進化する非小細胞肺癌の治療戦略

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座談会 進化する非小細胞肺癌の治療戦略
最強レジメンによる導入療法と維持療法で
最大の治療効果を目指す
京都大学大学院医学研究科
横浜市立大学付属市民総合医療センター
九州大学大学院医学研究院
呼吸器内科学
呼吸器病センター外科准教授
呼吸器内科分野准教授
金 永学氏
坪井 正博氏(座長)
高山 浩一氏
近年、進行非小細胞肺癌(NSCLC)の新たな治療戦略として維持療法(maintenance therapy)
が注目され、そのエビデンスの集積が進んでいる。
今回、横浜市立大学呼吸器病センター 准教授の坪井正博氏に座長を務めていただき、九州大学呼
吸器内科准教授の高山浩一氏、京都大学呼吸器内科の金永学氏に、NSCLC の新たな治療戦略として
の維持療法の有効性と今後の展望について議論していただいた。
NSCLC の 維 持 療 法 は、こ れ ま で に ま ず switch maintenance で 良 好 な 成 績 が 示 さ れ、続 い て
continuation maintenance で数々の知見が得られてきた。そして近年、ペメトレキセドを用いた
維持療法を評価したPARAMOUNT 試験に続き、ペメトレキセド+ベバシズマブを用いた維持療法を
評価した AVAPERL 試験の結果が発表され、話題となっている。
維持治療の考え方と現状
坪井 進行 NSCLC の維持療法については、ここ数年間で多くの臨床試験の結果が報告され、話題を
集めています。従来の化学療法のように 4 ~ 6 サイクル行った後に病勢が進行する(PD)まで経過を
観察する “Watch and wait” に比べて、PD が認められるまで治療を継続する維持療法により治療成
績の改善が認められてきており、患者さんの期待も高い治療法となっています。本日はこれまでに
得られてきたエビデンスと今後の展望について、議論していきたいと思います。まずは近年相次い
で報告された維持療法のエビデンスについて、金先生に解説いただきます。
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金 維持療法は 3 つに分類されます。1 つは switch maintenance で、プラチナ併用化学療法によ
る導入療法後、導入療法で使用した薬剤とは別の薬剤に切り替えて投与する方法です。2 つ目は
continuation maintenance で、導入療法としてプラチナ併用化学療法を行った後、プラチナ製剤
と併用した薬剤を導入療法後も継続して投与する方法です。また、3 つ目として 2 つ目と似ているの
ですが、導入療法でプラチナ併用化学療法に分子標的薬を併用し、導入療法終了後にこの分子標的
薬を病勢進行が認められるまで継続して投与する方法があります。
最 初 に 実 施 さ れ た の は switch maintenance の 臨 床 試 験 で し た。こ こ で は 代 表 的 な switch
maintenanceの試験結果を示します(図 1)
。
図1■維持療法(Switch Maintenance)を検討した主な臨床試験のPFSとOS
筆頭筆者
比較薬剤
Fidias
(N=309)
ドセタキセル群
12.3カ月
観察群
2.7カ月
9.7カ月
(増悪時にドセタキセルを投与)
(p=0.0001)
(p=0.0853)
ペメトレキセド群
4.4カ月
15.5カ月
1.8カ月
10.3カ月
平上皮型例のみ)
(N=481)
5.7カ月
OS(中央値)
(導入療法終了後、直ちに投与)
Ciuleanu
(非
PFS(中央値)
観察群
(ハザード比0.47、p<0.0001) (ハザード比0.70、p=0.002)
Cappuzzo
エルロチニブ群
12.3週
12カ月
(N=889)
観察群
11.1週
11カ月
(ハザード比0.71、p<0.0001) (ハザード比0.81 p=0.0088)
Kabbinavar
(N=768)
ベバシズマブ群
3.71カ月
ベバシズマブ+エルロチニブ群
4.76カ月
13.31カ月
14.39カ月
(ハザード比0.82、p=0.002)
(ハザード比0.91
95%信頼区間 0.80-1.04)
Fidias PM, et al. J Clin Oncol. 2009;27:591-598.
Ciuleanu T, et al. Lancet. 2009;374:1432-1440.
Cappuzzo F, et al. Lancet Oncol. 2010;11:521-529.
