⋮⋮︶
アマテラスだけがその鳴き声の正体を知っていた。
私達
さぁ、いざ天界へ!!﹂
たとえ神が滅びを選ぼうとも、私
今まさに審判の時が訪れようとしています!
不安がる人々をなだめ、鼓舞する。
﹁みなさん!
は滅びを待つことはしません!
達は生きる意思を神に示しましょう!
﹁おおおおお!!!!!﹂
一斉に動き出す人々。
女王ティアは、みんなが天界に向かうのを最後まで見届ける。
360
﹁ニニ、これを持っていきなさい。天界に聖樹様がおられるなら、
きっと何かあるはずです﹂
女王ティアはニニに聖樹の木の棒を託す。
﹁はい。神に私達の意思を示して参ります﹂
﹁よろしくね。ラインハルトのことも﹂
﹁くす。もう私がお守りするような方ではございません。主人は世
界最強の剣士なのですから♪﹂
﹁そうだったわね♪﹂
ニニは女王と抱き合い、天界へ向かう。
﹁ミリア?!﹂
シュバルツが驚きの声をあげる。
そこには、引退し子供達と一緒に夫の帰りを待つはずだったミリ
アが龍王剣﹁真・白雪姫﹂を手に持ち、騎士の姿でいたからだ。
361
﹁どうしてここに?!﹂
﹁あなた⋮⋮私も行くわ。世界を救う戦いなのでしょ?
私も世界
を救いたい。子供達の笑顔を守りたい。そしてあなたと共に天命が
尽きるまで愛し合いたいから﹂
﹁だが⋮⋮﹂
俺のフォローに回ってくれ﹂
﹁大丈夫よシュバルツ。ミリアの身体を見れば鍛えていたことはす
ぐに分かるわ﹂
マリアが笑顔でミリアを迎える。
﹁わかった。でも無理はするなよ?
﹁はい!﹂
﹁女王陛下。行って参ります﹂
﹁うむ。世界をよろしく頼む﹂
﹁はい⋮⋮世界を、そして⋮⋮お母様を救ってみせます﹂
﹁ありがとう。貴方は本当に自慢の息子だわ⋮⋮愛してるわライン
ハルト﹂
362
母と子として抱き合い、手を握りしめ、そしてラインハルトは人
々の先頭に立つ。
向かうは天界!!!
示すのは我らの意思である
龍王剣﹁エクスカリバー﹂を天にかざし、大声で時の声をあげる。
﹁行くぞ!!!
!!!﹂
﹁おおおおお!!!!!﹂
先行して地上世界から天界への門に到着していたのはアーシュ達
だ。
もう着いていらしたんですね﹂
門に到着してみれば、そこにはハールとリンランディアの姿があ
った。
﹁お父様!
﹁ああ、あの馬鹿共を相手にして疲れたわ。﹂
それは秘密だ!⋮⋮ア、アーシュ⋮⋮ごほん、いい
﹁何を言うか。結局最後は卿も雷を落として、一緒に騒いでいたで
はないか﹂
﹁お、おい!
か、大人はな、時に聞いたことを聞かなかったことにすることも大
事だぞ。今の話はお母さんには内緒な﹂
﹁お父様がしっかりと戦って下さったら、忘れてあげることも考え
363
ますね﹂
﹁お、おい!﹂
父親はなんて損な役回りなんだ!﹂
﹁アーシュはアマテラス様に本当に似てきたな﹂
﹁くそっ!
﹁それはお父様だけでしょ。リンランディア様は奥様とも、娘のニ
ニさんとも、とても良い仲ですよ∼﹂
﹁うむ﹂
どうせ俺はダメな父親ですよ∼だ﹂
リンランディアは満足な笑みをハールに向ける。
﹁けっ!
﹁はいはい。お父様も素敵な父親だって、ちゃんと愛娘は分かって
いますからね。だから拗ねないでくださいね﹂
アーシュに背中を叩かれるハールを見て、みんな大いに笑った。
そして、後方からラインハルト率いる人々が見えた時、この世界
をかけた最後の戦いが始まる。
サタンが置いていった天界への鍵。
地上世界から天界へと繋がる門に鍵を押し込めると、その先には
364
大きな円形の空間が広がっていた。
﹁な、なんだここは⋮⋮﹂
騎士達はこの異様な広い空間に戸惑う。
天界に行くために率いてきた全ての人々が収まるほどの、広い空
間だ。
罠か?!﹂
すると、急に大地が動き出し、それは上に向かって上昇し始めた。
﹁な、なんだ?!
ラインハルトも驚きを隠せない。
﹁みなさん大丈夫です。落ち着いてください。いま私達は天界に向
かっています。この大地が上昇することによって、聖樹王の頂上付
近につきます。そこから、前方に穴が現れますので、一気にアルフ
王と神にいる神殿に向かいます。天界はすでに戦闘状態です。地下
世界からやってきている悪魔達との戦いが始まっています。悪魔達
との戦闘は無用です﹂
アマテラスの説明で落ち着く人々。
約1時間ほどこのまま上昇する。
365
1時間後に戦いが始まる。
気を引き締める人々であったが、戦闘はもっと早くに始まった。
気付いたのはハール。
﹁はぁぁぁ!!!!﹂
このとてつもなく広い円形の空間の上空に雷の幕を張る。
向こうから、わざわざおでましだぞ!﹂
その幕に光の弾丸が降ってくる。
﹁きたぞ!
瞬時に戦闘態勢へと移行する。
雷の幕が光の弾丸を全て弾き消えた後、上空に見えたのは、光輝
く翼を持った妖精の戦闘兵達だ。
この世界に﹁天使﹂という言葉が存在したとしたら、その姿はま
さに天使そのものだろう。
始めるぞ!!!!﹂
天使達は、上昇する大地にいる者達に迷いなく、攻撃を始まる。
﹁おっしゃあああ!
ハールの楽しそうな声と共に、世界をかけた最後の戦いが始まっ
た。
366
第41話 叫ぶもの
聖樹王の頂上付近に着くまで1時間弱。
上昇する大地の上で、天使達との戦いが始まった。
翼を持ち自由に空を飛ぶ天使達は、高さの利を最大限に使った戦
法を取ってきた。
決して近づきすぎない距離から、光の弾丸を放ってくる。
マリアが結界を展開し、天使達の光の弾丸を弾く。
ラミアも大量の水の防御盾を作る。
空飛ぶバイクを持ってきていないため、ほとんど人々が空を飛ぶ
天使達に攻撃出来ない。
その状況を変えたのはニニとリンランディア。
ニニは氷竜を、リンランディアは氷鳥を作りだし、それに乗って
騎士団、魔術師団は上空の天使達に攻撃を始める。
しかし、神々しい天使達を攻撃することに人々は戸惑った。
その迷いを打ち砕いたのは、シュバルツとミリアだ。
﹁ぬおおおおお!!!﹂
﹁はあああああ!!!﹂
一閃のもと、天使達を斬り捨てる2人。
367
﹁相手が誰であろうと、我らは進む!
﹁おお!!﹂
騎士団前へ!!!﹂
シュバルツの号令のもと、一気に動き出す騎士団達。
騎士団に合わせるように魔術師団も動き出す。
この日のために、大いなる意思の導きより鍛えられた人の力が発
揮される。
天使達は倒しても倒しても、空から次々とやってくる。
終わりの見えない戦いが30分以上続いた。
さすがに疲れの色が見え始める。
頼りのハールとアマテラスは人々の戦いをフォローしているだけ。
その力を振るうことはない。
何かに備えて力を温存しているかのように。
﹁ちょっと押されてるんじゃないか?﹂
﹁そうね。上空から狙われ続けるこの状況は、天界側が常に有利。
持久戦では敵わないでしょうね﹂
﹁数が多すぎるな。リンランディア1人では対応しれきないか﹂
氷の羽で自由に空を飛ぶリンランディアは、まさに獅子奮迅の活
368
躍を見せている。
だが、相手も1人1人が雑魚ではない。
中にはリンランディアが手こずる相手も混じっているのだ。
地の利、数の利、共に相手にある中では、いずれ消耗してこちら
が負けてしまう。
﹁地の利は仕方ないとして、数の利は⋮⋮貴方がどうかしたら?
フロプト︵叫ぶ者︶﹂
﹁都合の良い名前で呼ぶのはやめてくれ。まったく﹂
ハールが詠唱を始める。
﹁汝ら、我がもとで永遠の命を得て叫ぶ者達よ。フロプトと共に歌
え!!!﹂
ハールの詠唱と共に、50近い“何か”が現れる。
それは人型だったり、植物のような形であったり、動物のような
形であったり。
それらは空に向かって叫び始める。
それらは、過去にハールが倒した者達の中でも、ハールが己の力
として契約した者達である。
ハールの魔力によりその姿を構成されると、与えられた魔力が尽
きるまで叫び歌い続ける。
369
そして“敵”としてハールが認識した者達に向かって、生前に己
が持っていた能力を使い攻撃し続ける。
﹁カラス共よ。連れていけ!﹂
現れた叫ぶ者達をカラスが乗せて飛び立つ。
ハールが己の力として認めたほどの者達だ。
その能力の高さは折り紙つきだ。
﹁な、なんだ?!﹂
騎士団達は飛んでくるカラスと、その背に乗る異様な者達に最初
驚くが、天使達を攻撃するそれが、自分達の味方であるとすぐに分
かると、一気に攻勢に出る。
﹁まぁまぁね﹂
﹁へいへい。働くのは俺だけかよ﹂
﹁私も数を減らしてくるわ。スレイプニールを貸して頂戴﹂
︵自分で跳躍すればいいだろお前は︶
﹁なにかご不満でも?﹂
370
﹁いえいえ、滅相もございません。アマテラス様に乗って頂けて我
が愛馬も幸せでございます﹂
8本脚の軍馬にアマテラスが乗ると、スレイプニールは空を飛び
駆け抜ける。
アマテラスの参戦により、状況は一気に優勢となる。
叫ぶ者達も、ハールから与えられた魔力はまだ尽きず、叫び歌い
続ける。
アマテラスの一振りで、天使達は次々に斬り捨てられていく。
アーシュ、ベニ、ラインハルトも足場を上手く使い、天使達を倒
していった。
ラミア、ニニ、マリアは水盾、氷盾、結界を使い、多くの仲間達
を守っていった。
戦闘開始から1時間弱⋮⋮ついに聖樹王の頂上付近へと到着する。
天使達は戦力投下をやめ、防衛線を下げたのか姿を見せなくなっ
た。
﹁被害状況を確認しろ﹂
ラインハルトの指示で、新たな部隊編成が進む。
傷ついたとしても、戻る場所などない。
いつ天使達の襲撃があるのか分からないのだ。
地上世界に安全に戻れる保証がない以上、前に進むしかない。
371
それでも、傷ついた者は後方部隊としフォローに回す。
﹁さてと、いよいよ本番だな﹂
ハール達の目の前には大きな穴が開いている。
この穴を通った先が天界。
大罪の日以降、決して人が足を踏み入ることが許されなかった天
界である。
﹁事前の打合せ通り、アルフ王と神のいる神殿に一直線に向かいま
す。悪魔達との無用な戦闘は避けます。襲いくる天界の兵達に対し
ても深追いする必要はありません﹂
アマテラスの言葉と共に、穴に向かって歩み始める人々。
﹁リンランディア。サタンとフェンリルが出てきたら、私とオーデ
ィンが対応します。貴方は神の神殿へみんなを案内して下さい。最
悪、アーシュ達とラインハルト王子達は何があっても神殿に⋮⋮﹂
﹁かしこまりました﹂
穴から天界に向かって進んでいく。
天界とはいったいどのような場所なのか。
372
期待と不安を抱く人々の耳に、またあの声が聞こえる。
ウオオオオォォォォォン!!!!!!!!!
