Vol. 12 第 12 号 平成21年6月25日発行 まちの記憶と木の記憶−景観樹木とともに 昨年度、蘇武橋沿いのエノキの樹木の再生をめざし て、勉強会や検討会、そして再生措置工事を行ってき ました。今までエノキのお世話をしていただいた皆様 方、エノキの調査をしていただいた日本樹木医会奈良 県支部の皆さん、橿原市の都市計画課景観室の皆さん 樹勢回復のための 治療が行われた 蘇武橋のエノキ などとの連携と協力により、一歩、一歩、体制づくり が進められています。本年度、景観法による「景観重 要樹木」の指定に向けて準備をしています。 と、今井町とともに生きてほしい。一緒に生きていけ ないか。 今井町という町の記憶は、町並み、伝統的な町家に 残っているだけでなく、現在、私たち自身が先人たち から受け継いでいる習慣や暮らし、意識や気質などに 伝えられています。おそらく重要文化財として存在す る町家には建物そのものだけでなく、300年、400 年といった時の流れとともに、今井町の歴史や暮らし の記憶が保存されているのではないでしょうか。 エノキの再生は、今井町の再生 ひとつの樹木の再生は、今井町の再生につながって います。 そんな思いの集約が、「景観重要樹木」の再生とい うことにつながっているのではないかと思われます。町 家の再生や町並みにおける道路や設備が整えられるこ 蘇武橋のエノキの樹木もまた、今井町を400年に とは、ひとつには、今井の再生といえるでしょう。しか 渡って見続け、見守り続けてきたといえます。戦国期 し、それは本当の意味での今井の再生ではありませ から江戸期へ、今井町が栄えた時代から明治期へ、そ ん。そこに住まい、暮らす人々がより活き活きとし、町 して、昭和、平成へ、周りの風景や環境が目まぐるし 家や設備が現代に活用されること。そして、今井町を く変化し、エノキの周辺もまた、ずいぶん様変わりし 成立させてきた歴史文化的な記憶が継承され、私たち ています。時には、大きな台風、災害や大規模な道路 がそれらの要素を経験し、身体化できること。またでき 工事などエノキを取り巻く環境も決して良好なものば る環境を再生産することではないかと思います。 かりであったとはいえません。 つまり私たちの中に、今井町という記憶が息づくこ とだと思います。今井町の価値は、歴史文化的な町家 しかし、今まで、木が残った。生きてきた。という 事実。 と町並みを有することでは決してなく、私たち自身が それらと共存し、現代的な暮らしと苦労を重ねて、折 り合いをつけ、生活しているところにあると確信しま これは、今井町そのものであるともいえます。今井 す。 町とは何か?どんな答えが返ってくるのでしょうか。 私たちNPOは、この景観重要樹木の再生を関係各 重要文化財や美しい町並み、自治の精神?今井宗久の 位との連携、協力を得て進めたいと考えています。ま 茶の文化?どれもまた今井町を成立させている要素の た本年度も上記の目的を達成するべく、様々な事業に ひとつであるといえます。そして、このエノキの大木 取り組んでいきたいと思います。どうかご支援、ご協 もまた、今井町であり、今井町を象徴するものであり 力賜りますようお願い申し上げます。 ます。今井町とともにあるエノキを、これからもずっ (理事長 上田琢也) 『まちづくり人』講習会報告 第20回「今井町の可能性」 −若者に学ぶ∼卒論から ◇日時 平成21年3月29日 (日) 午前1 0時∼1 2時 ◇場所 今井まちなみ交流センター・華甍 ◇趣旨 今年も今井町をテーマに、多くの学生が卒業論文を作成しました。そのうちの何人 かは、今井町での活動にも参加し、特定非営利活動法人今井まちなみ再生ネットワークの会 員にもなっています。そこで、「今井町の何に関心があるのか」「若者たちに関心を抱かせる 今井町とは何か」を共に考えるため、5名の方に卒業論文の概要を説明していただきました。 今井町観光客 アンケート調査から 久保淳史さん(松山大学大学院) 今井町の観光に関する来訪者 の意識調査を、今井町自治会・今 井町町並み保存会・NPO法人今 井まちなみ再生ネットワーク・今 井町並保存整備事務所などの協力を得て、2008年10月 29日 (水) ∼11月4日 (火) 及び11月22日 (土) 『今井町を見 る食べる会』参加者対象に実施した。8日間で269枚の 回答を得た。回答者の属性は、年齢は、50歳代・60歳代 が多く、居住地は奈良県内、大阪府で約半分、交通手段 今井町から学ぶ ー その視線と意味 嶋田有希さん(仏教大学) は近鉄電車が6割を占める。滞在時間は1時間から2 時間で、日帰りが多いことがわかった。情報の入手につ いては、市販本・口コミが多い。また、入町料の徴収を することについては、賛成の意見が多かった。満足度 も、非常に満足・満足で約92%であった。 この結果を参考に、これから分析していきたいが、今 私が考えている今井町の未来の観光のあり方として、住 民が楽しんで取り組める観光、観光客の為に住民が犠牲 にならない観光、住民が誇れる町=観光客が訪れたい 町、町の歴史・文化・生活を感じられる観光、「よそ 者・ばか者・若者・女性」の取り組みがキーワードとな り、今井町こそが『真の観光地』と称されるような先例 づくりを推進すべきだと思います。 