pdfダウンロード

小腸学会_7/5号 07.7.5 3:47 PM ページ 1
2007年7月5日 木曜日
(第三種郵便物認可)
第1912号 (7)
クローズアップ NSAIDS小腸病変
「暗黒大陸」に光 小腸出血の陰にNSAIDs
「過小評価されていた小腸の病変が劇的にわかってきた」
「小腸がテーマのシンポジウムにこれ
ほど人が集まるとは」――。5月に東京で開かれた第73回日本消化器内視鏡学会総会(会長=三
木一正・東邦大学内科学講座(大森)消化器内科教授)の会場では,そんな声が聞こえてきた。
関心が高まっているのは,これまで観察が困難で「暗黒大陸」とさえ言われた小腸全域の撮影が
容易になったからだ。それとともに,原因不明消化管出血(OGIB)の出血源として,非ステロ
イド性抗炎症薬(NSAIDs)による小腸の潰瘍・びらんが改めて浮き彫りになった。
Overview
新しい内視鏡で何が見えるか
小腸の観察を容易にしたのは,小腸用
カプセル内視鏡(CE)
とダブルバルーン内
視鏡(DBE)の実用化。まずは,小腸を表
舞台に連れ出した立役者たちのプロフィ
ールを見ていこう。
今年4月に厚生労働省の認可がおり,
医薬品卸の
(株)
スズケンが日本総代理店
として,カプセル,データレコーダ,専
用コンピューター,ソフトウエアなどか
らなる
「ギブン画像診断システム」
(写真
2)
を5月30日に発売した。価格はカプセ
患者はカプセル飲むだけ
ル10パックキット
(100万円=税別)
を含
CE はさる5月30日に発売されたばか
めて743万円
(税別)
。現時点ではCEは健
り。小型ビデオカメラを内蔵したカプ
康保険適用にはならないが,ギブン・イ
セル
(写真1)
を飲むだけで,小腸疾患の
メージング
(株)
によれば
「10月1日から保
診断ができるシステムだ。カプセルの
険適用の予定」
。
サイズは長さ26mm,直径11mm,重さ
検査のおおまかな流れはこうだ――。
3.45g。大きめのビタミンサプリメント
患者は検査前8時間以上絶食。当日は準
といったところか。飲み込まれたカプ
備として腹部にセンサアレイを8個貼り
セルは1秒間に2枚の速度で撮影を続け,
付ける。また,センサアレイとコード
およそ8時間の作動時間中に約5万5,000
でつながったデータレコーダを収納し
枚の静止画像を撮影。外部のパソコン
た専用ベルトをする。麻酔や造影剤は
に転送された画像を医師が読影する。
不要である。そして少量の水でカプセ
CEはイスラエルのギブン・イメージング
ルを飲み込む。患者は医療機関にいる
社が開発した。2001年の欧米での認可以
必要はない。オフィスワークや家事な
降,現在約60カ国で発売され,06年まで
ど日常生活を送ることができる。
に世界で50万件以上施行されたという。
カプセルは蠕動運動によって消化管を
日本では03年から治験が行われ,04年に
進み,約8時間撮影を継続。カプセルか
承認申請。その後は10数カ所の医療機
ら発信された画像データはセンサアレイ
関での自主研究という形で臨床応用され
を通じてデータレコーダに保存される。
てきた。
検査終了後,データレコーダを回収し,
画像を専用コンピューターにダウンロー
ドして読影する。カプセルは自然に排出
される。
なお,CEを用いた国内の検討(Gastroenterol Endosc 49:324−334,2007)
によると,185例中3例
(1.62%)
に偶発症
の
「滞留
(消化管内の狭窄部の口側に,2
週間以上カプセルがとどまること)
」が
認められ,カプセルは内視鏡的または
写真1 カプセル内視鏡
((株)
スズケン提供) 外科的処置で回収された。
ダブルバルーンは生検・治療も
一方DBE(写真3)は,文字通り2つの
バルーン――内視鏡先端のバルーンと
オーバーチューブ先端のバルーン――
を有する。オーバーチューブのバルー
ンを腸管内の任意の位置に固定しつつ,
内視鏡を深部へ進め,その固定点を
次々と移動させて深部まで挿入する。
写真2 ギブン画像診断システム。中央がセン
サアレイ,その右下がデータレコーダ 写真3 ダブルバルーン内視鏡
ウェブサイトより)
(ギブン・イメージング(株)
提供) (フジノン東芝ESシステム(株)
経口的,経肛門的のどちらでも挿入で
きる。自治医科大学の山本博徳教授
(フ
ジノン国際光学医療講座)
が考案した。
CEとDBEのどちらが診断能が優れるか
については評価が定まっていない。優劣
を競うのではなく相補的に使うものという
意見もあり,今後それぞれの長所・短所や
患者の状態・病期,さらには施設の態勢な
どを踏まえた選択が模索されるだろう。
明らかに違うのは,DBEは観察のみな
らず生検や治療もできること。それゆえ,
CEをファーストラインのツールに用い,病
変部をDBEで精査,治療するという使い
分けも考えられる。ただしCEやDBEで