︵もうちょっと頑張れよバハムート⋮⋮もうすぐ“終わり”がくる
さ。どんな形であれ︶
世界を支えるその声に、ハールは何を思うのか。
373
第42話 アルフ王
神の神殿
数日前より、地下世界の悪魔達が天界へとやってきた。
ただの悪魔ではない。
悪魔の王達である。
その報告を聞いたアルフ王は、顔色1つ変えず、天界を守る兵を
向かわせた。
天界に住む非戦闘民達をすぐに緊急避難させる。
この世界が始まって以来、天界で直接の戦闘が行われるのは初め
てである。
そんな事態であっても、アルフ王に動揺は見られない。
彼は神より創られし“一の時”より生きる者。
創られた時から、彼は世界を調整することを神の意思として受け
て生きた。
彼は天界に妖精と人間を住ませた。
妖精は同じく一の時より創られし者達以外は、全てアルフ王によ
って作られた。
だが、人間は違った。
アルフ王は人間がこの地にいることを知った時、戸惑いを覚えた。
自分はこんな存在を作ってはいない。
神より創られし一の時から生きる者でもない。
374
人間とはいったいどこからやってきたのだ?
だが、人間は存在し、それは世界の一部として生きていた。
世界を調整する彼にとって、人間も自分が管理し調整する者達と
判断した。
神は悪魔も創られた。
その者達は、地下世界へと堕とした。
その姿、暴力、思想は世界を調整する上で不要だと判断したから
だ。
彼にはその力があった。
世界を調整する自分は、まさに神の代行者である。
彼はこの意思を自分に授けてくれた神に感謝した。
だが、次第に彼は崩れていった。
どんなに世界を調整しようとも、人間達も、自分が作った妖精達
ですらも、自分の理想とする世界にはならなかった。
彼と同じく一の時より生きる者達にいたっては、彼の言葉をまっ
たく無視する者さえいた。
彼は悩んだ。
世界を調整するという神の意思を授かった自分は、力不足なのだ
ろうか?
自分ではダメなのか⋮⋮もっと相応しい者がいるのではないか。
彼は唯一、神との謁見が許された者だ。
彼は神に問うた。
375
私は世界を調整する者として相応しいのかと。
神は何も答えない。
彼は数百年、数千年の時の中で、繰り返される生命の営みを見て
調整していった。
自分の導きがなければ、生命は、世界は生きられないと信じてい
た。
だが、ある日、彼の友人の一言で全てが壊れ始めた。
﹁君が世界を調整しなかったとして、何か不都合が生じるのかい?﹂
彼は友人の言葉を聞いて、100年ほど世界の調整をやめた。
そして見てしまった。
世界は彼の調整無しでも生き続けた。
悲しさ、不安、絶望、恐怖、憎悪といった感情は、彼が世界を調
整していた頃よりも増えた。
増えたが、世界は生き続けた。
彼はさらに壊れていった。
彼は再び神に問うた。
世界を調整するとは?
376
世界とは?
生命とは?
神は何も答えない。
彼は気付いた。
自分は世界を調整している。
だが、その自分もまた世界に生きる存在の1つに過ぎない。
自分がいなければ、世界は歯車の1つを失うが、それで世界が壊
れるわけではない。
世界は生き続ける。
彼は世界の調整を再開した。
再開したが、彼は壊れていた。
いや⋮⋮彼は壊れていたのか?
彼も世界に存在する1つの生命とすれば、彼が行うこともまた世
界の1つである。
彼は世界が終わりを迎えるように調整を始めた。
そんな彼を見て友人は言った。
﹁今夜、神の庭園に誰か入っていくかもしれないな∼⋮⋮何かを食
べにくるんじゃないかな∼﹂
彼は友人の言葉を聞いても、何も動かなかった。
彼は“人間”の存在が一番不安だった。
人間に祝福が与えられていることが、最も彼の中で不安定要素だ
377
ったのだ。
その日のよる、蛇の導きによって1組の男女が神の庭園に足を踏
み入れる。
そして、知恵の果実を女性が食べてしまう。
女性はその知恵の果実を男性にも食べさせた。
翌日、人間は大罪により天界への道を閉ざされ、聖樹王の祝福を
受けられなくなった。
彼は世界が終わることで、自らに寿命を作った。
人間達や、作られた妖精達には寿命がある。
その寿命が終わる時、彼らは世界から解放される。
自分も解放されよう。
彼はそう思った。
この世界を支えているのは、聖樹王。
そしてバハムート。
どちらも神より創られしもの。
どのような神の意思を受けているのか不明だが、世界を調整する
自分の力を使えば、聖樹王とバハムートの“命”を減らしていくこ
とは、少しずつ出来た。
彼はその命を自らの寿命と定め、世界を終わらせることにした。
378
聖樹王とバハムートの命を減らし始めてから、神が揺らぎ始めた。
神と繋がる一の時より生きる者達には、それが分かった。
アルフ王に、神の揺らぎに対する問い合わせをする者達は多かっ
た。
その中には、アマテラスの姿もあった。
だが、アルフ王は神に問題は何もないとした。
最も、神と謁見することを許されているのはアルフ王だけである。
何を言おうとも、アルフ王からそう言われれば、誰も何も言えな
いのだ。
神の揺らぎに最も懸念を示したのはアマテラスであった。
アルフ王から、自分の妻となれば神への謁見を許してやってもい
いと言われたが、アルフ王のことがあまり好きでなかったアマテラ
スは断った。
そもそも、彼の妻になったからといって、神との謁見が許される
とは思わなかった。
それは彼が決めることではないのだから。
彼女は己の力を高めることに時間を費やし、46年前に信じられ
ないことをやってのけた。
異なる世界からの魂の召喚
アルフ王もそれが不可能だとは思っていない。
自分も力を使えば可能だろう。
379
だが代償があまりに大きすぎる。
それほどの力を使えば、少なく考えても10年以上は力を失うだ
ろう。
事実、彼女はその後20年近く力を失い眠りについた。
その間、1人の男性が彼女を守り続けたことも、アルフ王にとっ
ては意外な行動ではあったが。
彼女がなぜ人間に、そこまで力を貸すのか理解出来なかった。
だが、理解する必要もなかった。
世界は終わりに向かっている。
それを止めることは出来ないだろう。
世界が終わりを迎えた時⋮⋮新しい何かが始まるのか。
それは彼にも分からない。
分かる必要はない。
彼は自らの解放に向かって進んでいくだけ。
380
第43話 ラグナロク
穴を抜け天界にたどり着いた時、全ての人が声を失った。
ここが⋮⋮天界?
それはアマテラスであっても例外ではない。
悪魔達を天界に誘導したものの、まだ数日しか経っていない。
しかも、ここは地上世界から天界に繋がる場所。
悪魔達の多くがここまで辿り着き、戦闘を繰り広げたと考えるの
には無理がある。
そこに緑あふれる恵みの大地はなく、不毛の大地が広がる。
そこに透きとおる美しい水はなく、土と泥で濁った水が流れる。
そこは光輝く世界ではなく、暗黒の世界。
空が今にも落ちそうなほどの闇。
手を伸ばせば天を掴めると錯覚するような闇。
既に崩壊は終わりに近づいていた。
アマテラスが穴から振り返ると、聖樹王⋮⋮天界では神樹と呼ば
れるその木は、腐り崩れていた。
﹁これは⋮⋮世界が⋮⋮終わる﹂
人々から絶望の気がもれる。
381
いったい何のために天界に来たのかと。
聖樹様の意
自分達で歩みを止める
アマテラスでさえ、この状況で人々を鼓舞する言葉が見つからな
い。
終わりを待つの?!
終わりません!
私達は未来を掴みにきたはず!﹂
前に進みましょう!
違う!
﹁下を向くな!!!
の?!
﹁みなさん!
希望を捨てないで!﹂
思が天界にいらっしゃるなら、私達の世界を救って下さるはずです
!
人々を、そしてアマテラスさえも鼓舞したのはアーシュとニニだ
った。
希望
聞き方によっては、使い方によっては、これほど無常で無情なる
言葉もない。
でも、人には希望が必要だ。
前に進む意思があるなら、そこにはいつだって希望があるはずだ。
それは自らの中にあるかもしれない。
他人に求めるかもしれない。
何だっていい。
それは、自分の中にだけある、自分だけが知っている希望なのだ
382
から。
神の神殿へと一直線に走りだす。
途中、天界の戦闘兵や、悪魔達と遭遇するも、最低限の戦闘にお
さえ、ひたすら神の神殿を目指す。
﹁もう少しです!みな頑張って!﹂
先頭を走るアマテラスとハール。
2人は神の神殿の前で待っている宿敵の魔力を感じていた。
神の神殿が目視できる距離まで来た時、それは現れた。
ラインハルト達がその姿を見た時、彼らは一様に驚いた。
ナール?
聖樹の狩り手であるナールと同じ姿をしたドワーフがいたのだ。
だが、最初に見えたそのドワーフの後ろには数十⋮⋮いや数百人の
ドワーフ達がいた。
彼らはラインハルト達を見ると、歪んだ醜い笑みを浮かべながら、
人々の前で巨大化していった。
﹁スプリガンだ!気をつけろ!﹂
リンランディアの声が響く。
﹁アルフの奴め。スプリガンをここで待ち伏せさせていたのか﹂
383
天界の宝物庫を守護するスプリガン。
凶暴なその性格は、敵と認識した相手には容赦しない。
ここは我らで抑える!!
先へ行ってください!﹂
魔術師団前へ!!
手に持つ巨大な斧で襲いかかってくる!
﹁騎士団!
アマテラス様!
王子!
シュバルツが声を上げ、スプリガンに立ち向かっていく。
﹁おおお!!!﹂
ここは私達に任せろ!﹂
シュバルツを見た騎士団、魔術師団が一斉にスプリガンと戦い始
める。
﹁アーシュいけ!
リンランディアが里の者達と一緒に、スプリガンを止めにかかる。
﹁行くぞ!﹂
ハールが雷を放ち出来た道を、ハールとアマテラスが駆け抜ける。
﹁みんな⋮⋮死ぬなよ!﹂
ラインハルトが走り始めると、ニニとマリアが続く。
384
﹁すぐにアルフ王を倒してくるから!みんな頑張って!﹂
なんて硬さに馬鹿力だ!﹂
アーシュ、ベニ、ラミアも神の神殿に向かって走り出す。
﹁ぬおおおお!
数百といる巨大なスプリガン相手に死闘が始まる。
その巨大からは想像もつかない早さで動き、見た目通りの馬鹿力
に強靭な肉体。
そして、凶暴さを隠そうともしない歪んだ醜い笑みが恐怖を誘う。
邪魔だ!
砕け散れ!﹂
だが、ここにいる者達はそんな恐怖に負けることはなかった。
﹁醜いな⋮⋮姿ではない。その心が!
シュバルツが龍王剣の大剣﹁黒炎・改﹂で光速の如く斬りかかる。
﹁負けない⋮⋮カルとナミのためにも⋮⋮愛する人のためにも!﹂
ミリアも龍王剣﹁真・白雪姫﹂でスプリガンの脚を突き砕いてい
く。
シュバルツ達は数百のスプリガン相手に優勢だった。
だが⋮⋮シュバルツ達の後ろから、天界の戦闘兵が迫っていた。
385
﹁後ろからきたぞ!
くるぞ!﹂
天界への道で戦ったやつらだ!
光の弾丸が
天使のような彼らは、距離を取り光の弾丸を放ってくる。
魔術師団!
後方に結界を展開しろ!﹂
それはスプリガンもろとも、人々を葬る。
﹁くそったれ!
