大容量車両用・産業用平形 IGBT - 富士電機

富士時報
Vol.71 No.2 1998
大容量車両用・産業用平形 IGBT
一條 正美(いちじょう まさみ)
関 康和(せき やすかず)
西村 孝司(にしむら たかし)
まえがき
本稿では EMB1801RM-25 に採用した技術ならびに性能
について説明し,開発中の EMB1805RM-25 についても概
富士電機は,電気鉄道や産業用の各種の高電圧・大容量
要を紹介する。
変換装置への IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)
大容量化技術
適用の要求にこたえるため,高耐圧・大電流 IGBT の開発
を積極的に推進している。このようななか先般は,図1に
示す 2.5 kV/1 kA 定格の平形 IGBT(一般形式: EMB1001
2.1 大面積チップの実用化
)を開発し,各種変換装置への適用を推進してきた。
EMB1001RM-25 の開発においては,20 × 20(mm)の
IGBT のコレクタ電流定格は直流定格で表現されるが,
大面積 IGBT チップとダイオードチップを開発して搭載し
GTO(Gate Turn- Off)サイリスタの可制御アノード電流
た が , 今 回 の EMB1801RM - 25 で は , さ ら に 大 き な
と比較する場合にはパルス定格で比較するのが妥当である。
27.5 × 27.5(mm)の IGBT およびダイオードチップを開
2.5 kV/1 kA の IGBT の 電流定格 は, 2 kA の GTO サイリ
発し搭載した。
RM-25
スタに匹敵することになる。
また, EMB1001RM-25 用 の 20 × 20( mm)のチップ
しかしながら, GTO サイリスタではすでに 4 kA の 電
を開発する際に,MOS ゲートデバイスでは初めての富士
流定格の素子が実用化されており,この電流定格に匹敵す
電機独自のリペア技術も併せて開発し,この技術を新チッ
る IGBT の実用化を望む声が高まりつつあった。
プにも用いて不良部分を除去することにより,高良品率を
このような 状況下 , 富士電機 は 先 に 開発 した 2.5 kV/1
実現した。
kA 平形 IGBT の 技術 をさらに 発展 させて, 27.5 × 27.5
図2に,従来の 20 × 20(mm)と今回開発した 27.5 ×
( mm)の 大面積 チップの 実用化 ,デバイス 構造 の 最適化
27.5( mm)の IGBT およびダイオードのチップ 外観 を 示
などにより,小形のパッケージで 2.5 kV/1.8 kA の定格を
持 つ 平形 IGBT(
EMB1802RM-25
す。
, 一般形式: EMB1801
(株)700 系新幹線先行試
RM-25)を開発し,東海旅客鉄道
作車用主変換装置(TCI2)に搭載した。
2.2 チップおよびセル構造の最適化
今回開発した 27.5 × 27.5(mm)の IGBT チップは従来
現在,富士電機では今春の完成を目標に,さらなるコス
の 20 × 20(mm)の IGBT チップに比較して面積でおよ
トパフォーマンスの 向上 を 目的 とした 改良形平形 IGBT
そ 1.9 倍 で あ る 。 今 回 開 発 し た 27.5 × 27.5 ( mm ) の
(EMB1805RM-25,2.5 kV/1.8 kA)を開発中である。
IGBT チップでは,デッドスペースになっていた部分を見
直すことにより,さらに電流を流しやすい構造へと改善し
図1 2.5 kV/1 kA 平形 IGBT(EMB1001RM-25)の外観
た結果,20 × 20(mm)の IGBT のおよそ 2.7 倍の電流定
格 [ 20 × 20 ( mm ) チ ッ プ : 110 A に 対 し て 27.5 ×
27.5 ( mm )チップ : 300 A]とすることができた。これ
により,コンパクトなパッケージサイズで大容量素子を実
現した。
また,セル構造の最適化やキャリヤの注入効率および輸
送効率の最適化を図ることにより,IGBT のトレードオフ
の改善を実現した。
図3に,IGBT のコレクタ - エミッタ間飽和電圧(VCE(sat))
一條 正美
関 康和
西村 孝司
電力変換装置 の 研究開発 に 従事 。
半導体デバイスの研究開発に従事。
現在 , 松本工場半導体開発 セン
(株)
富士電機総合研究所先
現在,
ターパワー半導体開発部主席。
端デバイス研究所パワーデバイス
パワーデバイスの研究開発に従事。
現在 , 松本工場半導体開発 セン
ターパワー半導体開発部。
グループ研究マネージャー。工学
博士。
123(29)
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表1 EMB1801RM - 25の定格および特性
図2 チップの外観