も,全小腸観察の完遂率が100%ではな
いことに留意する必要はあるだろう。
原因不明出血の解明に
では,こうしたモダリティの変化で,いっ
たい何が見えるようになったのだろうか。
CEを用いた検討(前出)
では,CE施行
185例の理由の内訳は,原因不明消化管
出血(OGIB)が135例(73.0%)
と大半を占
め,他には炎症性腸疾患10例(5.4%)
,消
化管ポリポーシス10例(5.4%)
,小腸腫瘍
の疑い7例(3.8%)
など。
CEで得られた所見またはそれが契機
となって確定診断に至った70例の中で
は,潰瘍・びらん24例
(34.3%)
,血管性
病変
(angiodysplasia
〔血管異形成〕
など)
18例
(25.7%)
,腫瘍性病変12例
(17.1%)
,
クローン病7例(10%),小腸外病変6例
表1
CEにより確定診断がついたOGIB症例
70例の内訳
病変およびその詳細
1.潰瘍・びらん*
潰瘍*
びらん
2.血管性病変*
angiodysplasia*
小腸静脈瘤
PHE
3.腫瘍性病変
GIST
良性ポリープ
小腸腺癌
悪性リンパ腫
転移性腫瘍(腺癌)
カルチノイド
粘膜下腫瘍(脂肪腫)
4.クローン病
5.小腸外病変
大腸癌
GAVE
胃潰瘍
慢性膵炎
6.ベーチェット病
7.その他
小腸憩室
異常所見なし
症例数
%
24
17
7
18
14
3
1
12
3
3
2
1
1
1
1
7
6
2
2
1
1
2
2
1
1
34.3
24.3
10.0
25.7
20.0
4.3
1.4
17.1
4.3
4.3
2.9
1.4
1.4
1.4
1.4
10.0
8.6
2.9
2.9
1.4
1.4
2.9
2.9
1.4
1.4
* 潰瘍とangiodysplasiaが重複した症例を1例含む。
PHE:portal hypertensive enteropathy
GIST:gastrointestinal stromal tumor
GAVE:gastric antral vascular ectasia
(Nakamura T, et al.Gastroenterol Endosc
49:324-334, 2007より改変)
(8.6%)の順であった(表1)
。
DBEによる検討(Clin Gastroenterol
Hepatol 2:1010−1016,2004)
では,施行
した123例の理由はOGIB 66例
(53.7%)
,
閉塞症状22例
(17.9%)
,腸管腫瘍疑い11
例
(8.9%)
,その他32例
(26.0%)
となって
いる
(重複あり)
。
そしてOGIB 66例中50例(76%)で出
血源が同定され,その内訳は潰瘍・びら
ん22例(44%)
,小腸ポリープ・腫瘍10例
(20%),小腸angiodysplasia 7例(14%)
と続いた(表2)
。
両研究とも,検査施行理由はOGIB,す
なわち上部・下部内視鏡検査で原因が不
明の消化管出血が最も多い。OGIBの出
血源として同定されたのが,びらん・潰瘍,
血管性病変,腫瘍・ポリープという点でも
共通している。
Angiodysplasiaは「粘膜下層の正常
静脈と粘膜固有層の毛細血管の拡張か
らなる病変であり,内視鏡像では平坦な
鮮紅色の境界明瞭な発赤として確認さ
れる」
(medicina 43:1310-1312,2006)。
まさに,新しいモダリティによってさらに
詳しく見えるようになった病変と言えよ
う。海外のデータでは,OGIBの出血源
の第1位に挙げられることが多いが,今
のところ,日本人では潰瘍・びらんの方
が多いとされる。
NSAIDsとの関連も
小腸の潰瘍・びらんの中でも,薬剤の
汎用性ゆえに日常診療で遭遇している可
能性があるのが,NSAIDsによる粘膜傷
害だ。これまでは胃と十二指腸で知見が
蓄積されているが,小腸については解明
されていない部分も多い。それが,CEや
DBEの登場で光が当たるようになってき
た。前述の日本消化器内視鏡学会でも,
小腸粘膜傷害と NSAIDsとの関連を研
究した演題が相次いだ(9面参照)
。
表2
DBEにより出血源が同定されたOGIB
症例の内訳
内視鏡的診断
潰瘍・びらん
NSAIDs
盲係蹄
クローン病
メッケル憩室
ベーチェット病
他の小腸潰瘍
小腸ポリープ・腫瘍
小腸 angiodysplasia
他の小腸疾患
結腸疾患
食道または胃疾患
胆管出血
総計
症例数
症例数
(詳細)
22
7
3
2
2
2
6
10
7
4
4
2
1
50
OGIB 66症例のうち50例(76%)に出血源が同定された。
(Yamamoto H, et al.Clin Gastroenterol
Hepatol 2:1010-1016, 2004より改変)
*本記事には本邦未承認の薬剤についての記載があり,また,本邦で承認されている薬剤についても適応外の内容が含まれております。臨床に際しては各薬剤の添付文書をご参照下さい。
