瀬戸内海の台風気象場,高潮・波浪の再解析 - 土木学会

土木学会論文集B2(海岸工学)
Vol. B2-65,No.1,2009,441-445
瀬戸内海の台風気象場,高潮・波浪の再解析
Reanalysis of Typhoon Meteorological Fields and Related Waves and Surges in the Seto Inland Sea
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李 漢洙 ・山下隆男 ・駒口友章 ・三島豊秋
Han Soo LEE, Takao YAMASHITA, Tomoaki KOMAGUCHI, and Toyoaki MISHIMA
Meteorological fields and oceanographical conditions of storm surges, waves, currents in the Seto Inland Sea, have not
been numerically studied well in sufficient accuracy because of the complicated topographical and bathymetric
features such as surrounding mountainous area and a number of islands. Reanalysis of the meteorological fields and
related waves and storm surges in the Seto Inland Sea was carried out for past 20 typhoons in 1971-2008 by using a
third generation storm surge model which is a atmosphere-wind wave-ocean coupled model. The reanalyzed results in
case of T9313 and T0416 show good accordance with observed data depicting topographical and bathymetric features
should be resolved accurately in numerical modeling.
えない状況である.
1. はじめに
一方,高潮の数値解析には,藤田や光田の台風モデル
わが国の湾域における高潮の特性とそれを数値解析で
のように,同心円型の気圧分布を仮定し傾度風をベース
検討する場合の注意点は地形の影響を考慮する風域場,
とした簡易な「傾度風型台風モデル」が気象場の再現計
外洋との連携性を考慮した広域の流れ場の複雑性により
算に多用されてきた.また,流れの場も長波近似を仮定
以下の様であろう.
(1)有明海:湾奥では潮位差が大きな浅海域が広く存
在しているため満潮時に高潮の吹き寄せ効果が最大にあ
るような場合には甚大な高潮偏差が発生する.このため,
した水平 2 次元モデルが多用されてきた.このような初
期のモデルは第一世代の高潮数値モデルと呼ぶことがで
きよう.
1990 年代になってメソ気象モデルが使用されるように
潮汐・波浪と高潮の相互作用を同時に考慮した高潮の数
なり,更に 90 年代後半には米国海洋大気局から MM5
値モデルが必要である.(2)大阪湾・伊勢湾・東京湾:
(Grell ら, 1991)が公開以降,わが国では,気象場におけ
湾口が南にあるわが国の 3 大湾.吹き寄せ効果の卓越方
る陸上地形の影響を考慮するために,MM5 が使用される
向の再現計算が重要となる.このため,メソ気象モデ
ようになり,高潮,高波の再現精度が格段に向上した.
ル(MM5 等)による気象場の数値解析が必須である.
現在では同様の解析手法を適用し精度の高い高潮,高波
(3)土佐湾:沿岸域での水深に規定された砕波による海
シミュレーションが可能になっている(Lee ら, 2008).
面上昇(wave set-up)が卓越する高潮.高潮再現には
このようにメソ気象モデルと準 3 次元モデルである POM
wave set-up が再現できる解像度が必要となる.(4)瀬戸
(Mellor, 2003)を用いたモデルは第二世代の高潮数値モ
内海:外洋と内海との海水の流動機構,周辺を山で囲ま
デルと呼ぶことができよう.
れた場での気象場の複雑さが大きな特色である.これを
さらに,今日では,大気・海洋,大気・陸面および河
再現できる気象モデルが必須であり,メソ気象モデルを
口・海岸における様々な規模の地球流体運動を再現でき
用いることで,瀬戸内海の高潮の再現性を大幅に向上で
るモデルを結合した数値モデルシステム(環境シミュレ
きる(山下ら2007).
ーター)が開発され,防災・環境研究へ適用が検討され
以上のように,我が国の高潮特性は極めて大きなバ
ている(山下ら,2007).シミュレーターによる水域一
リエーションを持っており,単一の数値解析法を一律
貫した総合的な台風,豪雨,洪水,高潮,高波の相互作
に適用することには問題がある.特に,瀬戸内海にお
用を考慮した高潮の数値モデルは第三世代のモデルと呼
ける台風時の気象場や高潮・波浪・潮流の海象場は,
ぶことができよう.
周辺を山地で囲まれた陸上地形と,内海の複雑な海底
本研究では,第三世代の高潮モデルとして位置付けら
地形のため,十分な精度では明確にされているとは言
れる,メソ気象モデル MM5 ・波浪推算モデル SWAN ・
海洋循環モデル POM の結合モデルにより,1971 年以降
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4
正会員
正会員
正会員
正会員
工博
工博
工博
工博
広島大学助教 大学院国際協力研究科
広島大学教授 大学院国際協力研究科
(株)碧浪技術研究所 代表取締役
(株)碧浪技術研究所 技術部長
の 20 の顕著台風を対象とし,瀬戸内海における気象場,
高潮・波浪場の再解析を実施した.