(a)最大定格( T j =25 ℃)
項 目
記号
コレクタ - エミッタ間電圧
I CES
ゲート - エミッタ間電圧
I GES
定格
単位
2,500
V
±20
V
IC
1,800
−IC
1,800
I C(pulse)
3,600
− I C(pulse)
3,600
直 流 コ レ ク タ 電 流
A
パ ル ス コ レ ク タ 電 流
27.5×27.5(mm)
A
20×20(mm)
(a)IGBTチップ
最 大 コ レ ク タ 損 失
PC
10,500
W
接
度
Tj
125
℃
力
−
35∼50
kN
合
部
圧
温
接
(b)電気的特性
27.5×27.5(mm)
20×20(mm)
(b)ダイオードチップ
図3 IGBT のトレードオフ比較
2,000
Vcc=1,300V
C
T j=125°
項 目
記号
試験条件
コレクタ エミッタ間
遮 断 電 流
I CES
ゲート エミッタ間
漏 れ 電 流
I GES
ゲート エミッタ間
しきい値電圧
V GE(th)
V CE =20 V
I c =1 A
コレクタ エミッタ間
飽 和 電 圧
VCE(sat)
ダイオード
順 電 圧
VF
E off(mJ)
ターンオフ損失 1,800
2.5kV/1.8kA パワーパック IGBT
I c=1,800A 測定
ターンオン
特 性
1,600
ターンオフ
特 性
1,400
逆回復特性
t on
tr
t off
tr
t rr
1,200
最小
標準
最大
単位
V GE =0 V
V CE =2,500 V
T j =125 ℃
−
−
50
mA
V CE =0 V
V GE =±20 V
−
−
±10
4.0
−
8.0
V
V GE =15 V
I C =1,800 A
T j =125℃
−
−
4.8
V
V GE =0 V
I F =1,800 A
T j =125 ℃
−
−
3.3
V
V CC =1,300 V
I C =1,800 A
T j =125 ℃
−
3.6
−
s
−
2.5
−
s
V CC =1,300 V
I C =1,800 A
T j =125 ℃
−
3.6
−
s
−
1.0
−
s
−
1.0
−
s
−di / dt =2,500
A/ s
I F =1,800 A
T j =125 ℃
A
(c)熱特性
1,000
項 目
2.5kV/1.0kA パワーパック IGBT
I c=1,000A 測定
熱抵抗
800
3.5
4.0
4.5
5.0
記号
IGBT
R th(j-f)
Di
R th(j-f)
試験条件
両面冷却
最小
標準
最大
−
−
0.010
−
−
0.019
単位
℃/W
VCE(sat)(V)
飽和電圧 とターンオフ 損 失 ( E off)のトレードオフ 関 係 を EMB
EMB1801RM-25 の性能
1001RM-25 と EMB1801RM-25 を 比較 して 示 す。 図3 は,
125 ℃の接合温度におけるトレードオフ曲線であるが,同
じ VCE( sat) の 条件 での Eoff を 比較 すると, 例 えば VCE( sat)
3.1 最大定格および特性
EMB1801RM-25 の最大定格および特性を表1に示す。
が 4.4 V の条件では,EMB1001RM-25(2.5 kV/1 kA 素子)
が 1,100 mJ, EMB1801RM- 25( 2.5 kV/1.8 kA 素子 )が
1,400 mJ である。
EMB1801RM-25 の VCE ・ IC 特性および VF ・ IF 特性を
1.8 kA 素子 は, 電流定格 を 1 kA 素子 の 1.8 倍 にしたに
もかかわらず Eoff の 増加 は 1.3 倍 と 低 く 抑 えられている。
このように,
3.2 飽和電圧特性
図 4 に 示 す よ う に , EMB1801RM - 25
の直流定格電流
EMB1001RM-
( 1,800 A )でのコレクタ エミッタ 間飽和電圧 は , EMB
25 の 技術 をベースに,さらに 高性能化 を 達成 したチップ
1001RM-25 の直流定格電流(1,000 A)での値と同等であ
を搭載している。
る。また,双方とも,接合部温度が高くなるとコレクタ - エ
124(30)
EMB1801RM-25
は,従来の
EMB1001RM- 25 と 比較 しながら 図4 および 図5 に 示 す。
-
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図4 V CE(sat) - I C 特性
図6 ターンオン波形(1,800 A,125 ℃)
2,000
1,800
VGE=20 V/div
EMB1801RM
Tj=25℃
Tj=125℃
0
I c(A)
コレクタ電流 1,600
1,400
I C =500 A/div
1,200
EMB1001RM
1,000
800
600
0