Kabbinavar FF, et al. ASCO 2010, Abstract 7526
金 Fidias らの検討では、導入療法としてカルボプラチン+ゲムシタビンを 4 サイクル投与後、PD
を認めない(Non-PD)症例に対し、ドセタキセルを直ちに投与した群と、今までと同様に PD が認
められてから投与した群を比較検討しました。無増悪生存期間(PFS)においては、カルボプラチ
ン+ゲムシタビン投与後に直ちにドセタキセルを投与した群で有意な延長が認められましたが、主
要評価項目である全生存期間(OS)の有意な改善には至りませんでした(Fidias PM, et al. J Clin
Oncol.2009 ; 27 : 591-598)
。
ペメトレキセドを含まないプラチナ併用化学療法を 4 サイクル施行後、Non-PD の症例に対して維
持療法としてペメトレキセドを投与した群とプラセボを投与した群(観察群)に割り付けて比較検討
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した試験(JMEN 試験)では、主要評価項目である無作為化からの PFS の有意な延長が認められ、ま
た OS の延長も認められています。さらに組織型別の検討結果から、非扁平上皮癌では PFS、OS の延
長が認められましたが、扁平上皮癌では認められず、ペメトレキセドは扁平上皮癌に対して有効でな
いことが示されました(Cileanu T, et al. Lancet. 2009 ; 374 : 1432-1440)
。
またエルロチニブのswitch maintenance 療法での有用性を検討したSATURN 試験では、プラチナ
併用化学療法を4サイクル施行後、Non-PDの症例を、エルロチニブを投与する群とプラセボを投与す
る群(観察群)に割り付けて比較検討しています。その結果、エルロチニブ投与群は観察群と比較し
てPFS、OSが有意に改善したことが報告されています(Cappuzzo F, et al. 2010 ; 11 : 521-529)
。
このような臨床試験結果から、ASCO のガイドラインでは、ドセタキセル、ペメトレキセド、エルロ
チニブによるswitch maintenanceが選択肢の一つとして推奨されています。
ただし JMEN 試験、SATURN 試験共に、プラセボ投与群において PD 後にペメトレキセド、EGFRTKI がそれぞれ投与された症例が 20 %程度であり、単に 2 次治療で有効な薬剤の投与の有無による
治療成績の差を見ただけではないかという見方もあるようです。
一方、continuation maintenance は、switch maintenance と比べると試験の数は多くありま
せん(図 2)。主にゲムシタビンを中心に検討され、PFS や無増悪期間(TTP)の有意な延長は認めら
れていますが、OS の明らかな延長を示した報告はこれまでありませんでした。
図 2■維持療法(Continuation Maintenance)を検討した主な臨床試験の
TTP/PFS(中央値)と OS(中央値)
筆頭筆者
比較薬剤
Brodowicz
ゲムシタビン群
(N = 206)
BSC群
Belani
(N = 255)
Perol
(N = 464)
ゲムシタビン/BSC群
BSC群
PFS(中央値)
3.6カ月
OS(中央値)
10.2カ月
2.0カ月
8.1カ月
(p<0.001)
(p=0.172)
7.4カ月
8.0カ月
7.7カ月
9.3カ月
(ハザード比1.09)
(ハザード比0.97)
ゲムシタビン群
3.8カ月
Not reported
エルロチニブ群
2.9カ月
Not reported
観察群
1.9カ月
Not reported
(ハザード比0.55、95%
(ハザード比0.86、95%
信頼区間 0.43-0.70)*
信頼区間 0.66-1.12)*
(ハザード比0.82、95%
(ハザード比0.91、95%
†
信頼区間 0.73-0.93)
†
信頼区間 0.80-1.04)
*Comparison of gemcitabine to observation.
†Comparison of erlotinib to observation.
Brodowicz T, et al. Lung Cancer. 2006;52:155-163.
Belani CP, et al. ASCO 2010. Abstract 7506.
Perol M, et al. ASCO 2010. Abstract 7507.
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金 最新の肺癌に対する細胞傷害性治療薬として登場したペメトレキセドを使った continuation
maintenanceの試験がPARAMOUNT 試験です。シスプラチン+ペメトレキセドを4 サイクル投与後、
Non-PD 症例に維持療法としてペメトレセキドを投与する群とプラセボを投与する群に割り付け比
較検討しています。現時点ではPFSの結果までしか公表されていませんが、維持療法開始からの PFS
はプラセボ群に対してペメトレキセド群で有意に延長しました(図 3)。PARAMOUNT 試験につい
ては、今年の ASCO で OS の結果が発表される予定と聞いています。最近は非扁平上皮癌に対するフ
ァーストライン治療としてペメトレキセドが選択されるケースが多くなってきていますので、OS に
ついてもベネフィットがあれば日本の日常臨床にも大きなインパクトを与えることになると思います。
図3■PARAMOUNT試験における維持療法開始後のPFSの推移 (per Investigator)
1.0
ペメトレキセド + BSC 群
Survival Probability
0.8
プラセボ + BSC 群
ペメトレキセド群 : 4.1 カ月(範囲 3.2-4.6)
0.6
Unadjusted HR: 0.62
(95% CI:0.49-0.79; log-rank p=0.00006)
0.4
0.2
プラセボ群 : 2.8 カ月(範囲 : 2.6-3.1)
0
0
15(月)
3
6
9
12
132
57
21
4
0
