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経済・産業/トピックス
2008 年世界経済を読み解く 10 のキーワード
―米国内に生じている政治経済的動きに今こそ注目を―
福田 佳之(ふくだ よしゆき)
東レ経営研究所 産業経済調査部 シニアエコノミスト
1993 年東京銀行(現三菱東京 UFJ 銀行)入行。東京銀行調査部、経済企画
庁派遣にて、マクロ経済分析を担当する一方で、蒲田支店では支店営業も経
験。その後米国大学院留学を経て 2003 年 4 月から東レ経営研究所。経済学
修士。
E-mail : [email protected]
Point
1 2008 年世界経済は好調な途上国経済に支えられて拡大を持続しよう。気がかりなのはサブプラ
イム問題の影響を引きずる米国経済の動向である。
2 欧州、特にドイツは欧州域内において効率的な生産体制を構築している。その結果、拡大した輸出
が景気回復を主導している。
3 2008 年 11 月に大統領選挙を控える米国では、グローバル化の是非やポスト京都議定書の内容
を巡って論議が活発となっている。国内では反グローバルの動きが出てきており、大統領候補の中
にはそれを取り込む動きがあることに警戒が必要である。環境問題の取り組みでは州レベルの取り
組みが連邦レベルを動かしている面を理解する必要がある。
4 また、競争力向上策として、基礎研究重視と理数系人材育成に重きを置いた「America COMPETES 法」が制定されており、世界各国のイノベーション政策のあり方に影響を与えよう。研究
を主眼とする大学でも、理数系教師の養成に乗り出していることは注目に値する。
5 10 のキーワードは以下の通り。
①貿易・投資の自由化、②北京五輪、③工程間分業、④ドイツの輸出復活、⑤逆資産効果、⑥補助金
相殺関税(CVD)
、⑦反グローバルの動き、⑧「America COMPETES 法」
、⑨理数系教師の養成、
⑩ポスト京都議定書
近年、世界経済は新興経済国の力強い経済拡
るに当たって、そのカギとなるトピックスを中心
大に支えられて高成長を続けている。2007 年も
に解説していきたい。まず、新興経済国など途上
国際通貨基金(IMF)によると、5.2 %と 2 年連
国の経済成長の特徴、欧州、特にドイツの輸出の
続の 5 %台の成長を記録する見込みであり、08
復活、そしてサブプライム問題の米国経済に与え
年もその勢いは持続しよう(図表 1)。だが、景
る影響を取り上げ、世界経済を地域別に俯瞰する。
気を減速させるリスクが表面化しつつある点が気
次に、大統領選挙を控える米国にスポットを当て、
になる。それは、今夏、先進国の金融資本市場を
競争力向上策として成立した「America COM-
揺るがす大問題、サブプライム問題が発生してい
PETES 法」
、国内で進行する反グローバルの動き、
ることである。同問題のために欧米では金融機関
そして環境問題への取り組みを見ていきたい。ま
の経営悪化や金融システムの動揺が生じており、
た、2008 年世界経済を読み解くに当たりキーワ
先進国経済の足を引っ張るものと見られている。
ードを 10 点抽出し、下線を引いたので適宜ご参
本稿では、2008 年の世界経済の動向を把握す
照いただきたい。
33
2007.12 経営センサー
経済・産業/トピックス
図表 1
国際機関による世界経済見通し
2006
(実績)
5.4
世界全体
2.9
先進国
2.9
米国
2.8
ユーロ地域
2.9
ドイツ
2.0
フランス
2.8
英国
2.2
日本
9.0
東アジア
11.1
中国
5.0
韓国
4.7
台湾
6.0
東南アジア
5.0
タイ
5.9
マレーシア
5.5
インドネシア
9.7
インド
3.7
ブラジル
6.7
ロシア
実質経済成長率
2007
2008
IMF
ADB
IMF
ADB
4.8
5.2
2.2
2.5
1.9
1.9
2.1
2.5
2.0
2.4
2.0
1.9
2.3
3.1
1.7
2.0
8.7
8.9
−
−
10.8
10.0
11.2
11.5
5.0
4.6
4.6
4.8
4.5
3.8
4.6
4.1
6.1
6.1
−
−
5.0
4.5
4.0
4.0
5.7
5.6
5.6
5.8
6.4
6.1
6.2
6.2
8.5
8.4
8.5
8.9
4.0
4.4
6.5
7.0
出所:IMF, “World Economic Outlook(2007 年 10 月)”、ADB, “Asian Development Outlook 2007 Update(2007 年 9 月)”
1.マクロ経済:好調な途上国と欧州、
気がかりな米国
図表 2
世界の経済成長率の寄与度分解