歴史的町並みを残す今井町に おいて、地域のために活動する住 民組織の実態を知るべく、特定非 営利活動法人今井まちなみ再生ネ ットワークへ参加させていただいた。本ネットワーク は、先人の方々が残していった今井町の価値をさらに高 めたいという想い、そして現状として、空き地・空家が 100件以上あり、まちの活性化を阻んでいる現実を前 に、このままではコミュニティを維持できないのではと いう危機感から現状打破を目的に立ち上げられた組織。 事業の主な内容は、空き地の調査・サブリース事業・ 空家の賃貸や売買の橋渡しである。 活動を通して空き地・空家が出来る原因の一つに、都 市移住・若い人が町家様式に馴染めないということが明 らかとなり、昨年9月からガイドラインの作成(町掟) が進められている。その会議に私も参加させていただい た。「何を載せるか」、 「大きさはどうするか」など話し 合いが行われた。「今井町掟」はこのような話し合いを 経て徐々に完成されつつある。町掟を通して、現在今井 に住んでおられる方、そうでない方・今井に興味を持っ ておられる方にとって役立つものとなり、今井がより住 みよいまちになっていったら良いと願っている。 歴史的町並みを活かしたまち づくりにおける市民活動の多 様な取り組みと地方自治体の 役割についての事例比較研究 ―奈良町と今井町に学ぶー 二十軒起夫さん (龍谷大学大学院・ 社団法人奈良まちづくりセンター) 1970年代頃から、それまでの経済活動重視型のまち づくり(都市開発)に対して、生活環境を重視し、歴 史的環境に着目した住民主導の新たなまちづくりの動 きが全国各地に現れてきた。このような新しいタイプ のまちづくりは「持続型まちづくり」と呼ばれ、今、 次第にまちづくり活動の主流になりつつある。地域の 個性に注目し差別化をはかることにより、地域を活性 化し住みよい町を作っていくためのコンセプトや手法 が数多く提案されている。そして、それぞれの地域に 応じた多様な活動が個性的な形で展開されており、私 は「地縁型住民組織」や「NPO型市民組織」、ある いはこれらの組み合わせ型に分類して考察した。その 事例として、奈良町(奈良市)と今井町(橿原市)を 取り上げ比較調査を行った。住民セクターの活動の主 体は、自治会に代表される「地縁型住民組織」を主体 とする今井町と、幅広い市民による「NPO型市民組 織」が関わり合う奈良町という大きな違いがある。ま た、行政セクターの取り組みにおいても、柔らかい 「住民合意形成型」の奈良町、市長の強力なリーダー シップで伝建地区制度をフルに活用した「文化財保存 型」の今井町と大きな違いがある。そこで、今井町に おいては、強力な地縁型住民組織を活かしながら、同 時に幅広い市民が参画できるような開放されたNPO の活動の場づくりが必要であると考えている。 重要伝統的建造物群保存地区 における空き家利活用 方策に関する研究 後藤将人さん(日本大学大学院) まず、空き家利活用方策の全国的状況及び詳細調査 事例(函館市、金沢市、橿原市今井町、八女市)を調 査した。行政主導、民間主導、及び行政民間協働のケ ースが見られるが、民間組織単体では推進力が欠ける ために、行政の積極的参入による既存の民間組織同士 の関係性の強化とともに、公社等多様なセクターと連 携し、役割分担を明確にすることが重要であることが わかった。 次に行政の支援策であるが、民間組織が中心とな り、空き家化した伝統的な建物を利活用することは、 行政等の補助金を用いても収益事業として成立しにく い状況であり、そこで、行政の空き家に対する重点的 な補助金制度の設置とともに、協議期間の短縮などが 必要である。 最後に空き家における文化財的価値の維持・向上の 方策であるが、新規居住者の地域への定着のために、 自治体の条例等により利活用方策の方針を示したルー ルを定めることの可能性を上げた。 重要伝統的建造物群保存地区 の空き家利活用方策に取り組む組 織・活動等の調査を踏まえ、行政 主導型、民間主導型と行政民間協働型に分類しその問 題点を整理、空き家利活用方策を提案 空き家等利活用方策に関する先進事例の整理 重伝建地区における空き家利活用方策を推進するた め、①空き家利活用方策に取り組む際に求められる組 織体系②空き家化した伝統的な建物の利活用における 行政の支援策③文化財的価値の維持・向上のための空 き家利活用方策について、実態分析をふまえ、得られ た知見を現行制度による実現性および課題について検 討した。 重要伝統的建造物群保存 地区制度の評価 ー 橿原市今井町を事例として 井上純一さん(京都大学大学院) 本研究は、伝統的建造物群保 存地区制度の現状を把握し、生活 持続型文化財保護としての位置づ けから検討するため、改修における課題を抽出し、改 善案とサポート体制について模索した。