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かゆみの基礎知識
Basic Knowledge of ltch
東京大学医学部附属病院麻酔科・痛みセンター 病院講師
関山 裕詩
Hiroshi Sekiyama
かゆみに特異的,選択的な経路の同定,かゆみ中枢のイメージング,さらには治療
薬についても中枢性掻痒に対する選択的κ受容体作動薬 TRK-820(nalfurafine)の
有効性などかゆみに関する新しい知見が集積しつつある.本稿では「かゆみ」の現状
について概観し,当施設での取組みについても報告する.
はじめに
かゆみは日常の診療現場で頻繁に遭遇する患者愁訴の
大別される3).代表的病態としては,前者ではアトピー
性皮膚炎や接触性皮膚炎などの皮膚科疾患に伴うかゆみ,
1 つである.かゆみは重篤な症候ではないものの,患者
後者では腎透析や肝硬変などの全身性疾患に伴うかゆみ
QOLを確実に低下させ,掻破行動はさらなるかゆみの原
が挙げられる.さらに,帯状疱疹後神経痛や多発性硬化症
因をもたらす.そのため,かゆみや掻破行動の制御は重
など神経障害により生じる神経障害性掻痒(neuropathic
要である.麻酔科・ペインクリニック領域における代表
itch),寄生虫症妄想(delusions of parasitosis)やうつ
的掻痒としては,周術期の薬剤性掻痒やneuraxial opioid
病に伴う心因性掻痒などがある(表 1 )4, 5).
によるかゆみ,あるいは帯状疱疹後神経痛に伴う神経障
害性掻痒(neuropathic itch)などが挙げられる1).かゆ
みには末梢性と中枢性が存在するものの,その発症メカ
ニズムは複雑多岐であり,未だ不明な点も多い.
本稿では「かゆみ」の現状について概観し,施設での
取組みについても報告する.
かゆみの経路とメディエータ
一般的に,末梢性のかゆみは,表皮真皮境界部に存在
する一次求心性ニューロン C 線維の自由終末が物理的あ
るいは化学的刺激により活性化され,脱分極を起こす.
近年のマイクロニューログラフィによる研究によれば,
かゆみを特異的ではないものの選択的に伝えるヒスタミ
かゆみの定義と分類
ン反応性 C 線維が存在し,痛みを伝達する神経線維とは
かゆみは皮膚や粘膜を掻破したくなるような不快な感
異なることが明らかになってきた 6, 7).末梢で起こった神
覚と定義される(Haffenreffer Sによる,1660)2).一般に
経興奮はこのような C 線維から脊髄後角で二次ニューロ
かゆみは,表皮真皮境界部に存在する一次求心性ニュー
ンに伝わり,脊髄視床路を上行し8),大脳皮質の感覚野
ロンC線維の自由終末が,ヒスタミンをはじめとするメ
に伝達される.最近の脳機能イメージング研究により,
ディエータによって刺激されることにより生ずる末梢性
かゆみ刺激で活動する脳部位が明らかになりつつある.
掻痒と,内因性オピオイドペプチドがメディエータとなり
かゆみの認知に,帯状回,島,一次体性感覚野が,掻破
オピオイド受容体と結合することで起こる中枢性掻痒に
行動に運動野と運動前野が関与しているとされる 9, 10).
Anesthesia 21 Century Vol.10 No.3-32 2008 (1983) 61
かゆみを誘発する刺激としては,電気的刺激,機械的
Itch-scratch cycleとかゆみ過敏
かゆみは皮膚疾患のみならず全身性疾患に伴うことも
刺激,温熱刺激などの物理的刺激と,メディエータによ
る化学的刺激に分類される.代表的起痒物質の 1 つに,
多く,かゆみに伴う掻破行動が二次的な皮膚病変を形成
マスト細胞に含有されるヒスタミンがある.H1受容体
することから,その抑制対策が重要となる.掻破は機
を介し C 線維を興奮させる.この他にも,セロトニン,
械的侵害刺激であり,痛み刺激である.この痛み刺激が
アセチルコリン,アラキドン酸代謝物であるプロスタグ
かゆみを抑制する.掻痒という欲求を充足する一方で,
ランジンやロイコトリエン,神経ペプチドであるサブ
itch-scratch cycle 11)という悪循環をもたらす.かゆみ
スタンスP(SP),サイトカイン,神経成長因子(nerve
による掻破は,①皮膚バリア機能を破壊させ,②IL-1や
growth factor:NGF),プロテアーゼ活性化受容体-2
TNF-αなどの炎症性サイトカインを放出し,③軸索反
(proteinase activated receptor-2:PAR-2)を活性化す
射により,一次求心性 C 線維を逆行性に,サブスタンス
るプロテアーゼ,そして一酸化窒素(NO)などが挙げ
P(SP)などの起痒物質を遊離させる.SPは,ニューロ
られる(表 2 )4, 5).