小腸学会_7/5号 07.7.5 3:47 PM ページ 2
(8) 第1912号 (第三種郵便物認可)
2007年7月5日 木曜日
日本医科大学消化器内科教授・坂本長逸氏に聞く
膜透過性亢進,炎症反応,COX阻害
3つの段階が複雑に関与
NSAIDs服用者の約7割に何らかの小腸粘膜傷害が
長く続けられてきたNSAIDs
起因性小腸粘膜傷害の研究
小腸粘膜傷害に関する研究が脚光を
浴びていると言われるが,決してそれ以
前に小腸に関する研究がなかったわけ
ではない。今回の特集であるNSAIDs
小腸粘膜傷害にしても1980年代からいく
つもの報告があった。
ただし,近年におけるダブルバルーン
内視鏡(DBE)
,カプセル内視鏡(CE)
な
どのモダリティの進歩は,確かに小腸
疾患の診断と治療に大きな変革をもたら
した。小腸疾患検査の主要な適応のお
およそ6∼7割が原因不明消化管出血
(OGIB)ではないだろうか。
消化管出血の原因は大きく3つに分け
ることができる。腫瘍,血管異形成,そ
して潰瘍・びらんである。最後の潰瘍・
び ら ん を 引 き 起 こ す 原 因 として ,
NSAIDsは代表的なものの1つに挙げら
れる。
NSAIDs服用者の約70%に
小腸粘膜傷害
意 に 抑 制された と 報 告 さ れ ている。
ARAMIS試験でのRA患者に対する
NSAIDs投与群では,上部1.27%,下部
0.19%と消化管出血の頻度はより小さく
なっているが,これは入院に至った出血
例のみを採用したためと思われる。よく
知られるように,NSAIDsによる消化管
傷害は自覚症状が極めて少ないため,
見過されている症例もあるのではない
かと考えられている。
CEもDBEもなかった1992年Allisonら
の剖検例による報告では,NSAIDs服用
者249例のうち21例(8.4%)に小腸潰瘍
が見られたとされているが(表1)
,15年
を経た現在でも,その頻度に大きな変化
はないものと考えている。
2005年GrahamらのCEを用いた検討
では,潰瘍,出血に加えて,発赤,びら
んも含 めた 全 ての 小 腸 粘 膜 傷 害 は ,
NSAIDs服用者の70%にものぼることが
報告されている
(表2)
。
STEP1――膜透過性の亢進
では,NSAIDsがどのような機序で,
NSAIDsによる小腸粘膜傷害の頻度
小腸粘膜傷害を引き起こすのか? 冒
に関しては, それほど多くの検討はなさ
頭でNSAIDs小腸粘膜傷害の研究は長
れていない。ただし,関節リウマチ
(RA)
く続けられてきたと述べたが,1984年
の患者さんを中心に上部と下部消化管
BjarnasonはLancetに大変重要な報告
の有害事象を調べた2つのスタディ,
をしている。Bjarnasonの研究により粘
ARAMISとVIGOR試験がある。ここで
膜傷害の最初のステージは,臨床症状が
の有害事象とは消化管出血のことであ
乏しく,まず消化管粘膜の透過性が亢進
り,VIGOR試験では約4,000例のRA患
することが明らかにされた。RA患者や
者にナプロキセン(通常のNSAIDs)を
変形性関節症(OA)の患者に51Cr-EDTA
投与,もう一方にはロフェコキシブ(選択
を服用してもらい,その尿中への排泄率
的シクロオキシゲナーゼ(COX)-2阻害
を検討したところ,NSAIDs服用患者で
剤)
を投与したところ,ナプロキセン群で
はRA群,OA群ともに尿中により多く51Cr1.4%に上部消化管出血,0.89%に下部
EDTAが検出された。これはNSAIDs服
消化管出血をきたし,ロフェコキシブ群
用によって腸管の膜透過性が亢進する
ではそれぞれ0.6%,0.41%とどちらも有
ことを証明したものである。小腸粘膜
から吸収された
表1 NSAIDs群とコントロール群における剖検で特定された小腸
NSAIDsは,肝臓を
病変の比較
経て胆汁中に分泌
コントロール群
NSAIDs群
異常所見
され再度小腸で吸
(n=464)
(n=249)
例数(%)
収される(腸肝循
特異的粘膜病変
血管炎
0
2
環)
。そのため胆汁
クローン病
0
2
酸抱合NSAIDsが小
リンパ腫
0
1
アミロイド症
1
1
腸上皮に高濃度に
結核
エルシニア症
偽膜性小腸結腸炎
小計
1
1
1
4(1.6)
1
0
0
7(1.5)
非特異的びらん,炎症
急性空腸びらん
急性回腸びらん
粘膜炎症(びらん,潰瘍なし)
小計
1
2
1
4(1.6)
2
1
1
4(0.9)
非特異的潰瘍形成
空腸潰瘍
回腸潰瘍
穿孔例
空腸と回腸の併発潰瘍
穿孔例
小計
5
12
2
4
1
21(8.4)
0
3
0
0
0
*
3(0.6)
総計
29(11.6)
**
14(3.0)
* 群間差=7.8%(95%信頼区間