まず、現状で あるが、観光型文化財保護を主体とする伝建地区にお いては、一定の成果があったが、住居として使ってい る伝建地区(生活持続型文化財保護を主体とする伝建 地区)では、地方部は過疎化、大都市圏では旧市街地 空洞化により衰退をしており、生活持続型文化財保護 に不可欠な改修における課題の抽出と改善策の模索を 今井町を事例として行った。 改修を経験した住民を対象にヒアリングを行った。 ヒアリングの結果、改修時における住民負担は次の4 つに分類される。①伝建地区制度が原因…制度の枠組 み、規制に基づくもの②制度運用が原因…実際制度が 運用される時点(建造物の改修時)におこるもの③行 政の不対応が原因…制度を円滑に運用することをして いない④サポート体制の不備…改修を円滑に進めるた め必要と思われるサポート体制の不備である。 伝統的建造物の改修の促進により、生活持続型文化 財保護が可能となるが、改善策やサポート体制の充実 化についてはこの論文では指摘したにすぎないため今 後の課題だと思われる。 今井の緑をまもるお手伝い、皆様とともに 日本樹木医会奈良県支部 「日本樹木医会奈良県支部」は、現在女性1名を含 り根にとってとても息苦しい環境になっていました。 む計25名の樹木医で構成する組織です。活動地域は いろいろと工夫をしながら根にとって生活しやすい土 主に奈良県を中心に大阪・京都にも及びます。その活 壌に改良しました。新しい根が発生し、巨樹のエノキ 動内容は巨樹や古木の保護・治療を行いまた、一般家 にとって必要な水分・養分を充分吸収して枝先、葉先 庭の庭木の管理指導も行っています。 まで送り届けてくれるでしょう。根が伸びている全域 県内には各市町村の保護樹などに多くの種類の樹木 の土を一度に掘り返すと樹木にとって負担が大きすぎ が指定されていますが、必ずしもその「保護」の方法 るので今回は全体の1/4だけ行いました。残りは今 は適切なものではありません。近くの神社・仏閣のご 後2∼3年かけて行う計画です。 神木やご聖木などを観てください。枯枝が多く見つか 今井町の町並みから見ると、町家内に庭木が少ない り、樹の幹は腐れが見つかりませんか。そして硬いサ ように見受けられます。低い庭木が多く、背の高い木 ルノコシカケや軟らかいキノコが発生していません が少ないのか、防火上少ないのか樹木医の立場からい か。雨の日には株元に水が溜まったり、表土がカチカ ろいろ調べてみると何か見つかるかもしれません。見 チに堅くなっていたり、株元まで舗装がされていませ 学者に建屋だけを観ていただくのでなく、庭を含めた んか。このような樹木の外観や植えられている環境か 「家」全体を開放して「今井町」を評価していただく らだけでも樹木の健康状態がある程度判断できます。 ことも今後必要になってくるかと思います。その時、 「蘇武橋のエノキ」もこれらの点から観察すると相 我々樹木医として何かお役に立つことがあれば、いつ 当重症な状態で早期長期治療が必要なことに気が付か でも協力させていただきます。 れていたでしょうか。枯れた枝はもう活きかえりません 町内には寺々に植えられている木々も日当たりが悪 ので切り取り、幹の腐朽部は腐りが進行するのを遅ら くなり病虫害が発生し樹勢の弱ってきているのが見ら す治療を行いました。また、根は樹木にとって大切な れます。街中の緑として重要な木々でもあります。適 養分・水分を吸収する器官です。「蘇武橋のエノキ」 切な保護が必要かと思います。住民の方々、NPOの は根元近くまで舗装され、広い範囲の土中深く水や空 皆様と一緒に緑を守りましょう。 気が充分に入っていかない状態になっていました。 治療のため土を掘り返すと大きな石ばかりではな く、コンクリート壁や何層ものモルタルなどが見つか 月ヶ瀬「白髪の梅」治療状況 会員募集中 今井町に住みたい人 募 集 し て い ま す 本会の事業主旨にご賛同い ただき、本会にご入会を希 望される方は、下記までご 連絡ください。 お待ちしています。 今井町が好きで、今井町に住んでみたい と思っている方を募集しています。まず は「まちあるき」から。今井町の「今」を 知っていただき、さらに関心を持ってい ただけたら、私たちが責任を持ってコー ディネートいたします。ウェブサイトで もご案内中です。 NPO法人今井まちなみ再生ネットワーク TEL 0744-29-0050 E-mail:[email protected] http://web1.kcn.jp/imaisaisei-net 蘇武橋のエノキの再生にご協力いただいている日本樹木医会 奈良県支部より、中嶋啓二支部長様、藤原直孝事務局長様、 石井良易監事様がNPOの会員になっていただいています。 治療後 私たちNPOは4年目を迎えます。慌ただしく、瞬く間に過ぎた3年 間の経験。しっかりと評価し21年度につなげていきたいと思います。 特に若い世代の会員加入が増えていることがうれしいです。空き家対 策の取り組みとともに、今後の今井町のビジョンを積極的に提示し、事 業化する。そういうNPOでしかできない活動をしていきたいと思いま す。ご支援よろしくお願いいたします。(T) イラスト 島田アツヒト
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