Title 睡眠時ブラキシズムの功罪についての文献調査 Author(s) 田中

Title
Author(s)
Journal
URL
睡眠時ブラキシズムの功罪についての文献調査
田中, 美都里
卒業研究論文集, 18(): http://hdl.handle.net/10130/1726
Right
Posted at the Institutional Resources for Unique Collection and Academic Archives at Tokyo Dental College,
Available from http://ir.tdc.ac.jp/
睡眠時ブラキシズムの 功罪 についての文献調査
第 56 期 生 31 番
要
田中
美都里
約
夜間就寝時 のブ ラ キ シ ズ ムは 無意識下 で行 われるために 、大 きな 咬 合 力が 発揮 され 、
歯の磨耗 や歯周組織の 破壊 、顎関 節や咀嚼筋の 機能障害を 惹き起 こすと 考えられている。
このブ ラ キ シ ズ ムの 原因 とし て異 常な 咬合関係 、ス ト レ ス、 中枢神経 の異 常などが 挙げ
られている 。し か し な が ら一 方で 睡 眠 時ブ ラ キ シ ズ ムは 、情 動ス ト レ スの 発散 に役 立つ
生理的 な運 動であるとも 言われている 。そこで 、ブ ラ キ シ ズ ムと ストレス の関 連に 着目
し、調 査を 行う こ と に し た。 まず 、ブ ラ キ シ ズ ムの 計測方法 とス ト レ ス計 測 方 法、 ブラ
キシズムの 治療方法 について 調べ 、現 在、 歯 科 的に はどのような 対応 が行 われているか
調査し たところ 、ブ ラ キ シ ズ ムの 治療 としては 、咬 合状 態の 改善 が中 心で 、スプリント
を装着 し、 時間 をかけて 咬合 (噛 み合 わせ )を 調整 し、 修 復 物や 、補綴物 など の再製作
が行わ れ て い る が、 心 理 的ス ト レ スの 解 消 法は あ ま り取 り入 れられていないものと 思わ
れた。 ストレス に対 する 心理療法 そ の も の は歯 科 治 療の 対象範囲 を越 え る も の と思 われ
るが、 歯科治療 の中 で患 者の 心 理 面に 深く 着目 し、 根底 から ブラキシズム を改 善してい
くことが 必要であり、 そうすることによって患 者との 信頼関係も深 まると 考える 。
キーワード:歯 ぎしり 、ストレス とブラキシズム、咬 合、心理療法 、
緒言
るための重要な機 能であることが解明され
通常、物を食べるときに臼歯 にかかる力
つつある 2 )。すなわち ストレス がブラキシ
は約 30~50kg だが、睡眠時ブラキシズムで
ズムを惹き起こしたり、あるいは強めたり
は約 60~80kg もの 力がかかると 言われて
する原因であるとしても、ブラキシズムが
いる。一般的に、 睡眠時ブラキシズムは睡
ストレスの発散をさせるために 役立ってい
眠中における顎機能運動と考えられており、 るとすれば、生体 にとってある 程度は必要
ほとんどの人が行 う正常な口 腔 系の運動機
なものであると言 える。問題はその頻度と
能である。しかし 、咬合のバランスが取れ
強さであり、症状 を惹き起こすような破壊
ていないブラキシズム運動は、 強力な咬合
的なものであれば 、やはり軽減 させる必要
力を発揮し、歯の 磨耗や歯周組織の破壊、
がある。
顎関節の機能障害 、更に咀嚼力 の異常活動
そこでブラキシズムとストレスの関連に
を誘発する原因となっていることが報告さ
れている
ついて調査を行うことにした。
1)
。しかし近 年、睡眠 時ブラキシ
ズムは、蓄積さ れ た情動ストレスを発散す
研究方法
-1-
【実験】
(1) 心理検査による測定
睡眠時ブラキシズム音の採得
(2) 生化学・免疫学的検査
自覚症状者10名を対象とし、最も疲労が
(3) 精神生理学的検査
蓄積している金曜日と、疲労回復している
2.