VCE
=1,000 V/div
400
200
0
0
1 s /div
1
2
3
4
5
6
VCE(sat)(V)
飽和電圧 図7 ターンオフ波形(1,800 A,125 ℃)
図5 V F - I F 特性
0
2,000
1,800
VGE=20 V/div
EMB1801RM
Tj=25℃
Tj=125℃
1,600
VCE
=500 V/div
I F(A)
順電流 1,400
1,200
EMB1001RM
1,000
I C =400 A/div
0
800
600
1 s /div
400
200
0
0
図8 ターンオフ波形(4,000 A,125 ℃)
1
2
3
4
5
VF(V)
順電圧 0
VGE=20 V/div
ミッタ間飽和電圧が上昇する傾向を有しているが,これは
素子の並列接続を行う場合に電流分担の自己調整機能とし
て作用するので有利である。
VCE
=500 V/div
3.3 スイッチング特性
3.3.1 ターンオン特性
IC
=1,000 A/div
0
EMB1801RM-25 のターンオン時の動作波形例を図6に
示 す。 図6 は 負荷電流 が 1,800 A の 場合 の 波形 であるが,
1 s /div
IGBT にはフリーホイーリングダイオードの逆回復電流が
重畳して流れるので,そのピーク値は 2,900 A 程度になる。
この条件下でのターンオン時間は 3.2 μs である。
持ってクリアしている。
3.3.2 ターンオフ特性
EMB1801RM-25 の直流定格電流(1,800 A)を遮断した
外 形
ときの 動作波形例 を 図7 に, 4,000 A を 遮断 したときの 動
作波形例 を 図8 に 示 す。 直流定格電流 を 遮断 したときの
ターンオフ時間は 2.4 μs である。
図9に EMB1001RM-25
と EMB1801RM-25 の外観を示
す。図10に EMB1801RM-25 の外形を示す。EMB1801RM-25
また, 4,000 A の 電流 をスパイク 電圧 2,400 V の 条件 で
は 140 × 140(mm)の小形の正方形のパッケージに収納
遮 断 で き て お り , パ ル ス 電 流 定 格 ( 3,600 A ) ま で の
されている。 EMB1001RM-25 と 比較 すると, 約 1.3 倍 の
RBSOA (ターンオフ 時安全動作領域 )を 十分 に 余裕 を
パッケージサイズで 1.8 倍の電流容量を達成したことにな
125(31)
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図9 EMB1001RM-25 と EMB1801RM-25 の外観
図12 主変換装置の外観
図10 EMB1801RM-25 の外形
図13 主変換装置の回路構成
PWM インバータ
92.4 0.2
138 2
20
3.5深2
1000 10
2
140 1
98 0.5
88.8 0.1
EMB1801RM-25
M1
M2
PWM コンバータ
M3
6.8
6.8
5
20 0.5
赤白
5
92.4 0.2
138 2
6
M4
10 質量 : 約1,900g
使用されている。
TCI2 では, IGBT ならびに 3 レベル 主回路構成 の 採用
による低騒音化や制御性能の向上,そして大容量素子の採
図11 新幹線 700 系先行試作車の外観
用による主回路構造の簡素化などが図られている。
改良形 EMB1805RM-25
現在開発中の EMB1805RM-25 は,EMB1801RM-25 と
ほぼ同一の外形,電気的・熱的性能を持ちながら,チップ
の改良やパッケージ内部構造の改良などによって,素子組
立性の向上やコストの低減をめざした素子である。
また,EMB1001RM-25 や EMB1801RM-25 では,チッ
プと接するエミッタ側のモリブデン電極に島形状のものを
用いていたが,EMB1805RM-25 ではこれをフラットなも
のとし,これに合わせてチップも改良したので,エミッタ
側の接触面積が増え,以前より高い加圧力(スタック構成
る。
時)を許容できるようになっている。
EMB1801RM- 25 の 許 容 最 大 加 圧 力 は 5 t であるが,
応用例
EMB1805RM-25 では 6 t まで許容できると推定している。
この最大許容加圧力は,特に一つのスタックに多数個の
東海旅客鉄道
(株)は,乗り心地の改善や対環境性の向上
素子を直列接続する用途(高電圧変換装置)では重要であ
などを目的として,IGBT を採用した新幹線 700 系先行試
り,EMB1805RM-25 は,このような用途へも適した性能
作車( 図11)を開発した。
を有する素子である。
この 主変換装置 ( TCI2)の 外観 を 図12に, 回路構成 を
あとがき
図13に示す。
TCI2 には, 1 台 のコンバータと 1 台 のインバータが 使