52
15
5
0
0
Patients at Risk, n
ペメトレキセド + BSC
359 プラセボ +BSC
180 坪井 ありがとうございました。switch maintenance として、SATURN 試験の結果はポジティブだ
ったのですが、EGFR 遺伝子変異を測定せずに EGFR-TKI である分子標的薬を switch maintenance
として使用するメリットについて、実臨床上、どうお考えになりますか。
金 確かに SATURN 試験のデータをみると、EGFR 遺伝子変異の有無に関わらず遺伝子変異などで
患者を絞り込まない場合であってもエルロチニブの投与はそれなりに効果を発揮すると考えられます。
しかし、現在は EGFR 遺伝子変異が測定可能な環境となっていますから、例え維持療法であっても患
者を絞り込まないで使用するケースは少ないのではないでしょうか。
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坪井 維持療法のエビデンスはswitch maintenanceで先に報告されましたが、最近はPARAMOUNT
試験のように、導入療法であるプラチナ併用化学療法からプラチナ製剤を除いて PD まで継続投与す
るcontinuation maintenanceにより多くの注目が集まっていますね。
金 日本の先生方は海外と比べて患者を厳密にフォローする傾向が強いため、switch maintenance
療法のように 2 次治療で有効な薬剤を、プラチナ併用化学療法後 PD が認められる前に投与するよ
りも、従来通り PD になってから投与すればよいという考えが強いと思います。一方、continuation
maintenance では導入療法で使用していた薬剤をそのまま投与し続けるため、医師にも患者さんに
も抵抗感が少なく、受け入れやすいということが背景にあるのではないでしょうか。
カルボプラチン+パクリタキセルとベバシズマブの併用でOSが1 年を超えた
坪井 分子標的治療薬を用いた維持療法の議論に入りたいと思います。現時点で臨床導入されてい
る薬剤は抗 VEGF 抗体であるベバシズマブになりますので、まずこれまでのベバシズマブを用いた臨
床試験について解説をお願いします。
高山 ベバシズマブには非小細胞肺癌の適応取得のベースとなったエビデンスとして E4599 試験と
AVAiL 試験があります(図 4)。これらの試験は、non-sq NSCLC に対するファーストライン治療と
して、従来の標準治療であったカルボプラチン+パクリタキセル、あるいはシスプラチン+ゲムシタ
ビンへのベバシズマブの上乗せ効果を評価しています。これらの試験は、プラチナ併用化学療法と
ベバシズマブを 6 サイクル投与後に増悪が認められていなければベバシズマブを PD が認められるま
で継続投与するといった試験デザインで検討されているので、結果としてベバシズマブが維持療法
として実施された臨床試験となります。
2 つの試験の結果からまず注目されるのはベバシズマブ併用による奏効率の高さです。E4599 試
験ではカルボプラチン+パクリタキセル群で 15 %であったのに対し、ベバシズマブ併用群では 35 %
と 2 倍強高いという結果でした(Sandler A, et al. NEJM 2006 ; 355 : 2542-2550)
。またAVAiL
試験でも、シスプラチン+ゲムシタビン投与群に比べてベバシズマブ併用群の奏効率は高く(Reck
M, et al. JCO 2009 ; 27 : 1227-1234)、主要評価項目であるPFS の有意な延長も認められました。
E4599 試験の最も注目すべき点は、主要評価項目であるOSの有意な延長が認められ、大規模臨床
試験で生存期間中央値が1 年を超えたことです(図 5)
。欧米においてstage Ⅲ B/ Ⅳ期の非小細胞肺癌
を対象とした臨床試験で、生存期間中央値が1 年を超えたのはこの試験が初めてだったと思います。
一方、AVAiL 試験では副次的評価項目であるOSはシスプラチン+ゲムシタビン群、シスプラチン+
ゲムシタビン+ベバシズマブ群ともに13カ月超でしたが、2 群間に有意差はみられませんでした。こ
のような 1 次治療を対象とした臨床試験の場合、OS を評価するには後治療も含めて考える必要があ
ります。この AVAiL 試験では、登録患者の 6 割以上が後治療を受けており、そのうちの約 7 割が化学
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療法、更に4 ~ 5 割にEGFR-TKI が使用されています。こうした後治療の影響によってOSに差が見ら
れなくなることはよくあることです。なお、AVAiL 試験ではほぼ全例で、後治療に入る時点でベバシ
ズマブは中止しています。
図4■非小細胞肺癌に対するベバシズマブの有効性を評価した海外の第3相試験の概要
主要評価
E45991
項目
CP×6(N=444)
未治療、
ステージIIIB、IVまたは
再発の非
平上皮型
ベバシズマブ(15mg/kg)
非小細胞肺癌
every 3 weeks + CP x 6
(N=878)
PD*
ベバシ
ズマブ
(n=434)
ベバシズマブ(15mg/kg)
2
every 3 weeks + CG x 6
OS
PD
ベバシ
ズマブ
PD
(n=351)
AVAiL2
ランダム化
未治療、
ステージIIIB、IVまたは
再発の非
平上皮型
非小細胞肺癌
1
プラセボ + CG x 6
(n=347)
1
PD*
PFS
プラセボ + CG x 6
(N=1043)
ベバシ
ベバシズマブ(7.5mg/kg)
2
*No crossover permitted
ズマブ
every 3 weeks + CG x 6
CP=カルボプラチン/パクリタキセル
PD
(n=345)
CG=シスプラチン/ゲムシタビン
1. Sandler, et al. NEJM 2006 2. Reck, et al. JCO 2009
図5■E4599試験における生存率の推移
1.0
E4599 overall patient population
0.9
CP
(n=444)
Probability of OS
