最 近 の ト ピ ッ ク ス 18 5 最 近 の ト ピ ッ ク ス 2. 歯の発生におけるグリコーゲンの機能的意義 マウスの胎生期の歯胚を透過型電子顕微鏡(以下「電 歯の発生におけるグリコーゲンの機能的 意義 Thef unc t i onals i gni f i canc eof gl ycoge nde pos i t sdur i ngt oot h mor phogenes i s 顕」 )で見てみると,歯小囊細胞が多量のグリコーゲンを 含有していることが判明した (図1) 。驚くことに,固定 の難しさに起因するのか,これまで歯胚の電顕下の観察 は殆ど報告がなかった。グリコーゲンの存在を証明する 為に胎生期の歯胚に PAS染色を施してみると,歯胚上 皮・間葉は基本的に PAS陽性を示した。しかし,蕾状期 ∼帽状期の歯胚上皮の歯乳頭に面する細胞集団であるエ 新潟大学歯学部口腔解剖学第二講座 ナメル結節,相対する歯乳頭のみがグリコーゲンを欠如 大島勇人 することが明らかとなった。 2ndDepar t me ntofOr alAnat omy Fac ul t yofDe nt i s t r y,Ni i gat aUni ver s i t y Hayat oOhs hi ma 歯の形態発生は上皮間葉相互作用により細胞の増殖と 分化の時間的・空間的調節を受けており,顎骨の特定の 場に特定の歯が形成される。近年の分子生物学的手法に より,さまざまな成長因子,形態形成遺伝子のシグナル が歯胚形成に重要な役割を演じ,上皮間葉間のシグナ ル・カスケード(連鎖)が明らかになりつつある (ht / / t p: / hone ybe e . he l s i nki . f i t oot he xpも参照)。この上皮間葉相 互作用のメカニズムの全容が解明されれば,歯の喪失部 位に新たに歯を作る,ということも夢ではなくなる。 本稿では,近年の分子生物学的研究により飛躍的な進 歩をとげた歯の発生の研究において,過去2 5 年間全く注 目されなかったグリコーゲンの機能的意義について我々 の最新の知見 を紹介する。 1. グリコーゲンの生物学的意義 グルコースは生体の代謝の主要なエネルギー源であ り,肝細胞や筋細胞はグリコーゲンとして炭水化物を蓄 える。また,グリコーゲンは胎生期の組織に広く分布し, 嫌気性の状態に関与することが知られている。実際,基 質に血管が欠如する軟骨細胞が多量のグリコーゲンをも つことは知られた事実である。歯の発生においては,歯 胚上皮・間葉にグリコーゲンが存在することが過去に報 図1 歯小囊細胞(DFC)の電顕像.*:グリコーゲンの集 積。 告されていた が,その機能的意義については全く分か らなかった。 一方,胎生期や実験的に骨形成を誘導した際に,骨芽 近年,エナメル結節が歯の形態発生のシグナル・セン 細胞の前駆細胞がグリコーゲンをもち,骨芽細胞に分化 ターとして働いているという仮説が提唱されている 。 するとグリコーゲンが消失することが報告 さ れ て お 成長因子を含む多くのシグナル分子が,グリコーゲンの り ,グリコーゲンの消失が骨基質の石灰化に関与する 存在しないエナメル結節と歯乳頭に発現していること と えられていた 。 は, 上皮間葉相互作用を える上で興味深い事実である。 それでは,図1の様な歯小囊細胞における多量のグリ コーゲンの存在意義は何なのだろう?歯小囊の周囲には 6 1 新潟歯学会誌 1 8 6 豊富な血管網が存在し,しばしば毛細血管近傍にグリ 2 9 ( 2 ): 1 9 9 9 を検索していきたい。 コーゲン含有細胞が存在することから,嫌気性の状態と は 近年,歯の発生学の分野も含めて研究の主体が分子生 えにくい。そこで,歯胚を含む下顎に PAS染色を施 物学,細胞生物学になり,生物科学の基本である形態学 してみると興味深い事実に気が付いた。それは,将来の がおざなりになっている感がある。分子生物学,細胞生 骨形成が起こる場所に一致してグリコーゲン含有細胞が 物学の基盤となる,しっかりとした形態学的観察の必要 配置しているのである。しかも,歯胚の周囲で骨形成が 性をアピールしていきたい。 開始すると,歯小囊細胞からグリコーゲンが消失するこ とが明らかとなった。したがって,歯小囊におけるグリ 参 コーゲンの存在は骨芽細胞の前駆細胞としての特徴を示 文 献 している,と えられる。このことは,歯と同様な発生 1 )Thes l e f f ,I .andShar pe ,P. :Si gnal l i ngne t wor ks 過程を示すが骨形成が起こらない毛包 hai rf ol l i c l eの間 7 (2 ) r egul at i ngde nt alde ve l opme nt .Me ch.De v.6 : 1 1 11 2 3,19 9 7 葉がグリコーゲンを欠如する事実とも合致する。 