キニン-1受容体(NK-1受容体)を有する血管内皮細胞,
表 1 かゆみの分類(文献 4 ,5 より引用・改変)
分類
主なメディエータ
疾患
主な治療
皮膚疾患に伴う掻痒(末梢性掻痒)
ヒスタミン
サイトカイン
アトピー性皮膚炎
蕁麻疹
接触性皮膚炎
抗ヒスタミン薬
抗炎症薬
ステロイド
全身性疾患に伴う掻痒(中枢性掻痒)
内因性オピオイド
慢性腎障害
肝硬変
硬膜外腔,くも膜下
腔オピオイド投与
ナロキソン
κ-オピオイド作動薬
神経障害性掻痒
サブスタンスP
帯状疱疹後掻痒
多発性硬化症
脳血管障害
カプサイシン
ガバペンチン
心因性掻痒
セロトニン
ノルアドレナリン
寄生虫症妄想
嗜好的掻破行動
うつ病,ストレス
抗うつ薬,抗不安薬
表 2 かゆみにかかわる主なメディエータ(文献14,15より引用・改変)
メディエータ
62
機能
ヒスタミン
H1受容体を介しC 線維を興奮させる.
セロトニン
5HT3受容体が関与.
アセチルコリン
M3ムスカリン様受容体が関与.
プロスタグランジン
単独では起痒効果は弱いものの,かゆみ閾値を低下させる.
ロイコトリエン
ロイコトリエンB4がかゆみに関与.
サブスタンスP
軸索反射により逆行性に神経終末から遊離.ニューロキニン1受容体(NK-1受容体)を有
するマスト細胞,血管内皮細胞,ケラチノサイト,ランゲルハンス細胞などに作用し,炎
症を増幅(神経原性炎症)
.
プロテアーゼ
トリプターゼやキマーゼなどのプロテアーゼはPAR-2(proteinase activated receptor-2)
を活性化しかゆみに関与.
サイトカイン
TNF- α,IL- 1,IL- 2,IL- 8などが関与.
ニューロトロフィン
かゆみ過敏での一次感覚神経の表皮内への伸展は,NGFが TrKA受容体を介した作用による.
一酸化窒素(NO)
ケラチノサイト由来のNOがかゆみ増強因子として作用.
(1984) Basics
マスト細胞,ケラチノサイト,ランゲルハンス細胞など
圧刺激などを感知することが判明している.これまで
に作用し,炎症を増幅させる.これは神経原性炎症とよ
痛みのターゲットとして注目されてきたが,かゆみメカ
ばれ掻痒を増悪させる.この点からも掻破の抑制が臨床
ニズムにも関与する可能性が示唆されてきている.カプ
的に重要となる.
サイシンや43℃以上の熱刺激に反応するTRPV1(TRP
痛みとかゆみは C 線維を介して上位に伝達される知覚
vanilloid receptor 1)作動薬の局所投与はneuropathic itch
として類似点がある一方,痛み刺激はかゆみの伝達を
に有効とされる14, 15).また古くから局所冷却やメントール
抑制するが,痛みを抑制するオピオイドはかゆみを誘
が止痒効果を生じることはよく知られていた.これはと
4)
発するという逆説的な関係にもある .痛みでは神経障
もに 8 ∼28℃の温度刺激に反応するTRPM8(transient
害性疼痛において,アロディニア(allodynia,通常痛み
receptor potential melastatine)チャネルを活性化し,か
を誘発しない程度の刺激によって痛みを生じること)や
ゆみを抑えていると考えられる14, 15).
痛覚過敏(hyperalgesia,弱い痛み刺激でより強い痛み
を起こすこと)はよく遭遇する症候である.かゆみにお
かゆみとオピオイド
いても類似した現象が存在する.アトピー性皮膚炎患者
中枢性掻痒にはオピオイド受容体が関与する.オピオ
などの慢性掻痒患者では,末梢性および中枢性に感作が
イド受容体サブタイプとしてはμ,δ,κ,ORL-1受容体
生じ,掻痒閾値が低下し,かゆみ過敏状態にあるといえ
が存在する.一般的に,μ受容体の賦活化はかゆみを生
る.アロネーシス(alloknesis)は本来かゆみをもたらさ
じ,κ受容体の活性化は止痒効果をもたらす 16, 17).胆汁
ない刺激によりかゆみが起こること,ハイパーネーシス
うっ滞性掻痒や慢性腎不全患者の難治性掻痒,そして術
(hyperknesis)はヒスタミンなどのかゆみ刺激がより強
後鎮痛などに用いられるneuraxiral opioid によるかゆみ
12)
いかゆみを生じさせることをいう .アトピー性皮膚炎
も中枢性のμ受容体の賦活化によると考えられる.選択
患者の皮膚病理像では表皮肥厚や一次感覚神経の表皮内
的κ受容体作動薬TRK-820(nalfurafine)は,これまで
への伸展が認められる.これはケラチノサイトから遊離
有効な対処法がなかった血液透析患者のかゆみを有意に
されるNGFがチロシンキナーゼA(tyrosine kinase A:
改善し,実用化が期待されている18).