0.8
0.7
0.6
0.5
HR
(95% CI)
0.79
(0.67‒0.92)
p value
0.003
Median OS
(months)
0.4
ベバシズマブ
15mg/kg+ CP
(n=434)
12.3
10.3
0.3
0.2
0.1
0
10.3
0
6
12.3
12
18
24
Duration of survival(月)
006
30
36
42
Sandler, et al. NEJM 2006
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ベバシズマブの国内第Ⅱ相試験(JO19907 試験)における
OSデータの解釈には注意が必要
高山 日本人を対象とした第Ⅱ相試験である JO19907 試験では、E4599 試験と同様、カルボプラ
チン+パクリタキセル群とカルボプラチン+パクリタキセル+ベバシズマブ併用群を比較しました。
これまでの海外第Ⅲ相試験と同様に、ベバシズマブ併用群では PD が認められるまでベバシズマブを
継続投与するというデザインです。主要評価項目である PFS のハザード比は 0.61(95%信頼区間:
0.42-0.89)、p=0.009、中央値はカルボプラチン+パクリタキセル群 5.9 カ月、カルボプラチン+パ
クリタキセル+ベバシズマブ群 6.9 カ月で、ベバシズマブの併用により有意な PFS の延長が確認され
ました(Niho S, et al. Lung Cancer 2012 e-pub)
。
JO19907 試験の各時点における Non-PD 率をみてみると、全ての時点においてベバシズマブ併用
群の方が Non-PD 率が高いことが分かり、ベバシズマブの併用効果が示されています(図 6)
。
図6■J019907試験における各群のNon-progression率
Non-progression率(95%信頼区間)
CP(n=58)
CP +BV(n=117)
3カ月
67.4%
(0.549-0.798)
88.7%
(0.828-0.945)
6カ月
48.6%
(0.353-0.620)
62.4%
(0.534-0.714)
9カ月
10.2%
(0.012-0.192)
31.6%
(0.227-0.406)
12カ月
3.8%
(0-0.105)
19.1%
(0.112-0.270)
(中外製薬社内資料)
高山 特筆すべきは JO19907 試験でのベバシズマブ併用群の奏効率の高さになります。カルボプ
ラチン+パクリタキセル群の 31 %に対し、ベバシズマブ併用群は 60.7 %で、約 2 倍の奏効率となっ
ており、また PD の割合はそれぞれ 24.1 %と 4.3 %で、ベバシズマブ併用群でとても低くなっていま
す(Niho S, et al. Lung Cancer 2012 e-pub)
。
残念ながら副次的評価項目の OS は生存曲線が完全に重なっています。この理由としては PD の後
も 8 割以上の患者がセカンドライン治療を受け、ドセタキセルや EGFR-TKI が多く使用されたことが
背景にあると考えられます。
E4599 試験や AVAiL 試験などの結果を受け、NCCN の 2012 年のガイドラインでは、ベバシズマ
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ブが投与可能な場合、ベバシズマブと化学療法を併用し、化学療法との併用後もベバシズマブを PD
または許容不能な毒性が認められるまで継続して投与することが推奨されています。ASCO、ESMO
のガイドラインでも、非扁平上皮癌に対しベバシズマブとプラチナ併用化学療法の併用を推奨して
います。
ベバシズマブの併用化学療法はどうするべきか
坪井 ガイドライン上、ベバシズマブを併用する化学療法のレジメンは、ASCO ではカルボプラチン
+パクリタキセルとなっており、ESMO でもプラチナ併用化学療法となっていますが、
「特にカルボ
プラチン+パクリタキセルの場合」と記載されています。
日本の医師からは、E4599 試験や JO19907 試験の結果からカルボプラチンを用いるレジメンで
は導入療法からベバシズマブを併用するという声を多く聞きますが、シスプラチンを用いるレジメン
ではベバシズマブを併用するか否かについて意見が分かれるようです。ベバシズマブをファースト
ライン治療で使用する場合、併用するプラチナ併用化学療法はどうするべきだと考えますか。
高山 ベバシズマブの作用メカニズムを考えた場合、併用する化学療法によって効果が異なること
は考え難いと思っています。以前はタキサン系抗癌剤との相性が良いとの話も出ていましたが、今
までに報告されている海外データを見る限り併用する化学療法によって著しく効果に差が出るとは
考えておりません。ただ、生存期間の延長が認められ、また国内での開発治験で用いられたことから、
どうしてもカルボプラチン+パクリタキセルとの併用が多くなる傾向があると感じていますが、昨
年ベバシズマブの新しいエビデンスが報告されましたので、今後、併用化学療法は大きく変わってい
くと考えています。
坪井 ベバシズマブを 1 次治療から用いるにあたって、注意している点はありますか。例えば転移部
位や転移巣の個数とか、それと喀血に対してはどうですか。
金 転移の数はあまり気にしていません。ただ、無症状の脳転移を有する患者さんにはベバシズマ
ブの投与を検討しますが、症状を有する脳転移の患者さんではベバシズマブの使用は避けています。
いずれにしても、ベバシズマブを併用することによる化学療法の切れの良さは特筆すべきものがあり、
1 次治療で最強の治療を選択するといった観点からも、投与可能な患者には、積極的にベバシズマブ
の併用を選択しています。
高山 添付文書の記載もあり今の段階では症状の有無に関係なく脳転移へのベバシズマブの投与は
慎重に判断しています。また喀血発現のリスクを考慮して血管浸潤の有無については慎重に判断し
ています。
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非小細胞肺癌の組織型別の治療成績に注目が集まる
坪井 次は、non-sq NSCLCに対する新たな治療戦略について議論したいと思います。NSCLC のうち、