一方,エナメル器のグリコーゲンの分布と星状網(エ 2 )Ohs hi ma,H. ,War t i ovaar a,J .and The s l ef f ,I . : ナメル髄) の形成との相関も興味深い。帽状期になると, De vel opment alr e gul at i on and ul t r as t r uc t ur eof エナメル器は多量のグリコーゲンを含有するようにな gl yc oge n de pos i t s dur i ng mur i ne t oot h mor 9 7( 2 ) 71 28 1 , phoge ne s i s .Ce l lTi s s ue Re s .2 :2 る。 電顕下で観察すると, エナメル器の細胞にはグリコー ゲンの集積が観察され,この集積の中に分泌細管様構造 1 9 99 物をもっており,小胞の中にもグリコーゲンが存在して 3 )Noz ue ,T. :Di s cr epanc yofdi s t r i but i onofPAS- いた。このことは,エナメル器の細胞が細胞外に親水性 pos i t i ves ubs t ance sbydi f f e r e nc ei npos i t i onof の多糖類を分泌している可能性を示しており,この多糖 類の存在により,この時期多量の水分がエナメル器内に e ar l yi ndi vi dualt oot hge r m. Okaj i masFol i aAnat . 0( 4 ):2 31 2 47 ,1 9 73 J pn.5 吸引され,細胞間が拡張した特徴的な形態を示す星状網 4 )Sc ot t ,B.L.andGl i mc he r ,M.J. :Di s t r i but i onof が形成される,と えられる。 gl yc oge ni nos t e obl as t soft hef e t alr at .J .Ul t r a( 5) 5 -5 8 6 ,1 97 1 s t r uct .Re s .36 :56 胎生初期のマウスの頭部に PAS染色を施すと,さら に,興味深い所見を得た。PAS陽性細胞が将来の骨形成 部位に配置しているのに加え,三叉神経に付随して PAS 5 )De cke r ,B. ,Bar t el s ,H.andDec ker ,S. :Re l at i ons hi ps be t we e ne ndot he l i alce l l s ,pe r i c yt e s ,and 陽性細胞が存在するのである。歯胚においても,生後, os t e obl as t sdur i ngbonef or mat i oni nt hes he ep 歯髄にグリコーゲン含有細胞が出現する時期と神経が歯 髄内に侵入する時期が一致している。神経成長因子の遺 femur fol l owing i mpl antation of 2 (3 ) t r i cal c i umphos phat ece r ami c .Anat .Rec .24 : 伝子発現の分布との相同性 も 3 1 03 2 0,19 9 5 えると,歯胚の神経支 配とグリコーゲン含有細胞との相関も否定できない事実 6 )Har 0 r i s ,H.A. :Gl yc oge ni nc ar t i l age .Nat ur e13 : である。 9 9 69 9 7,19 3 2 7 )Luukko,K. ,Ar umae ,U. ,Kar avanov,A. ,Mos h- 3. おわりに nyakov,M. ,Sai ni o,K. ,Sar i ol a,H. ,Saar ma,M. 以上の様に,グリコーゲンの存在は,歯の形態発生に andThe s l e f f ,I . :Ne ur ot r ophi nmRNA e xpr es s i on 関係するシグナル活性,骨形成,エナメル器での星状網 形成, 果ては神経支配にまで関与する可能性が示された。 i nt hede ve l opi ngt oot hs ugge s t smul t i pl er ol e si n 0 (2 ) i nne r vat i onandor ganogenes i s .De v.Dyn.21 : 今後は,グリコーゲン含有細胞と神経成長因子との関係 1 1 71 2 9,19 9 7 6 2
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