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土木学会論文集B2(海岸工学)
,Vol. B2-65,No.1,2009
2. 解析方法
(1)瀬戸内海における顕著台風の選定(1971-2008 年)
表-1 は瀬戸内海沿岸に高潮浸水被害をもたらした台風
を示す.過去 35 年間(1971 ∼ 2006)を対象とし,瀬戸
内海において次の条件を満たす 20 の台風を抽出した.a)
最高潮位がいずれかの場所で 200cm を超え(最大偏差は
不明の場合あり),b)最大偏差がいずれかの場所で 50cm
を超える場合.以下では,計算方法と T0416 と T9313 の
計算結果について述べる.
(2)風域場の再現計算
図-1 に示す 27km ∼ 3km までの 3 段階のネスティングの
計算領域において,MM5 による気象場の再現計算を行っ
た.特に計算領域3は瀬戸内海や周りの中国や九州,四国
をカーバし地形の影響が気象場に考慮できるように計算
領域を設定しネスティングを行った.T0416の計算での初
期,境界条件,4 次元同化には NCEP の全球解析値(空間
解像度1°)を用い,T9313の計算にはJRA-25(空間解像度
図-2
地上風ベクトルの空間分布(上:T9313,下: T0416)
1.125°)を用いた.
表-1 瀬戸内海沿岸に高潮浸水被害をもたらした顕著台風
台風
期 間
最高潮位(地点)
最大偏差(地点)
T0613
09/16∼09/18 336(宇野)
T0514
09/03∼09/08 381(高松),
376(宇野),
568(広島)
T0410
07/30∼08/02 378(高松),
552(広島)
T0416
08/28∼08/31 436(高松),
428(宇野),
572(広島)
T0418
09/06∼09/08 377(宇野),
573(広島),
329(神戸)
T0421
09/29∼09/30 323(洲本)
T0310
08/07∼08/09 356(高松)
T0111
151(宇野)
08/20∼08/21 227(広島),
T9918
09/27∼09/28
T9719
192(宇野),
241(広島)
09/13∼09/17 374(高松),
T9612
186(宇野)
08/13∼08/15 184(高松),
94(高松),
101(宇野)
T9313
09/03∼09/04 119(神戸)
112(神戸)
T9210
08/08∼08/09 250(姫路)
70(姫路)
T9119
370(宇野),
216(広島港) 99(高松),
88(広島港)
09/27∼09/28 510(松山),
T9014
203(広島港),
292(洲本) 52(宇野)
08/21∼08/22 325(宇野),
T8013
09/10∼09/11 234(広島)
96(広島)
T7506
08/22∼08/23 173(高松)
70(高松)
T7416
293(神戸)
08/31∼09/02 164(高松),
53(高松)
T7209
07/23∼07/24 352(高松)
60(高松)
T7119
08/04∼08/06 199(岡山)
58(岡山)
図-1
57(宇野)
計算領域と観測点位置
図-3
松山での地上風の観測と計算の比較
図-4 延岡での地上風の観測と計算の比較
瀬戸内海の台風気象場,高潮・波浪の再解析
443
(3)波浪場の再現計算
気象場と同様に 3 段階のネスティングの領域での計算
で,第 3 世代のスペクトル法の波浪推算モデル SWAN を
用いた.計算には低周波数帯での白波砕波による波浪エ
ネルギー消散項の過大評価(波浪エネルギーの過小評価)
に対し浅海域にも適用できるよう白波砕波消散項の修正
を行った(Rogers ら, 2003 ; Lee ら, 2009).また,波浪
推算では波浪・流れの相互作用で重要な白波砕波と浅海
域での水深による砕波結果をエネルギー的に結合する過
程を用いた(Lee ・ Yamashita, 2009).さらに,瀬戸内
海で多く存在する島を再現するため,3km,1.5km,
750m,500m の格子間隔を計算領域 3 に適用し計算を行
図-7 T0416によるドメイン3における最大有義波高分布
(格子間隔 3km(a)
,1.5km(b),0.75km(c),0.5km(d))
っている.
(4)高潮の再現計算
浅海域での大気,波浪・流れの相互関係を考えると,
強風時には白波砕波および海底地形の影響を受けた砕波
を介して波浪エネルギーが流れへと伝達される機構を考
慮する必要がある.本研究では,このような高潮特性を
考慮した大気・波浪・高潮結合モデルによる再現計算を
行った.さらに,波浪場の計算と同じく瀬戸内海での多
くの島と,その水路を通る水量の再現が重要であると考
えられる.そのため,高潮の再現でも 3km,1.5km,
750m,500m の格子間隔を計算領域 3 に適用し計算を行
った.