(%)
5
キーワード① 貿易・投資の自由化
−途上国は高い経済発展を達成
4.4%
4.3%
4
3.3%
近年の世界経済好調の主因には、途
上国が高めの経済成長を続けているこ
その他途上国
3.2%
インド
3
中国
その他先進国
とが挙げられる。IMF の経済見通しで
は、2007 年 8.1 %、08 年 7.4 %と高い
日本
2
欧州
伸びを維持する模様だ。
世間では、ブラジル、ロシア、イン
米国
1
ド、中国の BRICs に代表される新興経
済国の強さが注目されているが、実は
0
70年代
その他の途上国も高い経済成長を続け
ていることはあまり知られていない。
80年代
90年代
2000年代
注:購買力平価ベース
出所: IMF, “World Economic Outlook”October 2007
例えば 1997 年時点では、途上国 153 カ
国の中でマイナス成長を記録していた
のはその 1 割強に当たる 17 カ国であったのに対
寄与度は 7 割を超え、中でも中国、インドの寄与
し、2007 年にはわずか 3 カ国にまで減少してい
度が大きい(図表 2)
。
る。そのため、世界の経済成長に占める途上国の
新興経済国を始めとする途上国が力強い経済
寄与度も上昇しており、2000 年代に入ると、同
成長を続けている背景の一つとして、途上国各国
34
経営センサー 2007.12
2008 年世界経済を読み解く
今後の景気の焦点は設備投資の持続力
10 のキーワード
が貿易・投資の自由化を進めており、
先進国から資金が流れ込んでいること
図表 3
薄型テレビの地域別出荷見込み
(万台)
が挙げられよう。このおかげで途上国
18,000
の設備投資も活発化しており、購買力
16,000
も上昇している。
14,000
15,830
14,405
中東・アフリカ
12,616
12,000
キーワード② 北京五輪
−世界的な薄型テレビ需要を喚起
10,000
ラテンアメリカ
10,822
アジア太平洋
中国
8,394
東欧
8,000
2008 年には「世界の工場」となっ
た中国で初めてオリンピックが開かれ
る。オリンピックやワールドカップな
どのイベントがある年はテレビの購買
需要が高まるが、08 年もテレビ、特
西欧
6,000
北米
日本
4,000
2,000
0
2007
2008
2009
2010
2011
に薄型テレビを求める動きが強まると
出所:ディスプレイサーチ社
見られる。
液晶や PDP のような薄型テレビは
ブラウン管テレビに比べて奥行きを取
らずに大型化しやすいために、近年 30 インチ以
出の増加を通じて恩恵をもたらしている。また、
上の薄型テレビが人気を集めている。今後は価格
途上国の貿易・投資の自由化のおかげで、先進国
が更に低下するにつれて、先進国だけでなく中国
の多国籍企業は途上国の安価な労働力を活用する
や東欧などの新興経済国でも需要が高まるものと
ことが可能となり、先進国と途上国の間で工程間
見られている。
分業を行うことで効率的な生産体制を構築するこ
ディスプレイサーチ社によると、07 年時点(台
とができる。さらに、工程間分業を受け入れた途
数ベース)において、中国では前年比 83 %増の
上国は雇用・所得の増大を手にすることができ、
984 万台、その他諸国では、同 88 %増の 981 万台
先進国と途上国は Win-Win の関係となる。
の出荷を見込んでいる。すでに出荷台数の水準で
実はこれから述べるドイツの輸出増加は上で
は日本(817 万台)を追い越しており、その伸び
述べた途上国の経済改革と高成長が関係してい
については欧米を遥かに上回っている。2011 年時
る。
点(同)では、中国など途上国全体の出荷台数は
7,642 万台となり、日米欧の先進国の出荷台数
(8,188 万台)とほぼ同様の水準にまで追いつくも
キーワード④ ドイツの輸出復活
−理由は新興経済国との貿易と国境を越えた工程間分業
のと見ているようだ(図表 3)
。北京五輪は中国な
実際、ドイツの輸出の復調が目立つ。2006 年
ど新興経済国の薄型テレビ需要に火をつける絶好
の貿易収支黒字額世界一は中国ではなくドイツで
の機会になるだろう。
あることをご存知だろうか(図表 4)。ドイツの
輸出は 1995 年以降平均すると年率 7 %を超え、
キーワード③ 工程間分業
−先進国と途上国が Win-Win の関係に
このような途上国の高い経済成長は、途上国
自体だけでなく、先進国に対しても途上国向け輸
世界輸出に占めるドイツのシェアも 2000 年の
8.6 %から 06 年の 9.4 %と増大している。この間、
米国や日本がシェアを落としていたことを考慮す
ると、ドイツの輸出は復活したと言えよう。