﹁いるな﹂
﹁ええ⋮⋮私達も決着をつける時かしら﹂
神の神殿へと向かったハール達。
その神殿の前にある広大な広場。
そこに彼らはいた。
子供と小さな犬。
状況が違えば、近所の小さな子が可愛い犬と一緒に散歩している。
そんな風にも見えただろう。
だが、目の前にいる子供と犬は、そんな可愛い存在ではない。
386
ラインハルトやアーシュ達も一瞬で悟った。
﹁やあ。待ってたよ﹂
﹁遅刻したかしら?﹂
﹁いやいや、ちょうどいい頃じゃないかな。世界の終わりの時にぴ
ったりだよ﹂
﹁よ∼犬っころ。元気だったか?俺に斬り落とされた指は治ってな
いみたいだな﹂
﹁⋮⋮お前も裂かれた片目は失ったままか、オーディン﹂
お互い戦闘態勢へと移行する。
アマテラスは天女の衣から神々しい力が溢れ、ザンテツケンを抜
く。
オーディンは、身に纏う鎧が黒から黄金へと、そしてグングニル
を構える。
子供は背中から12枚の翼が生え⋮⋮その姿を堕天使ルシファー
へと変える。
子犬は、みるみるうちに巨大化し、巨大な狼フェンリルへとその
姿を変えた。
387
アーシュ達からすれば規格外の力がせめぎ合っている。
一歩でも動けば殺される。
そんな力を前に、脚が止まってしまう。
﹁君達は神殿に行きなよ。アルフが待っているよ﹂
ルシファーの言葉に驚くラインハルト。
アマテラスが振り返る。
﹁行きなさい。ルシラは神殿にいるわ。貴方達ならきっと⋮⋮世界
を救えるわ﹂
﹁行ってこい。お前はオーディンとアマテラスの子だ。アルフや神
なんかに負けるんじゃね∼ぞ﹂
﹁はい⋮⋮行ってきます!﹂
広場の中央をそのまま走りぬける6人。
自分達が通り過ぎると、後方では巨大な力の衝突が始まった。
アーシュ達は振り返ることなく、神殿を目指す。
そして、神殿に到着する。
神殿を守る者は誰もいなかった。
奥へ奥へと向かうと、既にその扉は開かれていた。
388
その先には、大いなる翼を持つ天使と、その後ろの玉座に座る青
年。
そして、玉座の前に置かれた真っ白な木の棒。
﹁ルシラ!!!!﹂
アーシュの声が神殿に響いた。
世界最後の戦いが始まった。
389
第44話 戦神と堕天使
オーディン
彼は“一の時”より神に創られた。
神より“好きに戦え”と意思を受け、彼は好きに戦い、好きに生
きた。
傍若無人で好き勝手に生きた彼ではあったが、誰よりも命の尊さ
を感じていたのも、また彼であった。
アルフによって地下世界に堕とされた悪魔の王達と戦うために、
彼は何度も地下世界に行った。
愛馬スレイプニールに跨り、黄金の鎧を身につけ、グングニルを
振り回し、雷のように駆け抜ける。
彼は戦神と呼ばれた。
その他にも彼は多くの呼び名を持つことになる。
彼は決して己より弱い者と進んで戦おうとはしなかった。
もちろん、気に入らなければ問答無用で倒したが。
彼にとって大罪により地上世界で暮らす人間とは、か弱い生き物
であり、特に興味を引くこともなかった。
そんな人間のことを常に想っていた彼女のことを、彼は不思議に
感じていた。
なんでこんなか弱い人間のために、己の時間を費やしているんだ?
390
彼女は同じ一の時より生きる者達の中で、最も美しく、最も清ら
かで、最も強がりな存在に見えた。
氷で出来た美しい彫刻。
どこかが崩れたら、一瞬で全てが崩れそうな、そんな存在に見え
た。
彼女は鍛え上げた己の力を人間のために使った。
そして眠りについた。
彼は彼女を守り続けた。
彼女が眠る間、アルフの差金か⋮⋮それともサタンの遊びか、彼
女を狙いやってくる者達がいた。
オーディンは彼女を守り通した。
そして眠りから覚めた彼女は、眠っていた間、自分を守り続けて
くれた彼の存在を感じ知っていた。
2人は愛を深めていった。
しばらく幸せな生活を送る2人であったが、神酒をオーディンが
盗み飲んだことをアルフが罪とした。
今までもさんざん盗み飲んできたし、アルフもそれを知っていた
のに。
何を今さら。
彼にとってはどうでもいいことだった。
391
彼女と天界で会えなくなっても、地下世界に彼女が来てくれれば
会える。
特に問題は何もなかった。
だが、罪人とされたオーディンの前に、神の守護獣フェンリルが
現れた。
そして有無を言わさず、オーディンに襲いかかった。
オーディンにとっては、これがフェンリルの意思なのか、アルフ
の意思なのか、神の意思なのか⋮⋮どれでもよかった。
楽しい戦いが出来れば彼は満足だから。
壮絶な戦いは1日中続いた。
オーディンは片目を裂かれ、フェンリルは足の指を何本か斬り落
とされた。
彼女が戦いに介入してフェンリルを退け、オーディンと共に地下
世界に逃げた。
その後、彼女との間に愛娘を授かるものの、女癖がよくなかった
彼は彼女に振られることになるのだが⋮⋮。
彼女に振られた以後、彼が他の女にいつもの調子で仲良くしても、
一切手を出していないことを彼女は知っているが、素直でない彼を
許すきっかけを得られずにいるのだが⋮⋮。
392
ルシファー
またの名をサタン
かつて天界でアルフの上に位置した存在であった。
世界を調整するアルフですら、彼に命令することは許されていな
かった。
だがある日、彼はその地位を捨てた。
その時から彼は、自分の思うがまま、好きに遊ぶために生きてい
った。
彼にとっては最初から全てが遊びだった。
遊びだったが、全てが彼にとって命そのものだった。
神の理解者
アルフは友人をこう表現したことがあった。
アルフも本当のところは分からないが、彼は神と話すことが出来
る唯一の存在だとか。
それが真実なのか、彼はいつもふざけて答えるのでアルフも分か
らないのだ。
393
だがアルフは、彼は本当に神と話すことが出来ると思っている。
10年前、一の時より1度たりとも応えなかった神が、“何かし
た”と感じた。
アルフは神にそれを問うたが、神は何も答えない。
代わりにルシファーが姿を見せた。
ルシファーはアルフに言った。
神もちょっと遊びたかっただけだよ
アルフは友人を初めて疑った。
神ではなく、君が何かしたのではないかと。
ルシファーは答える。
仮に僕がしたことでも、それは神がしたことだよ。
アルフは己の計画に支障が無ければどのようなことでも構わなか
った。
友人である彼には、そのことを伝えていたのだ。
彼は何も問題ないよとアルフに伝えた。
そして再び神は動いた。
神は彼にお願いをした。
彼はその願いを受け、地下世界の聖樹王の木の棒に10年前と同
394
じ意思を宿した。
彼は、アルフに地下世界の木の棒のことを話した。
神が所望した木の棒だと。
ちょっとした手違いで、いまその木の棒はオーディンの娘が持っ
ていると。
アルフはそれがルシファーの遊びの結果だろうとすぐに分かった。
既に世界は終わりに近づいている。
今さら、その木の棒が自分の終わりを妨げるとは思えなかった。
神が所望したのであれば、神の前に持ってくるべきだろう。
それが自分を創った神のためにするべきことだと思った。
ルシファーがオーディンの娘と木の棒を、地下世界の聖樹王の根
の中に連れ込むので、天界にその意思を引っ張ることにした。
天界にある真っ白な神樹の木の棒を作り、器として用意した。
ルシファーは神の理解者である。
神の理解者とは、己を理解することである。
そして己を受け入れることである。
己を受け入れれば、他人に優しく出来る。
395
己を受け入れれば、他人に気を使うこともなくなる。
己を受け入れれば、他人の存在を消すことが出来る。
己を受け入れれば、世界は自分のものである。
396
第45話 俺の勝ち
アーシュ達が広場を抜け、神の神殿に向かっていく。
広場に残った4つの規格外の力が、解放される。
﹁雷神の血の契約により命ずる!舞え!サンダーバード!﹂
﹁アルフヘイムよりきたれ、ニブルヘイムにかえれ、ライトニング
アロー!﹂
オーディンより放れた雷鳥を、フェンリルが放った光の矢が撃ち
落とす。
﹁12の時を刻み、13番目の罪を解き放つ鍵をここに!いでよロ
キ!﹂
﹁十拳剣をここに! オロチを狩れ! スサノオ!!﹂
ルシファーが黒い影のようなロキを、アマテラスが白い影のよう
なスサノオを。
2つの影が衝突すると、膨大なエネルギーの爆発が起こる。
﹁飛ばしてるな∼。息切れするなよ?﹂
﹁貴方こそ、戦いに夢中になってこっちに力を飛ばさないでくださ
397
いね﹂
﹁おぅよ!﹂
オーディンがグングニルを構える。
﹁俺の“聖樹の槍”も、アーシュに負けちゃいないぜ! グングニ
ル!!﹂
投げつけた槍はエネルギーの塊となり、フェンリルとルシファー
を襲う。
﹁暑いな⋮⋮太陽の前に立ち、輝く神の前に立つ楯よ! スヴェル
!﹂
フェンリルが氷の楯でグングニルを弾く。
マリアが膨大な詠唱と、己の血の魔法陣で発動させた魔法をいと
も簡単に唱える。
﹁黎明の光よ。明けの明星よ。天から落ち、地を滅ぼせ!メテオ!
!﹂
ルシファーが詠唱すると、無数の流星がオーディン達を襲う。
﹁樹木の力よ、あらゆる万物を包容したまえ!森羅万象!!﹂
アマテラスが作りし樹木の楯が、流星を受け止め吸収するかのよ
うに、存在を消していく。
398
﹁黒点より舞いあがる嵐よ!我が雷と共に!!フレア!!!﹂
オーディンの放った黒球から真っ黒な炎の爆発が起きる。
﹁うわ。あれスヴェルじゃ無理だね﹂
﹁⋮⋮天空と雷の神よ。雲より全てを防ぐ楯を我に!アイギス!﹂
オーディンの詠唱に合わせて、フェンリルが新たな楯を作り爆発
を防ぐ。
﹁楽しいな! お前らと本気でやり合う日が来るとは思わなかった
からな!﹂
﹁まったく貴方は⋮⋮それでルシファーとフェンリル。貴方達はこ
の世界を滅びるのを受け入れるのですか?﹂
﹁⋮⋮我は神の守護獣。我は神の意思を受け入れるだけだ﹂
﹁お前はあいかわらず硬いな。お前の頭の中はいったい何で出来て
るんだ? 神の意思を受け入れるだって? お前本当にそんなもの
があると思っているのか? 神の意思とは、己の意思だろうがよ!﹂
﹁まったくオーディンの言う通りだね。フェンリル、君はもっと自
分に素直になるべきだよ﹂
﹁おいおい、サタンお前はどっちの味方なんだよ。お前はどうなん
399
だ?世界が終わっていいのか?﹂
﹁世界が終わることなんてないよ。“世界”という言葉は、僕と君
達では意味が違うからだけど﹂
﹁それでは、私達がいるこの世界が終わってもいいのかしら?﹂
﹁本当に終わるならね。それは子供達に託したんでしょ? 老人の
僕達の答えなんていらないさ﹂
﹁なら、いま私達が戦っていることに意味なんてないのなら⋮⋮子
供達の答えを待ちましょうか?﹂
﹁僕はそれでもいいけどね。フェンリル、君はどうする?﹂
﹁我は⋮⋮﹂
﹁けっ!神の守護獣なら、神に聞いてきたらどうだ?﹂
子供達の答えを待つ⋮⋮規格外の力を見せ合い、この場での戦い
は終わり。
後方のリンランディア達の支援に⋮⋮アマテラスの意識が一瞬、
目の前の敵からそれた。
﹁くすくす﹂
いつからそれは潜んでいたのか。
400
アマテラスの影から、一振りの剣を持つロキが現れた。
ロキの持つ剣﹁レーヴァテイン﹂は、美しい天女の肌に届くかと
思われた。
だが、その剣が貫いたのは、天女ではなく戦神だった。
﹁ぐっ⋮⋮なに油断しているんだ⋮⋮馬鹿やろう﹂
オーディンの腹を剣が貫通している。
影のロキは、アマテラスが一瞬で斬り捨てたが⋮⋮。
﹁オ、オーディン!﹂
﹁くるぞ!﹂
﹁東より龍よ、西より虎よ、南より鳥よ、北より亀よ!﹂
ルシファーの詠唱により、広場の東西南北を守る守護獣が召喚さ
れる。
4匹は共鳴し、その力がアマテラスを襲う。
﹁フェンリル、オーディンを任せたよ﹂
ルシファーは黄金の剣を抜き、アマテラスに斬りかかる。
フェンリルは迷いの中にいたが、オーディンを倒すことに迷いは
ない。
腹を剣で突きぬかれたオーディンに向かって襲いかかる。
401
﹁チッ⋮⋮まずいな⋮⋮﹂
この状況で、フェンリルを抑えることは難しい。
かといって、自分が倒されたら、アマテラスは1対2の状況に。
オーディンは迷いなく動き出した。
﹁決着といこうか、フェンリル﹂
﹁その身体で何を言うか!﹂
フェンリルは目と鼻から炎を噴く。
そして、開けば天にも届きそうな巨大な口で、オーディンを飲み
込もうとする。
フェンリルから、それは見えていなかった。
傷ついたオーディンから放たれる力は全て見えていると思った。
オーディンを飲み込もうとした時、それは、オーディンの背中か
ら自らの心臓を貫きやってきた。
黄金の雷龍を纏ったグングニル
402
﹁ばーか。俺の勝ちだ﹂
﹁終わったようだね﹂
ルシファーが斬り合う剣を弾き、後方に距離を取った時。
アマテラスの目に映ったのは
己の心臓と共に、フェンリルをグングニルで貫いた
戦神オーディンの姿であった。
403
第46話 神の間
神殿の中を進み、大いなる翼を持つ天使の前までやってきたアー
シュ達。
この天使がアルフ王であるとすれば、後ろにいる青年が神?
