最近の木造被害に相関の高い新しい地震動指標の提案 - 東京大学工学部

東京大学 工学部 建築学科
2007 年度 卒業論文梗概集
最近の木造被害に相関の高い新しい地震動指標の提案
60071 加納さやか
1. 序論
1.1 研究の背景
地震動の強さを計る指標としては震度や地動最大加速
度等が用いられている。しかし、これら、建物の被害から
見て地震動の保有する破壊能力の一面を表すに過ぎず、近
年の建物被害を十分には説明できていないことが指摘さ
れている。
そこで、応答での評価というものがある。1 質点系モデ
ルに地震動を入力し、応答を計算するのである。応答の一
般的なものに、応答スペクトルがある。これは弾性モデル
に地震波を入力して得られる応答で表すもので、耐震設計
でよく用いられている。もう一つの方法としてエネルギー
を用いるものがある。これは弾塑性モデルに地震波を入力
し、吸収エネルギーを計算することで得られる。
弾性モデルによる解析は大きい地震動によって一回の
衝撃で破壊に至る脆性的な構造物の解析は行うことがで
きるが、木造や鉄骨造などは地震動の繰り返しの入力によ
って塑性化し破壊にいたるので、あまり適していないこと
が指摘されている。建物の安全性確保の観点から、実建物
の塑性化して破壊に至る耐震被害を適切に説明し得る地
震動指標が望まれている。
1.2 既往研究
地震動指標の提案については、従来から多くの研究があ
り、対象とする建物の応答特性、破壊性状により、適切な
指標は異なることがわかっているが、実際の建物被害との
関連性まで言及した研究は極めて少ない。
応答スペクトルと被害率との相関についてはいくつか
研究が行われている。建物固有周期ごとの大破被害率とエ
ネルギースペクトルの相関、RC 造の被害率とエネルギー
スペクトルの相関、地震の種類による応答スペクトルと被
害の相関性などがすでに論じられている。
1.3 研究の目的
地震動指標として、応答スペクトルとエネルギースペク
トルを近年の地震による木造建物被害率と比べてみるこ
とで、どちらがより被害状況との相関が高いのかを比べ、
新しい地震動の破壊能力の指標を提案する。ただし、新し
い指標としては、従来が応答スペクトルやエネルギー入力
であったのに対し、弾塑性応答解析結果に基づく指標を検
討する。
2. 解析方法
2.1 モデルとパラメーター
P
モデルとして一自
由度系を用い、本研
1
究では木造家屋の被
20
害との比較を行うた
め、固有周期は 0.05
δ
∼ 0.60(s) ま で を
0.01(s)刻みで変化さ
せ、応答スペクトル
を計算した。減衰は
一般的な値として、
図 3 弾塑性モデルの P−δ 図
h=0.05 を用いた。
エネルギーはほぼ質量に比例するといえるので、エネル
ギーを質量で割り、質量あたりのエネルギーを出した。
非線形の復元力モデルとして、
ノーマルバイリニアの履
歴曲線を用い、解析を行った。また、二次剛性比を 1/20
とした。降伏せん断力係数 α は、旧耐震木造家屋の振動
台実験の結果 1)より出した、α=0.725 を用いた。
2.2 地震波
入力する地震波は、K-NET と KIK-NET の観測系による
観測データを用いた。
また、できるだけ正確な検証を行うために、以下の条件
に合う地域のみの地震動データを用いた。
・被害が程度別にわかり、中破以上の被害が出ていること。
・住宅・土地統計調査により正確な旧耐震木造家屋数が出
るもの。
以上の条件に合うものとして、平成 12 年鳥取県西部地
震、平成 16 年新潟県中越地震、平成 19 年能登半島地震
からデータを集めた。この二つの条件を満たす観測点はか
なり少なく、全部で 10 データしか集められなかった。
2.3 応答スペクトル
応答スペクトルには、変位・速度・加速度応答スペクト
ルの三つがある。極短周期成分においては、必要耐力は地
動最大加速度と比例関係にあるという研究がなされてお
り本研究では加速度応答スペクトル(以下 SA)を用いる。
2.4 エネルギー応答スペクトル
エネルギー応答スペクトルには、総エネルギー入力スペ
クトルと、塑性歪エネルギースペクトルの二つが考えられ
る。建物の被害率との相関を調べるので、本研究では建物
の被害のエネルギーをあらわす塑性歪エネルギースペク
トル(以下 Ep)を用いる。
2.5 SA と Ep との関係
SA と Ep は、おおむね似たようなグラフとなるが、周期
によっては大きく違うこともある。
ここで、SA と Ep の定義に立ち戻ってみる。
そこで、
二つの数値を比べる指標として XD を提案する。
SA の単位は m/s2、
Ep は質量により基準化してあるので、
Ep の単位は m2/s2 である。
そこで、XD は以下のように定義する。
X D (t )
Ep(t)
(s)
S A (t )
(1)
Ep の平方根をとった後に SA との比を取ることで、地震
動の振幅の大きさという情報を消去し、固有周期や継続時
間による破壊能力の評価を行えると考える。
例として、40 個の地震動について XD を重ね書きしたも
のを図 2 に示す。
図 2 40 地震動による XD の重ねがき
図 2 からわかるように、XD は固有周期の累乗にほぼ比
例しているといえる。また、データによるばらつきは、お
おむね対数で 0.5 ほどである。よって、ある固有周期にお
指導教員 高田 毅士 教授
東京大学 工学部 建築学科
2007 年度 卒業論文梗概集
SA
S A (t ) fT (t ) dt
(2)
Ep
Ep(t ) fT (t ) dt
(3)
f(t):旧耐震木造家屋の固有周期の頻度分布
この積分値は、一つの家屋に対し入力される、それぞれ
被害率
SA
Ep
(中破以上) 平方和
平方和
ISK006 富来(志賀町)