**群間差=8.6%(95%信頼区間
5.0∼10.6%;p<0.001)
4.9∼12.3%;p<0.001)
(Allison MC,et al. N Engl J Med 327:749-754,1992より改変)
STEP2――炎症反応と
NSAIDs小腸粘膜傷害抑制の
手段
先ほど膜透過性の亢進に加え,COX-1
阻害が起こることで小腸潰瘍が形成され
ることは述べたが,2002年Sigthorsson
らの報告では,COX-1阻害のみ,ある
いはCOX-2阻害のみでは小腸粘膜傷害
は起こらないが,COX-1,COX-2がと
もに阻害されると局所の炎症反応がな
くとも小腸潰瘍の発症を見ることが確
認されている。選択的COX-2阻害剤は
通常型NSAIDsより小腸病変の発生は少
ないと考えるのは当然の帰結だが,
COX抑制作用と粘膜傷害の機序につい
ては実のところまだ明らかになってい
ない点が多い。
これまでの仮説をまとめると表3の
ようになる。つまり小腸潰瘍の発症に
は,①膜透過性亢進,②炎症反応,③
COX阻害作用などの多段階過程が複雑
に関与しているものと思われる。
*
モダリティの進歩で新たな光が当てら
れ,小腸粘膜傷害が上部消化管傷害と
ほぼ同じ頻度で発生していることがわか
ってきた。さらに研究が進むことによ
り,近い将来,その予防・治療について
も新たなエビデンスが確立されることを
望んでいる。
(Mizoguchi H,
et al. J Gastroenterol Hepatol 16:1112-1119,
2001より改変)
NSAIDs服用者
(n=21)
コントロール
(n=20)
発赤
2
1
びらん
8
1
大きなびらん/潰瘍
5
0
15(71)
2(10)
*
総計(%)
STEP3――COX抑制作用の
関連は明らかだが,その機序
はまだ不明
小腸における腸管膜の透過性亢進は
局所に起こる最初の段階だが,その結
果 予 想 さ れ ることは ,腸 内 細 菌 の
translocationや胆汁の関与である。こ
れら腸内の攻撃因子が炎症反応を引き
起こす原因となるものと思われる。ま
た,2001年Evansらの報告は,ラットに
NSAIDsを投与し空腸を調べているが,
血管内腔からの蛋白の漏出,iNOSの誘
導,それに続くSuperoxideの活性化(フ
リーラジカル産生)が確認されており,微
小血管障害を介するNSAIDsによる小
腸粘膜傷害の機序が説明されている。
これらの機序を想定すると,小腸粘膜
傷害を防ぐための手段として,攻撃因子
(胆汁,腸内細菌)の阻害,すなわち胆汁
に対してはキレーターであるコレスチラミン
の投与が,腸内細菌に対しては抗生物質
の投与が有効と考えられる。
一方,炎症反応に伴うiNOS活性化,ラ
ジカル産生に対しては,ラジカル消去作
(2007年5月18日,日本医科大学にて収録)
用を持つ薬剤が有効であろう。2001年溝
口氏らの報告では,ラット
250
におけるインドメタシン小
*p<0.05
200
腸粘膜傷害に対し, 抗生物
質のアンピシリン(Amp),
150
プロスタグランジン(PG),
100
ラジカル消去剤の SOD+
50
カタラーゼ
(CAT)
,ならび
0
30
100 300 SOD+
PG
Amp
にレバミピドの投与が, 有
CAT
レバミ
ピ
ド
(mg/kg)
意なiNOS活性抑制および小
腸粘膜傷害抑制効果を示し 図1 ラットにおけるインドメタシン小腸粘膜傷害に対する
各種薬剤の抑制効果の比較
ている
(図1)
。
表2 カプセル内視鏡で明らかになったNSAIDs小腸
粘膜傷害の割合
病変
「NSAIDs小腸粘膜傷害については,長
年にわたり多くの研究が積み重ねられて
きた」と語る日本医科大学・坂本教授
傷害エリア(mm2)
Interview NSAIDs小腸粘膜傷害の疫学と発生機序
集積し,
その後ミトコンドリアの酸化的リン
酸化が阻害されATP産生が障害される
結果,小腸上皮細胞間のtight junction
が障害を受け透過性が亢進するものと
されている。2000年Somasundaramらの
報告では,ミトコンドリアリン酸化阻害剤
Dinitrophenol(DNP)投与によって腸上
皮の透過性は亢進するが,腸肝循環の
ないアスピリン素錠では透過性は亢進し
ない。ただし面白いことに,DNPによる
透過性亢進だけでは潰瘍は形成されな
いのに対し,COX-1阻害薬であるアスピ
リン素錠を併用させると潰瘍が発生す
る。腸肝循環するインドメタシンなどの通
常のNSAIDsは透過性を亢進させると
同時にCOX-1も阻害することから潰瘍が
起こるものと思われる。潰瘍発生には,
この2つの条件が必要だということであ
ろう。
表3 多段階過程におけるNSAIDs小腸粘膜傷害の機序(仮説)
STEP 1 局所のNSAIDsの作用による膜透過性の亢進
