ルポルタージュ ~KENYAからの呟きVol.2~ No.10 9月23日 今日は一般診療の最終日(土日はHIV陽性者のフォロー)。みんな疲労がたまってきている感じ。毎日寝るのは なんだかんだと0時過ぎになる。今日も外傷の患者が来た。手をナイフで切って、近くの診療所みたいなところへ 行ったが縫合は出来ないので、病院へ行けと言われたらしい。でもお金もないので我々の診療所へ来た。よくよく 話を聞くとけんかをしたらしい。手を2カ所切られ、頭を殴られたらしく、眉間と頭部にも挫創があった。結局全部縫 合したが、右目も殴られて少し見にくいみたい。たぶん網膜剥離でもあるのだろう。さすがに眼の中の事までは解 らないので、病院へ行けと勧めたが、行けるのかどうだか。ここでやっている処置も、屋内は場所もないしすごいほ こりが舞っているので屋外でやったんだけど、外も風があるのでどっちもどっちかな。本当に野戦病院さながらです。 しかもフレッシュな血の中の処置で、針を扱うのでHIVのことが頭をよぎる。こちらの知識がないため余計に心配し てしまう。風邪引いたと行ってくる人でも自分はHIV陽性だと行ってくる人もいるくらいだから。まあ、そんな事は承 知の上で来ているので、こちらもなるがままだ。 外人チーム(小児科、歯科)もよく頑張った。でも食生活、習慣の違いでいろいろ連携が上手くいかない事もある。 文化の違いも大きいね。こちらの人は友好的だが、すぐ色々ほしがるし。ボールペンでも100均の扇子でも飴でも すごく喜ぶ。昔の日本にタイムスリップしたみたい。昼からは近くの小学校にサッカーボールやら文房具やらを寄 付しに行った。今日は診療所の敷地に兵隊が数人ライフルのようなものを持ってたっていた。何でこんなところに いるんだろう。初めてだぞ兵隊は。ボールペン3本と変えてもらえないか頼もうと思ったが、冗談は通じないだろう からやめた。それよりも彼らは小学校へ行くまでの護衛なんだと。去年までは護衛はなかったが、今年から急にス トリートチルドレンが急増しているらしい。歩いて15分くらいのところなんだけど、なんでそんな危険なところへ行く のかと思ったが、子供らの顔を見たらそんな事も忘れてしまった。帰りには稲田先生が世話している老人ホームの ようなところに立ち寄った。生協のなもそっくり。みんな本当に稲田先生に感謝していると話してくれた。そういえば まだお土産もなにも買ってないな。一般診療の合計は約1800人。そのうち採血した人(希望者)は139人。HIV陽 性者は11人であったと報告を受けた。 9月24日 今日は簡単。午前中にHIVの陽性者のフォローを行うだけ。きちんと薬を飲んでいるか、定期的に検査を受けて いるかなどフォローする。この村のみんなが本当にここを便りにしているのがよく伝わる。今日、びっくりしたのが子 供の食事。手や口を洗っているのはいいけど、その水は道の泥水と何ら代わりのないような濁りよう。洗面器に5 cmくらい入っているだけなのに全くそこが見えない。しかも大きなお盆にのせたご飯をみんなで手で食べている。 ちょっとワイルドすぎ。衝撃的であった。昼からはマサイのマーケットに行ってお土産を買う時間をもらえた。なれな い英語で目一杯値切ってみた。そのうち周りを多数の黒人に囲まれやばいと思ったが、ブラザーとかマスターとか ある意味親しみやすい。だいぶ黒人にもなれてきたな。もう少しでこの出張も終わる。 長谷川 誠 ケニア到着当時、ケニアの報告をしておりましたが、現地に着いて、報告を書いているうちに、ケニアでの活動も 6回目となり、ケニアでの光景や状況は見慣れたものであるため、現地での様子や活動の状況を充分、感激を 持って伝えられない事に気付き、現地での活動報告を長谷川先生にお願いすることにしました。しかし、長谷川先 生も私も、診療が終り、夕食を済ませた後も、ホテルの部屋でその日の患者さんのHIV、B型肝炎、梅毒の検査を 深夜までやることとなり、今回は、毎日のケニア報告をする時間と体力もなく、御無沙汰してしまいました。そんな 中、ケニアでの活動も大きなトラブルもなく終わり、今日、ケニアを経つ事となり、現地からのケニア報告もいよいよ これが最後となりました。今回の活動で診療に来た患者さんは、内科、外科、小児科、歯科合わせて、1900名近 くになり、内科、外科ではおおよそ1500名で、平均1日約300名の患者さんを診た事になります。 今年は、2000年にこの活動が始まって以来初めて、外科医として長谷川先生が参加し、何人かの患者さんに対 して外科的処置をお願いすることができたことは、今回の活動の大きな収穫でした。以下、この数日の活動の様子 を写真でお送りします。 山本 直彦 PHOTO OF KENYA
© Copyright 2024 ExpyDoc