非扁平上皮癌に関するこれまでのエビデンスについて、高山先生にご解説頂きます。
高山 非扁平上皮癌の治療戦略を考えるうえで、最初にインパクトがあったのは、シスプラチン+ペ
メトレキセドとシスプラチン+ゲムシタビンを比較した JMDB 試験です。この JMDB 試験は、シスプ
ラチン+ペメトレキセドのシスプラチン+ゲムシタビンに対する全生存期間の非劣性を証明するた
めに行われた試験で、結果、非劣性が証明されました。
さらに、組織型別に生存期間を検討した結果、腺癌と大細胞癌でシスプラチン+ペメトレキセド
の良好な成績が示されたのです。この試験結果から、組織型に応じて治療戦略を考えるという方向
性が示されました。
E4599 試験でも組織型別に生存期間が検討され、登録患者の約 7 割を占める腺癌患者さんにおけ
る生存期間の検討では、カルボプラチン+パクリタキセル群の生存期間中央値が 10.3 カ月であった
のに対してベバシズマブ併用群では 14.2 カ月(ハザード比:0.69、95 %信頼区間:0.58-0.83)とな
っており、約 4 カ月の生存期間延長効果が示されています。
坪井 現在、扁平上皮癌を除く NSCLC に対してカルボプラチン+パクリタキセル+ベバシズマブと
シスプラチン+ペメトレキセドという 2 つの標準治療が存在するわけですが、昨年この 2 つの標準治
療を組み合わせた新たなエビデンスである AVAPERL 試験の結果が報告されましたので、金先生に
この試験結果について簡単に説明してもらいます。
金 去年のEMCC2011 で発表されたAVAPERL 試験では、化学療法未治療の stage IIIB/IV の nonsq NSCLC 患者 376 例に、導入療法としてシスプラチン+ペメトレキセド+ベバシズマブという現
時点での最強のレジメンを 4 サイクル投与したのち、non-PD の患者 253 例をランダム化し、維持療
法において従来からの標準治療であるベバシズマブ単剤(125 例)とベバシズマブ+ペメトレキセド
併用療法(128 例)を比較検討しています。主要評価項目はランダム化からの PFS です(Barlesi F,
et al. EMCC2011)
。
導入療法からのベバシズマブの投与回数は中央値でそれぞれ 9 サイクルと 11 サイクルで、またベ
バシズマブ+ペメトレキセド群でのペメトレキセドの投与回数の中央値も 11 サイクルとなっており、
ベバシズマブ単剤及びベバシズマブ+ペメトレキセド併用療法のいずれも投与期間は長く、忍容性
に問題がないことがこの結果から示されています。
主要評価項目であるランダム化からの PFS は、ベバシズマブ群 3.7 カ月、ベバシズマブ+ペメトレ
キセド群 7.4カ月でした(ハザード比 0.48、95 %信頼区間:0.35-0.66、p < 0.001)。また導入療法
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開始からの PFS は、ベバシズマブ群 6.6 カ月、ベバシズマブ+ペメトレキセド群 10.2 カ月でした(ハ
ザード比 0.50、95%信頼区間:0.37-0.69、p < 0.001)。
この試験で認められたベバシズマブ+ペメトレキセド併用療法による維持療法で得られた 10.2 カ
月という PFS 中央値を過去の試験と比較しても、EGFR 遺伝子変異陽性例にEGFR-TKIを投与した試
験結果とほぼ同等です。維持療法に移行できた約 7 割の患者さんの PFS ではあるものの EGFR-TKI
を用いず、細胞傷害性薬剤による化学療法のレジメンで得られた PFS として、AVAPERL 試験は最高
点に達した結果となりました。
坪井 今まで標準的に用いられてきたカルボプラチン+パクリタキセル+ベバシズマブから、今後
はこの試験のデータをもって日本においても、導入療法としてシスプラチン+ペメトレキセド+ベ
バシズマブを開始した後に維持療法としてベバシズマブ+ペメトレキセドを投与する方法が標準治
療となると考えてよいのでしょうか。
金 実臨床でも処方例が増えてきていると感じます。これまでのデータから、非扁平上皮癌でペメ
トレキセドを上回る細胞傷害性薬剤は考えにくいのです。毒性も軽度でベバシズマブとも併用しや
すく、一度使ったらカルボプラチン+パクリタキセル+ベバシズマブの組合せには戻りづらいのでは
ないでしょうか。患者さんに 2 つのレジメンを提案し、選択してもらう場合、ペメトレキセドを含む
レジメンを選ぶ患者さんが多いと感じています。
坪井 シスプラチンが使えない場合はカルボプラチンになると思いますが、その時にペメトレキセド
をパクリタキセルに変更してベバシズマブと併用しますか。
金 当科ではシスプラチンを使用しておらず、基本的にカルボプラチンベースの化学療法にベバシ
ズマブを併用しています。
高山 シスプラチンが使えない場合、JACAL 試験で日本人でのカルボプラチン+ペメトレキセドの
有効性と安全性が確認されていますので、このことを踏まえて、カルボプラチン+ペメトレキセド+
ベバシズマブが多いと思います。ペメトレキセドによる有害事象が発現した場合、カルボプラチン+
パクリタキセル+ベバシズマブに切り替えることはあります。
導入療法から最強の治療を行うことで全体の効果も向上
坪井 維持療法を用いた治療戦略の今後の将来展望についてお願いします。
高山 AVAPERL 試験はPARAMOUNT 試験全体にベバシズマブを上乗せしたデザインです(図 7)。
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図7■AVAPERL試験とPARAMOUNT試験の試験デザイン
AVAPERL試験
1
導入療法
維持療法
3週ごとに4サイクル
3週ごとに増悪まで
未治療
ステージIIIB‒IV
非
平上皮型
非小細胞肺癌
CR/PR/SD
ベバシズマブ
+ ペメトレキセド
ベバシズマブ群
n=120
R
+ シスプラチン
n=373
PS 0‒2
1
1
ベバシズマブ
+ ペメトレキセド群
n=125
2
ペメトレキセド群
PARAMOUNT試験2
未治療
ステージIIIB‒IV
非
平上皮型
CR/PR/SD
ペメトレキセド