ミトコンドリア機能低下
↓
タイト・ジャンクション障害
STEP 2 腸管腔内の攻撃因子(腸内細菌,肝汁酸)による
炎症反応(iNOS活性化,ラジカル産生)
STEP 3 2つのステップに加えて,
COX阻害が起こることで潰瘍が形成される
*大きなびらんと潰瘍は厳密には区別できない。
(Graham DY,et al. Clin Gastroenterol
3:55-59,2005より改変)
Hepatol
STEP 4 小腸粘膜傷害の発症
小腸学会_7/5号 07.7.5 3:47 PM ページ 3
2007年7月5日 木曜日
Report
(第三種郵便物認可)
第73回日本消化器内視鏡学会総会 パネルディスカッション3
国内では,NSAIDsによる小腸病変の発生頻度や予防・治療法の研究はどこまで進
んでいるのだろうか。ここでは第73回日本消化器内視鏡学会総会(5月9∼11日・東
京,会長=三木一正・東邦大学内科学講座(大森)消化器内科教授)のパネルディ
スカッション「NSAIDによる消化器病変」から,小腸関連の演題を採録する。同パ
ネルの司会は菅野健太郎氏(自治医科大学)と荒川哲男氏(大阪市立大学大学院)。
最初に紹介する2演題はNSAIDs小腸病変についてDBE,CEを用いて臨床実態を調
べたものである。
「NSAIDによる消化器病変」
ダブルバルーン内視鏡にて観
察しえたNSAIDs関連性小腸
病変の評価
田口宏樹氏
(自治医科大学内科学講座
消化器内科学部門)
ほか
NSAIDsは小腸単独の潰瘍性病変を
引き起こすことがあり,通常の上下部内
視鏡検査では原因を特定できない「原因
不明消化管出血」
(OGIB)の一因となり
得る。また,NSAIDs長期内服患者が狭
窄病変をきたし,内視鏡的治療の適応
となることがある。そこで,NSAIDs関
連性小腸病変の臨床的特徴を検討した。
2000年9月から07年3月までの間に当
施設でダブルバルーン内視鏡(DBE)
を
施行した448例・911件の中で,①内視鏡
的に小腸の潰瘍性病変を認める②発症
時にNSAIDsが投与されており,かつ
NSAIDsの使用中止にて症状もしくは所
見の改善が認められた③特異的炎症性
腸疾患や病原細菌の感染などの原因が
否定されている──場合をNSAIDs関連
性小腸病変と診断した。
15例(平均68歳,男7例:女8例)がこ
れにあてはまった。基礎疾患は虚血性心
疾 患 ,脳 疾 患 ,整 形 外 科 的 疾 患 。
NSAIDsの種類はアスピリン6例,ジクロ
フェナク4例,ロキソプロフェン3例など。
投与期間は1週間∼12年間である。
カプセル内視鏡を用いた低用
量アスピリン腸溶剤による小
腸粘膜傷害の検討
渡辺俊雄氏
(大阪市立大学大学院消化器
器官制御内科学)ほか
NSAIDsが小腸粘膜傷害を高頻度に
惹起することが判明し,注目されてい
る。一方,低用量アスピリンは虚血性
心疾患あるいは脳血管障害の1次,2次
予防に広く使われているが,胃の粘膜
傷害を惹起することが以前から知られ
ている。
Cryerらによると,健常ボランティ
アにアスピリン(10∼325mg/日)を3カ
月間投与すると,10mgという超低用量
でも,胃粘膜のプロスタグランジン
(PG)
がベースラインの40%程度に低下
する。十二指腸では81mg/日で同様の
傾向が見られる。また,胃では10mg/
日で有意な内視鏡的粘膜傷害の発現が
認められた。
このような傷害発生機序には,シク
ロオキシゲナーゼ
(COX)
阻害によるPG
の低下が第一義的に重要だが,アスピ
リンの場合は,それ以外に消化管粘膜
に対する直接傷害作用が関与すると考
病変の局在は回腸11例,空腸4例と回
腸に多く,腸間膜付着側とは無関係に存
在していた。ほとんどが多発する傾向に
あった。病変の種類は潰瘍性病変13例,
狭窄性病変2例であった。
前述の6年7カ月間に,OGIBの原因精
査のためにDBEを施行し,出血源が同
定できた158例の内,小腸の良性潰瘍か
らの出血は52例あった。その内訳(図
1)は,NSAIDs関連性潰瘍性病変が13
例(25%)
と最も多く,次いでクローン病,
盲係蹄症候群,腸結核の順であった。
よって,出血源が特定できた症例の
8.2%がNSAIDs関連性潰瘍性病変とい
うことになる。これらの症例の血清アル
ブミン値は平均3.3g/dLと低く,検査前
の最低ヘモグロビン(Hb)値は平均7.1
g/dLと低値を示した。輸血が必要と判
断した症例は13例中8例あった。
症例を呈示する。60歳代女性。関節
リウマチ(RA)の疼痛に対してジクロフェ
ナク
(75mg/日)を内服していたところ,
Hbが6カ月で11.1 g/dL から4.5g/dLと
11例
クローン病
ベーチェット病
盲係蹄症候群
非特異性多発性潰瘍
腸結核
Meckel憩室
単純性潰瘍
その他
6例
3例
4例