マリアは青年の存在を気にしながら、すぐに結界を張れる準備を
しておく。
﹁ようこそ。我が子供達よ。神と共に世界の終わりを祝福しよう﹂
私は地上世界のラインハルト。天界を
天使は満面の笑みでアーシュ達を迎える。
﹁貴方がアルフ王ですね?
治めしアルフ王よ。なぜ世界は終わりを迎えようとしているのです
か?﹂
貴方の後ろにいるのが神?﹂
﹁勇者よ。全てに始まりと終わりがあるのです。そして今は終わり
の時⋮⋮ただそれだけです﹂
﹁世界の終りは神が決めたことなの?
﹁⋮⋮私の後ろの玉座にお座りになられているお方こそ、この世界
を創りし神です﹂
アーシュの問いに神とだけ答えるアルフ。
404
﹁答えが半分だけですよ。神は世界の終わりを望まれているのです
か?﹂
マリアが再び問う。
世界が終ろうとして
﹁⋮⋮神は何も望みませんよ。世界が終わるのも、始まるのも﹂
﹁なら、どうして聖樹王が崩れているの?!
いるの?!﹂
ニニが三度問う。
﹁⋮⋮私は世界が終わることを望みました。私の思いは世界の崩壊
に繋がっているでしょう。同じく滅びを望む者もいるでしょう。そ
して、いまこうして私の目の前までやってきた貴方達のように、世
界を救うことを望んでいる者達もいるでしょう。全ては等しく公平
です。貴方達は、自分達の意思を示せばそれでいいのです﹂
﹁つまり、貴方を倒せと?﹂
﹁私を倒すことが出来るのなら倒せばいい。それで世界の崩壊が止
まるのか⋮⋮それは私にも分かりません。私は世界を調整する者で
すが、この世界に生きる1つの命でしかまたありません﹂
どんな質問も結論の無い答えばかり返ってくる。
﹁私は貴方を倒してルシラを取り戻す。それを邪魔するなら神も倒
す!﹂
405
﹁待って!
アーシュ!﹂
手に持つ黒い木の棒を床に置くと、
白銀の電光石火を身に纏い、アーシュが跳躍する。
アルフの首を斬り落とそうと。
カキン!!!!!
マサムネの刃はアルフの首を斬った。
アマテラスのように言霊
斬った感触はあった⋮⋮でもアルフの首は落ちていないどころか、
傷一つない。
この力、アーシュは覚えがある。
﹁なぜ、お前がお母様の力を使える?﹂
﹁ほ∼森羅万象を知っているのですか?
をのせて樹木の楯まで作ることは出来ませんが。母親に見せてもら
ったことがあるのですね﹂
アーシュの後ろで2つの力が高まる。
ベニが鬼神、ラミアが白蛇を発動する。
金剛撃!﹂
﹁ふむ、純粋種の力を宿す⋮⋮面白い﹂
﹁はぁぁぁぁ!!!
406
﹁ゆけ!
水蛇!﹂
ベニがラミアのフォローをもらいながら、アルフに殴りかかる。
アーシュも再び電光石火で跳躍する。
ラインハルトは聖属性を身に纏い、アーシュ達の動きに合わせて
突っ込む。
アルフはその全ての攻撃を受ける。
森羅万象の結界が崩れ、己の身にダメージを負っても、その場に
立っているだけだ。
﹁咆哮を上げろ、ルドラ!﹂
アブソリ
アルフの目の前に、嵐と共に赤褐色の肉体に黄金の防具を身に着
け、弓矢を持つルドラが現れる。
⋮⋮光も、闇も、生命もなく!
その嵐にアーシュ達が吹き飛ばされる。
﹁あれはお父様の弓?
ュートゼロ!﹂
ニニが現れた男を氷漬けにする。
一瞬動きを止めるが、すぐにその氷は割られて、ルドラは弓矢を
放つ。
その弓矢からさらなる嵐が吹き荒れる。
﹁義と共に麒麟、安らぎと共に鳳凰、吉と共に霊亀、幻と共に応竜
!﹂
407
マリアの超魔法により4霊が召喚される。
﹁⋮⋮本来は神が使役する霊を人が使ってはいけませんよ﹂
﹁これはこれは⋮⋮申し訳ございませんこと﹂
4霊の霊力が、ルドラとアルフを襲う。
ルドラは消滅こそしないまでも、戦闘不能の状態となり、
アルフも見た目から大きなダメージを負ったことが分かる。
﹁サンクチュアリ﹂
アルフの傷が一瞬で治る。
そして、その言葉は10年前に地上世界を救ったあの魔法であっ
た。
﹁ホーリー﹂
アルフから聖なる光が溢れる。
マリアはすぐに結界を展開する。
﹁くっ⋮⋮﹂
マリアの結界の内側に、ニニがスヴェラを展開する。
さらにその内側に、ラミアが水の楯を展開する。
408
その全てを貫き、聖なる光がアーシュ達を襲う。
﹁素晴らしい⋮⋮言霊無しとはいえ、ホーリーを受けて生きている
とは⋮⋮そして﹂
聖属性を纏いホーリーを抜け、アルフの心臓を貫こうと、ライン
ハルトがエクスカリバーを突き刺す。
ガキン!
﹁ぐっ⋮⋮な、なんだと﹂
エクスカリバーはアルフを貫くことなく、またアルフの身体に傷
をつけることもない。
﹁聖属性を身に纏うか⋮⋮聖魔法を使える人間はいつ以来か。だが
勇者よ。我は聖なる存在そのもの。聖属性で我が傷つくことはあり
ませんよ﹂
アルフの強さの前に、アーシュ達の心を絶望が支配していく。
そして、その時⋮⋮後方から大きな力を感じ、そして2つの力が
消えた。
﹁友よ眠れ⋮⋮私もすぐにいこう﹂
409
﹁お、お父様?﹂
アーシュが戦闘中にも関わらず後ろを振り返る。
消えた力の1つは、父ハールであった。
﹁オーディンの子よ。悲しむことはありません。君もすぐにいくの
だから﹂
アーシュ達は立ち尽くす。
そして、またあの声が聞こえる。
ウオオオオォォォォォン!!!!!!!!!
その声と共に、崩壊が一気に加速する。
アルフが満面の笑みで立っている。
アーシュが、か弱い声で囁く。
﹁⋮⋮ルシラ﹂
410
第47話 神とは
懐かしい魔力を感じてしばらくすると、アーシュ達はここまでや
ってきた。
アーシュ達と一緒にやってきたのは⋮⋮ニニとラインハルト?
マリアはあまり変わっていないどころか、ますます綺麗になって
いた。
ラインハルトは、ずいぶん逞しくなったな。
そしてニニ。
⋮⋮なんて素敵なお姉様に成長しちゃったんですか!
いや、この未来は想像出来たよ!
ニニは可愛かったもん!
絶対に素敵なお姉様になると思っていたもん!
⋮⋮胸はやっぱりあんまり成長してないな。
アルフ王と思われるこの天使と、アーシュ達の戦いが始まった。
そしてこの時、俺は初めてあることを気付くことになった。
アーシュ達の言葉が理解出来た。
神の木の棒となってから、神はもちろん喋らないし、喋らない神
に対してアルフ王も何も喋らない。
つまり、この真っ白な木の棒に宿ってから“言葉”を聞いたこと
411
がなかった。
アーシュ達がやってきて、アルフ王と話し始めると、俺はその言
葉を理解出来た。
なぜだ⋮⋮どうして急に言葉が分かったんだ?
言葉を理解出来たのは大きな出来事だが、今はアーシュ達だ。
アルフ王との戦闘力の差は一目瞭然だ。
無理だ、勝てない。
神はアーシュ達との戦闘中もずっと俺を見ているだけだ。
おい!ちょっと俺を持てよ!
アーシュ達に加勢しろよ!
⋮⋮お前本当に神か?
何なんだお前は。
お前が神であっても、神じゃなくてもいいよ。
でもちょっとはこの世界に干渉しろよ。
ただ見ているだけか?
本当に何もしないのか?
お前が創った世界に、お前は干渉出来ないわけじゃないだろ。
俺を2度も、この世界に連れてきたのはお前なんだろ?
412
アーシュが俺の名前を呼ぶ。
﹁⋮⋮ルシラ﹂
アーシュ!
くそっ!⋮⋮なんで俺は木の棒なんだ!
自分では何も出来ない!
動くことも、声を出すことも出来ない!
あの時の奇跡みたいに、何か起こってくれよ!
お前が俺を持てば、何か奇跡が起きるんだろ?!
“これがこの世界の結末”
え?⋮⋮喋った?!
“これは意思が導いた終わり”
お前の意思か?
“世界の意思”
いや、それ違うだろ。
アーシュ達は世界を救おうとしているんだろ?!
アーシュ達の意思は無視かよ!
“君の意思は何を望む? 最弱で最強、最優で最狂、最良で最悪な
魂の者よ”
413
救えよ!
アーシュ達を救えよ!
この世界を救えよ!!
“君の意思を世界に授けるの?”
よく分からないけど、それで救われるならそうしろよ!
“君が消えても?”
ああ、俺が消えてもだ。
“どうして他人のために自分を犠牲にするの?”
それが人間だ
人間は他人のために、自分を犠牲に出来る
“でも自分のために他人を犠牲にするよ?”
それも人間だ
人間は1人では生きていけない
他人と共に生きる
それは他人を犠牲にするってことだ
“自分が痛いのに?”
それが人間だ
人間は痛みを抱えて生きていける
414
“死ぬのに?”
それが人間だ。
人間は“死”を感じて生きていける
“どうして人間はそうやって生きていくの?”
魂が、命が祝福されるため
人間が生きていけるのは、自分が自分を祝福して褒め称えられる
からだ
それは誰かにとって良いことかもしれない
誰かにとって悪いことかもしれない
何かにとって良いことかもしれない
何かにとって悪いことかもしれない
それでも、魂は祝福されなくてはいけない
それでも、命は祝福されなくてはいけない
祝福し、褒めたたえよ主を!自分を!
“それが人間⋮⋮不完全な人間の私に足りない⋮⋮自らを祝福する”
そうだ、お前は人間なんだろ?
神じゃない。
いや、神でもいい。
何だっていい。
415
お前は人間なんだから!
青年はゆっくりと立ち上がる。
アルフがすぐにそれに気づく。
﹁今さら何を⋮⋮終わりの時ではないのですか?
神は台座に置かれた真っ白な木の棒を持つ。
そして、透き通るような美しい声で叫んだ。
“ハレルヤ”
神よ!﹂
416
第48話 祝福
神が俺を持ち子供達を祝福した。
﹁なんだ?﹂
リンランディアは己の身体を包む、聖なる力を感じた。
﹁これは、いったい何が起きている?﹂
シュバルツも同じだ。
みて!﹂
自分を包む聖なる力⋮⋮どこまで湧き上がる力を感じている。
﹁あなた!
ミリアが叫ぶ。
聖なる力は自分達だけではない。
スプリガンや、天使達にも及んでいる。
﹁どうなっていやがる⋮⋮剣がまったく通らないだと﹂
シュバルツがスプリガンを大剣で斬ろうとしても、聖なる力がス
プリガンを守る。
逆に、スプリガンの巨大な斧の直撃を受けても、衝撃すら感じな
い。
﹁神殿で何かが起こっている⋮⋮む?!﹂
417
大地に亀裂が走る。
大地が壊れる!