35
2007.12 経営センサー
経済・産業/トピックス
図表 4
だが、欧米の金融当局が大規模な流動性の供
貿易収支ランキング(2006 年)
給を行い、特に、米国の金融当局は 9 月、10 月
ドイツ
中国
と連続利下げを実施することで信用収縮に対応し
サウジアラビア
ている。また、米銀を中心に、同金融商品を大量
ロシア
に保有している特別目的会社の救済基金の立ち上
日本
ノルウェー
げが発表された。今後も、欧米の金融機関の決算
オランダ
発表でサブプライム問題関連の損失が表面化する
ブラジル
ことで金融市場の動揺はしばらく続くが、徐々に
クウェート
出尽くし感が出て不透明感が拭われることで、金
アルジェリア
0
50
100
150
200
250
(10億ドル)
出所: IMF, “International Financial Statistics”
融・資本市場の動揺は沈静化に向かうものと見ら
れる。
注目はサブプライム問題の米国実体経済に与える
このドイツの輸出復活について、IMF の
影響
S. Danninger 氏とジョージワシントン大学の
そうなると、次に注目されるのはサブプライ
F. Joutz 教授が時系列的な手法を使って分析して
ム問題が個人消費や住宅投資など実体経済に与え
おり、中国、インド、石油産出国など新興経済国
る影響である。主に 3 つの経路が考えられる。
との貿易の拡大と新しい EU 加盟国である東欧と
まず、住宅投資そのものへの影響である。住
の間の工程間分業の進展が 2000 年以降のドイツ
宅価格の伸びが鈍化し市場調整が進む中で(図表
の輸出シェアの回復の 6 割程度を説明することを
5)、住宅購入のインセンティブは弱い。今後も、
明らかにしている 1。
競売物件の増加や住宅ローン条件の厳格化が予想
現在、ユーロは史上最高値を更新しており、
され、長期にわたって住宅投資を抑制しよう。
ユーロ高の欧州景気への悪影響が懸念されている
次に、消費者ローンの縮小が個人消費を押し
が、今のところ欧州経済は堅調さをキープしてい
下げる恐れがある。米国の個人消費は住宅を担保
る。その背景には、ドイツ企業に代表される欧州
としたホームエクイティローンと呼ばれる借り入
多国籍企業の国境を越えた工程間分業の進展と、
れに支えられてきた側面を持っている。住宅価格
効率的な生産体制の確立があることを見逃しては
の低下はその借り入れ上限額を引き下げることと
ならないだろう。
なり、消費拡大に歯止めが掛かることとなる。
最後に、住宅価格の低下そのものが消費意欲
キーワード⑤ 逆資産効果
−サブプライム問題の影響は長期化の見込み
米国の金融・資本市場の動揺は今後沈静化へ
一方、気がかりなのは米国経済の動向である。
にブレーキをかける逆資産効果である。ジョンズ
ホプキンス大学の C. D. Carroll 教授は、資産の中
でも住宅資産の価格の上下が消費行動に与える影
響を計測し、短期的には住宅価格 1 ドルの上昇
2007 年夏以降、サブプライムローンの担保証券
(下落)が個人消費 2 セント分引き上げる(引き
を組み込んだ金融商品を大量に抱えるヘッジファ
下げる)にすぎないが、長期的には同 1 ドルの上
ンドの資産凍結や金融機関の損失が次々と発表さ
昇(下落)が個人消費 9 セント分の引き上げ(引
れ、欧米の金融・資本市場が混乱した。
き下げ)をもたらすことを明らかにした 2。
1 S. Danniger and F. Joutz, “What explains Germany’
s rebounding export market share?” IMF Working Paper 07/24, February 2007
2 C.D. Carroll, “How large is the housing wealth effect? A new approach” NBER Working Paper No.12746, December 2006
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経営センサー 2007.12
2008 年世界経済を読み解く
今後の景気の焦点は設備投資の持続力
10 のキーワード
図表 5(1)
米国の住宅価格の伸び(前年比)の推移
16%
14%
12%
図表 5(2)
米国の住宅市場指数の推移
78
(99/1)
90
80
72
(05/6)
70
60
10%
50
8%
40
30
6%
4%
2%
0%
1990 91 92 93 94 95 96 97 98 99 2000 01 02 03 04 05 06 07
出所:米国連邦住宅金融機関監督局(OFHEO), “Home Price Index”