図1
4例
6例
出血源が同定できた小腸良性潰瘍(52例)の原因別内訳
えられている。その副作用を軽減する
ために腸溶剤が開発されたのだろう。
骨関節症患者への12週間の投与で,
アスピリン腸溶剤(81mg/日)による内
視鏡的胃十二指腸潰瘍発生率はプラセ
ボと差がなかったとする報告(Laine
ら)もある。議論はあるところだが,
腸溶剤は上部消化管に対して安全とも
言える。
しかし,小腸に対する影響はまだ検
討されていない。そこで我々は,低用
量アスピリン腸溶剤内服者における小
腸粘膜傷害の有無をカプセル内視鏡
(CE)を用いて検討した。
対象は,低用量アスピリン腸溶剤
(100mg/日)を3カ月以上内服し,胃潰
瘍を発症した虚血性心疾患または脳血
管障害患者8例(年齢中央値64歳,男6
例:女2例)である。常用量のプロトン
ポンプ阻害薬内服8週後にCEを用いて
表1
貧血が進行した。ジクロフェナクは継続
非特異的炎症所見のみであった。狭窄部
していた。小腸内視鏡では,多数の打ち
位に対してバルーン拡張術を計3回行っ
抜き潰瘍や輪状潰瘍,輪状瘢痕を認め
た。
た(図2)
。ジクロフェナクの中止によって
NSAIDs長期内服患者では,
「小腸膜
貧血は速やかに回復し,その後RAは
様狭窄症」と呼ばれる特徴的な輪状の
NSAIDsを使わずに加療。1年後にDBE
膜様狭窄を生じ,腸閉塞症状を引き起
で経過観察すると,回腸に輪状瘢痕を多
こすことがある。また,狭窄部の組織像
数認めた。回腸末端近くの打ち抜き潰瘍
は粘膜下層の高度の線維化,粘膜筋板
は皺壁集中を伴って瘢痕化していた。
の肥厚を伴い,粘膜が内腔に吊り上げ
NSAIDs関連性小腸狭窄病変の症例
られたような形態を示す。狭窄部の固有
(50歳代女性)
を示す。RAのためにジク
筋層は保たれているため,内視鏡的拡
ロフェナク
(75mg/日)
を12年間内服。食
張術のよい適応になる。
欲不振,低蛋白
血症,嘔吐を認
b
a
c
めるようになり,
精査加療のため
D B E を 施 行し
た。すると,十二
指腸水平脚から
空腸上部にかけ
図2 症例 60歳代女性
て膜様狭窄を多
回腸に多数の打ち抜き潰瘍(a),輪状潰瘍(b),輪状瘢痕(c)を認
数認めた
(図3)
。
めた。潰瘍周囲の絨毛には浮腫がみられた。
狭窄部の病理は
a
b
NSAID S関連
13例
2例
3例
第1912号 (9)
小腸粘膜傷害(発赤,びらん/潰瘍)の
病変の小腸内分布は,発赤,
びらん/
発生頻度と部位を調べた。アスピリン
潰瘍ともに,空腸,回腸に認められ,病
内服期間の中央値は35カ月で,内視鏡
変は多発する傾向があることがわかっ
施行時に腹部症状を有していたのは2
た。便潜血反応(表2)を見ると化学法
例であった。他の凝固剤を内服してい
では 全 例 が 陽 性 で あった のに 対し ,
る患者はいない。
ヒトヘモグロビン法では,2回の内1回
発赤は全例に認められた(表1)
。個
陽性を示す例が1例あった。血中ヘモ
数の中央値は3.5個,一番多いのは52
グロビン量は,11.1g/dLと軽い貧血を
個。びらん/潰瘍は8例中7例と高頻度
認めた1例以外は異常がなかった。
に認められた。個数の中央値は2.5個で
以上より,低用量アスピリン腸溶
あった。発赤の個数とびらん/潰瘍の
剤が高頻度に小腸粘膜傷害を惹起す
個数は有意な正の相関を示した。
る可能性が示唆された。ヒトヘモグ
本研究では,びらんと小潰瘍の厳密な
ロビン法による便潜血検査は,本傷
区別が困難なため1つの範疇としたが,発
害のスクリーニングには有用でない
赤とびらん/潰瘍の間に有意な相関関係
と考えられた。
が あ ること 表2 アスピリン内服者における便潜血検査および血中ヘモグロビン量
は,評価方法
便潜血反応
血中ヘモグロビン量
の妥当性の
化学法
ヒトヘモグロビン法
(g/dL)
傍証になると
(+++)
(++)
,
(−)
(−)
,
12.6
Case 1
考えている。
小腸粘膜傷害の発生頻度
病変
頻度(%)
図3 症例 50歳代女性
十二指腸水平脚から空腸上部にかけて,腸管壁に対し急峻に内腔
へ伸びる膜様狭窄が多発していた。
個数(中央値)
発赤
8/8(100)
3.5(2-52)
びらん/潰瘍
7/8(87.5)
2.5(0-32)
(1例は小腸通過時間の延長のため遠位回腸の観察はできなかった。)
Case 2
(+)
(+)
,
(−)
(−)
,
14.3
Case 3
(++++)
(++++)
,
(−)
(−)
,
12.9
Case 4
(+)
(+)
,
(−)
(+)
,
14.8
Case 5
(+)
(+)
,
(−)
(−)
,
14.1
Case 6
(++)
(++)
,
(−)
(−)
,
11.1*
Case 7
(+)
(+)
,
(−)
(−)
,
16.5
Case 8
(++)