非小細胞肺癌
n=359
R
+ シスプラチン
n=939
プラセボ群
1
PS 0‒1
n=180
1. Barlesi, EMCC 2011、 2. Paz-Ares, ASCO 2011
高 山 維 持 療 法 を 考 え る 上 で は、Non-PD 率 が と て も 重 要 で す。そ れ を 踏 ま え て、両 試 験 に つ
いて 見 てみると、導 入 療 法 後 にランダム 化 の 段 階 に 進 むことができた 患 者 は、AVAPERL 試 験 と
PARAMOUNT 試験で 10%の開きがありました(図 8)。これは、導入化学療法中に PD になった患者
が AVAPERL 試験では 13 %、PARAMOUNT 試験では 23 %と、ベバシズマブの特徴である PD 率の低
さが起因していると考えられます。
図8■AVAPERL試験とPARAMOUNT試験におけるランダム化前の患者の状態
AVAPERL試験1
PARAMOUNT試験2
登録患者(人)
376
939
ランダム化された患者数(人)
253
539
67
57
49(13)
217(23)
ランダム化前にCR/PRだった患者数(%)
137人(54.2)
242人(44.9)
ランダム化前にSDだった患者数(%)
116人(45.8)
280人(51.9)
ランダム化された患者の割合(%)
病勢進行によってランダム化され
なかった患者数(%)
1. Barlesi, et al. EMCC 2011、2. Paz-Ares, et al. ASCO 2011
高山 維持療法を積極的に行うという考えがベースにあるかどうかで異なりますが、維持療法を行
うには導入療法における Non-PD 率が重要になってきますので、ベバシズマブを併用することは有利
だといえます。私は、化学療法の適応となる患者さんに対しては、治療の最初から維持療法のこと
も含めて説明するようにしています。
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ただ、AVAPERL 試験では導入療法を 4 サイクル終了した患者は 72 %でしたが、日本の実臨床で
は 4 サイクルをきちんと終了することは少し難しいかもしれません。日本では導入療法は 3 サイクル
位で、維持療法に入る患者が多くなるのではという印象です。
坪井 海外でよく「なぜ日本人は 3 サイクルで止めるのか」と言われますが、実臨床ではプラチナ製
剤の消化器毒性など、有害事象で4 サイクル終了できないケースがあると思いますが、いかがですか。
金 ペメトレキセドを用いたプラチナダブレットでは 4 サイクルの導入療法が可能なケースが増え
るように思います。
高山 導入療法からのPFS の推移を見てみると、試験薬群と対照群の間のPFS 曲線はPARAMOUNT
試験では試験開始後しばらく重なりがありますが、AVAPERL 試験では重なりが少なく、すぐに離れ
ていますので、ベバシズマブ+ペメトレキセド併用は恩恵を受けるポピュレーションの幅が広いとい
えるでしょう(図 9)。またどちらの試験も continuation maintenance ですが、導入療法の効果が
高いと全体の効果も高くなります。この点は、維持療法を考えるうえで参考にしていく必要がある
と思います(図 10)
。
図9■AVAPERL試験、PARAMOUNT試験における導入療法からのPFSの推移
PARAMOUNT 試験
ベバシズマブ+ペメトレキセド群:10.2カ月
ペメトレキセド+BSC群:6.9カ月
ベバシズマブ群:6.6カ月
プラセボ+BSC群:5.6カ月
ハザード比 0.50 (0.37-0.69)
ハザード比 0.59 (0.47-0.74)
p<0.001
p<0.001
100
100
Progression -free survival(%)
Progression -free survival(%)
AVAPERL 試験
75
3.6 カ月
50
25
0
0
3
6
9
12
時間(月)
15
18
75
1.3 カ月
50
25
0
0
3
6
9
12
時間(月)
15
18
AVAPERL: Barlesi, et al. ECCO-ESMO 2011、PARAMOUNT: Paz-Ares, et al. ASCO 2011
坪井 導入療法で最強の組合せを使うことが、より多くの患者さんの予後を改善できるということ
ですね。それは肺癌の治療戦略全体に言えます。どのステージでも最強と思われる治療をきっちり
やることが高い治療効果を得るという目標につながります。また、以前は安定状態(SD)では治療
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の変更が考えられていましたが、SD も十分に効果の範囲に入るという考え方は、維持療法が登場し
て新しくなった点だといえるでしょう。
図10■AVAPERL試験およびPARAMOUNT試験におけるサブグループ別のPFSの解析
AVAPERL1
(n)
Favours
Bev+Pem
or Pem
Favours
1
control AVAPERL
HR
arm
PARAMOUNT2
(n)
Favours
Bev+Pem
or Pem
Favours
2
control PARAMOUNT
HR
arm
ITT population
253
0.54
539
0.62
年齢 <65歳
176
0.53
350
0.70
77
0.57
189
0.50*
ECOG PS 0
118
0.43
170
0.53
ECOG PS 1
126
0.60
366
0.67
64
0.40
116
0.41
喫煙者/禁煙者
188
0.59
419
0.70
腺癌
225
0.52
471
0.62
ランダム化前にSD
116
0.64
280
0.74
ランダム化前にCR/PD 137
0.46
242
0.48
年齢
65歳
非喫煙者
0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2
0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2
HR(95%)Cl
HR
(95%)Cl
