第5回講義 - 東京大学

表面物理特論 Surface Physics
東京大学 工学部物理工学 大学院工学系研究科物理工学専攻
Graduate School of Engineering, Department of Applied Physics
福谷克之 教授 生産技術研究所 (IIS)
http://oflab.iis.u-tokyo.ac.jp
[email protected]
長谷川幸雄 准教授 物性研究所 (ISSP)
http://hasegawa.issp.u-tokyo.ac.jp
[email protected]
授業の進め方
前半(長谷川が担当、5回)
・表面科学の基礎とイントロダクション
・表面における原子構造
基本的な考え方
回折手法
・超高真空における種々の現象(分子運動論を元にして)
・走査トンネル顕微鏡
採点は、レポート提出による
資料のWEBサイト(仮)、
http://cms.yhasegawa.webnode.jp/授業/表面物性特論/
走査トンネル顕微鏡(STM)
トンネル現象
Binnig, Rohrer, Gerber, and Weibel: Phys. Rev. Lett: 49, 57 (1982)

2 mϕ 
I ∝ V exp − 2
z
h 2 

数mVから
数V(極性は
どちらでも可)
探針
(プローブ)
トンネル電流
z: 試料探針間の距離
φ: 試料と探針の仕事関数の平均
2
2m
: 10.2 /(eV)1/2 ・nm
h2
トンネル障壁の
e-
高さ φ
波動関数の
振幅
φ
電子のエネルギー
E

2mϕ 
z
exp −
h 2 

指数関数的に減衰する
トンネル障壁の幅
a
φが5eVとすると、z の0.1nmの変化
に対して、Iが一桁変化
透過係数
試料表面
距離の変化に対して、トンネル電流が極めて敏感に変化
→ 顕微鏡として使える
eikx
Ae −ikx
Be
ikx
 2 2mϕ
2
T = B ∝ exp −
h