(+++)
,
(−)
(−)
,
15.8
*治療後に鉄剤を持続的に服用。
小腸学会_7/5号 07.7.5 3:47 PM ページ 4
(10) 第1912号 (第三種郵便物認可)
Report
2007年7月5日 木曜日
続く2題の発表は,NSAIDs小腸粘膜傷害に対する対応策についてのもの。
防御因子系薬剤とPG製剤の効果について,どちらの研究もCEを用いた観察により比較検討がなされた。
NSAID起因性小腸障害に対
するレバミピドの予防効果
―小腸用カプセル内視鏡を用いた
前向き二重盲検プラセボ対照交
差比較試験―
中村 正直氏
(名古屋大学大学院医学系
研究科消化器内科学)
ほか
粘膜保護作用を持つレバミピドは,大
腸における抗炎症効果がいくつか報告
されており,またラットモデルにおける検
討でも小腸粘膜に対して有効性が示さ
れている。
今回我々は,ヒトにおいてもレバミピド
がNSAIDsによる小腸粘膜傷害を抑制
することが可能かどうかを検討するた
め,クロスオーバー法による臨床試験を
行った。
対象は文書による同意が得られた健
常ボランティア10名(平均年齢27.3歳)
で,NSAIDsの長期内服歴,最近の薬
剤内服歴,潰瘍歴がともになく,名古
屋大学の倫理委員会の承認後に試験を
開始した。方法は,NSAIDsには汎用
性の高いジクロフェナク75mg分3を選
択,加えてオメプラゾール20mg分1を
併用,さらにレバミピド300mg分3投与
群
(R群)
5名とプラセボ投与群
(P群)
5名
非ステロイド消炎鎮痛剤
(NSAID)
の小腸障害に対す
るプロスタグランジン
(PG)
製剤の予防効果の検討
藤森 俊二氏
(日本医科大学消化器内科)
ほか
今回我々は,NSAIDsによる小腸病変
の発生をカプセル内視鏡(CE)
を用いて
観察,評価するとともに,プロスタグランジ
ン(PG)製剤がNSAIDsによる小腸病変
の発生を抑制できるかどうかを検討した。
45歳未満の健常成人男性ボランティア
34例に対し,試験参加の同意後にCEを施
行した。CEが映像記録時間内に盲腸に
到達し,潰瘍,狭窄,腫瘍などの病変を認
めない者をランダム化試験の対象とした。
方法は,対象者を無作為にPG製剤を
併用する群(PG群)
とPG製剤を併用し
総合討論より
小腸粘膜傷害の対応策について,司会
の荒川哲男・大阪市立大学大学院教授
司会の菅野健太郎氏(左)と荒川哲男氏(右)
に振り分け,7日間投与を行い,投与前
現頻度は,臨床的に問題となる潰瘍や
多彩な胃・小腸粘膜病変が出現するこ
後にカプセル内視鏡
(CE)
を施行し小腸
出血所見がP期に多く見られている
(表
とが明らかになった。その中でR期は
病変が生じるかどうかを調べた。その
1)
。CEの胃・小腸通過時間はP期にお
P期に比べ,有意に小腸粘膜傷害発生
後4週間のWash Out期間を置き,R
いて若干,胃通過時間が長くなる傾向が
頻度が低く,臨床上問題となる潰瘍・
群とP群を入れ替え再度同一の試験を
あったものの有意差は出なかった。胃
出血も認められなかった結果から考え
行った。CEは計4回施行している。
びらんについては,P期で4名,R期で2
れば,レバミピドがNSAIDsによる小
検討項目は,NSAIDs小腸粘膜傷害
名に認められ,微細な多発びらんが生じ
腸粘膜傷害を抑制できる可能性が示さ
病変の種類,頻度,そして胃病変との関
ている傾向があった。先行期間での小
れたと言えるだろう。また,CEの消
連についても解析を行った。そして①R
腸病変はP期:R期=3:6であったが,4
化管通過時間は,いずれの群でも有意
期とP期での病変出現頻度,②CEの通
週間のWash Out期間で全て消失して
な差を認めなかったことから,
過時間,③4週間のWash Out期間で粘
いた。胃と小腸病変の関係については,
NSAIDsは消化管運動に影響を及ぼさ
膜傷害は改善されるか――などを検討
小腸病変が存在した期間に限って胃病
ないものと思われる。本試験での
している。CEによって,小腸病変は多発
変が存在するという相関関係が認められ
NSAIDs起因性の胃・小腸粘膜傷害は
性びらん,潰瘍,出血,発赤調粘膜の4
た。有害事象には血便や薬剤アレルギ
4週間のインターバルでほぼクリアラ
種類が指摘された。陽性所見は通常内
ーはなく,1名に上腹部不快が認められ
ンスされており,NSAIDsの休薬によ
視鏡に準じて付けており,びらんについ
たのみであった。
って粘膜傷害が治癒し得る可能性も示
ては全小腸で明らかに10病変以上認め
今 回 , 1週 間 と い う 短 期 間 の
唆された。
られた場合を陽性とした。発赤調粘膜
NSAIDs内服で,個人差はあるものの,
は薬剤投与前の
表1 小腸病変出現頻度(病変数)
*Fisher's exact test
CE像と比較し明
名
プラセボ期
レバミピド期