* 類推ハザード比
1. Barlesi, et al. EMCC 2011; 2. Paz-Ares, et al. ASCO 2011
高山 話は少し外れますが、ベバシズマブがより効果的な患者という観点で、胸水が認められる症
例に対しては、ベバシズマブは適していると感じています。ベバシズマブを投与することで、胸水が
消失する症例を数多く経験します。実際に腫瘍を縮小させる効果とは別に、患者さんの臨床症状を
軽減できる効果は導入療法早期に確認できる臨床的なメリットとなるのではないでしょうか。
適切な使用で喀血のリスクは減少、脳転移例にも投与可能な可能性
坪井 これまでの議論から、AVAPERL 試験の結果を踏まえて今後ベバシズマブとペメトレキセドを
含む化学療法との併用が本邦においても浸透していくと考えられます。その際の疑問点としてベバ
シズマブの投与量があると思います。AVAPERL 試験ではベバシズマブ 7.5mg/kg が用いられていた
ことから、国内でシスプラチン+ペメトレキセド+ベバシズマブを実施する時のベバシズマブの投与
量に関する質問を受けますが、日本で承認されたベバシズマブの用量は 15mg/kg のみで、7.5mg/
kg と 15mg/kg と 2 つの用量設定をした AVAiL 試験の毒性のデータでも、用量による毒性の差は特
にみられません。
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また多くの医師が心配するのはベバシズマブに特徴的な毒性だと思います。重篤な喀血や肺出血
については、これまでの検討に基づき患者選択を適切に行えば、基本的に大きな問題はありませんが、
使用経験が少ないと患者選択の判断が難しいかもしれません。喀血や肺出血以外は、通常の管理で
コントロールできると思いますが、先生方、いかがですか。
高山 血圧の上昇は多くみられますが、コントロール可能な症例がほとんどです。
坪井 高血圧は私も何例か経験しましたが、日常生活に影響を及ぼすようなグレードはそれほどな
いようです。血圧や蛋白尿などのモニタリングは必要ですが、治療中止を要する有害事象に直面す
るのは 1 割程度の感覚です。多くの先生方が懸念している喀血や肺出血ですが、国内の実臨床での
集計結果について金先生、説明してもらえますか。
金 国内においては NSCLC に承認後から、ベバシズマブを投与する場合は予め使用予定連絡票に必
要事項を記入して事前登録を行うこととなっていました。この使用予定連絡票で登録のあった患者
さんにおける喀血や肺出血の発現頻度ですが、2009 年 11 月から 2011 年 8 月までに 6740 例にベ
バシズマブが投与され、喀血の発生率は全グレード合計で1.0%でした(図 11)
。
図11■非
平上皮型非小細胞肺癌に対するベバシズマブ投与における国内での喀血発現頻度
使用予定連絡票による事前登録実施時期
2009年11月6日∼2011年8月19日
登録施設数
844施設
登録患者数
6740人
喀血の発現状況
副作用名
ケース想定症例
ケース症例以外
小計
20例
48例
68例
肺出血
1例
0例
1例
肺胞出血
1例
0例
1例
21例*(0.31%)
48 例(0.7%)
69例 *(1.0%)
喀血(血痰を含む)
総計
・ケース症例:Grade3以上の喀血又はGrade2の喀血で注射止血剤による治療を要した症例
・ケース症例以外:Grade2の喀血で内服止血剤による治療を要した症例又はGrade1の喀血
*重複を除いた症例数(同一症例で喀血と肺出血の発現があったため
(中外製薬社内資料)
金 そのうち 21 例の方が重篤(グレード 3 以上又は注射止血剤が必要なグレード 2 の喀血 / 肺出血)
で、頻度は 0.3%でした。重篤な喀血を起こした患者さんの内訳をみると、喀血の既往や合併がある
患者さんは含まれていませんでしたが、大血管や気管または気管支への浸潤を有する患者さん、ベバ
シズマブ投与前後に胸部放射線照射が行われた患者さんなどがかなり含まれていました。重篤な喀血
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が起こった21 例中 12 例が死亡しており、慎重に使用する必要がありますが、画像上血管浸潤が認め
られる患者さん、気管支鏡にて気管・気管支内腔への腫瘍の露出が認められる患者さんを除外するな
ど、適切な患者選択が行われれば、喀血発現のリスクは減少すると思います。
坪井 大血管と気管支への浸潤例は、本当に適応があったのかどうか微妙ですね。喀血 / 肺出血の
発現時期についてはどうですか。
金 ベバシズマブの投与開始から喀血の発現までの期間は、100 日以内がほとんどです。多くは 50
日以内、約 2 サイクルの間で、奏効の判定前に発現するケースが大半です。これは海外臨床試験で報
告されているものと類似しています。
ベバシズマブ 投 与 におけるグレード 3 以 上 の 喀 血 の 発 現 頻 度 を 過 去 の 試 験 と 比 較 すると、古
くから 順 に E 4 5 9 9 試 験、AVAiL 試 験、JO 1 9 9 0 7 試 験 と 徐々に 減 少 しており、JO 1 9 9 0 7 試 験 や
AVAPERL 試験では 1 %を切っています。今回の国内の調査では 0.3 %で、日常臨床で使用しても過
去の臨床試験より低い頻度です。これまでに報告されているベバシズマブを含む血管新生阻害剤の
第Ⅲ相試験のコントロール群(化学療法単独)でのグレード 3 以上の喀血の発現頻度は 0.2 ~ 0.6 %
で、国内の日常臨床におけるベバシズマブによる重篤な喀血の発現頻度と同等です。適切に使用す
ればベバシズマブだから特に発現が多くなるという心配はないという結果です。ただ、画像所見に
基づいた患者選択のボーダーラインは、目の前の患者さんで迷うことが確かにあり、今後国内の経
験を共有化する必要があると考えています。
坪井 脳転移について国内外の対応はどうなっていますか。また、これまでに報告されている脳転
移例に対する安全性データについて簡単に説明して下さい。
金 脳転移例に対するベバシズマブの投与は、現在、日本では原則禁忌です。米国では脳転移に対