図-5
T9313(左)とT0416(右)による最大有義波高分布
(ドメイン 1)
図-6 T9313 によるドメイン3における最大有義波高分布
(格子間隔 3km(a),1.5km(b),0.75km(c),0.5km(d))
図-8 波浪の計算結果と観測値の比較
(細島(上),苅田(中上,中下)と宮崎(下)
)
(つづく)
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土木学会論文集B2(海岸工学)
,Vol. B2-65,No.1,2009
図-8 波浪の計算結果と観測値の比較
(細島(上),苅田(中上,中下)と宮崎(下))
図-10 T0416における潮位の計算結果と観測値の比較
(広島,松山,大分,徳山,宇和島)
図-11 T9313における高潮の計算結果
(広島,松山,大分,徳山,宇和島)
図-9
T9313における潮位の計算結果と観測値の比較
(広島,松山,大分,徳山,宇和島)
図-10 T0416における潮位の計算結果と観測値の比較
(広島,松山,大分,徳山,宇和島)
(つづく)
図-12 T0416における高潮の計算結果
(広島,松山,大分,徳山,宇和島)
445
瀬戸内海の台風気象場,高潮・波浪の再解析
3. 解析結果と考査
図-2 に T9313 と T0416 の事象に対し計算領域 1 における
10m 高の風速ベクトルの空間分布の一例を示す.台風が
日本に接近する際(左)と九州南部に上陸になった時
(右)の結果である.図-3 と図-4 には,T9313 と T0416 の
向が見られる.
以上のように,瀬戸内海における 20 の顕著台風に対す
る気象,海象の再解析を行った.再解析結果のデータは,
気象庁のGPV と同様な形式で公開する.
4. 結 語
事象に対しそれぞれ松山と延岡における風速の再現値と
メソ気象モデル MM5 ・波浪推算モデル SWAN ・海洋
AMeDAS 観測値の比較一例を示す.これらより,台風に
循環モデルPOM の結合モデルを瀬戸内海域に適用し,過
より強風域場がうまく再現できていることが確認でき
去 35 年間(1971 ∼ 2006) 瀬戸内海沿岸に高潮浸水被害
る.図-5 には,T9313 と T0416 の事象に対し計算領域 1 に
をもたらした 20 の台風を対象とした気象場,高潮・波浪
おける有義波高の最大値の空間分布を示した.図-6 と
場の再解析を行った.得られた主な成果は以下のようで
図-7 は,計算領域 3 における格子間隔 3km, 1.5km, 750m,
ある.
500m による結果であり,瀬戸内海の島と水路がある程度
(1)メソ気象モデル MM5 を複雑な地形条件を有する瀬
解像されているのが読み取れる.750m と 500m の場合は
戸内海域に適用し,この瀬戸内海沿岸に高潮浸水被害
大きな差は見られないが,3km と 1.5km そして 750m の場
をもたらした 20 の台風(気象じょう乱)に対して海上
合は海岸線,島などの個所で差が大きい.
風を含む局地気象の再解析を行い,再解析データセッ
図-8 に,苅田,細島,宮崎における有義波高と有義波
周期の観測結果と計算結果を示した.瀬戸内海の奥に位
トを作成した.このデータセットは,本論文の著者か
らの提供が可能である.
置する苅田では再現期間中だいたい一致しており,格子
(2)台風 9313,0416 号に対して,気象場, 高潮・波浪場
間隔の違いにより事象によって最大約 30cm 程度の有義
のそれぞれの再解析結果と観測値との比較を行い,再
波高の差がある.周期の場合,格子間隔の違いにより最
大 1 秒くらいの差があり,3km より 1.5km のほうがより観
現性評価の指標を示した.
(3)瀬戸内海に多く存在する島とその水路を通る水量の
測値と合っていることがわかる.1.5km,750m,500m の
再現のため,違う格子間隔(3km,1.5km,750m,
中では大きい差は見られない.豊後水道の東側に位置す
500m)の計算領域を設定しその再現性を評価した.そ
る,細島では上陸する前まで有義波高が若干小さい傾向
の結果正確な高潮・波浪場の計算には確かな地形の再
になっている.周期の場合,格子間隔の違いにより最大
現が重要であることが確認できた.
約 2 ∼ 3 秒くらいの差があり,その差は 1.5km,750m と
500m の間で見られる.細島よりもっと海洋に面している
参 考 文 献
宮崎では再現期間中の有義波高の最大値が若干少なめな
山下隆男・金 庚玉・李 漢洙・モハメドハガグ(2007):環
境シミュレーター −海岸工学への貢献−,海岸工学論文
集, No.54, pp. 1301-1305.
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っているが, ほぼ一致している.周期の場合もピーク時
で欠測となっているが,ほぼ一致している.
図-9 には T9313 に対し広島,松山,大分,徳山,宇和
島での格子間隔 1.5km(左)と 3km(右)による潮位の
計算結果と観測値の比較と高潮結果を示した.まず,豊
後チャネルに位置している宇和島と大分ではよく一致し
ているが,瀬戸内海の中に位置している徳山,松山,広
島では瀬戸内海の奥に行くほど観測値との差が大きくな
る傾向が見られる.これにより瀬戸内海に存在する島と
その水路を通る水量の再現が重要であることがわかる.
格子間隔の違いによる結果を見ると 3km による結果より
1.5km の間隔で計算結果が観測値により一致している.
そして位相差も 1.5km の結果が観測値に合っている.
図-10 には T0416 に対し同じ観測点での同様の結果を示
している.その結果も T9313 と同様の傾向が見られる.
図-11 と図-12 の高潮の結果でも格子間隔による同様の傾