住宅価格の下落・低迷は長期にわたって住宅
投資だけでなく、個人消費までも抑制する効果を
20
18
(07/10)
10
0
1995 96
97
98
99 2000 01
02
03
04
05
06
07
(年、月次)
注:住宅建築業者協会の住宅市場指数は、米国内約 400 の業者を対象に、
販売動向、販売見通し、客足動向を調査し、指数化したものである。
50 を分岐点として 0 ∼ 100 の値をとる。
出所:米国住宅建築業者協会(NAHB),“Housing Market Index”
キーワード⑥ 補助金相殺関税(CVD)
− 23 年ぶりに非市場経済国に発動
持っている。現時点において個人消費に悪影響を
新興経済国など途上国と Win-Win 関係を構築す
与えていないからといって、サブプライム問題の
るためには、先進国も貿易・投資の自由化などグ
個人消費に与える影響は限定的と判断することは
ローバル化を進める必要がある。先進国である米
いささか早計であろう。08 年の米国経済の行方
国もグローバル化に対して前向きかと言えばそう
は依然としてサブプライム問題がカギを握ってい
ではない。まず議会では、ブッシュ政権の貿易に
るといってよかろう。
関する国際交渉を進める権限(TPA)の延長要請
に応じず、同権限そのものは今夏失効した。これ
2.2008 年もやはり米国の動きに要注意
で WTO、FTA 交渉の早期進展は望めなくなった
2008 年の世界経済を読み解くに当たり、やはり
と言っていい。また、中国貿易に対する風当たり
世界最大の国である米国の動向を無視することは
は強く、報復関税などをセットとして人民元の水
できない。さらに来年 11 月には大統領選が控えて
準是正を求める法案が提出されている。商務省に
おり、誰が新大統領に選出されるかによって、こ
おいても、中国からの輸入品である高級光沢紙 3
れまでの政策がひっくり返される可能性がある。
や溶接鋼管に対して 23 年ぶりに非市場経済国に
現在、米国内には、サブプライム問題以外に
補助金相殺関税(CVD)の賦課を決定したり、
も注目すべき動きが現れている。そのなかでも、
中国の輸出補助金の実施や知的財産権の侵害に対
保護主義の進行、競争力の向上策、環境問題への
して WTO に提訴したりしている。
取り組みを取り上げ、有力な大統領候補者の公約
と関連させて解説したい。
国民にも自由貿易に懐疑的な姿勢を見せる人
が多くなってきた。GALLUP 社の世論調査を見
ても、2000 年時点で貿易をチャンスとみなす人
3 結局、11 月 20 日、米国国際貿易委員会(ITC)が同輸入から被害を受けていないと判断したために、補助金相殺関税(CVD)
の発動は見送られた。
37
2007.12 経営センサー
経済・産業/トピックス
が 56 %と、貿易を脅威とみなす人(36 %)を上
しているのだろうか。
回っていたが、05 年にはチャンスとみなす人が
実は、実証研究によると否定的な結果を示して
44 %にまで低下した一方で、脅威とみなす人が
いるものが多い 5。まず、実質賃金の低迷について
49 %にまで上昇し、ついに逆転した。
は、コンピューターの普及が IT スキルを持つホワ
イトカラーの労働需要を高める一方で、置き換わ
キーワード⑦ 反グローバルの動き
−世界の貿易に悪影響の恐れも
るブルーカラーの労働需要を減らしたことが主な
要因と言われている。このような変化(これをス
グローバル化は実質賃金の低迷に関係せず
キル偏向的技術変化と呼ぶ)はブルーカラーの実
このような反グローバルの動きについて、ダ
質賃金の伸び悩みに影響を与えた。それに対して、
ートマス大学の M. J. Slaughter 教授とイエール大
グローバル化は競争激化により効率性が改善され、
学の K. F. Scheve 教授は「Foreign Affairs」誌
生産性と実質賃金の上昇をもたらすという実証研
2007 年 7/8 月号の中で、近年の実質賃金の低迷
究 6 もあり、グローバル化が実質賃金を低下させ
(図表 6)が米国民のグローバル化への懐疑心を生
る効果は限定されているようだ。
み出していると喝破している 4。このような国民
また、アウトソーシングについても、生産性
世論の変化に基づいて政治家は保護主義的な政策
の上昇と価格の下落をもたらすことで実質賃金を
を打ち出す誘因を持ち、保護主義者は政治家にロ
上昇させる効果も指摘されている。カリフォルニ
ビー活動を行いやすいというわけだ。
ア大学デービス分校の R. C. Feenstra 教授と同大
では、本当にグローバル化、つまり貿易やア
サンディエゴ分校の G. H. Hanson 教授は、80 年
ウトソーシングの拡大が低賃金や高失業を産み出
代におけるアウトソ−シングの実質賃金に与える