する使用制限はありません。欧州では承認時に未治療の脳転移に対するベバシズマブの投与は禁忌
指定となっていましたが、2009 年 3 月に禁忌指定が解除されました。
脳転移例に対するベバシズマブの安全性データの代表的なものとしてPASSPORT 試験があります。
この試験では、脳転移がある患者に放射線等で局所治療を行った後にベバシズマブを投与していま
す(M.A. Socinski, et al. J Clin Oncol. 2009 ; 27 : 5255-5261)
。主要評価項目であるグレード
2 以上の中枢神経系の出血は認められず、またグレード1の中枢神経系出血も認められませんでした。
脳転移巣に対する局所治療をしっかり行えば問題なくベバシズマブを使用できることが示された試
験だと思います。
ベバシズマブの投与期間、術後補助化学療法の検討など今後の報告に期待
坪井 最後に現在進行中の試験を紹介します。ベバシズマブについては、
「いつまで投与するか」、
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つまり Beyond PDは、最大のクリニカルクエスチョンです。現在実施されている AvaALL 試験では、
stage IIIB/IV の non-sq NSCLC で、ファーストライン治療としてプラチナ併用化学療法とベバシズ
マブを投与した後に PD となった患者を対象として、セカンドライン治療、サードライン治療、フォー
スライン治療と進めていく際、それぞれのラインでベバシズマブを併用する群とベバシズマブを併用
せずに後治療を継続していく群に無作為割付けし、検討を行っています。主要評価項目は OS で、数
年後に結果が出る予定ということで、とても興味があるところです。
高山 「ベバシズマブをいつまで投与するか」について、基礎的な検討結果と E4599 試験の後ろ向き
の解析をもとに考えてみたいと思います。
血管内皮増殖因子(VEGF)は癌細胞が増殖する段階から転移巣形成までの腫瘍血管新生の全ステ
ップで関与するため、血管新生阻害剤は癌の増殖を抑制するという意味ではどんな段階でも有効だ
と考えられます。ただし、途中で投与を中止すると、遮断されていた血管新生に関わるシグナルが
回復し、阻害されていた血管新生がすぐに復元されることが基礎実験で示されています。血管新生
阻害剤で血管内皮細胞が消失しても、腫瘍血管のルートは残るため、投与中止によりすぐに血管内
皮細胞が増殖し、腫瘍血管が復元されると報告されています。
臨床試験においては、後ろ向きの解析ではありますが、E4599 試験でベバシズマブを継続投与す
ることの意義について検討されています。E4599 試験のベバシズマブ併用群において 51 %(217 例)
の患者がベバシズマブの維持療法を実施しましたが、ベバシズマブの投与サイクル数が導入化学療
法から数えて 7 サイクル以上だったのが 95 %以上、12 サイクル以上が 50 %、16 サイクル以上は 25
%でした。中止理由の多くはPD で、毒性による中止は10%のみであり忍容性の高い治療といえます。
6 サイクルのカルボプラチン+パクリタキセルまたはカルボプラチン+パクリタキセル+ベバシズマ
ブの終了時から 21 日経過した時点で増悪が認められず生存していた患者さんを対象として、ベバシ
ズマブの維持療法の有効性を検討した結果では、維持療法開始からの PFS 及び OS は、カルボプラチ
ン+パクリタキセル群に比べてベバシズマブ併用群で有意に延長し、ベバシズマブ単剤による維持
療法の有効性が示されています。
こうしたデータからは、ベバシズマブの継続投与でサバイバルベネフィットが得られる可能性があ
ることが示唆されていますが、ベバシズマブの投与を途中で中止することによる予後への影響につ
いては明確になっていません。いずれにしても前向きにベバシズマブの継続的な投与の効果を評価
する AvaALL 試験の結果は興味深いものだと言えます。
坪井 日本で行われている WJOG5610L 試験では、カルボプラチン+ペメトレキセド+ベバシズマ
ブを 4 サイクル投与し、維持療法でベバシズマブまたはベバシズマブ+ペメトレキセドを投与してい
ます。カルボプラチン+ペメトレキセドを使うことに批判もありましたが、実臨床ではカルボプラチ
ンを使う機会も多いので、実臨床に即した試験と考えます。
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さらに NSCLC の術後補助化学療法としてシスプラチンを含むプラチナ併用化学療法単独群とプラ
チナ併用化学療法にベバシズマブを併用する群に分けて OS を評価する E1505 試験もあります。ベ
バシズマブ併用群ではプラチナ併用化学療法とベバシズマブの併用後、total 1 年間、ベバシズマブ
を投与するデザインです。非扁平上皮癌に限定しておらず、循環腫瘍細胞(CTC)が臓器や組織に定
着した後の血管新生を阻害して効果が期待できるかを検討することになるもので、外科医としては
非常に興味があります。
高山 WJOG5610L 試験の導入療法は実臨床を考えてカルボプラチン+ペメトレキセド+ベバシズ
マブのレジメンになりました。カルボプラチンに比べてシスプラチンの方が、僅かながらではありま
すが生存期間の延長に寄与するのは明らかですから、シスプラチンを投与できる状態の良い患者さ
んでベバシズマブを含んだ維持療法の検討を行う臨床試験があってもよいのではないかと思ってい
ます。
坪井 今後の検討が楽しみです。今回、non-sq NSCLC に対する最強治療を考えると、現時点では
導入療法はシスプラチン+ペメトレキセド+ベバシズマブ、維持療法は AVAPERL 試験でエビデンス
が得られたベバシズマブ+ペメトレキセドになるでしょう。
ここまでの結論は、投与可能な患者さんには積極的にファーストライン治療から最強のレジメン
を使い、ベネフィットを期待するのが良いのではないかということでした。維持療法については治療
を開始する段階で患者さんにお話して治療全体をイメージしていただくことがポイントになるでし
ょう。本日はありがとうございました。
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