10
p=0.023*
らかな範囲をも
(n=10)
(n=10)
って 確 認 され た
8
多発性びらん
1
3
場合を陽性として
(部位別)
空腸+回腸1例
空腸+回腸1例
6
陽性所見
いる。
空腸1例
多発性びらん
回腸1例
陽性所見率は,
4
潰瘍
出血
潰瘍
0
2
P 期:R 期 =
発赤調粘膜
2
8/10:2/10で有
出血
0
1
意にR群が少な
0
発赤調粘膜
2
6*
レバミピド期
プラセボ期
かった(図1,p=
*びらん,潰瘍の併発例含む
0.023)
。病変別出 図1 レバミピド期とプラセボ期での陽性所見の比較
ない群(No-PG群)に分け,全ての対象
者にNSAIDs(ジクロフェナク75mg分3)
と胃潰瘍予防のためにPPI(オメプラゾ
ール20mg分1)
を連日2週間服用させた。
PG群には,2剤に加えて同時にPG製剤
(ミソプロストール600μg分3)を服用さ
せた。
2週間後ただちにCEを再施行し,試
験前の検査結果と比較した。小腸病変
を個別に発赤:1,びらん性病変:3,明
らかな潰瘍:5とスコア化して合計を用
いて比較した。CEにおける病変の定義
については,我々は均一な濃い赤色を示
す限局的な部分を全て発赤(Redness)
とした。実際には1mm∼1cm程度の大
きさと考えている。びらん(Erosion)は
わずかでも白苔を有するか,明らかな
絨毛の欠損を伴う病変と定義した。
CEを施行した34例中,全小腸を観察
できなかった1例とびらんが10カ所以上認
められた1例を除外し,32例をランダム化
の対象とした。No-PG群16例では,1例が
尿管結石を発症して脱落し15例にCEを
施行できた。PG群は16例で全例服薬を
完遂できたものの1例で全小腸を観察で
きず,やはり15例を評価対象としている。
発赤のスコアの変化は,No-PG群では
服用後に有意に発赤が増加した(p=
0.002)。対してPG群では発赤の増加が
少なく,服用前後でその有意差は認めら
れなかった(p=0.26)
。びらんのスコアの
変化についても発赤と同様に,No-PG群
では有意にびらんが増加し(p=0.012)
,
PG群では有意差が出ていない(p=
0.42)
。発赤の検出は読影者に左右され
る可能性があるが,本試験の定義にお
けるびらんの見落としは少ないと思わ
れ,この結果が重要と考える。
トータルスコアは,No-PG群では試験前
平均2.7から試験後17.2に有意に増加し
た(p=0.001)
。PG群では試験前4.4から
試験後7.1と増加したものの有意差は出
なかった(p=0.25)。No-PG群では試験
後にびらんが有意に増加しているが,発
赤の個数とびらんの発現に関連性が見
られなかった点は興味深い。
またPG群では,確かに試験後のびら
ん発生率は少なかったが,びらんを試験
前に3カ所認めていて,試験後9カ所に
増加したケースが1例あったことが注目
された。つまり,もともとびらんを有して
いる対象ではNSAIDsによるびらん発生
の危険性が高く,そのようなハイリスク例
に対してはPG製剤の防御は有効では
あっても完全でないことが示唆された。
結論として,①2週間のNSAIDsの服
用で小腸に発赤とびらんの増加が認め
られ,②PG製剤はNSAIDs起因性小腸
病変の増加を軽減し,その抑制に有用
であることが考察できた。また,③小
腸びらんを有している症例では,
NSAIDsによるびらん発生のリスクが
高いことが推定された。
(消化器器官制御内科学)は「
(NSAIDs
による胃潰瘍の予防・治療に有効とされ
る)プロトンポンプ阻害薬は,酸に関係
するところには効力があるが,小腸には
あまり効果がない」との見方を示し,小
腸部分をカバーする,あるいは小腸を含
む消化管全体に効力を発揮する薬剤の
探索が急務であるとした。
一方,司会の菅野健太郎・自治医科大
学教授(内科学講座消化器内科学部門)
は「レバミピドは胃粘膜に留まると思って
いたが,小腸にも効いていた。メカニズ
ムを解明する必要があるだろう。プロス
タグランジン製剤の効果も示されたが,今
後は大規模試験の実施が求められるだ
ろう」
と,研究の進展に期待感を示した。
また,新しいNSAIDsとして選択的COX
(シクロオキシゲナーゼ)-2阻害剤が日本
で承認されたことにも触れ,
「下部消化
管にも安全性が高いとするデータがあ
る。今後日本人でどうかを見ていく必要
がある」と述べた。
さらに菅野氏は,NSAIDsによる小腸
粘膜傷害の発生頻度について,
「NSAIDs
は,食道から直腸に至るまですべての消
化管にリスクを及ぼすことがはっきりして
いる。小腸は今まで十分に調べられてい
なかったが,健常者といわれる人にも病
変が高頻度にあることが,日本人でもわ
かった」とし,今後,ハイリスク群を検出
するインジケーターの開発が急務である
ことを指摘した。