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素粒子メダル奨励賞選考理由
1. Dark Radiation and Dark Matter in Large Volume
Compactifications.
檜垣徹太郎、高橋史宜
超弦理論の4次元低エネルギー有効場の理論には、常にモジュラス場と
呼ばれるが場が現れる。その真空期待値はコンパクト空間の大きさや形を
与え、弦理論特有の自由度である。更に、アクシン場と組みになり、複素
場を構成する。これらのモジュライーアクシオン場のいくつかは、軽い可
能性が指摘されている。一方このような弱く結合した軽い粒子が存在する
と宇宙の進化に大きな影響を及ぼし、たとえばモジュライ問題と呼ばれる
問題を引き起こす。したがって、モジュライとアクシオンの関係は宇宙観
測から大きな制限を受ける一方で、検証可能な予言を与える。本研究は新
たにモジュライ崩壊からくるアクシオンを暗黒輻射(Dark Radiation) と
結びつけ、弦理論から得られる宇宙論的帰結の一つとして整理した興味深
い研究である。
暗黒輻射(Dark Radiation) は、宇宙論的な観測からその存在が示唆さ
れていた、相対論的な暗黒物質のことである。2010 年の WMAP7 と SPT
の解析ではこの成分は 3.86 ± 0.42 と考えられ、95% CL で標準模型の予
言からはずれていた。このため、このような成分を説明する模型が模索さ
れた。
受賞論文では、コンパクトスケールが電弱スケールとプランクスケール
の中間程度のスケールとする Large Volume Compactification (LVC) シナリオの枠内で、超対称性の破れを主に引き起こすセクターと標準模
型のセクターとが直接結合していない sequesterd 型と直接結合している
non-sequesterd 型の2つの具体的な模型を構築し、最も軽いモジュライー
アクシオン場に注目して、アクシオンが暗黒輻射となる可能性を議論して
いる。
この模型では、グラビティーノはモジュラスに比べて重くモジュラスの
グラビティーノ への崩壊が禁止されるため、モジュラス崩壊によるグラ
ビティーノ問題が軽減されるという点で有力である。著者らは、グラビー
ティーノへの崩壊が禁止されるために、モジュラスからアクシオンへの崩
壊がに大きくなることを示し暗黒輻射として十分な密度を生成しうる事を
示した。また、暗黒輻射の量を評価するために、モジュラスの崩壊様式を
詳しく調べ , モジュラスの全崩壊における ヒッグス粒子への崩壊の重要
性(Giudice-Masiero 項のの寄与)を考慮した。さらに、sequesterd 型模
型においては、そのヒッグス粒子を通した最も軽い超対称粒子の生成を評
価し、暗黒物質と暗黒輻射との関連を議論している。
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モジュラスの崩壊パターンについては “Higgs Moduli Problem, Baryogensis and Large Volume Compactification” T. Higaki, K. Kamada,
F.Takahashi (JHEP09(2012) 043) で指摘されたものの発展である。ま
た、この後、2013 年の Planck の観測によって、ニュートリノを含む相対
論的成分の量の中心値がさがり、3.30+0.54-0.51(95%CL ) と 95% CL の
範囲で標準模型の値を含むようになった。しかしながら、この論文で指
摘されているようにモジュラスから軽いアクシオンへの崩壊は一般に起
こり、相対論的成分量の観測値の減少はモジュライーアクシオン場の性
質への制限と捉え直すことができる。このことを受けて T. Higaki, K.
Nakayama, F Takahashi (JCAP 1309(2013)030) によって、宇宙初期
での アクシオン-光子 変換に着目して、LVC 模型について考察する試み
にも繋がっており、選考委員会はこの一連の仕事を評価したことを付記す
る。この論文は、模型が新しい観測結果を説明しうる/模型が観測結果に
よって制限されることを、綿密に追い続けたものとして評価でき、素粒子
メダル奨励賞にふさわしいと仕事であると認めることができる。
大域的な宇宙の観測は、コライダー実験などでは直接探索できないより
高いスケールの物理について重要な証左を与えると期待され、素粒子論の
発展に重要である。受賞者の今後の研究のますますの発展を期待するもの
である。
2. Discrimination of models including doubly charged scalar bosons by
using tau lepton decay distributions
杉山弘晃、津村浩二、横谷洋
右巻きニュートリノを導入せずにニュートリノに質量を与える模型に
SU (2)L 3重項のスカラー(H −− , H − , H 0 )を導入する Higgs Triplet 模
型 (HTM) がある。この模型の3重項ヒッグススカラーは左巻レプトン2
個とカップルするので、電荷 −2 をもつヒッグススカラーは左巻レプトン
2個に崩壊する。一方小さなニュートリノ質量を与えるには、量子補正そ
れも2ループにおいて初めてニュートリノに質量が現れる模型は有用であ
る。そのような模型(たとえば A. Zee と K. S. Babu による模型)にも
電荷-2 のスカラーが存在するが、これは SU (2)L 1重項なので、このスカ
ラー粒子は右巻レプトン2個に崩壊する。従って、ニュートリノに質量を
与える上記2つの模型を区別するには、電荷-2 をもつスカラー粒子が左
巻のレプトン対へ崩壊するのかあるいは右巻のレプトン対へ崩壊するの
かを調べて区別すれば良いことになる。 杉山、津村、横谷の3氏はこの
両者を区別する優れた実験的方法を提案した。すなわちハドロン加速器
(LHC あるいはそのアップグレード)において H −− と H ++ が対発生す
ると、それらは電荷-1のレプトン2個と電荷 +1 のレプトン2個に崩壊す
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る。このレプトンがタウレプトンの場合、スピン 0 のパイメソンを含むハ
ドロン的崩壊を起こせば、そのパイメソンの分布を見ることでそのレプト
ンが右巻きか左巻きかがわかる。そこで、レプトン 4 個のうちの少なくと
もタウレプトンが1つあるいは2つ発生し、さらにその崩壊物として終状
態にパイメソンが1個あるいは2個存在する状況を想定してモンテカルロ
シミュレーションを行い、電荷-2 をもつスカラー粒子が左巻レプトン対へ
崩壊するかあるいは右巻レプトン対へ崩壊するかを区別出来ることを示し
た。いくつかのやり方を示しているが、最も効率の良い方法は、H ±± →
ℓ± τ ± → ℓ± π ± ν 崩壊におけるパイメソンとレプトンの不変質量の分布を
見ることである、ということを示した。 本研究では模型に特徴的な崩壊
過程を実験によって確かめる手段を与えた点を高く評価した。またこの研
究は、著者らがヒッグス粒子やニュートリノに関わる研究を長年にわたっ
て、精力的かつ包括的に進めてきたなかでなされた仕事であり、この点に
ついても評価した。
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