だめだ⋮⋮落ちるぞ!!﹂
ほとんど崩れかけていた聖樹王⋮⋮神樹が崩壊していく。
﹁うおおお!
神樹に支えられていた天界が地に落ちていく。
裂け落ちる大地に必死にしがみつく人々。
シュバルツはミリアを抱きしめる。
﹁世界が終わってしまうの?﹂
﹁分からない⋮⋮だがラインハルト様達を信じよう。﹂
既に戦闘を続ける者はいない。
スプリガンも必死に大地にしがみつく。
天使達も崩れ落ちる大地を見て呆然としている。
リンランディアは氷の羽で飛びながら、遠くの神殿を見つめてい
た。
﹁始まった﹂
ルシファーは楽しそうに神殿を見ている。
ルシファーの側では、胸に穴が開いたオーディンをアマテラスが
418
抱きしめていた。
﹁世界が終わるの?﹂
﹁1つの終り。そして1つの始まり﹂
﹁ルシファー⋮⋮貴方、本当は神から何の意思を受けているの?“
好きに遊べ”というは嘘でしょ﹂
﹁⋮⋮嘘じゃないよ、本当さ。僕は遊んでいるだけ。世界を創るこ
とを遊んでいるだけさ﹂
聖なる力が2人を包む。
いや、2人だけではない⋮⋮オーディンとフェンリルも聖なる光
に包まれている。
ルシファーは聖なる光に包まれたフェンリルを抱きかかえる。
フェンリルは子犬サイズに戻っていた。
﹁またね、アマテラス⋮⋮オーディン﹂
12枚の翼を広げて、彼は飛び去っていった。
動かないオーディンの頬を、彼女の優しい指がなぞる。
生命の力に溢れた彼の体温を感じることは出来ない。
彼を強く強く抱きしめる。
そして聖なる光に包まれながら、唇を重ねた。
419
神がその言葉を唱えた瞬間、私には分かった。
ルシラが戻ってきた!
私はすぐに黒い木の棒を手に持つ。
ルシラは私の魔力に応えて、雷神刀になった。
でも⋮⋮これはルシラ?
力はルシラのものに違いない。
無限に溢れてくる力⋮⋮ルシラが何度も私を救ってくれた力だ。
でも、何か違う。
この雷神刀からルシラの力は感じても、ルシラの温もりは感じら
れない。
まるで心がないルシラのようだ。
理由はすぐに分かった。
⋮⋮一瞬そう思ったけど、その考えはすぐ
ニニさんが持っていた聖樹の木の棒と呼ばれている木の棒にも、
力が宿っていた。
ルシラと違う意思?
になくなった。
私とニニさんが持つ木の棒には、神が持つ真っ白な木の棒から力
が伝わってきていることが感じられたから。
きっとルシラの心は、あの真っ白な木の棒にある。
何らかの力で、私達の木の棒に力を与えてくれている!
420
私が雷神刀で構えると、ベニちゃんとラミアが、アルフ王に牽制
を仕掛ける。
私はそれに合わせて動き出そうとした。
と思ったけど、そうじゃなかった。
でも、2人の攻撃はアルフ王にまったく届かなかった。
また森羅万象?
アルフ王の攻撃もまた、ベニちゃんとラミアに届かない。
雷神刀に気を取られて気付くのが遅れたけど、私達を聖なる力が
包んでいた。
あのラインハルト王子が纏う聖属性とは比べものにならないほど
の聖なる力。
これがお互いを守っているの?
これはルシラの力?
それとも神の力?
神の力だと思う。
だってアルフ王まで守っているのだから。
このまま戦いは終わりってこと?
でも世界はどうなるの?
そう疑問に思っていた時だ。
いきなり地面が割れ、崩れ落ちていった。
﹁きゃあああ!﹂
421
神殿が崩れ落ちる?
世界の終りは止まっていない?
﹁ふむ⋮⋮どうやら最後に神は争うことをお嫌いになったようです
ね。確かに私も愚かでした。世界の終りの時に争うなど。ただただ
⋮⋮静かに終わりを迎えるべきでしたね﹂
アルフ王は崩れ落ちる様を見て、満面の笑みだ。
止まっていない。
世界の崩壊は止まっていない。
ただ、争うことを止められただけ?
静かに滅びを待てと?!
違う⋮⋮ルシラは絶対にそんなことしない!
ルシラは世界を⋮⋮そして私を絶対に死なせたりしない!
斬れる。
ルシラが私に与えてくれた雷神刀。
光も闇も斬る。
全てを斬る。
聖なる力に守られるアルフ王だって⋮⋮この雷神刀は斬れる!
世界が滅ぶことを望むお前を、私は斬る!
﹁ニニさん﹂
422
﹁は、はい!﹂
﹁一瞬だけでいいから、アルフの手と脚を凍らせて欲しいの﹂
﹁で、でも、この聖なる力に守られて凍らせられない⋮⋮﹂
﹁大丈夫。きっとニニさんなら出来るわ。私と同じ、ルシラに選ば
れた貴方なら。木の棒から伝わる力を信じて﹂
ニニさんは私の言葉に頷いてくれた。
木の棒を握りしめ、無限に溢れる魔力を身に宿す。
すごい⋮⋮私の魔力総量の何倍?⋮⋮いえ、何十倍の魔力を身に
宿している。
私も負けていられない。
雷神刀にありったけの力を宿す。
白銀の雷を刀と身体に纏う。
アルフ王が自分の望んだ世界の終りを喜ぶかのように、両手を天
に掲げる。
私はニニさんに目で合図した。
﹁アブソリュートゼロ!!!!!﹂
423
アルフ王の両手両脚が凍る。
何が起こったのか理解出来ないといった表情だ。
理解する必要なんてない。
お前だけが滅べ!!!
﹁電光石火!!!!!﹂
ルシラが与えてくれた私の力と共に、白銀の雷となって私は駆け
抜けた。
私の目の前には、ルシラの心を宿す真っ白な木の棒持った神が、
私を見つめていた。
そして私の後ろで⋮⋮真っ二つに斬り裂かれたアルフ王が地に落
ちた。
424
第49話 伝説の木の棒
アーシュが美しい雷となって、俺の目の前いる。
本当に綺麗だ。
アーシュと初めてあった時のことを思いだす。
俺のことを不満顔で見ていたっけ。
最初の頃は俺をクルクルしたり、指先に乗せてバランス取ったり
してたな∼。
生意気な男装麗人め!なんて俺も思っていたっけ。
初めての狩りで興奮して、その日の夜に調子に乗ってオークの罠
にかかって。
本当にアーシュがオークに捕まらなくてよかった。
君の笑顔が守れて本当によかった。
それからどんどん、お互いを知って、信頼し合っていった。
俺を磨いてくれて、お風呂にも一緒に入って。
温泉の時は、お湯の中で俺のことを弄って、その日の夜にあんな
ことしようとして。
俺は君を傷つけた。
自分を許せなかった。
でも君は俺を求めてくれた。
夢の中で逢って、夢の中で抱き合って、夢の中で愛し合った。
君を好きになって、君が愛おしくなって
俺の世界は君で満たされていった。
425
そんな君の世界を守れて、俺は嬉しいよ。
アーシュを見つめていた神が、俺を見る。
ああ、分かるぜ。
新しい世界だ。
終わりと共に始まりを。
神が私を見つめている。
私は神が持つ、木の棒を見つめる。
ルシラ⋮⋮そこにいるの?
もし、世界が終わるなら⋮⋮貴方と一緒に終わりたい。
貴方の心に触れながら、終わりを迎えたいよ。
私は貴方を傷つけてばかりだった。
頼ってばかりだった。
でも貴方はいつでも私に応えてくれた。
426
こんな生意気な小娘を貴方は支えてくれた。
貴方がくれた私の力。
雷神刀じゃない。
電光石火じゃない。
誰かを想うこと。
誰かを好きになること。
誰かを愛すること。
私の世界は貴方で満ちているの。
ルシラを想って、ルシラが大好きで、ルシラが愛おしくて。
貴方と一緒に終わりを⋮⋮。
アーシュが神の持つ木の棒に手を伸ばそうとしたその時。
真っ白な木の棒は、まばゆい光を放ちながら宙に浮いていく。
それに呼応して、アーシュの持つ黒い木の棒も光を放ち宙に浮き、
真っ白な木の棒に向かっていく。
ニニの持つ、茶色の木の棒も光を放つ。
そして、宙に浮くと真っ白な木の棒に向かっていく。
427
3つの木の棒が重なる。
神も宙に浮いていく。
そして、3つの木の棒に神が触れる。
新たな世界の創造
3つの木の棒は根となり幹となり枝となる。
そして、巨大な樹木へと瞬く間に成長していく。
樹木はアーシュ達を枝と葉っぱで覆い包み込む。
神殿を突き破り、大地を貫き、空を覆っていく。
何が起こっているのか理解できない人々を、妖精を、悪魔を、全
て枝と葉っぱで包み込んでいく。
新たな樹木は、崩壊する聖樹王も飲み込む。
世界を支えていた聖樹王に代わり、新たな樹木は世界を支える。
落ちていく天界の大地。
樹木はその大地を受け止める。
揺れ落ちそうな地上界の大地。
樹木はその大地を支えた。
震える地下世界の大地。
樹木はその大地を持ち上げた。
428
世界は1つの大地になった。
ウオオオオォォォォォン!!!!!!!!!
バハムートの叫び声が聞こえる。
それは終わりを悲しんでいるのか。
新たな始まりを喜んでいるのか。
新たな樹木により支えられる1つの世界。
だが、ゆっくりと、ゆっくりと落ちていくようだ。
枝と葉っぱに包まれた全ての生命。
葉っぱの隙間から、それは見えた。
世界の果てに舞い上がる巨大な水の壁。
何もないはずの世界の果てに水。
この世界でたった1つの生命だけが、それが何かを理解した。
︵う、海?!︶
女王ティアは、突然大地から生じた巨大な木の枝と葉っぱに包ま
れながらも、世界の果てに舞い上がる水の塊を海であると理解した。
ウオオオオォォォォ⋮⋮ォォォォ⋮⋮
429
地震のような揺れが数秒起きる。
揺れはすぐにおさまる。
聖樹王と共に世界を支えたバハムートは眠りについた。
その身体は海の中で固まり、新たな世界をまた支えるだろう。
新たな世界が創造された。
枝と葉っぱに包まれた生命が次々と外に出てくる。
新たに生まれた子供のように。
子供達が外に出たとき、あの巨大な聖樹王は消えていた。
1つの大地の空は青かった。
光輝く太陽が大地を照らしていた。
この大地の果てには海があるのだろう。
なら、その海の先には他の大地があるのだろうか。
女王ティアは新たな世界に降り立ち、そんなことを考えていた。
シュバルツとミリアは新たな世界に降り立った。
世界は救われた⋮⋮子供達は無事だろうか。
いや、きっと無事だ。
2人にはその確信があった。
430
ラインハルト、ニニ、マリアも新たな世界に降り立った。
世界は救われ、新たな世界の始まり。
聖樹様の意思は、私達の意思は何も終わっていない。
これから全て始まるのだ。
ニニとの子作りもこれからだ!とラインハルトは意気込んだ。
リンランディアは新たな世界を見ていた。
この世界でクリスティーナが幸せな最後を迎えられるまで寄り添
い生きていこうと。
ニニの幸せな笑顔を見ながら、自分も最後を迎えようと。
早く孫の顔が見たいな∼とも思った。
アマテラスは包まれた葉っぱの中からまだ出てきていない。
世界が救われた、新たな世界が始まったことは分かっていた。
彼女は、胸の穴が塞がり温かく脈打つ彼の体温を感じていた。
このままいつまでも抱きしめ合っていたいと思った。
⋮⋮もう1人ぐらい、彼の子供を産んでもいいかな∼とも思って
いた。
ベニとラミアは新たな世界を見て驚いた。
世界が救われた。
また楽しい日々が待っている。
苦しいことも、嫌なことも、辛いこともある。
でも、生きているから全て感じられる。
感じられることは幸せなことだから。
431
2人は喜びの中、彼女に目を向けた。
彼女を見たとたん、喜びは落ち着きに変わった。
彼女は泣いていた。
1人で泣いていた。
新たな世界を喜んで?
