道 行 く 人 の 目 を 引 き つ け る ﹁ 文 房 具 店 に 見 え な い ﹂ 店 づ く り

特集
思わず行ってみたくなる
人の心をつかむ「導く力」
ちの文房具屋さん〟を思わせない
商品を置いている。いわゆる〝ま
には雑貨など、さまざまな分野の
たばこ・ガーデニング用品、2階
今年で創業 年目を迎える文房
具店・井口文華堂。1階に文房具・
てみると、そこには文房具が並ん
らないが、興味を引かれて中に入っ
と見ただけでは何のお店だか分か
たばこのショーケース⋮⋮。ちょっ
その 前 に 並ぶガーデニング 用 品、
ケ ーキ 屋 さんと 見 間 違 う よ う
な洋風の白いドア、大きな一枚窓、
のも特徴だ。
問わず幅広い世代が訪れるという
かも若い女性だけでなく、男女を
人を超えることもあるという。し
∼600人、多いときは1000
く、一日の来店者数は平均500
かれて入ってくるお客も少なくな
道行く人の目を引きつける
﹁文房具店に見えない﹂店づくり
外観やセンスのある内装は、道行
でいる。さらに店内をよく見ると、
て き た。 実 際、 外 観 や 内 装 に 引
く人の目を引きつけ、幅広い層の
ショーケースにはアンティーク家具
自分もお客も居心地の
良い空間にしたい
お客でにぎわっている。
が使われ、壁はレンガ造りでとこ
ろどころにランプやレリーフなど
の装飾が配されており、文房具店
井口文華堂
神奈川県横浜市
でデザイン性の優れたものを多く
扱っていたせいか、
﹃これはちょっ
ごろだという。牧さんが先代の娘・
です﹂
若い女性が﹁かわいい!﹂と
口にする外観
というイメージはない。
﹃きゃ∼∼、かわいい!﹄という若
節子さんと結婚したのがきっかけ
居心地の悪さを感じた牧さんは、
手始めに倉庫をなくすことにした。
﹄と思ったん
井口文華堂のある神奈川県横浜
市の日吉は、駅の東側に慶應義塾
い女性の声が外から聞こえてきま
だった。
とおかしいだろう
大学日吉キャンパスがあり、駅を
す よ ﹂ と 代 表 取 締 役の 牧 新 生 さ
井口文華堂が現在のようなお店
へと変わり始めたのは、昭和 年
挟んだ西側には4本の商店街が放
店に勤めていて、整然とした環境
来る前は輸入した楽譜を扱う専門
は棚も床もほこりっぽい。ここに
作に貼られ、狭く雑然とした店内
ました﹄と書かれた画用紙が無造
いて、ガラス戸には﹃○○入荷し
店の前にはハンコのラックが出て
ちの文房具屋といった風情でした。
と考えるのも楽しいんですよ﹂と
﹁わざわざ店に倉庫を持たなくて
から注文しても間に合うからだ。
が届くため、在庫が少なくなって
翌日か、遅くとも翌々日には商品
思議だった。文房具は注文すれば
があったが、牧さんにはそれが不
になる。売り場の何倍も広い倉庫
そろえるには広いスペースが必要
文房具は品数が多いため、在庫を
も、問屋を倉庫代わりに使えばい
牧さんは目を細める。
思いました。当時は売り場を2倍
に広げれば2倍、3倍にすれば3
倍と、広さに比例して売り上げが
伸びたので、その判断は正解でし
2階に上がれるようにした。さら
にし、外階段をなくして店内から
昭 和 ∼ 年 には、人に 貸 し
ていた2階も店舗として使うこと
異なるアンティーク家具を、あえ
だ。しかし牧さんは、形も高さも
一列に隙間なく 並べるのが一般的
に什器を置く場合、同形のものを
た﹂
に出入り口の間口を広げ、店内を
店内のレイアウトにも牧さんな
りのこだわりがある。通常、壁面
自分の部屋にいるような
雰囲気を演出
い。その分、店舗として使おうと
﹁この家に来たころは、いかにもま
んは 笑 う。井 口 文 華 堂 は
年以
射 状に伸びる。その一つ・中 央通
﹁ 店 にいる と、一日 に5 ∼ 6 回 は
▲「もともと文房具屋にあまりいいイメージを持っていなかっ
たので、とにかく見た目の美しい、おしゃれな店にしたかった。
お客さまに『かわいい!』と言われると、もっとやってやろう
と意欲が湧きます(笑)
」と話す牧新生さん
ル用の棚として使ったり⋮⋮。多
生地屋が使う反物ラックをファイ
シャツケースに 半 紙 を 置いたり、
り、テーラーで使われていたワイ
ば、重厚なデスクに雑貨を並べた
ティーク家具に替え始めた。例え
般的なデコラ張りの什器からアン
ル。それに合わせて、陳列 棚を一
労ということも少なくないが、井