影響を分析し、ブルーカラーの実質賃金は何ら影
図表 6
米国非農業部門の時間当たりの生産性と
実質賃金の推移
響を受けておらず、ホワイトカラーの実質賃金は
むしろ 1.1 ∼ 1.8 %分上昇していることを明らか
にした 7。つまり、アウトソーシングによってホ
(1992=100)
140
ワイトカラーやブルーカラーの実質賃金が低下す
130
るという明確な証拠は存在しなかったのである。
120
時間当たり生産性
110
新大統領の通商政策には要警戒
以上の結果から、グローバル化は実質所得の
100
90
低迷をもたらしていないことは明らかである。む
時間当たり実質賃金
しろ、グローバル化には生産性が向上するなどの
80
70
1980
恩恵があり、グローバル化を推進する方が米国に
85
90
95
2000
05 07
とって望ましいと言える。
出所:米国労働省
4 K. F. Scheve and M. J. Slaughter, “A new deal for globalization” Foreign Affairs, July/August 2007
5 詳しくは拙著「グローバル化をめぐるこれだけの誤解① 米国における反グローバルの動きについて考える」東レ経営研究所
『TBR 産業経済の論点』No.07-08 2007 年 11 月 2 日
6 D. K. Brown, A. V. Deardorff, and R. M. Stern, “Protection and real wages: Old and new trade theories and their empirical counterparts”
RSIE post print papers No.6, 1993
7 R. C. Feenstra and G. H. Hanson, “The impact of outsourcing and high technology capital on wages: Estimates for the U.S.,1979 ∼ 90”
Quarterly Journal of Economics Vol.114, August 1999
38
経営センサー 2007.12
2008 年世界経済を読み解く
今後の景気の焦点は設備投資の持続力
10 のキーワード
したがって、政治的リーダーシップにより反
・ 国立標準規格技術研究所(NIST)、エネル
グローバルの動きを打ち破ることが望まれるが、
ギー省(DOE)、全米科学財団(NSF)等、
その点で気がかりな点がある。それは、民主党大
基礎研究を担う政府機関の予算を増額
統領候補の通商政策の公約は保護主義的色彩が濃
・ 理科系教師や外国語教師に、専門科目の学
いことである。例えば、現時点で民主党候補のト
士・修士を取得させることなどで指導力を
ップを走っているクリントン上院議員の公約を見
レベルアップ
ると、米韓 FTA に反対し、また、新規 FTA 交渉
の一時凍結を訴えている。
仮に民主党大統領が生まれ、対中強硬的な通
商政策を推し進めれば、米中間に貿易戦争が起こ
る恐れもある。両国間の貿易戦争は、両国だけで
・ 2008 年から 4 年間、理科系教師や外国語教
師を 7 万人増員し、教育水準を底上げ
・ 初等・中等教育における数学指導方法の改
善を通じて数学の成績を全体的に引き上げ
などとなっている。
なく世界にその影響が波及し、経済的厚生の低下
大統領選との関連について言えば、「America
をもたらそう。また、米国の矛先が中国だけでな
COMPETES 法」は超党派で作成され、多数で可
く円安基調で貿易黒字をためこんでいる日本に来
決されているために、新大統領も 2009 年以降の
ないとも限らない。米国の反グローバルの動きと
同法の施行を尊重するものと見られる。
新大統領の通商政策については今後、注意をして
もし過ぎるということはなさそうだ。
基礎研究と理数系人材育成に重きを置いた
法」はイノベーションその
「America COMPETES ものではなく、イノベーションを生み出す土壌に
キーワード⑧ 「America COMPETES 法」
−ついにまとまった中長期的な競争力向上策
8 月 9 日、ブッシュ大統領は上下院で可決され
法」(America Creating
た「America COMPETES 目を向けていて画期的である。同法の成立は米国
内だけでなく、他の先進国の科学技術政策やイノ
ベーション政策のあり方に影響を与えていくであ
ろう。
Opportunities to Meaningfully Promote Excellence
in Technology, Education and Science Act)に署
