入浴と温度

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入浴と温度
大阪大学大学院医学系研究科情報統合医学皮膚科学教室 准教授 室田浩之 先生
今号から、皮膚科専門医の室田先生によるコラム
がスタートします。アトピー性皮膚炎や皮膚の生理機
能をご専門とされる立場から、患者さんの皮膚の健
康を守るヒントになる情報を確かなエビデンスを交え
て惜しみなくご提供いただきます。ぜひ、日々の服薬
指導にお役立てください。
皮膚を癒す最適な湯温で入浴する
日本の温浴の文化は、平安時代に銭湯の原型であ
る町湯に始まり、江戸時代の銭湯(蒸気浴主流)で開
花しました。蒸気浴に慣れ親しんだからでしょうか、
日本
人は比較的熱めの風呂を好むようです。
ところがアトピー性皮膚炎患者さんの皮膚は、バリア
アトピー性皮膚炎と入浴
機能が損なわれている上に感覚過敏が生じています。
刺激を避けるため、入浴時は熱すぎる湯の使用を避け
私たち日本人は、風呂好きな民族のようです。英国の日
るよう勧めるのですが、具体的にどのように説明すべき
本研究家であるバジル・ホール・チェンバレン
(1850-1935)
か困ることはないでしょうか。
は、
日本人の入浴習慣(熱い湯、普及した公衆浴場、体
実は基礎研究の成果から、神経だけでなく皮膚も温
をゴシゴシ擦る、
など)
に驚き、
自書『日本事物誌』におい
度を感じることが分かり、入浴に適した温度の存在が
て日本の大衆を「世界で最も清潔だ」
と紹介しました。
明らかになりました。生 体 は、イオンチャンネルT R P
入浴は、乾燥した角層に水分を補うのに効率がよい
(Transient Receptor Potential)
を介して温度を感
方法です。私感ですが、入浴に伴う深部体温上昇は、
じています。
これまでに温度を感じる六つのTRPが確
自律神経活性化や発汗促進など、皮膚の健康維持に
認されており、各々担当する温 度 領 域が異なります 。
貢献すると思います。では、
アトピー性皮膚炎の患者さ
TRPは神経に存在しますが、そのいくつかは表皮細胞
んにはどのような入浴方法が勧められるでしょうか。
日
にも存在し、皮膚も温度を感じています(図1)。代表的
本アレルギー学会の『アトピー性皮膚炎診療ガイドライ
なTRPとして、TRPV1が知られています。TRPV1は
ン2015 』では皮膚を刺激しない適温での入浴を、米国
42℃以上の温度を感じ、
カプサイシンの受容体でもあり
皮膚科学会のアトピー性皮膚炎に対する治療ガイドラ
ます。
カプサイシンを皮膚に塗ると、灼熱感があります。
インでは、浴槽の中で温かく熱過ぎない湯に5∼10分浸
これはTRPV1が活性化されることで、
まるで42℃以上
かることを推奨しています。つまり、風呂の湯の『 温度 』
のような感覚が得られているのです。TRPV1は表皮に
にコツがありそうです。本稿では後ほど、入浴に適した
存在し、活性化すると損なわれた皮膚バリアの回復が
温度について、最近の話題をご紹介します。
一方で、時代の変遷とともに入浴の作法は少しずつ
図1. 皮膚も温度を感じている
変貌を遂げているようです。都市生活研究所が2012年
に行った入浴の意識調査によると、東京圏に住む20∼
表皮に発現するTRPV1、TRPV3、TRPV4の活性温度とアゴニスト
は、
角層のバリア機能の維持や障害後の機能回復に影響する。
50歳代の多くは、浴槽浴よりもシャワー浴を好む傾向に
あるようです。それに伴い、風呂桶や洗面器の所有率
痛み
も低下しています。
シャワー浴と浴槽浴の効果を現代
アゴニスト
的な手法で比較したエビデンスはなく、優劣を付けるこ
とはできません。
しかし私たちは以前、
アトピー性皮膚炎
やすい時期は、
シャワー浴が皮膚の清潔を保つのに有
用なツールの一つであることは間違いありません。
9
40
TRPV3&TRPV4
(>36°
) 辺縁帯の形成
10
5
4α-phorbol
12.13didecanone
36∼40C°
TRPV1
(>42C°
) TRPV3
20
痛み
など、皮膚表面への汚れの付着によって症状が悪化し
活性温度
50
30
を持つ小学生が平日に学校でシャワー浴を1回行うこと
で著明に改善するのを目の当たりにしました。特に夏季
℃
2APB
+carvacrol
TRPV4
成熟した角層の形成
カプサイシン
42C°
TRPV1
バリア機能回復低下
表. 皮膚表面の温度刺激が痒みに与える影響を検証した過去の報告
遅 延します( 図 1 )。すなわち、
4 2 ℃以 上はバリア回 復に不 適