a 

参考: 量子力学の本
1
Si(111)7x7表面
走査トンネル顕微鏡
探針(プローブ)
トンネル電流を一定になるよう
フィードバック制御
しながら表面をなぞる
adatom
corner hole
rest atom
表面の凹凸像、原子像が得られる
unfaulted half
faulted half
アドアトムの原子間隔: 0.77nm
Dimer-Adatom-Stacking fault モデル
(東工大・高柳先生)
試料表面
トンネル電流の電圧依存性
原子の何が見えているの?
I∝
EF
∫ ρ (E + eV )T (E ,V )ρ
tip
sample
(E )dE
E F − eV
フェルミ準位
EF
探針の電子状態
(一定と仮定)
ρ tip (E + eV ), ρ sample (E )
EF
V
フェルミ準位
探針・試料の電子状態密度
T (E ,V ) トンネル確率(透過係数)
tunnel matrix element
試料の
電子状態
エネルギー
走査トンネル顕微鏡(STM):
トンネル電流
フェルミ準位からバイアス電圧分
(×e)の電子状態がトンネル電流
に寄与(左図斜線部)
トンネルの前後でエネルギーを失わない
cf. 電圧が十分に小さい場合には、
フェルミ準位の電子状態が寄与
フェルミ準位あたりでの
電子密度
フェルミ準位あたりのエネルギーを
持つ電子の分布 →
走査トンネル顕微鏡像
電子密度
(状態密度)
物質内での電子の
エネルギー分布
2
電子状態による影響
バイアス電圧の影響(極性)
6.5nm x 6.5nm
探針
試料
探針
試料
H
Si
Si
SiSi
Si
Si
SiSi
EF
EF
V
トンネル電流
トンネル電流
EF
吸着前
EF
V
吸着後
フェルミ準位
シリコン上の水素
フェルミ準位での電子状態が減っている
から、STMでは暗く見える
試料電圧が正
→試料表面の非占有状態
試料電圧が負
→試料表面の占有状態
電子のエネルギー状態
STMによる観察例
積層欠陥
Si(111)7x7 再構成表面
積層欠陥
faulted half (FH)
非占有状態 (試料電圧が正)
unfaulted half (UH)
占有状態 (試料電圧が負)
H. Neddermeyer, Rep. Prog. Phys. 59 701 (1996).
3
走査トンネル分光(STS)
dI/dV
T (E , V ) と ρ tip (E )
EF
V
EF
走査トンネル分光(STS)
微分
トンネル電流
エネルギーに依らないと仮定
バイアス電圧
バイアス電圧
I∝
EF
∫ ρ (E + eV )T (E ,V )ρ
tip
sample
(E )dE
I∝
EF
∫ρ
sample
(E )dE
dI/dVは電子状態
dI dVは電子状態
密度に相当
E F − eV
E F − eV
ρtip (E + eV ), ρ sample (E )
T (E , V )
探針・試料の電子状態密度
トンネル確率
dI
∝ ρ sample (E )
dV
dI/dVを測定することにより試料のDOSを測定できる
走査しながら各点でトンネル電流・バイアス電圧特性を測定
・ 各位置での電子状態密度
各位置での電子状態密度
・ 各エネルギー値での電子状態密度分布像
各エネルギー値での電子状態密度分布像
Si(111)7x7表面
測定例
adatom
corner hole
rest atom
unfaulted half
faulted half
アドアトムの原子間隔: 0.77nm
Dimer-Adatom-Stacking fault モデル
(東工大・高柳先生)
Si(111)7x7表面
表面
4
表面での電子定在波
観察例
energy (eV)
電子の波の観察
(Cu(111)表面のSTM像)
E (k ) =
1.0
h2k 2
+ E0
2m∗
0.8
0.4
EF
0
表面層に捕われた電子
表面電子状態
(金や銅の表面など)
-0.4
-2.0
波の間隔: 1.4nm
STM測定時の試料バイアス電圧: +1V
トンネル電流: 200pA
電子が波の性質
電子が波の性質を持つことの直接証明
波の性質を持つことの直接証明
-1.0
0
1.0
2.0
3.0
k// (nm-1)
Si(111)-√3×√3-Ag表面
でのdI/dV像
dI/dV像から求められたエネルギー
分散関係
磁場中での超伝導体
走査トンネル分光の測定例
磁場により超伝導は壊れる
T > Tc
T < Tc (Tc: 臨界温度)
臨界温度
1.2 K
Conductance [nS]
70
60
type I
50
vortex
40
30
20
10
0
-4
-3
-2
-1
0
1
2
3
4
type II
Bias voltage [mV]
dI/dVスペクトル(実験値)
スペクトル(実験値)
第Ⅱ種超伝導体
超伝導転移温度: 7.2 K
超伝導ギャップ: 1.3 meV
電荷密度波(CDW)転移:33 K
単位胞の大きさ : 0.345 nm
超伝導ギャップの測定
2H-NbSe2
H < Hc1
Meissner 効果
Meissner state
Hc1 < H < Hc2
vortex state
H > Hc2
Hc1: 下部臨界磁場
Hc2: 上部臨界磁場
5
ZBC mapping @ 0.10 T vol.2
磁場中での超伝導
アイランド
Pbアイランド
ZBC mapping @ 0.13 T vol.2
ZBC mapping @ 0.15 T
25
25
25
20
20
20
15
15
15
10
10
10
5
5
5
ZBC mapping @ 0.2 T
ZBC mapping @ 0.25 T
25
25
20
20
300 nm
15
15
3.0
10
dI/dV [nS]
10
2.0
5
0.5 T
0.6 T
0.0 T
0.6 T
0.9 T
1.0
5
ZBC mapping @ 0.27 T vol.2
ZBC mapping @ 0.30 T vol.2
ZBC mapping @ 0.35 T vol.2
25
25
20
20
20
0
-8
-4
0
4
8
15
15
sample bias [mV]
15
10
磁場をかけると超伝導が壊れる
10
量子化された磁束の侵入
10
5
原子マニピュレーション
探針
電子の囲い込み
探針を
使って
原子を
一つ一つ
移動
原子
IBM Crommie, Lutz, Eiglerによる
による
銅表面上に48個の
原子を並べる
6
問題
Cu(111)面上で48個のFe原子に閉じ込められた電子の
状態密度を考える。
Cu(111)表面の電子は、表面上で2次元状に閉じ込めら
れており、その有効質量はm=0.38me (meは自由電子の質
量)である。 48個のFe原子で囲まれた領域は半径
R=7.13nmの完全な円であるとし、そのポテンシャルV(r)は、
円内でE0=-0.44eV、円外で∞とする。
浸み出しの無い円形の量子井戸での波動関数を、次
ページ以降を参考にして、2次元のシュレディンガー方程
式を解いて求め、以下の問いに答えよ。
|2の概形を書け。
(1) 基底状態の波動関数φ1を求め、 |φ1
(2) エネルギーの低い方から4番目の波動関数φ4を求め、 |φ4|2の概形を書け。また
そのエネルギーを求めよ。
(3) 上のSTM像は、エネルギーE=0での状態密度を表わしている。実際には、装置
のエネルギー分解能から判断して、 |E|<25 meVのエネルギーを持つ状態がそ
の結像に寄与していると考えられる。上のSTM像に寄与している波動関数を求
めよ。
この式をρ = kr として、変数変換すると、
 2 ∂2
∂
2
2 
 ρ ∂ρ 2 + ρ ∂ρ + ( ρ − l )  R( ρ ) = 0


