歯の発生におけるグリコーゲンの機能的 意義 - 新潟大学歯学部

最 近 の ト ピ ッ ク ス
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最 近 の ト ピ ッ ク ス
2. 歯の発生におけるグリコーゲンの機能的意義
マウスの胎生期の歯胚を透過型電子顕微鏡(以下「電
歯の発生におけるグリコーゲンの機能的
意義
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含有していることが判明した
(図1)
。驚くことに,固定
の難しさに起因するのか,これまで歯胚の電顕下の観察
は殆ど報告がなかった。グリコーゲンの存在を証明する
為に胎生期の歯胚に PAS染色を施してみると,歯胚上
皮・間葉は基本的に PAS陽性を示した。しかし,蕾状期
∼帽状期の歯胚上皮の歯乳頭に面する細胞集団であるエ
新潟大学歯学部口腔解剖学第二講座
ナメル結節,相対する歯乳頭のみがグリコーゲンを欠如
大島勇人
することが明らかとなった。
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歯の形態発生は上皮間葉相互作用により細胞の増殖と
分化の時間的・空間的調節を受けており,顎骨の特定の
場に特定の歯が形成される。近年の分子生物学的手法に
より,さまざまな成長因子,形態形成遺伝子のシグナル
が歯胚形成に重要な役割を演じ,上皮間葉間のシグナ
ル・カスケード(連鎖)が明らかになりつつある (ht
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互作用のメカニズムの全容が解明されれば,歯の喪失部
位に新たに歯を作る,ということも夢ではなくなる。
本稿では,近年の分子生物学的研究により飛躍的な進
歩をとげた歯の発生の研究において,過去2
5
年間全く注
目されなかったグリコーゲンの機能的意義について我々
の最新の知見 を紹介する。
1. グリコーゲンの生物学的意義
グルコースは生体の代謝の主要なエネルギー源であ
り,肝細胞や筋細胞はグリコーゲンとして炭水化物を蓄
える。また,グリコーゲンは胎生期の組織に広く分布し,
嫌気性の状態に関与することが知られている。実際,基
質に血管が欠如する軟骨細胞が多量のグリコーゲンをも
つことは知られた事実である。歯の発生においては,歯
胚上皮・間葉にグリコーゲンが存在することが過去に報
図1 歯小囊細胞(DFC)の電顕像.*:グリコーゲンの集
積。
告されていた が,その機能的意義については全く分か
らなかった。
一方,胎生期や実験的に骨形成を誘導した際に,骨芽
近年,エナメル結節が歯の形態発生のシグナル・セン
細胞の前駆細胞がグリコーゲンをもち,骨芽細胞に分化
ターとして働いているという仮説が提唱されている 。
するとグリコーゲンが消失することが報告 さ れ て お
成長因子を含む多くのシグナル分子が,グリコーゲンの
り
,グリコーゲンの消失が骨基質の石灰化に関与する
存在しないエナメル結節と歯乳頭に発現していること
と
えられていた 。
は,
上皮間葉相互作用を える上で興味深い事実である。
それでは,図1の様な歯小囊細胞における多量のグリ
コーゲンの存在意義は何なのだろう?歯小囊の周囲には
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新潟歯学会誌
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豊富な血管網が存在し,しばしば毛細血管近傍にグリ
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を検索していきたい。
コーゲン含有細胞が存在することから,嫌気性の状態と
は
近年,歯の発生学の分野も含めて研究の主体が分子生
えにくい。そこで,歯胚を含む下顎に PAS染色を施
物学,細胞生物学になり,生物科学の基本である形態学
してみると興味深い事実に気が付いた。それは,将来の
がおざなりになっている感がある。分子生物学,細胞生
骨形成が起こる場所に一致してグリコーゲン含有細胞が
物学の基盤となる,しっかりとした形態学的観察の必要
配置しているのである。しかも,歯胚の周囲で骨形成が
性をアピールしていきたい。
開始すると,歯小囊細胞からグリコーゲンが消失するこ
とが明らかとなった。したがって,歯小囊におけるグリ
参
コーゲンの存在は骨芽細胞の前駆細胞としての特徴を示
文
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している,と えられる。このことは,歯と同様な発生
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葉がグリコーゲンを欠如する事実とも合致する。
一方,エナメル器のグリコーゲンの分布と星状網(エ
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エナメル器は多量のグリコーゲンを含有するようにな
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電顕下で観察すると,
エナメル器の細胞にはグリコー
ゲンの集積が観察され,この集積の中に分泌細管様構造
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物をもっており,小胞の中にもグリコーゲンが存在して
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胎生初期のマウスの頭部に PAS染色を施すと,さら
に,興味深い所見を得た。PAS陽性細胞が将来の骨形成
部位に配置しているのに加え,三叉神経に付随して PAS
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陽性細胞が存在するのである。歯胚においても,生後,
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歯髄にグリコーゲン含有細胞が出現する時期と神経が歯
髄内に侵入する時期が一致している。神経成長因子の遺
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えると,歯胚の神経支
配とグリコーゲン含有細胞との相関も否定できない事実
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以上の様に,グリコーゲンの存在は,歯の形態発生に
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関係するシグナル活性,骨形成,エナメル器での星状網
形成,
果ては神経支配にまで関与する可能性が示された。
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今後は,グリコーゲン含有細胞と神経成長因子との関係
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