健常人におけるヒスタミン誘導性のそう痒は
熱/冷刺激で改善する
な温 度といえます 。一 方、3 6∼
アトピー性皮膚炎病変部のそう痒は
熱刺激で悪化し、
冷刺激で改善する
健常人皮膚
(ヒスタミン投与)
アトピー性皮膚炎皮疹部
(定常状態)
の「そう痒」
40℃の活性温度を持つTRPV3
熱刺激
冷刺激
熱刺激
冷刺激
とTRPV4も表皮に発現してお
49℃:改善
2℃:改善
1)
45℃:2/3改善、1/3増悪
5℃:改善
3)
り、
これらは成 熟した角層の形
49℃:改善
2℃:改善
2)
49℃ : 増強
ND
5)
成に貢献します(図1)。つまり、
45℃:改善
5℃:改善
3)
49℃:改善
ND
4)
皮膚バリアを回復するのに適切
出典
な湯温は36∼40℃です。ただし
出典
アトピー性皮膚炎皮疹部
(ヒスタミン投与)
の「そう痒」
熱刺激
冷刺激
49℃:改善なし
ND
出典
4)
冬は3 6∼3 8 ℃では寒いかもし
いでしょう。
温熱刺激は痒みを誘発
アトピー性皮膚炎の患者さんにぬるめの入浴温度を
勧めると
「でも、痒いところに熱いお湯をかけると痒みが
図2. 皮脂の成分と、
それらの割合が皮脂の性質に与える影響
皮脂の成分
れないので、40℃を目安に湯温を設定してもらうのがよ
ワックスエステル
融点の上昇
(溶けにくい)
強い保護作用
スクアレン、
トリグリセリド、遊離脂肪酸
親水性が増す
展延性がよい
皮脂の融点は約30℃、
凝固点は約15∼17℃
取れますよ」
という意見が返ってくることがあります。確か
に温熱による刺激は痒みを軽減させるように感じるので
すが、一方でアトピー性皮膚炎患者さんからは「温もると
です。
これらの成分の割合によって、皮脂の性質(融点、
痒い」
という訴えをよく聞きます。実際に『 温熱 』は、
アト
展延性、親水性など)が決まります。
ワックスエステルは
ピー性皮膚炎の痒み誘起因子として知られています。
融点が高い上に保護能力も強く、他方トリグリセリド、
スク
一見矛盾に思えるこの現象は、科学的手法によって
アレン、遊離脂肪酸は親水性や展延性に優れています。
検証されています(表)。皮膚炎のない人に実験的に
これらが 一 定の割 合を保つことで、皮 脂の融 点は約
生じさせた痒みは、温熱刺激と冷感刺激のいずれに
30℃、凝固点は15∼17℃に設定されています(図2)。
し
よっても軽減されました。
ところが、
アトピー性皮膚炎の
たがって、30℃以上の湯であれば皮脂汚れはある程度
痒みは冷感刺激では軽減できますが、温熱刺激は逆
取れるでしょう。かけ流しだけで皮膚表面を覆う皮脂の
に痒みを誘発・増強するのです。
さらにアトピー性皮膚
約20%が除去されるとの報告もあります。
炎では、温熱のように通常は痒みに感じない刺激を痒
ところが、軟膏を塗布した皮膚では状況が異なりま
みと感じる異常が生じています
6,7)
。
したがって、痒いと
す。例えば白色ワセリンやプロペト®(白色ワセリンより稠
ころは冷やすようにし、温熱刺激は避けるようにします。
度値が高く、粘度が低いため展延性に優れる)の融点
疲れ、寝不足、
ストレスが溜まると神経が過敏になり、特
は38∼60℃なので、ぬるま湯では落ちにくいでしょう。
に交感神経の緊張の途切れる夕方以降に「温もると痒
融点が50∼60℃のサンホワイト®は、
さらに保護能力が
い」という痒み過敏が生じます。そのような場合は、睡
高いことになります。
これらは、入浴によって乾燥肌を過
眠時間を十分とるなどの休養も対策として大切です。
剰に脱脂するリスクの回避につながると期待されます。
皮膚の汚れを落とす温度
入浴では、皮膚表面の『汚れ』
を落とすことも大切で
手など日常で頻回に洗浄する部位の保護にも利があり
そうです。塗り心地や使用感を考慮して、
うまく使うよう
指導してください。
す。一般的に汚れとは、皮膚表面を保護している皮脂
に老廃物や病原体、環境中の様々な物質が付着したも
参考文献
のを指します。
もちろん皮脂汚れを洗浄するには、石鹸
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や合成界面活性剤を使うのが堅実な方法でしょう。洗
浄剤に関する話題は次号以降に取り上げていきたいと
思いますが、本稿では、入浴時にかけ流すだけでどの
程度皮脂汚れが落ちるかを考えてみましょう。皮脂の
主成分はワックスエステル、
トリグリセリド、
スクアレン、遊
離脂肪酸、
コレステロール、
コレステロールエステルなど
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