は通路で人とすれ違うのもひと苦
また、通路の幅を広くとってい
るのも特徴。一般的な文房具店で
いう。
雰囲気を演出してくれるからだと
凸凹感が自分の部屋にいるような
ていることがひと目で分かる上に、
その方が家具ごとに商品をまとめ
いると、思わぬ掘り出し物に出合
市や骨董市などをまめにのぞいて
コストパフォーマンスは高い。蚤の
ほど味わいが出るので、結果的に
200年は持ちますし、使い込む
くりがいいからどれも100年や
想像するほどではありません。つ
メ ー ジ が あ る け れ ど、 皆 さ ん が
﹁アンティークという と高 価 なイ
売れるものを 奥に置いておけ ば、
う。それにシャワー効果といって、
ら、店の前に置くこともないでしょ
い人は必ず奥まで入って来ますか
﹁今は店の奥に置いています。欲し
かつて牧 さんが 嫌がっていたハ
ンコのラックはどこへ行ったのか。
るのだ。
じっくりと商品を見ることができ
ある。おかげで誰にも邪魔されず、
口文華堂の場合はゆうに1m以上
います。これは何に使えるだろう
時間をかけて替えていった。
くが一点物であるため、少しずつ
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上、
〝見た目の美しさ〟にこだわっ
!?
て ㎝ほど間を空けて並べている。
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温かみのある木目調にリニューア
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2階ではファンシー文具や雑貨を
扱う。見やすいディスプレーに、
一つ一つ手に取りたくなる
▲白を基調にした洋風の外観。営業中はつねに開放している白いドアは、アンティークショップで購入したものだそう
り商店街の中ほどにお店はある。
壁面のレンガやアンティーク家具
のショーケースにより、どっしり
と落ち着いた雰囲気の店内1階
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2014.4
2014.4
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特集
思わず行ってみたくなる
人の心をつかむ「導く力」
てくれることも期待できます。店
その途中で別の商品を見て、買っ
たのだ。通常なら業者に頼むとこ
の壁にレンガを張ろうと思い立っ
手する。木目調で統一された店内
ころ、再び店内の大きな改装に着
えるのに合わせ、お店の外側を白
る白いアンティークドアに付け替
︵牧さん︶購入した高さ2・5mもあ
に入社した息子の尚徳さんの発案
しかし、大学卒業後、井口文華堂
を 入 れていたわけではな かった。
例えば、たばこ。もともと創業
当初から置いていたが、さほど力
代に応じて変えてきた。
の前がきれいになり、売り上げも
ろだが、牧さんはアルバイトの女
いペンキで塗り、現在の外観へと生
さらに出入り口のドアを﹁アン
ティークショップで一目ぼれして﹂
アップして一石二鳥です﹂
性数人とともに自分たちでやるこ
たばこを扱い始めた。日本ではあ
こうして着々と〝文房具屋らし
くない店づくり〟を進めた牧さん
まりなじみがないが、世界にはさ
で、新たに外国産の葉巻や紙巻き
まざまな銘柄があり、それぞれ独
まれ変わらせた。
ないが、やる気になればここまで
特の香りが楽しめるそうだ。パッ
とにした。しかもお店を営業した
﹁もちろん、一遍にやったわけじゃ
できるのだ。自分のイメージする
ケージがまるでチョコレートのよ
だが、当初、節子さんは強く反対
感があったのだろう。しかし、特
ありませんよ。今回はこの柱、明
お店づくりを自らの手で行ってい
うにカラフルで美しいため、陳列
まま、お客が出入りする中で作業
に用事がないのにお店に入ってく
日はこの壁といった要領で少しず
る姿をお客に見せることは、
﹁この
してあるだけで目を引き、つい手
していたという。昔ながらの文房
る人が増えたことや、棚から棚へ
つ張り 替えていったので、特に営
店は常に変わろうとしている﹂と
に取ってしまう。
牧さんにインテリア全般の知識
やDIYの経験があったわけでは
と移動しては﹁かわいい!﹂と楽
業の邪 魔にはなり ませんでした。