名した。この法律は 2004 年に公表された「パル
ミサーノ・レポート」に始まる米国の競争力論議
キーワード⑨ 理数系教師の養成
−研究主眼の大学でも養成を開始
理数系人材の育成に当たって切実な問題は、
の集大成として位置付けられ、2008 年から 3 年
中等・高等教育における理数系教師の不足であ
間 433 億ドル、そのうち 336 億ドルを教育関連に
る。米国では教師層が高齢化し、大量の定年退職
支出することを予定している。
が始まっているのに対して、新任の理数系教師は、
同法律の内容は 8 章立てとなっており、科学、
低賃金に魅力を感じないために志望が少なく、な
技術、教育などについて幅広く包括的な施策が盛り
り手がいないのが実情だ。また、教育現場で疲れ
込まれている。特徴的な項目について取り上げると、
果てて辞めていく教師も多いという。その結果、
・ 国家科学技術サミットを設置し、米国の科
学技術事業の健全性や方向性を検討
理数系の専門知識を持っていないにもかかわら
ず、教えざるを得ない教師が増えている。数学の
・ 大統領イノベーション・競争力委員会を設
学位を持たない教師に数学を教えられる高校生は
置し、イノベーション政策の提言とモニタ
全体の 1/3 近くとなっており、物理学の場合は
リングを実施
2/3 の学生が専門外の先生に教えられている 8
8 Committee on Prospering in the Global Economy of the 21st Century 他、
“Rising above the gathering storm: Energizing and employing
America for a brighter economic future” The National Academies Press, 2007
39
2007.12 経営センサー
経済・産業/トピックス
図表 7
1999 ∼ 2000 年において専門学位を持た
ない教師に教えられた高校生比率
図表 8 UTeach プログラムが養成した理数系教師数の推移
(人)
80
80%
67%
70%
70
UTeachプログラム開始
61%
60
60%
科学
50
50%
45%
40
40%
30%
31%
30
30%
20
20%
数学
10
10%
0
0%
英語
数学
生物学
化学
物理学
出所:Committee on Prospering in the Global Economy of the 21st
Century 他、
“Rising above the gathering storm: Energizing
and employing America for a brighter economic future”
1995∼ 96∼97 97∼98 98∼99 99∼ 2000∼ 01∼02 02∼03 03∼04 04∼05 05∼06 06∼07
96
2000 01
出所:Committee on Prospering in the Global Economy of the 21st
Century 他、
“Rising above the gathering storm: Energizing
and employing America for a brighter economic future”
(図表 7)
。これでは、理数系科目に興味を持てず、
新任物理教師の 5 %は同大学出身と言われている。
理数系以外の学部を選択する学生が多くなるのも
同大学では、理数系の学生に教育への関心を植え
無理はない。
付けて研究と教育を結びつけることを主眼として
こうした現状を受けて、研究を主眼とする大
学においても理数系教師の養成を始めている 9。
おり、学生には授業体験等の機会が与えられる。
このような動きは他の大学でも始まっており、
従来、研究を主眼とする大学では、教師を育てる
テキサス大学はエクソンモービルから資金を得て
伝統がないために、教師を目指す学生はアウトサ
UTeach Institute が他の大学での UTeach プログ
イダー的位置付けであったが、徐々に大学側から
ラムの実施をサポートするような仕組みを作って
変化が始まっているようだ。
いる。理数系教師の養成は全米に広がろうとして
テキサス大学では 1997 年に UTeach プログラム
いるのだ。
を発足させた。同プログラムでは理数系の学生を
積極的にリクルートして地域の学校で授業体験を
させ、同時に専門家による教育学などの講義を受
講してもらうようにしている。狙いは理数系専門
科目と教授法の 2 つの学位を取得させて、理数系
キーワード⑩ ポスト京都議定書
−京都議定書を離脱した米国の出方に注目
ブッシュ大統領もついに気候変動対策に着手