用 されている。 双方 とも 3 レベル 構成 を 採用 しており,
EMB1801RM-25
126(32)
相当品 (
EMB1802RM-25
)が 1 並列 で
2.5 kV/1.8 kA の定格を有する平形 IGBT( EMB1801RM25)に採用した技術ならびに性能,そして応用例について,
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さらに開発中の EMB1805RM-25 の概要について述べた。
である。
これらの素子は,2.5 kV クラスでは世界最大の電流定格
を有しており,その実用化によって,大容量の変換装置を
素子の並列接続なしに構成できるようになる。
参考文献
(1) 一條正美 ほか :可変速駆動装置用 パワーデバイスの 動向 ,
しかしながら,4.5 kV の GTO サイリスタに置き換える
富士時報,Vol.68,No.12,p.682- 686(1995)
には 3 レベル主回路構成の採用あるいは素子の直列接続な
(2 ) 関康和ほか: 2.5 kV/1 kA 平型逆導通 IGBT(パワーパッ
どが必要であり,今後は,より高い耐圧の IGBT の実用化
ク IGBT),富士時報,Vol.69,No.5,p.290- 294(1996)
を望む声が一段と強くなると思われる。
(3) Takahashi, Y. et al.: Ultra high- power 2.5 kV- 1.8 kA
3 レベル 主回路構成 での 適用 が 進展 している 状況 を 鑑
Power Pack IGBT. 1997 IEEE International Symposium
(かんが)みると,これから開発する素子に対しては,高
on Power Semiconductor Devices and ICs. p.233- 236(1997)
耐圧でしかもより高速の素子が望まれることになり,要求
(4 ) Seki, Y. et al.:Ultra high-ruggedness of 2.5kV/1kA Power
される技術レベルはきわめて高いものになるが,富士電機
Pack IGBT. 7th European Conference on Power Electronics
は,その実現に向けてたゆまぬ努力を積み重ねていく所存
and
Applications. Vol.2,p.2.049- 2.053(1997)
技術論文社外公表一覧
標 題
所 属
氏 名
光触媒による NOx 除去プロセスの検討
富士電機総合研究所
〃
〃
西方 聡
西村 智明
天野 功
光触媒の閉鎖系への適用に関する検討
(2 )
富士電機総合研究所
〃
〃
西村 智明
西方 聡
天野 功
ZnO バリスタ 単一粒界 の 定量的 ICTS 解
析
富士電機総合研究所
〃
田中 顕紀
向江 和郎
燃料電池の概要
富士電機総合研究所
西原 啓徳
富士電機 における 平板型 SOFC の 開発状
況
富士電機総合研究所
〃
〃
〃
〃
〃
〃
小関 和雄
新藤 義彦
後藤平四郎
角川 功明
竹野入俊司
岩崎 慎司
中原ゆかり
半導体を用いた無誘導解消型電力用限流器
ーーー三相系への拡張ーーー
富士電機総合研究所
〃
磯崎 優
森田 公
コジェネ発電設備の商用系統連系点への限
流器適用効果の検討
富士電機総合研究所
〃
産業システム事業部
機器制御事業部
磯崎 優
岩井 弘美
小寺 昭紀
石川 煕
壱岐 浩幸
富士ファコムシステ
発 表 機 関
光機能材料研究会第 4 回シンポジウム光触媒反応
の最近の展開(1997–12)
日本 Material Research Society(MRS)学術シ
ンポジウム(1997–12)
日本電機工業会第 18 回新エネルギー講演会
(1997–12)
SOFC 研究発表会(1997–12)
電気学会静止器研究会(1997–12)
ム
西川 幸廣
五十嵐征輝
黒木 一男
電気学会半導体電力変換研究会(1998 –1)
銅−アルミ超音波圧接部における金属間化
合物の成長に伴う信頼性検討
富士電機総合研究所
〃
〃
山崎 和昭
北見 彰
橋本 信行
溶接学会マイクロ接合研究委員会第 4 回シンポジ
ウム(1998 –1)
表面磁石構造 PM モータを 用 いた 駆動 シ
ステムの高性能制御方式
富士電機総合研究所
〃
変電システム製作所
佐藤 芳信
藤田 光悦
柳瀬 孝雄
木下 繁則
日本電動車両協会(1998 –1)
微小角入射 X 線回折による Co 系面内磁気
記録媒体の構造評価
(2 )
富士電機総合研究所
〃
〃
〃
大沢 通夫
広瀬 隆之
小沢 賢治
簡易回生形ソフトスイッチング回路
第 11 回日本放射光学会年会・放射光科学合同シ
ンポジウム(1998 –1)
127(33)
*本誌に記載されている会社名および製品名は,それぞれの会社が所有する
商標または登録商標である場合があります。