0.08678
2759.32
9158.88
ISK007 七尾
0.03857
555.26
616.90
ISK008 羽咋
0.00366
716.12
1755.06
OKY008 建部(岡山市)
0.00011
328.57
278.11
OKY004 新見
0.00535
2651.56
8767.24
SMN015 広瀬(安来市)
0.05155
823.35
1200.29
NIG018 柏崎
0.01645
410.12
713.15
NIG019 小千谷
0.15126
2820.29 12209.02
NIG021 十日町
0.00737
5273.46
8139.13
NIGH06 加茂
0.00067
867.57
2829.45
また、破壊率と E p 、 S の散布図をそれぞれ図 4、図 5
A
に示す。
加速度と被害率の比較
塑性歪エネルギー と被害率との比較
0.16
0.16
0.14
0.14
0.12
0.12
0.1
被害率
図 3 XD の比較
例えば図 3 に 2 つの地震動データによる XD を示す。
0.13(s)近辺では、鳥取県西部地震米子 EW 成分は小さいの
に対し、新見 EW 成分は大きい。逆に 0.2(s)近辺では、鳥
取県西部地震米子 EW 成分は大きいのに対し、新見 EW 成
分は小さい。よって、鳥取県西部地震は固有周期 0.13(s)
近辺の建物に対しては米子で危険度が高く、固有周期
0.2(s)近辺の建物に対しては、新見で危険度が高い地震で
あったということができる。
4. 木造被害率による二つのスペクトルの比較
4.1 被害率
実際の被害と比較するために、2-2 で述べた 10 個のデ
ータを用いた。また、正確な分析を行うために、中破以上
の被害を対象にした。中破以上の被害が出るのは主に旧耐
震木造家屋であり、被害率の母数に旧耐震木造家屋とるこ
とで木造の被害率を取り出すことができると考えられる
からである。市町村別に出ている中破以上の被害を、家
屋・土地統計調査の旧耐震木造家屋数(防火木造を含む)を
母数としてとり、被害率を出した。
4.2 被害率とスペクトルの比較方法
スペクトルのグラフでは被害率と比べにくいので、木造
建物の固有周期の頻度分布を用いて、加速度とエネルギー
の期待値をそれぞれ計算し、その期待値を X 軸に、被害
率を Y 軸にとりグラフを作成する。グラフが右上がりの直
線に近いほど、より被害をあらわしているものと考えられ
る。それぞれ被害率との相関関数をとることどれだけ被害
をあらわせているか評価する。
4.3 期待値化する
数値をスカラー量化して考えるには、周期ごとにみる、
または平均をとるという方法もある。しかし、今回は実際
の被害と比較するのであり、家屋の固有周期は頻度にばら
つきがある。よって、過去の研究 2)から旧耐震木造家屋の
固有周期の頻度分布をつくり、スペクトルを頻度分布で重
み付けしたのちに平均値を出した。
加速度とエネルギーの期待値である。
4.4 被害率との比較
結果を表 1 に示す
表 1 E p 、S A と被害率
被害率
ける XD は約 3 倍ばらつくことがありえるのである。二つ
の指標による差がこれほどまでに出るのであれば、どちら
のスペクトルを使うべきか検討する必要がある。また、
XD が大きいということは、SA と比較して Ep が大きく出
ているということであり、逆に XD が小さいということは、
SA に比較して Ep が小さく出ているということである。SA
は耐震設計に用いられているが、XD が大きいならば耐力
不足の危険があり、XD が小さいならば過剰設計の可能性
があるのである。
また、以下に検討例を示す。
0.08
0.1
0.08
0.06
0.06
0.04
0.04
0.02
0.02
0
0
0
図4
2000
4000
加速度期待値
6000
S A と被害率の比較
0
図5
5000
10000
15000
塑性歪エネルギ ー期待値
E p と被害率の比較
それぞれの相関係数は、E p :0.60、S A :0.24 となり、
E p は被害率との相関が低いのに対し、S A には被害率との
間にある程度の相関が認められた。よって、地震動の破壊
能力の評価は、旧耐震木造家屋に対しては E p を用いたほ
うがより相関が高いことがわかった。
S AとE pでは、相関に大きな違いが見られたが、これは特
に小千谷と十日町のデータによるものと思われる。十日町
は最大加速度が一瞬入りすぐ収束したのに対し、小千谷は
最大加速度周辺でかなり大きな加速度が何回も繰り返さ
れている。よって、被害率に比べ十日町の S A は大きく、
小千谷の S A は小さく出てしまったと考えられる。
5. まとめと今後の展望
5.1 S A と E p での比較
実際の被害データから E p を用いたほうがより相関が高
いという傾向を示した。以下に問題点を挙げる。
・ データ数が少ない
・ 旧耐震木造家屋のみについてしか述べていない
データ数を増やし、また構造による詳細な比較を行うこ
とが今後の課題である。
5.2 XD について
XD を用いて SA の補正を行うなど、活用方法の考案が今
後の課題である。
参考文献 1)「京町家の耐震性能評価と耐震補強設計法」 須田 達、鈴木祥之、奥田
辰雄、小笠原昌敏 日本建築学会構造系論文集 No.616 P.149∼P156
2) 「伝統的木造住宅の固有周期の簡易推定法に関する研究」 岩田真次、
川 口 陽 子 、 中 園 眞 人 、 藤田 香 織 、 坂 本 功 日 本 建 築 学 会技 術 報 告 集 No.17
P.137-140
3)「建築物の耐震極限設計 第二版」 秋山宏著 東京大学出版会 1987
指導教員 高田 毅士 教授