2008 年はポスト京都議定書の議論が本格化す
教師の裾野を広げることにある(図表 8)。また、
る年になりそうだ。このままでは二酸化炭素など
同プログラムの学生には奨学金を給付している。
温室効果ガスの排出量は増加の一途をたどるもの
コロラド大学でも理数系の学生の中から LA
と見られ(図表 9)、2013 年以降における温室効
(Learning Assistants)を採用して、テキサス大学
果ガスの効果的な削減策について取り決めが必要
同様に同教師の養成を行っている。ブリガムヤン
である。議論の焦点の 1 つは EU と米国の対立で
グ大学は理数系教師の養成に定評があり、全米の
ある。EU は 2020 年までに先進国の温室効果ガス
9 J. Mervis, “A new twist on Training teachers” Science Vol. 316 June 1 2007
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経営センサー 2007.12
2008 年世界経済を読み解く
今後の景気の焦点は設備投資の持続力
10 のキーワード
図表 9
世界の二酸化炭素排出量見通し
(単位:百万トン)
1971
1990
2004
2015
2030
11,963
11,051
12,827
14,391
15,495
北米
4,637
5,554
6,694
7,721
8,528
EU
3,570
3,808
3,847
4,048
4,216
951
1,564
2,055
2,295
2,316
1,995
5,317
10,171
15,396
21,111
中国
809
2,289
4,769
7,744
10,425
インド
199
588
1,103
1,620
2,544
中国、インドを除くアジア
230
686
1,393
1,977
2,684
91
193
323
412
551
−
3,731
2,560
2,842
2,786
先進国
日韓豪NZ
途上国
ブラジル
移行経済国
ロシア
世界
−
−
1,512
1,746
1,883
13,958
20,463
26,079
33,333
40,420
出所: OECD/IEA, “World Enegy Outlook 2006”November 2006
1990 年比 30 %削減を唱え、各国に法的に拘束力
また、2006 年 9 月には、カリフォルニア州で
のある排出削減目標の設定を目指すのに対して、
「包括的温室効果ガス削減法」が制定され、2020
米国は拘束力のある目標設定に反対し、拘束力の
年までに 1990 年レベルまで同ガスの排出量を削
ない自主的目標の設定とその努力を相互に評価す
減するとした。現在では、30 を超える州が何ら
るための強力で透明なシステムの構築を主張して
かの気候変動対策を立法化していると言われてい
いる。
る。また、自主参加方式の排出量削減制度である
だが、米国も気候変動に無関心なわけではな
い。実は 2007 年の一般教書演説でブッシュ大統
シカゴ気候取引所には、フォード、デュポン、
IBM など 50 企業・自治体が参加している。
領は就任後初めて気候変動対策を打ち出してお
このような動きを受けて、連邦議会でも立法
り、ガソリン消費量を今後 10 年間で 20 %削減す
化の動きがある。上院では 11 月現在、産業分野
ることや太陽光発電、風力発電、原子力発電、バ
別温室効果ガス排出量の設定と排出権取引制度の
イオ燃料の活用を図ることでエネルギーの多様化
法案が審議されている。また、大統領候補の公約
を目指すことを明らかにしているのだ。
を見ると、クリントン上院議員らが 2050 年まで
に 1990 年比 80 %の温室効果ガス削減と排出権取
ポスト京都議定書議論で真価問われる日本の役割
引制度を打ち出している。
米国の場合、連邦政府レベルよりも州政府や
2008 年の洞爺湖サミットでは、主にポスト京
民間企業レベルで気候変動対策が盛んに行われて
都議定書について議論される模様である。議長国
で
日本が指導力を発揮して、米国の気候変動対策に
いる。例えば、2005 年 12 月、北東部 7 州
10
「温室効果ガス地域イニシアティブ」を取り決め、
関する主張と同対策の現状を見極めた上で欧米間
域内の発電所を対象として、2018 年までに 1990
の対立を収め、ポスト京都議定書の実現に向けて
年比 10 %の温室効果ガスの削減を求めている。
積極的な役割を果たすことが望まれる。
10 現在では、10 州まで拡大している。
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2007.12 経営センサー