違う。
世界が救われたことはきっと嬉しい。
でも彼女は独りになってしまった。
彼女は晴天の空に向かって泣き叫んだ。
﹁ルシラァァァァァァァ!!﹂
432
輝く光を浴びる中で、暗い影を落とす場所
緑あふれる大地の中で、枯れゆく景色が見える場所
透きとおる水の海の中で、濁る川が流れる場所
全てが見える中で、何も見えない場所
子供がいる
10歳ぐらいの子供だろうか
大きくて透明な水晶に近づいていく
433
その中を覗き込むと、口元に笑みを浮かべる
被っていたフードを脱ぐと、端正な顔立ちの男の子だ
とても楽しそうな顔
無邪気に笑い、とても可愛い男の子
まるで天使のような子だ
いや、その子は天使だ
背中に輝く12枚の羽が生えてくる
6枚は白く輝き、残りの6枚は黒く輝く
天使は水晶に手を当てる
そして純粋な心で呟く
434
ありがとう
ステータス
世界樹の木の棒
状態:ルシファーの世界樹の木の棒
レベル:1
SP:0
スキル:
ルシファーの祝福
435
最終話 世界樹
新たな世界に聖樹王はない。
世界の中心には立派な木が立っていた。
聖樹王に比べればとても小さいが、普通の木と比べればとても大
きい。
その木の根には泉がある。
とても綺麗な泉。
その泉の中に1本の木の棒があった。
泉の中心に浮かんでいる木の棒。
その木の棒は徐々に形を変える。
ゆっくりと、ゆっくりと。
436
意識が戻る。
身体が冷たい⋮⋮水の中にいるようだ。
俺は確か⋮⋮新たな世界を支えることになって⋮⋮。
目を開けて状況を確認しないと、目を開けて⋮⋮あれ?
何かおかしくないか?
手と足の感覚が、
いや、そもそも頭が⋮⋮ある?
思考することは出来ている、脳は大丈夫ってことだろう。
手足の感覚はやっぱりある。
頭を動かそうとしても⋮⋮何て言えばいいのか、何かが動いてい
る気はする、これは頭なのか?
いったい俺はどうなってしまったのだ?
最初にそれに気付いたのが誰なのか、それは分からない。
みんなが彼を感じた。
1番最初に駆けだしたのは彼女だった。
きっと、彼女が最初に気付いたに違いない。
437
彼女が向かった先には、立派な木があった。
その根に綺麗な泉があった。
そして、彼がいた。
彼は泉に浮いて横たわっていたが、やがて起き上がる。
まるで生まれたばかりの赤ん坊のように、己の身体を上手く動か
せないのか。
かすれる目⋮⋮徐々に、はっきりと視界が開けてきた。
そして、彼女がいた。
目と目が合う。
彼女は泣いていた。
彼は笑っていた。
彼女が泉の中にいる彼に抱きつく。
服が濡れることなんて構わない。
彼の温もりが彼女を包む。
438
この世界で、初めて貴方が聴いたのは私の声 ルシラ この世界で、初めて俺が声にしたのは君の名前 アーシュ この世界で、初めて囁き合う2人の言葉 愛してる
やがて、みんなが集まってきた。
泉の中で抱き合い唇を重ねる2人を見守る。
2人はいつまでも愛を囁き合う。
世界樹の下で。
新たな世界に生きる全ての生命に祝福を。
緑色の両手を天に掲げ、新たな世界のどこかで、緑色は喜びのダ
ンスを踊りながら叫んだ。
﹁ゴブッ?﹂
439
440
最終話 世界樹︵後書き︶
読んで下さった全ての読者様へ
ありがとうございます。
後日談など、いくつかの話を書く予定でいます。
441
第1話 新しい世界
新しい世界が創造されて1年が経った。
俺はルシラとして、この世界に生きている。
3つの木の棒が1つになり新たな世界を支えた時、俺の意識は消
え去ると感じていた。
だが、俺は消えなかった。
誰かが俺の意識を拾い上げてくれたような気がする。
それが神なのか、それとも⋮⋮。
俺はルシラとして生きているが、残念?ながら人間ではない。
木の棒なのだ。
木の棒なのだが、目覚めた時にいた泉の水を浴びることで一定時
間だけ、人間の姿でいられる。
どういう仕組みなのかまったくもって不明だが、とりあえず人間
の姿になれるのだからよしとした。
泉の水を浴びれば、だいたい1日ぐらいは人間の姿でいられる。
たくさん泉の水の中に浸かっていても、人間の姿でいられるのは
1日ぐらいが限度だ。
つまり、人間の姿でいたければ、俺は定期的に泉の水を浴びる必
要がある。
442
そのため俺達の家は、なんとこの泉を家の中に入れるように建て
られたのだ!
泉独占です。
ま∼俺以外にこの泉を必要とするやつなんていないだろうから、
問題ない。
というわけで俺達の家は世界の中心、世界樹の真下にある。
この家で、俺はアーシュと2人で暮らしている。
泉の水で人間となった俺だが、前世の俺とは違いこの世界基準の
容姿をしていた。
ただ、黒髪黒目は同じだった。
なかなかのイケメンだと思う。
年齢も、前世では30過ぎだったが、20歳ぐらいに見える。
中身は木の棒なので、年齢ではなく樹齢かもしれないが⋮⋮。
木の棒になっている間は、もちろんアーシュの雷神刀になれる。
以前の能力はそのままだ。
そして、俺達は幸せで静かな新婚生活を⋮⋮送れていない。
たったいまも、雷神刀となってアーシュと共に悪魔達と戦ってい
ますから!!!!!
443
新たな世界は造られた。
でも、それでよかったよかったで終わるのは物語の中だけ。
実際は大混乱となった。
そりゃ∼そうでしょ。
今まで、天界、地上世界、地下世界と別れていた大地が1つにな
ってしまった。
それだけではなく、この世界の人達からしたら見たこともない﹁
海﹂が現れてしまった。
も∼それはそれは、大混乱でした。
天界の妖精、地上世界の人間、地下世界の悪魔。
それぞれが、この1つの大地で生きていくのだから、勢力図のよ
うなものが出来てしまった。
1つになった大地は、真ん中に天界だった大地があり、それを挟
む形で地上世界と地下世界の大地が広がっている。
地上世界の人達は、大ちゃんを女王として1つにまとまっている。
いま、この世界で最も安定しているだろう。
天界に住んでいた妖精達はアルフ王を失った。
そのため1つにまとまらず、4つに分裂してしまっている。
それぞれにリーダーを名乗る者がいる。
中には、この世界は私達のものだ!と主張する輩もいるらしい。
ちなみに、神はいない。
新しい世界を創造した神の姿を見た者はいない。
444
どこかにいるのか、それとも消えたのか、誰も分からない。
地下世界の悪魔達や、地下世界に住んでいた者達は、結果として
以前と変わっていない。
天界だった大地を攻めたりする者もいるが、基本的には前まで縄
張りとしていた場所に留まっている。
ただ、この混乱に乗じて悪魔達の中で大きな新興勢力が出来たそ
うだ。
なんでも、その勢力の悪魔の王は、自分のことを﹁ゴブリン神﹂
と名乗っているとか。
ゴブリンロード ↓ ゴブリンキング ↓ ゴブリン神とランク
アップするのか?
ランクアップしたところで、ゴブリンなんだからそんなに強いと
は思えないが、次々と悪魔の王達を倒して勢力を拡大しているらし
い。
定住地を持たずに、いろんなとこに向かう悪魔達もいる。
そんな悪魔達は1つになった大地のあちこちに出没するので、今
も俺達の家を襲いにきた悪魔達を倒したところってわけだ。
アーシュの親友のベニちゃんとラミアも近くに住んでいる。
たまに遊びにきてくれて、俺とも仲良くなった。
ま∼俺の持ち主に登録されていることもあるし、鬼神と白蛇の才
能に目覚めることが出来たのもあって、俺に対してすごく感謝して
いた。
445
アーシュの父親オーディンと母親アマテラスは2人でどこかへ行
ってしまった。
旅に出てくるとだけ告げて行ってしまったのだ。
リンランディアはクリスティーナと一緒に暮らしている。
アーシュとの結婚式は、大ちゃんのお城の聖なる間で、ちょっと
前に挙げた。
ちょっと前になったのは、もちろん新しい世界の大混乱の中、大
ちゃん達は大忙しだったからだ。
ちなみに、結婚式にはオーディンとアマテラスはどこからともな
く現れて出席してくれた。
人間の姿になった俺を見たニニ達は、俺が聖樹の意思であること
に気づいていたが、その場はアーシュ達に任せてすぐにお城に戻っ
ていった。
そして、そこからは大混乱の対処で、俺に会いに来ることなんて
出来ないでいたのだ。
結婚式の時にようやく落ち着いて話すことが出来た。
なんとなく分かっていたけど、初めてこの世界に来た時から、2
度目に来た時に10年という時間が流れていた。
ニニ達と、こうやって話せる日が来るなんて思いもしなかったか
ら本当に嬉しかった。
446
嬉しかったのだが、結婚式が無事に終わった後⋮⋮問題が起きた。
そう問題だ。
俺が11年前にしてきたこと⋮⋮アーシュはそれを既に知ってい
たのだ。
447
第2話 真意を問う
俺は焦った。
なぜアーシュが知っているのかと!
どうやらアーシュは、天界を攻める前にニニと仲良くなっていろ
いろお喋りしたらしい。
そこで、俺がニニにしていた⋮⋮コスプレについて知ってしまっ
た。
ただアーシュは“コスプレ”なんて知識は持っていない。
つまり俺に聞いてきたのは、あの衣装はいったいどういうものな
の?ということだ。
水の間での出来事は、一応訓練だと思ってくれていた。
ただ、そこでも訓練するための衣装が問題となっていた。
ニニが俺を抱いて寝たり、洗ったことがあったり、一緒に聖樹草
茶を作ったりとかのあたりも知っていて嫉妬していたが、ニニはラ
インハルトの妻で、アーシュにとってはライバルではないため、そ
こらへんは不問とされた。
ニニに洗われたといっても、マリアとは全然状況が違うからな。
ニニの裸を見てしまったぐらいだし。
さらに⋮⋮アーシュは大ちゃんに“神託”のことを聞いたことが
あるのだ。
これに関しては結婚式のためにお城に入った時に、大ちゃんがこ
っそり俺に教えてくれたので事前に俺は把握していた。
448
アーシュはどうやら嫉妬していたそうだ。
11年前に俺と意思疎通が出来た女王ティアという存在に。
大ちゃんはアーシュに“神託”とは、聖樹の意思と会話出来たわ
けではなく、聖樹の意思が伝えたいことをイメージ出来ただけです
と、上手くかわしたそうだ。
そもそもだ。
新しい世界が創られ、人となった俺と一緒に暮らせてアーシュは
嬉しさのあまりこの件をすっかり忘れていたらしい。
俺は焦っていた。
ニニの件に関しては、なんとでも言える。
問題は⋮⋮マリアのことまで知っているのかどうか。
とりあえず質問されたことに関しては、ニニに衣装を着させる時
に大ちゃんが言った言葉そのままで通した。
つまり、失われた神聖法衣ということにしたのだ。
俺と大ちゃんが転生者であり、異なる世界の知識を持っているこ
とをアーシュは知らない。
アマテラスがばらさない限り⋮⋮いや、例え異なる世界から来た
ことがばらされても、さすがのアマテラスでも、前世の世界でその
衣装がどんな意味を持っていたのかまでは分からないはずだ。
大丈夫だ、落ち着け!
449
乗り切れるはずだ!!
そもそもだ。
俺という存在が何なのか。
人となってアーシュと会話出来るようになってから、一番最初に
アーシュが聞いてきたことでもある。
俺は前世の世界のことを話そうか迷ったが、何となく﹁自分でも
分からない﹂と答えた。
つまり気が付いたら木の棒に宿っていた。
いろんな知識を始めからなぜか持っていた。
もしかしたら、前世の知識を引き継いでいるのかもねと。
でも前世の記憶なんてないし、どうして自分が木の棒に宿ってい
たのか、まったく分からないよと。
それでも、木の棒として出会った人達のために出来ることを頑張
ったし、アーシュと出会ってアーシュのために頑張ったんだと伝え
たら、アーシュは嬉しそうに涙を流してくれた。
木の棒に宿っていた神聖なる意思なんて言葉で表現される俺だ。
神が創った存在と思っている人もいるらしい。
ま∼なんだっていい。
こうして、アーシュと一緒に暮らせたんだから。
さて、そんなわけで何故か知識として持っていた“失われた神聖
法衣”を女王ティアにイメージだけ伝えたら、女王ティアがその衣
450
装を作ったんだよと誤魔化した。
後で大ちゃんと口裏合わせをしておかねば!!!