問題(参考)
2次元のシュレディンガー方程式は、極座標で以下のように書ける。
−
h2  ∂2 1 ∂ 1 ∂2 

ψ ( r , θ ) + V ( r )ψ ( r , θ ) = Eψ ( r ,θ )
+
+
2m  ∂r 2 r ∂r r 2 ∂θ 2 
ここで、m はCu表面電子系の有効質量で、 m=0.38me (meは自由電子の質量)で与えら
れ、ポテンシャルV(r)は、
 E = −0.44 eV (r ≤ R = 7.13 nm)
V (r ) =  0
∞
(r > R)

と表わされる。
変数分離より ψ (r , θ ) = R (r )Θ(θ ) とすると、 − Θ′′ / Θ は定数となるから、 Θ = eilθ (lは0以
上の整数)となる。Rの方程式は、
 ∂ 2 1 ∂ 2m ( E − E 0 ) l 2 
 ∂2 1 ∂
l2 
− 2  R (r ) =  2 +
+ k 2 − 2  R( r ) = 0
 ∂r 2 + r ∂r +
h2
r 
r ∂r
r 

 ∂r
となる。ここで、エネルギーEでの電子の波数をkとして、 k 2 = 2m( E 2− E0 ) の関係を用い
h
ている。
原子ワイヤー上の電子
となり、その解はベッセル関数Jl(ρ)で与えられる。
下の表は、ベッセル関数Jl(x)(l は0から8まで)の値がゼロとなるときのxの値を列
挙したものである。
一次元の井戸型ポテンシャル
N. Nilius, T.M. Wallis, and W. Ho, J. Phys. Chem. 109, 20657-20660 (2005)
7
非弾性トンネル分光
単一分子による化学反応
2つの C6H5I
分子から、
C12H10 分子
を作る
(inelastic electron tunneling spectroscopy)
非弾性→エネルギーが保存されない
フォノン、原子振動、スピン反転…
励起に伴うエネルギー損失が測定可能
弾性
非弾性
d2I/dV2にピーク
Hla et al., Phys. Rev. Lett., 85, 2777, 2000
アセチレン分子の振動測定
原子の振動
アセチレン分子
エネルギーを与えると、
C-H間で振動
D
k
ω=
角振動数
m
k: ばね定数
m: Hの質量
エネルギー hω を与えると、
振動が励起(量子化)
D
266mVでのd2I/dV2像
k
ω=
m
HとD(重水素)では重さが違うので、
振動数が異なる
8
Mn原子のスピン反転
スピン反転
A. J. Heinrich, et al. Science, 306, 466 (2004)
スピンを磁場中に
置くと、上向きと下
向きでエネルギー
が分裂
酸化膜
NiAl表面
ゼーマンエネルギー: gµBH
µB = 57.9 µeV/T ボーア磁子
g = 2.0023
Mn: S=5/2
g = 2.01 ± 0.03
酸化膜上のMn原子
g = 1.88 ± 0.02
ゼーマン分裂に相当するエネルギーを与えると反転
スピン間相互作用
s= 1/2のスピンが2つ結合した場合
H = JS1 ⋅ S2 = JS1xS2x + JS1yS2y + JS1zS2z
2個のスピンの場合
3層目
J
= JS1zS2z + (S1+S2− +S1−S2+ )
2
S をベクトルでは
なく演算子として
考える
昇降演算子 (量子スピン)
S± = S x ±iS y
↑↑
↑↓
↓↑
↓↓ に対する行列
1