いうアピールにもなる。
を進めていった。
しそうな声をあげる若い女性客の
むしろお客さまは面白がって見て
具店で育った節子さんには、違和
姿を見るうち、次第に理解を示す
テーラーの仕立て台をレジ台として使用。塗りが剝げ
た風合いも独特の雰囲気を醸し出している
たばこのショーケースの上に飾られたアンティークの手
巻き時計。たばことのマッチングがかえって目を引く
牧さんが自ら足を運んで買い付けてきた全国各地の和
紙の障子紙。固定客も多い
1階も2階も通路の幅を1m以上確保。商品が見やす
いだけでなく、ゆったりとした印象を与える
テーラーが使っていたワイシャツケースを半紙用の
ケースとして利用。トレーのサイズが半紙にピッタリ
アメリカ製の小さな石炭ストーブ。こうした店内のとこ
ろどころに配されたオブジェを見つけるのも楽しい
近年取り扱うようになったガーデニンググッズ。れっき
とした商品だが、装飾品のような役割も果たしている
お店の奥のレジ脇に置かれたハンコのラック。お客を
店内の奥まで呼び込む力は十分だ
生地屋が反物用に使っていたラックをファイル棚に。引
き出しの真ちゅうのシェル型取っ手が年代を感じさせる
ル﹂はなさそうだ。
い切る牧さんのお店づくりに﹁ゴー
機応変に変わっていきたい﹂と言
見た目や美しさを意識しながら臨
な雰囲気かどうかが重要。今後も
ですが、まずは入りたくなるよう
でなければいけない。商品も大事
気持ちになってもらえるような店
が基本だし、そこに来るとハレの
入って気持ちいい空間であること
に限らず、喫 茶 店でも 本 屋でも、
と思うんです。ですから文房具屋
﹁私は店というのは﹃ハレの場﹄だ
2億円に上る。
右肩上がりを続け、現在では年商
上げも時代に左右されることなく
し、固 定ファンもつかんだ。売り
続けた結果、来客数を順調に増や
で徹底的に﹁見た目﹂にこだわり
こうして外観、内装、ショーケー
ス、商品、ディスプレーに至るま
つなんです﹂
のも、他店と差別化する戦略の一
におしゃれにディスプレーしている
ました。それらを壁の目立つ場所
メーカーの商品にも力を入れてき
の便せんや封筒といった由緒ある
堂﹄の和文具や﹃G.C.プレス﹄
らないようなもの、例えば﹃鳩居
そこで普通の文房具屋では手に入
が、実用品ばかりではつまらない。
えを充実させるのはもちろんです
た一般文具です。それらの品ぞろ
ノート、ガムテープ、模造紙といっ
﹁当店の売り上げの大部分は、大学
なって訪れているという。
これらを必要とする人が固定客と
的 な ものまで取 り そろえている。
き和紙、修復用和紙といった専門
あり、普通の和紙から高級な手す
珍しい商品といえば、和紙もそ
うだ。牧さん自身が好きなことも
りました﹂
なってからさらに売れるようにな
巻 や 紙 巻 き た ばこを 扱 う よ う に
に来るというのもあるけれど、葉
屋がなくなっているからうちの店
て売れるんですよ。周辺にたばこ
るかもしれませんが、予想に反し
で、時代に逆行していると思われ
﹁ たばこを 扱 う 店 は 減っているの
いましたよ。若い女の子が作業服
を着て、レンガを張る光景なんて
なかなか見られないでしょう? 別
に狙ったわけではないけれど、案
外いいパフォーマンスになったん
形も高さも違うショーケースをあえて間を空けて配
置。その凸凹感が「ホッ」とする雰囲気を演出
商店街の中でもひときわ目を引
くお店となり、取り扱う商品も時
﹁ハレの 場 ﹂と し て 期 待 し て
入ってもらえる雰囲気が大切
ようになったそうだ。
アンティーク家具の
アイデア利用
レイアウトの工夫
隠れた主力商品
“まちの文房具屋”
らしからぬ装飾
じゃないかな﹂
日本製のたばこよりも幅を利かせている外国製の葉巻
や紙巻きたばこ。色とりどりのパッケージは見た目もか
わいく、手に取る人も多い
営業時間中に改装
進化する姿勢をアピール
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2014.4
2014.4
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灯油で火をともすアンティーク・ランプが店内のところ
どころに。ランプの明かりで照らされたレンガが美しい
!?
そして 世紀を迎えようという
井口文華堂の魅 せるテクニック