と思われる日曜日の2日間を、就寝してか
職業性ストレス簡易調査票を実 施させる方
らブラキシズム発生までの間隔をICレコ
法 8 )。
総合的調査
ーダーを用いて歯ぎしり音を採得し、パソ
精神科領域において、ストレスの計測方
コン上で音の波形を解析することにより、
法として上記のような方法が用 いられてい
ブラキシズムの頻 度について検 討を試みた。 るが生化学・免疫学的検査の中 で唾液中の
しかしながら記録された音から歯ぎしり音
物質を計測する方 法があり、歯 科では唾液
を特定することは困難であった為、この方
も深く関わっているので詳しく 記すことに
法でブラキシズムの発生について計測する
する。
ことは出来なかった。通常歯ぎしり音は他
精神的ストレスの 指標として 唾液中のク
覚的に認知できる 音であるのにも関わらず、 ロモグラニン A(CgA) が注目されている
採得することが出来なかったのは、録音機
と言う。CgA は、副腎髄質のクロム親和性
器の性能が十分でなかったものと考える。
細胞に見出された 439 アミノ酸残基の糖蛋
【文献調査】
白質であるが、様 々な内分泌器官や交感神
<ブラキシズムについての計測方法>
経ニューロンにも 存在し、カテコールアミ
1.顎運動の計測
ンと共に、分泌される。この唾液中の CgA
を ELISA 法により、測定することによりス
簡易的に睡眠時ブラキシズム 時の咬合様
トレスの程度を知ることができる 5 )。
式を診断に取り入 れる事ができる簡易装置
(ブラックスチェッカー:薄い スプリント
<ブラキシズムの治療方法>
のようなもので、 睡眠時に装着 するとあら
1.噛み合わせの調整が中心で、修復物や、
かじめ締約させてある染料が歯 の接触によ
補綴物(金属冠や 義歯)などの 再製作を行
って剥がれ落ちるため接触状態 が視覚的に
う場合もある。治療中は、スプリントと呼
観察できるもの) を用いて咬合 の調査・診
ばれるマウスピースのようなものを口腔に
断をする方法が開発されている
2)
。
装着する物で、時 間をかけて咬 合(噛み合
わせ)を調整していくものがある 9 )。
2.筋活動の計測
ブラキシズムは咀嚼筋の筋 活 動の計測に
2.自己暗示法や自律訓練法
より把握できる。 表面電極を左 右の咬筋中
就寝時やブラキシズムが発現 しやすい時
央部、側頭筋前部に固着した筋電計により、
間帯
筋活量を計測す る が装置が大き く、臨床に
の前に「絶対に強 く噛まない」 と暗示した
応用するには困難である
8)
。
り、リラックスしている時の自 分を連想し
て、筋肉を緩める方法 9 )。
しかし現在では筋活動を簡便 に計測でき
る携帯式の ブラキシズム記録診断装置 1 0 )
例えば以下のような「ヨーガ・セラピー」
が開発され、臨床応用されつつある。
もその一つであると思われる。 ヨーガ・セ
ラピーとは体内の 各鞘である、 人間を構成
<ストレスの計測方法>
する 5 つの鞘があると言われている。それ
1.
を順番に分類す る と、粗雑なほうから植物
ストレス反応からの測定
-2-
鞘、生気鞘、意 思 鞘、理智鞘、 歓喜鞘にな
行われているかを調査した。
るとのことだ。処置方法としてまず、肉体
近年睡眠ブラキシズムを簡便 に計測する
的緊張を意識させ 、まず、植 物 鞘であるリ
方法が開発され、 臨床応用が可 能になって
ラクゼーション法 を指導。次に 生気鞘を整
きていることから 、睡眠ブラキシズムの実
えるため、ゆったりとした呼 吸 法を行うよ
態について今後さらに明らかにされる可能
う指導。意思鞘を整える為、
「唇を閉じて奥
性が高いと思われた。
歯を離し、顔の筋 肉の力を抜く 」を唱える
またストレスについても唾液 を用いてス
よう指示。理智鞘 を整える為、 瞑想時に自
トレス測定など簡 便な方法が開 発されてお
己分析的内省し、
「緊張している時とリラッ
り、今後しか領域 でも利用されていく可能
クスしている時どのような状況 の時か」を
性が高いと思われた。
本人に調べさせる 方法である。 結果として
ストレスが睡眠ブラキシズム に及ぼす影
ブラキシズムの程 度は軽減した 。健康質問
響を明らかにした 。臨床的な調査結果につ
調査表での首筋の 凝り、歯ぎしりも軽減し
いての報告はみられなかったが 、ブラキシ
たとのことだった
4)
。
ズムとストレスの 計測方法が確 立されれば
このことについても明らかにされていくも
3.TFT、FAP
のと考える。
1)TFT(Thought Field Therapy;思考の場)
またブラキシズム に対する治 療として、