J  −1 2

2 −1 
4


1

Co2+(S=1/2)の
一次元鎖が形成
エネルギー・固有関数を求めると、
J
4
ハイゼンベルグ交換相互作用
コバルトフタロシアニン
cobalt phthalocyanine
−
一層目のCoのスピンは基板との相互作用により消滅
Chen et al. Phys. Rev. Lett., 100, 197208 (2008)
3J
4
↑↑ ,
( ↑↓
↓↓ ,
− ↓↑
)
( ↑↓ + ↓↑ )
2
3重項
2
1重項
J > 0: 反強磁性的
反強磁性、J=18meV
9
J
スピン1/2が3個の場合
スピン演算子
J
↑↑↑ , ↑↑↓ , ↑↓↑ , ↓↑↑ , ↑↓↓ , ↓↑↓ , ↓↓↑ , ↓↓↓
3個のスピン
に対する行列
スピン1/2の場合
1
1
Sz ↑ = ↑ Sz ↓ = − ↓
2
2
1

 0 1



 1 −1 1



1 0
J


0 1
2


1 −1 1 


1 0 


1

昇降演算子
S+ ↑ = 0
S+ ↓ = ↑
S− ↑ = ↓
S− ↓ = 0
(
J
J
J
H ↑↓ = JS1zS2z ↑↓ + (S1+S2− + S1−S2+) ↑↓ = − ↑↓ + 0+ ↓↑
2
4
2
)
一般に、スピン状態がSの場合
m= −s, −s +1, K, s −1, s
エネルギー
固有関数
(
3個のスピン
↑↑↑ , ↑↑↓ + ↑↓↑ + ↓↑↑
J
2
( ↑↓↓
+ ↓↑↓ + ↓↓↑
0
( ↑↑↓
− ↓↑↑
−J
( ↑↑↓
− 2 ↑↓↑ + ↓↑↑
Sz m = m m
S± m = s(s +1) −m(m±1) m±1
4個のスピン
)
)
)
3,
3 , ↓↓↓
(
2 , ↑↓↓ − ↓↓↑
)
2
4個のスピン
)
(
6 , ↑↓↓ − 2 ↓↑↓ + ↓↓↑
)
6
3個のスピン1/2が結合している場合
J
J
J
H = JS1zS2z + (S1+S2− + S1−S2+) + JS2zS3z + (S2+S3− + S2−S3+) + JS3zS1z + (S3+S1− + S3−S1+)
2
2
2
問題
基板上にスピンs=1/2を持つ磁性原子が3つ置かれており、
その間の相互作用がJ(>0、反強磁性的)で与えられるとする。
このとき、これらの原子上で測定される、走査トンネル顕微鏡
(STM)の非弾性トンネル分光によるスペクトルについて考える。
↑↑↑ , ↑↑↓ , ↑↓↑ , ↓↑↑ , ↑↓↓ , ↓↑↓ , ↓↓↑ , ↓↓↓ を基底とする行列
J
3

 −1 2 2





2 −1 2


2 2 −1
J


−1 2 2
4


2 −1 2



2 2 −1 


3

J
スピン系のハミルトニアンは
H = J(S1 ⋅ S2 +S2 ⋅ S3 +S3 ⋅ S1)
で与えられるとして以下の問いに答えよ。
J
(1) ↑↑↑ , ↑↑↓ , ↑↓↑ , ↓↑↑ , ↑↓↓ , ↓↑↓ , ↓↓↑ , ↓↓↓ を基底としたときの行列を求めよ。
(2)エネルギー固有値(縮重度も含めて)、固有ベクトルを求めよ。
(3)トンネル分光スペクトルdI/dVに段差が現れるバイアス電圧値を求めよ。
(4)磁場を印加したとき、段差がどうなるか議論せよ。ただし、トンネル分光における
選択則は考えず、基底状態から全ての励起状態への励起が起こるものとする。
エネルギー
3
J
4
−
3
J
4
( ↑↑↓
( ↑↑↓
J
J
固有関数
(
↑↑↑ , ↑↑↓ + ↑↓↑ + ↓↑↑
( ↑↓↓
J
+ ↓↑↓ + ↓↓↑
)
)
+ ω ↓↑↑ )
)
3,
(
(
+ ω ↑↓↑ + ω 2 ↓↑↑
3 , ↑↓↓ + ω ↓↑↓ + ω 2 ↓↓↑
+ ω ↑↓↑
3 , ↑↓↓ + ω 2 ↓↑↓ + ω ↓↓↑
2
磁場により4つに分裂
3 , ↓↓↓
)
)
3
磁場により2つに分裂
3
10
走査トンネル顕微鏡(STM)
・表面の原子構造
・電子状態
・原子マニピュレーション
・非弾性トンネル分光
分子振動
スピン反転
スピン間相互作用
・スピン偏極STM
ナノスケール・
原子スケールでの
空間分解能
11