TrKA)受容体を介した作用とされる13).
TRPチャネルとかゆみ
東京大学附属病院麻酔科・痛みセンターに
おけるかゆみ治療の現状
TRP(transient receptor potential)チャネルは主と
当施設ではα2 アドレナリン受容体作動薬(以下,α2
して一次感覚神経で発現する陽イオンチャネルで,ここ
作動薬)であるクロニジンをクリーム製剤化し,帯状疱疹
十数年で次々とクローニングされている.種々の化学物
後神経痛などの疼痛管理に臨床使用してきた(図 1 )19)
質刺激に加えて,温度刺激,侵害刺激,機械刺激,浸透
また,α2 作動薬の局所投与がもたらす鎮痛効果につい
図 1 クロニジンクリーム
Anesthesia 21 Century Vol.10 No.3-32 2008 (1985) 63
て,神経障害性疼痛,炎症痛,術後痛の各種疼痛モデル
した 22).さらにマウス末梢性掻痒モデルにおけるデクス
において検討したところ,神経因性疼痛における有効性
メデトミジンの止痒効果には,脊髄あるいは脊髄上位の
を明らかにした.また神経因性疼痛モデルにおいて誘導
いずれのレベルが関与するのか,またα2A,α2B,α2C
されたc-Fos陽性細胞がクロニジンクリームにより抑制
のうちいずれのサブタイプが関与するかを検討したとこ
されることも明らかにした 20).
ろ,脊髄α2A受容体が主として関与していることが示唆
一方,われわれはクロニジンクリームが帯状疱疹後神経
された(図 2 )23).
痛に伴うneuropathic itch にも有効であることを経験し
てきた 21).しかし,α2 作動薬の止痒効果の基礎的なエビ
おわりに
最近のかゆみ研究の進歩や動物モデルの開発により,
デンスはほとんどなく,その機序についても不明であっ
た.そこでクロニジンクリームや同じα2 作動薬であるデ
徐々にかゆみの発症メカニズムが解明されつつある.治
クスメデトミジンについて,マスト細胞脱顆粒物質によ
療薬も抗ヒスタミン薬のみならず,各種メディエータを
り引っ掻き行動を誘発させた末梢性掻痒モデルやモルヒ
ターゲットにした薬剤が登場しつつある.今後,さらな
ネ大槽内投与による中枢性掻痒モデルを用い,それらの
るかゆみ研究の進展を期待したい.
止痒効果を行動科学的および免疫組織化学的に明らかに
(B)
脊髄L5/6 くも膜下腔内投与
160
140
120
100
80
60
40
*
20
0
脊髄L5/6くも膜
下腔内投与
腹腔投与
*
*
引っ掻き行動回数(/60min)
引っ掻き行動回数(/60min)
(A)
大槽内投与
160
140
120
100
80
60
*
*
*
40
20
*
*
0
生食 生食 Yoh BRL ARC Rau
生食
皮内投与
デクスメデトミジン
コンパウンド48/80
大槽内投与
腹腔投与
皮内投与
生食 生食 Yoh BRL ARC Rau
生食
デクスメデトミジン
コンパウンド48/80
図 2 マウス末梢性掻痒モデルにおけるデクスメデトミジンの止痒効果に関与する受容体の検討(文献 23より引用・改変)
マウス末梢性掻痒モデルにおけるデクスメデトミジンの止痒効果には,脊髄あるいは脊髄上位のいずれのレベルが関与するのか,
またα2A ,α2B ,α2C のうちいずれのサブタイプが関与するのかを代表的な拮抗薬を用いて検討した.
まず,マウスに拮抗薬または生食 5μLを,脊髄 L 5 / 6 くも膜下腔内または大槽内に投与し,20 分後にマスト細胞脱顆粒物質であ
るコンパウンド48 / 80を後背部に皮内投与し,デクスメデトミジン30μg/kg または生食を腹腔内投与した.その後,マウスの行
動を60分間録画し,後肢で後背部を引っ掻く行動の回数を数え上げた.
デクスメデトミジンによる止痒効果は,拮抗薬を脊髄 L 5 / 6くも膜下腔内に投与したとき(A)はヨヒンビンとBRL-44408 により
用量依存性に拮抗されたが,拮抗薬を大槽内に投与したとき(B)はいずれの薬物でも拮抗されなかった.したがって,マウス
末梢性掻痒モデルにおけるデクスメデトミジンの止痒効果には、脊髄レベルα2A 受容体が関与していることが示唆された.
Yoh:ヨヒンビン(yohimbine,α2 拮抗薬),BRL:BRL-4448(α2A 拮抗薬),ARC:ARC-239(α2B 拮抗薬),Rau:ロオルシン
(rauwolscine,α2C 拮抗薬)
.
*:P<0.05,腹腔内生食投与群に対して.
64
(1986) Basics
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