アーシュは納得してくれた。
納得してくれたのだが⋮⋮なんと自分もその失われた神聖法衣が
欲しい!と言い出した。
⋮⋮うん、すごく良い展開ではないだろうか。
俺はさっそく女王ティアにお願いしてくるよ!と言って部屋を出
た。
俺は光の速さで大ちゃんに事情を説明した。
大ちゃんは全て了承してくれた。
もちろん、今後も“良い関係”でいてくれることが条件だ。
新しい世界は当初の混乱を脱したとはいえ、平和な世界になった
わけではない。
いや、むしろ“戦うこと”は以前より増えているのだ。
天界の大地が中央にあるため、強力な悪魔がやってくることはほ
とんどない。
そもそも、悪魔の王といわれるベルゼブブ級の悪魔達は滅多に縄
張りを出ないそうだ。
人間にあれほど興味を示した悪魔はベルゼブブだけらしい。
451
とはいえ、悪魔との戦いもあるし、天界に住んでいた者達とのい
ざこざもある。
大ちゃんは、一定時間とはいえ人間の姿を得た俺が自分達の敵に
なる可能性は0ではないと思っているのだろう。
それでも、俺が人間の味方だと信じてくれている。
11年前の友情もあるし、結婚したのは人間を導いてくれたアマ
テラスの娘なのだから。
もちろん、俺も大ちゃんとの良い関係を崩すつもりはまったくな
い。
なぜなら⋮⋮大ちゃんは決して口に出して俺を脅迫するようなこ
とは言わないが⋮⋮大ちゃんはマリアのことを知っているのだから。
そして、そこに隠された真実をアーシュに伝えられたら⋮⋮アー
シュに嫌われてしまうかもしれない!!!
でも、なんか変なんだよね。
大ちゃんは、マリアのことを俺に話したがらない。
そして、マリアを俺に接触させないようにしている。
マリアは超魔法というものすごい魔法が使える魔術師になったら
しいのだが。
暇な俺とは違って、悪魔やらなんやらの対処で忙しいマリアの時
間を取るのも悪いので、特に俺も何も言わないけどね。
ま∼俺としても、11年前にあんなことをしてもらった木の棒の
452
意思として、どんな顔してマリアと会えばいいのか、微妙といえば
微妙か!
そんなわけで、帰るまでに“失われた神聖法衣”をアーシュの身
体に合うように作ってもらい、たくさんのコスプレ衣装をゲットし
た!
ちなみに、泉の水を“世界樹の木で作った筒”に入れておけば、
その水を浴びれば俺は人の姿になれる。
世界樹の木以外の入れ物に入れると、なぜか俺を人の姿に変える
力は失われてしまうのだ。
帰るまでにアーシュの口からマリアの名前は出なかった。
たぶん知らないのだろう。
大ちゃんも、もちろんアーシュにマリアのことを話したことはな
いと言っていた。
このまま一生分からないままがいいな。
とりあえず、家に帰ったら⋮⋮アーシュにどの神聖法衣を着ても
らおうかな?
453
第3話 神聖法衣
無事に結婚式を終えて、そして無事に秘密を守り神聖法衣︵コス
プレ衣装︶を大量にゲットした俺達は家に戻ってきた。
世界樹の一部のように建てられている我が家。
世界の中心にあるため、もとは天界の大地である。
いま天界の大地だった中央の大地は、4つの勢力に分かれている。
我が家があるこの世界樹から半径5km圏内は、俺達の支配下と
なっており基本的に誰も近寄らない。
悪魔にとってはそんなことお構いなしなので、たまに襲ってくる
悪魔と戦っている。
さて、家に入るとアーシュがさっそく神聖法衣を着たいと言って
きたので、俺は役員秘書のような白いブラウスと黒のミニスカート
を着てもらった。
﹁私あんまりスカート穿かないから変な感じ。ルシラは、女の子は
やっぱりスカートがいい?﹂
﹁う∼ん、そういうわけでもないよ。アーシュが可愛いのであって
服はおまけだから。でもその神聖法衣もすごく似合っているよ﹂
﹁えへ?﹂
俺達ラブラブです。
454
基本的にラブラブです。
常にラブラブです。
そんなある日、アーシュにセクシーなミニスカナース服を着ても
らっていた時だ。
ベニちゃんとラミアが遊びにきた。
2人はアーシュの服を見て興味津々。
俺が神聖法衣のことを説明した、もちろん神聖なる意味でね。
﹁神聖法衣着てると男の子にもてたりする?!﹂
ベニちゃんが身を乗り出して聞いていた。
どうもベニちゃんは誰とも付き合ったこともないらしい。
こんなにも可愛らしいのだが⋮⋮いや、俺を持って鬼神に目覚め
る前までは、本気を出すと胸が無くなってガチガチムキムキの鬼に
なっていたもんな。
もし、あの姿を知られていたらもてなかったと思う。
﹁私も神聖法衣が欲しいですわ∼∼﹂
ラミアがスケスケランジェリーを手に持ちながらうっとりと眺め
ている。
っていうかどこからスケスケランジェリー見つけてきた!
それは夜用に大ちゃんに作ってもらったやつなのに!!
455
﹁ちょ、ちょっとラミア!それどこから持ってきたのよ!﹂
﹁どこってお二人の寝室から♪ 男女の香りがしてついつい入って
しまいましたの♪﹂
﹁だ、男女の香り⋮⋮﹂
顔を赤くしながらベニちゃんが寝室に入ろうとする。
﹁ベニちゃんだめよ!﹂
アーシュに首根っこを押さえられるベニちゃんであった。
その日は4人で食事を食べて、結婚式のことやお城でのことを等
を笑いながら話し合った。
アーシュ達にとって地上世界だった大地は、ほとんどが行ったこ
とのないところばかり。
地下世界にはなかったお城に大興奮だったのだ。
いまは聖樹王国と名乗っている大ちゃん達。
この世界が始まって以来、初めての国だろう。
大ちゃんに、ベニちゃんとラミアの分の神聖法衣を作ってもらう
ことで2人はようやく納得して帰っていった。
そして俺はアーシュにスケスケランジェリーを着てもらい楽しい
456
一夜を過ごしたのであった。
俺は人の姿にはなれるけど、結局は木の棒である。
そんな俺とアーシュの間に子供は出来るのか?という疑問は常々
ある。
人の姿でいる間は完全に人としての能力を持っているのだが⋮⋮。
4つの勢力に分かれて混乱を続けていた中央大地は、徐々に縄張
りのようなものが決まっていった。
4つの勢力のうち、聖樹王国と隣接するのは2つの勢力。
そのうち1つの勢力は聖樹王国と協力関係を築こうと友好的だ。
逆にもう1つの勢力とは敵対しているらしい。
地下世界側に隣接している2つの勢力は、どちらも悪魔達とドン
パチやっている。
例のゴブリン神の勢力が、どうも怪しい動きをしているらしい。
1度調査に向かった方がいいかもしれない。
大ちゃんにベニちゃんとラミアの神聖法衣をお願いする手紙を出
して1ヶ月後。
大ちゃんから荷物が3つ届いた。
うち2つは、ベニちゃんとラミアの神聖法衣だった。
残りの1つは、アーシュの新しい神聖法衣だった。
俺は大ちゃんと一生仲良くしていくことを誓った。
457
ベニちゃんとラミアはすぐに我が家にやってきて、神聖法衣に喜
んだ。
神聖法衣を着た3人のスリーショットは感慨深いものがあった。
が、しかし、ここで爆弾が投下されてしまった。
俺は3人共よく似合っていると褒めた時だ。
ラミアが何の悪気も無しに口に出したのだ。
﹁私とベニも、ルシラ様のお嫁さんにしてもらえたらいいですね∼﹂
458
第4話 条件
爆弾は投下された。
ラミアの一言に即反応したのはベニちゃんだった。
﹁ナイスアイデア!﹂
俺との結婚はアイデア扱いなのか?
﹁何言ってるのよ!絶対ダメ!!﹂
当然拒否するアーシュ。
ラミアは思いつきで言ってみたぐらいだったんだろう。
ただベニちゃんが食いついてきた。
﹁2番手でいいので!2番手で!﹂
﹁2番も3番もないの!ルシラの奥さんは私だけなの!﹂
﹁まぁまぁ∼。英雄色を好むというではありませんか﹂
﹁だめだめ!ルシラだってダメだよね?﹂
459
﹁うん。ベニちゃんもラミアにも、良い人がきっと現れるよ﹂
俺の言葉に笑顔が弾けるアーシュ。
俺に選択の余地などない。
今の答え以外の答えを言えば、待っているのはハールと同じ運命
なのである。
﹁はぅ⋮⋮私は一生独身なんだ。ず∼∼∼っと彼氏も旦那さんも出
来ないまま私の一生は終わるんだ!!!﹂
ベニちゃんが絶望のドン底に落とされたように悲しむ。
﹁ベニ大丈夫ですわ∼。1人でも楽しめる方法を私が伝授しますの
で﹂
﹁それは教えないように﹂
ラミアからそんなことを教わったらベニちゃんが本当に生涯独身
になりかねない。
﹁そもそも、ベニちゃんはどんな男の人が好きなんだい?﹂
﹁え⋮⋮う∼∼∼ん⋮⋮う∼∼∼∼∼∼∼ん﹂
460
俺の問いに悩み始めるベニちゃん。
ベニちゃんの好きなタイプが分かって該当する人がいれば紹介し
てあげることだって出来るはずだ。
﹁ルシラ様みたいな男性がいいです﹂
答えで再び爆弾が投下された。
正直ベニちゃんとラミアを奥さんにしたハーレム生活とか憧れる
よ!
憧れるけど!現実はそんなに甘くないのです!!
異世界転生お約束の奴隷達とのハーレムなら分かる。
でも、実際に円満なハーレムなんて存在しない。
前世でも、昔の権力者達は正妻以外に妾とかハーレムを持ってい
た。
しかし、それは常に揉め事の種でもあっただろう。
医学が発達する前はたくさん子供を産まないといけない。
それは事実だと思う。
でもこれはハーレムを肯定するために誰かが作った言葉だとも思
う。
だってちゃんとした跡継ぎいてもハーレム続けていた権力者とか
461
いっぱいいたよね?!
いや知らんけど!
結局は男の本能に忠実なだけなんでしょ!
権力があるから本能全開で生きていたんでしょ!