と は 約 20 年 前 に ア メ リ カ の Rogsr
具体的なストレス 治療方法を実 際に歯科で
Callahan が針灸の診断技術を応用し、ある
取り入れられているところは少 ない。スト
順序で一連の径穴 (ツボ)への タッピング
レスに対する治療 そのものは精神科の領域
(指でとんとんたたく)により、約 5 分∼
である。ブラキシズムを改善していくにあ
15 分で症状の改善・消失をもたらすことを
たって、ブラックス・チェッカーで睡眠ブ
発見したものである。
ラキシズム時の咬合接触状態を 診査し、更
2)FAP(Free From Anxiety Proguramu:
に咬合器付着模型 、レントゲン 写真といっ
心理的症状除去プログラム)とは 1999 年に
た資料もリンクさせることで睡眠時ブラキ
大嶋信頼によって発見され、2001 年に治療
シズム時の咬合接触が、咬合干渉、咬頭干
体系が出来上が っ た新しい心理療法である。 渉、咬嵌合等のどのような接触 なのかを診
査する 3 )。
従来の心理療法、あるいは精神科治療では
困難だった PTSD の緒症状の改善や恐怖心
また筋放電の計測 により強さを 計測する。
の克服、パニック障害や強迫性障害、依存
次の段階としてストレスを計測 する「唾液
症的欲求などの症状に対して劇的な効果を
クロモグラニンA によるストレス評価」を
示すことがわかっている
3)
。
行う。CgA の測定によって固体ごとのスト
レス反応が評 価できる可能性を示 せる 6 )。
以上の二つの方法 を実施することでブラ
キシズムが改善されるという。
どちらとも、この 計測法では客観的測定が
行える。客観的に その患者ストレスの度合
考察
いを知り、この時 点でまず、患者自身にブ
夜間ブラキシズム とストレス との関連に
ラキシズムをしているという自 覚と、現在
ついての調査にあたってまず、 どのような
抱えているストレスは何かを、 もう一度考
方法でブラキシズムとストレス の計測のが
えてもらい、患者 に自分自身を 理解した上
-3-
12 月 170− 173
で、次のストレス の治療方法へ と移る。そ
の間も睡眠時のブラキシズムの 変化をブラ
7.玉置勝司、佐藤貞雄:咬合様式の違い
ックス・チェッカーで確認し つ つ治療を進
が睡眠ブラキシズム時の咀嚼筋活動を
めていくことが大切である。
変えることができるのか. 日本歯科評
患者自身は“自分 は歯ぎしりをしていな
論
第 754 号
い”と他人事のように思っている場合が多
月
84− 90
く、ブラックス・ チェッカーを 見てもらえ
Vol.65 No.8
2005年 8
8.河野友信:ストレス診療ハンドブック
ばモチベーション と共に治療に 対する積極
第2版
性が高まるという 効果も期待できると述べ
ンターナショナル.2003 年
ている 3 )。 このような 治療内容 を心理学療
メディカル・サイエンス・イ
73− 81
9.押見一:ブラキシズムと歯 科臨床.日
法と歯科が連携し 、今後は、歯科治療でも
本歯科医師会雑誌
2004 年
57( 7)
患者の心理面にも 深く着目し、 根底からブ
10.堀井毅史:携 帯 式ブラキシズム診断記
ラキシズムを改善 していくこと が必要であ
録装置の開発と 夜間ブラキシズム診断
り、そうすることによって患者 との信頼関
への応用.北海道歯学雑誌 3 巻 2 号
係も深まり、良い 関係が築いていくことが
2002 年 12 月
望ましいと考える。
参考文献
1.小野寺寛司、川越俊美、佐藤貞雄 :ブラ
キシズムの臨床的診断.神 奈川歯学、
第 38 巻 第 4 号 2003 年 12 月 185−187
2.小野寺寛司、 川越俊美、笹栗健一、佐
藤貞雄:ブラキシズムの臨床診断.日
本歯科評論
週刊第 754 号
77−83
3.石井和浩、石井久恵:ブラキシズム患者
への心理療法の 効果.栃木県歯科医学
会
第 55 巻 2003 年 93− 111
4.木全信之、小川麻子、木村 慧心:ブラ
キシズム患者におけるヨ ー ガ・セラピ
ーの 試み .日本歯科東洋医学会誌
Vol.22 No.1・ 2
2003 年 22−30
5.吉田彩佳、岡村麻里、佐藤貞雄:唾液
クロモグラニン Aによるストレス評価
とブラキシズム 様活動のストレスに対
する影響.歯科展望特別号 −健康な心
と 身 体は 口腔 から ∼ 発ヨ コ ハ マ 2004
年
417
6.佐藤貞雄:なぜ咀嚼器官とストレスか?.
神奈川歯科学
第 38 巻第 4 号 2003 年
-4-
310