俺も本能に忠実でありたい。
だがしかし、俺にはアーシュに勝つ戦闘力などない。
むしろアーシュに持ってもらわないと俺なんて何も出来ない木の
棒だ。
俺にハーレムを作ることは無理なのだ。
それにハールみたいになりたくない。
今でこそ仲直りして笑顔の2人だけど、ハールが他の女に手を出
した時のアマテラスはメチャメチャ怖かったらしい。
ハールとアマテラスが本気でやり合ったら互角の勝負らしいけど
ね。
ハールは何だかんだ言ってアマテラスに惚れてるから頭が上がら
ないんだろうけど。
ま∼俺はアーシュ一筋で頑張る!⋮⋮と思っていた時だ。
ラミアがまた何気なく言った。
﹁でも∼ルシラ様がアーシュに飽きないためにも、2人目、3人目
の奥さんがいた方がいいと思いますよ∼﹂
﹁ど、どういうことよ!ルシラは私に飽きたりなんかしないもん!﹂
﹁あらあら∼ラブラブですもんね∼。でもアーシュがルシラ様の子
供を身籠ったり子育てに忙しくなったりしたら、誰がルシラ様の相
462
手をするんですか?﹂
﹁わ、私がするわよ!﹂
﹁あらあら∼ラブラブですもんね∼。でも現実的には厳しいと思い
ますわよ∼。アーシュに相手してもらえないルシラ様が色街に出か
けてしまったら⋮⋮﹂
﹁ルシラ!!!﹂
﹁行かないって﹂
﹁でも∼溜まるものは溜まるじゃないですか∼。そんな時、ルシラ
様が色街に行くのと、ベニと私が相手するのアーシュはどっちがい
いのです?﹂
﹁そ、それは⋮⋮﹂
この手の話ではラミアが数枚も上手だ。
ただ、俺にとって良い展開が待っているような気がして、俺は静
観することにした。
﹁そ、そうだよ!ルシラ様が色街行っちゃうよりも、私達が相手し
た方がアーシュだってまだいいでしょ? ね?ね? そうしようよ
!﹂
﹁だめだめ!う∼∼∼∼∼∼。だめったらだめ!﹂
463
言葉で丸め込まれそうなアーシュは、だめだめで切り抜けようと
する。
﹁わかりましたわ∼。それなら私は身を引くことにします∼。でも
ベニは許してあげて欲しいですわね∼。だってベニも独りで寂しい
じゃないですか∼。アーシュの幸せを親友のベニにちょっとだけ分
けてあげるだけですよ∼。それぐらいいいじゃありませんか∼。も
ちろんベニは2番手なので正妻のアーシュの言うことは絶対服従で
すから∼﹂
﹁服従します!私アーシュに服従します!!﹂
身を引くって、そもそもラミアは引く身なんかじゃないだろうに。
アーシュが困った顔で俺を見る。
む∼∼∼俺に助けを求められてもな⋮⋮俺的にはベニちゃんも⋮
⋮いやいや、待っている未来がハールと同じなのは⋮⋮。
いや、待てよ。
ハールは内緒で浮気したからか。
もとからアーシュ公認なら違うのか。
う∼∼∼∼∼ん。
﹁それなら∼少しの間、ベニも一緒に暮らしてみるのはどうですか
∼? やっぱり1つ屋根の下で暮らしてこそ、本当のことが分かり
ますし∼。それに一緒に暮らしてみたらベニの気が変わるかもしれ
ませんからね∼﹂
464
﹁一緒に暮らします!﹂
﹁う∼∼∼∼∼∼。でもラミアの言うとおり、一緒に暮らしてみた
らベニちゃんの気が変わるかもしれないけど⋮⋮﹂
﹁もちろん、夜一緒に寝るのはアーシュだけですから∼。それぐら
いは我慢出来ますよね?ベニ∼﹂
﹁我慢します!!﹂
都合よく話をまとめてくれたラミア。
こうしてベニちゃんはしばらくの間、俺達と一緒に暮らすことに
なった。
そしてベニちゃんと一緒に暮らしていたラミアは同居人がいなく
なり、身軽な独り身となった瞬間、毎晩男漁りに出かけるようにな
ったとか⋮⋮。
あれから4日。
ベニちゃんと一緒に暮らすことになり、ベニちゃんが一生懸命家
事を手伝ってくれるので、俺はアーシュとの時間をゆっくり過ごす
ことが出来ていた。
アーシュもベニちゃんが家事を手伝ってくれて、俺と過ごせるこ
とが嬉しいようだ。
ただ、ベニちゃんが全部家事をするのではなく、そこは半々と俺
が決めてちゃんとアーシュにも家事をさせている。
理由は楽に慣れると2度と家事をしなくなるからだ。
465
裕福な人が家事手伝いさんを1度雇うと、自分で家事するのが面
倒になって家事手伝いさんに頼りきってしまうとか。
世界樹で暮らす俺達の家に戦闘力を持たない本当の家事手伝いさ
んを雇うのは無理だろう。
そう考えるとベニちゃんがこうしてメイドさんのようなことをし
てくれるのは本当に助かるのだが、まだベニちゃんが正式に俺の奥
さんになるわけじゃない。
結果、ベニちゃんが俺の奥さんにならなかったら、また以前のよ
うに俺とアーシュで家事を分担してやるのだから、あまり楽を覚え
ても困る。
それにベニちゃんにだけ全部押し付けたら、それはそれで彼女が
不満だろう。
今のところベニちゃんと二人きりになることはない。
必ずアーシュが一緒だ。
でもアーシュも徐々にベニちゃんとの3人暮らしを楽しみ始めて
いる。
もともと仲が良い親友だったのだから、俺の奥さんになるという
ことを除けば、ベニちゃんと一緒に暮らすことはアーシュにとって
もすごく楽しいことなのだろう。
そして5日目の夜だった。
スケスケランジェリーを着たアーシュがベットにちょこんと座っ
ている。
そして俺を呼ぶと目の前に座らせる。
466
今日の昼間、アーシュとベニちゃんは何やら長いこと話していた。
その結果発表といったところか。
さて、どんな結論になったのか。
﹁ルシラ﹂
﹁うん﹂
﹁ベニちゃんを奥さんにしたい?﹂
む、俺の心の確認か。
変に自分を着飾ることもないだろう。
正直に自分の気持ちを言えばいい。
﹁う∼ん、男の都合のいい願望を言うならそうなるね。5日間一緒
に過ごしてみて3人でも楽しく暮らせるような気はしているよ。ア
ーシュが嫌ならしないなんて言葉は卑怯な言葉だと思ってる。でも
アーシュを愛しているし、もしベニちゃんが奥さんになってもアー
シュを1番愛するよ﹂
﹁⋮⋮私が1番だよね?﹂
﹁うん﹂
﹁絶対だよね?﹂
﹁うん﹂
467
﹁毎日キスしてね﹂
﹁うん﹂
﹁毎日抱きしめてね﹂
﹁うん﹂
﹁毎日愛してるって言ってね﹂
﹁うん﹂
﹁⋮⋮ベニちゃんと昼間話して、ルシラが嫌じゃなかったらベニち
ゃんも奥さんにするって話したの。でも条件付きだけど﹂
﹁条件?﹂
﹁私がルシラの子供を身籠るまでは、ベニちゃんはルシラとエッチ
だめ!その後も2対1の割合で私がルシラと過ごす。家事の分担も
2対1という条件﹂
﹁なるほど∼。考えたね﹂
﹁それと2人からのルシラへの条件もあるわ﹂
﹁なに?﹂
﹁浮気したら木の棒に戻して、半分に割るからね?﹂
468
﹁⋮⋮はい﹂
こうして俺は2人目の奥さんをゲットしたのであった。
469
第5話 ラッシュ
ベニちゃんを2人目の奥さんに迎えて1ヶ月が経った。
アーシュが妊娠するまで、ベニちゃんと俺はエッチ禁止のため、
ベニちゃんは我が家とラミアの家と半々の生活を送っていた。
ラミアの家から我が家に通うのも﹁これが通い妻!﹂とベニちゃ
んは妄想の中で興奮していたので、放っておくことにした。
アーシュも、夜にベニちゃんがいるとエッチする時に声を我慢し
ないといけないのが恥ずかしいらしい。
そんなこと言いつつ、ちょっと興奮していたように思えるのは、
男の勝手な妄想なのだろうか。
甘い幸せな日々の中、俺はやはり自分に対しての疑問を払拭出来
ないでいた。
果たして俺は子供が作れるのか?
疑問を持ちながら過ごしていると、ハールとアマテラスがやって
きた。
久しぶりに娘の顔を見に来たのかと思いきや、とんでもない報告
付きだった。
﹁お母さん妊娠したわ?﹂
アーシュの弟か妹出来ました!
なんだよ、2人ともラブラブじゃね∼か!
470
俺がベニちゃんを2人目の奥さんとして迎えたことに、アーシュ
が納得しているならOKよとアマテラスはあっさり認めてくれた。
ハールは信じられないといった目で俺を見ていた。
父親としてさすがに怒ったのか?と思っていたら、後で裏でこっ
そり言われたことが⋮⋮
﹁どうやって納得させたんだ? 俺にも教えてくれ! 合法的に嫁
さん2人持つ方法を伝授してくれ! 頼むよ師匠!!!﹂
ただ単に羨ましかっただけのようだ。
アマテラスが妊娠している間は大人しくしておけよと伝えておい
た。
俺が子供を作ることが出来るのかハールに相談してみるかどうか
迷った。
ハールではダメな気がする、いろんな意味で。
本当はアマテラスが適任なんだけど、義母にそんなことを聞くの
も恥ずかしいんだよね。
でも迷っていても仕方ないので、俺は裏でこっそり聞いてみたの
だ。
﹁俺って子供を作ること出来るのかな?﹂
﹁あらどうして?﹂
﹁いや、だって俺、木の棒じゃん。泉の力で人の形はしているけど﹂
471
﹁出来るわよ。ちゃんと魔力を乗せているの?﹂
﹁魔力?﹂
﹁あらあら。貴方自分の身体のこと分かってないのね。まったく⋮
⋮アーシュもアーシュね。あの子も気づいていないのかしら。いい
わ、私からアーシュに説明しておくから﹂
何を説明するのか教えてくれなかった。
その日の晩、アーシュからアマテラスの話を聞いた。
どうも何も考えずやっていたのはダメだったらしい。
俺の中にある魔力を一緒に放出しないとダメだったのだ。
その日から、魔力放出の特訓が始まった。
それから1ヶ月。
アーシュが妊娠した。
アーシュは大喜びだ。
そしてベニちゃんも大喜び。
奥さんになって2ヶ月。
俺との初夜を毎日妄想していたらしい。
ただ妄想が楽しくて、もうしばらく妄想で楽しむのもいいかもし
れないとか意味不明なことを言っていたので放っておいたら、本当
に1ヶ月ぐらい毎晩ラミアの家に帰って通い妻していた。
ラミアがちょっと迷惑そうに俺に文句いってきた。
472
アーシュが妊娠したんだから、ちゃんとベニの面倒もみなさいと。
奥さんになって3ヶ月。
俺とベニちゃんは初夜を迎えた。
アーシュ付きで。
アーシュは嫉妬と心配で悩んでいたけど、結局自分も参加すると
言い出した。
妊娠しているのに。
もちろん激しいことはダメという約束で。
問題なのはベニちゃんだ。
初めてをアーシュに見られていると﹁見られながら⋮⋮これが羞
恥プレイ!﹂と興奮していた。
ベニちゃんが妄想好きなのは知っているが、ラミアからいろいろ
と吹き込まれてしまっていて、ちょっと危ない子になっているぞ。
その日から毎晩3人で一緒に寝るようになった。
それから2ヶ月。
ベニちゃんも妊娠した。
同時にお城から大ちゃんの使者がきて、ニニも妊娠したことが分
かった。
なんだかベビーラッシュだな。
アマテラスの子を含めて、みんな同年代として成長していくのか。
将来が楽しみだ。
アマテラスとハールも世界樹の近くに住んでいる。
473
子供が生まれてある程度成長するまでは、当分ここにいるそうだ。
ハールがいてくれることは頼もしい。
いろいろダメな男だけど強さは折り紙つきだ。
アーシュ、ベニちゃん、アマテラスが動けないのでラミアとハー
ルで世界樹の周りを見回ってもらう必要がある。
俺はラミアに持ってもらって一緒に見回ろうか?と言ったら、ラ
ミアが奥さんの側にいてあげてくださいと嬉しいことを言ってくれ
たので、好意に甘えることにした。
が、問題はその後すぐに起こった。
﹁妊娠しました?﹂
ラミアが妊娠した。
⋮⋮誰との子?
ラミアはハールと一緒に見回りをしていた。
そう、ハールと一緒に。
俺達はとても怖くてラミアに何も言えなかった。
ただ、おめでとうとだけ伝えた。
その日の夜、アマテラスの家でハールとラミアの3人で夜遅くま
で話し合いが行われたそうだ。
結果、ラミアはハールの2人目の奥さんとして迎えられた。
ただしハールにはものすごい罰が下ったとか。
474
どんな罰なのか俺達は知ることが出来ない。
なぜなら、あの話し合いの日以後、俺達はハールの姿を見ること
は無かったから⋮⋮。
475
第5話 ラッシュ︵後書き︶
後日談はこれ以上書かないので、完結にします。
いつの日か、書き上げることが出来るかもしれない、真・伝説の木
の棒でまた!
476
PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n6796bq/
伝説の木の棒 後編
2014年6月12日05時05分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
477